主日礼拝メッセージ

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2020/10/18 聖霊降節第21主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「民、王を求める」  音声配信
 (要旨掲載 準備中)

聖書:新共同訳聖書「サムエル記(上) 8章 1~21節」 08:01サムエルは年老い、イスラエルのために裁きを行う者として息子たちを任命した。 08:02長男の名はヨエル、次男の名はアビヤといい、この二人はベエル・シェバで裁きを行った。 08:03しかし、この息子たちは父の道を歩まず、不正な利益を求め、賄賂を取って裁きを曲げた。 08:04イスラエルの長老は全員集まり、ラマのサムエルのもとに来て、 08:05彼に申し入れた。「あなたは既に年を取られ、息子たちはあなたの道を歩んでいません。今こそ、ほかのすべての国々のように、我々のために裁きを行う王を立ててください。」 08:06裁きを行う王を与えよとの彼らの言い分は、サムエルの目には悪と映った。そこでサムエルは主に祈った。 08:07主はサムエルに言われた。「民があなたに言うままに、彼らの声に従うがよい。彼らが退けたのはあなたではない。彼らの上にわたしが王として君臨することを退けているのだ。 08:08彼らをエジプトから導き上った日から今日に至るまで、彼らのすることといえば、わたしを捨てて他の神々に仕えることだった。あなたに対しても同じことをしているのだ。 08:09今は彼らの声に従いなさい。ただし、彼らにはっきり警告し、彼らの上に君臨する王の権能を教えておきなさい。」 08:10サムエルは王を要求する民に、主の言葉をことごとく伝えた。 08:11彼はこう告げた。「あなたたちの上に君臨する王の権能は次のとおりである。まず、あなたたちの息子を徴用する。それは、戦車兵や騎兵にして王の戦車の前を走らせ、 08:12千人隊の長、五十人隊の長として任命し、王のための耕作や刈り入れに従事させ、あるいは武器や戦車の用具を造らせるためである。 08:13また、あなたたちの娘を徴用し、香料作り、料理女、パン焼き女にする。 08:14また、あなたたちの最上の畑、ぶどう畑、オリーブ畑を没収し、家臣に分け与える。 08:15また、あなたたちの穀物とぶどうの十分の一を徴収し、重臣や家臣に分け与える。 08:16あなたたちの奴隷、女奴隷、若者のうちのすぐれた者や、ろばを徴用し、王のために働かせる。 08:17また、あなたたちの羊の十分の一を徴収する。こうして、あなたたちは王の奴隷となる。 08:18その日あなたたちは、自分が選んだ王のゆえに、泣き叫ぶ。しかし、主はその日、あなたたちに答えてはくださらない。」 08:19民はサムエルの声に聞き従おうとせず、言い張った。「いいえ。我々にはどうしても王が必要なのです。 08:20我々もまた、他のすべての国民と同じようになり、王が裁きを行い、王が陣頭に立って進み、我々の戦いをたたかうのです。」 08:21サムエルは民の言葉をことごとく聞き、主の耳に入れた。 08:22主はサムエルに言われた。「彼らの声に従い、彼らに王を立てなさい。」サムエルはイスラエルの人々に言った。「それぞれ、自分の町に帰りなさい。」


2020/10/11 聖霊降節第20主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「魔術師との対決」 1.使徒言行録が書かれた理由は、生まれたばかりの小さな信徒の群れであった初期の教会が消滅してしまうような危機に何度も遭遇しながらも、それを乗り越え大きく成長してきたありさまを描くためだったと思う。それを読者に伝えることで、ローマ帝国による迫害下に置かれつつあった信徒たちを励まそうとしたのである。
 生まれたばかりの教会は、まさに大きな存続の危機に直面していたのである(8章4節以降)。それは、ステファノが当時のイスラエルの最高政治機関であり宗教的な権威の所在地でもあった最高法院で行った演説がきっかけだった。ステファノは次のようなことを語った。「神様は、はるか昔のアブラハムの時代から荒れ野の中に建てられた粗末なテント(幕屋)のようなところで証しをされたのだから、私たちが神様に出会い結び付けていただくのにエルサレム神殿のような立派な建物など必要ではない。人となり、十字架につけられたイエス様こそが、荒れ野に建てられた粗末な幕屋であり、神様が私たちと共にいてくださる神殿なのだ」と。ステファノは、あちこちをさまよってきたギリシャ語を話すディアスポラと呼ばれるユダヤ人であった。それまで荒れ野のようなところをさまよい、テントしか建てることのできなかった人であればこそ、身にしみて感じた喜びのメッセージ・福音であったのだと思う。
 ところがこのメッセージは、エルサレム神殿は不可欠だと堅く信じるユダヤ人たちの猛烈な怒りを買った。ステファノは殺され、その後8章1節後半にあるように「その日、工ルサレムの教会に対して大迫害が起こ」ったのである。「使徒たちのほかは皆、ユダヤとサマリアの地方に散って行」かざるを得なくなった。「使徒たちの他は皆」というのは、エルサレム教会の中で長年この地に住んできたユダヤ人以外という意味であろう。要はエルサレム教会からギリシャ語を話す信徒たちは皆追い出されてしまったのである。

2.それが生まれたばかりの教会にとって、どれほどの危機となったか想像に難くない。教勢が2分され信徒が半減してしまったのである。そのような実際上の危機だけではなく、内面的な危機も大きかったのではないかと思う。なぜそのようなことが起きてしまったのか。その原因は何か。何が悪かったのか。犯人捜しが行われた。ギリシャ語を話すステファノのような人々が、どんどん入り込んでしまったこと、彼らが「エルサレム神殿などいらない」と公然と語ってしまったこと、そのような彼らの代表を7人の役員として重用をしてしまったことなど・・・。互いへの批判が激しくなったに違いなかったであろう。とにかく教会は、この迫害と離散という出来事をマイナスとしか受け止めることができなかったのである。私たちの信仰生活においても教会にしても、マイナスとしてしか見えない出来事が起こる。それをマイナスとしてしか捉えられず、その原因・犯人捜しを始めてしまうとき、教会にしても私たちの信仰生活においても、危機に陥るのではなかろうか。
 こうしてエルサレム教会は、周囲のユダヤ人と仲良くやってゆくことばかりを考えるようになったのである。それは何よりも福音にとっての最大の危機だったと思う。ステファノが命をかけて語ったこと、それは神様が人の手の建てた立派な神殿ではなく、イエス様によって私たちに姿を現し共にいてくださるということこそが福音のメッセージの根幹であるとのメッセージであった。しかし周囲のユダヤ人と仲良くすることばかりを考えると、教会がこの福音を信じ語ることができなくなるのである。だからこそ神様は、このような教会に迫害を及ぼし、福音を信じ語ることのできる人々を守り、また新たな場所へと遣わすべくギリシャ語を話す信者たちを散らされたのではなかったか。それはマイナスでしか内容に思える。しかし、教会や私たち信者が福音を信じ宣べ伝えるという点からすればプラスなのである。世の組織や人々にとってはマイナスとしか思えないことが、私たちには不思議なプラスとなるのである。
 4節に「散って行った人々は、福音を告げ知らせながら巡り歩いた」とある。散らされてしまったことを悲しんだり後悔したりしたという姿は、どこにもない。散らされることが、より福音を深く味わい、それを新たな場所で人々に告げ知らせるためのなくてはならないチャンスとなった様子が浮かび上がってくる。再び散らされる者とされ、荒れ野のようなところで粗末なテントのような仮住まいで生活するしかなくなった。神殿を建てるなどもっての他、やっと借りられた家で少人数で礼拝をささげるのがやっとだったであろう。しかしそのことが、イエス様が神殿であることの喜びをかみしめることとなったのである。散らされたことを何ら落胆もせず喜んで礼拝を守り福音を宣べ伝える姿に、出会った人々は不思議と心引かれたに違いない。それが、5節にあるように「人々にキリストを宣べ伝え」るチャンスとなったのである。

3.さて、こうしてはじめてエルサレムを出て新たな地域へと散らされた中にフィリポがいた。この人はステファノと同じくギリシャ語を話すユダヤ人信者から立てられた7人の執事のうちの一人だった。そのフィリポが、サマリアのある町で最初に直面したのは魔術だったのである。
 9節から11節に「ところでこの町に、・・・・長い間その魔術に心を奪われていた」とある。そこで何度も繰り返されている「偉大な」「大きな」という言葉に気づく。ギリシャ語の原文で「メガ」という言葉から派生したその言葉は、日本語でもしばしば使われる。このシモンは、そのことから「シモン・マグス」という通称で呼ばれてきた。彼がどのような魔術を使っていたかは定かではないが、それはメガという言葉が象徴的にその特徴を現しているように思う。魔術を用いて人々にメガなる力を授け、メガなる存在に変えてくれるというものだったのかもしれない。魔術によって何かしら偉大な存在と結び付け、人々を偉大な存在へと変えてくれる。これが魔術というものの根本だったのであろう。
 なぜ当時の人々がこのような魔術を求め心を奪われていたかは、想像に難くない。7節には、原因不明の霊に取り付かれたり中風患者や足の不自由な人々がフィリポによっていやされた様子が書かれている。今から2000年前の時代の人々は、言い知れない数々の大きくて強い力・存在によって脅かされ、病に苦しめられていた。だから、そうした得体の知れない霊や悪しき力よりも、もっと大きな存在の力を得て、何とかしてそれらに対抗し打ち勝とうとしたのであろう。その思いは本当によくわかる。フィリポの福音伝道でも、キリスト・救い主であるイエス様を信じて神様につながり、その力をいただいて、悪しき力に打ち勝つことができると宣べ伝えられたのではなかったか。それが不思議ないやしを生じさせてもいたのであろう。私たちの信仰においても、神様につながり導かれて幸いをいただきたいという思いは根本的なものである。福音にメガなる要素は不可欠だとは思う。
4.しかし、である。ここが大事なポイントなのだが、魔術と福音とは決定的に違う点が、相入れない核心があると思うのである。11節最後に「その魔術に心を奪われていた」とある。「心を奪われていた」と訳された原文の言葉は、直訳すると「立つことから出る」というニュアンスを持っている。つまり、立つことがあやふやになるというような、しっかりと立てなくなるというような意味である。魔術というものは、それに頼る者をして心を奪い、しっかりと立たせなくしてしまうのである。それはなぜか。それは魔術というものが、メガなるものとつなげて、その人をもメガなるものにさせようとするからである。自分自身がメガなるものになることで幸いが得られると思ってしまうからなのである。
 しかし、自分自身がメガになろうとすることに真の幸いはない。なぜなら、自分がメガであろうとすることは、土の器、すなわち小さき者・弱き者・貧しい者に過ぎない私たちの真実の姿に合わないからである。いずれは、メガなるものとは正反対の存在として、召されてゆかねばならない私たちのその姿を受け入れる力にはならないからである。私たちの幸いとは、自らの小ささを喜んで受容できることにこそある。だからこそイエス様は山上の説教で「幸いなるかな。貧しい者よ」とおっしゃったのではなかろうか。福音もまた、確かに私たちをしてメガなる神様に結び付け、メガなる神様の力に浴させてくださるのだが、しかしイエス様がおっしゃったように、私たちを貧しい者・小さな者に留めさせてくださるのである。貧しい者であることに幸いを見いださせてくださるのである。私たちをより一層小さくさせてくださるものこそが福音ではなかろうか。

5.そのような福音をフィリポは宣べ伝えたのでろう。そしてサマリアの人々は、それをこそ受け入れたのであろう。12節に「しかし、フィリポが神の国とイエス・キリストの名について福音を告げ知らせるのを人々は信じ、洗礼を受けた」とある。魔術師のシモンさえ信じて洗礼を受けたと書かれている。何か大きな存在の力を得て、自分たちもメガなる者にならなければ幸いはないと思い込まされていた人々にとって、貧しい者・小さい者こそ幸いとのイエス様の言葉、またそれをその言葉通り生きたイエス様の姿は、どれほど驚くべきものだったであろうか。真実の幸いを求めていた人々の心に、魔術師シモンでさえも、福音は受け入れられていったのである。今日においても、そのことは私たちにとって励ましとなる。
 今の時代社会は2000年前と比べると、文字通りの意味での魔術というものは私たちの心を捕らえてはいないかもしれない。しかしメガなるものに私たちを結び付けメガなる存在に私たちを変えるという意味での魔術というものなら、至るところにそれははびこり、私たちを捕らえているのである。2000年前の時代社会の人々から見れば、今の私たちの社会に行き渡っているのものはすべてが魔術と言えるものではないだろうか。いろいろなものが私たちを、よりメガなるものに変えようと誘うのである。よりメガなるものになることが幸いだと心を揺り動かすのである。しかし、そこに私たちの幸いはない。真の幸いを求める人であるならば、必ずやイエス様によって現された福音を受け入れるはずである。福音は、魔術に打ち勝って私たちに幸いを得させる力がある。魔術師させ捉える力がある。
 イエス様を信じて洗礼を受けたシモンであった。しかし、エルサレム教会から派遣されたペトロとヨハネが、人々に手を置いたときに特別な霊が下ったのを見て、金を持ってきて「わたしにもその力を授けてください」と願い出た。この出来事から、金によって教会における何か特別な地位や役割を手に入れることを「シモニイ」と言うようになったという。シモン・マグスは、イエス様を信じてもなおメガなるものになる欲望から逃れられることができなかった。しかしそのような思いは、シモン・マグスだけではなく、私たちにもあるのではなかろうか。信徒も教会も常にどこかでメガなるものになろうとして、お金に頼ろうとしてきたのである。しかしシモンに、ペトロははっきりと言うことができた。「この金は、お前と一緒に滅びてしまうがよい。神の賜物を金で手に入れられると思っている」と。私たちにとっても教会にとっても勿論お金は必要である。しかしメガなる者になるため、神様からの恵みをいただくための金は不要なのである。そのようにきっぱりと言えるところが教会なのである。

聖書:新共同訳聖書「使徒言行録 8章 4~25節」 08:04さて、散って行った人々は、福音を告げ知らせながら巡り歩いた。 08:05フィリポはサマリアの町に下って、人々にキリストを宣べ伝えた。 08:06群衆は、フィリポの行うしるしを見聞きしていたので、こぞってその話に聞き入った。 08:07実際、汚れた霊に取りつかれた多くの人たちからは、その霊が大声で叫びながら出て行き、多くの中風患者や足の不自由な人もいやしてもらった。 08:08町の人々は大変喜んだ。 08:09ところで、この町に以前からシモンという人がいて、魔術を使ってサマリアの人々を驚かせ、偉大な人物と自称していた。 08:10それで、小さな者から大きな者に至るまで皆、「この人こそ偉大なものといわれる神の力だ」と言って注目していた。 08:11人々が彼に注目したのは、長い間その魔術に心を奪われていたからである。 08:12しかし、フィリポが神の国とイエス・キリストの名について福音を告げ知らせるのを人々は信じ、男も女も洗礼を受けた。 08:13シモン自身も信じて洗礼を受け、いつもフィリポにつき従い、すばらしいしるしと奇跡が行われるのを見て驚いていた。 08:14エルサレムにいた使徒たちは、サマリアの人々が神の言葉を受け入れたと聞き、ペトロとヨハネをそこへ行かせた。 08:15二人はサマリアに下って行き、聖霊を受けるようにとその人々のために祈った。 08:16人々は主イエスの名によって洗礼を受けていただけで、聖霊はまだだれの上にも降っていなかったからである。 08:17ペトロとヨハネが人々の上に手を置くと、彼らは聖霊を受けた。 08:18シモンは、使徒たちが手を置くことで、“霊”が与えられるのを見、金を持って来て、 08:19言った。「わたしが手を置けば、だれでも聖霊が受けられるように、わたしにもその力を授けてください。」 08:20すると、ペトロは言った。「この金は、お前と一緒に滅びてしまうがよい。神の賜物を金で手に入れられると思っているからだ。 08:21お前はこのことに何のかかわりもなければ、権利もない。お前の心が神の前に正しくないからだ。 08:22この悪事を悔い改め、主に祈れ。そのような心の思いでも、赦していただけるかもしれないからだ。 08:23お前は腹黒い者であり、悪の縄目に縛られていることが、わたしには分かっている。」 08:24シモンは答えた。「おっしゃったことが何一つわたしの身に起こらないように、主に祈ってください。」 08:25このように、ペトロとヨハネは、主の言葉を力強く証しして語った後、サマリアの多くの村で福音を告げ知らせて、エルサレムに帰って行った。


2020/10/04 聖霊降節第19主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「ペトロの否認」 1.イエス様が尋問を受けている大祭司の庭で、イエス様の弟子であることを3度にわたってペトロが否定をしたという出来事が、そしてそれに挟まれるように大祭司アンナスとイエス様との対峙の様子が記されている箇所である。なお、直前の12節以下には、アンナスとその娘婿であったカイアファの両者が大祭司であるかのように書かれているが、注解書によれば、正確にはカイアファが当時の正式な大祭司であったとのことである。ただ、そのしゅうとのアンナスは、現役の大祭司を退いたとはいえ、なお絶大な力を持っていて、娘婿のカイアファが現在の大祭司であり、その子どもたちも皆いずれ大祭司になろうとしていたとのことである。
 逮捕されたイエス様は、まずアンナスのもとに連れて行かれた。ペトロがイエス様の弟子であることを3度にわたって否定したという出来事は、他の福音書では、たとえばマルコによる福音書では「あんな人は知らない」とイエス様とのつながりを否定した言葉になっている。このエピソードは、4つの福音書すべてに記されている出来事である。十字架と復活を除けば、すべての福音書に書かれている出来事というのはそう多くはない。それほどに3度のペトロの否認というエピソードは、福音書を伝え記した人々にとって大事なものだったのである。
 ペトロは、一度ならず3度もイエス様の弟子であることを否定した。しかしペトロは、その後もなおイエス様の弟子であり続け、初代教会全体の指導者となり、またローマ帝国の迫害にもかかわらずその信仰をまっとうして殉教の死を遂げたのである。福音書を書いた人々にとってそのことが大きな驚きであり、そこから大きな励ましを得たからに他ならない。師であるイエス様がその最も難儀な時に、その弟子が最もしてはいけないことは、その難儀な中にある師を見捨て、その関係を否定することであろう。ペトロは一度ならず3度も、弟子としてしてはならないことをしてしまったのである。ところが驚くなかれ、ペトロは弟子であり続け、ましてや初代教会全体の指導者にまでなったのである。今でもカトリック教会のローマ教皇はこのペトロの後継者とみなされているのである。
 4つの福音書の中で最も遅くに書かれたといわれるこのヨハネ福音書が書かれた時代には、ローマ帝国による迫害の足音が着実に迫りつつあった。同じヨハネの名が付けられている黙示録の著者は、ローマ皇帝によって軟禁されていたという。私たちも、いつ自分たちがこのペトロと同じ立場に置かれるか、そして信者であることを否定してしまう境遇に置かれるかわからない。おそらく皆さんんも、そのような弱い自分たちであっても、なおイエス様の弟子であり信者でありうる可能性を、このペトロの出来事に見ることができよう。私たちは、クリスチャンであるがゆえに迫害され「わたしは信者ではない」と言わざるを得ないような状況に置かれることなどないようにも思える。しかし例えば、この新型コロナウイルス禍にあって、なかなか礼拝に出席できない自分を自分で責めて、「わたしはもうクリスチャンとは言えないのではないか」と思ってしまうことは、あるかもしれない。あるいは礼拝に出席できていないことで周囲の人々から「あなたはもう信者ではない」というようなというような視線を受けてしまうこともあるかもしれない。礼拝を中断するか否かをめぐって牧師と役員また会員同士で、そのような対立がなされた教会が多くあると聞く。しかし、はるかにそれ以上のことをしてしまったペトロが、なおも弟子であり得たのである。教会の指導者たりえたのである。そこには、本当に大きな励ましがある。

2.ペトロが3度も「自分はイエス様の弟子ではない」と言ってしまったことは、決定的なことではなかった。それは、私たちにおいても、イエス様の弟子であり信徒であることに、そのようなことでは決定的なピリオドを打つことにはならないのである。しかし、そのような言葉を口にしない方がよいのは確かであろう。
 ペトロがなぜそのような言葉を3度も口にしてしまったのか。そのような場面に追い込まれたのかを改めて考えてみたい。15節から16節のくだりを読むと、はじめペトロは大祭司の家の門の外にいた。ペトロを大祭司の屋敷の中庭まで入れてくれたのは、名前が上げられていはいないが大祭司の知り合いだったもうひとりの弟子であったとある。私は、ペトロの方から、わざわざその弟子に頼んで中庭まで入れてもらったのではないかと想像する。それは、中にいるイエス様の少しでもそばにいたいとの思いがあった以上に、「我こそは」というペトロならではの功名心のようなものがあったからではなかろうか。この福音書の13章36節以下の、イエス様がペトロの離反を予告した場面でペトロは、「あなたのためなら命を捨てます」と豪語していた。18章10節には、ペトロただひとりが、イエス様を捕らえに来た大祭司の手下に向かって剣をふるったとある。他の弟子たちが誰ひとりイエス様のそばにいようとしなかった中で、「俺だけはそばにいるのだ。まさかのときには剣をふるってイエス様のために何かをしよう」とペトロは思っていたのではなかろうか。ペトロは「俺にはそれができる」と思っていたのである。そのような思い上がりこそがペトロをして、3度もイエス様を否む場面へと追い込むことになったのではなかろうか。
 私たちが信者であることの危機に陥るのは、往々にしてそのような「俺こそが」という思いからなのかもしれないのである。そのような巧妙心や思い上がりこそが、私たちをして置かれなくともよいような危険な場面へと至らせるのである。そのような私たちに、その思い上がりを打ち砕くような問いかけが周囲の人々からなされるのである。その中で「わたしは違う」というような、何かとんでもない言葉を口にしてしまうのである。信者として決して口にしてはいけないようなことを口走ってしまうのである。それほどに「我こそは」という思い上がりは恐ろしいものだと改めて教えられるのである。

3.彼がイエス様の弟子であり続けることにおいては、そのことは何ら決定的なものとはならなかった。ペトロに対してなされた3度の「あなたもあの人の弟子の一人ではありませんか」という問い、そしてそれに対する3度の「違う」というペトロの答えは、いずれも人間によってなされた問いであり、またペトロという人間によってなされた答えでしかなかった。もしイエス様であったなら、ペトロにどのような問いをなされたであろうかと想像する。イエス様であれば、ペトロに「あなたは今このときでも、なお私の弟子であると言えるであろうか。到底言えないのではないだろうか。」と問いかけられたのではないかと思う。3度の否認の予告をされたことにも現れているように、イエス様はペトロがイエス様を否定しないとは思ってはおられなかった。また、それを願ってもおられなかったのである。だからイエス様は、決してペトロのそのような状況において、ペトロに「あなたは私の弟子であるのか」とは尋ねなかったであろう。しかし大祭司に仕える人々やペトロを断罪しようとしていた人々は、この場面で彼に「あなたはイエスの弟子なのか」と問い、答えさせようしたのである。
 その問いに対し、ペトロは「わたしは弟子ではない」と答えた。しかしそれは、あくまでペトロからの答えにすぎなかった。それはイエス様からのものではなかった。イエス様は、ペトロの3度の否認を予告した。「あなたは今は(わたしの行く所に)ついて来ることはできないが、後でついてくることになる(ヨハネによる福音書13章36節)」と。同じくルカによる福音書の22章32節には「あなたは立ち直ったら兄弟たちを力づけてやりなさい」とある。そのときには確かに「私は弟子ではない」と言ってしまったペトロだが、それはあくまで人間からの問いかけに対し、人間であるペトロが口にしてしまった答えでしかないのである。しかしそれはイエス様の断定ではない。ペトロがどれほど自分を「弟子ではない」と言い、その答えによって自分を責め、また周囲の人々から「もうおまえは弟子などではありえない」と断じられたとしても、イエス様はそうは見てはいないのである。ペトロには「その後」があり、必ずや「立ち直る」時がやってくるとイエス様は知っていたのである。それがイエス様の私たちへの見方なのである。私たちがどれほど自分自身を「もう弟子ではない」と言ったとしても、また周囲の人々がどれほど私たちを「もう信者ではない」と批判したとしても、イエス様はそうは断定しないのである。
 ペトロの3度の否認は、あくまで大祭司の庭でなされたものにすぎない。我こそはという功名心によって、自らその場所に入り込んで、ペトロを陥れるためになされた問いに対する保身からなされた答えに過ぎないのである。それはイエス様の前でなされたものではなかったのである。「わたしは違う」と言ってしまう私たちに、それにもかかわらずイエス様は「違わない。お前はなおも私の弟子なのだ」と言ってくださるのである。私たち自身による否定の向こうになお、イエス様による肯定がある。イエス様の弟子であるとは、イエス様による肯定のもとに生きる者なのである。この世の大祭司の庭で、そこにたむろする者たちによってなされた問いと、それへの私たち自身の答えに縛られてはならないのである。
 私は急遽この礼拝後、執事会が終わった後に、ある教会の役員会に赴かねばならない。過日8月に臨時役員会において、今年度末での辞任が決まっていた若い教師が、それでもどうしても年度末まで牧会に携わることはできない状況になってしまった。その彼に、私はこの御言葉を送りたいとしみじみ思う。周囲の人や彼自身がどれほどに「違う」と言ったとしても、イエス様は彼をそうは断じない。彼には「後」があり「立ち直る」時がくる。そこには私たちの希望がある。

4.最後に改めて心を向けたいのは、かっての大祭司であったアンナスの前でのイエス様の姿である。大祭司の家に仕える門番の女中の問いかけ、あるいはそこでたむろする人々、そして大祭司の僕でペトロによって耳を切り落とされた者の身内たちからの問いかけに砕けてしまったペトロだが、それに対してイエス様はどのようであったか。縛られ平手打を食いながらも一歩たりとも引き下がらないイエス様がおられた。そこには自身の言葉をまったく否定しないイエス様がおられた。
 イエス様が教えてきたこととは、それはつきつめていえばイエス様こそが大祭司だということだと思うのである。直前の17章に記されたイエス様の祈りは、伝統的に大祭司であるイエス様の祈りと言われている。イスラエルの人々は伝統的に、エルサレム神殿にこそ神が住まい、そこに仕える祭司たちが人をして神様に出会わせてくれるよすがだと信じてきた。大祭司とは、その祭司の頂点に立つ者であった。目の前にその大祭司本人がいるところで、イエス様は大祭司やその背後にあるエルサレム神殿、またそうしたものに依って立つユダヤ教というものを直っ向から否定したのである。それがどれほど恐ろしいものであったか、ひるむものであったか想像に難くない。しかしイエス様はそうされたのである。
 私が何よりも感じるのは、一体私たちは、そもそもそのようなイエス様の弟子であり得るだろうかということである。ペトロが「わたしは違う」と3度も口にした言葉が、実はとても深い意味で真実のものだったのではなかろうか。これが私たちとイエス様との間柄の根本にあるものなのである。私たちはイエス様の弟子などではありえない。しかしにもかわらず・・・なのである。

聖書:新共同訳聖書「ヨハネによる福音書 18章 15~27節」 18:15シモン・ペトロともう一人の弟子は、イエスに従った。この弟子は大祭司の知り合いだったので、イエスと一緒に大祭司の屋敷の中庭に入ったが、 18:16ペトロは門の外に立っていた。大祭司の知り合いである、そのもう一人の弟子は、出て来て門番の女に話し、ペトロを中に入れた。 18:17門番の女中はペトロに言った。「あなたも、あの人の弟子の一人ではありませんか。」ペトロは、「違う」と言った。 18:18僕や下役たちは、寒かったので炭火をおこし、そこに立って火にあたっていた。ペトロも彼らと一緒に立って、火にあたっていた。 18:19大祭司はイエスに弟子のことや教えについて尋ねた。 18:20イエスは答えられた。「わたしは、世に向かって公然と話した。わたしはいつも、ユダヤ人が皆集まる会堂や神殿の境内で教えた。ひそかに話したことは何もない。 18:21なぜ、わたしを尋問するのか。わたしが何を話したかは、それを聞いた人々に尋ねるがよい。その人々がわたしの話したことを知っている。」 18:22イエスがこう言われると、そばにいた下役の一人が、「大祭司に向かって、そんな返事のしかたがあるか」と言って、イエスを平手で打った。 18:23イエスは答えられた。「何か悪いことをわたしが言ったのなら、その悪いところを証明しなさい。正しいことを言ったのなら、なぜわたしを打つのか。」 18:24アンナスは、イエスを縛ったまま、大祭司カイアファのもとに送った。 18:25シモン・ペトロは立って火にあたっていた。人々が、「お前もあの男の弟子の一人ではないのか」と言うと、ペトロは打ち消して、「違う」と言った。 18:26大祭司の僕の一人で、ペトロに片方の耳を切り落とされた人の身内の者が言った。「園であの男と一緒にいるのを、わたしに見られたではないか。」 18:27ペトロは、再び打ち消した。するとすぐ、鶏が鳴いた。


2020/09/27 聖霊降節第18主日礼拝

礼拝メッセージ:吉田 博夫 執事「イエスの言葉」 (要旨の掲載はありません)

聖書:新共同訳聖書「マタイによる福音書 6章 33節」 06:33何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる。


2020/09/20 聖霊降節第17主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「サムエル、指導者となる」 1.神の箱(十戒が刻まれた石の板が入れられた箱)を巡る長く不思議な物語が、4章1節の後半から7章1節までに書かれていた。久しぶりにサムエルの姿が戻ってきた。サムエルは、ミツバとシュンの間の地に石をひとつ置いて、そこを「エベン・エゼル(助けの石)」と呼んだとある(12節)。サムエルがイスラエル人と共に犠牲をささげているときに、ペリシテ人はイスラエル人に戦いをしかけてきたが、神様が激しい雷鳴をとどろかせてペリシテ人を混乱に陥れ、彼らはイスラエル人によって敗北させられてしまったことが、その少し前に書かれてる。そこでサムエルは、神様が自分たちを助けて下さった記念にと、そこに石を置き「エベン・エゼル」と呼んだというのである。
 エベン・エゼルに関しては、既に4章1節に記載がある。この地名が最初に登場したのは7章12節ではなかった。その地名は、4章1節に既に出てきていたのである。そして4章1節に出てきたエベン・エゼルは「助けの石」とはまるで正反対の場所としてだったのである。そこは、ペリシテ人に向かって突如戦いをしかけようとしたイスラエル人が陣を敷いた場所であった。しかし、最初の戦闘でイスラエル人は4000人を失った。そこで彼らは勝利を求めてシロに置かれていた神の箱をその場所に運び入れた。そのことを知ったペリシテ人は奮い立ち、イスラエル人は勝利どころか何と3万人もの戦死者を出すに至ったのである。この辛い敗戦の地、もしかすれば累々と当時の戦死者の遺骨が埋まっている場所が、そのエベン・エゼルなのであった。それから少なくとも20年が経った頃、その敗北の地が、その遺骨が埋まっている地が、何と「助けの石」が置かれる地に変わったのである。
 そのようなことは、私たちにも起こるのではなかろうか。私たちには、それぞれに辛い敗北があり挫折があり、様々な意味での「死体」というべきものが埋まっている。しかし、その場所は、何年か経つと「助けの石」を置くところへと変わるのである。敗北の地がなければ「助けの石」も置けなかったのではなかろうか。助けの石を置くためには、どうしても敗北を味わうことが不可欠だったのである。牧師としての私にとってもしかりである。思い通りにゆかなったことがなければ今日の私はいない。どれほど敗北を味わったかが大切なのである。

2.昔は敗北の地であったエベン・エゼルが、20年後に「助けの石」が置かれる場所となるためには何が必要だったのか。何もなく敗北の地が「助けの石」を置く場所にはならないと思う。そうなるためには何が大事であったかを物語るのが、「イスラエルの家はこぞって主を慕い求めていた(2節後半)」ではないだろうか。
 それは、イスラエル人が敗北後の20年間に、神様を主として慕い求める人々に徐々に変えられていったということである。それはただ単に神様を「主(原語ではヤハウェ)」を呼ぶということではない。そうではなく神様を「主人」として、自分たちをその「僕」として受け止めるといういう間柄を慕い求めるようになっていったということである。
 敬老祝福日礼拝では、ヨブが「主は与え、主は取りたもう。主の御名はほむべきかな」と語ったことを通して、神様が主であることの恵み深さを学んだ。誰かを主人として自分がその僕であるという関係を慕い求めるといったことは、ふつうは到底理解することは不可能であろう。何年か前に「不思議なキリスト教」という本がベストセラーになった。その中で対談者のひとりは「日本人がある特定の宗教を信じるのが嫌なのは、そこで信じられる神様が主人となり自分たちがそれに従わせられるのを嫌うからだ」と言っていた。「日本人が八百よろずの神々を都合よく信じるのは、そのようにして神々を自分の都合のよい自分の僕にし、自分が主人になれるからだ」と。なるほどと思った。しかしそれでは、実は不幸が増すばかりなのである。なぜかと言えば、私たちの人生の現実は、決して自分が主人で、思い通りになるようなものではないからである。たとえ八百よろずの神々を僕にしたところで、自分の思いがかなうわけではない。自分が主人だという立場を捨てることができなければ、私たちは本当に不幸なのである。しかしヨブはそうではなかった。彼は神様が主であると告白した。主人である神様は、私たちを裸で生まれさせ、また裸でみもとに引き取るのである。主人である神様は、私たちが裸であるがゆえに与え、また裸である私たちに与えようとされるからこそ奪う方でもある。神様を主と慕えることからの幸いは、裸であること・奪われることにこそ意義を見いだすことのできるものなのである。
 イスラエル人も、その20年間、おそらくそのようだったのではなかったか。ペリシテ人によって辛酸をなめさせられてきた。ペリシテ人だけでなく、パレスチナに古くから住んでいた人々は、どういう目でイスラエル人を見ていたか。かつてはエジプトで奴隷だった民に過ぎなかった。荒れ野で40年間さまよっていた難民であった。イスラエル人のことを「へブル人」と呼ぶ。これは実は周囲の人々がイスラエル人をさげすんで呼んだ蔑称だったと聞いたことがある。定住地を持たないさすらい人がそう呼ばれていたのである。「そんな奴らが思いあがって、奴らの何倍も力強く豊かな俺たちに戦いをしかけてくるとは。その場げ句がこの始末なのだ」とペリシテ人はイスラエル人をばかにし続けた20年に違いなかったと思う。そのような人々が主人だったのではなかろうか。その辛さを味わい続けた20年であった。勿論、そのようなペリシテ人からの解放・救いを求める心がなかったわけではないだろうが、ペリシテ人という主人とは全く違った形で自分たちを扱い、大切にしてくださる神様という主人のありがたさがわかったのではなかったか。私たちもそうなのである。敗北があり、この世の力や人間が主人であることの辛さを体験する中でこそ、神様が主人であってくださるありがたさが身に染みるのである。神様を主として慕い求めるようになるのである。

3.神様を主として慕い求める心は、具体的にどのような態度として現れたのだろうか。それは4章1節のはじめを最後に7章2節までまったく登場しなかったサムエルなのであった。主なる神様を慕い求めたイスラエル人は、具体的にはサムエルを慕い求めるようになったのではなかろうか。だからサムエルが2節から3節で20年ぶりに登場したのであろう。
 そもそもなぜサムエルが姿を消したのか(4章1節以下)。大きな謎であり、確かな答えはない。しかし恐らくサムエルは、ペリシテ人に戦いをしかけるのは賛成していなかったのではなかろうか。ましてや最初の敗北の後、神の箱を戦場へと担ぎいれて、突き詰めれば十戒にゆきつくところの神様の言葉を自分たちが望むペリシテ人への勝利を手に入れる道具にしてしまうことなどには大反対だったのではなかろうか。そのことサムエルは遠ざけられてしまったにちがいないと思うのである。サムエルが最初に神様に応答した時の言葉は、まさしく「僕は聞きます。主よお話しください(3章9節)」だった。だから彼がイスラエル人に語ったのも、何よりも神様を主とし人間はその僕として、神様の言葉をお聞きするという態度だったのではなかろうか。しかしペリシテ人への勝利を求めるイスラエル人には、そのような態度はなかった。それだからこその敗北ではなかったかと思うのである。
 しかしそれは、その20年の間に変えられた。神様を主として慕い求めるようになったのである。そしてそれは具体的に、かっては退け、排斥したサムエルを慕い求め、その語る言葉に聞き従うという姿に現れてきたのである。神様を主として慕い求める内面は、自ずと外に態度として表れてくる。外に現れないものは内側にもないのである。もっと言えば、外に現れる姿を20年間も続けてゆくならば、おのずと内側も形作られるということである。
 どのような態度として現れたのか。一度は退けたサムエルを指導者を立てて、その語る言葉に聞き従った。偶像の神々を取り除き、水を汲み上げて神様に注ぎ、1匹の子羊を犠牲としてささげた。これは私たちにとっては、礼拝に出席し、牧師が語る言葉に耳を傾け、自分自身とその時間とをささげるということに他ならない。具体的にこの姿を取らずしては、神様を主と慕い求めているということにはならないのである。

4.神様は、そのような具体的な姿を取ることにおいて、私たちをして神様を主と慕い求める者とならしめ、敗北の地を「助けの石」を置ける場所に変えたのである。
 礼拝をささげる生活こそが、神様を主と慕い求める具体的な姿なのである。礼拝に集う歩みを続けることにおいて、神様は敗北の地を助けの石が置ける場所へと変えて下さるのである。
 サムエルがイスラエル人に求めたのは、偶像の神々を取り除き、水をくみあげ、1匹の子羊を犠牲としてささげることだった。水をくみあげることで思い起こすのは、ヨハネによる福音書2章の冒頭にかかれたカナの結婚式での出来事であろう。宴でブドウ酒が足りなくなるとイエス様は、召し使いに空の瓶に水をくめと命じたのである。私たちが礼拝をささげるのは、このようなことかもしれない。空の瓶に水を汲むことが一体何になるのか。ペリシテ人に対してどのような助けになろうか。しかしそれを喜んですることが、神様を主として慕い求めることなのである。また、たった1匹の子羊を捧げよとサムエルは命じた。何頭もの羊をささげよとは命じなかった。たった1匹の子羊でよいのである。それが私たちのささげる礼拝ではなかろうか。ささやかな信仰生活ではなかろうか。それでよいのだと神様は言ってくださる。それが私たちをして、助けの石を置かせてくださることになるのである。

聖書:新共同訳聖書「サムエル記(上) 7章 2~12節」 07:02主の箱がキルヤト・エアリムに安置された日から時が過ぎ、二十年を経た。イスラエルの家はこぞって主を慕い求めていた。 07:03サムエルはイスラエルの家の全体に対して言った。「あなたたちが心を尽くして主に立ち帰るというなら、あなたたちの中から異教の神々やアシュタロトを取り除き、心を正しく主に向け、ただ主にのみ仕えなさい。そうすれば、主はあなたたちをペリシテ人の手から救い出してくださる。」 07:04イスラエルの人々はバアルとアシュタロトを取り除き、ただ主にのみ仕えた。 07:05サムエルは命じた。「イスラエルを全員、ミツパに集めなさい。あなたたちのために主に祈ろう。」 07:06人々はミツパに集まると、水をくみ上げて主の御前に注ぎ、その日は断食し、その所で、「わたしたちは主に罪を犯しました」と言った。サムエルはミツパでイスラエルの人々に裁きを行った。 07:07イスラエルの人々がミツパに集まっていると聞いて、ペリシテの領主たちはイスラエルに攻め上って来た。イスラエルの人々はそのことを聞き、ペリシテ軍を恐れて、 07:08サムエルに乞うた。「どうか黙っていないでください。主が我々をペリシテ人の手から救ってくださるように、我々の神、主に助けを求めて叫んでください。」 07:09サムエルはまだ乳離れしない小羊一匹を取り、焼き尽くす献げ物として主にささげ、イスラエルのため主に助けを求めて叫んだ。主は彼に答えられた。 07:10サムエルが焼き尽くす献げ物をささげている間に、ペリシテ軍はイスラエルに戦いを挑んで来たが、主がこの日、ペリシテ軍の上に激しい雷鳴をとどろかせ、彼らを混乱に陥れられたので、彼らはイスラエルに打ち負かされた。 07:11イスラエルの兵はミツパを出てペリシテ人を追い、彼らを討ってベト・カルの下まで行った。 07:12サムエルは石を一つ取ってミツパとシェンの間に置き、「今まで、主は我々を助けてくださった」と言って、それをエベン・エゼル(助けの石)と名付けた。


2020/09/13 聖霊降節第16主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「主は与え、主は取りたもう」 1.はたして「老いを祝福として受け止めることができるか?」ということは、私たちにとって最大の難題だと思う。作家の佐藤愛子に「90歳、何がめでたい」というエッセイがある。先日、老いの厳しさ・辛さをしみじみ感じさせられる出来事があった。ある人が、近くにおられるお子様の助けを借りなければならない境遇になった。かつては考えられなかったように、口を挟まれたり、思わぬ干渉を受けたりするようになったとのこと。「先生、老いては子に従えですね」と、その人は寂しそうに語っていた。そのことを聞き、私は妻としみじみ「老いるということは辛いな」と語り合った。私自身は、決して老いては子に従うとは思えない人間だろうと思う。そして、子にあれこれ口出しされる位なら孤独死した方がましだとさえ今は思ってしまう。
 このヨブ記に記されているように、老いを祝福として受け止めることが難しいのは、老いの中に、これでもかこれでもかと奪われ失うことがつきまとうからに他ならない。ヨブは、度重なる略奪の被害にあい、自然災害のために一切の財産と子供たちを失ってしまった。さらに、彼自身が重い皮膚病にさいなまれることとなった(2章)。ヨブが年老いていたとは、書かれてはいないが、おそらくはそうであっただろう。そして老いた私たちには、このようなことが当然に起きる。私たちには、これを祝福と受け止められる力や根拠のようなものはどこにもないように思う。私たちは一体どのようにして自分にとっての幸いであり喜びのよりどころであったものを次々と奪われることを祝福と受け止めることができるであろうか。そのような力は、私たち人間には備わってはいないのである。だからこそ、老いる私たちにこそ神様を信じることが不可欠だと確信する。奪われ失ってしまったことを神様との間柄において受け止め、それを幸いと受容できるようになることが不可欠なのである。

2.このヨブ記に記された神様を信じる信仰によって、老いを祝福と受け止めることができる秘訣につながることを3つ教えられるように思う。
 まず、ヨブは「主の御名はほむべきかな」と言っていた。ヨブは神様の御名を「主」と呼んでいた。それは、ただそのように呼んでいただけではなく、神様を主人としていることである。信仰によって与えられるのは、まずは神様を主人とあおげるということである。そのことによって自分が主人であることから離れられるのである。
 神様であろうと誰であろうと、誰かを主人とし、自分がその僕であるということは、そもそも現代にはそぐわないし、到底受け入れられないと考える人が多いと思う。礼拝の中で何度か紹介したあるカウンセラーが書いている。「現代人にあまねく行き渡っている価値観・人生哲学は『私の人生は私のもの』つまり私が私の主人であるという考え方だ」と。そして、それこそが今の人々が追いかけても追いかけても幸せを得られない「幸福のパラッドクス」の理由であり、「諸悪の根源」だとさえ言い切っていた。自分が主人という考え方こそが、私たちに幸せをもたらすようでありながら、実はその反対に、他ならぬ自分自身を自己否定へと追い込んでしまうのだと言っておられた。
 本当にそうだと思う。自分が自分の主人であり続けたいからこそ、そうでありえた時の強さや健康や豊かさをいつまでも持っていたいと願うのである。しかし、だからこそ、それを失った自分を他ならぬ自分自身が肯定できなくなる。私の人生は私のものだ、私が私の主人だという考え方は、だれもが疑わない価値観である。しかし実は、それがもたらすマイナスは、とても大きいのだと思うのである。多くのものを奪われ失った老いを祝福と受け止められない原因も、まさにここにある。

3.神様を主人とする信仰こそが、そこから私たちを救い出してくださるのである。イエス様は、夜中に結婚式の披露宴から帰ってくる主人を明かりをともして起きて待っている僕(しもべ)の幸いを教えていた(ルカによる福音書12章35~40節)。僕(しもべ)の何が幸いなのか。夜中に帰ってきた主人を、明かりをともして出迎えるのを見られる僕は幸いだとイエス様は2度にわたっておっしゃった。主人を迎える姿を主人によって見られる僕は幸いなのである。毎日毎日夜中に帰ってくる主人を迎えるというのであれば、それは大変だとは思う。しかしおそらくは、そうではない。当時のイスラエルでは、貧しい人々が1年間懸命に働いてためたお金を使ってやっと結婚式をしたのだと何かで読んだことがある。だから、それほど数多く披露宴はなかったのではなかろうか。1年に1度か2度あるかないかの結婚式に出席して、遅く帰ってくる主人を待っていればよかったのである。それ以上の大きなことが求められているのではなかったのである。
 主人である神様は、そのように僕である私たちの、本当に些細な働きを見て喜んで下さるのではなかろうか。それを見ていただくところに私たちの幸いがある。それとは反対に、私が私の主人であるときには、主人である自分が僕である自分に求める要求は高いものとなってしまう。それは、どこまでいっても満足することがあない。そこに幸いはないのである。しかし神様という主人は、僕である私たちのごく小さな働きを見てほめて下さり、それを幸いと思ってくださるのである。その主人の幸いを私の幸いであると思えるなら、それは私たちを肯定することとなる。

4.主人である神様が幸いと思っておられることは、私たちが幸せと考えていることとは随分違うのではなかろうか。主人である神様が僕である私たちの何を幸いとされるかが、ヨブの言葉から第二に教えられる点なのである。「わたしは裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう」と21節のはじめにあった。それは、神様が私たちを裸で生まれさせる点に幸いを感じておられるということである。神様が私たちを裸で生まれさせるというところに、主人である神様の僕である私たちへの大きくて深い肯定を感じるように私は思う。
 なぜ裸なのか。裸とは、一時たりとも他の人から包まれたり食べ物を与えられたり、育まれたりしなくては生きてゆけない存在だということである。主人としての神様は、僕としての私たちのそれを、よしとして肯定して下さっているのではなかろうか。私たちが最初にそのようなありさまで生まれてくるということは、一生涯そのような本質を持ち続けているということでもあるように思う。成長し大人になる中で私たちは、どんどん裸である存在ではなくなってゆくかもしれない。ヨブがそうであったように、豊かなものを身につけてゆきはするのだが、最初に生まれ出たときの根源的姿は決して失われてはいないと思うのである。私たちが失い奪われてゆくのは、この根源的に裸である本質がまた現れてゆく過程だと思う。裸である者として伴侶や子や、介護をして下さる方々にお世話になるありさまとして現れる。だんだん生まれたばかりの裸である状態に還ってゆく。それが、そのように私たちを生まれさせたもうた主人である神様の御心にかなうことではなかろうか。そのような僕である私たちの姿を見ることが主人である神様の喜びなのではなかろうか。そのようにして私たちは、また神様のもとに帰るのである。それは、もうこの世では裸である私たちをくるむものがなくなったからである。私たちの食べ物がもうこの世にはないからなのである。今度は神様が母となり育み手となって下さるということなのであろう。
 先日、NHKのクローズアップ現代という番組で、コロナ禍によって家を失いホームレスにならんとする人々が続出しているとの厳しい現実が報じられていた。職を失くし家を失って文字通り丸裸にされて、それでも裸であることが幸いであると言えるのかとしみじみ思った。神様が私たちを裸である人間として生まれさせたのは、当然そこに育み手がいるとの前提がある。胎を出たところの「母」が必ずいて、はじめて裸である幸いがありえる。だから、社会的に裸とされた人々が幸いだと言えるには、やはり「母」たる存在が不可欠である。周囲がそれを備えねばならない。
 その上で、そのように裸となってしまった現実を深いところで祝福として受け止めるものがあってよいのではなかろうか。裸になってしまった自分を否定したり卑下したりすることはないのだと思うのである。ある中年の女性が、賃貸住宅の保証会社の人に付き添われて住居費の補助申請に行き、その窓口で「本当に恥ずかしくて申し訳ないけれど」と涙ながらに言っていた。しかしそのように「裸で母の胎を出た」状態になったことを決して私たちは卑下する必要はないと思うのである。「裸で母の胎を出た」という御言葉は、裸になった私たちを深い所から肯定して下さる言葉なのである。

5.最後にヨブは「主は与え、主は奪う」と語っている。ヨブのこの言葉の言わんとするところは、主人である神様が、ある時までは与えある時からは奪うことをなさるということでは決してないと私は思う。そうではなく、主なる神様の御業は与えることと奪うことが表裏一体・密接不可分であるということだと思う。私たちは、私たちにとっての神様を、常に私たちにとっての幸いと思われるものを与えてだけ下さる方であってほしいと思う。しかし主人である神様は、そうではない。私たちにとって幸いと思われるものが与えられるときにも、必ずそこには奪われるということがある。しかし反対に、奪われるときにも与えられるということがある。神様がそのような主人であって下さると信じることができたとき、そこに私たちの幸いを知ることができる。老いをも祝福と受け止めることができる。
 先日の週報で『人間を見つめて(神谷美恵子)』という本からの一文をご紹介した。彼女は、医者になる前には生物学を学んでおられたという。自然現象を通してこんなことを感じとったと言われる。「死そのものは、これまた自然現象であり、生を支える『外なる自然』に、やはり支えられているということである。生を支えるものは死をも支えるものだということである」と。生を支えるものとは、彼女の文章では自然現象のことである。もっとつきつめれば自然を創造された万物の主である神様にゆきつく。神様という主人は、ただ生を支えるだけではなく死をも支えるということではなかろうか。「死を支える」という一文に私ははっとさせられた。主なる神様にとっては、創造の御業をなさることにおいて与えることと奪うことはひとつなのである。生を支えることは死を支えることであり、またその逆もしかりなのである。私たちを裸で生まれさせたのは、私たちが裸であるがゆえに様々なものを周囲からいただくために他ならない。だから死ぬということも突き詰めればそれは裸にされ奪われることではあるが、しかしそこには神様が新たな生を与えるという意味もある。神様を主として信じることによって、老いを祝福として受け止めてゆければと願う。

聖書:新共同訳聖書「ヨブ記 1章 21節」 01:21「わたしは裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう。主は与え、主は奪う。主の御名はほめたたえられよ。」


2020/09/06 聖霊降節第15主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「ステファノの殉教」 1.使徒言行録の6章8節から8章2節までには、当時のイスラエル人の最高政治機関であった最高法院でのステファノのスピーチと、その結果としての彼の殉教、さらにはそのことによるエルサレム教会への迫害の様子が記された箇所である。
 ステファノは、どういう人物であったのであろう。6章のはじめにあったようにステファノは、エルサレム教会の中のギリシャ語を話すディアスポラと呼ばれるユダヤ人たちの指導者だった。もともとエルサレム教会は、イエス様の弟子たちを中心にして、生まれつきイスラエルに住んでいたヘブル語(はアラム語)を話す人々によって構成されていた。しかしやがて信者が増すにつれてギリシャ語を話すディアスポラのユダヤ人―イスラエルの長い歴史の中でアジアやヨーロッパのあちこちに散らされて生きざるを得なかった人々―も多く加わるようになっていった。6章はじめに、アラム語を話す生粋のユダヤ人とギリシャ語を話すディアスポラのユダヤ人との間に、徐々に様々な溝が生じるようになっていたことが記されていた。この溝を調整すべくディアスポラのユダヤ人から任命された7人の人々―それは長老や執事と呼ばれる役割のはじまりだった―の筆頭に上げられていたのがステファノだった(6章5節)。もっとも大事な点は、ステファノが、あちらこちらに散らばされて生きてきたユダヤ人のリーダーだったということである。
 そのようなステファノが、召喚された最高法院で、どのようなスピーチをしたのか。それは端的に言えば、信仰においてエルサレム神殿のような建物は不要だということだった。それが神殿を絶対に必要だとするユダヤ人からの猛烈な反発を招き、ステファノは石で打たれて殉教の死を遂げることになったのである。さらには8章1後半にあるように、ユダヤ人からのエルサレム教会への大迫害を招くことにもなったのである。「使徒たちのほかは皆」とあるように、結果的にエルサレムに残ることができたのは、イエス様の弟子たちを中心とした、もともとイスラエルに住んでいた信者だけとなったのであろう。6章はじめにあったように、エルサレム教会は、アラム語を話す人々とディアスポラの人々との溝を埋めるよう精一杯努力したが、結果としてはおもに生粋のユダヤ人だけが教会に残り、ギリシャ語を話す人々はエルサレムを去らざるを得なくなったのである。ステファノを始めとして、失ったものはとても大きかったのである(8章2節)。

2.さて、それではステファノはどのようなメッセージを語ったのか。44節は、「わたしたちの先祖には、荒れ野に証しの幕屋がありました」と始まっている。7章1節からのメッセージをステファノは、アブラハムというイスラエル人の先祖から語り出した。このアブラハムという先祖からして「荒れ野に証しの幕屋があった」と彼は言うのであった。幕屋とは十戒を刻んだ2枚の石の板が納められた特別な箱が安置されたテントのことである。十戒が与えられたのは、言うまでもなくモーセの時代になってからなので、アブラハムの時代にはまだ幕屋はなかったのである。しかしステファノは、文字通りの幕屋というものはなくても、荒れ野においてまことに粗末なテントのようなところで人間に言葉を語ってくださり堅い結び付きを与えて荒れ野の生活を支えようとしてくださった神様の姿が、アブラハムの時からあったのだと言わんとしたのだと思う。神様とは、先祖アブラハムから今日に至るまで終始一貫して、「荒れ野」にある「幕屋」を通して証しされようとする方なのだと彼は語ったのである。
 ステファノは、アブラハムへの神様の言葉として「あなたの土地と親族を離れ、わたしが示す地に行け(創世記12章1節に記されている)」をあげている(7章3節)。これこそが「荒れ野」の歩みに他ならないと思うのである。これまで慣れ親しんでいた土地、すなわち生活の糧を与えてくれていた田畑や家を捨てて、また様々な援助を与えてくれた親族との絆も捨てて、行き先も分からずに神様が一方的に示す地に行くとは、まさしく「荒れ野」であろう。しかし、そこにこそ私たちが、この世の「土地」からでもなく、またこの世の人間関係である「親族」からでもなく、そうしたものを越えた神様という存在から与えられる食べ物た収穫・恵みによって生きる歩みというものが発見できるのである。
 イエス様が、特別に心に刻んでおられた言葉が、申命記8章3節にある。「人はパンだけで生きるのではなく、主の口から出るすべての言葉によって生きる」と。私たちは荒れ野における困難な生活の中でこそ、この世の田畑とか自分が産み出した稼ぎという「パン」によってではなく、神様が与えてくださるもの、その中心にある神様の言葉によって生きられることを知るのである。幕屋に置かれた神の箱に納められていたのは、十戒という神様の言葉が刻まれた石の板に過ぎない。一体それがどんなパンになるというのか。私たちが生きることにおいて何の足しになるというのか。ただの石の板とパン。これほど対照的な組み合わせはないであろう。石の板たる神の言葉、おおよそ私たちのパンとはなり得ないものを納めたもの、これが「幕屋」の特徴なのである。しかし神様は、「荒れ野」でのこの「幕屋」という特徴をもったものを通して私たちに証しされ、私たちとの絆を持ち、私たちを支えようとなさるのである。
 ステファノは引用していないが、先ほどのアブラハムへの神様の言葉に続いて「わたしは、あなたを大いなる国民にし、あなたを祝福し、あなたの名を高める」と創世記12章2節にある。なぜ荒れ野で生きる者が祝福されるのか。大いなる者となれるのか。それはひとえに、たとえこの世の土地や人間関係からの収穫や支えがなくとも、アブラハムの末たる者は神様の下さるものによって生きられるからである。私たちは必ず、慣れ親しんだ土地を離れ、家族・親族との絆を絶たれて生きざるを得ない時を迎える。そうした境遇を避けることはできない。しかし、そうした境遇に置かれたとき、荒れ野の幕屋において神様からのパンをいただけると知っている者は、生き延びてゆけるのである。
 幕屋とは、粗末なテントのことである。荒れ野では家を建てることなどできず、ましてや特別な聖所を建てることはできない。ただ粗末な簡易テントを設営できるのみである。神様が荒れ野においてこそ私たちを支えて下さるその「証し」は、このテントにこそ象徴的に示されている。そうステファノは語ったのである。私たちは、荒れ野の中でもそのようなテントにおいて、神様と出会い、その支えをいただくことができるのだと語ったステファノのメッージには、自分自身ディアスポラのユダヤ人として荒れ野をさまよい、テントしか建てることができなかった者だけが掴み得た福音・喜びがあったのだとひしひしと感じる。イエス様に現れた福音とは、先祖以来終始一貫して証しされてきたものだと、ステファノは語ったのである。

3.しかし、46節以降にあるように、ソロモン以後、イスラエル人は幕屋とは対照的な壮麗な神の家・神殿を建ててきたのだとステファノは痛烈に批判した。荒れ野とは対照的に王国を建設し、それにふさわしい神殿を建て、そこに神様の住まわせようとした。もっと端的に言えば人の手で建てた家に神様を押し込め閉じ込めようとしたのである。私たちも同じことをしている。それぞれにとっての「王国」を建て、自分が王様であれるような人生を生きようとし、そうできるのが幸せだと思い、そのただ中にそれぞれの神殿を建てる。王国のど真ん中に建てられた壮麗な神殿に、その王国の永続を願って神様を押し込めるのである。
 しかしこのことは、「荒れ野に証しの幕屋」を建てる神様の御心に反している。いずれ荒れ野に生きるしかない私たちなのである。荒れ野には壮麗な神殿など決して建て得ない、ただただ粗末なテントしか建て得ない私たちなのである。だからこそ神様は、幕屋において共にいようとされ、祝福を下さろうとなさる。イエス様こそが、荒れ野で生きる私たちのために神様が建てて下さった粗末なテントなのであった。神様の言葉が人となって現れたのがイエス様であった。
 ステファノは、49節からイザヤ書66章1節以下を引用して、「いと高き方は人の手で造ったようなものにはお住みになりません」と言っている。「天はわたしの王座。地はわたしの足台」とは何とすばらしい言葉であろうか。そうであるならば、この天と地との間でうごめく私たちも、神様の王座と足台の上で生きることができている者なのである。ここが神様の王座だとか、足台であるとは全く見えないような現実の中で生きている。しかしイエス様が人となり十字架に死んで下さったために、その粗末な幕屋において私たちも、この私たちの人生が神様の王座・足台であると信じることができるのである。

4.ルカは、どのような意図からこのような出来事をこれほど長々と記したのであろうか。まず何よりも、ステファノは生まれたばかりの教会にとって最初の殉教者だったのである。きっとルカはその姿に、これから自分たちに起こるであろう多くの迫害・殉教のことを予期し重ね合わせて見ていたに違いない。
 なぜ迫害や殉教が起こるのだろうか。それはクリスチャンが、いわゆる邪宗の者だからでは決してないと、ルカは主張しているのだと思う。そうではなく、神様と私たちがどのようにして結び付くか、その根幹にあること、神様が「荒れ野における幕屋」を通して「証し」されるということ、その最大の現れとしてのイエス様の存在を、その喜びを語ることが、いつの時代でも迫害を招くことになるのである。
 それは今の時代社会でも同じではなかろうか。表立っての迫害はないかもしれない。しかしコロナ禍の中にあって家族の反対にあい、礼拝に集い得ない人々がある。「同調圧迫」のもと必要以上に自粛をせざるを得ない私たちである。なぜ礼拝などという不要不急のことをしているのだとのそしりを受けている。しかし、私たちはそれでも礼拝に集うことを喜びとしている。礼拝とは、まさに「荒れ野」における「幕屋」なのだとしみじみ感じる。本当に粗末なテントのようなものである。聖書の言葉を人間でしかない愚かな牧師が説き明かす説教を中心にした粗末な集会なのである。しかしそこに私たちは神様との絆を見いだすのである。神様からのパンをいただくのである。そのような私たちの生きざまは、残念ながらこの世においては軋轢や迫害を生むことがあるのだとルカは語る。
 もうひとつルカが力を込めてステファノの出来事を語る理由がある。彼のメッセージは、その死とエルサレム教会からのギリシャ語を話す信者たちの離反を生んだ。しかしそれがかえって、まことに不思議なことに、教会を新たな場面へと送りだし、新たな伝道を可能にしていったのである。それが4節以下に語られてゆく。
 2節に「ステファノを葬り、彼のことを思って大変悲しんだ」とある。やはりコロナ禍によって私たちも多くのものを葬り失って悲しんでいる。礼拝に集う人々も、かつてからは考えられないほどに、ほぼ半分になってしまっている。家族の反対や不要不急の事柄についての自粛圧力から、礼拝出席が全く途絶えてしまった人々が多くある。それでも私たちは精一杯礼拝を守っている。夕拝も休まず続けてきた。そのような教会の姿は、一方では反感を招くこともあろう。しかし他方では、なぜこのような事態の中でもあの人々は礼拝をささげるのかと、誰かの心を捉えることもあるのはなかろうか。それほどまでしてささげる礼拝の魅力・喜びとは何なのかが、このような時こそ伝えられてゆくのではなかろうか。様々な集会が中止される中で、最後の最後まで閉じられないもの、教会にとっての根幹であるものは何かが明らかになってゆく時なのである。

聖書:新共同訳聖書「使徒言行録 7章 44節~8章 2節」 07:44わたしたちの先祖には、荒れ野に証しの幕屋がありました。これは、見たままの形に造るようにとモーセに言われた方のお命じになったとおりのものでした。 07:45この幕屋は、それを受け継いだ先祖たちが、ヨシュアに導かれ、目の前から神が追い払ってくださった異邦人の土地を占領するとき、運び込んだもので、ダビデの時代までそこにありました。 07:46ダビデは神の御心に適い、ヤコブの家のために神の住まいが欲しいと願っていましたが、 07:47神のために家を建てたのはソロモンでした。 07:48けれども、いと高き方は人の手で造ったようなものにはお住みになりません。これは、預言者も言っているとおりです。 07:49『主は言われる。「天はわたしの王座、地はわたしの足台。お前たちは、わたしにどんな家を建ててくれると言うのか。わたしの憩う場所はどこにあるのか。 07:50これらはすべて、わたしの手が造ったものではないか。」』 07:51かたくなで、心と耳に割礼を受けていない人たち、あなたがたは、いつも聖霊に逆らっています。あなたがたの先祖が逆らったように、あなたがたもそうしているのです。 07:52いったい、あなたがたの先祖が迫害しなかった預言者が、一人でもいたでしょうか。彼らは、正しい方が来られることを預言した人々を殺しました。そして今や、あなたがたがその方を裏切る者、殺す者となった。 07:53天使たちを通して律法を受けた者なのに、それを守りませんでした。」 07:54人々はこれを聞いて激しく怒り、ステファノに向かって歯ぎしりした。 07:55ステファノは聖霊に満たされ、天を見つめ、神の栄光と神の右に立っておられるイエスとを見て、 07:56「天が開いて、人の子が神の右に立っておられるのが見える」と言った。 07:57人々は大声で叫びながら耳を手でふさぎ、ステファノ目がけて一斉に襲いかかり、 07:58都の外に引きずり出して石を投げ始めた。証人たちは、自分の着ている物をサウロという若者の足もとに置いた。 07:59人々が石を投げつけている間、ステファノは主に呼びかけて、「主イエスよ、わたしの霊をお受けください」と言った。 07:60それから、ひざまずいて、「主よ、この罪を彼らに負わせないでください」と大声で叫んだ。ステファノはこう言って、眠りについた。 08:01サウロは、ステファノの殺害に賛成していた。その日、エルサレムの教会に対して大迫害が起こり、使徒たちのほかは皆、ユダヤとサマリアの地方に散って行った。 08:02しかし、信仰深い人々がステファノを葬り、彼のことを思って大変悲しんだ。


2020/08/30 聖霊降節第14主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「逮捕されるイエス」 1.「こう話し終えると・・・その中に入られた(18章1節)」とある。ここに書かれている「園」とは、他の3つの福音書でゲッセマネの園と呼ばれている場所である。それについてバークレーは、以下ように説明している。「・・・ゲッセマネとは『油しぼり』を意味する。エルサレムは、シオンの山頂の非常に限定された地域に立てられていた。このことのゆえに庭を持つ余地はなかった。そして金持ちはオリブ山の山麓(エルサレムの東側に広がる)に彼らの庭園を持っていた。そこに至るには、エルサレムから下り、ケデロンの川の流れる渓谷に至り、反対側の丘の斜面を登った。ゲッセマネはオリブ山の斜面に囲われた小さな庭園であったに違いない。そして名の知れない友人が過越の祭りの期間中、それを使用する許可をイエスに与えていたに違いない。(『イエスの生涯I』より)」
 イエス様がこのゲッセマネの園にいたときに、イエス様はローマの兵士や宗教指導者たちの下役によって逮捕された。私たちが抱く印象は、イエス様が逃げも隠れもせず正々堂々と彼らに対峙していたことである。むしろイエス様が自分から進んで身を委ねられたようにさえ思える。逮捕にきた者たちにイエス様は「誰を捜しているのか」と尋ねた。その問いに対する「ナザレのイエスだ」との答えに、イエス様は「わたしである」と自ら名乗ったのである。そのような問答が二度繰り返された。12弟子の一人であったペトロは、持っていた剣を振りかざして大祭司の手下のマルコスの耳を切り落とした。無駄な抵抗とも言えよう。それに対してイエス様は「剣をさやに納めなさい。父がお与えになった杯は飲むべきではないか」と言い、逮捕という事態を静かに引き受けようとされたのである。
 そのようなイエス様の姿は、私たちに何を語りかけているのであろうか。イエス様が逮捕されたのは今の曜日で木曜日、十字架にかけられたのが金曜日だとされている。そのときイエス様はこの世の生涯を終える最後の二日間を迎えていたのである。私たちにも必ず、この世の人生を終えようとする最後の二日間が訪れる。その時を私たちはどのように迎えることができるであろうか。言うまでもなく私たちは、イエス様のようには、イエス様を手本や見本としては、この時を迎えることはできない。しかしイエス様のそのときの姿は、私たちを励まし支えて下さるものとなるのではないだろうか。
 つくづく感じるのは、私たちの姿がイエス様のそれではなく、ペトロのふるまいに近いかもしれないということである。自分が持っている精一杯の小さな剣を振りかざして、人生最後の時に、何かに立ち向かってゆこうとするのである。しかし私たちができるのは、せいぜい襲いかかる敵の一人の「耳を切り落とす」くらいのものでしかない。本当に無駄な抵抗である。剣をふるって切り落とし傷つけるのは、もしかしたら当の私たち自身なのかもしれない。そのような私たちに、イエス様は「剣をさやに納めよ」と語りかけて下さる。「無駄な戦いはやめなさい」と。

2.「イエスはご自分の身に起こることを何もかも知っておられ(4節)」たと書かれている。イエス様は、それから二日の間に起ころうとすることをすべて知っておられた。それはとても辛い出来事ではあったが、その出来事は「父がお与えになった杯(11節最後イエス様の言葉)」なのであった。父なる神様によって与えられる杯なのだから、それは直接的な味としては苦く辛いものではあっても、究極的にはよいものに違いないのである。イエス様は、それをそのようなものとして、自分の身に起きることを何もかも知っておられたのである。
 私たちも、そのように人生最後に起きることを知ってよいのではないだろうか。私たちは、この世の人生の最後にどのようなことが起きるかがわからないからこそ、それを恐れ不安におののくのである。病や認知症が、そして死が、どのように私たちを捕らえ、自分の人生の最後がどうなってゆくのか、それがどれほど苦しいかがわからないからこそ私たちをおびえさせるのである。しかしそのすべてのことは、神様が知っておられる。同様にイエス様も、すべてをご存じだったのである。その根本にあるのは、神様が私たちに与えて下さる杯だということである。直接的には病気や死がもたらす苦しみであるかもしれない。しかしそれは神様の下さる杯でもある。だから必ずや私たちにとって良いものなのである。それを知っていればよいのではなかろうか。そのことが私たちを励ますのではなかろうか。

3.二度にわたって(4節と5節、7節と8節)、問答が繰り返されている。イエス様は、イエス様を捜す兵士や下役に対して「わたしだ」と答えた。これはギリシャ語の原文では「エゴー・エイミー」とのことである。英語では「I am」である。出エジプト記3章14節に、神様がモーセに自分の名前を「わたしはある」という者だと答えた箇所がある。この「わたしはある」が、ギリシャ語聖書に訳されると「エゴー・エイミー」となる。果たしてイエス様自身が、この「わたしだ」との答えに、どれほどの意味を込めておられたかはわからない。直接的な意味としては、自分を捜しにきた者たちに対して「それはわたしだ」と答えた言葉にすぎない。しかしこの福音書を書いたヨハネは、象徴的な言い回しを好んだ人であった。そのようなヨハネが、この「エゴー・エイミー」というイエス様の言葉に、何らかの深い意味を持たせなかったとは考えられない。ヨハネは、神様がモーセに答えた意味を込めて「わたしはある者だ。わたしは生きて生き続ける存在だ。私を逮捕し殺そうとするあなたがたも、わたしの存在を消すことはできない」とのイエス様の心を語ろうとしていたと私には思えるのである。
 私たちは、自分たちが生きているということを、どのような点において、何をよりどころにしているのだろうか。それは、いわゆるエゴというものが満たされ、かなえられる点に、私たちはそれを置いているのである。私たちが使うエゴという言葉は、この「エゴー・エイミー」の「エゴー」というギリシャ語がもとになっている。「エゴー・エイミー」というギリシャ語から、いつの間にか、私たちのエゴが満たされることにおいて「私は生きている」すなわち「わたしはある」と、ごく普通に私たちは考えるようになったのである。
 イエス様はどうだったのか。逮捕され十字架にかけられようとすることにおいて、もはやそのエゴなるものは粉々に砕かれようとしていたのである。エゴが満たされる可能性などどこにもなかったのである。ところがイエス様は、このような状況でこそ「エゴー・エイミー」とおっしゃった。しかも二度にわたって、なのであった。
 このイエス様の姿が、私たちに問いかけ、私たちを諭して下さるものは大きく深い。私たちの人生の最後に訪れる二日間も、まさにエゴが粉々にされる時であろう。私たちにはおそらく、絶対に「エゴー・エイミー」などとは言えない時であろう。しかし私たちは、このイエス様に励まされ助けられて「エゴー・エイミー」と言えるようになれるのである。それは何においてなのか。それはもちろん私たちのエゴが満たされることにおいてではない。私たちのエゴは砕かれてしまう。そこには、私たちに自分の杯を与えようとする神様がおられるのである。「わたしはある(エゴー・エイミー)」とおっしゃる神様がおられるのである。またそのようにおっしゃるイエス様がおられる。私たちのエゴは、神様によってイエス様によって砕かれるのである。だからこそ私たちは本当の意味で「エゴー・エイミー」と言えるようになるのではなかろうか。

4.イエス様のこの「エゴー・エイミー」という言葉は、イエス様を捕らえるために捜しにきた者たちに向かって発せられた。エゴー・エイミーという言葉は、他の誰に対しても、また他のどのような状況において発せられたものでもなく、イエス様を悪意をもって捜しにきた人々に、まさしくその状況において発せられたのである。このこともまた大いに、私たちに何かを教えてくれることではないかと思うのである。
 私たちにも、誰かによって、またある状況によって、捜し求められているという現実がある。人生最後の二日間は、死が、病が、認知症が、また新型コロナウイルスが、私たちを捜し求めているのである。それは決して良いことにおいて人々が私を捜し求めているというものではないのである。全く逆の状況である。しかし、それもまた突き詰めれば神様が私たちを捜しておられるありさまなのであろう。神様が私たちに良き杯を与えようとしておられる状況なのである。それに対し、逃げずに真正面から向き合い「わたしだ」「わたしはここにいる」と言うことにおいて、「エゴー・エイミー」と私たちは口にできるのではないだろうか。
 夏休みの期間に何冊もの本を読んだ。何度も読んだフランクルの本を手にとった。フランクルの考えの核心にあるのは、私たちが人生にその意義を問うというのではなく、人生が私たちに生きる意義を問うているのだというものである。私たちがそのエゴを基準として、それがどのように満たされたかということから人生の意義を問うのではなく、私たちのエゴが砕かれてしまっているような状況でこそ、私たちを越えたある存在が生きる意義を与え発見させようとしているというのである。その状況とは、誰かがまた何かが私たちを捜しているということに現れるのではなかろうか。私が捜すのではなく、誰かが私を捜すのである。自分が捜す主人公になるのではなく、自分が捜される対象となるのである。
 人生最後の二日間において、私たちはまさに捜される対象とされる。病によって、苦難によって、そして死によって捜し求められ、それぞれに科される十字架につけられる者とされるであろう。けれども、本当に逆説的なことに、そのように私たちがエゴを砕かれ切ってしまったときこそが「エゴー・エイミー」と正々堂々と言える時なのだと、イエス様は身をもって教え励まして下さるのである。

聖書:新共同訳聖書「ヨハネによる福音書 18章 1~11節」 18:01こう話し終えると、イエスは弟子たちと一緒に、キドロンの谷の向こうへ出て行かれた。そこには園があり、イエスは弟子たちとその中に入られた。 18:02イエスを裏切ろうとしていたユダも、その場所を知っていた。イエスは、弟子たちと共に度々ここに集まっておられたからである。 18:03それでユダは、一隊の兵士と、祭司長たちやファリサイ派の人々の遣わした下役たちを引き連れて、そこにやって来た。松明やともし火や武器を手にしていた。 18:04イエスは御自分の身に起こることを何もかも知っておられ、進み出て、「だれを捜しているのか」と言われた。 18:05彼らが「ナザレのイエスだ」と答えると、イエスは「わたしである」と言われた。イエスを裏切ろうとしていたユダも彼らと一緒にいた。 18:06イエスが「わたしである」と言われたとき、彼らは後ずさりして、地に倒れた。 18:07そこで、イエスが「だれを捜しているのか」と重ねてお尋ねになると、彼らは「ナザレのイエスだ」と言った。 18:08すると、イエスは言われた。「『わたしである』と言ったではないか。わたしを捜しているのなら、この人々は去らせなさい。」 18:09それは、「あなたが与えてくださった人を、わたしは一人も失いませんでした」と言われたイエスの言葉が実現するためであった。 18:10シモン・ペトロは剣を持っていたので、それを抜いて大祭司の手下に打ってかかり、その右の耳を切り落とした。手下の名はマルコスであった。 18:11イエスはペトロに言われた。「剣をさやに納めなさい。父がお与えになった杯は、飲むべきではないか。」


2020/08/23 聖霊降節第13主日礼拝

礼拝メッセージ:村越 ちはる 伝道師「主なる神のご計画」 (要旨の掲載はありません)

聖書:新共同訳聖書「出エジプト記 3章 1~14節」 03:01モーセは、しゅうとでありミディアンの祭司であるエトロの羊の群れを飼っていたが、あるとき、その群れを荒れ野の奥へ追って行き、神の山ホレブに来た。 03:02そのとき、柴の間に燃え上がっている炎の中に主の御使いが現れた。彼が見ると、見よ、柴は火に燃えているのに、柴は燃え尽きない。 03:03モーセは言った。「道をそれて、この不思議な光景を見届けよう。どうしてあの柴は燃え尽きないのだろう。」 03:04主は、モーセが道をそれて見に来るのを御覧になった。神は柴の間から声をかけられ、「モーセよ、モーセよ」と言われた。彼が、「はい」と答えると、 03:05神が言われた。「ここに近づいてはならない。足から履物を脱ぎなさい。あなたの立っている場所は聖なる土地だから。」 03:06神は続けて言われた。「わたしはあなたの父の神である。アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である。」モーセは、神を見ることを恐れて顔を覆った。 03:07主は言われた。「わたしは、エジプトにいるわたしの民の苦しみをつぶさに見、追い使う者のゆえに叫ぶ彼らの叫び声を聞き、その痛みを知った。 03:08それゆえ、わたしは降って行き、エジプト人の手から彼らを救い出し、この国から、広々としたすばらしい土地、乳と蜜の流れる土地、カナン人、ヘト人、アモリ人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人の住む所へ彼らを導き上る。 03:09見よ、イスラエルの人々の叫び声が、今、わたしのもとに届いた。また、エジプト人が彼らを圧迫する有様を見た。 03:10今、行きなさい。わたしはあなたをファラオのもとに遣わす。わが民イスラエルの人々をエジプトから連れ出すのだ。」 03:11モーセは神に言った。「わたしは何者でしょう。どうして、ファラオのもとに行き、しかもイスラエルの人々をエジプトから導き出さねばならないのですか。」 03:12神は言われた。「わたしは必ずあなたと共にいる。このことこそ、わたしがあなたを遣わすしるしである。あなたが民をエジプトから導き出したとき、あなたたちはこの山で神に仕える。」 03:13モーセは神に尋ねた。「わたしは、今、イスラエルの人々のところへ参ります。彼らに、『あなたたちの先祖の神が、わたしをここに遣わされたのです』と言えば、彼らは、『その名は一体何か』と問うにちがいありません。彼らに何と答えるべきでしょうか。」 03:14神はモーセに、「わたしはある。わたしはあるという者だ」と言われ、また、「イスラエルの人々にこう言うがよい。『わたしはある』という方がわたしをあなたたちに遣わされたのだと。」


2020/08/16 聖霊降節第12主日礼拝

礼拝メッセージ:坂井 悠佳 神学生「お似合いの服」 (要旨の掲載はありません)

聖書:新共同訳聖書「ルカによる福音書 10章 25~37節」 10:25すると、ある律法の専門家が立ち上がり、イエスを試そうとして言った。「先生、何をしたら、永遠の命を受け継ぐことができるでしょうか。」 10:26イエスが、「律法には何と書いてあるか。あなたはそれをどう読んでいるか」と言われると、 10:27彼は答えた。「『心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい、また、隣人を自分のように愛しなさい』とあります。」 10:28イエスは言われた。「正しい答えだ。それを実行しなさい。そうすれば命が得られる。」 10:29しかし、彼は自分を正当化しようとして、「では、わたしの隣人とはだれですか」と言った。 10:30イエスはお答えになった。「ある人がエルサレムからエリコへ下って行く途中、追いはぎに襲われた。追いはぎはその人の服をはぎ取り、殴りつけ、半殺しにしたまま立ち去った。 10:31ある祭司がたまたまその道を下って来たが、その人を見ると、道の向こう側を通って行った。 10:32同じように、レビ人もその場所にやって来たが、その人を見ると、道の向こう側を通って行った。 10:33ところが、旅をしていたあるサマリア人は、そばに来ると、その人を見て憐れに思い、 10:34近寄って傷に油とぶどう酒を注ぎ、包帯をして、自分のろばに乗せ、宿屋に連れて行って介抱した。 10:35そして、翌日になると、デナリオン銀貨二枚を取り出し、宿屋の主人に渡して言った。『この人を介抱してください。費用がもっとかかったら、帰りがけに払います。』 10:36さて、あなたはこの三人の中で、だれが追いはぎに襲われた人の隣人になったと思うか。」 10:37律法の専門家は言った。「その人を助けた人です。」そこで、イエスは言われた。「行って、あなたも同じようにしなさい。」


2020/08/09 聖霊降節第11主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「神の箱が引き起こす災い」 1.サムエル記(上)の4章から6章までは、神の箱を巡っての出来事が記された箇所である。
 イスラエル人は、なぜか突如ペリシテ人に攻撃をしかけた。ペリシテ人は、おそらくはヨーロッパからアジア大陸の西端にまで進出をしてきた民族だった。サムエル記の舞台は紀元前11世紀、ペリシテ人の勢力は、ピークを迎えつつあった。ペリシテ人は、エジプトで長く奴隷であったイスラエル人より、はるかに経済的にも軍事的にも文化的にも優勢な人々だった。現在この地域がパレスチナと呼ばれているのは、ペリシテという語に由来している。そのことからも彼らペリシテ人の力がどれほど大きかったかがわかる。そのようなペリシテ人に対して、イスラエル人は戦いをしかけた(その理由については、ここでは触れない)。案の定、最初の戦いでイスラエル人は4千人もの戦死者を出した。そこでイスラエル人は、シロの聖所(神殿)に置かれていた神の箱を戦場に運び入れようと思い立った。4章3節には「そうすれば、主が我々にただ中に来て、敵の手から救ってくださるだろう」とある。
 神の箱とは、十戒が刻まれた2枚の石の板を収めた箱である。イスラエル人は、これを担ぎながらエジプトを脱出した後、40年にわたって荒れ野を歩み、さまよった。そして、いよいよパレスチナに入ろうとする際、祭司がこれを担いでヨルダン川に立ったとき上流で川がせき止められ、人々は渡河できた(ヨシュア記3章)。同様によく知られた出来事がある。難攻不落を誇っていたエリコの城壁において、祭司が神の箱を担いで町の周りを7回回ったところ城壁が崩れたと、同じくヨシュア記6章にある。だからイスラエル人が、この神の箱を戦場へとかつぎ込めば勝利が与えられると思ったのは当然のことと思う。ところが、神の箱を迎えたイスラエル人の大歓声を聞いてペリシテ人は恐怖を覚えたものの、勢いづいたのである。そして何と、イスラエル人は勝利どころか逆に3万人もの戦死者を出してしまったのである。イスラエル人は、挙句の果てには神の箱をペリシテ人に奪われてしまったのである。
 そして5章、神の箱はまずペリシテ人の地中海沿岸の根拠地であったアシュドトの地のダゴンという神を祭った神殿に置かれた。ダゴンという神は、「収穫」という言葉から派生した神であって、パレスチナ地方ではよく知られたバアル(所有という意味)はその子だという。さて神の箱が置かれた次の日の朝、ダゴンの像は倒れていたとある。さらに翌日になると今度はその頭と両手と胴体がバラバラになっていたとある。またアシュドトの人々に、腫れ物が生じるという災害がもたらされた。たまらず、ガトという町に神の箱を移した。そこでも腫れ物が人々に及んだ。さらにエクロンでも同じことが起きた。11節後半から12節には「町全体が死の恐怖に包まれ、神の御手はそこに重くのしかかっていた。死を免れた人々もはれ物で打たれ、町の叫び声は天にまで達した」とある。こうして、とうとう神の箱はイスラエル人に返されてゆくというのが6章の物語なのである。

2.さて、このような3000年前の神の箱を巡る物語から、今日の私たちが語りかけられているメッセージとは、どのようなことなのであろうか。
 そもそも神の箱とは何なのかという点について、改めて考えてみたいと思う。その神の箱とは、十戒が刻まれた2枚の石の板を収めた箱である。この箱を作るように命じた神様の言葉が、出エジプト記25章8節に書かれている。「わたしのために聖なる所を彼らに造らせなさい。わたしは彼らの中に住むであろう」と。その直後には、箱をどのように作るかが指示されている。サムエル記(上)4章3節のイスラエル人の長老たちの言葉には「主が我々のただ中に来て」とあった。神の箱をかつぐことで神様が「我々のただ中に来て」下さるというのは、神様自身の言葉に基づくものであった。決してイスラエル人が勝手に考えたものではなかったのである。
 しかし大事なのは、どういう形において神様が人々の「ただ中に」いて下さるのかという点なのである。十戒とは、神様が語った言葉である。十戒について聖書が最初に語る出エジプト記の20章1節は、次のように始まっている。「神はこれらすべての言葉を告げられた」と。十戒とは、何よりも神の言葉なのである。人間の言葉ではないのである。また人間が望んだことを神様が言葉にしたものでもない。だから、神の箱を担ぐということは、突き詰めて言うと神様の言葉を担ぐことになるのである。神様の言葉を担ぐことによって、「わたしはあなたがたのただ中にいよう」と神様はおっしゃったのである。
 これがどれほど驚くべきことであったかは、ペリシテ人と比べてみるとよくわかる。ペリシテ人だけではなく、当時の多くの民族、そして当時だけではなく今日の私たちと比べてみると、その決定的な違いがわかってくる。ペリシテ人はダゴンという神の像を作り、それを神殿に置いて拝んだ。そのような形においてダゴンという神が自分たちのただ中にいると信じていたのである。では、そこに込められた思いや言葉とはどのようなものであったのか。ダゴンとは「収穫」という言葉に由来するということである。人々は、ダゴンという神を拝む自分たちに多くの収穫を御利益として与えてほしいという願い言葉をもって、その言葉が形になった像を作った。その像は人間の側の言葉が形になったものに他ならない。今から3000年前の時代社会では、恐らく大抵の民族の神々はそういうものだった。今でも私たちはそうした願いや言葉をもって、それが目に見える形となった像を作る。金ぴかの像、巨大な像、千の手や千の目を持つ像・・・などなど。私たちの中から出て来た言葉や願いは様々な神々を作りだし、私たちはそれを拝み頼りにしている。イスラエル人は、確かに神の箱を担ごうとした。しかしそれは、神様の言葉を担ごうとしたのではなく、ペリシテ人に勝ちたいという自分たちの願いを担ごうとしたに過ぎなかったのである。ペリシテ人がダゴンという神を拝んでいたのと実は同じだったのである。

3.当時も今もごく当たり前であったように、私たち自身の願いや言葉を形にしたものを拝んだり担いだりする私たちに対し、神様は「わたしの言葉をかつげ」と命じるのである。その具体的なありさまとして、神様は十戒が刻まれた石の板が収められた箱をかつげと言うのである。そのことにおいて神様は、私たちのただ中におられようとされる。神様のその心は、どのようにしても汲み尽くし得ないものがある。それが何よりも如実に現れているのは、やはり十戒の最初の言葉ではないかと示されるのである。
 出エジプト記の20章2節に「わたしは主、あなたの神、あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出した神である」とある。「導き出した」と過去形に訳されている。しかし原文の本来のニュアンスは「導き出し続ける」という意味だという。神様の私たちへの最大の御心とは、私たちを「エジプトの国」や「奴隷の家」から未来永劫導き出し続けることにこそある。そのために十戒を私たちに授けたのである。私は「国」や「家」という言葉をとても象徴的だといつも感じる。私たちを奴隷状態にする最大のものは国であり家ではないだろうか。
 しかしそれだけではないとも思う。十戒の中で神様が一番初めに禁じているのは、このような神様以外の神を神とすることであり、また神の像を造ることである。では神の像を造るのは誰かと言えば、国であり家でもあるが、それ以上に私たち自身なのである。私たち自身の内側から出る願いや言葉がそれを形にする像を作り、それを私たちは拝むのである。これが何よりも私たちを奴隷にしてしまう。私たちの心から出た願いや言葉が神になって、それが私たちを奴隷にするのである。「健康でなければならない」、「元気でなければならない」、「長生きでなければならない」と私たちは幾つも幾つも「こうでなければならない」という言葉をもって神々を作り、それに頼り、結果としてそれに縛られ、奴隷となるのである。私たちの悲劇は、私たちの心から出た願いの言葉が私たちを奴隷にしてしまうことなのである。だからこそ神様は、国や家や自分自身からの言葉をはねのけて、「私の語る言葉を聞き、それに呼応して生きよ」と言うのである。
 神様が語ったわずか10の戒めの内で、私たちの具体的な生活の指針は、「安息日を聖別せよ、七日目を休め」である。「働け、働け、働かなければ生きてゆけない」という言葉ばかりが私たちを突き動かす時代にあって、神様が何よりも私たちに具体的な生活の指針として語って下さった言葉が「休め」であったということは、何という驚きであろうか。それは安心してよいのだということでもある。必ず7日目には安心してよい日がやってくる。思い煩いから、自分の働きや努力や、たとえば新型コロナウイルスに感染しないための必死の毎日などから解き放たれて、必ず安心し、休息してよい日が訪れる。私たちにとって礼拝をささげることは、この神様の言葉に呼応して安息をいただくことなのである。国や家や自分自身から出た言葉によってではなく、神様の言葉によって生きるがゆえの休息をいただくことなのである。

4.以上のことからして、なぜ神の箱がダゴンの像やペリシテ人に、ひいては戦勝を求めて担ぎ出したイスラエル人にも災いを引き越したかがよくわかってくる。それは、突き詰めれば私たちを奴隷にしようとするものに対する神様の戦いに他ならないのである。私たちを自由にしようとなさろうとするがゆえの神様の戦いなのだと思う。起きている出来事自体は、うわべでは災いにしか見えない。6節にも11節にも「神の御手は重くのしかかり、災害をもたらした」とある。しかし神様の御手は決して私たちに重くのしかかるものだけではないし、また災いだけをもたらすものではないと思うのである。
 今まさに新型コロナウイルス禍は、私たちにとって災害である。私たちの叫びは天にまで達しているといってよいかもしれない。しかし私はそこに、ダゴンの像をバラバラにする神の御手を見るように思う。私たち人間があちこちに立てた偶像の神々が破壊されている。私たち人間が主人公なのだという生き方や価値観が粉々にされている。出工ジプト記の25章8節の「わたしは彼らの中に住む」やサムエル記(上)4章3節の「主が我々のただ中に来て」との言葉のように、まさに私たちではないところの「主」である神様が私たちのただ中に来ておられるがゆえの出来事ではなかろうか。
 この新型コロナウイルス禍が私たちに与えて下さった恵みがあり自由がある。それは何よりも安息ではないだろうか。様々なものが思い通りには計画通りにはならなくなった。しかし、だからこそ逆に、様々な計画を立てその通りにしなければならないという思いから私たちは解放されたのである。9月にまで延期した教区総会は、中止と決めざるを得なかった。今の状況が続けば来年5月の総会開催も危ぶまれる。私の議長としての任期もそれまでのはずなのだが、それとてどうなるか全くわからない。そのようにして私たちは、私たちが主人公であるという生き方から解放されたのである。そこにこそ安息があるのではないだろうか。それまで私たちがすばらしい価値として追い求めてきた教会における「3密」、すなわち社拝や会員が一杯になることは、もう追求不可能となってしまった。私自身も含めて、多くの牧師たちが礼拝出席者の数に一喜一憂することから解放された。人が密集する都会からどんどん人々が地方へと流れてゆきつつあるそうである。かつてのペストの大流行がヨーロッパ中世に終わりをもたらし、またルネサンスや宗教改革へとつながっていったように、今の新型コロナウイルス禍は教会のありかたにも大きな変化をもたらすであろう。主の御手は重いばかりではないのである。

聖書:新共同訳聖書「サムエル記(上) 5章 1~12節」 05:01ペリシテ人は神の箱を奪い、エベン・エゼルからアシュドドへ運んだ。 05:02ペリシテ人は神の箱を取り、ダゴンの神殿に運び入れ、ダゴンのそばに置いた。 05:03翌朝、アシュドドの人々が早く起きてみると、主の箱の前の地面にダゴンがうつ伏せに倒れていた。人々はダゴンを持ち上げ、元の場所に据えた。 05:04その翌朝、早く起きてみると、ダゴンはまたも主の箱の前の地面にうつ伏せに倒れていた。しかもダゴンの頭と両手は切り取られて敷居のところにあり、胴体だけが残されていた。 05:05そのため、今日に至るまで、ダゴンの祭司やダゴンの神殿に行く者はだれも、アシュドドのダゴンの敷居を踏まない。 05:06主の御手はアシュドドの人々の上に重くのしかかり、災害をもたらした。主はアシュドドとその周辺の人々を打って、はれ物を生じさせられた。 05:07アシュドドの人々はこれを見て、言い合った。「イスラエルの神の箱を我々のうちにとどめて置いてはならない。この神の手は我々と我々の神ダゴンの上に災難をもたらす。」 05:08彼らは人をやってペリシテの領主を全員集め、「イスラエルの神の箱をどうしたものか」と尋ねた。彼らは答えた。「イスラエルの神の箱をガトへ移そう。」イスラエルの神の箱はそこに移された。 05:09箱が移されて来ると、主の御手がその町に甚だしい恐慌を引き起こした。町の住民は、小さい者から大きい者までも打たれ、はれ物が彼らの間に広がった。 05:10彼らは神の箱をエクロンに送った。神の箱がエクロンに着くと、住民は大声で叫んだ。「イスラエルの神の箱をここに移して、わたしとわたしの民を殺すつもりか。」 05:11彼らは人をやってペリシテの領主を全員集め、そして言った。「イスラエルの神の箱を送り返そう。元の所に戻ってもらおう。そうすれば、わたしとわたしの民は殺されはしないだろう。」実際、町全体が死の恐怖に包まれ、神の御手はそこに重くのしかかっていた。 05:12死を免れた人々もはれ物で打たれ、町の叫び声は天にまで達した。


2020/08/02 聖霊降節第10主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「執事専任の経緯」 1.前回は、私たちが「一つ」でいるということには難儀が伴うことを、しかしそれが神様の私たちへの願いであり、またイエス様の最後の祈りでもあったことを、そして、私たちが一つであることによって、私たちの思いを越えた奥深い恵みや賜物が与えられるということを教えられた。
 この使徒言行録の箇所が記しているのは、前回私たちが教えられた実例そのものであるように思う。生まれたばかりの教会が一つであろうとするがゆえの難儀さと、どのようにして教会がその大変さを乗り越えようとしたか、そしてその結果としてどのような賜物が与えられたかが書かれている。
 そこでまず教えられるのは、誕生したばかりの教会に一つであろうとするがゆえのどのような大変さがあったかという点である。1節には「そのころ弟子の数が増えてきて・・・やもめたちが軽んじられていた」とある。端的に言うと、教会の中でギリシャ語を話すユダヤ人とヘブライ語を話す人々との間に溝が生じ、それは最も具体的には日々の食事の支援を巡って起きており、ギリシャ語を話す人々の中の未亡人たちに援助が行き届きにくくなっていたということである。これは少し背景にある事情を説明する必要があるだろう。
 「ギリシャ語を話すユダヤ人」とは、ディアスポラのユダヤ人と呼ばれる人々のことである。長いユダヤ人の歴史の中で―特にアッシリアやバビロニアといった大国によって祖国が滅ぼされたために―彼らはアジアやヨーロッパのあちこちに散らばらされて生活をせざるを得なかった。この散らばらされた状態をディアスポラという。散らばらされた人々の中には、晩年になると祖国の地に帰ってそこに葬られたいと願う者が多くいたそうである。エルサレムに帰った人々の内、夫に先立たれた妻は未亡人となった。彼女たちは、先祖代々パレスチナで暮らしてきた人々―「ヘブライ語を話すユダヤ人」と呼ばれている人々―とは違って、家屋敷や生活の基盤を持たないので、未亡人となった以後は様々な助けを必要とした。伝統的にユダヤ人は、そうした相互扶助を行ってきた。ユダヤ人からクリスチャンとなった人々も同じように教会の中でそうした助け合いを行ってきた。助けを差し出すのは、おそらくは専ら先祖代々この地に住み続けてきた「ヘブライ語を話すユダヤ人」だったのではなかろうか。しかし、助けるべき人々が余りにも沢山になり負担も大変になると、そのことへの不満がつのるようになり、徐々にギリシャ語を話すユダヤ人クリスチャンへの支援が滞ってしまうようになった。その事情はよくわかるように思う。
 このように信者が一つであることの難儀さがあった。それは単に言葉が違うだけからのことではなく、長く生活習慣などを異にしてきた者が一つであるがゆえの大変さである。礼拝を共にするだけでも大変だったに違いない。私はよく、大洗町(茨城県中部の太平洋岸にある町)にあるインドネシアのグミン教会の人々の礼拝に招かれる。たしか一昨年、グミンからきた讃美チームを招いて大洗の人々と夕拝をご一緒したことがあった。私のメッセージは、一文一文通訳していただかなければならなかった。大洗に住んでおられる人々は、もう日本に来て相当長かったが、日本語が通じる人は少なかった。礼拝を共にするだけでもこのようになかなか大変だった。話を戻し、一つであろうとしたのは礼拝だけではなかった。未亡人となった女性たちの日々の生活を援助するということ、ギリシャ語を話す人々の生活面での大変さをヘブライ語を話す信者たちも一緒に背負うということだった。こうしたことに、一つであろうとすることは難儀さがあったのである。

2.さて、ではこの難儀さを、教会はどのように解決しようとしたのであろうか。最も楽な解決方法は、ヘブライ語を話すクリスチャンたちがギリシャ語を話す人々とたもとを分かつことだったと思う。自分たちが軽んじられていると苦情を言うなら、つまり「文句があるなら別れてくれて結構だ」ということである。次なる次善の策は、苦情が出ている事柄である日々の食事の支援を止めてしまうということであろう。「そうした支援を行うのはもう実際的には無理なのだから、礼拝を同じくするだけにとどめる」ということであろう。一つであるのは礼拝共同体である点に留めるのである。しかし、誕生したばかりの教会は、このいずれの策をもとらなかった。苦情を言う人々を切り離すこともせず、また苦情が出ている問題である食事の支援を打ち切ることもしなかった。礼拝共同体として一つであることは勿論、食事の支援という生活上の問題でも一つであろうとしたのである。私はここに今日の私たちが、教会のありかたとして大いに教えられる点があると強く思うのである。
 言うまでもなく教会はあくまで礼拝共同体である。全面的に信者同士がそのすべての生活面の大変さを共有するということは不可能だし、それをすることによる弊害もあると思う。5章にあったアナニアとサフィラ夫婦に起きた悲劇は、誕生したばかりの教会が『原始共産制』とも言われるほどの全面的な生活の相互支援というものを強くしたがゆえの悲劇ではなかったかとお勧めをした。4章32節に「信じた人々の群れは、心も思いも一つにし、一人として持ち物を自分のものだと思う者はなく、すべてを共有していた」とある。このような「一つ」のありかたが、あるべき教会の姿として強制されてしまうなら、私たちは到底教会員にはなれないと感じてしまうだろう。
 しかし私たちが「一つ」であるのは礼拝共同体においてである。そうであればこそ、礼拝に集いたくとも集えないような、主の日の食事にも事欠くという事情の人がいればそれを支援するのである。イスラエルの人々はこのような支援を伝統的に行ってきたし、生まれたばかりの教会もそれを引き継いだのである。そうすることによる難儀さもあり苦情も出ていたのに、なおもそれを続けようとした。残念ながら、今日の私たちの教会にもっとも不足しているのは、この点ではないかとしみじみ感じる。
 以前仕えていた郡山教会において、牧師館においでになるホームレスたちに食事を差し上げる働きを、何人かの教会員に協力をいただいてはじめた。一時は、一日に5人もの人々に差し上げた。それをはじめるきっかけになったのは、福音書において5000人への供食と呼ばれている御言葉に出会ったこと(例えばルカによる福音書9章10節以下)である。夕暮れになったのでイエス様の話に耳を傾けていた群衆を弟子たちが解散させて、めいめいで食べ物を見つけさせようとした。しかしイエス様は「あなたがたが彼らに食べ物を与えなさい」と言った。これも、あくまでイエス様の話を聞く、つまり礼拝をささげるということの中で空腹を抱えている人々がいれば、そこにかかわりなさいという教えなのではなかったかと思うのである。困窮しているすべての人に「食べ物を与えよ」ということではないと思うのである。
 郡山教会で、会員同士の生活支援制度を始め、この教会でも一昨年からそれを始めさせていただいた。茨城YMCAを会場として『みんなの食堂』を行ったのも同じような思いからだった。今は新型コロナウイルス禍があって実施できないが、これが収まったならぜひとも教会において、直接礼拝ではないが礼拝堂を訪れる人々の中で困っている人がいれば、少しでも食事の支援ができればと思う。一つの教会だけでそれを行うのが大変ならば、地域の幾つかの教会・信者が協力して行ってもよいと思う。つくばクリスチャンセンターを設立した先人たちが夢見たのは、実はそういう働きだったのだと思う。

3.このように、誕生したばかりの教会は、礼拝共同体であろうとしたからこそ、礼拝を共にするだけではなく日々の生活の大変さをも共に担おうしたのである。大切なこととして教えられるのは、やみくもにそうしようとしたのではなかったという点である。一つであることにおいて、とりわけても食事の世話をすることについて巧みな知恵を発揮した。それが2節以下「わたしたちが、神の言葉をないがしろにして・・・専念することにします」と提案し、会員もこれを受け入れて7人の人達を選んだ。現在の教会における長老とか執事とか役員と呼ばれる人々のスタートであった。
 しばしば2節最初の12弟子の言葉が誤解され、最初の教会が「食事の世話」をないがしろにしたと受け取られてしまうことがある。しかし決してそうではなかったのである。確かに12人の使徒たちは、神の言葉の奉仕つまり礼拝をつかさどることに専念しそれを優先させた。しかし、教会全体としては、礼拝の奉仕も食事の世話も両方大事な働きとして選び取ったからこそ、食事の世話にあたる7人の人々を選んだのである。教会全体としては神様の御言葉の奉仕も食事の世話もなくてはならない働きとして選び取り、それぞれを担う人を振り分けたのである。
 選ばれた7人の人々の名前は全員がギリシャ風であり、皆がギリシャ語を話すグループの代表ではなかったかと注解書にあった。しかし名前はそうであったとしても全員がそうであったとは限らないと思う。苦情を持つ人々の意見を大いに反映させようとの配慮はあったであろう。しかし名前はギリシャ風ではあっても勿論ギリシャ語も話せて十分へブライ語も話せるがゆえに、両者の懸け橋になれるような人々が選ばれたのではなかったか。
 私はこのような知恵に、教会だからこそ選び取ることのできる賢さのようなものを見るように思う。教会が第一にになうべき働きは神様の御言葉の奉仕である。この第一に担うべき務めに牧師は専念する。教会として第一に担うべき働きをしっかりと定め、それに専念する者がちゃんと定められれば、それ以外にも教会として大切な働きと考えたものについても担う人が現れ、その働きにおいて少々不平不満があったり苦情が出たりしても、何とかやってゆけるようになるのである。教会がまず礼拝共同体であることにおいて一つであろうとし、そこに専念する者がしっかりといるなら、それ以外の面で一つであろうとすることも何とかやってゆけるのが教会ではないだろうか。

4.誕生したばかりの教会が、このようにして「一つ」であることの労苦を担おうとしたことで神様によって与えられた賜物について見てみたい。7節「こうして神の言葉はますます広まり、弟子の数はエルサレムで非常に増えていき、祭司も大勢この信仰に入った」とある。
 注解書には、ユダヤ人は一般的にはギリシャ語を話す人々とヘブライ語を話す人々が、それぞれ自分たちだけが集まる礼拝堂を持つのが普通だったとあった。しかしクリスチャンたちは、苦労をしながらもひとつの共同体であり続けようとしたのである。その姿を見たからこそ、特にユダヤ教の祭司たちがキリスト教に心引かれていったということがあったのではないだろうか。そこにキリスト教という宗教の核心を見たのかもしれない。ユダヤ教においては、律法の行いが中心である。だからどうしても人間の側の要素が強くなると思う。言葉や生活習慣の違いで別々にならざるを得ないところがある。しかしキリスト教は、何よりもイエス様の十字架と復活という強烈な出来事によって私たちが招かれ赦されるという宗教なのである。そこにおいては、人間の側の言葉や生活習慣の違いなど、なにほどのこともないのである。エフェソの信徒への手紙2章11節以下でパウロは、「私たちはイエス様の十字架によって一つにされた」と語っている。一つにされた私たちの姿が証しするものがある。
 7節はじめには「神の言葉はますます広まり」とある。教会は、神様の言葉をないがしろにせず、その奉仕に専念する者を定め、しかしそれだけではなく、食事の奉仕を担う人々をも選び、苦労しつつもその働きを続けようとした。この両方があいまって結果的には「神の言葉がますます広まって」いったのである。

聖書:新共同訳聖書「使徒言行録 6章 1~7節」 06:01そのころ、弟子の数が増えてきて、ギリシア語を話すユダヤ人から、ヘブライ語を話すユダヤ人に対して苦情が出た。それは、日々の分配のことで、仲間のやもめたちが軽んじられていたからである。 06:02そこで、十二人は弟子をすべて呼び集めて言った。「わたしたちが、神の言葉をないがしろにして、食事の世話をするのは好ましくない。 06:03それで、兄弟たち、あなたがたの中から、“霊”と知恵に満ちた評判の良い人を七人選びなさい。彼らにその仕事を任せよう。 06:04わたしたちは、祈りと御言葉の奉仕に専念することにします。」 06:05一同はこの提案に賛成し、信仰と聖霊に満ちている人ステファノと、ほかにフィリポ、プロコロ、ニカノル、ティモン、パルメナ、アンティオキア出身の改宗者ニコラオを選んで、 06:06使徒たちの前に立たせた。使徒たちは、祈って彼らの上に手を置いた。 06:07こうして、神の言葉はますます広まり、弟子の数はエルサレムで非常に増えていき、祭司も大勢この信仰に入った。


2020/07/26 聖霊降節第9主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「一つになるように」 1.祈りとは、私たちの抱く勝手な願いに神様を無理やり引きずり下ろすことではなく、私たちの思いが神様の願いに引っ張り上げられ招き入れられ、それに沿うようにさせていただく力を持っているように思う。だから、この17章のイエス様の祈りにおいても、言葉としてはイエス様が抱いた願いが全面に出てはいるのだが、その背後には、そもそも神様の願いがあり、それを神様が実現しようとしておられるということがある。イエス様は、神様が私たちにおいて実現されようとしておられる願いが何であるかをしっかりと見つめ、そこに私たちが引き上げられ、沿うようにさせていただくように祈っておられたのである。
 イエス様は、神様が私たちに実現しようと願っておられるのは、どのようなことだと祈っていたのか。21節から23節までに4回にわたって「一つになる」ということが繰り返されている。イエス様の祈りは、私たちについての神様の何よりもの願いが、私たちが一つになることだとの祈りなのである。これが、弟子たちや私たちについてのイエス様の最後の願いだったのである。イエス様は、私たちが一つになるようにとの神様の願いに私たちが沿うようになってほしいと、その祈りの最後で願っておられたのである。

2.私は改めてこのことに驚きを感じた。イエス様が、その祈りの最後で願うべきことはもっと他に、もっと大切なことがあったのではなかったか。もっと他のことを最後に祈ってほしかったと私たちは思うのではないだろうか。今の私たちにとって、果たして一つになるということが最大の願いとなるようなことであろうか。例えば新型コロナウイルス感染症からの救いとか、おおよそすべての苦難からの救いとか、もっともっと私たちにとっての切実な願いがあるのではなかろうか。
 信者が一つになるということでは、カトリックとプロテスタントの信者は16世紀に別れたままである。私たちプロテスタント教会の信者たちに至っては、もう数え切れないほどの教派・グループに別れてしまっている。それらが一つになってほしいと、私たちはそれほど切実に願っているわけではない。日本においては、私たち日本基督教団がプロテスタント教会の中では最も大きな「一つ」になっている教派である。しかしその中には、いろいろな対立や争いがある。そのような対立を繰り返している位なら、いっそのこと別々になった方がよいのではないかと考える人も実は多いのである。
 守秘義務のあることなのであまり詳しくは話せないが、先日の教区の会議で、ある要望が出された。新型コロナウイルスによって被害を受けた教会を支援をしようということで、各地区を経由して幾つかの教会から出された申請書の中に、負担金をゼロにしてほしいというような趣旨の一文があった。どこの教会にとっても、負担金を収めるというのは、とても大変なのである。地区長によれば、このような一文を書いたのには、これほどの高額な負担金を収めて一体何になるのかという思いがあったというのである。その教会やその教会の牧師にとって、今の教団の方針や考え方には同意できないという思い、一つにはなれないという思いがあり、だからそのような教団に高い負担金を収めるよりは、いっそのこと教団を離れた方がよいという思うのだというのである。確かに以前、私がいた東北教区においてもそのような思いから教団を離脱していった大きな教会があった。一つになるということには、実は大変な負担があり面倒が伴うのである。それを避けた方が楽であり、実際的なメリットが大きいのかもしれない。
 しかし、神様の私たちへの願い、またイエス様の最後の祈りは、私たちが一つになるということだったのである。なぜそれが私たちへの神様の願いなのであろうか。イエス様の最後の祈りなのであろうか。それは一つになるということには、ばらばらになった方が楽だ、そのほうがメリットがあると考える私たちには到底知り得ないような奥深い意義があるからではなかろうか。

3.一つであることから、私たちが与えられるものとは、どのようなことであろうか。21節には「あなたがわたしの内にあり、わたしがあなたの内にいるように、すべての人を一つにしてください」とある。22節にも「わたしたちが一つであるように、彼らも一つになる」とある。このイエス様の言葉からわかるのは、私たちが一つであることは、常にイエス様と神様とが一つであるという関係と結び付けられていることである。イエス様と神様との関係から、私たちが一つであることの意義やすばらしさというものがわかるということであろう。
 神様とイエス様とが相互に「内にある」とか、神様とイエス様とが一つであるということは一体どういうことなのであろうか。そこにある奥深い意義とはどのようなものなのか。この点こそが、私には到底汲み尽くし得ない部分であった。しかし、イエス様と神様との関係について、イエス様が様々な言い方をしておられたことから推し量れることがあった。21節と23節には「あなたがわたしをお遣わしになった」とあり、22節には「あなたがくださった栄光」とある。23節の最後には「わたしを愛しておられたように」とある。24節には「天地創造の前からわたしを愛して、与えてくださったわたしの栄光」ともある。こうしたイエス様の祈りの言葉から浮かび上がってくるイエス様と神様との関係とは、イエス様が神様から愛され、遣わされ、栄光を与えられたということである。神様とイエス様とが相互に「内にあり」一つであるというのは、まずこのようなことから浮かび上がってくることなのであろう。
 ではイエス様にとって、神様に愛され、遣わされ、栄光を与えられるとは具体的にどういうことを意味したのであろうか。愛され、栄光を与えられるということなのだから、イエス様がこの地上での生涯において、とても幸いな人生を送るということだったであろうか。いや、全くそうではなかった。直前の18節には、イエス様が世に遣わされたということは、イエス様が自分自身をささげることだとされている。だから、イエス様にとって神様に愛され遣わされ栄光を与えられるとは、他でもなく十字架につけられるということだったのである。これが、神様とイエス様とが相互に内にあり一つであることの現れだったのだと示されるのである。
 この関係においては、ただイエス様だけが一方的に十字架の苦しみを背負うということではないのだと思うのである。一つであり相互に「内にある」関係のイエス様が十字架の上で苦しむことは、当然のこと神様にとっても同じ苦しみなのであった。ひとり子であるイエス様が、十字架の上で殺されるということは、父である神様にとって、どれほどの痛みであったか。このようなことからすると、一つであるということの根源にあるのは苦しみを共有する・苦難を担い合うということではないかと示されるのである。

4.ではなぜそれが意義深いことであり、そこにすばらしさがあるのであろうか。そのすばらしさを私たちにも味わってほしいと、なぜイエス様は最後の最後に願ったのか。
 そこにはメリットとは全く正反対のような苦難を担い合うということがある。別々であれば決して背負わなくてもよい負担がある。しかし苦難を担い合うことによってのみ味わえることがあるのではなかろうか。それがイエス様の祈りでは、愛とか栄光とか遣わされるという言葉で言い表されているのではないかと思うのである。苦難を担い合うことにおいてこそ、私たちは愛を感じ取る。栄光という言葉に込められているのは「輝き」ということである。苦難を背負い合う関係においてこそ、生きている輝きを味わうのである。「遣わされる」という言葉に込められている使命や役割に生きる喜びを感じ取ることができるのである。これらはすべて一つになること、お互いがお互いの「内にある」というほどに深い部分を共有することによって、始めて可能となることなのである。
 コロナ禍にあって、患者の治療に多くの医師や看護師が命をかけているあたっている事実がある。一体なぜ、彼らはそこまで危険を背負うのであろうか。それは単に医師や看護師だからという責任感・義務感からではないと思うのである。そこには、苦しむ患者とその苦難を共に背負うことから与えられる無上の喜びがあるからだと思うのである。その苦難や危険はまさに治療する側とされる側とが一つなのである。一つであるがゆえに、途方もない危険があり負担がある。しかしそうでなければ決して得られない愛や輝きや使命に生きる喜びがあるのではないだろうか。
 先ほどの負担金の話は、何ら命の危険が伴わないことである。日本基督教団が一つであるがゆえに負わねばならない負担金も同じなのだと私は思う。負担金の負担だけではなく、様々な歴史や考え方をもつ教会が一つであるがゆえの苦難や大変さの意義もそこにあると思うのである。一つであるがゆえの負担を厭うなら、また神様からの奥深い恵みや喜びをいただくこともできないのである。イエス様と神様とは、こうして十字架という苦難を共に背負い合う姿を私たちに示すことによって、苦難を背負うところに生じる「一つである」とのあり方へと私たちを引き上げてくださろうとしているのである。

5.これまでは専ら他者同士が一つであることについて触れてきた。さらにこれを敷延して、私たちひとり一人の中で「一つ」ということが生じる意義深さも教えられる。
 神様とイエス様とが一つであるということは、目には見えない存在である神様と十字架の上で殺されてしまうような人間であるイエス様が一つであるということである。それは外形的には全くわからないことなのである。しかしそのことにおいて、イエス様は十字架という苦難を受け入れた。私たちにもそのようなことが起きるのだとイエス様は教えて下さっているように思える。神様とイエス様とが相互に「内にあり」一つであったように、私たちも神様と一つであることが起きるのである。私たちと神様とが思いもかけず一つであることを教えて下さるためにこそ、イエス様がまず人となり十字架にかかって神様と一つであるあり様を見せてくださったのだと思う。22節には「あなたがくださった栄光は、わたしは彼らに与えました」とある。イエス様と神様との関係は、イエス様を通して私たちにも与えられているのである。それは到底、私たちの外見からはそうは見えないし、わからないことではあるが、神様と人であるイエス様とが、また天におられる神様と十字架の上で殺されるイエス様が一つであったように、私たちのある状態―私たちにとっては到底受け入れがたいような辛い状況―が、実は神様と私たちが一つであることの現れなのである。神様とイエス様とが一つであるということにおいて、イエス様が十字架という苦難を受け入れたように、私たちも、与えられた苦難を受け入れられるようになるのである。
 私たちの人生にとっての最大の課題は、一人ひとりに与えられたそれぞれの十字架という苦難を、排除したり切り捨てたりすることなく、その苦難を、授かった自分をも「一つ」なる存在として受容してゆけることなのだと思うのである。それが私自身の課題でもある。年齢を重ねてゆくと、切り捨ててしまいたいような不具合・調子の悪さばかりがどんどん増えてゆく。そうした自分自身をいかにして一つなる自分として受け入れてゆけるか。それをなさしめてくださるものが、「すべての人―こと―を一つにできるように」とのイエス様の祈りなのである。神様がそのように実現しようと願っておられるということなのである。他者との、また自分自身におきた出来事においても、一つになることには苦難が伴う。しかしそこにこそ奥深い喜びがある。

聖書:新共同訳聖書「ヨハネによる福音書 17章 20~26節」 17:20また、彼らのためだけでなく、彼らの言葉によってわたしを信じる人々のためにも、お願いします。 17:21父よ、あなたがわたしの内におられ、わたしがあなたの内にいるように、すべての人を一つにしてください。彼らもわたしたちの内にいるようにしてください。そうすれば、世は、あなたがわたしをお遣わしになったことを、信じるようになります。 17:22あなたがくださった栄光を、わたしは彼らに与えました。わたしたちが一つであるように、彼らも一つになるためです。 17:23わたしが彼らの内におり、あなたがわたしの内におられるのは、彼らが完全に一つになるためです。こうして、あなたがわたしをお遣わしになったこと、また、わたしを愛しておられたように、彼らをも愛しておられたことを、世が知るようになります。 17:24父よ、わたしに与えてくださった人々を、わたしのいる所に、共におらせてください。それは、天地創造の前からわたしを愛して、与えてくださったわたしの栄光を、彼らに見せるためです。 17:25正しい父よ、世はあなたを知りませんが、わたしはあなたを知っており、この人々はあなたがわたしを遣わされたことを知っています。 17:26わたしは御名を彼らに知らせました。また、これからも知らせます。わたしに対するあなたの愛が彼らの内にあり、わたしも彼らの内にいるようになるためです。


2020/07/19 聖霊降節第8主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「神の箱、奪われる」 1.イスラエルの人々が、ペリシテ人(パレスチナの地中海沿岸地域を主だった支配域としていた民族)に対して攻撃を仕掛け、4000人もの戦死者を出してしまった。そんなにも多くの戦死者が出たのでイスラエルの人々は、主の契約の箱(十戒が刻まれた2枚の石の板を収めた箱で、神の箱とも呼ばれていた)を戦場へと担ぎ出し、勝利を得ようと思った。なお、士師記に登場したサムソンは、彼らと何度か戦闘をしていた。彼らは紀元前11世紀位から徐々勢力を拡大しはじめ、このサムエル記の時代には勢力のピークを迎えつつあったそうである。今日この地方がパレスチナと呼ばれるのはペリシテという語から来ている。それほどにペリシテ人がこの地方に及ぼした力は大きかった。
 イスラエル人は神の箱を歓呼して迎えた。それを聞いて、ペリシテ人は危機感を覚えた。しかし、さらに力がみなぎることにもなった。結局イスラエル人は3万人もの戦死者を出してしまった。さらに契約の箱も、ペリシテ人に奪われてしまった。シロの聖所の指導者だっ祭司エリの2人の息子も、この戦いによって死んでしまった。18節には、当時98歳になっていたエリが息子たちの死や契約の箱が奪われたことを聞いてショックの余り死んでしまったとある。4章から6章までは、神の箱をめぐってのとても不思議な物語が記されている箇所である。
 4章から6章までの物語も、昔から読む者に幾つもの疑問を抱かせてきた少し面倒な話である。何よりもの疑問は、4章1節前半の「サムエルの言葉は全イスラエルに及んだ」ということと、4章1節後半以下の出来事がどのようにつながっているのかということである。またそれと絡んで、4章から6章までの物語の中で、なぜサムエルのことが一度も言及されていないのかという点である。サムエルが再び登場するのは7章3節からなのである。
 ある人々は、4章1節前半とそれ以下の神の箱をめぐる物語は、もともとは全く別のものであり、後になってここに挿入されて編集されたのだと、だから4章から6章までの物語にサムエルは登場しないのだと解釈している。私たちの聖書の翻訳が、4章1節を前半と後半に、わざわざ別の段落に分けているのも、そういう理解が背景にあるのであろう。
 またある人々は、4章1節前半と後半以下の物語は、つながっているのだと理解する。少なくとも聖書をこのような形で編纂した人々は、そのように考えていた。では、それらはどのようにつながっているのでか。それは「サムエルの言葉が全イスラエルに及んだ」ということが、直接的にか間接的にかは別にして、イスラエル人がペリシテ人に向かって出撃したことを招いたということなのである。全イスラエルに及んだというサムエルの言葉がどのようなものかについては何も書かれていない。ユダヤ教の教師たちは伝統的に、とても直接的に「今こそペリシテ人と戦おう」というようなものだったと理解しているそうである。しかし私としては、それはありえないように思う。
 その言葉が直接ペリシテ人との戦闘を促すようなものだったとしたら、少なくとも戦いの場面や敗戦してしまった場面において、イスラエル人を励ますサムエルの姿があってもよかろう。そのような姿がないということは、サムエルはペリシテ人への戦闘については不本意であり、沈黙をせざるを得ないような状況がそこにあったということを暗に物語っているのではないだろうか。

2.では、全イスラエルに及んだサムエルの言葉とは、どのようなものだったのであろうか。それがどのようなものだったかについては、想像の域を出ない。しかし、直前の3章1節以下に記されていた物語から推し量ることができるように思う。
 まだ10歳を少し越えたばかりの少年で、祭司エリの下働きでしかなかったサムエルは、何度も何度も神様から呼びかけられた。しかしサムエルは、それが神様からの呼び声だとは気が付かなかった。「自分のような者にどうして神様というお方がお声をかけてくださろうか」との先入観がサムエルにあったからだと思う。3章1節に「そのころ、主の言葉が臨むことは少なく」とある。このサムエルに象徴的に現れているように、多くの人々は自分たちには神様の声を聞くことなどできないと思っており、ある特別な人々だけが神様の声を聞けると信じていた。また特別な出来事を通してのみ神様は姿を示して下さると考えていたのではなかったか。だから、多くの人々が神様とは無関係な生活を営むしかなかったのである。
 しかし神様は、よりにもよって、まだ成人にもなっておらず正式な祭司にもなっていなかった少年に、それも何度呼びかけてもそれと気が付かないサムエルに言葉をかけ姿を示して下さった。3節に「まだ神のともし火は消えておらず」とあるように。当時の大多数の人々にとっては、とうの昔に神様がどこにおられるかわからないし、その言葉など聞くことはできない存在になってしまっていたのである。しかし、決してそうではないということがサムエルの出来事を通してわかったのである。確かに神は「ともし火のような」としてその言葉が聞こえ、姿が現れるのであった。少年サムエルを通してということがその現れである。そしてサムエル自身も、自分が呼ばれているのがわからないという不思議な形においてであった。それは、誰にでも神様は声をかけ、サムエルが「主よ、お話しください」と応答したようにするのを待っておられたということではなかろうか。
 全イスラエルに及んだサムエルの言葉とは、以上のようなものではなかったか。何よりもその根源には、神様は思いもかけない仕方で私たちに呼びかけてくださるとのメッセージだったと思う。核心には神様から呼びかけられる喜びがあったと思う。

3.こうしたサムエルの言葉は、信仰的な再燃、いわゆるリバイバルというものをイスラエル人に引き越したのではなかろうか。「主のともし火は消えてはいないのだ。神様は私たちに呼びかけてくださるのだ。私たちは神様とのつながりの中で生きることができるのだ。」この信仰的な再燃が、ペリシテ人への出撃という形となり、ペリシテ人に向かって攻撃を仕掛ければ神様は必ずや勝利を得させてくださるに違いないという思いを抱かせたのはよくわかる。3節でイスラエルの長老たちは「なぜ主は今日、我々がペリシテ軍によって打ち負かされるままにされたのか」と問うていた。これは彼らが神様は必ずや我々に勝利をもたらしてくださると信じきっていたことを現している。それが、サムエルの言葉によってリバイバルされた信仰がもたらしたものであったに違いない。
 しかしサムエルにとっては、そうではなかったということである。自分の語ったことがイスラエルの人々にこのような応答を生じさせたことは、恐らくは不本意なものだったであろう。精一杯それは違うと反対したこのかもしれない。しかしまだまだ若い預言者だったサムエルの声は、長老たちにかき消されてしまったのではなかろうか。以後サムエルの姿が隠されてしまうのは、まさにどこかに遠ざけられその声が黙殺されてしまったからなのかもしれないと想像する。
 ここで、先週、使徒言行録で教えられたことを改めて思い起こす。私たちは、何が神様か出たもので何が人間から出たものなのかを見分けるのがとても難しいと教えられた。そのときイスラエル人は、ペリシテ人に向かって出撃し勝利を得ることが、神様から出たことだと信じきっていた。しかしサムエルにとってはそうではなかった。確かに、ペリシテ人と戦おうという勇ましい思いはリバイバルされた信仰から出たものだった。サムエルの言葉がなく、神様が私たちに呼びかけ働きかけて下さるのだという信仰の鼓舞がなければ、自分たちよりもはるかに強力だったペリシテ人に、こっちから攻撃をしかけようなどとは考えもしなかっただろう。しかしたとえ信仰から出たものであっても、それが人間から出た願いや思いと結び付き、人間から出たにすぎないことを正当化してしまうことがある。先週の使徒言行録には、当時のユダヤ教の指導者たちがイエス様を十字架につけて殺し、またその弟子たちをも殺そうとしたとあった。殺すことが神様から出たものだと信じたのである。しかしそれは実は神様から出たものではなく人間から出たものにすぎなかった。信仰が、殺すことを正当化してしまうことがある。ここに信仰というものの持つ、ある恐ろしい側面がうかがえる。
 だからこそ、何が神様から出たものであり反対に人間から出たものかを見分ける賢さが大事だと思うのである。「神のともし火」という言葉が改めて心にしみる。サムエルが何度もそれとはわからないような形での神様からの呼びかけを聞いたように、おおよそそれが神様から出たものである場合の現れは、「ともし火」という姿を取ると言ってよいのではなかろうか。これに対して、イスラエル人がペリシテ人に向かって戦いをしかけ勝利を得ようとするとき、そこにあるのは「ともし火」ということとはまるで正反対のものではないだろうか。進軍する際に旗印とされるのは「ともし火」とは正反対のものである。その攻撃は、だれも否とは言えないようなものなのである。勝利を求めて神の箱を戦場へと運び入れることも、6節にあるように大歓声をもって迎えられた。これは信仰から出たものではあるけれども、真に神様から出たものではなかったのである。

4.さて、4000人の死者を出したイスラエル人は、「なぜ主は今日、我々がペリシテ軍によって打ち負かされるままにされたのか」と問うていた。私はこの問いの言葉にもまた、彼らの思いが神様から出たものではなかった点がよく現れていると感じる。イスラエル人の信仰とは、要は勝利を求めるものであった。それを手に入れるために神の箱を担ぎ入れようとした。それも確かにサムエルの言葉によってリバイバルされた信仰の現れではあっただろう。しかし、神様から出たものとは言えないのである。
 神様は、必ずしも私たちに実利的な勝利をもたらしてくださるとは限らない。ヨハネによる福音書の11章で教えられた出来事を思い起こす。イエス様と親しくしていたマルタとマリアの兄弟だったラザロが危篤だと聞いたとき、イエス様はすぐにかけつけることなく、まさに病気によってラザロが打ち負かされるままにした。しかしイエス様は、それは「神の栄光のためだ」とおっしゃった。イエス様自身が、十字架の死に打ち負かされるままになさった。私たちに対しても神様は、様々な敵によって私たちが打ち負かされるままにされることがある。それが私たちへの神様の「ともし火」としての現れなのである。そこに神様からの呼びかけがあるとはわからない。そこに神様がおられるとは見えない。しかしそこにこそ、神様はおられるのである。その呼びかけがある。だから、私たちが願ってはいない「敗北」のようなことが現れたとき、それをただネガティブなものとして受け取っての「なぜ」ではなく、「この敗北を通して神様はどのような良いものを与えたもうのか」と私たちは問うことができるのである。そのような受け止めこそが、神様から出たものではないだろうか。
 このような受け止め方ができるようにと、神様はイエス様という契約の箱を私たちに担がせるのである。自分たちの利益である勝利を求めようとしてではあるが、イスラエル人が契約の箱を担いだということは驚くべきことだった。当時のいずこの人々も、もし担ぐのなら神々の像を担いだだろう。しかしイスラエル人は、石の板が収められたただの箱を担いだ。ここには、やはり「ともし火」としての神様のありかたが込められている。イスラエル人は勝利を求めて神の箱を担いだが、私たちは十字架にかかって殺され復活したイエス様を担ぐ。それは、石の板が収められた箱以上に多くの人々にとってはばかげたものである。どうして私たちは、そのようなものを担ぐのか。そのようなものを担いでも勝利などは得られない。私たちはイエス様を担いだからと言って、新型コロナウイルスに感染しないなどということはない。私たちは敵に打ち負かされてしまうだろう。しかし私たちがイエス様を担ぐなら、私たちは敗北のただ中に良いものを見いだすことができる。イスラエル人が担いだ神の箱は奪われたが、イエス様という神の箱は決して奪われないのである。

聖書:新共同訳聖書「サムエル記(上) 4章 1~11節」 04:01サムエルの言葉は全イスラエルに及んだ。イスラエルはペリシテに向かって出撃し、エベン・エゼルに陣を敷いた。一方、ペリシテ軍はアフェクに陣を敷き、 04:02イスラエル軍に向かって戦列を整えた。戦いは広がり、イスラエル軍はペリシテ軍に打ち負かされて、この野戦でおよそ四千の兵士が討ち死にした。 04:03兵士たちが陣営に戻ると、イスラエルの長老たちは言った。「なぜ主は今日、我々がペリシテ軍によって打ち負かされるままにされたのか。主の契約の箱をシロから我々のもとに運んで来よう。そうすれば、主が我々のただ中に来て、敵の手から救ってくださるだろう。」 04:04兵士たちはシロに人をやって、ケルビムの上に座しておられる万軍の主の契約の箱を、そこから担いで来させた。エリの二人の息子ホフニとピネハスも神の契約の箱に従って来た。 04:05主の契約の箱が陣営に到着すると、イスラエルの全軍が大歓声をあげたので、地がどよめいた。 04:06ペリシテ軍は歓声を聞いて言った。「ヘブライ人の陣営にどよめくあの大歓声は何だろう。」そして、主の箱がイスラエル軍の陣営に到着したと知ると、 04:07ペリシテ軍は、神がイスラエル軍の陣営に来たと言い合い、恐れて言った。「大変だ。このようなことはついぞなかったことだ。 04:08大変なことになった。あの強力な神の手から我々を救える者があろうか。あの神は荒れ野でさまざまな災いを与えてエジプトを撃った神だ。 04:09ペリシテ人よ、雄々しく男らしくあれ。さもなければ、ヘブライ人があなたたちに仕えていたように、あなたたちが彼らに仕えることになる。男らしく彼らと戦え。」 04:10こうしてペリシテ軍は戦い、イスラエル軍は打ち負かされて、それぞれの天幕に逃げ帰った。打撃は非常に大きく、イスラエルの歩兵三万人が倒れた。 04:11神の箱は奪われ、エリの二人の息子ホフニとピネハスは死んだ。


2020/07/12 聖霊降節第7主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「神から出たものならば」 1.アナニアとサフィラ夫婦に起きた事件(5章のはじめ)をきっかけにして「多くの男女が主を信じ、その数はますます増えていった」と5章14節にある。そのためイエス様を十字架につけた当時のユダヤ教指導者たちは、ペトロをはじめとする使徒たちを再び捕らえて尋問した。それが二度目だった。それに対する彼らの弁明が29節から32節に記されている。ユダヤ人指導者たちは、自分たちが十字架につけて殺したイエス様を神様が復活させ、導き手・救い主とされたとのペトロたちの言葉を聞いていきり立ち、彼らを殺そうと考えたと33節にある。使徒たちは絶体絶命の危機に陥った。するとそこに思いもかけない助け舟が現れたのである。それが「民衆全体から尊敬されている律法の教師で、ファリサイ派に属するガマリエル(34節)」であった。注解書によると、ガマリエルは紀元25年頃から50年項までの当時のユダヤ教において絶大な尊敬を集めていた指導者だったという(なおパウロも、このガマリエルの弟子だったと、使徒言行録22章3節にある)。
 ガマリエルは、過去のテウダやガリラヤのユダの事例をあげて、結局はそれらが跡形もなく消えてしまった例を引き、「もしクリスチャンの信仰やその信仰共同体である教会が人間から出たものに過ぎないのならテウダやユダの運動と同じように滅びてしまう。しかし神様から出たものならばそれを滅ぼすことはできず、ひょっとすると神様に逆らうこととなるかもしれない。だからクリスチャンから手を引き、しばらくほうっておけ」と語った。この言葉によって使徒たちは鞭打たれながらも釈放されたというのであるす。
 使徒言行録を書いたルカが、どのような思いを込めてこの出来事を記したのかがひしひしと伝わってくる。生まれたばかりの信仰共同体である教会が、次から次へと直面していった困難を、どのようにして乗り越えていったのかを、乗り越えさせたものは何だったのかを伝えるために、ルカはこの使徒言行録を書いたのだった。それを同時代の読者たちや、後の世代の人々に伝えるのは必須のことだとルカは感じていたのである。それはなぜかと言えば、この使徒言行録が書かれた時代において、ルカやこの書の読者たちは、生まれたばかりの教会が直面していたのと同じような、いやさらに、それを上回るような厳しい現実に直面していたからだと思うのである。
 使徒言行録が書かれたのが、正確に何年ごろだったのかについては諸説ある。おそらくはローマ帝国によるエルサレム征服が終わった西暦70年の後のことだと考えられている。その頃には、従来からのユダヤ人による迫害に加えて、ひたひたとローマ帝国による迫害の足音が近づいていたのだと思う。皇帝ネロによる迫害は、エルサレム崩壊以前のこと(紀元64年頃)である。紀元81年から96年にかけては、皇帝ドミディアヌスによってクリスチャン迫害がなされていった。それにより、ヨハネによる黙示録の著者ヨハネは、パトモス島に幽閉されたのである。そのような兆しを、ルカはひしひしと感じ取っていたのではなかったか。どのようにしてそのような苦難を教会は乗り越えてゆけるのか。その大きなよりどころをルカは、このガマリエルの言葉に見いだしたのではなかろうか。それが「神から出たものであれば滅ぼすことはできない」という言葉である。先達たちを釈放させたこの言葉こそ、いつの時代でも教会を滅ぼそうとする者から自分たちを守るよりどころなのだと思ったのではないだろうか。

2.ルカはこの言葉を、あくまでキリスト教信仰や教会についてのものとして語った。私には、それを越えてもっと広く私たちの人生全般についても重ね合わせることができるものだとしみじみ感じるのである。
 私たちの人生を滅ぼそうとする多くのものがある。私たちは次から次へと、そうしたものたちにぶつかってゆく。私たちは今、新型コロナウイルスに捕らわれ、それに加えて災害にも襲われ、また病にもかかり、最後には死によって滅ぼされてしまう者である。確かに目に見えるありさまとしてはそうなのである。しかし、前回のヨハネによる福音書からも私たちは教えられた。イエス様は、その遺言しての最後の祈りにおいて、私たちが神から出て神に帰る者だと教えて下さった。それが私たちの命についての神様の真理だとイエス様は遺言して下さった。だとすれば、私たちの人生・命は、神様から出るものであるがゆえに滅ぼされることはない。私たちが生きていることの根源には、神様から出たものがある。このことによって私たちは深い慰めと励ましをいただくのである。
 しかしガマリエルの言葉が与えたのは、慰めや励ましばかりではないと思うのである。とても厳しい「論し」をも与えたのだと思う。イエス様を十字架につけて殺したユダヤ人指導者たちは、使徒たちや教会を滅ぼそうとした。しかし神様から出たものを滅ぼすことはできない。そのように、私たちにも滅ぼしたい・なくしてしまいたいと思うものがある。しかし、それがもし神様から出たものならば、私たちは滅ぼすことはできないのである。逆に、どれだけそれを存続させたいと願っても、それが人間から出たものならば滅びてゆくしかないのである。
 私たちは、新型コロナウイルス禍を滅ぼしたいと願う。自然災害も滅ぼしたいと思う。しかし、もしかすると、それは神様から出たものかもしれない。先日、タモリというタレントとノーベル賞(生理学・医学賞)受賞者の山中伸弥先生との対談番組を観た。その番組から私は、ウイルスと人間とのかかわりには、ただ戦いだけではなく実に深い関係(共存関係と言ってもよいほどのこと)があることを知った。例えば私たちの受精のメカニズムも胎盤の形成に関してもウイルスから得たものが関与しているということだった。また地球全体が凍りついて多くの生物が絶滅してしまった後、爆発的に生物の多様性が深まり、進化していったことに、実はウイルスが深くかかわっていたことも知った。私たちの何十億年の歩みにおいて、ウイルスという存在は滅びることがなく、むしろ共に生きてきたのである。そうだとすれば、それは神様から出たものと言えるのではないだろうか。勿論、目の前にいる感染症や災害で苦しむ人を放っておくというのではない。しかし、それをただなくしたい・滅ぼしたいと願っても、それはできないかもしれないということは、それは神様から出たものかもしれないということは、私たちの生き方、すなわちまさに新型コロナウイルスや災害と共にする生き方に、実に深い示唆を与えるものではないだろうか。

3.以上のようなことから、改めて大切なのは神様から出たものと人間から出たものとを見分けることだと感じさせられるのである。
 これについて、まずガマリエルはどのようなことを教えたのか。彼はテウダとガリラヤのユダという2つのケースを取り上げた。注解書によると、この二人のことは有名なユダヤ人歴史家のヨセフスが書いた『ユダヤ古代誌(西暦94年か95年に書かれた)』で触れられているそうである。まず、テウダの運動は西暦44年もしくは46年に壊滅させられてしまった。だとすると、この物語の舞台設定となっている西暦30数年の頃には、それはまだ起きてはいなかった事件ということである。ルカはそれを知りつつ、この事件のことをガマリエルの口にのぼらせたのであろう。またガリラヤのユダについては、ヨセフスによれば「はじめにこの運動が起きたのは西暦6年のことであり、以後ずっとその運動は続いて完全に鎮圧されたのは、西暦70年にエルサレムが壊滅させられたときだった」とのことである。ルかがこの使徒言行録を書いたときには、両方の運動が滅びてしまっていたことを読者たちはよくわかっていたのである。そこでルカは、この2つの事例を取り上げてガマリエルの口にのぼらせたのかもしれない。
 ルカやガマリエルが言わんとしたのは、要は二人の運動は、ヨセフスという歴史家が記すほどよく知られたものであり、当時のイスラエル人の心をとらえたものだったということなのである。ローマに反旗をひるがえし、独立を勝ち取りたいということは、当時のイスラエル人なら誰しもの切なる願いだった。だから多くの人の心をつかみ、たとえばユダの運動は紀元6年にはじまり50年以上にわたってずっと人々を動かし続けたのである。しかし滅んでしまった。ということは、人々の願いに合致し、その心をつかむということが神様から出たものであることの証拠ではないのだということである。むしろ逆にそうだからこそ、その計画や行動が人間から出たものとの現れなのかもしれないのである。
 その上でガマリエルは、「あの者たちから手を引きなさい。ほうっておくがよい」と勧めたのである。私たちには、それが神様から出たものなのか人間から出たものなのか、区別がつかないことが、しばしばある。私たちは自分たちの願いや思いで、その区別を誤ってしまうことが多い。だから、「ほうっておくがよい」「時間の経過を待つがよい」「時が来ればおのずとそれはわかる」「時間が経っても滅びない」ということで、それらは分かるのである。ガマリエルの言葉は、私たちがとても簡単に私たちの尺度や価値判断によって何かを滅ぼし取り除いてしまおうとすることへの、慎重さや謙遜を求めるものではないだろうか。

4.以上のようなガマリエルの言葉と比べると、ペトロたちの言葉は、はっきりと神様から出たものは何かということを教えてくれている。「神は、あなたがたが木につけて殺したイエスを復活させられました」とまずペトロたちは言ったのである。人間によって十字架の上で殺された者を復活させるということ、これは神様にしかできないことである。では、何のために神様はそのようなことをされたのか。31節にあるように「神はイスラエルを悔い改めさせ、その罪を赦すために、この方を導き手とし、救い主として」するためだったのである。
 先週の聖書研究祈祷会では、マルコによる福音書が描くイエス様の十字架の場面を読んだ。人々は十字架上のイエス様を「他人は救ったが自分は救えない。自分で自分を十字架から降ろしてみよ、そうすれば信じてやる」とあざけった。このあざけりには、いつの時代でも私たちが何を救いとして求めているかが如実に現れていると思う。それは自分で自分を救えるということ、十字架という苦しみから自分を救えるということである。自分が自分の人生の主人公となって思い通りに自分を救えるということが私たちの求める救いなのである。
 しかし私たちは、どれほどこの救いを求めても、いずれはそれが得られない時がやってきてしまう。そうであればこそ、そうなった私たちを救い導いて下さるために、イエス様は十字架にかかられたのではなかったか。人々から「自分を救えない者よ」とあざけられる境遇に身を置いて下さったのではなかろうか。それは、自分からも他の人からのあざけられる境遇に陥った私たちを救うためなのである。自分で自分を救えないその惨めな境遇の向こうに、滅びないものがあることを教え示して下さるための復活だったのである。
 これこそが、はっきりと神様から出たことなのである。十字架の上で殺されたイエス様が救い主・キリストであるということは、当時の人々にとっても、こんにちの多くの人々にとっても、つまづきでしかない。テウダやガリラヤのユダの運動のように、人々から称賛されたものではない。しかしこれが神から出たことなのである。神様は、この愚かで躓きでしかない十字架と復活のイエス様の出来事を受け入れ、信じる者を救おうとされるのである。私たちがこうして新型コロナウイルス禍の中にあっても、主日の礼拝をささげ続けているのも、十字架にかかり復活したイエス様に弟子たちが会ったことから、この礼拝が始まっていることによっているのである。最も具体的には、礼拝をささげることが私たちにとっては人間から出たことではなく、神様から出たことに沿って生きることなのである。それは、滅びることがない。

聖書:新共同訳聖書「使徒言行録 5章 17~42節」 05:17そこで、大祭司とその仲間のサドカイ派の人々は皆立ち上がり、ねたみに燃えて、 05:18使徒たちを捕らえて公の牢に入れた。 05:19ところが、夜中に主の天使が牢の戸を開け、彼らを外に連れ出し、 05:20「行って神殿の境内に立ち、この命の言葉を残らず民衆に告げなさい」と言った。 05:21これを聞いた使徒たちは、夜明けごろ境内に入って教え始めた。一方、大祭司とその仲間が集まり、最高法院、すなわちイスラエルの子らの長老会全体を召集し、使徒たちを引き出すために、人を牢に差し向けた。 05:22下役たちが行ってみると、使徒たちは牢にいなかった。彼らは戻って来て報告した。 05:23「牢にはしっかり鍵がかかっていたうえに、戸の前には番兵が立っていました。ところが、開けてみると、中にはだれもいませんでした。」 05:24この報告を聞いた神殿守衛長と祭司長たちは、どうなることかと、使徒たちのことで思い惑った。 05:25そのとき、人が来て、「御覧ください。あなたがたが牢に入れた者たちが、境内にいて民衆に教えています」と告げた。 05:26そこで、守衛長は下役を率いて出て行き、使徒たちを引き立てて来た。しかし、民衆に石を投げつけられるのを恐れて、手荒なことはしなかった。 05:27彼らが使徒たちを引いて来て最高法院の中に立たせると、大祭司が尋問した。 05:28「あの名によって教えてはならないと、厳しく命じておいたではないか。それなのに、お前たちはエルサレム中に自分の教えを広め、あの男の血を流した責任を我々に負わせようとしている。」 05:29ペトロとほかの使徒たちは答えた。「人間に従うよりも、神に従わなくてはなりません。 05:30わたしたちの先祖の神は、あなたがたが木につけて殺したイエスを復活させられました。 05:31神はイスラエルを悔い改めさせ、その罪を赦すために、この方を導き手とし、救い主として、御自分の右に上げられました。 05:32わたしたちはこの事実の証人であり、また、神が御自分に従う人々にお与えになった聖霊も、このことを証ししておられます。」 05:33これを聞いた者たちは激しく怒り、使徒たちを殺そうと考えた。 05:34ところが、民衆全体から尊敬されている律法の教師で、ファリサイ派に属するガマリエルという人が、議場に立って、使徒たちをしばらく外に出すように命じ、 05:35それから、議員たちにこう言った。「イスラエルの人たち、あの者たちの取り扱いは慎重にしなさい。 05:36以前にもテウダが、自分を何か偉い者のように言って立ち上がり、その数四百人くらいの男が彼に従ったことがあった。彼は殺され、従っていた者は皆散らされて、跡形もなくなった。 05:37その後、住民登録の時、ガリラヤのユダが立ち上がり、民衆を率いて反乱を起こしたが、彼も滅び、つき従った者も皆、ちりぢりにさせられた。 05:38そこで今、申し上げたい。あの者たちから手を引きなさい。ほうっておくがよい。あの計画や行動が人間から出たものなら、自滅するだろうし、 05:39神から出たものであれば、彼らを滅ぼすことはできない。もしかしたら、諸君は神に逆らう者となるかもしれないのだ。」一同はこの意見に従い、 05:40使徒たちを呼び入れて鞭で打ち、イエスの名によって話してはならないと命じたうえ、釈放した。 05:41それで使徒たちは、イエスの名のために辱めを受けるほどの者にされたことを喜び、最高法院から出て行き、 05:42毎日、神殿の境内や家々で絶えず教え、メシア・イエスについて福音を告げ知らせていた。


2020/07/05 聖霊降節第6主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「イエス様の最後の祈り」 1.最後の晩餐の様子が13章から描かれている。16章でイエス様から弟子たちへの遺言ともいうべき告別の言葉が終わり、17章にはイエス様がささげた祈りの言葉が記されている。
 まず、祈りについて考えてみたい。私には、忘れられない思い出がある。牧師になって間もなくの頃、私はTさんとお会いした。Tさんは東北教区ではとても名の知れたある牧師の孫として育った。私が郷里の湯沢教会で高校生からお世話になった同じ名字のT牧師は、偶然にもTさんのいとこだった。一流企業を退職して郡山で子ども向けの本を扱う小さな書店を営んでおられた。私はTさんとは、郡山教会付属保育所にTさんが来られたときに出会った。
 Tさんとお話をしたあと、帰り際に「祈りましょう」と私が言うと、Tさんはきっぱりと「僕は祈りは嫌いです」と言われた。具体的にどういう言いかたをされたかはもう覚えてはいないが、その言葉の内容は「祈りは人を欲深くする。祈りは自分勝手な欲望を神様に押し付け、その欲望の中に神様を引きずり込むものだ」というようなことだったと思う。牧師の孫として一家が同居する中で育った彼は、恐らくその牧師の祈りにより、その願望によって、家族が引っ張り回された苦い体験を持っておられたようである。彼の父母もその後受洗された。彼の母も同じような辛さを、しばしば述懐しておられたので、彼の思いは偽りのないものだったのであろう。
 わたし自身「それはあなたの勝手な願望・誇大妄想に過ぎないだろう、それを神様に押し付けるなよ」と感じるような先輩牧師や同僚たちの祈りを耳にしたことがある。そのような牧師の祈りと願望に引っ張り回されてきた信徒たちの苦労を目の当たりにしてきた。だからTさんの言ったことも私にはよくわかる。しかし彼が、祈りとは私たちの側の勝手な欲望を神様に押し付け、そこに神様を引きずり込むことでしかないと断定することについては、決して同意することはできない。確かに祈りにそのような一面があるのは否定はしない。しかし、それがすべてではないとも思うのである。むしろそうではない面の方がより強いのである。私自身、祈りを重ねてきたささやかな体験から言っても、祈りにおいて起きるのは、むしろ私たちが神様の御心に引っ張り上げられ、含みこまれるということである。私たちが神様の願いや御心に引き込まれて、それに沿うように導かれるのである。彼が批判したこととは正反対のことが祈りにおいては起きるのである。

2.イエス様の祈りを引き合いに出すのは恐れ多いことだが、ゲッセマネの祈りこそ、まさにそうではなかったか。今年の受難週で教えられたのがゲッセマネの祈りだった。その祈りは「できることならこの苦しみの時が過ぎ去るように」と始まり、しかし最後には「わたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように」で終わったとある。イエス様がペトロをはじめとした3人の弟子たちに自分の祈りの姿を証人とさせたのは、祈りというものがどのように始まり終わるのかを見せたかったからだと思う。それはイエス様の祈りだけではなく、おおよそ祈りというものは、だれの祈りであっても、このように始まりこのように終わるものだということなのである。
 祈りは、確かにその始まりは「できることなら」と自分の願いを神様に申し上げることから始まる。しかしいつまでもそうではない。最後は「御心に適うことが行われますように」と終わるのである。私たちには、神様の御心が何であるかわからないこともしばしばである。しかしそれがわからなくとも、祈っていれば御心に沿えるようにさせていただくようになるとわかる。それがたとえ十字架という苦しみであろうとも、神様の御心に沿えることこそが私たちの幸いであると信じられるようになる。祈ることを通して、私のようなものでも神様の御心に沿えるものとさせていただけることが本当に嬉しく思われてくる。そのような私のささやかな体験からしても、祈りがただ私たちの勝手な願望を神様に押し付けるものだとは到底言えないのである。

3.そのようなことから、このイエス様の祈りや願いも、これは決してイエス様の抱く勝手な願いを神様に押し付けるものではなく、まずそこには神様の御心というものがあったのだということ、そしてその神様の御心に弟子たち、ひいては私たちが沿い招き入れられるようにとの祈りであったのだとわかるのである。
 ではイエス様は、神様の御心をどのようなものとして捉えていたのか。17節から19節にかけてイエス様は、真理という言葉を3度にわたって口にしている。真理ということがイエス様の考えておられた神様の御心の根源にあったものではなかろうか。ここで、イエス様が神様の真理について言っていることについては、幾つかのポイントがあるように示される。第一に、神様の真理は「わたしが世に属していないように、彼らも世に属していない(16節)」という真理である。この真理については、16章28節でイエス様は次ように言っていた。「わたしは父のもとから出て世に来たが、今世を去って父のもとに行く」と。イエス様によれば、イエス自身もまた私たちも、その人生は神様のもとから出て神様のもとへ帰るものだというのである。これが私たちの歩み・ライフ・命についての神様の真理であり御心だとイエス様は言うのである。
 この真理からは様々なことが導き出されてくる。私たちの人生は神様のもとを出て神様のもとへ帰るという、この2点によって作られる線において営まれるものである。この2点の間には、実に様々な点があり、その点によって結ばれ作られる紆余曲折がある。ときには迷い、ぐるぐる巻になり、どうしようともほどけない固い結び目になってしまうこともしばしばである。それがイエス様の言う「世に属する」というありさまではなかろうか。
 先日『徹子の部屋』という昼の番組を観ていた。ある女性タレントが実の母との深い確執を涙ながらに語っておられた。彼女は、先生をしていた母から常に点数をつけられ続けた人生だったそうである。自分の子どもを、祖母にあたる彼女の母が抱っこしようとしたとき「汚い手で触れるな、わたしはあなたにそのように抱いてもらったことがない」と思ったという。神から出て神のもとへ帰るという人生観を持たない日本人の多くは、結局は親子とか職場とか、そのようなこの世の関係のもとでしか人生を捉えることができない。それは、この世の中でのみ作られた線の中でしか生きることができないということである。だから、それはとんでもなくこんがらかってしまうし、どうかすると固い結び目を作ってしまい、そこに私たちは閉じ込められてしまうのである。
 しかし、そのような私たちであっても、神様から出て神様のもとへ帰るこの2点でできた線を歩めるのだとわかると、それはどれほどの慰めとなることか。それは迷うこともこんがらかることもない「道」なのである。一本のまっすぐな道なのである。そのような道が厳然として存在するということが神様の真理なのである。この真理に沿うように生きてほしいとイエス様は祈り、私たちも祈ることでそのように導かれるのである。

4.神様から出て神様に帰るという真理から生じるもうひとつの波及効果は、この2点によって作られた線は神様の引かれたものであるがゆえに私たちの思い通りになる線ではないということである。その人生は、つまり私たちのものではないのである。つきつめれば、これは神様のものなのである。その反対側には、「人生はわたしのもの」という考え方がある。それが、この世にはびこる偽りの真理であり、そのような世の真理に従って生きることが世に属するということだと思うのである。15節でイエス様が、「わたしがお願いするのは、彼らを世から取り去ることではなく、悪い者から守ってくださることです」と祈っておられる。悪い者とは、人生は神様のものとの神様の真理に反して人生を私のものと思わせる存在のことではないかと改めて感じるのである。
 以前筑波大学におられて、フランクル先生の著作を熱心に広めておられた大学教授、また現役のカウンセラーでもある諸富祥彦さんの、昨年つくばで開催されたいのちの電話主催の講演会で、「どんな時も、人生にイエスと言う」というフランクル先生の著書のタイトルをそのまま題名にした本の中で、現代人を絶えず寂しさやむなしさによってさいなむ諸悪の根源は「私の人生はわたしのものである」という人生哲学だと断じておられた。カウンセラーとして、実際にたくさんの人々の相談に向かい合ってきた諸富祥彦さんのお話しには、とても実感がこもっていた。先生も、この哲学はけっして悪いものではないと言われた。しかし、そうではない現実にどうしてもぶつかってしまうのである。
 15節には「わたしがお願いするのは、彼らを世から取り去ることではなく」とある。私たちはいつかこの世から取り去られる。つまり全く何の影響を受けないということはできない。この世に体を持ち、経済社会的な関係の中で生きるものとして、この世から取り去られることはできない。生きることにおいて、そうしたものに左右され、決して人生を思い通りにはできない現実にぶつかる。それなのに、「わたしの人生はわたしのもの」という偽りの真理に従って生きようとするなら、それは不幸をもたらしてしまう。私たちをそうさせようとするものが悪い者なのである。これから守られるためには、私たちの人生は神様のものだとの真理に従う必要がある。

5.イエス様の言う神様の御心の真理の次なるポイントは、18~19節にある。「私を世にお遣わしになったように、わたしも彼らを世に遣わします」とある。神様のもとから来て神様のもとへ帰るところの、この世における私たちの人生とは、神様によってまたイエス様によってこの世に派遣された人生なのだという真理なのである。派遣された人生であるならば、やはりそれは自分のものとは言えない。
 では、派遣された使命とは何かというと、それは次の19節に「彼らのためにわたしは自分自身をささげます」とあるように、弟子たちのために「ささげる」ということだとイエス様は言っておられる。自分のために生きるのではなく、彼らのために生きるということが「ささげる」という意味であろう。ぶどうの実が自分では自分を食べておいしいとは言えないように、だれか他の人に食べてもらっておいしいと言ってもらえるようなことであたい。私自身、牧師として歩んできた人生は、自分でおいしいとは到底言えないものである。毎日毎日説教や祈祷会の準備をするのは、いまだに本当に辛く苦い日々である。しかしそのようにして自分では苦い歩みをするということこそが、実は、誰かのためにささげるということではないだろうか。19節最後には「彼らも、真理によってささげられた者となる」とある。読み方を変えれば「ささげらえる者となることが真理だ」とも言えるのである。
 先ほど紹介したあるタレントの女性は、末期ガンになった母を見舞い、看取る中で不思議と長い間の確執が解けていったと言っていた。そのようにして母にささげたのである。ずっとほしがっていたものを母にもらおうとしたのではなく、その反対に母にささげたことによって、不思議とほしかったものが手に入った。誰かのためにささげるという人生こそが、神様の真理に沿った生き方なのである。そう生きるようにイエス様は私たちのために祈ってくださり、私たちが祈るならそのイエス様の思いが自ずと実現してゆくのである。

聖書:新共同訳聖書「ヨハネによる福音書 17章 15~19節」 17:15わたしがお願いするのは、彼らを世から取り去ることではなく、悪い者から守ってくださることです。 17:16わたしが世に属していないように、彼らも世に属していないのです。 17:17真理によって、彼らを聖なる者としてください。あなたの御言葉は真理です。 17:18わたしを世にお遣わしになったように、わたしも彼らを世に遣わしました。 17:19彼らのために、わたしは自分自身をささげます。彼らも、真理によってささげられた者となるためです。


2020/06/28 聖霊降節第5主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「主よ、お許しください」 1.シロにあった聖所に仕える祭司エリのもとに預けられていたサムエルが、神様の呼びかけを聞き預言者としての歩み始めるきっかけとなった出来事である。注解書には、伝統的にイスラエルの人々が少年サムエルにそのことが起きたのは彼が13歳になる時のことだと解釈してきたと記されている。ユダヤ人男性の13歳という年齢は、いわゆる成人式を迎える年齢とのことである。そういう意味では、今日の物語は、少年サムエルが神様の呼びかけを聞くようになったという出来事だけではなく、長く預けられてきた─実質的には親代わりであった─祭司エリのもとを少年サムエルが巣だってゆく様子を描いたものとしても読むことができる。
 私が小学校にあがるまで3年間通った幼稚園は、教会付属の幼稚園だった。その建物の礼拝堂兼ホールには、当時の私が女の子だと思っていた白い服を着た幼子がひざまずきながら手を合わせて祈っている姿を描いた絵が掲げられていた。私は高校を卒業するまで、その教会に通っていた。その絵が今日の少年サムエルの姿を描いたものだと知ったのは、私は、いつの頃なのか分からない。インターネットで調べてみて、その絵が18世紀にジョシュア・レイノルドによって描かれたものだと分かった。今日の御言葉は、この絵を描いた人だけではなく、これを読む多くの人々に豊なインスピレーションを与え続けてきたものなのであろう。私自身、そのようにこの絵のことを覚えているということは、自分でも気づかないところで、何かを感じ取ってきたのかも知れない。

2.さて、最初に結論ともいうべきことを申し上げる。この御言葉が私たちに語りかけてくれる一番のポイントは、私たちもこのサムエルと同じように神様の呼びかけを聞くことが大切だという点だと思う。少年サムエルは神様の呼びかけを聞くことによって親代わりだったエリのもとを巣だってゆくこととなった。私たちにとっては、何歳になっても、そのような「巣立ち」が大事なのだとしみじみ思う。ある人は、もう60歳を越えて、そのような巣立ちなどありえないではないかと言われる。しかし、様々な意味で私たちには、それまで私たちを育くんでくれた環境を巣だって、新たなところへと進んでゆかねばならないということがあると思うのである。
 現在の新型コロナウイルス感染症のさなかにおいて、まさに「新しい生活様式」ということが言われている。私たちの教会も、これまで教会の理想として追い求めてきたいわば3密状態のところから巣だって、かつての半分位しか人の集わない新しい状況へと進んでゆかねばならない。そのような新たな状況へと、ためらわずに進んでゆけるためには、そこに神様からの呼びかけを聞くということが不可欠ではなかろうか。そのような意味において、何歳になっても神様からの呼びかけを聞くことが大事だと思うのである。
 6月20日に、教会員御Hさんの父Tさんの納骨式を行った。そこでの式辞で私は次のようなお話しをた。Tさんは2011年から2012年にかけて複数のガンで苦しんでおられた。彼はその際に、そこで神様からの呼びかけの声を聞き取り、自分のような無力無能な者もまた用いられることが嬉しいと書いておられた。その文章が私の手元にある。普通ならば、複数のガンにかかってしまえば、身も心もそのとりこにされてしまって当然なのにTさんは、そこに神様からの呼びかけを聞くことによって、その状況から巣立って新たなところへと進んでゆけたのだと思う。難儀な状況に置かれたときほど、私たちにとっては神様からの呼びかけを聞けるということが不可欠なことなのである。何歳になっても、いやサムエルとは対照的に、年齢を重ねれば重ねるほど、その必要性が増すと言ってもよいのかも知れない。

3.さてこの物語を読んで、私は素朴な疑問を抱いた。それは、なぜ少年サム工ルは3度も神様から呼びかけられたことを、そうとは気づかず、祭司エリに呼ばれたと思ったかのかという点である。その理由を7節は「サムエルはまだ主を知らなかったし、主の言葉はまだ彼に示されていなかった」からだと説明している。しかし私は、それは説明になっていないと感じる。サムエルがその時すでに13歳位の年齢になっていたとしたら、どのように神様の言葉が聞こえるかを、あらかじめ全く知らなくとも、直感的にそれはわかるものではないだろうか。私は、両親がよく夫婦ケンカをしていたために夜中にその声で目を覚ますのがいやでたまらなかった。そのため私には、毎晩寝入る前にふとんの中で祈る習慣があった。もしその祈りの中で、神様が何らかの形で語りかけてくださるというようなことがあれば、それは幽霊だとか幻だとかそのようなものではなく、神様がそうしてくださるということは自然にわかったのではないかと想像するのである。
 サムエルがそうではなかったということは何を示しているのか。1節に「少年サムエルはエリのもとで主に仕えていた。そのころ、主の言葉が臨むことは少なく、幻が示されることもまれであった」ということが、それを示唆しているように感じる。「エリのもとで主に仕え」という言葉が象徴しているように、サムエルはエリに仕えるということを通ることができずにいた。せっかく神様ご自身が呼びかけて下さっているというのに、それ祭司エリがしていると勘違いしてしまうほどに、サムエルにしても当時の人々にしてもエリや聖所の中でしか神様の言葉を聞くことができず、神様にお会いすることができなかったということなのである。「主の言葉が臨むことは少なく、幻が示されることもまれであった」というのは、そういう意味だと思うのである。
 その祭司エリたるや、2節後半にあるように「目がかすんできて見えなくなっている」というありさまだった。それは文字通りのことだけではないのだと思う。13節で神様が指摘しているように、エリは祭司だった二人の息子をとがめることができずにいた。そのような意味で、シロという聖なる場所をあずかる祭司の総責任者としては、残念ながら目がかすんでいたのである。サムエルはそのような「エリのもとで主に仕えて」いた。ただ幸いなことに、このようなエリであっても、サムエルを何度も呼ぶ方が神様だということだけはアドバイスできた。そのことだけは聞き見ることができたのである。またこの点については、そのようなエリであり、またそのような聖所であっても、存在意義は確かにあったのである。しかし、このようになってしまった聖所と、そこに仕える祭司エリのもとで神様に仕えていたために、サムエルは3度もの神様からの呼びかけに、そうと気づくことがなかったのである。あやうく聞き逃し通り過ぎてしまうところだったのである。
 私たちにもそのようなことがあるのではなかろうか。「主の言葉が臨むことが少なく、幻が示されることもまれ」なのではない。そうではなく、残念ながらそれを私たちが聞けなくなり、見ることができなくなっているだけなのである。もし私たちが神様の呼びかけを聞けず、目に見える現実の背後にある神様の心を見ることができなければ、それは本当に私たちにとって不幸なのである。それはあたかもサムエルが、祭司エリのもとでずっと仕えなければならないことを意味する。目がかすみ見えなくなっているエリ、また平気でとんでもないことが行われている聖所から巣立つことができないことを意味する。現在の新型コロナウイルス感染症への恐怖が人々を覆っているさなかにあって、私たちにはどれほど神様の声を聞き神様の心を見せていただくことが不可欠であろうか。そのことだけが私たちを平安にするのである。この状況から巣立たせるのである。

4.さて、それではこのようなサムエルを神様と出会わせ、エリの元で主に仕えるという状態から巣立たせたものは何だったのか。実はそれもまた、サムエルが聖所にいたことであり、この祭司エリであった。13節に「まだ神のともし火は消えておらず、サムエルは神の箱が安置された主の神殿に寝ていた」とある。そこに仕える祭司たちが、そのような聖所の祭司にサムエルは仕えるしかなかったのである。しかしそれでも、神様の灯火は消えてはいなかった。聖所や祭司たちがそのようになってしまっていたとしても、そこは神様の箱─それは十戒が刻まれた2枚の石の板が収められた特別な箱─が安置された主の神殿としての性格は失ってはいなかった。
 神の箱が示すものとは、どのようなことだったのか。この箱が安置された場所が、なぜ主の神殿となりえたのか。人間の建てた建物にすぎないのに、どうしてそこで神様にお会いできるというのか。それは、十戒において神様が、この世という荒れ野を生きる私たちを気遣い、そこを生き延びる術をわずか10項目の中に教えて下さったからである。そこには、この世を生きねばならない私たちへの神様の深い配慮・慈愛がある。だからこそ、この十戒において、私たちは神様にお会いできるのである。私たちが、自分たちへの神様の配慮を決して忘れないようにしなければならないとの思いから、神様はこれを石の板に刻んだのである。しかし、なぜかこれはいつのまにか失われてしまった。福音書が描き、またパウロが繰り返し指摘するように、いつの間にか冷たい石の板に書かれた戒律・戒めとして私たちを縛り、奥深い配慮に満ちた神様と私たちとを出会わせるものではなくなってしまった。だから、それに代わってイエス様が現れて下さったのである。十字架にかかり復活されたイエス様に込められた私たちへの神様の配慮は、決して失われることがない。イエス様が消えることがないということ、これが「神のともし火が消えていない」という意味なのである。
「神のともし火」という言葉に、私はとても心をとらえられる。神様の言葉が私たちに聞こえ、また私たちが日常の目に見える現実の背後に神様にお会いできるのは、あたかも小さなかすかな「ともし火」のようなものではないだろうか。1節が言うように、「主の言葉が臨むことは少なく、幻が示されることもまれ」と思われてしまう私たちの現実である。しかし、ともし火のようではあるけれども、決してそれはなくなってはいない。その「ともし火」がともされている神殿こそ、教会ではなかろうか。イエス様の体なる教会こそ神様のともし火がともっているところではなかろうか。教会で見聞きできる神様とは、本当に「ともし火」のようであるかも知れない。はっきりと神様の声だとわかり、神様の姿だとは見えない。しかしたとえそうであっても、サムエルが神様の呼びかけを聞いたのはシロの聖所であったように、私たちも教会において神様の呼びかけを聞くのである。

5.サムエルが聞いた神様の呼びかけの本質とは、どのようなものであったのか。10節以下に記されている。しかし、何よりも神様の言葉の根本が象徴的に現れていることは、神様が少年サムエルを3度にわたって呼んだという点にこそあるのだと思う。サムエルが自分に聞こえてきた呼び声を、神様からのそれだと思えなかった理由は、自分のようなものがどうして神様に呼ばれるはずがあろうかという思いがあったからでもあろう。もし神様が呼びかけて下さるとすれば、それは聖所のトップである祭司エリ先生でしかないと当然に思ったのであろう。しかし神様はなぜかエリではなく、祭司の見習いでしかなかった少年、まだ成人していない少年サムエルを呼んだ。ここに私たちへの神様の呼びかけの根本的な姿が現れている。「このような私になど神様が呼びかけてくださるはずがない、このような私の状況において神様が臨んでおられるはずはない」と私たちは思ってしまう。しかしそこに神様はおられるのである。この神様からの呼びかけを聞ける者でありたい。

聖書:新共同訳聖書「サムエル記(上) 3章 1~9節」 03:01少年サムエルはエリのもとで主に仕えていた。そのころ、主の言葉が臨むことは少なく、幻が示されることもまれであった。 03:02ある日、エリは自分の部屋で床に就いていた。彼は目がかすんできて、見えなくなっていた。 03:03まだ神のともし火は消えておらず、サムエルは神の箱が安置された主の神殿に寝ていた。 03:04主はサムエルを呼ばれた。サムエルは、「ここにいます」と答えて、 03:05エリのもとに走って行き、「お呼びになったので参りました」と言った。しかし、エリが、「わたしは呼んでいない。戻っておやすみ」と言ったので、サムエルは戻って寝た。 03:06主は再びサムエルを呼ばれた。サムエルは起きてエリのもとに行き、「お呼びになったので参りました」と言った。エリは、「わたしは呼んでいない。わが子よ、戻っておやすみ」と言った。 03:07サムエルはまだ主を知らなかったし、主の言葉はまだ彼に示されていなかった。 03:08主は三度サムエルを呼ばれた。サムエルは起きてエリのもとに行き、「お呼びになったので参りました」と言った。エリは、少年を呼ばれたのは主であると悟り、 03:09サムエルに言った。「戻って寝なさい。もしまた呼びかけられたら、『主よ、お話しください。僕は聞いております』と言いなさい。」サムエルは戻って元の場所に寝た。


2020/06/21 聖霊降節第4主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「神を欺いた結果」 1.ここには2章43節以下に記されていたのと同じような出来事が記されている。誕生したばかりの教会に集う人々が持ち物を共有して生活をしていた様子、そして、その教会に多大な寄付をしたバルナバのこと、さらに、そのバルナバとは対照的に売った財産をごまかして献金をしたために夫婦そろって突如命を落としてしまったアナニアとサフィラという夫婦の出来事が記されている。注解書には、5章11節に、はじめて「教会(ギリシャ語の原文ではエクレーシアと言います)」という言葉が使われているとあった。
 この箇所は理解の難しい箇所である。特にアナニアとサフィラの夫婦に起きた出来事をどう受け止めたらよいかという点については、昔から読む者を悩ませている。時には、それを読む者を躓かせることもあった。アナニアについては、決して財産のすべてを献金すべきだったということが語られているのではない。そうではなく、売った代金をごまかして献金し、その金額が代金の全額だと偽って神様を欺いたという点が非難されているのである。しかしそうだとしても、その結果が夫婦そろって命を絶たれるという結果になるというのは、あまりにも容赦のないものではないかと誰もが感じるであろう。
 私が説教の備えをする時にはいつも参考にさせていただく高橋三郎先生の文章には、以下のように書かれている。「一部しか出していないのにこれが全額だと偽ったことが糾弾されているのかも知れない。これを虚栄の業とするのは当然だが、聖霊を欺き、神を欺いたとして、直ちに倒れて息絶えるというほどの、きびしい処置を必要とする行為であったかどうか、人は疑問を覚えるのではあるまいか。なおその上、アナニア(さらにはその妻においても)罪を悔い改め、主の赦しを祈り求めて、立ち直るための機会が全然与えられなかったということも、理解に苦しむ点である」と。高橋先生だけではなく、多くの研究者・注解者が沢山の疑問を呈している。
 もうひとつ、昔から呈されてきた疑問の一つとして、はたしてこの夫妻の出来事が本当にあったことなのかどうかという点もある。教会において神様を欺くことをしてはいけないと教えるための教材のようなものとして作られた話ではないかと考える人もいる。しかし私としては、これほどの疑問を読む者に抱かせてしまう出来事であるからには、これは実際に起きたことなのだと受け取る。生まれたばかりの教会の人々も、またそれを記したルカも、正直どう受け取ったらよいかわからなかったのがこの事件ではなかっただろうか。しかし否定できない事実として、この夫婦にそのような悲劇が起きたので、どうしても記さざるを得なかったのであろう。5章11節にはじめて「教会」という言葉が使われた信者の群れ、生まれたばかりの教会は、この出来事を恐れをもって受け止めるしかなかったのである。そしてルカは、様々な疑問を抱きつつも、この事件をありのまま記すしかなかったのではないであろうか。ただ一点、ルカが言えたのは、神様を欺いた結果として、そのようなことが起きたということだったのであろう。これをいかに理解するかは読者である私たち一人ひとりに委ねられているのだと思う。私にはそれら幾つものの疑問のすべてに答えることなど到底できない。

2.アナニアとサフィラ夫婦の出来事の引き金には、4章32節以下に書かれているありさまである。そして直接的には、それがバルナバの行為にあるということは間違いがないという点である。生まれたばかりの教会が、果たして本当にここに書かれている通りの姿であったのかと疑う学者もいるようである。しかし何らかの事実としてこのような様子があったということは否めないのではなかろうか。問題は、果たしてこの使徒言行録を書いたルカが、どのような思いをもってこれを書いたかであり、またこれを読む私たちが、この教会の様子をどう受け取るかということだと思うのである。
 ルカはペンテコステ直後にも「信者たちは皆一つになって、すべての者を共有し、財産や持ち物を売り、おのおの必要に応じて皆がそれを分け合った(2章45節)」と書いている。そしてルカは、それと同じような教会の姿をここでも書いているのである。だからルカは、やはり好ましい姿としてそのことを書いているという店は確かなのではなかろうか。では、これを読む私たちは、どう読んだらよいのか。
 ルカはこの教会の姿を、教会の好ましい姿として描いており、つまりは神の言葉としての聖書がそのように記している。だから当然、いつの時代の教会もそうあるべきではないかとの受け止め方はあろう。また事実、そのように読んだ人々は多かったのである。しかし現実の教会は到底そうではなく(34節に「信者の中には一人も貧しい人はいなかった」とあるが、到底そのようではなかった)、それを厳しく批判し糾弾した人々もまた多かったのである。私は前任地の郡山教会において、次のような話を聞きいた。戦後間もない頃、となりの教会の人々が、ここに書かれているような教会のありかたを理想として集団で教会を離れ、たしか栃木県のどこかに、そうしたコミュニティを作ろうとしたという。しかし残念ながらその計画は、うまくはいかなったようである。
 著者であるルカの思いというものは知る由もないが、はたして彼がこの教会のありさまを好ましいものとして書いたとしても、しかし、それだからと言って彼は「教会はかくあるべし」という思いから書いたのであろうか。私はむしろルカは、教会のあるべき姿として、こうでなければならない姿として提示することについては、疑問を抱いていたのではなかったかと思うのである。そのことが疑問だったからこそ、その直後に起きたアナニアとサフィラ夫婦の出来事を記したのではなかったか。
 教会にとって何が「あるべき姿」であるかということは、根幹となる事柄である。ルカにとって教会にとって、ただひとつの、こうでなければならないというあるべき姿があるとすれば、それは「金銀はわたしにはない。イエス・キリストの名によって歩む」という姿ではないかと私は思うのである。金銀が自分にはないところで、しかしイエス様をキリスト・救い主として呼び信じる信仰によって共に歩む共同体であることが唯一のあるべき姿なのだから、結果としてはおのずと金銀のあるなしによる経済的な格差というものは生じてこざるを得ないこととなる。34節にあるように「信者の中に一人も貧しい人がいない」というのは望ましい姿かもしれない。しかしそれは教会が必ず取らねばならない姿ではないのである。13章には、ペトロが「イエス・キリストの名によって歩め」と言って、その人の手を取って立ち上がらせ、一緒に境内に入っていったと書かれていた。共に礼拝を捧げようとする営みの中で、そうできない人の手を取り足を支え、具体的に一時的にその生活を支援するということは、ある。しかし信者である私たちが、それぞれ自身のこの世において生きる上での全面的な生活を支えて、そのうえで貧しい者がひとりもいないようにするというのは、教会のとるべきあるべき姿ではないとわたしは思うのである。金銀のあるなしだけではない。健康のあるなし、寿命の長い短い、そういった点で、神様が私たちに与えたもうた賜物には、どうしても貧しいか豊かであるかの違いがある。それをすべてなくすことはできないし、それをすべてなくそうとすることは、そのような違いをこの世を生きる私たちに背負わせたもうた神様の御心を越えるものでもあろう。

3.ところが、生まれたばかりの教会においては、教会が教会としてあるべき姿でないものが求められ、それが称賛されてしまうようになっていたのではないだろうか。それゆえにアナニアとサフィラの事件が生じたのではなかったか。5章3節において「なぜあなたはサタンに心を奪われ」とペトロは言っている。この夫婦に、また生まれたばかりの教会に、その直前においてすばらしい姿を呈していたと描かれている教会に、サタンと呼ばれる存在が入り込んできたのである。その故は他でもなく、礼拝共同体であるべき教会にそれ以外の「ねばならぬ」が強くなったからではなかったか。教会が礼拝共同体である以外にある「ねばならぬ」というものが入り込み、そして表面的にはすばらしいと見える姿をとるときにこそ、そこにサタンと呼ばれる存在が入ってくるのである。そしてこの夫婦のように、それにみいられ、信仰だけではなく肉体的な命さえも失ってしまう悲劇が生じるのではなかろうか。
 おそらくは、持っていた畑をすべて売り払い多額の献金をしたバルナバの行為が称賛されたであろう。一気に彼の存在感が教会の中で高まったであろう。それを見てアナニアとサフィラ夫婦はあせる思いを抱き、称賛されることにおいてバルナバに勝とうと思ったに違いない。そこにサタンがつけ込んだのである。人からの誉れを求めさせ、結果的に神様を欺かせる。それは信仰を失わせ、また肉体的な健康をも損ねる結果となる。神様が裁いたとか罰したということではなく、神様を欺くということ自体が自ずとこうした結果を招くということなのである。
 教会において、礼拝共同体であるということ以外の何かが「ねばならぬ」こととして入り込み、神様によってではなく人による称賛を得ようとすることの危険性を、私は重ねてしみじみ思う。ある先生は会堂建築のことをあげておられた。ルカは明確に意図してはいなかったかもしれないが、教会がそうなってしまうときの危険を5章11節で、はじめて「教会」という言葉を使うことを通して私達に伝えているのではなかろうか。教会とは人の集まりである。人の集まるところでは、人の誉れというものが求められてしまう。だから、教会が私たちにとって「すばらしい」と思える姿を取っているときほど、実は危険なのである。

4.しかし、やはり教会は教会なのである。聖なる公同の教会であるがゆえに、神様・イエス様・聖霊が結果的には、これを清めてくださる。そこで人の誉れが第一になることを許さず、神様を欺くことが行われるのを放置されることはないのである。アナニアとサフィラ夫婦に起きたことは、確かに厳しい結果ではある。しかし私は、そこに教会という存在のすばらしさ・ありがたさを見るのである。教会ではしばしば、人の誉れが求められ神様を平気で欺くようなことが行われてしまうことがある。しかし必ずやそこでは神様を欺くことは取り除かれる。人による誉れが求められ実現されることは排除され、神様による誉れが高くされるのである。
 私は、そのような場所がこの世にあるということの幸いを思う。神様どころか人を欺くことも平気な、また真理や真実を欺くことなど平気なこの世である。しかしそのような世に、神様を欺くことに対してまことに厳しい共同体というものがある。人による誉れを排除して神様による誉れこそが大事にされるところがある。
 神様による誉れとはどのようなものであろうか。思い起こすのは、ある貧しい未亡人がレプトン銅貨2枚を献金する様子をイエス様がご覧になり「この貧しいやもめはだれよりも沢山入れた」と言って下さった(ルカによる福音書の21章1~4節など)。このように、礼拝をささげることにおいて、またそこでささげられる私たちの本当にまずしいものを、「だれよりも沢山」と言って下さるイエス様がおられるのが教会なのである。教会で私たちがどれだけのものをささげているのかは他の人には全く見ない。イエス様・神様だけがご覧になってくださる。人様に見えるものは本当に僅かだが、それをちゃんと見て下さるイエス様がおられるのが教会である。
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レプトンとは当時流通していた貨幣の最小単位。1レプトンは1デナリ(労働者1日分の賃金)の128分の1とのこと。当時の労働者の1日分の賃金を6千円程度と仮定するとレプトン銅貨2枚は100円弱の金額という計算になる。

聖書:新共同訳聖書「使徒言行録 4章 32節~5章 11節」 04:32信じた人々の群れは心も思いも一つにし、一人として持ち物を自分のものだと言う者はなく、すべてを共有していた。 04:33使徒たちは、大いなる力をもって主イエスの復活を証しし、皆、人々から非常に好意を持たれていた。 04:34信者の中には、一人も貧しい人がいなかった。土地や家を持っている人が皆、それを売っては代金を持ち寄り、 04:35使徒たちの足もとに置き、その金は必要に応じて、おのおのに分配されたからである。 04:36たとえば、レビ族の人で、使徒たちからバルナバ――「慰めの子」という意味――と呼ばれていた、キプロス島生まれのヨセフも、 04:37持っていた畑を売り、その代金を持って来て使徒たちの足もとに置いた。 05:01ところが、アナニアという男は、妻のサフィラと相談して土地を売り、 05:02妻も承知のうえで、代金をごまかし、その一部を持って来て使徒たちの足もとに置いた。 05:03すると、ペトロは言った。「アナニア、なぜ、あなたはサタンに心を奪われ、聖霊を欺いて、土地の代金をごまかしたのか。 05:04売らないでおけば、あなたのものだったし、また、売っても、その代金は自分の思いどおりになったのではないか。どうして、こんなことをする気になったのか。あなたは人間を欺いたのではなく、神を欺いたのだ。」 05:05この言葉を聞くと、アナニアは倒れて息が絶えた。そのことを耳にした人々は皆、非常に恐れた。 05:06若者たちが立ち上がって死体を包み、運び出して葬った。 05:07それから三時間ほどたって、アナニアの妻がこの出来事を知らずに入って来た。 05:08ペトロは彼女に話しかけた。「あなたたちは、あの土地をこれこれの値段で売ったのか。言いなさい。」彼女は、「はい、その値段です」と言った。 05:09ペトロは言った。「二人で示し合わせて、主の霊を試すとは、何としたことか。見なさい。あなたの夫を葬りに行った人たちが、もう入り口まで来ている。今度はあなたを担ぎ出すだろう。」 05:10すると、彼女はたちまちペトロの足もとに倒れ、息が絶えた。青年たちは入って来て、彼女の死んでいるのを見ると、運び出し、夫のそばに葬った。 05:11教会全体とこれを聞いた人は皆、非常に恐れた。


2020/06/14 聖霊降節第3主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「勇気を出しなさい」 1.イエス様は「これらのことを話したのは、あなたがたが私によって平和を得るためである」とおっしゃった。イエス様の14章からの長い告別の言葉は、弟子たちや私たちに平和を与えようとするためのものだと言うのである。平和とはヘブル語ではシャロームという言葉である。私たちにとってわかりやすい言葉だと平安ということばであろう。また安心ということでもある。さらにまた別の言葉で言い換えれば、幸いと言ってもよいのではないかと思う。
 この平安について、イエス様は14章27節では「う私は平和をあなたがたに残し、私の平和を与える。私はこれを、世が与えるように与えるのではない」とおっしゃった。イエス様はここで、私たちに与る平和は世が与えるものとは違うとおっしゃった。では世が与える平和とはどのようなものなのか。それは不安や恐れというものが全くない状況のことではないかと示された。私たちが求め願う平和とは、要は不安や恐れが全くない状態をいう。不安や恐れがあると、すぐさま消え去ってしまうようなものが、私たちが普通に考える平安ではないだろうか。
 ところがイエス様が私たちに与える平安とは、そのようなものとは違うと言う。「平和を得るためである」との言葉に、すぐに続けてイエス様は「あなたがたには世で苦難がある」とおっしゃった。このように言うイエス様の心は、私たちにはこの世で苦難があり、それゆえの恐れや不安があるけれども、しかし私たちはイエス様によって平和をいただくことができるのだということである。苦難があることと平和を得ることは相互に矛盾せず、同時に成り立つものなのだということである。苦難があろうとも決して消えない平和がある。それをイエス様が私たちに与えてくださる。そこが世の与える平和とは決定的に違うところなのである。
 今日の私たちは、イエス様が私たちに平和を得させようとして、だからこそ、その直後に「あなたがたには世で苦難がある」とはっきりと明言されたことを心に刻みたいと思う。平和を得ることと苦難があることとは、決して矛盾することではない。イエス様による平安や幸いは、苦難がある中でも与えられるものなのである。だからこそ私たちは勇気を出せるのではなかろか。苦難があってもなお進んでゆけるのである。

2.私の書斎の机の右には、まさに「座右の書」としている50冊ほどの書籍が置いてある。その中心は勿論説教の準備のために使う注解書である。ヴィクトール・フランクルの関連書籍も多く置いてある。その中に『苦悩する人間』というタイトルの本がある。フランクルは、人間を「ホモ・パティエンス(苦悩する人間)」と定義している。そして彼は「ところで、苦悩を恐れ、苦悩から逃げるばかりだったのが、この3世紀です。現実を美化しようと試みていたのです。苦悩、苦悩の必然性、苦悩の価値可能性は無視されました。人間は活動と理性の力で、苦しむことと死ぬこと、苦難と死をなくすことができるかのように、自分自身を、そしてお互いを言いくるめたのです。人々は、能動(アクティオ)に夢中になって、受動(パッシオ)を見落としたのです。ラティオ(理性)が、科学が苦悩を取り除いてくれるだろうと信じたのです。人々は、現実から、苦悩の必然性から、そして苦悩を意味で満たす可能性から目をそらそうとしてきた」と書いている。
 このフランクルの言葉から言えば、私たち人間がなぜホモ・パティエンス(苦悩する人間)なのかと言えば、それはパッシオ(受動)というものを免れ得ないからだと思うのである。私たちは能動(アクティオ)を望む。アクティオとは、要は思い通りに自分の人生を自分が主人となってコントロールすることである。そこにこそ私たちの平安があり幸せがある。それが世が与える平安の正体である。しかしフランクルは、それはできないことだと言っている。だから人間は根源的にホモ・パディエンスなのである。そのことから決して逃れることはできないのである。そして、そこを直視せずしては平安も幸せもないのである。イエス様は、私たちがホモ・パティエンスであるという現実をちゃんと直視しておられた。そしてその上でなお、苦悩する人間である私たちが平安や幸せを得ると遺言してくださったのである。

3.ではなぜイエス様は、あなたがたには世で苦難があると言うのであろうか。フランクルの言葉では受動(パッシオ)がそこに深くからんでいた。イエス様がその点について教えているのが、少し前に書かれている28節の言葉ではないかと示される。
 「私は、父のもとから出て世に来たが、今世を去って、父のもとに行く」とイエス様はおっしゃった。このイエス様の言葉の主語は「私は」である。イエス様自身が自分の意志で、神様のもとを出る時や帰る時を選んたということも勿論言える。しかしゲッセマネの祈りにおいてイエス様が「できることならこの杯を取りのけてください」と祈った(例えばマルコ14:35以下)ことからすれば、十字架の苦しみは受動(パッシオ)ゆえのものであったのは明らかである。復活も「復活させられた」のであって、死人となったイエス様自身が自分で復活したのではなかった。だから、そこにもやはり受動がある。イエス様のこの世における生涯そのものが、神のもとから出て神のもとへ帰るものである。その2つの点の間にある線というものは根本的にはイエス様の能動(アクティオ)ではなく受動(パッシオ)なのではなかろうか。神様によって描かれた線の上でのものであって、イエス様自身が描いたものではないのではなかろうか。
 イエス様の生涯がそうであるのならば、私たちのそれはなおのこと根源的にパッシオなのだということではなかろうか。私たちは、はたして自分で神のもとを出るときを選んだかどうかは全くわからない。また神様のもとへ帰る時、即ちこの世を去るときを選ぶことができないことははっきりしている。私たちのこの世の人生は、その最初と最後を神様によって置かれた2点を結ぶ線の上で営まれるものなのである。それは根本的に能動ではなく受動(パッシオ)であろう。であるがゆえに必然的に苦難(パッション)なのである。パッシオとパッションは決して語呂合わせではなく結び付いているのである。

4.しかしそうであればこそ、ここに平安があり幸いがあるのだとイエス様は教えてくださるのではなかろうか。神のもとから出て神のもとへ帰るという2点によってなる私たちの人生は、そうであるがゆえにパッシオではあるが、しかし同時に、だからこそ、私たちの人生の歩みがこの線の上をそれることがないということをも意味しているのである。そこには神様によって定められた道がある。私たちは、神から出て神のもとへ帰るべく定められているからこそ、この道をそれることができないのである。ここにこそ平安がある。受苦(パッション)ではあるが、だからこその平安と幸いがある。14章6節で「私は道であり」とイエス様はおっしゃっている。イエス様自身が私たちの先導者としてこの道を歩み、私たちを励ましながら同伴してくださるのである。神様の定めた道はパッシオではあるけれども、同時に平安に満ちた幸いな道だと教えて下さるのである。
 さて、神様が私たちに引いた道を歩ましめるのは何らかの目的があるからではなかろうか。全くの無目的で線を描いいているのではないはずである。ある目的を果たさせるべくこの線を描いたはずである。先導者として同伴者としてイエス様が私たちに教え示して下さるのは、何よりもこの点ではないかと思う。イエス様が14章からの遺言において繰り返し語っていたのは、この目的についてではなかったか。
 15章で「私はぶどうの木、あなたがたはその枝」「ぶどうの枝としての実を結びなさい」とおっしゃった。締めくくりの言葉では直接そのことは語られてはいないが、「あなたがたが私によって平和を得るため」との言葉に、同じイエス様の心は滲み出ているように感じる。イエス様のこの世の生涯の目的は、ひたすら「私によってあなたがたが」平安を得るためであった。「あなたがたが私によって平安を得る」ということが、イエス様がぶどうの実をつけることなのである。私によって私自身が何かを得るのではなく、あなたがたという他者が私によって何かを得るためのものなのであった。私たちも同じようなぶどうの実をつけるために、神様は私たちの人生の線を描いたとイエス様は身をもって教えて下さるのである。私たちがこの目的のために生きるなら、そこに苦難があっても必ず平安や幸いを得ることができるとイエス様は確約して下さるのである。
 ぶどうの枝は、当たり前のことだが、そこに実った実を自分を食べることはできない。だれかが食べてくれておいしいと感じてくれるのである。それが私たちの人生の目的だといつも思う。どんなにおいしい食事でも、その中身を忘れてしまうことがしばしばである。食事というものはそういうものではないだろうか。忘れられてしまうもの、残らないものなのである。おいしいぶどうの実となってひとさまに喜んで食べていただくということも、このように何も残らないものかもしれない。残るものならばおいしいとは言えない。いつまでもおいしい・ありがとうと感謝されることを求めて、親が子にまた夫婦がお互いに何かをするなら、それは神様の果たさせようとなさるものではない。「消化」という言葉がいみじくも表しているように、おいしい食事とは消えてゆくべきものである。私たちが自分のためではなくだれかのためになすことも、消えてなくなるものである。「だれかが私によって」ということが実現するようなものであれば、私たちの人生はたとえ苦難に満ちたものであっても平安であり幸いなものとなるのである。だから勇気を出して歩んでゆこう。私たちは老いて病み、もしかしたらこの新型コロナウイルスに感染し、苦しみつつ召されてゆかざるを得ない。しかしそれによってだれかが必ず何かを得るはずである。私たちは、神様が描きイエス様が導いて下さる人生を歩むのである。

聖書:新共同訳聖書「ヨハネによる福音書 16章 25~33節」 16:25「わたしはこれらのことを、たとえを用いて話してきた。もはやたとえによらず、はっきり父について知らせる時が来る。 16:26その日には、あなたがたはわたしの名によって願うことになる。わたしがあなたがたのために父に願ってあげる、とは言わない。 16:27父御自身が、あなたがたを愛しておられるのである。あなたがたが、わたしを愛し、わたしが神のもとから出て来たことを信じたからである。 16:28わたしは父のもとから出て、世に来たが、今、世を去って、父のもとに行く。」 16:29弟子たちは言った。「今は、はっきりとお話しになり、少しもたとえを用いられません。 16:30あなたが何でもご存じで、だれもお尋ねする必要のないことが、今、分かりました。これによって、あなたが神のもとから来られたと、わたしたちは信じます。」 16:31イエスはお答えになった。「今ようやく、信じるようになったのか。 16:32だが、あなたがたが散らされて自分の家に帰ってしまい、わたしをひとりきりにする時が来る。いや、既に来ている。しかし、わたしはひとりではない。父が、共にいてくださるからだ。 16:33これらのことを話したのは、あなたがたがわたしによって平和を得るためである。あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている。」


2020/06/07 聖霊降節第2主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「エリの息子たちとサムエル」 1.この箇所には、シロという町にあった聖所(神殿)の祭司であったエリのもとに預けられたサムエルとエリの息子たちとの対照的な姿が描かれている。
 舞台は今から3000年ほど前の時代、まだその頃はエルサレムに神殿は建てられてはいなかった。シロという町は、エルサレムの数10キロ北にあった。十戒を刻んだ2枚の石版が収められた箱を安置する聖所が建てられ、神殿としての役割を果たしていたようである。エリは、そこで奉仕する祭司たちの指導者であった。そしてエリの二人の息子たちは祭司であった。エリの息子たちは、「ならず者で主を知ろうと」せず(12節)、22節以下に書かれているような行状でさえあった。父親のエリは、息子たちを諭した。しかし息子たちは、父の声に耳を貸すことはなかったのである(25節)。少年サムエルは、そのようなエリのもとに預けられたのである。サムエルは、エリの息子たちとは対照的であった。サムエルは「祭司エリのもとにとどまって、主に仕え(11節)」「すくすくと育ち、主にも人にも喜ばれる者となった(26節)」。この聖書箇所はリュティによれば、あまり礼拝説教の箇所として読まれることはなく、むしろ青少年教育の材料として用いられることが多いという。私たちもまず、青少年教育というわけではないが「信仰の継承」というテーマへの示唆を与えられるのではないかと感じる。
 クリスチャンの中には子どもたちに信仰を受け継がせる難しさを感じておられる人々は少なくないと思う。かくいう私自身もそのひとりである。そして今日の物語に登場する祭司エリも、それに悩んだ親の代表ではなかったか。信仰を受け継がせることができなかった自分を責めたり情けなく思ったりするのは、私たちに共通してある。私たち牧師は、子息が牧師になったり神学校に入ったりしている同僚たちを見るたびに「自分のどこがいけなかったのだろうか」と情けなく思うのである。エリはどうだったか。自分の息子たちをならず者や神様を知らない者にしか育てることができなかったのは、父である彼の責任ではなかったか。息子たちが父の論しに耳を貸さないのであれば、そのような彼らを祭司に留め置かずやめさせるべきだったのではなかったか。そのように父であったエリの責任を問い、信仰を継承させる努力を怠った者として、エリを責める声は大きい。
 しかしエリとは、ただただそのような人物だったというだけであろうかと私は思うのである。確かに親として欠けがあったのだろう思う。29節には「自分の息子を私よりも大事にして」とある。しかし私は、エリがひとりの信仰者として全くだめだったわけではないと思うのである。その証拠に、エリの元に預けられたサムエルは、神様に仕え喜ばれる者としてすくすくと成長していったのである。また20節にあるように、サムエルの両親であるエルカナとハンナを祝福し、祭司としてなくてはならない働きをしてもいたのである。信仰の継承ということから言えば、血のつながった息子たちにはそれをすることに失敗をしたかもしれないが、他人の子であるサムエルに対しては成功したのである。そしてサムエルの両親にも信仰の喜びを伝え得たのではなかったか。
 血のつながった親子、また関係の深い夫婦だからこそ、信仰を伝えるのが難しいという点があるのではなかろうか。それができないからと言って、できなかった者の信仰が乏しいとか欠けがあるというものではなかろう。また、それができた者がすばらしいというものでもないであろう。突き詰めて言えば、ある者に信仰が伝わっていくかどうかは神様のなさることなのである。親や配偶者である私たちの信仰が、信仰を伝えようとする努力がすぐれていたからというものではないのである。また、たとえ子どもたちや配偶者に信仰を伝えることができなくとも、他の人に伝えることができればそれでよいのではないだろうか。

2.もう一点、エリの息子たちの姿を通して考えさせられることがある。そこに十戒を収めた箱が置かれ、人々をしてそこで神様に出会うよすがであった聖所が、よりにもよってならず者・神様を知らない者・ふしだらな行為をする者たちが祭司を務めるような場所となっていた。ある日、「神の人」と呼ばれる無名の者が、エリのもとを訪ねて来て、神様からの厳しい言葉を伝えた(27節以下)。祭司たちが聖所において、神様にささげられたものをないがしろにし、私腹を肥やしていることが厳しく批判された。
 私は、ここになされている批判とは、ただイスラエル人の聖所や祭司に対してなされたものではなく、教会という聖所やそこに祭司として仕える牧師、そして牧師だけではなく、信徒たちに対してもなされているものだと感じるのである。イエス様が棕櫚の主日にエルサレムに入った直後、真っ先に行ったことは「宮清め」であった。「私の家は、すべての国の人の祈りの家と呼ばれるべき」であるのに、「あなたたちはそれを強盗の巣にしてしまった」とイエス様は言った。このイエス様のふるまいは4つの福音書すべてに記されている(たとえばマルコによる福音書11章17節)。イエス様がそれを行ったのは、私たちの教会も常に強盗の巣になってしまう危険をはらんでいるからだと私はいつも思っている。十戒の箱が安置され、そこに祭司が住んでいるような聖所だから祭司が私腹を肥やすというのではなく、おおよそ人間の手によってたてられる聖所・教会は、どうしても、そこに仕え・集う祭司や信徒たちが私腹を肥やしてしまうところとなってしまうのである。そのことから逃れることはできない。エリやその息子たちが特別に悪かったからではく、人が祭司となり、人の目に見えるものとして聖所がこの世に建てられるがゆえに、どうしてもそれは人間の私腹を肥やすところとなってしまうのである。
 教会が聖所であり、特にそこに仕える牧師が祭司であるということから、それらは決して何の非難もなされないようなものであるし、またそうあるべきだという思いが私たちにはあるかもしれない。そう思えばこそ、逆に教会や牧師に非難されるべき点があるのだとの躓きから教会から離れるということが起きがちである。「神の人」と呼ばれる者が祭司エリのところにやってきて、祭司や聖所を非難する厳しい神様の言葉を語った。そういうありさまが聖書の中には記されている。それは、教会やそこに仕える祭司である者たちが非難を免れない存在なのだということの現れなのである。だから、たとえそこに私腹を肥やし、神様を知らない知ろうとしないというような驚くべきやからがいたとしても、そこに躓くこともないのである。それは人の建てる聖所の、またそこに仕え集う者の避けられない宿命のようなものなのである。神様によって常に問いただされるような存在が、教会であり祭司であるという点に、大いに教えられるものがあるのではないだろうか。

3.さて、人の建てる聖所やそこに仕える祭司がそのようになってしまうものならば、神様はそもそもそのようなものはなくした方がよかったのではなかったか。しかし神様は、そうはされなかったのである。35節以下に、はっきりとそのことが書かれている。神様は忠実な祭司を必ず立てて、またイスラエル人は「祭司の仕事の一つに就かせて下さい」と願うようになるとある。これほどに、聖所が立てられ、そこに仕える祭司がいることは、なくてはならないものだと神様は語っているのである。
 それはなぜか。聖所や祭司でなければ、どうしても果たしえない役割があるからではなかろうか。そのなくてはならない役割というものを、サムエルの成長の様子やサムエルの両親に対するエリの祝福から教えられるように思う。11節に「幼子は祭司エリのもとにとどまって主に仕えた」とあり、18節から19節はじめには「サムエルは、・・・・母は彼のために小さな上着を縫い」とある。サムエルが神様に仕えつつ成長してゆくためには、さまざまな欠けのある祭司エリが、またシロの聖所が不可欠だったということを物語っていると思うのである。どのような意味で不可欠だったかを象徴的に描くのが18節から19節にかけての言葉から感じる。
 私は、母ハンナがサムエルのために小さな上着をぬって着せてやったというのは、母ひいては父との血のつながり・親子という関係におけるあり様を象徴的に描いているように感じる。それは「小さい」。文字通りの意味は、もちろんまだ幼子だったサムエルの着る上着であったのだから小さいということなのである。しかし、それだけではなく、血のつながり・親子関係において父母が子どもに着せる服というのは「小さい」ということなのである。それは子どもたちをいつまでもどこまでも親子の枠の中に置いてしまう。だから「小さい」という言葉に象徴的にあらわされるのである。もしサムエルそして私たちが、親子関係ひいてはこの世の関係の中だけでしか生きられなければ、私たちは「小さい」着物をずっと着せられたままなのである。
 そのようなサムエルが父母のもとを離れて聖所と祭司エリのもとに預けられてこそ、「大きな」者として成長してゆけるのである。その象徴が、母からもらった小さな上着を着ながらも、祭司が着るべきエフェドをその上に着て祭司の下働きをする姿なのだと思う。親子・血のつながりの関係だけではなく、それを着つつも、なおもっと大きなつながりの中に生きる、その具体的な場こそが、シロの聖所であり祭司エリのもとで祭司見習いとして生きることであった。私たちが親子や家族やこの世の関係の小ささを身につけつつも、もっと大きな存在との関係に生きるために聖所や祭司が必要なのである。
 私自身がそうだったということをしみじみ思う。勿論私は、ずっと教会に預けられていたわけではなかった。私は2歳半頃から教会幼稚園に通い、日曜日は教会学校に出席し、受験の時期も教会から離れたことはなかった。私の両親は、しょっちゅう激しい夫婦げんかを繰り返すような仲だったが、そのような私にとって、聖所である教会において与えられる神様と教会の皆さんとの関係が、どれほどなくてはならないものだったかと思い返すのである。26節最後に「主にも人々にも喜ばれる者となった」とある。ここが大事なのである。親からだけではなく、聖所において神様と人々に愛される者となることが、私たちの成長にとって不可欠なのである。

4.それは、私たちにどのような成長の糧を与えて下さるのか。神様の創造の御業の富が、この地に満ち満ちている。先週の聖書箇所を思い起こす(詩編 104編 23~30節)。神様は、海の怪物レビヤタンを造ったり、私たちを塵に戻しつつ新たに創造したりする。神様の創造の御業は、親やこの世の支配者や私たち自身の働きとは全く違う。怪物も造り死も造る。しかしそれが神様の御手の中にあると知ることで私たちは満ち足りる。平安を得る。教会という聖所は、私たちが私腹を肥やす場となってしまうこともしばしばであろう。しかし、それにもかからわず教会は、私たちが聖書を通してそのような神様に出会い、そのような神様の驚くべき姿に出会えるなくてはならない場なのである。そのような場がどうしてもこの世になくてはならない。それはおのずと人の手によって立てられ、そこに仕える祭司は人間以外の存在ではありえないのである。
 最後に、祭司の果たす大切な役割として示されるのは祝福ということである。祭司エリは涙を流して祈るハンナに「安心して帰りなさい。イスラエルの神が、あなたの乞い願うことをかなえてくださるように」と言葉をかけた(1章17節)。すると、家に帰ったハンナの表情はもはや前のようではなかった。そして彼女は、サムエルを身ごもった。20節以下もそれと同じである。エリは、エルカナとその妻を祝福し、「主に・・・ように」と言い、家に帰ってゆくと主はハンナを顧みられ一家には5人の子どもが授かったという。
 神様よりも実の息子を大事にしてしまうような愚かな祭司エリであった。しかしまた、このように信徒を祝福できる祭司でもあったのである。そしてその祝福が不思議に実現してゆく器として用いられるのもまた祭司なのである。

聖書:新共同訳聖書「サムエル記(上) 2章 11~29節」 02:11エルカナはラマの家に帰った。幼子は祭司エリのもとにとどまって、主に仕えた。 02:12エリの息子はならず者で、主を知ろうとしなかった。 02:13この祭司たちは、人々に対して次のように行った。だれかがいけにえをささげていると、その肉を煮ている間に、祭司の下働きが三つまたの肉刺しを手にやって来て、 02:14釜や鍋であれ、鉢や皿であれ、そこに突き入れた。肉刺しが突き上げたものはすべて、祭司のものとした。彼らは、シロに詣でるイスラエルの人々すべてに対して、このように行った。 02:15そればかりでなく、人々が供え物の脂肪を燃やして煙にする前に、祭司の下働きがやって来て、いけにえをささげる人に言った。「祭司様のために焼く肉をよこしなさい。祭司は煮た肉は受け取らない。生でなければならない。」 02:16「いつものように脂肪をすっかり燃やして煙になってから、あなたの思いどおりに取ってください」と言っても、下働きは、「今、よこしなさい。さもなければ力ずくで取る」と答えるのであった。 02:17この下働きたちの罪は主に対する甚だ大きな罪であった。この人々が主への供え物を軽んじたからである。 02:18サムエルは、亜麻布のエフォドを着て、下働きとして主の御前に仕えていた。 02:19母は彼のために小さな上着を縫い、毎年、夫と一緒に年ごとのいけにえをささげに上って来るとき、それを届けた。 02:20エリはエルカナとその妻を祝福し、「主に願って得たこの子の代わりに、主があなたにこの妻による子供を授けてくださいますように」と言った。こうして彼らは家に帰った。 02:21主がハンナを顧みられたので、ハンナは身ごもり、息子を三人と娘を二人産んだ。少年サムエルは主のもとで成長した。 02:22エリは非常に年老いていた。息子たちがイスラエルの人々すべてに対して行っていることの一部始終、それに、臨在の幕屋の入り口で仕えている女たちとたびたび床を共にしていることも耳にして、 02:23彼らを諭した。「なぜそのようなことをするのだ。わたしはこの民のすべての者から、お前たちについて悪いうわさを聞かされている。 02:24息子らよ、それはいけない。主の民が触れ回り、わたしの耳にも入ったうわさはよくない。 02:25人が人に罪を犯しても、神が間に立ってくださる。だが、人が主に罪を犯したら、誰が執り成してくれよう。」しかし、彼らは父の声に耳を貸そうとしなかった。主は彼らの命を絶とうとしておられた。 02:26一方、少年サムエルはすくすくと育ち、主にも人々にも喜ばれる者となった。 02:27神の人がエリのもとに来て告げた。「主はこう言われる。あなたの先祖がエジプトでファラオの家に服従していたとき、わたしは自らをあなたの先祖に明らかに示し、 02:28わたしのためにイスラエルの全部族の中からあなたの先祖を選んで祭司とし、わたしの祭壇に上って香をたかせ、エフォドを着せてわたしの前に立たせた。また、わたしはあなたの先祖の家に、イスラエルの子らが燃やして主にささげる物をすべて与えた。 02:29あなたはなぜ、わたしが命じたいけにえと献げ物をわたしの住む所でないがしろにするのか。なぜ、自分の息子をわたしよりも大事にして、わたしの民イスラエルが供えるすべての献げ物の中から最上のものを取って、自分たちの私腹を肥やすのか。


2020/05/31 聖霊降臨日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「良いものに満ち足りる」 1.イエス様が十字架につけられた過越の祭から数えて50日目にイスラエル人が行っていた『五旬祭』という祭を、ギリシャ語でペンテコステという。イエス様の弟子たちも、この祭りを祝うためにエルサレムに集まっていた。すると、不思議な形で聖霊が弟子たちに注がれ、彼らは別人のようになってイエス様がキリスト(救い主)であると人々に語れるようになったという(使徒言行録2章1節以下)。それによって信者の群れが、すなわち教会ができていった。世々の教会は、この日を聖霊降臨日の礼拝、ペンテコステ礼拝の日として守るようになったのである。
 本日の聖書箇所は、伝統的にペンテコステ礼拝で読むべき箇所とされている箇所で、教団所定の聖書日課に掲げられている聖句である。30節に「あなたはご自分の息を送って彼らを創造し」とある。この「息」とは、ヘブル語では「ルアハ」、そして霊という意味もあるとのことである。そのようなことから、この詩編の御言葉がペンテコステ礼拝で長く読まれてきたのだと思う。
 さて、何よりも私たちに語りかけているのは、「この世界は神様のお造りになったものに満ちている(24節)」ということである。そして、そうであるからこそ、神様の創造したものが満ちているこの世界にいる私たちは、神様から良い物を与えられて満ち足りることができる(27~28節)。たとえ、私たちが息絶えて塵に返るということがあろうとも、私たちは新たに創造されるということにおいて満ち足り得る者なのである(29節)。

2.しかし、はたして私たちは、そのように満ち足りることができているのであろうか。私の手元にある詩編の注解書は極少ない。その中のATDというシリーズにおいてバイザーは24節最後の言葉をこのように訳している。「地はあなたの(神様の)富で満ちている」と。この世界は神様の富で満ちている。だから、それをちゃんと見いだせるなら、私たちはその富から食べ物をいただいて良い物に満ち足りることができるはずである。ところが私たちはそれができない。その理由は、私たちが私たちを取り巻く神様の創造の世界に満ちている富を見ることができないからであろう。
 そうしたことを今回の新型コロナウイルス禍においても、しみじみ感じるのである。新型コロナウイルスによる騒動が起きてから、人々は家の中に留まる機会が多くなっていった。家の中から、窓の外に広がる人々の騒ぎとは全く関係なく瑞々しい若葉を繁らせる春の光景を眺めてきた。そこでしみじみ感じたのは、私たち人間だけがウイルスにおびえ騒ぐ一方で、植物や動物には一向にそのような気配はないということであった。このところ、新聞の俳句や短歌にも目を通す機会が多くなった。多くの人たちが、私と同じような心境を詠んでおられる。またある時のラジオ深夜便の投書には、枯れ果てた木々が春になって再び芽吹いてゆくありさまを見て、自分もこの自然の一部であるということに何とも言えない平安を感じたとのリスナーの子ど場が紹介されていた。動植物たちは勿論、彼ら自身はそのようなことを考えるはずがないのだが、自らが自然の一部であり、だからこそ豊かな神様の創造の富の中に置かれていることをもって、何の恐れも不安も抱いてはいないのである。しかし私たちはそうではない。私たちは、自分自身が自然の一部であることを見失ってしまっているのではなかろうか。
 富ということで言うなら、私たち人間が求め願っているのは、神様の創造の御業に満ちている富ではなく、私たち自身が作り出し私たちの利益となるような富なのである。そこには「人は仕事に出掛け、夕べになるまで働く」とある。この詩編作者が、どれほどの意図をして23節から24節以下を書き進んだかはわからない。しかし私はここに、朝から夕べまで働き自らの「業」において富を作りだそうとする人間と、24節以下にある神様の御業の富とが対照的に描かれているように感じるのである。私たち人間は、自身が考え求める富を作りだそうとしてあくせくと日夜働く。その富によって自らを良い物で満たそうとする。しかしそうすればするほど、私たちは「良い物で満ち足りる」ということからどんどん正反対の方向に進んでしまっているように思えるのである。働いても働いても少しも満ち足りることができない。その原因は、ひとえに私たちが、私たちが作り出す富にのみ心を奪われ、私たちの周りに満ちている神様の富を見ることができないからなのである。
 そのような私たちに詩編のこの箇所は、私たちの周りに満ちている神様の富がどれほどすばらしいものか、それは私たちが作り出し求める富とはどれほど違っているかを教えて下さる。

3.この詩編の作者が、神様の創造の御業において満ちている富として第一にあげるのは、26節にある「レビヤタン」という海の怪物である。このことに私はいつも驚かされる。それは私にとって思い出深い言葉である。牧師になって5年ほど経った私に次々と襲ってきた試練は、私にとっては怪物レビヤタンのようなものだった。平穏な海に大きな波を起こし、そこに浮かんでいる船をひっくりかえしてしまうような災難を起こすやっかいな怪獣だった。そのような怪獣を、私は牧師として未熟な自分が生み出した怪獣ではないかと悩んでいた。自分を深く責めていた。
 そのようであった私は、この迷惑な怪獣が神様自身が創造した生き物として真っ先に掲げられている点に深く慰められたのである。先にあげたバイザーによればこの箇所は「海の怪獣がその中で泳ぎ、あなたが遊ぶために造られたレビヤタンが泳ぐ」と訳されている。バイザーは、はっきりと「この怪獣は神様が遊ぶために造った」ものだと訳している。神様が遊ぶために創造した怪獣は、時に私たちの生活を破壊し、その平穏な航海を破壊する。しかしそれもまた神様の御業なのだというのである。これが私たちの周りに満ちている神様の御業の富なのである。それは、23節に書かれているような私たちの仕事や働きの目的やあり方といかに異なっていることであろうか。しかしそこにこそ神様の創造の御業の富があるというのである。
 神様が遊ぶというに、私は深く心を寄せられます。ホイジンガの「中世の秋」という名著がある。ホイジンガに、もうひとつの名著「ホモ・ルーデンス(遊ぶ人)」があある。先週書店で買い求め、今手元にある。なかなか難解で読み進められない書物である。「中世の秋」を収めた「世界の名著」シリーズの解説によれば、ホイジンガは遊びの定義をそれ自体が目的であるものだとしているとのことである。つまり私たちの仕事や働きは、それによって作物や作品や実りを生みだして、それを私たち自身の食べ物にしようとする目的からなされるのに対し、遊びとはそのような目的を持たないという。ホイジンガによれば、遊びを失った文化は滅びるしかないとのことである。遊びは、ひたすらある目的のためにのみ生きようとするまじめさや熱狂とは正反対のところにあり、つきつめれば音楽や演劇だけではなく宗教的な行為もまた遊びなのだと彼は言っているそうである。今の社会がひたすら感染症対策という目的のみを優先して、それにそぐわないものを自粛したり排除しようとしたりすることを思い、考えさせられる。その果てにあるのは、確かに感染症はなくなるかもしれないが、遊びもなくなる社会なのかもしれないのである。そのようなことを語ったホイジンガは一時、ヒトラーによって強制収容所に入れられてしまったことは、とても象徴的である。
 神様が遊ぶためにレビヤタンを創造したということ、そしてそこにこそ第一に私たちの周りに満ちている神様の御業の富があるということは、到底私には汲み尽くしえない奥深い何かを語りかけているように思う。私たちの人生は、突如として現れた怪獣によって混乱し、破壊されるといったことが起こりうる。新型コロナウイルスは、まさにそのような怪獣と言えよう。その出現に、私たちは怒り、なぜなのかと問い、その意味を私たちは問い続ける。しかし神様は、そのことをもって遊ぶのである。その神様の遊びということに私たちは躓いてしまうかもしれない。しかし、そこには、私たちにはわからない神様の御心があるということではないだろうか。
 私は良寛の作だったように記憶しているのだが「梁塵秘抄」という歌集に「遊びをせんとや生まれけむ 遊びをせんとや生まれけむ 遊ぶ子どもの声聞けば わが身さへこそゆるがるれ」という歌がある。幼子に遊びが不可欠であるように、私たちの人生においても、そこにおいて神様が遊ぶということが不可欠なのではなかろうか。神様が遊ぶということは、私たちの考える富や利益というものをはるかに越えている。しかしそこにこそ神様の御業の富があると教えられるのである。

4.もうひとつ、この作者が神様の創造の御業の富として語るのは、29節・30節の言葉である。ここでは、いつも私たちが礼拝で教えられているように、神様の創造の御業が、私たちを息絶えさせ塵に戻すことと一体であることが語られている。私たちが死んでゆくことと、神様が息を送って私たちを新たな者として創造することとは一体なのである。この両者を分けることはできないのである。創造だけを受け取って、塵に返ることを拒否することはできないのである。冒頭で紹介したラジオ深夜便への投書では、冬枯れの樹木が春になって若葉萌えてゆく様子に深い平安を感じたとのことだった。その心境の根底にあるのは、この詩編作者と同じ思いなのである。神様の創造の御業においては、必ず枯れ果てることと新たになることが一体なのである。だから、もし私たちに病むことや死ぬことがあれば、そこには必ず新しく創造されることが付随するのである。どちらか一方のみがあるということは、神様の創造の御業には決してない。
 このことは、私たちの人生に神様が怪獣を送って遊ぶということとも重なりあうことなのかもしれない。これが詩編の作者の言う神様の創造の御業の富なのである。これを知るからこそ、私たちは27~28節に語られているような、神様がその御手を開いて私たちに食べ物を与え満ち足らせて下さることがはじめてわかるのではないだろうか。「御手が開かれれば」と28節最後にある。その開かれた御手にあるのは、レビヤタンという怪獣を送って遊ぶことであり、また私たちを塵に返らせることなのである。それが神様の御業の富であり、その御手には私たちへの食べ物が満ち足りているのである。

聖書:新共同訳聖書「詩編 104編 23~30節」 104:23人は仕事に出かけ、夕べになるまで働く。 104:24主よ、御業はいかにおびただしいことか。あなたはすべてを知恵によって成し遂げられた。地はお造りになったものに満ちている。 104:25同じように、海も大きく豊かでその中を動きまわる大小の生き物は数知れない。 104:26舟がそこを行き交いお造りになったレビヤタンもそこに戯れる。 104:27彼らはすべて、あなたに望みをおきときに応じて食べ物をくださるのを待っている。 104:28あなたがお与えになるものを彼らは集め御手を開かれれば彼らは良い物に満ち足りる。 104:29御顔を隠されれば彼らは恐れ息吹を取り上げられれば彼らは息絶え元の塵に返る。 104:30あなたは御自分の息を送って彼らを創造し地の面を新たにされる。


2020/05/24 復活節第7主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「取り調べを受けるペトロ」 1.ペトロとヨハネがエルサレム神殿に詣でようとししていた。二人が「美しい門」と呼ばれる神殿の入り口にさしかかると、生まれつき足の不自由な男が物乞いをしていた。二人は、この男に向かって「金や銀はわたしにはないが、持っているものをあげよう。イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい」と言った。そして、男の手を取り立ち上がらせた。すると、その物乞いは躍り上がって歩きだし、二人と一緒に神殿の境内へと入っていった。
 この様子を見た人々が、彼らの周りに集まってきた。ペトロは、人々に説教を語った(3章11節以下)。すると、男だけでも5000人ほどの人がイエス様をキリスト・救い主として信じるようになったという(4章4節)。これは当時のイスラエルの宗教指導者や当時の社会のリーダーたちにとっては、黙って見過ごすことのできないことだった。なぜなら、おそらく2・3カ月前に自分たちが十字架につけて殺した男をキリスト(救い主)だと言いふらし、またその男の名前によってこうした奇跡が起こり、多くの人々が引き寄せられているからである。ペトロとヨハネは捕らえられてしまった。大祭司やその一族、また70人議会の議員といった当時の宗教的・社会的指導者たちが集まり、二人の尋問を始めた。数カ月前にイエス様を十字架につけたのと同じ人々が、今度はイエス様の弟子たちを捕らえ取り調べを行ったのである。これに対する特にペトロの、まことに堂々とした応答がこの箇所(4章5節以降)に書かれているのである。
 ペトロは、イエス様が逮捕された際には、3度もイエス様を否んだ。そして十字架に際して弟子たちは、ある者は故郷に逃げ帰り、ある者は部屋に鍵をかけて閉じこもるしかなかったのである。そのような彼らが、今や逃げも隠れもせず、8節から12節に記されているような答えをすることができた。このありさまに対して指導者たちは、18節にあるような脅しを加えるしかなかった。しかしこれに対しても2人は「神に従わないであなたがたに従うことが、神の前に正しいことかどうか、考えていただきたい」と逆に問いただしたのである。
 私たち信徒や教会は、しばしば神様にではなく人に従わせようとする勢力や権威に対峙せざるを得ない状況に置かれてきた。この聖書箇所には、生まれたばかりの教会の、そのような状況に置かれた様子が描かれている。そのような場面においてペトロとヨハネは、人間の権威ではなく神様に従おうとすることによって正々堂々と対処することができた。私たちもそうでありたいと願う。今は幸い表立ってはそのような人間の権威やこの世の勢力というものが、あからさまに私たちを捕らえ、圧迫するという状況にはなっていない。しかし明白にはそうは見えないということだけであって、実はいつの時代社会でも、そのような権威や力は、私たちを取り囲み、私たちを従わせようとしているのだと思う。そのことに気づいて、人にではなく神様に従う者として難儀な時を乗り切ってゆきたいと思う。

2.さて、そこでまず私たちをして人に従わせようとする権威や勢力が、どのようなものであるかを見てゆきたいと思う。8節以下のペトロの言葉に、その権威がどのようなものであり、またそれと対照的に、神様の権威がいかなるものかということが如実に描かれているのではなかろうか。
 ペトロはここで、生まれつき足の不自由だった人が、何によって癒されたかについて、「それはあたながたが十字架につけて殺し、神が死者の中から復活させられたあのナザレの人、イエス・キリストの名によるものだ」とまず語った。その後で、詩編118編22節の聖句を引用して、「このイエス・キリストはあなたがた家を建てる者には捨てられたが、神様によっては隅の親石(土台の要となる石)として用いられた」と言い、イエス様によってのみ、私たちは救われるのだと弁明した。
 このペトロの言葉によれば、私たちをして人に従わせようとするこの世の権威とは、要はイエス様を十字架につけて殺したのと同じであり、またイエス様を家を建てるには不要な石として捨てる権威だと語っているのだと思う。また、直接はそうは言ってはいないが「この世の権威とは、生まれつき足の不自由な人を癒すこともできず、神殿へと招き入れることもできなかった」そして「そうできたのは、イエス様の名において現れた神様の権威なのだ」とも間接的に語っているのだと思う。
 このような権威─大祭司とか長老とか律法学者とか70人議会の議員たちの権威とか─について、前のページに記されたペトロの説教では次のように語られている。14節から15節に「聖なる正しい方を拒んで」「あなたがたは、命の導き手である方を殺してしまい」とあった。彼らがイエス様を十字架につけて殺したのは、要はイエス様が教えた「聖」とか「正しさ」とか、また「命への導き・道」というものが、大祭司らの教え信じるそれとは真っ向から反するからだった。大祭司たちにとっての聖・正しさ・命への道とは、つきつめれば律法の行いにあった。人間の側で聖であるとされるもの・正しいと考えられるものを積み重ねることにあった。それが命への道とされていた。大祭司という存在も、律法学者やサドカイ派・ファリサイ派にしても、すべては人間の側で何か有用なものを積むということを核に置いていたのではなかったか。それができる人間こそが、家を建てる─それはイスラエルという国を建てる上でも、ひとりびとりの人生を建てることを指している─上で、役に立つ石なのである。
 こうした権威だからこそ、極めて象徴的なことだが、生まれつき足が不自由な男性を、当然役に立たない存在として見たのである。社会という家を建てるには不要な石であり、また信仰生活を立ててゆく上でも邪魔な石なのであった。だから神殿の中に招き入れることもなく、その入り口に置かれたままだったのである。このような権威や価値観が、イエス様を十字架につけ、今またペトロやヨハネを捕らえ、そして実は、いつの時代でも姿や形を変えて私たちを圧迫しようとしているのだと思うのである。
 新型コロナウイルス禍は、そのような権威が私たちを支配しようとしていることを物語っていると感じる。「不要不急なものは生活から切り捨てよ」と世の権威は語る。養老孟司氏は、先日の新聞の論説で「私たちの存在そのものの中に、実は不要不急のものがつまっているのであり、しかし私たちの根源・本質にあるのは不要不急のものではないか」と語っておられた。私たちの遺伝情報のかなりの部分はウイルスと共通した部分を持ち、そしてその遺伝情報のかなりの部分が一体何のためにあるのかわからないところの、まさに不要不急のものであることはよく知られている。しかし、その不要不急のものこそが、危機のときに何らかの重要なスイッチになるのではないかと語っておられた。
 私たちがこうして礼拝をささげていることも、ある人々の目には不要不急の最たるものとして映るであろう。演劇も音楽もダンスもバーもスナックもパチンコもすべて不要不急であろう。病むことも感染することも認知症になることも一般的な価値観からすれば不要不急といえよう。この世は、イエス様を十字架につけて殺すように、壮健であることをのみ求めスピーディーに仕事ができることをのみ役に立つ石だとして不要不急なものを殺し捨てるのである。このような権威がますます私たちを捕らえ、「わたしに従え」と強要してくるのではなかろうか。それこそ「お前達は何の権威によって、誰が許したから、こうして不要不急の礼拝を守っているのか」と取り調べを受ける時代が来るかもしれないのである。

3.こうした人の権威やこの世の権威に対し、イエス様は否を突き付けて下さった。この世的な人間たちが当たり前に考える「聖」や「正しさ」に対して否を語り、貧しい者は幸いなりと語って下さった。だからこそ、この世の権威はイエス様を十字架につけねばならなかったのである。しかし、ここに神の権威が現れた。それは、この世の権威が殺したイエス様を、死者の中から復活させるという、具体的な形で現れたのである。また、この聖書箇所のエピソードにおいては、この世の権威がこの世界を建てるには不要だと見なして切り捨てていた人を癒し、神殿へと招きいれることを通して現れたのである。
 一体これが、どれほど驚くべき権威の現れであろうか。十字架の上で殺されたイエス様に如実に現れているところの、また「死者」という言葉にいみじくも表されているところの、私たち人間の権威や価値観が不要不急だと断じてしまう価値のなさがある。私たち自身が、病むことや認知症になってしまうことや肉体の命を失うことを、家を建てるのに不要なもの・邪魔なもの・あってはならないものとして切り捨てるのである。しかし、神の権威は驚くことに、私たちが捨てた石や死者を十字架の上で切り捨てられたイエス様を、「あなたこそ必要だ」と言って復活させたのである。この世界を建て、また私たちの人生を建て上げるためには、この世の権威が不要不急だとして捨てたものこそが大事なのだとして下さるのである。
 ここに、どれほど今の私たちにとっての深い慰めがあろうか。今の私たちには、私たちが考える聖や正しさとは全く違う、本当に神様が示してくださる権威、また聖や正しさが不可欠だと思う。先日、NHKのクローズアップ現代という夜の番組を観ていた。その番組は、新型コロナウイルス感染症によって亡くなられた方の遺族が世間体を気にして引きこもりのような生活をしている様子を報じていた。感染症によって死者となってしまった存在とその遺族を、この世の権威・人間の権威は、切り捨て排除するのである。聖や正しさとは正反対にあるところの汚れた者として、また、この世にあってはいけない悪として排除するのである。それにより遺族は、愛する人を失った悲しみに続いて、さらなる苦しみを被っているのである。ある人は、かつてハンセン病や結核患者の人々やその家族が隔離され差別されたのと全く同じ状況だと言っていた。
 世の権威・人間が作り出す権威は、病いなく健やかであ死者ではない状態の者だけが聖であり正しく役に立つ存在だとしか見ることができない。しかし神の権威はそうではない。イエス・キリストという存在は、その神の権威を表して下さる。イエス様は、その身をもって、この世の権威が汚れているとした人々・不要だとした人々を、聖なる者・貴い存在だとして下さった。神様の権威は、イエス様によって表された。今ような時代にこそ、人の権威ではなく神の権威が不可欠ではなかろうか。感染症で死者となった人々とその遺族にとってこそ、また今の社会にとってこそ不可欠なのが、この神様の権威ではなかろうか。
 このような神様の権威とその現れであるイエス様の名によって、生まれつき足の不自由な人が癒され立ち上がってゆくことができた。神様の権威の現れが、具体的にこのような効果を表すという点に、改めて心を寄せられる。私たちが最も具体的に、イエス・キリストの名によって現れる神様の権威に従う生き方とは、イエス・キリストの名によって、たった2人または3人の者が集まるということなのである。教会は(勿論、感染を拡大しないようにするための周囲の人々への配慮をじゅうぶんに行う前提の上で)、まさにこの世の権威によっては不要不急と断じられる集まりを、ささやかなりとも続けてゆくことだと思う。少ない人数ではあっても、私たちが神様の権威の現れたるイエス・キリストの名によってこうして集まっているということが大事なのである。このことが、この世の権威や人間が造る権威によって苦しんでいる人々を時には立たせ、その病を癒すことになるのである。

聖書:新共同訳聖書「使徒言行録 4章 1~20節」 04:01ペトロとヨハネが民衆に話をしていると、祭司たち、神殿守衛長、サドカイ派の人々が近づいて来た。 04:02二人が民衆に教え、イエスに起こった死者の中からの復活を宣べ伝えているので、彼らはいらだち、 04:03二人を捕らえて翌日まで牢に入れた。既に日暮れだったからである。 04:04しかし、二人の語った言葉を聞いて信じた人は多く、男の数が五千人ほどになった。 04:05次の日、議員、長老、律法学者たちがエルサレムに集まった。 04:06大祭司アンナスとカイアファとヨハネとアレクサンドロと大祭司一族が集まった。 04:07そして、使徒たちを真ん中に立たせて、「お前たちは何の権威によって、だれの名によってああいうことをしたのか」と尋問した。 04:08そのとき、ペトロは聖霊に満たされて言った。「民の議員、また長老の方々、 04:09今日わたしたちが取り調べを受けているのは、病人に対する善い行いと、その人が何によっていやされたかということについてであるならば、 04:10あなたがたもイスラエルの民全体も知っていただきたい。この人が良くなって、皆さんの前に立っているのは、あなたがたが十字架につけて殺し、神が死者の中から復活させられたあのナザレの人、イエス・キリストの名によるものです。 04:11この方こそ、『あなたがた家を建てる者に捨てられたが、隅の親石となった石』です。 04:12ほかのだれによっても、救いは得られません。わたしたちが救われるべき名は、天下にこの名のほか、人間には与えられていないのです。」 04:13議員や他の者たちは、ペトロとヨハネの大胆な態度を見、しかも二人が無学な普通の人であることを知って驚き、また、イエスと一緒にいた者であるということも分かった。 04:14しかし、足をいやしていただいた人がそばに立っているのを見ては、ひと言も言い返せなかった。 04:15そこで、二人に議場を去るように命じてから、相談して、 04:16言った。「あの者たちをどうしたらよいだろう。彼らが行った目覚ましいしるしは、エルサレムに住むすべての人に知れ渡っており、それを否定することはできない。 04:17しかし、このことがこれ以上民衆の間に広まらないように、今後あの名によってだれにも話すなと脅しておこう。」 04:18そして、二人を呼び戻し、決してイエスの名によって話したり、教えたりしないようにと命令した。 04:19しかし、ペトロとヨハネは答えた。「神に従わないであなたがたに従うことが、神の前に正しいかどうか、考えてください。 04:20わたしたちは、見たことや聞いたことを話さないではいられないのです。」


2020/05/17 復活節第6主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「悲しみが喜びに」 1.まず、このイエス様の「悲しみは喜びに変わる」という言葉が今日の私達にとってどれほどかけがいのないものであるかをしみじみ思う。というのは、今全世界で数え切れないほどの多くの人々が悲しみにくれている状況があるからである。既に30万人を越える人々が、感染症によって命を失っている。そして、そのように苦しみつつ死んでゆく人を看取ることもできず、弔うこともかなわずに別れるしかなかった多くの遺族がおられる。さらには、亡くなられた人々の何倍もの人々が、重篤な症状の中に置かれている。その家族は、かたわらにいられない状況にある。全世界に悲しみの洪水が襲いかかっている。そのような状況にある私たちに対して、だれ一人として「その悲しみが喜びに変わる」などど、確かな約束をもって語り得る者はいない。悲しみにくれる私たちは、いつまでもその悲しみの中に置かれ続けるしかないのである。
 それは、イエス様は、悲しみの向こうに喜びがあるということを知っておられたからなのである。16節以下でイエス様は「あなたがたは私を見なくなるが、しばらくすると見るようになる」と言っている。21節以下では、出産の例を引いて産みの苦しみの向こうに新たな誕生の喜びがあることをもって、悲しみの向こうに喜びがあると教えている。

2.しかし弟子たちは、このイエス様の言葉を聞いても、「何のことだろう」「何を話しておられるのか分からない」と言い合っていた。弟子たちには、悲しみの向こうに喜びがあるということが、わからなかった。私たちもそういう者だとしみじみ思う。2000年前の弟子たちでさえそうであるならば、今日の私たちはなおさらだと感じる。今から2000年前の時代では、人々は今よりもずっとずっと短命だった。だから彼らは、今の私たちなどよりもはるかに豊かに、肉体がなくなった後でも死んだ人々とのつながりがあると信じ、それをよりどころにできたのではなかったか。肉体をもって「見る」ことにのみ喜びの源を置くという比重が、ずっと私たちより少なかったのではなかったと想像する。しかしそのような2000年前の弟子たちでさえ、目で見える形でイエス様に会えなくなることは深い悲しみだったのである。
 だとすれば、今日の私たちはいかばかりであろうか。私たちの喜びは、目に見える形で肉体をもって生きているということにそのすべてがよりかかっている。弟子たちがイエス様を見られなくなるという悲しみに打ちひしがれたように、私たちはなおのこと肉体をもって共にあり、語り合い、触れ合い、出会えるということに喜びの源を置いている者である。先日の新聞で、「君」という漢字を分解すると「コロナ」というカタカナになるということから、コロナによって「君」と離れ離れになる辛さを歌った短歌が話題になっていると紹介されていた。元気にしているとわかってはいても、礼拝で会えないことがこれほどに辛いのかと、皆さんは感じておられるようである。先週何人かの方々のもとに週報をお届けしてきた。そのうちのある方は、久しぶりに私と会ったことで涙を浮かべておられた。そのように、私たちの喜びは目で見える形で肉体をもって共に会えることに専ら依存しているのである。それを失った私たちの悲しみは、いかばかりか。そして、その悲しみが喜びに変わるなどと確かな確証をもって語り得る者はどこにもいない。悲しみにくれるばかりなのである。
 そのような弟子たち、また私たちにイエス様は、嘘偽りのない遺言として、言わばダイイングメッセージのようなものとして「悲しみが喜びに変わる」と約束して下さる。弟子たちが何度となく「何のことだろう」「何を話しておられるのか分からない」と論じあっていたとしても、その彼らにこの約束を与えたのである。そしてこの約束は、まさにイースターの出来事において実現した。弟子たちの悲しみは喜びへと変わった。だから、私達が今は「何のことかわからない」と言ったとしても、それはたいしたことではないのである。イエス様の遺言の確かさは何ら失われるものではない。その遺言は、確かな遺産・支えとなって悲しみにくれる私たちを励ましてくれるにちがいない。

3.では、イエス様は何を根拠にして悲しみが喜びに変わると言ってくださったのか。それが書かれているのが、21節の出産の比喩である。出産には、産みの苦しみが伴う。しかしその苦しみの向こうには、必ず新しい命が誕生する喜びがある。言い方を変えれば、苦しみが伴わなければ誕生の喜びはない。出産というひとつの事例からだが、イエス様はここからある普遍的な真理の法則のようなものを教えておられるように思う。それは、おおよそ喜びが生じるためには、その過程において苦しみや悲しみが伴うものだということである。新たな命の誕生というような喜びが生まれるためには、遍的に苦しみや悲しみが不可避なのだということである。さらにまた言い方をかえると、もし私たちに悲しみや苦しみがあれば、その向こうには必ずや喜びが生じるという真理を、出産というひとつの事例を通してイエス様は教えておられるのだと思う。
 出産ということから私たちは、いろいろなことに思いを巡らす。どうして出産には、産みの苦しみが必ず伴うのであろうか。それは、出産には、全く違った次元への歩みだしがあるからだと思うのである。胎児としてのあり方と子宮を出て誕生した後のありかたは決定的に次元が違う。同じ人間ではあるが、全く異次元の生き物だとさえ言える。胎児は、母胎にあって臍の緒で母とつながり自分で呼吸する必要も食べる必要も動く必要もなく、いわば母に完全に依存して生きるのみである。しかし、この胎児としての存在から離れて全く違う次元へと向かうのが誕生なのである。自分で呼吸をし始め、食べて消化し、いずれはおのれの足で立ち、動き、生きて行かねばならない。産みの苦しみとは、要はこの母胎における古いありかたを捨てて新しいありかたへと進み出る故のものなのではなかろうか。だからこそ、そこにはおのずと苦しみが伴うのではなかろうか。
 ところが、こうして母胎から産みの苦しみを経て誕生してみると、そこには母胎の中にあったときとは比べものにならないような成長や自立の喜びというものがある。確かにおのれの足で立ち歩き生きねばならない辛さがある。しかし、だからといって誰も再び母胎に戻りたいとは考えない。すべてを母胎に頼って生きられるたやすさはあったとしても、臍の緒につながれ、すべてを狭い子宮の中で営まねばならない生活に戻ろうとは誰も思わないのである。産みの苦しみを経て、私たちは大きな喜びへと至るのである。

4.イエス様は、まずこのような母胎からの誕生の事例を引いて、そこからの類推(アナロジー)をもって、私たちに目に見える形での肉体に生きることを離れて新しいあり方へという第二の誕生へと思いを馳せるように促すのである。
 勿論、第一の誕生があるからといって、必ず第二の誕生があるという確証があるわけではない。肉体の命がなくなれば、すべては無になると思っておられる方もあろう。しかしイエス様は自分のこととしても、また私たちすべても、肉体の命がなくなればすべては無になるとは考えてはおられない。イエス様は、第二の誕生があるということを、イエス様だけが持っておられる不思議な知恵をもってよくご存じだった。だからこそ、その確かさをもって嘘偽りのない遺言として第二の誕生のことを教えて下さるのである。第一の誕生があるならば、おのずと第二のそれもあるのではなかろうか。第一の誕生があるゆえに、胎児は子宮における様々な制約を離れて新しいあり方へと進んでゆけるように、第二の誕生があるからこそ私たちは、この世の肉体における様々な制約を離れることができるのではなかろうか。私たちが肉体をもってこの世に生きるということは、あたかも胎児が臍の緒につながって子宮という狭い袋の中にいるかのように思う。どんなにそこに留まりたいと願っても、十月十日を越えて胎児が母胎に留まることは母子共の死を意味する。いつまでも留まっていてよいものならば、死はやってはこない。留まっていてはだめだからこそ死が訪れるのである。
 第二の誕生の必然性を、そこに見るように思う。私たちがどんなに肉体をもってこの世に続けることを願ったとしても、ある時間以上そのあり方に留まることは死を意味するのである。この世に留まることがいろいろな意味での死をもたらすからこそ、必然的に第二の誕生があるのである。胎児におのずと誕生の時がくるように、この世という『子宮』の中にいる私たちにも第二の誕生のときが来る。第二の誕生後に生きる世界は、『子宮』の中に留まって生きるありかたとは全く違った世界であろう。それは、誕生以前の子宮に繋がれた世界になどもう決して戻りたいとは思わないほどのすばらしい世界に違いないのである。

5.イエス様は、目で見える肉体を去って第二の誕生を遂げたとき、私たちにどのような喜びがもたらされるかを、与える喜びを通して教えようとされている。「再びあなたがたと会い、あなたがたは心から喜ぶことになる。その喜びをあなたがたから奪い去る者はいない」と22節にある。
 ここでイエス様が遺言として確約して下さっているのは、第二の誕生を遂げたイエス様は、もはやどんなものにも奪われないような喜びを私たちに与えて下さるということである。それは心からの喜びである。私はこれを心における、つまり私たちの内奥の深いところでも喜びだと理解する。目に見える肉体をもって会うことからは、私たちが与えられる喜びは奪われてしまう。会えなくなることによっても奪われるし、また肉体を持っているがゆえに傷つけあうことも憎しみあうこともあり、そのようにして喜び以外のものを与えてしまうこともしばしばである。しかし、肉体を離れて第二の誕生を遂げたイエス様は、ただ喜びだけを弟子たちや私たちに与えるのである。喜び以外のものを与えることはできない。その喜びは心の内奥の深いところにもたらされるものなのである。
 こうしたことは、ただイエス様だけに起きることではなく、私たちにもまた起きることなのである。私たちも肉体を去って第二の誕生を遂げたとき、残された者たちと会い決して取り去られることのない心からの喜びを彼らに与えることができるのである。このような喜びの兆しを、私は夢における喜びから垣間見ることができるのではないかとふと感じた。夢において、私たちは肉体を離れてしばし死を先取りするような体験をすることがある。郡山教会のある方は、夢の中に死んだお母様が現れたとのことであった。夢の中のお母様は、本当に喜びに包まれて幸せそうだったとのことである。夢でその様子を見て、その喜びがその方の心に満ち、すぐにその方は受洗へと導かれた。そのことを思い出す。夢の中での出会いは勿論、肉体におけるものではない。しかし、はるかにそれ以上の心からの深い喜びを私たちに与えることがある。そしてその喜びは決して失われることなく私たちを支えるものとなる。先ほどの方が夢を見て洗礼を受けたいと願ったのは、神様・イエス様と共にあることがこれほどの喜びを死後にもたらしてくれるのだということがわかったからであった。死んだ者に与えられている喜びが、残された者の喜びとなるのである。
 このような喜びに満ちた世界へ、私たちは苦しみや悲しみを経て至るのである。悲しみは喜びに変わる。悲しみの向こうにある世界を望み見たいものである。

聖書:新共同訳聖書「ヨハネによる福音書 16章 16~24節」 16:16「しばらくすると、あなたがたはもうわたしを見なくなるが、またしばらくすると、わたしを見るようになる。」 16:17そこで、弟子たちのある者は互いに言った。「『しばらくすると、あなたがたはわたしを見なくなるが、またしばらくすると、わたしを見るようになる』とか、『父のもとに行く』とか言っておられるのは、何のことだろう。」 16:18また、言った。「『しばらくすると』と言っておられるのは、何のことだろう。何を話しておられるのか分からない。」 16:19イエスは、彼らが尋ねたがっているのを知って言われた。「『しばらくすると、あなたがたはわたしを見なくなるが、またしばらくすると、わたしを見るようになる』と、わたしが言ったことについて、論じ合っているのか。 16:20はっきり言っておく。あなたがたは泣いて悲嘆に暮れるが、世は喜ぶ。あなたがたは悲しむが、その悲しみは喜びに変わる。 16:21女は子供を産むとき、苦しむものだ。自分の時が来たからである。しかし、子供が生まれると、一人の人間が世に生まれ出た喜びのために、もはやその苦痛を思い出さない。 16:22ところで、今はあなたがたも、悲しんでいる。しかし、わたしは再びあなたがたと会い、あなたがたは心から喜ぶことになる。その喜びをあなたがたから奪い去る者はいない。 16:23その日には、あなたがたはもはや、わたしに何も尋ねない。はっきり言っておく。あなたがたがわたしの名によって何かを父に願うならば、父はお与えになる。 16:24今までは、あなたがたはわたしの名によっては何も願わなかった。願いなさい。そうすれば与えられ、あなたがたは喜びで満たされる。」


2020/05/10 復活節第5主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「ハンナの祈り」 1.長い間不妊に悩み苦しんだハンナが、サムエルを授かって神様に祈りをささげた。それは、祈りというより神様をたたえる賛歌と言った方がよいと思う。私は、聖書にこのような賛歌が記されていることのすばらしさをしみじみと感じる。ハンナというひとりの女性によって語られたこの賛歌は、これまでどれほど多くの人々を励まし信仰を育んできたかと思う。
 この賛歌が果たしてハンナという女性が実際に口にしたものかどうかについては、それを疑う人が多いようである。私の手元に、もうかなり古くなってしまったところの、どちらかというと信徒向けのコンパクトな解説書の『旧約聖書略解』という本がある。その本に、次のような解説が書かれている。「この歌は、5節を除けば、ハンナの事情に適する句はない。多くの学者は、本歌を後の編者の挿入したものと解している。・・・マリアの賛歌(ルカによる福音書1章46~55節)は、この歌によったことは明らかである」と。確かに直接的な文言としては、ハンナの境遇にぴったりと重なる言葉は少ない。詩編の言葉と重なる表現がとても多い。そのようなことから、多くの研究者たちは後の、おそらくは男性を中心とした人々が、ハンナの賛歌としてここに挿入したものと考えているのである。
 しかし果たしてそうだろうかと私は疑問に思うのである。後の時代の、特に詩編を作った男性の作者たちが、わざわざ女性のハンナの作品としてこの歌をここに挿入する積極的な理由を私は思い浮かべることができない。今から2000年以上前の時代の話である。女性の地位などほとんどないに等しい社会だった。そのような時代に編まれた旧約聖書が、わざわざ女性の口によるものとここに記すのは、よほどそれが真実性があり無視できないことだったからではなかろうか。文言の多くに後の時代の人々の言葉が編み込まれたということは確かにあるかもしれない。しかし、もともとこの賛歌がハンナという女性によるものであればこそ、ここにこのような形で記されたのではなかったかと思うのである。
 先ほどの『旧約聖書略解』の解説には、ルカによる福音書の1章46~55節に記されたマリアの賛歌(マグニフィカート)は、このハンナの賛歌を元にして作られたと考えられているとのことである。この賛歌が女性のハンナによって歌われたものであるという事実があるからこそ、それが脈々と、特にイスラエルの女性たちに受け継がれて、同じように不妊に悩んだ洗礼者ヨハネの母エリサベトのもとを訪ねたマリアによって、同じく賛歌として歌われたのではなかったかと思うのである。イスラエルの女性たちの間には連綿としてこのハンナの賛歌に表されるような信仰の伝統が受け継がれていたのではないかと私は想像するのである。その信仰の伝統の中に、エリサベトもマリアもいたのではなかったか。そのような土壌に育まれてこそ、多くの詩編が生まれ洗礼者ヨハネやイエス様の信仰が誕生し花を咲かせたのではなかろうか。

2.第一のポイントは、特に4節や9節最後の御言葉に「勇士の引は折られる」「人は力によって勝つのではない」とあることから示される点である。「勇士の弓」や「力によって勝つ」という言葉に、私達男性が抱きがちな価値観や生き方が象徴的に描かれているように私は感じる。勇士とは、他でもなく男性のことであり男性が身に帯びて敵に勝とうするときの道具・手段が弓であり力なのである。私達男性は、そのような弓・力によって勝とうとしてきた。今日の現代社会というものは、私達男性が中心になって弓や剣の力によって作り上げて来た社会といってよい。
 ハンナの賛歌は、このような社会に対して深いところから疑問を呈しているように感じるのである。折しもコロナウイルスによる災禍を、感染症との「戦争」であると見て、弓や力をもってこれを撲滅しようとする見方に疑問を投げかける論稿を、このところ多く見聞きする。感染症を悪と見なすことは、感染した人々をも悪と見なし、健全であるべき社会から徹底的に排除しなければならないという『潔癖症候群』と言うような風潮が益々強まっているように感じる。この教会の目の前のホテルが、無症状や軽症者の方々の隔離施設になったことに対しても、風評被害を心配する人がいると聞いた。先週金曜日の朝日新聞の記事には「医療人類学者」という耳慣れない専門家の女性が、なかなか読みごたえのある論説を書いておられた。彼女は、今申し上げたような風潮が強まってゆけば、むしろ感染症が収束してゆくよりも甚大なダメージを及ぼしてしまうのではないかと警鐘をならしておられた。「感染拡大を抑制さえすれば社会は平和なのか」と問うておられた。また別の感染症の専門家は、このわずか10年間で3度も同じコロナウイルスに属する感染症が世界的に流行したという事実は、何事かを私達人類に語りかけ示唆しているのではないかと言っておられた。
 コロナウイルスの災禍が私達に問うていることは、私達が勇士として身に帯びる弓や力によって、私達にとって好ましくない何ものかを敵として撲滅し勝とうとしても、それはできないのだということではないだろうか。勇士の弓は折られざるを得ず、私達は弓の力によっては決して勝てないものに直面している。それなのにあくまでそれに対して弓の力で勝とうとするなら、それはかえって感染症をはるかに越えた何かとんでもない災いを招き入れるかもしれないように思う。そんな奥深い洞察を、私はハンナの賛歌から与えられるように感じるのである。

3.第2に示されるポイントは、ハンナがこのような深い信仰の境地に、いかにしてたどりついたかという点である。それはやはりハンナが、女性として長く不妊という辛い境遇に苦しんだということが決定的に重要ではなかったか。今から3000年間の時代社会において、結婚した女性が不妊であったということが、どれほど辛いものであったか。それは離縁される理由だった。妻や嫁としての資格がないものと見なされた。医学が発達した今日においてさえ、不妊に悩む女性が多くいる。ましてや3000年前の時代においては、人々はこのことになすすべがなかった。ハンナは、人がその力や弓によってはいかんともしがたい辛さにずっと向かい合っていたのである。
 「主はハンナの胎を閉ざしておられた(1章5節)」という。その直前には「彼(夫エルカナ)はハンナを愛していたが」とあった。いかに夫がハンナを愛していたとしても、神様がハンナの胎を閉ざしていたので子どもは授からなかったのである。それは何を言い表しているかといえば、夫婦がどれほど深く愛しあっていたとしても、またどれほど強力な弓を帯び、力を私達が振りかざしても、神様が閉ざしている限り開かれない何かがあるし、勝てない状況があるということである。ハンナは自らの体における不妊という辛さをもって、人間の力や弓や夫婦の愛情によっても打ち勝てない、神様によるところの「閉じられるもの」があると体験したのである。
 聖書の中には何人もの不妊の女性たちが登場し、そのいずれも大事な役割を担わされているのは決して偶然ではない。アブラハムの妻サラも不妊であった。イスラエル民族の始祖となるヤコブとエサウを生むことになるアブラハムとサラの息子イサクの妻リベカ、そしてヤコブが最も愛した妻ラケルもまた不妊に苦しんだ。男性には決してわからない辛さがそこにはあったのだろうと思う。それは、神様がその胎を閉じられるという神様の奥深い御業をその身に負うという、何とも言えない辛さなのである。男性には負い得ない辛さだと思う。子どもを産み育てることにおいて、また老いた親を忍耐強く介護することにおいて、女性たちは「勇士の弓は折られ、人は力によっては勝てない」ということを体験するのではないだろうか。しかし、だからこそ、その境遇に置かれることを通してこそ逆に女性は、人は何によってそれを乗り越えられるのかを悟ることができるのである。こうした女性たちからこそ私達は、沢山の弓を帯びた勇士である必要はないし、強い力を持った人間である必要もないし、むしろそのような者であろうとすればするほど折れてしまうということを教えてもらうのである。

4.第3のポイントとして、ハンナは何によって私達は苦境を乗り越えてゆけると証ししているのかという点である。それは言うまでもなく神様によってである。この賛歌は「主にあってわたしの心は喜び、主にあってわたしは角を高く上げる」で始まっている。9節はじめには「主の慈しみに生きる者の足を主は守り」ともある。
 ここで大事なのは、神様がどのような者の足を守り、その心を喜ばせて下さるかとハンナが証ししているかである。人は力によっては勝てず、勇士の弓は折られざるを得ない。しかし、そのためによろめく者にこそ、神様は不思議な力を帯びさせて下さるのである。
「食べ飽きている者はパンのために雇われ」とは、人が食べ飽きる状態を維持し得ようとして、いつのまにかパンを手に入れるためだけに雇われ生きるようになる状況を表している。食べ飽きるという豊かさにのみ縛られてしまうのである。その豊かさを失うことを恐れ、食べ飽きることのできない、わずかなものしか与えられていない状況に感謝ができなくなる。しかし飢えている者はそうではない。「飢えている者は再び飢えることがない」とは、飢えている人は誰かが与えてくれるささやかな助けにも感謝ができるし、ためらうことなく助けてとも言えることを表現している。小さなことに感謝ができ、ためらわずに「助けて」と言えることが、その人を再び飢えさせないことになる。
「子のない女は7人の子を産み」とは、ハンナのように文字通り不妊が解消されて沢山の子が授かるということではなく、お子さんがいないことによってかえって、ひとさまの子どもを慈しみ心を配れることで、あたかも7人の子どもを持つかのような豊かな関係を築けることを語っていると思う。反対に多くの子を持つ女性はただその豊かさにのみ思いがゆき、かえって思い煩い心配がつのるばかりなのである。「多くの子を持つ女は衰える」とはそういう意味だと思う。
 私がここで感じるのは、本当に鮮やかな逆転・逆説である。この世においては幸いと見られることが逆に災いとなる。反対にこの世においては災いと見られることが幸いとなるのである。見事な逆転が起こる。なぜかというと、神様の慈しみは、よろめく者・飢えている者・子のない女性・弱い者・貧しい者にこそ与えられるからである。そうであればこそ、6節・7節では、「命を絶ち」「陰府に下し」「貧しくし」「低くし」ということが、一見すると明らかに災いと思われることが、主の御業として讃えられ、「命を与え」「引き上げ」「富ませ」「高めてくださる」ということと一対となって讃美されているのである。今からはるか3000年前に生きた女性、それも不妊という辛い境遇に長く苦しんだひとりの女性を通して、この逆説的な神様の御業、そして災いも幸いも分かちがたく一体となっている神様の御業が讃えられたことを、本当にすばらしいと感じる。弓が折られ足がよろめいてもよいのではないか。病み命を失ってもよいではないか。それを排除しようとしてもそれはできないのである。それは主の御業だからである。しかし、そこにこそ主の慈しみが注がれる。幸いへと転じてゆくのである。

聖書:新共同訳聖書「サムエル記(上) 2章 4~11節」 02:04勇士の弓は折られるが/よろめく者は力を帯びる。 02:05食べ飽きている者はパンのために雇われ/飢えている者は再び飢えることがない。子のない女は七人の子を産み/多くの子をもつ女は衰える。 02:06主は命を絶ち、また命を与え/陰府に下し、また引き上げてくださる。 02:07主は貧しくし、また富ませ/低くし、また高めてくださる。 02:08弱い者を塵の中から立ち上がらせ/貧しい者を芥の中から高く上げ/高貴な者と共に座に着かせ/栄光の座を嗣業としてお与えになる。大地のもろもろの柱は主のもの/主は世界をそれらの上に据えられた。 02:09主の慈しみに生きる者の足を主は守り/主に逆らう者を闇の沈黙に落とされる。人は力によって勝つのではない。 02:10主は逆らう者を打ち砕き/天から彼らに雷鳴をとどろかされる。主は地の果てまで裁きを及ぼし/王に力を与え/油注がれた者の角を高く上げられる。」 02:11エルカナはラマの家に帰った。幼子は祭司エリのもとにとどまって、主に仕えた。


2020/05/03 復活節第4主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「私に金銀はない」 1.日本における救世軍の指導者の山室軍平さんの文章にとても印象深いエピソードが記されている。1243年から1254年にかけてローマ教皇であったインノケント4世が、沢山の金銀を愛でながら有名な神学者トマス・アキナスに向かってこう言った。「もはやペテロのごとく、『金銀は我になし』という時代は過ぎ去ったわい』と。これに対してトマスはこう答えた。『同時に足なえに向かい、『イエス・キリストの名によりて歩め』と命じうる時代も過ぎ去ったではありませんか』と」。
 私達も、ペトロやヨハネと同じように「金銀はない」という状況に置かれたとしても「持っているもの」はある。今沢山の人々が文字通り金銀がないという状況に置かれており、それに対して国が全国民に10万円を支給するという案が先週国会で可決され、しかしそれでもなお足りないという声がしきりである。金銀がないという状況というのは、文字通りお金がないということだけではなく、金銀に典型的に現れているところの目に見えて私達の助けとなり支えとなるようなものがないことを指しているように思う。今の状況は、どんなに金銀をあり余るほど持っていても、コロナウイルスに感染してなくなってしまう。私達が求め願っているのは金銀でもあろうけれども、それ以上に、決してコロナウイルスに感染しないような強さや健やかさではないだろうか。しかし残念ながらのようなものは誰にもありはしないのである。そういうことから言えば、私達すべてが等しく「金銀はない」という境遇の中に置かれていると言ってもよいのかもしれない。信仰者である私達は「わたしには持っているものがある」と言えるのだということが、今日の御言葉が何よりも私達に教えてくれる。
 私達は体を持ち、またこの世界の経済的社会的な営みの中で生かされている存在である。だから、健康を失い金銀や仕事がないということは、決定的に私達を左右することではある。それは当然のことである。しかし私達が間違っているのは、私達が立ち上がり歩くためには、ただ健康や金銀や仕事がありさえすればよいと思い込んでいることではなかろうか。2節に、この男が「生まれながら足が不自由」だったとされているのはとても象徴的だと私は感じる。彼は、自分が躍り上がって立ち歩くためには肉体における足が動き歩けることだと思い込んでいた。生きてゆくためには金銀がなければだめだと思い込み、ひたすらそれを物乞いしていた。そのような思い込みというものが、生まれつき足が不自由という姿に象徴的に現れている。
 私達は幸いにも彼のような不自由さは抱えてはいないかもしれない。しかし、私達が躍り上がり、元気に生き生きと生きるためには、体に障害や病気がなくまたお金や仕事にも不自由しないことが大事だとしか考えられないとすれば、そのような考え方は、実は私達の足を不自由にしてしまうのである。金銀がない健康がないということに縛られてしまうなら、私達はつきつめると、そのような存在なのである。そのような私達は、ペトロとヨハネから彼らの「持っているもの」をいただかなくてはならない。たとえ金銀がなくとも「わたしにはこれがある」と言えるようにならなくてはならない。そうすれば、たとえ乞い願った金銀はもらえなくとも喜んで生きられるようになる。この時代の中にあっても歩き回り買って生きられるようになる。

2.ではペトロとヨハネが持っていたものとは何だったのか。ペトロとヨハネにはあり、この男性になかったものは何だったのか。またペトロとはヨハネからもらって、この男性が決定的に変わった点は何であったのか。それはまず、神殿に上ってゆくこと、そして入ってゆくことだったとわかる。1節には「ペトロとヨハネが・・・上って行った」とある。これと対象的にこの男性は神殿の中には入らず、「美しい門」という神殿のそばに置いてもらっていたと2節にはある。また、8節には「そして、歩き回ったり躍ったりして神を賛美し、二人と一緒に境内に入って行った」とある。
 ペトロとヨハネにあり、この物乞いの男性になかったものは、具体的に神殿に入ること、つまりは神様の前に立って祈ることだったのである。それが私達に何をもたらしてくれるのか。サムエル(上)1章で教えられたハンナの姿を改めて思い出す。神殿において神様の前で祈ったハンナの表情はもはや以前のようではなかった。彼女の祈りは決してすぐに聞き届けられたわけではなく、願っていた子どもの誕生が告げられたわけでもなかった。では一体祈ることの何がハンナの表情を変えしめたのか。それは神様との間柄に立つことこそであった。
 それまでハンナを苦しめていたものの源は、夫エルカナやもうひとりの妻ペニナとの人間関係であった。また競いあいと張り合いだった。サムエル記(上)1章9節にあるように、祈りへとハンナを立ち上がらせたきっかけとなったのは、不思議にも夫エルカナからの「このわたしは、あなたにとって十人の息子にもまさるではないか」という言葉だった。なぜこの夫からの言葉がハンナをして祈りへと立ち上がらせたのか。それは、ハンナがこれまでこのような夫からの愛情に頼り、ペニナと張り合っていたからであった。しかし彼女はその不毛さを知った。だから、そのような人との関係を離れそこから立ち上がって、彼女は神様との祈りの間柄へと進んでいったのである。
 それがハンナに何をもたらしたのかは定かではない。しかし私達のささやかな祈りの体験から言っても、たとえ願い通りに祈りはかなえられずとも、神様との間柄に立つことは、決して私達を空っぽの手で去らせることなどはない。祈りは感謝や平安へと私達をいざなう。どんなに請求書を沢山つきつけるような祈りであっても、感謝の領収書を発行できるようになるのである。ペトロとヨハネが表しているのは、要は礼拝生活である。そこには「金銀はない」のである。祈り礼拝生活を歩むことは、金銀を直接私達にもたらしはしない。しかし神様との間柄に立って生きることは、金銀などには変えられない深い喜びを私達にもたらすのである。

3.さらに、ペトロとヨハネが持っていたものの核心は何と言っても「ナザレの人イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい」というペトロの言葉に込められていた。金銀によってではなく、また健康やこの世的な強さによってでもなく、私達がイエス様の存在によって立ち上がり歩けるということは、どういうことを意味するのか。私達は、自分が存在してよいのか生きていてもよいのかどうかわからなくなってしまうことがよくある。そうなったときに私達を選び、生きていてもよいのだと言って下さる方がいるかどうかは決定的に大きい。それはもう人間ではない。自分では決してないし家族でもないし周りの人々ではない。神様イエス様だけが選んで下さる。この選びによってこそ私達は立ち上がり歩けるようになるのではなかろうか。
 復活したイエス様が、ペトロやヨハネたちを選んだということは、まさにこういう類いのものだったに違いない。彼らは十字架のイエス様を見捨て逃げていった。そういう彼らを選ぶのは決して金や銀によってではない。どれほど金銀を積んでもそのようだった彼らは選ばれないし、買われない。しかし復活したイエス様は、彼らをこそ選んだ。イエス様を見捨て逃げ去り裏切ったような彼らこそが、むしろ福音を宣べ伝えるにふさわしい使者だといって選んだのである。ここには、決して人間によるのではなく、またこの世の基準によるのでもなく、ただイエス様・神様による超越的な選びというものがある。私達の抱えたマイナスを、だからこそプラスとして用いて下さる神様の不思議な選びがある。クリスチャンを迫害したパウロ、どうしても治らない病気を抱えたパウロ、そのマイナスをむしろプラスだと見なして下さるイエス様による不思議な選びである。これによって立ち上がり歩けるようになるという財産は、決して金銀によって立ち上がり歩くことに比べることはできない。

4.こうしてペトロとヨハネは、「持っているもの」をこの男性にあげることができた。その際彼らはまず「私たちを見なさい」と言った。私達もそのように周囲の人々に言える者ではなかろうか。私達もこうして教会へと礼拝をささげるために集っている。わずか10数人でも、こうした禍中にあっても礼拝に集う者がいる。ペトロとヨハネは他の何かを「見よ」と言ったのではなく、本当にささやかながら神殿に上ろうとする自分たちを見よ、そのように歩む自分たちを見よと言ったのである。
 私達も、このような禍中にあっても、こうして礼拝に集い神様の前に立とうとする姿を見せればよいのだと思う。このような時期、ますます目に見える金銀に頼ろうとする人々も出てくるだろうと思う。それを与えない信仰など何になるかと思う人々も出てくるであろう。しかし反対に、金銀ではなく私を立たせ歩ませてくれる何かを求めるようになる人も出てくるのではなかろうか。そのような人々に、私達は大それたものではなく、こうして礼拝に集う姿を見せればよいのである。
 礼拝に集う私達だからこそ「持っているもの」はたとえ小さくともあるはずである。たとえ小さなものであっても、この生まれつき足の不自由な人を立たせ歩かせるほどの大きな力を持っていた。教会には金銀はない。これから教会はますます金銀のない状況が強くなってゆくだろうと思う。しかしそうであればこそ余計に、私達が持っているもの・差し上げられるものは何かがはっきりとしてくるのではないだろうか。それを求めて教会に集う人々が起こされるのではないだろうか。

聖書:新共同訳聖書「使徒言行録 3章 1~10節」 03:01ペトロとヨハネが、午後三時の祈りの時に神殿に上って行った。 03:02すると、生まれながら足の不自由な男が運ばれて来た。神殿の境内に入る人に施しを乞うため、毎日「美しい門」という神殿の門のそばに置いてもらっていたのである。 03:03彼はペトロとヨハネが境内に入ろうとするのを見て、施しをこうた。 03:04ペトロはヨハネと一緒に彼をじっと見て、「わたしたちを見なさい」と言った。 03:05その男が、何かもらえると思って二人を見つめていると、 03:06ペトロは言った。「わたしには金や銀はないが、持っているものをあげよう。ナザレの人イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい。」 03:07そして、右手を取って彼を立ち上がらせた。すると、たちまち、その男は足やくるぶしがしっかりして、 03:08躍り上がって立ち、歩きだした。そして、歩き回ったり躍ったりして神を賛美し、二人と一緒に境内に入って行った。 03:09民衆は皆、彼が歩き回り、神を賛美しているのを見た。 03:10彼らは、それが神殿の「美しい門」のそばに座って施しをこうていた者だと気づき、その身に起こったことに我を忘れるほど驚いた。


2020/04/26 復活節第3主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「私があなたを選んだ」 1.「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ」というイエス様の言葉を愛誦聖句としている人もいるであろう。
 イエス様は、自分と弟子たち、ひいては私達との選び・選ばれるという間柄が、ひたすらイエス様の側のイニシアティブによっているのだと言っているのである。弟子たちや、また私達を選んだのは、他の誰でもなくイエス様なのだということである。私達が自分自身を選んだのではないし、ましてや他のだれかが選んだのでもないのである。
 選ぶということは、要は価値あるもの・存在意義のあるものとして認めるということである。直前の14節の言葉から言えば、イエス様の友にふさわしい者として選ばれたということである。そして、16節後半から言えば、実を結ぶ者として認められたということである。弟子たち、また私達は、イエス様によって価値ある者・友にふさわしい者、また実を結ぶ者としてその存在意義を認められた。自分自身や周囲の人々からはそうは見られないかもしれないが、イエス様は私たちをそのような者として認め選んで下さったのである。このことは、私達にとって何よりも生きる上での支えとなる。
 なぜこのことが私達の支えとなるのか。それは私達はいずれ自分自身でも、また周囲の人々からも選ばれず価値があるとは見なされなくなくなる時がやってくるからである。新型コロナウイルス禍は、まさにそのような状況をあらわにしている。医療資源のひっ迫というやむを得ない事情によってだが、年齢によって治療対象の選別が行われざるを得なくなっている。その基準は、若いか否かあるいは生き残ったときにこの世的に価値が高いか低いかである。また感染した者は、いやおうなく通常の世界からは排除され隔離され、誰でもが感染しうるような状態になっているにもかかわらず、感染したことが非難され貶められるようなありさまである。感染した者はもはや価値ある者とは見なされない。このように私達はいずれ誰でもが、この世の価値観からすればもう選ばれず、その存在意義が認めてもらえないような者となる。他でもない自分自身が自分を選べなくなり、厭い、切り捨ててしまいたいと思う時が来るのである。そのようなときに、私達にとってなくてはならないよりどころは、このような私達を、にもかかわらず価値ある者として選んで下さる方の存在なのである。私達は生きていてよいし、このような私達であっても実を結べる者として選んでくださる方があるということなのである。

2.最近はコロナ禍のため外出もままならず、また地区や教区の仕事がぐっと減ってしまった。だから、本棚からいろんな本を引っ張りだしては読んでいる。先日、以前に読んだときにも付箋を貼ったり傍線を引いたりした箇所の多かった『日本霊性論』という本を再読した。内田樹(たつる)と、ある仏教学者の共著である。その中に、とても心に残った部分があった。「私はあなたに用がある」という節の前後に、内田さんはこういうことを書いている。「人間は自分が存在することについて十全な確信を持つことができずにいます。自分がいてよいのかいけないのか、いるべきなのかそうでないのか、それを僕たちは自己決定することができません。僕たちに存在根拠を提供してくれるのは他者だけです。見ず知らずの人から、『私はあなたに用がある』と言われると僕たちは強く動かされる。それはその人から『私はあなたが存在することを強く願っている』というメッセージを送られたからです。」と。そして、このメッセージがこの世の存在ではないある超越した者から送られたとき、そこに信仰というものが生まれるというようなことを言っておられた。
 そして、内田さんは、ある何げない出来事を通して「私はあなたに用がある」というメッセージを受け取った体験を書いておられる。内田さんは20年ほど前、東京駅の雑踏の中である人を待っていた。するとひとりの外国人が内田さんのもとにきて「新幹線の中に忘れものをした。どうすればよいか」と尋ねたという。「なぜ、彼は何百人もの人がいる雑踏の中から僕を選び出したのか。そして『君に用がある』と彼に告げられたときに、僕は『迷惑だな』と思う代わりに、一種の高揚感をむしろ感じたのです。それは端的に『あなたはこの世界に存在するし、存在することを製籍されている』というメッセージを彼が僕に送っていたからです」とあった。内田さんが自身の20年も前の体験をこのように書いておられるというのは、これが内田さんにとって忘れ得ないものだったからであろう。それは本当に何げない出来事だったが、内田さんはそこに「あなたには存在意義がある。価値がある。生きていてよい」というメッセージを受け取ったのである。ここには直接的には神様というような存在は姿を現してはいなかったが、内田さんは「わたしはあなたを選び、必要としている」と語りかけて下さる超越的な存在と出会われたのかも知れない。
 私は、なぜ私達には信仰が不可欠かということが、ここに如実に描かれていると思うのである。多くの人々は、自分らにとってはもはや神仏を信じることなど無意味なものであって、彼らは「たとえ神仏に頼ったとしても病気が治るわけでもなく何の御利益もないではないか」と言う。しかし問題は、内田さんが言っているように、私達が自分は存在してよいのかどうかがわからなくなったときなのである。私達はその答えを自分自身からは得ることはできないし、この世からもいただくことはできない。本当に今、どれだけ多くの人々が、病気になったり、仕事を失ったりしているであろうか。そして、どれだけ多くの人が、デイサービスが休止してしまって介護で家族に負担ばかりかけるようになってしまっているであろうか。どれだけ多くの人が、誰からも自分自身でも選ばれず選べなくなってしまっている境遇の中にあるであろうか。そのときになくてならないものは何か。それは、私自身でもなくこの世の誰でもない存在がいてくださって、「わたしがあなたを選ぶ。わたしにはあなたが必要だ」と語りかけられることなのである。そのような選びというものは、私や、この世を越えた存在がおられるからこそ与えられるものである。誰からも選ばれない私を選んで下さる存在がいるということはどれほど有り難いことか。
 自分自身によってもまたこの世の誰かによっても、決して選ばれず価値があるとは見なされないマイナスの状態に陥ったとき、そのマイナスを、それにもかかわらずプラスだと受け取らせて下さる存在が不可欠なのである。聖書の中に描かれている神様との出会いというものは、突き詰めると、すべてそのような性質のものではないだろうか。内田さんも、しばしばアブラハムのことに触れている。創世記12章に書かれている出来事は、そういうものだと思う。もしかするとアブラハムは、何かの理由で親族から絶縁されるようなことになったのかもしれない。要は選ばれなくなり、価値が認められなくなり、マイナスの存在として見られるようになってしまった。しかしその時に、神様が彼に現れて下さり、「そういうあなたをこそ神である私が選び、祝福するのだから、安んじて生まれ故郷や父の家を離れて私の示す地に行きなさい(創世記12:1/2)」と言って下さったのではなかろうか。そうして神様によってアブラハムの抱えたマイナスはプラスへと転じていったのである。このような逆転をさせて下さるのはもう神様しかおられない。ここに信仰が不可欠な理由がある。

3.さて、16節でイエス様が言っていることにはもうひとつ大事なポイントがある。それは、弟子たちひいては私達を選んで下さるこのイエス様を、弟子たちまた私達の側は選ばなかったという点である。私達が選ばなかったイエス様が、逆に私達を価値ある者として選んで下さるということが言われている。私はここにまたとても深い意味があると感じないわけにはいかない。
 弟子たちは、今はイエス様のそばにいるが、間もなくイエス様を見捨てて逃げてしまう。十字架にかけられ殺されてしまうイエス様を選ぶことがでできなかった。そのような存在を、価値ある者と見なすことはできなかった。弟子たちだけではなく、当時のユダヤ人もギリシャ・ローマの人々も皆、十字架につけられて殺されたイエス様を価値ある存在として選ぶことはできなかった。たびたび引用するコリント信徒への手紙(1)の1章23節に、「十字架につけられたキリストは、ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなものです」とある。十字架のイエス様とは、要は私達が決して価値ある者としては選ばない存在を象徴している。しかし不思議にもこのようなイエス様が、私たちを選んでくれるのである。誰からも選ばれない十字架のイエス様が、なぜか逆に私達を選ぶ。そしてそのことが私達の支えとなり、私達をして実を結ばせるものとなる。十字架が私達を選ぶのである。コリント信徒への手紙(1)の1章18節には、「十字架の言葉は、滅んでいく者にとっては愚かなものですが、わたしたち救われる者には神の力です」とある。パウロは、私達にとっては愚かであり決して選ばない十字架のイエス様こそが、私達を選び救って下さる神様の力の現れだと言っているのである。
 十字架のイエス様が、どのようにパウロを選び救ったかはコリント信徒への手紙(2)の12章に如実に描かれている。どうしても取り除くことができないトゲをパウロは課せられていた。それがために彼は牧会者として価値ある者とは認められずさげすまれていたようだった。そういうマイナスを抱えてパウロは深く悩んでいたのである。ところがあるときイエス様の語りかけが聞こえてきた。「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮される」と。するとパウロはこう言えるようになったのである。「キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。・・・わたしは弱いときにこそ強い」と。パウロが抱えていたマイナスを大いに誇れるようなプラスのものと転じさせて下さったのは、他でもない十字架のイエス様の弱さである。私達もこの世も決して選び得ない十字架の弱さこそが、弱さを抱えたパウロを価値ある者として選んで下さったのである。これが十字架のイエス様による私達の選びなのである。

4.私はここから、十字架のイエス様が私達を選んで下さるということを越えて、さらには十字架に象徴的に示されているところの、私達が決して選ぼうとはしない状況というものが、実は私達を選んでいるのではないか、この状況こそが先ほどの内田さんの表現で言えば「あなたに用がある」と語りかけているのではないかと示されるのである。
 私達は、新型コロナウイルス禍による悲惨な状況を、決して自ら選ぶなどということはできない。私達もいつかは感染するかもしれないし、そのことを決して自ら選ぼうとは思えない。しかし、今日のイエス様の言葉が遺言として私達に教えて下さっているのは、このように私達自身が決して進んで喜んで選ぶことのできない状況こそが私達を選び、私達への神さまとイエス様からの選びの声を聞かせ、この状況の中でこそあなたは実を結べるのだと語りかけて下さっているように思うのである。
「あなたがたが出かけて行って実を結び」とある。このような状況においてこそ私達は、はじめて、それまでは決して出られなかったところから出られるようになるのかもしれない。教会もそうなのである。私自身、これまでは教勢とか数とか、そういうものから出られずにいた。しかしもはやそのようなものなど誰も問わないし、何の意味もない状況がやってきた。こういう時だからこそ、数的なものはどんどん無意味になってゆくのである。そして、何が私達のよりどころであり支えなのか福音なのかが、ますます明らかになってゆくのである。それを宣べ伝えるところには必ず人が与えられるのである。私達ひとりひとりも、そうだと思う。この状況こそが私達を新しいところへと出かけさせることになる。私達は、何事かを神様・イエス様から問われ、選びというものを感じさせられ、任命されたことを感じ、実を結ばせることになるのではないだろうか。

聖書:新共同訳聖書「ヨハネによる福音書 15章 16~17節」 15:16あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。あなたがたが出かけて行って実を結び、その実が残るようにと、また、わたしの名によって父に願うものは何でも与えられるようにと、わたしがあなたがたを任命したのである。 15:17互いに愛し合いなさい。これがわたしの命令である。」


2020/04/19 復活節第2主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「サムエルの誕生」 1.私が小さい頃から通っていた故郷の教会の礼拝堂兼幼稚園ホールの壁面に、髪の毛が巻き毛の一見すると女の子かと思うほどにかわいい幼子がひざまずいて両手をあわせて祈っている絵が掛けてあった。当時は、その絵に描かれているのがサムエルだとはわからなかった。その絵の幼子が、預けられた祭司エリのもとで突如として神様からの呼びかけを聞き「しもべは聞きます。お話しください」と応える幼子サムエルの姿だと知ったのは、大人になってからだった。この神様への応答に現れているようにサムエルは、神様の言葉を聞き、それを語る預言者として本格的に選ばれた人だった。また、それまで王様を持たなかったイスラエルに、悩みつつもはじめて王を立てることにかかわった人でもあった。そのようなサムエルが、どのような経緯で誕生したかが記されている箇所である。
 まず私が心を寄せられたのは、18節の「彼女の表情はもはや前のようではなかった」という言葉だった。「前」はどうであったのかが、5節から7節あたりに書かれている。夫エルカナからは愛されてはいても子どもが授からなかった。エルカナのもうひとりの妻のペニナの言動に悩まされ続けていたハンナであった。また、9節以下に書かれている神殿の祈りには、祭司エリから酔っ払っているのかととがめられるほどに無我夢中で激しく泣きながら祈っていたのだった。ところがそのようなハンナの表情は、もはや前のようではなくなった。つまりは心がすっかりと晴れたような、もう何ら悩み苦しみを抱えてはいないような表情に変わっていたというのである。
 このようにハンナを変えさせたのは何だったのか。直前の17節にあるように、祭司エリから「安心して帰りなさい。イスラエルの神が、あなたの願うことをかなえてように」と声をかけられたことだろうか。子どもが欲しいという願いがかなえられるかもしれないということが、彼女の表情を変えたのか。しかし、そのようなことはどこにも保証などなかった。願いがかなう兆しなど、どこにもなかった。そのようなハンナがみごもったのは、後のことである。ハンナの表情が前のようではなくなったのが、願いがかなったからではなかったということがわかる。
 私達も、このハンナ同様悩み苦しみを抱えており、それについて願いがかなえられるようにと祈っている。しかし残念ながら、その祈りが願い通りにかなえられるということはないのである。願いがかなうことが、私達の表情を変えしめるのだとしたら、残念ながらそういうことはおこらないのがしばしばということになる。だから、私達の表情は、ずっと変わらないままであろう。しかし、たとえ願い通りにはならなくとも、私達の表情が「もはや前のようではなかった」ということが起こる。たとえ願い通りに子どもが授かるということが起きなくとも、私達はそれ以前に抱いていた悩み苦しみから解放されることが起きるのである。それはどれほど私達にとって、慰め深いことであろうか。

2.改めて、ハンナを悩み苦しませていたものは何だったのかを考えてみたい。言うまでもなく、子どもが授からなかったことではなかったか。しかし、もう少しその点を掘り下げてみたいと思う。心をぐっと引き寄せられるのは、5節途中に「エルカナはハンナを愛していたが、主はハンナの胎を閉ざしておられた」とあることである。これは本当に意味深い言葉だと感じる。夫のエルカナは、妻ハンナを深く愛していた。8節の最後に「この私は、あなたにとって十人の息子にもまさるではないか」とある。だからこそ、もうひとりの妻ペニナは、ハンナを敵と見て憎みいじめたのだろうと想像できる。しかし、ハンナの苦悩の何よりもの原因は、夫から深く愛されていたとしても、神様が彼女の胎を閉ざしておられるがゆえに子どもが授からないということだったのではなかったか。
 私はここに、私達誰しもが抱える苦悩の原因を見るように思う。つまりそれは、どんなに夫婦や親子関係において愛情深い間柄があったとしても、それによっては授からない何かがあるということなのである。それには、いろいろなことが思い当たるであろう。親が子どもをどれほど愛していたとしても、生み出すことのできない何か、親といえどもどうにもならない手の届かない何かがある。さらには、自分自身が自分をいかに深く愛していても、自分ではどうしようもできない何かがある。その原因は、究極的に神様が「閉じている」ことによっている。神様が開いて下さらないことに原因がある。誰かが悪いからそうなるのではない。今日の物語でいえば、ハンナに原因があるからではないのである。

3.しかし私達はそうは考えない。8節にあるようにペニナは、ハンナを「主が子どもをお授けにならないことでハンナを思い悩ませ、苦しめ」ていた。今から3000年前の世界では、子どもが授からないのは神様が妻を呪い罰しているからだというように考えられていた。ペニナも、そうハンナをののしったのである。「あんたは、エルカナからは愛されているかもしれないが、神からは憎まれている。だから子どもが授からない」と。ハンナもそう受け取ってしまっていた。ここに苦悩の最大の源があると私は思う。果たして神様は、ハンナを憎んでいたのであろうか。神様が私達のなにかを「閉じて」しまうとき、それは神様が私達を憎んでいるからなのだろうか。そうではないと私は思う。それは主の御業なのである。主が閉じるのである。だとすれば、それは良い御業ではないだろうか。私達への深い愛からそうなさるのではないのか。
 ヨハネによる福音書の9章に記されている物語に、生まれつき目が見えない、目の見えることを閉じられていた人について、弟子たちはイエス様に「誰が悪くてこうなったのか、親なのか本人なのか」と尋ねたと書かれている。まさにペニナと同じ受け止め方である。これに対してイエス様は「本人が罪を犯したからでも両親がそうしたからでもなく、神の業がこの人に現れるためだ」と答えた。私達には、いかんともしがたいある「閉じられた」状況・境遇がある。それがだれのせいかと私達は責めてしまうのである。だれよりも自分自身を責めるのかもしれない。そして何とかそれを自分で開こうとする。しかしそうはできないのである。それは、神様が閉じているからなのである。私達は、それをこじ開けることはできない。神様が閉じるからには、他方で開くことのできる何かがあるのであろう。私達の力によってではなく、ただ神様の力によって開けられるということを私達は体験させていただけるのである。そのために起きるのが「閉じる」ということではなかろうか。

4.そこでハンナにも「開かれる」ということが起きたのである。それは、決して子どもが授かるということで現れるのではなかった。それはひとつの結果に過ぎない。大事なことは、まずは彼女の表情が前のようではなかったという点に現れている。身ごもる以前に、その心において、深いところで開かれるということが起きた。それが結果として体の上にも現れたのではなかったか。
 ではハンナが開かれたのは、何においてだったのか。そのありさまが描かれているのが、9節以下の祈る姿だと思う。とても象徴的なのは9節の「立ち上がった」と書かれている点である。この言葉は、もとのヘブル語をギリシャ語に訳した言葉だと「アニーステーミ」という言葉である。これは新約聖書では、イエス様の復活を表現する言葉である。アナ(上に向かって)とヒステーミ(立つ)という二つの言葉があわさってできた言葉である。ハンナは、この祈りにおいて、おそらくはじめて上に向かって、つまり神様に向かって立つ時を与えられたのではなかろうか。それまでは、彼女は、上に向かって立つのではなく、ただ横の人間関係の中で立っていたのではなかったか。9節直前の夫の言葉に象徴されているような、自分を十人の息子にもまさるほどに愛してくれている夫との関係において立っていた。だからおそらく、それをもってペニナに対して、見下した目線だったのではなかったかと想像する。だからペニナもハンナを憎んだのではなかったか。お互いに競い合い、比べ合いをしていたのである。それがハンナの苦悩の根源にあったのである。4節から5節はじめの記述も意味深い。「エルカナは妻ペニナとその息子たち、娘たちにそれぞれの分け前を与え、ハンナには一人分を与えた」とある。夫からは10人の息子にもまさる愛情を与えられ、それを威張っていたが、物質的には自分には一人分しか与えられていなかった。夫婦や家族関係や社会的関係の中で、人から与えられるものによって一喜一憂するハンナのありさまが浮かび上がってくる。これがつきつめればハンナの苦悩の根本にあったものなのである。

5.そのようなハンナを、突如として横との関係ではなく上へ向かって立たしめたものは祈りだったのである。彼女がなぜ、そう思い立ったのかはわからない。引き金になったのは、おそらくは直前の8節にある夫からの言葉だったのではなかろうか。いくら夫からあふれるほどの愛情を注がれても、それはどうしようもなかった。夫からの言葉で喜んだり、ペニナと競い合いをしたりしても無駄なのだとわかったのである。だからハンナは「神様に向かって立とう、祈ろう、神様との間柄に立とう」と思い立ったのである。
 このことがハンナをして「開かせた」ことだと私は思うのである。彼女の胎を閉じさせた神様の御心はここにこそあったのではなかったか。神様は、そのことを通してハンナを、神様との間柄において開かれた者としようとしたのである。そしてハンナは祈りにおいてそのようになった。授かる子どもを、それを自分のものとか夫からのさらなる愛情や分け前をもらうよすがとしたり、ペニナと競い合う道具とするのではなく、自分から離して、神様にささげる者にしようとさえ思うことができた。とにかく神様との間柄が開かれたのである。そのような意味で胎が開かれたということができる。神様との間柄という胎が開かれたなら、そこで生まれ授かるものは大きい。それは単なる子どもではない。貴い何かが授かる。私達人間の力では決して生みだし得ない何かが授かる。その象徴がサムエルに他ならなかったのである。このことを知らされたので、ハンナの表情は、もはや前のようではなかったのである。
 ハンナがそうなったからこそ、19節にあるように、エルカナは妻ハンナを知ると書かれていることが起きたのではなかろうか。そしてハンナは身ごもった。神様との間柄が開かれてゆくと、自ずと何か具体的に私達の閉じられていた部分が開かれてゆくということも起きるのである。

聖書:新共同訳聖書「サムエル記(上) 1章 1~20節」 01:01エフライムの山地ラマタイム・ツォフィムに一人の男がいた。名をエルカナといい、その家系をさかのぼると、エロハム、エリフ、トフ、エフライム人のツフに至る。 01:02エルカナには二人の妻があった。一人はハンナ、もう一人はペニナで、ペニナには子供があったが、ハンナには子供がなかった。 01:03エルカナは毎年自分の町からシロに上り、万軍の主を礼拝し、いけにえをささげていた。シロには、エリの二人の息子ホフニとピネハスがおり、祭司として主に仕えていた。 01:04いけにえをささげる日には、エルカナは妻ペニナとその息子たち、娘たちにそれぞれの分け前を与え、 01:05ハンナには一人分を与えた。彼はハンナを愛していたが、主はハンナの胎を閉ざしておられた。 01:06彼女を敵と見るペニナは、主が子供をお授けにならないことでハンナを思い悩ませ、苦しめた。 01:07毎年このようにして、ハンナが主の家に上るたびに、彼女はペニナのことで苦しんだ。今度もハンナは泣いて、何も食べようとしなかった。 01:08夫エルカナはハンナに言った。「ハンナよ、なぜ泣くのか。なぜ食べないのか。なぜふさぎ込んでいるのか。このわたしは、あなたにとって十人の息子にもまさるではないか。」 01:09さて、シロでのいけにえの食事が終わり、ハンナは立ち上がった。祭司エリは主の神殿の柱に近い席に着いていた。 01:10ハンナは悩み嘆いて主に祈り、激しく泣いた。 01:11そして、誓いを立てて言った。「万軍の主よ、はしための苦しみを御覧ください。はしために御心を留め、忘れることなく、男の子をお授けくださいますなら、その子の一生を主におささげし、その子の頭には決してかみそりを当てません。」 01:12ハンナが主の御前であまりにも長く祈っているので、エリは彼女の口もとを注意して見た。 01:13ハンナは心のうちで祈っていて、唇は動いていたが声は聞こえなかった。エリは彼女が酒に酔っているのだと思い、 01:14彼女に言った。「いつまで酔っているのか。酔いをさましてきなさい。」 01:15ハンナは答えた。「いいえ、祭司様、違います。わたしは深い悩みを持った女です。ぶどう酒も強い酒も飲んではおりません。ただ、主の御前に心からの願いを注ぎ出しておりました。 01:16はしためを堕落した女だと誤解なさらないでください。今まで祈っていたのは、訴えたいこと、苦しいことが多くあるからです。」そこでエリは、 01:17「安心して帰りなさい。イスラエルの神が、あなたの乞い願うことをかなえてくださるように」と答えた。 01:18ハンナは、「はしためが御厚意を得ますように」と言ってそこを離れた。それから食事をしたが、彼女の表情はもはや前のようではなかった。 01:19一家は朝早く起きて主の御前で礼拝し、ラマにある自分たちの家に帰って行った。エルカナは妻ハンナを知った。主は彼女を御心に留められ、 01:20ハンナは身ごもり、月が満ちて男の子を産んだ。主に願って得た子供なので、その名をサムエル(その名は神)と名付けた。


2020/04/12 復活日(イースター)礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「恐れ逃げていった者から」 1.マルコによる福音書に描かれているイエス様の復活の出来事の場面は、他の3つの福音書にはない独特の特徴がある。まず、女性たちが墓に赴くことは4つの福音書に共通している。しかし、他の3つの福音書では、女性たちや弟子たちが復活したイエス様に会って終わっている。それらは、喜びの知らせを告げる福音書の終わりとしてふさわしい書き方がされていると思う。しかし、マルコによる福音書だけは、8節にあるように「恐ろしかったからである」で終わっているのである。9節以降の記述には[ ]の印が付けられている。それは、その部分がもともとのマルコによる福音書にはなかったものを、後の人々が付加したことを示している。その人々は、福音書の終わりが8節ではふさわしくないと考え、他の3つの福音書を参考にして9節以下を書き加えたのだろうと考えられている。
 マルコとしては、8節の終わり方こそが福音書の終わりにふさわしいと考えたのである。その心はどういうものであったのか。想像するにマルコは、自分の周りにいる信徒たちやこの福音書の読者たちのことをおもんばかったのであろうと思える。信徒たちも、この福音書の読者たちも、この女性たちと同じように、復活したイエス様に会うことはできない。女性たちは、墓の入り口に置かれた大きな石が転がされているのを見た。また不思議な若者からイエス様の復活の知らせを受けた。読者にいたっては、それさえも直接体験はできないであろう。それを福音書の記述を通して知らされるだけである。福音書の読者たちも、それぞれに愛する者の死に直面したならば、死者が葬られた墓に赴かねばならない。墓穴に置かれている大きな石とは、その悲しみを象徴的に表している。墓に赴いたとしても、その石が動かされていることなどとは少しも感じられないかもしれない。また、福音書を読んですぐに、イエス様の復活を、さらには死んだ者の復活のことなど、にわかには信じることなどできないのである。大切な人を失った悲嘆から、同じ思いを抱いたまま墓から帰ってくるしかない者なのである。マルコはそのような読者、また私達に目を向けてくれているのだと思う。
 その上で、福音書の終わりをマルコは、わざわざそのような終わりにしたのである。それは、この女性たちがそうであったように、私達の歩みも恐れや逃げ帰ることが終わりではないことを知っていたからなのである。恐れて逃げ帰ることで終わりではないということを知っていたからこそ、あえて未完のままでこの福音書を閉じたのである。マルコは、恐れの向こうに新たな歩みがあるということを告げているのである。

2.私はまず、墓に赴くということの貴さを改めて感じさせられた。4つの福音書すべてに共通しているのは、最初にイエス様の遺体に香油を塗ろうとして墓に赴いたのが女性たちだけだったということである。男の使徒たちは、十字架にイエス様を見捨てて逃げてしまったのであろう。二日経った日曜日の朝早くに、イエス様の遺体に香油を塗ろうとしてやってきたのも女性たちだけだった。私は、ここに男性と女性との大きな違いを見るように感じるのである。私を含めて男というものは、死んでしまった者の遺体に高価な香油を塗ることなどに、もはや意義を見いだすことはできないのである。そもそも遺体を葬った墓の入り口には、人の力では動かせないような大きな石が置いてあった。動かすことなどできない大石を動かして、一体どのようにして遺体に香油を塗るというのか。そもそもそのようなことをして、一体何になるというのか。しかし3人の女性たちはそのようにしようとしたのである。悲嘆にくれ、またむごい死を遂げたイエス様を、少しでも手厚く葬ってやりたいと願ったのである。それは、この世的には無駄と思われることかもしれない。しかし女性たちは、そうしようとしたのである。そのことがすべての始まりだったのである。悲嘆を抱え、遺体に香油を塗るために墓に赴こうとした女性たちによって福音がもたらされ、教会は誕生することとなったのである。
 私は、今の全世界の状況から、そのような意味をひしひしと感じさせられる。どちらかというと、この世界の普段の営みは、まだまだ男性中心と言わざるを得ない。死者を葬るとか墓に赴くなどということとは全く無縁に、そのような営みなど全く排除して、ひたすら健康や元気さや強さだけが貴いとされ、そのようなものが生み出す実りだけが重んじられる社会なのである。しかし皮肉にも、今やそのような社会の営みが不可能となってしまった。埋葬できなくなった遺体があふれ、普段人々が営む生活圏のごく近いところに埋葬場所が設けられるほどだと報じられている。死の悲しみが溢れて、悲嘆がまるで洪水のようである。いつ何時、私達自身にも、どのようなことが起きるか、もはやわからない。私達も悲嘆にくれて墓に赴かざるを得ない時が来るかもしれない。しかし、そこにこそ、実は人間にはでき得ないことがはじまってゆく契機がある。
 キリスト教が大嫌だったユリアヌス皇帝は、ローマの国教を古来からの宗教に戻そうとした。そのユリアヌス皇帝が、地方の役人に「キリスト教を見習え」と手紙を送ったという。その手紙に書かれていたキリスト教の3つの特徴のひとつに、死者の理葬の丁寧さということがあった。なぜ生まれたばかりのキリスト教が、そのような特徴を身につけたのであろうか。その根源には、女性たちがイエス様の墓へ赴いたということがあったのだと思う。悲嘆にくれ、無駄とも思われるような営みをすることにおいて、彼女たちは思いがけない出来事の知らせを聞いた。やはりキリスト教という宗教は、本質的に墓へと赴く宗教なのである。悲しみにくれることを貴く扱う宗教なのである。

3.墓へと赴いた女性たちは、「だれが動かしてくれるだろうか」と大きな石のことを心配していた。すると、墓の入り口に置かれた大きな石が動かされていた。この石とは、私達人間には決して取り除くことも動かすこともできないような困難や悲嘆を象徴的に表すものだと思う。現在為政者たちは、まことに勇ましくコロナウイルスとの戦争に必ず打ち勝つのだと私達を鼓舞している。勝利することができる指導者だと自らをアピールする。しかし、この石が象徴的に示しているように、私達人間には到底動かすことのできない困難というものがあるのではないだろうか。今私達は、それに直面しているのではなかろうか。科学技術やAIが進歩して、あたかも人間には取り除けない石などないかのように私達は傲慢になっていた。しかし、今回のことで私達は目に見えない小さなウイルスに対して、私達が本当に無力であることを知らされた。今の私達には、この石を動かすことはできないのである。
 しかしだからこそ、そこに人間を越えた力が現れてくるのである。石が覆っている現実があればこそ、そこにその石を動かして下さる神様の力というものが現れるのである。言い方を変えれば、石というものがなければ、それを動かして下さる神様の力も現れようがないのである。この新型コロナウイルスという災禍を通して、私達の力を越えた神様の力がいつか現れてくるのではないだろうか。
 それはどのように現れるのかはわからない。アメリカで、あれほどの死者が出ていることの大きな理由には、貧富の差が大きいことや医療保険に入っておらず貧しい方が普段から医療の恩恵にあずかれないということがあると言われている。何度もそうしたことが問題にされてきた。しかし、それらは一向に取り除かれなかった。しかし今回、たとえば感染したホームレスたちを収容するホテルが用意されたと報じられている。これを契機に貧しい人々への医療提供の必要や貧富の差の解消ということが、皆の共通の課題として認識されるかもしれない。大きな石が私達に覆いかぶさることによってはじめて、これまで私達人間ができえなかったことが、神様による御業として何らかの形でその石が脇へころがされるということが起きるのではないだろうか。

4.こうして女性たちは墓へと入っていった。墓に入った女性たちが、まず告げられたのは、「あなたがたが探している十字架につけられたイエス様は、復活なさってここにはいない」ということだった。それまで彼女たちは、十字架につけられて殺されたイエス様の遺体を捜していた。それは決して無駄にはならなかったのである。そしてそれは貴いことだったのである。それをしたからこそ、復活の知らせをいただくことができたのである。しかし、いつまでもどこまでも十字架の上で殺されたイエス様を探していてはならないのである。なぜならば神様は、いつまでもイエス様を十字架の上ですべてのものを奪われ剥ぎ取られた者としてはおかないからである。イエス様は、十字架の上ですべてを剥ぎ取られた者として終わったのではなく、それを越えて神様によって復活をさせられ、新たな命を与えられた者とされたのである。
 このことが、私達にも語りかけられている。私達が見ることができるのは、残念ながら、一人ひとりに科せられた十字架によって苦しみ痛み死んでいった者の姿だけだった。私達は、そのような姿にのみ目を奪われている。そうされた遺体に会うためだけに墓に赴く。しかしそこで神様は、私達に語りかけて下さる。「おまえ達の愛する者は、いつまでも奪われた者・死んだ者のままではいないのだ」と。「死者をそのような者のままにしておいてはならないのだ」と。「墓に閉じ込めておいてはならないのだ」と。神様は、奪われた者に新たなものを与えて下さる。言い方を変えれば、奪われたからこそ神様は与えて下さるのである。奪われたことは決して無駄にはならない。奪われた傷が大きければ大きいほど、そこに神様が与えるものも大きいのである。イエス様ただひとりが復活したのは、十字架の傷がそうであったように、私達から奪われたものが大きければ大きいほど、そこに与えられる賜物も大きいのである。

5.そして次に女性たちが告げられたのは、「行って、弟子たちとペトロに告げなさい。『あの方は、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。そこでお目にかかれる』」という言葉であった。十字架の上で殺され奪われた者ではもうなく、神様によって新たな命を与えられたイエス様であるからこそ、そのイエス様が弟子たちよりも先がけてガリラヤに行っておられたのである。「先に」という言葉が心にしみる。弟子たちには、もう先がなかった。先へと進むことはできなかったのである。しかし、イエス様が復活したからこそ、先への歩みが生まれたのである。私達の愛する死者たちも、私達よりも先に進んでいる。先へと歩める者へと変えられているのであろう。悲嘆にくれて残された私達の歩みは、彼らが先へと進んでいることに促されて先に進める者となるのであろう。
 以上のような知らせを不思議な若者から聞いた女性たちは、8節に書かれているような歩みしかできなかった。しかし、それでよいのだとマルコは慰め励ましてくれているのである。そのような女性たちが弟子たちにこの知らせを告げ、それは喜びの知らせとして全世界に伝えられるようになったのだから恐れて逃げ帰ってもよいのである。

聖書:新共同訳聖書「マルコによる福音書 16章 1~8節」 16:01安息日が終わると、マグダラのマリア、ヤコブの母マリア、サロメは、イエスに油を塗りに行くために香料を買った。 16:02そして、週の初めの日の朝ごく早く、日が出るとすぐ墓に行った。 16:03彼女たちは、「だれが墓の入り口からあの石を転がしてくれるでしょうか」と話し合っていた。 16:04ところが、目を上げて見ると、石は既にわきへ転がしてあった。石は非常に大きかったのである。 16:05墓の中に入ると、白い長い衣を着た若者が右手に座っているのが見えたので、婦人たちはひどく驚いた。 16:06若者は言った。「驚くことはない。あなたがたは十字架につけられたナザレのイエスを捜しているが、あの方は復活なさって、ここにはおられない。御覧なさい。お納めした場所である。 16:07さあ、行って、弟子たちとペトロに告げなさい。『あの方は、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。かねて言われたとおり、そこでお目にかかれる』と。」 16:08婦人たちは墓を出て逃げ去った。震え上がり、正気を失っていた。そして、だれにも何も言わなかった。恐ろしかったからである。


2020/04/05 受難節第6主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「ゲツセマネの祈り」 1.棕櫚の主日と呼ぶ理由は、子どものロバの背中にまたがってエルサレムに入ったイエス様を人々が棕櫚(なつめやし)の枝をふって迎えたと(例えばヨハネによる福音書の12章13節に)記されているからである。現在の私達の曜日にあわせてみると、木曜日が最後の晩餐が守られた日で、このゲツセマネでの祈りがなされたのはその日の夜だったことになる。そこでイエス様は逮捕され裁判にかけられ、金曜日の昼には十字架にかけられて殺されたのである。そして次週日曜日の朝早くに復活したと伝えられている。そこで、この週を受難週と呼び、その週のはじめの日、本日を棕櫚の主日と呼んでいる。
 ゲツセマネでのイエス様の祈りの場面は、古くから読む者に深刻な疑問を抱かせ、時には躓きや嘲笑をもたらしてきた。最大の疑問は、なぜイエス様は祈るにあたって33節と34節に書かれているように、「ひどく恐れてもだえ」「死ぬばかりに悲しい」と言ったのだろうか。ヨハネによる福音書の最後の晩餐の記述では、イエス様が弟子たちに残した遺言は、自分に起ころうとしていた十字架の死をはっきりと受け入れ、その意義を決して見失ってはいなかった。平安と確信に満ちたイエス様が表現されている。このマルコによる福音書においても、92ページの上の段に、前のページから続く最後の晩餐でのイエス様の言葉が記されている。「取りなさい。これは私の体である」「これは、多くの人のために流す私の血である」と。十字架の上で裂かれる自分の体や流す血が、私達のために不可欠なものだとの自覚をはっきりとイエス様は持っておられた。
 そうだとすれば、その時がいよいよ近づいてきて「ひどく恐れてもだえ」たり、「死ぬばかりに悲しい」と弟子たちに漏らし、「できることなら、この苦しみの時が過ぎ去るように」とか「この杯を私から取りのけてください」とか、そのようなイエス様の祈りは、全くもって似つかわしくないのではなかろうか。あまりにも情けない姿ではなかろうか。そのように多くの人々が感じたのである。だから、恐らくは4つの福音書の中でヨハネによる福音書の著者ヨハネは、このゲツセマネの祈りの場面をあえて書かなかったのではなかったかと想像できるのである。イエス様でさえこうなってしまうのなら、ましてや私達は・・・と、しりごみしてしまう。また、このような情けないイエス様の姿を読んだギリシャ・ローマの人々は、どのように感じでいただろうか。彼らは、ソクラテスという有名な哲学者がいわれなき罪で飲まされた毒杯を実に静かに近しい者と談笑さえしながら飲んだと伝えられていることと比較して、イエス様をあざ笑ったとさえ伝えられている。
 ヨハネは、あえてこの場面を省いたのではなかろうか。ゲツセマネの祈りに伴われたペトロ・ヤコブ・ヨハネ(ヨハネによる福音書を書いたヨハネと同一人物であったかは定かでない)の3人の弟子たちも、このようなイエス様の姿をわざわざ後の人々に伝えなくてもよかったのではなかろうか。それを伝えることは、また自分たちの情けない姿に3度も眠りこけてしまったということをも伝えることになってしまう。しかし、彼らはイエス様の姿も自分たちの情けない姿も後の人々に伝えたのである。そしてヨハネ以外の3人の福音書の記者たちは、このイエス様の姿を記した。その思いとはどのようなものだったのであろうか。やはりそこには、伝えずにはいられない何かがあったからだと思うのである。それが弟子としての、またイエス様を信じる者としての信仰においても、なくてはならないものだったのである。

2.神様の御心とイエス様の願ったこととの間には深く大きな溝があった。最後の晩餐のときの様子からは、神様の御心とイエス様の願ったこととの間にそのような溝があったとは、少しも感じられなかった。イエス様の体や血における犠牲が私達のために不可欠であるとの神様の御心に、イエス様は心から納得しておられた。しかしイエス様は、その苦しみや痛みをいよいよ自身の体で味わわねばならない時が近づいてくると、そのことを恐れ、もだえ、死ぬばかりに悲しいと嘆き、この杯を取りのけてくださいと願ったのである。要するに、神様の御心は、私達人間にとってはそれを背負うにはあまりにも怖く、もだえ、死ぬばかりの悲しみを味わわざるを得ないものなのである。イエス様は、「神様の御心が現れるということは、私達にとってそれほどのものなのだ」と「並大抵のものではないのだ」と「神様の御心と私達の願いとはそれほどに深い溝があるものなのだ」と、身をもって教えて下さったのである。
 36節の祈りのはじめにおいてイエス様は、「アッバ、父よ」と祈っておられた。「アッバ」とは、その時代その場所の言葉では、やっと言葉らしい言葉をいくつか口から出せるようになったばかりの幼子が父親を呼ぶときの「パパ」とか「おとうたん」とか、そのような感じの言葉なのだそうである。イエス様は神様のことを、幼子にとっての父親のように信頼しておられた。しかし、それにもかかわらず、そのお父さんの御心は、幼子であるイエス様には量り知れず、幼子としては取りのけてほしいと願うしかないものだと感じておられたのである。幼子にとっては一片の疑いさえ持たない対象がアッバではなかろうか。しかしそのような存在の父親の御心は、どうしても幼子にもだえ苦しみ死ぬばかりに悲しいような体験をもたらすものであったのである。それは幼子にとっては勿論だが、実は父親にこそもっと辛いものだったのかもしれない。自分が代わってやりたいほどの悲しみであったのかもしれないのである。
 こうしたところにこそ、私達キリスト教徒が信じている神様の本質のようなものがあるのではないかと思う。神様はアッバ・お父さんなのである。私達幼子に対して、本当に深い愛情を抱いておられる。必要なことは何でもしてやろうと思っておられる。36節祈りのはじめの言葉は、そのような意味であろう。しかし、だからこそ時には私達にとって取りのけてほしいと願うしかないようなことを、私達がもだえ苦しむしかないようなことをなされたのである。父なる神様自身も、それを苦しんでおられたに違いない。しかし私達のためには、どうしてもそれは避けることができなかったのである。私達の父なる神様は、決して私達に浅はかな御利益など与えない。浅はかな次元で私達の願うところと神様の御心と合致するものではない。むしろ溝があり乖離し、私達にとっては、ただただもだえ苦しむようなことにこそ、父なる神様の下さる幸いがある。
 私は先週金曜日に朝日新聞に掲載された福岡伸一さんの文章に驚かされた。よくこの時期にあのような内容が掲載されたものだと感心した。福岡先生によれば、そもそもウイルスとは、もとは生物の中にあったものがその生物から飛び出してできたものだと書いておられた。だからウイルスと私達とは、共通の部分を持ち、互いに引き合うものを持っているというのである。私達の側がウイルスを招き入れるとさえ書かれていた。そのためにウイルスが生物に死を招くこともある。しかしそれによって結果的には生物の動的平衡(多様性)が創造されてゆくのだというようなことが書かれていた。これこそが神様の御心なのかもしれない。そしてその御心は、私達にとっては、恐れ、戸惑い、悲しみなのである。しかし、こうしたことによってしか実現されない神様の御心があるのではないだろうか。

3.恐れや悲しみから始まったイエス様の祈りは、最後には「しかし、私が願うことではなく、御心に適うことが行われますように」と終わっている。そして2節では、「立て、行こう」と言えるようにイエス様を変えたのである。イエス様の祈りが、このように変わっていったことが、私達にとって何らかの意味を持つのであろうか。イエス様の祈りの変化はイエス様だからであって、私達であったなら、どこまでも恐れもだえ悲しむばかり、この杯を取りのけてほしいと祈るばかりであろう。しかし、もしもイエス様の祈りと私達の祈りの違いを際立たせて感じさせるためだけだったとしたら、イエス様は3人の弟子たちに自分の祈りを見届けるようにと命じたであろうか。弟子たちはイエス様の祈りの様子を私達に伝えるでしょうか。このことを伝えた弟子たちには確信があったし、ペテロ・ヤコブ・ヨハネ自身の信仰の実体験があったに違いありません。それは、自分たちも祈るときに、このイエス様と同じように、恐れてまどい死ぬばかりに悲しく、この石を取りのけてほしいと祈るばかりであったけれども、祈る中でイエス様のように変えていただけた。私が願うことではなく、御心に適うことが行われますようと祈れるようになった。それが祈りというものの不思議な力なのだ。祈りにおけるご聖霊の導きなのだと。
 イエス様が3人の弟子たちの証言を通して私達に身をもって教えようとしたことは、「あなたがたも私のように祈ってよいのだし、祈れるのだよ」ということなのである。このイエス様の祈りを知るごとに私は大きな励ましをいただく。よく「祈りとは、神様にあれをしてくれ、これをしてくれと請求書を送り付けるものではなく、感謝の受領証をささげるものだ」といわれる。しかし最初から領収証をささげられるものではない私たちなのである。最初はイエス様のように、私の願いを突き付けてもよいのである。しかし、祈っているうちに、また時間の経過と共に、それは父なる神様の御心ではないということがわかってくる。幼子である私たちの願いと父なる神様の御心とは深く離れていることがわかってくる。そして、祈りの最後には「私の願いではなく、御心に適うことが行われますように」と祈れるようになる。そのように祈れるようになってはじめて、何とも言えない安らぎがわいてくる。どのようなことが起きても大丈夫だと思えるようになる。私達には、父なる神様の御心は具体的に何なのかはわからないことのほうが多いであろう。しかし、はっきりとはわからなくても、それがあることは感じ取れるのである。私の願いとは違って、父なる神様の御心があることはわかるようになる。そして、それがなされるようにと祈ることができるようになる。そうして、私達もイエス様も同じように「立て、行こう。見よ」と言って、目の前に現実として神様が生じさせて下さったことに向かってゆけるようになるのである。

4.わざわざ、3人の弟子たちが3度も眠りこけてしまっていたことを書き記した意味は、何だったのであろうか。もしかすると、この3人を通して、ここまでイエス様の祈りの姿や言葉が伝えられているということは、文字通り彼らが眠りこけていたということではなく、あまりの怖さにまともに見ていられなかったということではなかったかと思うのである。イエス様でさえ、そうであった。いわんや自分たちは・・・なのである。だから弟子たちは、恐れもだえるイエス様を、とても直視することはできなかったのではなかったか。薄目をあけて見ることしかできなかったのではなかったか。十字架の出来事が示しているところの神様の御心と私達の願いとの深い乖離という現実を見ることができなかったのである。しかし、あえてそのような弟子たちをイエス様は証人として伴った。2人または3人の証人として立てたのである。これが教会なのだなと、私は思うのである。私達は、薄目を開けてイエス様の出来事をやっと見ることができるのみであっても、これを証言する者であってよいのである。
 しかしそのようにこころもとない証言者の証言であっても、イエス様の姿はしっかりと伝えられてゆくのである。そしてその証言は、これまで2000年もの間、多くの人々をとらえてきた。また何よりもまともには見られず目をつむるしかなかった弟子たちでさえも、そのイエス様のように祈れる者なっていった。薄目をあけてしかイエス様を見られず、また神様を信じることしかできない私達だが、それでも大丈夫なのだうよとのメッセージが伝わってくるのである。

聖書:新共同訳聖書「マルコによる福音書 14章 32~42節」 14:32一同がゲツセマネという所に来ると、イエスは弟子たちに、「わたしが祈っている間、ここに座っていなさい」と言われた。 14:33そして、ペトロ、ヤコブ、ヨハネを伴われたが、イエスはひどく恐れてもだえ始め、 14:34彼らに言われた。「わたしは死ぬばかりに悲しい。ここを離れず、目を覚ましていなさい。」 14:35少し進んで行って地面にひれ伏し、できることなら、この苦しみの時が自分から過ぎ去るようにと祈り、 14:36こう言われた。「アッバ、父よ、あなたは何でもおできになります。この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように。」 14:37それから、戻って御覧になると、弟子たちは眠っていたので、ペトロに言われた。「シモン、眠っているのか。わずか一時も目を覚ましていられなかったのか。 14:38誘惑に陥らぬよう、目を覚まして祈っていなさい。心は燃えても、肉体は弱い。」 14:39更に、向こうへ行って、同じ言葉で祈られた。 14:40再び戻って御覧になると、弟子たちは眠っていた。ひどく眠かったのである。彼らは、イエスにどう言えばよいのか、分からなかった。 14:41イエスは三度目に戻って来て言われた。「あなたがたはまだ眠っている。休んでいる。もうこれでいい。時が来た。人の子は罪人たちの手に引き渡される。 14:42立て、行こう。見よ、わたしを裏切る者が来た。」


2020/03/29 受難節第5主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「最初の教会が大切にしたこと」 1.ペトロは、ペンテコステ(聖霊降臨)と呼ばれる出来事の直後に説教を行った。それを聞いた人々について、「ペトロの言葉を受け入れた人々は洗礼を受け、その日に3000人ほどが仲間に加わった」と41節にある。この新たに加わった人々が、イエス様の弟子たちと共に、どのような歩みをしていたかが、42節に「彼らは、使徒の教え、相互の交わり、パンを裂いであった」と書かれている。誕生したばかりの教会にとって、この4つのありさまが、特徴的なものだったと言ってよいと思う。この4つの特徴が、44節から47節前半までに、言葉を変えて描かれている。「信徒たちは皆ひとつになって・・・神を讃美していた」とある。こうして最初の教会は、「民衆全体から好意を寄せられ」「主は救われる人々を日々仲間に加えられた」というのである。
 誕生したばかりの教会に、どのように人々が加えられたかということが、ここにはっきりと書かれている。それはまずペトロが説教をし、その言葉を受け入れた人々が仲間に加わったのであった。そして、そこで生じた信徒の群れが、42節や44節から47節前半までに書かれているような4つの特徴をもった営みをしていたからこそ、神様が仲間を日々加えて下さったのであった。今の時代社会において、私たちはしばしば、「どのようにしたら多くの人々を仲間に加えることができるだろうか」とあれこれ考えている。しかし、生まれたばかりの教会が仲間を加えてゆき、そしてそれが47節にあるように人間の業の結果ではなく神様の御業として起きたのは、人々が「どうしたら信徒を増やせるか」という工夫をしたからではなかった。そうではなく、そのようなことなど全く考えず、まずは説教が語られ、それを聞いた人々が4つの特徴を持った信徒の群れを形成してゆくことによってそうなっていったのであった。それをしてゆくならば、おのずとそうなってゆくのである。神様がそうなさってくださるのである。ここに、いつの時代でも、私たちが与えられる励ましがあると思う。
 最初の信徒の群れがしたことは、ひとことで言えば「集まる」ということではなかったかと思う。仲間に加わるとはそういうことなのである。そこに存在する集まりの魅力に引き入れられてこそ、仲間に加わったのである。今まさに、新型コロナウイルスの感染拡大によって、欧米では礼拝のために集まること自体が禁止や自粛の対象となっている。日本においても礼拝を自粛している教会があり、またインターネット等による配信の礼拝に切り替えたところも出て来ていると聞く。感染を心配する家族への配慮から、礼拝に出席できない人々もいる。しかしそのような中にあっても、こうして30人前後の人々が(この教会に)集まるということに私は驚きを禁じ得ない。一体何が皆さんを教会に引き寄せるのであろうか。
 他にも集まる魅力を持つ様々な集会や催しというものがある。やはりこの騒動のために風前の灯火になっているとされる音楽や芝居や落語やスポーツイベントなどがそれである。それらの集まりも、集まった人々の心を一つにする魅力がある。しかし教会という集まりには、教会だけが持つ魅力がある。それがこの、最初の信徒の集まりが持っていた4つの特徴に現れているのではなかろうか。私たちは、そのような集まりを持っているのだということの慰めと喜びを思わざるをえない。教会がこの特徴を失うことがなければ、これからどのような難儀な時代社会がきても、神様が仲間を加えて下さる。

2.まず第1の特徴は、その人々が使徒の教えに熱心であったということである。これは44節から47節前半の箇所で言えば、「心をひとつにして神殿に参り、・・・神を賛美していた」にあたる。
「使徒の教え」とは具体的に何かと言えば、それは直前にずっと記されているペトロの説教にあたると言ってよいと思う。3000人もの人々が、このペトロの説教(41節では「ペトロの言葉」とある)を聞いたので、これを受け入れて洗礼を受け、仲間に加えられることになった。だから後にも先にも、教会という集まりの何よりもの特徴は、そこで説教がなされ聖書を通して神様やイエス様の言葉が語られ教えられるところにある。
 ペトロが語った説教における教えの要は36節に記されている「あなたがたが十字架につけて殺したイエスを、神は主とし、またメシアとなさった」に尽きるといってよいと思う。私たちが教会で教えられる様々なことの根源には、常にこのことがあるのだと改めて思う。なぜ2000年前の人々がイエス様を十字架につけて殺してしまったかというと、それにはさまざまな理由があった。しかし、イエス様が教えた幸いというものが、人々が求め願っていたものと相反するからということがそれである。イエス様は、貧しき者は幸いだ、悲しむ者は幸いだと山上の説教の冒頭で教えた。それは決して受け入れることのできない幸福観だったのである。今、新型コロナウイルスによる感染症で、多くの人々が苦しみ悲しんでいる。一体このような状態のどこに幸いがあるというのか。私たちは貧しい者・悲しむ者が幸いと言ったイエス様を、直接ではないが十字架にかけて殺してしまうのである。それは直接イエス様を殺すということではなく、私たちにとって受け入れがたい災いや苦難を私たちの中から排除してしまおうとすることなのだと感じる。私たちは、新型コロナウイルスがもたらすものを十字架につける。私たちの敵とみなし撲滅しようとする。
 しかし、「私たちが十字架につけて殺したイエス様を、神様は主としメシアとなさったのだ」と私たちは教えられるのである。それはイエス様についてだけ起きたことではなく、新型コロナウイルスをはじめとして私たちが繰り返し繰り返し、私たちの人生にあってはならない敵や災い・疫病として十字架にはりつけにした何かを、神様は主とし、メシアとして復活させるという教えではなかろうか。ここには、本当に、私たちの普通の価値観や人生観をはるかに越えた神様の教えというものが込められている。勿論、ウイルス感染症そのものが幸いだと言うのではない。しかし、私たちがそれをどんなに十字架につけて殺そうとしても、神様はこれを復活させるのである。これが主人なのである。この苦しみ悲しみの前で私たちが主人となることはできない。私たちは敗北するしかないのである。しかし、そこで与えられる悲しみや苦難にこそ、私たちの思いをはるかに越えた神様からの救いがあるのではないかという教えである。ひとことで言えば、教会という集まりにおいて私たちが教えられるのは、私たちに科せられる十字架の許容なのだと思う。苦しみ・悲しみを受容し、そこに救いがあるのだとの希望なのである。

3.第2の特徴は、「相互の交わり」に熱心だったということである。その具体的なありさまが44節から45節に描かれている。ある人は、ここに書かれていることは架空のものであって決して事実ではなかったと言う。またある人は、世々の教会が一度たりともここに書かれているような理想的な状態にあったことはないと痛烈に現実の教会を批判している。しかし、ここに書かれている理想郷を何とか実現しようと苦闘した多くの信徒たちがいた。
 最初の集まりは、お互いの弱さや貧しさというものを相互の交わりにおいて、互いに背負いあおうとしていた。教会の集まりを第一に特徴付けるのは、十字架に表された弱さや苦しみを受容するということなのである。どれほど私たちが、それを十字架につけて殺したとしても、神様はこれを主人とし、またそこに救いがあることとして復活させる。だから、私たちはこの教えを受けた集まりとして、おのずと苦しみや悲しみを受容するしかないのである。
 しかしそれはひとりではなかなかできるものではない。だから、相互の交わりの中でこれをしあうのである。教会がここに書かれていることを完全に実現できたことなど、おそらくなかったであろう。しかし、完全にはできないとしても、教会という集まりには、これができる可能性がいつも与えられている。「教会は完全にここに書かれていることを実行できたことなどなかった」と非難するよりも、わずかでもここに書かれていることを実現できる集まりがあることを喜びたいと私は思う。
 私はしばしば、ユリアヌスというローマ皇帝の話を紹介してきた。ユリアヌスは、キリスト教を公認した皇スタンチヌスの異母弟だった。ユリアヌスは、キリスト教が大嫌いで、ローマの国教を再び先祖伝来のものに戻そうと思っていた。しかし200年以上も続いた迫害を生き延び、帝国内の隅々にまで広がっているキリスト教を無視することはできなかった。そこで地方役人に「キリスト教を見習え」という手紙を送ったのだそうである。キリスト教が大嫌いだった人が「見習え」といったのだから信頼性があるだろう。彼が見習えといったのは3点で、生き方のまじめさ、死者を葬る丁寧さ、そして第一にあげていたのが他者に対する人間愛であった。この人間愛を実行させていたものこそ、十字架を教えられることを通して苦しみや悲しみを受容し、お互いのそれを相互に大切にしあったことではなかったか。

4.第3の特徴は「パンを裂くこと」に熱心だったという点である。パンを裂くこととは、他でもなく最後の晩餐に由来するところの聖餐にあずかることを意味している。それは、第1の特徴の根源にあるイエス様の十字架を、信仰において象徴的に食べることを意味している。聖餐にあずかることは、「これはあなたがたのための私の体、あなたがたのために流す私の血」というイエス様の遺言をもって与えられるものである。イエス様の犠牲をいただくということは、私たちがイエス様の体・血という犠牲をいただかなくては生きてゆけない者だということを表している。比喩的は、私たちは自分だけの体では呼吸ができず毒を濾過できないので、人工呼吸器につながれ人工透析を受けるということである。自分の血だけでは生きてゆけないので輸血を受けねばならない。私たちの集まりが、聖餐にあずかることに熱心であり続ける特徴をもった集まりであるということは、要は私たちがこの自分たちの弱さ・病というものを認めた病人の集まりであることを意味している。
 先ほど触れた第2の特徴の相互の交わりも、このことと切り離すことはできない。教会という集まりは、たとえて言えば、人工呼吸器や人工透析や輸血を受けている患者たちの集まりなのだということである。だからこそ、少しでも回復した者は病んでいる者を進んで看護しようとする。病院では決して病むことや苦しむことが排除されることがない。そこが教会という集まりとこの世の他の集まりとの決定的な違いなのである。いつの間にか教会は、この世の他の集まりと同じように、元気さや強さ・豊かさを競って求めるような集まりになってきている。しかし、アキレス腱を切って入院したことのある私にさえ、病院にはこの世の他の場所にはない独特の何かがあるとわかる。健康な人だけが集まる場所では排除される嘆きや呻きが、ここでは決して排除されることがない。新型コロナウイルス感染の蔓延により社会全体がますます弱さや健康でないことを排除し敵視するような社会になってゆくような気がする。病むことを敵視し撲滅し排除しようとする社会がますます強くなってゆくのである。しかし教会という集まりは違う。その根源に、十字架の弱さがあるからである。
 第4の特徴は、祈りに熱心であったという点である。祈りとは懇願であり、それは弱さを抱え、欠けを持っている者がすることである。これについて熱心なのが教会という集まりなのである。教会は、懇願してもよい集まりなのである。

聖書:新共同訳聖書「使徒言行録 2章 41~47節」 02:41ペトロの言葉を受け入れた人々は洗礼を受け、その日に三千人ほどが仲間に加わった。 02:42彼らは、使徒の教え、相互の交わり、パンを裂くこと、祈ることに熱心であった。 02:43すべての人に恐れが生じた。使徒たちによって多くの不思議な業としるしが行われていたのである。 02:44信者たちは皆一つになって、すべての物を共有にし、 02:45財産や持ち物を売り、おのおのの必要に応じて、皆がそれを分け合った。 02:46そして、毎日ひたすら心を一つにして神殿に参り、家ごとに集まってパンを裂き、喜びと真心をもって一緒に食事をし、 02:47神を賛美していたので、民衆全体から好意を寄せられた。こうして、主は救われる人々を日々仲間に加え一つにされたのである。


2020/03/22 受難節第4主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「私はぶどうの木」 1.「私はぶどうの木、あなたがたはその枝である」というイエス様の言葉をよく、私は教会学校の子どもたちの誕生日お祝いカードに記す。幼いときから教会学校に通っていた私が、最初に暗記した聖句は、もしかしたらこの言葉かも知れない。
 遺言とは、死に行く者が、遺族となる者のために、最も残したいと思って残す遺産の言葉である。その言葉がなぜ「私はぶどうの木、あなたがたはその枝である」というものだったのであろうか。どうして他の樹木ではなく、ぶどうの木だったのであろうか。樹木の比喩ではなく動物、たとえば羊飼いと羊のたとえでもよかったのではなかろうか。おそらここに、イエス様の弟子たちへの思いが込められていたのであろう。
 多くの注解者や解説者が言っているように、ぶどうの木には他の樹木にはない独特の特徴がある。バークレーは、以下ように書いている。「ぶどうの木は非常な勢いで繁茂するので徹底的な刈り込みが必要である。・・・ぶどうの木は12月から1月にかけて刈り込まれる。実のなる枝と実のならない枝とがあり、実のならない枝は木の力を浪費させないために徹底的に容赦なく切り落とされる。ぶどうは、このような刈り込みをしなくては決して収穫を得ることはできない。・・・さらにぶどうの木は、柔らかすぎるので何にも利用できない。1年のうちのある時期に、犠牲の供え物を焼く祭壇の火のために、人々は神殿に木材を持ち寄らなければならないという掟があった。そのとき、ぶどうの木は持って来てはならないとはっきり定められていた。ぶどうは、その役目を果たさないからである。切り落とされたぶどうの枝は、燃やしてしまう以外は何もできない」と。
 バークレーは、そのような特徴を持っていたぶどうの木とその枝に、イエス様自身と弟子たちをたとえたイエス様の思いを次のように捉えている。「イエスは、行いや実践の伴わない、告白や口先だけの信仰を持つクリスチャンのことを考えていた。イエスは、葉ばかり繁って実のない役に立たない枝のようなクリスチャンのことを考えていた」と。なかなか厳しい受け止め方だが、私の手元にある何冊かの注解書や説教でも、このバークレーのように捉えている。しかし私の理解は、それとはかなり違っているのである。

2.バークレーに代表されるような受け止め方は、イエス様の遺言を「・・・であってはならない」というネガティブなものとして捉えるものだと思う。私たちが子や孫に遺言を残すとき「あなたがたはこういう者にだけはなるな」ということもあるかもしれない。しかし「そうはなるな。もしもそうなったら、お前達は容赦なく切り落とされ、たぎぎにさえならないゴミに等しい物として火にくべられる」と言われたら、それは大きなプレッシャーとしてのしかかってくるのではなかろうか。自分は果たして実のなる枝になっているのかといつもびくびくしながら生きるようになるのではなかろうか。私にとっては、このイエス様の言葉は、そのようなものとしては感じとれなかった。もしそういう感じを抱かせられるようなものだったなら、私は幼いころからこのイエス様の言葉に親しみはしなかったであろう。
 イエス様はこの言葉を、これから何か恐ろしいことが起ころうとしているのだと心騒がしている弟子たちへの遺言として、何よりも彼らに平安を与えるために語ったのである。そうであるならば、その心は、「こうはなるな。こうなったら容赦なく切り落とされ燃やされる」ではなく、「大丈夫だ。安心しなさい。どんなことが襲ってきてもあなたがたは私という幹につながっている技なのだから大丈夫。必ず実を結ぶことができる」というようなポジティブな励ましとなるのではなかろうか。この福音書が書かれた西暦100年前後の時代には、ローマ帝国による大々的な迫害の足音がひたひたと迫っていた。そうした状況下にあった信徒たちに、著者ヨハネはイエス様の遺言として「こうはなるな。幹であるイエス様から離れ、実のならない枝になったら容赦なく切り落とされる」と脅しめいた言葉を語ったであろうか。そう語られれば語られるほど、迫害を受けたら自分はそうなってしまうのではないかとおびえてしまうのではなかろうか。だからこそ必要なのは、たとえ迫害の中に置かれても「大丈夫だ、そんな中でもしっかりとイエス様につなげられているのだから安心なのだ」との励ましではなかったか。

3.私はまず何よりも、イエス様が自分と弟子たちとの間柄を植物にたとえたことに心引かれる。そこからまず安心や励ましをいただくのである。
 植物と動物の違いは、そのような学問において素人の私としては、読んで字のごとく自ら動ける生き物とそうではなく地面に植えられて動けない生き物との違いであると思う。植物の特徴は、何よりも「つながれている」という言葉にこそ現れていると思う。イエス様自身がぶどうの木である点において、また私たちがその枝である点において、その特徴は「つながれて自由には動けない存在である」ということにこそあるのではなかろうか。
 「私はぶどうの木」とのイエス様の言葉は、まずイエス様自身のことを、地面に植えられた木のように立っている十字架につなげられた者として見ていたのではなかったか。そして、そのイエス様につながっている枝としての弟子たちや、この福音書が書かれた時代の信徒たち、そして現在の私たちは、それぞれの時代社会の難儀な状況につながれている存在なのである。決して自分の思い通りに自由に生きられる者ではない。私たちはまさに今、新型コロナウイルス感染症の蔓延という事態に捕らえられている。
 では、そのように動けないものとしてつながれている植物たちが、どう生きているかと言えば、自由には動けないからこそ植物たちが体得した生き残るための戦略には驚かされる。植物は、私たち動物にとって不要な二酸化炭素を取り込み、光合成という不思議なメカニズムによって自分が生きるためのエネルギーを生み出している。また動物たちによってむしゃむしゃと食べられることを何ら厭わず、その結果、種があちこちにばらまかれることを選択している。植物のこのような生き残り術は、ひとえに植物が動けないありかたを取ったことから体得したものではなかろうか。このように、地面につながれ幹につながれているという不自由なありかたこそが得させてくれるものがある。
 「私はぶどうの木、あなたがたがその枝」という比喩をもってイエス様が伝えようとした励まし・慰め・平安とは、私はまずこのようなものだと受け取る。それは自由を奪われ、ある状況に縛られ繋がれていることを、逆に良い実を実らせるためのなくてはならない機会として受け止めるということである。さらに言えば、動けない存在とされ、ある状況に植えられつながれていることこそが、実は神様からの手入れを受けており、またイエス様というぶどうの幹にしっかりとつながれている状況なのではなかろうか。もし私たちが自由に思い通りのところに進んでゆけるなら、それは私たち自身は幸いと思うかもしれないが、実はそれは神様から手入れをされず枝が幹から離れ、自分の思い通りに葉ばかりを繁らせ実を少しも実らせない状況なのである。枯れてしまえばたきぎにもならないような物としてゴミとして燃やされるしかない。そのような私たちが、難儀な境遇につながれることこそ、実はそれがイエス様にしっかりとつながれることなのである。その状況こそが良い実を実らせるべく、神様から手入れを受け刈り込みをされ、幹にしっかりとつなげていただいている状態なのである。植物が二酸化炭素からエネルギーを得るように、私たちも、それまでの私たちには考えられもしなかったような生き方ができるようになるかもしれない。良い実を実らせるために、なくてはならない機会となるのである。
 だから、迫害にあったときに、自分たちが果たしてイエス様にしっかりと結び付いていられるだろうかと心配する必要はない。バークレーが手厳しく言ったように、自分が実践の伴わない口先だけの信仰者になってしまうのではないかなどと思い悩む必要はないのである。迫害という状況につながれていることこそが、イエス様にしっかりとつなげていただいている状況なのだから。7節以下には、私たちがイエス様にしっかりと結ばれているなら、イエス様の言葉や愛が私たちの内にあると書かれている。それは幹であるイエス様から栄養分が豊かに私たちに流れ込んでいる状況を指しているのだと思う。それは、枝である私たちが難儀な状況に置かれることである。そこに置かれた私たちは、幹に向かってSOSを出す。するとそれに応えて幹であるイエス様は、より豊かに栄養分を与えてくれるのであろう。そうした間柄が幹と枝との間により太い管を形成してくれるであろう。切っても切れないつながりが堅固に作られてゆくのである。

4.まずこうした植物のあり方の上に、他のどんな樹木ではなく、ぶどうの木とその枝にイエス様は自分と弟子たちの間柄をたとえたのである。そこには、ぶどうの木の独特な特徴が込められている。
 このイエス様の言葉を子どもたちに話す際には、実物のぶどうの枝と大きな樹木の枝と比べながら、必ず触れる点がある。杉やヒノキやケヤキは、何年も経てばそれは立派な建築材料として役に立つ。しかしぶどうはそうはならない。何年経っても少しも成長したようには見えない。いかなる建築材料にもふさわしくならない。たぎぎにさえならない。ぶどうは、ひたすらおいしい実を実らせることにすべてを傾けているのである。それがぶどうの木の特徴なのである。
 「私はぶどうの木、あなたがたはその枝」とイエス様が言ったその心は、「私もそのようなぶどうの木であり、あなたがたもその枝であるのだから、良い実を実らせる者であればよいのだ」ということなのである。イエス様は「私は杉やヒノキやケヤキであり、あなたがたはその枝」とは言わなかった。薪としてさえも役に立たない、ごみにしかならない、建築材料などとんでもない、そのように無価値な私たちであっても、イエス様につなげていただいているなら、おいしい実をつけることができるのである。そしてその実は、自分自身では食べることのできない実である。誰かに食べてもらっておいしいと言ってもらうものである。そしてその実が発酵するとぶどう酒に変わる。ぶどうの幹としてのイエス様の生涯も、まさにぶどうの実としてのものだったし、私たちの人生の実もそのようなものであってよいのだと思う。何を残したか、どんな大木になりどんな建築に用いられたか、そのようなものはどこにもない。冬の季節には、実どころか葉もない。それが私たちであるかもしれない。しかしそのような私たちでも、またおいしい実をつけることができるようになるのである。

聖書:新共同訳聖書「ヨハネによる福音書 15章 5~6節」 15:05わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである。 15:06わたしにつながっていない人がいれば、枝のように外に投げ捨てられて枯れる。そして、集められ、火に投げ入れられて焼かれてしまう。


2020/03/15 受難節第3主日礼拝(創立記念礼拝)

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「キリストの体なる教会」 1.この教会の創立は、1978年3月21日である。この土曜日に創立42周年を迎えることとなる。
 1章の最後、23節に「教会はキリストの体であり」とある。「教会がキリストの体」とは、このエフェソの信徒への手紙の全体を貫く柱のひとつである。パウロが、キリストの体である教会がどのような働きをしているのか、キリストの体である教会に属することによっていただく糧や恵みがどのようなものかを語ろうとしたのではないかと思う。
 そこでまず注目したいのは、パウロが「教会はキリストの体」と語るにあたって、その「体」と訳されている言葉は、ギリシャ語の原文ではソーマという言葉が用いられている点である。ソーマと言えば、コリント人への手紙で学んだ「ソーマ・セーマ」という語呂合わせの格言を思い起こされるのではなかろうか。ソーマとは体という意味、セーマとは墓場という意味だと学んだ。体は墓場、このような語呂合わせの格言によって表現される考え方が、今から2000年前のギリシャ・ローマ世界には広く行き渡っていた。エフェソの町こそ、そのような考え方が強かったのかもしれない。というのは、エフェソの町は古くからギリシャ哲学の有名な学者を次々と輩出していた町だったからである。学者をはじめ、人々が強く求め願っていたのは、傷つき病気になり老いて、やがて死んでゆく、それゆえに私たちの心を強く縛り鎖につなぐようにして墓場へと引きずってゆく「体」というものからの自由であり、平安であった。体さえなければと人々は思っていたのである。体を厭い蔑視していた。そのような思想と、現在世界を震撼させている新型コロナウイルスによる状況も、まさに同じではないだろうか。病気になるのは人の体なのである。体が病んでしまうがゆえに心や精神の平安が失われてしまうのである。

2.ソーマ・セーマと考えていたエフェソの人々にパウロは、あえてわざわざソーマという言葉を使って「教会はキリストのソーマ」と語ったのである。そこに私は、パウロからの挑戦状のようなものを感じる。
 パウロがこのように語ったのは、まず何よりもイエス様がキリストであることにおいて「体」が不可欠であったということがあったのだと思う。イエス様が「体」、それも十字架というまさしくセーマであるところへとイエス様を引きずり込むソーマを持っていなければ、キリスト・救い主ではありえなかったということである。
 イエス様が「体」であることにおいてこそ、私たちの救い主・キリストであられたということで、いつも教えられているのは、私たちが2000年後の今も聖餐式として守り続けている儀式の由来となった最後の晩餐でのイエス様の遺言である。イエス様は、その食事でのパンやブドウ酒を取って「これはあなたがたのための私の体・血である」と言った。私があなたがたのために体を与え、血を飲ませること、つまり私の体や血の犠牲があなたがたを救うのだと言った。このことがイエス様を救い主として信じる私たちの信仰の核心にある。私たちはこのイエス様の言葉を2000年間記憶し続け、最後の晩餐に由来する聖餐式を守り続けてきた。
 なぜイエス様の体や血、その犠牲をいただくことが私たちの救いになくてはならないことなのか。救い主としてのイエス様の救いを、私はいつも医者による救いや治療にたとえる。重症になった患者は、自分の免疫だけではウイルスと戦うことができない。点滴をしてもらって戦うための武器を外から補給してもらわねばならない。自分の腎臓が悪くなって自分では体の毒を濾過できなくなった人は、人工透析器につなげて毒素を取り除いてもらわねばならない。自力では呼吸できなくなった人は、人工呼吸器をつなげて呼吸を助けてもらう。
 私は、イエス様の体や血の犠牲をいただくということを、こういうことだと捉えている。それは、信仰においてイエス様につないでいただいて、その犠牲において私たちが免疫をいただいたり毒素を取り除いてもらったり、呼吸を助けてもらうことなのである。体を裂き血を流して犠牲となられたイエス様には、私たちにはない貴い免疫があった。私たちの毒を濾過する清さがあった。私たちに酸素を送ってくださる命の息があった。十字架にかけられたイエス様は私たちに「私はぶどうの木、あなたがたはその枝である」と語った。私たちは犠牲となられたイエス様の体につなげていただくことによってこそ、自身では決して得られない幹につながる枝であるがゆえの支えや栄養をいただくのである。

3.このように、まずイエス様がキリストとして、体があったということが、次にこのキリストとしてのイエス様の体が教会において具体的に存在しているのだとパウロは語ったのである。私たちは洗礼を受けてイエス様につなげていただく。そしてイエス様の体や血の犠牲をいただく聖餐にあずかる。そこには具体的にイエス様が点滴としてあるいは人工透析器として人工呼吸器として存在しているのではない。私たちの生身の体は、病んだ体を持つ私たちの救いには、具体的にイエス様の体が存在することが不可欠なのではなかろうか。パウロは、それが教会だと語ったのである。
 教会がはたして病気になった私たちを救う実際の点滴や人工呼吸器や人工透析器のような目覚ましい働きなどできているのであろうか。私は、生まれたときから父に連れられて教会に属し続けてきた者として、教会は私にとって確かにそのような働きをしてきたとしみじみ感じるのである。
「教会がキリストの体」ということから思い浮かべるのは、マタイによる福音書のイエス様の言葉である。「二人または三人が私の名によって集まるところには、私もその中にいるのである(18章20節)」とあった。イエス様は、自分の体をこの世に作り出す人数は、わずか二人でも三人でもよいと言っているのである。それはまさしくソーマ・セーマのセーマだと感じる。すぐさま墓場へと直行させられてしまうような、小さくて脆く弱い集まりである。エフェソの町にあったアルテミスという女神を祭る神殿に集まった人々の人数とは対照的である。イエス様の名によって集まる者は本当に少ない。少なくても、それによってイエス様の体の一部になることによって、私たちは生きる上での力強い免疫をいただくし、呼吸を助けていただくし、毒を濾過していただくし、なくてはならない栄養や支えをいただけるのではなかろうか。

4.一体、二人または三人が集まりそれによって作られるイエス様の体なる教会に属することで、私たちはどのような支えや栄養や免疫をいただくのであろうか。そのことがここに語られていると思う。
 パウロが語ったのは、何よりもまず私たちがイエス様が要である石であるところの建物を構成するなくてはならない一部となるのだと語ったのだと思う。建物を構成する石としては、イエス様自身がこの世においては不要でありむしろ邪魔だと言って捨ててしまった石だったように、私たちも、たった二つとか三つの石でしかない。まるで役に立たない何の働きもできないような石である。そのような石の集まりに何ができようか。
 ところが、そのような石が集まってイエス様の体を構成し神様の神殿を作るのである。それは神様の住まいだともある。それほどに神様はこの建物を喜び、自分の住まいとして大切に下さるということなのである。誰しも自分の住まいであれば奇麗にし、手入れを怠ることがない。同じように、たった二人または三人でしかない私たちがキリストの体を構成することにおいて、ここまで神様から大切にされるのである。愛されるのである。だからこそ、私たちはキリストの体の一部であることにおいて支えや栄養や免疫や毒の分解をしていただけるのだと思う。
 福島にいたときからずっと夕拝を長く守ってきた。時には私一人だけ、また奏楽者と私だけのこともあった。そのような時には、聖書を読み、讃美歌を歌い、祈りをささげるだけで終わっていた。しかし、そこにたった一人、どなたかが来てくれるだけで、私は喜んでメッセージを語ることができるようになる。たった一人また二人であるからこそ、そこに一人が加わって、二人また三人の集まりになるありがたさが身に染みるのである。そのようにして教会というキリストの体においては、たった一人の存在が大事にされるのである。二人または三人の者だからこそ、そこに加わってくれるたった一人の存在が本当に大切にされるのである。そのようにして大切にされるということこそが、キリストの体に属することによって私たちが与えられる栄養や支えや命の息吹なのだと思う。私たちを病気にする病原菌から私たちを守る免疫となり、毒素を取り除いていただくことになるのだと思う。
 私は秋田県の湯沢市という小さな町の小さな教会で育んでいただいた。そこでは、まさに19節にあるように、教会員は「神の家族」だったように思う。私はそこで教会員皆の子どものように慈しんでもらった。記憶はあやふやだが、その教会には、足が不自由で言葉にも不自由な、恐らくはゴミ収集をなりわいとしている人がいた。その人が醸し出す何とも言えない優しい感じを忘れることができない。この世的には、そのような人は軽んじられたり差別されたりということがあるかもしれない。しかしその教会では、そういうことは一切なかった。たった一人の存在が、なくてはならない貴重な石だった。ひとつでも失われたら教会全体に大きな穴が開いてしまうほどの大切さがあった。この世において、たった一人がこれほどに大切にされるところがあるだろうか。これからの時代社会において、教会がますます小さくなりソーマ・セーマにおけるセーマに等しいようなものになってしまうかもしれない。しかしそれを恐れたり恥じたりする必要はない。イエス様は「二人または三人こそが私の名によって集まるところには私がおり、それが私の体だとおっしゃって下さった。少なくなってこそ、たった一人の存在のありがたさがわかるのである。

聖書:新共同訳聖書「エフェソの信徒への手紙 2章 19~22節」 02:19従って、あなたがたはもはや、外国人でも寄留者でもなく、聖なる民に属する者、神の家族であり、 02:20使徒や預言者という土台の上に建てられています。そのかなめ石はキリスト・イエス御自身であり、 02:21キリストにおいて、この建物全体は組み合わされて成長し、主における聖なる神殿となります。 02:22キリストにおいて、あなたがたも共に建てられ、霊の働きによって神の住まいとなるのです。


2020/03/08 受難節第2主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「もう空っぽではない」 1.イスラエルのベツレヘムにエリメレクとナオミという夫婦がいた。飢饉があった。夫婦は、二人の息子を連れて、当時イスラエル人とは余りよい関係ではなかったモアブ地方に避難した。ナオミはそこで夫エリメレクを失った。二人の息子の妻は、モアブの女性だった。ところが二人の息子にも先立たれてしまった。とうとうモアブでの生活が立ち行かなくなってしまったためナオミは、故郷へ帰る決心をした。道すがらナオミは二人の嫁に実家に帰るように言った。ルツだけは、どうしてもナオミのそばを離れたくないと言って拒んだ。ナオミはルツを連れて故郷ベツレヘムに帰ってきた。二人を出迎えた故郷の人々に、ナオミは「もうわたしをナオミ(快い)などど呼ぶな、マラ(苦い)と呼んでくれ。神様は私を苦しめうつろ(空っぽ)にしたのだ」と言うのだった。『もう空っぽではない』という説教題は、そのナオミの言葉から取った。ルツ記という物語は、そのようにして沢山のものを失って空っぽにされたナオミとルツとが、その後、まことに不思議な経緯で空っぽではなくなってゆく様を描いたものである。言わば人生の逆転劇が描かれていると言ってよいだろう。
 ナオミとルツの人生が空っぽではなくなってゆくその決定的なはじまりは、ルツが自身が異邦人出身の女性だということを何ら意に介さず、厚意を示してくれた人の畑で落ち穂拾いをすることを決心したことだった。そして、ルツに厚意を示して落ち穂拾いをさせてくれたのが、偶然にも彼女を妻として娶ることとなるボアズの畑だったのである。2章最後の23節には「ルツはこうして、大麦と・・・落ち穂を拾った」とある。期間としては4週間位ではないかと注解書にあった。2章にはボアズはナオミに声をかけ、いろいろと気にかけてやる様子が書かれている。この4週間の間に、二人の間には、お互いを憎からず思う感情が芽生えていったのであろう。

2.おそらく、そのようなことが3章での突然のナオミからルツへの驚くべき提案へとつながっているのである。ナオミはルツに、収穫が終わって酒を飲みいい気分で寝入っているボアズの床に添い寝に入るように命じたのである。内村鑑三は、その解説において、これは猥褻な行為ではないかとの非難があるだろうし、自分としても良家の子女にはここは積極的には読ませたくはないと書いている。ボアズがルツを憎からず思っているとナオミにはわかっており、ルツの将来を考えて、そこまで大胆なことをしてでもルツがボアズの妻になるのがよいと思ったからなのだと想像する。また、ベツレヘム中の女性たちがナオミとルツを祝福していた様子が書かれている。そこから、ナオミだけではなく村の多くの女性たちが、この大胆なふるまいを支持していたのではないかと想像する。そうでなければ、到底異邦人の女性がこんなふしだらと思えるような大胆なことはできかったであろうし、ナオミもそれをルツに勧めることはなかっただろうと思う。
 自分の床にはいってきたルツを見てボアズは驚いたが、しかしその思いを受け入れた。そして翌日早速、一計を案じた。それが4章に書かれている。ボアズは、町の門に立って村人に訴えたのである。イスラエルの古くからの慣習として、先祖代々の土地が人手に渡るのを防ぐために相続する者がいなくなった田畑を親戚が買い取るという制度があった。ちょうど通りかかった親戚が、エリメレクと二人の息子が相続すべき田畑を買い取ろうと申し出た。するとすかさずボアズは「畑地を買い取るときには、亡くなった息子の妻であるモアブの婦人ルツも引き取らねばならない(5節)」と言った。そして勿論、ルツだけではなくエリメレクの未亡人であるナオミも引き取ることになる。ボアズは「そこまではできない。親戚であるあなたがしてくれ」との返事を期待していたのであろう。期待通りの返事があり、そこで晴れて正々堂々とボアズはルツを妻として迎えることとなったのである。やがて二人の間には、オベドという子が生まれた。この子をナオミは養い育てたと16節にある。このオベドは、あのダビデの祖父である。こうしてかつて空っぽにされたナオミは、もう空っぽではなく、失った快さを取り戻してゆくこととなったのである。
 私たちの人生も、様々な意味で空っぽにされることが多い。新型コロナウイルス感染症への恐怖から、いずこの教会においても礼拝者数が激減している。礼拝そのものを休まざるを得なくなっている教会もあると聞く。そのために死亡した人はそれほど多くないと言われているが、私たち誰もが、いつなんどき重症化して入院を余儀なくされるかわからないのである。私たちもナオミやルツと同じ境遇に置かれることがある。しかしそのような私たちであっても「もう空っぽではない」と言える時がやってくるのだと、この御言葉は語りかけてくれているように感じる。

3.ポイントが3つのある。まず14節。ベツレヘムの女性たちのナオミへの言葉として「主をたたえよ。主はあなたを見捨てることなく、家を絶やさぬ責任のある人を今日与えてくださいました」がある。神様が与えて下さったと女性たちが言っている。以上のような経緯というのは、神様が与えて下さった奇跡であり不思議としか言いようのないことではあるが、しかしそれは棚からぼたもちのように、ただナオミとルツが黙って口を開けて待っていたところに与えられたというものではないと思うのである。そうではなく、ルツやナオミが数々の決断をし、そして恥も外聞もなく大胆な行為をはじめてゆくことにおいて神様が与えて下さったものではなかったか。その大胆な行為とは、まずは人様の厚意にすがって落ち穂拾いをさせてもらうことであり、またボアズの床に忍び込むというふるまいなのである。何よりもの始まりは落ち穂拾いであった。異邦人のルツにとって、そのようなことをするのは、本当に肩身の狭い辛いことだったはずである。また、人様が拾わないもの、捨てたものを拾うことなど、何になるのかとも思う。しかし、それをすることが神様が与えるものを拾うことになるのである。
 ルツがそのようなふるまいを4週間にもわたって懸命にしていた姿を見ていたからこそ、ボアズが彼女を気に入ることとなり、また、村中の女性たちがルツの味方になったのであろう。だから、大胆でふしだらと思われるような行為をルツにさせてはどうかとナオミに持ちかけたのではなかったかと思う。そのような伏線があったからこそ、4章に書かれているような経緯も生まれていったのである。こうしてボアズは、無理やりであったり感情に任せてのふるまいではなく、きちんとした慣習に則って正々堂々と村中の人々から認められ祝福される形でルツを妻として迎えられるようになっていったのである。『天は自ら助くる者を助く』という有名な格言を思い起こす。
 こうしたことから、私たちにも落ち穂拾いをするフィールドは必ずあるのだと改めて示されるのである。空っぽになり、困難な境遇に置かれようとも、落ち穂拾いのできる人生の領域はどこかにある。それはおそらく、普通の人々が見向きもしないような働きである。そのようなことをしても何になるかと思われるような行為なのである。しかしそれを誠実に忠実に果たしてゆくことが、神様が与えて下さる祝福をいただく器となってゆくのである。落ち穂拾いという些細な行為が、私たちの人生をしてうつろなものからそうでないものへと変えしめてゆくものとなる。

4.第2に、そのようにしてルツやナオミの行為を器として、そこに神様が盛って下さったものは、本当に不思議で奇跡としてしか言えないものであったと思う。それは到底人間には考えられないようなことである。当時敵対関係にあったモアブ人の女性とイスラエル人の、それも相当年の離れた老人と言ってもよい男性と未亡人とが結婚するなどということは、まったく考えられないことである。夫にも二人の息子にも先立たれたナオミが、孫を抱き、養い育てる快さ・幸いを得られるとは想像できない。それらはすべて、人間にはできない。神様だからこそできたことなである。
 神様がこうしたことをなさるためには、人間の側の行為が大事なのである。さらに言えば、私たちの側において、それまで持っていたものを失って「空っぽにされる」ということも不可欠なのである。ヨブは「主は与え、主は取りたもう」と言った。神様が与えたもうとき、私たちの側では取られ失うということが起きざるを得ない。だからこそ、異邦人の女性であるルツが、ボアズと結婚し、そこからダビデの祖父が生まれていったのである。決して越えることのできないような民族の壁を乗り越えられるようになったのである。
 私は、現在の新型コロナウイルス感染症ことも、そのようなことではないかと密かに感じている。私たちはいろいろなものを失い、空っぽにされるのだと思う。しかしそれがなければ神様が与えて下さることは起きないし、私たちがそれまでがっちりと持っている壁や隔てが壊されることも起きないのである。ロドニー・スターク『キリスト教とローマ帝国―小さなメシア運動が帝国に広がった理由―』という本の中で、苛酷な迫害を生き延びてキリスト教がローマ帝国内に広がっていったひとつの理由として、ペストを含む伝染病や様々な感染症の蔓延があったことが論証されている。そのような中で、数少ないクリスチャンたちは、病む者を看病し、死んだ者を丁寧に埋葬していったのである。そうすることで感染症に対する免疫が獲得され、生物学的にも生き残る確率を増やしていったのではないかとの仮説である。そのような中でクリスチャンでなければできないことをなしてゆき、乗り越えられないような壁を神様は乗り越えさせて下さったのである。それは私たちが何かを失い空っぽにされることを抜きにしてはできないのである。
 今回のことで私たちの教会に限らず諸教会は、人的にも経済的にも相当厳しい事態に直面するだろうと思う。しかしだからこそ、それまでどうしても乗り越えられなかった何らかの壁を越えて、ルツとボアズが結婚していったような驚くべきことが起きるのではなかろうか。

5.最後3つ目のポイントは、神様がナオミに快さ・幸いを取り戻させて下ったときに、そこで決定的に大事だったのは、人とのつながりであったということである。すべての起点はルツがナオミの嫁となったことだった。ベツレヘムの女性たちは、ナオミに「責任ある人(ボアズのこと)をお与えくださいました」と言い(14節)、また「その子はあなたの魂を生き返らせる者となり老後の支えとなるでしょう」と言い(15節)さらには「嫁がその子を産んだのですから」と言っている。すべては人を通して神様が与えてくださるのである。そしてその間柄というのは、ナオミからすれば血のつながりも何もない人々であった。ナオミにとっては、ボアズもルツもルツの産んだ子もそうである。そのような者たちがつながり合って、そこから生み出されるものが神様の与えて下さる不思議な奇跡を盛る器となってゆくのである。そのような人とのつながりということならば、どのような時にも私たちは持つことができるのではなかろうか。どれだけ空っぽにされた時にも、それらは失われないものではなかろうか。家族がだれもいない人であっても、この教会のつながりにおいて与えられるものではなかろうか。

聖書:新共同訳聖書「ルツ記 4章 9~17節」 04:09ボアズはそこで、長老とすべての民に言った。「あなたがたは、今日、わたしがエリメレクとキルヨンとマフロンの遺産をことごとくナオミの手から買い取ったことの証人になったのです。 04:10また、わたしはマフロンの妻であったモアブの婦人ルツも引き取って妻とします。故人の名をその嗣業の土地に再興するため、また故人の名が一族や郷里の門から絶えてしまわないためです。あなたがたは、今日、このことの証人になったのです。」 04:11門のところにいたすべての民と長老たちは言った。「そうです、わたしたちは証人です。あなたが家に迎え入れる婦人を、どうか、主がイスラエルの家を建てたラケルとレアの二人のようにしてくださるように。また、あなたがエフラタで富を増し、ベツレヘムで名をあげられるように。 04:12どうか、主がこの若い婦人によってあなたに子宝をお与えになり、タマルがユダのために産んだペレツの家のように、御家庭が恵まれるように。」 04:13ボアズはこうしてルツをめとったので、ルツはボアズの妻となり、ボアズは彼女のところに入った。主が身ごもらせたので、ルツは男の子を産んだ。 04:14女たちはナオミに言った。「主をたたえよ。主はあなたを見捨てることなく、家を絶やさぬ責任のある人を今日お与えくださいました。どうか、イスラエルでその子の名があげられますように。 04:15その子はあなたの魂を生き返らせる者となり、老後の支えとなるでしょう。あなたを愛する嫁、七人の息子にもまさるあの嫁がその子を産んだのですから。」 04:16ナオミはその乳飲み子をふところに抱き上げ、養い育てた。 04:17近所の婦人たちは、ナオミに子供が生まれたと言って、その子に名前を付け、その子をオベドと名付けた。オベドはエッサイの父、エッサイはダビデの父である。


2020/03/01 受難節第1主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「どうしたらよろしいのですか」 1.著者のルカは、自身による福音書の続編としてこの使徒言行録を書いた。ルカがなぜ続編を書こうと思い立ったのだろうか。次々と襲ってくる困難にもかかわず、イエス様を救い主すなわちキリストと信じる者の群れが続々と続いていったからである。
 聖霊降臨(ペンテコステ)の直後になされたペトロの説教の最後のところを読むと、最初の信徒の群れが直面していた問題が何であったかがよくわかる。そしてペトロは、その問題を聖霊降臨の出来事を通して乗り越え、その解決をその説教で人々に教え示したのだと思う。
 その問題とは、イエス様が同胞であったユダヤ人によって十字架につけられて殺されてしまったということである。なぜこのようなことが起こったのであろうか。またこれを引き起こした同胞に対してどう接してゆけばよかったのか。大事な師を殺した憎き敵として憎み復讐してゆくべきだったのか。ペトロが、そのような問題を乗り越えるべく示したことが、まとめられているのが、36節の言葉だと言ってよいと思う。
「あなたがたが十字架につけて殺したイエスを、神は主としまたメシアとなさった」とある。ペトロのこの言葉は、様々な意味に受け取ることができよう。私がまず感じるのは、何よりも神様がイエス様を主としメシアすなわち救い主とするためには同胞ユダヤ人によって十字架につけられ殺されることが不可欠だったのだという捉え方である。
 同じような問題、すなわち使徒たちがイスカリオテのユダによるイエス様の裏切りから生じた問題に直面したということがあった。よりにもよって、どうしてイエス様を裏切る者が、イエス様が直弟子として選んだ12人の中から出たのか。イエス様に人を見る目がなかったからではなかったか。イエス様の選びの力はそのように脆弱なものでしかなかったのか。これに対してペトロが語ったのは、それは神様のなした御心の中にあるということだった。ペトロは「イエス様に人を見る目がなかったからではなく、その選びの力が弱いからでもなく、神様の御心なのだ。イエス様を救い主とする神様の計画のためには、どうしても必要な役割だったのだ。ユダさえもそのような神様の御業の中に含まれているのだ」と語ったのである。
 同じことを、ユダヤ人同胞がイエス様を十字架につけて殺したことにも、ペトロは言及しているのだと思う。神様がイエス様を主とし、またメシアとして立てるためのには、どうしても必要なことだったのである。そう捉えることによって、「イエス様が十字架の上で殺されたのは、イエス様が何か悪いことをしたからだ」というような非難を退けることができる。ローマ帝国に対して、イエス様が何らかの犯罪を犯したから処刑されたのだとの訴えに対抗できる。ひいては同胞であるユダヤ人を憎み復讐心を燃やすことからも逃れることができるであろう。

2.ではなぜ神様がイエス様を主としメシアとして立てるために、ユダヤ人によって十字架につけられ殺されることが不可欠だったのか。そこにはいかなる神様の御心が込められていたのか。
 22節以下に述べられているペトロの説教では、まだはっきりとした十字架の意義のようなものは語られてはいない。ペトロが語ったのは「あなたがたが殺したイエス様を神様は復活させた」ということのみだった。ペトロは、いくつもの旧約聖書の御言葉を引用し、イエス様が死に支配されたままではいないことを論証した。そしてその証拠として復活が起こったのだと語ったのである。このペトロの説教では、復活させられたイエス様がなぜ十字架の上で殺されねばならなかったのかについては、明確には語られてはいない。著者ルカに、どのような意図があったかは定かではない。恐らく事実としても最初の信徒の群れは徐々に徐々に聖霊によって十字架の意義を教えられていったのではなかろうか。ペンテコステ直後の段階では、ペトロはにまだ、しっかりとそれを説教できるほどのものはできていなかったのであろう。しかしペトロは、ペンテコステの出来事によって、聖霊の教えるところにより、直感的に、神様がイエス様を救い主として立るためにはどうしても十字架の死が不可欠だったのだと悟ったのであろう。イエス様が悪いのでも、またユダヤ人が悪いのでも、神様の御業として、それは起きたのだということをペトロはまず悟ったのである。
 では、そもそもなぜユダヤ人がイエス様を十字架につけて殺してしまったのであろうか。それはもう様々な理由がある。ひとつの決定的な理由としては、イエス様が身をもって示したこと─その核心には、「幸いとは何か、救いとは何か」ということがあろう─を受け入れ難かったからである。ユダヤ人として長く信じてきたことをふまえると、とうてい受け入れ難かったのである。22節に「ナザレの人イエス様こそ、神から遣わされた方です。神は、イエスを通してあなたがたの間で行われた奇跡と不思議な業としるしによって、そのことをあなたがたに証明なさいました」とある。神様から遣わされたイエス様が、その奇跡や不思議な働きを通して示そうとしたのは、人間にとって何が幸いであり何が救いかということではなかったか。私はいつも、イエス様を医者にたとる。神様から遣わされた医師としてイエス様は、私たちがどのような病気にかかっており、あるいは、何が健やかさで何が癒されることなのかを示しているのである。
 もっとも象徴的なのは、イエス様が山上の説教の冒頭で語った「幸いなるかな」の教えではなかろうか。「幸いなるかな、貧しい者は」とイエス様はまるで人々が驚くようなことを語った。今、私たちは、新型コロナウイルスに恐怖している。そのような私たちの一体どこが幸いであろうか。ユダヤ人たちは、律法の行いにおいて富んでいる者、また経済的にも肉体的な意味でも豊かな者こそが幸いだと信じていた。私たちもそうなのである。しかしイエス様は、その幸い観というものをひっくり返した。なぜならそれは、貧しい者・苦しむ者・悲しむ者こそが、神様を幼子のように頼り、またお互いに頼りあうようになるからである。貧しい者の幸いとは、突き詰めれば幼子の幸いさである。自分自身は何一つ持たない。しかし幼子は、親や誰かを頼って幸いなのである。そのような幸いや健やかさをイエス様は身をもって教えたのである。イエス様を信じ頼ってその幸いや健やかさを手に入れなさいと教えたのである。
 このような幸い観を、ユダヤ人はどうしても受け入れられなかったのであろう。だからイエス様を十字架に追いやった。しかし神様はイエス様を復活させて永遠に生きたもう方とされた。それは、私たち人間がどれほどイエス様を、またそこにイエス様が身をもって示した幸い観を十字架の上で抹殺したとしても、それはできないのだとの神様の明確な御心なのである。そしてそれは、私たち人間の間違った幸い観に対する宣戦布告と言ってもよいし、私たちがどれだけイエス様という医師をはねのけたとしても、神様はイエス様を私たちへの救い主として派遣し続けるという堅い意志の現れなのである。

3.ペトロの説教を聞いた人々には、そのメッセージの核心にあることが伝わったのであろう。だからその応答は37節にあるように、「心を打たれ・・・『わたしたちはどうしたらよいのですか』」との問いとして現れてきたのである。それはまさに重い病気にかかっていることを告げられた患者が、命の危険を知り、何とかして救われたいとの切実さをもって、「病気を治していただくにはどうしたらよいでしょうか」との問いなのである。
 これに対してペトロは、まず「悔い改めなさい」と言った。その言葉は、ギリシャ語の原文では「メタノエオー」という言葉である。「悔い改める」と日本語に訳されてしまうと、それは反省とか後悔するとの意味に受け取られてしまう。しかし本来の意味は決してそのようなものではない。それは生き方そのものを180度転換して、これまでとは全く違った方向にむかって生き始めるようになるありさまなのである。死に至る重病であることを告げられた患者は、単に反省するとか後悔することによって病いから救われるのでは決してない。何が不可欠かと言えば、今新型コロナウイルスによって重い肺炎にかかっている人々がまさにそうであるように、医師による外からの助けや人工呼吸器といったものなのである。そのようなものがあってはじめて、これまでとは180度違った方向への生き方が始められるのである。自分の力だけでは生きてゆけない状況に陥ったが、そこに幸いにも外から助けがもたらされるのである。それにすがることができる。外からの助けにすがった生き方におのずと転換してゆけるのである。これこそがメタノエオーなのである。
 この生き方が、めいめい、イエス・キリストの名によって洗礼を受け、罪を赦していただくものとなる。洗礼を受けることについては、ローマの信徒への手紙の6章3節に「キリスト・イエスに結ばれるために洗礼を受けたわたしたち」とある。イエス様に結ばれることなのである。私は、受洗準備会をはじめるときには、必ずこの御言葉から始める。それはまさに、神様という医師によって私たちがイエス様という人工呼吸器に繋いでいただいた状況を表しているのである。私たちが繋がれたのは、何よりも十字架につけられたイエス様である。自分の持っている豊かさのみに生き頼ろうとしている私たちとは正反対に、十字架の上ですべてを失い、だからこそ神様に幼子のように頼った、十字架の上で「わが神、わが神、なにゆえわたしをお見捨てになったのですか」と子供のように嘆いたイエス様が、私たちがつなげていただく人工呼吸器なのである。救命救急具なのである。

4.そこにまた罪の赦しということがある。罪ということも、なかなか一般には理解されがたいことであろう。人々は、「キリスト教は罪、罪と人間を犯罪者のように扱うけれども、自分たちは何も悪いことはしていない」と言う。罪と訳された言葉は、ギリシャ語原文では「ハマルティア」という言葉で、もともとは「的を外す」という意味である。私たちが的を外して生きてしまっている様子を表している。それなのにそれを幸いだと思い込んでいるのである。
 私たちが本来向かうべき的とは、何であろうか。それは、幼子のように生きることであろう。神様は私たちを自分の姿に似せて創造したと創世記1章26~27節にある。その神様の姿とは何であろうか。それが2章に書かれている。創世記2章7節には「神は、土の塵で人を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった」とある。これこそが神様の姿であるといってよいのではなかろうか。だとすれば、私たちに刻まれているのも、このような神様と似たような働きをするのではなかろうか。それが私たちの本来向かうべき的である。勿論私たちは、神様と全く同じ働きはできない。しかし似た働きはできる。私たちのまわりには、放っておけばぼろぼろと崩れて土の塵に化してしまうよう人々が沢山いる。私たちの手でそのような人々をくるみ支えて、その人々が生きる者となれるように、私たちは命の息を吹き入れてあげることができる。それが私たちの本来向かうべき的なのではなかろうか。そのように生きるのが、私たちの幸いであり健やかさなのではなかろうか。
 しかし私たちは今、的を外して生きている。ただただ自分自身にばかり息を吹き入れている。自分で自分をくるもうとばかりしているの。それが聖書で言うところの罪であり病なのである。だから、十字架の上ですべてを与えて下さった姿の通り、命の息のすべてを私たちに吹き入れ尽くしてくださったイエス様を人工呼吸器として、私たちはつなげていただかなくてはならないのである。

聖書:新共同訳聖書「使徒言行録 2章 36~42節」 02:36だから、イスラエルの全家は、はっきり知らなくてはなりません。あなたがたが十字架につけて殺したイエスを、神は主とし、またメシアとなさったのです。」 02:37人々はこれを聞いて大いに心を打たれ、ペトロとほかの使徒たちに、「兄弟たち、わたしたちはどうしたらよいのですか」と言った。 02:38すると、ペトロは彼らに言った。「悔い改めなさい。めいめい、イエス・キリストの名によって洗礼を受け、罪を赦していただきなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けます。 02:39この約束は、あなたがたにも、あなたがたの子供にも、遠くにいるすべての人にも、つまり、わたしたちの神である主が招いてくださる者ならだれにでも、与えられているものなのです。」 02:40ペトロは、このほかにもいろいろ話をして、力強く証しをし、「邪悪なこの時代から救われなさい」と勧めていた。 02:41ペトロの言葉を受け入れた人々は洗礼を受け、その日に三千人ほどが仲間に加わった。 02:42彼らは、使徒の教え、相互の交わり、パンを裂くこと、祈ることに熱心であった。


2020/02/23 降誕節第9主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「わたしの平和を与える」 1.27節にイエス様の言葉「私は平和をあなたがたに残し私の平和を与える」が書かれている。ここで「平和」と訳されている原文のギリシャ語は「エイレーンエー」である。その言葉は、ヘブル語では「シャローム」という言葉である。私たちにとって、より身近なのは「平安」「安心」という言葉ではなかろうか。
 いつの時代にあっても、安心・平安ということほど、私たちにとって切実なものはない。これを求め願う切実さは、2000年前の時代と何ら変わってはいないと感じる。今まさに私たちは未知のウイルスによる感染の恐怖におののいている。これほど科学技術が進歩している時代にあっても、小さなウイルスによって私たちの安心は脅かされているのである。そのような私たちに、イエス様は「平和をあなたがたに残してゆく。私の平和を与える」と約束して下さる。14章6節の「私は道である」というイエス様の言葉を、私たちは「あなたがたがどんなに五里霧中と思われるような中に置かれても道がないなどということはないから安心しなさい」というメッセージとして受け取った。だからこの平安についてのイエス様の言葉も「このような状況にあっても、あなたがたに安心がないなどということはないのだから大丈夫なのだ」という約束として受け取ってよい。

2.しかしここでとても大事な点があると思う。それはイエス様が私たちに与えてくださる平和は「私の平和」だという点である。さらにイエス様は「私はこれを、世が与えるように与えるのではない」と続けている。イエス様が「与える」と約束して下さった平和は、あくまでイエス様自身が持っている平和なのであって、この世が私たちにもたらすものとは決定的に違うのだとイエス様は教えているのである。イエス様が約束して下さった平和は、私たちがこの世界において普通に求め願いまた与えられるものとは決定的に違う。そのことを知らなければ、私たちはイエス様が約束して下さった平和を見いだすことはできないであろう。「イエス様の約束は嘘ではなかったのか」と言うしかなくなる。
 そこでまず考えさせられるのは、世が与える平和とはどのようなものかということである。27節の最後で「心を騒がせるな・おびえるな」とイエス様は弟子たちに命じている。最後の晩餐における長い告別の言葉の最初でも(14章1節)、イエス様は「心を騒がせるな」と言っていた。それは文字通りの意味で「心を騒がしてはいけない」と言っているのではないと思う。イエス様に何か恐ろしいことが起ころうとしており、それによって自分たちにも危機が迫っていることがひしひしと感じられる状況下で、「心を騒がせない・恐れない」というのは不可能であろう。恐れるのが当たり前である。イエス様が言うのは、そのような状況にあってもなお私が道であることにおいてあなたがたには進んでゆける道があるのだということである。だから平安がありうるのだというのである。
 世が与える平安や私たちが常識的にこの世界で求め願う安心とは、全く不安や恐れがない状況を言っている。一片たりとも心配なことがない状況に置かれることを私たちは求めている。そうであるからこそ、ほんの少しでも心騒ぐことがあり不安がよぎると、たちまち私たちの平安は失われてしまう。しかし何の心配も恐れもない状態など果たして私たちにあるだろうか。昨年はあれほど沢山の台風が襲ってきた。今年に入った途端に、今度は未知のウイルスの襲来である。私たちには、こうして次々と不安や恐れをもたらすことが起きてくる。不安や恐れが全くない状況の中に平安を見いだそうとしていては、私たちは、決してそれを発見することはできない。
 さらに、世が与える平安ということで示唆を受けるのは、30節にある「世の支配者が来る」という言葉であろう。この言葉は、この世界では「支配」ということが深くかかわってことを象徴的に表しているように感じる。だとすれば、世が私たちに与える平安とは「世の支配者」によって「支配」ということとつながってもたらされるものではなかろうか。「支配」とは、「コントール」と言い換えてもよい。何年か前に、この国の首相が、原発後の状況は完全にコントロールできていると言って、今年のオリンピック誘致に成功した。ところがそのオリンピックの開催年に、小さなウイルスさえコントロールできていない状況が広がりつつある。果たしてオリンピック開催ができるのかと危ぶむ声さえある。AI技術がこれほど進歩した時代にあってさえも、小さな病原体がもたらす災いを、私たちはいかんともしがたいのである。
 つきつめれば、私たち人間が思いのままに支配しコントロールできる状況の中に見いだそうとする平安など、実はどこにもない。そのような平安など、どこにも見いだせないのに、私たちはそのような平安があると思い込んでいる。エレミヤ書の中に「彼らは『平和がないのに、平和・平和と言う」という言葉が何度か繰り返されている(6:14など)。エレミヤが生きていた今から2600年前の時代も、また今日も、あり得ない平安を捜し求めている私たちがいる。

3.以上のような「世が与える平安」と違って、イエス様の平安・イエス様が私たちに与えて下さる平安とはどのようなものなのか。イエス様は弟子たちと最後に取る食事を終えると、彼らに遺言を残した。弟子たちに「心を騒がせるな・おびえるな」と言っている。しかしイエス様自身に、全くそのようなものがなかったわけではない。ヨハネによる福音書には記されていないが、他の福音書には最後の晩餐が終わって逮捕される直前の、ゲッセマネでの祈りと言われる場面で「私は死ぬばかりに悲しい(マルコ14:34)」と心情を吐露している。「私の平和」とは、このような中にあってもなお持つことができるシャロームなのである。それは決して一切の恐れや不安がないところで成り立つ平安ではない。そうではなく、恐れや不安があってもそれと併存してありうるシャロームなのである。そのような平安を与えていただきたいと切実に思う。
 では、その源には何があるのか。それを教え示してくれるのが28節のイエス様の言葉だと思う。「『私は去ってゆくが、またあなたがたのところへ戻ってくる』と言ったのをあなたがたは聞いた。・・・父は私よりも偉大な方だからである」とある。そのときのイエス様にシャロームを与えているものとして、この言葉から示されるのはどういうことであろうか。それはまず何よりも、十字架の上で殺されるということが偉大な父なる神様のところへ行くことであり、喜ばしいことなのだとイエス様は捉えているということである。
 殺されるということ自体は、イエス様であっても死ぬばかりに悲しく辛い出来事に違いはなかった。それは先ほどの「支配」という言葉で言えば、イエス様が自分の人生についての支配を失いコントロールを喪失し、その反対に自分を殺そうとする者たちに支配されることである。しかしイエス様は、その歩みを偉大な父なる神様のみもとに行き、だからこそそれによって何か偉大なもの・大きなものを神様から与えられ、そしてそれをおみやげのようなものとして再び弟子たちのもとへ戻ってくる歩みとして捉えていたのである。
 確かにそのイエス様の歩みは、自分のコントロール下にはなかった。目に見えるありさまとしては殺す者・死に支配されていたのである。しかしそれでも、偉大な父なる神様の支配の下にある歩みだったのである。十字架を通して父のもとへ行き、再び戻ってくるという歩みを、この世の支配者はどうすることもできなかった(30節最後)。そこにシャロームがある。この歩みは善い歩みなのである。喜ばしいものなのである。最愛の弟子たちに偉大な神様からの善いものをもたらすためには、どうしても通らなくてはならない必要な歩みだったのである。そう受け止められることに、平安がある。

4.28節最後で、なぜわざわざイエス様は「父は私よりも偉大な方だから」と言ったのであろうか。実はこのイエス様の言葉は、いわくつきのもので、この言葉を根拠にしてイエス様を神様よりも一段低い存在として見なす神学が生まれてきた。「イエス様自身が神様は自分よりも偉大だと言っているではないか。イエス様は神よりも小さいのだ。等しくはないのだ。神ではないのだ」と主張する多くの人々の論拠となった。
 イエス様がわざわざここで神様を「偉大な方だ」と言ったのは、イエス様自身も含めて人間という存在の小ささ、特にこの世の中で肉体を持つ存在として時に病み時に苦しみ、そして最後には死ななければならない私たちの卑小さというものとの対照として言っておられたのだと思う。イエス様は、そして私たちも、この世での肉体があるがゆえの小さく、また苦しみの多い歩みを通って、偉大な神様のもとへと行くのである。この世での卑小な歩みのその小ささは、偉大な神様のもとで大きくされ豊かにされ広くされるというイメージを私は抱く。偉大な方のもとへ招かれることによって、この世での私たちの小ささや苦しみは花を咲かせ大きく結実するのである。私たちのこの世での苦しみや悲しみは決して無駄にはならない。花芽や球根が寒い冬を味わってこそ花を咲かせるように、私たちもこの世での苦しみを味わえばこそ、それが偉大な神様のみもとで大きく実をつけるのである。そしてその実を携えてイエス様は弟子たちのところに戻ってくるのである。イエス様は、この世での十字架の苦しみが、偉大な神様のみもとでは、とてもすばらしい実をつけたと戻ってきて教えて下さるのである。現在に至るまで十字架が私たちにおいてこれほど大きな働きをしているのは、それが偉大な神様のもとで大きく結実したからに他ならない。
 それがイエス様の平安なのである。私たちもこの平安をいただくことで、心を騒がせ、おびえざるを得ないような中でも進んでゆけるのではないだろうか。それは、私たちが状況を思い通りにコントロールできるものではない。むしろその逆で、肉体としての存在であるがゆえに、新型コロナウイルスにもかかり、様々な病気に犯されてこの世の様々な支配者に支配されるような歩みなのである。しかしその歩みは、偉大な神様のもとへ向かい、偉大な神様のもとで大きな実を実らせ、その実を携えて私たちもきっと何らかの形でこの世に残る人々のもとへ戻ってくる。そのような歩みなのである。私たちがこのような幸いな歩みをする者であることを、世の支配者はどうすることもできない。「彼は私をどうすることもできない」とは、何とすばらしい言葉であろうか。「私」とは、このような歩みをする私のことである。イエス様を先導者また同伴者として、イエス様が十字架の断崖絶壁を上りつつ、そこに打ち込んでくださったハーケンやカラビナを手懸かりにして、イエス様自身が私たちに結んで下さっているザイルを命綱にして、私たちもまた偉大な神様へと向かうのである。このような歩みをする私を、この世の支配者はどうすることもできないのである。神様とイエス様がしっかりとコントロールして下さっているのだから、私たちが今コントロールを失っていることなど何ら恐れるに足らないのである。ここに平安がある。「さあ立て。ここから出かけよう」との声に従って、私たちもこの状況を進んでゆくことができるのである。

聖書:新共同訳聖書「ヨハネによる福音書 14章 27~31節」 14:27わたしは、平和をあなたがたに残し、わたしの平和を与える。わたしはこれを、世が与えるように与えるのではない。心を騒がせるな。おびえるな。 14:28『わたしは去って行くが、また、あなたがたのところへ戻って来る』と言ったのをあなたがたは聞いた。わたしを愛しているなら、わたしが父のもとに行くのを喜んでくれるはずだ。父はわたしよりも偉大な方だからである。 14:29事が起こったときに、あなたがたが信じるようにと、今、その事の起こる前に話しておく。 14:30もはや、あなたがたと多くを語るまい。世の支配者が来るからである。だが、彼はわたしをどうすることもできない。 14:31わたしが父を愛し、父がお命じになったとおりに行っていることを、世は知るべきである。さあ、立て。ここから出かけよう。」


2020/02/16 降誕節第8主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「落穂ひろいをするルツ」 1.タイトルになっているルツという女性は、ナオミという女性のふたりの息子のうちのひとりの嫁だった。ナオミの夫は、1節にあるように、エリメレクと言う名だった。飢饉を避けるために、夫婦は、二人の息子を連れてイスラエルのベツレヘムから、当時イスラエル人と敵対的な関係にあったモアブ(死海の東南に広がる地域)に逃れていった。しかしそこで夫のエリメレクは死んでしまった。ナオミは、二人の息子たちの妻に、モアブ人から嫁を迎えた。しかし、その二人の息子にも先立たれてしまったのである。ナオミは、とうとうモアブでの生活が立ち行かなくなり、故郷へ帰ろうと決意した。その旅の途中で、ナオミは二人の嫁に実家に帰るように言った。一人は帰ったが、どうしてもツルだけはナオミを離れようとしなかった。ルツは言った。「あなたの亡くなる所で私も死に葬られたい(1章17節)」と。ナオミは、離れようとしないルツを伴ってベツレヘムに帰ってきた。「ナオミさんではありませんか」と驚くベツレヘムの人々に、ナオミは「どうして私をナオミ(快い)などと呼ぶのか。この町を出ていったときには満たされていた私を、神様はうつろ・空っぽにして帰らせた。私はナオミではなくマラ(苦い)だ」と言った。クリスチャン女性にナオミやルツという名前の女性はとても多い。しかし、子にナオミと名付けた親が、ナオミがこれほど激しい神様への恨み節とでも言うべき言葉を口にしたとわかれば驚くのではなかろうか。
 2章からの物語は、ひとことで言うなら、神様によって空っぽにされ、快さ・幸いを奪われてしまったと嘆くナオミ、そしてルツが、いかにしてその失ったものを回復してゆくか、わかりやすく言えばその人生の逆転劇が記された物語である。
 ナオミは、自分が神様によって空っぽにされたと嘆いた。しかし決して彼女は、ただ空っぽにされたのではなかった。実は、もう既に、空っぽにされただけではなく、思いがけず与えられていたものがあった。それは「あなたの亡くなるところで私も葬られたい」とまで言ってくれたルツという嫁とのきずなである。ナオミとルツの人生の逆転劇は、このルツから始まっていったのである。ルツがいなかったならば逆転が始まってゆかなかった。だとすれば、確かに、夫にも二人の息子にも先立たれたことは辛かったのだけれども、そのことによってこそ得たものがあったのである。その辛さがなければ、ナオミには、ルツとの絆が与えられることもなかったのである。ナオミは、そのことに気付いてはいなかった。  私たちもそうである。満たされていた私たちが、多くのものを奪われ、空っぽにされたとしか、私たちは言えないのである。私たちは、奪われたものだけを数えるのである。しかし実は、失ったからこそ、神様から与えられたものがある。それは、ナオミにとっては、もともとは血のつながりなど全くない嫁との関係であった。私たちにも、そのような間柄がある。血のつながりのあるなしなど、全く関係がないということがある。辛い境遇の中で与えられた絆というものは、私たちを支え、なくてはならないものとなってゆくのである。

2.このルツによって、どのようにこの二人が、快さ・幸いを回復していったのか。そのきっかけとなったのは、2節によれば、ルツが「畑に行ってみます。だれか厚意を示してくださる方の後ろで、落ち穂を拾わせてもらいます」と決意したことからだったのである。
 参考までに内村鑑三が、このルツについて以下のようなことを記している(文語文なのでわかりにくいかもしれない)。それは「天の恵みは座して待つべからず。希望は労働にのみ存す。悲嘆に沈みてただ不幸を嘆ずる者は神の教導にあずかるを得ず」と。なるほどと同感を抱く。2節最初にわざわざ「モアブの女ルツ」と書かれているように、当時敵対関係にあった民族から嫁に来た者になど落ち穂拾いをさせてくれる人が果たしていただろうかとだれもが思うだろう。事実9節には「若い者には邪魔をしないように命じておこう」とボアズが言ってた。だから、嫌がらせをする者もいたのであろう。そうしたことを考えると、よくもルツは決断して落ち穂拾いに行こうとしたと思うのである。それは自分のためでなかったからかもしれない。自分一人のためだったなら、そこまでのことはできなかったであろう。義理の母のナオミがいたからできたのであろう。そのようなことは、私たちにもある。
 ここで私がひとつ疑問として抱くのは─これについては内村も他の解説者も触れていないが─1節にわざわざ「ナオミの夫・・・といった」とあったことである。だとすれば、どうして最初からナオミは落ち穂拾いに行こうとする嫁に「有力な親戚のボアズの畑に行けばよい」と言わなかったのであろうか。いや、そもそも落ち穂拾いなどという惨めなことをさせないで、最初から有力な親戚のボアズを頼ったらよかったのではなかったか。なぜそうしなかったかは想像するしかない。さすがのナオミも肩身が狭かったのかもしれない。飢饉を避けてモアブに行き、落ちぶれて帰ってくると、すぐに有力な親戚を頼るというのは、余りにも虫がよすぎると思ったのかもしれない。しかし結果的には、ナオミもルツも最初から下心なく、ボアズを頼ることなど何一つ考えなかったことがわかる。3節にあるように「たまたまボアズの所有する畑地」に当たることになったのである。そしてそれを端緒にルツとボアズが結ばれることへとつながっていった。私たちの人生に「たまたま」などというものはないとよく言われる。すべては神様の計画であって、必然なのだと。しかしその神様の計画の現れというのは、「たまたま」という形を取るのかもしれない。私たちとしては、成り行きに任せ「たまたま」に任せるのがよいということかもしれない。

3.さて、そのようにして、有力な親戚であるボアズを頼りにしようとしなかったので、ルツは「だれか厚意を示してくださる方」を頼りにするしかなかったのである。私は、このだれかの厚意にすがるというありさまに、とても心を動かされる。何が私たちの人生を快い・幸いなものとして好転させてゆくのであろうか。何が、神様の下さる幸いを盛る器となってゆくのであろうか。それは他者の厚意に頼ることだと思う。他者の恵みにすがるということなのである。
 私たちは、そのような生き方を恥ずかしいとか情けないと思ってしまいがちである。プライドが許さないと思ってしまう。ルツは「畑に行ってみます」とまず言った。その畑とは、言うまでもなく自分の持っている畑ではなく、今まさに刈り入れをしていて異邦人のツルにも落ち穂拾いをさせてくれる厚意を示してくれた人の畑である。ルツやナオミには自分の畑はなかったのである。収穫をしようにも、畑はどこにもなかった。だから他者の畑に行き、そして厚意にすがって落ち穂拾いをさせてもらうしかなかったのである。この惨めさをツルは受け入たのである。すると、そこから人生は不思議にも好転してゆくのである。
 象徴的な意味で、私たちにはもう畑がないという状況がある。自分の畑とは、それぞれの人生における様々な能力や力のことである。自分の足ではもう立てないし、自分や家族が抱えている問題をもはや自分たちの「畑」では解決できないときがやってくる。もう自分には畑がなく枯れ果て、疲れきっているのである。それでもなお私たちは、だれの厚意にもすがらず、なお自分でことに当たろうとするのである。しかしそれでは神様からナオミ(快い)・幸いな状態を回復していただくことにはならないのではなかろうか。「だれかの厚意にすがりなさい」と神様は言う。2節に「厚意を示して下さる方の後ろで」とある。「後ろで」という言葉にも心引かれる。私たちが先に立つのではなく、神様は「厚意を示してくれる人の後ろで落ち穂を拾いなさい」と言うのである。自分には畑がないということを認めて、だれかの厚意にすがり、私が先頭であることから降りて、厚意を示し助けてくれる人の「後ろ」になってもよいのではなかろうか。

4.そして、落ち穂を拾うということにも本当に心を揺さぶられる。落ち穂拾いとは、収穫時において刈り取られることなく残されたり、落ちてしまったりしたものを収穫することを言う。だれもが落ち穂を拾うことがこの際一体何になるのかと考えてしまう。二人の大人の女性の生活を支えるのに、人様の畑で収穫されないで捨てられている落ち穂を拾うことなど何の役に立つかと普通なら考るだろう。しかしルツもナオミもそうはとらえなかったのである。
 そこに私は、本当に豊かな励ましと慰めをいただく。私たちにも、落ち穂拾いができる余地はどこにでもあるというメッセージを何よりもいただくのである。それはどこか。どんな畑なのか。それは普通の人が拾わずに捨ててしまうようなものが落ちている畑だということである。普通の人が拾わないようなものが落ちているとは一体どういうことなのか。それは、今日だれもがかかわりを持ちたくないと思うような、避けて通るような、そのようなものを拾っても無駄であり何の役にも立たないと思われるようなフィールドのことかもしれない。
 教会とは、まさにいつの時代でも落ち穂拾いができる場所になってきたとしみじみ思う。イエス様を信じる信仰生活こそ、もしかすれば落ち穂拾いそのものかもしれないと思うのである。多くの人が見向きもしないイエス様を、私たちは拾う者である。そのような者たちが集まって、教会の中にいつのまにか沢山の落ち穂が落とされる。一人の落とすものは小さくとも、これだけ沢山の人が集まって落とせば、それは豊かな落ち穂となる。レビ記の19章9節に「穀物を収穫するときには、畑の隅まで刈り尽くしてはならない。収穫後の落ち穂を拾い集めてはならない」とある。現在社会には、落ち穂を拾うことのできるフィールドが本当に必要なのだと思う。教会が具体的に、そのような場所になれたらいいと思う。

聖書:新共同訳聖書「ルツ記 2章 1~3節」 02:01ナオミの夫エリメレクの一族には一人の有力な親戚がいて、その名をボアズといった。 02:02モアブの女ルツがナオミに、「畑に行ってみます。だれか厚意を示してくださる方の後ろで、落ち穂を拾わせてもらいます」と言うと、ナオミは、「わたしの娘よ、行っておいで」と言った。 02:03ルツは出かけて行き、刈り入れをする農夫たちの後について畑で落ち穂を拾ったが、そこはたまたまエリメレクの一族のボアズが所有する畑地であった。


2020/02/09 降誕節第7主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「ユダの後継者を選ぶ」 1.この使徒言行録を書いたのは、「ルカによる福音書」の著者のルカである。ルカは、福音書の続編としてこの使徒言行録を記した。彼は、なぜ続編を書こうとしたのか。それは、イエス様をキリストと信じる信徒の群れが続いていったからである。もしかしたならば、信徒の群れがもう続き得ないような、途絶えてしまっても当然のような危機が幾つもあったのに・・・なのであった。最初の危機は、言うまでもなくイエス様が十字架の上で殺されてしまったことである。しかしそれを乗り越えて、イエス様をキリストとして信じる群れが続いていった。その理由を記したのが、福音書だと言ってもよい。
 第二の危機は、9節から10節にあるように、イエス様が天に昇ってゆかれ、弟子たちの目には見えなくなってしまったことである。これまでずっとそばにいて、いろいろなことを教え諭して下さり励まして下さったイエス様がいなくなってしまった。もしかしたならば、その時点でイエス様を頼りとする者たちの集まりは途絶えてしまって当然だったはずである。しかしそうはならなかった。それがなぜだったのかを、福音書の続編としてルカが記したのが、この使徒言行録だったのである。
 この点を学ぶことは、私たちにとってもまことに有益である。これからの大変な時代を現在の教会が、どのようにして続かせてゆけるかを教えてくれる。そしてただ教会の存続だけではなく、私たち信徒ひとり一人の歩みが、どのようにすれば続かせてゆけるのかも学べるのである。また信仰生活の続行だけではなく、人生そのものの粘り強い存続の秘訣をも教えてくれるのではなかろうか。

2.イエス様が天に昇られた後の決定的な危機を、弟子たちはどうやって乗り越えていったか。12節には、彼らは「『オリーブ畑』と呼ばれる山からエルサレムに戻って来た。この山はエルサレムに近く安息日にも歩くことが許される距離にあった」とある。この日は安息日だったということがわかる。そして弟子たちは「泊まっていた家の上の部屋に上がり」とある。おそらくこの家は最後の晩餐を守った家なのだろうと思う。その部屋で、イスカリオテのユダが抜けた後の11人が中心になり、女性たちやイエス様の兄弟たちも一緒になって「心を合わせて熱心に祈っていた」とある。つまり弟子たちは、他の信徒たちと共に安息日の礼拝をささげ祈っていたということなのである。
 私はまずここにこそ、信徒の群れがイエス様をそれまでのようには見られなくなったという危機を乗り越えていった何よりもの原動力があるように感じる。思い起こすイエス様の言葉として、マタイによる福音書の18章20節に「二人または三人が私の名によって集まるところには、私もその中にいるのである」とある。これは、もしかすればイエス様自身が言った言葉というよりは、イエス様が天に昇ってゆき、姿がそれまでのようには見えなくなった後、わずか二人でも三人でも集まって礼拝をささげ祈る中で、不思議にもイエス様が共にいて下さるのだとの弟子たちの体験が元にあるものなのかもしれない。そのような弟子たちの実体験が、イエス様の言葉として記されたものかもしれない。
 私が想像するのは、もしも復活したイエス様が、いつまでも弟子たちと不思議な形で一緒に居続けたなら、どのようになっていたかということである。復活したイエス様が、マグダラのマリアに、「私にすがりつくのはよしなさい。まだ父のもとへ上っていないのだから」と言った場面がヨハネによる福音書の20章17節にある。もしも復活したイエス様が、いつまでも弟子たちのそばにいて、すべてのことについて直接に教えたならば、それは弟子たちがイエス様にいつまでもすがりつくということになったのではなかろうか。復活したイエス様が、いつどのような形で弟子たちや私たちに現れて下さるのかは、全くイエス様任せで、私たちにはどうしようもできないことである。イエス様にしがみつくということは、そうなってしまうということなのである。だからイエス様は、「私にしがみつくのはやめなさい」とマグダラのマリアに言ったのではなかろうか。弟子たちや私たちが、イエス様にすがりつかない為にこそイエス様は天に昇り、あえて目には見えない状況を作ったのではなかろうか。そのために、弟子たちは集まって祈るしかないように強いられた。だからこそ彼らは、わずか二人でも三人でも集まって礼拝をささげ、祈りさえすれば、そこに不思議にもイエス様が一緒にいて下さると体験できた。わずか二人でも三人でも共にいればというのは、本当に大きなことである。立派な礼拝堂などなくともよいのである。粗末な家に、いや野外であったとしても、あるいは病院であろうと強制収容所のようなところであろうと、どこにでも、私たちは本当に最小限の人数でイエス様が私たちと共にいて下さる機会を私たちの側で設けることができるようになったのである。それが、どれほど私たちの力になることであろうか。
 私たちはこうして、何の気なしに集まり、礼拝をささげ祈っている。しかし、それが私たちにもたらして下さる力や恵みがどれだけのものかに、普段は気づかずにいる。私たちが集まり、礼拝を捧げ、祈り、讃美をするということは、私たちにどれほど大きな力や恵みを下さることか。礼拝のために集まり祈ることが、私たちをしていろいろな難儀を乗り越えさせ、レジリエンスを発揮させてくれるのである。その人数は、たった二人であってもなのである。

3.さて、弟子たちや最初の信徒の群れが直面した第二の大きな危機は、15節以下で記されているように、12弟子の一人であったイスカリオテのユダに関する出来事である。それが弟子たちにとってどれほどの危機であったか、想像してみればよくわかることである。イエス様が直々に選んだ側近中の側近の12人の者の中から、よりにもよってイエス様をお金で売り渡してしまうような人間が現れたのである。それは彼を12人の弟子の一人に選んだイエス様の見る目を疑わせる。イエス様が人を選ぶその力の弱さのようなものも感じさせる。そして何よりもユダの最後の余りにもむごたらしい姿、それは自殺だと言われているが、イエス様によって12弟子の1人に選ばれたにもかかわらず、結局はそのようなむごい最後を迎えてしまうということは、弟子たちにとって、また私たちにとっては決してひとごとではないのである。ペトロとてイエス様を3度も否定した。私たちも文字通りではないにせよ、どこかでイエス様を裏切り、お金で売り渡してしまうに等しいことをするのではなかろか。だれでも、弱いところを持っている。そのような私たちが、イエス様とかかわりをもって生きる結果は、このような悲惨な最期を迎えさせるものなのであろうか。19節に「このことはエルサレムに住むすべての人に知れ渡」ったと記されている。イエス様とかかわることは、そのような悲惨な最後を迎えさせることにもなるのだと人々に知れわたってしまったのである。
 この危機を乗り越えてゆく原動力になったのは何だったか。それは礼拝で集まり祈っていた120人ほどの者たちの中からペトロが立ち上がり、説教をしたことだったのである。これまで私は、生まれたばかりの教会において、はじめてなされた説教は、2章14節以下のペトロのそれだとばかり思っていた。しかし、実際はそうではなかったのだと今回はじめて知った。イスカリオテのユダの出来事をどう乗り越えてゆくか、それを牧会者として実に慰め深く聖書に基づいて教え諭したのがペトロの説教なのであった。改めて説教の持つ意義について感じさせられた。
 ペトロが、ユダの出来事について何よりも教えているのはどのようなことであったか。16節の最後に「この聖書の言葉は実現しなければならなかったのです」とある。「しなければならなかった」と訳されているギリシャ語の原文には「デイ」という言葉が使われている。これは「神的デイ」と呼ばれる特別な言葉で、神様の御心・計画として必然的に成就する事柄を表現すときによく使われる。イエス様が受難を予告したときにも、このデイが使われた。そしてこのユダの裏切りについてもこのデイが使われたのである。確かにユダは、イエス様をお金で売り渡した。しかしそれさえも、また神様の御心・計画の中で必然的に起こったことなのである。イエス様自身が、受難をそうとらえていたのである。その中にユダのことも入っていた。だから、イエス様がユダを選んだのは決して間違いではなく、イエス様に人を見る目がなかったことを意味しているわけでもないのである。イエス様の選びの弱さを現してもいないのである。むしろそれは、イエス様の選びの大きさであり、強さの現れだったのである。自分を裏切る者さえも選んだのである。イエス様の選びは、ユダの裏切りを越えてはるかに大きいのである。神様の御心とはそういうものなのである。

4.ペトロは驚くべき言葉を語っている。「ユダは私たちの仲間の一人であり、同じ任務を割り当てられていた(17節)」と。ユダは12人の弟子の1人として選ばれ、ヨハネによる福音書には、ユダは会計係のようなことまでしていたと書かれている。ペトロにとってユダは仲間であり、任務を割り当てられていたことをペトロは語っている。しかし私は、そのような良い意味での働きをはるかに越えて、その裏切りさえもユダが果たすべき任務ではなかったのかと、そのような意味で、なくてはならない仲間のひとりではなかったのかとさえ思うのである。ペトロもまたそのような者であった。イエス様を3度も否認する役割が、ペトロには与えられていたのである。それと同様に、12弟子の1人としてイエス様に選ばれながら、それでもなおイエス様を裏切ってしまう役割を果たす任務を、ユダは与えられていたのである。それは、ペトロが3度の否認を通してこそイエス様の愛を証しできたように、ユダもその裏切りを通してイエス様の選びの大きさ・強さを照らし出すからなのである。
 ユダは永遠に呪われているとよく言われる。しかし私は決してそうは受け取らない。ユダもまた神様のデイの中に、またイエス様の選びの大きさ・強さの中に置かれているとすれば、どうして彼が永遠に呪われるようなことがあろうか。神様のデイとイエス様の選びの愛は、ユダの裏切りなどを越えてはるかに大きく強いのである。
 こうしてペトロの説教に励まされて、弟子たちをはじめとした信徒の群れは、ユダの後継者をイエス様の復活の証人となるべくくじ引きで選んでいった。ユダのようなものが決して信徒の群れから出てこないようにと考えるのであれば、むしろ彼の後継者は選ばずに12番目はネガティブな意味での「永久欠番」にした方がよかったのではなかったかとも考えられる。ユダの後継者など決して選ばないことを通して、教会が二度とそうしたことを起こさない決意の現れとした方がよかったのではなかったか。
 しかし最初の教会はそうはしなかった。ユダの後継者を選んでいったのである。それもイエス様の復活を見た者たちの中から、極めて安直な形のくじ引きという手段で後継者を選んだのである。もっとふさわしい選び方をすべきではなかったか。ユダのような者とは対極にある者を慎重にも慎重を期して選ぶべきではなかったか。しかしそうはしなかった。そもそもそのような者を選ぶことなど、できなかったのである。弟子たちの意図としては勿論、そのような思いはなかったであろうが、ユダの後継者がくじ引きで選ばれるということは、象徴的には教会の中には常にユダのような者が出てくるということを現そうとしてたのである。私たちの中にも、つねにユダのようなものが現れるのである。ユダが現れない教会はないのである。しかし教会は、そのようにして礼拝をささげ、祈り、説教を聞くことによって、それを乗り越え、またユダの欠けを補ってゆける共同体なのである。

聖書:新共同訳聖書「使徒言行録 1章 12~26節」 01:12使徒たちは、「オリーブ畑」と呼ばれる山からエルサレムに戻って来た。この山はエルサレムに近く、安息日にも歩くことが許される距離の所にある。 01:13彼らは都に入ると、泊まっていた家の上の部屋に上がった。それは、ペトロ、ヨハネ、ヤコブ、アンデレ、フィリポ、トマス、バルトロマイ、マタイ、アルファイの子ヤコブ、熱心党のシモン、ヤコブの子ユダであった。 01:14彼らは皆、婦人たちやイエスの母マリア、またイエスの兄弟たちと心を合わせて熱心に祈っていた。 01:15そのころ、ペトロは兄弟たちの中に立って言った。百二十人ほどの人々が一つになっていた。 01:16「兄弟たち、イエスを捕らえた者たちの手引きをしたあのユダについては、聖霊がダビデの口を通して預言しています。この聖書の言葉は、実現しなければならなかったのです。 01:17ユダはわたしたちの仲間の一人であり、同じ任務を割り当てられていました。 01:18ところで、このユダは不正を働いて得た報酬で土地を買ったのですが、その地面にまっさかさまに落ちて、体が真ん中から裂け、はらわたがみな出てしまいました。 01:19このことはエルサレムに住むすべての人に知れ渡り、その土地は彼らの言葉で『アケルダマ』、つまり、『血の土地』と呼ばれるようになりました。 01:20詩編にはこう書いてあります。『その住まいは荒れ果てよ、そこに住む者はいなくなれ。』また、『その務めは、ほかの人が引き受けるがよい。』 01:21-22 そこで、主イエスがわたしたちと共に生活されていた間、つまり、ヨハネの洗礼のときから始まって、わたしたちを離れて天に上げられた日まで、いつも一緒にいた者の中からだれか一人が、わたしたちに加わって、主の復活の証人になるべきです。」 01:22 01:23そこで人々は、バルサバと呼ばれ、ユストともいうヨセフと、マティアの二人を立てて、 01:24次のように祈った。「すべての人の心をご存じである主よ、この二人のうちのどちらをお選びになったかを、お示しください。 01:25ユダが自分の行くべき所に行くために離れてしまった、使徒としてのこの任務を継がせるためです。」 01:26二人のことでくじを引くと、マティアに当たったので、この人が十一人の使徒の仲間に加えられることになった。


2020/02/02 降誕節第6主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「我生きるが故に汝らも生きん」 1.イエス様は「心を騒がせるな(14章1節)」と言っている。弟子たちは、間もなくイエス様の身に何か恐ろしいことが起こるだろうことを直感的に感じていた。心を騒がせざるを得ない状況にあった。また、この福音書が書かれた西暦100年頃、ヨハネが関係していた教会の信徒たちも心を騒がせるしかない状況に置かれていた。それは、以後200年にわたって続く、苛酷なローマ帝国による迫害の、ひたひたと迫ってくる足音が聞こえていたことである。今日の私たちにとっても、一人ひとりに、心を騒がせる状況がある。今隣の中国では、新型肺炎によって数百を越える人々がなくなっている。恐らくこの日本にも、いずれ何らかの影響がでるであろうことは想像に難くない。いつの時代社会でも、私たちには、心騒がす状況がある。
 さて、そのような弟子たちや私たちに対して、イエス様は「あなたがたには道がないということはない」と語りかけて下った。イエス様が約束して下さったのは、「私は父にお願いして別の弁護者を遣わしていただく。それは真理の霊である」ということだった。わざわざイエス様が「別の」と言ったのは、これまでは生身の体をもって弟子たちと共におられたイエス様が「弁護者」だったからである。しかしイエス様は、十字架の上で死んで復活して、天に帰っていかれた。目に見える存在としては、もう弟子たちや私たちの弁護者たり得ない。だから、「別の」真理の霊であるところの弁護者を送ってくださるというのである。
 弁護者とは、ギリシャ語の原文では「パラクレートス」という言葉である。バークレーの注解には、次のようが解説がある。「パラクレートスは、法廷で誰かのために証言するために招き入れられた人である。重い刑罰が予想される場合、その人の言い分を弁護するために招き入れられた弁護人である。すなわち、困難な状況のもとで忠告をなすべく、招き入れられた専門家である」とのことである。イエス様がまず、何よりも語っていたのは、弟子たちや私たちが何らかの意味における裁判の場に引きずり出されるであろうということである。その法廷において、有罪なり、何らかの裁きを下されてしまうということである。だから、私たちには、私たちを訴えて有罪の裁きを下そうとする相手から私たちを守り、弁護し戦ってくれる弁護士が不可欠なのである。弁護するためには、専門の法律知識や法廷戦術や膨大な過去の判例に熟知している専門家が不可欠である。それが真理の霊だとイエス様は言うのである。

2.今、私たちは、自分自身がそのような裁判の場に引きずり出されていると感じることができるであろうか。自分にはそのようなことは一切無関係だと思うであろうか。弟子たちやこの福音書の読者であった西暦100年頃の信徒たちにとっては、自分たちがイエス様と同じような裁判に場に立たされたり、ローマ皇帝によって訴えられたりするかも知れないという場面は、切実なものであったに違いないと思う。では、私たちにとってはどうであろうか。幸いにも、私たちは実際には、そのような場に立たされることはない。しかし私が感じるのは、もっと突き詰めて根源的なところで、私たちが訴えられ裁かれる場面というものがあるのではないかということなのである。
 そのような状況を描く言葉として私が感じるのが、18節でイエス様が口にした「私はあなたがたをみなしごにはしない」という言葉である。みなしごという言葉は、私としては、様々な理由で実の親からの養育を受けられなくなった子どもたちを表現する言葉としては、あまり適切ではないような感覚を抱く。それはともかくとして、そういう子どもたちにとって最も欠けているもの・与えられなかったものとは何だったのか。いろいろなことがあげられるであろうと思う。赤ちゃんという存在には、本当に手がかかるのである。それなのに、子どもたちから具体的に何かが報いとして返ってくるということは、まずない。しかし、それでも親は一方的に愛情を注ぐのである。それは無条件の愛である。子どものほうからこれこれのことを返してくれるからという条件の下に、子どもに愛を注ぐのではない。
 みなしごという状態の子どもに一番欠けているのは、この無条件の愛情なのだと思う。また「私が生きるので、あなたがも生きる」というイエス様の言葉の核心にあるものも、実はこの無条件ということではなかろうか。私たちが生きるのは、他の一切の条件ではなく、ただイエス様が生きておられる、イエス様が私たちを無条件に愛し、生かして下さっているからである。最近、久しぶりにシンガーソングライターの中島みゆきさんの歌を聞く機会があった。私の大好きな歌のひとつに「誕生」という歌がある。その歌詞には「リメンバー生まれた時 だれでも言われたはず 耳をすまして 思い出して 最初に聞いたウエルカム」というサビの部分がある。赤ん坊が生まれたときに親から常に聞かされたのは、無条件のウエルカムである。私たちが生まれたときに無条件のウエルカムの中に包まれて育まれるということは、私たち人間にとって、このことこそが根源的な生きるための絶対的な糧であることを意味しているのだと思う。私たちは誕生後の何年間かにわたって蓄えたこの無条件のウエルカムを糧として、その後の何十年かを生きてゆくのではなかろうか。しかし、みなしごと呼ばれる子どもには、この最初の数年かが欠けている。無条件のウエルカムを蓄える期間がないのである。

3.親があって幸いにも無条件のウエルカムを蓄えることができたとしても、この蓄えはこの世の歩みの中で徐々に費やされてゆくのである。成長した私たちが生きる場であるこの世には、赤ん坊のときに与えられたような無条件のウエルカムをくれるところなどないのではなかろうか。たとえ夫婦であっても、そうではないように思える。この世は、徹底的に私たちが生きるということに多くの条件を科し、それをクリアーできる者だけを生かそうとするのである。そして、私たちは最後には、科される条件を絶対にクリアーできない状態の中に置かれるのである。
 昨年度の優れたドキュメンタリーとして賞を受けた「ぼけますがよろしく」というタイトルの映画を観た。かつては気丈で働き者だった母親が認知症で苦しむ姿を、テレビ関係者の娘さんが克明に撮影した番組であった。認知症になった自分が、彼女の母親自身が一番つらいのである。だから、時には「包丁をもってきて殺してくれ、私なんかいない方がいいんだろう」と叫んでしまう。実は、そのような自分に一番条件を科してしまうのは、他でもない自分自身なのである。こうでなければならない・こうありたいという自分が、自分に条件を科す。そして、その条件を満たせなくなった自分を法廷に引きずり出して裁き、死刑を宣告するのである。伴侶でもなく子どもでもなく社会でもなく、おのれ自身こそが自分を裁くのである。だから、この裁く自分という敵から私たちを守り、私たちを弁護し、生きていてよいのだというウエルカムを、しっかりと届けてくれる弁護者がなくてはならないのである。
 私の妻の父が特別養護老人ホームにお世話になっていたとき、私はよく玄関ロビーで妻を待っていた。ある日の返り際、私の隣にちょこんと座ってきて話しかけてきた高齢の婦人を忘れることができない。もう80歳をとうに越えているであろうその婦人は、私に向かって「私のお母ちゃんはどこ? お母ちゃんに会いたい」と何度も言った。それこそ生まれたときに聞いた無条件のウエルカムをもう一度聞きたい、との叫びなのである。多くのものを失ってしまい、自分で自分を「生きる資格なし」と裁いてしまう私たちなのである。しかし、もう一度赤ん坊に戻って無条件のウエルカムを聞くことも不可能である。だからこそ、真理の霊である弁護者から「あなたは無条件に生きていてよいのだ」と弁護されることが不可欠となるのである。

4.この弁護者が私たちにもたらしてくれるものは、何なのであろうか。イエス様は、19節の言葉をもって教えて下さる。「私が生きるので、あなたがたも生きることになる」と。ここでは、「私が生きる」ということが、ただ「イエス様が生きる」ことによる。私たちが生きることには、何の条件も付けられてはいない。唯一の条件は、イエス様が生きておられるということのみである。私たちの側には、何らの条件も必要とはされていない。私たちが何かができるとか、この世的にプラスと判断されるような有用なものを作りだせるとかは、一切必要ではない。そうではなく、イエス様が生きておられるからこそ、私たちは他のどんな理由もなく、生きていてよいのである。イエス様が生きておられることが、私たちがいつまでも聞き蓄えることのできるウエルカムなのである。
 私たちは、自分自身で「あなたがたが生きることになる」の前段に、様々なことを条件として置いてしまう。「私は、これこれのことができるので」「私は、これこれのような存在なので」ということを置く。健康で、未だまだいろんなことができ、自分の足で立つことも歩くこともでき、人様に迷惑をかけない。この世にとって未だまだ役に立つ存在だ。だから「私は生きることになる」、生きていてよい、となる。私たちが生きることは条件付けられている。しかし、いつかはそうではない私になる日が来るのである。この世的には、いかなる点でも生きていてよいとは見なされ得ない存在になる。そうなったとき、一体だれが「あなたは生きていてよい」と語りかけてくれるであろうか。私にウエルカムを聞かせてくれるであろうか。もう親はいないのである。
 それがイエス様と神様が送って下さる真理の霊たる弁護者なのである。イエス様はわざわざ、それは「別の弁護者」だと言う。イエス様は「残念ながら、この世で生きている体をもった生身の自分ではだめなのだ」と言う。それは、なぜなのか。私は、「おまえなど生きる価値はない」と裁かれる私たちを弁護するためには、弁護者自身がその辛い裁判を体験した者でなければならないのだと思う。弁護者自身がそれをくぐり抜け、その裁判に勝ったという経験が、何よりもの力なのである。十字架とは「お前のような者は生きていても何の意味もない」との裁きではなかろうか。そのようなイエス様に、「私が生きるのであなたも生きる」と言って、その言葉通り復活させて下さったのは神様であった。イエス様自身が十字架と復活の出来事を通して、この神様の無条件の愛情というものを体験されたのではなかったか。そのイエス様が神様に願って、送って下さる弁護者が真理の霊なのである。
 霊とは、もともとの意味は「風」である。「風は思いのままに吹く」と、この福音書の3章8節で、イエス様は言っている。どのような壁やついたてを置いても、風を防ぐことはできない。私たちが生きることについての真理ではなく偽りが、私たちを壁のように取り囲み覆っているのである。「これこれの者でなければ生きるに値しない」「あなたがこうだからあなたは生きることができる」というような偽りが、私たちを覆っているのである。だから、真理の風がその壁を越えて、私たちに届かなければならない。その真理の霊たる弁護者が私たちに教えてくれる真理は、私たちが生きるのは無条件だということである。神様とイエス様が無条件に私たちが生きるのを望み、喜んで下さるという真理である。親は、たとえどんな子どもであっても生きていてほしいと願う。ましてや、神様とイエス様はそうなのである。私たちが生きるということは、ただひたすら神様とイエス様の愛によっているのである。

聖書:新共同訳聖書「ヨハネによる福音書 14章 15~19節」 14:15「あなたがたは、わたしを愛しているならば、わたしの掟を守る。 14:16わたしは父にお願いしよう。父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる。 14:17この方は、真理の霊である。世は、この霊を見ようとも知ろうともしないので、受け入れることができない。しかし、あなたがたはこの霊を知っている。この霊があなたがたと共におり、これからも、あなたがたの内にいるからである。 14:18わたしは、あなたがたをみなしごにはしておかない。あなたがたのところに戻って来る。 14:19しばらくすると、世はもうわたしを見なくなるが、あなたがたはわたしを見る。わたしが生きているので、あなたがたも生きることになる。


2020/01/26 降誕節第5主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「残されたナオミとルツ」 1.ナオミさんとルツさんは、クリスチャンの女性の名前に少なくない。それほどこのルツ記は、昔から多くの人々の心をとらえてきた書物である。一体、このルツ記のどのようなところが、人々の心をとらえるのであろうか。
 どこまでも姑のナオミについて行こうとしたルツの姿かもしれない。自分の娘に「ルツコ」という名をつけた榎本保郎牧師は、その著書「旧約聖書一日一章」の中で、ルツについてではなくナオミのことを書いている。ナオミは、夫と二人の息子に先立たれ、生活が立ち行かなくなっていた。故郷に錦を飾るどころか全く正反対の姿で故郷のベツレヘムに帰ってきた。出迎えた人々に向かってナオミは「私をナオミ(快い)などと呼ばないで下さい。マラ(苦い)と呼んで下さい」と言った。そのことについて榎本牧師は「彼女の生涯は本当にマラの生涯だったのであろうか。・・・私たちはその人生途上で『わが名をマラと呼べ』と叫びたくなるようなときがある。・・・私の人生もあなたの人生も今はマラの様相を呈しているかもしれない。しかし神は愛なのである。そのゆえにあなたの人生も私の人生もナオミの人生なのである。そのことに気づくにまさる恵みはない」と言っている。
 ルツ記と題されているが、むしろこの書の本当の主人公はナオミなのである。ナオミの姿が何よりも語りかけているメッセージは、上記の榎本牧師の言葉に尽きるかもしれない。苦いことを多く体験せざるを得ない私たちの人生だが、しかしそこでこそ味わえるナオミ(快さ・幸い)があるのではなかろうか。こうしたメッセージに多くの人々が励まされてきたのかもしれない。

2.さて、ナオミの姿から私が何よりも心を動かされたのは、1章1節の最後、「移り住んだ」という言葉に象徴的に現されている点である。1節には「士師が世を治めていたころ、飢饉が国を襲ったので、ある人が妻と二人の息子を連れて、ユダのベツレヘムからモアブの地に移り住んだ」とある。主語はナオミの夫のエリメレクだが、当然移り住むことをよしとしたのは妻のナオミでもあった。夫なき後は、二人の息子にモアブ人から妻を迎えるのをよしとしたのはナオミであった。二人の息子に先立たれ故郷に帰ろうと決断したのもまたナオミであった。「移り住む」という言葉が象徴的に現しているのは、現状の枠や困難を乗り越えて新たな環境へと大胆に進んでゆこうとする果敢なナオミの姿である。
 1章1節に、士師が世を治めていた頃とある。この時代のイスラエル人は、モアブの人々とは、それほど良い関係ではなかった。士師記の3章には、モアブの王エグロンは、アンモン人とアマレク人を巻き込んでイスラエル人を苦しめ、18年間、イスラエル人はエグロンに支配されたとある。このような間柄にあったモアブ人の地に、一家は飢饉を避けるという名目ではあったけれども移り住み、夫亡き後二人の息子にモアブ人の妻を娶ったのである。このことについて、私の手元にある数少ないルツ記の解説書の中に以下のような記述がある。「イスラエル人はカナンの地を相続地とする作業の最中でしたのに、ききんになるとさっさとモアブの地に移住しています。神様の心を全く考えていません。自分の都合だけで生活しているのです。しかしその結果はどうでしょう。まずエリメレクが死に、そこで息子たちにモアブの娘をめとるとその息子たちも死んだのです。」と。夫や二人の息子の死をあたかもイスラエルを離れてモアブへと移住して行った故の罰であるかのように理解されている。
 このようなルツ記の読み方は、ごく普通のものであるようだ。興味深いのは、ルツ記は、むしろこのような非難に対してプロテストする意図で書かれたのだと考える学者もいるという点である。ルツ記の実際的な成立をバビロン捕囚以後の時代と考える説もある。バビロン捕囚から帰ってきたイスラエル人の中では、モアブ人や先ほど出てきたアンモン人やアマレク人との対立から民族的な純血主義のような風潮がとても高まった時代だった。この時代の様子を記したエズラ記やネヘミヤ記には、イスラエル人以外の伴侶を離縁せよと指導者が迫る場面が描かれている(例えばネヘミヤ記の13章23節以下)。そのような、いわゆる原理主義的な風潮が高まっていた時代に、それにプロテストする意図をもってこの書は書かれたかもしれないというのである。なるほどと私も思う。夫が二人の息子を連れてモアブへと移住することについて、ナオミには何のためらいも躊躇もなかった。一家が生き延びてゆくためには、たとえどれほど敵対している人々が住む地であっても、モアブへの移住を選択する。そして夫に先立たれた後、モアブの娘を二人の息子の嫁として迎えることにも、何の躊躇もしないのである。
 そしてまた、この二人の息子にも先立たれて、二人の嫁と共に残され、6節・7節にあるように、主が(故郷の)民を顧み、食べ物をお与えになったということを聞くと、即決して「住み慣れた場所を後にし」たのである。夫や二人の息子までも失ってボロボロになって故郷に帰るためらいは、どこにもない。迎えてくれた故郷の人々は、19節を読むと「町中が二人のことでどよめき、ナオミさんではありませんかと声をかけてくれた」とある。もしかするとそこには、飢饉を避けて敵対していたモアブの地に移住するのを非難し、すべてを失って帰ってきたナオミをあざ笑うような人もいたのかもしれない。しかしそのようなことに、ナオミは何ら躊躇をしなかったのである。それどころか、自らのことを「苦いと呼べ」と言い、「出て行くときには満たされていた私を、主はうつろにし悩ませ不幸にさせた」と、おのれの不幸を決して隠し立てせず「あざ笑うなら笑え」とでも言うような姿が見える。
 ここには、「移り住む」という1章1節の言葉に端的に現されているように、生き延びるためにはどのようなところであっても移住し、さまざまな枠を乗り越えて動いてゆこうとする、まさしく「この世にあっては旅人であり寄留者(ヘブル人への手紙)」としての姿そのものだと感じる。だからこそ生き延びてゆけたのではなかったか。回復力・復原力を意味する言葉「レジリエンス」を、ここにも見るように思う。

3.さて、こうして移住し動いてゆく歩みの中で、何が起こっていったか。21節のナオミの言葉で表現されている。「出て行くときには、満たされていた私を、主はうつろにして帰らせたのです。なぜ快い(ナオミ)などと呼ぶのですか。主が私を悩ませ、全能者が私を不幸に落とされたのに」とある。何と神様を冒涜するような激しい言葉かと思う。生まれた娘にナオミと命名する親は、ナオミがこのような言葉を神様にあびせかけたことをどう考えているのであろうか。
 私は、ナオミがこのような神様を冒涜するかのような言葉を口にしたと記されていることこそが、実はすばらしい証しであり、私たちへの励ましだと思うのである。私たちが生き延びてゆくためには「出て行」かなくてはならないのである。現状を離れて、どうしても移り住まなくてはならない。しかし出て行くと、それまで満たされていたものが奪われてゆくのである。神様は、私たちをうつろにさせる。それまでの快さが失われ、苦さが与えられる。しかしそれが、私たちが生き延びてゆくために出て行く歩みにおいて、どうしても起こらざるを得ないことではなかろうか。そのような歩みの中で、私たちもまたナオミのように「わが名をマラと呼べ」と叫ぶようなことも起きるのである。
 ナオミが夫や二人の息子を失ったのは、あたかも天罰のごとく受け止める理解がある。しかしそのようなことは決してないのである。私たちが青年期や壮年期において満ちていたものを失って老年期になりうつろにならざるを得ないのは天罰なのであろうか。私たちが神様の御心に数々背いた罪への報いなのであろうか。いや、そうではない。生き延びようとして出て行ったがための、主なる神様からの御業なのである。しかし、そこにこそ、榎本牧師の言葉にあったように、神様の恵みがある。神様の恵みが注がれるためには、器としての私たちは「うつろ」でなければならないのだと思う。21節最初の言葉に注目させられる。ナオミは「満たされていた私」と言っている。「私は満たされていた」と。確かにそうである。私が選んだ結婚相手、そして私が生んだふたりの息子、そして息子が得た二人の嫁である。すべてはナオミにとって満ちていたものではなかったか。けれども、神様が恵みを私たちに与えるときには、辛いけれども「満ちている私」をうつろにするのである。それは私たちを、私において満たすためではなく、神様が与えて下さるもので満たすためなのである。
 この21節のナオミの言葉に関連する参照聖句として、ヨブ記1:21の言葉があげられている。それは「主は与え、主は奪う」という言葉である。ダニエル書には「分けられないものこそが私たちのよりどころ」だという教えがあった。私たちのよりどころは、いうまでもなく生きているということだが、生きているということにおいては、神様によって与えられることと奪われることは分けることができないのである。また満たされることとうつろにされることも分けることができない。満たされ、快く、与えられることばかりを生きる上でのよりどころにはできないのである。空っぽにされ奪われ苦くされることもまた、よりどころなのである。ナオミが、このような言葉を語ったということこそ、私たちにとっての大きな支えであろう。私たち信仰者がその歩みの中で、もしもこのナオミのような嘆きを口にするとしたら、それは実は幸いなのである。

4.出て行くときには満たされていたナオミが、神様によってうつろにされて帰ってきたとナオミは言う。このようなナオミが、既にそしてそれから徐々に神様によって恵みとして授けられてゆくものがある。うつろにされた彼女が神様によって奇跡的に満たされてゆくようになる。そのようなナオミの姿こそ、私たちの心をとらえるも。ナオミが神様によって与えられてゆくもの、その第一のものが実はルツとのきずなではなかったか。ナオミは「主は私をうつろにして帰らせた」と言う。しかし彼女は気づいていなかった。うつろにされた中でこそ与えられたものがあったということに。それがルツを与えられたということだった。
 一体ルツをしてここまでナオミに添い遂げさせたものとは何だったのか。それは、よく言われるようなルツの嫁としての貞淑さのようなものではないと思う。ナオミの大胆な決断、生き延びるための力強さに心引かれたということもあったかもしれない。16節17節のルツのナオミへの言葉から、彼女がナオミの何に引き付けられたのかが読み取れる。「あなたの神は私の神」とある。ルツは明らかにナオミが信じている神様に心引かれていたのである。その神によって導かれているナオミの人生に従ってゆきたいと思っていた。ルツは、ナオミの大胆さの背後の神様を感じ取ったのであろう。神様がおられ導かれているとは言っても、これまでの歩みを見る限りは夫や二人の息子までも失うような辛い歩みであった。しかしそれでも、ナオミが信じている神様によって至らせていただくところは、きっとすばらしいところであり、だから私も同じところに到達し、そこで葬ってもらいたいと言うのである。
 そこに私は、ナオミにとっての預言者のような働きをするルツの姿を感じる。ナオミ自身にはわからなかったかもしれないが、その傍らに、このように神様の導きを信じるルツのような人が与えられた。そしてルツによってこそナオミは幸いを与えられていったのである。

聖書:新共同訳聖書「ルツ記 1章 1~22節」 01:01士師が世を治めていたころ、飢饉が国を襲ったので、ある人が妻と二人の息子を連れて、ユダのベツレヘムからモアブの野に移り住んだ。 01:02その人は名をエリメレク、妻はナオミ、二人の息子はマフロンとキルヨンといい、ユダのベツレヘム出身のエフラタ族の者であった。彼らはモアブの野に着き、そこに住んだ。 01:03夫エリメレクは、ナオミと二人の息子を残して死んだ。 01:04息子たちはその後、モアブの女を妻とした。一人はオルパ、もう一人はルツといった。十年ほどそこに暮らしたが、 01:05マフロンとキルヨンの二人も死に、ナオミは夫と二人の息子に先立たれ、一人残された。 01:06ナオミは、モアブの野を去って国に帰ることにし、嫁たちも従った。主がその民を顧み、食べ物をお与えになったということを彼女はモアブの野で聞いたのである。 01:07ナオミは住み慣れた場所を後にし、二人の嫁もついて行った。故国ユダに帰る道すがら、 01:08ナオミは二人の嫁に言った。「自分の里に帰りなさい。あなたたちは死んだ息子にもわたしにもよく尽くしてくれた。どうか主がそれに報い、あなたたちに慈しみを垂れてくださいますように。 01:09どうか主がそれぞれに新しい嫁ぎ先を与え、あなたたちが安らぎを得られますように。」ナオミが二人に別れの口づけをすると、二人は声をあげて泣いて、 01:10言った。「いいえ、御一緒にあなたの民のもとへ帰ります。」 01:11ナオミは言った。「わたしの娘たちよ、帰りなさい。どうしてついて来るのですか。あなたたちの夫になるような子供がわたしの胎内にまだいるとでも思っているのですか。 01:12わたしの娘たちよ、帰りなさい。わたしはもう年をとって、再婚などできはしません。たとえ、まだ望みがあると考えて、今夜にでもだれかのもとに嫁ぎ、子供を産んだとしても、 01:13その子たちが大きくなるまであなたたちは待つつもりですか。それまで嫁がずに過ごすつもりですか。わたしの娘たちよ、それはいけません。あなたたちよりもわたしの方がはるかにつらいのです。主の御手がわたしに下されたのですから。」 01:14二人はまた声をあげて泣いた。オルパはやがて、しゅうとめに別れの口づけをしたが、ルツはすがりついて離れなかった。 01:15ナオミは言った。「あのとおり、あなたの相嫁は自分の民、自分の神のもとへ帰って行こうとしている。あなたも後を追って行きなさい。」 01:16ルツは言った。「あなたを見捨て、あなたに背を向けて帰れなどと、そんなひどいことを強いないでください。わたしは、あなたの行かれる所に行き/お泊まりになる所に泊まります。あなたの民はわたしの民/あなたの神はわたしの神。 01:17あなたの亡くなる所でわたしも死に/そこに葬られたいのです。死んでお別れするのならともかく、そのほかのことであなたを離れるようなことをしたなら、主よ、どうかわたしを幾重にも罰してください。」 01:18同行の決意が固いのを見て、ナオミはルツを説き伏せることをやめた。 01:19二人は旅を続け、ついにベツレヘムに着いた。ベツレヘムに着いてみると、町中が二人のことでどよめき、女たちが、ナオミさんではありませんかと声をかけてくると、 01:20ナオミは言った。「どうか、ナオミ(快い)などと呼ばないで、マラ(苦い)と呼んでください。全能者がわたしをひどい目に遭わせたのです。 01:21出て行くときは、満たされていたわたしを/主はうつろにして帰らせたのです。なぜ、快い(ナオミ)などと呼ぶのですか。主がわたしを悩ませ/全能者がわたしを不幸に落とされたのに。」 01:22ナオミはこうして、モアブ生まれの嫁ルツを連れてモアブの野を去り、帰って来た。二人がベツレヘムに着いたのは、大麦の刈り入れの始まるころであった。 02:01ナオミの夫エリメレクの一族には一人の有力な親戚がいて、その名をボアズといった。 02:02モアブの女ルツがナオミに、「畑に行ってみます。だれか厚意を示してくださる方の後ろで、落ち穂を拾わせてもらいます」と言うと、ナオミは、「わたしの娘よ、行っておいで」と言った。 02:03ルツは出かけて行き、刈り入れをする農夫たちの後について畑で落ち穂を拾ったが、そこはたまたまエリメレクの一族のボアズが所有する畑地であった。 02:04ボアズがベツレヘムからやって来て、農夫たちに、「主があなたたちと共におられますように」と言うと、彼らも、「主があなたを祝福してくださいますように」と言った。 02:05ボアズが農夫を監督している召し使いの一人に、そこの若い女は誰の娘かと聞いた。 02:06召し使いは答えた。「あの人は、モアブの野からナオミと一緒に戻ったモアブの娘です。 02:07『刈り入れをする人たちの後について麦束の間で落ち穂を拾い集めさせてください』と願い出て、朝から今までずっと立ち通しで働いておりましたが、今、小屋で一息入れているところです。」 02:08ボアズはルツに言った。「わたしの娘よ、よく聞きなさい。よその畑に落ち穂を拾いに行くことはない。ここから離れることなく、わたしのところの女たちと一緒にここにいなさい。 02:09刈り入れをする畑を確かめておいて、女たちについて行きなさい。若い者には邪魔をしないように命じておこう。喉が渇いたら、水がめの所へ行って、若い者がくんでおいた水を飲みなさい。」 02:10ルツは、顔を地につけ、ひれ伏して言った。「よそ者のわたしにこれほど目をかけてくださるとは。厚意を示してくださるのは、なぜですか。」 02:11ボアズは答えた。「主人が亡くなった後も、しゅうとめに尽くしたこと、両親と生まれ故郷を捨てて、全く見も知らぬ国に来たことなど、何もかも伝え聞いていました。 02:12どうか、主があなたの行いに豊かに報いてくださるように。イスラエルの神、主がその御翼のもとに逃れて来たあなたに十分に報いてくださるように。」 02:13ルツは言った。「わたしの主よ。どうぞこれからも厚意を示してくださいますように。あなたのはしための一人にも及ばぬこのわたしですのに、心に触れる言葉をかけていただいて、本当に慰められました。」 02:14食事のとき、ボアズはルツに声をかけた。「こちらに来て、パンを少し食べなさい、一切れずつ酢に浸して。」ルツが刈り入れをする農夫たちのそばに腰を下ろすと、ボアズは炒り麦をつかんで与えた。ルツは食べ、飽き足りて残すほどであった。 02:15ルツが腰を上げ、再び落ち穂を拾い始めようとすると、ボアズは若者に命じた。「麦束の間でもあの娘には拾わせるがよい。止めてはならぬ。 02:16それだけでなく、刈り取った束から穂を抜いて落としておくのだ。あの娘がそれを拾うのをとがめてはならぬ。」 02:17ルツはこうして日が暮れるまで畑で落ち穂を拾い集めた。集めた穂を打って取れた大麦は一エファほどにもなった。 02:18それを背負って町に帰ると、しゅうとめは嫁が拾い集めてきたものに目をみはった。ルツは飽き足りて残した食べ物も差し出した。 02:19しゅうとめがルツに、「今日は一体どこで落ち穂を拾い集めたのですか。どこで働いてきたのですか。あなたに目をかけてくださった方に祝福がありますように」と言うと、ルツは、誰のところで働いたかをしゅうとめに報告して言った。「今日働かせてくださった方は名をボアズと言っておられました。」 02:20ナオミは嫁に言った。「どうか、生きている人にも死んだ人にも慈しみを惜しまれない主が、その人を祝福してくださるように。」ナオミは更に続けた。「その人はわたしたちと縁続きの人です。わたしたちの家を絶やさないようにする責任のある人の一人です。」 02:21モアブの女ルツは言った。「その方はわたしに、『うちの刈り入れが全部済むまで、うちの若者から決して離れないでいなさい』と言ってくださいました。」 02:22ナオミは嫁ルツに答えた。「わたしの娘よ、すばらしいことです。あそこで働く女たちと一緒に畑に行けるとは。よその畑で、だれかからひどい目に遭わされることもないし。」


2020/01/19 降誕節第4主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「天に上げられたイエス」 1.使徒言行録には、これからの教会のありかたを考える上で学ぶところが多くあると思う。使徒言行録は、言うまでもなくキリスト教会が誕生したばかりのときの様子が描かれている。どのような生き物でも、その誕生直後の様子は、その生物にとって、何が根源的に重要かということを指し示してくれる。教会も同じではないかと思う。使徒言行録を学ぶときに私たちは、教会にとって何が根源的に重要なのか、逆に言えば何が枝葉のことなのかを識別できるようになる。これからは、私たちの教会に限らず、日本全体、また全世界の教会が、大きく変わってゆかざるを得ない難儀なときに突入してゆくのだろうと思う。その難儀な時を歩むにあたって、何が教会にとって核となるものであり何が教会を存立させるのかをしっかりと心に刻み続けてゆくことが大事だと思う。ひいてはただ教会だけではなく、信徒としての私たちひとりひとりが、何によってしっかり立ってゆけるかをも教えてくれるのではなかろうか。
 1~2節、「テオフィロさま・・・書き記しました」とある。「先に第1巻を著して」とあるのは、実はルカによる福音書のことである。ルカは、まず福音書を書いて、そこで「イエスが行い、また教え始めてから・・・すべてのことについて書き記した」。そして、その福音書をテオフィロに献呈した。ルカによる福音書の1章3節にはこうある。「敬愛するテオフィロさま、私もすべてのことを初めから詳しく調べていますので、順序正しく書いてあなたに献呈するのがよいと思いました。お受けになった教えが確実なものであることを、よく知っていただきたいのであります」と。
 このテオフィロがどのような人物であったかは、全く分かっていない。「テオフィ口さま」とは、かつての口語訳聖書では「閣下」となっていた。恐らく彼は、ローマ帝国のかなり地位の高い役人ではなかったか。注解書によれば、ルカはこのテオフィロに仕えていた奴隷でありまた医師でもあったとのことである。そして、ルカがテオフィロの重い病を癒したので、奴隷から解放された。その後テオフィロはルカを通してキリスト教を信じるようになったか、あるいは求道者になったのであろう。それが、先ほど読んだルカによる福音書の1章4節の最後「お受けになった教え」という言葉に滲み出ている。ルカは、イエス様を救い主として信じる信仰をより確実なものにしようと、まず福音書を書いてテオフィロに献呈した。しかし、それではなお足りないところがあると感じて、福音書の続編を書かねばならないと思い立ち、そこでこの使徒言行録を書いたのである。

2.大切なのは、ルカが「福音書だけでは足りない」と感じたのが何からであったのかという点である。2節と3節に「天に上げられる日までのすべてのことについて書き記しました。イエスは苦難を受けた後、ご自分が生きていることを数多くの証拠をもって使徒たちに示し、40日にわたって彼らに現れ、神の国について話された」とある。ここに言われている内容は、福音書に書かれていた事柄である。しかしルカは、どうしても続編の必要性を感じたのである。
 それは何であったか。6節欄外のタイトルにもあるように、それはイエス様が天に上げられて弟子たちの目には見えなくなったという出来事である。こうして、イエス様の姿が見えなくなったにもかからわずイエス様を救い主として信じる者たちは絶えることがなかったのである。絶えるどころか、どんどん数が増し、様々な難儀があったにもかかわらず、信者の集まりとしての教会があちこちに立てられてゆくようになったのである。
 イエス様が十字架の上で殺されてしまった段階で、イエス様を救い主などと信じる者たちは絶えてしまうはずではないかと思う。しかしなぜかそうはならなかった。だから、まずルカはその理由をテオフィロに示そうとして福音書を書いた。信じる者たちの目から、イエス様が天に上げられて見えなくなった段階で、信者はいずれ消滅してしまうはずではなかったか。ところがそうはならなかった。それはなぜだったのか。そこをこそ語ろうとしたのが、この使徒言行録の意図だったのである。信じる者たちは、なお続いた。だからこそルカは、福音書の続編を書かねばならかったのである。では続かしめたその理由はどこにああったのか。それは使徒言行録から2000年経った今日においも、あてはまるものなのである。

3.4節、イエス様は、弟子たちに次のように命じた。「エルサレムを離れず、前に私から聞いた、父の約束されたものを待ちなさい」と。私はこのイエス様の言葉を改めて読んで、「待ちなさい」と命じた点に心を引き寄せられた。信じる者が絶えなかったのはなぜか。教会が、その後の幾多の困難を生き延びて続いてきたのはなぜなのか。それは待つものであったから、待つ共同体であったからこそではなかったか。
 待つということと、その反対に、待たないということとの間にある決定的な違いは何であろうか。待つということは、私たちが未来へと開かれているありさまである。待つということは、現状には何か決定的に足りないものがあって、それが与えられるように待ち望んでいる状態なのである。待つ人は、未来へと門を開いている。そのような人は、変化を受け入れることができる。これに対して、待たない者は現状に満足しているのである。今持っているものを守り維持しようとしている。未来へと開かれていないのである。
 イエス様は、弟子たちにまず、何よりも「待つ者であれ」と、「現状を守り維持しようとするのではなく、未来に向かって開かれている者になれ」と命じたのである。すぐその後にイエス様が言葉を続けたように、未来に向かって開かれていると「父なる神様からの約束されたものが」やってくるのがわかるのである。今自分が持っているものを守ろうとするばかりでは、神様が約束したよいものを下さることがわからないのである。神様から、未来から、未知なるよいものが与えられるということがわからないのである。イエス様は、神様が与えて下さる約束のものは聖霊だと言う。聖霊とは、その言葉そのものの意味としては「風」という意味である。聖霊を注がれるということは、私たちに起きる現実としては、強風に吹かれるがごとく飛ばされ動かされてしまうことでもある。だから、それはしばしば、私たちの目に見えるありさまとしては、あまり歓迎したくないような、試練であったり難儀であったりするのであろう。私たちに未来からやってくるものとは、私のような年代になった者にとっては、そのほとんどは招かざる客たち、お呼びでない者たちであろう。しかし未来に開かれているならば、そこから良いものが見いだされ得るのである。父なる神様からの良いものだと受け取ることがでる。生まれたばかりの信徒たちはまず、待つ者たちであった。彼らの現状には、守り維持するものなどなかったことも幸いしたのかもしれない。

3.イエス様がここで言った「父が約束されたもの」とは、具体的には聖霊が注がれるということであった。この言葉を聞いて弟子たちは何と応答したか。弟子たちは「主よ、イスラエルのために国を建て直してくださるのは、この時ですか」と尋ねたのである。するとイエス様は「父がご自分の権威をもってお定めになった時や時期はあなたがたの知るところではない」と答えたのである。
 私はこうした問答から「待つ」とは、私たちが信仰共同体として何を待つべきなのか、反対に何を待ってはいけないのかという点を教えられる。弟子たちが期待して待っていたのは、神様が「イスラエルのために国を建て直してくださる」ことであった。この国とは、恐らくは地上に建てられるイスラエル人の国のことである。かつて弟子たちはイエス様がそうした国を建てて下さるのを期待し、その国で自分たちが大臣のようなポストにつくのを願ったことがあった(マルコによる福音書10章35節以下など)。しかしイエス様は弟子たちに、このような地上の国が建てられることを待ってはいけないと教えたのである。
 私たちは勿論、そのような国が建てられるのを待ってはいない。けれども国というのは、そこで私たちが王様のごとくふるまえる領域を意味している。教会が、この世の営みにおいて、そのようにふるまえるのを私たちは待ってはいなか。また私たちひとりひとりが、その生きることにおいて、王様のごとくふるまえることを求め願ってはいないか。しかしイエス様は、教えて下さる。そのような国を待っていては決して神様から約束のよいものを与えられているのを見いだすことはできないと。イエス様は「そのようなものはあなたがたの知るところではない」と言う。「知る」とは「支配する」という意味でもあるが、私たちが求めるべきものではなく、また知るところではないものがある。教会として、また信仰者として求め知ろうとしてはいけないことがある。何よりもそれは、支配しようとすることである。それを待とうとすると、教会も私たちも続くことはできない。

4.では、神様からの約束されたものとして待つべきものとは何であろうか。それは、聖霊を注がれることである。聖霊を注がれて力を受け、地の果てに至るまで「私の証人となる」ということである。そこでのイエス様の教えとは、「国を待つ」ということと何と対照的であるかと思う。
 聖霊を注がれると弟子たち、また私たちは力をいただく。しかしその力とは、この世に自分の王国を建て、それを維持し守るための力ではない。むしろそれとは正反対のものである。地の果てに至るまで遣わされゆく。聖霊とは、そもそも「風」という意味である。聖霊を注がれるとは、風に吹かれ飛ばされてしまうかのように、自分の思い通りには生きられず、思いもかけない状況に追いやられ、そして世界の果てにまで飛ばされ、そこでイエス様のことを証しできるようになることなのである。
 「私の証人となる」という言葉には、本当にいつも励ましをいただく。証人とは、ただ見たままありのままを嘘を言わず語ればそれでよいのである。特別にすばらしいことを語る必要などない。それは、あたかも月が太陽の光を受けて輝くことのようだと思う。月自身には、光源はない。しかし満月の時には、あのように輝くことができる。しかしあるときには、月は全く光を放てない。満月の時もあれば新月のときもある。それが証人としての私たちの姿である。私たち信仰者としての時々で、それぞれイエス様からいただく光をどれだけ反射できるかは多様なのである。ある時は満月のように明るく、しかしある時は新月のように真っ暗ということもある。それが私の証人としてのありかただとイエス様は言って下さっているのである。
 イエス様が天に上げられて弟子たちの目には見えなくなったことが9節に書かれている。私は、この弟子たちの姿もまた、私たちの根源的な姿だと改めて教えらる。ここには、私たちが何よりも待つべきイエス様がおられる。そして今の私たちは決定的に、この大事なイエス様が「見えない」者なのである。私たちには、決定的になくてはならないイエス様が見えない。だからいつでもイエス様を待つ者なのである。それが意味しているのはどういうことなのか。それは私たちのやることなすことすべては、この「見えない」そして、イエス様を「待つ」ということの中でなされているものにすぎないということである。最も大事なイエス様が見えないということでなされているのだから、すべては不完全であり太陽ではなく月としてのありようであり、足りない者としての歩みなのである。イエス様は、そのような存在として歩んでいくことこそが存続してゆく秘訣なのだと言ってくださる。なんという励ましであり慰めだと思う。

聖書:新共同訳聖書「使徒言行録 1章 1~11節」 01:01-2 テオフィロさま、わたしは先に第一巻を著して、イエスが行い、また教え始めてから、お選びになった使徒たちに聖霊を通して指図を与え、天に上げられた日までのすべてのことについて書き記しました。 01:03イエスは苦難を受けた後、御自分が生きていることを、数多くの証拠をもって使徒たちに示し、四十日にわたって彼らに現れ、神の国について話された。 01:04そして、彼らと食事を共にしていたとき、こう命じられた。「エルサレムを離れず、前にわたしから聞いた、父の約束されたものを待ちなさい。 01:05ヨハネは水で洗礼を授けたが、あなたがたは間もなく聖霊による洗礼を授けられるからである。」 01:06さて、使徒たちは集まって、「主よ、イスラエルのために国を建て直してくださるのは、この時ですか」と尋ねた。 01:07イエスは言われた。「父が御自分の権威をもってお定めになった時や時期は、あなたがたの知るところではない。 01:08あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる。」 01:09こう話し終わると、イエスは彼らが見ているうちに天に上げられたが、雲に覆われて彼らの目から見えなくなった。 01:10イエスが離れ去って行かれるとき、彼らは天を見つめていた。すると、白い服を着た二人の人がそばに立って、 01:11言った。「ガリラヤの人たち、なぜ天を見上げて立っているのか。あなたがたから離れて天に上げられたイエスは、天に行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになる。」


2020/01/12 降誕節第3主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「我は道なり真理なり生命なり」 1.6節「私は道であり、真理であり、命である」とある。とくに「私は道である」との言葉に心を向けてゆきたい。イエス様が「私は道である」という言葉に込めたのは、弟子たちに対して、また私たちに対して「あなたがたには道があるのだ」ということだと思う。弟子たちは、イエス様が「心を騒がせるな」と言った(1節)ことからわかるように、心を騒がせ不安だったのである。「道」ということで言えば、自分たちの前に、果たして進むべき道があるのか、ちゃんと進んでゆけるのかという不安で一杯だったのだと思う。
 13章から「最後の晩餐」と呼ばれる場面が始まる。イエス様は、ここで直接十字架の死について言及していない。しかし何かただならぬことがイエス様の身に起ころうとしていることを繰り返し語っている。13章33節では「私が行く所にあなたたちは来ることができない」と、また36節には、ペトロに「私の行く所に、あなたは今ついてくることはできない」と言ったことが書かれている。これを聞いてペト口は「あなたのためなら命を捨てます」と答えた。ペトロは、イエス様がはっきりと語らなくともイエス様についてゆこうとすれば命を捨てなければならないのだと直感的に感じることができたのであろう。ペトロは、「あなたのためなら命を捨てます。命を捨てることになってもあなたについてゆきます」と言った。しかしイエス様は繰り返し「そうはできない」と明言したのである。イエス様が行こうとしていたところは、弟子たちにもまた私たちにも、自分の力では、また「今は」、どうしてもついていけないところなのだと告げられているのである。
 このことに、弟子たちは十字架の出来事の後、はっきりと直面することになった。イエス様を十字架の上で失った後、自分たちはどのようにしてこれから進んでいったらよいのか全くわからない状態に置かれた。恐らくこれは、この福音書の書かれた西暦100年頃の時代も同じだったのだろうと想像できる。この福音書を書いたヨハネと黙示録を書いたヨハネが同一人物かどうかは定かではない。別人だとしても、同じ時代に同じ教会に属していた近しい人物であったことは確かだとされている。ヨハネによる黙示録が書かれたとき、この福音書の著者ヨハネはローマ皇帝のドミティアヌスによって捕らえられパトモス島に幽閉されていた。紀元95年頃のことである。それからその後200年にわたって続くローマ帝国あげてのクリスチャンへの迫害がはじまってゆくのだった。信徒たちは、心を騒がせざるを得なかったのである。「自分たちの前には道があるのだろうか、この難儀な時代をちゃんと歩んでゆける道があるのだろうか」と。

2.私は先日「もしも1年後、この世にいないとしたら」という本を買い求めて読んだ。その本の著者は、長くガンセンターの精神科医をしておられる。電車の車内広告で、この本の「『元気な自分でなければならない』という思い込みは苦しい」というある章のタイトルを見て、私はとても心を引かれた。この本に登場する人々は皆、本当に重い、余命数カ月と告げられた人々ばかりである。宣告を受けた時には当然、道を失う。もし道があるとしても、それは到底道とは言えない、ただただ急な坂をころがり落ちて、その途中には痛みや苦しみや悲しみばかりがあり、最後には死という谷底が待ち受けている・・・といった道である。私たちすべては必ず、このような道とは言えないような道を進んでゆかねばならない者である。そこを歩んでゆけるのか、果たして迷わずにちゃんと進んでゆけるのかと私たちは心を騒がせるのである。
 そのような弟子たちまた私たちに対して、イエス様は、まず告げるのである。「私がいる以上あなたがたには道があるのだ」と。「道がないなどということは決してないから安心しなさい」と。そしてこうも言うのであろう。「私があなたがたに指し示す道は、ただ死に向かってころげ落ちるような、ただ命を失う希望の無い道ではなく、命へと至る道なのだ。それがあなたがたに示す真理である。それが死に至る道についての真理なのだ」と。  私たちは今、幸いにして「道が見えない」「道がわからない」という境遇にはいないかもしれない。しかし、森や砂漠や大海原の中で全く道がわからず迷ってしまったならば、その時の不安や恐れはいかばかりであろうか。そのような境遇に、私たちはいつか置かれることになる。道を失った私たちに対して、「大丈夫だ。私が道を知っている。私が道案内をしてやろう。私がいる以上あなたがたに道がないなどということは決してない。そしてその道は、ただ苦しみや死に至るものではなく命へと至る道なのだ。幸いへと至る道なのだ。それこそが本当の道なのだ。嘘いつわりではなく真理の道なのだ」との言葉は、どれほど嬉しいものであろうか。
 「私は道である」と言ったイエス様の姿は、たとえばエベレストのような険しくまだ誰も登ったことのない山の登頂ルートを開拓しようとする人にたとえることができるように私は思う。命をかけて誰も登ったことのない断崖絶壁を登ってゆく。後に続く者のために岩にはハーケン(金属の杭)を打ち込み、それを手懸かり・足掛かりとして残してゆく。さらに必要ならば、そのハーケンにカラビナ(金属のリング)を取りつけ、ザイル(ロープ)を結び付けて、後続者がそれを使って登れるようにしてゆく。そのようにして頂上にたどりつき、そしてまた自分が開拓したルートを辿って後続者のもとに降りてゆき、今度は後続者と自分をザイルで結び付けて先頭に立って再び登頂を始めるのである。2節3節に語られているイエス様の姿とは、まさに十字架の道をたどって父の家へと登り、そのルートを開拓し、そしてまた戻ってきて私たちを先導する姿そのものである。

3.「私は道である」というイエス様の言葉から、さらに私が語りかけられるのは次のようなことである。「私は道である」との文章は「私『が』道である」とも訳すことができる。私の感じるニュアンスとしては、「私『は』道である」と言えば、私が他のものではなく「道である」という点に強調点が置かれていると感じる。しかし「私『が』道である」となると、「私」に強調点が置かれていると感じられるようになる。「私以外の誰も道ではない」というニュアンスである。イエス様が示して下さる道は、あくまでイエス様が指し示し開拓してくださる道なのであって、この世の誰かが勧め願うような道ではない。「もし断崖絶壁や砂漠や大海原のただ中に置かれて道を失わないようにしたいとするならば、私以外の誰の勧める道も通ってはならない。あなたがたが自分自身で望み考えるような道を行こうとしてはならない。もしそのようなことをすれば、あなたがたは必ず道を失うだろう。父の家には行けないだろう。」と、それが6節の最後で「私を通らなければだれも父のもとに行くことができない」という言葉の意味なのである。
 私たち誰もが進みたいと願う道は、重い病気になどならずに本当に平穏無事に人生をまっとうできる道である。しかし多くの人は、そのような道を行くことはできない。2人に1人はガンで死ぬし、6人に1人は認知症になるという。すべての者が自分の望まない断崖絶壁を登ってゆかねばならないのである。それが、私たちが神様の元にゆく上で辿らねばならない道なのである。それが真理なのである。ところが、断崖絶壁を前にしているのに、「これは私の望んでいた道とは違う。私はこんな道は行きたくない」と言ってしまえば、そこで道はなくなる。どこまでも「あなたの願う道」を行こうとすれば、どうしても道を失う。だからイエス様は「私を道としなさい」と言うのである。「あなたの思いや願いを道にしてはいけない」と言うのである。

4.それでは、イエス様が私たちに指し示して下さるところの「私の道」とは、どのような道なのであろうか。そのことは、2節3節に語られている。イエス様がここで言っているのは、イエス様の死が、父なる神様の家に弟子たちや私たちのための家を用意し、私たちをそこへと誘い導いてそこに一緒にいるようになるために不可欠な道だということである。それを突き詰めていえば、イエス様のためのことではないのである。イエス様が父の家にあって、そこで平安に過ごそうということでは全くない。そうではなく、ひたすら後に続く私たちのためなのである。本当にこれがイエス様の言う「道」の意味するところなのだと今回改めて感じさせられた。私たちが普通考える道というのは、自分が行きたいと願う道、自分のための道なのである。しかしイエス様が行く道は、イエス様自身のためのものではないのである。ただひたすら弟子たちや私たちのためのものなのである。それが、イエス様が十字架の死という断崖絶壁に開拓した道なのであり、私たちに指し示された道の根源的な姿なのである。
 イエス様は、確信をもって十字架への道を進んで行った。なぜイエス様は迷わなかったのか、十字架のただ中にもしっかりと進むべき道を見いだしていたのかと言えば、それが後に続く者のためだと知っていたからである。自分のための道を行こうとはしなかったからである。なぜか自分のための道を行こうとすると、それは失われる。しかしその歩みを、後に続く誰かのための手懸かり足掛かりにしようと思うと、なぜか道がはっきりとわかるのである。これこそが「道」というものにおける本当に不思議な真理なのである。
 だから私たちも、目の前に立ちはだかる断崖絶壁を、イエス様に助けられつつではあるが、これを登ることは、後に続く人々の道を作るためなのだと信じて登ってゆけばよいのである。私たちの周りには、厳しい病の中に道を見いだしていった人々が多くいるのである。自分のためということで言えば、残念ながら道はない。自分の命は失ってしまうしかない。しかしそこを行くことが、後に続く者のための道になる。後に続く者のためになると信じて進めば、そこにおのずと道ができる。イエス様が開拓して下さったその道が見えてくるのである。

5.どうしてイエス様は「我は道なり・命なり」ということに結び付けて「我は真理なり」と語たのか。それは、私たちが死という断崖絶壁を登ってゆくときには、そこにある真理を知ることが絶対に不可欠だからなのだと思う。死にゆく時に頼りになるのは真理なのである。そこに命に至る本当の道があるということだけが頼りになるからである。偽りの道や、あやふやな道では、頼りにはならない。
 死については、様々なことが言われる。ある人は死んだら何も残らないすべてが消えてなくなるのだと言う。しかしすべてがなくなるのだとすれば、死に至る断崖絶壁を登ることに何の意味があるであろうか。そのような苦しい歩みをすることに何の意義があろうか。イエス様が教えた真理とは、イエス様がそうであったように、私たちも死という断崖絶壁を登ってこそ父なる神様のもとへ行くのである。死の後にこそ、そのような歩みが続くのである。そしてイエス様が十字架の死という断崖絶壁を登った後に残されたハーケンやザイルは、しっかりと後に登る者への手懸かり足掛かりになる。
 死んで迷う存在があると言われている。恐らくそれも真理ではなかろうか。迷ったままでずっと存在し続けなければならないとすれば、それは本当に苦痛であろう。なぜ迷うのか。それは偽りに頼るからである。自分の道しか見えないからである。断崖絶壁を登ってゆかねばならないのに、それを避けるからである。そのような私たちには「我は道なり」と言って下さるイエス様が不可欠なのである。おのが道を捨ててイエス様の示す道へと進むことが不可欠なのである。

聖書:新共同訳聖書「ヨハネによる福音書 14章 1~14節」 14:01「心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい。 14:02わたしの父の家には住む所がたくさんある。もしなければ、あなたがたのために場所を用意しに行くと言ったであろうか。 14:03行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたをわたしのもとに迎える。こうして、わたしのいる所に、あなたがたもいることになる。 14:04わたしがどこへ行くのか、その道をあなたがたは知っている。」 14:05トマスが言った。「主よ、どこへ行かれるのか、わたしたちには分かりません。どうして、その道を知ることができるでしょうか。」 14:06イエスは言われた。「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。 14:07あなたがたがわたしを知っているなら、わたしの父をも知ることになる。今から、あなたがたは父を知る。いや、既に父を見ている。」 14:08フィリポが「主よ、わたしたちに御父をお示しください。そうすれば満足できます」と言うと、 14:09イエスは言われた。「フィリポ、こんなに長い間一緒にいるのに、わたしが分かっていないのか。わたしを見た者は、父を見たのだ。なぜ、『わたしたちに御父をお示しください』と言うのか。 14:10わたしが父の内におり、父がわたしの内におられることを、信じないのか。わたしがあなたがたに言う言葉は、自分から話しているのではない。わたしの内におられる父が、その業を行っておられるのである。 14:11わたしが父の内におり、父がわたしの内におられると、わたしが言うのを信じなさい。もしそれを信じないなら、業そのものによって信じなさい。 14:12はっきり言っておく。わたしを信じる者は、わたしが行う業を行い、また、もっと大きな業を行うようになる。わたしが父のもとへ行くからである。 14:13わたしの名によって願うことは、何でもかなえてあげよう。こうして、父は子によって栄光をお受けになる。 14:14わたしの名によって何かを願うならば、わたしがかなえてあげよう。」


2020/01/05 降誕節第2主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「サムソンとデリラ」 1.士師記には士師と呼ばれる人々が12人登場する。その中で、私たちが礼拝で触れることができたのはギデオンとサムソンの二人だけだった。そのサムソンについて、前回は13章前半の出生の様子を記した箇所を読んだ。今日は、サムソンの最期の様子を記した箇所である。
 いつごろであったか記憶は定かではない。私が小学生の頃にTVで、このサムソンの生涯を映画にしたものを観た。デリラにだまされた揚げ句にペリシテ人に捕らわれ、目をえぐられて鎖につながれて奴隷にされたサムソンが、最後の最後にその怪力を取り戻して宮殿を崩す様子は、今でも脳裏にくっきりと残っている。私の様子を見た母が、この物語は聖書の中に書かれているのだよと教えてくれたのを覚えている。後にも先にも私が母から聖書のことを聞かされたのはこの一度だけだった。
 子どもだった私が、サムソンの姿のどこに引き付けられたのか。それは極めて単純に、ペリシテ人にひどいことをされたサムソンが、最後に見事に復讐を果たすという、そのどんでん返しの筋に心躍らせたのかもしれない。昔からイスラエルの人々は、このサムソンの物語に、子どもの私がそうであったように心躍らせられ、豊かなインスピレーションを与えられてきたということであろう。それは一体どんなものだったのであろうか。
 昨年、私自身の心に強く残った言葉が「レジリエンス」という言葉である。5月頃に放送された高齢者向けの番組で、この言葉をはじめて耳にした。最近では、レジリエンスに関する本が多く出版され、講演やセミナーなども盛んだそうである。私の見たTV番組によれば、その言葉は回復力や復原力という意味で、人間が逆境の中に置かれてもそれに耐えて、または、はねのけて粘り強く生き延びてゆく力を意味するということであった。昨年末のラジオの特集でも、これからの時代社会を生き延びてゆく上で大切な柱になるものとして、ひとりのコメンテーターが、しきりにこのレジリエンスに言及していた。サムソンの姿こそ、このレジリエンスではないかと感じる。サムソンは最後には、ペリシテ人に復讐をとげ、自らも死んでしまった。しかしサムソンは、騙され、目をえぐられ、奴隷としてこき使われ、笑いものにされても失うことのなかった力、それこそがレジリエンスではなかろうか。

2.聖書には、士師であったサムソンの姿がありのままに記されている。サムソンの生涯を記した13章からの文章を閉じるにあたって16章31節は次のように記している。「彼は20年間、士師としてイスラエルを裁いた」と。彼は20年の長きにわたってイスラエル人の指導者としての役割を果たしたというのである。一体彼は、何をもってそのような働きをしたというのであろうか。
 私たちは、13章から書かれているサムソンの生涯の全てを見てきたのではない。しかし、とにかく書かれていることといえば、サムソンが次から次とペリシテ人に属する女性に一目ぼれをして、そのために、これでもかこれでもかとペリシテ人との間にトラブルが起きていったことである。最初に一目ぼれをしたのは、ペリシテに属するティムナというところの女性だった。その結婚をめぐってサムソンの両親との間や、ペリシテ人との間にトラブルが生じた。それが終わるとすぐに、懲りることもなく同じペリシテに属するガザという町にいた遊女に一目惚れをし、またトラブルが生じた。それでもなお性懲りもなく今度はデリラなのであった。そして最後には、自らの身の上にとんでもない災難を招いた。
 デリラがどのような素性の女性だったかが、16章4節以降に書かれている。彼女は、金に目がくらんでサムソンを同族のペリシテ人に売ろうとすした。デリラは3度もサムソンからその怪力の秘密を聞き出そうとしたがうまくゆかなかった。とうとう4度目に、まんまと秘密を聞き出すことに成功した。サムソンの愚かさにはあきれるほどである。どんな魂胆で彼の秘密を聞き出そうとしていたのか普通の男なら、すぐに気が付くのではなかろうか。それなのに情にほだされて、「来る日も来る日も彼女がこう言ってしつこく迫ったので、サムソンはそれに耐え切れず死にそうになり」と16節にある。愚かさも極まって、とうとう怪力の秘密を打ち明けてしまい、まんまとぺリシテ人に捕まって目をえぐられ奴隷にされてしまったのである。
 一体このようなサムソンのどこが「士師」なのか。どこに指導者たるにふさわしい姿があったのか。師記に関しての注解書や解説書は、私の手元にはわずか1・2冊位しかないが、サムソンが女性にだらしなかった点に触れられており、それは指導者としてはふさわしくなかったありさまだと書かれている。そして彼は悔い改めたので、怪力を取り戻したのだと説明されている。しかし、士師記の記述には、どうもそのような意図とは違うものを私は感じてならない。むしろサムソンのそのような、まことに醜く愚かな姿もまた、士師として神様から用いられたところのなくてはならないものだと語っているのではないかと教えられるのである。愚かなところもまた、神様によって用いられたと身をもって指し示すことにおいて、サムソンは士師だったのではなかろうか。
 注目させられたのは14章4節、最初にサムソンは、彼が一目ぼれをしたティムナの女性について、彼の父母にペリシテ人の娘と結婚させて欲しいと頼んだ。父母は反対した。ところがこの両親の反応について14章4節にはこうある。「父母にはこれが主のご計画であり、主がペリシテ人に手懸かりを求めておられることがわからなかった」と。驚くことに、サムソンがこれほど愚かに次々とペリシテ人の女性に一目ぼれをしていったのは、それによって当時イスラエル人を支配していたペリシテ人とサムソンがかかわりを持つようになるための神様の計画だったと聖書は語っているのである。それによって、いろいろなトラブルが起きたが、サムソンがその怪力をふるって、結果的にはイスラエル人をペリシテ人から守る働きをしたのである。それが神様の計画だったというのである。だとすれば、彼がデリラに騙され、ペリシテ人に捕らわれ、目をえぐられて奴隷にされたこともまた、神様の御心だったと言えるのではなかろうか。

3.ダニエルが読み解き、解釈した不思議な言葉に「メネ・メネ・テケ・ウパルシン」という文字があった。それを通して私は、数えられないもの・測られないもの・分けられないものこそが私たちの生きる依り所だと教えられた。イスラエル人をペリシテ人から守る指導者としての働きをしたサムソン、つまりはイスラエル人にとっての依り所となる使命を神様から託されたサムソンにとっては、その女性への惚れっぽさや愚かさ、また粗暴さも、彼が士師としての尊い働きをすることと分けることができないのだと思うのである。すぐに私たちは信仰者のありかたとしてサムソンの女性への態度は愚かでありふさわしくないと断じる。これをゴミであるかのように分別して捨てようとする。彼の父母もそうだった。ペリシテ人の女性を妻にしたいと願った息子の思いを、イスラエル人としてはふさわしくないものとして捨てさせようとした。しかし神様の計画は、そうではなかったのである。
 28節にはサムソンの最後の祈りとして、「ペリシテ人に対してわたしの二つの目の復讐を一気にさせて下さい」という言葉が記されている。最後の最後までサムソンという士師を突き動かしてきたのは復讐心だったことがよくわかる。30節には、サムソンがその死をもって、殺した者は生きている間に殺した者よりも多かったとあり、彼の士師としての働きが専ら復讐心からペリシテ人を殺すことにあったのだとわかる。このようなことは到底、神様の指導者として選ばれた者を動かす原動力やその働きとしてはふさわしくないのではないかと誰もが思うであろう。しかし、サムソンについては復讐心もまた彼を士師としてその務めを果たさせるために、とりわけても騙され目をえぐられて奴隷にされてもなおその役割を果たさせるためには、復讐心は欠かすことのできないものだったのではなかろうか。サムソンのレジリエンスにおいては、実はその女性に対する惚れっぽさも愚かさも、そして復讐心さえも、なくてはならないものだったと示されるのである。私たちの心に、ごく自然に生じてくる思い、時には本当に愚かな歩みもまた、神様が私たちを用いられる上で必要なものなのである。私たちがレジリエンスを発揮する上では、愚かさも復讐心のようなものさえも必要なことがあるということである

4.もうひとつ、サムソンの物語全体を通して貫かれているモチーフに、髪の毛を切る切らないということがあった。デリラへの愚かな情に動かされて怪力の秘密を打ち明けてしまい、髪の毛を切られて、サムソンの怪力は失われてしまった。目をえぐられ、鎖の足かせをはめられ、来る日も来る日も牢屋で粉引きをさせられていた。ところがである。このような日々の中でも、22節にあるように、切られた髪の毛はいつの間にか伸びはじめていた。サムソン自身も、ペリシテ人も全く気が付かない内に失われた力が回復していったのである。私は何かそこに、私たちに秘められたレジリエンスの回復力のようなものを感じないわけにはゆかない。
 そもそもサムソンに与えられた怪力の源とは、17節に「母の胎内にいたときから神にささげられ」たことにあるのだと思う。私たちにはサムソンのような怪力はないが、私たちにとっても神様に捧げられた存在であるということは、実はものすごい力をもたらすものだと思うのである。母の胎内にあるときからというのだから、それは先天的なものであって、後天的に私たちが社会や人間関係の中で何をしたからとか、どういう人間だからということに全く左右されない。私たちは、周囲の人や社会からどのように見下げられても、自分は神様の宝なのだと思えることで、いわゆる自尊感情を失うことがないのである。それが私たちにとっての大きな力なのである。
 サムソンがデリラに髪の毛の秘密をもらしたというのは、突き詰めれば神様の宝物であるという先天的な価値を、後天的な人間関係の中でないがしろにし、売り渡してしまったということを意味しているのではなかろうか。親子関係や愛する人々との関係においてこそ、私たちと神様との間柄の中で持っている宝を見えなくさせたり捨てさせてしまったりすることがあるのではなかろうか。サムソンとデリラの出来事は、そのようなことの現れのように感じる。サムソンは、生まれる前から与えられていた宝をデリラに渡ししてしまったがゆえに、その結果として怪力を喪失したのである。
 しかしそれは、完全に失われたわけではなかった。後天的などんな間柄も、生まれる前から神様に与えられた力を奪い尽くすことはできない。一時的にその力を失わせるにすぎない。この世の関係や出来事によって一時的に覆われるにすぎないのである。それが「髪の毛はまた伸び始めていた」という言葉に現れていると思う。本当に象徴的で意味深い言葉だと思う。ペリシテ人の力もデリラのよこしまな情もあらゆる後天的な力も、サムソンの髪の毛が伸びてゆくのを阻止することはできなかったのである。髪の毛は死んだ後でさえ伸びると聞いたことがある。髪の毛が伸びるとは本当にささいなことである。何ら私たちにとっては意味を持たない日常的なことのように思う。しかしそれが切られ、また伸びてゆくということこそが、サムソンのレジリエンスにとって決定的な意味を持っていたのである。私たちが、サムソンのような境遇に置かれたとしても、髪の毛は伸びてゆくのである。そこにはレジリエンスがある。

聖書:新共同訳聖書「士師記 16章 15~31節」 16:15デリラは彼に言った。「あなたの心はわたしにはないのに、どうしてお前を愛しているなどと言えるのですか。もう三回もあなたはわたしを侮り、怪力がどこに潜んでいるのか教えてくださらなかった。」 16:16来る日も来る日も彼女がこう言ってしつこく迫ったので、サムソンはそれに耐えきれず死にそうになり、 16:17ついに心の中を一切打ち明けた。「わたしは母の胎内にいたときからナジル人として神にささげられているので、頭にかみそりを当てたことがない。もし髪の毛をそられたら、わたしの力は抜けて、わたしは弱くなり、並の人間のようになってしまう。」 16:18デリラは、彼が心の中を一切打ち明けたことを見て取り、ペリシテ人の領主たちに使いをやり、「上って来てください。今度こそ、彼は心の中を一切打ち明けました」と言わせた。ペリシテ人の領主たちは銀を携えて彼女のところに来た。 16:19彼女は膝を枕にサムソンを眠らせ、人を呼んで、彼の髪の毛七房をそらせた。彼女はこうして彼を抑え始め、彼の力は抜けた。 16:20彼女が、「サムソン、ペリシテ人があなたに」と言うと、サムソンは眠りから覚め、「いつものように出て行って暴れて来る」と言ったが、主が彼を離れられたことには気づいていなかった。 16:21ペリシテ人は彼を捕らえ、目をえぐり出してガザに連れて下り、青銅の足枷をはめ、牢屋で粉をひかせた。 16:22しかし、彼の髪の毛はそられた後、また伸び始めていた。 16:23ペリシテ人の領主たちは集まって、彼らの神ダゴンに盛大ないけにえをささげ、喜び祝って言った。「我々の神は敵サムソンを/我々の手に渡してくださった。」 16:24その民もまたサムソンを見て、彼らの神をたたえて言った。「わが国を荒らし、数多くの同胞を殺した敵を/我々の神は、我々の手に渡してくださった。」 16:25彼らは上機嫌になり、「サムソンを呼べ。見せ物にして楽しもう」と言い出した。こうしてサムソンは牢屋から呼び出され、笑いものにされた。柱の間に立たされたとき、 16:26サムソンは彼の手をつかんでいた若者に、「わたしを引いて、この建物を支えている柱に触らせてくれ。寄りかかりたい」と頼んだ。 16:27建物の中は男女でいっぱいであり、ペリシテの領主たちも皆、これに加わっていた。屋上にも三千人もの男女がいて、見せ物にされたサムソンを見ていた。 16:28サムソンは主に祈って言った。「わたしの神なる主よ。わたしを思い起こしてください。神よ、今一度だけわたしに力を与え、ペリシテ人に対してわたしの二つの目の復讐を一気にさせてください。」 16:29それからサムソンは、建物を支えている真ん中の二本を探りあて、一方に右手を、他方に左手をつけて柱にもたれかかった。 16:30そこでサムソンは、「わたしの命はペリシテ人と共に絶えればよい」と言って、力を込めて押した。建物は領主たちだけでなく、そこにいたすべての民の上に崩れ落ちた。彼がその死をもって殺した者は、生きている間に殺した者より多かった。 16:31彼の兄弟たち、家族の者たちが皆、下って来て、彼を引き取り、ツォルアとエシュタオルの間にある父マノアの墓に運び、そこに葬った。彼は二十年間、士師としてイスラエルを裁いた。


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