主日礼拝メッセージ

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2021/06/13 聖霊降臨節第4主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「しかしわたしは言う」  音声配信
 (要旨掲載 準備中)

聖書:新共同訳聖書「マタイによる福音書 5章 21~26節」  聖書朗読
05:21「あなたがたも聞いているとおり、昔の人は『殺すな。人を殺した者は裁きを受ける』と命じられている。 05:22しかし、わたしは言っておく。兄弟に腹を立てる者はだれでも裁きを受ける。兄弟に『ばか』と言う者は、最高法院に引き渡され、『愚か者』と言う者は、火の地獄に投げ込まれる。 05:23だから、あなたが祭壇に供え物を献げようとし、兄弟が自分に反感を持っているのをそこで思い出したなら、 05:24その供え物を祭壇の前に置き、まず行って兄弟と仲直りをし、それから帰って来て、供え物を献げなさい。 05:25あなたを訴える人と一緒に道を行く場合、途中で早く和解しなさい。さもないと、その人はあなたを裁判官に引き渡し、裁判官は下役に引き渡し、あなたは牢に投げ込まれるにちがいない。 05:26はっきり言っておく。最後の一クァドランスを返すまで、決してそこから出ることはできない。」


2021/06/06 聖霊降臨節第3主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「牢獄から救い出されたペトロ」  (要旨掲載 準備中)

聖書:新共同訳聖書「使徒言行録 12章 1~17節」  聖書朗読
 (聖書箇所掲載 準備中)


2021/05/30 聖霊降臨節第2主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「神の定めがある幸い」  (要旨掲載 準備中)

聖書:新共同訳聖書「マタイによる福音書 5章 17~20節」  聖書朗読
05:17「わたしが来たのは律法や預言者を廃止するためだ、と思ってはならない。廃止するためではなく、完成するためである。 05:18はっきり言っておく。すべてのことが実現し、天地が消えうせるまで、律法の文字から一点一画も消え去ることはない。 05:19だから、これらの最も小さな掟を一つでも破り、そうするようにと人に教える者は、天の国で最も小さい者と呼ばれる。しかし、それを守り、そうするように教える者は、天の国で大いなる者と呼ばれる。 05:20言っておくが、あなたがたの義が律法学者やファリサイ派の人々の義にまさっていなければ、あなたがたは決して天の国に入ることができない。」


2021/05/23 聖霊降臨節第1主日(ペンテコステ)礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「この水が流れるところでは」  (要旨掲載 準備中)

聖書:新共同訳聖書「エゼキエル書 47章 1~12節」  聖書朗読
47:01彼はわたしを神殿の入り口に連れ戻した。すると見よ、水が神殿の敷居の下から湧き上がって、東の方へ流れていた。神殿の正面は東に向いていた。水は祭壇の南側から出て神殿の南壁の下を流れていた。 47:02彼はわたしを北の門から外へ回らせ、東に向かう外の門に導いた。見よ、水は南壁から流れていた。 47:03その人は、手に測り縄を持って東の方に出て行き、一千アンマを測り、わたしに水の中を渡らせると、水はくるぶしまであった。 47:04更に一千アンマを測って、わたしに水を渡らせると、水は膝に達した。更に、一千アンマを測って、わたしに水を渡らせると、水は腰に達した。 47:05更に彼が一千アンマを測ると、もはや渡ることのできない川になり、水は増えて、泳がなければ渡ることのできない川になった。 47:06彼はわたしに、「人の子よ、見ましたか」と言って、わたしを川岸へ連れ戻した。 47:07わたしが戻って来ると、川岸には、こちら側にもあちら側にも、非常に多くの木が生えていた。 47:08彼はわたしに言った。「これらの水は東の地域へ流れ、アラバに下り、海、すなわち汚れた海に入って行く。すると、その水はきれいになる。 47:09川が流れて行く所ではどこでも、群がるすべての生き物は生き返り、魚も非常に多くなる。この水が流れる所では、水がきれいになるからである。この川が流れる所では、すべてのものが生き返る。 47:10漁師たちは岸辺に立ち、エン・ゲディからエン・エグライムに至るまで、網を広げて干す所とする。そこの魚は、いろいろな種類に増え、大海の魚のように非常に多くなる。 47:11しかし、その沢と沼はきれいにならず、塩を取ることができる。 47:12川のほとり、その岸には、こちら側にもあちら側にも、あらゆる果樹が大きくなり、葉は枯れず、果実は絶えることなく、月ごとに実をつける。水が聖所から流れ出るからである。その果実は食用となり、葉は薬用となる。」


2021/05/16 復活節第7主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「地の塩・世の光」 1.「あなたがたは地の塩・世の光である」との言葉は、福音書に記されたイエス様の言葉の中でも、最もよく知られているもののひとつではないかと思う。しかしそれを私達がどのように読んでいるかというと、何よりも福音として、つまり喜びの言葉として聞くことができているかというと、多くの人にとってそうではないのではないかと感じる。
 マタイによる福音書を説教する際には必ず参考にさせていただく書物のひとつに、優れた旧約聖書の研究者でありまた伝道者でもあった関根正雄先生の『マタイ福音書講義』という著作がある。講義の冒頭において関根先生は、次のように語っておられる。「この言葉を読んでわれわれはまず何を感ずるか。直ちに感ずるのは地の塩・世の光と言われるのにふさわしくない、ということであろう。そう感じないとすれば少々甘い。塩としても甘辛い塩ということになりそうである。」と。何冊も説教全集を出版しており、私の神学校の教授でもあった加藤常昭先生も「甘い」云々とは言ってはおられなかったが、やはり同様のことを語っていた。そのような先生方に肩を並べるのはおこがましい限りだが、かくいう私自身も今から27年前の1994年になした説教の冒頭で、「私達は、はたしてイエス様が言ったような者として生きているであろうか。私達の一体どこに、地の塩・世の光と言えるようなところがあるだろうか」と語った。おそらくここにおられる皆さんの多くも、同じような感想を抱くのではなかろうか。
 その最大の理由は、16節にあるのではないかと思う。そこには「人々が、あなたがたの立派な行いを見て、あなたがたの天の父をあがめるようになる」とある。地の塩・世の光とは、要は「立派な行い」をすることだと受け止めてしまう。「立派な行い」というところは、文語訳でも54年版の協会訳でも「よい行い」となっていた。その言葉が「よい」とか「立派な」という言葉に翻訳されたのは、本当に不幸なことだと感じる。勿論そこには、ただ翻訳の問題だけではなく、伝統的にそのイエス様の言葉がそのようなニュアンスで受け取られてきた長いキリスト教の歴史というものがある。周囲の人々が私達を見て、いかにもクリスチャンらしい立派な信仰者だと言ってくれること、それが地の塩・世の光であるということだと受け取ってしまうのである。

2.さて、1994年から30年弱が経った今、私はそのイエス様の言葉から何を感じるか。今の私はもう「私ははたして地の塩・世の光」たり得ているだろうかというようには読まなくなった。関根先生の言葉からすれば、甘いも甘い大甘な読み方になってしまっているのかも知れない。そのように読むようになったのは、「もうクリスチャンとして長く生きてきて、特に牧師としてもう35年近くもやってこられたからには、十分に立派な信仰者であろう、地の塩・世の光としての働きをしているだろうと胸を張れているから」ではない。「よい」とか「立派な」とか、そういうことから言えば、あいも変わらず自分は、下を向くしかないような者である。しかし、そのような者でもイエス様は地の塩・世の光として用いてくださっているのではないかと今は思える。どうして今では、そのようにこの言葉を受け止められるようになったのであろうか。
 マタイによる福音書の注解書、特に山上の説教についての説教集は、私の手元にも数多くある。その中で何人もの先生方が解説しておられることがある。それはイエス様が「あなたがたは、地の塩・世の光でなければならない」と言ったのではなく、「である」と言ってくださったという点の重要さである。その点について牧師ではなく信徒として多くの著作やお勧めをされた井上良雄先生が『山上の説教~終末時を生きる~』の中で、今日の箇所について次のようなエピソードを書いておられる。それは井上先生が、あるドイツの神学者がなした説教で知った逸話だということである。「最初の西ドイツ連邦共和国の大統領になったテオドール・ホイスの妻エリー・ホイスは、歳とってからよく自分たちの結婚式の時の話をしたという。その結婚式の司式をしたのは、後にアフリカの医療活動で有名になったアルバート・シュバイツアーであった。彼は当時まだ無名の若い牧師であった。その結婚式で、テオドールとエリーがシュバイツアーの前に立ったときに、シュバイツアーは、マタイによる福音書の5章13節以下の「あなたがたは地の塩である。世の光である」という箇所を読んでから、二人に向かって『あなたがたのこれからの結婚生活は、この聖句が告げているように、隣人にとっての塩であり光でなければならない』と言った。その言葉を聞いたとき、エリーは一瞬恐怖のようなものを感じたという。しかしシュバイツアーが言葉を続けて、『しかし主イエスは、ここで“あなたがたは地の塩である、世の光である”と言っておられるのであって、“地の塩であれ、世の光であれ”と言っておられるのではない』と力を込めて言ったときに、自分はどんなに深い慰めを受けただろうかと晩年のエリー・ホイスは語ったという。若いシュバイツアーがその箇所をそのように講解したときに、彼はこの聖句の持つ力と慰めを知っていたのである。」

3.私の場合は、やっとこの年になって、この御言葉の持つ深い慰めを味わえるようになった。先週、使徒言行録11章19~26節に出会ったことが大きかったと改めて感じた。それは「アンティオキアにできた教会の信者たちが、世界で初めてクリスチャン~原語ではクリスティアノス~と呼ばれた」ということである。そのきっかけを作ったのは、エルサレム教会で迫害にあい、着の身着のままでエルサレムから500キロも離れたアンティオキアの町に流れ着いた信者たちだった。私はこの人達こそイエス様がそこで言っておられたところの「地の塩・世の光」である人々ではないかと感じたのである。彼らは、流れついた町でイエス様を宣べ伝え、信者を得て教会をたて、周囲の人々からクリスチャンと呼ばれるようになったのだから、間違いなくイエス様が言っておられたような者たちであったであろう。
 では、彼らは言葉通りの意味で「立派な」クリスチャンだったのか。私達が先ほどから考えているような意味で人様から「立派」だと称賛されるような信仰者だったのか。いや決してそうではないと私は改めて強く思わせられる。クリスティアノスとは周囲の人々が奴隷を蔑んで呼ぶのと同じ呼び方である。というのは、奴隷にはしばしば「誰々の奴隷」と呼ぶ意味で最後に・・・ノスという言葉が付けられたという。だから・・・ノスとあれば、すぐにその人は奴隷だとわかった。だからクリスティアノスとは蔑んで見下すための呼び方だったのである。だれも信者たちを立派だなどとは思ってはいなかった。むしろ「あいつらはローマ帝国の犯罪人として死刑にされた男を主人として愛し、生涯をその者のために献げている情けない奴らだ」と蔑んでいた。そうだとすれば、私達もそうあってよいのではないだろうか。普通の意味で立派などではなく、むしろ嘲られるような存在であったのではないだろうか。それが地の塩・世の光としてあることなのである。そう思えると本当にほっとするのである。

4.そこで、「立派」と訳された言葉について触れておきたい。このギリシャ語の原語はカロスという言葉で、そもそも「美しい」という意味である。立派とか良いとか、そのような意味と、美しいということは決して同じではないように思う。たとえこの世的には立派でありよいと見なされても、美しくは見えない生き方やふるまいというものがある。逆に決して立派とは見えずとも美しいと感じられるありさまというものがあるように思う。アンティオキアまで流れてきて、そこで侮られつつも懸命に信仰生活を続け、教会をたてた人々は、ローマ帝国の中では決して立派だとは見なされ得ずとも、美しい姿を呈していたのではなかったか。
 主人に仕えて一生涯を献げる僕の生き方は、どこか美しさを感じさせる。それはおのれの利益のためには生きないということから来るものではないだろうか。勿論、外に見えない内側では、様々な欲や願望が渦巻いてはいるかもしれない。しかし少なくとも外に現れた姿においては、ひたすら主人のために仕える姿である。それは、ある意味で愚かで愚直な姿である。普通の意味では立派とは言えない姿である。けれども、だからこそ美しいと言えるのではないだろうか。
 立派ではなく、むしろ嘲られるような存在であってよいということから、私はふと宮沢賢治の「雨にもマケズ」を思い出した。その最後には「ミンナニデクノボートヨバレホメラレモセズ」とある。アンティオキアでクリスチャンと呼ばれた人々とは、要はこのような人々ではなかったか。そしてイエス様がおっしゃった「地の塩・世の光」である私達とは、そのような者ではなかろうか。文字通りの意味での「立派」などではなく、むしろほめられもせずデクノボーと呼ばれてよいのではないだろうか。そういう者であるならば、私達はまさにそのような存在なのである。アンティオキアにまで流れてきて教会をたてた人々も、そのような人々だったのである。コロナ禍の中、こうして毎週毎週礼拝に集まっている私達は本当に愚かではないだろうか。しかしそこに、カロスというものがある。

5.さらに使徒言行録から示唆されることがある。アンティオキアのクリスチャンたちがクリスチャンと蔑まれたのは、彼らが周囲の人々から見られるということにおいてであった。外に現れたありさま・生き方を見られることによってなのであった。召し使いもまた内側にたとえどういう思いを持っていても、大事なのは外に現れた姿においてひたすら主人に仕えるということだった。イエス様が大事なこととしておしゃったのも、実はその点ではないかと改めて気づかされる。16節には「立派な行いを見て」とある。大事なのは、外から見られるということだと思う。言い方を変えれば、私達が地の塩・世の光であるのは、自分で自分の内側を見てどうなのかと自己吟味してのことではない。最初にご紹介した関根先生の言葉や私自身の感じ方も、実はすべて自分が自分を地の塩・世の光としてどうなのかと自己吟味するがゆえのものである。しかしイエス様は、「自分で自分を吟味する必要はないのだ。私があなたがたを『地の塩・世の光だ』と断定しているのだ。そして外の人がそれを見る。あなたがたが私を愛し、私のしもべとして生涯を生きようとする限り、必ずやそうした外形~外に自ずと現れる形~が生じてくる。クリスティアノスと蔑まれる者にならざるを得ない。」とおっしゃっていると思えるようになったからこそ、私はもう自己吟味することはなくなったのである。これまた多くの方々が解説や説教で書いておられる励まし・慰めだが、「塩が塩の働きをするときまた光が光としての作用をするとき、その存在は小さくてよいのだ」と。料理をするとき、食材の全体の分量に対し使われる塩の量はおそらく1/100程度のものであろう。まさに隠し味である。光も、暗い部屋の容積と比べれば灯火として灯されるロウソクや燭台の大きさたるや本当に微々たるものである。しかし光の存在を覆い隠すことはできない。どんなに隠そうとしても光は覆い隠したものからもれ出しくる。13節や14~15節の文言そのものは、よくわからない部分もあるが、本来イエス様が言わんとされたのは、今教えられたようなことだと思う。いかにわずかであっても塩気がなくなることはなく、光が隠されることはない。そのように、クリスティアノスと呼ばれる私達が塩気を失うことはなく、光としてその存在を覆い隠されることはないのである。そして、小さいこと・少量であってもその働きは大きいのである。だから、小さいこと・ささやかでしかないことを卑下する必要はないのである。
 私達が持っている塩気・また光源はどこから来るかと言えば、それはイエス様から来る。それが山上の八福に込められているのだと思う。貧しい者は幸い、悲しむ者は幸い、苦しむ者は幸いとイエス様はおっしゃった。その驚くべき幸いについて私達が見いだせるものはごくわずかしかないかもしれない。しかし、どれほどわずかであっても、私達はその幸いをイエス様から確かにいただいているのである。その幸いが塩気であり光源なのである。イエス様から、このささやかな幸いをいただいていることにおいて、私達は地の塩であり世の光なのである。決して立派ではないが、美しい者として生き得ているのである。

聖書:新共同訳聖書「マタイによる福音書 5章 13~16節」  聖書朗読
05:13「あなたがたは地の塩である。だが、塩に塩気がなくなれば、その塩は何によって塩味が付けられよう。もはや、何の役にも立たず、外に投げ捨てられ、人々に踏みつけられるだけである。 05:14あなたがたは世の光である。山の上にある町は、隠れることができない。 05:15また、ともし火をともして升の下に置く者はいない。燭台の上に置く。そうすれば、家の中のものすべてを照らすのである。 05:16そのように、あなたがたの光を人々の前に輝かしなさい。人々が、あなたがたの立派な行いを見て、あなたがたの天の父をあがめるようになるためである。」


2021/05/09 復活節第6主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「クリスチャンと呼ばれる」 1.アンティオキアという町に異邦人を中心とした教会ができ、そこに集まった人々が世界ではじめて「キリスト者」と呼ばれるようになった。どのようなきっかけでエルサレム教会以外に教会が誕生したかが書かれている。アンティオキアの教会は、「ステファノの事件をきっかけに起こった迫害のために散らされた人々(19節)」が起点になって建てられた。なお「キリスト者」とは、ギリシャ語の原文ではクリスティアノス(以下ではクリスチャンと記載)である。26節では、このアンティオキアに立てられた信者の集まりを「教会」と呼んでいる。エルサレム教会以外で、正式に「教会」と呼ばれるようになった集まりは、それが最初である。
 上記「ステファノの事件」とは、使徒言行録8章1節に書かれている。ステファノとは、エルサレム教会の中のギリシャ語を話すグループの指導者だった。7章に彼の演説が記されている。要点は、私達が神様と結びついて生きる上で、神殿は不必要であるとのことである。それが神殿は絶対に必要だと信じるユダヤ人からの怒りを買い、エルサレム教会はユダヤ人からの激しい迫害を受けた。ただ、その矛先は専ら教会内のギリシャ語を話すステファノの仲間たちに向かったようである。そのため、彼らはエルサレムを追われ、各地に離散してゆかざるを得なくなったのである。
 彼らはパレスチナを北上し、フェニキア、キプロス、そしてアンティオキアまで流れて行った。19節の最後には、「彼らは最初、ユダヤ人以外には御言葉を語らなかった」とある。当初彼らは、自分たちと同様にギリシャ語を話す人々でユダヤ教的なバックボーンを持っている者だけにイエス様のことを語ったのである。ところがアンティオキアでは、何かの偶然であったか、そのような背景を全く持たないギリシャ人にも「主イエスについての福音を告げ知らせた」のである。すると彼らは、イエス様をキリストとして信じるようになっていった。恐らくは、そのようにしてアンティオキアにギリシャ語を話すユダヤ人と全くの異邦人であったギリシャ人から成る信仰共同体ができていったのであろう。聖書巻末の地図にあるとおり、アンティオキアはエルサレムの北500キロほどにあった。地中海から20キロほど内陸に入ったところにあった。紀元前300年ほどにシリア王国によって建てられ、当時は50万人もの人口、ローマ帝国の中ではコリントと並んで猥雑な町として悪名高いところだったそうである。そのような町に、エルサレム教会の次の教会が立てられ、そして、その町の信者がはじめて「クリスチャン」と呼ばれるようになったとは、とても心に残る。

2.どのようなことが心に残るか。一点目は、アンティオキアにエルサレム教会以外の最初の教会が立てられたのは、エルサレム教会の伝道計画によって「ここに伝道所を立てよう」と計画されたからでは決してなかったという点である。迫害によって仕方なくそうさせられたからであった。そこには、人間の計画や思案を超えた神様の計画が働いている。もしも人間が企てた計画であれば、アンティオキアほどそれにふさわしくない場所はなかったと思う。11章1~18節で学んだように、ローマの軍人コルネリウスが信徒になったことをきっかけにして、彼に洗礼を授けたペトロがエルサレム教会で激しい非難をあびた。割礼を受けないまま信者になるなどは、エルサレム教会の人々が考えもしないことだった。そのような彼らが、どうして次なる教会を立てようとする場所として、よりにもよってコリントと並んで悪名高い猥雑な町であったアンティオキアを選ぶであろうか。自分たちと相いれない異邦人を伝道の対象とするであろうか。だからそれは人間ではなく神様の考えによることなのである。そうして教会は人間の企てではなく神様の計画によって広がり、新たに立てられてきたのではなかろうか。そのために神様が用いたのが「迫害のために散らされた」という機会だったのである。それによって神様は、私達人間の思惑や枠を超え、打ち破らせてアンティオキアで全くの異邦人へと福音を宣べ伝えさせ、教会を立てさせることとなったのである。
 現在のコロナ禍も神様は、私達にそのような機会として用いられるのではないか。もしかすると、教会は今後ますます、その維持運営が大変になってゆくかもしれない。文字通りの迫害ではないにしても様々な意味で、これまで保ってきた状態を手放し散らされてゆかざるを得ない状況がやってくるのではなかろうか。27節以後に大飢饉の予言がされている。コロナ禍も、これから教会を襲うそのような試練の予兆なのかもしれない。しかし、それこそは神様が私達を私達自身の企てや枠を破らせて、新たな伝道や発展を遂げさせてくださる機会なのかもしれない。「散らされる」と訳された言葉は「ディアスペイロー」というギリシャ語である。そもそもは「種を蒔く」という意味である。散らされることこそ、種を蒔くことなのである。私達の意に反して迫害や困難によって散らされることがなければ、種が新たな場所に蒔かれることもない。それは教会や伝道だけに当てはまることではなく、私たちの人生にも言えることである。それまでの在り方を手放して散らされてゆくことは、種蒔かれ新たに芽生えてゆくことである。

3.次に心に残る点は、散らされていった人々が一体なぜ福音を宣べ伝えることができたのかという点である。彼らが特に伝道に熱心だったのであろうか。決してそうではなかったと私は思う。散らされてゆく中で、なかには信仰を失ってしまった人々もいたに違いないと思う。しかし散らされてゆくからこそ、より一層礼拝をささげる生活を自分たちのよりどころにしようとした人々もいたのではなかったか。そのような生活を周囲の人々が見るなかで、自然に福音が宣べ伝えられていったのではないかと私は思う。言葉によって福音を伝えたというのではなく、福音をよりどころとする生き方そのものが、ごく自然に伝道をしたのではなかろうか。
 迫害を受けて散らされた人々は、どのような福音をよりどころにしたのであろうか。7章には、彼らのグループの指導者だったステファノが語ったことが書かれていた。それを改めて思い起す。創世記12章1節以下に「あなたは生まれ故郷、父の家を離れてわたしが示す地に行きなさい。(そのあなたを)わたしは祝福し」との神様の言葉が書かれていた。散らされた人々は自分たちを、このアブラハムの姿に重ね合わせていたに違いない。彼らが何よりも頼りとしていたのは、住み慣れた場所を離れて散らされゆく歩みにこそ幸いを与えようとした神様ではなかったか。そして散らされてゆくこの世の辛い生涯においても、その神様が必ずや幸いを与えてくださるとの保証がイエス様ではなかったか。その幸いは、山上の八福でも教えられたように、具体的には教会の交わりにおいて信者同士が慰め合うことによって与えられるのである。だから散らされてゆく歩みにおいてはイエス様を、そして神様を礼拝する営みを毎週続けずにはおられない。どこに散らされても、礼拝をささげる場所を見つける。そして毎週毎週礼拝をささげるのである。
 この生活が、ごく自然に伝道をすることになるのです。周囲の人々は、一体何がこの迫害にあって散らされている彼らを支えているのかと、興味津々で見ているのです。特にギリシャ・ローマのあちらこちらから散らばされている人々は、そうなのです。自分たちも同じ境遇にあるからです。散らされているにもかかわらず力強く生きられている秘訣は何かを、当然に知りたがるでしょう。それがきっかけとなって、20節最後にある「ギリシャ語を話す人々にも・・・主イエスについて福音を告げ知らせ」るということが起きたのでしょう。
 ここで、私は改めて、主イエスの福音の力強さというものを感じさせられます。このままゆけば教会はなくなってしまうのではないか、信者はいなくなってしまうのではないか、とよく言われます。そういうあせりから伝道をしなくては、と急き立てられているのです。しかし、今日の御言葉を読みますと、そんなことは何ら心配する必要がないのだと知らされるのです。福音には力があるのです。様々な理由からこの世を散らされてゆく私達の、必ずやよりどころとなります。私達を捉える力があります。福音に捉えられた私達は、おのずと礼拝を守り教会を立てるのです。そして、その姿は、また自ずと伝道をしてゆきます。周囲の人々を捉えるものです。猥雑なアンティオキアの町のただ中に教会を立てあげます。エルサレム教会の思いなど遥かに超えて、次なる教会が立ってゆきます。

4.心を捉えられる最後の点は、このアンティオキア教会に、エルサレム教会からバルナバという人が派遣され、彼によってパウロが指導者として連れてこられ、そうしてこの教会の信徒が世界ではじめて、クリスチャンと呼ばれたことを通して示された事です。
 誕生したばかりのアンティオキア教会に、エルサレム教会が誰を問安使として遣わすかは大問題です。最初にも申し上げたように、コルネリウスが洗礼を受けたことがエルサレム教会で大問題になり、ペトロでさえ猛烈な非難を受けたのです。しかし、エルサレム教会は賢明にもバルナバを使者として送りました。なぜバルナバを送ったか。彼は4章の36節によれば、「キプロス島生まれ」の人であり、エルサレム教会初期からの重要なメンバーだったからでした。
 そんな彼がアンティオキア教会を訪れてまず何をしたか。「神の恵みが与えられた有り様を見て喜」んだと、23節にあります。エルサレム教会にとって当たり前なこと、つまり割礼を受けることや律法を守ることを、異邦人信者に押し付けてはいません。新参者の信仰共同体に、「こうあるべし」「こうでなければならない」と、たがを嵌めてはいないのです。大事なのはただ一つ、「神様の恵みが与えられ」ているかを見ることでした。これを見て喜びました。11章17節においても、エルサレム教会で割礼を巡ってペトロが弁明をした際も、人々をして静まらせたのは「神が賜物をお与えになった」という言葉でした。ペトロが語った「賜物」と、バルナバが見ようとした「恵み」とは、同じものでしょう。教会が教会であるのは、まさにこの点にある、と示されるのです。割礼の有無を巡って、今日の教団で言えば、洗礼の有無や聖餐式のありかたを巡って深い対立があるのです。しかし、バルナバはそれをふりかざすことはしなかったのです。できたばかりの異邦人教会に、ユダヤ人教会のありかたを科すことはしなかった。そうではなく、神様の恵みを知っていることを求めたのです。 異邦人教会であればこそ、パウロという人の働き場所となったのでした。エルサレム教会中心の、異邦人も割礼を受けねばと主張する教会だけであれば、おそらくパウロの働き場所はなかったのです。しかし、割礼の「か」の字も知らない教会が誕生したのです。でも、神様の恵みはちゃんと知っている教会なのです。このような教会の信者が、世界ではじめてクリスチャンと呼ばれたということは、とても心に残るのです。これは、信者が自分たちで「わたしはクリスチャン」と言ったものではありません。あくまで、外の人々が信者たちの生き方・有り様を見てつけた ―どちらかと言うと、さげずみ・あざけりの意を含んだ― 仇名なのです。
 原語の「クリスティアノス」は、「クリストス」と「イアノス」という言葉が合わさったものです。「クリストス」は、勿論イエス様のことで、「イアノス」とは、しばしば奴隷が「だれだれ様という主人のもの」という意味において、その主人の名前の後に付けられた言葉だそうです。ですから、クリスティアノスとは、キリストのもの・キリストの奴隷という意味です。信者たちは、その生涯の多くをイエス様にささげます。特に礼拝を守ることを通して、人生のかなりの部分をイエス様にささげるのです。それは、あたかも奴隷が主人に人生を献げるがごとくです。そういうありかたが外から見られて、「クリスチャン」と仇名されるのです。先ほど示されたように、同じクリスチャンとは言っても、内側では様々な違いがあるのです。ユダヤ人教会と異邦人教会では、同じ教会なのと思われるほどの違いでしょう。そうであっても、彼らがイエス様と神様に人生の多くを献げる姿は、外から見ると同じなのです。捧げようとする相手はイエス様であるのです。外から見てというとき、それは、かつて言われたように、お酒は飲まないたばこは吸わない、と言うようなことではないのです。主人であるイエス様を愛し、人生の多くを献げるということにおいてなのです。

聖書:新共同訳聖書「使徒言行録 11章 19~30節」  聖書朗読
11:19ステファノの事件をきっかけにして起こった迫害のために散らされた人々は、フェニキア、キプロス、アンティオキアまで行ったが、ユダヤ人以外のだれにも御言葉を語らなかった。 11:20しかし、彼らの中にキプロス島やキレネから来た者がいて、アンティオキアへ行き、ギリシア語を話す人々にも語りかけ、主イエスについて福音を告げ知らせた。 11:21主がこの人々を助けられたので、信じて主に立ち帰った者の数は多かった。 11:22このうわさがエルサレムにある教会にも聞こえてきたので、教会はバルナバをアンティオキアへ行くように派遣した。 11:23バルナバはそこに到着すると、神の恵みが与えられた有様を見て喜び、そして、固い決意をもって主から離れることのないようにと、皆に勧めた。 11:24バルナバは立派な人物で、聖霊と信仰とに満ちていたからである。こうして、多くの人が主へと導かれた。 11:25それから、バルナバはサウロを捜しにタルソスへ行き、 11:26見つけ出してアンティオキアに連れ帰った。二人は、丸一年の間そこの教会に一緒にいて多くの人を教えた。このアンティオキアで、弟子たちが初めてキリスト者と呼ばれるようになったのである。 11:27そのころ、預言する人々がエルサレムからアンティオキアに下って来た。 11:28その中の一人のアガボという者が立って、大飢饉が世界中に起こると“霊”によって予告したが、果たしてそれはクラウディウス帝の時に起こった。 11:29そこで、弟子たちはそれぞれの力に応じて、ユダヤに住む兄弟たちに援助の品を送ることに決めた。 11:30そして、それを実行し、バルナバとサウロに託して長老たちに届けた。


2021/05/02 復活節第5主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「思いがけない幸い」 1.マタイによる福音書の5章から7章までは、山上の説教と呼ばれるひとまとまりである。その冒頭には、韻文の形で8つの「幸いである」との言葉が列記されている。そのため昔から「山上の八福」と呼ばれてきた。
 「悲しむ人々は幸いである」とある。その「悲しむ」という言葉─ギリシャ語で「ペンテオ」─は、バークレーの注解によれば「ギリシャ語の中で、悲しさを現す最も強い言葉」とのことである。「死んだ人を悼み、愛する人を慕って狂うばかり嘆く場合に用いられる」とある。山浦玄嗣医師は「イエスの言葉~ケセン語訳~(文春新書)」という本において、そこを「野辺の葬送(おぐり)に泣いでいる人ア幸いだ」と訳しておられた。医師として患者さんの胸にあてた聴診器を外して「ご臨終です」と告げるのはつらく、静まりかえった深夜の病棟に大切な人をなくした人達の「のども裂けよと泣き叫ぶ声を聞くのは耐え難いものであり、この悲しみを慰めることなどだれにできましょうか」と書いておられた。ましてやその方々に「幸いである」などとは口が裂けても言えない言葉なのである。
勿論イエス様とて、その悲しみそのものが幸いだなどと言っているのではない。3節で、貧しいことそれ自体が幸いだと言ったのではないのと同じである。そうではなく、普通は到底幸いなど見いだすことのできない貧しさや悲しみや苦しみの傍らに、なぜか幸いが見いだされるとイエス様は約束してくださっているのである。貧しさや悲しみがなければ見いだすことのできない幸いがあるということである。詩編126章5節に「涙と共に種を蒔く人は、喜びの歌と共に刈り入れる」とある。涙を流すことには必ずや幸いが伴っているのである。

2.それは、私自身の拙い歩みにおいてもお話しできる。皆さんもそうではなかろうか。皆さんのこれまでの生涯においても、忘れることのできない深い喜びや幸いというものがおありになるのではないか。そこには必ず悲しみや苦しみが伴っていたのではなかったか。涙と共に種を蒔いたので喜びを収穫できたのではなかったか。
 35年間の私の牧師生活の中にも、忘れることのできない幾つかの幸いがあった。私にとって最大の幸いは、Iさんから頂いた手紙を通して与えられた。彼は、もともと私の前任地の郡山教会の信者だった。その手紙をいただいた少し前に彼は、彼の古くからの友人が牧師となって設立した教会に転会していた。彼との最初の出会いは、私が郡山教会に赴任した直後のことだった。彼があるスナックで無銭飲食をして、その店主からの「彼が飲み代を払ってくれないので警察に突き出す」との電話を受けたのがはじまりだった。その後も何度となく無銭飲食を繰り返して刑務所に入っては出所すると、なぜか自分の属する教会ではなく私のもとを訪ねて来た。
そのような中、2003年から2004年にかけて新会堂の建築をした。古い会堂の解体を始めた翌日に行われた教区総会で、私は教区議長に選出された。本当にプレッシャーと責任に一杯一杯だったと思う。夏休みが終わった9月の役員会で、思いもよらない批判が浴びせかけられた。牧会や説教までも非難を受けた。引き金になっていたのは、役員のひとりとの会堂建築を巡っての意見の対立だったと思う。できることなら牧師を辞任したいと思った。しかし、会堂建築が始まったばかりで、さらには教区議長に選ばれたばかりではそれもかなわなかった。そのような中、役員会の翌日、涙をこらえつつ仙台への一泊の出張をし、帰ってきたときに届いていたのがIさんからのその手紙だった。
 私はその手紙を、書斎机脇のコルクボードの見えるところにいつもピンでとめている。その手紙をよこしたときIさんはホームレス生活をしていたさかなに脳梗塞を起こして倒れ、退院するあてもなく精神病院に入院中だった。彼の手紙の最後は、次のように結ばれていた。「何も持ってくる必要はありません。ただ先生の顔を見せて下さい」と。私はこの言葉に神様の声を聞いたと思った。会堂建築や教区議長をしなければという思いから、様々なものを持とう・持とうとしていた私ではなかったか。そのような私は、どこかで信徒の皆さんに上から目線で接していたのだと思う。そのような私に神様はIさんの言葉を通して、「何も持たずともよいではないか」と語りかけてくださった。役員会での非難を受けて、私はすっかり教会での自分の牧師としての存在意義を見失っていた。自分などいない方がよいのだと、本当にそう思っていた。しかしIさんは、何も持たないただの私が訪ねてくれればありがたいと言ってくださった。決しておおげさではなく、私はIさんの言葉によって自分の存在意義を取り戻すことができたのである。
 もしも私がこの手紙をいただいたときに悲しみの最中にいなければ、おそらくこの言葉に神様の声を聞くことなどなかったであろう。「ああ、またIさんからの迷惑な手紙だ」と読みすてていたに違いないと思う。しかしそのときの私は、悲しみのどん底にいた。それは文字通り死者を悼む悲しみではないが、自分の存在意義を喪失してしまって本当に深い悲しみの中にある者だった。そのような私であればこそ、Iさんの何げない言葉に神の声を聞き、深い慰めという幸いをいただくことができたのである。

3.さてそこで、なぜ悲しみの中にある者は、そのような幸いをいただくのであろうか。この4節だけではなく山上の八福の全体を読んで、ここに列記されている幸いに共通しているものがあるということに今回改めて気づかされた。それは翻訳の言葉の上でもはっきりと現れている特色である。8つの幸いのうち、その半分の4つは「・・・される」との受け身の形を取っている。「慰められる」「満たされる」「憐れみを受ける」「神の子と呼ばれる」の4つである。それ以外の「天の国はその人たちのもの」も「地を受け継ぐ」も「大きな報いがある」ということも、言われているのは神様によってそうしていただく幸いなのだから、内容としては受け身である。そういうことから言えば、8つの幸いすべてが根源的には受け身として与えられるものなのである。私達が受け身の状態にあることが、神様からの幸いをいただくことと密接に結び付いているとわかる。
 私達が受け身の状態にあるということが、悲しみの中にいるということと深くつながっていると示される。私達が他のどのような時よりも受け身である状態に置かれるときとは、いかなるものであろうか。それこそが貧しい者であり、悲しむ者であり、義に飢え渇く時であり、迫害される時ではなかろうか。翻訳の言葉の上では、はっきりとは受け身の意味が現れていないが、多分「柔和」や「憐み深い」や「心の清い」や「平和を実現する」ということにも、この受け身ということが含まれているに違いない。英語では、受け身形・受動態のことをパッシブと言い、それは苦しみのパッションと同義語である。この8福の、すべての人々に共通しているのはパッション・苦しみに他ならない。なぜ苦しいのか、それは私達が主体・能動ではなく受け身だからである。自分が主人公ではなく、思い通りにはならない存在にさせられている。だから苦しいのである。根源的なところで破かれている。破裂させられている。しかしその破れこそが、幸いが神様から注がれるところの、なくてはならない入り口となっているのである。

4.受け身であり破れていることが幸いと分かち難く結び付いているということについて、私の最大の愛読書のひとつである犬飼道子さんの『幸福のリアリズム』という本を紹介したい。この本の最初の章のタイトルは「心を外に開くとき」である。犬飼さんは、人間も他の生き物と同じである限り、生命体としての共通のルールみたいなものがあり、それを考察することで人間にとっての幸福とは何かがわかるだろうとまず言っておられた。
 ではその生命体すべてに共通するルールとは何かと言うと、それはたとえば球根を例にとると、それは土の中に置かれて、土という自分以外のものからの養分を「受ける」のである。私達人間もそのようにして心や体を外に向かって開き、外から与えられるものを受けて成長してゆく。それがこの章のタイトルにいうところの「心を外に開く」ということである。開き受けるところにこそ私達の幸いの原点がある。
 さて、私達が開かれてゆくとは、しばしば無理やり起こることではなかろうか。受け身にされることにおいて開かれてゆくのではなかろうか。犬飼さんはこの本の中で、自分の若かりし時の体験を書いおられた。彼女は意気揚々と留学した先で結核になり、何年もの闘病を余儀なくされた。「青春の野望と留学の希望とは見事に不成功に終わった。私がそれまでに筋書きを書いてひとりで悦に入っていた『今後の設計』はご破算になった。・・・まっくらなものが世界じゅうを包みこんだようにはじめは思われたが・・・最大限10日という短い時間ののちに、いままで考えていた『設計』とは全く違うが、もっと心にしみこむ『光明』に変わり得る」とわかってきたと。そしてその光明を次のように書いている。「(それは学位でもなく)全快でもないかもしれぬ。むしろ、この病床の上で、日々刻々、思いわずらわず不安に圧倒されてしまわず、医師の指示を素直に受けて、熱があろうとも窓から見える空の青さに感謝し、友人知人に感謝して生きることによる『心の成功」を意味した。・・・もしも幸いに、癒される日が来たら、この得難い闘病数カ年をこそを学歴として世に出よう。その日から私は安らぎを得た。幸福感を味わった」と。
 開かれてゆくということは受け身に、パッシブにされることなのである。そしてそれは必然的に・パッションである。自分が破れてしまうことである。自分自身が主人公であることを失ってしまい、貧しいのである。自分が主人である存在としては死んでしまっている。その死を悼む者である。悲しみによって心は無理やりにも鍬や鋤によって耕され、自ずと柔らかく清くさせられ、同じような境遇にある人に対して憐れみ深くなるのである。もはや誰かと争おうとするほどの力や自信など失い、いやがおうでも平和を作り出す者にされるのである。八福の幸いとは、すべて突き詰めると、受け身にされ苦しむ者となったがゆえに与えられるものだとわかる。

5.そうして幸いとして与えられた慰め・憐れみといったことは、何とささやかなものかとしみじみ感じるのである。通常の幸いとして感じられ求め願われるものは、長寿であったり健康であったり豊かさであったり財産であったり、そのようなものであろう。それらは当然に自分が主人公であって、自分ひとりで保有しうるものである。自分ひとりで保有しているものが大きくて豊かであればあるほど、幸いは大きくて豊かだと思われている。
 しかし、慰められ満たされ憐れまれる幸いはそうではない。何一つとして自分ひとりで手に入られるものはなく、すべては神様によって、具体的には自然や人とのつながりによって与えられるものである。「パラカレオー」というギリシャ語の言葉に、その幸いの根源が滲み出ていると思う。パラカレオーとは、誰かをそばに(パラ)呼ぶ(カレオー)という意味である。誰かがそばに来てくれることによってこの辛いは与えられ、また先ほど私の得た幸いがそうであったように、そばに来てほしいと呼ばれた者もまた幸いをいただく。何とそれはつかの間の幸いであろうか。小さな幸いであろうか。しかし、私自身にとってそうであったように、その小さな幸いは生涯を通して失われ得ないものである。悲しみや苦しみは大きく、それに比べて与えられる辛いは本当に小さいのだが、しかしその幸いは私達の一生涯を支えるのである。

聖書:新共同訳聖書「マタイによる福音書 5章 3~12節」  聖書朗読
05:03「心の貧しい人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。 05:04悲しむ人々は、幸いである、その人たちは慰められる。 05:05柔和な人々は、幸いである、その人たちは地を受け継ぐ。 05:06義に飢え渇く人々は、幸いである、その人たちは満たされる。 05:07憐れみ深い人々は、幸いである、その人たちは憐れみを受ける。 05:08心の清い人々は、幸いである、その人たちは神を見る。 05:09平和を実現する人々は、幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる。 05:10義のために迫害される人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。 05:11わたしのためにののしられ、迫害され、身に覚えのないことであらゆる悪口を浴びせられるとき、あなたがたは幸いである。 05:12喜びなさい。大いに喜びなさい。天には大きな報いがある。あなたがたより前の預言者たちも、同じように迫害されたのである。」


2021/04/25 復活節第4主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「少年ダビデが選ばれる」 1.サウル王の次の王となるべき者として、少年ダビデが選ばれていった様子が描かれている。私は子どもたちの礼拝においてダビデが選ばれてゆく後半の場面をお話しすることがよくある。子どもたちにとっても大好きなお話のひとつであろう。末っ子のダビデは、会食の席に招かれることなく羊の番をさせられていた。その少年ダビデが、兄たちを差し置いて王様となるべき者として選ばれてゆくという意外性のある物語が、幼い子どもたちの心を引き付けるのであろう。同じようなモチーフの昔話は、古くから語り継がれてきた。
 なぜ、サウル王の次の王になるべき者が選ばれていったのか。それについては1節に、神様が「わたしは、イスラエルを治める王位から彼(サウル)を退けた」とサムエルに言ったとある。なぜ神様はサウルに王様失格の烙印を押したのか。15章24節にサウル自身の言葉として「(わたしは)兵士を恐れ、彼らの声に聞き従ってしまいました」とある。少し経緯を振り返ってみたい。そもそもサウルは、自分からは王様になろうなどとは露ほどにも思ってはいなかった。9章に、彼が最初にサムエルと出会う場面が記されている。そこには、彼は行方不明になった数頭の父のロバを探していたことが書かれていた。もし彼がサムエルと出会うことなくイスラエル最初の王様になど選ばれなかったならば、彼は生涯、平穏無事に家畜を飼う者として過ごしていたのではなかったか。そのような彼は、言わば無理やり王様にさせられたのである。「あなたは王様になるのだ」と言われたサウルは「わたしはイスラエルで最も小さな部族の者ですし・・・そのベニヤミン族でも最小の一族の者です。どんな理由でわたしにそのようなことを言われるのですか」と訴えた(9章21節)。王様に立てられたことを示す油を注がれる儀式の後においても、彼は荷物の陰に隠れていた(10章22節)。そのようなサウルを人々は「こんな男に我々が救えるか」と言って侮ったと10章最後にある。
 サウルはそのような経緯から王になった。そのためサウルは人一倍人々の歓心を買おうとしてしまうのだった。それが態度となって現れてしまった(15章24節)。ゆえに神様はサウルを王位から退けたのである。そのことについて、サムエルは嘆いていた(1節)。直前の15章の最後にも「サムエルは死ぬ日まで・・・主は・・・悔いられた」と書かれていた。

2.神様が「いつまであなたはサウルのことを嘆くのか」と問いかけるほど、サムエルはサウルのことで嘆いていた。その彼の気持ちは想像に難くない。それは文字通りサウルについての嘆きばかりではなく、彼を選んだ預言者としての自分自身についての嘆きでもあっただろう。そしてさらに言えば、サウルをいわば無理やり王様として選んだ神様への嘆きでもあったかもしれない。サムエルの立場とは、サウルに対しての牧会者のようなものだったと思う。黙っていれば一生涯、平穏無事に家畜を飼う者として過ごすことができた若者を、無理やり王という立場へと引きずり出したのはサムエルだったのである。もっと牧会する余地があったのではなかったと悔やんだ。さらには王に選んだ神様への訴えや嘆きもあった。「そのようにして無理やり王様として選んだ者に対し、余りにも冷たいのではないか、酷な要求を科しているのではないか」と。
 私は、サムエルがサウルについていつまでも嘆いている姿に、自分自身のありさまを見るように思う。牧会者として教会員のことについて嘆き悔やまないことはない。私は今も、そのような思いを抱えているただ中にある。特に信徒が教会生活から離れてしまうことについて、牧師としてこうはできなかったのか、こうすべきではなかったのかと嘆くことがしきりなのである。牧師ではない皆さんも、私と同じように、お子さんやご家族について、そのような嘆き・後悔というものを抱かれることがあるのではなかろうか。お子さんやご家族を、言わばサウルのような状況に追いやってしまったのは自分ではないかと嘆くのではなかろうか。
 そのようなサムエルと私たちに対して神様は「いつまで嘆くのか」と語りかけてくださる。それがとても慰めであり励ましのように感じる。なぜ神様はそのように問いかけてくださるのか。15章の最後には「主はサウルを・・・悔いられた」とあった。神様自身も悔いておられた。そうであるならば、サムエルと同じように嘆いてもよいように思う。しかし神様はそうではない。悔やみつつも神様は、次の王となるべき者を見いだしたとある。読み様によっては神様は、あっさりとサウルに見切りをつけて次の王を見いだしたかのようである。もうサウルは用済みなのであって、切り捨ててしまった者をいつまでも嘆いていても仕方がないとでも言うような言葉のように思える。神様の真意はどういうものだったのか。

3.私が改めてはっとさせられるのは、15章最後でも16章1節でも、神様はサウルを「イスラエルの上に王として立てたことを悔やみ、イスラエルを治める王位から退けた」とある点である。神様がサウルを退けたのは、あくまで王様からということではなかったか。別の言い方をすれば、王様であること以外でのサウルとのつながりを退けるのではないということである。15章24節においてサウルは「兵士を恐れ彼らの声に聞き従ってしまいました」と言いつつも「どうぞ今、わたしの罪を赦し、わたしと一緒に帰ってください。わたしは主を礼拝します」と言っていた。サウルがそのように言えたのは、根本には神様の側が彼とのつながりを切ってはいないからではなかったか。だからサウルはなおも神様を礼拝しようとした。しかしサムエルはこれを拒んだ。そして15章最後にあるように、もはや最後までサウルとは会おうとはしなかったというのである。
 それは牧会者としてどうであったのか。私は、それは神様の御心とは違うと感じる。神様は決してサウルそのものを切り捨ててはおられなかった。それは、16章以後のサウルの生きざまやダビデとの関わりに如実に現れている。王位から退けられ、ダビデという次の王まで選ばれたのに、サウルはなおも王として留まり続けた。ダビデはサウルから追われ続け、その途中で何度もサウルの命を奪うチャンスがありながらも、決して剣を振るおうとはしなかった。そのようなことを通して、神様はサウルを守っておられると私は感じる。神様は一度関わったものを決して捨てることはない。だから、神様のサムエルへの「いつまで嘆くのか」という問いかけは、もうあなたが嘆く必要はないのだとの真意からのものである。「サウル、あなたの今後は神である私が気にかけるから、もうあなたは嘆くのは止めるがよい」という御心である。
 神様は、イスラエルの最初の王様として立てられたサウルを、「ああ、やはりこうなってしまうのか」と悔やみつつも、「しかし人間の王というのはこうなのか」とよくご存じなのだと思う。神様は、人間の王にそれほど多くの期待など最初からしていなかった。だから、イスラエル人が最初に王を立ててほしいと願ったとき「本当にいいのか。王はあなたがたを奴隷にするよ。自分たちが選んだ王様によって泣き叫ぶことになるよ」と予告した。王がどういうことをするかを、神様はよくご存じなのである。だから、確かに王としてのサウルを悔やんではいても、しかしサウルのすべてを悔やんでいるのではなく、すべてを退けたのではないのである。
 けれどもサムエルはそうではなかった。死ぬまで会おうとしなかったという点に如実に彼の思いが現れている。サムエルはサウルに対し、余りにも王としてこうあってほしい、こうあるべきだと思い過ぎていた。だからそうなれない彼や、そうあらしめることのできなかった自分を嘆いた。神様に対してもどうしてそうあらしめて下さらなかったのかと嘆いた。自分自身や周囲の人々に対する私たちの嘆きも、そのような思いから生じることが多いのではなかろうか。しかし、そもそも王であるということは、根源的に兵士を恐れ、その声に従い、神様に従うことのできないものを抱えていたのである。私たち人間も、つきつめればひとり一人が必ずどこかで王様として生きようとしてしまう者である。そこから離れることはできないものである。だから、そういうものを抱えている人間をいつまで嘆いても仕方がないのである。嘆くのではなくして、別の関わり方をせよとの語りかけではないだろうか。

4.そのような神様の人間へのはたらきかけを嘆くのではなく、別の関わり方として、ダビデの選びというものが描かれているように思う。私はそこに、私たち人間に関わろうとなさる神様の懐の深さのようなものを感じる。
 神様は、サウルを再び王様として復権させようとしたのではなく、新たに別の王様を立てようとしたというのは、どうしても王様を求めてしまう私たち人間とこれからも関わりを持ち続けようという御心の現れだと思う。どうしても私たちは王様として生きようとしてしまう。サウルのような過ちを犯す者である。それでも神様は、なお王となり王を欲しがる私たちを切り捨てず関わろうとして下さるのである。それどころか王選びにさえ関わってくださる。それは、「あなたがたにとってどのような存在が王となり導くかが決定的に大事なのだよ」との御心の現れなのである。どうしても間違った王様を立て求めてしまうし、自分自身が自分の王となろうとしてしまう者であるからこそ、「私が王選びに関わって、あなたがたにとってのふさわしい王を、導き手を立てよう」と神様は言っておられるのである。
 それでは神様は、どのような王をお選びになったのか。その点では明らかに預言者サムエルも落第者だった。サウルを嘆き、ばっさりと切り捨てたサムエルだったが、そのような彼であっても、ふさわしい王様選びの『試験』では落第だった。神様のユーモアというか、神様のサムエルへの少々の皮肉を感じてしまう。サムエルはエッサイの家に行くように命じた。その会食の席に集められた7人の息子たちについて、サムエルはまず長男エリアブに目を留めて「これこそ次の王たるべき者だ」と思った。しかしそれは神様からだめ出しをされてしまう。「容姿や背の高さに目を向けるな。わたしは彼を退ける。人間が見るようには見ない。人は目に映ることを見るが、主は心によって見る」とある。「主は心によって見る」については、様々な解釈がある。よく誤解される「人は外見を見るけれども神様はその人の心・内面を見て判断する」ということではない。この「心」というのは、突き詰めれば神様の御心ということであり、その神様の御心に適うものがその人の内にあるかどうかという意味である。
 その後、次々と7人の息子たちが退けられ、とうとう会食の席に最初から招かれておらず、数にも入っていなかった末っ子で、羊の番をしていた少年ダビデが連れてこられた。神様は「それがその人だ」と言った。それは、ダビデの心が、彼の内面がふさわしかったというのではない。私たちは王となった彼が、後にどういうことをしでかしたかよく知っている。しかし彼には、神様の御心にふさわしい何かがあった。それが「末っ子」とか「羊の番をしていた」というところに象徴的に現れている。「心の貧しき者は幸いなり」との御言葉にも通じる。末っ子であり、数にも入れられなかった貧しさを抱え、だからこそ神様という羊飼いによって飼われる羊である者こそが、逆説的に私たちの王となるべき者なのである。そういう貧しい者が私たちの王となるべきなのである。それは、特に十字架にかけられたイエス様に他ならない。十字架という弱さ・愚かさが「末っ子」の象徴なのである。そのような王を選び、常に私たちのために立てつつ私たちに関わろうとされる神様がおられる。

聖書:新共同訳聖書「サムエル記(上) 16章 1~13節」  聖書朗読
16:01主はサムエルに言われた。「いつまであなたは、サウルのことを嘆くのか。わたしは、イスラエルを治める王位から彼を退けた。角に油を満たして出かけなさい。あなたをベツレヘムのエッサイのもとに遣わそう。わたしはその息子たちの中に、王となるべき者を見いだした。」 16:02サムエルは言った。「どうしてわたしが行けましょうか。サウルが聞けばわたしを殺すでしょう。」主は言われた。「若い雌牛を引いて行き、『主にいけにえをささげるために来ました』と言い、 16:03いけにえをささげるときになったら、エッサイを招きなさい。なすべきことは、そのときわたしが告げる。あなたは、わたしがそれと告げる者に油を注ぎなさい。」 16:04サムエルは主が命じられたとおりにした。彼がベツレヘムに着くと、町の長老は不安げに出迎えて、尋ねた。「おいでくださったのは、平和なことのためでしょうか。」 16:05「平和なことです。主にいけにえをささげに来ました。身を清めて、いけにえの会食に一緒に来てください。」サムエルはエッサイとその息子たちに身を清めさせ、いけにえの会食に彼らを招いた。 16:06彼らがやって来ると、サムエルはエリアブに目を留め、彼こそ主の前に油を注がれる者だ、と思った。 16:07しかし、主はサムエルに言われた。「容姿や背の高さに目を向けるな。わたしは彼を退ける。人間が見るようには見ない。人は目に映ることを見るが、主は心によって見る。」 16:08エッサイはアビナダブを呼び、サムエルの前を通らせた。サムエルは言った。「この者をも主はお選びにならない。」 16:09エッサイは次に、シャンマを通らせた。サムエルは言った。「この者をも主はお選びにならない。」 16:10エッサイは七人の息子にサムエルの前を通らせたが、サムエルは彼に言った。「主はこれらの者をお選びにならない。」 16:11サムエルはエッサイに尋ねた。「あなたの息子はこれだけですか。」「末の子が残っていますが、今、羊の番をしています」とエッサイが答えると、サムエルは言った。「人をやって、彼を連れて来させてください。その子がここに来ないうちは、食卓には着きません。」 16:12エッサイは人をやって、その子を連れて来させた。彼は血色が良く、目は美しく、姿も立派であった。主は言われた。「立って彼に油を注ぎなさい。これがその人だ。」 16:13サムエルは油の入った角を取り出し、兄弟たちの中で彼に油を注いだ。その日以来、主の霊が激しくダビデに降るようになった。サムエルは立ってラマに帰った。


2021/04/18 復活節第3主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「幸いなるかな」 1.マタイによる福音書の5章から7章までは「山上の説教」と呼ばれる箇所である。古くは「山上の垂訓」とも言われていた。1節にあるようにイエス様が山に登って人々に教えた一連の言葉なので、そのように呼ばれてきた。
 12節までの段落には8回あるいは9回にわたって「幸いである」との繰り返しがある。そのことから、「山上の八福」あるいは「9福」とも呼ばれてきた。世の翻訳では「・・・な人は幸いである」というように、文章の最後に「幸いである」との言葉が置かれている。原文では8つの文章の最初に「幸いなるかな」─ギリシャ語原文では「マカリオイ」─との言葉が置かれている。
 イエス様の宣教の第一声は、4章17節にある「悔い改めよ。天の国は近づいた。」であった。その喜びのメッセージである福音が、ここから具体的に語られてゆくのである。そして、その始まりは8つの「幸いなるかな」との語りかけである。そのことに昔から沢山の人々が心打たれてきた。私の手元に1956年に教団出版局から発行された「イエスの幸福観~キリスト教入門~」と題された薄い本がある(著者は「まぶねのなかに」という讃美歌で有名な由木康)。それにはとても心に残る内容が書かれており、折に触れて開くことの多い冊子である。山上の8福ともうひとつ、使徒言行録20章35節においてパウロがイエス様のものとして記している「受けるよりは与える方が幸いである」との言葉から、イエス様の教えた幸福について解説されている。
 3節についての解説の冒頭において、由木先生はこのように語っている。「(山上の垂訓のはじめが)原文では「さいわいである』という言葉からはじまっている。これはなんという明るいほがらかな第一声であろうか。この言葉こそ、山上の垂訓だけでなく、イエスのすべての教え、あらゆるメッセージの基調をなすものである。イエスは、人間の不幸を指摘するためにこられたのでもなければ、人生の悲惨を暴露するために現れられたのでもない。むしろ不幸な人間に真の幸福を与え、悲惨な人生に無上の喜びをもたらすために来られたのである。宗教改革者マルティン・ルターはそれについてこう言っている。『これはイエスの宣教の、喜ばしい、甘美な、また楽しい発端である。彼はモーセや律法の教師たちのように、警告やおどしの要求をもって来ず、いともねんごろな態度で、いざないと魅惑と楽しい約束とをもって来られたからである。』」と。

2.由木先生が言うように私も、この幸いなるかなという言葉にこそイエス様が私達に与えようとした福音のエッセンスが現れていると思う。イエス様が、私たちに与えようとするのは幸いであって他のものではない。ひるがえって、世界の3大宗教のひとつである仏教の始祖ブッダは、そもそも何を私達に与えようとしたであろうか。由木先生が「人間の不幸を指摘するためにこられたのでもなければ」と書いているのは、もしかすればブッダの教えが念頭にあったのではないかと感じた。ブッダは、人生は「4苦」だと言い、そこから逃れることこそが大事だと教えたように思う。
 もうひとつ、3大宗教のひとつであるイスラム教はどうか。その中心にはルターが言うところの「警告や脅しの要求」が色濃くあるのではなかろうか。しかしキリスト教の根幹にあるのは、そういうものではない。私達の苦しみの多い人生を肯定し、そこにも幸いを見いださせようと教えるのがイエス様である。
 イエス様が「何と幸いなことか」とおっしゃる私達の人生とは、貧しさや悲しみが覆っている人生である。そこには決して幸いなどないと思われるような人生である。数年前に地区大会にお招きした医師の山浦玄嗣(はるつぐ)先生は、新約聖書を自身が住んでおられる地方の「ケセン語」に訳した著書『イエスの言葉』の中で、山上の8福について多くのスペースをさいている。「貧しい者・悲しむ者が幸いだとのこの言葉を、果たして津波被害にあわれた方々に語ることができるだろうか」と、常に自問自答しておられた。中には「とんでもない」と嘆き怒りだす人もいるであろう。しかしそれでもなおイエス様は、この祝福の言葉を語ってくださる。「そこにも幸いがあるではないか」と、「幸いを見失ってはならない」と語って下さる。
 ふと私は、全く逆の体験をしたことを思い出した。牧師になりたての頃、私はストレスのためか胃痛に悩み、しつこい湿疹や体調不良に苦しんでいた。そこでひとづてに聞いた漢方専門の医者にかかった。その医師は私に「あなたは、まだ今は若いから何とかやっているけれども、もっと歳を取ったならとんでもないことになる」と告げた。私はショックを受けた。医師としてのその診断は本当だったかもしれない。しかし、それは幸いの約束ではなく災いの予告なのである。大変な中、何とかがんばっている目の前の患者に、それでもあなたには決して失われることのない幸いがるから大丈夫だと告げてくれるものではなかった。
 その後、私はいろいろなことがあったが、その医者が告げるのとはまるで正反対な歩みをすることができた。頭痛にだけは相変わらず悩まされているが、胃痛からもしつこい湿疹からも(逃れることができて)、牧師としての歩みの半分近くにおいて教区執行部の働きを担い、会堂建築や大規模修復を2度もなし、さらにはそのほとんどの時を代務や兼務牧師として過ごしてきた。それを私になさしめたのは何かと言えば、「幸いなるかな」というイエス様のその言葉だったのである。「あなたは幸いな者だ、あなたの幸いを奪うものはいないのだ」との祝福の言葉なのであった。そのような言葉など馬鹿げたものだと一笑に付すのも自由であろう。しかし、イエス様が語ってくださったのだから、信頼に足りるものだと私は思っている。

3.さて、それでは一体どのような者が幸いだとイエス様はおっしゃるのか。それはまず何よりも「心の貧しい人々」だとイエス様は言うのである。日本語では「心が貧しい」というと、それは余りよい意味ではない。先ほどの山浦医師はその著書に、PHPという運動の創始者でもあった松下幸之助について、彼が心の貧しい人は幸いだ、をどう解釈していいものか、心の豊かなほうが幸いではないかと首をひねっていたという記載を紹介している。
 ルカによる福音書の同様の記載箇所は「平地の説教」と呼ばれている。その最初の6章20節には「貧しい人々は幸いである」とある。おそらくもともとのイエス様の言葉は、ルカの書いたものの方が原型に近いだろうとされている。それではなぜマタイは「心の」という言葉を付け加えたのであろうか。単に「貧しい者は幸い」とルカは言ったが、それが特に経済的な社会的な貧しさが幸いとされてしまうことを、マタイは避けようとしたのではないかとも解釈できる。幸いなのはあくまで「心の」貧しさなのであって、経済・社会的なそれではないとマタイは伝えようとしたのかもしれない。しかしそれでは、マタイはイエス様のメッセージを内面的な領域のみに狭くしようとしてしまっているのではないかとも受け取ることができよう。経済的社会的には貧しいけれども、心の貧しさには幸いがあるのだと言って、経済的社会的貧しさを甘受させようとしているのだとの非難も昔から根強い。
 こうした疑問を解くカギは、原文のギリシャ語聖書が─勿論イエス様自身はギリシャ語を話してはいなかったが─「プニュウマ」という言葉を使っている点にあるだろうと示される。原文ではプニュウマにおいて貧しい人々となっている。山浦医師はプニュウマとは「基本的に風のことで、同時に息吹・呼吸・生命・霊魂」でもあるとしておられた。だから「プニュウマにおいて貧しい人」とは、「鼻息の弱い人」のことだと言っておられる。「金もない、力もない、地位もない、健康にも恵まれない。貧乏に打ちひしがれて、望みもなく、頼るものとてなく、神頼み以外には遺された道もなく、吐くため息も弱々しげな、そういった人々のことです」と。山浦医師の説明を読むと先ほどふれたこと、つまりイエス様が言わんとしたのは社会・経済的な貧しさなのかそれとも内面的な貧しさかという疑問は解決されると思う。プニュウマにおける貧しさには、社会経済的貧しさとか内面的な貧しさとかの区別がそもそもない。そこには両方の貧しさが当然に含まれている。しかし何より大事なことは、神様との間柄において、神様が与えて下さることにおいての貧しさなのだということである。私達が単に肉体的にも経済社会的にも内面的にも「鼻息が弱い」人のことではない。そうではなく、あくまで神様が下さる賜物において貧しく乏しいことを言うのである。
 そのような貧しさというのは、しばしば礼拝で触れる創世記2章7節において、言葉の上からも鮮やかに浮かび上がってくる。私達人間の創造を描く場面において、「主なる神は、土の陣で人を形づくり、その鼻に命の息─それがギリシャ語で訳せばプニュウマである─を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった」とある。プニュウマとは、神様のみが私達に吹き入れてくださるところの命の源を指している。それがなければ私達は、ただの土くれにすぎない。当然肉体的にも内面的にも経済社会的にも貧しい。それがイエス様の言わんとするプニュウマにおいて貧しい人の意味なのであろう。ところが神様がプニュウマを吹き入れて下さると、生きた者となる。だから、たとえ私達が土くれのように肉体的にも精神的にも経済社会的にも貧しいとしても、神様が下さるプニュウマにおいて富んでいるなら私達は幸いだということなのである。

4.土くれのような私達が神様からのプニュウマをいただいて生きる者となれるということは、具体的にはどういうことであろうか。私達はそのような幸いを本当に体験できるのであろうか。また神様からのプニュウマをいただくことは、結果としては私達の肉体的・経済社会的な貧しさをも解決してくれものなのであろうか。
 それについてイエス様は、「天の国はその人たちのものである(から)」と教えて下さるのだと思う。先ほどの創世記の御言葉では、土の塵であった人間は自分から神様にプニュウマを吹き入れてくれと願ったなどとは書かれてはいない。何も願ってはいないし、そんなことはできないのに神様の側が一方的に命のプニュウマを吹き入れて下さったのである。プニュウマはそもそも風という意味である。風は気圧の高い方から低い方へと吹く。そのように、天の高きところにおられる神様からのプニュウマも、地上にある土の塵であるような貧しい私達に自ずと吹いてくるものではなかろうか。
 勿論「自ずから」とは言っても、土の塵から成る私達が神様の前に置かれ、その手の中にあるということは不可欠なのである。それは私達が土くれとして神様の前にあるということではないだろうか。神様との間柄の中に生きようとするということではないだろうか。牧師になりたての頃の弱かった私が、医師の予想を覆して今日ある姿を得ているのは、曲がりなりにも礼拝をささげ神様の前に生き続けてきたからである。そのようにして神様の前に、プニュウマにおいて貧しい者としてあるなら、必ずや天の神様からのプニュウマが吹いてくるのである。それは教会において、礼拝において、信徒の交わりにおいて起こる。教会において、信徒の交わりにおいて、天の神様から与えられるプニュウマは、必ずや私達の肉体的経済社会的貧しさをも解決してくださる。
 私達の求め願う幸いは、余りにも肉体的経済社会的な豊かさに依存してしまっている。そのため貧しい者は災いだと、私達は言うしかない。これに対してイエス様は、土くれのように貧しい者が幸いだと言ってくださった。肉体的経済社会的貧しさは決して私達から幸いを奪うものではなく、むしろその逆に幸いを与えるものだと約束してくださった。しかしその幸いはあくまで天の神の御前にあることにおいて、そして具体的には教会において、信徒の交わりにおいて与えられるのである。幸いは、おのれの貧しさに閉じてしまっている人には与えられないのである。天の神様との間柄において、そして信徒の交わりにおいて開いている者には、不思議にも幸いが訪れるのである。

聖書:新共同訳聖書「マタイによる福音書 5章 1~3節」  聖書朗読
05:01イエスはこの群衆を見て、山に登られた。腰を下ろされると、弟子たちが近くに寄って来た。 05:02そこで、イエスは口を開き、教えられた。 05:03「心の貧しい人々は、幸いである、 天の国はその人たちのものである。


2021/04/11 復活節第2主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「争いを乗り越える教会」 1.ペトロは、本日の箇所の5節以下に書かれているような不思議な経緯があり、地中海沿いの港町だったカイザリアにいたローマ軍の隊長コリネリウスの家を訪ねた。そしてその一家に洗礼を授けた。8章には、フィリポがアフリカのエチオピアから来た女王の役人に福音を宣べ伝え洗礼を授けたことが書かれていた。ローマ人だったコリネリウスがイエス様を信じたことで、いよいよキリスト教の福音は民族や国家の枠を超えて広まっていったのである。
 そのことは当時の教会の人々にとっては、だれもが喜ぶような出来事であったはずだが、残念ながら最初に誕生したエルサレム教会の信徒の中には、これを喜べない人々がいた。そのことが2節に記されている。「ペトロがエルサレムに上ってきたとき、・・・・と言った」とある。ペトロを非難した「割礼を受けている者たち」というのは、エルサレム教会の中で割礼を受けていた者たちという意味だけではなく、神様に救われるためにはどうしても割礼を受けねばならないと強く主張していた人々だと考えられる。クリスチャンであれば勿論、イエス様をキリスト・救い主として信じて洗礼を受けているのは当然なのだが、それだけでは足りないと彼らは信じていたのである。割礼を受けることが救われるための絶対的な条件だと主張していたのであろう。
 彼らは「あなたは割礼を受けていない者たちのところへ行き、一緒に食事をした」ことでペトロを非難した。その「食事」というのはいわゆる普通の食事のことではなく、聖餐式のような特別な食事であったのかもしれない。救われた神様の子どもだけが招かれる特別な食事という意味ではなかっただろうか。ペトロは、イエス様を信じて洗礼を受けたコリネリウス一家と、そのような食事を共にした。しかしそれは、救われるためには割礼を受けねばならないと主張していた人々にとっては許されないことだったのである。だから彼らはペトロを非難したのである。
 そのことを通して私は、改めて感じさせられたことがある。私たちの教会にとっての何よりもの喜びは、ひとりでも多くの人がイエス様を救い主として信じることである。そのことだけが教会における根幹の柱としてある。ところが教会は誕生して間もないときから、教会に設置すべきではない柱が、つまり救われるためには割礼を受けねばならないという柱が、そこに据えられようとしていたのである。そのためにイエス様を信じる者が加えられたことを喜ぶことができなかったのである。教会という共同体には、誕生した時からそのような「欠け」というものがあったのだと感じる。非難などすべきではないところで互いに批判しあい争っていて、喜ぶべきことを喜べなかったのである。それもまた私たち人間が作る信仰共同体の偽らざる現実なのだとしみじみ感じる。

2.さて一体なぜ「割礼を受けている者たち」は、それほどに割礼を不可欠だと主張したのか。パウロがあちらこちらの教会に宛てた手紙を読むと、そこかしこにそのように割礼の不可欠さを主張した人々がいたことがうかがえる。彼らは、イエス様をキリストとして信じることによってのみ救われるのだと教えるパウロたちと激しく対立していたのである。キリスト教の母体となったユダヤ教は、長く割礼を不可欠と信じてきた。だからむしろ初代教会においては、救われるためには割礼が不可欠と信じる方がメジャーだったのであろう。イエス様を救い主として信じることによってのみ救われるのだとの信仰はマイナーだった。いずれにせよこれら二つの主張は、初代教会において存在していた実に根深い対立だったのである。
 さて、割礼の不可欠さが主張されたのは旧約聖書のあちこちに記された御言葉によるが、それが最初に出てくるのは創世記17章である。その17章10節以下に次のように記されている。「あなたたち、およびあなたたちの後に続く子孫と、わたしとの間で守るべき契約はこれである。すなわち、あなたたちの男子はすべて割礼を受ける。包皮の部分を切り取りなさい。これが、わたしとあなたたちとの契約のしるしである。・・・包皮の一部を切り取らない無割礼の男がいたなら、その人は民の間から絶たれる」と。
 その御言葉が、はたしてアブラハムの時代に語られ、本当にアブラハム自身が割礼を受けたのかどうかについては解釈の違いがあるだろうと思う。割礼というものがユダヤ人に広く行われ、救われるためには不可欠と信じられるようになった後代の信仰が、アブラハム物語に遡って入れられたとも考えられる。しかし、いつの時からかはわからないが、割礼がユダヤ人にとってなくてはならないものと信じられるようになったことは疑いようがない。割礼がとても重要なものと受け取られるようになったのは、バビロン捕囚の時代だったかもしれない。その時代、イスラエルの人々はバビロンへ強制移住させられ、バビロニア王の支配下に置かれていた。しかしたとえそうであっても割礼を受け安息日を密かに守ることで、イスラエルの人々は自分たちが神様との堅い絆で結ばれていると信じることができた。先ほどの創世記17章の御言葉に「契約のしるし」とあったが、そもそもは割礼とは、神様と自分たちとが堅い絆という契約で結ばれているとの目に見える「しるし」なのであって、決して契約締結の条件ではなかったと思う。しかしいつのまにか条件のようになってしまったのである。
 神様と、堅い絆に結ばれて救われるのに人間の側が何も犠牲を払わないのでは申し訳ないというような自然な思いもあったのではなかろうか。契約締結には、それなりの対価を私たちも払うのが当たり前ではないかと考えたのであろう。イエス様を「信じた」ということだけでは、それでは目に見える「しるし」がない。洗礼を受けたといっても、割礼に比べれば何となく軽い。それに比べれば、割礼を受けるということは痛みも血を流すことも伴うので、十字架のイエス様に結ばれた─契約が締結された─にふさわしい、契約書としての重さや確かさを感じさせる。それだけの犠牲を払って契約を結ばせていただいたのだと自分にも他者にも言い聞かせることができる。そのような理由から、初代教会において割礼を不可欠だとする信仰はとても根強いものであった。

3.さてペトロは2節の非難に対して、どのように応じたか。4節から、ペトロの弁明が語られてゆく。そこを読むと、ペトロがそのとき焦点となっていた割礼の問題について真正面からは決して触れていないことがわかる。割礼の「か」の字も口にしないのだった。
 ペトロは、彼自身がユダヤ人であったから、焦点となっていた割礼の問題について真正面から触れ、それについて論争をすれば決して相手も引き下がることがないことをよく知っていたのである。対立が益々激化することを分かっていた。どんなに争っても簡単には解決できない問題であることをよくわかっていたのである。相手にとっても死活問題の事柄だった。救われるのに割礼が条件だとするのは確かに間違だが、間違いではあっても相手にとっては死活問題であり、とても大切にしていることだとわかっていたから、真正面からは取り上げなかった。
 教会に生じる争いに向かいあうときの姿勢についての一つの示唆を、このことから教えられるのではないだろうか。割礼の問題は、人が何よって救われるのかという信仰の根幹に関わる問題ではある。そういう問題についてペトロのように真正面から取り上げないことを、不誠実だし逃げているとパウロのような人はいきまくのではなかろうか。しかしどんなに論争しても、そして正しい答えはただイエス様を救い主として信じる信仰のみだとしても、それでもなお割礼を大事だと信じる人々のその信念を払拭することはできないのである。それはそれぞれの信仰・信念という奥深い部分にかかわっている事柄なので、簡単に解決することはできないのである。
 しかし見方を変えれば、割礼を不可欠な条件と信じている人々であっても、イエス様を救い主として信じているのは間違いがないのである。割礼の点で深い溝はあるが、イエス様をキリストと信じる点では溝がない。そうだとすれば、そこで一致できる。というより、そこでしか一致できるポイントはない。15章にも再び割礼を巡っての教会会議が開催されたことが書かれている。そこでの結論もある意味では玉虫色である。そこでも割礼の問題は何ら解決されてはいない。しかし、一致できる点で溝を乗り越えられるのである。誕生したときから、教会には残念ながら争う問題も多かった。しかし一致できる根幹の柱はあったのである。それは、イエス様を救い主として信じるという柱である。

4.さて、4節以下のペトロの弁明の核にあるのはどういうポイントだったのか。ペトロの弁明の中心にあったのは、9節の「神が清めた物を、清くないなどとあなたは言ってはならない」ということである。ペトロは割礼の「か」の字も口にしなかったが、割礼を受けてはいない異邦人コルネリウスを神様自身が清いとしてくださったのだと言わんとしたのは明らかである。あえて「割礼を受けていなくとも」とは言わずに、自分が見た不思議な幻の事実をもとにユダヤ人である自分たちが長く汚れていると信じてきたものを神様自身が清いとされたのだから、異邦人コルネリウスをも清いとして下さり、私たちは神様のなされたことに刃向かうことはできないと訴えたのである。
 ペトロは暗に、神様が天から吊り降ろされた入れ物が、要はイエス様だと言っているのだと思う。イエス様を救い主として信じる者は、神様が清いと言われたところのこの大風呂敷に入れられた存在なのである。神様によって清くされ救われるのは、イエス様を信じるという信仰によってイエス様という大風呂敷に招き入れられた者なのである。神様が吊り下げ、招き入れようとして下さるイエス・キリストという大風呂敷を小さくしてはならない。割礼という小さな入れ物に人間が勝手に手を加え変えてはならないとペトロは訴えたのである。
 割礼を受けねばと主張していた人々も、当然こうしたペトロの真意を理解したはずである。しかしペトロは割礼については一言も触なかった。またペトロがあのような幻を何度も見たことは否定できない事実であり、それは神様自身が、ひとりでも多くの者を─それがたとえ異邦人であったとしても─大風呂敷の中に招き入れて清め救おうとしておられることの現れなのである。それが神様自身から出たことであるのを決して否定することはできない。
 ペトロの弁明を聞いて「この言葉を聞いて人々は静まり」と18節にある。割礼を巡る深刻な問題それ自体の解決はされなかった。しかしそれにもかかわらず、教会は静まることができた。それはどの点においてかと言えば「主イエス・キリストを信じるようになったわたしたちに与えてくださったのと同じ場物を、神が彼らにもお与えになった」という点に尽きるのである。神様が、異邦人だろうとユダヤ人だろうと、割礼を受けていようとなかろうと、イエス様をキリストとして信じる信仰において同じ賜物を下さったのである。結局教会は、神様がイエス様をキリストとして信じる信仰において恵みを下さる、賜物を下さる、救って下さるという一点において一致し、溝を乗り越えてきたのである。

聖書:新共同訳聖書「使徒言行録 11章 1~18節」  聖書朗読
11:01さて、使徒たちとユダヤにいる兄弟たちは、異邦人も神の言葉を受け入れたことを耳にした。 11:02ペトロがエルサレムに上って来たとき、割礼を受けている者たちは彼を非難して、 11:03「あなたは割礼を受けていない者たちのところへ行き、一緒に食事をした」と言った。 11:04そこで、ペトロは事の次第を順序正しく説明し始めた。 11:05「わたしがヤッファの町にいて祈っていると、我を忘れたようになって幻を見ました。大きな布のような入れ物が、四隅でつるされて、天からわたしのところまで下りて来たのです。 11:06その中をよく見ると、地上の獣、野獣、這うもの、空の鳥などが入っていました。 11:07そして、『ペトロよ、身を起こし、屠って食べなさい』と言う声を聞きましたが、 11:08わたしは言いました。『主よ、とんでもないことです。清くない物、汚れた物は口にしたことがありません。』 11:09すると、『神が清めた物を、清くないなどと、あなたは言ってはならない』と、再び天から声が返って来ました。 11:10こういうことが三度あって、また全部の物が天に引き上げられてしまいました。 11:11そのとき、カイサリアからわたしのところに差し向けられた 三人の人が、わたしたちのいた家に到着しました。 11:12すると、“霊”がわたしに、『ためらわないで一緒に行きなさい』と言われました。ここにいる六人の兄弟も一緒に来て、わたしたちはその人の家に入ったのです。 11:13彼は、自分の家に天使が立っているのを見たこと、また、その天使が、こう告げたことを話してくれました。『ヤッファに人を送って、ペトロと呼ばれるシモンを招きなさい。 11:14あなたと家族の者すべてを救う言葉をあなたに話してくれる。』 11:15わたしが話しだすと、聖霊が最初わたしたちの上に降ったように、彼らの上にも降ったのです。 11:16そのとき、わたしは、『ヨハネは水で洗礼を授けたが、あなたがたは聖霊によって洗礼を受ける』と言っておられた主の言葉を思い出しました。 11:17こうして、主イエス・キリストを信じるようになったわたしたちに与えてくださったのと同じ賜物を、神が彼らにもお与えになったのなら、わたしのような者が、神がそうなさるのをどうして妨げることができたでしょうか。」 11:18この言葉を聞いて人々は静まり、「それでは、神は異邦人をも悔い改めさせ、命を与えてくださったのだ」と言って、神を賛美した。


2021/04/04 復活日(イースター)礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「舟の右に網を打て」 1.このヨハネによる福音書というのは、もともとは20章で終わっていたと考えられている。20章の最期を読むと、確かにそこで閉じられていたであろうという印象を抱く。ところが何か理由があって幾つかのエピソ~ドが、同じ人物によって書かれたのかどうかはわからないが、後に書き加えられたらしいのである。
 それはどのような理由によって付加されたのであろうか。それは復活したイエス様と弟子たちとのガリラヤでの出会いを描くため、またガリラヤで世のなりわいをする中での出会いを描くところにあったと思われる。1節に「その後、イエスはティベリアス湖畔(ガリラヤ湖のことです)でまた弟子たちにご自身を現された」と書かれている。そこにその意図が滲み出ているように感じる。
 復活したイエス様と女性たちや弟子たちとの出会いの場面は、大きく言って二つのシーンに分けられる。一つはエルサレムの墓や集まっていた家での出会いである。もう一つはガリラヤでの場面である。改めて読んでみると、ガリラヤでのイエス様と弟子たちとの出会いを描くシーンは、思ったほどと多くないという点に気づく。空っぽの墓で女性たちにイエス様の復活を告げた天使は、わざわざ弟子たちにガリラヤに行くように告げなさいと伝えた(マタイ28章10節/マルコ16章7節)。それなのになぜかその場面は、あまり多く描かれていないのである。
 ガリラヤでの場面が少ないのは、もしかしたら弟子たちがガリラヤに行ったことは、どちらかというとネガティブなものとして受け取られてきたからではないかと思う。イエス様の十字架に失望し、また彼らがイエス様と同じ目に遭うのを恐れて故郷に逃げ帰ってしまったのではないかと考えられてきた。1節の御言葉もそのようなところから理解されてきたのである。しかしガリラヤに行くことがもしネガティブなものであるなら、天使が女性たちに「ガリラヤに行くように弟子たちに伝えよ」と命じた意味がわからない。もしかしたら弟子たちは、ガリラヤに逃げ帰ってしまったのかもしれないし、昔の仕事に戻ろうとしたのかもしれない。しかしたとえそうだとしても、ガリラヤに行くことには意味があったのである。空っぽの墓や最後の晩餐を守ったエルサレムの家に留まっていたのでは味わうことのできない何かがあり、それを体験させようとしてガリラヤに行けと天使は告げたのであろう。そこでの復活したイエス様との出会いが、とても大事な何かを弟子たちに与えたのではなかろうか。そのことを語ろうとして、ヨハネはその場面を描いたのだと思うのである。

2.ガリラヤでの出会いの場面がエルサレムでの墓や集まっていた家でのイエス様との出会いと決定的に違うのは、ペトロをはじめとする7人の弟子たちがガリラヤ湖で漁をしていたという点である。漁をする中で弟子たちが復活したイエス様と出会うというのは、ここにだけに書かれた場面である。漁をするということは、言うまでもなく生活の糧を得るための業である。イエス様は「何か食べ物があるか」と尋ねた(5章)。そのように、それは食べ物を得るための仕事なのであった。
 それに対して他の復活のイエス様との出会いの場面は、たとえば前の20章で描かれていることで言うと、20章19節に「週の初めの日の夕方、弟子たちは・・・自分たちのいる家」とあるように、それははっきりとは書かれてはいないが、おそらくは集まって祈り礼拝を捧げているありさまなのである。20章26節に「さて、八日の後弟子たちはまた家の中におり」とあるのも、1週間後にまた彼らが集まって祈り礼拝を守っているときのことである。マタイによる福音書の最後には、ガリラヤでの出会いの場面がある。山に登って復活のイエス様に出会いひれ伏すというのは、それははっきりと礼拝の場面なのである。
 ところがこの場面は、食べ物を得るための世俗の営みのさなかでの出会いなのである。ヨハネは、礼拝も勿論大事ではあるが、復活したイエス様と出会い、生きるためのなくてはならぬ食べ物をいただく機会が決して礼拝や祈りだけではないと語っているように感じる。それと同じほどに、漁をするという場面も大事だったのである。
 何も取れなかったのに、今度は舟の右側に網を打ったならば大漁だったというのは、とても不思議な聖なる出来事との出会いである。聖なる領域に食べ物を得るフィールドが現れたのである。私達は、聖なる出来事との出会いは専ら礼拝での時だと思いがちだが、決してそうではないとヨハネは語っているのだと思うのである。礼拝や祈りのときだけではなく、食べ物を得るために漁をしているさなかでも聖なる出会いがあるとヨハネは語っているのである。

3.それでは、そのきっかけとなったのは何だったのか。それは、夜通し漁をしても何も取れなかったという不漁だったのである。聖なる領域との出会いは、漁がうまくいって大漁を得たということがきっかけではなかった。その反対に、不漁がきっかけだった。象徴的なのは、ペトロが「わたしは漁に行く」と言うと、仲間たちも「一緒に行こう」と言ったとの記述である。その人数は数えてみると7人。イスラエルの人にとって7という数字はとても縁起の良い数字で、完全数とも言われる。そのような人々が一緒になって食べ物を取ろうとした。それは、食べ物を得ようとすることの完全さ、その生業に何ら足りないものなどないということを示しているのではなかろうか。それなのに不漁だったのである。5節にあるイエス様からの「何か食べる物があるか」との問いかけは、「あなたがたには何も食べ物などないだろう。不漁でしかないだろう。」とのニュアンスだと言われている。とにかくここで大事なのは、不漁こそが聖なる出来事との出会いのきっかけだったということである。めでたい大漁ではなかったのである。
 私達は、2000年前の時代社会と比べれば足りないものなど何もない状況のなかで網を投げている。しかし、なぜか不漁に悩んでいるのではなかろうか。私たちには、生きる糧となる食べ物がない。生きる糧とは誇でもある。自分が生きていることの価値や意味について、胸を張って言うことができるということである。しかしそれが不漁なのである。そのことに悩み、苦しんで自ら命を絶ってしまう人もいる。しかし、そのように食べ物が何もないという不漁こそが不思議な大漁へとつながるのである。不漁こそが、目の前に聖なる出来事と出会うドアが開かれる機会なのである。逆に、生きる糧を得ることに不足していない人は、不思議な大漁に出会うこともない。それだから不漁であり食べ物がないという状況があれば、むしろそれを喜んで受け入れてよいのである。

4.では、不漁の原因は何だったのか。それは、7人の仲間と共に「自分たちには何も欠けることなどない、大漁は当然だ」と思って網を打つからなのである。私達もそうではないでしょうか。私達にとっての7人の仲間とは、自分自身の強さであったり健康であったり、また能力であったり仕事であったり、そして家族や財産であったりする。それを駆使して漁をすれば大漁は当然と思ってしまう。生きる糧は当然に得られると思ってしまう。しかしそうした漁の仕方こそが不漁を招くのである。
 なぜならその漁には決定的に欠けているものがある。4節に、イエス様は岸に立っていたとある。岸に立っていたイエス様とは、他でもない十字架という深い淵から復活したイエス様である。イエス様は、十字架の上で人々から憎まれ呪われ殺される苦難や悪に呑み込まれ、それでも溺れることがなかった。そのイエス様が「舟の右に網を打て」と命じた。ペトロや私達の漁に欠けているのは、このイエス様である。ペトロや私達の漁には、岸に立っているイエス様からのいざないがない。だから私達の網は舟の「左」にしか投げられていないのである。舟の左とは何か。それは、岸に立っているイエス様とは何の関係もない領域である。だからそこには、死や憎しみや呪いや苦難や悪が満ち満ちている。それらに呑み込まれず溺れないものが何もない。
 反対に舟の右とは何か。イエス様の十字架には悪と善弱さと強さとが分かち難く結び付いている。十字架の悪や弱さや苦難から不思議と良いものが生まれてくる。このフィールドが舟の右である。要は、十字架のイエス様の隣が舟の右なのである。反対にイエス様の十字架がない世界が舟の左なのである。そこで7人が一緒になって網を投げても結果は不漁なのである。食べ物は何もない。死や苦難や悪が私達を呑み込んでしまう世界だからである。
 そうして、食べ物を得ようとして何もないという現実にぶつかったとき、そこではじめて弟子たちは岸に立つイエス様を見たのである。そのイエス様が「舟の右に網を打て」と命じるのを聞き、それに従うことができた。私達にも辛い時があり誇りを失ってしまう時があり、病み、死に直面する時がある。どのようにして食べ物を得られるかと悩むことがある。しかしその時こそ岸に立っているイエス様の姿が見えてくるのではなかろうか。舟の右があるではないかとの誘いが聞こえてくる。パウロは「弱いときこそ強い」と言うことができた。十字架の右に網を打つと、弱さの湖の中で大漁が得られる。もう生きる糧などないと思う状況において、その置かれた状況には何も変わりがないのに、そこにも舟の右がある。不漁から大漁へと変わるフィールドが開かれるのである。

5.さて、取れた魚は153匹だったとわざわざヨハネはその数を記している。単に「沢山取れた」ではなく、あえて153という数字を記したのには、何か意味があるのであろう。様々な解釈がなされてきたが、私が心ひかれるのは1から17までの数字を足してゆくとこの153になるということである。なぜ17まで足すのであろうか。17は10と7を足した数で両方ともイスラエル人にとってはやはり完全数である。
 1から17までを順番に足してゆくというのは、一日一日を、また1年々々をこうして舟の右に網を打ちながら歩んでゆくと、おのずからそれは153のごとく大漁になるという約束だと思う。一挙に大漁とはならない。「1から17までをひとつひとつ足してゆくように、毎日毎日の小さな歩みを召される時まで足してゆけばよい、そうするとそれは153匹という大漁になる」ということである。
 大漁の結果として、弟子たちはイエス様と朝食を取った。それが他でもない大漁の結果なのであった。それは聖餐式の様子でもあると言われている。しかし私にはごく普通の朝食のように思える。大漁の結果として与えられるのが、ごく普通の朝食だという点に、私は大きな励ましを与えられる。私達に与えられる153匹の大漁とは、だれかと一緒に朝食を取ることに他ならない。そのような些細なことが、実は大漁なのである。

聖書:新共同訳聖書「ヨハネによる福音書 21章 1~14節」  聖書朗読
21:01その後、イエスはティベリアス湖畔で、また弟子たちに御自身を現された。その次第はこうである。 21:02シモン・ペトロ、ディディモと呼ばれるトマス、ガリラヤのカナ出身のナタナエル、ゼベダイの子たち、それに、ほかの二人の弟子が一緒にいた。 21:03シモン・ペトロが、「わたしは漁に行く」と言うと、彼らは、「わたしたちも一緒に行こう」と言った。彼らは出て行って、舟に乗り込んだ。しかし、その夜は何もとれなかった。 21:04既に夜が明けたころ、イエスが岸に立っておられた。だが、弟子たちは、それがイエスだとは分からなかった。 21:05イエスが、「子たちよ、何か食べる物があるか」と言われると、彼らは、「ありません」と答えた。 21:06イエスは言われた。「舟の右側に網を打ちなさい。そうすればとれるはずだ。」そこで、網を打ってみると、魚があまり多くて、もはや網を引き上げることができなかった。 21:07イエスの愛しておられたあの弟子がペトロに、「主だ」と言った。シモン・ペトロは「主だ」と聞くと、裸同然だったので、上着をまとって湖に飛び込んだ。 21:08ほかの弟子たちは魚のかかった網を引いて、舟で戻って来た。陸から二百ペキスばかりしか離れていなかったのである。 21:09さて、陸に上がってみると、炭火がおこしてあった。その上に魚がのせてあり、パンもあった。 21:10イエスが、「今とった魚を何匹か持って来なさい」と言われた。 21:11シモン・ペトロが舟に乗り込んで網を陸に引き上げると、百五十三匹もの大きな魚でいっぱいであった。それほど多くとれたのに、網は破れていなかった。 21:12イエスは、「さあ、来て、朝の食事をしなさい」と言われた。弟子たちはだれも、「あなたはどなたですか」と問いただそうとはしなかった。主であることを知っていたからである。 21:13イエスは来て、パンを取って弟子たちに与えられた。魚も同じようにされた。 21:14イエスが死者の中から復活した後、弟子たちに現れたのは、これでもう三度目である。


2021/03/28 受難節第6主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「十字架を誇る」 1.今週は受難週と呼ばれる1週間である。イエス様は、私たちの曜日で言うところの今日と同じ日曜日に、子ロバの背中に乗ってエルサレムに入った。ヨハネによる福音書の12章13節によれば、そのとき人々がナツメヤシの枝をふってイエス様を歓呼して迎えたので、その日を特別に「棕櫚の主日」と呼ぶようになったと書かれている。イエス様は、今週の木曜日の夜に、弟子たちと最後の夕食をとった。それが最後の晩餐と呼ばれて2000年後の今も聖餐式として守られ続けている。イエス様は最後の晩餐の後、ゲッセマネで祈っていた。その後に逮捕され、裁判にかけられ、十字架にはりつけにされ、金曜日の昼にその十字架の上で息を引き取った。そして、次の週の日曜日の朝早くに、イエス様が死から復活したということが、墓にやってきた女性たちや弟子たちに告げられたのである。
 私はこの棕櫚の主日に、どのような聖書の御言葉からお勧めしようかと思案していた。「関東教区の主催による東日本大震災から10年を覚える3月11日の礼拝」で示されたことを思い起こした。私はその礼拝においてイエス様の十字架を心から誇りたいと思った。そこで本日の礼拝においては、ガラテヤの信徒への手紙の御言葉からお勧めをしようと決めた。
 まず、ガラテヤの信徒への手紙から少し離れ、3月11日の礼拝でお勧めしたことを、短くご紹介したいと思う。その礼拝では、創世記50章20節の御言葉を読ませていただいた。そこは、ヨセフ物語の最後の箇所である。ヨセフは兄たちによって半死半生の目に合わされ奴隷商人によってエジプトに売られた。しかしその後、奇しき歩みを経てエジプトの宰相のような立場となり、見事に大規模な飢饉を乗り切った。そして父や兄の一家をイスラエルからエジプトに呼び寄せて救うことになった。その歩みを振り返ってヨセフが兄たちに語ったのが、この創世記50章20節の言葉だった。
 「あなたがたは私に悪をたくらみましたが、神はそれを善に変えてくださった」とヨセフは言った。兄たちがヨセフに企んだ悪に、私は地震や津波やその後の原発事故を見たのである。御言葉には、「神は悪を善に変え」とある。しかし被災者の方々を思うと、悪や災いそのものが善に変わるとは、口が裂けても言えないと私は感じた。兄たちがヨセフになした悪そのものが善に変わることは決してない。その御言葉が言わんとしているのは、悪を通して神様は善を生みだしたもうということだと思った。私たち人間にとっては悪であり、災いとしてしか言い得ない出来事を通して、神様は善を生みだしたもうことがある。悪と善とは、そのように深く分かち難いものとして結び付いている。私たちは悪や災いを嫌い、それを人生から遠ざけようとする。しかし神様は、悪と善とを結び付け悪を通して善を生じさせるのである。

2.私はイエス様の十字架において、悪と善とが切り離し得ないものとしてつながっていると感じた。私たち人間が、その価値観によっては決して受け入れることのできない悪や災いが、十字架の苦しみである。昔からヨセフはイエス様のひな型だと言われてきた。ヨセフが兄たちからの悪を身に背負ったように、イエス様も人間の悪を背負った。そしてヨセフが何十年もかけてそれを背負う生涯の中で、そこから善を生み出していったように、イエス様も十字架を背負う中で善を生じさせていったのである。
 先週の奨励者が選んだコリントの信徒への手紙(1)の1章23節に「(十字架につけられたキリストは)ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなもの」とある。2000年前の昔も、そして今も、十字架は愚かであり躓きである。それは私たちが私たちに起きる悪や災いを決して受け入れられないことを表している。私たちに起きる悪や災いは、私たち一人ひとりに与えられた十字架である。それを私たちは、愚かであり躓きとして拒み、切り捨てるしかない。今なお被災された人々の多くが、自分の身に起きた悪や災いを、ただただ、そういうこととしてしか受け取ることができないでいる。そのような私たちにイエス様の十字架が与えられているのである。そこには悪と善が分かち難く結びついている。十字架という悪から善が生まれる。もしイエス様の十字架がなかったなら、私たちは自分に与えられた十字架の現実を、拒むしかなかったであろう。悪や災いを切り捨てるべきこととしてしか受け取れなかったのではなかろうか。しかしイエス様の十字架の出来事によって、私たちは自分自身の十字架を背負えるようになったのである。私たちが背負わされた悪や災いや苦しみから、不思議にも善が生じると思えるようになったのである。そのようなイエス様の十字架を、どうして誇らないでいられようか。十字架があることを本当に喜びと感じるのである。

3.そこで改めて「誇る」ということを思う。誇るという言葉は、あまり良い意味で使われることはないかもしれない。しかし決して自慢するというような浅薄なことを指しているのではない。それは、私たちが胸を張って自分の存在を誇れるような、自分が存在していることの意義をしっかりと掴めているような、そういう状態を指しているのだと思うのである。
 先日、昨年の自殺者の統計が発表された。そこには、男性の自殺者は減少したものの、女性と若い人の自殺者が増えたと報じられていた。自ら命を絶つということこそ、誇るということと深くつながっている。今日の御言葉の13節に「肉について誇る」ということが書かれており、また14節には「世」という言葉が出てきている。肉についての誇りとは、突き詰めれば、この世における誇りなのである。この世における私たちの誇りとは、やはり肉体において健康であり、豊かであり、沢山のものを持っていることだと思う。オリンピックが開催されるとき、それこそがこの世の肉における誇りの象徴だと思う。しかしそうした誇りを持ち得ない多くの人々がおられる。新型コロナウイルス禍によって仕事を失い、生活の糧を奪われ、住む家さえ失ってしまった人々は、どのようにして誇ることができるであろうか。そのような自分が存在している意義を、胸を張って語ることができるであろうか。
 ガラテヤの教会においてパウロは、執拗に肉において誇ろうとする人々と対決しなければならなかった。肉において誇らせようとする人々は、割礼を強制したようである。割礼とは、言うまでもなく男性性器の包皮の一部を切り取る手術である。今から2000年前の時代では、どれほど苦痛で危険を伴うものだったかと想像する。それが肉において誇るということを象徴していると感じる。ガラテヤ教会において、肉において誇らせようと強いる人々がとても執拗であったように、私たちにおいても、同じように誇らせようとする存在が本当に根深いのである。それは私たちの根源に奥深くある。しかし割礼が象徴しているように、肉を誇ろうとすればするほど私たちは傷つくのである。出血するのである。自ら命を絶つところまで追い込まれるのである。それでもなお私たちにとって誇るということは不可欠なのである。血を流し、自らを傷つけてもなお、もし誇れるならば肉において誇ろうとするのである。

4.だから、私たちには誇ることによって私たち自身を深く傷つけてしまうような誇りではなく、本当に私たちを生かす誇りが不可欠なのである。それは、たとえ肉において一切誇れないような境遇に置かれても、なお持てるような誇りでなければならない。なぜなら私たちすべては、いつかは肉における誇りを一切失ってしまう状態に置かれるからである。私たちは、そういう意味での十字架を科される。だから、その十字架を科された状況を誇ることができるようにならなければならない。それを私たちになさしめてくださるのが、十字架のイエス様だと示されるのである。世の人々にとって愚かであり躓きでしかないイエス様の十字架を誇れるようになると、不思議にも自分自身の十字架をも誇れるようになる。決して誇れないと思えるような状態を、誇れるようにさせていただけるのである。イエス様の十字架には、そのような力がある。
 その良い例が、このガラテヤの信徒への手紙を書いたパウロの出来事である。コリントの信徒への手紙(2)の12章に、以下のようなことが書かれている。パウロには、伝道者としての働きにとてもマイナスとなる障がいを持っていた。それを彼は「身に与えられたひとつのトゲ」と呼び何度も何度も、それを取り去って下さるようにと祈った。しかし、それはかなえられなかった。ところがある時、イエス様から次のように語りかけられた。「私の恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮される」と。この言葉を聞いて、パウロは「キリストの力が私に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう」と胸を張って言えるようになったのである。彼は「弱いときにこそ強い」と言えるようになった。それをパウロになさしめたのは、他でもない十字架にかけられたイエス様であろう。イエス様は十字架にかけられた自分を示して「この私の恵み・力が、弱いあなたにこそ十分に与えられるのだよ」と教えたのである。イエス様の十字架によって、私たちは自分の弱さにも大切な意味があり、それが貴いものだと知ることができるのである。だから誇れない状態をも、誇れるようになれるのである。

5.イエス様が、そのように私たちをして弱さを誇らせて下さるのは、実はイエス様自身が自分の十字架を誇ることができたからではなかったか。一体イエス様は、自分の十字架において何を誇ったのか。どのようなことに胸を張ったのか。そのイエス様の誇りは何よりも、最後の晩餐に現れているように思う。だからこそ私たちは2000年にわたって、その最後の晩餐に由来する聖餐式を守ってきたのです。来週のイースターにおいても、なお実際の配餐は行えず、式文を朗読するだけの聖餐式になるだろうと思います。その式文ではコリントの信徒への手紙(1)の11章24節以下が引用されている。イエス様の心が何よりも現れているのは「あなたがたのための」という言葉だと思う。イエス様は、「あなたがたのため」に十字架は避けることができなかった。十字架の上でイエス様が苦しみ弱さを担い悪や災いを引き受けることは、私たちのためなのである。
 それは、どのような意味で私たちのためなのか。今日の御言葉の14節には「十字架によって、世は私に対し、私は世に対しはりつけにされている」とある。この世には私たちをして肉において誇らせようとするものが根強い。そのようにして私たちを傷つけ、血を流させ、結果的に私たちから生きるよすがである誇りを奪う。弱さや貧しさや苦しみという十字架を負った自分を切り捨てさせ、自ら命を絶つまでに至らせる。だからそのようなものをはりつけにしなければならないのである。その目的を果たすためには、十字架がなくてはならない。イエス様自身が十字架を喜んで受け入れることが不可欠なのである。十字架は私たちのためなのでイエス様はそれを誇る。十字架は自分のためではない。十字架は自分のために背負うものではない。だとすれば私たち一人ひとりに科される十字架も、自分のためということを考えては決して誇ることはできないのである。十字架を誇れるとすれば、それは誰かのためなのである。私たちの十字架も、必ずや誰かのためなのである。
 15節の最後に「大切なのは、新しく創造されることです」とのパウロの言葉がある。新しい創造とは何であろうか。それは、神様がイエス様の十字架を通して「あなたがたのため」になる善を創造したように、私たちの十字架を通して善が生じることなのである。それは本当に驚くべき新たな創造ではなかろうか。仕事を失い、家も失い、健康を失い、いずれはこの世のすべてを失うような弱さから善いものが創造されるのである。神様は土くれから私たちを創造したことを思い起こす。土くれとは、弱さであり貧しさの象徴である。私たちにとっては、何ら誇るところのないものである。しかし、神様はそれをこそ用いた。創世記には、神様が人間以外の動植物を土の塵から造られたという記述はない。神様は、わざわざ人間だけを土から造った。それは土の塵である私たちの弱さこそが、創造に資するからである。喜んで弱さを誇ろうではないか。十字架を誇って下さったイエス様をこそ、誇ろうではないか。

聖書:新共同訳聖書「ガラテヤの信徒への手紙 6章 13~15節」  聖書朗読
06:13割礼を受けている者自身、実は律法を守っていませんが、あなたがたの肉について誇りたいために、あなたがたにも割礼を望んでいます。 06:14しかし、このわたしには、わたしたちの主イエス・キリストの十字架のほかに、誇るものが決してあってはなりません。この十字架によって、世はわたしに対し、わたしは世に対してはりつけにされているのです。 06:15割礼の有無は問題ではなく、大切なのは、新しく創造されることです。


2021/03/21 受難節第5主日礼拝

礼拝メッセージ:執事「神の似姿とその恵み」  音声配信を行いません
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聖書:新共同訳聖書「コリントの信徒への手紙(1) 1章 18~25節」  聖書朗読
01:18十字架の言葉は、滅んでいく者にとっては愚かなものですが、わたしたち救われる者には神の力です。 01:19それは、こう書いてあるからです。「わたしは知恵ある者の知恵を滅ぼし、/賢い者の賢さを意味のないものにする。」 01:20知恵のある人はどこにいる。学者はどこにいる。この世の論客はどこにいる。神は世の知恵を愚かなものにされたではないか。 01:21世は自分の知恵で神を知ることができませんでした。それは神の知恵にかなっています。そこで神は、宣教という愚かな手段によって信じる者を救おうと、お考えになったのです。 01:22ユダヤ人はしるしを求め、ギリシア人は知恵を探しますが、 01:23わたしたちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝えています。すなわち、ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなものですが、 01:24ユダヤ人であろうがギリシア人であろうが、召された者には、神の力、神の知恵であるキリストを宣べ伝えているのです。


2021/03/14 受難節第4主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「教会を担ごう」 1.本日は例年よりも1週間早い創立記念礼拝とさせていただく。筑波学園教会は1978年の3月21日創立であるから、今年で創立満43年になる。本来の創立記念日である次週21日には、群馬県群馬町伝道所が2種教会となる設立式に教区議長として司式を担うことになった。そのため本日を創立記念礼拝とさせていただいた。サムエル記(下)6章の御言葉は、じつはその箇所は過日の聖書研究祈祷会でお勧めをしたところである。改めてこの御言葉に向き合ってみたところ心を打たれた。そのことから、この箇所を新年度の当教会の聖句として掲げようと思っいる。そのようなことから、本日の創立記念礼拝でお勧めをさせていただく。
 まず物語の粗筋をお話ししながら、幾つか大切なポイントについてお勧めをしてゆきたい。サウル王の後にイスラエルの王様となったダビデが、新たな都となったエルサレムに神の箱を運び入れようとした時の出来事を記している箇所である。神の箱とは契約の箱とも呼ばれる。その箱とは、十戒が刻まれた2枚の石の板が納められた特別な箱のことである。イスラエル人は、その箱を担いで辛い出エジプト以後の歩みを、不思議にも神様によって導かれてきたのである。例えばヨシュア記3章には以下のようなことが記されている。イスラエル人がやっとパレスチナに入ることができ、息せききって来てみると、そこには雪解け水で増水したヨルダン川の激流が立ちはだかっていた。しかしその激流に祭司が神の箱を担いで足を踏み入れると、上流から流れがせき止められイスラエル人はその川を渡ることができたのである。また同じくヨシュア記6章には以下のようなことが記されている。難攻不落だったエリコの城壁の周りを、神の箱を担いだ祭司たちが7日間にわたって回ったところ、不思議にも落城したと。そのように神の箱は、それを担ぐことによってイスラエル人に不思議な神様の恵みを授けてきた。目には見えない神様が、彼らと共にいて祝福してくださるとの目に見えるしるしだったのである。
 けれどもそうであるがゆえにイスラエル人が自分たちの勝手な欲得でこれを担ごうとすると、手痛いしっぺ返しを食らわせてきたものでもあったのである。サムエル記(上)4章には次のように書かれている。イスラエル人は預言者サムエルに相談せずに勝手にペリシテ人に戦いをしかけた。4000人もの戦死者を出したので、神の箱を戦場に運び入れて勝利を得ようとした。ところがペリシテ人は、神の箱を運び入れたときのイスラエル人の歓声を聞いて、かえって戦意を高め、イスラエル人は勝利どころか反対に3万人もの戦死者を出してしまった。そのようにして神の箱はペリシテ人に奪われてしまったのである。ところが奪われた神の箱はペリシテ人に次々と災いを引き起こしたので、以後その箱はウザの父であったアビナダブのもとに置かれたのである。それは間接的にではあるが、ペリシテ人の管理下にずっと置かれてきたのだろうと思う。

2.その間にダビデはサウル王家との争いに勝って王となり、エブス人からエルサレムを奪ってそこに王宮を新築した。さらには宿敵であるペリシテ人にも勝利して、晴れて彼らの管理下にあった神の箱をエルサレムに運び入れようとした。その心は、長い間のペリシテ人の支配を打破した王としての自分の力を見せつけることにあったのではなかったか。神の箱をそのために利用しようとしたのである。
 前半までのところに描かれた神の箱を運び入れようとしたダビデの姿で特徴的なのは、まず神の箱を単なる物として運ぼうとしたことである。律法によれば神の箱は、棒を差し入れて祭司が担ぐべきものであった。ところがダビデも、そして直接その任にあたった祭司ウザも、牛の背中に担がせて物として扱ったのである。確かに2節にあるように、ダビデ王自らが兵士を率いてアビナダブのもとに向かってはいた。しかし14節に書かれているような姿はそこにはないように感じる。おそらくウザに任せきりだったのである。その心には、また神の箱に対する「さわらぬ神にたたりなし」というようなものもあったように感じる。利用できる限りは利用するが、しかし近づくことで災いを受ける恐れもあるので、必要以上には近寄らなかった。たたりはウザにだけ受けさせようとした。祭司だったウザは、そのようなダビデ王の態度をいさめねばならなかったはずだが、それをしなかったのである。祭司としてしてはいけないことをした、すなわち神の箱を物として扱ってしまったのである。だから神様の怒りに触れたのではなかったか。ウザは死んでしまい、ダビデはそのことに対して怒り、また恐れをも抱いたであろう。9節に「その日ダビデは主を恐れ、どうして主の箱をわたしのもとに迎えることができようか」と言ったとあり、それをオベド・エドムという人に預けたのである。

3.ところが、神の箱に対するダビデの思いや態度が、そのときから大きく変わっていった。11節・12節にあるように「神の箱のゆえに、オベド・エドムの一家とその財産のすべてを祝福しておられる」とダビデが聞くと、前半の態度とは打って変わった姿で神の箱を迎えにいったのである。12節後半には「喜び祝って神の箱を・・・運び上げた」とある。10節あたりまでの前半には「喜び祝って」という言葉はどこにもなかった。13節には6歩進むごとに捧げ物を捧げたとある。それも前半にはなかった。さらに14節には「主の御前でダビデは力の限り踊った」とあり「麻のエフォドを付けて」とある。それは祭司の服装を意味しており、ダビデは神の箱を直接担ぐことはしなかったけれども、自らが祭司のひとりとなって踊りを踊ったということである。もう神の箱を担ぐことを祭司だけに任せておくことはせず、喜び踊りながらその隊列に深く関わっていた。そのような夫の姿を見ていた妻のミカル(サウル王の娘)は、王宮から見下ろしていて「主の御前で跳ね踊るダビデ王を見て、心の内にさげすんだ」と16節にある。20節には、皮肉たっぷりに直接こうも言ったとある。「家臣のはしためたちの前で裸になられたのですから。空っぽの男が恥ずかしげもなく裸になるように」と。
 そのようにダビデを激変させたのは、11節・12節に書かれていることである。神様が神の箱が置かれたオベド・エドムの家を不思議にも祝福しておられると聞いたからである。何ともダビデという男は「げんきん」な男かと思う。神の箱が置かれた家が祝福されたからそれを迎え入れようというのは、神の箱を自らの利得のために利用しようとするのと同じ心ではないか。確かにそうとも言える。いわゆる御利益を欲しがっている。しかし決定的に違うのは、前半のダビデは王としての権威を高めようとしていたのに対し、後半では妻のミカルが彼をさげすんでいることに如実に現れているように、主としてではなく、ただただ神様の不思議な祝福を欲しがる一介の僕(しもべ)すなわち裸の空っぽの男として御利益を求めているのである。そのときのダビデには心からの素直な喜びしかなかった。だからもう、たたりを恐れる思いなどなかった。そのようなものを怖がるよりも神の箱を迎える喜びの方がはるかに大きいのであった。なおオベド・エドムの「オベド」とは召し使いとか奴隷とか、そういう意味である。なぜ神様が彼の家を祝福したたかという答えが、そこに暗示されているように感じる。

4.私はそのようなダビデの姿を、私達の姿としたいものだとしみじみ思う。思い知らされたことがある。それは神様がイスラエル人そして私達に、それを担ぐことによって不思議な祝福をもたらすところの目に見える神の箱を与えてくださった有り難さである。別にそのようなものは、なくともよかったのではないか。しかし神様はイスラエル人や私たちにとって、そういう神の箱がなくてはならないと思ったのである。それを具体的に担ぐことによって私達に祝福・御利益というものが与えられるとわかるもの、そういうものを神様は下さるのであ。
 では、神の箱とは私たちにとって何であるか。それは教会に他ならないと私は思うのである。神の箱はその中に無味乾燥で、読み方によってはとても厳しい命令が刻まれた2枚の石の板が納められたただの入れ物に過ぎない。周囲の人々は「何であいつらはあんなものを担ぐのか」とばかにしたことであろう。他の民族は御利益を求めてどんなものを担ぐかと言えば、金の子牛だとか女神像とか、そういうものを担ぐ。もらって嬉しいものを象徴する何かを担ぐのである。しかし神の箱とはそれらとは正反対なのである。
 教会に何よりおさめられているのはイエス様である。十字架につけられて殺されてしまったようなイエス様なのである。イエス様は「わたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負ってそうしなさい」と、聞き方によっては本当に厳しい言葉を言うのである。さらには、そのようなイエス様や神様のことが聖書という言葉によって語られるだけである。聖書こそ石の板に刻まれた文字のようなものではないだろうか。その聖書を人間でしかない牧師が、毎週毎週このようにして説き明かすのである。そうしたものが納められているただの箱が教会なのである。神様はそれを担げと言う。それを利用しようとするのではなく、心から喜んで丸裸の人間としてひたすらイエス様と神様の下さる祝福を欲しがる存在として担ぐなら、神様は私達に不思議な祝福を下さるのである。
 私は、生まれたときから父に連れられて教会に通ってきた。私自身教会を担ぎ続けてきたし、また教会を苦労して担ぎ続けてきた沢山の人々を見てきた。心からの喜びをもって教会を担いできた人が、祝福されなかったという姿を、私は見たことがない。教会を担いできたのに祝福などされないという人がもしいるとすれば、それは前半のダビデやウザのように、物として扱う心があったからではないだろうか。自分が王様のような高みに立って、その自分をさらに高めるために教会を利用しようとしたからではないだろうか。神様は、そのような私たちを打つのである。教会はあなどってはならないところだと思う。ただの神の箱に過ぎないが、しかしあなどってはならないのである。それを担ぐ者に祝福を下さればこそ、逆にあなどる者には災いが訪れるのである。
 神様が下さる御利益の最たるものとして、ダビデが神様の前で力の限り踊ったということが示される。それを見て妻ミカルは夫ダビデを蔑んだ。私はそこにこそ神様が下さる祝福があると示されるのである。教会を担ぐ人生において、私達は神様の前で力の限り喜び踊る。私たちはミカルが蔑んだダビデのように、神様の前で何も持たない空っぽの丸裸の存在になれるのである。この世におけるいろいろな飾りを脱ぎ捨てて、神様の前で、すなわち教会において裸になれること、そのような歩みができることこそ、私たちに御利益をもたらすものではないだろうか。
 ふと私は父のことを思い起こした。幼い頃の私に信仰のすばらしさを直感的に感じ取らせてくれたある光景を忘れることができない。それは郷里の教会で役員をしていた父が、礼拝の司式者の席に座って頭を垂れて祈っていた姿である。その姿は、教会学校の礼拝が終わっても残っていた私がふとかいま見た姿だったと思う。神様の前にひとりの丸裸の人間としている父の姿を見た瞬間だった。多くの欠点を持っている父ではあったが、生涯神様の前で丸裸の人間として生きようとした人であった。そのような場所があるいうことは、この世の虚飾の中で生きねばならない私達にとってどれほどの幸いであろうか。
 そのようにして私たちは、教会という神の箱を、それぞれに心からの喜びを抱きつつ担ぐのである。担ぎ方はいろいろであろう。教会には多くの対立も争いもある。しかしそれとて、それぞれがそれぞれのやり方で精一杯担ごうとするからではなかろうか。それぞれが喜んで教会を担ごうとしてのことであるから、お互いの担ぎ方に対して寛容でありたい。その姿がその方にとっての力の限り主の御前で踊る姿であるのなら、その姿に寛容でありたい。時には教会を担ぐことの重さ・しんどさを感じることもあろう。しかし、そうする者には神様は、ずっと不思議な祝福を与えて下さるのである。

聖書:新共同訳聖書「サムエル記(下) 6章 1~19節」  聖書朗読
06:01ダビデは更にイスラエルの精鋭三万をことごとく集めた。 06:02ダビデは彼に従うすべての兵士と共にバアレ・ユダから出発した。それは、ケルビムの上に座す万軍の主の御名によってその名を呼ばれる神の箱をそこから運び上げるためであった。 06:03彼らは神の箱を新しい車に載せ、丘の上のアビナダブの家から運び出した。アビナダブの子ウザとアフヨがその新しい車を御していた。 06:04彼らは丘の上のアビナダブの家から神の箱を載せた車を運び出し、アフヨは箱の前を進んだ。 06:05ダビデとイスラエルの家は皆、主の御前で糸杉の楽器、竪琴、琴、太鼓、鈴、シンバルを奏でた。 06:06一行がナコンの麦打ち場にさしかかったとき、牛がよろめいたので、ウザは神の箱の方に手を伸ばし、箱を押さえた。 06:07ウザに対して主は怒りを発し、この過失のゆえに神はその場で彼を打たれた。ウザは神の箱の傍らで死んだ。 06:08ダビデも怒った。主がウザを打ち砕かれたためである。その場所をペレツ・ウザ(ウザを砕く)と呼んで今日に至っている。 06:09その日、ダビデは主を恐れ、「どうして主の箱をわたしのもとに迎えることができようか」と言って、 06:10ダビデの町、自分のもとに主の箱を移すことを望まなかった。ダビデは箱をガト人オベド・エドムの家に向かわせた。 06:11三か月の間、主の箱はガト人オベド・エドムの家にあった。主はオベド・エドムとその家の者一同を祝福された。 06:12神の箱のゆえに、オベド・エドムの一家とその財産のすべてを主は祝福しておられる、とダビデ王に告げる者があった。王は直ちに出かけ、喜び祝って神の箱をオベド・エドムの家からダビデの町に運び上げた。 06:13主の箱を担ぐ者が六歩進んだとき、ダビデは肥えた雄牛をいけにえとしてささげた。 06:14主の御前でダビデは力のかぎり踊った。彼は麻のエフォドを着けていた。 06:15ダビデとイスラエルの家はこぞって喜びの叫びをあげ、角笛を吹き鳴らして、主の箱を運び上げた。 06:16主の箱がダビデの町に着いたとき、サウルの娘ミカルは窓からこれを見下ろしていたが、主の御前で跳ね踊るダビデ王を見て、心の内にさげすんだ。 06:17人々が主の箱を運び入れ、ダビデの張った天幕の中に安置すると、ダビデは主の御前に焼き尽くす献げ物と和解の献げ物をささげた。 06:18焼き尽くす献げ物と和解の献げ物をささげ終わると、ダビデは万軍の主の御名によって民を祝福し、 06:19兵士全員、イスラエルの群衆のすべてに、男にも女にも、輪形のパン、なつめやしの菓子、干しぶどうの菓子を一つずつ分け与えた。民は皆、自分の家に帰って行った。


2021/03/07 受難節第3主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「福音の第一声」 1.いよいよイエス様の「公生涯」と呼ばれる福音を宣べ伝える歩みが始まってゆく箇所である。
 そこにまず書かれているのは、イエス様が何をきっかけにして、そのような歩みを始めたかということである。それが17節に「イエスは、ヨハネが捕らえられたと聞き、ガリラヤに退かれた」と書かれている。「ヨハネが捕らえられた」というのは、人々に神様のことを宣べ伝え、イエス様に洗礼を授けた洗礼者ヨハネが、ヘロデ大王の息子の一人で、当時ガリラヤ地方を治めていたヘロデ・アンティパス領主によって捕らえられたということである。その事情は、このマタイによる福音書の14章3節に書かれている。ヨハネが、ヘロデ・アンティパスが自分の兄弟の妻へロデアを奪って我がものとしたことを非難したため、ヨハネは投獄されたのである。
 それを聞いてイエス様は「ガリラヤに退かれた」と17節に書かれている。「退かれた」とはどのような意味であろうか。そのことを巡り、昔から様々な解釈がされてきた。ある人は、イエス様が洗礼者ヨハネと同じようにされるのを恐れて逃げたのだと言う。しかしヘロデ・アンティパスは、そもそもガリラヤの領主でありガリラヤは彼のお膝元と言える。だから、もし逃げるというのなら、ガリラヤではない所に逃げるはずである。ところがイエス様は、わざわざガリラヤに行ったのである。そのことには、単純に逃げるという以外のことが含まれているように感じる。
 注解書を読んでいてハッとさせられたことがあった。「退かれた」と訳されている原文のギリシャ語は、私が2章22節において心引かれた「引きこもり」と訳されている言葉と同じものが使われているとのことである。原典に当ってみると、確かにその通りだった。「アナコーレオー」という言葉である。この言葉は、アナという接頭語と、コーレオーという動詞からなる。ギリシャ語の辞書によると、まずコーレオーとは退却するという意味以外にも比喩的に「心の中にスペースを持つ」という意味があるそうである。それにアナという接頭語がくっついている。アナという語には「再び」とか「上に向かって」とか、そういった意味がある。例えば「立つ」という意味の「ヒステーミ」という単語がくっつくと「再び立つ、上に向かって立つ」ということで、「復活する」という意味で用いられる。
 そうしたことから、マタイが語ろうとしたことが何となく感じ取れるのではないだろうか。イエス様は、洗礼者ヨハネがガリラヤの領主によって投獄されたことを聞いたことをきっかけにして、ガリラヤの何処かで引きこもるようにして時を持っていたのであろう。しかしアナという言葉が表しているように、その引きこもりの中で、上に向かって、つまり神様に向かい合い、神様からの呼びかけ・召しというものを受け取る機会を持ったのではなかったか。

2.なぜ洗礼者ヨハネの捕縛が、神様からの呼びかけを聞くきっかけになったのであろうか。イエス様が聞いた神様からの呼びかけは、15節・16節に引用されているイザヤ書の御言葉と深くつながったている。それはイザヤ書8章23節から9章1節にかけてに書かれている。神様からの呼びかけは、このイザヤ書の言葉を成就するものだったと言うのである。16節には「暗闇に住む民は・・・光が射し込んだ」とある。人々に神様のことを語ってきたヨハネが、この世の領主によって捕らえられてしまった。それによって、人々が神様のことを聞く機会が失われてしまったのである。それは、どれほど闇の深い状況であったか。だから、そのヨハネの後を受けて「今度は、あなたが人々に私のことを宣べ伝えなさい。暗闇に住む人々に光を射し込ませてあげなさい」と神様はイエス様に呼びかけたのではなかったか。
 改めて心が捕らえられるのは、イエス様をして、それまでの平穏な生活を離れて難儀な公生涯へと歩み出させたきっかけ、また神様からの呼びかけを聞かせ、自分の役目を悟らせたものは、他でもない洗礼者ヨハネがヘロデ・アンティパスによって捕らえられてしまったという不吉な出来事だったということである。それはイエス様をして引きこもらせ、退却させてしまうような出来事であった。しかしそのことが却ってイエス様に、神様からの呼びかけを聞かせたのである。イエス様に、福音を宣べ伝え人々に光を照らすという使命をはっきりと与えることになったのである。そのようなことが、私たちにもあるのではないかと示される。私たちにとっても、ヨハネが捕らえられたと聞いて退くしかすべがないような時があるのではなかろうか。この世で力のある領主・王様・支配者によって、つまり病気や災難によって、私たち自身や大切な家族が捕らえられてしまうことがある。それを聞いて私たちは退却し引きこもってしまう。しかし、そのような時こそが、私たちをして神様と出会わせ、それまでには考えられもしなかったような全く新しい歩みや働きへと私たちを進み出させる時となるのである。新型コロナウイルス禍によって、却ってそのような歩みを始められた人もおられるのではなかろうか。この礼拝にも新型コロナウイルス禍のただ中に継続して出席されるようになった人がいる。私たちをして退かせ引きこもらせるような出来事は、決してマイナスばかりではない。天使に導かれて聖なる家族がガリラヤへと引きこもり、イエス様もまたヨハネの逮捕を聞いて引きこもり、私たちもまた新たな歩みへと導かれるべく引きこもることがある。

3.さて、イエス様が洗礼者ヨハネの後を引き継いで担うべき使命として神様から示されたのは、暗闇に住む人々に光を見せるということである。そのことが、はるかイザヤの昔からずっと福音であったのだとしみじみと思うのである。何が私たちにとっての喜びのメッセージかと言えば、それはイザヤの時代、つまり2600年ほど前の昔から何も変わってはいない。それは今においても同じではないだろうか。私たちはいつも、暗闇の中に、死の陰が大きく広く及んでいる谷底に住まわざるを得ない者なのである。暗闇も死の陰も覆っていないところなど何処にもないのである。人間の発達させた文明や科学技術によって、そのような闇などは、とうの昔に蹴散らしてしまったかのように人々は思っている。しかし決してそうではない。新型コロナウイルス禍がそれを表し、また、ミャンマーを初めとして世界各地で起きている紛争や抑圧が、闇を深くしている。ヘロデ・アンティパスが洗礼者ヨハネを捕らえて首をはねてしまったような闇が、今もなお私たちを覆っているのである。だから私たちには、今なお光が必要なのではないだろうか。
 そのような光があることを語れとイエス様は示しているのである。闇の中にも必ず光があるのだというメッセージが福音なのである。では、闇の中にも射し込んでくる光とは、どのようなものなのであろうか。それが17節のイエス様の宣教の第一声に現れている。「悔い改めよ。天の国は近づいた」と書かれている。この御言葉は、3章2節の洗礼者ヨハネの宣教の第一声と、一言一句、全く同じである。ヨハネもイエス様も、まず天の国が近づいたと語ったのである。ここで言われている天の国とは、死んでから行くいわゆる天国のことではなく、神様の御手の業ということである。闇が覆っているこの世界であっても、神様の御業は必ず差し伸べられており、神様の御手はそこかしこにあるということである。新型コロナウイルス禍の中にあって私は、そのことを繰り返しお勧めしてきたように思う。それが私自身にとっての福音だからである。破壊や死の暗い影や悲しみが、私たちを覆い尽くしている。しかしそこには、破壊や闇を通して創造の良き御業をなさる神様がおられる。聖書の始まりの言葉は「はじめに神は天地を創造された」であり、その神様が最初におっしゃった言葉が「光あれ」だった。神様がいついかなる時も創造者であるということが、私たちにとっての光なのである。創造者なる神様の御手の業は、時には破壊や混乱として現れることもある。しかし、その根源には、創造者なる神様の御手がある。
 その神様の御手をつかみ、すがることによって私たちがそれまでとは全く違った歩みを、180度方向転換した新たな歩みを始められるということが「悔い改め」と訳された言葉の本来の意味なのである。反省とか後悔とか、そういうような意味はもともとはない。水の中で溺れようとする者がワラにもすがる思いでとっさに掴むことで、溺れて死んでしまう状況から生きることのできる状況へと転換させられること、それが悔い改めの本来の意味である。
 溺れ死のうとする者に、神様の救いの御手は必ずや差し伸べられている。それが光なのである。もし救いの御手が、ごく一部の者だけにしか差し伸べられていないのなら、それは光ではない。暗闇の中に沈もうとする者にとって見えない神様の御手なら、救いや光にはならないのである。しかし神様の御手は、そうではない。それは闇の中でも、死の陰の谷でも、私たちに差し伸べられている。ただし、それを語りかけ気づかせてくれる人や言葉が必要なのである。それがヨハネであり、イエス様でである。そして、神様のみ手が差し伸べられていると気づいたなら、すがらなくてはならないのである。しかしもしそれを掴んだなら、私たちの歩みは180度変わる。神様の御手を掴むことによって、私たちは自分自身の生き方を反転させることができる。闇やこの世の領主に支配されてしまうことはなくなるのである。
 そのようにして私たちが生き方を変えられるということ、そのことが本当に福音なのだと、私には思えてならない。ヨハネがヘロデ・アンティパスに捕らえられたように、私たちも自分ではいかんともしがたい力・環境・状況に捕らえられてしまう者なのである。変えることのできる力の根源は勿論、神様にある。神様が闇の中でも御手を差し伸べて下さることにある。私たちは、それを掴めばよいのである。掴むことによって、私たちの生き方を新たにすることができる。もう環境の奴隷とはならない。それが光なのである。

4.変えられてゆく具体的な姿が、4人の漁師がイエス様の弟子となってゆく有り様として描かれている(18節以下)。この4人の者たちは、ごく普通の漁師たちであった。漁をして、網を繕い、父親の命令に従って舟を動かしていた。そのような、ごく普通の者たちが、その普通の生活の中でイエス様を通して差し伸べられた神様の御手を見いだし、それを掴んだのである。そこから180度変わった新たな生活が始まっていったのである。
 私たちは単純に文字通りに読んで、ペトロたちが漁師だった生活を捨て網も舟も捨て父親との関係も捨てたように、私たちもこの世の仕事も家族も捨てることが変わるということだと思ってしまうかも知れない。確かに捨てねばならないものがあるのだとは思う。しかしそれは、決して文字通り世俗の仕事を辞め家族関係を断つということではないと思うのである。もしそうであったならば、ほとんどの人にとっては、新たな生き方をはじめることは不可能であろう。
 イエス様は彼らに「私についてきなさい。人間をとる漁師にしよう」と言った。それはペトロたちの網を投げるフィールドや生きる目的・方向性を他者に向かわせようとの誘いではなかったかと思うのである。それまで彼らが打っていた網や漁の方向性は、ひたすら自分たちが食べ、自分たちの生活の支えとなるものばかりだったのだと思う。それは言わば「自分をとる漁師」である。そのような漁をさせようとする自分や家族にばかりついてゆき、自分ばかりをとる漁師だったのである。確かにそれは捨てねばならない。しかしイエス様についてゆき、イエス様に目を向け、また自分ではなく他者という人間をとる漁師として生きようとするなら、自ずと今までの網や舟や父とだけの間柄は、なんなく捨てることができるのである。網を自分ではなく、イエス様や他者へと向けることによってである。「人間をとる漁師」とは勿論、他者という魚をとって食べるためではない。そうではなく、イエス様がそうなさったように私たちも他者に手を差し伸べて、それがその人々にとって神様が差し伸べる手となってゆくようになることなのである。そのような生き方は、それまでの仕事を辞めねばならないとか、家族関係を断つというものではない。それまで通りの仕事をそれまで通りにして、家族を大切にする生き方をして良いのである。しかし、それオンリーの歩みであってはならないのである。

聖書:新共同訳聖書「マタイによる福音書 4章 12~22節」  聖書朗読
04:12イエスは、ヨハネが捕らえられたと聞き、ガリラヤに退かれた。 04:13そして、ナザレを離れ、ゼブルンとナフタリの地方にある湖畔の町カファルナウムに来て住まわれた。 04:14それは、預言者イザヤを通して言われていたことが実現するためであった。 04:15「ゼブルンの地とナフタリの地、湖沿いの道、ヨルダン川のかなたの地、異邦人のガリラヤ、 04:16暗闇に住む民は大きな光を見、死の陰の地に住む者に光が射し込んだ。」 04:17そのときから、イエスは、「悔い改めよ。天の国は近づいた」と言って、宣べ伝え始められた。 04:18イエスは、ガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、二人の兄弟、ペトロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレが、湖で網を打っているのを御覧になった。彼らは漁師だった。 04:19イエスは、「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言われた。 04:20二人はすぐに網を捨てて従った。 04:21そこから進んで、別の二人の兄弟、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネが、父親のゼベダイと一緒に、舟の中で網の手入れをしているのを御覧になると、彼らをお呼びになった。 04:22この二人もすぐに、舟と父親とを残してイエスに従った。


2021/02/28 受難節第2主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「サウル王の決定的過ち」 1.サムエル記(上)の15章をすべて読んで頂きたかったが、時間の都合で15章の前半部分だけを読んでいただいた。イスラエル人の最初の王様として立てられたサウルが、神様と預言者サムエルから王失格の烙印を押された。その決定的な理由となった出来事が書かれている。10節には神様がサウルを王として立てたことを悔やんだとあり、15章の最後には、サムエルはもう死ぬまでサウルとは会おうとしなかったことが、またここにも神様がサウルを王として立てたことを悔やんだことが繰り返されている。そうして16章には、サウルの次に王となるべき者として、少年ダビデが選ばれたことが記されている。サウルは死ぬまで王としてふるまいはしたが、しかし、ダビデとの間で悩みが深まっていった様子が、ずっと描かれてゆくのである。
 では、サウルが王として失格との烙印を押されたその決定的原因はどのようなことであったのか。それが今日の御言葉の中心的なことである。最初の2節・3節にあるように、神様はサムエルを通して、サウルにアマレク人たちを皆殺しにせよと命じた。この命令に対して、サウルは忠実に従うことをしなかった。8節以下に書かれているように、確かに、アマレク人のある部分は殺した。しかし、王アガクを生け捕りにし、動物のうちの上等なものは残し、つまらないもの・値打ちのないものだけを滅ぼしたのである。そのことをサムエルから問い詰められ、自分がそうしたのではなく、部下の兵士がそうしたのだと言い、さらにそれは「神、主への供え物にしようと」したのだと言い訳をした(15節)のである。
 サウルの犯した過ちとは、神様の命令に従わなかったことであり、それを指摘されると今度は部下のせいにし、心にもなかった言い訳をしたという点にあるのは明らかであろう。サウルの心にあったのは、9節のふるまいに現れているように、王としての自分や兵士たちの利益になるような戦利品は我が物とし、そうでないものは滅ぼすということであった。そのようにして、王として兵士たちの歓心を買い、彼らに気に入られようとしたのである。そのようなサウルの心は、「カルメルに行って自分のために戦勝碑を建てた」ことに、如実に現れている(12節)。それが神様の御心に添わなかったという点は、よく理解できる。

2.しかし、私たちにとっての根本的な疑問は、そもそも神様がサムエルを通して、「アマレクに属するものは一切滅ぼし尽くせ。・・・容赦してはならない」と命じられたことにある。果たして、そのような命令が本当に神様自身が命じたものなのか。それは、たとえ預言者といえ、サムエルが捉え誤ったものではなかったのか。11節の最後に、「サムエルは深く心を痛め、夜通し主に向かって叫んだ」とある。そこに込められているのは、なぜ神様はいちど王として選んだのに、それを悔んだのかという嘆きであり、また、サウルに油注いだ者としてじゅうぶんに彼を導くことができなかったという牧会者としての自責の念でもあるように思う。しかしそれ以上に、預言者として神様の真意というものをサウルに伝えることができずに、そのような結果を引き起こしたことへの後悔もあったのではなかろうか。
 そのような命令の奥底に、どのような神様の真意があるのか、私たちには到底知り得ないものがある。そして、それを文字通りに受け取る人も、勿論いる。数冊しかない私の手許の解説書は、そのいずれもが、この神様の命令を文字通りのものと受け取っている。ある人々は、その絶滅を『聖絶』と表現している。私には、子どもや乳飲み子さえも殺してしまう絶滅に、『聖』という言葉を形容詞として付けることは到底できない。リュディという優れた牧師は、今日の御言葉についての説教で、この神様の命令は背筋が凍るようなものであるとしつつも、それは昔、イスラエル人に嫌がらせをしたアマレク人に対する神様からの死刑判決であること、そしてそれをサウルは命じられた通り執行しなければならかったのだと断言している。
 そうだとしても、絶滅ということは、アマレク人に対しての正しい罰だったのであろうか。エジプトを脱出したイスラエル人に対して、アマレク人がかつて嫌がらせをした。その嫌がらせを直接したわけではない今のアマレク人に対する処罰としては、余りにも理不尽で、度を超した処罰ではないだろうか。キリスト教には、異教の人々やネイティブの方々に対して、このような聖書の言葉を根拠にして、絶滅行為を行ってきた歴史があると思う。私たちの信仰の歩みを邪魔する者があれば、それは皆殺しにして良いし、すべきだと。ジハードとか聖戦とか、そのような考え方もそこから来るものではなかろうか。
 はじめにも示されたように、サウルが神様の命令に従わなかったのは、自分たちの利益のためであった。しかし、もしも彼がサムエルから示された神様の命令の真意を問い、たとえアマレク人であってもそれを皆殺しになどできないという理由からの不服従であったのなら、王として失格との烙印を押されることにはならなかったのではないかと私は勝手に想像するのである。創世記の18章後半には、神様の使いがアブラハムにイサクの誕生を告げた後で、ソドムとゴモラを滅ぼそうとしていることをアブラハムに教えたことが書かれている。そこに甥のロト家族が住んでいることもあって、アブラハムは天使と交渉をした。アブラハムが「ソドムとゴモラに、もし50人の正しい人がいればどうか」と言うと、神様は「赦そう」と答えた。「45人ならば、いや40人しかいないかも。30人、20人ではどうか」と交渉が続き、最後には10人いれば滅ぼさないとの約束を引き出したのである。もしサウルがアマレク人のためにそのような交渉をしていれば、あるいは、預言者であるサムエルがそのようなアブラハムの例をサウルに教えることができていれば・・・と私は思うのである。

3.それでは、そのような命令を下した神様の真意は、どのようなものであったのか。私なりには次のように受けとめたいと思うのである。
 今から3000年前の時代の戦争においては、勝者が敗者の領土・財産・命をどのようにしようとも、それは勝手であったはずである。サウルが9節で行ったように、残して利益になる上等なものは滅ぼさず、残す値打ちのないものは、人間の命だろうと何だろうと滅ぼしたのである。それからすれば、サウルがしたこと、すなわち最上のものを自分が取るのではなく神様に献げようとしたことは、むしろ希有なことでさえあったであろう。
 神様の命令の根源にあるのは、当時の世界において当たり前だった、そのような戦勝者のふるまいにストップをかけること、その点にこそあったのではなかったか。「滅ぼし尽くす」と訳された原文の言葉は、「ハーレム」という言葉だそうである。それはあの「ハーレム」と同じ意味である。王様が王宮の女性たちを独り占めにする。そのように、戦争に勝利した王様ではなく、神様が敗者のすべてをひとり占めなさることなのである。その具体的な現れは、動物などについては殺し尽くしてすべてを煙にして焼いてしまうことだったであろう。金銀などの戦利品も、焼くか地中に埋めるかをしたのかもしれない。敗けた人間については、どうすることができたのであろうか。サムエルには「打ち殺す」としか思い至らなかったのであろう。他に、例えば奴隷などにして、自分たちの利益になるようにするのではなく、武装解除して追放するとか、殺さずとも、出来たことがあったのではなかろうか。
 神様がサウルに為さしめようとされたのは、戦争に勝利しても、とにかく何一つ勝利者の利益が生じないようにするということではなかったか。そうなれば、王として、もはや戦争をすることに意味はなくなる。わざわざ命の危険を冒して勝利しても、何の利益もないのである。だとすれば、王として為すべきは、むしろ戦争を起こさないことではなかろうか。王様であることの根拠・土台というものを、戦争して勝利し自分や兵士・国民が利益を得ることに置いてはならないということである。戦いを起こさず、利益をむさぼって生きることから遠ざかる。これが王としてなすべきことだと、神様は教えようとしたのではなかろうか。

4.以上のようなことから、こんにちの私たちが受け取るメッセージは、どのようなものなのか。私は、それは先ず私たちやサウルがそうであろうとしたような、王様になって人生において勝利者であろうとし、そこから己の利益になるようなものを貪り取ろうとすることへの否ではないかと思うのである。3000年前の時代社会がそうであったように、なおのこと今の時代では、誰もが人生において勝利者であろうとしているのではなかろうか。東京オリンピックを人類がコロナに勝利した証しとして行うのだと繰り返してアピールがなされている。生きることを、まさに戦場と捉え、サウルが9節でなしたような選別がそこではなされて、ひたすら、己にとって値打ちのあるものだけを手に入れようとしているのである。誰も、それに対して意義申し立てをしない。それが当たり前だとされているのである。
 しかし神様は、そのような王としての私たちのあり方に対して、否を突き付けて下さる。11節に「わたしはサウルを王に立てたことを悔やむ」とある。それは、サウルという人が王とされたことについてだけではない。私たちすべてが、サウルのような王になってしまうことに対して、神様は深く悔やんでおられる。そういう意味だと思うのである。そのような生き方は、あなたがたの幸いとはならないと、嘆いておられるのである。
 神様が私たちに望んでいる人生とは、勝者となって9節のような選別をすることでは決してないのだと改めて思う。生きることがそのためのものだと捉えたなら、私たちの人生は、むしろ価値のない、つまらないとしか言いようのないものではないだろうか。ここにいる私たちの中に、これまで生きてきて「上等なもの」と言えるようなものを手に入れることができたと言える人は、どれ程おられるであろうか。来年3月に私は、この教会を離れる。かつて郡山教会を離れる際にも、それまでの24年間の牧会を振り返ってしみじみ思ったのは、あたかも無駄で無報酬と感じられるようなことばかりだったと言うことだった。かつて私たちが若いころ、3無主義(無責任・無気力・無感動)という言葉があった。私はそれをもじって、牧師の働きとは「無駄・無報酬・無利益」というべきものだとしみじみ感じた。11年間のつくばでの私の歩みもまた、そのようなものだと思うのである。しかし、それでこそ良いのではなろうか。それこそが、王様とは正反対の、神様に仕える立場である私たちの人生なのではなかろうか。
 「一切滅ぼし尽くせ」とは、そのうわべの意味をはるかに越えて、本当に奥深い私たちの人生の在り方への指針のように思えるのである。私たちの人生は、最後には煙のごとく、神様にお返ししなくてはならない。命だけでなく、夫婦や家族とのつながりもそうである。それらを戦利品のごとく己の懐に入れて、そこから利益だけを引き出してはならないのである。言い方を変えれば、一切は煙のように神様にお返ししてよいのである。何一つ手許に残るものなどなくて良いのである。そう考えると、生きることは実に気軽でやすやすとしたものになるのではなかろうか。

聖書:新共同訳聖書「サムエル記(上) 15章1~3節/7~16節」  聖書朗読
15:01サムエルはサウルに言った。「主はわたしを遣わして、あなたに油を注ぎ、主の民イスラエルの王とされた。今、主が語られる御言葉を聞きなさい。 15:02万軍の主はこう言われる。イスラエルがエジプトから上って来る道でアマレクが仕掛けて妨害した行為を、わたしは罰することにした。 15:03行け。アマレクを討ち、アマレクに属するものは一切、滅ぼし尽くせ。男も女も、子供も乳飲み子も、牛も羊も、らくだもろばも打ち殺せ。容赦してはならない。」/15:07サウルはハビラからエジプト国境のシュルに至る地域でアマレク人を討った。 15:08アマレクの王アガグを生け捕りにし、その民をことごとく剣にかけて滅ぼした。 15:09しかしサウルと兵士は、アガグ、および羊と牛の最上のもの、初子ではない肥えた動物、小羊、その他何でも上等なものは惜しんで滅ぼし尽くさず、つまらない、値打ちのないものだけを滅ぼし尽くした。 15:10主の言葉がサムエルに臨んだ。 15:11「わたしはサウルを王に立てたことを悔やむ。彼はわたしに背を向け、わたしの命令を果たさない。」サムエルは深く心を痛め、夜通し主に向かって叫んだ。 15:12朝早く、サムエルが起きて、サウルに会おうとすると、「サウルはカルメルに行って自分のために戦勝碑を建て、そこからギルガルに向かって下った」との知らせが届いた。 15:13サムエルがサウルのもとに行くと、サウルは彼に言った。「主の御祝福があなたにありますように。わたしは主の御命令を果たしました。」 15:14サムエルは言った。「それなら、わたしの耳に入るこの羊の声、わたしの聞くこの牛の声は何なのか。」 15:15サウルは答えた。「兵士がアマレク人のもとから引いて来たのです。彼らはあなたの神、主への供え物にしようと、羊と牛の最上のものを取って置いたのです。ほかのものは滅ぼし尽くしました。」 15:16サムエルはサウルに言った。「やめなさい。あなたに言わねばならないことがある。昨夜、主がわたしに語られたことだ。」サウルは言った。「お話しください。」


2021/02/21 受難節第1主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「荒れ野の誘惑」 1.イエス様は、洗礼者ヨハネから受洗した直後に聖霊によって荒れ野へと導かれ、悪魔の誘惑に遇い、それを退けた。その出来事が記された箇所である。4つの福音書のうち最も遅くに書かれたヨハネによる福音書は、このことを書いていない。マルコによる福音書には、誘惑の細かな中身は書かれてはいない。しかし、受洗直後に聖霊に導かれて悪魔の誘惑に遇ったということは、マタイもマルコもルカも福音書に記している。
 おそらく弟子たちは、イエス様自身の口からそのことを度々聞かされたのでは。弟子たちは、イエス様が洗礼者ヨハネから受洗したそのときに、いったいどのようなことが起きたかを、また洗礼がどれほど大事なものであるかをも、それだけではなく、イエス様が受洗した直後に、神様によって荒れ野へと導かれ、悪魔からの試みと信仰のゆすぶりに遇ったということを、繰り返し聞かされたのではなかろうか。イエス様がそれを弟子たちに繰り返し教えたのは、「あなたがたも洗礼を受けた後にこそ、悪魔のようなものたちによって信仰が揺さぶられるのだ」ということを諭すためだったと思うのである。洗礼を受けて信仰者としての人生を送るということは、決してバラ色の人生を歩むことではなく、むしろ荒れ野へと導かれ、常に信仰のゆさぶりを受けざるを得ない者とされることなのだとイエス様は自分の体験を通して教えたのである。1節の御言葉は、多くの人にとってなかなか理解しがたいものではないかといつも感じる。「悪魔から誘惑を受けるため、“霊”に導かれて荒れ野へ行かれた」とある。“霊”という文字に“ ”印がつけられている。悪魔の誘惑に遭わせるために荒れ野へと導く霊なのだから、何か得体の知れない悪しき霊なのではないかと受け取ってしまう。しかし、それはその直前にあるイエス様が洗礼を受けたときに天が開いてイエス様の上にくだってきた神の霊に他ならないのである。神様の聖なる霊の導きが、よりにもよって悪魔の誘惑と結託しているかのような印象を受ける。だから、ヨハネはその福音書において、敢えてその出来事を書かなかったのであろう。「誘惑」と訳されているが、それは信仰のゆさぶりでありテストであり、金属が精錬されるようなものである。神様がイエス様をして、荒れ野で悪魔によってその信仰がゆさぶられ、金属が炉の中で精錬されて鍛えられてゆくような機会を必要した。それはイエス様自身のためでもあり、また弟子たちや洗礼を受ける私たちにこそ不可欠なことだったからであろう。

2.イエス様は天から「これはわたしの愛する子」との声を聞いた。洗礼を受けるということは、それと同様に、私たちも天におられる親である神様の子として生きはじめるようになることである。言わば、天の親である神様の養子にされたという目に見えるしるしである。養子にされるときには、家庭裁判所での手続きがあり、それまではまったくの他人だった人の実子として、戸籍に名が記されるという客観的手続きを伴う。それ以後は、法律的にも社会的にも強い庇護のもとに置かれるようになる。洗礼とはそういうものなのである。そうだとすれば、洗礼を受けた後では、天に親ができて、もう何の不安もない人生を送れるようになれるはずである。悪魔によってゆすぶられる余地のない、安心した生活を送れるようになる。悪魔がやってきて天の親である神様とのきずなをゆさぶられるとしたら、それは、むしろ受洗前であって、受洗後は悪魔が一目散に退散をしてゆくというのが道理ではなかろうか。
 しかし、イエス様が自分の体験として教えてくださるのは、そうではない。受洗後にこそ、私たちの信仰はゆさぶられるのである。洗礼を受けた私たちが生涯にわたって信仰を貫くことの難しさは、ここにこそある。3つの誘惑のうち最初の2つで、悪魔は「神の子なら」と問いかけている。洗礼を受けて天の親である神様の子とされたからこそ、「本当にお前は神の子なのか」とゆさぶる声が聞こえるのである。天に親がいるとの意識を持たない人は、それをゆさぶられることはない。自分には親などいない、天涯孤独なのだと思って生きている人は、親子関係に悩む必要はないのである。その反対に親がいればこそ、なぜ親は助けてくれないのかと苦しむことになる。悪魔の誘惑とは、そのようなうものである。突き詰めれば、天に親がいるのにどうして助けてくれないのかというゆさぶりなのである。しかし、それをイエス様は退けてくださった。そのことを通して、私たちは天に親をもって生きる意味や幸いというものを知るのである。

3.第1のゆさぶりは、「神の子なら、これらの石がパンになるように命じたらどうだ」だった。「荒れ野でそのような辛い飢えに苦しんでいるお前が、どうして『愛する子』なのか。神という親は、実はお前を見放しているのではないか。本当に神の子なら、不思議な力を授けられて、石ころをパンに変えることができて当然ではないか」というゆさぶりである。
 これは本当に、今日の私たちにとって切実なゆさぶりだと思う。毎日毎日、新型コロナウイルス禍によって仕事を失い、住まいまで失い、路上生活を余儀なくされる人々が出ていると報じられている。一体そのような社会において、私たちが天の神様を親として生きることの実際的な助け・メリットとは、何処にあるのであろうか。天の親の子として生きる幸いというものを私たちは今の時代において、世の人々にどのように伝えられるのであろうか。きっとイエス様も同じ問いに直面していたのではないかと思うのである。現在よりもはるかに貧しく、生活に困る人々が多くいた2000年前の社会である。それはまさしく、石ころだけがごろごろふんだんにある荒れ野だったに違いない。そのようなところで、天の神様を親としその子として生きるということは、一体どのような支えや糧が与えられるのであろうか。人々が切に求めているのは、石ころがパンに変わることなのである。しかし、実際上のパンが与えられずして、何が天の親の子であるメリットなのか。それが何のためになるのか。イエス様は、そのように悪魔から問われたに違いない。
 その問いに対し、イエス様は有名な申命記8章3節の御言葉をもって答えた。「人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」と。イエス様は、決して私たちがこの世で生きるのにパンが要らないと言っているのではない。2節にあるように、そのときイエス様ご自身が空腹を覚えていたのだから、なおさらである。天の親である神様が、その愛する子である私たちにくださるパンというものは、時には実際上のパンではないこともあるのだ。どうしてもパンが与えられない、ということもあるのだ。しかし、そのような時においても、天の親である神様は、言葉をくださる。その神様からの言葉によって子である私たちは支えられ生きる糧を得ることもある。それがイエス様の言っておられることなのである。
 実際上のパンではなく神様からの言葉が、一体どのような糧になるのであろうか。聖書のはじめに書かれている神様の言葉は「光あれ」だった。それは太陽の光ではなく、もっと根源的な、この世界の根源をなしている光のようなものだと言われている。神様の言葉とは、ヘブル語ではダーバール、ギリシャ語ではロゴスである。そのロゴスという語には、法則とか原理とか、そういう意味がある。創世記の最初に「はじめに神は天地を創造された」とあった。「光あれ」という神様の言葉に込められている原理とは、要は「創造」という原理だと思う。天の親である神様の創造という根源的な働きが、子である私たちを養ってくれるのである。それが私たちへの光となる。
 私たちが困るのは、しばしば実際上のパンがないということではない。自ら命を絶ってしまうのは、パンが無いからではない。むしろ、どんなにパンが有り余っていても、それを食べようとする私たち自身が、いろいろな理由から崩れてしまおうとしていることに耐えられないからである。どれほど食べ物が溢れていても、住まいに事欠かなくとも、病が私たちを襲い心が崩壊してしまえば、もう目の前のパンを食べる気力がなくなってしまう。だから、私たちに不可欠なのは、直面している崩壊にもかかわらず、それを乗り越えてゆける希望なのである。その希望は、創造の働きをなさる天の親からやってくる。崩壊の向こうには、必ず新たな創造が待っているのである。だから、崩壊は創造の始まりだと受け取れるのである。

4.第2のゆさぶりは、「神の子なら、(神殿の屋根から)飛び降りたらどうか」だった。詩編91章11~12節の御言葉まで引用して、ゆさぶりをかけてきた。第1のゆさぶりが、パンに代表されるところの、私たちがこの世で生きてゆく上で必須の食べ物や住まいやお金にかかわっているとすれば、第2のゆさぶりは、私たちの足が石に打ち当たって砕けることがないような、安心・安全な生活の守りということが言われているのであろう。「もし神の子なら、それが与えられて当然ではないか。それが与えられずして何が神の子なのか。信仰生活のメリットなどないではないか」というゆさぶりである。
 これに対してイエス様は、やはり申命記の6章16節の御言葉をもって応じた。この答えの根本にあるのは、第1のゆさぶりへの答えと同じものだと思う。確かに、私たちは天の神の子ではあるが、私たちの足にせよ体にせよ、石に打ち当たることは避けられない。むしろ土の器として創造された私たちは、必ずや石に打ち当たり粉々に砕けるのである。しかし、その向こうに創造の神様の御業がある。砕かれて、それで終わりではない。
 新型コロナウイルス禍の中、私たちの安心・安全は粉々に砕かれている。神様を信じるメリットがどこにあるのかと、ゆすぶられている。しかし、私は今の時ほど、創造者である神様を信じることの出来る喜びを深く感じられるときはないと思う。先日、NHKのBS放送の番組で、「ウイルスとは悪魔か天使か」という番組があった。ウイルスの専門家は、「いま私たちに新型コロナウイルスが引き越していることは、短期的に見れば悪魔としか言いようがないけれども、何億年という長い年月の中でウイルスが私たちにもたらしてくれたものを知ると、天使だと言える」とおっしゃっていた。私たち哺乳類が胎盤によって胎児を成長させる仕組みというのは、1億6000万年ほど前に、私たちに侵入したウイルスの遺伝子によってもたらされたものなのだそうである。ウイルス感染によって哺乳類の先祖の動物の多くは死に絶えてしまった。けれども、生き残ったわずかなものに、ウイルス由来の遺伝子が引き継がれて、胎盤を形成するありかたが作られていったのだそうである。私たちも、このような神様の創造の御業の中にある。死も破壊もあるが、しかし、そこを貫いているのは創造なのである。その神様を疑ってはならないのである。

5.最後の誘惑について、ここには「神の子なら」という言葉はないが、要は、神の子なら繁栄があって当然、ということであろう。それまでは、この世に生きる私たちにとって不可欠な2つの要素、つまり衣食住と安心・安全な生活というものが問われてきた。3番目の誘惑では、やはり私たちにとっての不可欠なものとして、生きがいということが問われているのである。悪魔は、「繁栄や栄誉栄達というものが、あなたがたの生きがいでないか」と問いかけているのである。他の人と比べて少しでも高いところに昇ることが私たちの生きがいである。或いは、他の人と比べてということでなくとも、できるだけ高いところに到達することを私たちは生きがいとするのではないだろうか。「天の親である神の子となって、それが与えられるのか。むしろ、私の子となった方が与えられよう」と悪魔はささやくのである。
 それに対してイエス様は、「あなたの神である主を拝み、ただ主に仕えよ(申命記6章13節からの引用)」と応じた。イエス様は、天の親である神様の子として生きる、私たちの最大の幸いは、神様に「仕える」生き方ができることだと言っておられるのだと思う。それは、取るに足らない小さな働きを喜んでできるようになるということである。昨年秋に出版された将棋棋士の加藤一二三さんの『だから私は、神を信じる』という本において加藤さんは、一時期、勝たなければというプレッシャーから、不振に陥ってしまったと書いておられた。その加藤さんが神様を信じるようになって、勝つことを求めるのではなく「良い将棋」を指すことを求めることができるようになったのだそうである。良い将棋とは、要は、勝っても負けても、神様の前に精一杯誠実に小さな働きをするということだと思う。それで良いのだと思えることが神の子の幸いなのである。

聖書:新共同訳聖書「マタイによる福音書 4章 1~11節」  聖書朗読
04:01さて、イエスは悪魔から誘惑を受けるため、“霊”に導かれて荒れ野に行かれた。 04:02そして四十日間、昼も夜も断食した後、空腹を覚えられた。 04:03すると、誘惑する者が来て、イエスに言った。「神の子なら、これらの石がパンになるように命じたらどうだ。」 04:04イエスはお答えになった。「『人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる』と書いてある。」 04:05次に、悪魔はイエスを聖なる都に連れて行き、神殿の屋根の端に立たせて、 04:06言った。「神の子なら、飛び降りたらどうだ。『神があなたのために天使たちに命じると、あなたの足が石に打ち当たることのないように、天使たちは手であなたを支える』と書いてある。」 04:07イエスは、「『あなたの神である主を試してはならない』とも書いてある」と言われた。 04:08更に、悪魔はイエスを非常に高い山に連れて行き、世のすべての国々とその繁栄ぶりを見せて、 04:09「もし、ひれ伏してわたしを拝むなら、これをみんな与えよう」と言った。 04:10すると、イエスは言われた。「退け、サタン。『あなたの神である主を拝み、ただ主に仕えよ』と書いてある。」 04:11そこで、悪魔は離れ去った。すると、天使たちが来てイエスに仕えた。


2021/02/14 降誕節第8主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「ペトロとコルネリウス」 1.本来なら10章全体を朗読して頂きたいところ、使徒言行録の10章の中ほどの部分だけを読んで頂いた。物語のあらましの概略は、こうである。
 9章に登場した女性タビタが住んでいたヤッファという町の北、約50kmの地中海沿岸にカイサリアの町があった。そこに、ローマの100人隊長コルネリウスがいた。カイサリアは、名前の通りローマ皇帝アウグストスにちなんで建設された町だとのことである。その町は、地中海沿岸の港町でローマからやってきた船がパレスチナに入る玄関口にあたる。ローマ総督、多くの兵士などが駐屯していたのであろう。コルネリウスは、ローマ人でありながら神様を信じていた人だったようである。ユダヤ人に定められていた3時の祈りをしていると、天使から呼びかけられ、ヤッファにいるペトロを招くように告げられたので早速、使いを出した。使いの者がヤッファに着くころ、今度は、革なめし職人シモンの家に滞在していたペトロが夢うつつになって幻を見た。天から風呂敷のような入れ物が吊り降ろされ、そこには様々な生き物がごちゃごちゃ入っていた。ユダヤ人のペトロには、決して食べてはいけないとされていたものも含まれていたようだ。ところが幻の中で、神様の声は、「これを食べよ」と言った。ペトロが「主よ、とんでもないことです。清くないもの、汚れた物は何一つ食べたことがありません」と答えた。すると神様は、「神が清めた物を、清くないなどと言ってはならない」と言った。そのような押し問答が3度も続いて、その入れ物は天へと引き上げられたというのである。ペトロには、この幻の意味がわからなかった。「この幻はいったい何だろうか」と一人で思案に暮れていると、ちょうどタイムリーに、コルネリウスからの使いがやってきた。これこれこうだとの事情を聞き、ペトロは早速コルネリウスの家へと出掛けた。コルネリウスもまた自分と同様に幻を見て、ペトロがコルネリウスの家に招かれたことがわかった。ペトロは、それらのことの意図を悟りコルネリウスにイエス様のことを語った。そして彼らは洗礼を受けるに至ったのである。こうして、フィリポがエチオピアからの役人にキリスト教を伝えた(8章)ことに続いて、キリスト教はまたまた異邦人へ、それもイスラエルを占領統治していたローマの兵士にまで、広がってゆくこととなったのである。フィリポがエチオピアの宦官と出会い、その馬車に一緒に乗るようになったのも、天使の導きゆえだった。ユダヤ人は去勢した人とはつきあってはならなかったのに、天使の導きによってフィリポはこのタブーを乗り越えることができた。ペトロもまた28節で彼自身が言っているように、ユダヤ人は外国人と交際したり訪問したりすることは禁じられていたのに、そうした幻を見せられ神様自身の導きによって、そのようなタブーを乗り越えさせていただいたのである。
 私は、そのようなことが信仰の喜び・醍醐味だと、しみじみ思う。私たちにもペトロのように「これは食べられない」「このようなな人とは交際できない」というタブーが、そしてもっと言えば、「こんな体験は受け入れられない」というような枠がある。私たちだけでは、どうしてもこれを乗り越えることができない。しかし、神様はこれをさせて下さるのである。それが信仰の果たす大きな働きではなかろうか。
2.このように信仰の醍醐味とは、私たちをして抱いているタブーを乗り越えさせ、その狭い枠を壊して下さる点にあると私は思うのである。コリネリウスと出会って神様からの幻を見せられる以前のペトロの信仰はむしろ、タブーを強くするものであったのではなかったか。神様が天から吊り降ろした入れ物の中に様々な生き物を入れて「食べなさい」と言っても、ペトロは頑として「清くない物、汚れた物は食べたことがありません」と拒んだ。それが、ユダヤ人としてのペトロのそれまでの信仰だった。また、28節には「ユダヤ人が外国人と交際したり、訪問したりすることは、律法で禁じられています」とある。食べ物のタブーを守らない外国人とつきあってはいけないというタブーも、ユダヤ人としての信仰だったのである。私たちの信仰には、残念ながらそういう側面が強くあるのではないだろうか。タブーから解き放つのではなく、むしろそれを強くしてしまう面が信仰にはある。
 神様が天から吊り降ろした入れ物とは、言わば「大風呂敷」と言っても良いだろう。それが、神様が私たちに天から降ろしてくださる入れ物の、何よりもの特徴ではないかとしみじみ思うのである。それに対して、ペトロにせよ私たちにせよ、「これが神様からの入れ物だ」と信じているのは、とても小さく狭いものではなかろうか。食べ物についても、これは駄目だ、あれはだめだといい、交際する人についても、この人は駄目だ、あの人はだめだと制約してしまう。せっかく神様から大風呂敷に入れた食べ物が吊り降ろされているのに、私たち人間はいつのまにか、それを小さな狭い入れ物に入れ替えてしまっているのである。人間の尺度をもって「これは食べてよい」「これは清い。汚れていない。私たちの食べ物にふさわしい」と狭く解釈してしまう。しばしば宗教や信仰が、その狭さに拍車をかけてきたのではなかったか。

3.そもそも、イスラエルの人々がエジプトを脱出した後、荒れ野を彷徨う中で神様からこれは食べてはならないとされた食べ物が示されたのには、ちゃんとした理由があったのだと考えられる。レビ記の11章や申命記14章に、その教えが記されている。レビ記の11章2節には「地上のあらゆる動物のうちで、あなたがたの食べてよい生き物は、ひづめが分かれ、完全に割れており、しかも反すうするものである」とある。また、水の中に生物に関しては「ひれ、うろこのあるものは食べてよい」と、11章9節にある。さらには、空を飛ぶ生き物で食べてはいけないものとして、まさに今のコロナに関係しているところのコウモリが最後にあげられている。長い間の経験の蓄積において、そうした生き物は食べると危ないということがわかっていたのであろう。飢えて荒れ野を彷徨う中、何でも食ってしまうのは危険なことである。コウモリやネズミの類いを食べることで未知のウイルスを招き入れるとのことからも、それはよくわかる。
 そうした戒めは、イスラエル人がバビロンに捕囚された時代以降、また違った意味を持たされていった。ダニエル書には、バビロン王の宮廷に召し抱えられたダニエルたちがユダヤ人として許された食べ物だけを食べようとしたとある。それはタブーというよりは、そうすることこそが「生きる糧」だったからだと思う。実際の生活はバビロン王やバビロンの人々に支配されていたのだが、そういう生活の中でも、定められた食べ物のみを口にするということにおいて、自分たちは神様と結び付いて生きることができているのだと思うことができた。そう思えることが生きる糧だったのである。
 今なおユダヤ人やイスラムの人々が、私たちからすればとても厳格な食物タブーを守っていることも、決して単にタブーを押し付けられているのではなく、喜びとしてなされているのだと理解したい、と思う。ただし、そのタブーが本当に神様によって与えられたものなのかということは問うことができると思う。それが、ペトロの見た幻の示すところではないかと思うのである。神様が天から吊り降ろした入れ物というのはそういう意味でも「大風呂敷」なのである。私たちが考えている入れ物とは対照的である。神様とは、「これは汚れている。清くない」と、私たちに小さな狭い入れ物を科しタブーを科されるのではなく、その反対に天から大風呂敷を吊り降ろして「これを食べよ。これはあなたにとって益となる」と語ってくださるのだと思う。ユダヤ教やイスラム教とキリスト教の根源的な違いは、そこにこそあると思うのである。
4.さて、神様がそのような方であるということは、文字通りの食べ物のことや外国人とのつきあいというようなことを越えて、私たちの人生における出来事にも言えるのだと、しみじみ感じるのである。私たちは、自分たちの極めて狭く小さな尺度によって「これは食べてよい、これは食べてはだめ」と食べ物を仕分けするだけではなく、人生における出来事についても、そのように仕分けしてしまっているのである。私たちが、自分や家族に起きる出来事を、自らにとって糧となる食べ物として仕分けし受容する入れ物というものは、本当に小さく狭い。それは今の新型コロナウイルス禍において如実に現れている。
 クローズアップ現代という先日のNHKの番組で、新型コロナウイルス禍の中、無理心中が増大していると報じられていた。自殺が増えていることは以前の礼拝においても何度か触れたが、夫婦や親子の無理心中がとても増えているというのである。ある夫婦は、長男の死をきっかけに夫人が心身の体調を崩し、それに骨折が加わって、明日は病院に帰るという日の─新型コロナウイルス禍のため、面会ができなくなってしまうかも知れないというその日の─夜に心中したという。また、ある親子(父と娘)は、やはり新型コロナウイルス禍で父親が鬱病になり、経済的にも大変になってしまい、娘を大学に通わせてやれないかもしれないという考えに至り、父親が高校生の娘を殺して自らも命を絶ってしまったとのことである。新型コロナウイルス禍の中で味わっている苦難は、誰もが「こんなことは決して私たちの食べ物ではない。これは私たち夫婦や親子を滅ぼしてしまうようなことだ」としか思い得ないものである。しかしどんなに拒んでも、それが天から私たちに「食べよ」と吊り降ろされた食べ物なのである。神様が吊り降ろす大風呂敷の中には、そういうものが入っているのである。それらを避けることはできないのである。それらを食べることが、必ずや私たちにとっての糧となる。それを食べなければ、その後の私たちの人生はありえないのである。

5.私たちの考えだけでは、なかなか食べ物として受け入れてゆけないものを、天から神様が下さったものとして食べてゆけるようにして下さる。それが信仰の本当の働きだと思うのである。食べさせないようにするのではなく、その反対にタブーや狭い枠を破って受容させる。それが信仰の働きなのである。
 改めて気づかされるのは、ペトロは幻を見せられてすぐに天からの大風呂敷に入っていた食べ物を食べることができたわけではなかったということである。不思議な幻を示されれば、すぐにそれまでの古い信仰が新しくされて、今まで食べられなかったものを食べられるということではないのである。ペトロは3度も神様との押し問答を繰り返し、幻を見てもなお、「今見た幻はいったい何だろうかと、ひとりで思案に暮れている」と17節にある。「ひとりで」という言葉は、とても象徴的である。どんなに幻を見ても独りの信仰では、天からの食べ物を食べることはできないのだと思う。
 それでは、どのようにしてペトロは食べることができるようになったのであろうか。コルネリオスもまた幻を見たと知り、彼の家を訪ねて神様の御心を教えられたからであった。要は、コルネリウスとの出会いが不可欠だったのである。そうであればは私たちにとっても、コルネリオスが不可欠だということであろう。共に幻を見て、共に天からの食べ物を食べる人が不可欠だということである。例えば、新型コロナウイルス禍をも神様がそのような意義のあるものとして天から与えて下さったのだと共に受け入れることができ、現実にその意義を感じ取ることができるようになる信仰の友や場所が必要なのである。それこそが教会の存在意義なのかも知れない。

聖書:新共同訳聖書「使徒言行録 10章 9~33節」  聖書朗読
 10:09翌日、この三人が旅をしてヤッファの町に近づいたころ、ペトロは祈るため屋上に上がった。昼の十二時ごろである。 10:10彼は空腹を覚え、何か食べたいと思った。人々が食事の準備をしているうちに、ペトロは我を忘れたようになり、 10:11天が開き、大きな布のような入れ物が、四隅でつるされて、地上に下りて来るのを見た。 10:12その中には、あらゆる獣、地を這うもの、空の鳥が入っていた。 10:13そして、「ペトロよ、身を起こし、屠って食べなさい」と言う声がした。 10:14しかし、ペトロは言った。「主よ、とんでもないことです。清くない物、汚れた物は何一つ食べたことがありません。」 10:15すると、また声が聞こえてきた。「神が清めた物を、清くないなどと、あなたは言ってはならない。」 10:16こういうことが三度あり、その入れ物は急に天に引き上げられた。 10:17ペトロが、今見た幻はいったい何だろうかと、ひとりで思案に暮れていると、コルネリウスから差し向けられた人々が、シモンの家を探し当てて門口に立ち、 10:18声をかけて、「ペトロと呼ばれるシモンという方が、ここに泊まっておられますか」と尋ねた。 10:19ペトロがなおも幻について考え込んでいると、“霊”がこう言った。「三人の者があなたを探しに来ている。 10:20立って下に行き、ためらわないで一緒に出発しなさい。わたしがあの者たちをよこしたのだ。」 10:21ペトロは、その人々のところへ降りて行って、「あなたがたが探しているのは、このわたしです。どうして、ここへ来られたのですか」と言った。 10:22すると、彼らは言った。「百人隊長のコルネリウスは、正しい人で神を畏れ、すべてのユダヤ人に評判の良い人ですが、あなたを家に招いて話を聞くようにと、聖なる天使からお告げを受けたのです。」 10:23それで、ペトロはその人たちを迎え入れ、泊まらせた。翌日、ペトロはそこをたち、彼らと出かけた。ヤッファの兄弟も何人か一緒に行った。 10:24次の日、一行はカイサリアに到着した。コルネリウスは親類や親しい友人を呼び集めて待っていた。 10:25ペトロが来ると、コルネリウスは迎えに出て、足もとにひれ伏して拝んだ。 10:26ペトロは彼を起こして言った。「お立ちください。わたしもただの人間です。」 10:27そして、話しながら家に入ってみると、大勢の人が集まっていたので、 10:28彼らに言った。「あなたがたもご存じのとおり、ユダヤ人が外国人と交際したり、外国人を訪問したりすることは、律法で禁じられています。けれども、神はわたしに、どんな人をも清くない者とか、汚れている者とか言ってはならないと、お示しになりました。 10:29それで、お招きを受けたとき、すぐ来たのです。お尋ねしますが、なぜ招いてくださったのですか。」 10:30すると、コルネリウスが言った。「四日前の今ごろのことです。わたしが家で午後三時の祈りをしていますと、輝く服を着た人がわたしの前に立って、 10:31言うのです。『コルネリウス、あなたの祈りは聞き入れられ、あなたの施しは神の前で覚えられた。 10:32ヤッファに人を送って、ペトロと呼ばれるシモンを招きなさい。その人は、海岸にある革なめし職人シモンの家に泊まっている。』 10:33それで、早速あなたのところに人を送ったのです。よくおいでくださいました。今わたしたちは皆、主があなたにお命じになったことを残らず聞こうとして、神の前にいるのです。」


2021/02/07 降誕節第7主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「イエス様の受洗」 1.イエス様が洗礼者ヨハネから受洗したということは、特に初代教会の人々にとって躓きとなりうるようなことだった。4つの福音書のうちマタイとマルコそしてルカは、それぞれの福音書においてそれを記しているが、最も遅くに書いたとされるヨハネだけがそのことを記していないのは、その躓きを避けるためだったと考えられる。
 ヨハネによる福音書の3章22~23節に、以下のような興味深いことが書かれている。「その後イエスは弟子たちとユダヤ地方に行って、そこに滞在し、洗礼を授けておられた。他方ヨハネは、サリム近くのアイノンで洗礼を授けていた」と。そしてその少し後には、あるユダヤ人たちが洗礼者ヨハネのもとにやってきて「(イエスが)洗礼を授けています。みんながあの人の方へ行っています」と告げる場面がある。おそらくこの記述が示唆しているのは、イエス様の弟子たちがなす洗礼と洗礼者ヨハネの弟子たちがなす洗礼とが平行してなされていた地域や時代があったということだと思う。ヨハネによる福音書が書かれた地域が、最も洗礼者ヨハネの影響やなごりが強く残っていた場所だったのかもしれない。そのため4つの福音書の中でヨハネによる福音書が、イエス様の弟子たちのなす洗礼と洗礼者ヨハネの弟子たちの行う洗礼との関係に最も敏感だったと考えられる。ヨハネによる福音書は、自分たちの行う洗礼の起源が、イエス様が洗礼者ヨハネから受けた洗礼にあると思われるのを避けたかったのであろう。だからヨハネによる福音書だけが、それを記さなかったのだと考えられる。
 しかしマタイ、マルコそしてルカは、それぞれの福音書において隠すことなく記した。それは、ただ隠すことのできない事実だったからというだけではなくイエス様自身が、洗礼者ヨハネからの受洗に大事な意味を見いだしていたことを知っていたからである。折りにふれて弟子たちはイエス様から「なぜわたしはヨハネから洗礼を受けたか」を聞かされたであろう。イエス様が受洗したときのこと、16節と17節に書かれていることは、弟子たちがイエス様自身から聞いたに違いない。イエス様が洗礼者ヨハネからの受洗に大事な意味を見いだしていたからこそ、弟子たちは洗礼を施し、代々の教会も2000年以上、洗礼をし続けてきたのである。

2.けれども洗礼ほど代々の教会において軽んじられ、揺すぶられてきた儀式もないのではないかと思う。それは私の受洗準備会において、必ずふれる事柄である。2000年の教会の歴史の中で、洗礼という儀式を不要だと考えた人々は常に存在してきた。私が知っているのはクエーカーと呼ばれる教派である。日本では無教会というグループが最もよく知られている。その始まりを作った内村鑑三が1920年代になした『ガリラヤの道』という講演の中で、「イエスのバプテスマ」という題の話の最後において以下のように語っている。「これによりて見れば、人はバプテスマの式によりて救われるのではない。これを受けし精神によりて救われるのである。バプテスマの式はどうでもよい。キリストの精神をもって人生に対する、それがほんとうのバプテスマである。」と。
 私が小学生の頃は、単純に早く洗礼を受けたいと思っていた。しかし長ずるにつれて、内村と同じように考えるようになっていった。私は「救われるのは内心の信仰によって神様イエス様に結ばれることによるのであって、人である牧師また人の集まりである教会でなされる洗礼という儀式に何の意味があるのか」と思っていた。もし天からの目に見えるしるしが必要というのなら、雨に打たれるので十分だと考えていた。そのような私だったので大学時代に受けた受洗準備会は、何と2年も続けて途中でストップしてしまい、とうとう学生時代に通っていた仙台広瀬河畔教会では受洗することはなかったのである。
 洗礼を、人が行う単なる儀式に過ぎないと受け取る人は多い。現在、全世界で大きな勢力を持つようになっているカリスマ派とかペンテコステ派とか、そのように呼ばれる教派は人がこの世の物質である水によって行う儀式に過ぎない洗礼ではなく、16節と17節に書かれているような不思議な奇跡が伴う洗礼─これを『聖霊のバプテスマ』と言う─こそが大事だと言う。それによってボーン・アゲインすること、すなわち新たに生まれ変わる体験が不可欠だと言うのである。日本では無教会からの根強い影響があって洗礼を軽んじる気風が生じ、そこから洗礼を受けていない人々にも聖餐を施す牧師や教会が多くなっているのではないかと私は感じている。
 そのような私たちに今日の御言葉は、イエス様が洗礼者ヨハネから洗礼を受けたと告げている。14節には、ヨハネはそれを思いとどまらせようとしたとある。私たちにとっても、洗礼を思い止どまらせることが沢山ある。さらに日本人の私たちには、ある特定の宗教や組織に加わるのを強くためらわせるものもある。しかしイエス様は言った。「今は止めないでほしい。正しいことをすべて行うのは、我々にふさわしいことです」と。思いとどまらせてしまうものが沢山あるが、しかし、洗礼という儀式によってこそ「正しいことがすべて行われるのだ。私たちにふさわしいことだ」とイエス様は言ったのである。人の行う単なる儀式ではあるけれども、そこには正しさ─「正しさ」とは「良いもの」という意味もあると思う─があり、ふさわしいものだとイエス様は言ったのである。そこには、私たちにとっての良いものが一杯に満ちているということではないだろうか。だとすれば、せっかく差し出されている良いものふさわしいものを拒むという選択はないと私は思うのである。もったいないと私は思うのである。

3.では、イエス様は洗礼者ヨハネの洗礼に、どのような正しさやふさわしさ、良いものを見いだしたのであろうか。
 3章1~12節の学びで教えられたことを振り返りたい。洗礼者ヨハネの宣教の第一声は「悔い改めよ。天の国は近づいた」だった。ヨハネはまず「天の国が近づいた」と語った。天の国とは、いわゆる天国のことではなく、神様の御業ということである。神様の御手が私たちの生活のただ中に差し出されているのである。では、どのような御業をなす御手なのか。突き詰めれば石ころからさえもアブラハムの子たちを創り出すことができるということである。ヨハネによれば、神様とは、私たちに「おまえたちは石ころであってもよい。土の器であってもよい」と言っているのだという。
 ファリサイ派とかサドカイ派と呼ばれる人々は、ユダヤ人としての血筋であったりエリートであったり祭司であったり律法の行いが忠実にできたりといった、多くのものを持ってた。私たちもそうであろう。2000年前に生きていた人々と比べれば、今の時代の私たちはどれほど多くのものを持っているであろうか。そのような私たちにとっては、時として神様の御業は斧のように、焼き尽くす火のように現れる。今の新型コロナウイルス禍もそうなのかもしれない。私たちから様々なものを奪ってしまって、私たちは石ころのようになる。しかし、そうなってはじめて、私たちはアブラハムの子、ひいては神様の子として、天の親である神様からの食べ物や財産を発見するのである。たとえて言えば、天の親である神様の養子とされて、しっかりと親子のきずなの中で生きられるようになるということである。もう生きるのに困ることはなくなるのである。これが「悔い改め」と訳された言葉のもともとの意味なのである。
 ヨハネは、洗礼という儀式をあたかも神様の養子とされたことの目に見えるしるしとして施した。それを、なくてはならないしるしとして施したからこそ、彼は「洗礼者ヨハネ」と呼ばれたのである。ユダヤ人にとっての洗礼とは、軽蔑するようなさげすむような儀式だったようである。なぜならそれは、もともとユダヤ人ではない異邦人が、つまりはユダヤ人から見れば石ころでしかないような人々が、やっとのことでユダヤ人として迎え入れられるための儀式だったからである。俺たちには何の関係もない、異邦人たちが受ける儀式だったのである。だから、さげすんでいたに違いないのである。しかし、洗礼者ヨハネはそれを大切なものとして再発見した。ヨハネは、それこそが私たちが天の親である神様の養子とされたしるしだと教えたのである。養子とされた者は名字が変わる。親の戸籍の中に子としてその名前が書き入れられる。財産分与を受けられる者になる。そうしたしるしが洗礼なのである。それまでユダヤ人によってさげすまれ見向きもされなかった儀式を、神様の子とされた客観的な目に見えるしるしだとしたのがヨハネによる洗礼だったのである。

4.イエス様が洗礼者ヨハネから洗礼を受けたということは、以上のようなことを「アーメン(まことにその通りだ)」と言って受け入れたということなのである。そうであればこそ、イエス様が受洗したとき「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」との声が天から聞こえたのであろう。神様もまた洗礼という儀式をイエス様だけではなくすべて洗礼を受ける私たちが、すべて神様の養子として、どんなことがあっても支えられ助けられる者となったしるしとして認めたのである。
 イエス様が洗礼者ヨハネの洗礼の中に何よりも見いだした正しいもの良いものとは、「あなたがたは石ころであってよいのだ。石ころでこそあれ」というものではなかったかと思うのである。「貧しき者は幸いなり」とのイエス様のメッセージに重なるものを感じる。洗礼において人は石ころのような者になってヨルダン川に一旦沈む。石は自分では決して浮かび上がることはできない。だからこそ、洗礼者ヨハネの手によって救い上げられるのである。その手は神様の手である。親がわが子を川の中から助けあげる手なのである。石ころのような者となってはじめて、その自分を助けあげてくれる天の親に出会あう。その絆の中に生きるようになる。
 洗礼に込められた正しさ良きものとは、突き詰めると私たちが自分によってではなく他者によって救われるというありかたなのではないかと思うのである。その他者とは、具体的には牧師という人として、また教会という人の集まりとして現れる。内村鑑三は「(バプテスマを受けし)精神によりて救われるのである」と言った。その「精神」とは要するに洗礼を受けるその人の精神を言っているのだが、それは突き詰めれば、その人自身によって救われるということになるのではなかろうか。総じて洗礼を単なる儀式として廃する人々─かつてのわたし自身もそうだった─の主張に見るのは、そのようなものなのである。クエーカーの人々にしても、ボーン・アゲインを主張する人々にしても、そこに強くあるのは、自分自身の内面の清さや信仰の強さや体験なのである。要は石ころとは正反対の何かなのである。洗礼を拒む人は、石ころとは正反対の者であろうとする。しかし、自分は石ころでしかなく川に沈む者でしかないと知った人は、洗礼を受けるのである。よるべない子として天の親に頼るのである。ヨハネが他のいかなる儀式でもなく、洗礼というしるしを選んだことを本当に幸いだと思う。だからこそイエス様もこれを受けたのではなかったか。それはユダヤ人からさげすまれている儀式だった。ヨハネさえもイエス様に思い止どまらせようとした儀式だった。代々の教会において軽んじられ続けてきたものだった。だからこそ神様は、それを選んだのではなかろうか。特別な者だけが受けられるものではなかった。特別に崇高なものなどではなかった。そこに正しさやふさわしさや良いものが一杯に満ちているなどとは到底思えないものだった。だから「これを、ふさわしいものとして受けなさい」とイエス様は言ったのである。イエス様は、思いとどまらせようとするものが沢山あるこの洗礼を受けなさいと言うのである。神様は、わざと私たちにとってどうでもよいと思われるもの、人の行う儀式に過ぎないではないかと軽んじられるものの中に、良いもの正しいものふさわしいものを与えようとするのである。思いとどまらせるものが多く妨げの多い洗礼ではあるが、それを愚かしくも受ける者は幸いなのである。

聖書:新共同訳聖書「マタイによる福音書 3章 13~17節」  聖書朗読
03:13そのとき、イエスが、ガリラヤからヨルダン川のヨハネのところへ来られた。彼から洗礼を受けるためである。 03:14ところが、ヨハネは、それを思いとどまらせようとして言った。「わたしこそ、あなたから洗礼を受けるべきなのに、あなたが、わたしのところへ来られたのですか。」 03:15しかし、イエスはお答えになった。「今は、止めないでほしい。正しいことをすべて行うのは、我々にふさわしいことです。」そこで、ヨハネはイエスの言われるとおりにした。 03:16イエスは洗礼を受けると、すぐ水の中から上がられた。そのとき、天がイエスに向かって開いた。イエスは、神の霊が鳩のように御自分の上に降って来るのを御覧になった。 03:17そのとき、「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」と言う声が、天から聞こえた。


2021/01/31 降誕節第6主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「サウルと息子ヨナタン」 1.サムエル(上)14章をすべて読んでいただきたいところだったが、時間の都合で三箇所を朗読していただいた。最初におおまかに14章の粗筋を紹介しておきたい。サウル王に率いられたイスラエル人は、ペリシテ人の大軍と対峙していた。13章5節には「ペリシテ人の兵士は海辺の砂のように多かった」とあった。それに対してサウル王のもとにあった軍勢は「およそ600人」と13章15節と14章2節に書かれている。
 兵の人数としては圧倒的に戦況不利な状況の中で、サウル王の息子ヨナタンはひそかにペリシテ軍を奇襲することを企てた。身近にいたひとりの従率と共に出発したヨナタンは、その企てに成功し、ペリシテ軍は大混乱に陥った。その様子を見たサウル王は、一気に攻撃を仕掛け、結果としてイスラエル軍は大勝利を収めたのである。ところが、勝利にもかかわらずイスラエル軍は飢えに苦しんでいたのである(24節)。その理由は、サウル王が「日の落ちる前、わたしが敵に報復する前に、食べ物を口にする者は呪われよ」との誓いを立てたからだった。そのためイスラエル軍の兵士たちは空腹を抱えて苦しんでいたのである。その一帯では、森に入りさえすれば蜜を食べることができたと25節にある。サウル王の誓いに従ったため誰もそれを食べることができなかった。ただ王の息子ヨナタンだけは、平気で蜜を食べた。父の命令が出る前に従卒と軍を離れため、その誓いを知らなかった。後で父からそのような命令が出ていると知った。
 飢えに苦しんだ兵士たちは、とうとう我慢することができずに戦利品に飛びかかり、血のついたままの動物の肉を食べてしまった。これを見たサウルは、その罪を贖うため祭壇を築いたと35節にある。そして一気にペリシテ人を責めようとしたが、祭司から神様にお伺いを立ててはどうかと言われ、それに従った。しかし神様からの答えはなかった。その原因をサウルは、兵士たちの誰かが誓いを破って食べ物を口にした罪にあると見いだした。それが誰かをくじ引きで探ろうとした。すると蜜を口にした者が息子のヨナタンだとわかった。サウルは息子に「お前は死なねばならない」と告げた。しかし兵士たちは「とんでもない・・・」と言ってサウル王を思い止どまらせた。そうしてイスラエル人は、圧倒的なペリシテ人の大軍を前にした危機を乗り越えてゆくことができたのである。

2.この物語は何を、私たちに語りかけているのであろうか。13章から15章の流れというのは、せっかくイスラエル人の最初の王として選ばれたサウルが、神様や預言者サムエルから王失格の烙印を押されてしまう経緯を描くものとして理解できると思う。次の15章では、その理由となった決定的な出来事が記されている。その流れから言うと14章でも、突き詰めれば王としてのサウルのふるまいが、ふさわしくないものとされていると言えるのだと思う。反対に息子ヨナタンのふるまいは、ほめられているのである。最後の45節で、ヨナタンをかばった兵士が「今日、神があの方と共にいてくださったからこそ、この働きができたのです」と言っている。ヨナタンゆえに危機の中に置かれていたイスラエル人が救われることとなった。サウル王によってではなかったのである。
 では、ヨナタンのどこがほめられるべきものであり、反対にサウルのどこがふさわしくなかったのか。ヨナタンの行動について言えば、そのほめられるべき点について、しばしば誤解されることが多かったのではないかと感じる。14章のタイトルには「ヨナタンの英雄的な行動」とある。従卒ひとりを連れ、敵の大軍をたった二人だけで奇襲したその勇敢さがたたえられていると解釈されてきた。また、そうした勇敢な行動の背後には、6節に記されているような堅固な信仰があると称賛されてきた。
 しかし私は、そのように受け取ることはできないのである。ヨナタンの行動は、見ようによっては、王である父の命令や、軍の規律に反する勝手で無謀な行動である。うまくいったから良いものの、ひょっとしたら大軍であるペリシテ人からの攻撃を呼び込んで、大変なことになっていたたかもしれない。6節に記されている言葉から、それはすばらしい信仰だと称賛されてはいるが、私にはそれは独りよがり、盲信としか言いようのないもののように思える。それからすれば、むしろサウル王の方が信仰深く見える。彼は、神様との間になした誓いに忠実であった。兵士が犯した罪を、祭壇を築いて贖おうとし、誓いを守らなかった者を捜しだし、それが息子と分かってもその責任を負わせようとした。そのサウルの姿こそ信仰者として望ましいものではなかったか。一体ヨナタンのどこがよしとされ、サウル王は責められたのか。
 6節のヨナタンの言葉の原文のニュアンスは、私たちの読んだ訳から受ける印象とはかなり違う。54年版の聖書には「主がわれわれのために何か行われるだろう」とある。新共同訳では「ちがいない」と、かなり強いニュアンスになっているが、原文はもっと不確かなニュアンスである。わたしの手もとにあるリュティの説教集によれば、彼が読んでいた聖書には「もしかしたら」という言葉が入っていたようである。だから、もともとのヨナタンの言葉は、神様が必ず自分たちの味方になってくださるとか、神様が必ずペリシテ人への勝利をくださるとか、そういうものではなかったのである。そもそもは「もしかしたら」なのである。そう捉えているゆえにヨナタンは、その後ペリシテ軍兵士の応答から御心のしるしを見ようとしたのである。彼は敵の兵士の言葉いかんで責めるか否かを決めようとした。もし盲信し攻撃や勝利を絶対のものと信じるなら、そのような占いめいたことはしないであろう。そのようないいかげんのどっちつかずの態度は取らないであろう。勝利は絶対だと固く信じて何があっても攻撃することを選んだはずである。しかしヨナタンはそのような態度を取らなかった。
 突き詰めると私は、文章から受ける印象とは正反対の、何かヨナタンの謙虚さのようなものを感ずるのである。自分たちの力の小ささを彼は感じていたのである。そして、敵の兵士の何でもない言葉から神様の御心のしるしを見ようとした。ヨナタンは、そこから神様からのサインを受け取ると己の力の小ささにとらわれずに、持てる小さな力の精一杯を傾けて突き進んだのである。「兵の数の多少は問題ではない」とは、そういう心境だと思う。それこそが、神様に従う者にふさわしい態度として、ほめられているのではなかろうか。

3.そのような息子ヨナタンと、サウル王のありさまが対照的だとしみじみ感じる。サウル王の態度は、一見すると信仰深いように見える。しかしヨナタンの行動は、一旦神様からのゴーサインを見いだすと、迷うことなく一直線であり、父の命令に反して蜜を食べたとわかっても決してそれを後悔していない。それに対してサウル王の態度は、祭壇を築いて礼拝を捧げようとしたかと思えばその直後には一斉攻撃をしかけようとしたり、はたまた祭司から神様にお伺いを立てたらと言われるとそうしたり・・・首尾一貫していないのである(36節以下)。何よりもサウル王は、食べ物を一切口にしてはならないと兵士に誓わせ、飢えに苦しませた。大軍を前にしてただでさえ辛い兵士に、それ以上の重荷を背負わせてしまったのである。
 サウルの行動の根本には、王として勝利者でありたいと願う気持ちがあった。先ほどのリュディも「サウルは、結局、勝利者として立ち、勝利者として振る舞った」と語っている。サムエルから王として選ばれた後で、人々がサウルに投げつけた言葉は、「こんな男に我々が救えるか(10章27節)」だった。そのようなサウルが歓呼して王として迎えられたのはアンモン人との戦いの大勝利の後である(11章15節)。だからペリシテ人との戦いにおいても、彼は勝利をぜがひでも手に入れなくてはならなかったのである。だから彼には、息子ヨナタンのような「もしかしたら」という謙虚さはなかった。「もしかしたら」ではなく「絶対に」ということがサウルの心を占めていた。絶対に神様は自分に勝利を与えてくださらなくてはならないし、絶対に勝利を手にしなければならないと考えていた。サウルの態度は敬虔なように感じるが、それは神様から勝利を手に入れるための勝手な態度だった。24節に「自分が敵に報復する前に」とあるのは、要はペリシテ人に対して「自分が勝利するまでは」ということである。何としてでも勝利を手にしたいがゆえに、そのためには神様に誓いを立てて神様との間にギブアンドテイクの関係を立てたのである。そして、兵士たちに「勝利を得るまでは食べ物を口にしてはならない」という「ねばならない」という重荷・義務を負わせてしまったのである。
 私たちの信仰生活また教会生活にも、しばしばこのような「ねばならない」が入りこんでくることがある。今、新型コロナウイルス禍の下で沢山の教会において、礼拝をどうするか聖餐式をどうするかで牧師と役員、また役員同士、信徒同士が対立してしまう状況が起きていると聞く。その根っこにあるのは、あることが、またある人が王様になって、様々な意味での勝利を手に入れようとして「こうあらねばならない」ということが科されてゆく状況ではなかろうか。一体神様自身が「食べ物を口にしてはならない」と命じたかというと、そうではなかったのである。それは王として勝利を欲しがったサウルが、勝手に神様の権威を借りて人々に科したものにすぎなかった。私たちは新型コロナウイルス禍の中で、様々な「敵」への勝利を願うが余り、そこから各自が勝手に考える「ねばならない」を打ち立ててしまうのではなかろうか。ある人は「絶対に礼拝を休んではならない」といい、またある人は「絶対に礼拝や礼拝堂を閉じなければならない」と言う。その「ねばならない」の横行が、私たちの信仰生活、また教会に煩いをもたらすのではないだろうか。

4.だからこそ、ヨナタンの姿に教えられる部分が多い。彼は、神様が自分たちのために何かを計らってくださるしるし、攻めるべきか否かのサインを、まるで馬鹿げたような敵兵の応答に見ようとした。そのように、生活の中に自然に現れてくる神様の導きのしるしが、私たちにもあるように思う。私もそのようなしるしに導かれて、自分自身の歩みや、仕えている教会にとっての大事なことを決めてきたと改めて感じた。前任の郡山教会で新しい会堂建築着工を決めたのは、資金がそもそも手元にはほとんどなかったので、閉園していた付属幼稚園を買ってくれる人が出てきたときと最初から決めていた。着任したこの教会でも、着任したばかりの私が改修工事計画に着手することを決めたのは、教会員のある方が1000万円を越える献金を約束してくださったことがきっかけだった。その後の様々な決定も右往左往、試行錯誤の連続だったが、その時々に現れる「しるし」のようなものに導かれて、うまく成し遂げることができてきたように思う。
 さらにヨナタンから教えられるのは、もし私たちが神様の導きに従って歩んでいるなら、結果として自然に現れてくるありさまというものがあるということである。イエス様は「ついた実からその木の正体を知れ」と言った。もし私たちがサウルのように、だれかの重荷や煩いとなるような「ねばならない」を科しているなら、それがたとえ信仰から出たふるまいであったとしても、ほめられたものではないということの現れなのである。しかしヨナタンはそうではなかった。「ねばならない」をサウルから科されて飢えに苦しんでいたイスラエル人に、森のどこにでもある蜜を食べてみせて目が輝くことを示した。もし私たちがそのような姿を示すことができるなら、それが神様の導きに従って生きている現れなのである。
 25節には「そのような蜜は、森に入りさえすればどこにでもある}と書かれている。ペリシテの大軍を前にしても、どこにでもこのような蜜はあったのである。この新型コロナウイルス禍にあっても、必ずやそのような蜜があるはずなのである。それを見いださせてくださるのが信仰ではなかろうか。重荷を負わせてしまう信仰ではなく、蜜を見いだし食べさせ目を輝かせることへと至らせる信仰でありたいと思います。

聖書:新共同訳聖書「サムエル記(上) 14章 6~46節」 14:06ヨナタンは自分の武器を持つ従卒に言った。「さあ、あの無割礼の者どもの先陣の方へ渡って行こう。主が我々二人のために計らってくださるにちがいない。主が勝利を得られるために、兵の数の多少は問題ではない。」 14:07従卒は答えた。「あなたの思いどおりになさってください。行きましょう。わたしはあなたと一心同体です。」 14:08ヨナタンは言った。「よし、ではあの者どものところへ渡って行って、我々の姿を見せよう。 14:09そのとき、彼らが、『お前たちのところへ着くまでじっとしていろ』と言うなら、そこに立ち止まり、登って行くのはよそう。 14:10もし、『登って来い』と言えば、登って行くことにしよう。それは、主が彼らを我々の手に渡してくださるしるしだ。」 14:11こうして、二人はペリシテ軍の先陣に姿を見せた。ペリシテ人は言った。「あそこにヘブライ人がいるぞ。身を隠していた穴から出て来たのだ。」 14:12先陣の兵士たちは、ヨナタンと従卒に向かって呼ばわった。「登って来い。思い知らせてやろう。」ヨナタンは従卒に言った。「わたしに続いて登って来い。主が彼らをイスラエルの手に渡してくださるのだ。」 14:13ヨナタンは両手両足でよじ登り、従卒も後に続いた。ペリシテ人たちはヨナタンの前に倒れた。彼に続く従卒がとどめを刺した。 14:14こうしてヨナタンと従卒がまず討ち取った者の数はおよそ二十人で、しかも、それは一軛の牛が一日で耕す畑の半分ほどの場所で行われた。 14:15このため、恐怖が陣営でも野でも兵士全体に広がり、先陣も遊撃隊も恐怖に襲われた。地は揺れ動き、恐怖はその極に達した。 14:16ベニヤミンのギブアにいるサウルの見張りは、人の群れが動揺し、右往左往しているのに気づいた。 14:17サウルは彼のもとにいる兵に命じた。「我々の中から出て行ったのは誰か、点呼して調べよ。」調べると、ヨナタンと従卒とが欠けていた。 14:18サウルはアヒヤに命じた。「神の箱を運んで来なさい。」神の箱は当時、イスラエルの人々のもとにあった。 14:19サウルが祭司に話しているうちにも、ペリシテ軍の陣営の動揺はますます大きくなっていった。サウルは祭司に、「もうよい」と言い、 14:20彼と彼の指揮下の兵士全員は一団となって戦場に出て行った。そこでは、剣を持った敵が同士討ちをし、大混乱に陥っていた。 14:21それまでペリシテ側につき、彼らと共に上って来て陣営に加わっていたヘブライ人も転じて、サウルやヨナタンについているイスラエル軍に加わった。 14:22また、エフライムの山地に身を隠していたイスラエルの兵士も皆、ペリシテ軍が逃げ始めたと聞くと、戦いに加わり、ペリシテ軍を追った。 14:23こうして主はこの日、イスラエルを救われた。戦場はベト・アベンの向こうに移った。 14:24この日、イスラエルの兵士は飢えに苦しんでいた。サウルが、「日の落ちる前、わたしが敵に報復する前に、食べ物を口にする者は呪われよ」と言って、兵に誓わせていたので、だれも食べ物を口にすることができなかった。 14:25この地方一帯では、森に入りさえすれば、地面に蜜があった。 14:26兵士が森に入ると蜜が滴っていたが、それに手をつけ、口に運ぼうとする者は一人もなかった。兵士は誓いを恐れていた。 14:27だが、ヨナタンは彼の父が兵士に誓わせたことを聞いていなかったので、手に持った杖の先端を伸ばして蜂の巣の蜜に浸し、それを手につけ口に入れた。すると、彼の目は輝いた。 14:28兵士の一人がそれを見て言った。「父上は厳しい誓いを兵士に課して、『今日、食べ物を口にする者は呪われよ』と言われました。それで兵士は疲れています。」 14:29ヨナタンは言った。「わたしの父はこの地に煩いをもたらされた。見るがいい。この蜜をほんの少し味わっただけでわたしの目は輝いている。 14:30今日兵士が、敵から取った戦利品を自由に食べていたなら、ペリシテ軍の損害は更に大きかっただろうに。」 14:31この日イスラエル軍は、ペリシテ軍をミクマスからアヤロンに至るまで追撃したので、兵士は非常に疲れていた。 14:32兵士は戦利品に飛びかかり、羊、牛、子牛を捕らえて地面で屠り、血を含んだまま食べた。 14:33サウルに、「兵士は今、血を含んだまま食べて、主に罪を犯しています」と告げる者があったので、彼は言った。「お前たちは裏切った。今日中に大きな石を、わたしのもとに転がして来なさい。」 14:34サウルは言い足した。「兵士の間に散って行き、彼らに伝えよ。『おのおの自分の子牛でも小羊でもわたしのもとに引いて来て、ここで屠って食べよ。血を含んだまま食べて主に罪を犯してはならない。』」兵士は皆、その夜、おのおの自分の子牛を引いて来て、そこで屠ることになった。 14:35こうして、サウルは主の祭壇を築いた。これは彼が主のために築いた最初の祭壇である。 14:36さて、サウルは言った。「夜の間もペリシテ軍を追って下り、明け方まで彼らから奪い取ろう。一人も、生き残らせるな。」彼らは答えた。「あなたの目に良いと映ることは何でもなさってください。」だが、祭司が「神の御前に出ましょう」と勧めたので、 14:37サウルは神に託宣を求めた。「ペリシテ軍を追って下るべきでしょうか。彼らをイスラエルの手に渡してくださるでしょうか。」しかし、この日、神はサウルに答えられなかった。 14:38サウルは言った。「兵士の長は皆、ここに近寄れ。今日、この罪は何によって引き起こされたのか、調べてはっきりさせよ。 14:39イスラエルを救われる主は生きておられる。この罪を引き起こした者は、たとえわたしの息子ヨナタンであろうとも、死ななければならない。」兵士はだれも答えようとしなかった。 14:40サウルはイスラエルの全軍に言った。「お前たちはそちらにいなさい。わたしと息子ヨナタンとはこちらにいよう。」民はサウルに答えた。「あなたの目に良いと映ることをなさってください。」 14:41サウルはイスラエルの神、主に願った。「くじによってお示しください。」くじはヨナタンとサウルに当たり、兵士は免れた。 14:42サウルは言った。「わたしなのか、息子ヨナタンなのか、くじをひきなさい。」くじはヨナタンに当たった。 14:43サウルはヨナタンに言った。「何をしたのか、言いなさい。」ヨナタンは言った。「確かに、手に持った杖の先で蜜を少しばかり味わいました。わたしは死なねばなりません。」 14:44「ヨナタン、お前は死なねばならない。そうでなければ、神が幾重にもわたしを罰してくださるように。」 14:45兵士はサウルに言った。「イスラエルにこの大勝利をもたらしたヨナタンが死ぬべきだというのですか。とんでもありません。今日、神があの方と共にいてくださったからこそ、この働きができたのです。神は生きておられます。あの方の髪の毛一本も決して地に落としてはなりません。」こうして兵士はヨナタンを救い、彼は死を免れた。 14:46サウルはペリシテ軍をそれ以上追わず、引き揚げた。ペリシテ軍も自分たちの所へ戻って行った。


2021/01/24 降誕節第5主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「洗礼者ヨハネの登場」  (要旨掲載 準備中)

聖書:新共同訳聖書「マタイによる福音書 3章 1~12節」  聖書朗読
03:01そのころ、洗礼者ヨハネが現れて、ユダヤの荒れ野で宣べ伝え、 03:02「悔い改めよ。天の国は近づいた」と言った。 03:03これは預言者イザヤによってこう言われている人である。「荒れ野で叫ぶ者の声がする。『主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ。』」 03:04ヨハネは、らくだの毛衣を着、腰に革の帯を締め、いなごと野蜜を食べ物としていた。 03:05そこで、エルサレムとユダヤ全土から、また、ヨルダン川沿いの地方一帯から、人々がヨハネのもとに来て、 03:06罪を告白し、ヨルダン川で彼から洗礼を受けた。 03:07ヨハネは、ファリサイ派やサドカイ派の人々が大勢、洗礼を受けに来たのを見て、こう言った。「蝮の子らよ、差し迫った神の怒りを免れると、だれが教えたのか。 03:08悔い改めにふさわしい実を結べ。 03:09『我々の父はアブラハムだ』などと思ってもみるな。言っておくが、神はこんな石からでも、アブラハムの子たちを造り出すことがおできになる。 03:10斧は既に木の根元に置かれている。良い実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ込まれる。 03:11わたしは、悔い改めに導くために、あなたたちに水で洗礼を授けているが、わたしの後から来る方は、わたしよりも優れておられる。わたしは、その履物をお脱がせする値打ちもない。その方は、聖霊と火であなたたちに洗礼をお授けになる。 03:12そして、手に箕を持って、脱穀場を隅々まできれいにし、麦を集めて倉に入れ、殻を消えることのない火で焼き払われる。」


2021/01/17 降誕節第4主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「アイネア、タビタ、起きなさい」 1.9章31節までには、次のようなことが書かれていた。ステファノの殉教をきっかけにして、エルサレム教会に対して迫害が起こった。そして、ギリシャ語を話すグループの人々がエルサレムから出て行かざるを得なくなってしまった。その迫害の旗振り役をしていたのがパウロだったのである。しかしそれがかえって契機となって、キリスト教は狭いエルサレムの枠を抜け出て、広い範囲にその福音がまかれてゆくこととなったのである。伝道者のフィリポは、はるかエチオピアから来た役人に洗礼を授けた。またパウロは、迫害者の旗振り役であればこそ、誰よりも迫害対象だった福音の真髄を知る伝道者として用いられていったのである。こうして生まれたばかりの教会は、自分たちではどうしようもない困難に直面したからこそ、自らの思惑や計画をはるかに超えて発展していったのである。それは9章31節の「こうして教会は、・・・発展し、信者の数が増えていった」という御言葉に表れている。
 このような流れは、9章32節以降にも脈々と流れているのを読み取ることができるのではなかろうか。12章までは、主にペトロの伝道活動の様子が記されてゆく。ペトロは、エルサレムの北西30キロほどにある町リダに住んでいたアイネアと出会い、彼をいやした。アイネアは8年間も中風で苦しみ床についていた。また、リダからさらに20キロほど北西に行った地中海沿いの町ヤッファに、タビタという女性がいた。彼女の名はギリシャ語では「かもしか」という意味のドルカスである。その彼女が病気で死んでしまったが、ペトロは彼女を生き返らせた。その結果として、35節の最後には「リダとシャロンに・・・主に立ち帰った」とあり、42節には「多くの人が主を信じ」ることになったとある。ペトロが直面したアイネアの8年間にも及ぶ中風の苦しみ、そしてタピタの死は、人々にとってどうしようもできない困難だった。特にタビタは、たくさんの善い行いや施しをしていた女性だった。彼女の突然の死は、ヤッファの信者たちにとって、どれほどのショックを与えたであろうか。多くの人々が信仰を失うような事態になっていたかもしれない。しかしペトロはその困難に向き合った。ペトロは「イエス・キリストがいやしてくださるから、起きなさい」と語りかけた。すると不思議なことが起った。その結果として、かえって多くの人が神様を信じることとなったのである。
 それまでと同じように、リダやヤッファの信徒たちは、自分たちではどうしようもできない困難や試練に出会った。しかしそのことが逆に彼らにとって益となり、やはり31節最後に書かれているような結果を生じさせていったのである。まさに災い転じて福となす出来事が起きていったのである。人間にとってどうしようもできない災いがなければ、福が生じることもなかったのである。

2.そのことは、新型コロナウイルス禍の中に置かれている私たちに、慰めと励ましが与えられるように思う。まず私が感じさせられたのは、当時の人々が長い間の(8年間)中風の苦しみや突然の病気による死に直面していたのだということである。昔の人々にとってはごく当たり前に、自分たちではどうしようもできない苦難や悲しみに出会っていた。私は、これが実は現在の私たちの根源的なありさまではないかと感じさせられたのである。
 私たちは現在、もう1年近く新型コロナウイルス禍による苦難に直面している。都会では、入院すべき病状にもかかわらず入院できずに死亡する人が出てきていると報じられている。そのような状況に、私たちは恐れおののいている。家族や近親者に新型コロナウイルスに感染した方がいる方々の不安や恐れは、いかばかりだろうかと想像する。私たちは「そんなことは、医療が発達した現代ではありえないことだ」と思っていた。御言葉に描かれていたような、8年間も中風で床についたとか病のために突然に死んでしまったとか、そういうようなことは、現在の私たちにはあり得ないことだと思っているのである。
 しかし、この御言葉が書かれた2000年前の昔と何ら変わりのない状況が、現在でも起きているのです。現在私たちが置かれている未知の感染症の蔓延の前では、根源的には2000年前も今も何ら変わってはいないのではないかと、医療が実は何も変わってはいなのではないかと、実は現代医療とは私たちの状況をカモフラージュし、かりそめに覆っているだけではないかと感じるのである。そのような現在の医療がなすすべがなくなってしまったならば、すぐさま2000年前と変わらない状況が現れてくるのである。要は、私たち人間も他の生き物と何ら変わらず、また2000年前の人々と同様、人間ではどうしようもない病に苦しみ死んでしまう存在なのではないのかということである。私たちは、そのような私たちの根源的な事実を見て見ぬふりをしてきたのである。しかし新型コロナウイルス感染症の蔓延は、私たちが目を背けてきた私たちの根源的なありさまに直面させてくれている。それが2000年間と変わらない私たちの姿なのだと示される。決して今が特別ではないし、決して今が特別に悲惨なのではないのである。それが私たちの普通の姿なのである。そのように受け取ることができよう。
 苦しみや病や死をあり得ないものとして考えるのと、それがあってあたりまえのものと受け取るのとでは、その前に置かれた私たちの態度は、全く違うものとなる。新型コロナウイルスに苦しみ、死んでしまう状況は、本当に辛いものである。しかしそれは2000年前から何ら変わることのない私たちの姿なのである。土の器たる私たちの真実のあり様なのである。新型コロナウイルス禍は、私たちがすっかり忘れてしまっていた真実の姿を見せてくれている。そのようなことから、まず私たちの苦しみと死を避けることのできない当たり前のものとして受け止めたいと思うのである。

3.しかし、御言葉が告げてくれる励ましと慰めはそれで終わりではない。苦しんで当たり前、死んで当たり前という慰めではない。御言葉が告げているのは、そのように苦しみ病み、そして死んでしまう私たちを、イエス様はいやし起こしてくださるということである。苦しみ病み死んでそれで終わりではないということである。そこにイエス様神様による不思議な御業が現れるようになる。私たちにはどうしようもできない苦しみや病は、そこに神様の奇跡を盛る器となるのである。土の器の中に神様からの宝が納められる。災い転じて福となされる。災いがあって福がある。私たちの手でどうにかなる苦難であるならば、そこには神様による奇跡は現れることはないのである。
 では、一体どのように私たちにもこの聖書箇所の御言葉に書かれているようなことが起きるのか。もし文字通りにここに書かれているようなことが起きるのなら、新型コロナウイルスに感染することなど何ら恐れる必要はなくなるであろ。世界中の人々が競ってイエス様を信じ洗礼を受けるであろう。おそらくは、文字通り同じことは起きないだろうと私は思う。しかし何らかの意味で、私たちがいやされ、起き上がるということが起きるのではないだろうか。
 ペトロはアイネアに「イエス・キリストがいやしてくださる。起きなさい」と言った。ペトロはタビにも「起きなさい」と言った。その「起きる」という言葉は、原文のギリシャ語では「アニーテーミ」という言葉である。それは、アナ(上に向かって、上からという意味や、再び、もう一度という意味もある)という言葉とヒステーミ(立つという意味)という言葉が合わさってできた。実は、この言葉は、新約聖書ではとても重要な言葉で、何よりもイエス様の復活を表現するのに用いられる言葉なのである。だから、イエス・キリストが、いやし起こしてくださるとは、他でもなく十字架の上で殺されたイエス様、即ち人間の力によってはいかんともしがたい苦しみと悲嘆にあわれたイエス様が、ただ上よりの神様からの力によって復活させられたように、人間ではどうしようもできない苦しみと死に支配された私たちが、神様からの上よりの力と命によって、もう一度起き上がらせていただくことを意味しているのである。
 私たちをいやし起こして下さるイエス様の力は、十字架にかけられ復活したイエス様のものである。十字架にかかることなどなく、苦しみを知らず、死を味わわなかった者の力ではない。イエス様自身、自分ではどうしようもできない苦難のただ中に置かれた。だから、そのようなイエス様によっていやされ起こしていただくということも、私たち各々に与えられた十字架を背負い苦しむことの中でこそ現れるものではなかろうか。だとすればその力は、私たちから新型コロナウイルスをなくし、死をなくするという形で現れるものではないであろう。むしろ8年間も中風で苦しみ病のために死んでしまうということは起きるであろう。しかしそれで終わりではなく、もう一度起き上がるということが起きてくるのである。
 それが私たちのところに、どのように起きるかということは、私たちにはわからない。苦しみ死んでしまう私たちとは、自分自身では光ることも何の力も持たない乾電池のようなものかもしれない。しかしそれが十字架の死から復活したイエス様という器の中に入れられると、イエス様が苦しみ死んだ私たちから何かを引きだして明かりを灯したり何かを動かしたり力を生み出すことができるようにしてくださるのである。苦しみ死んだ私たちは、十字架から復活したイエス様と結び付くことによって、新たな働きができる者とされる。私は、創世記2章7節の御言葉をしばしば引用する。神様は土の塵から私たちを取って、そこに神様が命の息を吹き入れて私たちを生きる者としたのである。神様にとっては、私たちが土の塵であることは何の妨げにならない。むしろ命の息を吹き入れて私たちを生きる者となすためには、土の器であることこそが大事だったのであろう。イエス様を通して土の器とならざるを得ない私たちに、神様からの命が吹き入れられた。それは必ずや私たちを起こして下さるのである。

4.最後に、心を寄せたい言葉がある。それはペトロのアイネアへの語りかけの最後の「自分で床を整えなさい」という言葉である。原文のギリシャ語では「自分で」という意味がとても強調された言い回しがされている。なぜペトロは、わざわざそのようなことを語ったのであろうか。自分で床を整えるということがイエス様によって起こしていただくこととどのようにかかわっているのであろうか。明確にはその意図をつかむことはできないが、8年もの間中風による苦しみのいいなりになってきたアイネアはイエス様神様によって起こしていただいて、自分なりの人生というものを形作られるようになったのではなかろうか。その現れが、本当に些細でささやかな形だが、自分で日々の寝所を整えるということではなかろうか。それは「自分のために食事の用意をする」とも訳せると注解書にはあった。さらには、ペトロのために食事の用意をするとも解釈できるのだそうである。それまでずっと中風の意のままにされてきた人が、イエス様によっていやしていただき、その人生を自分なりに形作ってゆくあり様は、自分やだれかのために寝床を作り食事を用意することなのである。それが、神様イエス様によって新たに再び立ち上がらせていただいた者の生き方なのである。今、新型コロナウイルス禍の中で、多くの人が自死していると聞く。仕事や住まいを失い希望を無くすということ以上に辛いのは、生きることが新型コロナウイルスや経済苦によって支配されてしまうとことではないかと思う。しかし聖書の御言葉は、そのような中でも私たちが人生を自分なりのものとして形作ってゆけるのだと励まして下さる。それは寝床を整えるという小さなことなのである。

聖書:新共同訳聖書「使徒言行録 9章 32~43節」 09:32ペトロは方々を巡り歩き、リダに住んでいる聖なる者たちのところへも下って行った。 09:33そしてそこで、中風で八年前から床についていたアイネアという人に会った。 09:34ペトロが、「アイネア、イエス・キリストがいやしてくださる。起きなさい。自分で床を整えなさい」と言うと、アイネアはすぐ起き上がった。 09:35リダとシャロンに住む人は皆アイネアを見て、主に立ち帰った。 09:36ヤッファにタビタ――訳して言えばドルカス、すなわち「かもしか」――と呼ばれる婦人の弟子がいた。彼女はたくさんの善い行いや施しをしていた。 09:37ところが、そのころ病気になって死んだので、人々は遺体を清めて階上の部屋に安置した。 09:38リダはヤッファに近かったので、弟子たちはペトロがリダにいると聞いて、二人の人を送り、「急いでわたしたちのところへ来てください」と頼んだ。 09:39ペトロはそこをたって、その二人と一緒に出かけた。人々はペトロが到着すると、階上の部屋に案内した。やもめたちは皆そばに寄って来て、泣きながら、ドルカスが一緒にいたときに作ってくれた数々の下着や上着を見せた。 09:40ペトロが皆を外に出し、ひざまずいて祈り、遺体に向かって、「タビタ、起きなさい」と言うと、彼女は目を開き、ペトロを見て起き上がった。 09:41ペトロは彼女に手を貸して立たせた。そして、聖なる者たちとやもめたちを呼び、生き返ったタビタを見せた。 09:42このことはヤッファ中に知れ渡り、多くの人が主を信じた。 09:43ペトロはしばらくの間、ヤッファで革なめし職人のシモンという人の家に滞在した。


2021/01/10 降誕節第3主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「ヘロデ王を逃れて」 1.ヨセフは、生まれたばかりのイエス様とその母マリアを連れてヘロデ王の追跡を逃れてエジプトへ避難した。ヘロデ王の死を知って彼らがイスラエルへ帰ってきたところヘロデの息子アルケラオがユダヤを治めていたので、それを恐れて夢のお告げに従ってガリラヤのナザレに移り住んだ。この出来事はよく聖誕劇に用いられるストーリーである。しかし、今日与えられた聖書箇所の出来事は、4つの福音書のうちでマタイだけが記している。マタイによる福音書は、著者マタイがユダヤ人にイエス様が救い主キリストであると宣べ伝えようとして書いたものである。だからマタイには、このヨセフ一家の避難について記すにあたって、ある意図が特別にあったに違いない。
 この聖書箇所について新約聖書学者のバークレーは、「ユダヤ人にとってエジプトというところは非常にネガティブなイメージのあるところであり、そのような場所にイエス様が避難したことが攻撃の的になっていた」と解説している。また有名な神学者のオリゲネスは、マタイによる福音書が書かれてから200年後、ケルススが3世紀にキリスト教を糾弾して以下のようなことを言ったと書いているそうである。「イエスは私生児として育ち、エジプトで雇い人として働き、ある種の魔術を学んで本国に帰り、この魔術を使って自分が神だと宣言した」と。他にも、いつのことかはわからないが、ラビ(ユダヤ教における宗教的指導者)のエリエゼル・ベン・ヒルカヌスは、「イエスは呪文を忘れないように、身体にいれずみをほりこんでいた」と非難したとのことである。イエス様について、そのようなことが長い間まことしやかに語られていたことがわかる。おそらく、このマタイによる福音書が書かれた当時から、既にそのようなことがユダヤ人の間で喧伝されていたのではなかろうか。だからマタイは、それに何とかして反論したいと考えてイエス様が聖霊によって宿ったことやヨセフ一家のエジプト避難などを記したと考えられるのである。

2.もうひとつ、マタイはこの御言葉を記すことを通してユダヤ人に対して特にアピールしようとした点があったのではないかと想像する。マタイは、ヨセフがイエス様とマリアを連れてエジプトへ避難したことが、何よりも当時のヘロデ王の迫害を逃れるためのものだったと記している。ヘロデという王は、その時代のユダヤ人にどのような人物として見られていたのであろうか。ヘロデ王は、40年近くもかけてヘロデ神殿と呼ばれるようなものを再建した人であった。また、ローマ帝国の権威を後ろ盾にして多くの人々を殺した残虐な人でもあった。注解書によれば、ヘロデ王は長くイスラエル人と敵対してきたエドムの出身であり、王になると間もなく最高法院のメンバーたちと議会関係の役人300人、また自分の妻とその母、さらには3人の息子たちをも殺したとされている。そのようなヘロデ王を当時のユダヤ人たちがどう見ていたかは想像に難くない。
 したがって、ヘロデ王が少しでも自分の権威を危うくするかもしれない不思議な子どもの誕生を恐れてその子を殺そうとしたというのは十分にあり得たことである。だから、ヨセフがイエス様を連れてエジプトに行ったのは、そのようなヘロデの追跡を逃れるためだったのである。決して魔術を習得するためではなかったのである。そして何よりも大事なのは、ヘロデ王に対して何の力も持たなかった一介の家族が、その追跡を逃れて生き延びることができたということである。それは、主の天使が夢に現れて導いてくれた故なのであった。最高法院の議員たちや関係者、またヘロデの家族さえもがヘロデの魔の手から逃れることができなかったのに、この一家は逃れることができたのである。「それこそが、イエス様が特別な存在である証拠ではないか」とのマタイのアピールが聞こえるようである。

3.さてこの箇所を読んで私が何よりも心引かれたのは、ヨセフがマリアとイエス様を連れてエジプトに逃げたことも、またイスラエルに戻りその後ガリラヤのナザレに住むことも皆、主の天使がヨセフの夢に現れて導いた結果だったという点である。13節には、主の天使からのヨセフへの言葉として「エジプトに逃げ」とあります。また22節には「ガリラヤ地方に引きこもり」ともある。「逃げる」や「引きこもる」という言葉は、なんともネガティブな印象を与える言葉ではないか。当時のユダヤ人にとってエジプトに行くということは、本当にネガティブなことだった。引きこもるという言葉は、まさに今の私たちにとっては、とても身につまされる否定的な言葉である。しかしヨセフにこうしたネガティブな印象を抱かせるような歩みが教え指示されたのは、他でもなく主の天使からだったのである。一家の長であったヨセフが考えたものではなかったのである。それが、ヘロデの追跡を逃れ、救い主であるイエス様が守られ、成長してゆくためには不可欠な歩みだった。それは勿論「聖家族」と呼ばれるような特別な一家に起きたことではあるのだが、私たちにもまた何らかの励ましや慰めとなることではないかと感じるのである。ヨセフと結婚したとはいえ、まだ夫婦としての生活をしていなかったマリアが突如身ごもったことは、ヨセフにとっては恐れであり縁を切ってしまいたいと思うようなことだったのである。しかし主の天使はヨセフに、それが聖霊によるものであり「恐れずマリアを妻として迎え入れよ」と告げた。そのことが私たちにとってのクリスマスの意義なのだと教えられた。私たちにも、各々が恐れ縁を切ってしまいたいと思うようなことが起きる。しかし、クリスマスの物語は私たちに、それこそが聖霊による御業であるのだから恐れず迎え入れよと語っているのである。
 私たちにも、ただそこから逃げるしかないし、また引きこもって対処するしかないような対象がある。「なぜ逃げるのか、立ち向かえ、戦え、勝利せよ、引きこもってなどいてはいけない」と、あるいは「もっと勇猛果敢になれ」との声が聞こえてくるようである。イエス様のエジプト避難はそのように非難されたであろう。「神様に特別に選ばれた救い主なら、逃げることや引きこもることなどはせずに、悪しきヘロデ王に対し真っ向から戦い勝利することができて当然ではないか」と言われたであろう。
 先週の礼拝ではサムエル記(上)13章8~15節を学んだ。サウルは、王として勝利者であろうとした。しかしヨセフら聖家族はヘロデに対して勝利者となることなどできなかったのである。逃亡するしかない、引きこもるしかない敗北者であった。ネガティブな道しか選択し得ない家族であった。しかしそれが主の天使が示した聖なる歩みだったのである。それが聖なる家族の歩みであり、救い主としてのイエス様を守り育んだのである。

4.そうだとすれば、私たちも時には引きこもる者であってもよいのだと示されるのである。東京都と首都圏の3県に、再び緊急事態宣言が出された。そのエリアに隣接するこの茨城県にも、県知事から不要不急の移動の自粛要請が出された。急遽執事がそのことへの対応を協議し、11月末からの時と同様に朝の礼拝は基本的に牧師と執事を中心にすることとし、夕拝も祈祷会も休会ということになった。今の状況は昨年春に全国を対象に緊急事態宣言が出された時よりも、はるかに深刻な状況なのは明らかであろう。私たちの対応も、避難し引きこもるかのようなネガティブな姿であると映るかもしれない。しかし、これもまた主の天使が示す導きなのではないだろうか。
 主の天使の導きに従ってそのような道を歩んだヨセフの心中を察する。恐れずマリアを妻として迎え入れ、生まれた子とともに一家での幸福な生活を望んだヨセフであったであろう。ところが、この一家に与えられたのは、生き延びるためにエジプトへと逃れ、またイスラエルに帰ってきてからもナザレの町に引きこもることだったのである。ヨセフはこの姿を最後に、この福音書から姿を消す。夫として、また父としてどれほど無念であったことか、心残りであったことかと思う。父になってしたことと言えば、そのほとんどが逃げることであり引きこもることだったのである。そのようにして、その人生を終え、聖書の舞台から姿を消していった。しかしそれが主の天使が示したことだったのである。夫としてまた父として家族を守り、与えられたイエス様を守ることだったのである。
 とても意義深い何かが語りかけられるのではなかろうか。夫としてまた父として期待される役割とは、逃げることや引きこもることとは正反対のものであろう。大いに稼ぎ、家や財産を築き、妻や子どもたちに沢山の物を残してやることである。要はサウルのように勝利者であることだと思う。しかしそのことが、実はどれほど家族を危険にあわせているか。何度も紹介した「こもりびと」という実話に基づいたNHKのドラマでは、成功者だった父が敗北者だった息子を引きこもらせてしまっていた。父親は、敗北という事態を決して容赦しない家庭作っていた。父として時には逃げ敗北することも必要だったのに、それを受け入れることはできなかった。だから子は引きこもったのである。それが、自分を守り生きのびてゆくためには不可欠だったのである。逃げることや引きこもることが、そういう聖なる目的をもって私たちに示されることがある。大きな敵から私たちを守り、生き延びてゆくために不可欠なものとして、主の天使からの導きとして与えられることがある。新型コロナウイルス禍によって私たちの多くが引きこもることを是とされていることは、何かとても深い意味があるように感じさせられてならない。

5.最後に改めて考えさせられたのは、なぜヘロデ王はここまでイエス様をなきものにしようとしたかということである。2章2節に、東の国からきた3人の学者たちがヘロデに「ユダヤ人の王としてお生まれになった方はどこにおられますか」と尋ねたとある。そこで当時ユダヤ人の王であったヘロデは、イエス様を捜し出して殺そうとした。そこには、ヘロデという世俗の王とイエス様という別の意味の王との根源的な対立があった。世俗の王は自分とは正反対のイエス様という王を滅ぼさないわけにはいかないのである。イエス様のような王様が人間の王となっては困るからである。
 人々がイエス様を十字架につけたとき、その罪状書きには「ユダヤ人の王」と書かれていた。イスラエルの人々は、イエス様に文字通りの王様になってほしかった。サウルのような勝利者としての王様になってほしかったのである。しかしイエス様はそれを拒んだ。拒んだゆえに人々から科された十字架の死こそが、イエス様にとっての王の姿だったのである。十字架の上のイエス様の姿は、どこかエジプトへと逃げ、またナザレに引きこもるという敗北者の姿にもどこか共通するものを感じる。なぜ十字架という敗北者の姿が王の姿なのか。それは、ただこの世の様々な敵と戦って勝利することのできない私たちに、逃げ、引きこもり、十字架につけられるという敗北の中にも聖なる道があり私たちを守り育む砦がある、城があるのだと身をもって教え諭して下さるからである。十字架という敗北において私たちにとっての城を築いてくださる王様なのである。世の王様は勝利において城を築くが、イエス様という王様は敗北において私たちのための城を築くのである。誕生の時からイエス様はそのようにしてこの世の王様と対峙し、エジプトに逃げナザレに引きこもり、十字架の上で敗北することにおいて、私たちの救い主・王様となってくださったのである。

聖書:新共同訳聖書「マタイによる福音書 2章 13~23節」 02:13占星術の学者たちが帰って行くと、主の天使が夢でヨセフに現れて言った。「起きて、子供とその母親を連れて、エジプトに逃げ、わたしが告げるまで、そこにとどまっていなさい。ヘロデが、この子を探し出して殺そうとしている。」 02:14ヨセフは起きて、夜のうちに幼子とその母を連れてエジプトへ去り、 02:15ヘロデが死ぬまでそこにいた。それは、「わたしは、エジプトからわたしの子を呼び出した」と、主が預言者を通して言われていたことが実現するためであった。 02:16さて、ヘロデは占星術の学者たちにだまされたと知って、大いに怒った。そして、人を送り、学者たちに確かめておいた時期に基づいて、ベツレヘムとその周辺一帯にいた二歳以下の男の子を、一人残らず殺させた。 02:17こうして、預言者エレミヤを通して言われていたことが実現した。 02:18「ラマで声が聞こえた。激しく嘆き悲しむ声だ。ラケルは子供たちのことで泣き、慰めてもらおうともしない、子供たちがもういないから。」 02:19ヘロデが死ぬと、主の天使がエジプトにいるヨセフに夢で現れて、 02:20言った。「起きて、子供とその母親を連れ、イスラエルの地に行きなさい。この子の命をねらっていた者どもは、死んでしまった。」 02:21そこで、ヨセフは起きて、幼子とその母を連れて、イスラエルの地へ帰って来た。 02:22しかし、アルケラオが父ヘロデの跡を継いでユダヤを支配していると聞き、そこに行くことを恐れた。ところが、夢でお告げがあったので、ガリラヤ地方に引きこもり、 02:23ナザレという町に行って住んだ。「彼はナザレの人と呼ばれる」と、預言者たちを通して言われていたことが実現するためであった。


2021/01/03 降誕節第2主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「あなたは何をしたのか」 1.イスラエルの人々は、33万人の大軍を擁してアンモン人との戦いに大勝利を収めた。そのことからイスラエルの人々は、サウルを王様としてはじめて認め、勝利を大いに喜び祝ったと11章の最後にあった。ところがサムエルは、この大勝利を喜ぶサウル王とイスラエル人に対して、まるで冷や水を浴びせかけるような厳しい言葉を遺言のように語ったのである。
 さて晴れて王となったサウルだったが、彼が王となってわずか2年で大きな試練に襲われた。11章にはアンモン人との戦いが書かれていた。この13章には、ペリシテ人と戦うことになったことが書かれている。5節には、その数は戦車3万、騎兵が6千であり、兵士は海辺の砂のようであったとある。対するイスラエル軍がどれほどであったかは正確にはわからない。2節には「3000人をえりすぐった」とある。王であるサウルのもとに、今度は全部でどれほどの兵士が集まったのか何も書かれていない。なぜアンモン人との戦いでは33万人も集まったのに、ペリシテ人との戦いではえりすぐりの兵士がわずか3000人だったのか。その理由として考えられるのは19節以下、ペリシテ人はイスラエル人が剣や槍を作ることを決して許さなかったとある。つまりイスラエル人は、武器の強度の点で圧倒的にペリシテ人に劣っていたのである。だからこそ最初から劣勢であるとわかっていた戦いにイスラエル人は馳せ参じることがなかったのではないだろうか。
 こうして王になってわずか2年ばかりで、サウルは窮地に立たされてしまった。8節によれば、サウルはサムエルが命じたように七日間待ったけれどもサムエルが来ず、また兵が自分のもとから散り始めたので、神様に献げ物をささげたという。ちょうどその時にサムエルがやってきた。「あなたは何をしたのか」とサムエルはサウルに言った。ニュアンスとしては「あなたは何ということをしてしまったのか」という感じであろう。13節はじめには「あなたは愚かなことをした」ともある。こうして王になってたった2年ばかりで、サウルは王として失格という烙印を押されてしまったのである。15章には、決定的にサウルが王を退けられてゆくことが記されている。まだ少年だったダビデが次の王となるべく選ばれ、それを知ったサウルは深く心を病んでしまい、失意の最後を遂げてゆくのである。サウルは決して自ら進んで王様になったわけではなかった(9章)。むしろ無理やりサムエルに王にさせられたようなものである。父のろばを飼いながら一生を送ったほうが良かったかもしれない。そのサウルは、一体どのようなな理由で王を退けられねばならなかったのか。

2.それについては、昔から様々なことが言われてきた。すぐに思いつくのは8節にあるように、七日間サムエルを待ったのに彼がギルガルに来なかったので、本来は宗教者が行うべき儀式を王であるサウル自身がやってしまったということである。サムエルを待つべきであったし、儀式はサムエルに任せるべきであったということである。
 しかしこれについては、「サムエルの方が七日間待つようにという命令を守らなかったから仕方がなかったではないか」「それを責めるならむしろ約束を守らなかったサムエルの方が悪い」という人もいる。そもそもサムエルが「七日間待て」との約束をいつ命じたのかが定かではない。注解書では10章8節をあげる人もいる。それはサウルが王として選び立てられた直後の言葉であり、少なくとも2年も前のことである。参照付きの聖書には、13章8節のリファレンス箇所として10章8節はあげられてはいな。いつ命じられたのかもわからない命令を待てというのもおかしな話である。またその儀式とは戦勝祈願の祈りなのだが、それはどうしても祭司でなければできないというものだったのだろうか。王といえども信仰者であったサウルが行ったとしても、決して間違いではなかったのではなかろうか。ダビデ王もソロモン王も、祭司的な儀式や祈りを捧げることがあったではないか。
 むしろ私は、サウルのしたことはこの世の王様としては当然のことであり、賢明なことでもあるとさえ思う。いつ来るともわからない宗教的指導者を待つ間に、どんどん兵士の心は不安を募らせ、兵士たちはそれに耐えられずに戦線を離脱していった。時間が経てばたつほど士気が下がり、また食料などの蓄えも少なくなっていったであろう。そうであるならば、王としては、自分が戦勝祈願をささげて兵士の士気を高め鼓舞してやるべきではなかろうかと考えたのではなかろうか。サウルのしたことは決して愚かでも何でもなく、むしろ王様としては賢い措置ではなかったかと思うのである。

3.しかしサムエルは、「何ということをしたのか、あなたは愚かなことをしたのだ」と厳しく断じたのである。その根底にあることとしては、11章最後でサウルが人々から王様として認められたきっかけがアンモン人に対する大勝利にあったという点ではないかと思うのである。サウルのしたことの愚かさとは、それは王様としては当たり前であり、むしろ賢明なことにみえるが、突き詰めれば勝利を得ようとしたということにある。王様であるならば、人々や自分自身が求める勝利を手に入れようとするのは当然であろう。しかしサムエルからすれば、それは愚かなことだったのである。神様の目にはふさわしくないと映ったのである。
 サムエルが、繰り返し王を立てることに対して厳しく警告してきたのを思い起こす。王を立てることによって、あなたがたがその王の奴隷となり自分たちが立てた王のために泣き叫ぶことになると彼は言った。それはなぜかと言えば、王というものはどうしても勝利を求めようとするからである。勝利以外のものに価値を見いだせなくなるからである。常に勝利することのみに自らの存立基盤を置くようになる。しかし、私たちの人生は勝利を得ることでは終わらない。イスラエル人がペリシテ人に対して剣や槍を持たなかったように、私たちも迫り来る老いや、そこでの様々な喪失や、そして最後にやってくる死という敵に対して、有効な武器は何も持ってはいないのである。新型コロナウイルスに対してもしかりである。それなのに、私たちは自らの人生に対して王であろうとするのである。その結果として、王であろうとする人生の奴隷になり、ゆえに泣き叫ぶことになるのである。
 過日、いのちの電話の講演会に招かれたあるカウンセラーは、その書の中で現代の私たちを支配している人生哲学が「わたしの人生はわたしのもの」という考え方だと言っていた。そしてそれが諸悪の根源だと言い切っていた。なぜなら私の人生は、自分のものではないからである。私たちは遅かれ早かれ、自分の人生の王様ではありえないときに直面する。その時に私たちがどこまでも王様であろうとすると、私たちは泣き叫ぶことになる。サウルのしたことの愚かさの根源にあるのは、そういうことだと思う。王として賢くふるまおうとすればするほど、私たちは愚かにならざるを得ないのである。

4.こうして、どこまでも勝利者であろうとしたサウルが見たものは、とても象徴的だとしみじみ感じる。11節、彼は「兵士がわたしから離れてゆくのが目に見えている」と言った。勝利をひたすら求めた彼がそれゆえにまず目にしたものは、兵士が自分から離れて行くという光景だった。「老いの人生は引き算だ」とよく言われる。私は本当にそれを我がこととして感じる。老いの中では、「兵士がわたしから離れて去ってゆく」ように頼りにするものがどんどんと引かれ離れてゆく引き算ばかりが見える。それしか目に入らない。それが、私たちが王として勝利を求めるがゆえの結果ではなかろうか。
 だからこそ、大事なことは何かと言えば、勝利を求めないということなのである。王となろうとせず敗北をも受け入れるということが大事なのである。敗北をも受け入れてゆくとき、兵士が離れ失われてゆくことの中にも、それだけではないものが見えてくる。15節に、サウルのもとに残っていたのが600人だったとあった。それをサウルはわずか600人しか残っていないと見たが、逆になおも600人も残っていてくれたかと見ることもできるのである。勝利ではなく敗北をも受容するなら、去ってしまったものを数えるのではなく、残っている者を、或いは新たに加えられている何かを発見できるのである。もう勝ち目など到底ないのに、なおも残ってくれている600人もの人がいた。息子ヨナタンをはじめとして、ただサウルのそばになおもともにいたいと思う人々がいたのである。そのような人々がいてくれたと、はじめてわかる。新たに発見する。それが、引き算の中でこそ新たに加えられるものの発見なのである。
 確かに新型コロナウイルスによって、多くの「兵士」が、つまりそれまで王であろうとした私たちにとっての勝利を得る武器としての存在が離れ失われていった。仕事や家を失ってしまった人々も多くあった。そのために自ら命を絶つ人々も多く出ている。そのような時代に、この御言葉は本当に福音を語ってくれていると私は思うのである。兵士が離れ去ってゆく中でこそ新たに加えられるものがあると発見できるのである。例えばある人は、そういう中で誰かに助けられ支えられる生き方を見いだした。はじめて生活保護を受け、またフードバンクや様々な団体の助けも見いだした。それまでは自分が王様だった。人様の情けにすがるなどとは到底考えられなかった。しかし「兵士が離れて散って」いってはじめて、人に助けられ支えられる生き方もあるということを見いだすのである。30日の午後にラジオを聞いておりましたところ、ある人が新型コロナウイルス禍というのは日本にとっては太平洋戦争以降はじめて襲ってきた最大の災難だと言っておられた。それを聞いてなるほどと思った。新型コロナウイルス禍が突き付けているのは、太平洋戦争が終わって以来ずっと平和で成長と勝利を手に入れてきた私たちが直面するはじめての敗北なのである。そしてそれは、私たちに敗北の中でどう生きるかを問うているのだと思う。それでもなお私たちは、これまでと同様の勝利を求め続けるとすれば、それは愚かであり泣き叫ぶしかなくなるのである。しかし敗北を受け入れるならば、そこでこそ新たに見いだす何かを発見するのである。

5.最後に触れておきたいのは、サウルがもうひとつ見たものについてである。それは12節後半に書かれている。それは「あなたが約束の日に来てくださらない」ということである。ここで改めて思ったのは、果たしてサムエルは約束通りに来なかったのかということである。実は来ていたのではないか、そして意地悪のようだけれども陰に隠れて、サウルがペリシテの大軍の前にどうするかをじっと見守っていたのではなかったか。約束通りに来ずに、戦勝祈願の儀式をしてくれず、その結果として願い求めた勝利も得られないとすれば、実はそこにこそ神様の御心がある。そういうありさまにおいて、神様が既に来て下さっているということがある。
 マルタとマリアの兄弟だったラザロが危篤だと聞いても、イエス様はすぐにはかけつけなかった。そのためにラザロは、死んで墓に葬られてしまった。その出来事(ヨハネによる福音書11章)を思い起す。文字の通りではイエス様は来なかったが、しかし来ないことを通して実はイエス様は来て下さっていた。そこに神様の御業が現れているのである。サウルの愚かさとは、王としての勝利を求めることだけを考えて、サムエルが来ないということに、ただ「来ない」というネガティブなものしか見ることができなかったということである。私たちもそうなのである。ただ私たちの求め願う勝利をほしがるだけならば、「あなたは約束の日に来てくださらない」と言うしかなくなる。「来てくださらない」「勝利を与えて下さらない」ということにこそ、神様の到来がある。ラザロは死んで敗北してはじめて、「ラザロよ、出て来なさい」というイエス様の声に素直に応じることのできる不思議なものが自分にあると気づいた。私たちも同じなのである。

聖書:新共同訳聖書「サムエル記上 13章 8~15節」 13:08サウルは、サムエルが命じたように、七日間待った。だが、サムエルはギルガルに来なかった。兵はサウルのもとから散り始めた。 13:09サウルは、「焼き尽くす献げ物と和解の献げ物を持って来なさい」と命じて、焼き尽くす献げ物をささげた。 13:10焼き尽くす献げ物をささげ終えたそのとき、サムエルが到着した。サウルは彼に挨拶しようと迎えに出た。 13:11サムエルは言った。「あなたは何をしたのか。」サウルは答えた。「兵士がわたしから離れて散って行くのが目に見えているのに、あなたは約束の日に来てくださらない。しかも、ペリシテ軍はミクマスに集結しているのです。 13:12ペリシテ軍がギルガルのわたしに向かって攻め下ろうとしている。それなのに、わたしはまだ主に嘆願していないと思ったので、わたしはあえて焼き尽くす献げ物をささげました。」 13:13サムエルはサウルに言った。「あなたは愚かなことをした。あなたの神、主がお与えになった戒めを守っていれば、主はあなたの王権をイスラエルの上にいつまでも確かなものとしてくださっただろうに。 13:14しかし、今となっては、あなたの王権は続かない。主は御心に適う人を求めて、その人を御自分の民の指導者として立てられる。主がお命じになったことをあなたが守らなかったからだ。」13:15サムエルは立ち上がり、ギルガルからベニヤミンのギブアに上って行った。サウルは、自分のもとにいた兵士を数えた。およそ六百人であった。


2020/12/27 降誕節第1主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「福音を述べ伝えるサウロ」 1.先日12月6日の礼拝では、先頭に立ってクリスチャンを迫害していたパウロ(サウロとはそのアラム語・ヘブル語風の呼び方)がダマスコという町へ行く途中、天からの光の中でイエス様と出会い、その後アナニアから洗礼を授けられたという出来事が記された聖書箇所(使徒言行録9章1~15節)が与えられた。
 今日の聖書の御言葉は、その後の出来事が書かれた箇所である。洗礼を受けたパウロは、すぐにダマスコで「イエス様こそが神の子である」と語りはじめた。それを聞いたクリスチャンたちは「あの男はエルサレムでその名を呼び求める者たち(クリスチャン)を滅ぼしていた者ではないか」と言って非常に驚いたとある。それからしばらく経ってパウロは、エルサレム教会を訪れてイエス様の弟子の仲間に加わろうとしたが、誰もがパウロを弟子だと信じることができなかったと記されている。しかしパウロはバルナバのとりなしによって受け入れられることとなった。ユダヤ人たちは、そのようなパウロを執拗に殺そうとしたということも書かれており、パウロが夜の闇に紛れて脱出したとか、タルソスへと逃げ出したとか、そのようなことも書かれている。
 31節には、誕生して間もないそれまでの教会の様子が、「こうして、教会は・・・平和を保ち、主をおそれ、聖霊の慰めを受け、基礎が固まって発展し、信者の数が増えていった」とまとめられている。「平和」という言葉が最初にある。しかし決して平和などとは到底言えなかったのである。直近の出来事だけでも、エルサレム教会の中でアラム語を話す人々とギリシャ語を話すグループの対立があり、それをきっかけにしてギリシャ語を話すグループの指導者だったステファノが殉教の死を遂げ、ついにはその人々はエルサレムを追放されてしまった。その先頭に立ってクリスチャンを迫害していたパウロが、驚くような回心を遂げても、人々はなかなかこれを受け入れることはできなかった。またそのようなパウロが加わったからこそ、なおのこと、余計にキリスト教はユダヤ人との対立を深めてゆくことにもなったのである。それは「平和」とはまるで正反対の歩みではなかったか。しかしだからこそ、そこには神様をおそれるということが生まれ、聖霊によって慰められるということが起きていったのである。それが、教会の基礎を固め発展させ、信者を増やすことになっていったのである。

2.私が何よりも心を動かされたのは、人々が回心したパウロを恐れて受け入れることができなかったという点である。迫害者だった彼を回心させ、伝道者へと変えたのは神様であり、イエス様だったが、人々はそのような神様の御業を簡単には受け入れることができなかった。別の言い方をするなら、そのような人を私たちがいともたやすく簡単に受け入れられるようなら、それは神様イエス様のなさることではないのである。マリアが突如として身ごもったということは、ヨセフには容易に迎え入れられることではなかった(クリスマス礼拝「マタイによる福音書 1章 18~25節」)。聖霊による御業とは、そういうものなのである。ヨセフにとっては、それは縁を切ってしまいたいと思うようなことだった。伝道者になったパウロを人々は「あれは、クリスチャンを滅ぼしていた男」としか見なかった。縁を切ってしまいたい男だった。神様イエス様は、そういう存在や出来事を用いられるのである。私たちを滅ぼすような男やそのような出来事こそが逆に教会のために、また私たちを育むために用いられるのである。
 なぜ「滅ぼしていた男」だったパウロが用いられたかを改めて考えてみたい。そもそも、なにゆえに彼がクリスチャンやキリスト教を、ひいてはイエス様を滅ぼそうとしていたのであろうか。パウロの伝道の言葉が「この人(イエス様)こそ神の子です」とひとことでまとめられている(20節)。要は「神の子」という点にからんだ故のものだったと思う。ポイントは、どのようにして人は神様の子どもにしていただけるのか、神様のファミリーに迎え入れられてその良き財産をいただけるのかということだと思う。熱心なユダヤ教徒でありファリサイ人であったパウロは、ユダヤ人という血筋に生まれ割礼を受け律法を忠実に守ることによって、人は神の子どもとしていただけると堅く信じていた。ところがイエス様は、自分はただひとりの特別な神の子であり、言わば神様のファミリーの特別な長男のような存在であり、その私につながり私を信じていれば、ただそれだけで神様のファミリーに迎えてもらえるのだと人々に教えた。それは、パウロとパウロの先祖が長く信じてきた教えを反故にするものだったのである。パウロは「どうして神の子どもにしていただくことがそんなにたやすいのか、余りにも虫がいいではないか」と思ったに違いない。だからパウロは、この教えとイエス様に猛烈に反抗した。滅ぼさねばと思ったのである。
 滅ぼそうとすることは、それほどに敵対するということは、実は敵対する相手の本質をしっかり見抜いているということでもある。パウロが敵対したその教えこそが実はイエス様が語ったことの根幹だとパウロは見抜いていたのである。だからこそパウロは、それがユダヤ教徒としての自分たちの信仰に真っ向から反するものであると気づき、滅ぼさねばと思ったのである。敵だからこそ気づくものがある。パウロという敵を神様イエス様は味方へと転向させた。その敵が誰よりも神様の教えた福音の根幹を知っていたからである。そして神様は、ただイエス様を信じイエス様をよすがとして私たちは神の子どもとしていただけるという福音を、血筋の上でも割礼を受けることにおいても律法の行いにおいても、それらのできない異邦人、すなわちギリシャやローマの人々に宣べ伝えるためには、パウロが最適な人物だとわかっていたのである。

3.パウロがダマスコ途上の出来事において、どのように「この方こそ神の子」との福音を悟ったかということは何も書かれていない。それは想像するしかない。27節にバルナバの言葉として、「サウロが旅の途中で主に出会い、主に語りかけられ」とある。パウロがイエス様から語りかけられた内容こそ「わたしがあなたを神の子とする」というものだったのではなかろうか。
 神の子とされるのにそのときのパウロほどふさわしくない者はなかったはずである。パウロとは、イエス様に、ひいてはそのイエス様を神様の特別な子どもとなさった神様に逆らっていた人物であった。パウロは、神の子どもとされるためには、血筋とか割礼とか律法の行いとか、すべて人間の側の様々な条件具備を不可欠だと信じてきた。そのようなことをものともせずにイエス様は、彼に出会い彼に語りかけ、そのことにおいて供として下さった。何よりも「そんな私を神の子としてくださるのか」とパウロは感じたのである。この福音、ひいてはこの福音を語ったイエス様を、パウロは必死になって滅ぼそうとしてきた。そしてユダヤ教の指導者たちがイエス様を十字架につけて殺したのも同じ理由からだった。しかし、イエス様は十字架の死から復活をとげ、人々がどんなに滅ぼそうとしてもそれをものともせずに当の滅ぼそうとしている相手に現れ、声をかけた。「お前を神の子どもとする」と。イエス様の前では、ユダヤ人であるとか割礼を受けるとか律法の行いをするとかいうことは、もはや何の資格にも条件にもならない。ただイエス様と出会い呼びかけられ、結び付けられるだけで十分なのである。そうパウロは悟ったのではなかろうか。

4.そのように「滅ぼす者」が味方になるということに、教会にとって、ひいては私たちひとり一人の生涯にとって、敵であるものが味方やなくてはならない存在となるという神様の御業の奥義を思う。新型コロナウイルス禍は、私たちから集まって礼拝をささげるということを奪い滅ぼそうとしている。しかし、私たちはそのことがあったからこそ、益々礼拝をささげるということを大切なものとして知るようになったのではなかろうか。滅ぼそうとされるものは、実はそれが最も大事なものだからなのである。しかし滅ぼすことはできないのである。パウロがイエス様を滅ぼすこと福音を滅ぼすことができなかったように、新型コロナウイルスさえも、私たちが礼拝をささげることを滅ぼすことはできない。そうして、滅ぼすものが逆に用いられてゆくのである。きっと周囲の人々は、私たちクリスチャンがこれほどの難儀があっても礼拝を守ろうとした姿に心引かれるようになるのではなかろうか。滅ぼすものの存在が、逆に31節にあるように教会の基礎を固め益々発展させてゆくことになるではないだろうか。文字通りには「信者の数は増える」ということはないかもしれない。しかし量的な数ではなく質的な数は増える。礼拝をささげることにおいて教会を立てようとする人々はきっと増やされるに違いないのである。
 それは、教会のことを離れて私たち各々の生涯においてもあてはまることである。滅ぼすような出来事こそが、実は神様によって用いられるのである。私たちをしっかりと成長させ堅く立たせてゆくことになるのである。

5.さて、伝道者となったパウロがそれゆえにユダヤ人から執拗に殺されそうになったことが繰り返し書かれている。ユダヤ人にとっては、かつては先頭に立ってクリスチャンを迫害していた仲間が、今やそのキリスト教を伝道する者になっていることが、がまんのならないことだったであろう。それもまた、パウロの語った福音が、最も大事なところをついていたからなのである。ユダヤ人の信じていたことの核心と真っ向からぶつかるものであることがわかるからだったのである。
 そのユダヤ人からの迫害はやがて、その後50年も経すると、ローマ帝国全体から迫害を受けるようになってゆくのである。それはやはり、キリスト教の福音がローマ帝国にとって大事で根幹にかかわるものと対立するからだったのである。帝国においては、皇帝が神でありまた神の子なのである。そして人が神の子どもとされるのは皇帝に従うことによってである。しかし福音は、それに真っ向から反するのである。私たちは、ただイエス様を信じることによって神様の子どもとされる。ファミリーの一員とされて、祝福をいただける。それは帝国にとっては危険な福音であった。福音が福音である限りは、それはこの世にとっては危険なのである。そのようにしてパウロは執拗に命を狙われ、何度も何度も、命からがら逃亡した。しかし、そうしたことがあるがゆえ「教会はユダヤ、ガリラヤ、サマリアの全地方で平和を保ち、主を畏れ、聖霊の慰めを受け、基礎が固まって発展し、信者の数が増えていった(31節)」のである。私たちが神様イエス様から授かった福音、そしてそれを宣べ伝える教会とは根源的に、そうした危険性を持ただれているものなのだと改めて思う。しかしそれを失ってはいけないとも思う。また、そこにこそ教会が神様から与えられている可能性があるのだとしみじみ感じる。
 バルナバは、パウロを仲間として受け入れることができなかったエルサレム教会の人々に「パウロが旅の途中で主に出会い、主に語りかけられた」と、とりなした。ただただ主なる神様イエス様のなされたことを語った。それによって教会は、パウロを仲間として受容できた。そこにはやはり福音があったのである。迫害者をも神様の子どもにして下さる主イエスがおられるという福音がある。その福音が語られることによってパウロは受け入れられ、また様々な困難も受け入れられていった。福音が語られ信じられてゆくことにおいては、どうしても難儀は避けられないが、しかしだからこそ教会によって平和が保たれ基礎が固められ、発展してゆくのである。

聖書:新共同訳聖書「使徒言行録 9章 19b~31節」 09:19bサウロは数日の間、ダマスコの弟子たちと一緒にいて、 09:20すぐあちこちの会堂で、「この人こそ神の子である」と、イエスのことを宣べ伝えた。 09:21これを聞いた人々は皆、非常に驚いて言った。「あれは、エルサレムでこの名を呼び求める者たちを滅ぼしていた男ではないか。また、ここへやって来たのも、彼らを縛り上げ、祭司長たちのところへ連行するためではなかったか。」 09:22しかし、サウロはますます力を得て、イエスがメシアであることを論証し、ダマスコに住んでいるユダヤ人をうろたえさせた。 09:23かなりの日数がたって、ユダヤ人はサウロを殺そうとたくらんだが、 09:24この陰謀はサウロの知るところとなった。しかし、ユダヤ人は彼を殺そうと、昼も夜も町の門で見張っていた。 09:25そこで、サウロの弟子たちは、夜の間に彼を連れ出し、籠に乗せて町の城壁づたいにつり降ろした。 09:26サウロはエルサレムに着き、弟子の仲間に加わろうとしたが、皆は彼を弟子だとは信じないで恐れた。 09:27しかしバルナバは、サウロを連れて使徒たちのところへ案内し、サウロが旅の途中で主に出会い、主に語りかけられ、ダマスコでイエスの名によって大胆に宣教した次第を説明した。 09:28それで、サウロはエルサレムで使徒たちと自由に行き来し、主の名によって恐れずに教えるようになった。 09:29また、ギリシア語を話すユダヤ人と語り、議論もしたが、彼らはサウロを殺そうとねらっていた。 09:30それを知った兄弟たちは、サウロを連れてカイサリアに下り、そこからタルソスへ出発させた。 09:31こうして、教会はユダヤ、ガリラヤ、サマリアの全地方で平和を保ち、主を畏れ、聖霊の慰めを受け、基礎が固まって発展し、信者の数が増えていった。


2020/12/20 待降節第4(クリスマス)主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「その名はインマヌエル」 1.今年のクリスマスは、本当に特別なクリスマスとなってしまった。先週の礼拝が終わった後、ある人から、遠く離れた地で施設に入居しているその人の母親が新型コロナウイルスに感染して入院したと聞かされた。その人の母親は86歳で、持病を持っており医師からは厳しい予後を告げられているということだったが、幸い現在は快方に向っているという。皆さんの家族にも、そのような人がいるかもしれないと思う。全世界で160万を越える人々が新型コロナウイルスによってなくなっていると報じられている。大切な人をろくに見取りもできずに失ってしまった沢山の人々にとって、今年のクリスマスは一体どのような意味を持つものとして迎えることができるのであろうか。新型コロナウイルス禍の中にいる私たちにとって、イエス様をキリスト救い主としてお迎えするとはどういうことなのであろうか。そのことを、このマタイによる福音書の御言葉から精一杯聞いてゆけたらと願う。
 さて、マタイが記すイエス様誕生の出来事の何よりものポイントは、それが決してヨセフにとって喜ばしいものではなく、むしろそれとは正反対のものだったという点にあるのではないかと感じる。それは、4つの福音書の中でイエス様の誕生の次第を記しているもうひとつの福音書であるルカによる福音書においても同じである。ルカは、それをマリアの側に立って記している。しかしマタイは、専らヨセフの側から記している。「マリアはヨセフと婚約していたが、二人が一緒になる前に聖霊によって身ごもっていることが明らかになった。夫ヨセフは正しい人であったので、マリアのことを表ざたにするのを望まず、密かに縁を切ろうと決心した」と18節後半から19節にある。
 注解書によれば、ユダヤにおいては婚約も正式な結婚とのことである。しかしヨセフとマリアは、まだ夫婦として一緒には生活せず、夫婦としての交わりもなかったのである。その期間を1年過ごして、いよいよ正式に夫婦一緒の生活がはじまっていった。ところがそうなる前に、なぜかマリアが突如として身ごもったというのである。いったい何が起きたのか。私たちにはわからない。とにかくそれは、ヨセフには到底受け入れられないことだった。もしも表ざたになれば婚約とはいえども、正式な結婚とみなされていたのだから、姦淫を犯したものとしてマリアは最悪の場合には石打ちの刑に処せられるという状況であった。そのようなことからヨセフは、密かに縁を切るしかないと思うところまで追い込まれていた。23節にイザヤ書7章14節の御言葉が引用されているが、「おとめがみごもる」ということはそういうことなのである。決して幼稚園での聖誕劇が描くようなおめでたいことが起きたのではなかった。スキャンダラスであり、決してヨセフにもまた周囲の人々にも受け入れられ得ないことが起きたのである。

2.なぜ神様は、救い主イエス様の誕生という出来事を盛る「器」として、わざわざこのような機会を選んだのであろうか。なぜ神様は、結婚し一緒に生活しはじめるごく普通の夫婦を「器」として用いなかったのであろうか。なぜ神様は、わざわざ表ざたにできず密かに離縁しなければならないような状況を用いられたのであろうか。それは、そこにこそ神様の御心があったからなのである。それは、このような「器」こそが救い主の誕生にふさわしい機会だということなのである。
 ヨセフがマリアとの縁を切ろうとしたその理由について、19節に特に「夫ヨセフは正しい人であったので」と書かれている。文字通りの意味は、律法を忠実に守るという意味である。しかし私は、この「正しい」という言葉に様々な意味を感じ取る。私たちにとっても、正しさには様々な正しさがあると思う。新型コロナウイルス禍によって、多くの人が人生の最後を看取られもせず孤独で終えざるを得ない状況に対して、私たちは正しくないものを感じる。人々は、ひとりひとり懸命に生きてきた。私たちは、人生の最後ぐらいは、まじめに生きてきたことにふさわしい正しい報いと言ってよいものが与えられてよいと思う。ヨセフは、なぜ自分のような正しい者に、また正しいマリアとの関係の中に、そのような理不尽な出来事が起きるのかと怒ったことであろう。新型コロナウイルス禍とは、私たちにとってそういうことである。私たちは何も悪いことをしていないし、とくべつに乱れた生活をしていたわけではない。それなのになぜ新型コロナウイルス禍は私たちに襲いかかり死へと追いやるのか。それは理不尽ではないか。それは正しくないではないか。正しい報いとは言い難いことが起きている。
 ところが神様は、そのように私たちには正しいとは思えないような「器」を救い主イエス様の誕生の機会として用いたのである。その御心は、私たちが正しくないと言って縁を切ろうとする出来事を、ヨセフのように迎え入れさせるためなのである。それを聖なる出来事として受け入れさせるためなのである。イエス様は、ヨセフが正しくないと思って縁を切ろうとした関係の中から誕生した。神様はこの出来事を聖霊によるものとした。だから、私たちがこのイエス様を信じ信仰においてあたかもイエス様を私たちの中に宿らせることにおいて、私たちもまたこのイエス様によって縁を切ろうとするものを迎え入れるようにさせていただけるのである。それを聖霊によることとして受け入れられるようにさせていただくのである。
 イエス様の救い主としての誕生は、決して私たちに正しくないことがおきないようにすることではないのである。そのような類いの救いではない。縁を切ってしまいたい、排除してしまいたいと思うことが起きないことを意味してはおらず、むしろそれは起こるのであろう。イエス様が、よりにもよってこのような器において誕生したのだから、私たちにもそういうことは起こるのである。しかし、この起きたことを、イエス様の誕生によって聖なることとして私たちが迎え入れられるようになるのである。私たちが切り捨てたいと思ったことに、かえって聖なることがあるのだと気づくのである。ヨセフがマリアを妻として迎え入れたように、私たちも恐れるしかない出来事を迎え入れられるようになることが、クリスマスの意義だと思うのである。

3.ヨセフの正しさということで、もうひとつ考えさせられることがある。前回は1章1節から17節までを読んだ。そこに数えてみると6回にわたって繰り返されている言葉があることに、今回改めて気づかされた。それは「もうける」という言葉である。言葉としては6回しか使われてはいないが、ここにあげられているすべての誕生と血筋の連続について、要はこの「もうける」ということが含まれている。「もうける」の主語は男性たちである。男性たちは、様々な願いや思いをもって子をもうけようといする。そして妻もそれを受け入れる。私たちに生まれる子とは、すべからくそのように夫婦が「もうけた」結果であろう。私たちがこうして子を「もうける」ことに、私たちが求め願う「正しさ」というものが込められているように思う。生まれるであろう子は、そうなってほしいと願いつつ親は子をもうけるのである。そのような報いを親に与えてほしいと願うのである。そこには私たちの考える正しさ望ましさがある。それが正しく望ましい幸いだと考えるのである。
 それだけではなく私たちは、子に限らず様々なものをもうける。生み出すのである。そこにもまた私たち人間の願いがある。連綿と続く人間の求め願うことの積み重ねがある。今回改めて思うのは、そこにどれだけ人間にとっての「正しさ」の連鎖と蓄積があるかということである。そしてそれが私たちに何をもたらしているのかを思わせられる。それが果たして今日の社会に幸いをもたらしているのであろうか。
 このところの礼拝で何度か紹介している『こもりびと』というドラマをまた思い起す。父は息子をもうけ、息子の受験や就職での勝利という「正しさ」を手に入れてくれることを願った。しかし息子は、父の求め願うものをかなえることはできず、息子は引きこもるしかなくなってしまった。求めた正しさを得られないことは、父にとっても息子にとっても縁を切ってしまいたいような状況である。自ら命を絶つか或いはその現実から目を背けて引きこもるしかないありさまである。これが、私たち人間が幾世代にもわたって求め願い『もうけて』きた正しさの積み重ねの帰結だと感じるのである。
 21節に「この子は自分の民を罪から救う」とある。私たちの罪とは、そういうことだとしみじみ思う。それは文字通りに悪いことをするということではない。むしろその反対に、これまで積み重ねてきた望ましい正しさにしたがって、子をはじめとして伴侶も家族もその他様々なものをもうけようとする営みなのである。私たちにとってはそれが正しい営みなのであろうが、しかし実はそれが罪というべきものではなかろうか。私たちの社会や家庭を『こもりびと』というドラマが描いたようなありさまに陥らせてしまうものではなかろうか。

4.だから私たちは、この罪から救われねばならないと思うのである。私たちが求め願いもうけようとする営みの連鎖がどこかで断絶させられ、そこに人間がもうけるのとは違う、神様によって聖霊によって宿る何かが生まれなければならないのである。それはおそらく、私たちにとっては縁を切ってしまいたいような出来事として現れるのである。しかしそれを聖なる出来事として迎え入れてゆけるようにならねばならない。それがクリスマスの意義なのである。
 ヨセフにそれをなさしめたのは、主の天使が夢に現れて「恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿った」と告げたことであった。私たちにとってクリスマスとは、ヨセフが夢の中で天使に出会って神様の言葉を告げられるようなことではなかろうか。夢で見たことは決して現実ではないが、その内容はどこかで私たちを長く励まし支えるということがある。私自身もそのような夢を何度か見てきた。クリスマスもそのようなものではなかろうか。それは私たちの目の前に現実として起きることではない。夢で見るような出来事である。しかしそこで告げられたことは私たちを励まし、私たちをして縁を切るしかないような出来事を恐れるしかないような出来事を、聖なる出来事として迎え入れられるようにして下さる。
 そのようにしてヨセフは、妊娠したマリアや誕生した子を受け入れていったのである。もしも縁を切られたならば、マリアは行き場を失い下手をすれば石で殺され、お腹の中の子まで死んでゆくしかなかったのである。それがヨセフの正しさであり、また私たちが積み重ね求めてきた正しく望ましいものの結果なのである。しかしその悲惨さが乗り越えられていった。聖家族と呼ばれる家庭ができていった。だからといって、この家庭にとんでもなく良いことが起きていったわけではなかったのである。2章13節以下には、この家族がヘロデ王の迫害を逃れてエジプトへと避難せざるを得なかったことが書かれている。そして30年ほど後には、生まれたその子は十字架につけられて殺されてしまうことになる。しかしたとえそうであっても、この一組の男女に突如として降りかかった出来事を彼らが受け入れ、ヨセフがマリアを妻として迎え入れることができたということは決定的に大きいのである。それは奇跡なのである。人間によっては決してもうけることのできないことなのである。それは私たちにとっても同様である。
 ここにインマヌエル「神が我々と共におられる」ということが成就している。神様が共にいてくださるのでなければ、どうしてヨセフは突如として身ごもったマリアを妻として迎え入れることができたであろうか。生まれた子をわが子として育むことができたであろうか。私たちも、神様が共にいてくださらなければ到底受け入れてゆけない事柄がある。しかし、そこにこそ聖霊による誕生という出来事があるのである。新型コロナウイルス禍による苦難を、また各々に起きたところのそれこそ縁を切ってしまいたいと思う出来事を、クリスマスによって受け入れてゆこうではないか。

聖書:新共同訳聖書「マタイによる福音書 1章 18~25節」 01:18イエス・キリストの誕生の次第は次のようであった。母マリアはヨセフと婚約していたが、二人が一緒になる前に、聖霊によって身ごもっていることが明らかになった。 01:19夫ヨセフは正しい人であったので、マリアのことを表ざたにするのを望まず、ひそかに縁を切ろうと決心した。 01:20このように考えていると、主の天使が夢に現れて言った。「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。 01:21マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」 01:22このすべてのことが起こったのは、主が預言者を通して言われていたことが実現するためであった。 01:23「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」この名は、「神は我々と共におられる」という意味である。 01:24ヨセフは眠りから覚めると、主の天使が命じたとおり、妻を迎え入れ、 01:25男の子が生まれるまでマリアと関係することはなかった。そして、その子をイエスと名付けた。


2020/12/13 待降節第3主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「サムエルの告別説教」 1.「サムエルの告別の辞」と12章のはじめの欄外タイトルに書かれている。それはサムエルの臨終の際の言葉ということではない。数章にわたってサムエルの宗教的な指導者としての働きの記載が続いてゆく。サムエルにおいて終えようとしていたのは、世俗の領域での指導者としての働きにおいてのことであった。
 それはどのようなことなのか。飛ばしてしまった11章に書かれているのは次のようなことである。イスラエル人をアンモン人が襲いかかった。それに対し、王として立てられていたサウルのもとに33万人ものイスラエル兵が集まり(11章8節)、アンモン人から大勝利を収めたという。11章の最後には、「サウルもイスラエルの人々もすべて、大いに喜び祝った」とある。おそらく33万人にも及ぶ兵士が集まったのは、それが初めてではなかったか。それは王様が立てられたからなのであった。そしてその王様が、見事に敵に大勝利した。サウルが政治的な指導者として大勝利を収め、人々からリーダーとして見事に承認されたのである。この様子を見てサムエルは、自分の政治的な領域での働きが終わったことを悟ったのである。
 しかしサムエルは、政治的な指導者としての働きは終わっても、なお神様の言葉・神様の御心を伝える預言者としての働きは終わってはいなかった。むしろその時こそ、その務めを発揮しなければならない時だと感じたのではなかったか。と言いうのは、サウルやイスラエルの人々が大軍を擁しての敵への大勝利に酔いしれていたからである。王による勝利を喜び祝うことに何の疑問も抱いてはいなかった。しかし、果たしてそれでよかったのか。そのことを宗教的な指導者として、サムエルは問わなければならなかった。サムエルは、この勝利に対して冷や水をあびせかけるような神様からの厳しい言葉を語りかけた。それが12章の御言葉なのである。

2.聖書にはこのように、誰もがその喜びを疑わない敵に対する大軍をもっての大勝利に対して、果たしてそれを万歳・万歳とただ喜んでよいのかと厳しく問いかける神様の言葉がはっきりと記されている。3000年前の時代からそのような神様の言葉が語りかけられ、それが聖書になって、削除されることなく連綿として読まれ続けてきた。サムエルは「自分たちのために王を求めて主の御前に犯した悪の大きかったことを悟りなさい」と語った(12章17節)。王様を立て、何十万もの兵士が集められ大勝利を得るということは、私たちにとっては何の疑いもなく喜び祝うことであるけれども、それを悪と見る神様がいてくださる。
 なぜ、神様はそれを悪と見るのか。再び17節、「自分たちのために王を求めて」とある。私たちが王を立て、兵を集めて勝利を得ることは、突き詰めるとそれは自分のためなのである。自分の利益を得るためなのである。人間が人間だけの利益を求めて兵を集め、様々な敵に対して勝利を得るとき、そこにはただ人間の利益のためになるだけの結果が生じる。その利益は本当に私たちのためになるものなのか。かつて、サムエルは王様を求める人々に対して「あなたたちは王の奴隷となり、自分が選んだ王のゆえに泣き叫ぶ」と告げた(8章17~18節)。立てた王によって勝利し、望むものを手に入れることは、確かに喜びであろう。しかしその揚げ句に私たちを襲ってくるのは、その望むものを得たことによって逆に私たちが奴隷とされ泣き叫ぶという結果なのである。それは神様の喜び祝うところではない。だから、それは神様にとっては悪なのである。
 過日教えられたイザヤ書の御言葉を、改めて思い起こした。それはイザヤ書10章12節以下である。現在の中近東、紀元前720年前後に偉大な勢力を誇り次々と諸国を征服したアッシリアの王様に対して神様は、預言者イザヤを通して次のようなことを言った。「アッシリアの王様は『自分の手の力によって・・・聡明なわたしは自分の知恵によって行った』と自慢している」と神様は指摘した。王の自慢は「わたしは諸民族の境を取り払い、彼らの富を略奪し」たと続く。私はそこに、現在のほんの一握りの会社がインターネットを駆使して全世界の富のほとんどを独占している世界の現状を見るように感じた。しかし、その結果がどうなっているか。以下のイザヤの言葉がそれを象徴的に現していると感じた。イザヤ書10章13~14節に「わたしの手は、鳥の巣を奪うように諸民族の富に伸び・・・置き忘れた卵をかき集めるようにわたしは全世界をかき集めた。そのとき、翼を動かす者はなく、くちばしを開いて鳴く者もなかった」とある。私たち人間は、どんどん発達する様々な文明の武器・兵力を集めて、敵に打ち勝ち富を蓄えてきた。人間が王様になって、自分たちのための王国を築き上げた。しかしその結果として生まれたのは、どこにも卵がなく生まれる雛もおらず、たとえ雛がいたとしてもそれに餌をやる親鳥も巣もない世界ではなかろうか。
 それは決して広い世界のことだけではない。自分のために王を求め王国を立てるのは、他でもない私たち自身なのである。私たちは自分が王様になって自分の人生を思い通りに支配しようとする。私たちは思い通りの勝利を得ようとするのである。確かに、そうできる時もあろう。しかし私たちの人生の最後は、勝利ではなく病や幾多の喪失や死という敗北なのである。だから、王であり勝利を得ことだけの人生であろうとすれば、その最後は神様の言う通り泣き叫ぶという結果に終わるのである。
 先日の『おくりびと』というNHKドラマは反響が大きかったようである。それはひきこもりの男性を描いた実話に基づいて作られたドラマである。学校の教師だったその男性の父は、息子である彼に対して常に勝利を求めた。受験においても就職においても、常に勝利することを求めた。しかし息子は、ことごとく父の期待を裏切ってきたのである。「お前みたいな奴は生きている価値がない」と言われ続けた。ところが、その父自身が余命半年であることを告げられると、その敗北を突き付けられてはじめて、これまで敗北続きだった息子の苦しみに向かい合えるようになるのである。私はこのドラマを観て、自分自身が王様となり勝利しか求めない者となることによって私たちは最後には泣き叫んでしまうことになるのだと本当にそう思った。

3.そこでサムエルは、人間が求め立てる王様とは対照的に神様が王となり、また私たちの主となって為してくださる御業がどのようなものかを6節以下に語っている。7節には「さあ、しっかり立ちなさい。主が・・・救いの御業のすべてを・・語り聞かせよう」とある。イスラエル人を、そして私たちをしっかりと立たせて下さるのは、神様が王としてまた主として為してくださる救いの御業を知ることなのである。神様が王としてまた主として為してくださる御業を救いの業として受け入れてゆけることが、私たちをしっかりと立たせてくれる。私たち自身が王となり主人となることではないのである。それは私たちをむしろ倒れさせてしまう。
 サムエルが告げる神様の救いの御業の第一が6節の冒頭に総括的に述べられ、それは8節にも繰り返されている。「主は、モーセとアロンを用いて、あなたたちの先祖をエジプトから導き上った方だ」と6節冒頭にある。これが王として、また主としての神様の救いの御業の根本だということであろう。私は改めてそれが私たちの立てる王様とどれほど対照的かをしみじみ思う。もし私たちが立てる王様ならば、エジプトで兵士を集めエジプト王に対して反乱を起こし、そこに自分たちに王国を立てようとするのではなかろうか。しかし主なる神様社そうはなさらなかった。イスラエル人をエジプトから導いた。それはいかなる形であったか。エジプトを脱出させた後、荒れ野で40年間もさまよわせるという仕方だった。エジプトからパレスチナまでは、最短距離の地中海沿いの街道を使えばわずか1週間で行ける距離である。私たちの立てた王であれば、エジプトから最短距離で目的地に行こうとするはずである。
 しかし、神様はそうはなさらなかった。それはなぜなのか。この礼拝で何度も引用し、またイエス様も心に刻んでおられた有名な申命記8章3節には「(40年間の荒れ野生活の目的は)主はあなたを苦しめ、飢えさえ、あなたも先祖も味わったことのないマナを食べさせられた。人はパンだけで生きるものではなく、人は主の口から出るすべての言葉によって生きることをあなたに知らせるためだった」とある。要は、私たちが生きるということにある不思議さを味わわせるためなのである。「マナ」とはヘブル語で「これは何」という意味の言葉とのことである。荒れ野の40年間をイスラエル人は、田畑を耕すこともなく財産もなく王様もいないなかで毎日毎日「これは何」と呼ばれるものを集めて、つまり神様の下さる「不思議」を集めることによって生きてきた。それこそ自分たちが主人であり王様であるとは正反対の姿ではなかったか。何も持たず何も集めず、ただただその日一日を、「不思議」によって生きたのである。私たちをしっかりと立たせるのは、実はこのようなことではなかろうか。
 先日、妻が買った雑誌を読んでいたところ、解剖学者の養老孟司が次のような言葉を紹介しておられた。ラテン語の『カルペディエム』という言葉でである。それは「今日一日の花を摘め」という意味だそうである。ホスピスに勤めている医者が、次のようなことを言っているともあった。「ホスピスで一番元気にしているのは、その日を楽しんで生きる人だ」と。この言葉には様々な意味があるように思う。それは「その日毎に必ず咲く花があるのだから、その花を摘んでその美しさを愛で、楽しんで生きよ」という意味だと思った。「どんなに辛い状況にあっても必ず咲く花があるのだから、それを見つけてそれを楽しんで生きよ」ということだと思う。花は翌日にはしおれて枯れてしまうかもしれない。しかし私たちは、その日にある楽しさや嬉しさを摘んで、一日一日を重ねてゆけばよいのである。神様がイスラエル人をエジプトから導き出して荒れ野で体験させたのは、ひとことで言えば「その日暮らし」だったのである。それは、私たち自身が王様となり主人となって、自分が糧だと考えるものをひたすら多く豊かに手に入れようとする生き方とは正反対のものである。

4.もうひとつ、サムエルが告げている。主であり王である神様の御業とは何かということが、9節から11節に書かれている。イスラエル人に対して、神様はペリシテ人やモアプ王を送って苦しめた。それによりイスラエル人がSOSを出すと、助け人を遣わしてくださったというのである。ここに書かれているのも、王様であり勝利を手に入れる姿とは正反対のものである。敗北し、ひたすら神様に助けを請わなければならない情けない姿であった。しかしそれが、神様の私たちを救う御業だと言うのである。一体何が私たちを救うのか、何が私たちをしっかりと立たせるのであろうか。それは、私たちが王様となってゆらぐことのない堅固な王国を立ててそれを守ることではなく、むしろその反対に、敗北し神様に助けを請うことであり、神様が遣わしてくださった何人かの人によって助けられることにこそある。王様とは正反対の自分たちのありさまを受け入れ認めるということが根本にあると思うのである。
 神様は「さあ、しっかり立って、主が・・・御業を見なさい(16節)」と言って、実際にサムエルの祈りに応えて、神様は雷と雨を下された(17節)。イスラエル人は、それを見て恐れた。17節はじめには「今は小麦の刈り入れの時期ではないか」とある。注解書によれば、この時期はおそらく5月か6月でイスラエルにおいては乾季であり、めったに雷や雨が降ることはない時期とのことである。しかし王であり主である神様は降らせたのである。おそらく収穫を待つばかりだった小麦が台なしになったであろう。そのようにして神様は、アンモン人への大勝利を喜ぶ人々に冷や水をあびせかけた。それが神様の救いの御業なのである。私たちが王様となって思い通りの刈り入れをしようとするときに、神様はそれを駄目にしてしまう。しかし実はそこにこそ救いがある。今の新型コロナウイルス禍をどのように捉えたらよいかについて、神様からの語りかけが聞こえてくるようにも思える。

聖書:新共同訳聖書「サムエル記上 12章 6~19節」 12:06サムエルは民に話した。「主は、モーセとアロンを用いて、あなたたちの先祖をエジプトから導き上った方だ。 12:07さあ、しっかり立ちなさい。主があなたたちとその先祖とに行われた救いの御業のすべてを、主の御前で説き聞かせよう。 12:08ヤコブがエジプトに移り住み、その後、先祖が主に助けを求めて叫んだとき、主はモーセとアロンとをお遣わしになり、二人はあなたがたの先祖をエジプトから導き出してこの地に住まわせた。 12:09しかし、あなたたちの先祖が自分たちの神、主を忘れたので、主がハツォルの軍の司令官シセラ、ペリシテ人、モアブの王の手に彼らを売り渡し、彼らと戦わせられた。 12:10彼らが主に向かって叫び、『我々は罪を犯しました。主を捨て、バアルとアシュタロトに仕えました。どうか今、敵の手から救い出してください。我々はあなたに仕えます』と言うと、 12:11主はエルバアル、ベダン、エフタ、サムエルを遣わし、あなたたちを周囲の敵の手から救い出してくださった。それであなたたちは安全に住めるようになった。 12:12ところが、アンモン人の王ナハシュが攻めて来たのを見ると、あなたたちの神、主があなたたちの王であるにもかかわらず、『いや、王が我々の上に君臨すべきだ』とわたしに要求した。 12:13今、見よ、あなたたちが求め、選んだ王がここにいる。主はあなたたちに王をお与えになる。 12:14だから、あなたたちが主を畏れ、主に仕え、御声に聞き従い、主の御命令に背かず、あなたたちもあなたたちの上に君臨する王も、あなたたちの神、主に従うならそれでよい。 12:15しかし、もし主の御声に聞き従わず、主の御命令に背くなら、主の御手は、あなたたちの先祖に下ったように、あなたたちにも下る。 12:16さあ、しっかり立って、主があなたたちの目の前で行われる偉大な御業を見なさい。 12:17今は小麦の刈り入れの時期ではないか。しかし、わたしが主に呼び求めると、主は雷と雨とを下される。それを見てあなたたちは、自分たちのために王を求めて主の御前に犯した悪の大きかったことを知り、悟りなさい。」 12:18サムエルが主に呼び求めると、その日、主は雷と雨を下された。民は皆、主とサムエルを非常に恐れた。 12:19民は皆、サムエルに願った。「僕たちのために、あなたの神、主に祈り、我々が死なないようにしてください。確かに、我々はあらゆる重い罪の上に、更に王を求めるという悪を加えました。」


2020/12/06 待降節第2主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「サウロがパウロに」 1.使徒言行録には、誕生したばかりの小さな信徒の集まりだった初代の教会が、その教会に次から次と襲ってくる困難を乗り越えて不思議にも成長してゆく姿が描かれている。今日の聖書箇所は、初代の教会にとって最大の危機のひとつであった教会の迫害者サウロ(それは彼のヘブル語の呼び方であり、ギリシャ語やラテン語で呼べばパウロとなる)が、やがてクリスチャンとなり優れた伝道者になって教会の成長に決定的に寄与する人物になっていった経緯を記している。その出来事がこの箇所を含めて使徒言行録に3回記されている(22章と26章)。ということは、そのことがどれほど初代の教会にとってなくてはならない重大な出来事であったかを物語っている。
 さて誕生したばかりの教会はどのようにして、その直面する危機を乗り越えていったのか。そこには、その直面した危機が逆に教会を成長させてゆくことになったという不思議がある。ステファノが行った演説をきっかけにして、生まれたばかりのエルサレム教会は大迫害を受けることとなった。ステファノは殺され、その殺害に賛成していた人物として8章1節にはじめてパウロが登場している。それによりエルサレム教会内のギリシャ語を話す人々は追放され、その際にパウロが行ったこととして「家から家へと・・・牢に送っていた」と8章3節に書かれている。
 ところが、この迫害によってギリシャ語を話す人々が散らされていったからこそ、離散者のひとりであったフィリポは、サマリアで沢山の人々に福音を宣べ伝え、またエチオピアからきた役人に洗礼を授けるに至ったのである。迫害という困難がなければ教会は、エルサレムという狭い地域やユダヤ人という枠を超えて福音を宣べ伝えることにはならなかったのではなかろうか。困難こそが、かえって成長を遂げる機会となっていったのである。

2.同様のメッセージが、迫害者であるパウロの存在からも聞こえてくる。1節にあるようにパウロの存在は、誕生したばかりの教会にとって、どれほどの脅威であったか。アナニアは神様にこう言っている。「その人がエルサレムで、・・・どんな悪事を働いたか、大勢の人から聞きました(14節)」と。ところが初代の教会にとってそのような迫害者こそが、福音がユダヤ人を越えて全くの異邦人へと広がってゆくのになくてはならない人物となったのである。神様がアナニアに「あの者は、・・・わたしが選んだ器である(15節)」と言ったとある。教会が、いかにしてその直面する困難を乗り越えてきたかと言えば、困難そのものがそうさせてきたのである。また困難を与えた者、悪事を働く者によってそれがなされてきたのである。
 それは私たちクリスチャンにおいてもあてはまることではなかろうか。私たちは迫害や私たちに悪事を働く人や出来事を自らを成長させ育むこととしては受け取ることはできない。病いも今回の新型コロナウイルス禍もあらゆる試練も、私たちにとっては悪事を働く以外の何物でもない。しかし、それこそが神様が選んだ器として用いられるのではなかろうか。教会において、また神様からの信仰を与えられた私たちクリスチャンには、そのような不思議が起こる。それは教会や信仰というものが、私たちが作り出したものではなく神様が作りだしてくださったものだからだと思う。私たち人間が作り出したものであるならば、迫害や悪事によってそれが成長させられるということは決して起こらないであろう。しかし、教会も信仰も神様が作り与えて下さったものゆえに、かえって迫害や悪事によって育まれ、そこから良きものが私たちに与えられるのである。
 パウロによって迫害されたクリスチャンたちは、どれほど彼を憎んだであろうか。アナニアもしかりであった。パウロもまたクリスチャンを憎み、ひいてはイエス様を憎んだ。しかし、憎んだ相手こそ神様によって用いられる器なのであった。そのような不思議なことが信仰においては起きてゆくのだと思う。このような不思議によって教会もまた私たちも、直面する幾多の困難を乗り越えてゆけるのだと思う。

3.しかしそのためには、どうしても必要なことがあった。もちろん何事もなくごく自然にパウロという迫害者が伝道者となり、アナニアや他のクリスチャンが迫害者パウロを受け入れられるようになったのではなかった。そうなるためにどうしても必要な出来事があったのである。それは、パウロにおいては、天からの光に照らされイエス様そのひとに出会い、また三日間目が見えなくなって(3節から9節)、その上で18節にあるようにアナニアとの出会いによって目が見えるようにしていただくという体験だった。またアナニアにとっては、幻の中で神様と出会ってパウロという迫害者の存在の奥深い意味を悟る(10節以下)ということだった。
 パウロが天からの光に照らされ、その後三日間目が見えなくなったということは、つまり彼がこれまで見ていたものとは、天からの光のもとではなく、この世の光の下で見ていたものに過ぎないということを意味している。1節・2節には、彼が「意気込んで」クリスチャンを迫害し、ひいてはイエス様を迫害していたとある。それは、迫害がはっきりとした確信のもとになされていたことを示している。クリスチャン迫害はステファノの説教から始まった。ステファノが何よりも語ったのは、神様が私たちとつながり祝福をもたらすのに人の手の建てた立派な神殿などいらず、ただイエス様に信仰によってつながるだけでよいということだった。これこそがパウロにとっては許せないことだったのだと思う。「神殿での礼拝、また律法の行いこそが、私たちを神様と結び付けるよすがではないか」「十字架の上で呪われ殺されたような男がどうしてよすがなのか」「その男をよすがにして与えられるものなど同様に呪いであり苦痛でしかないではないか」「なぜ十字架で殺された者を通して祝福が与えられるのか」こう確信してパウロはクリスチャンを迫害し、ひいてはイエス様を迫害したのだと思う。
 しかしこれは、この世の光の下、パウロという人間の目でのみ見たものに過ぎなかったのである。これに対して、天からの光に照らされてパウロが見たもの、何よりも十字架のイエス様において彼が見たものがどのようなものであったのかはわからない。しかし、そこでパウロが見たものは、「十字架の言葉は、滅んでゆく者にとっては愚かなものですが、私たち救われる者には神の力です」というコリントの信徒への手紙(1)の1章18節に語られているものに違いない。パウロが天からの光に照らされて十字架のイエス様を全く新たに見たように、アナニアもまた幻の中で神様からの語りかけを聞いて、悪事を働いた迫害者が神様によって用いられる器であると知った。それは、幻の中で神様からの言葉を直接聞くことによってはじめて可能となったのである。

4.こうしたことから私は、私たちも天からの光に照らされねばならない者であり、幻の中で神様の言葉を聞かねばならない者なのだと思うのである。私たちが見聞きしている光景や事柄とは、ただただこの世の光・人間の判断・言葉によるものでしかないのだと改めて強く思う。それがいかに確信に満ちたものであったとしてもそうなのである。パウロには、クリスチャンやイエス様を敵対し迫害すべき相手としか見えていなかった。アナニアには、パウロは自分たちに悪事を働いた者としてしか見えなかったのである。しかしそれは、パウロが天の光に照らされた後三日間盲目であったことが示しているように、実は最も大事なもの、本当に見るべきものが見えていないことを現しているのである。この見方は絶対であり正しいという判断が、実は何も見えていないということなのである。
 新型コロナウイルス禍によって、特に女性たちの自殺者が2倍ほどにもなり、生活に困って売春のような行為に陥っていると報じられていた。確かにコロナ禍によって仕事を失い生活に窮するということは悪事に違いない。パウロがクリスチャンを憎みイエス様に敵対し、またアナニアがパウロを憎んだように、そうしたことは私たちが憎み敵対する以外には考えられないような出来事なのである。しかし、天の光に照らされると別の面が現れてくるのではなかろうか。憎み敵対すべきではない相手として、むしろ私たちを救ってくれる神様の力・惠み・祝福の訪れであるような存在であり、神様によって用いられる良き器であるとはじめてわかるのである。
 私たちが憎み敵対する出来事として見ることが決して絶対ではない。むしろ見るべきものが見えていないのである。だからこのような時こそ、天からの光に照らされることが不可欠だとしみじみ思うのである。

5.では一体私たちには、どのようにしてパウロやアナニアのような体験が与えられるのであろうか。パウロやアナニアは特別なのであって、私たち普通の信者には起きないことなのだと思うかもしれない。しかし使徒言行録が3度にもわたってこのような不思議な出来事を記しているということは、こうしたことが事実としてあったということを語ってくれているのである。私たちには体験できないかもしれないけれども、天からの光に照らされるということは確かにあり、幻や夢の中で神様の言葉を聞くということは確かにあるのだと語りかけてくれているのである。
 私は、そのようなことが起こり得るとの可能性に心を開くことは、とても大切だと思う。実際に天からの光に照らされることはなくとも、また幻の中で神様の声を直接聞くことはなくとも、天からの光というものがあり、幻の中で神の声を聞くことがあり、それによって今、自分が確信をもって見、判断していることが全く違うものに見えてくることがありうると知ることは、恐らく大きな変化を私たちにもたらす。すると憎み敵対するしかなかった相手や出来事が、全く違ったように見えてくることがある。
 17節以下には、目が見えなくなったパウロのもとにアナニアがやってきて、思いがけない神様の言葉を伝え、手を置き、洗礼を授けてくれたことが記されている。もしかしたら私たちに実際に起きるのはその部分だけ、つまりアナニアがやってきて寄り添ってくれたように、誰かがやってきたり思いがけない助けをもたらしてくれたりするということだけかもしれない。天からの光も幻も見えないかもしれない。しかしこうした具体的な出会いや何らかの助けが差し出されることは実際にある。そこに天からの光を見たいと思う。それによって、私たちのそれまでの頑なな見方を一新してくれる新たな視力が与えられるのではなかろうか。

聖書:新共同訳聖書「使徒言行録 9章 1~22節」 09:01さて、サウロはなおも主の弟子たちを脅迫し、殺そうと意気込んで、大祭司のところへ行き、 09:02ダマスコの諸会堂あての手紙を求めた。それは、この道に従う者を見つけ出したら、男女を問わず縛り上げ、エルサレムに連行するためであった。 09:03ところが、サウロが旅をしてダマスコに近づいたとき、突然、天からの光が彼の周りを照らした。 09:04サウロは地に倒れ、「サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか」と呼びかける声を聞いた。 09:05「主よ、あなたはどなたですか」と言うと、答えがあった。「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。 09:06起きて町に入れ。そうすれば、あなたのなすべきことが知らされる。」 09:07同行していた人たちは、声は聞こえても、だれの姿も見えないので、ものも言えず立っていた。 09:08サウロは地面から起き上がって、目を開けたが、何も見えなかった。人々は彼の手を引いてダマスコに連れて行った。 09:09サウロは三日間、目が見えず、食べも飲みもしなかった。 09:10ところで、ダマスコにアナニアという弟子がいた。幻の中で主が、「アナニア」と呼びかけると、アナニアは、「主よ、ここにおります」と言った。 09:11すると、主は言われた。「立って、『直線通り』と呼ばれる通りへ行き、ユダの家にいるサウロという名の、タルソス出身の者を訪ねよ。今、彼は祈っている。 09:12アナニアという人が入って来て自分の上に手を置き、元どおり目が見えるようにしてくれるのを、幻で見たのだ。」 09:13しかし、アナニアは答えた。「主よ、わたしは、その人がエルサレムで、あなたの聖なる者たちに対してどんな悪事を働いたか、大勢の人から聞きました。 09:14ここでも、御名を呼び求める人をすべて捕らえるため、祭司長たちから権限を受けています。」 09:15すると、主は言われた。「行け。あの者は、異邦人や王たち、またイスラエルの子らにわたしの名を伝えるために、わたしが選んだ器である。 09:16わたしの名のためにどんなに苦しまなくてはならないかを、わたしは彼に示そう。」 09:17そこで、アナニアは出かけて行ってユダの家に入り、サウロの上に手を置いて言った。「兄弟サウル、あなたがここへ来る途中に現れてくださった主イエスは、あなたが元どおり目が見えるようになり、また、聖霊で満たされるようにと、わたしをお遣わしになったのです。」 09:18すると、たちまち目からうろこのようなものが落ち、サウロは元どおり見えるようになった。そこで、身を起こして洗礼を受け、 09:19食事をして元気を取り戻した。サウロは数日の間、ダマスコの弟子たちと一緒にいて、 09:20すぐあちこちの会堂で、「この人こそ神の子である」と、イエスのことを宣べ伝えた。 09:21これを聞いた人々は皆、非常に驚いて言った。「あれは、エルサレムでこの名を呼び求める者たちを滅ぼしていた男ではないか。また、ここへやって来たのも、彼らを縛り上げ、祭司長たちのところへ連行するためではなかったか。」 09:22しかし、サウロはますます力を得て、イエスがメシアであることを論証し、ダマスコに住んでいるユダヤ人をうろたえさせた。


2020/11/29 待降節第1主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「イエス様の系図」 1.アブラハムからイエス様に至る42代にわたる人々の名前が列記された箇所である。新約聖書に関しては、次のようなことがよく言われる。それは、新約聖書を手に取りページを開いた沢山の人々が冒頭のこの名前の列記に辟易してしまい読むのをやめてしまうということである。多くの聖書解説者や説教者が、書物の書き始めとしてこれほどマイナスイメージを読者に与えるものはないだろうと言っている。しかしこの福音書を書いたマタイは、最もふさわしい書き始めだと考えてそのように記したのである。マタイは、ユダヤ人に対してイエス様がキリストすなわち救い主であることを宣べ伝えようとして、この福音書を記したと言われている。ユダヤ人にとって系譜とは、とても大事なものだった。私たちにとっては、延々と続くただの名前の羅列にしか見えないものが、彼らにとっては重要なものだったに違いないのである。そしてマタイは、イエス様がキリストであることについて疑問や疑いを抱いている人々を少しでも引き付けるためにこの系譜を記したのである。今流に言えばマタイは、この系譜をユダヤ人の心を捕らえるのに効果的なキャッチコピーとして書いたと言ってよいと思う。一体この系譜のどこがユダヤ人を引き付けるのであろうか。最もはっきりとした特徴は、ここにマリアを含めて5人の女性の名前が出てくるという点である。注解書によれば、そのようなことは普通のユダヤ人の家系図には、まずないことなのだそうである。さらには、その女性たちがみな、とても特徴的なのである。最初に出てくるはタマルは創世記の38章に登場する女性で、ヤコブの息子ユダの子の嫁だった。彼女は夫が次々と死んでしまったので、驚くことに神殿娼婦に身をやつし、夫の父のユダと関係を持ち、ペレッとゼラという双子を生んだ。ラハブはヨシュア記2章に出てくる女性である。彼女はエリコにスパイとしてやってきたイスラエル人を匿い助けた異邦の女性であり、やはり娼婦だった。6節後半のウリヤの妻のバテシバについては、後ほど触れる。ルツという女性もまたイスラエルと対関係にあったモアブ人の女性である。あげるべき女性なら、まず誰よりもアブラハムの妻サラでありイサクの妻リベカやヤコブの妻ラケルであろう。しかしなぜかこの系譜は、ただでさえ女性を入れるのが異例だというのに、わざわざそのような女性たちをあげている。ここにまず、これを読んだユダヤ人をキャッチする何かがあったに違いないのである。

2.もう1点、おそらくこれを読んだユダヤ人が興味をそそられる点があったのではないかと想像する。16節に「ヤコブはマリアの夫ヨセフをもうけた。このマリアからメシアと呼ばれるイエスがお生まれになった」とある。夫婦となったヨセフとマリアから、ごく普通にイエス様が生まれたのであれば、確かにこの系譜通りにアブラハムの血筋は、ヨセフの息子であるイエス様に引き継がれたということになる。しかし、この福音書を読むユダヤ人の誰もは、イエス様がとても不思議な形で誕生したということを知っていたのである。それをマタイは、18節以下において記さないわけにはゆかなかった。ヨセフとマリアが婚約関係にあったときに、普通ではない形でイエス様はマリアに宿った。「もしかしたら何か良からぬことの結果ではないのか」とは、当時の誰もが知っており、またささやいていた公然の事実だったようである。ヨセフでさえ密かにマリアを離縁しようと思ったほどだから、周囲の人々にどう受け取られていたかは想像に難くない。
 この系譜を16節まで読んでみて、なるほどヨセフまでは、途中にとんでもない女性たちがからんでいるとしても、アブラハム以来の、いちおう由緒正しい家系なのだということがわかる。しかしその血筋はイエス様にはどうつながっているのか。それをどうマタイは説明するつもりなのか。そもそもイエス様とヨセフの間に血のつながりがないのなら、延々と書かれたこの42代にも及ぶ系譜に何の意味があるというのか。私だったら、そのような突っ込みをいれる(批判をする、指摘をする)であろう。そういう意味においてユダヤ人は、心をつかまれるということがあったのではなかろうか。マタイが、果たしてどのような意図でイエス様と直接血のつながりのないヨセフに至る系図を記したのかということは、実のところはよくわからない。あくまで私の勝手な想像だが、確かに直接の血のつながりはないのだがヨセフであれば、一時は縁を切ろうとしたマリアを妻として迎え入れ、マリアに不思議な形で宿った子をわが子として受け入れ、育んだのではなかったか。ヨセフは血のつながったイエスの父ではないけれども、しかしいわゆる育ての親ではあり、それ以上に聖霊によって身ごもるという出来事を受容することのできた夫であり親なのであった。それがヨセフにできたのは、ヨセフひとりの力ではなく、ヨセフに至るまでの40代にも及ぶ歴史の積み重ねというものがあったからではなかろうか。一本の大木にたとえてみれば、アブラハム以来の根や幹・枝というものがあって、その先端につながっているのがヨセフなのであった。聖霊によって身ごもったマリアが受け入れられたのも、生まれたイエス様が子として育まれたのも、アブラハム以来の根や幹があってこそ、ヨセフにおける実りなのである。この系譜に連綿として受け継がれてきた養分のようなものがヨセフを通してイエス様を育み、イエス様をキリスト・救い主として結実させたのではなかろうか。そのようなことをマタイは、この系譜を記すことで伝えようとしたと私は感じるのである。

3.さてそれでは、アブラハム以来連綿と続くこの系譜の中で、ヨセフへと受け継がれ、イエス様をキリスト・救い主として育んだものとは何か。それは、1節の「アブラハムの子ダビデの子」という言葉に込められている。この42代に及ぶ家系に連綿として流れているものとは、このアブラハムとダビデに由来するものなのである。
 まずアブラハム、彼が神様からいただいたものは創世記12章1節以下の御言葉に現れていると思う。「主はアブラムに言われた。あなたは生まれ故郷、父の家を離れて、わたしが示す地に行きなさい。わたしはあなたを大いなる国民にし、あなたを祝福し・・・祝福の源となるように」とあった。祝福という言葉が、何度も繰り返されている。アブラハム以来イエス様に至るまで連綿として流れ続け、またイエス様においてそのピークに達したものとは、ひとことで言えば祝福なのだと思う。祝福、それは私たち人間がどのような災いや不幸の中に置かれてもそれに勝って、神様が私たちに良いものを与え私たちを幸いにしてくださるという力である。アブラハムがこの神様の語りかけを聞いたのは75歳の時だった。彼が75歳になってから、生まれ故郷や父の家を離れて見ず知らずの地に向かうという背景には、一体どんなことがあったのであろうか。きっと、祝福とは正反対の事情があったに違いない。
 しかしアブラハムは神様の言葉を聞き、その言葉を信じて、その苛酷な状況へと進んでいったのである。その後の彼の歩みや置かれた境遇は、決して祝福とは到底言えないものだった。なかなか跡継ぎに恵まれず、やっと生まれたイサクを危うく失うような体験をして生き延びてきたイサクは、よそ者としてパレスチナの地で度々嫌がらせを受けた。彼は旅人・寄留者として歩む他はなく、パレスチナで手に入れた土地は、妻サラを葬る一片の墓地にしか過ぎなかった。一体そのどこが祝福なのか。どこに祝福というものがあるのかといつも思う。しかし私は、彼が75歳になっても生まれ故郷や父の家を離れて、つまりこの世の関係の中だけに生きることから解き放たれて、目に見えない神様という存在との関係の中に、その言葉によって入ることができたことこそが祝福だと思うのである。
 おそらくは新型コロナウイルス禍の影響で20代と40代の女性の自殺率が昨年と比べて8割も増えていると報じられた。彼女たちはなぜ自死するのか。それもまたこの世という「生まれ故郷」しか知らないからなのである。それまで生きてきた「生まれ故郷」しか知らなければ、そこで生きる術を喪失すると、もはや自殺でもするしかなくなる。そのような私たちになくてはならないものは、たとえ75歳になっても神様の祝福の力を信じて、生まれ故郷・父の家を離れて、見ず知らずのところへ進んでゆけることなのである。そこにこそ祝福がある。文字通りの祝福などなくとも、神様の祝福を信じて生きて行けること自体が祝福なのである。ヨセフに流れ込み、イエス様をキリストとして育んだのは、これだと私は思う。

4.もうひとりはダビデ、彼を通してヨセフに流れ込みイエス様を育んだものも、同じように祝福と言ってよいであろう。それは特に罪の赦しという祝福だと言ってよいと思う。ダビデだけではなく、先ほどあげた女性たちにも、この罪の赦しという祝福が流れていると思う。娼婦に身をやつして義理の父と関係してその子を宿したタマルしかり、やはり娼婦だったラハブしかり、そして何よりもダビデが関係をもったウリヤの妻バテシバしかりである。16節後半でマタイは、わざわざ「ダビデはウリヤの妻によってソロモンをもうけ」と書いている。あえてウリヤの妻だった女性によって、つまり不倫という関係によってソロモンを生んだとマタイは言っているのである。しかしそこにあるのは単なる不倫ではなかった。ダビデは、バテシバが妊娠したとわかると、それを夫ウリヤとの子であるように偽装しようとした。しかしそれができないとわかると、ウリヤをわざと戦闘の激しい前線に送り、見殺しにさせて戦死させてしまったのである。ダビデのなしたこの罪は決してなかったことにはされなかった。罪の赦しとは、そうではないのである。ダビデは、おのれの犯したことの報いを幾重にも受けることになった。子ども同士が近親相姦を犯し、それを恨んだ兄弟同士が殺し合い、挙句の果ては父を恨んだ息子によってダビデは一時都を追われ、結果としてダビデはアブサロムという息子を死に追いやることになったのである。家族が血で血を洗うような、凄惨な結末だけが待っていたのである。
 しかしここにも祝福があった。ダビデは信仰の歌を幾つも残した(詩編)。罪そのものが帳消しになることはない。しかしその深い溝に神様がなぜかよいものをたたえてくださる。罪という深い溝から良き水が流れ出してきて人々を潤すのである。それが祝福なのである。私は、古くから噂されてきたように、たとえマリアに宿った子が聖霊によるものではなく、よからぬ行為の結果によるものであったとしても、それがイエス様の誕生としてふさわしくないものだとは私は思わない。アブラハムとダビデ以来、連綿として受け継がれてきた祝福・罪の赦しの恵みが、ヨセフとマリアを通してイエス様に結実したのである。祝福と罪からの解き放ちという恵みが、イエス様を通して私たちにも注がれるのである。

聖書:新共同訳聖書「マタイによる福音書 1章 1~17節」 01:01アブラハムの子ダビデの子、イエス・キリストの系図。 01:02アブラハムはイサクをもうけ、イサクはヤコブを、ヤコブはユダとその兄弟たちを、 01:03ユダはタマルによってペレツとゼラを、ペレツはヘツロンを、ヘツロンはアラムを、 01:04アラムはアミナダブを、アミナダブはナフションを、ナフションはサルモンを、 01:05サルモンはラハブによってボアズを、ボアズはルツによってオベドを、オベドはエッサイを、 01:06エッサイはダビデ王をもうけた。ダビデはウリヤの妻によってソロモンをもうけ、 01:07ソロモンはレハブアムを、レハブアムはアビヤを、アビヤはアサを、 01:08アサはヨシャファトを、ヨシャファトはヨラムを、ヨラムはウジヤを、 01:09ウジヤはヨタムを、ヨタムはアハズを、アハズはヒゼキヤを、 01:10ヒゼキヤはマナセを、マナセはアモスを、アモスはヨシヤを、 01:11ヨシヤは、バビロンへ移住させられたころ、エコンヤとその兄弟たちをもうけた。 01:12バビロンへ移住させられた後、エコンヤはシャルティエルをもうけ、シャルティエルはゼルバベルを、 01:13ゼルバベルはアビウドを、アビウドはエリアキムを、エリアキムはアゾルを、 01:14アゾルはサドクを、サドクはアキムを、アキムはエリウドを、 01:15エリウドはエレアザルを、エレアザルはマタンを、マタンはヤコブを、 01:16ヤコブはマリアの夫ヨセフをもうけた。このマリアからメシアと呼ばれるイエスがお生まれになった。 01:17こうして、全部合わせると、アブラハムからダビデまで十四代、ダビデからバビロンへの移住まで十四代、バビロンへ移されてからキリストまでが十四代である。


2020/11/22 降誕前第5主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「十字架の上の最後のお言葉」 1.福音書には、イエス様が十字架の上で7つの言葉を残したとある。マタイによる福音書とマルコによる福音書だけに記されているものは、「我が神、我が神、何ゆえ私をお見捨てになったのですか」という詩編22編の最初の言葉である。またルカによる福音書だけに記されたものは、「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです」「あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」「父よ、わたしの霊を御手に委ねます」の3つである。そして残りの3つは、ヨハネによる福音書だけに書かれたものである。いわばイエス様のダイイング・メッセージと呼ぶべき大切な言葉が、どうしてこれほどバラバラなのだろうかという素朴な疑問を私たちに抱かせる。確かな答えはわからない。それぞれの福音書を書いた著者、またその周囲にいた信者たちにとって、最も心に残る言葉が記されたということかもしれない。

2.さて、この聖書箇所でイエス様は、十字架のそばに立っていた母マリアと名前の記されていない一人の愛する弟子に向かって、「婦人よ、ご覧なさい。あなたの子です」「見なさい。あなたの母です」と語っている。十字架のそばにはイエス様の母マリアとその姉妹、そしてクロパという人の妻マリアとマグダラのマリアという4人の女性たち、そして男性はたったひとり、名前の書かれていないイエス様の愛する弟子がいた。伝統的には、この愛する弟子がこの福音書を書いたヨハネではないかとされている。彼は、このイエス様の遺言に従って母マリアを自分の家に引き取り、死ぬまで面倒を見たと言われている。
 この福音書の読者たち、即ちヨハネが牧会する教会の信者たちにとってイエス様の母マリアの存在は、とても大きなものだったに違いない。イエス様の兄弟、その中にはペトロの次に初代教会の指導者となってゆくヤコブもいたが、彼らではなく赤の他人であるところの自分たちの教会の指導者であったヨハネにイエス様が自分の母を委ねたのは、イエス様自身の遺言によることを説明するために、ここに書かれたのかもしれない。
 しかし、それ以上の意味が込められているのを感じる。「スターバト・マーテル」という一連の合唱曲の中の「立ち尽くす母」という意味のラテン語の言葉は、25節に描かれている十字架のそばに立つ母マリアに由来する。数多くの作曲家たちが、この箇所に触発されて曲を作ってきたという。十字架のそばに立ち尽くしていたのは、母マリアだけではなく、他の3人の女性たちもそうであった。またイエス様の愛する弟子もまた同じであった。しかし、その悲しみの極みに立ち尽くしていた者たちに、十字架の上からイエス様は、その悲嘆のどん底から新しいつながりが生じてゆくのだと語りかけて下さった。実の子を、また愛する師を失って同じ悲しみを抱く者同士が、そこから血のつながりを越えて新たなつながりへと生きはじめてゆけるのだと語りかけて下さったのである。十字架の悲しみの極みに立ち尽くすことから、新たなつながりが始まっていったのである。私たちが子を授かるということは、だからこそこの母マリアのように、母だけが味わねばならない悲しみを経験することでもある。しかし、その悲しみの体験は、それゆえに新しいつながりを生み出すものではないかと思う。私たちだれしもは、それぞれに与えられた十字架のかたわらで悲嘆にくれて立ちすくむ。しかし、イエス様の十字架からの言葉は、悲嘆にくれる私たちだからこそ新たなつながりへと立ち上がってゆけるのだと語りかけて下さる。

3.さて26節、イエス様は母マリアに「婦人よ」とまるで他人にかけるような、よそよそしいと感じられる言葉をかけている。しかし著者ヨハネは恐らくこの言葉をはっきりと意識して、ここであえて用いたのだと感じる。ヨハネは、イエス様の母に対するこの「婦人よ」というよそよそしい語りかけを、この福音書の中の別の箇所でも使っている。それはカナの婚礼でのブドウ酒の奇跡が描かれた箇所である(2章1節以降)。ブドウ酒が足りなくなり母マリアがイエス様に「ブドウ酒がなくなりました」と言ったときに、イエス様は「婦人よ、わたしとどんなかかわりがあるのですか。わたしの時はまだ来ていません」と答えている。
 その2章でイエス様が言われた「わたしの時」とは、まさにその十字架の時だという意味であった。ブドウ酒とは、私たちが人生を言祝ぎ喜んで生きるのに不可欠なものを象徴している。それが足りなくなる時がしばしばやってくる。足りなくなったブドウ酒は、どのように与えられるのであろうか。それは、十字架の悲しみの傍らに立ち尽くすことから始まるのである。おめでたい結婚式の場で与えられるものではなく、また実物としてのブドウ酒が直接与えられることではなく、十字架のそばに立ち尽くす者同士がこの世の血のつながりを越えて新たなつながりを作ってゆくことにこそある。だからこその「婦人よ」という言葉なのである。わざと血のつながりを越えた者を現す呼びかけとなる。実の母でも子でもなく、「あなたは、これからは赤の他人である者とのつながりの中でブドウ酒を見いだしてゆけるのですよ」と十字架の上からイエス様は約束して下さったのである。
 私たちクリチャンとは、イエス様の十字架のそばに、またそれぞれに科された十字架の傍らに立ち尽くす者たちなのである。私たちが立つのは、この世の人々が喜んでその傍らに立つものではない。むしろその反対に、十字架という誰もが厭い忌み嫌うものなのである。私たちは、他のどのようなところの傍らではなく、十字架の傍らにこそ立たねばならない。それがクリスチャンなのである。

4.イエス様の二つ目の言葉は「渇く」であった。28節には「すべてのことが成し遂げられたのを知り」この言葉を口にされたとある。30節の3つめの言葉も「成し遂げられた」である。二つ目の「渇く」ということと3つ目の「成し遂げられた」ということは深くつながっていることが感じ取れる。二つ目の「渇く」という言葉と3つ目の「成し遂げられた」は、一緒に考えてみたいと思う。
 成し遂げるということと渇くということは、相矛盾しているように思える。「成し遂げる」ということは、おおよそ「渇く」というような状態に置かれることとは正反対のところに置かれることのように思う。渇くことがない状態に置かれるのが成し遂げた状態なのである。しかしイエス様にとっては渇くことが成し遂げたことなのであった。いったい何を成し遂げたのであろうか。
 29節から30節には、酸いブドウ酒を浸した海綿がイエス様に差し出され、イエス様はその酸いブドウ酒を受け取って「成し遂げられた」と言って生きを引き取ったとある。私は、ここにまた先ほどのカナの婚礼の出来事におけるブドウ酒が出てくるのは決して偶然ではないように感た。十字架につけられ絶命するがゆえの苦しみ・喉の渇きから、決して上等のブドウ酒などではなく、もう酸っぱくなったブドウ酒であってもイエス様はそれを受けた。それは、詩編69編22節に「人はわたしに苦いものを食べさせようとし 渇くわたしに酢を飲ませようとします。」の成就だとも言われている。イエス様が飲まされたのは、ただの酸っぱいブドウ酒ではなく、わざわざ苦くしたものか、もしかすると毒さえ含ませたものだったのかもしれない。しかしそれが、イエス様にとっては、カナの結婚式でのブドウ酒と同じではなかったのかと思うのである。それこそが、足りなくなったブドウ酒なのであった。文字通りの最上のブドウ酒などとは正反対の、もう酸っぱくなり、もしかすると苦いものまで入れられているようなものを飲まされて、死のときの渇きを潤すのである。そのようにして、誰かが与えてくれた最低のブドウ酒を飲むのである。そういうありさまこそが、私たちの人生を言祝ぎ喜んで生きる上でのなくてはならないブドウ酒なのではなかろうか。そうしたありさまを厭うことなく受け入れるのである。「それを人生のゴールの姿として受け入れよ」と、イエス様は身をもって教えてくださったのではなかろうか。
 ヨハネは渇くという言葉を、とても大切なキーワードとして何度かイエス様の言葉として用いている。6章35節には「わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決して渇くことがない」と、7章37節には「渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい」とのイエス様の言葉が書かれている。「わたしのもとに来たなら決して渇くことはない」と言った当のイエス様が、十字架の上で渇くと言ったのである。その渇きを、イエス様は酸っぱいブドウ酒のような最低のもので癒そうとされた。「それが私の人生の完成なのだ、すべてが成し遂げられた姿なのだ」とイエス様は身をもって教えている。イエス様は、そのような姿を遺言・遺産として残したのである。
 そのイエス様の姿によって私たちの渇きは癒されるのではなかろうか。私たちが人生を成し遂げるのも、このようなものでよいのだと示される。そのゴールにはきっと渇きがあり、そこで差し出されるものと言えば酸っぱいブドウ酒のようなものでしかないのであろう。何も成し遂げられてなどいない、最上のブドウ酒に満ち足りて良きものに囲まれて満足な人生だったなどとは到底言えない人生の終わりかもしれないのである。しかし、その渇く人生こそが成し遂げられたものなのである。それでよいのである。イエス様がそのような姿を、母をはじめとする最愛の女性たちや愛する弟子に残したように、私たちもこの姿を、残された者たちに遺産として残してゆくのである。この私たちの姿が、残された者たちにとっての遺言・遺産となってゆくのではなかろうか。

聖書:新共同訳聖書「ヨハネによる福音書 19章 25~30節」 19:25イエスの十字架のそばには、その母と母の姉妹、クロパの妻マリアとマグダラのマリアとが立っていた。 19:26イエスは、母とそのそばにいる愛する弟子とを見て、母に、「婦人よ、御覧なさい。あなたの子です」と言われた。 19:27それから弟子に言われた。「見なさい。あなたの母です。」そのときから、この弟子はイエスの母を自分の家に引き取った。 19:28この後、イエスは、すべてのことが今や成し遂げられたのを知り、「渇く」と言われた。こうして、聖書の言葉が実現した。 19:29そこには、酸いぶどう酒を満たした器が置いてあった。人々は、このぶどう酒をいっぱい含ませた海綿をヒソプに付け、イエスの口もとに差し出した。 19:30イエスは、このぶどう酒を受けると、「成し遂げられた」と言い、頭を垂れて息を引き取られた。


2020/11/15 降誕前第6主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「サウル、王とされる」 1.この箇所には、イスラエルに最初の王様サウルが立てられてゆく経過と、その直後の様子が記されている。サウルは、サムエルによって王様として立てられた後も、「荷物の間に隠れて」いた(10章22節)。また10章27節には、「ある人々は、『こんな男に我々が救えるか』とあざ笑っている」と書かれている。11章には、そのようなサウルがある事件をきっかけにして人々から王様として歓迎されるようになった様子が描かれている。
 さて、9章と10章を読んで、改めて感じさせられるのは、サウルがサムエルと出会い、王様として立てられてゆくことについて、何とも回りくどい事前の紆余曲折と言ってもよい経緯が書かれているということである。サウルは、行方不明になった父キシュの数頭のロバを捜し求めるということである。その姿が延々と14節あたりまで書かれている。そのことがきっかけとなって、サウルがサムエルのもとにやってきた。そのとき、神様はサムエルにこう告げた。「わたしがあなたに言ったのはこの男のことだ。この男がわたしの民を支配する」と(9章17節)。9章2節には「サウルという息子があった。美しい若者で、・・・背が高かった」とあった。その後に、彼が父のロバを捜し歩くという物語などなくとも、すぐさま17節へとつながっていっても何の問題もないように思う。しかし延々と、いなくなった父のロバを捜し歩くサウルの姿が描かれている。サウルがいくら捜しても父のロバは見つからなかったので、神の人として有名であったサムエルのもとを訪ねることになる。そのようにしてサウルが、サムエルのもとを訪ねるきっかけとして延々とロバを捜すサウルの姿が描かれたのではないように私は感じる。そこにはもっと深い意味が込められているのではなかろうか。

2.サウルは、自分がイスラエルの最初の王様として神様によって選び立てられるなどとは、つゆほども知らなかった。ただただ父の命を受け、父の持ち物であるロバを捜し求めていたのである。9章21節でサウルは、サムエルに対して「わたしはイスラエルで最も小さな部族ベニヤミンの者ですし、そのベニヤミンでも最小の一族の者です」と語っている。また、10章の最後には、王として選ばれたにもかかわらず荷物の間に隠れ、人々から「こんな男に我々が救えるか」とあざ笑われる場面が描かれている。9章2節には「彼の美しさに及ぶ者はだれもいなかった」とあったが、彼自身はいろいろな劣等感を抱えていた若者であったのではなかろうか。そして、父とその息子という間柄の中でサウルは、あてがわれた役割を生きることに懸命だったのである。民族の中でも最小の者、「こんな男に」と周りから言われてしまうものをどこかに抱えて、ひたすら家族や社会的関係の中でしか生きる場を持ち得なかったひとりの若者の姿が、ここには描かれているのではないだろうか。
 9章から10章にかけて、サウルがロバを捜していることが長々と言及されている。9章20節には、サムエルがサウルに「三日前に姿を消したろばのことはもう一切心にかける必要はありません。もう見つかっています」と言ったと書かれている。王として選び立てる儀式である油注ぎが終わった直後、イスラエル民族の母であるとも言ってよいラケル(ヤコブの妻)の墓の傍らで会った二人に、「あなたが見つけようとしたろばは見つかりました」と声をかけられている(10章2節)。10章14節以下にも、サウルのおじとサウルとの間に、またろばをめぐる会話がなされていることが記されている。どれほどサウルにとって、いなくなってしまった父のろばを捜すことが大事であったかが、それがその心を占めることであり人生の一大事であったかを物語っているのである。しかし、ろばそのものは、サウルがどれだけに捜しても見つからない。他方で、なぜか「もう見つかった」と言われてしまう。「見つからないろばのことは、もう心にかけることはない。もう捜し求めることはない」と言われてしまう。

3.こうした一連の物語から、私たちは様々な語りかけを聞くように思う。私たちもサウル同様、家族や現在自分が置かれた社会的関係の中で、捜すように命じられたロバを捜し歩いているのではないだろうか。過去がそうであったならば、これからの未来も同じであろう。今は今で、その置かれている関係の中で必死に捜し求めているロバがある。その関係の中で捜すように求められ、また自分自身も、それが見つからなければだめなのだと思っている。それは健康であったり老いにあらがう強さであったり様々である。しかし、その捜しているものは、なかなか見つからない。他方、もう実は「見つかっている」ものでもある。そのロバは、9章20節にあるように「三日前に姿を消したろば」であって、もう一切心にかける必要はないものなのである。私たちが今、懸命に捜しているものは、実は「三日前に姿を消したろば」なのである。もう気にかける必要など一切ないろばを捜し求めて右往左往している私たちなのかもしれない。
 いつかこの世を去って神様のみもとに召されたときには、一体この世において気にかけ、それが見つからなければだめだと必死に捜し求めていたろばの数々は何だったのかと思うのであろう。土の器を離れてしまえば、その器における強さばかりを捜し求めていたのは「三日目前のろば」に過ぎなかったとわかる。文字通りの王様として選び立てられるということではない。しかし、今の私たちには全く知り得ない何か、いつか神様から与えられる役割や歩みというものが備えられている。それからすれば、今私たちが必死になって捜し求め確保しようとしているものは「三日目前のロバ」に過ぎないのである。私たち自身にはわからない人生の秘密が、神様によって備えられているのではないだろうか。そうだとすれば、今捜し求めているものが見つからないからといって、その人生を見限る必要などないのである。

4.さて、そのようなことからするとサウルや私たちが、その時々の人生において懸命にロバを捜したのは無駄なのであろうか。しかし決してそうではないと私は思う。それが無駄ではないからこそ聖書は、ロバを捜すサウルの姿をそれほどまでに記しているのである。そしてその意義とは、いくらロバを捜しても見つからないから、それではじめて神の人と呼ばれているサムエルを頼ることになる。それまで全く関係のなかった神様という存在とかかわりを持つようになるのである。
 「三日前に姿を消したろば」とあった。ということは、サウルは三日間にわたってろばを捜していたのである。三日というのは聖書においては極めて象徴的な数字である。それは彼がその生涯をかけて最も大事なものを捜し求めるという旅路を表している。9章6節でサウルの供の若者が「(神の人サムエルのもとに行けば)わたしたちの進むべき道について、何か告げてくださるでしょう」と語っていた。彼らが捜し求めていたのは、実は単なるロバではなく、もっと根源的な人生の進むべき道であったことを指し示している。そうであればこそ、ロバそのものは見つからずとも、サウルがサムエルと出会い、神様がサウルに与える働きを指し示されることによって、捜していたものはもう見つかったと語りかけられるのではないだろうか。
 その時々の人生において、たとえそれが「三日前のロバ」になってしまうとしても、懸命にそれを捜し求めることに意義がある。その時々にロバを懸命に捜し求め、「いやこれではない。これは私の捜し求めているものではない」と感じるからこそ、私たちはサウルのように神の人へと導かれてゆくようになる。神様を求めるようになるのである。

5.私たちが生涯を通して、また生死を越えて捜し求めるべきものが何であるのか、そしていつか神様によって与えられるべきものが何であるのか、それがまたとても象徴的に描かれているのが10章2節以下だ思う。
 サムエルによって油を注がれた(油を注ぐとは原文のヘブル語ではマーシャフ、そこから救い主・キリストを意味するメシアという言葉が生まれた)サウルに、3つの出来事が起きることが告げられた。一つ目は、ヤコブの最愛の妻であったラケル(サウルの属するベニヤミン族の生みの母)の墓の傍らで不思議な二人に会うことである。イエス様が復活した時に、空っぽの墓にいたのは神様の使いだった。そのことと、この二人がオーバーラップする。彼らはサウルに「捜していたろばはもう見つかった」と語る。言い方を変えれば、あなたが捜すべきものは他にあるということになる。イースターの朝、御使いは墓に来た女性たちに「なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか」と語りかけた(ルカによる福音書24章5節)。それと同じようにラケルの墓の傍らで神様の使いらしき者がそのように語りかけたということは、「ただこの世に肉体をもって生きているという尺度だけで捜し求めるのではなく、この世の体を失って墓に入ったとしても、あなたにとって大事なものを捜し求めよ」との語りかけだと思うのである。墓に入っても失われない何かを探し求めよということである。
 そのことは何かを示唆している。二つ目と三つ目の出来事それであると感じる。サウルは、ベテルに神様を礼拝しにゆく途中の3人の男に出会う。それぞれは子ヤギ3匹、パン3個、ぶどう酒1袋を持っていた。彼らはサウルに挨拶をして、サウルにパン2個を与える。3人の持ち物は、神様にお供えする献げ物だったが、なぜサウルはそれらの中からパン2個のみをもらうことになったのか。昔話には、2つとか3つとかのアイテムの内からどれを選ぶかというモチーフがよくある。神様の使いはサウルに3人の差し出した贈り物のうち一番少ないものを受け取れと教えたのかもしれない。それがあなたにとって大事なことだと教えてくれたのではないだろうか。私たちは、より多くの物を捜し求めてしまう。それがなければ生きられないと思っている。しかしそれこそが三日前のロバなのである。この世の器を離れて墓に招き入れられ神様のみもとで生きるようになった私たちには、それらはもう必要のないものなのである。神様のみもとに召された私たちは、たったパン2個で養われ得る者となるのである。しかもそれは自分で得るパンではなく、誰かが与えてくれるものなのである。
 最後の出来事は、神様の霊が与えられて「別人のようになる」ということである。サムエルは「これらのしるしがあなたに降ったら、しようと思うことは何でもしなさい。神があなたと共におられるのです」とサウルに告げた。そして「神はサウルの心を新たにされた」と9節にある。ひたすらこの世においては、置かれた立場や間柄の中であてがわれた役割にひたすら奔走する私たちである。「しようと思うことを何でも」できるなどとは対照的な歩みである。そのような私たちが、神様のみもとでは、神様からの霊を与えられて新しくされ別人のようになり、したいと思うことは何でもできるようになるのである。

聖書:新共同訳聖書「サムエル記(上) 9章 17節~10章 27節」 09:17サムエルがサウルに会うと、主は彼に告げられた。「わたしがあなたに言ったのはこの男のことだ。この男がわたしの民を支配する。」 09:18城門の中でサウルはサムエルに近づいて、彼に言った。「お尋ねしますが、先見者の家はどこでしょうか。」 09:19サムエルはサウルに答えた。「わたしが先見者です。先に聖なる高台へ上って行きなさい。今日はわたしと一緒に食事をしてください。明朝、あなたを送り出すとき、あなたの心にかかっていることをすべて説明します。 09:20三日前に姿を消したろばのことは、一切、心にかける必要はありません。もう見つかっています。全イスラエルの期待は誰にかかっているとお思いですか。あなたにです。そして、あなたの父の全家にです。」 09:21サウルは答えて言った。「わたしはイスラエルで最も小さな部族ベニヤミンの者ですし、そのベニヤミンでも最小の一族の者です。どんな理由でわたしにそのようなことを言われるのですか。」 09:22サムエルはサウルと従者を広間に導き、招かれた人々の上座に席を与えた。三十人ほどの人が招かれていた。 09:23サムエルは料理人に命じた。「取り分けておくようにと、渡しておいた分を出しなさい。」 09:24料理人は腿肉と脂尾を取り出し、サウルの前に差し出した。サムエルは言った。「お出ししたのは取り分けておいたものです。取っておあがりなさい。客人をお呼びしてあると人々に言って、この時まであなたに取っておきました。」この日、サウルはサムエルと共に食事をした。 09:25聖なる高台から町に下ると、サムエルはサウルと屋上で話し合った。 09:26彼らは朝早く起きた。夜が明けると、サムエルは屋上のサウルを呼んで言った。「起きなさい。お見送りします。」サウルは起きて、サムエルと一緒に外に出た。 09:27町外れまで下って来ると、サムエルはサウルに言った。「従者に、我々より先に行くよう命じ、あなたはしばらくここにいてください。神の言葉をあなたにお聞かせします。」従者は先に行った。 10:01サムエルは油の壺を取り、サウルの頭に油を注ぎ、彼に口づけして、言った。「主があなたに油を注ぎ、御自分の嗣業の民の指導者とされたのです。 10:02今日、あなたがわたしのもとを去って行くと、ベニヤミン領のツェルツァにあるラケルの墓の脇で二人の男に出会います。二人はあなたに言うでしょう。『あなたが見つけようと出かけて行ったろばは見つかりました。父上はろばのことは忘れ、専らあなたたちのことを気遣って、息子のためにどうしたらよいか、とおっしゃっています。』 10:03また、そこから更に進み、タボルの樫の木まで行くと、そこで、ベテルに神を拝みに上る三人の男に出会います。一人は子山羊三匹を連れ、一人はパン三個を持ち、一人はぶどう酒一袋を持っています。 10:04あなたに挨拶し、二個のパンをくれますから、彼らの手から受け取りなさい。 10:05それから、ペリシテ人の守備隊がいるギブア・エロヒムに向かいなさい。町に入るとき、琴、太鼓、笛、竪琴を持った人々を先頭にして、聖なる高台から下って来る預言者の一団に出会います。彼らは預言する状態になっています。 10:06主の霊があなたに激しく降り、あなたも彼らと共に預言する状態になり、あなたは別人のようになるでしょう。 10:07これらのしるしがあなたに降ったら、しようと思うことは何でもしなさい。神があなたと共におられるのです。 10:08わたしより先にギルガルに行きなさい。わたしもあなたのもとに行き、焼き尽くす献げ物と、和解の献げ物をささげましょう。わたしが着くまで七日間、待ってください。なすべきことを教えましょう。」 10:09サウルがサムエルと別れて帰途についたとき、神はサウルの心を新たにされた。以上のしるしはすべてその日に起こった。 10:10ギブアに入ると、預言者の一団が彼を迎え、神の霊が彼に激しく降り、サウルは彼らのただ中で預言する状態になった。 10:11以前からサウルを知っていた者はだれでも、彼が預言者と一緒になって預言するのを見て、互いに言った。「キシュの息子に何が起こったのだ。サウルもまた預言者の仲間か。」 10:12そこにいた一人がそれを受けて言った。「この人たちの父は一体誰だろう。」こうしてそれは、「サウルもまた預言者の仲間か」ということわざになった。 10:13サウルは預言する状態からさめると、聖なる高台へ行った。 10:14サウルのおじがサウルと従者に言った。「お前たちはどこへ行っていたのだ。」サウルは答えた。「ろばを捜しに行きましたが、見つからなかったので、サムエルのもとに行きました。」 10:15サウルのおじは言った。「サムエルがお前たちに何と言ったか、話しなさい。」 10:16サウルはおじに答えた。「ろばは見つかったと教えてくれました。」だがサウルは、サムエルの語った王位のことについては、おじに話さなかった。 10:17サムエルはミツパで主のもとに民を呼び集めた。 10:18彼はイスラエルの人々に告げた。「イスラエルの神、主は仰せになる。『イスラエルをエジプトから導き上ったのはわたしだ。わたしがあなたたちをエジプトの手から救い出し、あなたたちを圧迫するすべての王国からも救い出した』と。 10:19しかし、あなたたちは今日、あらゆる災難や苦難からあなたたちを救われたあなたたちの神を退け、『我らの上に王を立ててください』と主に願っている。よろしい、部族ごと、氏族ごとに主の御前に出なさい。」 10:20サムエルはイスラエルの全部族を呼び寄せた。ベニヤミン族がくじで選び出された。 10:21そこでベニヤミン族を氏族ごとに呼び寄せた。マトリの氏族がくじで選び出され、次にキシュの息子サウルがくじで選び出された。人々は彼を捜したが、見つからなかった。 10:22そこで、主に伺いを立てた。「その人はここに来ているのですか。」主は答えられた。「見よ、彼は荷物の間に隠れている。」 10:23人々は走って行き、そこから彼を連れて来た。サウルが民の真ん中に立つと、民のだれよりも肩から上の分だけ背が高かった。 10:24サムエルは民全体に言った。「見るがいい、主が選ばれたこの人を。民のうちで彼に及ぶ者はいない。」民は全員、喜び叫んで言った。「王様万歳。」 10:25サムエルは民に王の権能について話し、それを書に記して主の御前に納めた。それから、サムエルはすべての民をそれぞれの家に帰した。 10:26サウルもギブアの自分の家に向かった。神に心を動かされた勇士たちは、サウルに従った。 10:27しかしならず者は、「こんな男に我々が救えるか」と言い合って彼を侮り、贈り物を持って行かなかった。だがサウルは何も言わなかった。


2020/11/08 降誕前第7主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「エチオピアに福音が伝わる」 1.エチオピアからエルサレムに礼拝をささげるためにやってきたある人が、その帰り道の途中でフィリポという伝道者に出会い、彼がフィリポの導きによってイエス様を信じ洗礼を受けた様子が記された箇所である。この出会いをきっかけにして、キリスト教は、はるかアフリカ大陸にまでもたらされることとなった。このエチオピア人が、そのスタートになったかどうかは定かではないが、エチオピアにはアフリカで最古のキリスト教会がたてられることになったのである。おそらく今でもエチオピアは、アフリカの中で最もキリスト教が根付いている地域ではないだろうか。
 そのようなフィリポとエチオピア人との出会いは、決してフィリポ自身の企てやエルサレム教会の伝道計画の結果として起きたものではなかった。26節はじめに「さて、主の天使はフィリポに『・・・行け』」と言った」とある。フィリポがエチオピア人に会ったのは、あくまで主の天使の導きの結果だった。神様自身の導きによるものだったのである。それが、どれほどフィリポ自身やエルサレム教会の計画とかけはなれていたかが26節や27節を読むと浮かび上がってくる。
 26節最後には「そこは寂しい道である」とある。この訳ではガザという町に至る道が寂しい道だとなっているが、原文では、ガザという語が「寂しい・荒れ果てている」という意味にもとれるようである。ある解説によれば、もともとのガザの町は紀元前93年に破壊されてしまっていて、その頃には別の場所に新しいガザの町が建てられていたとのことである。主の天使はフィリポに、わざわざ廃墟になっていたガザの町か、あるいはその廃墟の町に至る道へ行けと言ったのである。それはどう考えてもフィリポ自身が、またサマリアにペトロとヨハネを派遣したエルサレム教会が考えることとは正反対の道ではなかろうか。
 さらには、出会った人というのが、エルサレムからはるか1000キロ以上も遠く離れたアフリカのエチオピアの人で、そこの女王に仕える宦官だったというのである。私たちが伝道をしようとするとき、まずはそのような遠くから来ている人に積極的に関わろうとはしないであろう。また、最大の問題はその人が宦官であったということである。それは、女王に仕えるために男性器を切り取ってしまった役人のことである。イスラエル人は、そうした人々を自分たちの正規な同胞とは見なしてはいなかった(例えば申命記23章2節には「睾丸のつぶれた者、陰茎を切断されている者は主の会衆に加わることはできない」とある)。だすから、エルサレム教会は勿論のこと、たとえギリシャ語を話すグループといえど、やはりユダヤ人であったフィリポが関わろうとする相手では決してなかったのである。しかし神様は、決してフィリポやエルサレム教会が関わろうとしなかったような人と出会わせたのである。そのスタートは「寂しい(もしくは荒れ果てた町)へ行け」という神様の導きだった。

2.私たち伝道者は、その歩みが私たち自身の考えや企てではなく、神様自身によって導かれるものでありたいと願っている。それによってこそ、福音が私たちの枠や壁を越えて思いもかけないところへと伝わってゆくのだと思う。また、それだけではなく、そこにこそ私たち伝道者の何よりもの喜びがもたらされるのだと感じるのである。
 39節に、「主の霊がフィリポを連れ去った。宦官はもはやフィリポの姿を見なかったが、喜びにあふれて旅を続けた」とある。40節に、ほんの短くその後のフィリポの様子が書かれている。その後、使徒言行録において彼の姿が直接言及されることはない(ただ21章8節に、カイザリアに行ったパウロの一行が彼の家に泊まったという記述がある。フィリポには預言をする4人の娘がいたとのことである)。ひとりのエチオピア人が喜びにあふれて生きるようになったということが、伝道者フィリポの働きの最後の収穫・実として語られている。私たち伝道者の何よりの実りは、私たちがいなくなった後も、福音を信じ洗礼を受けてクリスチャンとなった人々が喜びにあふれてその後の人生を生きて下さることである。信徒の喜びが私たちの喜びなのである。そのような収穫・喜びが与えられたのは、他でもなくフィリポが主の天使によって寂しい道・荒れ果てた町へと導かれたことによってなのである。
 そうした伝道者の喜びというものは、信徒の皆さんの喜びでもあるのではないかと思う。信徒の皆さんの喜びも、皆さんが主の霊によって連れ去られ(天に召され)、残された伴侶や子に皆さんの姿が見えなくなった後も、残された者たちが喜びにあふれてその後の旅を続けられることではなかろうか。それは、その人々が福音を信じる者となることである。そしてそのために大事なことは、私たちが神様によって導かれて寂しい道・荒れ果てたところへ行くことなのである。

3.残念ながら私たちには、このフィリポに起きたようには、主の天使が直接「・・・へ行け」と言って下さるといったとはおこらないであろう。しかし、様々な出来事や、ある客観的な導きとして、「寂しい道・荒れ果てた町へ行け」という促しというものはあるのではなかろうか。
 来年65歳になる私である。牧師生活40年の区切りまであと5年、今後どのように歩むのが神様の導きに沿うものかということをよく考えるようになった。まさにフィリポと同じく、神様によって連れ去られる時も近づいているのだから、ますます強く、私の思いではなく神様の導きに沿いたいと切に願っている。神様の導きに沿って歩むからこそ、伝道者としての最後が喜びに満ちたものとなるのだと確信させられるのである。そこで、神様が直接的に「・・・へ行け」とおっしゃることはないにしても、「寂しい道・荒れ果てた町へ行け」という導き・招きが、ある客観的な出来事を通して示唆されることがあるのではなかろうか。9月で無牧になってしまった石岡教会の代務者としてのご奉仕も、そのような導きの現れだとしみじみ思う。
 こうしたことが信徒の皆さんにもあるのだと感じる。このエチオピアからの宦官のように、きっと皆さんの周りにも「寂しい道・荒れ果てた町」のような状態の人がおられると思うのである。私たち伝道者は、どこへでもこのフィリポのように導かれてゆく。しかし信徒の皆さんはそうではなく、居を構えてずっと住まわれることが多いと思う。そのような中で何が、神様の導きなのか。それは、何らかの寂しさや荒れ果てたものを抱えた人に関わってゆくことだと思うのである。その人は、このエチオピアの宦官のようには、出会ったそのときに聖書を読みイエス様を求めているというようなことはないかもしれない。29節の「あの馬車と一緒に行け」という言葉は、原文では「にかわでくっつくように」というニュアンスの言葉が使われているそうである。そのようにして長く人生の歩みを共にする中で、その人がこのエチオピアの宦官のように深い魂の乾きを覚えて神様を求めるようになるかもしれないのである。そのとき、先に信者となった私たちたちが、その人のそばにいるということが大事なのである。その人がイエス様を信じるようになり、喜びにあふれて生きるようになったならば、そのことは皆さんの喜びとなるのである。

4.では、このエチオピア人の宦官は、どのように「寂しい道・荒れ果てた町」のような状態であったのか。それはこの人がはるか1000キロを越える道を、ものともせずエルサレムまで礼拝をささげにやってきていたこと、そしてまた当時とても高いお金を出さなければ決して手に入れることなどできなかったイザヤ書の写本を読んでいたことに滲み出ているのだと思う。
 なぜこれほどまでに神様を求めていたのであろうか。彼が読んでいたイザヤ書の箇所は旧約聖書において、生まれたばかりのキリスト教会でイエス様がキリスト・救い主となることが預言されている聖書では最も有名になりつつあったところ―イザヤ書52章13節から53章の最後までの『苦難のしもべの歌』と呼ばれている箇所―であった。彼はフィリポに「預言者はだれについてこう言っているのですか。自分についてですか。だれか他の人についてですか」と聞いたことから、このエチオピア人の宦官が何よりも求めていたのは、この「苦難のしもべ」といわれる存在だったとわかる。

 4節から5節には次のように記されている。「彼が担ったのはわたしたちの病。彼が負ったのはわたしたちの痛みであった。・・・彼が刺し貫かれたのは私たちの背きのためであり、彼が打ち砕かれたのはわたしたちの咎のためであった。彼の受けた懲らしめによってわたしたちに平和が与えられ、彼の受けた傷によってわたしたちはいやされた。」と。その箇所を彼が熱心に読み、そこで記されている不思議な存在を切に求めていたということは、この宦官がどこかで傷や病や痛みや咎というものを抱えていたことを示している。それゆえの「寂しい道・荒れ果てた町(魂・心)」ではなかったかと思うのである。
 それがどのような傷や痛みや咎であったかは想像するのみである。王女の全財産を管理する者となるためには、恐らく様々なことにも手を染めざるを得なかっただろうと思う。そのためにまずやらねばならなかったのは、自らの性器を切除するということであった。しかし、彼が切り落としたものは、それに止まらなかったのではないだろうか。他の人の多くのものを切り落としてこの立場に上り詰めたのではなかったか。そこにこそ彼の病があり痛みがあり傷があり罪・咎があったので、その敬し・癒しを彼は求めていたに違いない。
 彼と同様に私たちは、赦しというものを必要としているのではなかろうか。なぜなら私たち誰もが、この宦官と同じように自分自身や誰かの大切な部分を切り落としてしまっているからである。赦しとは、なした悪や咎を、なかったことに帳消しにするものでは決してない。ダビデが不倫相手のバテシバの夫ウリヤ―バテシバが妊娠し不倫がばれそうになると、それを隠すために夫ウリヤを戦争の最前線に送り、部下に見殺しにさせた―にしたことは、決してなかったことにはされなかった。赦しとはそういうことではなく、その罪・咎を含めたダビデの人生が、それでも意味あるもの・何か良いことを生み出すものとして用いられてゆくということなのである。むしろ罪咎・悪を犯した人生だからこそ、神様によって良い働きをする意味ある生涯として用いられてゆくことなのである。聖書に登場する人々は皆、そのような罪咎を抱え、その人生を良きものに変えられた人々なのである。モーセ、ダビデ、ペトロ、パウロ、皆が直接的・間接的な殺人者であった。私たちも、ある意味どこかでそうではないだろうか。この宦官のように大切な何かを欲得と引き換えに切除してしまった存在ではなかろうか。だから私たちには赦しが不可欠なのである。そしてそれは神様にしかできない。決して人間にはできないものなのである。
 それを与えてくださるのが、十字架にかけられたイエス様だとフィリポは語ったのであろう。神様は、私たちが十字架にかけられたイエス様を信じ、イエス様の十字架の死につなげられ、その死の犠牲・痛み・傷にあずかることによって、私たちの罪咎を良き働きをするものへと変えたもうのである。イエス様につながっていると、イエス様は、決してなくならない罪咎・病を良き働きをするものへと変えて下さる。今の時代社会は本当に多くの人々が、このエチオピアの宦官のように自分自身の、まただれかの大切な部分を切除してしまい、荒れ果てた心・魂を抱えているのである。そこにかかわってゆくことで、その人々に喜びをもたらし、それがまた私たちの喜びとなるのだと教えられる。

聖書:新共同訳聖書「使徒言行録 8章 26~40節」 08:26さて、主の天使はフィリポに、「ここをたって南に向かい、エルサレムからガザへ下る道に行け」と言った。そこは寂しい道である。 08:27フィリポはすぐ出かけて行った。折から、エチオピアの女王カンダケの高官で、女王の全財産の管理をしていたエチオピア人の宦官が、エルサレムに礼拝に来て、 08:28帰る途中であった。彼は、馬車に乗って預言者イザヤの書を朗読していた。 08:29すると、“霊”がフィリポに、「追いかけて、あの馬車と一緒に行け」と言った。 08:30フィリポが走り寄ると、預言者イザヤの書を朗読しているのが聞こえたので、「読んでいることがお分かりになりますか」と言った。 08:31宦官は、「手引きしてくれる人がなければ、どうして分かりましょう」と言い、馬車に乗ってそばに座るようにフィリポに頼んだ。 08:32彼が朗読していた聖書の個所はこれである。「彼は、羊のように屠り場に引かれて行った。毛を刈る者の前で黙している小羊のように、 口を開かない。 08:33卑しめられて、その裁きも行われなかった。だれが、その子孫について語れるだろう。彼の命は地上から取り去られるからだ。」 08:34宦官はフィリポに言った。「どうぞ教えてください。預言者は、だれについてこう言っているのでしょうか。自分についてですか。だれかほかの人についてですか。」 08:35そこで、フィリポは口を開き、聖書のこの個所から説きおこして、イエスについて福音を告げ知らせた。 08:36道を進んで行くうちに、彼らは水のある所に来た。宦官は言った。「ここに水があります。洗礼を受けるのに、何か妨げがあるでしょうか。」 08:37*フィリポが、「真心から信じておられるなら、差し支えありません」と言うと、宦官は、「イエス・キリストは神の子であると信じます」と答えた。 08:38そして、車を止めさせた。フィリポと宦官は二人とも水の中に入って行き、フィリポは宦官に洗礼を授けた。 08:39彼らが水の中から上がると、主の霊がフィリポを連れ去った。宦官はもはやフィリポの姿を見なかったが、喜びにあふれて旅を続けた。 08:40フィリポはアゾトに姿を現した。そして、すべての町を巡りながら福音を告げ知らせ、カイサリアまで行った。


2020/11/01 聖霊降節第23主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「艱難を受くれども窮せず」 1.説教題を「艱難を受くれども第せず」とさせていただいた。「艱難」の「艱」には「患者」の「患」がよく使われる。意味としては「なやみ」とのことである。ちなみに文語訳聖書には、8節から9節に「われら四方より患難(なやみ)を受くれども窮せず、為方(せんかた)尽(つ)くれども希望(のぞみ)を失わず、責めらるれども棄てられず、倒さるれども亡(ほろ)びず」とある。
 なぜ艱難を受けても窮しないのか。パウロは「土の器の中に宝を持っているから」だと語っている。土の器とは、旧約聖書の創世記には、神様が私たち人間を土の塵から造られたということが書かれている。土の塵から造られた器なので、艱難に合い為方尽きてしまうことがあり、倒されてしまう者でなのある。しかし、土の器の中に宝を持っているので、窮してしまうことも望みを失うことも滅びることもないのである。
 本日お集まりいただいた召天者遺族の皆様の脳裏には、召されていった方々の最後の様子が今でも焼き付いておられることと思う。その姿はきっと、病のため、また死の苦しみや痛みのために窮し、希望を失ってしまったかのように見えたかもしれない。生き残った者にとっては、死んでいった者のありさまは、どうしてもそのように見えてしまう。「どれほど辛かったことか」「難儀であったろうか」と思い起こすしかないのである。しかし、今日の聖書の御言葉は告げている。召された者たちは、実は艱難を受けても窮してはおらず、希望を失ってはいなかったのだと。それは、倒れ伏していたような状態の中にも宝があったからである。その宝によって支えられ、滅びてしまうことがなかったのである。私たちも、いずれ同じ道をたどらざるを得ないが、しかし、決して窮することはなく、望みを失わないのだということを心に刻みたいと思う。

2.それでは、土の器の中に与えられた宝とは何なのか。その宝とは、私たちが神様によって土の器として造られたこと自体にある。改めて創世記2章6~7節にかけて読んでみたい。「しかし、水が地下からわき出て土の面をすべて潤した。主なる神は、土の塵で人を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった」とある。
 私たちが土の塵から造られたということに、どのような宝が与えられているのだろうか。3つの宝があるように思う。まず最初のそれは、私たち人間が土ととても近しいものだということにある。6節には、水が地下からわき出て土の面を潤していたとある。だからこそ、神様が土を手に取ったときに、その土は、ぱさぱさに乾き切ってはおらず潤っていたのである。それゆえ神様は、潤っていた土の塵から私たちを形作ることができたのである。私たちは、こうして人として生きていて、もうすっかり土などとは無関係だと思い込んでいるが、実は土ととても近しい存在なのである。土が潤っていれば私たちも潤っているのである。そのように大地と連動している。決して大地と切り離されてはいない。そこにこそ私たち土の器である人間の宝があるのではなかろうか。
 この宝は、7節に、私たちから出たものではない、並外れて偉大な神様の力を与えてくださるとある。私は今回のコロナ禍で、改めて私たちが土と近しい存在であるゆえの力というものを感じた。それは、私だけではなく、多くの人たちが、ラジオ等にその思いを投稿したり、新聞の短歌や俳句の中に歌い詠んだりしていた。緊急事態宣言が出された頃、私たち人間だけがコロナ・コロナと騒ぎ立ち不安におののいていたが、窓から見る自然の光景は全くいつもの春と変わってはいなかった。木々は芽吹き、花は咲き、青葉が繁っていった。投稿には、自分もそのような自然の一部であるのを感じて慰められたとあった。私も全く同じ思いを感じていた。もしかしたら私も、新型コロナウイルスにかかって死んでしまうやもしれない。しかし冬枯れの大地が、このように芽吹き、花を咲かせるように、必ずや私たちもそうなるのである。なぜなら私たちも、この自然の一部だからである。土の塵から造られ、水で潤っている土から造られたということはそういうことなのである。大地がこうであるならば、その大地から造られた私たちも同じなのである。それは決して私たち自身から出たものではない偉大な神様の力なのである。それは、神様が幸いにも私たちを土の塵から造ってくださったということ自体に込められている宝ではなかろうか。そのことから私たちには、神様の偉大な力が与えられているのである。

3.このような神様の力とは対照的に、「私たちから出た」力というものを考えさせられる。私たちが、艱難の中に置かれたときに拠り頼もうとするのは、私たち自身から出てきた力であり、人間からの力である。ではその力とはいかなるものなのか。土の器ということから言えば、とにかく土からできるだけ自分を遠ざけようとする力ではなかろうか。自分が土の器であることをできるだけ否定し、土の器を様々な金属や部材で補強し覆おうとするのである。
 私は一昨年の冬に糖尿病であることがわかった。しかし翌年の秋ごろには安定してきて、主治医が糖尿病専門病院から近所の医院の医師にかわることができた。その先生からは、この状態では治ったというしかないと言われた。医者は、とにかくあれやこれやと検査をしたがる。土の器である私たちの、その経年劣化によるひびや割れを懸命に見つけようとする。勿論定期的な血液検査や尿検査はうけるが、それ以上の検査は、何か自覚症状がない限り無用だと私は思っている。しかし医者は、なかなかそのような考えを受け入れてくれない。とにかく医者は土の器にある小さなひびや割れを見つけようとするのである。しかしひびや割れがあるのは、そもそも私たちが土の器として大地に近しい存在として造られたがゆえに避けられないことではなかろうか。どう接着剤でくっつけたとしても、また何かの材料で補修したとしても、どうにもならない部分があるのではないだろうか。
 今日は、このあと墓前礼拝に向かう。過日の敬老祝福日礼拝でのヨブの言葉が浮かぶ。「私は裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう」とヨブは言った。裸で、というのは土の塵ということと同じであろう。神様が私たちの人生として引いてくださった道筋というのは、土の塵から出て土の塵に帰るという歩みなのである。そこをたどることにこそ私たちに与えられた宝があり、神様からの力がある。そこを外れて、土の塵から遠ざかり、それを否定しようとすることには宝はない。「私たちから出た力」ならばあるだろうが、しかしそれは本当に私たちを支える力にはならないのである。なぜなら、それは神様が私たちに定めた真実の道筋からはずれているからである。土の器を否定し、遠ざかろうとして発揮される私たちの力は、決して私たちを幸いにはしないと思うのである。

4.さて第2番目の宝は、やはり土の器ということと深くからんでいる。私たち人間の創造が描かれた創世記のもうひとつの箇所である1章を読むと、27節以下に「神はご自分にかたどって人を創造された」とある。この1章には次の2章に書かれている「土の壁から」ということはないが、やはり1章と2章とは併せて読むべきなのだと思う。併せて読んだときにはじめて、神様が私たちを自分にかたどって造ったということの意味がよくわかってくると思う。また、土の器に入れられた宝とは何かもわかってくる。
 神様が自分にかたどって私たちを創造したとは、どういうことだろうか。多くの人々が、様々なことを考えてきた。今回改めて教えられるのは、それは創世記2章7節に書かれていることだと示される。神様は人を土の塵から取って、そこに自分の命の息を吹き入れ、それを生きた者としたとある。ここにこそ「神のかたどり」があるのではないだろうか。つまりそれは、自らの手のひらによって人の形作り、そこに自分の命を吹き入れるというありかたなのである。神様は、土の塵から私たちをそのようにして作り、私たちもまた誰かを私たちの手のひらで形作るようにして支え、生きるための息吹を吹き込めるような者として下さったのである。そうした神様自身のありかたを、神様は私たちに刻んで下さったのであろう。
 これが、土の器である私たちに与えられた宝なのだと思う。私たちは勿論、神様と同じようには土の塵を取って、そこに息吹を吹き込んで、それを生きる者にすることはできない。しかし、誰かを崩れないように支えることはできる。また、その誰かが生きるのを幾らかでも助けようとして、私たち自身の命を吹き込むことができる。それゆえの土の器なのではなかろうか。土の器同士だからこそ、互いに手のひらを当てあって、割れやひびに補いあうのである。そして命を吹き入れ合うのである。土の器として、そのようなことができるという点にこそ、宝があるのではないだろうか。それが神様が、土の器としての私たちに与えてくださった並外れた力ではないだろうか。それが私たちの「艱難の中にあっても窮させないもの」ではなかろうか。それは、自分を支え生かす力ではない。他の人に向かう力なのである。
 ここでまた「私たちから出た」力を、また思う。それは突き詰めると、土の器である自分を、自分で守り支えようすとする力なのである。おのれにのみ向けられた力なのである。しかしそれは、自分で自分を押したり支えたりすることはできない力なのである。力とは、自分から他者に向かって出てゆくものであってこそ、はじめて力となりうるのではなかろうか。

5、そのような力というものが、10節から11節に記されたイエス様のありさまにも描かれているのである。そこには、イエス様の死が私たちの体にまとわれ、イエス様の命が私たちの体に現れるということが繰り返し言われている。十字架の上で殺されたイエス様は、本当の意味で土の器であった。その土の器たるイエス様を支えた力とは何であったのか。イエス様は最後の晩餐で「これはあなたがたのための私の体・血潮」とおっしゃった。自分の命を私たちに与えようとするところにこそあったのではないだろうか。本日の聖書箇所のパウロの言葉にも、イエス様が十字架の死によって成し遂げようとしたことが書かれている。イエス様は自分の死を衣服や外套のようにして私たちにまとわせようとしたのである。自分の命をもって私たちを支えようとしたのである。その心が十字架のイエス様を窮させず、また希望を失わせなかったものだったのである。
 第三番目の宝とは、すなわちこのイエス様の死と命なのである。パウロ自身、四方から苦しめられ途方に暮れる中でイエス様の十字架の死と命の力がとても身近になり迫ってくるのを感じたのであろう。それが私たちにも起こることなのである。自分自身が土の器であられたイエス様のその死や命の力は、土の器である私たちが苦しみを受け途方に暮れたときにこそ感じられ迫ってくるのである。この宝によってこそ私たちは、艱難を受くれども窮することがないのである。

聖書:新共同訳聖書「コリントの信徒への手紙(2) 4章 7~11節」 04:07ところで、わたしたちは、このような宝を土の器に納めています。この並外れて偉大な力が神のものであって、わたしたちから出たものでないことが明らかになるために。 04:08わたしたちは、四方から苦しめられても行き詰まらず、途方に暮れても失望せず、 04:09虐げられても見捨てられず、打ち倒されても滅ぼされない。 04:10わたしたちは、いつもイエスの死を体にまとっています、イエスの命がこの体に現れるために。 04:11わたしたちは生きている間、絶えずイエスのために死にさらされています、死ぬはずのこの身にイエスの命が現れるために。


2020/10/25 聖霊降節第22主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「十字架につけろ」 1.使徒信条の中にある「ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け」の「ポンテオ」とは、ピラトの姓ではなくローマ総督の職名のことである。
 イエス様を十字架へと至らせる尋問と裁判には、大きくいって二つのプロセスがあった。それはユダヤ人側の大祭司のもとでの尋問と、当時イスラエルを占領統治していたローマ側の裁判である。イスラエルを治めていたローマは、かなりの自治をイスラエル人に認めていた。とくに宗教的なことがらについては、そうであった。なぜならば、そこに干渉すると、ユダヤ人からの反発が大きかったからである。使徒言行録におけるステファノの例のように、ユダヤ人側の宗教的判断からイエス様を殺すこともできた。事実、ピラトは「そうしたらよかろう」とユダヤ人に言っている(6節)。
 しかしユダヤ人の宗教的指導者たちは、何としてでもイエス様を自分たちの手によってではなく、ローマ帝国の犯罪者として十字架の上で殺したかったのであろう。過越の祭が間もなく始まろうとしていたその頃、全世界から数多くの人々がエルサレムに集まっていた。その大群衆の前でイエスという男をローマ帝国の犯罪人として十字架にかけて殺してしまうことで、完全にその影響力を抹殺してしまいたいとの思いが強かったのではなかったか。そこで、まず大祭司のもとでイエス様を死刑にあたる者として裁いた後、ローマ総督でもとに送ったのである。ふだん総督は総督府のあったカイザリアにいた。しかし過越の祭の期間中は、不測の事態に備えてエルサレムに滞在していたのである。

2.さてユダヤ人は、ローマ帝国の犯罪者としてイエス様を十字架にかけようと告発した罪状は、どのようなことだったのであろうか。18章28節以下のピラトのもとでの一連の裁判の様子によれば、まずはイエス様が「ユダヤ人の王になろうとした」ことだったとわかる。ピラトのもとでの裁判は18章28節からはじまっている。ピラトはユダヤ人に「どういう罪でこの男を訴えるのか」と尋ねた(18章29節)。すると、彼らははっきりとは答えなかったが、ピラトはもう訴えの内容を知っていて、「お前がユダヤ人の王なのか」と尋問した(33節)。ピラトは「あなたたちの王をわたしが十字架につけるのか」と祭司長たちに言った(19章15節)。さらに19章19節には、十字架の上に掛けられたイエス様の罪状書として「『ナザレのイエス、ユダヤ人の王』と書いてあった」とある。ユダヤ人の宗教的指導者たちは、イエス様がローマ帝国に対して反乱を起こして王になろうとしたという訴えをもって、帝国の犯罪人として字架にかけようとしたのである。
 そもそもなぜ彼らは、イエス様をこのように訴えたのであろうか。それはこの告発をもってローマ帝国の政治犯としてイエス様を死刑にしようとしたということである。しかし、その思いの奥底には、実はイエス様に本当に王になってほしいとの切なる願いがあったのではなかろうか。その切実な願いが拒まれてしまったからこそ、踏みにじられた「ユダヤ人の王」という訴えをかぶせて、踏みにじったイエス様への憎しみをあびせて復讐しようとしたのではなかったか。
 サムエル記(上)の8章にも、イスラエル人が宗教的指導者だったサムエルに王様を立ててほしいと執拗に願ったことが書かれていた。「王が陣頭に立って進み、我々の戦いを戦うのです(8章20節)」と彼らは言った。少しずつ少しずつ難民だった状態を脱して、パレスチナの地において周囲の民族と肩を並べることができるほどになり、やっとのことで領地のようなものを持って生活を営めるようになった。それを維持し守ってくれる王様がぜひとも必要なのだとイスラエル人は訴えた。ローマ帝国の占領統治を受けていたイスラエル人にとっても、王が立てられローマ帝国に対する戦いを戦い、再び独立した王国を立ててほしいとの願いは切実なものだったのである。そしてイエス様にこそ、その王になってほしいと切に願ったのである。

3.しかしイエス様はそれを拒んだ。その結果としての十字架の死であった。そのことについて、私は改めて示されることがある。ユダヤ人は王様を求め、それをかなえてくれなかったイエス様を憎んで十字架につけた。しかし彼らがイエス様を十字架につけて殺したことが、逆説的な意味で、イエス様を本当の意味での王様として立てることになったのではないかということである。イエス様はユダヤ人たちの願いを拒み十字架へとかけられる中で、「この世の王様を求めるあなたたちによって殺されてしまう私こそが、実はあなたたちの本当の王なのだ」と語っておられるように感じるのである。
 サムエル記(上)8章20節には、「王が陣頭に立って進み、我々の戦いを戦う」のだとあった。イスラエル人は、王様が立てられこの世の戦いを先頭に立って戦い勝利し王国を建ててくれることが、自分たちの幸いにとって不可欠だと言っていた。しかし、一体私たちの戦いというものは、果たしてこの世の国における戦いだけなのであろうか。ユダヤ人たちの願い通り、もしもイエス様が王となってローマ帝国に対する戦いに勝利し王国を立ててくださったなら、果たしてそこで彼らの幸いは与えられたであろうか。今日、私たちは他国の王様による占領統治のもとにはいない。日本人による為政者の下で平和を謳歌している。では私たちにはもう戦いがないのか。私たちは幸いなのであろうか。そうではないと思うのである。れっきとした政治的な王様・為政者がいても、なお私たちには戦いがある。
 先日、NHKの「プロフェッショナル」という番組を観て、私はとても心を打たれた。警察の中の組織において青少年の育成を支援する活動を長く行い、非行に走ってしまった青少年たちに「お母さん」とも呼ばれているあるカウンセラーの働きが描かれていた。彼女はこう語っておられた。「自分たちの働きとは『生まれてきてゴメンナサイ』としか言うしかない子どもたちを、『生まれてきてよかった。生きていて幸せだった』と言えるようにするためのものです」と。私はこれを聞いて、私たちが宣べ伝える福音の働きと同じだとしみじみ思った。
 政治的な王様が立てられていて、他の国に占領統治もされていない今の日本ではあるが、しかしどれほど多くの人々が「生まれてきてゴメンナサイ。生きていても幸いではない」と思い詰めて自ら命を絶ってしまっているであろうか。私たちも、重い病になり老いの厳しい現実にぶつかり死に直面したとき、果たしてそのような生を「生きていて辛い」と思えるであろうか。私たちはそのような壮絶な戦いを戦ってゆかねばならないのである。それが私たちの戦いなのだと思う。私たち一人ひとりに、十字架とも言ってよいものが科せられている。だから、この戦いに不可欠な王様とは、この世の政治的な王様などではない。十字架を科せられ、生きていても幸いではないと思うしかない私たちの戦いの先頭に立ち、この戦いを共に戦ってくださるのは、それは十字架にかかって殺されたイエス様に他ならないと思うのである。
 十字架の上で殺されたイエス様が、どのようにして戦う私たちの王となってくださるのか。苦しい戦いのさなかに置かれた私たちに、なお幸いを与えてくださるのか。それは、十字架という苦しみをなくすということによってではないと思う。イエス様自身にとっても十字架がなくなるということはなかった。十字架がなくなることがイエス様にとっての幸いではなかったのである。十字架がなくなることではなく、十字架を背負うことに意義があるのだとイエス様は身をもって教えくださった。イエス様自身の十字架の姿をもって、私たち一人ひとりに科せられた十字架に意味があるのだと、身をもって語ってくださったのである。そこに王としての姿があるのだと示されるのである。

4.「ユダヤ人の王」という告発について長く触れてきた。もうひとつユダヤ人の宗教的指導者たちがイエス様を十字架につけようとした理由としてあげられるのが、7節にはっきりと言われているように、「神の子と自称したから」ということであった。それは、本来ならば宗教的な領域での訴えであるから、ピラトは関知しないところだったのではないかと思う。ただ、ローマ皇帝も自分を神そのもの、あるいは神の子として崇拝するよう人々に求めていたであろうから、そこに抵触するのだと訴えようとしたのかも知れない。
 さてこの訴えもまた「ユダヤ人の王」という訴えと同様に、実はユダヤ人の深いところにあった願いを現していたのではないかと感じる。端的に言えば、彼らはイエス様が神の子であって欲しいと願ったのだと思う。しかし彼らが願っていた神の子とは、「ユダヤ人の王」ということと、やはり重なるものだったに違いない。神様から遣わされた子どもなら、まず何よりもこの世にダビデやソロモンが建てたような王国を建てる。また神の子は、ユダヤ人の宗教的指導者たちが必要不可欠と信じているエルサレム神殿やそこで働く祭司や律法を当然に大切にする。そのようにして神の子は、この世に建てられた王国の中にある神殿や律法をよすがにして、その領域の中で生きるイスラエル人だけを「神の子供たち」としてゆく。彼らが願っていた神の子とは、ごくごく限られた範囲の者たちだけを「神の子供たち」としてゆく存在だったのだと思う。放蕩息子のたとえ話に描かれているように、親のもとで忠実に孝行息子として生きている者だけを神の子どもとするのである。それが、彼らの願っていた「神の子」ではなかったかと思う。
 しかしイエス様は、「ユダヤ人の王」と同様に、そのような「神の子」をも拒んだのである。イエス様は自分を幾度となく、神様から遣わされた者であり、神様とその心を同じくし、「わたしを見た者は神を見たのである」や「私は道であり」と言っておられた。もはや神殿も律法も必要ではなく、神の子である私を信じるなら、私がよすがとなってどのような者でも神の子どもになれるのだとイエス様は語っておられた。これこそが、ユダヤ人の宗教的指導者たちにとって決して許すことのできない教えの核心だったのである。だから彼らはイエス様を十字架につけたのである。
 しかしこれもまた「ユダヤ人の王」と同様に、逆説的にイエス様を本当の神の子として立てることになったのではなかろうか。ルカによる福音書にのみ、イエス様と一緒に十字架につけられたひとりの犯罪人に対して、イエス様は十字架の上で「あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」と語りかけたとある(ルカによる福音書23章43節)。この人こそ、神の子には決してなりえない、神のみもとになど決して迎え入れられることのないと見られていた人であった。しかし十字架にかけられたイエス様は、この人と共にあり彼を神のもとへと導いた。まさに彼を神の子としてくださった。それを可能にするためにこその十字架だったのではなかったか。十字架には、そのような意義があるのではなかろうか。神の子としてのイエス様の十字架は、わたしたち一人ひとりが背負わなければならない十字架を背定するものである。十字架を背負った私たちこそが神の子どもなのだと励ましてくださるのである。
 ピラトは、当時存在したこの世の王様の中で最も力のあったローマ皇帝に仕える役人であり、占領統治していたイスラエルに対しては最も強い力をもった「王」であった。しかし、イエス様を十字架につけよと叫ぶユダヤ人に逆らうことのできない弱々しい総督の姿が、ここには描かれている。そうした総督によって、また十字架につけよと呼ぶ人々によって、十字架につけられてゆくイエス様であった。しかしイエス様は、何とピラトとは対照的な姿であったか。人々やピラトから科せられた十字架ではあったが、そこに神様からの、なくてはならない意義を、しっかりと見いだして進む王・神の子の姿があったのである。

聖書:新共同訳聖書「ヨハネによる福音書 19章 1~16節」 19:01そこで、ピラトはイエスを捕らえ、鞭で打たせた。 19:02兵士たちは茨で冠を編んでイエスの頭に載せ、紫の服をまとわせ、 19:03そばにやって来ては、「ユダヤ人の王、万歳」と言って、平手で打った。 19:04ピラトはまた出て来て、言った。「見よ、あの男をあなたたちのところへ引き出そう。そうすれば、わたしが彼に何の罪も見いだせないわけが分かるだろう。」 19:05イエスは茨の冠をかぶり、紫の服を着けて出て来られた。ピラトは、「見よ、この男だ」と言った。 19:06祭司長たちや下役たちは、イエスを見ると、「十字架につけろ。十字架につけろ」と叫んだ。ピラトは言った。「あなたたちが引き取って、十字架につけるがよい。わたしはこの男に罪を見いだせない。」 19:07ユダヤ人たちは答えた。「わたしたちには律法があります。律法によれば、この男は死罪に当たります。神の子と自称したからです。」 19:08ピラトは、この言葉を聞いてますます恐れ、 19:09再び総督官邸の中に入って、「お前はどこから来たのか」とイエスに言った。しかし、イエスは答えようとされなかった。 19:10そこで、ピラトは言った。「わたしに答えないのか。お前を釈放する権限も、十字架につける権限も、このわたしにあることを知らないのか。」 19:11イエスは答えられた。「神から与えられていなければ、わたしに対して何の権限もないはずだ。だから、わたしをあなたに引き渡した者の罪はもっと重い。」 19:12そこで、ピラトはイエスを釈放しようと努めた。しかし、ユダヤ人たちは叫んだ。「もし、この男を釈放するなら、あなたは皇帝の友ではない。王と自称する者は皆、皇帝に背いています。」 19:13ピラトは、これらの言葉を聞くと、イエスを外に連れ出し、ヘブライ語でガバタ、すなわち「敷石」という場所で、裁判の席に着かせた。 19:14それは過越祭の準備の日の、正午ごろであった。ピラトがユダヤ人たちに、「見よ、あなたたちの王だ」と言うと、 19:15彼らは叫んだ。「殺せ。殺せ。十字架につけろ。」ピラトが、「あなたたちの王をわたしが十字架につけるのか」と言うと、祭司長たちは、「わたしたちには、皇帝のほかに王はありません」と答えた。 19:16そこで、ピラトは、十字架につけるために、イエスを彼らに引き渡した。こうして、彼らはイエスを引き取った。


2020/10/18 聖霊降節第21主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「民、王を求める」  (要旨掲載 準備中)

聖書:新共同訳聖書「サムエル記(上) 8章 1~21節」 08:01サムエルは年老い、イスラエルのために裁きを行う者として息子たちを任命した。 08:02長男の名はヨエル、次男の名はアビヤといい、この二人はベエル・シェバで裁きを行った。 08:03しかし、この息子たちは父の道を歩まず、不正な利益を求め、賄賂を取って裁きを曲げた。 08:04イスラエルの長老は全員集まり、ラマのサムエルのもとに来て、 08:05彼に申し入れた。「あなたは既に年を取られ、息子たちはあなたの道を歩んでいません。今こそ、ほかのすべての国々のように、我々のために裁きを行う王を立ててください。」 08:06裁きを行う王を与えよとの彼らの言い分は、サムエルの目には悪と映った。そこでサムエルは主に祈った。 08:07主はサムエルに言われた。「民があなたに言うままに、彼らの声に従うがよい。彼らが退けたのはあなたではない。彼らの上にわたしが王として君臨することを退けているのだ。 08:08彼らをエジプトから導き上った日から今日に至るまで、彼らのすることといえば、わたしを捨てて他の神々に仕えることだった。あなたに対しても同じことをしているのだ。 08:09今は彼らの声に従いなさい。ただし、彼らにはっきり警告し、彼らの上に君臨する王の権能を教えておきなさい。」 08:10サムエルは王を要求する民に、主の言葉をことごとく伝えた。 08:11彼はこう告げた。「あなたたちの上に君臨する王の権能は次のとおりである。まず、あなたたちの息子を徴用する。それは、戦車兵や騎兵にして王の戦車の前を走らせ、 08:12千人隊の長、五十人隊の長として任命し、王のための耕作や刈り入れに従事させ、あるいは武器や戦車の用具を造らせるためである。 08:13また、あなたたちの娘を徴用し、香料作り、料理女、パン焼き女にする。 08:14また、あなたたちの最上の畑、ぶどう畑、オリーブ畑を没収し、家臣に分け与える。 08:15また、あなたたちの穀物とぶどうの十分の一を徴収し、重臣や家臣に分け与える。 08:16あなたたちの奴隷、女奴隷、若者のうちのすぐれた者や、ろばを徴用し、王のために働かせる。 08:17また、あなたたちの羊の十分の一を徴収する。こうして、あなたたちは王の奴隷となる。 08:18その日あなたたちは、自分が選んだ王のゆえに、泣き叫ぶ。しかし、主はその日、あなたたちに答えてはくださらない。」 08:19民はサムエルの声に聞き従おうとせず、言い張った。「いいえ。我々にはどうしても王が必要なのです。 08:20我々もまた、他のすべての国民と同じようになり、王が裁きを行い、王が陣頭に立って進み、我々の戦いをたたかうのです。」 08:21サムエルは民の言葉をことごとく聞き、主の耳に入れた。 08:22主はサムエルに言われた。「彼らの声に従い、彼らに王を立てなさい。」サムエルはイスラエルの人々に言った。「それぞれ、自分の町に帰りなさい。」


2020/10/11 聖霊降節第20主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「魔術師との対決」 1.使徒言行録が書かれた理由は、生まれたばかりの小さな信徒の群れであった初期の教会が消滅してしまうような危機に何度も遭遇しながらも、それを乗り越え大きく成長してきたありさまを描くためだったと思う。それを読者に伝えることで、ローマ帝国による迫害下に置かれつつあった信徒たちを励まそうとしたのである。
 生まれたばかりの教会は、まさに大きな存続の危機に直面していたのである(8章4節以降)。それは、ステファノが当時のイスラエルの最高政治機関であり宗教的な権威の所在地でもあった最高法院で行った演説がきっかけだった。ステファノは次のようなことを語った。「神様は、はるか昔のアブラハムの時代から荒れ野の中に建てられた粗末なテント(幕屋)のようなところで証しをされたのだから、私たちが神様に出会い結び付けていただくのにエルサレム神殿のような立派な建物など必要ではない。人となり、十字架につけられたイエス様こそが、荒れ野に建てられた粗末な幕屋であり、神様が私たちと共にいてくださる神殿なのだ」と。ステファノは、あちこちをさまよってきたギリシャ語を話すディアスポラと呼ばれるユダヤ人であった。それまで荒れ野のようなところをさまよい、テントしか建てることのできなかった人であればこそ、身にしみて感じた喜びのメッセージ・福音であったのだと思う。
 ところがこのメッセージは、エルサレム神殿は不可欠だと堅く信じるユダヤ人たちの猛烈な怒りを買った。ステファノは殺され、その後8章1節後半にあるように「その日、工ルサレムの教会に対して大迫害が起こ」ったのである。「使徒たちのほかは皆、ユダヤとサマリアの地方に散って行」かざるを得なくなった。「使徒たちの他は皆」というのは、エルサレム教会の中で長年この地に住んできたユダヤ人以外という意味であろう。要はエルサレム教会からギリシャ語を話す信徒たちは皆追い出されてしまったのである。

2.それが生まれたばかりの教会にとって、どれほどの危機となったか想像に難くない。教勢が2分され信徒が半減してしまったのである。そのような実際上の危機だけではなく、内面的な危機も大きかったのではないかと思う。なぜそのようなことが起きてしまったのか。その原因は何か。何が悪かったのか。犯人捜しが行われた。ギリシャ語を話すステファノのような人々が、どんどん入り込んでしまったこと、彼らが「エルサレム神殿などいらない」と公然と語ってしまったこと、そのような彼らの代表を7人の役員として重用をしてしまったことなど・・・。互いへの批判が激しくなったに違いなかったであろう。とにかく教会は、この迫害と離散という出来事をマイナスとしか受け止めることができなかったのである。私たちの信仰生活においても教会にしても、マイナスとしてしか見えない出来事が起こる。それをマイナスとしてしか捉えられず、その原因・犯人捜しを始めてしまうとき、教会にしても私たちの信仰生活においても、危機に陥るのではなかろうか。
 こうしてエルサレム教会は、周囲のユダヤ人と仲良くやってゆくことばかりを考えるようになったのである。それは何よりも福音にとっての最大の危機だったと思う。ステファノが命をかけて語ったこと、それは神様が人の手の建てた立派な神殿ではなく、イエス様によって私たちに姿を現し共にいてくださるということこそが福音のメッセージの根幹であるとのメッセージであった。しかし周囲のユダヤ人と仲良くすることばかりを考えると、教会がこの福音を信じ語ることができなくなるのである。だからこそ神様は、このような教会に迫害を及ぼし、福音を信じ語ることのできる人々を守り、また新たな場所へと遣わすべくギリシャ語を話す信者たちを散らされたのではなかったか。それはマイナスでしか内容に思える。しかし、教会や私たち信者が福音を信じ宣べ伝えるという点からすればプラスなのである。世の組織や人々にとってはマイナスとしか思えないことが、私たちには不思議なプラスとなるのである。
 4節に「散って行った人々は、福音を告げ知らせながら巡り歩いた」とある。散らされてしまったことを悲しんだり後悔したりしたという姿は、どこにもない。散らされることが、より福音を深く味わい、それを新たな場所で人々に告げ知らせるためのなくてはならないチャンスとなった様子が浮かび上がってくる。再び散らされる者とされ、荒れ野のようなところで粗末なテントのような仮住まいで生活するしかなくなった。神殿を建てるなどもっての他、やっと借りられた家で少人数で礼拝をささげるのがやっとだったであろう。しかしそのことが、イエス様が神殿であることの喜びをかみしめることとなったのである。散らされたことを何ら落胆もせず喜んで礼拝を守り福音を宣べ伝える姿に、出会った人々は不思議と心引かれたに違いない。それが、5節にあるように「人々にキリストを宣べ伝え」るチャンスとなったのである。

3.さて、こうしてはじめてエルサレムを出て新たな地域へと散らされた中にフィリポがいた。この人はステファノと同じくギリシャ語を話すユダヤ人信者から立てられた7人の執事のうちの一人だった。そのフィリポが、サマリアのある町で最初に直面したのは魔術だったのである。
 9節から11節に「ところでこの町に、・・・・長い間その魔術に心を奪われていた」とある。そこで何度も繰り返されている「偉大な」「大きな」という言葉に気づく。ギリシャ語の原文で「メガ」という言葉から派生したその言葉は、日本語でもしばしば使われる。このシモンは、そのことから「シモン・マグス」という通称で呼ばれてきた。彼がどのような魔術を使っていたかは定かではないが、それはメガという言葉が象徴的にその特徴を現しているように思う。魔術を用いて人々にメガなる力を授け、メガなる存在に変えてくれるというものだったのかもしれない。魔術によって何かしら偉大な存在と結び付け、人々を偉大な存在へと変えてくれる。これが魔術というものの根本だったのであろう。
 なぜ当時の人々がこのような魔術を求め心を奪われていたかは、想像に難くない。7節には、原因不明の霊に取り付かれたり中風患者や足の不自由な人々がフィリポによっていやされた様子が書かれている。今から2000年前の時代の人々は、言い知れない数々の大きくて強い力・存在によって脅かされ、病に苦しめられていた。だから、そうした得体の知れない霊や悪しき力よりも、もっと大きな存在の力を得て、何とかしてそれらに対抗し打ち勝とうとしたのであろう。その思いは本当によくわかる。フィリポの福音伝道でも、キリスト・救い主であるイエス様を信じて神様につながり、その力をいただいて、悪しき力に打ち勝つことができると宣べ伝えられたのではなかったか。それが不思議ないやしを生じさせてもいたのであろう。私たちの信仰においても、神様につながり導かれて幸いをいただきたいという思いは根本的なものである。福音にメガなる要素は不可欠だとは思う。
4.しかし、である。ここが大事なポイントなのだが、魔術と福音とは決定的に違う点が、相入れない核心があると思うのである。11節最後に「その魔術に心を奪われていた」とある。「心を奪われていた」と訳された原文の言葉は、直訳すると「立つことから出る」というニュアンスを持っている。つまり、立つことがあやふやになるというような、しっかりと立てなくなるというような意味である。魔術というものは、それに頼る者をして心を奪い、しっかりと立たせなくしてしまうのである。それはなぜか。それは魔術というものが、メガなるものとつなげて、その人をもメガなるものにさせようとするからである。自分自身がメガなるものになることで幸いが得られると思ってしまうからなのである。
 しかし、自分自身がメガになろうとすることに真の幸いはない。なぜなら、自分がメガであろうとすることは、土の器、すなわち小さき者・弱き者・貧しい者に過ぎない私たちの真実の姿に合わないからである。いずれは、メガなるものとは正反対の存在として、召されてゆかねばならない私たちのその姿を受け入れる力にはならないからである。私たちの幸いとは、自らの小ささを喜んで受容できることにこそある。だからこそイエス様は山上の説教で「幸いなるかな。貧しい者よ」とおっしゃったのではなかろうか。福音もまた、確かに私たちをしてメガなる神様に結び付け、メガなる神様の力に浴させてくださるのだが、しかしイエス様がおっしゃったように、私たちを貧しい者・小さな者に留めさせてくださるのである。貧しい者であることに幸いを見いださせてくださるのである。私たちをより一層小さくさせてくださるものこそが福音ではなかろうか。

5.そのような福音をフィリポは宣べ伝えたのでろう。そしてサマリアの人々は、それをこそ受け入れたのであろう。12節に「しかし、フィリポが神の国とイエス・キリストの名について福音を告げ知らせるのを人々は信じ、洗礼を受けた」とある。魔術師のシモンさえ信じて洗礼を受けたと書かれている。何か大きな存在の力を得て、自分たちもメガなる者にならなければ幸いはないと思い込まされていた人々にとって、貧しい者・小さい者こそ幸いとのイエス様の言葉、またそれをその言葉通り生きたイエス様の姿は、どれほど驚くべきものだったであろうか。真実の幸いを求めていた人々の心に、魔術師シモンでさえも、福音は受け入れられていったのである。今日においても、そのことは私たちにとって励ましとなる。
 今の時代社会は2000年前と比べると、文字通りの意味での魔術というものは私たちの心を捕らえてはいないかもしれない。しかしメガなるものに私たちを結び付けメガなる存在に私たちを変えるという意味での魔術というものなら、至るところにそれははびこり、私たちを捕らえているのである。2000年前の時代社会の人々から見れば、今の私たちの社会に行き渡っているのものはすべてが魔術と言えるものではないだろうか。いろいろなものが私たちを、よりメガなるものに変えようと誘うのである。よりメガなるものになることが幸いだと心を揺り動かすのである。しかし、そこに私たちの幸いはない。真の幸いを求める人であるならば、必ずやイエス様によって現された福音を受け入れるはずである。福音は、魔術に打ち勝って私たちに幸いを得させる力がある。魔術師させ捉える力がある。
 イエス様を信じて洗礼を受けたシモンであった。しかし、エルサレム教会から派遣されたペトロとヨハネが、人々に手を置いたときに特別な霊が下ったのを見て、金を持ってきて「わたしにもその力を授けてください」と願い出た。この出来事から、金によって教会における何か特別な地位や役割を手に入れることを「シモニイ」と言うようになったという。シモン・マグスは、イエス様を信じてもなおメガなるものになる欲望から逃れられることができなかった。しかしそのような思いは、シモン・マグスだけではなく、私たちにもあるのではなかろうか。信徒も教会も常にどこかでメガなるものになろうとして、お金に頼ろうとしてきたのである。しかしシモンに、ペトロははっきりと言うことができた。「この金は、お前と一緒に滅びてしまうがよい。神の賜物を金で手に入れられると思っている」と。私たちにとっても教会にとっても勿論お金は必要である。しかしメガなる者になるため、神様からの恵みをいただくための金は不要なのである。そのようにきっぱりと言えるところが教会なのである。

聖書:新共同訳聖書「使徒言行録 8章 4~25節」 08:04さて、散って行った人々は、福音を告げ知らせながら巡り歩いた。 08:05フィリポはサマリアの町に下って、人々にキリストを宣べ伝えた。 08:06群衆は、フィリポの行うしるしを見聞きしていたので、こぞってその話に聞き入った。 08:07実際、汚れた霊に取りつかれた多くの人たちからは、その霊が大声で叫びながら出て行き、多くの中風患者や足の不自由な人もいやしてもらった。 08:08町の人々は大変喜んだ。 08:09ところで、この町に以前からシモンという人がいて、魔術を使ってサマリアの人々を驚かせ、偉大な人物と自称していた。 08:10それで、小さな者から大きな者に至るまで皆、「この人こそ偉大なものといわれる神の力だ」と言って注目していた。 08:11人々が彼に注目したのは、長い間その魔術に心を奪われていたからである。 08:12しかし、フィリポが神の国とイエス・キリストの名について福音を告げ知らせるのを人々は信じ、男も女も洗礼を受けた。 08:13シモン自身も信じて洗礼を受け、いつもフィリポにつき従い、すばらしいしるしと奇跡が行われるのを見て驚いていた。 08:14エルサレムにいた使徒たちは、サマリアの人々が神の言葉を受け入れたと聞き、ペトロとヨハネをそこへ行かせた。 08:15二人はサマリアに下って行き、聖霊を受けるようにとその人々のために祈った。 08:16人々は主イエスの名によって洗礼を受けていただけで、聖霊はまだだれの上にも降っていなかったからである。 08:17ペトロとヨハネが人々の上に手を置くと、彼らは聖霊を受けた。 08:18シモンは、使徒たちが手を置くことで、“霊”が与えられるのを見、金を持って来て、 08:19言った。「わたしが手を置けば、だれでも聖霊が受けられるように、わたしにもその力を授けてください。」 08:20すると、ペトロは言った。「この金は、お前と一緒に滅びてしまうがよい。神の賜物を金で手に入れられると思っているからだ。 08:21お前はこのことに何のかかわりもなければ、権利もない。お前の心が神の前に正しくないからだ。 08:22この悪事を悔い改め、主に祈れ。そのような心の思いでも、赦していただけるかもしれないからだ。 08:23お前は腹黒い者であり、悪の縄目に縛られていることが、わたしには分かっている。」 08:24シモンは答えた。「おっしゃったことが何一つわたしの身に起こらないように、主に祈ってください。」 08:25このように、ペトロとヨハネは、主の言葉を力強く証しして語った後、サマリアの多くの村で福音を告げ知らせて、エルサレムに帰って行った。


2020/10/04 聖霊降節第19主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「ペトロの否認」 1.イエス様が尋問を受けている大祭司の庭で、イエス様の弟子であることを3度にわたってペトロが否定をしたという出来事が、そしてそれに挟まれるように大祭司アンナスとイエス様との対峙の様子が記されている箇所である。なお、直前の12節以下には、アンナスとその娘婿であったカイアファの両者が大祭司であるかのように書かれているが、注解書によれば、正確にはカイアファが当時の正式な大祭司であったとのことである。ただ、そのしゅうとのアンナスは、現役の大祭司を退いたとはいえ、なお絶大な力を持っていて、娘婿のカイアファが現在の大祭司であり、その子どもたちも皆いずれ大祭司になろうとしていたとのことである。
 逮捕されたイエス様は、まずアンナスのもとに連れて行かれた。ペトロがイエス様の弟子であることを3度にわたって否定したという出来事は、他の福音書では、たとえばマルコによる福音書では「あんな人は知らない」とイエス様とのつながりを否定した言葉になっている。このエピソードは、4つの福音書すべてに記されている出来事である。十字架と復活を除けば、すべての福音書に書かれている出来事というのはそう多くはない。それほどに3度のペトロの否認というエピソードは、福音書を伝え記した人々にとって大事なものだったのである。
 ペトロは、一度ならず3度もイエス様の弟子であることを否定した。しかしペトロは、その後もなおイエス様の弟子であり続け、初代教会全体の指導者となり、またローマ帝国の迫害にもかかわらずその信仰をまっとうして殉教の死を遂げたのである。福音書を書いた人々にとってそのことが大きな驚きであり、そこから大きな励ましを得たからに他ならない。師であるイエス様がその最も難儀な時に、その弟子が最もしてはいけないことは、その難儀な中にある師を見捨て、その関係を否定することであろう。ペトロは一度ならず3度も、弟子としてしてはならないことをしてしまったのである。ところが驚くなかれ、ペトロは弟子であり続け、ましてや初代教会全体の指導者にまでなったのである。今でもカトリック教会のローマ教皇はこのペトロの後継者とみなされているのである。
 4つの福音書の中で最も遅くに書かれたといわれるこのヨハネ福音書が書かれた時代には、ローマ帝国による迫害の足音が着実に迫りつつあった。同じヨハネの名が付けられている黙示録の著者は、ローマ皇帝によって軟禁されていたという。私たちも、いつ自分たちがこのペトロと同じ立場に置かれるか、そして信者であることを否定してしまう境遇に置かれるかわからない。おそらく皆さんんも、そのような弱い自分たちであっても、なおイエス様の弟子であり信者でありうる可能性を、このペトロの出来事に見ることができよう。私たちは、クリスチャンであるがゆえに迫害され「わたしは信者ではない」と言わざるを得ないような状況に置かれることなどないようにも思える。しかし例えば、この新型コロナウイルス禍にあって、なかなか礼拝に出席できない自分を自分で責めて、「わたしはもうクリスチャンとは言えないのではないか」と思ってしまうことは、あるかもしれない。あるいは礼拝に出席できていないことで周囲の人々から「あなたはもう信者ではない」というようなというような視線を受けてしまうこともあるかもしれない。礼拝を中断するか否かをめぐって牧師と役員また会員同士で、そのような対立がなされた教会が多くあると聞く。しかし、はるかにそれ以上のことをしてしまったペトロが、なおも弟子であり得たのである。教会の指導者たりえたのである。そこには、本当に大きな励ましがある。

2.ペトロが3度も「自分はイエス様の弟子ではない」と言ってしまったことは、決定的なことではなかった。それは、私たちにおいても、イエス様の弟子であり信徒であることに、そのようなことでは決定的なピリオドを打つことにはならないのである。しかし、そのような言葉を口にしない方がよいのは確かであろう。
 ペトロがなぜそのような言葉を3度も口にしてしまったのか。そのような場面に追い込まれたのかを改めて考えてみたい。15節から16節のくだりを読むと、はじめペトロは大祭司の家の門の外にいた。ペトロを大祭司の屋敷の中庭まで入れてくれたのは、名前が上げられていはいないが大祭司の知り合いだったもうひとりの弟子であったとある。私は、ペトロの方から、わざわざその弟子に頼んで中庭まで入れてもらったのではないかと想像する。それは、中にいるイエス様の少しでもそばにいたいとの思いがあった以上に、「我こそは」というペトロならではの功名心のようなものがあったからではなかろうか。この福音書の13章36節以下の、イエス様がペトロの離反を予告した場面でペトロは、「あなたのためなら命を捨てます」と豪語していた。18章10節には、ペトロただひとりが、イエス様を捕らえに来た大祭司の手下に向かって剣をふるったとある。他の弟子たちが誰ひとりイエス様のそばにいようとしなかった中で、「俺だけはそばにいるのだ。まさかのときには剣をふるってイエス様のために何かをしよう」とペトロは思っていたのではなかろうか。ペトロは「俺にはそれができる」と思っていたのである。そのような思い上がりこそがペトロをして、3度もイエス様を否む場面へと追い込むことになったのではなかろうか。
 私たちが信者であることの危機に陥るのは、往々にしてそのような「俺こそが」という思いからなのかもしれないのである。そのような巧妙心や思い上がりこそが、私たちをして置かれなくともよいような危険な場面へと至らせるのである。そのような私たちに、その思い上がりを打ち砕くような問いかけが周囲の人々からなされるのである。その中で「わたしは違う」というような、何かとんでもない言葉を口にしてしまうのである。信者として決して口にしてはいけないようなことを口走ってしまうのである。それほどに「我こそは」という思い上がりは恐ろしいものだと改めて教えられるのである。

3.彼がイエス様の弟子であり続けることにおいては、そのことは何ら決定的なものとはならなかった。ペトロに対してなされた3度の「あなたもあの人の弟子の一人ではありませんか」という問い、そしてそれに対する3度の「違う」というペトロの答えは、いずれも人間によってなされた問いであり、またペトロという人間によってなされた答えでしかなかった。もしイエス様であったなら、ペトロにどのような問いをなされたであろうかと想像する。イエス様であれば、ペトロに「あなたは今このときでも、なお私の弟子であると言えるであろうか。到底言えないのではないだろうか。」と問いかけられたのではないかと思う。3度の否認の予告をされたことにも現れているように、イエス様はペトロがイエス様を否定しないとは思ってはおられなかった。また、それを願ってもおられなかったのである。だからイエス様は、決してペトロのそのような状況において、ペトロに「あなたは私の弟子であるのか」とは尋ねなかったであろう。しかし大祭司に仕える人々やペトロを断罪しようとしていた人々は、この場面で彼に「あなたはイエスの弟子なのか」と問い、答えさせようしたのである。
 その問いに対し、ペトロは「わたしは弟子ではない」と答えた。しかしそれは、あくまでペトロからの答えにすぎなかった。それはイエス様からのものではなかった。イエス様は、ペトロの3度の否認を予告した。「あなたは今は(わたしの行く所に)ついて来ることはできないが、後でついてくることになる(ヨハネによる福音書13章36節)」と。同じくルカによる福音書の22章32節には「あなたは立ち直ったら兄弟たちを力づけてやりなさい」とある。そのときには確かに「私は弟子ではない」と言ってしまったペトロだが、それはあくまで人間からの問いかけに対し、人間であるペトロが口にしてしまった答えでしかないのである。しかしそれはイエス様の断定ではない。ペトロがどれほど自分を「弟子ではない」と言い、その答えによって自分を責め、また周囲の人々から「もうおまえは弟子などではありえない」と断じられたとしても、イエス様はそうは見てはいないのである。ペトロには「その後」があり、必ずや「立ち直る」時がやってくるとイエス様は知っていたのである。それがイエス様の私たちへの見方なのである。私たちがどれほど自分自身を「もう弟子ではない」と言ったとしても、また周囲の人々がどれほど私たちを「もう信者ではない」と批判したとしても、イエス様はそうは断定しないのである。
 ペトロの3度の否認は、あくまで大祭司の庭でなされたものにすぎない。我こそはという功名心によって、自らその場所に入り込んで、ペトロを陥れるためになされた問いに対する保身からなされた答えに過ぎないのである。それはイエス様の前でなされたものではなかったのである。「わたしは違う」と言ってしまう私たちに、それにもかかわらずイエス様は「違わない。お前はなおも私の弟子なのだ」と言ってくださるのである。私たち自身による否定の向こうになお、イエス様による肯定がある。イエス様の弟子であるとは、イエス様による肯定のもとに生きる者なのである。この世の大祭司の庭で、そこにたむろする者たちによってなされた問いと、それへの私たち自身の答えに縛られてはならないのである。
 私は急遽この礼拝後、執事会が終わった後に、ある教会の役員会に赴かねばならない。過日8月に臨時役員会において、今年度末での辞任が決まっていた若い教師が、それでもどうしても年度末まで牧会に携わることはできない状況になってしまった。その彼に、私はこの御言葉を送りたいとしみじみ思う。周囲の人や彼自身がどれほどに「違う」と言ったとしても、イエス様は彼をそうは断じない。彼には「後」があり「立ち直る」時がくる。そこには私たちの希望がある。

4.最後に改めて心を向けたいのは、かっての大祭司であったアンナスの前でのイエス様の姿である。大祭司の家に仕える門番の女中の問いかけ、あるいはそこでたむろする人々、そして大祭司の僕でペトロによって耳を切り落とされた者の身内たちからの問いかけに砕けてしまったペトロだが、それに対してイエス様はどのようであったか。縛られ平手打を食いながらも一歩たりとも引き下がらないイエス様がおられた。そこには自身の言葉をまったく否定しないイエス様がおられた。
 イエス様が教えてきたこととは、それはつきつめていえばイエス様こそが大祭司だということだと思うのである。直前の17章に記されたイエス様の祈りは、伝統的に大祭司であるイエス様の祈りと言われている。イスラエルの人々は伝統的に、エルサレム神殿にこそ神が住まい、そこに仕える祭司たちが人をして神様に出会わせてくれるよすがだと信じてきた。大祭司とは、その祭司の頂点に立つ者であった。目の前にその大祭司本人がいるところで、イエス様は大祭司やその背後にあるエルサレム神殿、またそうしたものに依って立つユダヤ教というものを直っ向から否定したのである。それがどれほど恐ろしいものであったか、ひるむものであったか想像に難くない。しかしイエス様はそうされたのである。
 私が何よりも感じるのは、一体私たちは、そもそもそのようなイエス様の弟子であり得るだろうかということである。ペトロが「わたしは違う」と3度も口にした言葉が、実はとても深い意味で真実のものだったのではなかろうか。これが私たちとイエス様との間柄の根本にあるものなのである。私たちはイエス様の弟子などではありえない。しかしにもかわらず・・・なのである。

聖書:新共同訳聖書「ヨハネによる福音書 18章 15~27節」 18:15シモン・ペトロともう一人の弟子は、イエスに従った。この弟子は大祭司の知り合いだったので、イエスと一緒に大祭司の屋敷の中庭に入ったが、 18:16ペトロは門の外に立っていた。大祭司の知り合いである、そのもう一人の弟子は、出て来て門番の女に話し、ペトロを中に入れた。 18:17門番の女中はペトロに言った。「あなたも、あの人の弟子の一人ではありませんか。」ペトロは、「違う」と言った。 18:18僕や下役たちは、寒かったので炭火をおこし、そこに立って火にあたっていた。ペトロも彼らと一緒に立って、火にあたっていた。 18:19大祭司はイエスに弟子のことや教えについて尋ねた。 18:20イエスは答えられた。「わたしは、世に向かって公然と話した。わたしはいつも、ユダヤ人が皆集まる会堂や神殿の境内で教えた。ひそかに話したことは何もない。 18:21なぜ、わたしを尋問するのか。わたしが何を話したかは、それを聞いた人々に尋ねるがよい。その人々がわたしの話したことを知っている。」 18:22イエスがこう言われると、そばにいた下役の一人が、「大祭司に向かって、そんな返事のしかたがあるか」と言って、イエスを平手で打った。 18:23イエスは答えられた。「何か悪いことをわたしが言ったのなら、その悪いところを証明しなさい。正しいことを言ったのなら、なぜわたしを打つのか。」 18:24アンナスは、イエスを縛ったまま、大祭司カイアファのもとに送った。 18:25シモン・ペトロは立って火にあたっていた。人々が、「お前もあの男の弟子の一人ではないのか」と言うと、ペトロは打ち消して、「違う」と言った。 18:26大祭司の僕の一人で、ペトロに片方の耳を切り落とされた人の身内の者が言った。「園であの男と一緒にいるのを、わたしに見られたではないか。」 18:27ペトロは、再び打ち消した。するとすぐ、鶏が鳴いた。


2020/09/27 聖霊降節第18主日礼拝

礼拝メッセージ:吉田 博夫 執事「イエスの言葉」 (要旨の掲載はありません)

聖書:新共同訳聖書「マタイによる福音書 6章 33節」 06:33何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる。


2020/09/20 聖霊降節第17主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「サムエル、指導者となる」 1.神の箱(十戒が刻まれた石の板が入れられた箱)を巡る長く不思議な物語が、4章1節の後半から7章1節までに書かれていた。久しぶりにサムエルの姿が戻ってきた。サムエルは、ミツバとシュンの間の地に石をひとつ置いて、そこを「エベン・エゼル(助けの石)」と呼んだとある(12節)。サムエルがイスラエル人と共に犠牲をささげているときに、ペリシテ人はイスラエル人に戦いをしかけてきたが、神様が激しい雷鳴をとどろかせてペリシテ人を混乱に陥れ、彼らはイスラエル人によって敗北させられてしまったことが、その少し前に書かれてる。そこでサムエルは、神様が自分たちを助けて下さった記念にと、そこに石を置き「エベン・エゼル」と呼んだというのである。
 エベン・エゼルに関しては、既に4章1節に記載がある。この地名が最初に登場したのは7章12節ではなかった。その地名は、4章1節に既に出てきていたのである。そして4章1節に出てきたエベン・エゼルは「助けの石」とはまるで正反対の場所としてだったのである。そこは、ペリシテ人に向かって突如戦いをしかけようとしたイスラエル人が陣を敷いた場所であった。しかし、最初の戦闘でイスラエル人は4000人を失った。そこで彼らは勝利を求めてシロに置かれていた神の箱をその場所に運び入れた。そのことを知ったペリシテ人は奮い立ち、イスラエル人は勝利どころか何と3万人もの戦死者を出すに至ったのである。この辛い敗戦の地、もしかすれば累々と当時の戦死者の遺骨が埋まっている場所が、そのエベン・エゼルなのであった。それから少なくとも20年が経った頃、その敗北の地が、その遺骨が埋まっている地が、何と「助けの石」が置かれる地に変わったのである。
 そのようなことは、私たちにも起こるのではなかろうか。私たちには、それぞれに辛い敗北があり挫折があり、様々な意味での「死体」というべきものが埋まっている。しかし、その場所は、何年か経つと「助けの石」を置くところへと変わるのである。敗北の地がなければ「助けの石」も置けなかったのではなかろうか。助けの石を置くためには、どうしても敗北を味わうことが不可欠だったのである。牧師としての私にとってもしかりである。思い通りにゆかなったことがなければ今日の私はいない。どれほど敗北を味わったかが大切なのである。

2.昔は敗北の地であったエベン・エゼルが、20年後に「助けの石」が置かれる場所となるためには何が必要だったのか。何もなく敗北の地が「助けの石」を置く場所にはならないと思う。そうなるためには何が大事であったかを物語るのが、「イスラエルの家はこぞって主を慕い求めていた(2節後半)」ではないだろうか。
 それは、イスラエル人が敗北後の20年間に、神様を主として慕い求める人々に徐々に変えられていったということである。それはただ単に神様を「主(原語ではヤハウェ)」を呼ぶということではない。そうではなく神様を「主人」として、自分たちをその「僕」として受け止めるといういう間柄を慕い求めるようになっていったということである。
 敬老祝福日礼拝では、ヨブが「主は与え、主は取りたもう。主の御名はほむべきかな」と語ったことを通して、神様が主であることの恵み深さを学んだ。誰かを主人として自分がその僕であるという関係を慕い求めるといったことは、ふつうは到底理解することは不可能であろう。何年か前に「不思議なキリスト教」という本がベストセラーになった。その中で対談者のひとりは「日本人がある特定の宗教を信じるのが嫌なのは、そこで信じられる神様が主人となり自分たちがそれに従わせられるのを嫌うからだ」と言っていた。「日本人が八百よろずの神々を都合よく信じるのは、そのようにして神々を自分の都合のよい自分の僕にし、自分が主人になれるからだ」と。なるほどと思った。しかしそれでは、実は不幸が増すばかりなのである。なぜかと言えば、私たちの人生の現実は、決して自分が主人で、思い通りになるようなものではないからである。たとえ八百よろずの神々を僕にしたところで、自分の思いがかなうわけではない。自分が主人だという立場を捨てることができなければ、私たちは本当に不幸なのである。しかしヨブはそうではなかった。彼は神様が主であると告白した。主人である神様は、私たちを裸で生まれさせ、また裸でみもとに引き取るのである。主人である神様は、私たちが裸であるがゆえに与え、また裸である私たちに与えようとされるからこそ奪う方でもある。神様を主と慕えることからの幸いは、裸であること・奪われることにこそ意義を見いだすことのできるものなのである。
 イスラエル人も、その20年間、おそらくそのようだったのではなかったか。ペリシテ人によって辛酸をなめさせられてきた。ペリシテ人だけでなく、パレスチナに古くから住んでいた人々は、どういう目でイスラエル人を見ていたか。かつてはエジプトで奴隷だった民に過ぎなかった。荒れ野で40年間さまよっていた難民であった。イスラエル人のことを「へブル人」と呼ぶ。これは実は周囲の人々がイスラエル人をさげすんで呼んだ蔑称だったと聞いたことがある。定住地を持たないさすらい人がそう呼ばれていたのである。「そんな奴らが思いあがって、奴らの何倍も力強く豊かな俺たちに戦いをしかけてくるとは。その場げ句がこの始末なのだ」とペリシテ人はイスラエル人をばかにし続けた20年に違いなかったと思う。そのような人々が主人だったのではなかろうか。その辛さを味わい続けた20年であった。勿論、そのようなペリシテ人からの解放・救いを求める心がなかったわけではないだろうが、ペリシテ人という主人とは全く違った形で自分たちを扱い、大切にしてくださる神様という主人のありがたさがわかったのではなかったか。私たちもそうなのである。敗北があり、この世の力や人間が主人であることの辛さを体験する中でこそ、神様が主人であってくださるありがたさが身に染みるのである。神様を主として慕い求めるようになるのである。

3.神様を主として慕い求める心は、具体的にどのような態度として現れたのだろうか。それは4章1節のはじめを最後に7章2節までまったく登場しなかったサムエルなのであった。主なる神様を慕い求めたイスラエル人は、具体的にはサムエルを慕い求めるようになったのではなかろうか。だからサムエルが2節から3節で20年ぶりに登場したのであろう。
 そもそもなぜサムエルが姿を消したのか(4章1節以下)。大きな謎であり、確かな答えはない。しかし恐らくサムエルは、ペリシテ人に戦いをしかけるのは賛成していなかったのではなかろうか。ましてや最初の敗北の後、神の箱を戦場へと担ぎいれて、突き詰めれば十戒にゆきつくところの神様の言葉を自分たちが望むペリシテ人への勝利を手に入れる道具にしてしまうことなどには大反対だったのではなかろうか。そのことサムエルは遠ざけられてしまったにちがいないと思うのである。サムエルが最初に神様に応答した時の言葉は、まさしく「僕は聞きます。主よお話しください(3章9節)」だった。だから彼がイスラエル人に語ったのも、何よりも神様を主とし人間はその僕として、神様の言葉をお聞きするという態度だったのではなかろうか。しかしペリシテ人への勝利を求めるイスラエル人には、そのような態度はなかった。それだからこその敗北ではなかったかと思うのである。
 しかしそれは、その20年の間に変えられた。神様を主として慕い求めるようになったのである。そしてそれは具体的に、かっては退け、排斥したサムエルを慕い求め、その語る言葉に聞き従うという姿に現れてきたのである。神様を主として慕い求める内面は、自ずと外に態度として表れてくる。外に現れないものは内側にもないのである。もっと言えば、外に現れる姿を20年間も続けてゆくならば、おのずと内側も形作られるということである。
 どのような態度として現れたのか。一度は退けたサムエルを指導者を立てて、その語る言葉に聞き従った。偶像の神々を取り除き、水を汲み上げて神様に注ぎ、1匹の子羊を犠牲としてささげた。これは私たちにとっては、礼拝に出席し、牧師が語る言葉に耳を傾け、自分自身とその時間とをささげるということに他ならない。具体的にこの姿を取らずしては、神様を主と慕い求めているということにはならないのである。

4.神様は、そのような具体的な姿を取ることにおいて、私たちをして神様を主と慕い求める者とならしめ、敗北の地を「助けの石」を置ける場所に変えたのである。
 礼拝をささげる生活こそが、神様を主と慕い求める具体的な姿なのである。礼拝に集う歩みを続けることにおいて、神様は敗北の地を助けの石が置ける場所へと変えて下さるのである。
 サムエルがイスラエル人に求めたのは、偶像の神々を取り除き、水をくみあげ、1匹の子羊を犠牲としてささげることだった。水をくみあげることで思い起こすのは、ヨハネによる福音書2章の冒頭にかかれたカナの結婚式での出来事であろう。宴でブドウ酒が足りなくなるとイエス様は、召し使いに空の瓶に水をくめと命じたのである。私たちが礼拝をささげるのは、このようなことかもしれない。空の瓶に水を汲むことが一体何になるのか。ペリシテ人に対してどのような助けになろうか。しかしそれを喜んですることが、神様を主として慕い求めることなのである。また、たった1匹の子羊を捧げよとサムエルは命じた。何頭もの羊をささげよとは命じなかった。たった1匹の子羊でよいのである。それが私たちのささげる礼拝ではなかろうか。ささやかな信仰生活ではなかろうか。それでよいのだと神様は言ってくださる。それが私たちをして、助けの石を置かせてくださることになるのである。

聖書:新共同訳聖書「サムエル記(上) 7章 2~12節」 07:02主の箱がキルヤト・エアリムに安置された日から時が過ぎ、二十年を経た。イスラエルの家はこぞって主を慕い求めていた。 07:03サムエルはイスラエルの家の全体に対して言った。「あなたたちが心を尽くして主に立ち帰るというなら、あなたたちの中から異教の神々やアシュタロトを取り除き、心を正しく主に向け、ただ主にのみ仕えなさい。そうすれば、主はあなたたちをペリシテ人の手から救い出してくださる。」 07:04イスラエルの人々はバアルとアシュタロトを取り除き、ただ主にのみ仕えた。 07:05サムエルは命じた。「イスラエルを全員、ミツパに集めなさい。あなたたちのために主に祈ろう。」 07:06人々はミツパに集まると、水をくみ上げて主の御前に注ぎ、その日は断食し、その所で、「わたしたちは主に罪を犯しました」と言った。サムエルはミツパでイスラエルの人々に裁きを行った。 07:07イスラエルの人々がミツパに集まっていると聞いて、ペリシテの領主たちはイスラエルに攻め上って来た。イスラエルの人々はそのことを聞き、ペリシテ軍を恐れて、 07:08サムエルに乞うた。「どうか黙っていないでください。主が我々をペリシテ人の手から救ってくださるように、我々の神、主に助けを求めて叫んでください。」 07:09サムエルはまだ乳離れしない小羊一匹を取り、焼き尽くす献げ物として主にささげ、イスラエルのため主に助けを求めて叫んだ。主は彼に答えられた。 07:10サムエルが焼き尽くす献げ物をささげている間に、ペリシテ軍はイスラエルに戦いを挑んで来たが、主がこの日、ペリシテ軍の上に激しい雷鳴をとどろかせ、彼らを混乱に陥れられたので、彼らはイスラエルに打ち負かされた。 07:11イスラエルの兵はミツパを出てペリシテ人を追い、彼らを討ってベト・カルの下まで行った。 07:12サムエルは石を一つ取ってミツパとシェンの間に置き、「今まで、主は我々を助けてくださった」と言って、それをエベン・エゼル(助けの石)と名付けた。


2020/09/13 聖霊降節第16主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「主は与え、主は取りたもう」 1.はたして「老いを祝福として受け止めることができるか?」ということは、私たちにとって最大の難題だと思う。作家の佐藤愛子に「90歳、何がめでたい」というエッセイがある。先日、老いの厳しさ・辛さをしみじみ感じさせられる出来事があった。ある人が、近くにおられるお子様の助けを借りなければならない境遇になった。かつては考えられなかったように、口を挟まれたり、思わぬ干渉を受けたりするようになったとのこと。「先生、老いては子に従えですね」と、その人は寂しそうに語っていた。そのことを聞き、私は妻としみじみ「老いるということは辛いな」と語り合った。私自身は、決して老いては子に従うとは思えない人間だろうと思う。そして、子にあれこれ口出しされる位なら孤独死した方がましだとさえ今は思ってしまう。
 このヨブ記に記されているように、老いを祝福として受け止めることが難しいのは、老いの中に、これでもかこれでもかと奪われ失うことがつきまとうからに他ならない。ヨブは、度重なる略奪の被害にあい、自然災害のために一切の財産と子供たちを失ってしまった。さらに、彼自身が重い皮膚病にさいなまれることとなった(2章)。ヨブが年老いていたとは、書かれてはいないが、おそらくはそうであっただろう。そして老いた私たちには、このようなことが当然に起きる。私たちには、これを祝福と受け止められる力や根拠のようなものはどこにもないように思う。私たちは一体どのようにして自分にとっての幸いであり喜びのよりどころであったものを次々と奪われることを祝福と受け止めることができるであろうか。そのような力は、私たち人間には備わってはいないのである。だからこそ、老いる私たちにこそ神様を信じることが不可欠だと確信する。奪われ失ってしまったことを神様との間柄において受け止め、それを幸いと受容できるようになることが不可欠なのである。

2.このヨブ記に記された神様を信じる信仰によって、老いを祝福と受け止めることができる秘訣につながることを3つ教えられるように思う。
 まず、ヨブは「主の御名はほむべきかな」と言っていた。ヨブは神様の御名を「主」と呼んでいた。それは、ただそのように呼んでいただけではなく、神様を主人としていることである。信仰によって与えられるのは、まずは神様を主人とあおげるということである。そのことによって自分が主人であることから離れられるのである。
 神様であろうと誰であろうと、誰かを主人とし、自分がその僕であるということは、そもそも現代にはそぐわないし、到底受け入れられないと考える人が多いと思う。礼拝の中で何度か紹介したあるカウンセラーが書いている。「現代人にあまねく行き渡っている価値観・人生哲学は『私の人生は私のもの』つまり私が私の主人であるという考え方だ」と。そして、それこそが今の人々が追いかけても追いかけても幸せを得られない「幸福のパラッドクス」の理由であり、「諸悪の根源」だとさえ言い切っていた。自分が主人という考え方こそが、私たちに幸せをもたらすようでありながら、実はその反対に、他ならぬ自分自身を自己否定へと追い込んでしまうのだと言っておられた。
 本当にそうだと思う。自分が自分の主人であり続けたいからこそ、そうでありえた時の強さや健康や豊かさをいつまでも持っていたいと願うのである。しかし、だからこそ、それを失った自分を他ならぬ自分自身が肯定できなくなる。私の人生は私のものだ、私が私の主人だという考え方は、だれもが疑わない価値観である。しかし実は、それがもたらすマイナスは、とても大きいのだと思うのである。多くのものを奪われ失った老いを祝福と受け止められない原因も、まさにここにある。

3.神様を主人とする信仰こそが、そこから私たちを救い出してくださるのである。イエス様は、夜中に結婚式の披露宴から帰ってくる主人を明かりをともして起きて待っている僕(しもべ)の幸いを教えていた(ルカによる福音書12章35~40節)。僕(しもべ)の何が幸いなのか。夜中に帰ってきた主人を、明かりをともして出迎えるのを見られる僕は幸いだとイエス様は2度にわたっておっしゃった。主人を迎える姿を主人によって見られる僕は幸いなのである。毎日毎日夜中に帰ってくる主人を迎えるというのであれば、それは大変だとは思う。しかしおそらくは、そうではない。当時のイスラエルでは、貧しい人々が1年間懸命に働いてためたお金を使ってやっと結婚式をしたのだと何かで読んだことがある。だから、それほど数多く披露宴はなかったのではなかろうか。1年に1度か2度あるかないかの結婚式に出席して、遅く帰ってくる主人を待っていればよかったのである。それ以上の大きなことが求められているのではなかったのである。
 主人である神様は、そのように僕である私たちの、本当に些細な働きを見て喜んで下さるのではなかろうか。それを見ていただくところに私たちの幸いがある。それとは反対に、私が私の主人であるときには、主人である自分が僕である自分に求める要求は高いものとなってしまう。それは、どこまでいっても満足することがあない。そこに幸いはないのである。しかし神様という主人は、僕である私たちのごく小さな働きを見てほめて下さり、それを幸いと思ってくださるのである。その主人の幸いを私の幸いであると思えるなら、それは私たちを肯定することとなる。

4.主人である神様が幸いと思っておられることは、私たちが幸せと考えていることとは随分違うのではなかろうか。主人である神様が僕である私たちの何を幸いとされるかが、ヨブの言葉から第二に教えられる点なのである。「わたしは裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう」と21節のはじめにあった。それは、神様が私たちを裸で生まれさせる点に幸いを感じておられるということである。神様が私たちを裸で生まれさせるというところに、主人である神様の僕である私たちへの大きくて深い肯定を感じるように私は思う。
 なぜ裸なのか。裸とは、一時たりとも他の人から包まれたり食べ物を与えられたり、育まれたりしなくては生きてゆけない存在だということである。主人としての神様は、僕としての私たちのそれを、よしとして肯定して下さっているのではなかろうか。私たちが最初にそのようなありさまで生まれてくるということは、一生涯そのような本質を持ち続けているということでもあるように思う。成長し大人になる中で私たちは、どんどん裸である存在ではなくなってゆくかもしれない。ヨブがそうであったように、豊かなものを身につけてゆきはするのだが、最初に生まれ出たときの根源的姿は決して失われてはいないと思うのである。私たちが失い奪われてゆくのは、この根源的に裸である本質がまた現れてゆく過程だと思う。裸である者として伴侶や子や、介護をして下さる方々にお世話になるありさまとして現れる。だんだん生まれたばかりの裸である状態に還ってゆく。それが、そのように私たちを生まれさせたもうた主人である神様の御心にかなうことではなかろうか。そのような僕である私たちの姿を見ることが主人である神様の喜びなのではなかろうか。そのようにして私たちは、また神様のもとに帰るのである。それは、もうこの世では裸である私たちをくるむものがなくなったからである。私たちの食べ物がもうこの世にはないからなのである。今度は神様が母となり育み手となって下さるということなのであろう。
 先日、NHKのクローズアップ現代という番組で、コロナ禍によって家を失いホームレスにならんとする人々が続出しているとの厳しい現実が報じられていた。職を失くし家を失って文字通り丸裸にされて、それでも裸であることが幸いであると言えるのかとしみじみ思った。神様が私たちを裸である人間として生まれさせたのは、当然そこに育み手がいるとの前提がある。胎を出たところの「母」が必ずいて、はじめて裸である幸いがありえる。だから、社会的に裸とされた人々が幸いだと言えるには、やはり「母」たる存在が不可欠である。周囲がそれを備えねばならない。
 その上で、そのように裸となってしまった現実を深いところで祝福として受け止めるものがあってよいのではなかろうか。裸になってしまった自分を否定したり卑下したりすることはないのだと思うのである。ある中年の女性が、賃貸住宅の保証会社の人に付き添われて住居費の補助申請に行き、その窓口で「本当に恥ずかしくて申し訳ないけれど」と涙ながらに言っていた。しかしそのように「裸で母の胎を出た」状態になったことを決して私たちは卑下する必要はないと思うのである。「裸で母の胎を出た」という御言葉は、裸になった私たちを深い所から肯定して下さる言葉なのである。

5.最後にヨブは「主は与え、主は奪う」と語っている。ヨブのこの言葉の言わんとするところは、主人である神様が、ある時までは与えある時からは奪うことをなさるということでは決してないと私は思う。そうではなく、主なる神様の御業は与えることと奪うことが表裏一体・密接不可分であるということだと思う。私たちは、私たちにとっての神様を、常に私たちにとっての幸いと思われるものを与えてだけ下さる方であってほしいと思う。しかし主人である神様は、そうではない。私たちにとって幸いと思われるものが与えられるときにも、必ずそこには奪われるということがある。しかし反対に、奪われるときにも与えられるということがある。神様がそのような主人であって下さると信じることができたとき、そこに私たちの幸いを知ることができる。老いをも祝福と受け止めることができる。
 先日の週報で『人間を見つめて(神谷美恵子)』という本からの一文をご紹介した。彼女は、医者になる前には生物学を学んでおられたという。自然現象を通してこんなことを感じとったと言われる。「死そのものは、これまた自然現象であり、生を支える『外なる自然』に、やはり支えられているということである。生を支えるものは死をも支えるものだということである」と。生を支えるものとは、彼女の文章では自然現象のことである。もっとつきつめれば自然を創造された万物の主である神様にゆきつく。神様という主人は、ただ生を支えるだけではなく死をも支えるということではなかろうか。「死を支える」という一文に私ははっとさせられた。主なる神様にとっては、創造の御業をなさることにおいて与えることと奪うことはひとつなのである。生を支えることは死を支えることであり、またその逆もしかりなのである。私たちを裸で生まれさせたのは、私たちが裸であるがゆえに様々なものを周囲からいただくために他ならない。だから死ぬということも突き詰めればそれは裸にされ奪われることではあるが、しかしそこには神様が新たな生を与えるという意味もある。神様を主として信じることによって、老いを祝福として受け止めてゆければと願う。

聖書:新共同訳聖書「ヨブ記 1章 21節」 01:21「わたしは裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう。主は与え、主は奪う。主の御名はほめたたえられよ。」


2020/09/06 聖霊降節第15主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「ステファノの殉教」 1.使徒言行録の6章8節から8章2節までには、当時のイスラエル人の最高政治機関であった最高法院でのステファノのスピーチと、その結果としての彼の殉教、さらにはそのことによるエルサレム教会への迫害の様子が記された箇所である。
 ステファノは、どういう人物であったのであろう。6章のはじめにあったようにステファノは、エルサレム教会の中のギリシャ語を話すディアスポラと呼ばれるユダヤ人たちの指導者だった。もともとエルサレム教会は、イエス様の弟子たちを中心にして、生まれつきイスラエルに住んでいたヘブル語(はアラム語)を話す人々によって構成されていた。しかしやがて信者が増すにつれてギリシャ語を話すディアスポラのユダヤ人―イスラエルの長い歴史の中でアジアやヨーロッパのあちこちに散らされて生きざるを得なかった人々―も多く加わるようになっていった。6章はじめに、アラム語を話す生粋のユダヤ人とギリシャ語を話すディアスポラのユダヤ人との間に、徐々に様々な溝が生じるようになっていたことが記されていた。この溝を調整すべくディアスポラのユダヤ人から任命された7人の人々―それは長老や執事と呼ばれる役割のはじまりだった―の筆頭に上げられていたのがステファノだった(6章5節)。もっとも大事な点は、ステファノが、あちらこちらに散らばされて生きてきたユダヤ人のリーダーだったということである。
 そのようなステファノが、召喚された最高法院で、どのようなスピーチをしたのか。それは端的に言えば、信仰においてエルサレム神殿のような建物は不要だということだった。それが神殿を絶対に必要だとするユダヤ人からの猛烈な反発を招き、ステファノは石で打たれて殉教の死を遂げることになったのである。さらには8章1後半にあるように、ユダヤ人からのエルサレム教会への大迫害を招くことにもなったのである。「使徒たちのほかは皆」とあるように、結果的にエルサレムに残ることができたのは、イエス様の弟子たちを中心とした、もともとイスラエルに住んでいた信者だけとなったのであろう。6章はじめにあったように、エルサレム教会は、アラム語を話す人々とディアスポラの人々との溝を埋めるよう精一杯努力したが、結果としてはおもに生粋のユダヤ人だけが教会に残り、ギリシャ語を話す人々はエルサレムを去らざるを得なくなったのである。ステファノを始めとして、失ったものはとても大きかったのである(8章2節)。

2.さて、それではステファノはどのようなメッセージを語ったのか。44節は、「わたしたちの先祖には、荒れ野に証しの幕屋がありました」と始まっている。7章1節からのメッセージをステファノは、アブラハムというイスラエル人の先祖から語り出した。このアブラハムという先祖からして「荒れ野に証しの幕屋があった」と彼は言うのであった。幕屋とは十戒を刻んだ2枚の石の板が納められた特別な箱が安置されたテントのことである。十戒が与えられたのは、言うまでもなくモーセの時代になってからなので、アブラハムの時代にはまだ幕屋はなかったのである。しかしステファノは、文字通りの幕屋というものはなくても、荒れ野においてまことに粗末なテントのようなところで人間に言葉を語ってくださり堅い結び付きを与えて荒れ野の生活を支えようとしてくださった神様の姿が、アブラハムの時からあったのだと言わんとしたのだと思う。神様とは、先祖アブラハムから今日に至るまで終始一貫して、「荒れ野」にある「幕屋」を通して証しされようとする方なのだと彼は語ったのである。
 ステファノは、アブラハムへの神様の言葉として「あなたの土地と親族を離れ、わたしが示す地に行け(創世記12章1節に記されている)」をあげている(7章3節)。これこそが「荒れ野」の歩みに他ならないと思うのである。これまで慣れ親しんでいた土地、すなわち生活の糧を与えてくれていた田畑や家を捨てて、また様々な援助を与えてくれた親族との絆も捨てて、行き先も分からずに神様が一方的に示す地に行くとは、まさしく「荒れ野」であろう。しかし、そこにこそ私たちが、この世の「土地」からでもなく、またこの世の人間関係である「親族」からでもなく、そうしたものを越えた神様という存在から与えられる食べ物た収穫・恵みによって生きる歩みというものが発見できるのである。
 イエス様が、特別に心に刻んでおられた言葉が、申命記8章3節にある。「人はパンだけで生きるのではなく、主の口から出るすべての言葉によって生きる」と。私たちは荒れ野における困難な生活の中でこそ、この世の田畑とか自分が産み出した稼ぎという「パン」によってではなく、神様が与えてくださるもの、その中心にある神様の言葉によって生きられることを知るのである。幕屋に置かれた神の箱に納められていたのは、十戒という神様の言葉が刻まれた石の板に過ぎない。一体それがどんなパンになるというのか。私たちが生きることにおいて何の足しになるというのか。ただの石の板とパン。これほど対照的な組み合わせはないであろう。石の板たる神の言葉、おおよそ私たちのパンとはなり得ないものを納めたもの、これが「幕屋」の特徴なのである。しかし神様は、「荒れ野」でのこの「幕屋」という特徴をもったものを通して私たちに証しされ、私たちとの絆を持ち、私たちを支えようとなさるのである。
 ステファノは引用していないが、先ほどのアブラハムへの神様の言葉に続いて「わたしは、あなたを大いなる国民にし、あなたを祝福し、あなたの名を高める」と創世記12章2節にある。なぜ荒れ野で生きる者が祝福されるのか。大いなる者となれるのか。それはひとえに、たとえこの世の土地や人間関係からの収穫や支えがなくとも、アブラハムの末たる者は神様の下さるものによって生きられるからである。私たちは必ず、慣れ親しんだ土地を離れ、家族・親族との絆を絶たれて生きざるを得ない時を迎える。そうした境遇を避けることはできない。しかし、そうした境遇に置かれたとき、荒れ野の幕屋において神様からのパンをいただけると知っている者は、生き延びてゆけるのである。
 幕屋とは、粗末なテントのことである。荒れ野では家を建てることなどできず、ましてや特別な聖所を建てることはできない。ただ粗末な簡易テントを設営できるのみである。神様が荒れ野においてこそ私たちを支えて下さるその「証し」は、このテントにこそ象徴的に示されている。そうステファノは語ったのである。私たちは、荒れ野の中でもそのようなテントにおいて、神様と出会い、その支えをいただくことができるのだと語ったステファノのメッージには、自分自身ディアスポラのユダヤ人として荒れ野をさまよい、テントしか建てることができなかった者だけが掴み得た福音・喜びがあったのだとひしひしと感じる。イエス様に現れた福音とは、先祖以来終始一貫して証しされてきたものだと、ステファノは語ったのである。

3.しかし、46節以降にあるように、ソロモン以後、イスラエル人は幕屋とは対照的な壮麗な神の家・神殿を建ててきたのだとステファノは痛烈に批判した。荒れ野とは対照的に王国を建設し、それにふさわしい神殿を建て、そこに神様の住まわせようとした。もっと端的に言えば人の手で建てた家に神様を押し込め閉じ込めようとしたのである。私たちも同じことをしている。それぞれにとっての「王国」を建て、自分が王様であれるような人生を生きようとし、そうできるのが幸せだと思い、そのただ中にそれぞれの神殿を建てる。王国のど真ん中に建てられた壮麗な神殿に、その王国の永続を願って神様を押し込めるのである。
 しかしこのことは、「荒れ野に証しの幕屋」を建てる神様の御心に反している。いずれ荒れ野に生きるしかない私たちなのである。荒れ野には壮麗な神殿など決して建て得ない、ただただ粗末なテントしか建て得ない私たちなのである。だからこそ神様は、幕屋において共にいようとされ、祝福を下さろうとなさる。イエス様こそが、荒れ野で生きる私たちのために神様が建てて下さった粗末なテントなのであった。神様の言葉が人となって現れたのがイエス様であった。
 ステファノは、49節からイザヤ書66章1節以下を引用して、「いと高き方は人の手で造ったようなものにはお住みになりません」と言っている。「天はわたしの王座。地はわたしの足台」とは何とすばらしい言葉であろうか。そうであるならば、この天と地との間でうごめく私たちも、神様の王座と足台の上で生きることができている者なのである。ここが神様の王座だとか、足台であるとは全く見えないような現実の中で生きている。しかしイエス様が人となり十字架に死んで下さったために、その粗末な幕屋において私たちも、この私たちの人生が神様の王座・足台であると信じることができるのである。

4.ルカは、どのような意図からこのような出来事をこれほど長々と記したのであろうか。まず何よりも、ステファノは生まれたばかりの教会にとって最初の殉教者だったのである。きっとルカはその姿に、これから自分たちに起こるであろう多くの迫害・殉教のことを予期し重ね合わせて見ていたに違いない。
 なぜ迫害や殉教が起こるのだろうか。それはクリスチャンが、いわゆる邪宗の者だからでは決してないと、ルカは主張しているのだと思う。そうではなく、神様と私たちがどのようにして結び付くか、その根幹にあること、神様が「荒れ野における幕屋」を通して「証し」されるということ、その最大の現れとしてのイエス様の存在を、その喜びを語ることが、いつの時代でも迫害を招くことになるのである。
 それは今の時代社会でも同じではなかろうか。表立っての迫害はないかもしれない。しかしコロナ禍の中にあって家族の反対にあい、礼拝に集い得ない人々がある。「同調圧迫」のもと必要以上に自粛をせざるを得ない私たちである。なぜ礼拝などという不要不急のことをしているのだとのそしりを受けている。しかし、私たちはそれでも礼拝に集うことを喜びとしている。礼拝とは、まさに「荒れ野」における「幕屋」なのだとしみじみ感じる。本当に粗末なテントのようなものである。聖書の言葉を人間でしかない愚かな牧師が説き明かす説教を中心にした粗末な集会なのである。しかしそこに私たちは神様との絆を見いだすのである。神様からのパンをいただくのである。そのような私たちの生きざまは、残念ながらこの世においては軋轢や迫害を生むことがあるのだとルカは語る。
 もうひとつルカが力を込めてステファノの出来事を語る理由がある。彼のメッセージは、その死とエルサレム教会からのギリシャ語を話す信者たちの離反を生んだ。しかしそれがかえって、まことに不思議なことに、教会を新たな場面へと送りだし、新たな伝道を可能にしていったのである。それが4節以下に語られてゆく。
 2節に「ステファノを葬り、彼のことを思って大変悲しんだ」とある。やはりコロナ禍によって私たちも多くのものを葬り失って悲しんでいる。礼拝に集う人々も、かつてからは考えられないほどに、ほぼ半分になってしまっている。家族の反対や不要不急の事柄についての自粛圧力から、礼拝出席が全く途絶えてしまった人々が多くある。それでも私たちは精一杯礼拝を守っている。夕拝も休まず続けてきた。そのような教会の姿は、一方では反感を招くこともあろう。しかし他方では、なぜこのような事態の中でもあの人々は礼拝をささげるのかと、誰かの心を捉えることもあるのはなかろうか。それほどまでしてささげる礼拝の魅力・喜びとは何なのかが、このような時こそ伝えられてゆくのではなかろうか。様々な集会が中止される中で、最後の最後まで閉じられないもの、教会にとっての根幹であるものは何かが明らかになってゆく時なのである。

聖書:新共同訳聖書「使徒言行録 7章 44節~8章 2節」 07:44わたしたちの先祖には、荒れ野に証しの幕屋がありました。これは、見たままの形に造るようにとモーセに言われた方のお命じになったとおりのものでした。 07:45この幕屋は、それを受け継いだ先祖たちが、ヨシュアに導かれ、目の前から神が追い払ってくださった異邦人の土地を占領するとき、運び込んだもので、ダビデの時代までそこにありました。 07:46ダビデは神の御心に適い、ヤコブの家のために神の住まいが欲しいと願っていましたが、 07:47神のために家を建てたのはソロモンでした。 07:48けれども、いと高き方は人の手で造ったようなものにはお住みになりません。これは、預言者も言っているとおりです。 07:49『主は言われる。「天はわたしの王座、地はわたしの足台。お前たちは、わたしにどんな家を建ててくれると言うのか。わたしの憩う場所はどこにあるのか。 07:50これらはすべて、わたしの手が造ったものではないか。」』 07:51かたくなで、心と耳に割礼を受けていない人たち、あなたがたは、いつも聖霊に逆らっています。あなたがたの先祖が逆らったように、あなたがたもそうしているのです。 07:52いったい、あなたがたの先祖が迫害しなかった預言者が、一人でもいたでしょうか。彼らは、正しい方が来られることを預言した人々を殺しました。そして今や、あなたがたがその方を裏切る者、殺す者となった。 07:53天使たちを通して律法を受けた者なのに、それを守りませんでした。」 07:54人々はこれを聞いて激しく怒り、ステファノに向かって歯ぎしりした。 07:55ステファノは聖霊に満たされ、天を見つめ、神の栄光と神の右に立っておられるイエスとを見て、 07:56「天が開いて、人の子が神の右に立っておられるのが見える」と言った。 07:57人々は大声で叫びながら耳を手でふさぎ、ステファノ目がけて一斉に襲いかかり、 07:58都の外に引きずり出して石を投げ始めた。証人たちは、自分の着ている物をサウロという若者の足もとに置いた。 07:59人々が石を投げつけている間、ステファノは主に呼びかけて、「主イエスよ、わたしの霊をお受けください」と言った。 07:60それから、ひざまずいて、「主よ、この罪を彼らに負わせないでください」と大声で叫んだ。ステファノはこう言って、眠りについた。 08:01サウロは、ステファノの殺害に賛成していた。その日、エルサレムの教会に対して大迫害が起こり、使徒たちのほかは皆、ユダヤとサマリアの地方に散って行った。 08:02しかし、信仰深い人々がステファノを葬り、彼のことを思って大変悲しんだ。


2020/08/30 聖霊降節第14主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「逮捕されるイエス」 1.「こう話し終えると・・・その中に入られた(18章1節)」とある。ここに書かれている「園」とは、他の3つの福音書でゲッセマネの園と呼ばれている場所である。それについてバークレーは、以下ように説明している。「・・・ゲッセマネとは『油しぼり』を意味する。エルサレムは、シオンの山頂の非常に限定された地域に立てられていた。このことのゆえに庭を持つ余地はなかった。そして金持ちはオリブ山の山麓(エルサレムの東側に広がる)に彼らの庭園を持っていた。そこに至るには、エルサレムから下り、ケデロンの川の流れる渓谷に至り、反対側の丘の斜面を登った。ゲッセマネはオリブ山の斜面に囲われた小さな庭園であったに違いない。そして名の知れない友人が過越の祭りの期間中、それを使用する許可をイエスに与えていたに違いない。(『イエスの生涯I』より)」
 イエス様がこのゲッセマネの園にいたときに、イエス様はローマの兵士や宗教指導者たちの下役によって逮捕された。私たちが抱く印象は、イエス様が逃げも隠れもせず正々堂々と彼らに対峙していたことである。むしろイエス様が自分から進んで身を委ねられたようにさえ思える。逮捕にきた者たちにイエス様は「誰を捜しているのか」と尋ねた。その問いに対する「ナザレのイエスだ」との答えに、イエス様は「わたしである」と自ら名乗ったのである。そのような問答が二度繰り返された。12弟子の一人であったペトロは、持っていた剣を振りかざして大祭司の手下のマルコスの耳を切り落とした。無駄な抵抗とも言えよう。それに対してイエス様は「剣をさやに納めなさい。父がお与えになった杯は飲むべきではないか」と言い、逮捕という事態を静かに引き受けようとされたのである。
 そのようなイエス様の姿は、私たちに何を語りかけているのであろうか。イエス様が逮捕されたのは今の曜日で木曜日、十字架にかけられたのが金曜日だとされている。そのときイエス様はこの世の生涯を終える最後の二日間を迎えていたのである。私たちにも必ず、この世の人生を終えようとする最後の二日間が訪れる。その時を私たちはどのように迎えることができるであろうか。言うまでもなく私たちは、イエス様のようには、イエス様を手本や見本としては、この時を迎えることはできない。しかしイエス様のそのときの姿は、私たちを励まし支えて下さるものとなるのではないだろうか。
 つくづく感じるのは、私たちの姿がイエス様のそれではなく、ペトロのふるまいに近いかもしれないということである。自分が持っている精一杯の小さな剣を振りかざして、人生最後の時に、何かに立ち向かってゆこうとするのである。しかし私たちができるのは、せいぜい襲いかかる敵の一人の「耳を切り落とす」くらいのものでしかない。本当に無駄な抵抗である。剣をふるって切り落とし傷つけるのは、もしかしたら当の私たち自身なのかもしれない。そのような私たちに、イエス様は「剣をさやに納めよ」と語りかけて下さる。「無駄な戦いはやめなさい」と。

2.「イエスはご自分の身に起こることを何もかも知っておられ(4節)」たと書かれている。イエス様は、それから二日の間に起ころうとすることをすべて知っておられた。それはとても辛い出来事ではあったが、その出来事は「父がお与えになった杯(11節最後イエス様の言葉)」なのであった。父なる神様によって与えられる杯なのだから、それは直接的な味としては苦く辛いものではあっても、究極的にはよいものに違いないのである。イエス様は、それをそのようなものとして、自分の身に起きることを何もかも知っておられたのである。
 私たちも、そのように人生最後に起きることを知ってよいのではないだろうか。私たちは、この世の人生の最後にどのようなことが起きるかがわからないからこそ、それを恐れ不安におののくのである。病や認知症が、そして死が、どのように私たちを捕らえ、自分の人生の最後がどうなってゆくのか、それがどれほど苦しいかがわからないからこそ私たちをおびえさせるのである。しかしそのすべてのことは、神様が知っておられる。同様にイエス様も、すべてをご存じだったのである。その根本にあるのは、神様が私たちに与えて下さる杯だということである。直接的には病気や死がもたらす苦しみであるかもしれない。しかしそれは神様の下さる杯でもある。だから必ずや私たちにとって良いものなのである。それを知っていればよいのではなかろうか。そのことが私たちを励ますのではなかろうか。

3.二度にわたって(4節と5節、7節と8節)、問答が繰り返されている。イエス様は、イエス様を捜す兵士や下役に対して「わたしだ」と答えた。これはギリシャ語の原文では「エゴー・エイミー」とのことである。英語では「I am」である。出エジプト記3章14節に、神様がモーセに自分の名前を「わたしはある」という者だと答えた箇所がある。この「わたしはある」が、ギリシャ語聖書に訳されると「エゴー・エイミー」となる。果たしてイエス様自身が、この「わたしだ」との答えに、どれほどの意味を込めておられたかはわからない。直接的な意味としては、自分を捜しにきた者たちに対して「それはわたしだ」と答えた言葉にすぎない。しかしこの福音書を書いたヨハネは、象徴的な言い回しを好んだ人であった。そのようなヨハネが、この「エゴー・エイミー」というイエス様の言葉に、何らかの深い意味を持たせなかったとは考えられない。ヨハネは、神様がモーセに答えた意味を込めて「わたしはある者だ。わたしは生きて生き続ける存在だ。私を逮捕し殺そうとするあなたがたも、わたしの存在を消すことはできない」とのイエス様の心を語ろうとしていたと私には思えるのである。
 私たちは、自分たちが生きているということを、どのような点において、何をよりどころにしているのだろうか。それは、いわゆるエゴというものが満たされ、かなえられる点に、私たちはそれを置いているのである。私たちが使うエゴという言葉は、この「エゴー・エイミー」の「エゴー」というギリシャ語がもとになっている。「エゴー・エイミー」というギリシャ語から、いつの間にか、私たちのエゴが満たされることにおいて「私は生きている」すなわち「わたしはある」と、ごく普通に私たちは考えるようになったのである。
 イエス様はどうだったのか。逮捕され十字架にかけられようとすることにおいて、もはやそのエゴなるものは粉々に砕かれようとしていたのである。エゴが満たされる可能性などどこにもなかったのである。ところがイエス様は、このような状況でこそ「エゴー・エイミー」とおっしゃった。しかも二度にわたって、なのであった。
 このイエス様の姿が、私たちに問いかけ、私たちを諭して下さるものは大きく深い。私たちの人生の最後に訪れる二日間も、まさにエゴが粉々にされる時であろう。私たちにはおそらく、絶対に「エゴー・エイミー」などとは言えない時であろう。しかし私たちは、このイエス様に励まされ助けられて「エゴー・エイミー」と言えるようになれるのである。それは何においてなのか。それはもちろん私たちのエゴが満たされることにおいてではない。私たちのエゴは砕かれてしまう。そこには、私たちに自分の杯を与えようとする神様がおられるのである。「わたしはある(エゴー・エイミー)」とおっしゃる神様がおられるのである。またそのようにおっしゃるイエス様がおられる。私たちのエゴは、神様によってイエス様によって砕かれるのである。だからこそ私たちは本当の意味で「エゴー・エイミー」と言えるようになるのではなかろうか。

4.イエス様のこの「エゴー・エイミー」という言葉は、イエス様を捕らえるために捜しにきた者たちに向かって発せられた。エゴー・エイミーという言葉は、他の誰に対しても、また他のどのような状況において発せられたものでもなく、イエス様を悪意をもって捜しにきた人々に、まさしくその状況において発せられたのである。このこともまた大いに、私たちに何かを教えてくれることではないかと思うのである。
 私たちにも、誰かによって、またある状況によって、捜し求められているという現実がある。人生最後の二日間は、死が、病が、認知症が、また新型コロナウイルスが、私たちを捜し求めているのである。それは決して良いことにおいて人々が私を捜し求めているというものではないのである。全く逆の状況である。しかし、それもまた突き詰めれば神様が私たちを捜しておられるありさまなのであろう。神様が私たちに良き杯を与えようとしておられる状況なのである。それに対し、逃げずに真正面から向き合い「わたしだ」「わたしはここにいる」と言うことにおいて、「エゴー・エイミー」と私たちは口にできるのではないだろうか。
 夏休みの期間に何冊もの本を読んだ。何度も読んだフランクルの本を手にとった。フランクルの考えの核心にあるのは、私たちが人生にその意義を問うというのではなく、人生が私たちに生きる意義を問うているのだというものである。私たちがそのエゴを基準として、それがどのように満たされたかということから人生の意義を問うのではなく、私たちのエゴが砕かれてしまっているような状況でこそ、私たちを越えたある存在が生きる意義を与え発見させようとしているというのである。その状況とは、誰かがまた何かが私たちを捜しているということに現れるのではなかろうか。私が捜すのではなく、誰かが私を捜すのである。自分が捜す主人公になるのではなく、自分が捜される対象となるのである。
 人生最後の二日間において、私たちはまさに捜される対象とされる。病によって、苦難によって、そして死によって捜し求められ、それぞれに科される十字架につけられる者とされるであろう。けれども、本当に逆説的なことに、そのように私たちがエゴを砕かれ切ってしまったときこそが「エゴー・エイミー」と正々堂々と言える時なのだと、イエス様は身をもって教え励まして下さるのである。

聖書:新共同訳聖書「ヨハネによる福音書 18章 1~11節」 18:01こう話し終えると、イエスは弟子たちと一緒に、キドロンの谷の向こうへ出て行かれた。そこには園があり、イエスは弟子たちとその中に入られた。 18:02イエスを裏切ろうとしていたユダも、その場所を知っていた。イエスは、弟子たちと共に度々ここに集まっておられたからである。 18:03それでユダは、一隊の兵士と、祭司長たちやファリサイ派の人々の遣わした下役たちを引き連れて、そこにやって来た。松明やともし火や武器を手にしていた。 18:04イエスは御自分の身に起こることを何もかも知っておられ、進み出て、「だれを捜しているのか」と言われた。 18:05彼らが「ナザレのイエスだ」と答えると、イエスは「わたしである」と言われた。イエスを裏切ろうとしていたユダも彼らと一緒にいた。 18:06イエスが「わたしである」と言われたとき、彼らは後ずさりして、地に倒れた。 18:07そこで、イエスが「だれを捜しているのか」と重ねてお尋ねになると、彼らは「ナザレのイエスだ」と言った。 18:08すると、イエスは言われた。「『わたしである』と言ったではないか。わたしを捜しているのなら、この人々は去らせなさい。」 18:09それは、「あなたが与えてくださった人を、わたしは一人も失いませんでした」と言われたイエスの言葉が実現するためであった。 18:10シモン・ペトロは剣を持っていたので、それを抜いて大祭司の手下に打ってかかり、その右の耳を切り落とした。手下の名はマルコスであった。 18:11イエスはペトロに言われた。「剣をさやに納めなさい。父がお与えになった杯は、飲むべきではないか。」


2020/08/23 聖霊降節第13主日礼拝

礼拝メッセージ:村越 ちはる 伝道師「主なる神のご計画」 (要旨の掲載はありません)

聖書:新共同訳聖書「出エジプト記 3章 1~14節」 03:01モーセは、しゅうとでありミディアンの祭司であるエトロの羊の群れを飼っていたが、あるとき、その群れを荒れ野の奥へ追って行き、神の山ホレブに来た。 03:02そのとき、柴の間に燃え上がっている炎の中に主の御使いが現れた。彼が見ると、見よ、柴は火に燃えているのに、柴は燃え尽きない。 03:03モーセは言った。「道をそれて、この不思議な光景を見届けよう。どうしてあの柴は燃え尽きないのだろう。」 03:04主は、モーセが道をそれて見に来るのを御覧になった。神は柴の間から声をかけられ、「モーセよ、モーセよ」と言われた。彼が、「はい」と答えると、 03:05神が言われた。「ここに近づいてはならない。足から履物を脱ぎなさい。あなたの立っている場所は聖なる土地だから。」 03:06神は続けて言われた。「わたしはあなたの父の神である。アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である。」モーセは、神を見ることを恐れて顔を覆った。 03:07主は言われた。「わたしは、エジプトにいるわたしの民の苦しみをつぶさに見、追い使う者のゆえに叫ぶ彼らの叫び声を聞き、その痛みを知った。 03:08それゆえ、わたしは降って行き、エジプト人の手から彼らを救い出し、この国から、広々としたすばらしい土地、乳と蜜の流れる土地、カナン人、ヘト人、アモリ人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人の住む所へ彼らを導き上る。 03:09見よ、イスラエルの人々の叫び声が、今、わたしのもとに届いた。また、エジプト人が彼らを圧迫する有様を見た。 03:10今、行きなさい。わたしはあなたをファラオのもとに遣わす。わが民イスラエルの人々をエジプトから連れ出すのだ。」 03:11モーセは神に言った。「わたしは何者でしょう。どうして、ファラオのもとに行き、しかもイスラエルの人々をエジプトから導き出さねばならないのですか。」 03:12神は言われた。「わたしは必ずあなたと共にいる。このことこそ、わたしがあなたを遣わすしるしである。あなたが民をエジプトから導き出したとき、あなたたちはこの山で神に仕える。」 03:13モーセは神に尋ねた。「わたしは、今、イスラエルの人々のところへ参ります。彼らに、『あなたたちの先祖の神が、わたしをここに遣わされたのです』と言えば、彼らは、『その名は一体何か』と問うにちがいありません。彼らに何と答えるべきでしょうか。」 03:14神はモーセに、「わたしはある。わたしはあるという者だ」と言われ、また、「イスラエルの人々にこう言うがよい。『わたしはある』という方がわたしをあなたたちに遣わされたのだと。」


2020/08/16 聖霊降節第12主日礼拝

礼拝メッセージ:坂井 悠佳 神学生「お似合いの服」 (要旨の掲載はありません)

聖書:新共同訳聖書「ルカによる福音書 10章 25~37節」 10:25すると、ある律法の専門家が立ち上がり、イエスを試そうとして言った。「先生、何をしたら、永遠の命を受け継ぐことができるでしょうか。」 10:26イエスが、「律法には何と書いてあるか。あなたはそれをどう読んでいるか」と言われると、 10:27彼は答えた。「『心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい、また、隣人を自分のように愛しなさい』とあります。」 10:28イエスは言われた。「正しい答えだ。それを実行しなさい。そうすれば命が得られる。」 10:29しかし、彼は自分を正当化しようとして、「では、わたしの隣人とはだれですか」と言った。 10:30イエスはお答えになった。「ある人がエルサレムからエリコへ下って行く途中、追いはぎに襲われた。追いはぎはその人の服をはぎ取り、殴りつけ、半殺しにしたまま立ち去った。 10:31ある祭司がたまたまその道を下って来たが、その人を見ると、道の向こう側を通って行った。 10:32同じように、レビ人もその場所にやって来たが、その人を見ると、道の向こう側を通って行った。 10:33ところが、旅をしていたあるサマリア人は、そばに来ると、その人を見て憐れに思い、 10:34近寄って傷に油とぶどう酒を注ぎ、包帯をして、自分のろばに乗せ、宿屋に連れて行って介抱した。 10:35そして、翌日になると、デナリオン銀貨二枚を取り出し、宿屋の主人に渡して言った。『この人を介抱してください。費用がもっとかかったら、帰りがけに払います。』 10:36さて、あなたはこの三人の中で、だれが追いはぎに襲われた人の隣人になったと思うか。」 10:37律法の専門家は言った。「その人を助けた人です。」そこで、イエスは言われた。「行って、あなたも同じようにしなさい。」


2020/08/09 聖霊降節第11主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「神の箱が引き起こす災い」 1.サムエル記(上)の4章から6章までは、神の箱を巡っての出来事が記された箇所である。
 イスラエル人は、なぜか突如ペリシテ人に攻撃をしかけた。ペリシテ人は、おそらくはヨーロッパからアジア大陸の西端にまで進出をしてきた民族だった。サムエル記の舞台は紀元前11世紀、ペリシテ人の勢力は、ピークを迎えつつあった。ペリシテ人は、エジプトで長く奴隷であったイスラエル人より、はるかに経済的にも軍事的にも文化的にも優勢な人々だった。現在この地域がパレスチナと呼ばれているのは、ペリシテという語に由来している。そのことからも彼らペリシテ人の力がどれほど大きかったかがわかる。そのようなペリシテ人に対して、イスラエル人は戦いをしかけた(その理由については、ここでは触れない)。案の定、最初の戦いでイスラエル人は4千人もの戦死者を出した。そこでイスラエル人は、シロの聖所(神殿)に置かれていた神の箱を戦場に運び入れようと思い立った。4章3節には「そうすれば、主が我々にただ中に来て、敵の手から救ってくださるだろう」とある。
 神の箱とは、十戒が刻まれた2枚の石の板を収めた箱である。イスラエル人は、これを担ぎながらエジプトを脱出した後、40年にわたって荒れ野を歩み、さまよった。そして、いよいよパレスチナに入ろうとする際、祭司がこれを担いでヨルダン川に立ったとき上流で川がせき止められ、人々は渡河できた(ヨシュア記3章)。同様によく知られた出来事がある。難攻不落を誇っていたエリコの城壁において、祭司が神の箱を担いで町の周りを7回回ったところ城壁が崩れたと、同じくヨシュア記6章にある。だからイスラエル人が、この神の箱を戦場へとかつぎ込めば勝利が与えられると思ったのは当然のことと思う。ところが、神の箱を迎えたイスラエル人の大歓声を聞いてペリシテ人は恐怖を覚えたものの、勢いづいたのである。そして何と、イスラエル人は勝利どころか逆に3万人もの戦死者を出してしまったのである。イスラエル人は、挙句の果てには神の箱をペリシテ人に奪われてしまったのである。
 そして5章、神の箱はまずペリシテ人の地中海沿岸の根拠地であったアシュドトの地のダゴンという神を祭った神殿に置かれた。ダゴンという神は、「収穫」という言葉から派生した神であって、パレスチナ地方ではよく知られたバアル(所有という意味)はその子だという。さて神の箱が置かれた次の日の朝、ダゴンの像は倒れていたとある。さらに翌日になると今度はその頭と両手と胴体がバラバラになっていたとある。またアシュドトの人々に、腫れ物が生じるという災害がもたらされた。たまらず、ガトという町に神の箱を移した。そこでも腫れ物が人々に及んだ。さらにエクロンでも同じことが起きた。11節後半から12節には「町全体が死の恐怖に包まれ、神の御手はそこに重くのしかかっていた。死を免れた人々もはれ物で打たれ、町の叫び声は天にまで達した」とある。こうして、とうとう神の箱はイスラエル人に返されてゆくというのが6章の物語なのである。

2.さて、このような3000年前の神の箱を巡る物語から、今日の私たちが語りかけられているメッセージとは、どのようなことなのであろうか。
 そもそも神の箱とは何なのかという点について、改めて考えてみたいと思う。その神の箱とは、十戒が刻まれた2枚の石の板を収めた箱である。この箱を作るように命じた神様の言葉が、出エジプト記25章8節に書かれている。「わたしのために聖なる所を彼らに造らせなさい。わたしは彼らの中に住むであろう」と。その直後には、箱をどのように作るかが指示されている。サムエル記(上)4章3節のイスラエル人の長老たちの言葉には「主が我々のただ中に来て」とあった。神の箱をかつぐことで神様が「我々のただ中に来て」下さるというのは、神様自身の言葉に基づくものであった。決してイスラエル人が勝手に考えたものではなかったのである。
 しかし大事なのは、どういう形において神様が人々の「ただ中に」いて下さるのかという点なのである。十戒とは、神様が語った言葉である。十戒について聖書が最初に語る出エジプト記の20章1節は、次のように始まっている。「神はこれらすべての言葉を告げられた」と。十戒とは、何よりも神の言葉なのである。人間の言葉ではないのである。また人間が望んだことを神様が言葉にしたものでもない。だから、神の箱を担ぐということは、突き詰めて言うと神様の言葉を担ぐことになるのである。神様の言葉を担ぐことによって、「わたしはあなたがたのただ中にいよう」と神様はおっしゃったのである。
 これがどれほど驚くべきことであったかは、ペリシテ人と比べてみるとよくわかる。ペリシテ人だけではなく、当時の多くの民族、そして当時だけではなく今日の私たちと比べてみると、その決定的な違いがわかってくる。ペリシテ人はダゴンという神の像を作り、それを神殿に置いて拝んだ。そのような形においてダゴンという神が自分たちのただ中にいると信じていたのである。では、そこに込められた思いや言葉とはどのようなものであったのか。ダゴンとは「収穫」という言葉に由来するということである。人々は、ダゴンという神を拝む自分たちに多くの収穫を御利益として与えてほしいという願い言葉をもって、その言葉が形になった像を作った。その像は人間の側の言葉が形になったものに他ならない。今から3000年前の時代社会では、恐らく大抵の民族の神々はそういうものだった。今でも私たちはそうした願いや言葉をもって、それが目に見える形となった像を作る。金ぴかの像、巨大な像、千の手や千の目を持つ像・・・などなど。私たちの中から出て来た言葉や願いは様々な神々を作りだし、私たちはそれを拝み頼りにしている。イスラエル人は、確かに神の箱を担ごうとした。しかしそれは、神様の言葉を担ごうとしたのではなく、ペリシテ人に勝ちたいという自分たちの願いを担ごうとしたに過ぎなかったのである。ペリシテ人がダゴンという神を拝んでいたのと実は同じだったのである。

3.当時も今もごく当たり前であったように、私たち自身の願いや言葉を形にしたものを拝んだり担いだりする私たちに対し、神様は「わたしの言葉をかつげ」と命じるのである。その具体的なありさまとして、神様は十戒が刻まれた石の板が収められた箱をかつげと言うのである。そのことにおいて神様は、私たちのただ中におられようとされる。神様のその心は、どのようにしても汲み尽くし得ないものがある。それが何よりも如実に現れているのは、やはり十戒の最初の言葉ではないかと示されるのである。
 出エジプト記の20章2節に「わたしは主、あなたの神、あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出した神である」とある。「導き出した」と過去形に訳されている。しかし原文の本来のニュアンスは「導き出し続ける」という意味だという。神様の私たちへの最大の御心とは、私たちを「エジプトの国」や「奴隷の家」から未来永劫導き出し続けることにこそある。そのために十戒を私たちに授けたのである。私は「国」や「家」という言葉をとても象徴的だといつも感じる。私たちを奴隷状態にする最大のものは国であり家ではないだろうか。
 しかしそれだけではないとも思う。十戒の中で神様が一番初めに禁じているのは、このような神様以外の神を神とすることであり、また神の像を造ることである。では神の像を造るのは誰かと言えば、国であり家でもあるが、それ以上に私たち自身なのである。私たち自身の内側から出る願いや言葉がそれを形にする像を作り、それを私たちは拝むのである。これが何よりも私たちを奴隷にしてしまう。私たちの心から出た願いや言葉が神になって、それが私たちを奴隷にするのである。「健康でなければならない」、「元気でなければならない」、「長生きでなければならない」と私たちは幾つも幾つも「こうでなければならない」という言葉をもって神々を作り、それに頼り、結果としてそれに縛られ、奴隷となるのである。私たちの悲劇は、私たちの心から出た願いの言葉が私たちを奴隷にしてしまうことなのである。だからこそ神様は、国や家や自分自身からの言葉をはねのけて、「私の語る言葉を聞き、それに呼応して生きよ」と言うのである。
 神様が語ったわずか10の戒めの内で、私たちの具体的な生活の指針は、「安息日を聖別せよ、七日目を休め」である。「働け、働け、働かなければ生きてゆけない」という言葉ばかりが私たちを突き動かす時代にあって、神様が何よりも私たちに具体的な生活の指針として語って下さった言葉が「休め」であったということは、何という驚きであろうか。それは安心してよいのだということでもある。必ず7日目には安心してよい日がやってくる。思い煩いから、自分の働きや努力や、たとえば新型コロナウイルスに感染しないための必死の毎日などから解き放たれて、必ず安心し、休息してよい日が訪れる。私たちにとって礼拝をささげることは、この神様の言葉に呼応して安息をいただくことなのである。国や家や自分自身から出た言葉によってではなく、神様の言葉によって生きるがゆえの休息をいただくことなのである。

4.以上のことからして、なぜ神の箱がダゴンの像やペリシテ人に、ひいては戦勝を求めて担ぎ出したイスラエル人にも災いを引き越したかがよくわかってくる。それは、突き詰めれば私たちを奴隷にしようとするものに対する神様の戦いに他ならないのである。私たちを自由にしようとなさろうとするがゆえの神様の戦いなのだと思う。起きている出来事自体は、うわべでは災いにしか見えない。6節にも11節にも「神の御手は重くのしかかり、災害をもたらした」とある。しかし神様の御手は決して私たちに重くのしかかるものだけではないし、また災いだけをもたらすものではないと思うのである。
 今まさに新型コロナウイルス禍は、私たちにとって災害である。私たちの叫びは天にまで達しているといってよいかもしれない。しかし私はそこに、ダゴンの像をバラバラにする神の御手を見るように思う。私たち人間があちこちに立てた偶像の神々が破壊されている。私たち人間が主人公なのだという生き方や価値観が粉々にされている。出工ジプト記の25章8節の「わたしは彼らの中に住む」やサムエル記(上)4章3節の「主が我々のただ中に来て」との言葉のように、まさに私たちではないところの「主」である神様が私たちのただ中に来ておられるがゆえの出来事ではなかろうか。
 この新型コロナウイルス禍が私たちに与えて下さった恵みがあり自由がある。それは何よりも安息ではないだろうか。様々なものが思い通りには計画通りにはならなくなった。しかし、だからこそ逆に、様々な計画を立てその通りにしなければならないという思いから私たちは解放されたのである。9月にまで延期した教区総会は、中止と決めざるを得なかった。今の状況が続けば来年5月の総会開催も危ぶまれる。私の議長としての任期もそれまでのはずなのだが、それとてどうなるか全くわからない。そのようにして私たちは、私たちが主人公であるという生き方から解放されたのである。そこにこそ安息があるのではないだろうか。それまで私たちがすばらしい価値として追い求めてきた教会における「3密」、すなわち社拝や会員が一杯になることは、もう追求不可能となってしまった。私自身も含めて、多くの牧師たちが礼拝出席者の数に一喜一憂することから解放された。人が密集する都会からどんどん人々が地方へと流れてゆきつつあるそうである。かつてのペストの大流行がヨーロッパ中世に終わりをもたらし、またルネサンスや宗教改革へとつながっていったように、今の新型コロナウイルス禍は教会のありかたにも大きな変化をもたらすであろう。主の御手は重いばかりではないのである。

聖書:新共同訳聖書「サムエル記(上) 5章 1~12節」 05:01ペリシテ人は神の箱を奪い、エベン・エゼルからアシュドドへ運んだ。 05:02ペリシテ人は神の箱を取り、ダゴンの神殿に運び入れ、ダゴンのそばに置いた。 05:03翌朝、アシュドドの人々が早く起きてみると、主の箱の前の地面にダゴンがうつ伏せに倒れていた。人々はダゴンを持ち上げ、元の場所に据えた。 05:04その翌朝、早く起きてみると、ダゴンはまたも主の箱の前の地面にうつ伏せに倒れていた。しかもダゴンの頭と両手は切り取られて敷居のところにあり、胴体だけが残されていた。 05:05そのため、今日に至るまで、ダゴンの祭司やダゴンの神殿に行く者はだれも、アシュドドのダゴンの敷居を踏まない。 05:06主の御手はアシュドドの人々の上に重くのしかかり、災害をもたらした。主はアシュドドとその周辺の人々を打って、はれ物を生じさせられた。 05:07アシュドドの人々はこれを見て、言い合った。「イスラエルの神の箱を我々のうちにとどめて置いてはならない。この神の手は我々と我々の神ダゴンの上に災難をもたらす。」 05:08彼らは人をやってペリシテの領主を全員集め、「イスラエルの神の箱をどうしたものか」と尋ねた。彼らは答えた。「イスラエルの神の箱をガトへ移そう。」イスラエルの神の箱はそこに移された。 05:09箱が移されて来ると、主の御手がその町に甚だしい恐慌を引き起こした。町の住民は、小さい者から大きい者までも打たれ、はれ物が彼らの間に広がった。 05:10彼らは神の箱をエクロンに送った。神の箱がエクロンに着くと、住民は大声で叫んだ。「イスラエルの神の箱をここに移して、わたしとわたしの民を殺すつもりか。」 05:11彼らは人をやってペリシテの領主を全員集め、そして言った。「イスラエルの神の箱を送り返そう。元の所に戻ってもらおう。そうすれば、わたしとわたしの民は殺されはしないだろう。」実際、町全体が死の恐怖に包まれ、神の御手はそこに重くのしかかっていた。 05:12死を免れた人々もはれ物で打たれ、町の叫び声は天にまで達した。


2020/08/02 聖霊降節第10主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「執事専任の経緯」 1.前回は、私たちが「一つ」でいるということには難儀が伴うことを、しかしそれが神様の私たちへの願いであり、またイエス様の最後の祈りでもあったことを、そして、私たちが一つであることによって、私たちの思いを越えた奥深い恵みや賜物が与えられるということを教えられた。
 この使徒言行録の箇所が記しているのは、前回私たちが教えられた実例そのものであるように思う。生まれたばかりの教会が一つであろうとするがゆえの難儀さと、どのようにして教会がその大変さを乗り越えようとしたか、そしてその結果としてどのような賜物が与えられたかが書かれている。
 そこでまず教えられるのは、誕生したばかりの教会に一つであろうとするがゆえのどのような大変さがあったかという点である。1節には「そのころ弟子の数が増えてきて・・・やもめたちが軽んじられていた」とある。端的に言うと、教会の中でギリシャ語を話すユダヤ人とヘブライ語を話す人々との間に溝が生じ、それは最も具体的には日々の食事の支援を巡って起きており、ギリシャ語を話す人々の中の未亡人たちに援助が行き届きにくくなっていたということである。これは少し背景にある事情を説明する必要があるだろう。
 「ギリシャ語を話すユダヤ人」とは、ディアスポラのユダヤ人と呼ばれる人々のことである。長いユダヤ人の歴史の中で―特にアッシリアやバビロニアといった大国によって祖国が滅ぼされたために―彼らはアジアやヨーロッパのあちこちに散らばらされて生活をせざるを得なかった。この散らばらされた状態をディアスポラという。散らばらされた人々の中には、晩年になると祖国の地に帰ってそこに葬られたいと願う者が多くいたそうである。エルサレムに帰った人々の内、夫に先立たれた妻は未亡人となった。彼女たちは、先祖代々パレスチナで暮らしてきた人々―「ヘブライ語を話すユダヤ人」と呼ばれている人々―とは違って、家屋敷や生活の基盤を持たないので、未亡人となった以後は様々な助けを必要とした。伝統的にユダヤ人は、そうした相互扶助を行ってきた。ユダヤ人からクリスチャンとなった人々も同じように教会の中でそうした助け合いを行ってきた。助けを差し出すのは、おそらくは専ら先祖代々この地に住み続けてきた「ヘブライ語を話すユダヤ人」だったのではなかろうか。しかし、助けるべき人々が余りにも沢山になり負担も大変になると、そのことへの不満がつのるようになり、徐々にギリシャ語を話すユダヤ人クリスチャンへの支援が滞ってしまうようになった。その事情はよくわかるように思う。
 このように信者が一つであることの難儀さがあった。それは単に言葉が違うだけからのことではなく、長く生活習慣などを異にしてきた者が一つであるがゆえの大変さである。礼拝を共にするだけでも大変だったに違いない。私はよく、大洗町(茨城県中部の太平洋岸にある町)にあるインドネシアのグミン教会の人々の礼拝に招かれる。たしか一昨年、グミンからきた讃美チームを招いて大洗の人々と夕拝をご一緒したことがあった。私のメッセージは、一文一文通訳していただかなければならなかった。大洗に住んでおられる人々は、もう日本に来て相当長かったが、日本語が通じる人は少なかった。礼拝を共にするだけでもこのようになかなか大変だった。話を戻し、一つであろうとしたのは礼拝だけではなかった。未亡人となった女性たちの日々の生活を援助するということ、ギリシャ語を話す人々の生活面での大変さをヘブライ語を話す信者たちも一緒に背負うということだった。こうしたことに、一つであろうとすることは難儀さがあったのである。

2.さて、ではこの難儀さを、教会はどのように解決しようとしたのであろうか。最も楽な解決方法は、ヘブライ語を話すクリスチャンたちがギリシャ語を話す人々とたもとを分かつことだったと思う。自分たちが軽んじられていると苦情を言うなら、つまり「文句があるなら別れてくれて結構だ」ということである。次なる次善の策は、苦情が出ている事柄である日々の食事の支援を止めてしまうということであろう。「そうした支援を行うのはもう実際的には無理なのだから、礼拝を同じくするだけにとどめる」ということであろう。一つであるのは礼拝共同体である点に留めるのである。しかし、誕生したばかりの教会は、このいずれの策をもとらなかった。苦情を言う人々を切り離すこともせず、また苦情が出ている問題である食事の支援を打ち切ることもしなかった。礼拝共同体として一つであることは勿論、食事の支援という生活上の問題でも一つであろうとしたのである。私はここに今日の私たちが、教会のありかたとして大いに教えられる点があると強く思うのである。
 言うまでもなく教会はあくまで礼拝共同体である。全面的に信者同士がそのすべての生活面の大変さを共有するということは不可能だし、それをすることによる弊害もあると思う。5章にあったアナニアとサフィラ夫婦に起きた悲劇は、誕生したばかりの教会が『原始共産制』とも言われるほどの全面的な生活の相互支援というものを強くしたがゆえの悲劇ではなかったかとお勧めをした。4章32節に「信じた人々の群れは、心も思いも一つにし、一人として持ち物を自分のものだと思う者はなく、すべてを共有していた」とある。このような「一つ」のありかたが、あるべき教会の姿として強制されてしまうなら、私たちは到底教会員にはなれないと感じてしまうだろう。
 しかし私たちが「一つ」であるのは礼拝共同体においてである。そうであればこそ、礼拝に集いたくとも集えないような、主の日の食事にも事欠くという事情の人がいればそれを支援するのである。イスラエルの人々はこのような支援を伝統的に行ってきたし、生まれたばかりの教会もそれを引き継いだのである。そうすることによる難儀さもあり苦情も出ていたのに、なおもそれを続けようとした。残念ながら、今日の私たちの教会にもっとも不足しているのは、この点ではないかとしみじみ感じる。
 以前仕えていた郡山教会において、牧師館においでになるホームレスたちに食事を差し上げる働きを、何人かの教会員に協力をいただいてはじめた。一時は、一日に5人もの人々に差し上げた。それをはじめるきっかけになったのは、福音書において5000人への供食と呼ばれている御言葉に出会ったこと(例えばルカによる福音書9章10節以下)である。夕暮れになったのでイエス様の話に耳を傾けていた群衆を弟子たちが解散させて、めいめいで食べ物を見つけさせようとした。しかしイエス様は「あなたがたが彼らに食べ物を与えなさい」と言った。これも、あくまでイエス様の話を聞く、つまり礼拝をささげるということの中で空腹を抱えている人々がいれば、そこにかかわりなさいという教えなのではなかったかと思うのである。困窮しているすべての人に「食べ物を与えよ」ということではないと思うのである。
 郡山教会で、会員同士の生活支援制度を始め、この教会でも一昨年からそれを始めさせていただいた。茨城YMCAを会場として『みんなの食堂』を行ったのも同じような思いからだった。今は新型コロナウイルス禍があって実施できないが、これが収まったならぜひとも教会において、直接礼拝ではないが礼拝堂を訪れる人々の中で困っている人がいれば、少しでも食事の支援ができればと思う。一つの教会だけでそれを行うのが大変ならば、地域の幾つかの教会・信者が協力して行ってもよいと思う。つくばクリスチャンセンターを設立した先人たちが夢見たのは、実はそういう働きだったのだと思う。

3.このように、誕生したばかりの教会は、礼拝共同体であろうとしたからこそ、礼拝を共にするだけではなく日々の生活の大変さをも共に担おうしたのである。大切なこととして教えられるのは、やみくもにそうしようとしたのではなかったという点である。一つであることにおいて、とりわけても食事の世話をすることについて巧みな知恵を発揮した。それが2節以下「わたしたちが、神の言葉をないがしろにして・・・専念することにします」と提案し、会員もこれを受け入れて7人の人達を選んだ。現在の教会における長老とか執事とか役員と呼ばれる人々のスタートであった。
 しばしば2節最初の12弟子の言葉が誤解され、最初の教会が「食事の世話」をないがしろにしたと受け取られてしまうことがある。しかし決してそうではなかったのである。確かに12人の使徒たちは、神の言葉の奉仕つまり礼拝をつかさどることに専念しそれを優先させた。しかし、教会全体としては、礼拝の奉仕も食事の世話も両方大事な働きとして選び取ったからこそ、食事の世話にあたる7人の人々を選んだのである。教会全体としては神様の御言葉の奉仕も食事の世話もなくてはならない働きとして選び取り、それぞれを担う人を振り分けたのである。
 選ばれた7人の人々の名前は全員がギリシャ風であり、皆がギリシャ語を話すグループの代表ではなかったかと注解書にあった。しかし名前はそうであったとしても全員がそうであったとは限らないと思う。苦情を持つ人々の意見を大いに反映させようとの配慮はあったであろう。しかし名前はギリシャ風ではあっても勿論ギリシャ語も話せて十分へブライ語も話せるがゆえに、両者の懸け橋になれるような人々が選ばれたのではなかったか。
 私はこのような知恵に、教会だからこそ選び取ることのできる賢さのようなものを見るように思う。教会が第一にになうべき働きは神様の御言葉の奉仕である。この第一に担うべき務めに牧師は専念する。教会として第一に担うべき働きをしっかりと定め、それに専念する者がちゃんと定められれば、それ以外にも教会として大切な働きと考えたものについても担う人が現れ、その働きにおいて少々不平不満があったり苦情が出たりしても、何とかやってゆけるようになるのである。教会がまず礼拝共同体であることにおいて一つであろうとし、そこに専念する者がしっかりといるなら、それ以外の面で一つであろうとすることも何とかやってゆけるのが教会ではないだろうか。

4.誕生したばかりの教会が、このようにして「一つ」であることの労苦を担おうとしたことで神様によって与えられた賜物について見てみたい。7節「こうして神の言葉はますます広まり、弟子の数はエルサレムで非常に増えていき、祭司も大勢この信仰に入った」とある。
 注解書には、ユダヤ人は一般的にはギリシャ語を話す人々とヘブライ語を話す人々が、それぞれ自分たちだけが集まる礼拝堂を持つのが普通だったとあった。しかしクリスチャンたちは、苦労をしながらもひとつの共同体であり続けようとしたのである。その姿を見たからこそ、特にユダヤ教の祭司たちがキリスト教に心引かれていったということがあったのではないだろうか。そこにキリスト教という宗教の核心を見たのかもしれない。ユダヤ教においては、律法の行いが中心である。だからどうしても人間の側の要素が強くなると思う。言葉や生活習慣の違いで別々にならざるを得ないところがある。しかしキリスト教は、何よりもイエス様の十字架と復活という強烈な出来事によって私たちが招かれ赦されるという宗教なのである。そこにおいては、人間の側の言葉や生活習慣の違いなど、なにほどのこともないのである。エフェソの信徒への手紙2章11節以下でパウロは、「私たちはイエス様の十字架によって一つにされた」と語っている。一つにされた私たちの姿が証しするものがある。
 7節はじめには「神の言葉はますます広まり」とある。教会は、神様の言葉をないがしろにせず、その奉仕に専念する者を定め、しかしそれだけではなく、食事の奉仕を担う人々をも選び、苦労しつつもその働きを続けようとした。この両方があいまって結果的には「神の言葉がますます広まって」いったのである。

聖書:新共同訳聖書「使徒言行録 6章 1~7節」 06:01そのころ、弟子の数が増えてきて、ギリシア語を話すユダヤ人から、ヘブライ語を話すユダヤ人に対して苦情が出た。それは、日々の分配のことで、仲間のやもめたちが軽んじられていたからである。 06:02そこで、十二人は弟子をすべて呼び集めて言った。「わたしたちが、神の言葉をないがしろにして、食事の世話をするのは好ましくない。 06:03それで、兄弟たち、あなたがたの中から、“霊”と知恵に満ちた評判の良い人を七人選びなさい。彼らにその仕事を任せよう。 06:04わたしたちは、祈りと御言葉の奉仕に専念することにします。」 06:05一同はこの提案に賛成し、信仰と聖霊に満ちている人ステファノと、ほかにフィリポ、プロコロ、ニカノル、ティモン、パルメナ、アンティオキア出身の改宗者ニコラオを選んで、 06:06使徒たちの前に立たせた。使徒たちは、祈って彼らの上に手を置いた。 06:07こうして、神の言葉はますます広まり、弟子の数はエルサレムで非常に増えていき、祭司も大勢この信仰に入った。


2020/07/26 聖霊降節第9主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「一つになるように」 1.祈りとは、私たちの抱く勝手な願いに神様を無理やり引きずり下ろすことではなく、私たちの思いが神様の願いに引っ張り上げられ招き入れられ、それに沿うようにさせていただく力を持っているように思う。だから、この17章のイエス様の祈りにおいても、言葉としてはイエス様が抱いた願いが全面に出てはいるのだが、その背後には、そもそも神様の願いがあり、それを神様が実現しようとしておられるということがある。イエス様は、神様が私たちにおいて実現されようとしておられる願いが何であるかをしっかりと見つめ、そこに私たちが引き上げられ、沿うようにさせていただくように祈っておられたのである。
 イエス様は、神様が私たちに実現しようと願っておられるのは、どのようなことだと祈っていたのか。21節から23節までに4回にわたって「一つになる」ということが繰り返されている。イエス様の祈りは、私たちについての神様の何よりもの願いが、私たちが一つになることだとの祈りなのである。これが、弟子たちや私たちについてのイエス様の最後の願いだったのである。イエス様は、私たちが一つになるようにとの神様の願いに私たちが沿うようになってほしいと、その祈りの最後で願っておられたのである。

2.私は改めてこのことに驚きを感じた。イエス様が、その祈りの最後で願うべきことはもっと他に、もっと大切なことがあったのではなかったか。もっと他のことを最後に祈ってほしかったと私たちは思うのではないだろうか。今の私たちにとって、果たして一つになるということが最大の願いとなるようなことであろうか。例えば新型コロナウイルス感染症からの救いとか、おおよそすべての苦難からの救いとか、もっともっと私たちにとっての切実な願いがあるのではなかろうか。
 信者が一つになるということでは、カトリックとプロテスタントの信者は16世紀に別れたままである。私たちプロテスタント教会の信者たちに至っては、もう数え切れないほどの教派・グループに別れてしまっている。それらが一つになってほしいと、私たちはそれほど切実に願っているわけではない。日本においては、私たち日本基督教団がプロテスタント教会の中では最も大きな「一つ」になっている教派である。しかしその中には、いろいろな対立や争いがある。そのような対立を繰り返している位なら、いっそのこと別々になった方がよいのではないかと考える人も実は多いのである。
 守秘義務のあることなのであまり詳しくは話せないが、先日の教区の会議で、ある要望が出された。新型コロナウイルスによって被害を受けた教会を支援をしようということで、各地区を経由して幾つかの教会から出された申請書の中に、負担金をゼロにしてほしいというような趣旨の一文があった。どこの教会にとっても、負担金を収めるというのは、とても大変なのである。地区長によれば、このような一文を書いたのには、これほどの高額な負担金を収めて一体何になるのかという思いがあったというのである。その教会やその教会の牧師にとって、今の教団の方針や考え方には同意できないという思い、一つにはなれないという思いがあり、だからそのような教団に高い負担金を収めるよりは、いっそのこと教団を離れた方がよいという思うのだというのである。確かに以前、私がいた東北教区においてもそのような思いから教団を離脱していった大きな教会があった。一つになるということには、実は大変な負担があり面倒が伴うのである。それを避けた方が楽であり、実際的なメリットが大きいのかもしれない。
 しかし、神様の私たちへの願い、またイエス様の最後の祈りは、私たちが一つになるということだったのである。なぜそれが私たちへの神様の願いなのであろうか。イエス様の最後の祈りなのであろうか。それは一つになるということには、ばらばらになった方が楽だ、そのほうがメリットがあると考える私たちには到底知り得ないような奥深い意義があるからではなかろうか。

3.一つであることから、私たちが与えられるものとは、どのようなことであろうか。21節には「あなたがわたしの内にあり、わたしがあなたの内にいるように、すべての人を一つにしてください」とある。22節にも「わたしたちが一つであるように、彼らも一つになる」とある。このイエス様の言葉からわかるのは、私たちが一つであることは、常にイエス様と神様とが一つであるという関係と結び付けられていることである。イエス様と神様との関係から、私たちが一つであることの意義やすばらしさというものがわかるということであろう。
 神様とイエス様とが相互に「内にある」とか、神様とイエス様とが一つであるということは一体どういうことなのであろうか。そこにある奥深い意義とはどのようなものなのか。この点こそが、私には到底汲み尽くし得ない部分であった。しかし、イエス様と神様との関係について、イエス様が様々な言い方をしておられたことから推し量れることがあった。21節と23節には「あなたがわたしをお遣わしになった」とあり、22節には「あなたがくださった栄光」とある。23節の最後には「わたしを愛しておられたように」とある。24節には「天地創造の前からわたしを愛して、与えてくださったわたしの栄光」ともある。こうしたイエス様の祈りの言葉から浮かび上がってくるイエス様と神様との関係とは、イエス様が神様から愛され、遣わされ、栄光を与えられたということである。神様とイエス様とが相互に「内にあり」一つであるというのは、まずこのようなことから浮かび上がってくることなのであろう。
 ではイエス様にとって、神様に愛され、遣わされ、栄光を与えられるとは具体的にどういうことを意味したのであろうか。愛され、栄光を与えられるということなのだから、イエス様がこの地上での生涯において、とても幸いな人生を送るということだったであろうか。いや、全くそうではなかった。直前の18節には、イエス様が世に遣わされたということは、イエス様が自分自身をささげることだとされている。だから、イエス様にとって神様に愛され遣わされ栄光を与えられるとは、他でもなく十字架につけられるということだったのである。これが、神様とイエス様とが相互に内にあり一つであることの現れだったのだと示されるのである。
 この関係においては、ただイエス様だけが一方的に十字架の苦しみを背負うということではないのだと思うのである。一つであり相互に「内にある」関係のイエス様が十字架の上で苦しむことは、当然のこと神様にとっても同じ苦しみなのであった。ひとり子であるイエス様が、十字架の上で殺されるということは、父である神様にとって、どれほどの痛みであったか。このようなことからすると、一つであるということの根源にあるのは苦しみを共有する・苦難を担い合うということではないかと示されるのである。

4.ではなぜそれが意義深いことであり、そこにすばらしさがあるのであろうか。そのすばらしさを私たちにも味わってほしいと、なぜイエス様は最後の最後に願ったのか。
 そこにはメリットとは全く正反対のような苦難を担い合うということがある。別々であれば決して背負わなくてもよい負担がある。しかし苦難を担い合うことによってのみ味わえることがあるのではなかろうか。それがイエス様の祈りでは、愛とか栄光とか遣わされるという言葉で言い表されているのではないかと思うのである。苦難を担い合うことにおいてこそ、私たちは愛を感じ取る。栄光という言葉に込められているのは「輝き」ということである。苦難を背負い合う関係においてこそ、生きている輝きを味わうのである。「遣わされる」という言葉に込められている使命や役割に生きる喜びを感じ取ることができるのである。これらはすべて一つになること、お互いがお互いの「内にある」というほどに深い部分を共有することによって、始めて可能となることなのである。
 コロナ禍にあって、患者の治療に多くの医師や看護師が命をかけているあたっている事実がある。一体なぜ、彼らはそこまで危険を背負うのであろうか。それは単に医師や看護師だからという責任感・義務感からではないと思うのである。そこには、苦しむ患者とその苦難を共に背負うことから与えられる無上の喜びがあるからだと思うのである。その苦難や危険はまさに治療する側とされる側とが一つなのである。一つであるがゆえに、途方もない危険があり負担がある。しかしそうでなければ決して得られない愛や輝きや使命に生きる喜びがあるのではないだろうか。
 先ほどの負担金の話は、何ら命の危険が伴わないことである。日本基督教団が一つであるがゆえに負わねばならない負担金も同じなのだと私は思う。負担金の負担だけではなく、様々な歴史や考え方をもつ教会が一つであるがゆえの苦難や大変さの意義もそこにあると思うのである。一つであるがゆえの負担を厭うなら、また神様からの奥深い恵みや喜びをいただくこともできないのである。イエス様と神様とは、こうして十字架という苦難を共に背負い合う姿を私たちに示すことによって、苦難を背負うところに生じる「一つである」とのあり方へと私たちを引き上げてくださろうとしているのである。

5.これまでは専ら他者同士が一つであることについて触れてきた。さらにこれを敷延して、私たちひとり一人の中で「一つ」ということが生じる意義深さも教えられる。
 神様とイエス様とが一つであるということは、目には見えない存在である神様と十字架の上で殺されてしまうような人間であるイエス様が一つであるということである。それは外形的には全くわからないことなのである。しかしそのことにおいて、イエス様は十字架という苦難を受け入れた。私たちにもそのようなことが起きるのだとイエス様は教えて下さっているように思える。神様とイエス様とが相互に「内にあり」一つであったように、私たちも神様と一つであることが起きるのである。私たちと神様とが思いもかけず一つであることを教えて下さるためにこそ、イエス様がまず人となり十字架にかかって神様と一つであるあり様を見せてくださったのだと思う。22節には「あなたがくださった栄光は、わたしは彼らに与えました」とある。イエス様と神様との関係は、イエス様を通して私たちにも与えられているのである。それは到底、私たちの外見からはそうは見えないし、わからないことではあるが、神様と人であるイエス様とが、また天におられる神様と十字架の上で殺されるイエス様が一つであったように、私たちのある状態―私たちにとっては到底受け入れがたいような辛い状況―が、実は神様と私たちが一つであることの現れなのである。神様とイエス様とが一つであるということにおいて、イエス様が十字架という苦難を受け入れたように、私たちも、与えられた苦難を受け入れられるようになるのである。
 私たちの人生にとっての最大の課題は、一人ひとりに与えられたそれぞれの十字架という苦難を、排除したり切り捨てたりすることなく、その苦難を、授かった自分をも「一つ」なる存在として受容してゆけることなのだと思うのである。それが私自身の課題でもある。年齢を重ねてゆくと、切り捨ててしまいたいような不具合・調子の悪さばかりがどんどん増えてゆく。そうした自分自身をいかにして一つなる自分として受け入れてゆけるか。それをなさしめてくださるものが、「すべての人―こと―を一つにできるように」とのイエス様の祈りなのである。神様がそのように実現しようと願っておられるということなのである。他者との、また自分自身におきた出来事においても、一つになることには苦難が伴う。しかしそこにこそ奥深い喜びがある。

聖書:新共同訳聖書「ヨハネによる福音書 17章 20~26節」 17:20また、彼らのためだけでなく、彼らの言葉によってわたしを信じる人々のためにも、お願いします。 17:21父よ、あなたがわたしの内におられ、わたしがあなたの内にいるように、すべての人を一つにしてください。彼らもわたしたちの内にいるようにしてください。そうすれば、世は、あなたがわたしをお遣わしになったことを、信じるようになります。 17:22あなたがくださった栄光を、わたしは彼らに与えました。わたしたちが一つであるように、彼らも一つになるためです。 17:23わたしが彼らの内におり、あなたがわたしの内におられるのは、彼らが完全に一つになるためです。こうして、あなたがわたしをお遣わしになったこと、また、わたしを愛しておられたように、彼らをも愛しておられたことを、世が知るようになります。 17:24父よ、わたしに与えてくださった人々を、わたしのいる所に、共におらせてください。それは、天地創造の前からわたしを愛して、与えてくださったわたしの栄光を、彼らに見せるためです。 17:25正しい父よ、世はあなたを知りませんが、わたしはあなたを知っており、この人々はあなたがわたしを遣わされたことを知っています。 17:26わたしは御名を彼らに知らせました。また、これからも知らせます。わたしに対するあなたの愛が彼らの内にあり、わたしも彼らの内にいるようになるためです。


2020/07/19 聖霊降節第8主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「神の箱、奪われる」 1.イスラエルの人々が、ペリシテ人(パレスチナの地中海沿岸地域を主だった支配域としていた民族)に対して攻撃を仕掛け、4000人もの戦死者を出してしまった。そんなにも多くの戦死者が出たのでイスラエルの人々は、主の契約の箱(十戒が刻まれた2枚の石の板を収めた箱で、神の箱とも呼ばれていた)を戦場へと担ぎ出し、勝利を得ようと思った。なお、士師記に登場したサムソンは、彼らと何度か戦闘をしていた。彼らは紀元前11世紀位から徐々勢力を拡大しはじめ、このサムエル記の時代には勢力のピークを迎えつつあったそうである。今日この地方がパレスチナと呼ばれるのはペリシテという語から来ている。それほどにペリシテ人がこの地方に及ぼした力は大きかった。
 イスラエル人は神の箱を歓呼して迎えた。それを聞いて、ペリシテ人は危機感を覚えた。しかし、さらに力がみなぎることにもなった。結局イスラエル人は3万人もの戦死者を出してしまった。さらに契約の箱も、ペリシテ人に奪われてしまった。シロの聖所の指導者だっ祭司エリの2人の息子も、この戦いによって死んでしまった。18節には、当時98歳になっていたエリが息子たちの死や契約の箱が奪われたことを聞いてショックの余り死んでしまったとある。4章から6章までは、神の箱をめぐってのとても不思議な物語が記されている箇所である。
 4章から6章までの物語も、昔から読む者に幾つもの疑問を抱かせてきた少し面倒な話である。何よりもの疑問は、4章1節前半の「サムエルの言葉は全イスラエルに及んだ」ということと、4章1節後半以下の出来事がどのようにつながっているのかということである。またそれと絡んで、4章から6章までの物語の中で、なぜサムエルのことが一度も言及されていないのかという点である。サムエルが再び登場するのは7章3節からなのである。
 ある人々は、4章1節前半とそれ以下の神の箱をめぐる物語は、もともとは全く別のものであり、後になってここに挿入されて編集されたのだと、だから4章から6章までの物語にサムエルは登場しないのだと解釈している。私たちの聖書の翻訳が、4章1節を前半と後半に、わざわざ別の段落に分けているのも、そういう理解が背景にあるのであろう。
 またある人々は、4章1節前半と後半以下の物語は、つながっているのだと理解する。少なくとも聖書をこのような形で編纂した人々は、そのように考えていた。では、それらはどのようにつながっているのでか。それは「サムエルの言葉が全イスラエルに及んだ」ということが、直接的にか間接的にかは別にして、イスラエル人がペリシテ人に向かって出撃したことを招いたということなのである。全イスラエルに及んだというサムエルの言葉がどのようなものかについては何も書かれていない。ユダヤ教の教師たちは伝統的に、とても直接的に「今こそペリシテ人と戦おう」というようなものだったと理解しているそうである。しかし私としては、それはありえないように思う。
 その言葉が直接ペリシテ人との戦闘を促すようなものだったとしたら、少なくとも戦いの場面や敗戦してしまった場面において、イスラエル人を励ますサムエルの姿があってもよかろう。そのような姿がないということは、サムエルはペリシテ人への戦闘については不本意であり、沈黙をせざるを得ないような状況がそこにあったということを暗に物語っているのではないだろうか。

2.では、全イスラエルに及んだサムエルの言葉とは、どのようなものだったのであろうか。それがどのようなものだったかについては、想像の域を出ない。しかし、直前の3章1節以下に記されていた物語から推し量ることができるように思う。
 まだ10歳を少し越えたばかりの少年で、祭司エリの下働きでしかなかったサムエルは、何度も何度も神様から呼びかけられた。しかしサムエルは、それが神様からの呼び声だとは気が付かなかった。「自分のような者にどうして神様というお方がお声をかけてくださろうか」との先入観がサムエルにあったからだと思う。3章1節に「そのころ、主の言葉が臨むことは少なく」とある。このサムエルに象徴的に現れているように、多くの人々は自分たちには神様の声を聞くことなどできないと思っており、ある特別な人々だけが神様の声を聞けると信じていた。また特別な出来事を通してのみ神様は姿を示して下さると考えていたのではなかったか。だから、多くの人々が神様とは無関係な生活を営むしかなかったのである。
 しかし神様は、よりにもよって、まだ成人にもなっておらず正式な祭司にもなっていなかった少年に、それも何度呼びかけてもそれと気が付かないサムエルに言葉をかけ姿を示して下さった。3節に「まだ神のともし火は消えておらず」とあるように。当時の大多数の人々にとっては、とうの昔に神様がどこにおられるかわからないし、その言葉など聞くことはできない存在になってしまっていたのである。しかし、決してそうではないということがサムエルの出来事を通してわかったのである。確かに神は「ともし火のような」としてその言葉が聞こえ、姿が現れるのであった。少年サムエルを通してということがその現れである。そしてサムエル自身も、自分が呼ばれているのがわからないという不思議な形においてであった。それは、誰にでも神様は声をかけ、サムエルが「主よ、お話しください」と応答したようにするのを待っておられたということではなかろうか。
 全イスラエルに及んだサムエルの言葉とは、以上のようなものではなかったか。何よりもその根源には、神様は思いもかけない仕方で私たちに呼びかけてくださるとのメッセージだったと思う。核心には神様から呼びかけられる喜びがあったと思う。

3.こうしたサムエルの言葉は、信仰的な再燃、いわゆるリバイバルというものをイスラエル人に引き越したのではなかろうか。「主のともし火は消えてはいないのだ。神様は私たちに呼びかけてくださるのだ。私たちは神様とのつながりの中で生きることができるのだ。」この信仰的な再燃が、ペリシテ人への出撃という形となり、ペリシテ人に向かって攻撃を仕掛ければ神様は必ずや勝利を得させてくださるに違いないという思いを抱かせたのはよくわかる。3節でイスラエルの長老たちは「なぜ主は今日、我々がペリシテ軍によって打ち負かされるままにされたのか」と問うていた。これは彼らが神様は必ずや我々に勝利をもたらしてくださると信じきっていたことを現している。それが、サムエルの言葉によってリバイバルされた信仰がもたらしたものであったに違いない。
 しかしサムエルにとっては、そうではなかったということである。自分の語ったことがイスラエルの人々にこのような応答を生じさせたことは、恐らくは不本意なものだったであろう。精一杯それは違うと反対したこのかもしれない。しかしまだまだ若い預言者だったサムエルの声は、長老たちにかき消されてしまったのではなかろうか。以後サムエルの姿が隠されてしまうのは、まさにどこかに遠ざけられその声が黙殺されてしまったからなのかもしれないと想像する。
 ここで、先週、使徒言行録で教えられたことを改めて思い起こす。私たちは、何が神様か出たもので何が人間から出たものなのかを見分けるのがとても難しいと教えられた。そのときイスラエル人は、ペリシテ人に向かって出撃し勝利を得ることが、神様から出たことだと信じきっていた。しかしサムエルにとってはそうではなかった。確かに、ペリシテ人と戦おうという勇ましい思いはリバイバルされた信仰から出たものだった。サムエルの言葉がなく、神様が私たちに呼びかけ働きかけて下さるのだという信仰の鼓舞がなければ、自分たちよりもはるかに強力だったペリシテ人に、こっちから攻撃をしかけようなどとは考えもしなかっただろう。しかしたとえ信仰から出たものであっても、それが人間から出た願いや思いと結び付き、人間から出たにすぎないことを正当化してしまうことがある。先週の使徒言行録には、当時のユダヤ教の指導者たちがイエス様を十字架につけて殺し、またその弟子たちをも殺そうとしたとあった。殺すことが神様から出たものだと信じたのである。しかしそれは実は神様から出たものではなく人間から出たものにすぎなかった。信仰が、殺すことを正当化してしまうことがある。ここに信仰というものの持つ、ある恐ろしい側面がうかがえる。
 だからこそ、何が神様から出たものであり反対に人間から出たものかを見分ける賢さが大事だと思うのである。「神のともし火」という言葉が改めて心にしみる。サムエルが何度もそれとはわからないような形での神様からの呼びかけを聞いたように、おおよそそれが神様から出たものである場合の現れは、「ともし火」という姿を取ると言ってよいのではなかろうか。これに対して、イスラエル人がペリシテ人に向かって戦いをしかけ勝利を得ようとするとき、そこにあるのは「ともし火」ということとはまるで正反対のものではないだろうか。進軍する際に旗印とされるのは「ともし火」とは正反対のものである。その攻撃は、だれも否とは言えないようなものなのである。勝利を求めて神の箱を戦場へと運び入れることも、6節にあるように大歓声をもって迎えられた。これは信仰から出たものではあるけれども、真に神様から出たものではなかったのである。

4.さて、4000人の死者を出したイスラエル人は、「なぜ主は今日、我々がペリシテ軍によって打ち負かされるままにされたのか」と問うていた。私はこの問いの言葉にもまた、彼らの思いが神様から出たものではなかった点がよく現れていると感じる。イスラエル人の信仰とは、要は勝利を求めるものであった。それを手に入れるために神の箱を担ぎ入れようとした。それも確かにサムエルの言葉によってリバイバルされた信仰の現れではあっただろう。しかし、神様から出たものとは言えないのである。
 神様は、必ずしも私たちに実利的な勝利をもたらしてくださるとは限らない。ヨハネによる福音書の11章で教えられた出来事を思い起こす。イエス様と親しくしていたマルタとマリアの兄弟だったラザロが危篤だと聞いたとき、イエス様はすぐにかけつけることなく、まさに病気によってラザロが打ち負かされるままにした。しかしイエス様は、それは「神の栄光のためだ」とおっしゃった。イエス様自身が、十字架の死に打ち負かされるままになさった。私たちに対しても神様は、様々な敵によって私たちが打ち負かされるままにされることがある。それが私たちへの神様の「ともし火」としての現れなのである。そこに神様からの呼びかけがあるとはわからない。そこに神様がおられるとは見えない。しかしそこにこそ、神様はおられるのである。その呼びかけがある。だから、私たちが願ってはいない「敗北」のようなことが現れたとき、それをただネガティブなものとして受け取っての「なぜ」ではなく、「この敗北を通して神様はどのような良いものを与えたもうのか」と私たちは問うことができるのである。そのような受け止めこそが、神様から出たものではないだろうか。
 このような受け止め方ができるようにと、神様はイエス様という契約の箱を私たちに担がせるのである。自分たちの利益である勝利を求めようとしてではあるが、イスラエル人が契約の箱を担いだということは驚くべきことだった。当時のいずこの人々も、もし担ぐのなら神々の像を担いだだろう。しかしイスラエル人は、石の板が収められたただの箱を担いだ。ここには、やはり「ともし火」としての神様のありかたが込められている。イスラエル人は勝利を求めて神の箱を担いだが、私たちは十字架にかかって殺され復活したイエス様を担ぐ。それは、石の板が収められた箱以上に多くの人々にとってはばかげたものである。どうして私たちは、そのようなものを担ぐのか。そのようなものを担いでも勝利などは得られない。私たちはイエス様を担いだからと言って、新型コロナウイルスに感染しないなどということはない。私たちは敵に打ち負かされてしまうだろう。しかし私たちがイエス様を担ぐなら、私たちは敗北のただ中に良いものを見いだすことができる。イスラエル人が担いだ神の箱は奪われたが、イエス様という神の箱は決して奪われないのである。

聖書:新共同訳聖書「サムエル記(上) 4章 1~11節」 04:01サムエルの言葉は全イスラエルに及んだ。イスラエルはペリシテに向かって出撃し、エベン・エゼルに陣を敷いた。一方、ペリシテ軍はアフェクに陣を敷き、 04:02イスラエル軍に向かって戦列を整えた。戦いは広がり、イスラエル軍はペリシテ軍に打ち負かされて、この野戦でおよそ四千の兵士が討ち死にした。 04:03兵士たちが陣営に戻ると、イスラエルの長老たちは言った。「なぜ主は今日、我々がペリシテ軍によって打ち負かされるままにされたのか。主の契約の箱をシロから我々のもとに運んで来よう。そうすれば、主が我々のただ中に来て、敵の手から救ってくださるだろう。」 04:04兵士たちはシロに人をやって、ケルビムの上に座しておられる万軍の主の契約の箱を、そこから担いで来させた。エリの二人の息子ホフニとピネハスも神の契約の箱に従って来た。 04:05主の契約の箱が陣営に到着すると、イスラエルの全軍が大歓声をあげたので、地がどよめいた。 04:06ペリシテ軍は歓声を聞いて言った。「ヘブライ人の陣営にどよめくあの大歓声は何だろう。」そして、主の箱がイスラエル軍の陣営に到着したと知ると、 04:07ペリシテ軍は、神がイスラエル軍の陣営に来たと言い合い、恐れて言った。「大変だ。このようなことはついぞなかったことだ。 04:08大変なことになった。あの強力な神の手から我々を救える者があろうか。あの神は荒れ野でさまざまな災いを与えてエジプトを撃った神だ。 04:09ペリシテ人よ、雄々しく男らしくあれ。さもなければ、ヘブライ人があなたたちに仕えていたように、あなたたちが彼らに仕えることになる。男らしく彼らと戦え。」 04:10こうしてペリシテ軍は戦い、イスラエル軍は打ち負かされて、それぞれの天幕に逃げ帰った。打撃は非常に大きく、イスラエルの歩兵三万人が倒れた。 04:11神の箱は奪われ、エリの二人の息子ホフニとピネハスは死んだ。


2020/07/12 聖霊降節第7主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「神から出たものならば」 1.アナニアとサフィラ夫婦に起きた事件(5章のはじめ)をきっかけにして「多くの男女が主を信じ、その数はますます増えていった」と5章14節にある。そのためイエス様を十字架につけた当時のユダヤ教指導者たちは、ペトロをはじめとする使徒たちを再び捕らえて尋問した。それが二度目だった。それに対する彼らの弁明が29節から32節に記されている。ユダヤ人指導者たちは、自分たちが十字架につけて殺したイエス様を神様が復活させ、導き手・救い主とされたとのペトロたちの言葉を聞いていきり立ち、彼らを殺そうと考えたと33節にある。使徒たちは絶体絶命の危機に陥った。するとそこに思いもかけない助け舟が現れたのである。それが「民衆全体から尊敬されている律法の教師で、ファリサイ派に属するガマリエル(34節)」であった。注解書によると、ガマリエルは紀元25年頃から50年項までの当時のユダヤ教において絶大な尊敬を集めていた指導者だったという(なおパウロも、このガマリエルの弟子だったと、使徒言行録22章3節にある)。
 ガマリエルは、過去のテウダやガリラヤのユダの事例をあげて、結局はそれらが跡形もなく消えてしまった例を引き、「もしクリスチャンの信仰やその信仰共同体である教会が人間から出たものに過ぎないのならテウダやユダの運動と同じように滅びてしまう。しかし神様から出たものならばそれを滅ぼすことはできず、ひょっとすると神様に逆らうこととなるかもしれない。だからクリスチャンから手を引き、しばらくほうっておけ」と語った。この言葉によって使徒たちは鞭打たれながらも釈放されたというのであるす。
 使徒言行録を書いたルカが、どのような思いを込めてこの出来事を記したのかがひしひしと伝わってくる。生まれたばかりの信仰共同体である教会が、次から次へと直面していった困難を、どのようにして乗り越えていったのかを、乗り越えさせたものは何だったのかを伝えるために、ルカはこの使徒言行録を書いたのだった。それを同時代の読者たちや、後の世代の人々に伝えるのは必須のことだとルカは感じていたのである。それはなぜかと言えば、この使徒言行録が書かれた時代において、ルカやこの書の読者たちは、生まれたばかりの教会が直面していたのと同じような、いやさらに、それを上回るような厳しい現実に直面していたからだと思うのである。
 使徒言行録が書かれたのが、正確に何年ごろだったのかについては諸説ある。おそらくはローマ帝国によるエルサレム征服が終わった西暦70年の後のことだと考えられている。その頃には、従来からのユダヤ人による迫害に加えて、ひたひたとローマ帝国による迫害の足音が近づいていたのだと思う。皇帝ネロによる迫害は、エルサレム崩壊以前のこと(紀元64年頃)である。紀元81年から96年にかけては、皇帝ドミディアヌスによってクリスチャン迫害がなされていった。それにより、ヨハネによる黙示録の著者ヨハネは、パトモス島に幽閉されたのである。そのような兆しを、ルカはひしひしと感じ取っていたのではなかったか。どのようにしてそのような苦難を教会は乗り越えてゆけるのか。その大きなよりどころをルカは、このガマリエルの言葉に見いだしたのではなかろうか。それが「神から出たものであれば滅ぼすことはできない」という言葉である。先達たちを釈放させたこの言葉こそ、いつの時代でも教会を滅ぼそうとする者から自分たちを守るよりどころなのだと思ったのではないだろうか。

2.ルカはこの言葉を、あくまでキリスト教信仰や教会についてのものとして語った。私には、それを越えてもっと広く私たちの人生全般についても重ね合わせることができるものだとしみじみ感じるのである。
 私たちの人生を滅ぼそうとする多くのものがある。私たちは次から次へと、そうしたものたちにぶつかってゆく。私たちは今、新型コロナウイルスに捕らわれ、それに加えて災害にも襲われ、また病にもかかり、最後には死によって滅ぼされてしまう者である。確かに目に見えるありさまとしてはそうなのである。しかし、前回のヨハネによる福音書からも私たちは教えられた。イエス様は、その遺言しての最後の祈りにおいて、私たちが神から出て神に帰る者だと教えて下さった。それが私たちの命についての神様の真理だとイエス様は遺言して下さった。だとすれば、私たちの人生・命は、神様から出るものであるがゆえに滅ぼされることはない。私たちが生きていることの根源には、神様から出たものがある。このことによって私たちは深い慰めと励ましをいただくのである。
 しかしガマリエルの言葉が与えたのは、慰めや励ましばかりではないと思うのである。とても厳しい「論し」をも与えたのだと思う。イエス様を十字架につけて殺したユダヤ人指導者たちは、使徒たちや教会を滅ぼそうとした。しかし神様から出たものを滅ぼすことはできない。そのように、私たちにも滅ぼしたい・なくしてしまいたいと思うものがある。しかし、それがもし神様から出たものならば、私たちは滅ぼすことはできないのである。逆に、どれだけそれを存続させたいと願っても、それが人間から出たものならば滅びてゆくしかないのである。
 私たちは、新型コロナウイルス禍を滅ぼしたいと願う。自然災害も滅ぼしたいと思う。しかし、もしかすると、それは神様から出たものかもしれない。先日、タモリというタレントとノーベル賞(生理学・医学賞)受賞者の山中伸弥先生との対談番組を観た。その番組から私は、ウイルスと人間とのかかわりには、ただ戦いだけではなく実に深い関係(共存関係と言ってもよいほどのこと)があることを知った。例えば私たちの受精のメカニズムも胎盤の形成に関してもウイルスから得たものが関与しているということだった。また地球全体が凍りついて多くの生物が絶滅してしまった後、爆発的に生物の多様性が深まり、進化していったことに、実はウイルスが深くかかわっていたことも知った。私たちの何十億年の歩みにおいて、ウイルスという存在は滅びることがなく、むしろ共に生きてきたのである。そうだとすれば、それは神様から出たものと言えるのではないだろうか。勿論、目の前にいる感染症や災害で苦しむ人を放っておくというのではない。しかし、それをただなくしたい・滅ぼしたいと願っても、それはできないかもしれないということは、それは神様から出たものかもしれないということは、私たちの生き方、すなわちまさに新型コロナウイルスや災害と共にする生き方に、実に深い示唆を与えるものではないだろうか。

3.以上のようなことから、改めて大切なのは神様から出たものと人間から出たものとを見分けることだと感じさせられるのである。
 これについて、まずガマリエルはどのようなことを教えたのか。彼はテウダとガリラヤのユダという2つのケースを取り上げた。注解書によると、この二人のことは有名なユダヤ人歴史家のヨセフスが書いた『ユダヤ古代誌(西暦94年か95年に書かれた)』で触れられているそうである。まず、テウダの運動は西暦44年もしくは46年に壊滅させられてしまった。だとすると、この物語の舞台設定となっている西暦30数年の頃には、それはまだ起きてはいなかった事件ということである。ルカはそれを知りつつ、この事件のことをガマリエルの口にのぼらせたのであろう。またガリラヤのユダについては、ヨセフスによれば「はじめにこの運動が起きたのは西暦6年のことであり、以後ずっとその運動は続いて完全に鎮圧されたのは、西暦70年にエルサレムが壊滅させられたときだった」とのことである。ルかがこの使徒言行録を書いたときには、両方の運動が滅びてしまっていたことを読者たちはよくわかっていたのである。そこでルカは、この2つの事例を取り上げてガマリエルの口にのぼらせたのかもしれない。
 ルカやガマリエルが言わんとしたのは、要は二人の運動は、ヨセフスという歴史家が記すほどよく知られたものであり、当時のイスラエル人の心をとらえたものだったということなのである。ローマに反旗をひるがえし、独立を勝ち取りたいということは、当時のイスラエル人なら誰しもの切なる願いだった。だから多くの人の心をつかみ、たとえばユダの運動は紀元6年にはじまり50年以上にわたってずっと人々を動かし続けたのである。しかし滅んでしまった。ということは、人々の願いに合致し、その心をつかむということが神様から出たものであることの証拠ではないのだということである。むしろ逆にそうだからこそ、その計画や行動が人間から出たものとの現れなのかもしれないのである。
 その上でガマリエルは、「あの者たちから手を引きなさい。ほうっておくがよい」と勧めたのである。私たちには、それが神様から出たものなのか人間から出たものなのか、区別がつかないことが、しばしばある。私たちは自分たちの願いや思いで、その区別を誤ってしまうことが多い。だから、「ほうっておくがよい」「時間の経過を待つがよい」「時が来ればおのずとそれはわかる」「時間が経っても滅びない」ということで、それらは分かるのである。ガマリエルの言葉は、私たちがとても簡単に私たちの尺度や価値判断によって何かを滅ぼし取り除いてしまおうとすることへの、慎重さや謙遜を求めるものではないだろうか。

4.以上のようなガマリエルの言葉と比べると、ペトロたちの言葉は、はっきりと神様から出たものは何かということを教えてくれている。「神は、あなたがたが木につけて殺したイエスを復活させられました」とまずペトロたちは言ったのである。人間によって十字架の上で殺された者を復活させるということ、これは神様にしかできないことである。では、何のために神様はそのようなことをされたのか。31節にあるように「神はイスラエルを悔い改めさせ、その罪を赦すために、この方を導き手とし、救い主として」するためだったのである。
 先週の聖書研究祈祷会では、マルコによる福音書が描くイエス様の十字架の場面を読んだ。人々は十字架上のイエス様を「他人は救ったが自分は救えない。自分で自分を十字架から降ろしてみよ、そうすれば信じてやる」とあざけった。このあざけりには、いつの時代でも私たちが何を救いとして求めているかが如実に現れていると思う。それは自分で自分を救えるということ、十字架という苦しみから自分を救えるということである。自分が自分の人生の主人公となって思い通りに自分を救えるということが私たちの求める救いなのである。
 しかし私たちは、どれほどこの救いを求めても、いずれはそれが得られない時がやってきてしまう。そうであればこそ、そうなった私たちを救い導いて下さるために、イエス様は十字架にかかられたのではなかったか。人々から「自分を救えない者よ」とあざけられる境遇に身を置いて下さったのではなかろうか。それは、自分からも他の人からのあざけられる境遇に陥った私たちを救うためなのである。自分で自分を救えないその惨めな境遇の向こうに、滅びないものがあることを教え示して下さるための復活だったのである。
 これこそが、はっきりと神様から出たことなのである。十字架の上で殺されたイエス様が救い主・キリストであるということは、当時の人々にとっても、こんにちの多くの人々にとっても、つまづきでしかない。テウダやガリラヤのユダの運動のように、人々から称賛されたものではない。しかしこれが神から出たことなのである。神様は、この愚かで躓きでしかない十字架と復活のイエス様の出来事を受け入れ、信じる者を救おうとされるのである。私たちがこうして新型コロナウイルス禍の中にあっても、主日の礼拝をささげ続けているのも、十字架にかかり復活したイエス様に弟子たちが会ったことから、この礼拝が始まっていることによっているのである。最も具体的には、礼拝をささげることが私たちにとっては人間から出たことではなく、神様から出たことに沿って生きることなのである。それは、滅びることがない。

聖書:新共同訳聖書「使徒言行録 5章 17~42節」 05:17そこで、大祭司とその仲間のサドカイ派の人々は皆立ち上がり、ねたみに燃えて、 05:18使徒たちを捕らえて公の牢に入れた。 05:19ところが、夜中に主の天使が牢の戸を開け、彼らを外に連れ出し、 05:20「行って神殿の境内に立ち、この命の言葉を残らず民衆に告げなさい」と言った。 05:21これを聞いた使徒たちは、夜明けごろ境内に入って教え始めた。一方、大祭司とその仲間が集まり、最高法院、すなわちイスラエルの子らの長老会全体を召集し、使徒たちを引き出すために、人を牢に差し向けた。 05:22下役たちが行ってみると、使徒たちは牢にいなかった。彼らは戻って来て報告した。 05:23「牢にはしっかり鍵がかかっていたうえに、戸の前には番兵が立っていました。ところが、開けてみると、中にはだれもいませんでした。」 05:24この報告を聞いた神殿守衛長と祭司長たちは、どうなることかと、使徒たちのことで思い惑った。 05:25そのとき、人が来て、「御覧ください。あなたがたが牢に入れた者たちが、境内にいて民衆に教えています」と告げた。 05:26そこで、守衛長は下役を率いて出て行き、使徒たちを引き立てて来た。しかし、民衆に石を投げつけられるのを恐れて、手荒なことはしなかった。 05:27彼らが使徒たちを引いて来て最高法院の中に立たせると、大祭司が尋問した。 05:28「あの名によって教えてはならないと、厳しく命じておいたではないか。それなのに、お前たちはエルサレム中に自分の教えを広め、あの男の血を流した責任を我々に負わせようとしている。」 05:29ペトロとほかの使徒たちは答えた。「人間に従うよりも、神に従わなくてはなりません。 05:30わたしたちの先祖の神は、あなたがたが木につけて殺したイエスを復活させられました。 05:31神はイスラエルを悔い改めさせ、その罪を赦すために、この方を導き手とし、救い主として、御自分の右に上げられました。 05:32わたしたちはこの事実の証人であり、また、神が御自分に従う人々にお与えになった聖霊も、このことを証ししておられます。」 05:33これを聞いた者たちは激しく怒り、使徒たちを殺そうと考えた。 05:34ところが、民衆全体から尊敬されている律法の教師で、ファリサイ派に属するガマリエルという人が、議場に立って、使徒たちをしばらく外に出すように命じ、 05:35それから、議員たちにこう言った。「イスラエルの人たち、あの者たちの取り扱いは慎重にしなさい。 05:36以前にもテウダが、自分を何か偉い者のように言って立ち上がり、その数四百人くらいの男が彼に従ったことがあった。彼は殺され、従っていた者は皆散らされて、跡形もなくなった。 05:37その後、住民登録の時、ガリラヤのユダが立ち上がり、民衆を率いて反乱を起こしたが、彼も滅び、つき従った者も皆、ちりぢりにさせられた。 05:38そこで今、申し上げたい。あの者たちから手を引きなさい。ほうっておくがよい。あの計画や行動が人間から出たものなら、自滅するだろうし、 05:39神から出たものであれば、彼らを滅ぼすことはできない。もしかしたら、諸君は神に逆らう者となるかもしれないのだ。」一同はこの意見に従い、 05:40使徒たちを呼び入れて鞭で打ち、イエスの名によって話してはならないと命じたうえ、釈放した。 05:41それで使徒たちは、イエスの名のために辱めを受けるほどの者にされたことを喜び、最高法院から出て行き、 05:42毎日、神殿の境内や家々で絶えず教え、メシア・イエスについて福音を告げ知らせていた。


2020/07/05 聖霊降節第6主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「イエス様の最後の祈り」 1.最後の晩餐の様子が13章から描かれている。16章でイエス様から弟子たちへの遺言ともいうべき告別の言葉が終わり、17章にはイエス様がささげた祈りの言葉が記されている。
 まず、祈りについて考えてみたい。私には、忘れられない思い出がある。牧師になって間もなくの頃、私はTさんとお会いした。Tさんは東北教区ではとても名の知れたある牧師の孫として育った。私が郷里の湯沢教会で高校生からお世話になった同じ名字のT牧師は、偶然にもTさんのいとこだった。一流企業を退職して郡山で子ども向けの本を扱う小さな書店を営んでおられた。私はTさんとは、郡山教会付属保育所にTさんが来られたときに出会った。
 Tさんとお話をしたあと、帰り際に「祈りましょう」と私が言うと、Tさんはきっぱりと「僕は祈りは嫌いです」と言われた。具体的にどういう言いかたをされたかはもう覚えてはいないが、その言葉の内容は「祈りは人を欲深くする。祈りは自分勝手な欲望を神様に押し付け、その欲望の中に神様を引きずり込むものだ」というようなことだったと思う。牧師の孫として一家が同居する中で育った彼は、恐らくその牧師の祈りにより、その願望によって、家族が引っ張り回された苦い体験を持っておられたようである。彼の父母もその後受洗された。彼の母も同じような辛さを、しばしば述懐しておられたので、彼の思いは偽りのないものだったのであろう。
 わたし自身「それはあなたの勝手な願望・誇大妄想に過ぎないだろう、それを神様に押し付けるなよ」と感じるような先輩牧師や同僚たちの祈りを耳にしたことがある。そのような牧師の祈りと願望に引っ張り回されてきた信徒たちの苦労を目の当たりにしてきた。だからTさんの言ったことも私にはよくわかる。しかし彼が、祈りとは私たちの側の勝手な欲望を神様に押し付け、そこに神様を引きずり込むことでしかないと断定することについては、決して同意することはできない。確かに祈りにそのような一面があるのは否定はしない。しかし、それがすべてではないとも思うのである。むしろそうではない面の方がより強いのである。私自身、祈りを重ねてきたささやかな体験から言っても、祈りにおいて起きるのは、むしろ私たちが神様の御心に引っ張り上げられ、含みこまれるということである。私たちが神様の願いや御心に引き込まれて、それに沿うように導かれるのである。彼が批判したこととは正反対のことが祈りにおいては起きるのである。

2.イエス様の祈りを引き合いに出すのは恐れ多いことだが、ゲッセマネの祈りこそ、まさにそうではなかったか。今年の受難週で教えられたのがゲッセマネの祈りだった。その祈りは「できることならこの苦しみの時が過ぎ去るように」と始まり、しかし最後には「わたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように」で終わったとある。イエス様がペトロをはじめとした3人の弟子たちに自分の祈りの姿を証人とさせたのは、祈りというものがどのように始まり終わるのかを見せたかったからだと思う。それはイエス様の祈りだけではなく、おおよそ祈りというものは、だれの祈りであっても、このように始まりこのように終わるものだということなのである。
 祈りは、確かにその始まりは「できることなら」と自分の願いを神様に申し上げることから始まる。しかしいつまでもそうではない。最後は「御心に適うことが行われますように」と終わるのである。私たちには、神様の御心が何であるかわからないこともしばしばである。しかしそれがわからなくとも、祈っていれば御心に沿えるようにさせていただくようになるとわかる。それがたとえ十字架という苦しみであろうとも、神様の御心に沿えることこそが私たちの幸いであると信じられるようになる。祈ることを通して、私のようなものでも神様の御心に沿えるものとさせていただけることが本当に嬉しく思われてくる。そのような私のささやかな体験からしても、祈りがただ私たちの勝手な願望を神様に押し付けるものだとは到底言えないのである。

3.そのようなことから、このイエス様の祈りや願いも、これは決してイエス様の抱く勝手な願いを神様に押し付けるものではなく、まずそこには神様の御心というものがあったのだということ、そしてその神様の御心に弟子たち、ひいては私たちが沿い招き入れられるようにとの祈りであったのだとわかるのである。
 ではイエス様は、神様の御心をどのようなものとして捉えていたのか。17節から19節にかけてイエス様は、真理という言葉を3度にわたって口にしている。真理ということがイエス様の考えておられた神様の御心の根源にあったものではなかろうか。ここで、イエス様が神様の真理について言っていることについては、幾つかのポイントがあるように示される。第一に、神様の真理は「わたしが世に属していないように、彼らも世に属していない(16節)」という真理である。この真理については、16章28節でイエス様は次ように言っていた。「わたしは父のもとから出て世に来たが、今世を去って父のもとに行く」と。イエス様によれば、イエス自身もまた私たちも、その人生は神様のもとから出て神様のもとへ帰るものだというのである。これが私たちの歩み・ライフ・命についての神様の真理であり御心だとイエス様は言うのである。
 この真理からは様々なことが導き出されてくる。私たちの人生は神様のもとを出て神様のもとへ帰るという、この2点によって作られる線において営まれるものである。この2点の間には、実に様々な点があり、その点によって結ばれ作られる紆余曲折がある。ときには迷い、ぐるぐる巻になり、どうしようともほどけない固い結び目になってしまうこともしばしばである。それがイエス様の言う「世に属する」というありさまではなかろうか。
 先日『徹子の部屋』という昼の番組を観ていた。ある女性タレントが実の母との深い確執を涙ながらに語っておられた。彼女は、先生をしていた母から常に点数をつけられ続けた人生だったそうである。自分の子どもを、祖母にあたる彼女の母が抱っこしようとしたとき「汚い手で触れるな、わたしはあなたにそのように抱いてもらったことがない」と思ったという。神から出て神のもとへ帰るという人生観を持たない日本人の多くは、結局は親子とか職場とか、そのようなこの世の関係のもとでしか人生を捉えることができない。それは、この世の中でのみ作られた線の中でしか生きることができないということである。だから、それはとんでもなくこんがらかってしまうし、どうかすると固い結び目を作ってしまい、そこに私たちは閉じ込められてしまうのである。
 しかし、そのような私たちであっても、神様から出て神様のもとへ帰るこの2点でできた線を歩めるのだとわかると、それはどれほどの慰めとなることか。それは迷うこともこんがらかることもない「道」なのである。一本のまっすぐな道なのである。そのような道が厳然として存在するということが神様の真理なのである。この真理に沿うように生きてほしいとイエス様は祈り、私たちも祈ることでそのように導かれるのである。

4.神様から出て神様に帰るという真理から生じるもうひとつの波及効果は、この2点によって作られた線は神様の引かれたものであるがゆえに私たちの思い通りになる線ではないということである。その人生は、つまり私たちのものではないのである。つきつめれば、これは神様のものなのである。その反対側には、「人生はわたしのもの」という考え方がある。それが、この世にはびこる偽りの真理であり、そのような世の真理に従って生きることが世に属するということだと思うのである。15節でイエス様が、「わたしがお願いするのは、彼らを世から取り去ることではなく、悪い者から守ってくださることです」と祈っておられる。悪い者とは、人生は神様のものとの神様の真理に反して人生を私のものと思わせる存在のことではないかと改めて感じるのである。
 以前筑波大学におられて、フランクル先生の著作を熱心に広めておられた大学教授、また現役のカウンセラーでもある諸富祥彦さんの、昨年つくばで開催されたいのちの電話主催の講演会で、「どんな時も、人生にイエスと言う」というフランクル先生の著書のタイトルをそのまま題名にした本の中で、現代人を絶えず寂しさやむなしさによってさいなむ諸悪の根源は「私の人生はわたしのものである」という人生哲学だと断じておられた。カウンセラーとして、実際にたくさんの人々の相談に向かい合ってきた諸富祥彦さんのお話しには、とても実感がこもっていた。先生も、この哲学はけっして悪いものではないと言われた。しかし、そうではない現実にどうしてもぶつかってしまうのである。
 15節には「わたしがお願いするのは、彼らを世から取り去ることではなく」とある。私たちはいつかこの世から取り去られる。つまり全く何の影響を受けないということはできない。この世に体を持ち、経済社会的な関係の中で生きるものとして、この世から取り去られることはできない。生きることにおいて、そうしたものに左右され、決して人生を思い通りにはできない現実にぶつかる。それなのに、「わたしの人生はわたしのもの」という偽りの真理に従って生きようとするなら、それは不幸をもたらしてしまう。私たちをそうさせようとするものが悪い者なのである。これから守られるためには、私たちの人生は神様のものだとの真理に従う必要がある。

5.イエス様の言う神様の御心の真理の次なるポイントは、18~19節にある。「私を世にお遣わしになったように、わたしも彼らを世に遣わします」とある。神様のもとから来て神様のもとへ帰るところの、この世における私たちの人生とは、神様によってまたイエス様によってこの世に派遣された人生なのだという真理なのである。派遣された人生であるならば、やはりそれは自分のものとは言えない。
 では、派遣された使命とは何かというと、それは次の19節に「彼らのためにわたしは自分自身をささげます」とあるように、弟子たちのために「ささげる」ということだとイエス様は言っておられる。自分のために生きるのではなく、彼らのために生きるということが「ささげる」という意味であろう。ぶどうの実が自分では自分を食べておいしいとは言えないように、だれか他の人に食べてもらっておいしいと言ってもらえるようなことであたい。私自身、牧師として歩んできた人生は、自分でおいしいとは到底言えないものである。毎日毎日説教や祈祷会の準備をするのは、いまだに本当に辛く苦い日々である。しかしそのようにして自分では苦い歩みをするということこそが、実は、誰かのためにささげるということではないだろうか。19節最後には「彼らも、真理によってささげられた者となる」とある。読み方を変えれば「ささげらえる者となることが真理だ」とも言えるのである。
 先ほど紹介したあるタレントの女性は、末期ガンになった母を見舞い、看取る中で不思議と長い間の確執が解けていったと言っていた。そのようにして母にささげたのである。ずっとほしがっていたものを母にもらおうとしたのではなく、その反対に母にささげたことによって、不思議とほしかったものが手に入った。誰かのためにささげるという人生こそが、神様の真理に沿った生き方なのである。そう生きるようにイエス様は私たちのために祈ってくださり、私たちが祈るならそのイエス様の思いが自ずと実現してゆくのである。

聖書:新共同訳聖書「ヨハネによる福音書 17章 15~19節」 17:15わたしがお願いするのは、彼らを世から取り去ることではなく、悪い者から守ってくださることです。 17:16わたしが世に属していないように、彼らも世に属していないのです。 17:17真理によって、彼らを聖なる者としてください。あなたの御言葉は真理です。 17:18わたしを世にお遣わしになったように、わたしも彼らを世に遣わしました。 17:19彼らのために、わたしは自分自身をささげます。彼らも、真理によってささげられた者となるためです。


2020/06/28 聖霊降節第5主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「主よ、お許しください」 1.シロにあった聖所に仕える祭司エリのもとに預けられていたサムエルが、神様の呼びかけを聞き預言者としての歩み始めるきっかけとなった出来事である。注解書には、伝統的にイスラエルの人々が少年サムエルにそのことが起きたのは彼が13歳になる時のことだと解釈してきたと記されている。ユダヤ人男性の13歳という年齢は、いわゆる成人式を迎える年齢とのことである。そういう意味では、今日の物語は、少年サムエルが神様の呼びかけを聞くようになったという出来事だけではなく、長く預けられてきた─実質的には親代わりであった─祭司エリのもとを少年サムエルが巣だってゆく様子を描いたものとしても読むことができる。
 私が小学校にあがるまで3年間通った幼稚園は、教会付属の幼稚園だった。その建物の礼拝堂兼ホールには、当時の私が女の子だと思っていた白い服を着た幼子がひざまずきながら手を合わせて祈っている姿を描いた絵が掲げられていた。私は高校を卒業するまで、その教会に通っていた。その絵が今日の少年サムエルの姿を描いたものだと知ったのは、私は、いつの頃なのか分からない。インターネットで調べてみて、その絵が18世紀にジョシュア・レイノルドによって描かれたものだと分かった。今日の御言葉は、この絵を描いた人だけではなく、これを読む多くの人々に豊なインスピレーションを与え続けてきたものなのであろう。私自身、そのようにこの絵のことを覚えているということは、自分でも気づかないところで、何かを感じ取ってきたのかも知れない。

2.さて、最初に結論ともいうべきことを申し上げる。この御言葉が私たちに語りかけてくれる一番のポイントは、私たちもこのサムエルと同じように神様の呼びかけを聞くことが大切だという点だと思う。少年サムエルは神様の呼びかけを聞くことによって親代わりだったエリのもとを巣だってゆくこととなった。私たちにとっては、何歳になっても、そのような「巣立ち」が大事なのだとしみじみ思う。ある人は、もう60歳を越えて、そのような巣立ちなどありえないではないかと言われる。しかし、様々な意味で私たちには、それまで私たちを育くんでくれた環境を巣だって、新たなところへと進んでゆかねばならないということがあると思うのである。
 現在の新型コロナウイルス感染症のさなかにおいて、まさに「新しい生活様式」ということが言われている。私たちの教会も、これまで教会の理想として追い求めてきたいわば3密状態のところから巣だって、かつての半分位しか人の集わない新しい状況へと進んでゆかねばならない。そのような新たな状況へと、ためらわずに進んでゆけるためには、そこに神様からの呼びかけを聞くということが不可欠ではなかろうか。そのような意味において、何歳になっても神様からの呼びかけを聞くことが大事だと思うのである。
 6月20日に、教会員御Hさんの父Tさんの納骨式を行った。そこでの式辞で私は次のようなお話しをた。Tさんは2011年から2012年にかけて複数のガンで苦しんでおられた。彼はその際に、そこで神様からの呼びかけの声を聞き取り、自分のような無力無能な者もまた用いられることが嬉しいと書いておられた。その文章が私の手元にある。普通ならば、複数のガンにかかってしまえば、身も心もそのとりこにされてしまって当然なのにTさんは、そこに神様からの呼びかけを聞くことによって、その状況から巣立って新たなところへと進んでゆけたのだと思う。難儀な状況に置かれたときほど、私たちにとっては神様からの呼びかけを聞けるということが不可欠なことなのである。何歳になっても、いやサムエルとは対照的に、年齢を重ねれば重ねるほど、その必要性が増すと言ってもよいのかも知れない。

3.さてこの物語を読んで、私は素朴な疑問を抱いた。それは、なぜ少年サム工ルは3度も神様から呼びかけられたことを、そうとは気づかず、祭司エリに呼ばれたと思ったかのかという点である。その理由を7節は「サムエルはまだ主を知らなかったし、主の言葉はまだ彼に示されていなかった」からだと説明している。しかし私は、それは説明になっていないと感じる。サムエルがその時すでに13歳位の年齢になっていたとしたら、どのように神様の言葉が聞こえるかを、あらかじめ全く知らなくとも、直感的にそれはわかるものではないだろうか。私は、両親がよく夫婦ケンカをしていたために夜中にその声で目を覚ますのがいやでたまらなかった。そのため私には、毎晩寝入る前にふとんの中で祈る習慣があった。もしその祈りの中で、神様が何らかの形で語りかけてくださるというようなことがあれば、それは幽霊だとか幻だとかそのようなものではなく、神様がそうしてくださるということは自然にわかったのではないかと想像するのである。
 サムエルがそうではなかったということは何を示しているのか。1節に「少年サムエルはエリのもとで主に仕えていた。そのころ、主の言葉が臨むことは少なく、幻が示されることもまれであった」ということが、それを示唆しているように感じる。「エリのもとで主に仕え」という言葉が象徴しているように、サムエルはエリに仕えるということを通ることができずにいた。せっかく神様ご自身が呼びかけて下さっているというのに、それ祭司エリがしていると勘違いしてしまうほどに、サムエルにしても当時の人々にしてもエリや聖所の中でしか神様の言葉を聞くことができず、神様にお会いすることができなかったということなのである。「主の言葉が臨むことは少なく、幻が示されることもまれであった」というのは、そういう意味だと思うのである。
 その祭司エリたるや、2節後半にあるように「目がかすんできて見えなくなっている」というありさまだった。それは文字通りのことだけではないのだと思う。13節で神様が指摘しているように、エリは祭司だった二人の息子をとがめることができずにいた。そのような意味で、シロという聖なる場所をあずかる祭司の総責任者としては、残念ながら目がかすんでいたのである。サムエルはそのような「エリのもとで主に仕えて」いた。ただ幸いなことに、このようなエリであっても、サムエルを何度も呼ぶ方が神様だということだけはアドバイスできた。そのことだけは聞き見ることができたのである。またこの点については、そのようなエリであり、またそのような聖所であっても、存在意義は確かにあったのである。しかし、このようになってしまった聖所と、そこに仕える祭司エリのもとで神様に仕えていたために、サムエルは3度もの神様からの呼びかけに、そうと気づくことがなかったのである。あやうく聞き逃し通り過ぎてしまうところだったのである。
 私たちにもそのようなことがあるのではなかろうか。「主の言葉が臨むことが少なく、幻が示されることもまれ」なのではない。そうではなく、残念ながらそれを私たちが聞けなくなり、見ることができなくなっているだけなのである。もし私たちが神様の呼びかけを聞けず、目に見える現実の背後にある神様の心を見ることができなければ、それは本当に私たちにとって不幸なのである。それはあたかもサムエルが、祭司エリのもとでずっと仕えなければならないことを意味する。目がかすみ見えなくなっているエリ、また平気でとんでもないことが行われている聖所から巣立つことができないことを意味する。現在の新型コロナウイルス感染症への恐怖が人々を覆っているさなかにあって、私たちにはどれほど神様の声を聞き神様の心を見せていただくことが不可欠であろうか。そのことだけが私たちを平安にするのである。この状況から巣立たせるのである。

4.さて、それではこのようなサムエルを神様と出会わせ、エリの元で主に仕えるという状態から巣立たせたものは何だったのか。実はそれもまた、サムエルが聖所にいたことであり、この祭司エリであった。13節に「まだ神のともし火は消えておらず、サムエルは神の箱が安置された主の神殿に寝ていた」とある。そこに仕える祭司たちが、そのような聖所の祭司にサムエルは仕えるしかなかったのである。しかしそれでも、神様の灯火は消えてはいなかった。聖所や祭司たちがそのようになってしまっていたとしても、そこは神様の箱─それは十戒が刻まれた2枚の石の板が収められた特別な箱─が安置された主の神殿としての性格は失ってはいなかった。
 神の箱が示すものとは、どのようなことだったのか。この箱が安置された場所が、なぜ主の神殿となりえたのか。人間の建てた建物にすぎないのに、どうしてそこで神様にお会いできるというのか。それは、十戒において神様が、この世という荒れ野を生きる私たちを気遣い、そこを生き延びる術をわずか10項目の中に教えて下さったからである。そこには、この世を生きねばならない私たちへの神様の深い配慮・慈愛がある。だからこそ、この十戒において、私たちは神様にお会いできるのである。私たちが、自分たちへの神様の配慮を決して忘れないようにしなければならないとの思いから、神様はこれを石の板に刻んだのである。しかし、なぜかこれはいつのまにか失われてしまった。福音書が描き、またパウロが繰り返し指摘するように、いつの間にか冷たい石の板に書かれた戒律・戒めとして私たちを縛り、奥深い配慮に満ちた神様と私たちとを出会わせるものではなくなってしまった。だから、それに代わってイエス様が現れて下さったのである。十字架にかかり復活されたイエス様に込められた私たちへの神様の配慮は、決して失われることがない。イエス様が消えることがないということ、これが「神のともし火が消えていない」という意味なのである。
「神のともし火」という言葉に、私はとても心をとらえられる。神様の言葉が私たちに聞こえ、また私たちが日常の目に見える現実の背後に神様にお会いできるのは、あたかも小さなかすかな「ともし火」のようなものではないだろうか。1節が言うように、「主の言葉が臨むことは少なく、幻が示されることもまれ」と思われてしまう私たちの現実である。しかし、ともし火のようではあるけれども、決してそれはなくなってはいない。その「ともし火」がともされている神殿こそ、教会ではなかろうか。イエス様の体なる教会こそ神様のともし火がともっているところではなかろうか。教会で見聞きできる神様とは、本当に「ともし火」のようであるかも知れない。はっきりと神様の声だとわかり、神様の姿だとは見えない。しかしたとえそうであっても、サムエルが神様の呼びかけを聞いたのはシロの聖所であったように、私たちも教会において神様の呼びかけを聞くのである。

5.サムエルが聞いた神様の呼びかけの本質とは、どのようなものであったのか。10節以下に記されている。しかし、何よりも神様の言葉の根本が象徴的に現れていることは、神様が少年サムエルを3度にわたって呼んだという点にこそあるのだと思う。サムエルが自分に聞こえてきた呼び声を、神様からのそれだと思えなかった理由は、自分のようなものがどうして神様に呼ばれるはずがあろうかという思いがあったからでもあろう。もし神様が呼びかけて下さるとすれば、それは聖所のトップである祭司エリ先生でしかないと当然に思ったのであろう。しかし神様はなぜかエリではなく、祭司の見習いでしかなかった少年、まだ成人していない少年サムエルを呼んだ。ここに私たちへの神様の呼びかけの根本的な姿が現れている。「このような私になど神様が呼びかけてくださるはずがない、このような私の状況において神様が臨んでおられるはずはない」と私たちは思ってしまう。しかしそこに神様はおられるのである。この神様からの呼びかけを聞ける者でありたい。

聖書:新共同訳聖書「サムエル記(上) 3章 1~9節」 03:01少年サムエルはエリのもとで主に仕えていた。そのころ、主の言葉が臨むことは少なく、幻が示されることもまれであった。 03:02ある日、エリは自分の部屋で床に就いていた。彼は目がかすんできて、見えなくなっていた。 03:03まだ神のともし火は消えておらず、サムエルは神の箱が安置された主の神殿に寝ていた。 03:04主はサムエルを呼ばれた。サムエルは、「ここにいます」と答えて、 03:05エリのもとに走って行き、「お呼びになったので参りました」と言った。しかし、エリが、「わたしは呼んでいない。戻っておやすみ」と言ったので、サムエルは戻って寝た。 03:06主は再びサムエルを呼ばれた。サムエルは起きてエリのもとに行き、「お呼びになったので参りました」と言った。エリは、「わたしは呼んでいない。わが子よ、戻っておやすみ」と言った。 03:07サムエルはまだ主を知らなかったし、主の言葉はまだ彼に示されていなかった。 03:08主は三度サムエルを呼ばれた。サムエルは起きてエリのもとに行き、「お呼びになったので参りました」と言った。エリは、少年を呼ばれたのは主であると悟り、 03:09サムエルに言った。「戻って寝なさい。もしまた呼びかけられたら、『主よ、お話しください。僕は聞いております』と言いなさい。」サムエルは戻って元の場所に寝た。


2020/06/21 聖霊降節第4主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「神を欺いた結果」 1.ここには2章43節以下に記されていたのと同じような出来事が記されている。誕生したばかりの教会に集う人々が持ち物を共有して生活をしていた様子、そして、その教会に多大な寄付をしたバルナバのこと、さらに、そのバルナバとは対照的に売った財産をごまかして献金をしたために夫婦そろって突如命を落としてしまったアナニアとサフィラという夫婦の出来事が記されている。注解書には、5章11節に、はじめて「教会(ギリシャ語の原文ではエクレーシアと言います)」という言葉が使われているとあった。
 この箇所は理解の難しい箇所である。特にアナニアとサフィラの夫婦に起きた出来事をどう受け止めたらよいかという点については、昔から読む者を悩ませている。時には、それを読む者を躓かせることもあった。アナニアについては、決して財産のすべてを献金すべきだったということが語られているのではない。そうではなく、売った代金をごまかして献金し、その金額が代金の全額だと偽って神様を欺いたという点が非難されているのである。しかしそうだとしても、その結果が夫婦そろって命を絶たれるという結果になるというのは、あまりにも容赦のないものではないかと誰もが感じるであろう。
 私が説教の備えをする時にはいつも参考にさせていただく高橋三郎先生の文章には、以下のように書かれている。「一部しか出していないのにこれが全額だと偽ったことが糾弾されているのかも知れない。これを虚栄の業とするのは当然だが、聖霊を欺き、神を欺いたとして、直ちに倒れて息絶えるというほどの、きびしい処置を必要とする行為であったかどうか、人は疑問を覚えるのではあるまいか。なおその上、アナニア(さらにはその妻においても)罪を悔い改め、主の赦しを祈り求めて、立ち直るための機会が全然与えられなかったということも、理解に苦しむ点である」と。高橋先生だけではなく、多くの研究者・注解者が沢山の疑問を呈している。
 もうひとつ、昔から呈されてきた疑問の一つとして、はたしてこの夫妻の出来事が本当にあったことなのかどうかという点もある。教会において神様を欺くことをしてはいけないと教えるための教材のようなものとして作られた話ではないかと考える人もいる。しかし私としては、これほどの疑問を読む者に抱かせてしまう出来事であるからには、これは実際に起きたことなのだと受け取る。生まれたばかりの教会の人々も、またそれを記したルカも、正直どう受け取ったらよいかわからなかったのがこの事件ではなかっただろうか。しかし否定できない事実として、この夫婦にそのような悲劇が起きたので、どうしても記さざるを得なかったのであろう。5章11節にはじめて「教会」という言葉が使われた信者の群れ、生まれたばかりの教会は、この出来事を恐れをもって受け止めるしかなかったのである。そしてルカは、様々な疑問を抱きつつも、この事件をありのまま記すしかなかったのではないであろうか。ただ一点、ルカが言えたのは、神様を欺いた結果として、そのようなことが起きたということだったのであろう。これをいかに理解するかは読者である私たち一人ひとりに委ねられているのだと思う。私にはそれら幾つものの疑問のすべてに答えることなど到底できない。

2.アナニアとサフィラ夫婦の出来事の引き金には、4章32節以下に書かれているありさまである。そして直接的には、それがバルナバの行為にあるということは間違いがないという点である。生まれたばかりの教会が、果たして本当にここに書かれている通りの姿であったのかと疑う学者もいるようである。しかし何らかの事実としてこのような様子があったということは否めないのではなかろうか。問題は、果たしてこの使徒言行録を書いたルカが、どのような思いをもってこれを書いたかであり、またこれを読む私たちが、この教会の様子をどう受け取るかということだと思うのである。
 ルカはペンテコステ直後にも「信者たちは皆一つになって、すべての者を共有し、財産や持ち物を売り、おのおの必要に応じて皆がそれを分け合った(2章45節)」と書いている。そしてルカは、それと同じような教会の姿をここでも書いているのである。だからルカは、やはり好ましい姿としてそのことを書いているという店は確かなのではなかろうか。では、これを読む私たちは、どう読んだらよいのか。
 ルカはこの教会の姿を、教会の好ましい姿として描いており、つまりは神の言葉としての聖書がそのように記している。だから当然、いつの時代の教会もそうあるべきではないかとの受け止め方はあろう。また事実、そのように読んだ人々は多かったのである。しかし現実の教会は到底そうではなく(34節に「信者の中には一人も貧しい人はいなかった」とあるが、到底そのようではなかった)、それを厳しく批判し糾弾した人々もまた多かったのである。私は前任地の郡山教会において、次のような話を聞きいた。戦後間もない頃、となりの教会の人々が、ここに書かれているような教会のありかたを理想として集団で教会を離れ、たしか栃木県のどこかに、そうしたコミュニティを作ろうとしたという。しかし残念ながらその計画は、うまくはいかなったようである。
 著者であるルカの思いというものは知る由もないが、はたして彼がこの教会のありさまを好ましいものとして書いたとしても、しかし、それだからと言って彼は「教会はかくあるべし」という思いから書いたのであろうか。私はむしろルカは、教会のあるべき姿として、こうでなければならない姿として提示することについては、疑問を抱いていたのではなかったかと思うのである。そのことが疑問だったからこそ、その直後に起きたアナニアとサフィラ夫婦の出来事を記したのではなかったか。
 教会にとって何が「あるべき姿」であるかということは、根幹となる事柄である。ルカにとって教会にとって、ただひとつの、こうでなければならないというあるべき姿があるとすれば、それは「金銀はわたしにはない。イエス・キリストの名によって歩む」という姿ではないかと私は思うのである。金銀が自分にはないところで、しかしイエス様をキリスト・救い主として呼び信じる信仰によって共に歩む共同体であることが唯一のあるべき姿なのだから、結果としてはおのずと金銀のあるなしによる経済的な格差というものは生じてこざるを得ないこととなる。34節にあるように「信者の中に一人も貧しい人がいない」というのは望ましい姿かもしれない。しかしそれは教会が必ず取らねばならない姿ではないのである。13章には、ペトロが「イエス・キリストの名によって歩め」と言って、その人の手を取って立ち上がらせ、一緒に境内に入っていったと書かれていた。共に礼拝を捧げようとする営みの中で、そうできない人の手を取り足を支え、具体的に一時的にその生活を支援するということは、ある。しかし信者である私たちが、それぞれ自身のこの世において生きる上での全面的な生活を支えて、そのうえで貧しい者がひとりもいないようにするというのは、教会のとるべきあるべき姿ではないとわたしは思うのである。金銀のあるなしだけではない。健康のあるなし、寿命の長い短い、そういった点で、神様が私たちに与えたもうた賜物には、どうしても貧しいか豊かであるかの違いがある。それをすべてなくすことはできないし、それをすべてなくそうとすることは、そのような違いをこの世を生きる私たちに背負わせたもうた神様の御心を越えるものでもあろう。

3.ところが、生まれたばかりの教会においては、教会が教会としてあるべき姿でないものが求められ、それが称賛されてしまうようになっていたのではないだろうか。それゆえにアナニアとサフィラの事件が生じたのではなかったか。5章3節において「なぜあなたはサタンに心を奪われ」とペトロは言っている。この夫婦に、また生まれたばかりの教会に、その直前においてすばらしい姿を呈していたと描かれている教会に、サタンと呼ばれる存在が入り込んできたのである。その故は他でもなく、礼拝共同体であるべき教会にそれ以外の「ねばならぬ」が強くなったからではなかったか。教会が礼拝共同体である以外にある「ねばならぬ」というものが入り込み、そして表面的にはすばらしいと見える姿をとるときにこそ、そこにサタンと呼ばれる存在が入ってくるのである。そしてこの夫婦のように、それにみいられ、信仰だけではなく肉体的な命さえも失ってしまう悲劇が生じるのではなかろうか。
 おそらくは、持っていた畑をすべて売り払い多額の献金をしたバルナバの行為が称賛されたであろう。一気に彼の存在感が教会の中で高まったであろう。それを見てアナニアとサフィラ夫婦はあせる思いを抱き、称賛されることにおいてバルナバに勝とうと思ったに違いない。そこにサタンがつけ込んだのである。人からの誉れを求めさせ、結果的に神様を欺かせる。それは信仰を失わせ、また肉体的な健康をも損ねる結果となる。神様が裁いたとか罰したということではなく、神様を欺くということ自体が自ずとこうした結果を招くということなのである。
 教会において、礼拝共同体であるということ以外の何かが「ねばならぬ」こととして入り込み、神様によってではなく人による称賛を得ようとすることの危険性を、私は重ねてしみじみ思う。ある先生は会堂建築のことをあげておられた。ルカは明確に意図してはいなかったかもしれないが、教会がそうなってしまうときの危険を5章11節で、はじめて「教会」という言葉を使うことを通して私達に伝えているのではなかろうか。教会とは人の集まりである。人の集まるところでは、人の誉れというものが求められてしまう。だから、教会が私たちにとって「すばらしい」と思える姿を取っているときほど、実は危険なのである。

4.しかし、やはり教会は教会なのである。聖なる公同の教会であるがゆえに、神様・イエス様・聖霊が結果的には、これを清めてくださる。そこで人の誉れが第一になることを許さず、神様を欺くことが行われるのを放置されることはないのである。アナニアとサフィラ夫婦に起きたことは、確かに厳しい結果ではある。しかし私は、そこに教会という存在のすばらしさ・ありがたさを見るのである。教会ではしばしば、人の誉れが求められ神様を平気で欺くようなことが行われてしまうことがある。しかし必ずやそこでは神様を欺くことは取り除かれる。人による誉れが求められ実現されることは排除され、神様による誉れが高くされるのである。
 私は、そのような場所がこの世にあるということの幸いを思う。神様どころか人を欺くことも平気な、また真理や真実を欺くことなど平気なこの世である。しかしそのような世に、神様を欺くことに対してまことに厳しい共同体というものがある。人による誉れを排除して神様による誉れこそが大事にされるところがある。
 神様による誉れとはどのようなものであろうか。思い起こすのは、ある貧しい未亡人がレプトン銅貨2枚を献金する様子をイエス様がご覧になり「この貧しいやもめはだれよりも沢山入れた」と言って下さった(ルカによる福音書の21章1~4節など)。このように、礼拝をささげることにおいて、またそこでささげられる私たちの本当にまずしいものを、「だれよりも沢山」と言って下さるイエス様がおられるのが教会なのである。教会で私たちがどれだけのものをささげているのかは他の人には全く見ない。イエス様・神様だけがご覧になってくださる。人様に見えるものは本当に僅かだが、それをちゃんと見て下さるイエス様がおられるのが教会である。
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レプトンとは当時流通していた貨幣の最小単位。1レプトンは1デナリ(労働者1日分の賃金)の128分の1とのこと。当時の労働者の1日分の賃金を6千円程度と仮定するとレプトン銅貨2枚は100円弱の金額という計算になる。

聖書:新共同訳聖書「使徒言行録 4章 32節~5章 11節」 04:32信じた人々の群れは心も思いも一つにし、一人として持ち物を自分のものだと言う者はなく、すべてを共有していた。 04:33使徒たちは、大いなる力をもって主イエスの復活を証しし、皆、人々から非常に好意を持たれていた。 04:34信者の中には、一人も貧しい人がいなかった。土地や家を持っている人が皆、それを売っては代金を持ち寄り、 04:35使徒たちの足もとに置き、その金は必要に応じて、おのおのに分配されたからである。 04:36たとえば、レビ族の人で、使徒たちからバルナバ――「慰めの子」という意味――と呼ばれていた、キプロス島生まれのヨセフも、 04:37持っていた畑を売り、その代金を持って来て使徒たちの足もとに置いた。 05:01ところが、アナニアという男は、妻のサフィラと相談して土地を売り、 05:02妻も承知のうえで、代金をごまかし、その一部を持って来て使徒たちの足もとに置いた。 05:03すると、ペトロは言った。「アナニア、なぜ、あなたはサタンに心を奪われ、聖霊を欺いて、土地の代金をごまかしたのか。 05:04売らないでおけば、あなたのものだったし、また、売っても、その代金は自分の思いどおりになったのではないか。どうして、こんなことをする気になったのか。あなたは人間を欺いたのではなく、神を欺いたのだ。」 05:05この言葉を聞くと、アナニアは倒れて息が絶えた。そのことを耳にした人々は皆、非常に恐れた。 05:06若者たちが立ち上がって死体を包み、運び出して葬った。 05:07それから三時間ほどたって、アナニアの妻がこの出来事を知らずに入って来た。 05:08ペトロは彼女に話しかけた。「あなたたちは、あの土地をこれこれの値段で売ったのか。言いなさい。」彼女は、「はい、その値段です」と言った。 05:09ペトロは言った。「二人で示し合わせて、主の霊を試すとは、何としたことか。見なさい。あなたの夫を葬りに行った人たちが、もう入り口まで来ている。今度はあなたを担ぎ出すだろう。」 05:10すると、彼女はたちまちペトロの足もとに倒れ、息が絶えた。青年たちは入って来て、彼女の死んでいるのを見ると、運び出し、夫のそばに葬った。 05:11教会全体とこれを聞いた人は皆、非常に恐れた。


2020/06/14 聖霊降節第3主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「勇気を出しなさい」 1.イエス様は「これらのことを話したのは、あなたがたが私によって平和を得るためである」とおっしゃった。イエス様の14章からの長い告別の言葉は、弟子たちや私たちに平和を与えようとするためのものだと言うのである。平和とはヘブル語ではシャロームという言葉である。私たちにとってわかりやすい言葉だと平安ということばであろう。また安心ということでもある。さらにまた別の言葉で言い換えれば、幸いと言ってもよいのではないかと思う。
 この平安について、イエス様は14章27節では「う私は平和をあなたがたに残し、私の平和を与える。私はこれを、世が与えるように与えるのではない」とおっしゃった。イエス様はここで、私たちに与る平和は世が与えるものとは違うとおっしゃった。では世が与える平和とはどのようなものなのか。それは不安や恐れというものが全くない状況のことではないかと示された。私たちが求め願う平和とは、要は不安や恐れが全くない状態をいう。不安や恐れがあると、すぐさま消え去ってしまうようなものが、私たちが普通に考える平安ではないだろうか。
 ところがイエス様が私たちに与える平安とは、そのようなものとは違うと言う。「平和を得るためである」との言葉に、すぐに続けてイエス様は「あなたがたには世で苦難がある」とおっしゃった。このように言うイエス様の心は、私たちにはこの世で苦難があり、それゆえの恐れや不安があるけれども、しかし私たちはイエス様によって平和をいただくことができるのだということである。苦難があることと平和を得ることは相互に矛盾せず、同時に成り立つものなのだということである。苦難があろうとも決して消えない平和がある。それをイエス様が私たちに与えてくださる。そこが世の与える平和とは決定的に違うところなのである。
 今日の私たちは、イエス様が私たちに平和を得させようとして、だからこそ、その直後に「あなたがたには世で苦難がある」とはっきりと明言されたことを心に刻みたいと思う。平和を得ることと苦難があることとは、決して矛盾することではない。イエス様による平安や幸いは、苦難がある中でも与えられるものなのである。だからこそ私たちは勇気を出せるのではなかろか。苦難があってもなお進んでゆけるのである。

2.私の書斎の机の右には、まさに「座右の書」としている50冊ほどの書籍が置いてある。その中心は勿論説教の準備のために使う注解書である。ヴィクトール・フランクルの関連書籍も多く置いてある。その中に『苦悩する人間』というタイトルの本がある。フランクルは、人間を「ホモ・パティエンス(苦悩する人間)」と定義している。そして彼は「ところで、苦悩を恐れ、苦悩から逃げるばかりだったのが、この3世紀です。現実を美化しようと試みていたのです。苦悩、苦悩の必然性、苦悩の価値可能性は無視されました。人間は活動と理性の力で、苦しむことと死ぬこと、苦難と死をなくすことができるかのように、自分自身を、そしてお互いを言いくるめたのです。人々は、能動(アクティオ)に夢中になって、受動(パッシオ)を見落としたのです。ラティオ(理性)が、科学が苦悩を取り除いてくれるだろうと信じたのです。人々は、現実から、苦悩の必然性から、そして苦悩を意味で満たす可能性から目をそらそうとしてきた」と書いている。
 このフランクルの言葉から言えば、私たち人間がなぜホモ・パティエンス(苦悩する人間)なのかと言えば、それはパッシオ(受動)というものを免れ得ないからだと思うのである。私たちは能動(アクティオ)を望む。アクティオとは、要は思い通りに自分の人生を自分が主人となってコントロールすることである。そこにこそ私たちの平安があり幸せがある。それが世が与える平安の正体である。しかしフランクルは、それはできないことだと言っている。だから人間は根源的にホモ・パディエンスなのである。そのことから決して逃れることはできないのである。そして、そこを直視せずしては平安も幸せもないのである。イエス様は、私たちがホモ・パティエンスであるという現実をちゃんと直視しておられた。そしてその上でなお、苦悩する人間である私たちが平安や幸せを得ると遺言してくださったのである。

3.ではなぜイエス様は、あなたがたには世で苦難があると言うのであろうか。フランクルの言葉では受動(パッシオ)がそこに深くからんでいた。イエス様がその点について教えているのが、少し前に書かれている28節の言葉ではないかと示される。
 「私は、父のもとから出て世に来たが、今世を去って、父のもとに行く」とイエス様はおっしゃった。このイエス様の言葉の主語は「私は」である。イエス様自身が自分の意志で、神様のもとを出る時や帰る時を選んたということも勿論言える。しかしゲッセマネの祈りにおいてイエス様が「できることならこの杯を取りのけてください」と祈った(例えばマルコ14:35以下)ことからすれば、十字架の苦しみは受動(パッシオ)ゆえのものであったのは明らかである。復活も「復活させられた」のであって、死人となったイエス様自身が自分で復活したのではなかった。だから、そこにもやはり受動がある。イエス様のこの世における生涯そのものが、神のもとから出て神のもとへ帰るものである。その2つの点の間にある線というものは根本的にはイエス様の能動(アクティオ)ではなく受動(パッシオ)なのではなかろうか。神様によって描かれた線の上でのものであって、イエス様自身が描いたものではないのではなかろうか。
 イエス様の生涯がそうであるのならば、私たちのそれはなおのこと根源的にパッシオなのだということではなかろうか。私たちは、はたして自分で神のもとを出るときを選んだかどうかは全くわからない。また神様のもとへ帰る時、即ちこの世を去るときを選ぶことができないことははっきりしている。私たちのこの世の人生は、その最初と最後を神様によって置かれた2点を結ぶ線の上で営まれるものなのである。それは根本的に能動ではなく受動(パッシオ)であろう。であるがゆえに必然的に苦難(パッション)なのである。パッシオとパッションは決して語呂合わせではなく結び付いているのである。

4.しかしそうであればこそ、ここに平安があり幸いがあるのだとイエス様は教えてくださるのではなかろうか。神のもとから出て神のもとへ帰るという2点によってなる私たちの人生は、そうであるがゆえにパッシオではあるが、しかし同時に、だからこそ、私たちの人生の歩みがこの線の上をそれることがないということをも意味しているのである。そこには神様によって定められた道がある。私たちは、神から出て神のもとへ帰るべく定められているからこそ、この道をそれることができないのである。ここにこそ平安がある。受苦(パッション)ではあるが、だからこその平安と幸いがある。14章6節で「私は道であり」とイエス様はおっしゃっている。イエス様自身が私たちの先導者としてこの道を歩み、私たちを励ましながら同伴してくださるのである。神様の定めた道はパッシオではあるけれども、同時に平安に満ちた幸いな道だと教えて下さるのである。
 さて、神様が私たちに引いた道を歩ましめるのは何らかの目的があるからではなかろうか。全くの無目的で線を描いいているのではないはずである。ある目的を果たさせるべくこの線を描いたはずである。先導者として同伴者としてイエス様が私たちに教え示して下さるのは、何よりもこの点ではないかと思う。イエス様が14章からの遺言において繰り返し語っていたのは、この目的についてではなかったか。
 15章で「私はぶどうの木、あなたがたはその枝」「ぶどうの枝としての実を結びなさい」とおっしゃった。締めくくりの言葉では直接そのことは語られてはいないが、「あなたがたが私によって平和を得るため」との言葉に、同じイエス様の心は滲み出ているように感じる。イエス様のこの世の生涯の目的は、ひたすら「私によってあなたがたが」平安を得るためであった。「あなたがたが私によって平安を得る」ということが、イエス様がぶどうの実をつけることなのである。私によって私自身が何かを得るのではなく、あなたがたという他者が私によって何かを得るためのものなのであった。私たちも同じようなぶどうの実をつけるために、神様は私たちの人生の線を描いたとイエス様は身をもって教えて下さるのである。私たちがこの目的のために生きるなら、そこに苦難があっても必ず平安や幸いを得ることができるとイエス様は確約して下さるのである。
 ぶどうの枝は、当たり前のことだが、そこに実った実を自分を食べることはできない。だれかが食べてくれておいしいと感じてくれるのである。それが私たちの人生の目的だといつも思う。どんなにおいしい食事でも、その中身を忘れてしまうことがしばしばである。食事というものはそういうものではないだろうか。忘れられてしまうもの、残らないものなのである。おいしいぶどうの実となってひとさまに喜んで食べていただくということも、このように何も残らないものかもしれない。残るものならばおいしいとは言えない。いつまでもおいしい・ありがとうと感謝されることを求めて、親が子にまた夫婦がお互いに何かをするなら、それは神様の果たさせようとなさるものではない。「消化」という言葉がいみじくも表しているように、おいしい食事とは消えてゆくべきものである。私たちが自分のためではなくだれかのためになすことも、消えてなくなるものである。「だれかが私によって」ということが実現するようなものであれば、私たちの人生はたとえ苦難に満ちたものであっても平安であり幸いなものとなるのである。だから勇気を出して歩んでゆこう。私たちは老いて病み、もしかしたらこの新型コロナウイルスに感染し、苦しみつつ召されてゆかざるを得ない。しかしそれによってだれかが必ず何かを得るはずである。私たちは、神様が描きイエス様が導いて下さる人生を歩むのである。

聖書:新共同訳聖書「ヨハネによる福音書 16章 25~33節」 16:25「わたしはこれらのことを、たとえを用いて話してきた。もはやたとえによらず、はっきり父について知らせる時が来る。 16:26その日には、あなたがたはわたしの名によって願うことになる。わたしがあなたがたのために父に願ってあげる、とは言わない。 16:27父御自身が、あなたがたを愛しておられるのである。あなたがたが、わたしを愛し、わたしが神のもとから出て来たことを信じたからである。 16:28わたしは父のもとから出て、世に来たが、今、世を去って、父のもとに行く。」 16:29弟子たちは言った。「今は、はっきりとお話しになり、少しもたとえを用いられません。 16:30あなたが何でもご存じで、だれもお尋ねする必要のないことが、今、分かりました。これによって、あなたが神のもとから来られたと、わたしたちは信じます。」 16:31イエスはお答えになった。「今ようやく、信じるようになったのか。 16:32だが、あなたがたが散らされて自分の家に帰ってしまい、わたしをひとりきりにする時が来る。いや、既に来ている。しかし、わたしはひとりではない。父が、共にいてくださるからだ。 16:33これらのことを話したのは、あなたがたがわたしによって平和を得るためである。あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている。」


2020/06/07 聖霊降節第2主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「エリの息子たちとサムエル」 1.この箇所には、シロという町にあった聖所(神殿)の祭司であったエリのもとに預けられたサムエルとエリの息子たちとの対照的な姿が描かれている。
 舞台は今から3000年ほど前の時代、まだその頃はエルサレムに神殿は建てられてはいなかった。シロという町は、エルサレムの数10キロ北にあった。十戒を刻んだ2枚の石版が収められた箱を安置する聖所が建てられ、神殿としての役割を果たしていたようである。エリは、そこで奉仕する祭司たちの指導者であった。そしてエリの二人の息子たちは祭司であった。エリの息子たちは、「ならず者で主を知ろうと」せず(12節)、22節以下に書かれているような行状でさえあった。父親のエリは、息子たちを諭した。しかし息子たちは、父の声に耳を貸すことはなかったのである(25節)。少年サムエルは、そのようなエリのもとに預けられたのである。サムエルは、エリの息子たちとは対照的であった。サムエルは「祭司エリのもとにとどまって、主に仕え(11節)」「すくすくと育ち、主にも人にも喜ばれる者となった(26節)」。この聖書箇所はリュティによれば、あまり礼拝説教の箇所として読まれることはなく、むしろ青少年教育の材料として用いられることが多いという。私たちもまず、青少年教育というわけではないが「信仰の継承」というテーマへの示唆を与えられるのではないかと感じる。
 クリスチャンの中には子どもたちに信仰を受け継がせる難しさを感じておられる人々は少なくないと思う。かくいう私自身もそのひとりである。そして今日の物語に登場する祭司エリも、それに悩んだ親の代表ではなかったか。信仰を受け継がせることができなかった自分を責めたり情けなく思ったりするのは、私たちに共通してある。私たち牧師は、子息が牧師になったり神学校に入ったりしている同僚たちを見るたびに「自分のどこがいけなかったのだろうか」と情けなく思うのである。エリはどうだったか。自分の息子たちをならず者や神様を知らない者にしか育てることができなかったのは、父である彼の責任ではなかったか。息子たちが父の論しに耳を貸さないのであれば、そのような彼らを祭司に留め置かずやめさせるべきだったのではなかったか。そのように父であったエリの責任を問い、信仰を継承させる努力を怠った者として、エリを責める声は大きい。
 しかしエリとは、ただただそのような人物だったというだけであろうかと私は思うのである。確かに親として欠けがあったのだろう思う。29節には「自分の息子を私よりも大事にして」とある。しかし私は、エリがひとりの信仰者として全くだめだったわけではないと思うのである。その証拠に、エリの元に預けられたサムエルは、神様に仕え喜ばれる者としてすくすくと成長していったのである。また20節にあるように、サムエルの両親であるエルカナとハンナを祝福し、祭司としてなくてはならない働きをしてもいたのである。信仰の継承ということから言えば、血のつながった息子たちにはそれをすることに失敗をしたかもしれないが、他人の子であるサムエルに対しては成功したのである。そしてサムエルの両親にも信仰の喜びを伝え得たのではなかったか。
 血のつながった親子、また関係の深い夫婦だからこそ、信仰を伝えるのが難しいという点があるのではなかろうか。それができないからと言って、できなかった者の信仰が乏しいとか欠けがあるというものではなかろう。また、それができた者がすばらしいというものでもないであろう。突き詰めて言えば、ある者に信仰が伝わっていくかどうかは神様のなさることなのである。親や配偶者である私たちの信仰が、信仰を伝えようとする努力がすぐれていたからというものではないのである。また、たとえ子どもたちや配偶者に信仰を伝えることができなくとも、他の人に伝えることができればそれでよいのではないだろうか。

2.もう一点、エリの息子たちの姿を通して考えさせられることがある。そこに十戒を収めた箱が置かれ、人々をしてそこで神様に出会うよすがであった聖所が、よりにもよってならず者・神様を知らない者・ふしだらな行為をする者たちが祭司を務めるような場所となっていた。ある日、「神の人」と呼ばれる無名の者が、エリのもとを訪ねて来て、神様からの厳しい言葉を伝えた(27節以下)。祭司たちが聖所において、神様にささげられたものをないがしろにし、私腹を肥やしていることが厳しく批判された。
 私は、ここになされている批判とは、ただイスラエル人の聖所や祭司に対してなされたものではなく、教会という聖所やそこに祭司として仕える牧師、そして牧師だけではなく、信徒たちに対してもなされているものだと感じるのである。イエス様が棕櫚の主日にエルサレムに入った直後、真っ先に行ったことは「宮清め」であった。「私の家は、すべての国の人の祈りの家と呼ばれるべき」であるのに、「あなたたちはそれを強盗の巣にしてしまった」とイエス様は言った。このイエス様のふるまいは4つの福音書すべてに記されている(たとえばマルコによる福音書11章17節)。イエス様がそれを行ったのは、私たちの教会も常に強盗の巣になってしまう危険をはらんでいるからだと私はいつも思っている。十戒の箱が安置され、そこに祭司が住んでいるような聖所だから祭司が私腹を肥やすというのではなく、おおよそ人間の手によってたてられる聖所・教会は、どうしても、そこに仕え・集う祭司や信徒たちが私腹を肥やしてしまうところとなってしまうのである。そのことから逃れることはできない。エリやその息子たちが特別に悪かったからではく、人が祭司となり、人の目に見えるものとして聖所がこの世に建てられるがゆえに、どうしてもそれは人間の私腹を肥やすところとなってしまうのである。
 教会が聖所であり、特にそこに仕える牧師が祭司であるということから、それらは決して何の非難もなされないようなものであるし、またそうあるべきだという思いが私たちにはあるかもしれない。そう思えばこそ、逆に教会や牧師に非難されるべき点があるのだとの躓きから教会から離れるということが起きがちである。「神の人」と呼ばれる者が祭司エリのところにやってきて、祭司や聖所を非難する厳しい神様の言葉を語った。そういうありさまが聖書の中には記されている。それは、教会やそこに仕える祭司である者たちが非難を免れない存在なのだということの現れなのである。だから、たとえそこに私腹を肥やし、神様を知らない知ろうとしないというような驚くべきやからがいたとしても、そこに躓くこともないのである。それは人の建てる聖所の、またそこに仕え集う者の避けられない宿命のようなものなのである。神様によって常に問いただされるような存在が、教会であり祭司であるという点に、大いに教えられるものがあるのではないだろうか。

3.さて、人の建てる聖所やそこに仕える祭司がそのようになってしまうものならば、神様はそもそもそのようなものはなくした方がよかったのではなかったか。しかし神様は、そうはされなかったのである。35節以下に、はっきりとそのことが書かれている。神様は忠実な祭司を必ず立てて、またイスラエル人は「祭司の仕事の一つに就かせて下さい」と願うようになるとある。これほどに、聖所が立てられ、そこに仕える祭司がいることは、なくてはならないものだと神様は語っているのである。
 それはなぜか。聖所や祭司でなければ、どうしても果たしえない役割があるからではなかろうか。そのなくてはならない役割というものを、サムエルの成長の様子やサムエルの両親に対するエリの祝福から教えられるように思う。11節に「幼子は祭司エリのもとにとどまって主に仕えた」とあり、18節から19節はじめには「サムエルは、・・・・母は彼のために小さな上着を縫い」とある。サムエルが神様に仕えつつ成長してゆくためには、さまざまな欠けのある祭司エリが、またシロの聖所が不可欠だったということを物語っていると思うのである。どのような意味で不可欠だったかを象徴的に描くのが18節から19節にかけての言葉から感じる。
 私は、母ハンナがサムエルのために小さな上着をぬって着せてやったというのは、母ひいては父との血のつながり・親子という関係におけるあり様を象徴的に描いているように感じる。それは「小さい」。文字通りの意味は、もちろんまだ幼子だったサムエルの着る上着であったのだから小さいということなのである。しかし、それだけではなく、血のつながり・親子関係において父母が子どもに着せる服というのは「小さい」ということなのである。それは子どもたちをいつまでもどこまでも親子の枠の中に置いてしまう。だから「小さい」という言葉に象徴的にあらわされるのである。もしサムエルそして私たちが、親子関係ひいてはこの世の関係の中だけでしか生きられなければ、私たちは「小さい」着物をずっと着せられたままなのである。
 そのようなサムエルが父母のもとを離れて聖所と祭司エリのもとに預けられてこそ、「大きな」者として成長してゆけるのである。その象徴が、母からもらった小さな上着を着ながらも、祭司が着るべきエフェドをその上に着て祭司の下働きをする姿なのだと思う。親子・血のつながりの関係だけではなく、それを着つつも、なおもっと大きなつながりの中に生きる、その具体的な場こそが、シロの聖所であり祭司エリのもとで祭司見習いとして生きることであった。私たちが親子や家族やこの世の関係の小ささを身につけつつも、もっと大きな存在との関係に生きるために聖所や祭司が必要なのである。
 私自身がそうだったということをしみじみ思う。勿論私は、ずっと教会に預けられていたわけではなかった。私は2歳半頃から教会幼稚園に通い、日曜日は教会学校に出席し、受験の時期も教会から離れたことはなかった。私の両親は、しょっちゅう激しい夫婦げんかを繰り返すような仲だったが、そのような私にとって、聖所である教会において与えられる神様と教会の皆さんとの関係が、どれほどなくてはならないものだったかと思い返すのである。26節最後に「主にも人々にも喜ばれる者となった」とある。ここが大事なのである。親からだけではなく、聖所において神様と人々に愛される者となることが、私たちの成長にとって不可欠なのである。

4.それは、私たちにどのような成長の糧を与えて下さるのか。神様の創造の御業の富が、この地に満ち満ちている。先週の聖書箇所を思い起こす(詩編 104編 23~30節)。神様は、海の怪物レビヤタンを造ったり、私たちを塵に戻しつつ新たに創造したりする。神様の創造の御業は、親やこの世の支配者や私たち自身の働きとは全く違う。怪物も造り死も造る。しかしそれが神様の御手の中にあると知ることで私たちは満ち足りる。平安を得る。教会という聖所は、私たちが私腹を肥やす場となってしまうこともしばしばであろう。しかし、それにもかからわず教会は、私たちが聖書を通してそのような神様に出会い、そのような神様の驚くべき姿に出会えるなくてはならない場なのである。そのような場がどうしてもこの世になくてはならない。それはおのずと人の手によって立てられ、そこに仕える祭司は人間以外の存在ではありえないのである。
 最後に、祭司の果たす大切な役割として示されるのは祝福ということである。祭司エリは涙を流して祈るハンナに「安心して帰りなさい。イスラエルの神が、あなたの乞い願うことをかなえてくださるように」と言葉をかけた(1章17節)。すると、家に帰ったハンナの表情はもはや前のようではなかった。そして彼女は、サムエルを身ごもった。20節以下もそれと同じである。エリは、エルカナとその妻を祝福し、「主に・・・ように」と言い、家に帰ってゆくと主はハンナを顧みられ一家には5人の子どもが授かったという。
 神様よりも実の息子を大事にしてしまうような愚かな祭司エリであった。しかしまた、このように信徒を祝福できる祭司でもあったのである。そしてその祝福が不思議に実現してゆく器として用いられるのもまた祭司なのである。

聖書:新共同訳聖書「サムエル記(上) 2章 11~29節」 02:11エルカナはラマの家に帰った。幼子は祭司エリのもとにとどまって、主に仕えた。 02:12エリの息子はならず者で、主を知ろうとしなかった。 02:13この祭司たちは、人々に対して次のように行った。だれかがいけにえをささげていると、その肉を煮ている間に、祭司の下働きが三つまたの肉刺しを手にやって来て、 02:14釜や鍋であれ、鉢や皿であれ、そこに突き入れた。肉刺しが突き上げたものはすべて、祭司のものとした。彼らは、シロに詣でるイスラエルの人々すべてに対して、このように行った。 02:15そればかりでなく、人々が供え物の脂肪を燃やして煙にする前に、祭司の下働きがやって来て、いけにえをささげる人に言った。「祭司様のために焼く肉をよこしなさい。祭司は煮た肉は受け取らない。生でなければならない。」 02:16「いつものように脂肪をすっかり燃やして煙になってから、あなたの思いどおりに取ってください」と言っても、下働きは、「今、よこしなさい。さもなければ力ずくで取る」と答えるのであった。 02:17この下働きたちの罪は主に対する甚だ大きな罪であった。この人々が主への供え物を軽んじたからである。 02:18サムエルは、亜麻布のエフォドを着て、下働きとして主の御前に仕えていた。 02:19母は彼のために小さな上着を縫い、毎年、夫と一緒に年ごとのいけにえをささげに上って来るとき、それを届けた。 02:20エリはエルカナとその妻を祝福し、「主に願って得たこの子の代わりに、主があなたにこの妻による子供を授けてくださいますように」と言った。こうして彼らは家に帰った。 02:21主がハンナを顧みられたので、ハンナは身ごもり、息子を三人と娘を二人産んだ。少年サムエルは主のもとで成長した。 02:22エリは非常に年老いていた。息子たちがイスラエルの人々すべてに対して行っていることの一部始終、それに、臨在の幕屋の入り口で仕えている女たちとたびたび床を共にしていることも耳にして、 02:23彼らを諭した。「なぜそのようなことをするのだ。わたしはこの民のすべての者から、お前たちについて悪いうわさを聞かされている。 02:24息子らよ、それはいけない。主の民が触れ回り、わたしの耳にも入ったうわさはよくない。 02:25人が人に罪を犯しても、神が間に立ってくださる。だが、人が主に罪を犯したら、誰が執り成してくれよう。」しかし、彼らは父の声に耳を貸そうとしなかった。主は彼らの命を絶とうとしておられた。 02:26一方、少年サムエルはすくすくと育ち、主にも人々にも喜ばれる者となった。 02:27神の人がエリのもとに来て告げた。「主はこう言われる。あなたの先祖がエジプトでファラオの家に服従していたとき、わたしは自らをあなたの先祖に明らかに示し、 02:28わたしのためにイスラエルの全部族の中からあなたの先祖を選んで祭司とし、わたしの祭壇に上って香をたかせ、エフォドを着せてわたしの前に立たせた。また、わたしはあなたの先祖の家に、イスラエルの子らが燃やして主にささげる物をすべて与えた。 02:29あなたはなぜ、わたしが命じたいけにえと献げ物をわたしの住む所でないがしろにするのか。なぜ、自分の息子をわたしよりも大事にして、わたしの民イスラエルが供えるすべての献げ物の中から最上のものを取って、自分たちの私腹を肥やすのか。


2020/05/31 聖霊降臨日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「良いものに満ち足りる」 1.イエス様が十字架につけられた過越の祭から数えて50日目にイスラエル人が行っていた『五旬祭』という祭を、ギリシャ語でペンテコステという。イエス様の弟子たちも、この祭りを祝うためにエルサレムに集まっていた。すると、不思議な形で聖霊が弟子たちに注がれ、彼らは別人のようになってイエス様がキリスト(救い主)であると人々に語れるようになったという(使徒言行録2章1節以下)。それによって信者の群れが、すなわち教会ができていった。世々の教会は、この日を聖霊降臨日の礼拝、ペンテコステ礼拝の日として守るようになったのである。
 本日の聖書箇所は、伝統的にペンテコステ礼拝で読むべき箇所とされている箇所で、教団所定の聖書日課に掲げられている聖句である。30節に「あなたはご自分の息を送って彼らを創造し」とある。この「息」とは、ヘブル語では「ルアハ」、そして霊という意味もあるとのことである。そのようなことから、この詩編の御言葉がペンテコステ礼拝で長く読まれてきたのだと思う。
 さて、何よりも私たちに語りかけているのは、「この世界は神様のお造りになったものに満ちている(24節)」ということである。そして、そうであるからこそ、神様の創造したものが満ちているこの世界にいる私たちは、神様から良い物を与えられて満ち足りることができる(27~28節)。たとえ、私たちが息絶えて塵に返るということがあろうとも、私たちは新たに創造されるということにおいて満ち足り得る者なのである(29節)。

2.しかし、はたして私たちは、そのように満ち足りることができているのであろうか。私の手元にある詩編の注解書は極少ない。その中のATDというシリーズにおいてバイザーは24節最後の言葉をこのように訳している。「地はあなたの(神様の)富で満ちている」と。この世界は神様の富で満ちている。だから、それをちゃんと見いだせるなら、私たちはその富から食べ物をいただいて良い物に満ち足りることができるはずである。ところが私たちはそれができない。その理由は、私たちが私たちを取り巻く神様の創造の世界に満ちている富を見ることができないからであろう。
 そうしたことを今回の新型コロナウイルス禍においても、しみじみ感じるのである。新型コロナウイルスによる騒動が起きてから、人々は家の中に留まる機会が多くなっていった。家の中から、窓の外に広がる人々の騒ぎとは全く関係なく瑞々しい若葉を繁らせる春の光景を眺めてきた。そこでしみじみ感じたのは、私たち人間だけがウイルスにおびえ騒ぐ一方で、植物や動物には一向にそのような気配はないということであった。このところ、新聞の俳句や短歌にも目を通す機会が多くなった。多くの人たちが、私と同じような心境を詠んでおられる。またある時のラジオ深夜便の投書には、枯れ果てた木々が春になって再び芽吹いてゆくありさまを見て、自分もこの自然の一部であるということに何とも言えない平安を感じたとのリスナーの子ど場が紹介されていた。動植物たちは勿論、彼ら自身はそのようなことを考えるはずがないのだが、自らが自然の一部であり、だからこそ豊かな神様の創造の富の中に置かれていることをもって、何の恐れも不安も抱いてはいないのである。しかし私たちはそうではない。私たちは、自分自身が自然の一部であることを見失ってしまっているのではなかろうか。
 富ということで言うなら、私たち人間が求め願っているのは、神様の創造の御業に満ちている富ではなく、私たち自身が作り出し私たちの利益となるような富なのである。そこには「人は仕事に出掛け、夕べになるまで働く」とある。この詩編作者が、どれほどの意図をして23節から24節以下を書き進んだかはわからない。しかし私はここに、朝から夕べまで働き自らの「業」において富を作りだそうとする人間と、24節以下にある神様の御業の富とが対照的に描かれているように感じるのである。私たち人間は、自身が考え求める富を作りだそうとしてあくせくと日夜働く。その富によって自らを良い物で満たそうとする。しかしそうすればするほど、私たちは「良い物で満ち足りる」ということからどんどん正反対の方向に進んでしまっているように思えるのである。働いても働いても少しも満ち足りることができない。その原因は、ひとえに私たちが、私たちが作り出す富にのみ心を奪われ、私たちの周りに満ちている神様の富を見ることができないからなのである。
 そのような私たちに詩編のこの箇所は、私たちの周りに満ちている神様の富がどれほどすばらしいものか、それは私たちが作り出し求める富とはどれほど違っているかを教えて下さる。

3.この詩編の作者が、神様の創造の御業において満ちている富として第一にあげるのは、26節にある「レビヤタン」という海の怪物である。このことに私はいつも驚かされる。それは私にとって思い出深い言葉である。牧師になって5年ほど経った私に次々と襲ってきた試練は、私にとっては怪物レビヤタンのようなものだった。平穏な海に大きな波を起こし、そこに浮かんでいる船をひっくりかえしてしまうような災難を起こすやっかいな怪獣だった。そのような怪獣を、私は牧師として未熟な自分が生み出した怪獣ではないかと悩んでいた。自分を深く責めていた。
 そのようであった私は、この迷惑な怪獣が神様自身が創造した生き物として真っ先に掲げられている点に深く慰められたのである。先にあげたバイザーによればこの箇所は「海の怪獣がその中で泳ぎ、あなたが遊ぶために造られたレビヤタンが泳ぐ」と訳されている。バイザーは、はっきりと「この怪獣は神様が遊ぶために造った」ものだと訳している。神様が遊ぶために創造した怪獣は、時に私たちの生活を破壊し、その平穏な航海を破壊する。しかしそれもまた神様の御業なのだというのである。これが私たちの周りに満ちている神様の御業の富なのである。それは、23節に書かれているような私たちの仕事や働きの目的やあり方といかに異なっていることであろうか。しかしそこにこそ神様の創造の御業の富があるというのである。
 神様が遊ぶというに、私は深く心を寄せられます。ホイジンガの「中世の秋」という名著がある。ホイジンガに、もうひとつの名著「ホモ・ルーデンス(遊ぶ人)」があある。先週書店で買い求め、今手元にある。なかなか難解で読み進められない書物である。「中世の秋」を収めた「世界の名著」シリーズの解説によれば、ホイジンガは遊びの定義をそれ自体が目的であるものだとしているとのことである。つまり私たちの仕事や働きは、それによって作物や作品や実りを生みだして、それを私たち自身の食べ物にしようとする目的からなされるのに対し、遊びとはそのような目的を持たないという。ホイジンガによれば、遊びを失った文化は滅びるしかないとのことである。遊びは、ひたすらある目的のためにのみ生きようとするまじめさや熱狂とは正反対のところにあり、つきつめれば音楽や演劇だけではなく宗教的な行為もまた遊びなのだと彼は言っているそうである。今の社会がひたすら感染症対策という目的のみを優先して、それにそぐわないものを自粛したり排除しようとしたりすることを思い、考えさせられる。その果てにあるのは、確かに感染症はなくなるかもしれないが、遊びもなくなる社会なのかもしれないのである。そのようなことを語ったホイジンガは一時、ヒトラーによって強制収容所に入れられてしまったことは、とても象徴的である。
 神様が遊ぶためにレビヤタンを創造したということ、そしてそこにこそ第一に私たちの周りに満ちている神様の御業の富があるということは、到底私には汲み尽くしえない奥深い何かを語りかけているように思う。私たちの人生は、突如として現れた怪獣によって混乱し、破壊されるといったことが起こりうる。新型コロナウイルスは、まさにそのような怪獣と言えよう。その出現に、私たちは怒り、なぜなのかと問い、その意味を私たちは問い続ける。しかし神様は、そのことをもって遊ぶのである。その神様の遊びということに私たちは躓いてしまうかもしれない。しかし、そこには、私たちにはわからない神様の御心があるということではないだろうか。
 私は良寛の作だったように記憶しているのだが「梁塵秘抄」という歌集に「遊びをせんとや生まれけむ 遊びをせんとや生まれけむ 遊ぶ子どもの声聞けば わが身さへこそゆるがるれ」という歌がある。幼子に遊びが不可欠であるように、私たちの人生においても、そこにおいて神様が遊ぶということが不可欠なのではなかろうか。神様が遊ぶということは、私たちの考える富や利益というものをはるかに越えている。しかしそこにこそ神様の御業の富があると教えられるのである。

4.もうひとつ、この作者が神様の創造の御業の富として語るのは、29節・30節の言葉である。ここでは、いつも私たちが礼拝で教えられているように、神様の創造の御業が、私たちを息絶えさせ塵に戻すことと一体であることが語られている。私たちが死んでゆくことと、神様が息を送って私たちを新たな者として創造することとは一体なのである。この両者を分けることはできないのである。創造だけを受け取って、塵に返ることを拒否することはできないのである。冒頭で紹介したラジオ深夜便への投書では、冬枯れの樹木が春になって若葉萌えてゆく様子に深い平安を感じたとのことだった。その心境の根底にあるのは、この詩編作者と同じ思いなのである。神様の創造の御業においては、必ず枯れ果てることと新たになることが一体なのである。だから、もし私たちに病むことや死ぬことがあれば、そこには必ず新しく創造されることが付随するのである。どちらか一方のみがあるということは、神様の創造の御業には決してない。
 このことは、私たちの人生に神様が怪獣を送って遊ぶということとも重なりあうことなのかもしれない。これが詩編の作者の言う神様の創造の御業の富なのである。これを知るからこそ、私たちは27~28節に語られているような、神様がその御手を開いて私たちに食べ物を与え満ち足らせて下さることがはじめてわかるのではないだろうか。「御手が開かれれば」と28節最後にある。その開かれた御手にあるのは、レビヤタンという怪獣を送って遊ぶことであり、また私たちを塵に返らせることなのである。それが神様の御業の富であり、その御手には私たちへの食べ物が満ち足りているのである。

聖書:新共同訳聖書「詩編 104編 23~30節」 104:23人は仕事に出かけ、夕べになるまで働く。 104:24主よ、御業はいかにおびただしいことか。あなたはすべてを知恵によって成し遂げられた。地はお造りになったものに満ちている。 104:25同じように、海も大きく豊かでその中を動きまわる大小の生き物は数知れない。 104:26舟がそこを行き交いお造りになったレビヤタンもそこに戯れる。 104:27彼らはすべて、あなたに望みをおきときに応じて食べ物をくださるのを待っている。 104:28あなたがお与えになるものを彼らは集め御手を開かれれば彼らは良い物に満ち足りる。 104:29御顔を隠されれば彼らは恐れ息吹を取り上げられれば彼らは息絶え元の塵に返る。 104:30あなたは御自分の息を送って彼らを創造し地の面を新たにされる。


2020/05/24 復活節第7主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「取り調べを受けるペトロ」 1.ペトロとヨハネがエルサレム神殿に詣でようとししていた。二人が「美しい門」と呼ばれる神殿の入り口にさしかかると、生まれつき足の不自由な男が物乞いをしていた。二人は、この男に向かって「金や銀はわたしにはないが、持っているものをあげよう。イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい」と言った。そして、男の手を取り立ち上がらせた。すると、その物乞いは躍り上がって歩きだし、二人と一緒に神殿の境内へと入っていった。
 この様子を見た人々が、彼らの周りに集まってきた。ペトロは、人々に説教を語った(3章11節以下)。すると、男だけでも5000人ほどの人がイエス様をキリスト・救い主として信じるようになったという(4章4節)。これは当時のイスラエルの宗教指導者や当時の社会のリーダーたちにとっては、黙って見過ごすことのできないことだった。なぜなら、おそらく2・3カ月前に自分たちが十字架につけて殺した男をキリスト(救い主)だと言いふらし、またその男の名前によってこうした奇跡が起こり、多くの人々が引き寄せられているからである。ペトロとヨハネは捕らえられてしまった。大祭司やその一族、また70人議会の議員といった当時の宗教的・社会的指導者たちが集まり、二人の尋問を始めた。数カ月前にイエス様を十字架につけたのと同じ人々が、今度はイエス様の弟子たちを捕らえ取り調べを行ったのである。これに対する特にペトロの、まことに堂々とした応答がこの箇所(4章5節以降)に書かれているのである。
 ペトロは、イエス様が逮捕された際には、3度もイエス様を否んだ。そして十字架に際して弟子たちは、ある者は故郷に逃げ帰り、ある者は部屋に鍵をかけて閉じこもるしかなかったのである。そのような彼らが、今や逃げも隠れもせず、8節から12節に記されているような答えをすることができた。このありさまに対して指導者たちは、18節にあるような脅しを加えるしかなかった。しかしこれに対しても2人は「神に従わないであなたがたに従うことが、神の前に正しいことかどうか、考えていただきたい」と逆に問いただしたのである。
 私たち信徒や教会は、しばしば神様にではなく人に従わせようとする勢力や権威に対峙せざるを得ない状況に置かれてきた。この聖書箇所には、生まれたばかりの教会の、そのような状況に置かれた様子が描かれている。そのような場面においてペトロとヨハネは、人間の権威ではなく神様に従おうとすることによって正々堂々と対処することができた。私たちもそうでありたいと願う。今は幸い表立ってはそのような人間の権威やこの世の勢力というものが、あからさまに私たちを捕らえ、圧迫するという状況にはなっていない。しかし明白にはそうは見えないということだけであって、実はいつの時代社会でも、そのような権威や力は、私たちを取り囲み、私たちを従わせようとしているのだと思う。そのことに気づいて、人にではなく神様に従う者として難儀な時を乗り切ってゆきたいと思う。

2.さて、そこでまず私たちをして人に従わせようとする権威や勢力が、どのようなものであるかを見てゆきたいと思う。8節以下のペトロの言葉に、その権威がどのようなものであり、またそれと対照的に、神様の権威がいかなるものかということが如実に描かれているのではなかろうか。
 ペトロはここで、生まれつき足の不自由だった人が、何によって癒されたかについて、「それはあたながたが十字架につけて殺し、神が死者の中から復活させられたあのナザレの人、イエス・キリストの名によるものだ」とまず語った。その後で、詩編118編22節の聖句を引用して、「このイエス・キリストはあなたがた家を建てる者には捨てられたが、神様によっては隅の親石(土台の要となる石)として用いられた」と言い、イエス様によってのみ、私たちは救われるのだと弁明した。
 このペトロの言葉によれば、私たちをして人に従わせようとするこの世の権威とは、要はイエス様を十字架につけて殺したのと同じであり、またイエス様を家を建てるには不要な石として捨てる権威だと語っているのだと思う。また、直接はそうは言ってはいないが「この世の権威とは、生まれつき足の不自由な人を癒すこともできず、神殿へと招き入れることもできなかった」そして「そうできたのは、イエス様の名において現れた神様の権威なのだ」とも間接的に語っているのだと思う。
 このような権威─大祭司とか長老とか律法学者とか70人議会の議員たちの権威とか─について、前のページに記されたペトロの説教では次のように語られている。14節から15節に「聖なる正しい方を拒んで」「あなたがたは、命の導き手である方を殺してしまい」とあった。彼らがイエス様を十字架につけて殺したのは、要はイエス様が教えた「聖」とか「正しさ」とか、また「命への導き・道」というものが、大祭司らの教え信じるそれとは真っ向から反するからだった。大祭司たちにとっての聖・正しさ・命への道とは、つきつめれば律法の行いにあった。人間の側で聖であるとされるもの・正しいと考えられるものを積み重ねることにあった。それが命への道とされていた。大祭司という存在も、律法学者やサドカイ派・ファリサイ派にしても、すべては人間の側で何か有用なものを積むということを核に置いていたのではなかったか。それができる人間こそが、家を建てる─それはイスラエルという国を建てる上でも、ひとりびとりの人生を建てることを指している─上で、役に立つ石なのである。
 こうした権威だからこそ、極めて象徴的なことだが、生まれつき足が不自由な男性を、当然役に立たない存在として見たのである。社会という家を建てるには不要な石であり、また信仰生活を立ててゆく上でも邪魔な石なのであった。だから神殿の中に招き入れることもなく、その入り口に置かれたままだったのである。このような権威や価値観が、イエス様を十字架につけ、今またペトロやヨハネを捕らえ、そして実は、いつの時代でも姿や形を変えて私たちを圧迫しようとしているのだと思うのである。
 新型コロナウイルス禍は、そのような権威が私たちを支配しようとしていることを物語っていると感じる。「不要不急なものは生活から切り捨てよ」と世の権威は語る。養老孟司氏は、先日の新聞の論説で「私たちの存在そのものの中に、実は不要不急のものがつまっているのであり、しかし私たちの根源・本質にあるのは不要不急のものではないか」と語っておられた。私たちの遺伝情報のかなりの部分はウイルスと共通した部分を持ち、そしてその遺伝情報のかなりの部分が一体何のためにあるのかわからないところの、まさに不要不急のものであることはよく知られている。しかし、その不要不急のものこそが、危機のときに何らかの重要なスイッチになるのではないかと語っておられた。
 私たちがこうして礼拝をささげていることも、ある人々の目には不要不急の最たるものとして映るであろう。演劇も音楽もダンスもバーもスナックもパチンコもすべて不要不急であろう。病むことも感染することも認知症になることも一般的な価値観からすれば不要不急といえよう。この世は、イエス様を十字架につけて殺すように、壮健であることをのみ求めスピーディーに仕事ができることをのみ役に立つ石だとして不要不急なものを殺し捨てるのである。このような権威がますます私たちを捕らえ、「わたしに従え」と強要してくるのではなかろうか。それこそ「お前達は何の権威によって、誰が許したから、こうして不要不急の礼拝を守っているのか」と取り調べを受ける時代が来るかもしれないのである。

3.こうした人の権威やこの世の権威に対し、イエス様は否を突き付けて下さった。この世的な人間たちが当たり前に考える「聖」や「正しさ」に対して否を語り、貧しい者は幸いなりと語って下さった。だからこそ、この世の権威はイエス様を十字架につけねばならなかったのである。しかし、ここに神の権威が現れた。それは、この世の権威が殺したイエス様を、死者の中から復活させるという、具体的な形で現れたのである。また、この聖書箇所のエピソードにおいては、この世の権威がこの世界を建てるには不要だと見なして切り捨てていた人を癒し、神殿へと招きいれることを通して現れたのである。
 一体これが、どれほど驚くべき権威の現れであろうか。十字架の上で殺されたイエス様に如実に現れているところの、また「死者」という言葉にいみじくも表されているところの、私たち人間の権威や価値観が不要不急だと断じてしまう価値のなさがある。私たち自身が、病むことや認知症になってしまうことや肉体の命を失うことを、家を建てるのに不要なもの・邪魔なもの・あってはならないものとして切り捨てるのである。しかし、神の権威は驚くことに、私たちが捨てた石や死者を十字架の上で切り捨てられたイエス様を、「あなたこそ必要だ」と言って復活させたのである。この世界を建て、また私たちの人生を建て上げるためには、この世の権威が不要不急だとして捨てたものこそが大事なのだとして下さるのである。
 ここに、どれほど今の私たちにとっての深い慰めがあろうか。今の私たちには、私たちが考える聖や正しさとは全く違う、本当に神様が示してくださる権威、また聖や正しさが不可欠だと思う。先日、NHKのクローズアップ現代という夜の番組を観ていた。その番組は、新型コロナウイルス感染症によって亡くなられた方の遺族が世間体を気にして引きこもりのような生活をしている様子を報じていた。感染症によって死者となってしまった存在とその遺族を、この世の権威・人間の権威は、切り捨て排除するのである。聖や正しさとは正反対にあるところの汚れた者として、また、この世にあってはいけない悪として排除するのである。それにより遺族は、愛する人を失った悲しみに続いて、さらなる苦しみを被っているのである。ある人は、かつてハンセン病や結核患者の人々やその家族が隔離され差別されたのと全く同じ状況だと言っていた。
 世の権威・人間が作り出す権威は、病いなく健やかであ死者ではない状態の者だけが聖であり正しく役に立つ存在だとしか見ることができない。しかし神の権威はそうではない。イエス・キリストという存在は、その神の権威を表して下さる。イエス様は、その身をもって、この世の権威が汚れているとした人々・不要だとした人々を、聖なる者・貴い存在だとして下さった。神様の権威は、イエス様によって表された。今ような時代にこそ、人の権威ではなく神の権威が不可欠ではなかろうか。感染症で死者となった人々とその遺族にとってこそ、また今の社会にとってこそ不可欠なのが、この神様の権威ではなかろうか。
 このような神様の権威とその現れであるイエス様の名によって、生まれつき足の不自由な人が癒され立ち上がってゆくことができた。神様の権威の現れが、具体的にこのような効果を表すという点に、改めて心を寄せられる。私たちが最も具体的に、イエス・キリストの名によって現れる神様の権威に従う生き方とは、イエス・キリストの名によって、たった2人または3人の者が集まるということなのである。教会は(勿論、感染を拡大しないようにするための周囲の人々への配慮をじゅうぶんに行う前提の上で)、まさにこの世の権威によっては不要不急と断じられる集まりを、ささやかなりとも続けてゆくことだと思う。少ない人数ではあっても、私たちが神様の権威の現れたるイエス・キリストの名によってこうして集まっているということが大事なのである。このことが、この世の権威や人間が造る権威によって苦しんでいる人々を時には立たせ、その病を癒すことになるのである。

聖書:新共同訳聖書「使徒言行録 4章 1~20節」 04:01ペトロとヨハネが民衆に話をしていると、祭司たち、神殿守衛長、サドカイ派の人々が近づいて来た。 04:02二人が民衆に教え、イエスに起こった死者の中からの復活を宣べ伝えているので、彼らはいらだち、 04:03二人を捕らえて翌日まで牢に入れた。既に日暮れだったからである。 04:04しかし、二人の語った言葉を聞いて信じた人は多く、男の数が五千人ほどになった。 04:05次の日、議員、長老、律法学者たちがエルサレムに集まった。 04:06大祭司アンナスとカイアファとヨハネとアレクサンドロと大祭司一族が集まった。 04:07そして、使徒たちを真ん中に立たせて、「お前たちは何の権威によって、だれの名によってああいうことをしたのか」と尋問した。 04:08そのとき、ペトロは聖霊に満たされて言った。「民の議員、また長老の方々、 04:09今日わたしたちが取り調べを受けているのは、病人に対する善い行いと、その人が何によっていやされたかということについてであるならば、 04:10あなたがたもイスラエルの民全体も知っていただきたい。この人が良くなって、皆さんの前に立っているのは、あなたがたが十字架につけて殺し、神が死者の中から復活させられたあのナザレの人、イエス・キリストの名によるものです。 04:11この方こそ、『あなたがた家を建てる者に捨てられたが、隅の親石となった石』です。 04:12ほかのだれによっても、救いは得られません。わたしたちが救われるべき名は、天下にこの名のほか、人間には与えられていないのです。」 04:13議員や他の者たちは、ペトロとヨハネの大胆な態度を見、しかも二人が無学な普通の人であることを知って驚き、また、イエスと一緒にいた者であるということも分かった。 04:14しかし、足をいやしていただいた人がそばに立っているのを見ては、ひと言も言い返せなかった。 04:15そこで、二人に議場を去るように命じてから、相談して、 04:16言った。「あの者たちをどうしたらよいだろう。彼らが行った目覚ましいしるしは、エルサレムに住むすべての人に知れ渡っており、それを否定することはできない。 04:17しかし、このことがこれ以上民衆の間に広まらないように、今後あの名によってだれにも話すなと脅しておこう。」 04:18そして、二人を呼び戻し、決してイエスの名によって話したり、教えたりしないようにと命令した。 04:19しかし、ペトロとヨハネは答えた。「神に従わないであなたがたに従うことが、神の前に正しいかどうか、考えてください。 04:20わたしたちは、見たことや聞いたことを話さないではいられないのです。」


2020/05/17 復活節第6主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「悲しみが喜びに」 1.まず、このイエス様の「悲しみは喜びに変わる」という言葉が今日の私達にとってどれほどかけがいのないものであるかをしみじみ思う。というのは、今全世界で数え切れないほどの多くの人々が悲しみにくれている状況があるからである。既に30万人を越える人々が、感染症によって命を失っている。そして、そのように苦しみつつ死んでゆく人を看取ることもできず、弔うこともかなわずに別れるしかなかった多くの遺族がおられる。さらには、亡くなられた人々の何倍もの人々が、重篤な症状の中に置かれている。その家族は、かたわらにいられない状況にある。全世界に悲しみの洪水が襲いかかっている。そのような状況にある私たちに対して、だれ一人として「その悲しみが喜びに変わる」などど、確かな約束をもって語り得る者はいない。悲しみにくれる私たちは、いつまでもその悲しみの中に置かれ続けるしかないのである。
 それは、イエス様は、悲しみの向こうに喜びがあるということを知っておられたからなのである。16節以下でイエス様は「あなたがたは私を見なくなるが、しばらくすると見るようになる」と言っている。21節以下では、出産の例を引いて産みの苦しみの向こうに新たな誕生の喜びがあることをもって、悲しみの向こうに喜びがあると教えている。

2.しかし弟子たちは、このイエス様の言葉を聞いても、「何のことだろう」「何を話しておられるのか分からない」と言い合っていた。弟子たちには、悲しみの向こうに喜びがあるということが、わからなかった。私たちもそういう者だとしみじみ思う。2000年前の弟子たちでさえそうであるならば、今日の私たちはなおさらだと感じる。今から2000年前の時代では、人々は今よりもずっとずっと短命だった。だから彼らは、今の私たちなどよりもはるかに豊かに、肉体がなくなった後でも死んだ人々とのつながりがあると信じ、それをよりどころにできたのではなかったか。肉体をもって「見る」ことにのみ喜びの源を置くという比重が、ずっと私たちより少なかったのではなかったと想像する。しかしそのような2000年前の弟子たちでさえ、目で見える形でイエス様に会えなくなることは深い悲しみだったのである。
 だとすれば、今日の私たちはいかばかりであろうか。私たちの喜びは、目に見える形で肉体をもって生きているということにそのすべてがよりかかっている。弟子たちがイエス様を見られなくなるという悲しみに打ちひしがれたように、私たちはなおのこと肉体をもって共にあり、語り合い、触れ合い、出会えるということに喜びの源を置いている者である。先日の新聞で、「君」という漢字を分解すると「コロナ」というカタカナになるということから、コロナによって「君」と離れ離れになる辛さを歌った短歌が話題になっていると紹介されていた。元気にしているとわかってはいても、礼拝で会えないことがこれほどに辛いのかと、皆さんは感じておられるようである。先週何人かの方々のもとに週報をお届けしてきた。そのうちのある方は、久しぶりに私と会ったことで涙を浮かべておられた。そのように、私たちの喜びは目で見える形で肉体をもって共に会えることに専ら依存しているのである。それを失った私たちの悲しみは、いかばかりか。そして、その悲しみが喜びに変わるなどと確かな確証をもって語り得る者はどこにもいない。悲しみにくれるばかりなのである。
 そのような弟子たち、また私たちにイエス様は、嘘偽りのない遺言として、言わばダイイングメッセージのようなものとして「悲しみが喜びに変わる」と約束して下さる。弟子たちが何度となく「何のことだろう」「何を話しておられるのか分からない」と論じあっていたとしても、その彼らにこの約束を与えたのである。そしてこの約束は、まさにイースターの出来事において実現した。弟子たちの悲しみは喜びへと変わった。だから、私達が今は「何のことかわからない」と言ったとしても、それはたいしたことではないのである。イエス様の遺言の確かさは何ら失われるものではない。その遺言は、確かな遺産・支えとなって悲しみにくれる私たちを励ましてくれるにちがいない。

3.では、イエス様は何を根拠にして悲しみが喜びに変わると言ってくださったのか。それが書かれているのが、21節の出産の比喩である。出産には、産みの苦しみが伴う。しかしその苦しみの向こうには、必ず新しい命が誕生する喜びがある。言い方を変えれば、苦しみが伴わなければ誕生の喜びはない。出産というひとつの事例からだが、イエス様はここからある普遍的な真理の法則のようなものを教えておられるように思う。それは、おおよそ喜びが生じるためには、その過程において苦しみや悲しみが伴うものだということである。新たな命の誕生というような喜びが生まれるためには、遍的に苦しみや悲しみが不可避なのだということである。さらにまた言い方をかえると、もし私たちに悲しみや苦しみがあれば、その向こうには必ずや喜びが生じるという真理を、出産というひとつの事例を通してイエス様は教えておられるのだと思う。
 出産ということから私たちは、いろいろなことに思いを巡らす。どうして出産には、産みの苦しみが必ず伴うのであろうか。それは、出産には、全く違った次元への歩みだしがあるからだと思うのである。胎児としてのあり方と子宮を出て誕生した後のありかたは決定的に次元が違う。同じ人間ではあるが、全く異次元の生き物だとさえ言える。胎児は、母胎にあって臍の緒で母とつながり自分で呼吸する必要も食べる必要も動く必要もなく、いわば母に完全に依存して生きるのみである。しかし、この胎児としての存在から離れて全く違う次元へと向かうのが誕生なのである。自分で呼吸をし始め、食べて消化し、いずれはおのれの足で立ち、動き、生きて行かねばならない。産みの苦しみとは、要はこの母胎における古いありかたを捨てて新しいありかたへと進み出る故のものなのではなかろうか。だからこそ、そこにはおのずと苦しみが伴うのではなかろうか。
 ところが、こうして母胎から産みの苦しみを経て誕生してみると、そこには母胎の中にあったときとは比べものにならないような成長や自立の喜びというものがある。確かにおのれの足で立ち歩き生きねばならない辛さがある。しかし、だからといって誰も再び母胎に戻りたいとは考えない。すべてを母胎に頼って生きられるたやすさはあったとしても、臍の緒につながれ、すべてを狭い子宮の中で営まねばならない生活に戻ろうとは誰も思わないのである。産みの苦しみを経て、私たちは大きな喜びへと至るのである。

4.イエス様は、まずこのような母胎からの誕生の事例を引いて、そこからの類推(アナロジー)をもって、私たちに目に見える形での肉体に生きることを離れて新しいあり方へという第二の誕生へと思いを馳せるように促すのである。
 勿論、第一の誕生があるからといって、必ず第二の誕生があるという確証があるわけではない。肉体の命がなくなれば、すべては無になると思っておられる方もあろう。しかしイエス様は自分のこととしても、また私たちすべても、肉体の命がなくなればすべては無になるとは考えてはおられない。イエス様は、第二の誕生があるということを、イエス様だけが持っておられる不思議な知恵をもってよくご存じだった。だからこそ、その確かさをもって嘘偽りのない遺言として第二の誕生のことを教えて下さるのである。第一の誕生があるならば、おのずと第二のそれもあるのではなかろうか。第一の誕生があるゆえに、胎児は子宮における様々な制約を離れて新しいあり方へと進んでゆけるように、第二の誕生があるからこそ私たちは、この世の肉体における様々な制約を離れることができるのではなかろうか。私たちが肉体をもってこの世に生きるということは、あたかも胎児が臍の緒につながって子宮という狭い袋の中にいるかのように思う。どんなにそこに留まりたいと願っても、十月十日を越えて胎児が母胎に留まることは母子共の死を意味する。いつまでも留まっていてよいものならば、死はやってはこない。留まっていてはだめだからこそ死が訪れるのである。
 第二の誕生の必然性を、そこに見るように思う。私たちがどんなに肉体をもってこの世に続けることを願ったとしても、ある時間以上そのあり方に留まることは死を意味するのである。この世に留まることがいろいろな意味での死をもたらすからこそ、必然的に第二の誕生があるのである。胎児におのずと誕生の時がくるように、この世という『子宮』の中にいる私たちにも第二の誕生のときが来る。第二の誕生後に生きる世界は、『子宮』の中に留まって生きるありかたとは全く違った世界であろう。それは、誕生以前の子宮に繋がれた世界になどもう決して戻りたいとは思わないほどのすばらしい世界に違いないのである。

5.イエス様は、目で見える肉体を去って第二の誕生を遂げたとき、私たちにどのような喜びがもたらされるかを、与える喜びを通して教えようとされている。「再びあなたがたと会い、あなたがたは心から喜ぶことになる。その喜びをあなたがたから奪い去る者はいない」と22節にある。
 ここでイエス様が遺言として確約して下さっているのは、第二の誕生を遂げたイエス様は、もはやどんなものにも奪われないような喜びを私たちに与えて下さるということである。それは心からの喜びである。私はこれを心における、つまり私たちの内奥の深いところでも喜びだと理解する。目に見える肉体をもって会うことからは、私たちが与えられる喜びは奪われてしまう。会えなくなることによっても奪われるし、また肉体を持っているがゆえに傷つけあうことも憎しみあうこともあり、そのようにして喜び以外のものを与えてしまうこともしばしばである。しかし、肉体を離れて第二の誕生を遂げたイエス様は、ただ喜びだけを弟子たちや私たちに与えるのである。喜び以外のものを与えることはできない。その喜びは心の内奥の深いところにもたらされるものなのである。
 こうしたことは、ただイエス様だけに起きることではなく、私たちにもまた起きることなのである。私たちも肉体を去って第二の誕生を遂げたとき、残された者たちと会い決して取り去られることのない心からの喜びを彼らに与えることができるのである。このような喜びの兆しを、私は夢における喜びから垣間見ることができるのではないかとふと感じた。夢において、私たちは肉体を離れてしばし死を先取りするような体験をすることがある。郡山教会のある方は、夢の中に死んだお母様が現れたとのことであった。夢の中のお母様は、本当に喜びに包まれて幸せそうだったとのことである。夢でその様子を見て、その喜びがその方の心に満ち、すぐにその方は受洗へと導かれた。そのことを思い出す。夢の中での出会いは勿論、肉体におけるものではない。しかし、はるかにそれ以上の心からの深い喜びを私たちに与えることがある。そしてその喜びは決して失われることなく私たちを支えるものとなる。先ほどの方が夢を見て洗礼を受けたいと願ったのは、神様・イエス様と共にあることがこれほどの喜びを死後にもたらしてくれるのだということがわかったからであった。死んだ者に与えられている喜びが、残された者の喜びとなるのである。
 このような喜びに満ちた世界へ、私たちは苦しみや悲しみを経て至るのである。悲しみは喜びに変わる。悲しみの向こうにある世界を望み見たいものである。

聖書:新共同訳聖書「ヨハネによる福音書 16章 16~24節」 16:16「しばらくすると、あなたがたはもうわたしを見なくなるが、またしばらくすると、わたしを見るようになる。」 16:17そこで、弟子たちのある者は互いに言った。「『しばらくすると、あなたがたはわたしを見なくなるが、またしばらくすると、わたしを見るようになる』とか、『父のもとに行く』とか言っておられるのは、何のことだろう。」 16:18また、言った。「『しばらくすると』と言っておられるのは、何のことだろう。何を話しておられるのか分からない。」 16:19イエスは、彼らが尋ねたがっているのを知って言われた。「『しばらくすると、あなたがたはわたしを見なくなるが、またしばらくすると、わたしを見るようになる』と、わたしが言ったことについて、論じ合っているのか。 16:20はっきり言っておく。あなたがたは泣いて悲嘆に暮れるが、世は喜ぶ。あなたがたは悲しむが、その悲しみは喜びに変わる。 16:21女は子供を産むとき、苦しむものだ。自分の時が来たからである。しかし、子供が生まれると、一人の人間が世に生まれ出た喜びのために、もはやその苦痛を思い出さない。 16:22ところで、今はあなたがたも、悲しんでいる。しかし、わたしは再びあなたがたと会い、あなたがたは心から喜ぶことになる。その喜びをあなたがたから奪い去る者はいない。 16:23その日には、あなたがたはもはや、わたしに何も尋ねない。はっきり言っておく。あなたがたがわたしの名によって何かを父に願うならば、父はお与えになる。 16:24今までは、あなたがたはわたしの名によっては何も願わなかった。願いなさい。そうすれば与えられ、あなたがたは喜びで満たされる。」


2020/05/10 復活節第5主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「ハンナの祈り」 1.長い間不妊に悩み苦しんだハンナが、サムエルを授かって神様に祈りをささげた。それは、祈りというより神様をたたえる賛歌と言った方がよいと思う。私は、聖書にこのような賛歌が記されていることのすばらしさをしみじみと感じる。ハンナというひとりの女性によって語られたこの賛歌は、これまでどれほど多くの人々を励まし信仰を育んできたかと思う。
 この賛歌が果たしてハンナという女性が実際に口にしたものかどうかについては、それを疑う人が多いようである。私の手元に、もうかなり古くなってしまったところの、どちらかというと信徒向けのコンパクトな解説書の『旧約聖書略解』という本がある。その本に、次のような解説が書かれている。「この歌は、5節を除けば、ハンナの事情に適する句はない。多くの学者は、本歌を後の編者の挿入したものと解している。・・・マリアの賛歌(ルカによる福音書1章46~55節)は、この歌によったことは明らかである」と。確かに直接的な文言としては、ハンナの境遇にぴったりと重なる言葉は少ない。詩編の言葉と重なる表現がとても多い。そのようなことから、多くの研究者たちは後の、おそらくは男性を中心とした人々が、ハンナの賛歌としてここに挿入したものと考えているのである。
 しかし果たしてそうだろうかと私は疑問に思うのである。後の時代の、特に詩編を作った男性の作者たちが、わざわざ女性のハンナの作品としてこの歌をここに挿入する積極的な理由を私は思い浮かべることができない。今から2000年以上前の時代の話である。女性の地位などほとんどないに等しい社会だった。そのような時代に編まれた旧約聖書が、わざわざ女性の口によるものとここに記すのは、よほどそれが真実性があり無視できないことだったからではなかろうか。文言の多くに後の時代の人々の言葉が編み込まれたということは確かにあるかもしれない。しかし、もともとこの賛歌がハンナという女性によるものであればこそ、ここにこのような形で記されたのではなかったかと思うのである。
 先ほどの『旧約聖書略解』の解説には、ルカによる福音書の1章46~55節に記されたマリアの賛歌(マグニフィカート)は、このハンナの賛歌を元にして作られたと考えられているとのことである。この賛歌が女性のハンナによって歌われたものであるという事実があるからこそ、それが脈々と、特にイスラエルの女性たちに受け継がれて、同じように不妊に悩んだ洗礼者ヨハネの母エリサベトのもとを訪ねたマリアによって、同じく賛歌として歌われたのではなかったかと思うのである。イスラエルの女性たちの間には連綿としてこのハンナの賛歌に表されるような信仰の伝統が受け継がれていたのではないかと私は想像するのである。その信仰の伝統の中に、エリサベトもマリアもいたのではなかったか。そのような土壌に育まれてこそ、多くの詩編が生まれ洗礼者ヨハネやイエス様の信仰が誕生し花を咲かせたのではなかろうか。

2.第一のポイントは、特に4節や9節最後の御言葉に「勇士の引は折られる」「人は力によって勝つのではない」とあることから示される点である。「勇士の弓」や「力によって勝つ」という言葉に、私達男性が抱きがちな価値観や生き方が象徴的に描かれているように私は感じる。勇士とは、他でもなく男性のことであり男性が身に帯びて敵に勝とうするときの道具・手段が弓であり力なのである。私達男性は、そのような弓・力によって勝とうとしてきた。今日の現代社会というものは、私達男性が中心になって弓や剣の力によって作り上げて来た社会といってよい。
 ハンナの賛歌は、このような社会に対して深いところから疑問を呈しているように感じるのである。折しもコロナウイルスによる災禍を、感染症との「戦争」であると見て、弓や力をもってこれを撲滅しようとする見方に疑問を投げかける論稿を、このところ多く見聞きする。感染症を悪と見なすことは、感染した人々をも悪と見なし、健全であるべき社会から徹底的に排除しなければならないという『潔癖症候群』と言うような風潮が益々強まっているように感じる。この教会の目の前のホテルが、無症状や軽症者の方々の隔離施設になったことに対しても、風評被害を心配する人がいると聞いた。先週金曜日の朝日新聞の記事には「医療人類学者」という耳慣れない専門家の女性が、なかなか読みごたえのある論説を書いておられた。彼女は、今申し上げたような風潮が強まってゆけば、むしろ感染症が収束してゆくよりも甚大なダメージを及ぼしてしまうのではないかと警鐘をならしておられた。「感染拡大を抑制さえすれば社会は平和なのか」と問うておられた。また別の感染症の専門家は、このわずか10年間で3度も同じコロナウイルスに属する感染症が世界的に流行したという事実は、何事かを私達人類に語りかけ示唆しているのではないかと言っておられた。
 コロナウイルスの災禍が私達に問うていることは、私達が勇士として身に帯びる弓や力によって、私達にとって好ましくない何ものかを敵として撲滅し勝とうとしても、それはできないのだということではないだろうか。勇士の弓は折られざるを得ず、私達は弓の力によっては決して勝てないものに直面している。それなのにあくまでそれに対して弓の力で勝とうとするなら、それはかえって感染症をはるかに越えた何かとんでもない災いを招き入れるかもしれないように思う。そんな奥深い洞察を、私はハンナの賛歌から与えられるように感じるのである。

3.第2に示されるポイントは、ハンナがこのような深い信仰の境地に、いかにしてたどりついたかという点である。それはやはりハンナが、女性として長く不妊という辛い境遇に苦しんだということが決定的に重要ではなかったか。今から3000年間の時代社会において、結婚した女性が不妊であったということが、どれほど辛いものであったか。それは離縁される理由だった。妻や嫁としての資格がないものと見なされた。医学が発達した今日においてさえ、不妊に悩む女性が多くいる。ましてや3000年前の時代においては、人々はこのことになすすべがなかった。ハンナは、人がその力や弓によってはいかんともしがたい辛さにずっと向かい合っていたのである。
 「主はハンナの胎を閉ざしておられた(1章5節)」という。その直前には「彼(夫エルカナ)はハンナを愛していたが」とあった。いかに夫がハンナを愛していたとしても、神様がハンナの胎を閉ざしていたので子どもは授からなかったのである。それは何を言い表しているかといえば、夫婦がどれほど深く愛しあっていたとしても、またどれほど強力な弓を帯び、力を私達が振りかざしても、神様が閉ざしている限り開かれない何かがあるし、勝てない状況があるということである。ハンナは自らの体における不妊という辛さをもって、人間の力や弓や夫婦の愛情によっても打ち勝てない、神様によるところの「閉じられるもの」があると体験したのである。
 聖書の中には何人もの不妊の女性たちが登場し、そのいずれも大事な役割を担わされているのは決して偶然ではない。アブラハムの妻サラも不妊であった。イスラエル民族の始祖となるヤコブとエサウを生むことになるアブラハムとサラの息子イサクの妻リベカ、そしてヤコブが最も愛した妻ラケルもまた不妊に苦しんだ。男性には決してわからない辛さがそこにはあったのだろうと思う。それは、神様がその胎を閉じられるという神様の奥深い御業をその身に負うという、何とも言えない辛さなのである。男性には負い得ない辛さだと思う。子どもを産み育てることにおいて、また老いた親を忍耐強く介護することにおいて、女性たちは「勇士の弓は折られ、人は力によっては勝てない」ということを体験するのではないだろうか。しかし、だからこそ、その境遇に置かれることを通してこそ逆に女性は、人は何によってそれを乗り越えられるのかを悟ることができるのである。こうした女性たちからこそ私達は、沢山の弓を帯びた勇士である必要はないし、強い力を持った人間である必要もないし、むしろそのような者であろうとすればするほど折れてしまうということを教えてもらうのである。

4.第3のポイントとして、ハンナは何によって私達は苦境を乗り越えてゆけると証ししているのかという点である。それは言うまでもなく神様によってである。この賛歌は「主にあってわたしの心は喜び、主にあってわたしは角を高く上げる」で始まっている。9節はじめには「主の慈しみに生きる者の足を主は守り」ともある。
 ここで大事なのは、神様がどのような者の足を守り、その心を喜ばせて下さるかとハンナが証ししているかである。人は力によっては勝てず、勇士の弓は折られざるを得ない。しかし、そのためによろめく者にこそ、神様は不思議な力を帯びさせて下さるのである。
「食べ飽きている者はパンのために雇われ」とは、人が食べ飽きる状態を維持し得ようとして、いつのまにかパンを手に入れるためだけに雇われ生きるようになる状況を表している。食べ飽きるという豊かさにのみ縛られてしまうのである。その豊かさを失うことを恐れ、食べ飽きることのできない、わずかなものしか与えられていない状況に感謝ができなくなる。しかし飢えている者はそうではない。「飢えている者は再び飢えることがない」とは、飢えている人は誰かが与えてくれるささやかな助けにも感謝ができるし、ためらうことなく助けてとも言えることを表現している。小さなことに感謝ができ、ためらわずに「助けて」と言えることが、その人を再び飢えさせないことになる。
「子のない女は7人の子を産み」とは、ハンナのように文字通り不妊が解消されて沢山の子が授かるということではなく、お子さんがいないことによってかえって、ひとさまの子どもを慈しみ心を配れることで、あたかも7人の子どもを持つかのような豊かな関係を築けることを語っていると思う。反対に多くの子を持つ女性はただその豊かさにのみ思いがゆき、かえって思い煩い心配がつのるばかりなのである。「多くの子を持つ女は衰える」とはそういう意味だと思う。
 私がここで感じるのは、本当に鮮やかな逆転・逆説である。この世においては幸いと見られることが逆に災いとなる。反対にこの世においては災いと見られることが幸いとなるのである。見事な逆転が起こる。なぜかというと、神様の慈しみは、よろめく者・飢えている者・子のない女性・弱い者・貧しい者にこそ与えられるからである。そうであればこそ、6節・7節では、「命を絶ち」「陰府に下し」「貧しくし」「低くし」ということが、一見すると明らかに災いと思われることが、主の御業として讃えられ、「命を与え」「引き上げ」「富ませ」「高めてくださる」ということと一対となって讃美されているのである。今からはるか3000年前に生きた女性、それも不妊という辛い境遇に長く苦しんだひとりの女性を通して、この逆説的な神様の御業、そして災いも幸いも分かちがたく一体となっている神様の御業が讃えられたことを、本当にすばらしいと感じる。弓が折られ足がよろめいてもよいのではないか。病み命を失ってもよいではないか。それを排除しようとしてもそれはできないのである。それは主の御業だからである。しかし、そこにこそ主の慈しみが注がれる。幸いへと転じてゆくのである。

聖書:新共同訳聖書「サムエル記(上) 2章 4~11節」 02:04勇士の弓は折られるが/よろめく者は力を帯びる。 02:05食べ飽きている者はパンのために雇われ/飢えている者は再び飢えることがない。子のない女は七人の子を産み/多くの子をもつ女は衰える。 02:06主は命を絶ち、また命を与え/陰府に下し、また引き上げてくださる。 02:07主は貧しくし、また富ませ/低くし、また高めてくださる。 02:08弱い者を塵の中から立ち上がらせ/貧しい者を芥の中から高く上げ/高貴な者と共に座に着かせ/栄光の座を嗣業としてお与えになる。大地のもろもろの柱は主のもの/主は世界をそれらの上に据えられた。 02:09主の慈しみに生きる者の足を主は守り/主に逆らう者を闇の沈黙に落とされる。人は力によって勝つのではない。 02:10主は逆らう者を打ち砕き/天から彼らに雷鳴をとどろかされる。主は地の果てまで裁きを及ぼし/王に力を与え/油注がれた者の角を高く上げられる。」 02:11エルカナはラマの家に帰った。幼子は祭司エリのもとにとどまって、主に仕えた。


2020/05/03 復活節第4主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「私に金銀はない」 1.日本における救世軍の指導者の山室軍平さんの文章にとても印象深いエピソードが記されている。1243年から1254年にかけてローマ教皇であったインノケント4世が、沢山の金銀を愛でながら有名な神学者トマス・アキナスに向かってこう言った。「もはやペテロのごとく、『金銀は我になし』という時代は過ぎ去ったわい』と。これに対してトマスはこう答えた。『同時に足なえに向かい、『イエス・キリストの名によりて歩め』と命じうる時代も過ぎ去ったではありませんか』と」。
 私達も、ペトロやヨハネと同じように「金銀はない」という状況に置かれたとしても「持っているもの」はある。今沢山の人々が文字通り金銀がないという状況に置かれており、それに対して国が全国民に10万円を支給するという案が先週国会で可決され、しかしそれでもなお足りないという声がしきりである。金銀がないという状況というのは、文字通りお金がないということだけではなく、金銀に典型的に現れているところの目に見えて私達の助けとなり支えとなるようなものがないことを指しているように思う。今の状況は、どんなに金銀をあり余るほど持っていても、コロナウイルスに感染してなくなってしまう。私達が求め願っているのは金銀でもあろうけれども、それ以上に、決してコロナウイルスに感染しないような強さや健やかさではないだろうか。しかし残念ながらのようなものは誰にもありはしないのである。そういうことから言えば、私達すべてが等しく「金銀はない」という境遇の中に置かれていると言ってもよいのかもしれない。信仰者である私達は「わたしには持っているものがある」と言えるのだということが、今日の御言葉が何よりも私達に教えてくれる。
 私達は体を持ち、またこの世界の経済的社会的な営みの中で生かされている存在である。だから、健康を失い金銀や仕事がないということは、決定的に私達を左右することではある。それは当然のことである。しかし私達が間違っているのは、私達が立ち上がり歩くためには、ただ健康や金銀や仕事がありさえすればよいと思い込んでいることではなかろうか。2節に、この男が「生まれながら足が不自由」だったとされているのはとても象徴的だと私は感じる。彼は、自分が躍り上がって立ち歩くためには肉体における足が動き歩けることだと思い込んでいた。生きてゆくためには金銀がなければだめだと思い込み、ひたすらそれを物乞いしていた。そのような思い込みというものが、生まれつき足が不自由という姿に象徴的に現れている。
 私達は幸いにも彼のような不自由さは抱えてはいないかもしれない。しかし、私達が躍り上がり、元気に生き生きと生きるためには、体に障害や病気がなくまたお金や仕事にも不自由しないことが大事だとしか考えられないとすれば、そのような考え方は、実は私達の足を不自由にしてしまうのである。金銀がない健康がないということに縛られてしまうなら、私達はつきつめると、そのような存在なのである。そのような私達は、ペトロとヨハネから彼らの「持っているもの」をいただかなくてはならない。たとえ金銀がなくとも「わたしにはこれがある」と言えるようにならなくてはならない。そうすれば、たとえ乞い願った金銀はもらえなくとも喜んで生きられるようになる。この時代の中にあっても歩き回り買って生きられるようになる。

2.ではペトロとヨハネが持っていたものとは何だったのか。ペトロとヨハネにはあり、この男性になかったものは何だったのか。またペトロとはヨハネからもらって、この男性が決定的に変わった点は何であったのか。それはまず、神殿に上ってゆくこと、そして入ってゆくことだったとわかる。1節には「ペトロとヨハネが・・・上って行った」とある。これと対象的にこの男性は神殿の中には入らず、「美しい門」という神殿のそばに置いてもらっていたと2節にはある。また、8節には「そして、歩き回ったり躍ったりして神を賛美し、二人と一緒に境内に入って行った」とある。
 ペトロとヨハネにあり、この物乞いの男性になかったものは、具体的に神殿に入ること、つまりは神様の前に立って祈ることだったのである。それが私達に何をもたらしてくれるのか。サムエル(上)1章で教えられたハンナの姿を改めて思い出す。神殿において神様の前で祈ったハンナの表情はもはや以前のようではなかった。彼女の祈りは決してすぐに聞き届けられたわけではなく、願っていた子どもの誕生が告げられたわけでもなかった。では一体祈ることの何がハンナの表情を変えしめたのか。それは神様との間柄に立つことこそであった。
 それまでハンナを苦しめていたものの源は、夫エルカナやもうひとりの妻ペニナとの人間関係であった。また競いあいと張り合いだった。サムエル記(上)1章9節にあるように、祈りへとハンナを立ち上がらせたきっかけとなったのは、不思議にも夫エルカナからの「このわたしは、あなたにとって十人の息子にもまさるではないか」という言葉だった。なぜこの夫からの言葉がハンナをして祈りへと立ち上がらせたのか。それは、ハンナがこれまでこのような夫からの愛情に頼り、ペニナと張り合っていたからであった。しかし彼女はその不毛さを知った。だから、そのような人との関係を離れそこから立ち上がって、彼女は神様との祈りの間柄へと進んでいったのである。
 それがハンナに何をもたらしたのかは定かではない。しかし私達のささやかな祈りの体験から言っても、たとえ願い通りに祈りはかなえられずとも、神様との間柄に立つことは、決して私達を空っぽの手で去らせることなどはない。祈りは感謝や平安へと私達をいざなう。どんなに請求書を沢山つきつけるような祈りであっても、感謝の領収書を発行できるようになるのである。ペトロとヨハネが表しているのは、要は礼拝生活である。そこには「金銀はない」のである。祈り礼拝生活を歩むことは、金銀を直接私達にもたらしはしない。しかし神様との間柄に立って生きることは、金銀などには変えられない深い喜びを私達にもたらすのである。

3.さらに、ペトロとヨハネが持っていたものの核心は何と言っても「ナザレの人イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい」というペトロの言葉に込められていた。金銀によってではなく、また健康やこの世的な強さによってでもなく、私達がイエス様の存在によって立ち上がり歩けるということは、どういうことを意味するのか。私達は、自分が存在してよいのか生きていてもよいのかどうかわからなくなってしまうことがよくある。そうなったときに私達を選び、生きていてもよいのだと言って下さる方がいるかどうかは決定的に大きい。それはもう人間ではない。自分では決してないし家族でもないし周りの人々ではない。神様イエス様だけが選んで下さる。この選びによってこそ私達は立ち上がり歩けるようになるのではなかろうか。
 復活したイエス様が、ペトロやヨハネたちを選んだということは、まさにこういう類いのものだったに違いない。彼らは十字架のイエス様を見捨て逃げていった。そういう彼らを選ぶのは決して金や銀によってではない。どれほど金銀を積んでもそのようだった彼らは選ばれないし、買われない。しかし復活したイエス様は、彼らをこそ選んだ。イエス様を見捨て逃げ去り裏切ったような彼らこそが、むしろ福音を宣べ伝えるにふさわしい使者だといって選んだのである。ここには、決して人間によるのではなく、またこの世の基準によるのでもなく、ただイエス様・神様による超越的な選びというものがある。私達の抱えたマイナスを、だからこそプラスとして用いて下さる神様の不思議な選びがある。クリスチャンを迫害したパウロ、どうしても治らない病気を抱えたパウロ、そのマイナスをむしろプラスだと見なして下さるイエス様による不思議な選びである。これによって立ち上がり歩けるようになるという財産は、決して金銀によって立ち上がり歩くことに比べることはできない。

4.こうしてペトロとヨハネは、「持っているもの」をこの男性にあげることができた。その際彼らはまず「私たちを見なさい」と言った。私達もそのように周囲の人々に言える者ではなかろうか。私達もこうして教会へと礼拝をささげるために集っている。わずか10数人でも、こうした禍中にあっても礼拝に集う者がいる。ペトロとヨハネは他の何かを「見よ」と言ったのではなく、本当にささやかながら神殿に上ろうとする自分たちを見よ、そのように歩む自分たちを見よと言ったのである。
 私達も、このような禍中にあっても、こうして礼拝に集い神様の前に立とうとする姿を見せればよいのだと思う。このような時期、ますます目に見える金銀に頼ろうとする人々も出てくるだろうと思う。それを与えない信仰など何になるかと思う人々も出てくるであろう。しかし反対に、金銀ではなく私を立たせ歩ませてくれる何かを求めるようになる人も出てくるのではなかろうか。そのような人々に、私達は大それたものではなく、こうして礼拝に集う姿を見せればよいのである。
 礼拝に集う私達だからこそ「持っているもの」はたとえ小さくともあるはずである。たとえ小さなものであっても、この生まれつき足の不自由な人を立たせ歩かせるほどの大きな力を持っていた。教会には金銀はない。これから教会はますます金銀のない状況が強くなってゆくだろうと思う。しかしそうであればこそ余計に、私達が持っているもの・差し上げられるものは何かがはっきりとしてくるのではないだろうか。それを求めて教会に集う人々が起こされるのではないだろうか。

聖書:新共同訳聖書「使徒言行録 3章 1~10節」 03:01ペトロとヨハネが、午後三時の祈りの時に神殿に上って行った。 03:02すると、生まれながら足の不自由な男が運ばれて来た。神殿の境内に入る人に施しを乞うため、毎日「美しい門」という神殿の門のそばに置いてもらっていたのである。 03:03彼はペトロとヨハネが境内に入ろうとするのを見て、施しをこうた。 03:04ペトロはヨハネと一緒に彼をじっと見て、「わたしたちを見なさい」と言った。 03:05その男が、何かもらえると思って二人を見つめていると、 03:06ペトロは言った。「わたしには金や銀はないが、持っているものをあげよう。ナザレの人イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい。」 03:07そして、右手を取って彼を立ち上がらせた。すると、たちまち、その男は足やくるぶしがしっかりして、 03:08躍り上がって立ち、歩きだした。そして、歩き回ったり躍ったりして神を賛美し、二人と一緒に境内に入って行った。 03:09民衆は皆、彼が歩き回り、神を賛美しているのを見た。 03:10彼らは、それが神殿の「美しい門」のそばに座って施しをこうていた者だと気づき、その身に起こったことに我を忘れるほど驚いた。


2020/04/26 復活節第3主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「私があなたを選んだ」 1.「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ」というイエス様の言葉を愛誦聖句としている人もいるであろう。
 イエス様は、自分と弟子たち、ひいては私達との選び・選ばれるという間柄が、ひたすらイエス様の側のイニシアティブによっているのだと言っているのである。弟子たちや、また私達を選んだのは、他の誰でもなくイエス様なのだということである。私達が自分自身を選んだのではないし、ましてや他のだれかが選んだのでもないのである。
 選ぶということは、要は価値あるもの・存在意義のあるものとして認めるということである。直前の14節の言葉から言えば、イエス様の友にふさわしい者として選ばれたということである。そして、16節後半から言えば、実を結ぶ者として認められたということである。弟子たち、また私達は、イエス様によって価値ある者・友にふさわしい者、また実を結ぶ者としてその存在意義を認められた。自分自身や周囲の人々からはそうは見られないかもしれないが、イエス様は私たちをそのような者として認め選んで下さったのである。このことは、私達にとって何よりも生きる上での支えとなる。
 なぜこのことが私達の支えとなるのか。それは私達はいずれ自分自身でも、また周囲の人々からも選ばれず価値があるとは見なされなくなくなる時がやってくるからである。新型コロナウイルス禍は、まさにそのような状況をあらわにしている。医療資源のひっ迫というやむを得ない事情によってだが、年齢によって治療対象の選別が行われざるを得なくなっている。その基準は、若いか否かあるいは生き残ったときにこの世的に価値が高いか低いかである。また感染した者は、いやおうなく通常の世界からは排除され隔離され、誰でもが感染しうるような状態になっているにもかかわらず、感染したことが非難され貶められるようなありさまである。感染した者はもはや価値ある者とは見なされない。このように私達はいずれ誰でもが、この世の価値観からすればもう選ばれず、その存在意義が認めてもらえないような者となる。他でもない自分自身が自分を選べなくなり、厭い、切り捨ててしまいたいと思う時が来るのである。そのようなときに、私達にとってなくてはならないよりどころは、このような私達を、にもかかわらず価値ある者として選んで下さる方の存在なのである。私達は生きていてよいし、このような私達であっても実を結べる者として選んでくださる方があるということなのである。

2.最近はコロナ禍のため外出もままならず、また地区や教区の仕事がぐっと減ってしまった。だから、本棚からいろんな本を引っ張りだしては読んでいる。先日、以前に読んだときにも付箋を貼ったり傍線を引いたりした箇所の多かった『日本霊性論』という本を再読した。内田樹(たつる)と、ある仏教学者の共著である。その中に、とても心に残った部分があった。「私はあなたに用がある」という節の前後に、内田さんはこういうことを書いている。「人間は自分が存在することについて十全な確信を持つことができずにいます。自分がいてよいのかいけないのか、いるべきなのかそうでないのか、それを僕たちは自己決定することができません。僕たちに存在根拠を提供してくれるのは他者だけです。見ず知らずの人から、『私はあなたに用がある』と言われると僕たちは強く動かされる。それはその人から『私はあなたが存在することを強く願っている』というメッセージを送られたからです。」と。そして、このメッセージがこの世の存在ではないある超越した者から送られたとき、そこに信仰というものが生まれるというようなことを言っておられた。
 そして、内田さんは、ある何げない出来事を通して「私はあなたに用がある」というメッセージを受け取った体験を書いておられる。内田さんは20年ほど前、東京駅の雑踏の中である人を待っていた。するとひとりの外国人が内田さんのもとにきて「新幹線の中に忘れものをした。どうすればよいか」と尋ねたという。「なぜ、彼は何百人もの人がいる雑踏の中から僕を選び出したのか。そして『君に用がある』と彼に告げられたときに、僕は『迷惑だな』と思う代わりに、一種の高揚感をむしろ感じたのです。それは端的に『あなたはこの世界に存在するし、存在することを製籍されている』というメッセージを彼が僕に送っていたからです」とあった。内田さんが自身の20年も前の体験をこのように書いておられるというのは、これが内田さんにとって忘れ得ないものだったからであろう。それは本当に何げない出来事だったが、内田さんはそこに「あなたには存在意義がある。価値がある。生きていてよい」というメッセージを受け取ったのである。ここには直接的には神様というような存在は姿を現してはいなかったが、内田さんは「わたしはあなたを選び、必要としている」と語りかけて下さる超越的な存在と出会われたのかも知れない。
 私は、なぜ私達には信仰が不可欠かということが、ここに如実に描かれていると思うのである。多くの人々は、自分らにとってはもはや神仏を信じることなど無意味なものであって、彼らは「たとえ神仏に頼ったとしても病気が治るわけでもなく何の御利益もないではないか」と言う。しかし問題は、内田さんが言っているように、私達が自分は存在してよいのかどうかがわからなくなったときなのである。私達はその答えを自分自身からは得ることはできないし、この世からもいただくことはできない。本当に今、どれだけ多くの人々が、病気になったり、仕事を失ったりしているであろうか。そして、どれだけ多くの人が、デイサービスが休止してしまって介護で家族に負担ばかりかけるようになってしまっているであろうか。どれだけ多くの人が、誰からも自分自身でも選ばれず選べなくなってしまっている境遇の中にあるであろうか。そのときになくてならないものは何か。それは、私自身でもなくこの世の誰でもない存在がいてくださって、「わたしがあなたを選ぶ。わたしにはあなたが必要だ」と語りかけられることなのである。そのような選びというものは、私や、この世を越えた存在がおられるからこそ与えられるものである。誰からも選ばれない私を選んで下さる存在がいるということはどれほど有り難いことか。
 自分自身によってもまたこの世の誰かによっても、決して選ばれず価値があるとは見なされないマイナスの状態に陥ったとき、そのマイナスを、それにもかかわらずプラスだと受け取らせて下さる存在が不可欠なのである。聖書の中に描かれている神様との出会いというものは、突き詰めると、すべてそのような性質のものではないだろうか。内田さんも、しばしばアブラハムのことに触れている。創世記12章に書かれている出来事は、そういうものだと思う。もしかするとアブラハムは、何かの理由で親族から絶縁されるようなことになったのかもしれない。要は選ばれなくなり、価値が認められなくなり、マイナスの存在として見られるようになってしまった。しかしその時に、神様が彼に現れて下さり、「そういうあなたをこそ神である私が選び、祝福するのだから、安んじて生まれ故郷や父の家を離れて私の示す地に行きなさい(創世記12:1/2)」と言って下さったのではなかろうか。そうして神様によってアブラハムの抱えたマイナスはプラスへと転じていったのである。このような逆転をさせて下さるのはもう神様しかおられない。ここに信仰が不可欠な理由がある。

3.さて、16節でイエス様が言っていることにはもうひとつ大事なポイントがある。それは、弟子たちひいては私達を選んで下さるこのイエス様を、弟子たちまた私達の側は選ばなかったという点である。私達が選ばなかったイエス様が、逆に私達を価値ある者として選んで下さるということが言われている。私はここにまたとても深い意味があると感じないわけにはいかない。
 弟子たちは、今はイエス様のそばにいるが、間もなくイエス様を見捨てて逃げてしまう。十字架にかけられ殺されてしまうイエス様を選ぶことがでできなかった。そのような存在を、価値ある者と見なすことはできなかった。弟子たちだけではなく、当時のユダヤ人もギリシャ・ローマの人々も皆、十字架につけられて殺されたイエス様を価値ある存在として選ぶことはできなかった。たびたび引用するコリント信徒への手紙(1)の1章23節に、「十字架につけられたキリストは、ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなものです」とある。十字架のイエス様とは、要は私達が決して価値ある者としては選ばない存在を象徴している。しかし不思議にもこのようなイエス様が、私たちを選んでくれるのである。誰からも選ばれない十字架のイエス様が、なぜか逆に私達を選ぶ。そしてそのことが私達の支えとなり、私達をして実を結ばせるものとなる。十字架が私達を選ぶのである。コリント信徒への手紙(1)の1章18節には、「十字架の言葉は、滅んでいく者にとっては愚かなものですが、わたしたち救われる者には神の力です」とある。パウロは、私達にとっては愚かであり決して選ばない十字架のイエス様こそが、私達を選び救って下さる神様の力の現れだと言っているのである。
 十字架のイエス様が、どのようにパウロを選び救ったかはコリント信徒への手紙(2)の12章に如実に描かれている。どうしても取り除くことができないトゲをパウロは課せられていた。それがために彼は牧会者として価値ある者とは認められずさげすまれていたようだった。そういうマイナスを抱えてパウロは深く悩んでいたのである。ところがあるときイエス様の語りかけが聞こえてきた。「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮される」と。するとパウロはこう言えるようになったのである。「キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。・・・わたしは弱いときにこそ強い」と。パウロが抱えていたマイナスを大いに誇れるようなプラスのものと転じさせて下さったのは、他でもない十字架のイエス様の弱さである。私達もこの世も決して選び得ない十字架の弱さこそが、弱さを抱えたパウロを価値ある者として選んで下さったのである。これが十字架のイエス様による私達の選びなのである。

4.私はここから、十字架のイエス様が私達を選んで下さるということを越えて、さらには十字架に象徴的に示されているところの、私達が決して選ぼうとはしない状況というものが、実は私達を選んでいるのではないか、この状況こそが先ほどの内田さんの表現で言えば「あなたに用がある」と語りかけているのではないかと示されるのである。
 私達は、新型コロナウイルス禍による悲惨な状況を、決して自ら選ぶなどということはできない。私達もいつかは感染するかもしれないし、そのことを決して自ら選ぼうとは思えない。しかし、今日のイエス様の言葉が遺言として私達に教えて下さっているのは、このように私達自身が決して進んで喜んで選ぶことのできない状況こそが私達を選び、私達への神さまとイエス様からの選びの声を聞かせ、この状況の中でこそあなたは実を結べるのだと語りかけて下さっているように思うのである。
「あなたがたが出かけて行って実を結び」とある。このような状況においてこそ私達は、はじめて、それまでは決して出られなかったところから出られるようになるのかもしれない。教会もそうなのである。私自身、これまでは教勢とか数とか、そういうものから出られずにいた。しかしもはやそのようなものなど誰も問わないし、何の意味もない状況がやってきた。こういう時だからこそ、数的なものはどんどん無意味になってゆくのである。そして、何が私達のよりどころであり支えなのか福音なのかが、ますます明らかになってゆくのである。それを宣べ伝えるところには必ず人が与えられるのである。私達ひとりひとりも、そうだと思う。この状況こそが私達を新しいところへと出かけさせることになる。私達は、何事かを神様・イエス様から問われ、選びというものを感じさせられ、任命されたことを感じ、実を結ばせることになるのではないだろうか。

聖書:新共同訳聖書「ヨハネによる福音書 15章 16~17節」 15:16あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。あなたがたが出かけて行って実を結び、その実が残るようにと、また、わたしの名によって父に願うものは何でも与えられるようにと、わたしがあなたがたを任命したのである。 15:17互いに愛し合いなさい。これがわたしの命令である。」


2020/04/19 復活節第2主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「サムエルの誕生」 1.私が小さい頃から通っていた故郷の教会の礼拝堂兼幼稚園ホールの壁面に、髪の毛が巻き毛の一見すると女の子かと思うほどにかわいい幼子がひざまずいて両手をあわせて祈っている絵が掛けてあった。当時は、その絵に描かれているのがサムエルだとはわからなかった。その絵の幼子が、預けられた祭司エリのもとで突如として神様からの呼びかけを聞き「しもべは聞きます。お話しください」と応える幼子サムエルの姿だと知ったのは、大人になってからだった。この神様への応答に現れているようにサムエルは、神様の言葉を聞き、それを語る預言者として本格的に選ばれた人だった。また、それまで王様を持たなかったイスラエルに、悩みつつもはじめて王を立てることにかかわった人でもあった。そのようなサムエルが、どのような経緯で誕生したかが記されている箇所である。
 まず私が心を寄せられたのは、18節の「彼女の表情はもはや前のようではなかった」という言葉だった。「前」はどうであったのかが、5節から7節あたりに書かれている。夫エルカナからは愛されてはいても子どもが授からなかった。エルカナのもうひとりの妻のペニナの言動に悩まされ続けていたハンナであった。また、9節以下に書かれている神殿の祈りには、祭司エリから酔っ払っているのかととがめられるほどに無我夢中で激しく泣きながら祈っていたのだった。ところがそのようなハンナの表情は、もはや前のようではなくなった。つまりは心がすっかりと晴れたような、もう何ら悩み苦しみを抱えてはいないような表情に変わっていたというのである。
 このようにハンナを変えさせたのは何だったのか。直前の17節にあるように、祭司エリから「安心して帰りなさい。イスラエルの神が、あなたの願うことをかなえてように」と声をかけられたことだろうか。子どもが欲しいという願いがかなえられるかもしれないということが、彼女の表情を変えたのか。しかし、そのようなことはどこにも保証などなかった。願いがかなう兆しなど、どこにもなかった。そのようなハンナがみごもったのは、後のことである。ハンナの表情が前のようではなくなったのが、願いがかなったからではなかったということがわかる。
 私達も、このハンナ同様悩み苦しみを抱えており、それについて願いがかなえられるようにと祈っている。しかし残念ながら、その祈りが願い通りにかなえられるということはないのである。願いがかなうことが、私達の表情を変えしめるのだとしたら、残念ながらそういうことはおこらないのがしばしばということになる。だから、私達の表情は、ずっと変わらないままであろう。しかし、たとえ願い通りにはならなくとも、私達の表情が「もはや前のようではなかった」ということが起こる。たとえ願い通りに子どもが授かるということが起きなくとも、私達はそれ以前に抱いていた悩み苦しみから解放されることが起きるのである。それはどれほど私達にとって、慰め深いことであろうか。

2.改めて、ハンナを悩み苦しませていたものは何だったのかを考えてみたい。言うまでもなく、子どもが授からなかったことではなかったか。しかし、もう少しその点を掘り下げてみたいと思う。心をぐっと引き寄せられるのは、5節途中に「エルカナはハンナを愛していたが、主はハンナの胎を閉ざしておられた」とあることである。これは本当に意味深い言葉だと感じる。夫のエルカナは、妻ハンナを深く愛していた。8節の最後に「この私は、あなたにとって十人の息子にもまさるではないか」とある。だからこそ、もうひとりの妻ペニナは、ハンナを敵と見て憎みいじめたのだろうと想像できる。しかし、ハンナの苦悩の何よりもの原因は、夫から深く愛されていたとしても、神様が彼女の胎を閉ざしておられるがゆえに子どもが授からないということだったのではなかったか。
 私はここに、私達誰しもが抱える苦悩の原因を見るように思う。つまりそれは、どんなに夫婦や親子関係において愛情深い間柄があったとしても、それによっては授からない何かがあるということなのである。それには、いろいろなことが思い当たるであろう。親が子どもをどれほど愛していたとしても、生み出すことのできない何か、親といえどもどうにもならない手の届かない何かがある。さらには、自分自身が自分をいかに深く愛していても、自分ではどうしようもできない何かがある。その原因は、究極的に神様が「閉じている」ことによっている。神様が開いて下さらないことに原因がある。誰かが悪いからそうなるのではない。今日の物語でいえば、ハンナに原因があるからではないのである。

3.しかし私達はそうは考えない。8節にあるようにペニナは、ハンナを「主が子どもをお授けにならないことでハンナを思い悩ませ、苦しめ」ていた。今から3000年前の世界では、子どもが授からないのは神様が妻を呪い罰しているからだというように考えられていた。ペニナも、そうハンナをののしったのである。「あんたは、エルカナからは愛されているかもしれないが、神からは憎まれている。だから子どもが授からない」と。ハンナもそう受け取ってしまっていた。ここに苦悩の最大の源があると私は思う。果たして神様は、ハンナを憎んでいたのであろうか。神様が私達のなにかを「閉じて」しまうとき、それは神様が私達を憎んでいるからなのだろうか。そうではないと私は思う。それは主の御業なのである。主が閉じるのである。だとすれば、それは良い御業ではないだろうか。私達への深い愛からそうなさるのではないのか。
 ヨハネによる福音書の9章に記されている物語に、生まれつき目が見えない、目の見えることを閉じられていた人について、弟子たちはイエス様に「誰が悪くてこうなったのか、親なのか本人なのか」と尋ねたと書かれている。まさにペニナと同じ受け止め方である。これに対してイエス様は「本人が罪を犯したからでも両親がそうしたからでもなく、神の業がこの人に現れるためだ」と答えた。私達には、いかんともしがたいある「閉じられた」状況・境遇がある。それがだれのせいかと私達は責めてしまうのである。だれよりも自分自身を責めるのかもしれない。そして何とかそれを自分で開こうとする。しかしそうはできないのである。それは、神様が閉じているからなのである。私達は、それをこじ開けることはできない。神様が閉じるからには、他方で開くことのできる何かがあるのであろう。私達の力によってではなく、ただ神様の力によって開けられるということを私達は体験させていただけるのである。そのために起きるのが「閉じる」ということではなかろうか。

4.そこでハンナにも「開かれる」ということが起きたのである。それは、決して子どもが授かるということで現れるのではなかった。それはひとつの結果に過ぎない。大事なことは、まずは彼女の表情が前のようではなかったという点に現れている。身ごもる以前に、その心において、深いところで開かれるということが起きた。それが結果として体の上にも現れたのではなかったか。
 ではハンナが開かれたのは、何においてだったのか。そのありさまが描かれているのが、9節以下の祈る姿だと思う。とても象徴的なのは9節の「立ち上がった」と書かれている点である。この言葉は、もとのヘブル語をギリシャ語に訳した言葉だと「アニーステーミ」という言葉である。これは新約聖書では、イエス様の復活を表現する言葉である。アナ(上に向かって)とヒステーミ(立つ)という二つの言葉があわさってできた言葉である。ハンナは、この祈りにおいて、おそらくはじめて上に向かって、つまり神様に向かって立つ時を与えられたのではなかろうか。それまでは、彼女は、上に向かって立つのではなく、ただ横の人間関係の中で立っていたのではなかったか。9節直前の夫の言葉に象徴されているような、自分を十人の息子にもまさるほどに愛してくれている夫との関係において立っていた。だからおそらく、それをもってペニナに対して、見下した目線だったのではなかったかと想像する。だからペニナもハンナを憎んだのではなかったか。お互いに競い合い、比べ合いをしていたのである。それがハンナの苦悩の根源にあったのである。4節から5節はじめの記述も意味深い。「エルカナは妻ペニナとその息子たち、娘たちにそれぞれの分け前を与え、ハンナには一人分を与えた」とある。夫からは10人の息子にもまさる愛情を与えられ、それを威張っていたが、物質的には自分には一人分しか与えられていなかった。夫婦や家族関係や社会的関係の中で、人から与えられるものによって一喜一憂するハンナのありさまが浮かび上がってくる。これがつきつめればハンナの苦悩の根本にあったものなのである。

5.そのようなハンナを、突如として横との関係ではなく上へ向かって立たしめたものは祈りだったのである。彼女がなぜ、そう思い立ったのかはわからない。引き金になったのは、おそらくは直前の8節にある夫からの言葉だったのではなかろうか。いくら夫からあふれるほどの愛情を注がれても、それはどうしようもなかった。夫からの言葉で喜んだり、ペニナと競い合いをしたりしても無駄なのだとわかったのである。だからハンナは「神様に向かって立とう、祈ろう、神様との間柄に立とう」と思い立ったのである。
 このことがハンナをして「開かせた」ことだと私は思うのである。彼女の胎を閉じさせた神様の御心はここにこそあったのではなかったか。神様は、そのことを通してハンナを、神様との間柄において開かれた者としようとしたのである。そしてハンナは祈りにおいてそのようになった。授かる子どもを、それを自分のものとか夫からのさらなる愛情や分け前をもらうよすがとしたり、ペニナと競い合う道具とするのではなく、自分から離して、神様にささげる者にしようとさえ思うことができた。とにかく神様との間柄が開かれたのである。そのような意味で胎が開かれたということができる。神様との間柄という胎が開かれたなら、そこで生まれ授かるものは大きい。それは単なる子どもではない。貴い何かが授かる。私達人間の力では決して生みだし得ない何かが授かる。その象徴がサムエルに他ならなかったのである。このことを知らされたので、ハンナの表情は、もはや前のようではなかったのである。
 ハンナがそうなったからこそ、19節にあるように、エルカナは妻ハンナを知ると書かれていることが起きたのではなかろうか。そしてハンナは身ごもった。神様との間柄が開かれてゆくと、自ずと何か具体的に私達の閉じられていた部分が開かれてゆくということも起きるのである。

聖書:新共同訳聖書「サムエル記(上) 1章 1~20節」 01:01エフライムの山地ラマタイム・ツォフィムに一人の男がいた。名をエルカナといい、その家系をさかのぼると、エロハム、エリフ、トフ、エフライム人のツフに至る。 01:02エルカナには二人の妻があった。一人はハンナ、もう一人はペニナで、ペニナには子供があったが、ハンナには子供がなかった。 01:03エルカナは毎年自分の町からシロに上り、万軍の主を礼拝し、いけにえをささげていた。シロには、エリの二人の息子ホフニとピネハスがおり、祭司として主に仕えていた。 01:04いけにえをささげる日には、エルカナは妻ペニナとその息子たち、娘たちにそれぞれの分け前を与え、 01:05ハンナには一人分を与えた。彼はハンナを愛していたが、主はハンナの胎を閉ざしておられた。 01:06彼女を敵と見るペニナは、主が子供をお授けにならないことでハンナを思い悩ませ、苦しめた。 01:07毎年このようにして、ハンナが主の家に上るたびに、彼女はペニナのことで苦しんだ。今度もハンナは泣いて、何も食べようとしなかった。 01:08夫エルカナはハンナに言った。「ハンナよ、なぜ泣くのか。なぜ食べないのか。なぜふさぎ込んでいるのか。このわたしは、あなたにとって十人の息子にもまさるではないか。」 01:09さて、シロでのいけにえの食事が終わり、ハンナは立ち上がった。祭司エリは主の神殿の柱に近い席に着いていた。 01:10ハンナは悩み嘆いて主に祈り、激しく泣いた。 01:11そして、誓いを立てて言った。「万軍の主よ、はしための苦しみを御覧ください。はしために御心を留め、忘れることなく、男の子をお授けくださいますなら、その子の一生を主におささげし、その子の頭には決してかみそりを当てません。」 01:12ハンナが主の御前であまりにも長く祈っているので、エリは彼女の口もとを注意して見た。 01:13ハンナは心のうちで祈っていて、唇は動いていたが声は聞こえなかった。エリは彼女が酒に酔っているのだと思い、 01:14彼女に言った。「いつまで酔っているのか。酔いをさましてきなさい。」 01:15ハンナは答えた。「いいえ、祭司様、違います。わたしは深い悩みを持った女です。ぶどう酒も強い酒も飲んではおりません。ただ、主の御前に心からの願いを注ぎ出しておりました。 01:16はしためを堕落した女だと誤解なさらないでください。今まで祈っていたのは、訴えたいこと、苦しいことが多くあるからです。」そこでエリは、 01:17「安心して帰りなさい。イスラエルの神が、あなたの乞い願うことをかなえてくださるように」と答えた。 01:18ハンナは、「はしためが御厚意を得ますように」と言ってそこを離れた。それから食事をしたが、彼女の表情はもはや前のようではなかった。 01:19一家は朝早く起きて主の御前で礼拝し、ラマにある自分たちの家に帰って行った。エルカナは妻ハンナを知った。主は彼女を御心に留められ、 01:20ハンナは身ごもり、月が満ちて男の子を産んだ。主に願って得た子供なので、その名をサムエル(その名は神)と名付けた。


2020/04/12 復活日(イースター)礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「恐れ逃げていった者から」 1.マルコによる福音書に描かれているイエス様の復活の出来事の場面は、他の3つの福音書にはない独特の特徴がある。まず、女性たちが墓に赴くことは4つの福音書に共通している。しかし、他の3つの福音書では、女性たちや弟子たちが復活したイエス様に会って終わっている。それらは、喜びの知らせを告げる福音書の終わりとしてふさわしい書き方がされていると思う。しかし、マルコによる福音書だけは、8節にあるように「恐ろしかったからである」で終わっているのである。9節以降の記述には[ ]の印が付けられている。それは、その部分がもともとのマルコによる福音書にはなかったものを、後の人々が付加したことを示している。その人々は、福音書の終わりが8節ではふさわしくないと考え、他の3つの福音書を参考にして9節以下を書き加えたのだろうと考えられている。
 マルコとしては、8節の終わり方こそが福音書の終わりにふさわしいと考えたのである。その心はどういうものであったのか。想像するにマルコは、自分の周りにいる信徒たちやこの福音書の読者たちのことをおもんばかったのであろうと思える。信徒たちも、この福音書の読者たちも、この女性たちと同じように、復活したイエス様に会うことはできない。女性たちは、墓の入り口に置かれた大きな石が転がされているのを見た。また不思議な若者からイエス様の復活の知らせを受けた。読者にいたっては、それさえも直接体験はできないであろう。それを福音書の記述を通して知らされるだけである。福音書の読者たちも、それぞれに愛する者の死に直面したならば、死者が葬られた墓に赴かねばならない。墓穴に置かれている大きな石とは、その悲しみを象徴的に表している。墓に赴いたとしても、その石が動かされていることなどとは少しも感じられないかもしれない。また、福音書を読んですぐに、イエス様の復活を、さらには死んだ者の復活のことなど、にわかには信じることなどできないのである。大切な人を失った悲嘆から、同じ思いを抱いたまま墓から帰ってくるしかない者なのである。マルコはそのような読者、また私達に目を向けてくれているのだと思う。
 その上で、福音書の終わりをマルコは、わざわざそのような終わりにしたのである。それは、この女性たちがそうであったように、私達の歩みも恐れや逃げ帰ることが終わりではないことを知っていたからなのである。恐れて逃げ帰ることで終わりではないということを知っていたからこそ、あえて未完のままでこの福音書を閉じたのである。マルコは、恐れの向こうに新たな歩みがあるということを告げているのである。

2.私はまず、墓に赴くということの貴さを改めて感じさせられた。4つの福音書すべてに共通しているのは、最初にイエス様の遺体に香油を塗ろうとして墓に赴いたのが女性たちだけだったということである。男の使徒たちは、十字架にイエス様を見捨てて逃げてしまったのであろう。二日経った日曜日の朝早くに、イエス様の遺体に香油を塗ろうとしてやってきたのも女性たちだけだった。私は、ここに男性と女性との大きな違いを見るように感じるのである。私を含めて男というものは、死んでしまった者の遺体に高価な香油を塗ることなどに、もはや意義を見いだすことはできないのである。そもそも遺体を葬った墓の入り口には、人の力では動かせないような大きな石が置いてあった。動かすことなどできない大石を動かして、一体どのようにして遺体に香油を塗るというのか。そもそもそのようなことをして、一体何になるというのか。しかし3人の女性たちはそのようにしようとしたのである。悲嘆にくれ、またむごい死を遂げたイエス様を、少しでも手厚く葬ってやりたいと願ったのである。それは、この世的には無駄と思われることかもしれない。しかし女性たちは、そうしようとしたのである。そのことがすべての始まりだったのである。悲嘆を抱え、遺体に香油を塗るために墓に赴こうとした女性たちによって福音がもたらされ、教会は誕生することとなったのである。
 私は、今の全世界の状況から、そのような意味をひしひしと感じさせられる。どちらかというと、この世界の普段の営みは、まだまだ男性中心と言わざるを得ない。死者を葬るとか墓に赴くなどということとは全く無縁に、そのような営みなど全く排除して、ひたすら健康や元気さや強さだけが貴いとされ、そのようなものが生み出す実りだけが重んじられる社会なのである。しかし皮肉にも、今やそのような社会の営みが不可能となってしまった。埋葬できなくなった遺体があふれ、普段人々が営む生活圏のごく近いところに埋葬場所が設けられるほどだと報じられている。死の悲しみが溢れて、悲嘆がまるで洪水のようである。いつ何時、私達自身にも、どのようなことが起きるか、もはやわからない。私達も悲嘆にくれて墓に赴かざるを得ない時が来るかもしれない。しかし、そこにこそ、実は人間にはでき得ないことがはじまってゆく契機がある。
 キリスト教が大嫌だったユリアヌス皇帝は、ローマの国教を古来からの宗教に戻そうとした。そのユリアヌス皇帝が、地方の役人に「キリスト教を見習え」と手紙を送ったという。その手紙に書かれていたキリスト教の3つの特徴のひとつに、死者の理葬の丁寧さということがあった。なぜ生まれたばかりのキリスト教が、そのような特徴を身につけたのであろうか。その根源には、女性たちがイエス様の墓へ赴いたということがあったのだと思う。悲嘆にくれ、無駄とも思われるような営みをすることにおいて、彼女たちは思いがけない出来事の知らせを聞いた。やはりキリスト教という宗教は、本質的に墓へと赴く宗教なのである。悲しみにくれることを貴く扱う宗教なのである。

3.墓へと赴いた女性たちは、「だれが動かしてくれるだろうか」と大きな石のことを心配していた。すると、墓の入り口に置かれた大きな石が動かされていた。この石とは、私達人間には決して取り除くことも動かすこともできないような困難や悲嘆を象徴的に表すものだと思う。現在為政者たちは、まことに勇ましくコロナウイルスとの戦争に必ず打ち勝つのだと私達を鼓舞している。勝利することができる指導者だと自らをアピールする。しかし、この石が象徴的に示しているように、私達人間には到底動かすことのできない困難というものがあるのではないだろうか。今私達は、それに直面しているのではなかろうか。科学技術やAIが進歩して、あたかも人間には取り除けない石などないかのように私達は傲慢になっていた。しかし、今回のことで私達は目に見えない小さなウイルスに対して、私達が本当に無力であることを知らされた。今の私達には、この石を動かすことはできないのである。
 しかしだからこそ、そこに人間を越えた力が現れてくるのである。石が覆っている現実があればこそ、そこにその石を動かして下さる神様の力というものが現れるのである。言い方を変えれば、石というものがなければ、それを動かして下さる神様の力も現れようがないのである。この新型コロナウイルスという災禍を通して、私達の力を越えた神様の力がいつか現れてくるのではないだろうか。
 それはどのように現れるのかはわからない。アメリカで、あれほどの死者が出ていることの大きな理由には、貧富の差が大きいことや医療保険に入っておらず貧しい方が普段から医療の恩恵にあずかれないということがあると言われている。何度もそうしたことが問題にされてきた。しかし、それらは一向に取り除かれなかった。しかし今回、たとえば感染したホームレスたちを収容するホテルが用意されたと報じられている。これを契機に貧しい人々への医療提供の必要や貧富の差の解消ということが、皆の共通の課題として認識されるかもしれない。大きな石が私達に覆いかぶさることによってはじめて、これまで私達人間ができえなかったことが、神様による御業として何らかの形でその石が脇へころがされるということが起きるのではないだろうか。

4.こうして女性たちは墓へと入っていった。墓に入った女性たちが、まず告げられたのは、「あなたがたが探している十字架につけられたイエス様は、復活なさってここにはいない」ということだった。それまで彼女たちは、十字架につけられて殺されたイエス様の遺体を捜していた。それは決して無駄にはならなかったのである。そしてそれは貴いことだったのである。それをしたからこそ、復活の知らせをいただくことができたのである。しかし、いつまでもどこまでも十字架の上で殺されたイエス様を探していてはならないのである。なぜならば神様は、いつまでもイエス様を十字架の上ですべてのものを奪われ剥ぎ取られた者としてはおかないからである。イエス様は、十字架の上ですべてを剥ぎ取られた者として終わったのではなく、それを越えて神様によって復活をさせられ、新たな命を与えられた者とされたのである。
 このことが、私達にも語りかけられている。私達が見ることができるのは、残念ながら、一人ひとりに科せられた十字架によって苦しみ痛み死んでいった者の姿だけだった。私達は、そのような姿にのみ目を奪われている。そうされた遺体に会うためだけに墓に赴く。しかしそこで神様は、私達に語りかけて下さる。「おまえ達の愛する者は、いつまでも奪われた者・死んだ者のままではいないのだ」と。「死者をそのような者のままにしておいてはならないのだ」と。「墓に閉じ込めておいてはならないのだ」と。神様は、奪われた者に新たなものを与えて下さる。言い方を変えれば、奪われたからこそ神様は与えて下さるのである。奪われたことは決して無駄にはならない。奪われた傷が大きければ大きいほど、そこに神様が与えるものも大きいのである。イエス様ただひとりが復活したのは、十字架の傷がそうであったように、私達から奪われたものが大きければ大きいほど、そこに与えられる賜物も大きいのである。

5.そして次に女性たちが告げられたのは、「行って、弟子たちとペトロに告げなさい。『あの方は、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。そこでお目にかかれる』」という言葉であった。十字架の上で殺され奪われた者ではもうなく、神様によって新たな命を与えられたイエス様であるからこそ、そのイエス様が弟子たちよりも先がけてガリラヤに行っておられたのである。「先に」という言葉が心にしみる。弟子たちには、もう先がなかった。先へと進むことはできなかったのである。しかし、イエス様が復活したからこそ、先への歩みが生まれたのである。私達の愛する死者たちも、私達よりも先に進んでいる。先へと歩める者へと変えられているのであろう。悲嘆にくれて残された私達の歩みは、彼らが先へと進んでいることに促されて先に進める者となるのであろう。
 以上のような知らせを不思議な若者から聞いた女性たちは、8節に書かれているような歩みしかできなかった。しかし、それでよいのだとマルコは慰め励ましてくれているのである。そのような女性たちが弟子たちにこの知らせを告げ、それは喜びの知らせとして全世界に伝えられるようになったのだから恐れて逃げ帰ってもよいのである。

聖書:新共同訳聖書「マルコによる福音書 16章 1~8節」 16:01安息日が終わると、マグダラのマリア、ヤコブの母マリア、サロメは、イエスに油を塗りに行くために香料を買った。 16:02そして、週の初めの日の朝ごく早く、日が出るとすぐ墓に行った。 16:03彼女たちは、「だれが墓の入り口からあの石を転がしてくれるでしょうか」と話し合っていた。 16:04ところが、目を上げて見ると、石は既にわきへ転がしてあった。石は非常に大きかったのである。 16:05墓の中に入ると、白い長い衣を着た若者が右手に座っているのが見えたので、婦人たちはひどく驚いた。 16:06若者は言った。「驚くことはない。あなたがたは十字架につけられたナザレのイエスを捜しているが、あの方は復活なさって、ここにはおられない。御覧なさい。お納めした場所である。 16:07さあ、行って、弟子たちとペトロに告げなさい。『あの方は、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。かねて言われたとおり、そこでお目にかかれる』と。」 16:08婦人たちは墓を出て逃げ去った。震え上がり、正気を失っていた。そして、だれにも何も言わなかった。恐ろしかったからである。


2020/04/05 受難節第6主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「ゲツセマネの祈り」 1.棕櫚の主日と呼ぶ理由は、子どものロバの背中にまたがってエルサレムに入ったイエス様を人々が棕櫚(なつめやし)の枝をふって迎えたと(例えばヨハネによる福音書の12章13節に)記されているからである。現在の私達の曜日にあわせてみると、木曜日が最後の晩餐が守られた日で、このゲツセマネでの祈りがなされたのはその日の夜だったことになる。そこでイエス様は逮捕され裁判にかけられ、金曜日の昼には十字架にかけられて殺されたのである。そして次週日曜日の朝早くに復活したと伝えられている。そこで、この週を受難週と呼び、その週のはじめの日、本日を棕櫚の主日と呼んでいる。
 ゲツセマネでのイエス様の祈りの場面は、古くから読む者に深刻な疑問を抱かせ、時には躓きや嘲笑をもたらしてきた。最大の疑問は、なぜイエス様は祈るにあたって33節と34節に書かれているように、「ひどく恐れてもだえ」「死ぬばかりに悲しい」と言ったのだろうか。ヨハネによる福音書の最後の晩餐の記述では、イエス様が弟子たちに残した遺言は、自分に起ころうとしていた十字架の死をはっきりと受け入れ、その意義を決して見失ってはいなかった。平安と確信に満ちたイエス様が表現されている。このマルコによる福音書においても、92ページの上の段に、前のページから続く最後の晩餐でのイエス様の言葉が記されている。「取りなさい。これは私の体である」「これは、多くの人のために流す私の血である」と。十字架の上で裂かれる自分の体や流す血が、私達のために不可欠なものだとの自覚をはっきりとイエス様は持っておられた。
 そうだとすれば、その時がいよいよ近づいてきて「ひどく恐れてもだえ」たり、「死ぬばかりに悲しい」と弟子たちに漏らし、「できることなら、この苦しみの時が過ぎ去るように」とか「この杯を私から取りのけてください」とか、そのようなイエス様の祈りは、全くもって似つかわしくないのではなかろうか。あまりにも情けない姿ではなかろうか。そのように多くの人々が感じたのである。だから、恐らくは4つの福音書の中でヨハネによる福音書の著者ヨハネは、このゲツセマネの祈りの場面をあえて書かなかったのではなかったかと想像できるのである。イエス様でさえこうなってしまうのなら、ましてや私達は・・・と、しりごみしてしまう。また、このような情けないイエス様の姿を読んだギリシャ・ローマの人々は、どのように感じでいただろうか。彼らは、ソクラテスという有名な哲学者がいわれなき罪で飲まされた毒杯を実に静かに近しい者と談笑さえしながら飲んだと伝えられていることと比較して、イエス様をあざ笑ったとさえ伝えられている。
 ヨハネは、あえてこの場面を省いたのではなかろうか。ゲツセマネの祈りに伴われたペトロ・ヤコブ・ヨハネ(ヨハネによる福音書を書いたヨハネと同一人物であったかは定かでない)の3人の弟子たちも、このようなイエス様の姿をわざわざ後の人々に伝えなくてもよかったのではなかろうか。それを伝えることは、また自分たちの情けない姿に3度も眠りこけてしまったということをも伝えることになってしまう。しかし、彼らはイエス様の姿も自分たちの情けない姿も後の人々に伝えたのである。そしてヨハネ以外の3人の福音書の記者たちは、このイエス様の姿を記した。その思いとはどのようなものだったのであろうか。やはりそこには、伝えずにはいられない何かがあったからだと思うのである。それが弟子としての、またイエス様を信じる者としての信仰においても、なくてはならないものだったのである。

2.神様の御心とイエス様の願ったこととの間には深く大きな溝があった。最後の晩餐のときの様子からは、神様の御心とイエス様の願ったこととの間にそのような溝があったとは、少しも感じられなかった。イエス様の体や血における犠牲が私達のために不可欠であるとの神様の御心に、イエス様は心から納得しておられた。しかしイエス様は、その苦しみや痛みをいよいよ自身の体で味わわねばならない時が近づいてくると、そのことを恐れ、もだえ、死ぬばかりに悲しいと嘆き、この杯を取りのけてくださいと願ったのである。要するに、神様の御心は、私達人間にとってはそれを背負うにはあまりにも怖く、もだえ、死ぬばかりの悲しみを味わわざるを得ないものなのである。イエス様は、「神様の御心が現れるということは、私達にとってそれほどのものなのだ」と「並大抵のものではないのだ」と「神様の御心と私達の願いとはそれほどに深い溝があるものなのだ」と、身をもって教えて下さったのである。
 36節の祈りのはじめにおいてイエス様は、「アッバ、父よ」と祈っておられた。「アッバ」とは、その時代その場所の言葉では、やっと言葉らしい言葉をいくつか口から出せるようになったばかりの幼子が父親を呼ぶときの「パパ」とか「おとうたん」とか、そのような感じの言葉なのだそうである。イエス様は神様のことを、幼子にとっての父親のように信頼しておられた。しかし、それにもかかわらず、そのお父さんの御心は、幼子であるイエス様には量り知れず、幼子としては取りのけてほしいと願うしかないものだと感じておられたのである。幼子にとっては一片の疑いさえ持たない対象がアッバではなかろうか。しかしそのような存在の父親の御心は、どうしても幼子にもだえ苦しみ死ぬばかりに悲しいような体験をもたらすものであったのである。それは幼子にとっては勿論だが、実は父親にこそもっと辛いものだったのかもしれない。自分が代わってやりたいほどの悲しみであったのかもしれないのである。
 こうしたところにこそ、私達キリスト教徒が信じている神様の本質のようなものがあるのではないかと思う。神様はアッバ・お父さんなのである。私達幼子に対して、本当に深い愛情を抱いておられる。必要なことは何でもしてやろうと思っておられる。36節祈りのはじめの言葉は、そのような意味であろう。しかし、だからこそ時には私達にとって取りのけてほしいと願うしかないようなことを、私達がもだえ苦しむしかないようなことをなされたのである。父なる神様自身も、それを苦しんでおられたに違いない。しかし私達のためには、どうしてもそれは避けることができなかったのである。私達の父なる神様は、決して私達に浅はかな御利益など与えない。浅はかな次元で私達の願うところと神様の御心と合致するものではない。むしろ溝があり乖離し、私達にとっては、ただただもだえ苦しむようなことにこそ、父なる神様の下さる幸いがある。
 私は先週金曜日に朝日新聞に掲載された福岡伸一さんの文章に驚かされた。よくこの時期にあのような内容が掲載されたものだと感心した。福岡先生によれば、そもそもウイルスとは、もとは生物の中にあったものがその生物から飛び出してできたものだと書いておられた。だからウイルスと私達とは、共通の部分を持ち、互いに引き合うものを持っているというのである。私達の側がウイルスを招き入れるとさえ書かれていた。そのためにウイルスが生物に死を招くこともある。しかしそれによって結果的には生物の動的平衡(多様性)が創造されてゆくのだというようなことが書かれていた。これこそが神様の御心なのかもしれない。そしてその御心は、私達にとっては、恐れ、戸惑い、悲しみなのである。しかし、こうしたことによってしか実現されない神様の御心があるのではないだろうか。

3.恐れや悲しみから始まったイエス様の祈りは、最後には「しかし、私が願うことではなく、御心に適うことが行われますように」と終わっている。そして2節では、「立て、行こう」と言えるようにイエス様を変えたのである。イエス様の祈りが、このように変わっていったことが、私達にとって何らかの意味を持つのであろうか。イエス様の祈りの変化はイエス様だからであって、私達であったなら、どこまでも恐れもだえ悲しむばかり、この杯を取りのけてほしいと祈るばかりであろう。しかし、もしもイエス様の祈りと私達の祈りの違いを際立たせて感じさせるためだけだったとしたら、イエス様は3人の弟子たちに自分の祈りを見届けるようにと命じたであろうか。弟子たちはイエス様の祈りの様子を私達に伝えるでしょうか。このことを伝えた弟子たちには確信があったし、ペテロ・ヤコブ・ヨハネ自身の信仰の実体験があったに違いありません。それは、自分たちも祈るときに、このイエス様と同じように、恐れてまどい死ぬばかりに悲しく、この石を取りのけてほしいと祈るばかりであったけれども、祈る中でイエス様のように変えていただけた。私が願うことではなく、御心に適うことが行われますようと祈れるようになった。それが祈りというものの不思議な力なのだ。祈りにおけるご聖霊の導きなのだと。
 イエス様が3人の弟子たちの証言を通して私達に身をもって教えようとしたことは、「あなたがたも私のように祈ってよいのだし、祈れるのだよ」ということなのである。このイエス様の祈りを知るごとに私は大きな励ましをいただく。よく「祈りとは、神様にあれをしてくれ、これをしてくれと請求書を送り付けるものではなく、感謝の受領証をささげるものだ」といわれる。しかし最初から領収証をささげられるものではない私たちなのである。最初はイエス様のように、私の願いを突き付けてもよいのである。しかし、祈っているうちに、また時間の経過と共に、それは父なる神様の御心ではないということがわかってくる。幼子である私たちの願いと父なる神様の御心とは深く離れていることがわかってくる。そして、祈りの最後には「私の願いではなく、御心に適うことが行われますように」と祈れるようになる。そのように祈れるようになってはじめて、何とも言えない安らぎがわいてくる。どのようなことが起きても大丈夫だと思えるようになる。私達には、父なる神様の御心は具体的に何なのかはわからないことのほうが多いであろう。しかし、はっきりとはわからなくても、それがあることは感じ取れるのである。私の願いとは違って、父なる神様の御心があることはわかるようになる。そして、それがなされるようにと祈ることができるようになる。そうして、私達もイエス様も同じように「立て、行こう。見よ」と言って、目の前に現実として神様が生じさせて下さったことに向かってゆけるようになるのである。

4.わざわざ、3人の弟子たちが3度も眠りこけてしまっていたことを書き記した意味は、何だったのであろうか。もしかすると、この3人を通して、ここまでイエス様の祈りの姿や言葉が伝えられているということは、文字通り彼らが眠りこけていたということではなく、あまりの怖さにまともに見ていられなかったということではなかったかと思うのである。イエス様でさえ、そうであった。いわんや自分たちは・・・なのである。だから弟子たちは、恐れもだえるイエス様を、とても直視することはできなかったのではなかったか。薄目をあけて見ることしかできなかったのではなかったか。十字架の出来事が示しているところの神様の御心と私達の願いとの深い乖離という現実を見ることができなかったのである。しかし、あえてそのような弟子たちをイエス様は証人として伴った。2人または3人の証人として立てたのである。これが教会なのだなと、私は思うのである。私達は、薄目を開けてイエス様の出来事をやっと見ることができるのみであっても、これを証言する者であってよいのである。
 しかしそのようにこころもとない証言者の証言であっても、イエス様の姿はしっかりと伝えられてゆくのである。そしてその証言は、これまで2000年もの間、多くの人々をとらえてきた。また何よりもまともには見られず目をつむるしかなかった弟子たちでさえも、そのイエス様のように祈れる者なっていった。薄目をあけてしかイエス様を見られず、また神様を信じることしかできない私達だが、それでも大丈夫なのだうよとのメッセージが伝わってくるのである。

聖書:新共同訳聖書「マルコによる福音書 14章 32~42節」 14:32一同がゲツセマネという所に来ると、イエスは弟子たちに、「わたしが祈っている間、ここに座っていなさい」と言われた。 14:33そして、ペトロ、ヤコブ、ヨハネを伴われたが、イエスはひどく恐れてもだえ始め、 14:34彼らに言われた。「わたしは死ぬばかりに悲しい。ここを離れず、目を覚ましていなさい。」 14:35少し進んで行って地面にひれ伏し、できることなら、この苦しみの時が自分から過ぎ去るようにと祈り、 14:36こう言われた。「アッバ、父よ、あなたは何でもおできになります。この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように。」 14:37それから、戻って御覧になると、弟子たちは眠っていたので、ペトロに言われた。「シモン、眠っているのか。わずか一時も目を覚ましていられなかったのか。 14:38誘惑に陥らぬよう、目を覚まして祈っていなさい。心は燃えても、肉体は弱い。」 14:39更に、向こうへ行って、同じ言葉で祈られた。 14:40再び戻って御覧になると、弟子たちは眠っていた。ひどく眠かったのである。彼らは、イエスにどう言えばよいのか、分からなかった。 14:41イエスは三度目に戻って来て言われた。「あなたがたはまだ眠っている。休んでいる。もうこれでいい。時が来た。人の子は罪人たちの手に引き渡される。 14:42立て、行こう。見よ、わたしを裏切る者が来た。」


2020/03/29 受難節第5主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「最初の教会が大切にしたこと」 1.ペトロは、ペンテコステ(聖霊降臨)と呼ばれる出来事の直後に説教を行った。それを聞いた人々について、「ペトロの言葉を受け入れた人々は洗礼を受け、その日に3000人ほどが仲間に加わった」と41節にある。この新たに加わった人々が、イエス様の弟子たちと共に、どのような歩みをしていたかが、42節に「彼らは、使徒の教え、相互の交わり、パンを裂いであった」と書かれている。誕生したばかりの教会にとって、この4つのありさまが、特徴的なものだったと言ってよいと思う。この4つの特徴が、44節から47節前半までに、言葉を変えて描かれている。「信徒たちは皆ひとつになって・・・神を讃美していた」とある。こうして最初の教会は、「民衆全体から好意を寄せられ」「主は救われる人々を日々仲間に加えられた」というのである。
 誕生したばかりの教会に、どのように人々が加えられたかということが、ここにはっきりと書かれている。それはまずペトロが説教をし、その言葉を受け入れた人々が仲間に加わったのであった。そして、そこで生じた信徒の群れが、42節や44節から47節前半までに書かれているような4つの特徴をもった営みをしていたからこそ、神様が仲間を日々加えて下さったのであった。今の時代社会において、私たちはしばしば、「どのようにしたら多くの人々を仲間に加えることができるだろうか」とあれこれ考えている。しかし、生まれたばかりの教会が仲間を加えてゆき、そしてそれが47節にあるように人間の業の結果ではなく神様の御業として起きたのは、人々が「どうしたら信徒を増やせるか」という工夫をしたからではなかった。そうではなく、そのようなことなど全く考えず、まずは説教が語られ、それを聞いた人々が4つの特徴を持った信徒の群れを形成してゆくことによってそうなっていったのであった。それをしてゆくならば、おのずとそうなってゆくのである。神様がそうなさってくださるのである。ここに、いつの時代でも、私たちが与えられる励ましがあると思う。
 最初の信徒の群れがしたことは、ひとことで言えば「集まる」ということではなかったかと思う。仲間に加わるとはそういうことなのである。そこに存在する集まりの魅力に引き入れられてこそ、仲間に加わったのである。今まさに、新型コロナウイルスの感染拡大によって、欧米では礼拝のために集まること自体が禁止や自粛の対象となっている。日本においても礼拝を自粛している教会があり、またインターネット等による配信の礼拝に切り替えたところも出て来ていると聞く。感染を心配する家族への配慮から、礼拝に出席できない人々もいる。しかしそのような中にあっても、こうして30人前後の人々が(この教会に)集まるということに私は驚きを禁じ得ない。一体何が皆さんを教会に引き寄せるのであろうか。
 他にも集まる魅力を持つ様々な集会や催しというものがある。やはりこの騒動のために風前の灯火になっているとされる音楽や芝居や落語やスポーツイベントなどがそれである。それらの集まりも、集まった人々の心を一つにする魅力がある。しかし教会という集まりには、教会だけが持つ魅力がある。それがこの、最初の信徒の集まりが持っていた4つの特徴に現れているのではなかろうか。私たちは、そのような集まりを持っているのだということの慰めと喜びを思わざるをえない。教会がこの特徴を失うことがなければ、これからどのような難儀な時代社会がきても、神様が仲間を加えて下さる。

2.まず第1の特徴は、その人々が使徒の教えに熱心であったということである。これは44節から47節前半の箇所で言えば、「心をひとつにして神殿に参り、・・・神を賛美していた」にあたる。
「使徒の教え」とは具体的に何かと言えば、それは直前にずっと記されているペトロの説教にあたると言ってよいと思う。3000人もの人々が、このペトロの説教(41節では「ペトロの言葉」とある)を聞いたので、これを受け入れて洗礼を受け、仲間に加えられることになった。だから後にも先にも、教会という集まりの何よりもの特徴は、そこで説教がなされ聖書を通して神様やイエス様の言葉が語られ教えられるところにある。
 ペトロが語った説教における教えの要は36節に記されている「あなたがたが十字架につけて殺したイエスを、神は主とし、またメシアとなさった」に尽きるといってよいと思う。私たちが教会で教えられる様々なことの根源には、常にこのことがあるのだと改めて思う。なぜ2000年前の人々がイエス様を十字架につけて殺してしまったかというと、それにはさまざまな理由があった。しかし、イエス様が教えた幸いというものが、人々が求め願っていたものと相反するからということがそれである。イエス様は、貧しき者は幸いだ、悲しむ者は幸いだと山上の説教の冒頭で教えた。それは決して受け入れることのできない幸福観だったのである。今、新型コロナウイルスによる感染症で、多くの人々が苦しみ悲しんでいる。一体このような状態のどこに幸いがあるというのか。私たちは貧しい者・悲しむ者が幸いと言ったイエス様を、直接ではないが十字架にかけて殺してしまうのである。それは直接イエス様を殺すということではなく、私たちにとって受け入れがたい災いや苦難を私たちの中から排除してしまおうとすることなのだと感じる。私たちは、新型コロナウイルスがもたらすものを十字架につける。私たちの敵とみなし撲滅しようとする。
 しかし、「私たちが十字架につけて殺したイエス様を、神様は主としメシアとなさったのだ」と私たちは教えられるのである。それはイエス様についてだけ起きたことではなく、新型コロナウイルスをはじめとして私たちが繰り返し繰り返し、私たちの人生にあってはならない敵や災い・疫病として十字架にはりつけにした何かを、神様は主とし、メシアとして復活させるという教えではなかろうか。ここには、本当に、私たちの普通の価値観や人生観をはるかに越えた神様の教えというものが込められている。勿論、ウイルス感染症そのものが幸いだと言うのではない。しかし、私たちがそれをどんなに十字架につけて殺そうとしても、神様はこれを復活させるのである。これが主人なのである。この苦しみ悲しみの前で私たちが主人となることはできない。私たちは敗北するしかないのである。しかし、そこで与えられる悲しみや苦難にこそ、私たちの思いをはるかに越えた神様からの救いがあるのではないかという教えである。ひとことで言えば、教会という集まりにおいて私たちが教えられるのは、私たちに科せられる十字架の許容なのだと思う。苦しみ・悲しみを受容し、そこに救いがあるのだとの希望なのである。

3.第2の特徴は、「相互の交わり」に熱心だったということである。その具体的なありさまが44節から45節に描かれている。ある人は、ここに書かれていることは架空のものであって決して事実ではなかったと言う。またある人は、世々の教会が一度たりともここに書かれているような理想的な状態にあったことはないと痛烈に現実の教会を批判している。しかし、ここに書かれている理想郷を何とか実現しようと苦闘した多くの信徒たちがいた。
 最初の集まりは、お互いの弱さや貧しさというものを相互の交わりにおいて、互いに背負いあおうとしていた。教会の集まりを第一に特徴付けるのは、十字架に表された弱さや苦しみを受容するということなのである。どれほど私たちが、それを十字架につけて殺したとしても、神様はこれを主人とし、またそこに救いがあることとして復活させる。だから、私たちはこの教えを受けた集まりとして、おのずと苦しみや悲しみを受容するしかないのである。
 しかしそれはひとりではなかなかできるものではない。だから、相互の交わりの中でこれをしあうのである。教会がここに書かれていることを完全に実現できたことなど、おそらくなかったであろう。しかし、完全にはできないとしても、教会という集まりには、これができる可能性がいつも与えられている。「教会は完全にここに書かれていることを実行できたことなどなかった」と非難するよりも、わずかでもここに書かれていることを実現できる集まりがあることを喜びたいと私は思う。
 私はしばしば、ユリアヌスというローマ皇帝の話を紹介してきた。ユリアヌスは、キリスト教を公認した皇スタンチヌスの異母弟だった。ユリアヌスは、キリスト教が大嫌いで、ローマの国教を再び先祖伝来のものに戻そうと思っていた。しかし200年以上も続いた迫害を生き延び、帝国内の隅々にまで広がっているキリスト教を無視することはできなかった。そこで地方役人に「キリスト教を見習え」という手紙を送ったのだそうである。キリスト教が大嫌いだった人が「見習え」といったのだから信頼性があるだろう。彼が見習えといったのは3点で、生き方のまじめさ、死者を葬る丁寧さ、そして第一にあげていたのが他者に対する人間愛であった。この人間愛を実行させていたものこそ、十字架を教えられることを通して苦しみや悲しみを受容し、お互いのそれを相互に大切にしあったことではなかったか。

4.第3の特徴は「パンを裂くこと」に熱心だったという点である。パンを裂くこととは、他でもなく最後の晩餐に由来するところの聖餐にあずかることを意味している。それは、第1の特徴の根源にあるイエス様の十字架を、信仰において象徴的に食べることを意味している。聖餐にあずかることは、「これはあなたがたのための私の体、あなたがたのために流す私の血」というイエス様の遺言をもって与えられるものである。イエス様の犠牲をいただくということは、私たちがイエス様の体・血という犠牲をいただかなくては生きてゆけない者だということを表している。比喩的は、私たちは自分だけの体では呼吸ができず毒を濾過できないので、人工呼吸器につながれ人工透析を受けるということである。自分の血だけでは生きてゆけないので輸血を受けねばならない。私たちの集まりが、聖餐にあずかることに熱心であり続ける特徴をもった集まりであるということは、要は私たちがこの自分たちの弱さ・病というものを認めた病人の集まりであることを意味している。
 先ほど触れた第2の特徴の相互の交わりも、このことと切り離すことはできない。教会という集まりは、たとえて言えば、人工呼吸器や人工透析や輸血を受けている患者たちの集まりなのだということである。だからこそ、少しでも回復した者は病んでいる者を進んで看護しようとする。病院では決して病むことや苦しむことが排除されることがない。そこが教会という集まりとこの世の他の集まりとの決定的な違いなのである。いつの間にか教会は、この世の他の集まりと同じように、元気さや強さ・豊かさを競って求めるような集まりになってきている。しかし、アキレス腱を切って入院したことのある私にさえ、病院にはこの世の他の場所にはない独特の何かがあるとわかる。健康な人だけが集まる場所では排除される嘆きや呻きが、ここでは決して排除されることがない。新型コロナウイルス感染の蔓延により社会全体がますます弱さや健康でないことを排除し敵視するような社会になってゆくような気がする。病むことを敵視し撲滅し排除しようとする社会がますます強くなってゆくのである。しかし教会という集まりは違う。その根源に、十字架の弱さがあるからである。
 第4の特徴は、祈りに熱心であったという点である。祈りとは懇願であり、それは弱さを抱え、欠けを持っている者がすることである。これについて熱心なのが教会という集まりなのである。教会は、懇願してもよい集まりなのである。

聖書:新共同訳聖書「使徒言行録 2章 41~47節」 02:41ペトロの言葉を受け入れた人々は洗礼を受け、その日に三千人ほどが仲間に加わった。 02:42彼らは、使徒の教え、相互の交わり、パンを裂くこと、祈ることに熱心であった。 02:43すべての人に恐れが生じた。使徒たちによって多くの不思議な業としるしが行われていたのである。 02:44信者たちは皆一つになって、すべての物を共有にし、 02:45財産や持ち物を売り、おのおのの必要に応じて、皆がそれを分け合った。 02:46そして、毎日ひたすら心を一つにして神殿に参り、家ごとに集まってパンを裂き、喜びと真心をもって一緒に食事をし、 02:47神を賛美していたので、民衆全体から好意を寄せられた。こうして、主は救われる人々を日々仲間に加え一つにされたのである。


2020/03/22 受難節第4主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「私はぶどうの木」 1.「私はぶどうの木、あなたがたはその枝である」というイエス様の言葉をよく、私は教会学校の子どもたちの誕生日お祝いカードに記す。幼いときから教会学校に通っていた私が、最初に暗記した聖句は、もしかしたらこの言葉かも知れない。
 遺言とは、死に行く者が、遺族となる者のために、最も残したいと思って残す遺産の言葉である。その言葉がなぜ「私はぶどうの木、あなたがたはその枝である」というものだったのであろうか。どうして他の樹木ではなく、ぶどうの木だったのであろうか。樹木の比喩ではなく動物、たとえば羊飼いと羊のたとえでもよかったのではなかろうか。おそらここに、イエス様の弟子たちへの思いが込められていたのであろう。
 多くの注解者や解説者が言っているように、ぶどうの木には他の樹木にはない独特の特徴がある。バークレーは、以下ように書いている。「ぶどうの木は非常な勢いで繁茂するので徹底的な刈り込みが必要である。・・・ぶどうの木は12月から1月にかけて刈り込まれる。実のなる枝と実のならない枝とがあり、実のならない枝は木の力を浪費させないために徹底的に容赦なく切り落とされる。ぶどうは、このような刈り込みをしなくては決して収穫を得ることはできない。・・・さらにぶどうの木は、柔らかすぎるので何にも利用できない。1年のうちのある時期に、犠牲の供え物を焼く祭壇の火のために、人々は神殿に木材を持ち寄らなければならないという掟があった。そのとき、ぶどうの木は持って来てはならないとはっきり定められていた。ぶどうは、その役目を果たさないからである。切り落とされたぶどうの枝は、燃やしてしまう以外は何もできない」と。
 バークレーは、そのような特徴を持っていたぶどうの木とその枝に、イエス様自身と弟子たちをたとえたイエス様の思いを次のように捉えている。「イエスは、行いや実践の伴わない、告白や口先だけの信仰を持つクリスチャンのことを考えていた。イエスは、葉ばかり繁って実のない役に立たない枝のようなクリスチャンのことを考えていた」と。なかなか厳しい受け止め方だが、私の手元にある何冊かの注解書や説教でも、このバークレーのように捉えている。しかし私の理解は、それとはかなり違っているのである。

2.バークレーに代表されるような受け止め方は、イエス様の遺言を「・・・であってはならない」というネガティブなものとして捉えるものだと思う。私たちが子や孫に遺言を残すとき「あなたがたはこういう者にだけはなるな」ということもあるかもしれない。しかし「そうはなるな。もしもそうなったら、お前達は容赦なく切り落とされ、たぎぎにさえならないゴミに等しい物として火にくべられる」と言われたら、それは大きなプレッシャーとしてのしかかってくるのではなかろうか。自分は果たして実のなる枝になっているのかといつもびくびくしながら生きるようになるのではなかろうか。私にとっては、このイエス様の言葉は、そのようなものとしては感じとれなかった。もしそういう感じを抱かせられるようなものだったなら、私は幼いころからこのイエス様の言葉に親しみはしなかったであろう。
 イエス様はこの言葉を、これから何か恐ろしいことが起ころうとしているのだと心騒がしている弟子たちへの遺言として、何よりも彼らに平安を与えるために語ったのである。そうであるならば、その心は、「こうはなるな。こうなったら容赦なく切り落とされ燃やされる」ではなく、「大丈夫だ。安心しなさい。どんなことが襲ってきてもあなたがたは私という幹につながっている技なのだから大丈夫。必ず実を結ぶことができる」というようなポジティブな励ましとなるのではなかろうか。この福音書が書かれた西暦100年前後の時代には、ローマ帝国による大々的な迫害の足音がひたひたと迫っていた。そうした状況下にあった信徒たちに、著者ヨハネはイエス様の遺言として「こうはなるな。幹であるイエス様から離れ、実のならない枝になったら容赦なく切り落とされる」と脅しめいた言葉を語ったであろうか。そう語られれば語られるほど、迫害を受けたら自分はそうなってしまうのではないかとおびえてしまうのではなかろうか。だからこそ必要なのは、たとえ迫害の中に置かれても「大丈夫だ、そんな中でもしっかりとイエス様につなげられているのだから安心なのだ」との励ましではなかったか。

3.私はまず何よりも、イエス様が自分と弟子たちとの間柄を植物にたとえたことに心引かれる。そこからまず安心や励ましをいただくのである。
 植物と動物の違いは、そのような学問において素人の私としては、読んで字のごとく自ら動ける生き物とそうではなく地面に植えられて動けない生き物との違いであると思う。植物の特徴は、何よりも「つながれている」という言葉にこそ現れていると思う。イエス様自身がぶどうの木である点において、また私たちがその枝である点において、その特徴は「つながれて自由には動けない存在である」ということにこそあるのではなかろうか。
 「私はぶどうの木」とのイエス様の言葉は、まずイエス様自身のことを、地面に植えられた木のように立っている十字架につなげられた者として見ていたのではなかったか。そして、そのイエス様につながっている枝としての弟子たちや、この福音書が書かれた時代の信徒たち、そして現在の私たちは、それぞれの時代社会の難儀な状況につながれている存在なのである。決して自分の思い通りに自由に生きられる者ではない。私たちはまさに今、新型コロナウイルス感染症の蔓延という事態に捕らえられている。
 では、そのように動けないものとしてつながれている植物たちが、どう生きているかと言えば、自由には動けないからこそ植物たちが体得した生き残るための戦略には驚かされる。植物は、私たち動物にとって不要な二酸化炭素を取り込み、光合成という不思議なメカニズムによって自分が生きるためのエネルギーを生み出している。また動物たちによってむしゃむしゃと食べられることを何ら厭わず、その結果、種があちこちにばらまかれることを選択している。植物のこのような生き残り術は、ひとえに植物が動けないありかたを取ったことから体得したものではなかろうか。このように、地面につながれ幹につながれているという不自由なありかたこそが得させてくれるものがある。
 「私はぶどうの木、あなたがたがその枝」という比喩をもってイエス様が伝えようとした励まし・慰め・平安とは、私はまずこのようなものだと受け取る。それは自由を奪われ、ある状況に縛られ繋がれていることを、逆に良い実を実らせるためのなくてはならない機会として受け止めるということである。さらに言えば、動けない存在とされ、ある状況に植えられつながれていることこそが、実は神様からの手入れを受けており、またイエス様というぶどうの幹にしっかりとつながれている状況なのではなかろうか。もし私たちが自由に思い通りのところに進んでゆけるなら、それは私たち自身は幸いと思うかもしれないが、実はそれは神様から手入れをされず枝が幹から離れ、自分の思い通りに葉ばかりを繁らせ実を少しも実らせない状況なのである。枯れてしまえばたきぎにもならないような物としてゴミとして燃やされるしかない。そのような私たちが、難儀な境遇につながれることこそ、実はそれがイエス様にしっかりとつながれることなのである。その状況こそが良い実を実らせるべく、神様から手入れを受け刈り込みをされ、幹にしっかりとつなげていただいている状態なのである。植物が二酸化炭素からエネルギーを得るように、私たちも、それまでの私たちには考えられもしなかったような生き方ができるようになるかもしれない。良い実を実らせるために、なくてはならない機会となるのである。
 だから、迫害にあったときに、自分たちが果たしてイエス様にしっかりと結び付いていられるだろうかと心配する必要はない。バークレーが手厳しく言ったように、自分が実践の伴わない口先だけの信仰者になってしまうのではないかなどと思い悩む必要はないのである。迫害という状況につながれていることこそが、イエス様にしっかりとつなげていただいている状況なのだから。7節以下には、私たちがイエス様にしっかりと結ばれているなら、イエス様の言葉や愛が私たちの内にあると書かれている。それは幹であるイエス様から栄養分が豊かに私たちに流れ込んでいる状況を指しているのだと思う。それは、枝である私たちが難儀な状況に置かれることである。そこに置かれた私たちは、幹に向かってSOSを出す。するとそれに応えて幹であるイエス様は、より豊かに栄養分を与えてくれるのであろう。そうした間柄が幹と枝との間により太い管を形成してくれるであろう。切っても切れないつながりが堅固に作られてゆくのである。

4.まずこうした植物のあり方の上に、他のどんな樹木ではなく、ぶどうの木とその枝にイエス様は自分と弟子たちの間柄をたとえたのである。そこには、ぶどうの木の独特な特徴が込められている。
 このイエス様の言葉を子どもたちに話す際には、実物のぶどうの枝と大きな樹木の枝と比べながら、必ず触れる点がある。杉やヒノキやケヤキは、何年も経てばそれは立派な建築材料として役に立つ。しかしぶどうはそうはならない。何年経っても少しも成長したようには見えない。いかなる建築材料にもふさわしくならない。たぎぎにさえならない。ぶどうは、ひたすらおいしい実を実らせることにすべてを傾けているのである。それがぶどうの木の特徴なのである。
 「私はぶどうの木、あなたがたはその枝」とイエス様が言ったその心は、「私もそのようなぶどうの木であり、あなたがたもその枝であるのだから、良い実を実らせる者であればよいのだ」ということなのである。イエス様は「私は杉やヒノキやケヤキであり、あなたがたはその枝」とは言わなかった。薪としてさえも役に立たない、ごみにしかならない、建築材料などとんでもない、そのように無価値な私たちであっても、イエス様につなげていただいているなら、おいしい実をつけることができるのである。そしてその実は、自分自身では食べることのできない実である。誰かに食べてもらっておいしいと言ってもらうものである。そしてその実が発酵するとぶどう酒に変わる。ぶどうの幹としてのイエス様の生涯も、まさにぶどうの実としてのものだったし、私たちの人生の実もそのようなものであってよいのだと思う。何を残したか、どんな大木になりどんな建築に用いられたか、そのようなものはどこにもない。冬の季節には、実どころか葉もない。それが私たちであるかもしれない。しかしそのような私たちでも、またおいしい実をつけることができるようになるのである。

聖書:新共同訳聖書「ヨハネによる福音書 15章 5~6節」 15:05わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである。 15:06わたしにつながっていない人がいれば、枝のように外に投げ捨てられて枯れる。そして、集められ、火に投げ入れられて焼かれてしまう。


2020/03/15 受難節第3主日礼拝(創立記念礼拝)

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「キリストの体なる教会」 1.この教会の創立は、1978年3月21日である。この土曜日に創立42周年を迎えることとなる。
 1章の最後、23節に「教会はキリストの体であり」とある。「教会がキリストの体」とは、このエフェソの信徒への手紙の全体を貫く柱のひとつである。パウロが、キリストの体である教会がどのような働きをしているのか、キリストの体である教会に属することによっていただく糧や恵みがどのようなものかを語ろうとしたのではないかと思う。
 そこでまず注目したいのは、パウロが「教会はキリストの体」と語るにあたって、その「体」と訳されている言葉は、ギリシャ語の原文ではソーマという言葉が用いられている点である。ソーマと言えば、コリント人への手紙で学んだ「ソーマ・セーマ」という語呂合わせの格言を思い起こされるのではなかろうか。ソーマとは体という意味、セーマとは墓場という意味だと学んだ。体は墓場、このような語呂合わせの格言によって表現される考え方が、今から2000年前のギリシャ・ローマ世界には広く行き渡っていた。エフェソの町こそ、そのような考え方が強かったのかもしれない。というのは、エフェソの町は古くからギリシャ哲学の有名な学者を次々と輩出していた町だったからである。学者をはじめ、人々が強く求め願っていたのは、傷つき病気になり老いて、やがて死んでゆく、それゆえに私たちの心を強く縛り鎖につなぐようにして墓場へと引きずってゆく「体」というものからの自由であり、平安であった。体さえなければと人々は思っていたのである。体を厭い蔑視していた。そのような思想と、現在世界を震撼させている新型コロナウイルスによる状況も、まさに同じではないだろうか。病気になるのは人の体なのである。体が病んでしまうがゆえに心や精神の平安が失われてしまうのである。

2.ソーマ・セーマと考えていたエフェソの人々にパウロは、あえてわざわざソーマという言葉を使って「教会はキリストのソーマ」と語ったのである。そこに私は、パウロからの挑戦状のようなものを感じる。
 パウロがこのように語ったのは、まず何よりもイエス様がキリストであることにおいて「体」が不可欠であったということがあったのだと思う。イエス様が「体」、それも十字架というまさしくセーマであるところへとイエス様を引きずり込むソーマを持っていなければ、キリスト・救い主ではありえなかったということである。
 イエス様が「体」であることにおいてこそ、私たちの救い主・キリストであられたということで、いつも教えられているのは、私たちが2000年後の今も聖餐式として守り続けている儀式の由来となった最後の晩餐でのイエス様の遺言である。イエス様は、その食事でのパンやブドウ酒を取って「これはあなたがたのための私の体・血である」と言った。私があなたがたのために体を与え、血を飲ませること、つまり私の体や血の犠牲があなたがたを救うのだと言った。このことがイエス様を救い主として信じる私たちの信仰の核心にある。私たちはこのイエス様の言葉を2000年間記憶し続け、最後の晩餐に由来する聖餐式を守り続けてきた。
 なぜイエス様の体や血、その犠牲をいただくことが私たちの救いになくてはならないことなのか。救い主としてのイエス様の救いを、私はいつも医者による救いや治療にたとえる。重症になった患者は、自分の免疫だけではウイルスと戦うことができない。点滴をしてもらって戦うための武器を外から補給してもらわねばならない。自分の腎臓が悪くなって自分では体の毒を濾過できなくなった人は、人工透析器につなげて毒素を取り除いてもらわねばならない。自力では呼吸できなくなった人は、人工呼吸器をつなげて呼吸を助けてもらう。
 私は、イエス様の体や血の犠牲をいただくということを、こういうことだと捉えている。それは、信仰においてイエス様につないでいただいて、その犠牲において私たちが免疫をいただいたり毒素を取り除いてもらったり、呼吸を助けてもらうことなのである。体を裂き血を流して犠牲となられたイエス様には、私たちにはない貴い免疫があった。私たちの毒を濾過する清さがあった。私たちに酸素を送ってくださる命の息があった。十字架にかけられたイエス様は私たちに「私はぶどうの木、あなたがたはその枝である」と語った。私たちは犠牲となられたイエス様の体につなげていただくことによってこそ、自身では決して得られない幹につながる枝であるがゆえの支えや栄養をいただくのである。

3.このように、まずイエス様がキリストとして、体があったということが、次にこのキリストとしてのイエス様の体が教会において具体的に存在しているのだとパウロは語ったのである。私たちは洗礼を受けてイエス様につなげていただく。そしてイエス様の体や血の犠牲をいただく聖餐にあずかる。そこには具体的にイエス様が点滴としてあるいは人工透析器として人工呼吸器として存在しているのではない。私たちの生身の体は、病んだ体を持つ私たちの救いには、具体的にイエス様の体が存在することが不可欠なのではなかろうか。パウロは、それが教会だと語ったのである。
 教会がはたして病気になった私たちを救う実際の点滴や人工呼吸器や人工透析器のような目覚ましい働きなどできているのであろうか。私は、生まれたときから父に連れられて教会に属し続けてきた者として、教会は私にとって確かにそのような働きをしてきたとしみじみ感じるのである。
「教会がキリストの体」ということから思い浮かべるのは、マタイによる福音書のイエス様の言葉である。「二人または三人が私の名によって集まるところには、私もその中にいるのである(18章20節)」とあった。イエス様は、自分の体をこの世に作り出す人数は、わずか二人でも三人でもよいと言っているのである。それはまさしくソーマ・セーマのセーマだと感じる。すぐさま墓場へと直行させられてしまうような、小さくて脆く弱い集まりである。エフェソの町にあったアルテミスという女神を祭る神殿に集まった人々の人数とは対照的である。イエス様の名によって集まる者は本当に少ない。少なくても、それによってイエス様の体の一部になることによって、私たちは生きる上での力強い免疫をいただくし、呼吸を助けていただくし、毒を濾過していただくし、なくてはならない栄養や支えをいただけるのではなかろうか。

4.一体、二人または三人が集まりそれによって作られるイエス様の体なる教会に属することで、私たちはどのような支えや栄養や免疫をいただくのであろうか。そのことがここに語られていると思う。
 パウロが語ったのは、何よりもまず私たちがイエス様が要である石であるところの建物を構成するなくてはならない一部となるのだと語ったのだと思う。建物を構成する石としては、イエス様自身がこの世においては不要でありむしろ邪魔だと言って捨ててしまった石だったように、私たちも、たった二つとか三つの石でしかない。まるで役に立たない何の働きもできないような石である。そのような石の集まりに何ができようか。
 ところが、そのような石が集まってイエス様の体を構成し神様の神殿を作るのである。それは神様の住まいだともある。それほどに神様はこの建物を喜び、自分の住まいとして大切に下さるということなのである。誰しも自分の住まいであれば奇麗にし、手入れを怠ることがない。同じように、たった二人または三人でしかない私たちがキリストの体を構成することにおいて、ここまで神様から大切にされるのである。愛されるのである。だからこそ、私たちはキリストの体の一部であることにおいて支えや栄養や免疫や毒の分解をしていただけるのだと思う。
 福島にいたときからずっと夕拝を長く守ってきた。時には私一人だけ、また奏楽者と私だけのこともあった。そのような時には、聖書を読み、讃美歌を歌い、祈りをささげるだけで終わっていた。しかし、そこにたった一人、どなたかが来てくれるだけで、私は喜んでメッセージを語ることができるようになる。たった一人また二人であるからこそ、そこに一人が加わって、二人また三人の集まりになるありがたさが身に染みるのである。そのようにして教会というキリストの体においては、たった一人の存在が大事にされるのである。二人または三人の者だからこそ、そこに加わってくれるたった一人の存在が本当に大切にされるのである。そのようにして大切にされるということこそが、キリストの体に属することによって私たちが与えられる栄養や支えや命の息吹なのだと思う。私たちを病気にする病原菌から私たちを守る免疫となり、毒素を取り除いていただくことになるのだと思う。
 私は秋田県の湯沢市という小さな町の小さな教会で育んでいただいた。そこでは、まさに19節にあるように、教会員は「神の家族」だったように思う。私はそこで教会員皆の子どものように慈しんでもらった。記憶はあやふやだが、その教会には、足が不自由で言葉にも不自由な、恐らくはゴミ収集をなりわいとしている人がいた。その人が醸し出す何とも言えない優しい感じを忘れることができない。この世的には、そのような人は軽んじられたり差別されたりということがあるかもしれない。しかしその教会では、そういうことは一切なかった。たった一人の存在が、なくてはならない貴重な石だった。ひとつでも失われたら教会全体に大きな穴が開いてしまうほどの大切さがあった。この世において、たった一人がこれほどに大切にされるところがあるだろうか。これからの時代社会において、教会がますます小さくなりソーマ・セーマにおけるセーマに等しいようなものになってしまうかもしれない。しかしそれを恐れたり恥じたりする必要はない。イエス様は「二人または三人こそが私の名によって集まるところには私がおり、それが私の体だとおっしゃって下さった。少なくなってこそ、たった一人の存在のありがたさがわかるのである。

聖書:新共同訳聖書「エフェソの信徒への手紙 2章 19~22節」 02:19従って、あなたがたはもはや、外国人でも寄留者でもなく、聖なる民に属する者、神の家族であり、 02:20使徒や預言者という土台の上に建てられています。そのかなめ石はキリスト・イエス御自身であり、 02:21キリストにおいて、この建物全体は組み合わされて成長し、主における聖なる神殿となります。 02:22キリストにおいて、あなたがたも共に建てられ、霊の働きによって神の住まいとなるのです。


2020/03/08 受難節第2主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「もう空っぽではない」 1.イスラエルのベツレヘムにエリメレクとナオミという夫婦がいた。飢饉があった。夫婦は、二人の息子を連れて、当時イスラエル人とは余りよい関係ではなかったモアブ地方に避難した。ナオミはそこで夫エリメレクを失った。二人の息子の妻は、モアブの女性だった。ところが二人の息子にも先立たれてしまった。とうとうモアブでの生活が立ち行かなくなってしまったためナオミは、故郷へ帰る決心をした。道すがらナオミは二人の嫁に実家に帰るように言った。ルツだけは、どうしてもナオミのそばを離れたくないと言って拒んだ。ナオミはルツを連れて故郷ベツレヘムに帰ってきた。二人を出迎えた故郷の人々に、ナオミは「もうわたしをナオミ(快い)などど呼ぶな、マラ(苦い)と呼んでくれ。神様は私を苦しめうつろ(空っぽ)にしたのだ」と言うのだった。『もう空っぽではない』という説教題は、そのナオミの言葉から取った。ルツ記という物語は、そのようにして沢山のものを失って空っぽにされたナオミとルツとが、その後、まことに不思議な経緯で空っぽではなくなってゆく様を描いたものである。言わば人生の逆転劇が描かれていると言ってよいだろう。
 ナオミとルツの人生が空っぽではなくなってゆくその決定的なはじまりは、ルツが自身が異邦人出身の女性だということを何ら意に介さず、厚意を示してくれた人の畑で落ち穂拾いをすることを決心したことだった。そして、ルツに厚意を示して落ち穂拾いをさせてくれたのが、偶然にも彼女を妻として娶ることとなるボアズの畑だったのである。2章最後の23節には「ルツはこうして、大麦と・・・落ち穂を拾った」とある。期間としては4週間位ではないかと注解書にあった。2章にはボアズはナオミに声をかけ、いろいろと気にかけてやる様子が書かれている。この4週間の間に、二人の間には、お互いを憎からず思う感情が芽生えていったのであろう。

2.おそらく、そのようなことが3章での突然のナオミからルツへの驚くべき提案へとつながっているのである。ナオミはルツに、収穫が終わって酒を飲みいい気分で寝入っているボアズの床に添い寝に入るように命じたのである。内村鑑三は、その解説において、これは猥褻な行為ではないかとの非難があるだろうし、自分としても良家の子女にはここは積極的には読ませたくはないと書いている。ボアズがルツを憎からず思っているとナオミにはわかっており、ルツの将来を考えて、そこまで大胆なことをしてでもルツがボアズの妻になるのがよいと思ったからなのだと想像する。また、ベツレヘム中の女性たちがナオミとルツを祝福していた様子が書かれている。そこから、ナオミだけではなく村の多くの女性たちが、この大胆なふるまいを支持していたのではないかと想像する。そうでなければ、到底異邦人の女性がこんなふしだらと思えるような大胆なことはできかったであろうし、ナオミもそれをルツに勧めることはなかっただろうと思う。
 自分の床にはいってきたルツを見てボアズは驚いたが、しかしその思いを受け入れた。そして翌日早速、一計を案じた。それが4章に書かれている。ボアズは、町の門に立って村人に訴えたのである。イスラエルの古くからの慣習として、先祖代々の土地が人手に渡るのを防ぐために相続する者がいなくなった田畑を親戚が買い取るという制度があった。ちょうど通りかかった親戚が、エリメレクと二人の息子が相続すべき田畑を買い取ろうと申し出た。するとすかさずボアズは「畑地を買い取るときには、亡くなった息子の妻であるモアブの婦人ルツも引き取らねばならない(5節)」と言った。そして勿論、ルツだけではなくエリメレクの未亡人であるナオミも引き取ることになる。ボアズは「そこまではできない。親戚であるあなたがしてくれ」との返事を期待していたのであろう。期待通りの返事があり、そこで晴れて正々堂々とボアズはルツを妻として迎えることとなったのである。やがて二人の間には、オベドという子が生まれた。この子をナオミは養い育てたと16節にある。このオベドは、あのダビデの祖父である。こうしてかつて空っぽにされたナオミは、もう空っぽではなく、失った快さを取り戻してゆくこととなったのである。
 私たちの人生も、様々な意味で空っぽにされることが多い。新型コロナウイルス感染症への恐怖から、いずこの教会においても礼拝者数が激減している。礼拝そのものを休まざるを得なくなっている教会もあると聞く。そのために死亡した人はそれほど多くないと言われているが、私たち誰もが、いつなんどき重症化して入院を余儀なくされるかわからないのである。私たちもナオミやルツと同じ境遇に置かれることがある。しかしそのような私たちであっても「もう空っぽではない」と言える時がやってくるのだと、この御言葉は語りかけてくれているように感じる。

3.ポイントが3つのある。まず14節。ベツレヘムの女性たちのナオミへの言葉として「主をたたえよ。主はあなたを見捨てることなく、家を絶やさぬ責任のある人を今日与えてくださいました」がある。神様が与えて下さったと女性たちが言っている。以上のような経緯というのは、神様が与えて下さった奇跡であり不思議としか言いようのないことではあるが、しかしそれは棚からぼたもちのように、ただナオミとルツが黙って口を開けて待っていたところに与えられたというものではないと思うのである。そうではなく、ルツやナオミが数々の決断をし、そして恥も外聞もなく大胆な行為をはじめてゆくことにおいて神様が与えて下さったものではなかったか。その大胆な行為とは、まずは人様の厚意にすがって落ち穂拾いをさせてもらうことであり、またボアズの床に忍び込むというふるまいなのである。何よりもの始まりは落ち穂拾いであった。異邦人のルツにとって、そのようなことをするのは、本当に肩身の狭い辛いことだったはずである。また、人様が拾わないもの、捨てたものを拾うことなど、何になるのかとも思う。しかし、それをすることが神様が与えるものを拾うことになるのである。
 ルツがそのようなふるまいを4週間にもわたって懸命にしていた姿を見ていたからこそ、ボアズが彼女を気に入ることとなり、また、村中の女性たちがルツの味方になったのであろう。だから、大胆でふしだらと思われるような行為をルツにさせてはどうかとナオミに持ちかけたのではなかったかと思う。そのような伏線があったからこそ、4章に書かれているような経緯も生まれていったのである。こうしてボアズは、無理やりであったり感情に任せてのふるまいではなく、きちんとした慣習に則って正々堂々と村中の人々から認められ祝福される形でルツを妻として迎えられるようになっていったのである。『天は自ら助くる者を助く』という有名な格言を思い起こす。
 こうしたことから、私たちにも落ち穂拾いをするフィールドは必ずあるのだと改めて示されるのである。空っぽになり、困難な境遇に置かれようとも、落ち穂拾いのできる人生の領域はどこかにある。それはおそらく、普通の人々が見向きもしないような働きである。そのようなことをしても何になるかと思われるような行為なのである。しかしそれを誠実に忠実に果たしてゆくことが、神様が与えて下さる祝福をいただく器となってゆくのである。落ち穂拾いという些細な行為が、私たちの人生をしてうつろなものからそうでないものへと変えしめてゆくものとなる。

4.第2に、そのようにしてルツやナオミの行為を器として、そこに神様が盛って下さったものは、本当に不思議で奇跡としてしか言えないものであったと思う。それは到底人間には考えられないようなことである。当時敵対関係にあったモアブ人の女性とイスラエル人の、それも相当年の離れた老人と言ってもよい男性と未亡人とが結婚するなどということは、まったく考えられないことである。夫にも二人の息子にも先立たれたナオミが、孫を抱き、養い育てる快さ・幸いを得られるとは想像できない。それらはすべて、人間にはできない。神様だからこそできたことなである。
 神様がこうしたことをなさるためには、人間の側の行為が大事なのである。さらに言えば、私たちの側において、それまで持っていたものを失って「空っぽにされる」ということも不可欠なのである。ヨブは「主は与え、主は取りたもう」と言った。神様が与えたもうとき、私たちの側では取られ失うということが起きざるを得ない。だからこそ、異邦人の女性であるルツが、ボアズと結婚し、そこからダビデの祖父が生まれていったのである。決して越えることのできないような民族の壁を乗り越えられるようになったのである。
 私は、現在の新型コロナウイルス感染症ことも、そのようなことではないかと密かに感じている。私たちはいろいろなものを失い、空っぽにされるのだと思う。しかしそれがなければ神様が与えて下さることは起きないし、私たちがそれまでがっちりと持っている壁や隔てが壊されることも起きないのである。ロドニー・スターク『キリスト教とローマ帝国―小さなメシア運動が帝国に広がった理由―』という本の中で、苛酷な迫害を生き延びてキリスト教がローマ帝国内に広がっていったひとつの理由として、ペストを含む伝染病や様々な感染症の蔓延があったことが論証されている。そのような中で、数少ないクリスチャンたちは、病む者を看病し、死んだ者を丁寧に埋葬していったのである。そうすることで感染症に対する免疫が獲得され、生物学的にも生き残る確率を増やしていったのではないかとの仮説である。そのような中でクリスチャンでなければできないことをなしてゆき、乗り越えられないような壁を神様は乗り越えさせて下さったのである。それは私たちが何かを失い空っぽにされることを抜きにしてはできないのである。
 今回のことで私たちの教会に限らず諸教会は、人的にも経済的にも相当厳しい事態に直面するだろうと思う。しかしだからこそ、それまでどうしても乗り越えられなかった何らかの壁を越えて、ルツとボアズが結婚していったような驚くべきことが起きるのではなかろうか。

5.最後3つ目のポイントは、神様がナオミに快さ・幸いを取り戻させて下ったときに、そこで決定的に大事だったのは、人とのつながりであったということである。すべての起点はルツがナオミの嫁となったことだった。ベツレヘムの女性たちは、ナオミに「責任ある人(ボアズのこと)をお与えくださいました」と言い(14節)、また「その子はあなたの魂を生き返らせる者となり老後の支えとなるでしょう」と言い(15節)さらには「嫁がその子を産んだのですから」と言っている。すべては人を通して神様が与えてくださるのである。そしてその間柄というのは、ナオミからすれば血のつながりも何もない人々であった。ナオミにとっては、ボアズもルツもルツの産んだ子もそうである。そのような者たちがつながり合って、そこから生み出されるものが神様の与えて下さる不思議な奇跡を盛る器となってゆくのである。そのような人とのつながりということならば、どのような時にも私たちは持つことができるのではなかろうか。どれだけ空っぽにされた時にも、それらは失われないものではなかろうか。家族がだれもいない人であっても、この教会のつながりにおいて与えられるものではなかろうか。

聖書:新共同訳聖書「ルツ記 4章 9~17節」 04:09ボアズはそこで、長老とすべての民に言った。「あなたがたは、今日、わたしがエリメレクとキルヨンとマフロンの遺産をことごとくナオミの手から買い取ったことの証人になったのです。 04:10また、わたしはマフロンの妻であったモアブの婦人ルツも引き取って妻とします。故人の名をその嗣業の土地に再興するため、また故人の名が一族や郷里の門から絶えてしまわないためです。あなたがたは、今日、このことの証人になったのです。」 04:11門のところにいたすべての民と長老たちは言った。「そうです、わたしたちは証人です。あなたが家に迎え入れる婦人を、どうか、主がイスラエルの家を建てたラケルとレアの二人のようにしてくださるように。また、あなたがエフラタで富を増し、ベツレヘムで名をあげられるように。 04:12どうか、主がこの若い婦人によってあなたに子宝をお与えになり、タマルがユダのために産んだペレツの家のように、御家庭が恵まれるように。」 04:13ボアズはこうしてルツをめとったので、ルツはボアズの妻となり、ボアズは彼女のところに入った。主が身ごもらせたので、ルツは男の子を産んだ。 04:14女たちはナオミに言った。「主をたたえよ。主はあなたを見捨てることなく、家を絶やさぬ責任のある人を今日お与えくださいました。どうか、イスラエルでその子の名があげられますように。 04:15その子はあなたの魂を生き返らせる者となり、老後の支えとなるでしょう。あなたを愛する嫁、七人の息子にもまさるあの嫁がその子を産んだのですから。」 04:16ナオミはその乳飲み子をふところに抱き上げ、養い育てた。 04:17近所の婦人たちは、ナオミに子供が生まれたと言って、その子に名前を付け、その子をオベドと名付けた。オベドはエッサイの父、エッサイはダビデの父である。


2020/03/01 受難節第1主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「どうしたらよろしいのですか」 1.著者のルカは、自身による福音書の続編としてこの使徒言行録を書いた。ルカがなぜ続編を書こうと思い立ったのだろうか。次々と襲ってくる困難にもかかわず、イエス様を救い主すなわちキリストと信じる者の群れが続々と続いていったからである。
 聖霊降臨(ペンテコステ)の直後になされたペトロの説教の最後のところを読むと、最初の信徒の群れが直面していた問題が何であったかがよくわかる。そしてペトロは、その問題を聖霊降臨の出来事を通して乗り越え、その解決をその説教で人々に教え示したのだと思う。
 その問題とは、イエス様が同胞であったユダヤ人によって十字架につけられて殺されてしまったということである。なぜこのようなことが起こったのであろうか。またこれを引き起こした同胞に対してどう接してゆけばよかったのか。大事な師を殺した憎き敵として憎み復讐してゆくべきだったのか。ペトロが、そのような問題を乗り越えるべく示したことが、まとめられているのが、36節の言葉だと言ってよいと思う。
「あなたがたが十字架につけて殺したイエスを、神は主としまたメシアとなさった」とある。ペトロのこの言葉は、様々な意味に受け取ることができよう。私がまず感じるのは、何よりも神様がイエス様を主としメシアすなわち救い主とするためには同胞ユダヤ人によって十字架につけられ殺されることが不可欠だったのだという捉え方である。
 同じような問題、すなわち使徒たちがイスカリオテのユダによるイエス様の裏切りから生じた問題に直面したということがあった。よりにもよって、どうしてイエス様を裏切る者が、イエス様が直弟子として選んだ12人の中から出たのか。イエス様に人を見る目がなかったからではなかったか。イエス様の選びの力はそのように脆弱なものでしかなかったのか。これに対してペトロが語ったのは、それは神様のなした御心の中にあるということだった。ペトロは「イエス様に人を見る目がなかったからではなく、その選びの力が弱いからでもなく、神様の御心なのだ。イエス様を救い主とする神様の計画のためには、どうしても必要な役割だったのだ。ユダさえもそのような神様の御業の中に含まれているのだ」と語ったのである。
 同じことを、ユダヤ人同胞がイエス様を十字架につけて殺したことにも、ペトロは言及しているのだと思う。神様がイエス様を主とし、またメシアとして立てるためのには、どうしても必要なことだったのである。そう捉えることによって、「イエス様が十字架の上で殺されたのは、イエス様が何か悪いことをしたからだ」というような非難を退けることができる。ローマ帝国に対して、イエス様が何らかの犯罪を犯したから処刑されたのだとの訴えに対抗できる。ひいては同胞であるユダヤ人を憎み復讐心を燃やすことからも逃れることができるであろう。

2.ではなぜ神様がイエス様を主としメシアとして立てるために、ユダヤ人によって十字架につけられ殺されることが不可欠だったのか。そこにはいかなる神様の御心が込められていたのか。
 22節以下に述べられているペトロの説教では、まだはっきりとした十字架の意義のようなものは語られてはいない。ペトロが語ったのは「あなたがたが殺したイエス様を神様は復活させた」ということのみだった。ペトロは、いくつもの旧約聖書の御言葉を引用し、イエス様が死に支配されたままではいないことを論証した。そしてその証拠として復活が起こったのだと語ったのである。このペトロの説教では、復活させられたイエス様がなぜ十字架の上で殺されねばならなかったのかについては、明確には語られてはいない。著者ルカに、どのような意図があったかは定かではない。恐らく事実としても最初の信徒の群れは徐々に徐々に聖霊によって十字架の意義を教えられていったのではなかろうか。ペンテコステ直後の段階では、ペトロはにまだ、しっかりとそれを説教できるほどのものはできていなかったのであろう。しかしペトロは、ペンテコステの出来事によって、聖霊の教えるところにより、直感的に、神様がイエス様を救い主として立るためにはどうしても十字架の死が不可欠だったのだと悟ったのであろう。イエス様が悪いのでも、またユダヤ人が悪いのでも、神様の御業として、それは起きたのだということをペトロはまず悟ったのである。
 では、そもそもなぜユダヤ人がイエス様を十字架につけて殺してしまったのであろうか。それはもう様々な理由がある。ひとつの決定的な理由としては、イエス様が身をもって示したこと─その核心には、「幸いとは何か、救いとは何か」ということがあろう─を受け入れ難かったからである。ユダヤ人として長く信じてきたことをふまえると、とうてい受け入れ難かったのである。22節に「ナザレの人イエス様こそ、神から遣わされた方です。神は、イエスを通してあなたがたの間で行われた奇跡と不思議な業としるしによって、そのことをあなたがたに証明なさいました」とある。神様から遣わされたイエス様が、その奇跡や不思議な働きを通して示そうとしたのは、人間にとって何が幸いであり何が救いかということではなかったか。私はいつも、イエス様を医者にたとる。神様から遣わされた医師としてイエス様は、私たちがどのような病気にかかっており、あるいは、何が健やかさで何が癒されることなのかを示しているのである。
 もっとも象徴的なのは、イエス様が山上の説教の冒頭で語った「幸いなるかな」の教えではなかろうか。「幸いなるかな、貧しい者は」とイエス様はまるで人々が驚くようなことを語った。今、私たちは、新型コロナウイルスに恐怖している。そのような私たちの一体どこが幸いであろうか。ユダヤ人たちは、律法の行いにおいて富んでいる者、また経済的にも肉体的な意味でも豊かな者こそが幸いだと信じていた。私たちもそうなのである。しかしイエス様は、その幸い観というものをひっくり返した。なぜならそれは、貧しい者・苦しむ者・悲しむ者こそが、神様を幼子のように頼り、またお互いに頼りあうようになるからである。貧しい者の幸いとは、突き詰めれば幼子の幸いさである。自分自身は何一つ持たない。しかし幼子は、親や誰かを頼って幸いなのである。そのような幸いや健やかさをイエス様は身をもって教えたのである。イエス様を信じ頼ってその幸いや健やかさを手に入れなさいと教えたのである。
 このような幸い観を、ユダヤ人はどうしても受け入れられなかったのであろう。だからイエス様を十字架に追いやった。しかし神様はイエス様を復活させて永遠に生きたもう方とされた。それは、私たち人間がどれほどイエス様を、またそこにイエス様が身をもって示した幸い観を十字架の上で抹殺したとしても、それはできないのだとの神様の明確な御心なのである。そしてそれは、私たち人間の間違った幸い観に対する宣戦布告と言ってもよいし、私たちがどれだけイエス様という医師をはねのけたとしても、神様はイエス様を私たちへの救い主として派遣し続けるという堅い意志の現れなのである。

3.ペトロの説教を聞いた人々には、そのメッセージの核心にあることが伝わったのであろう。だからその応答は37節にあるように、「心を打たれ・・・『わたしたちはどうしたらよいのですか』」との問いとして現れてきたのである。それはまさに重い病気にかかっていることを告げられた患者が、命の危険を知り、何とかして救われたいとの切実さをもって、「病気を治していただくにはどうしたらよいでしょうか」との問いなのである。
 これに対してペトロは、まず「悔い改めなさい」と言った。その言葉は、ギリシャ語の原文では「メタノエオー」という言葉である。「悔い改める」と日本語に訳されてしまうと、それは反省とか後悔するとの意味に受け取られてしまう。しかし本来の意味は決してそのようなものではない。それは生き方そのものを180度転換して、これまでとは全く違った方向にむかって生き始めるようになるありさまなのである。死に至る重病であることを告げられた患者は、単に反省するとか後悔することによって病いから救われるのでは決してない。何が不可欠かと言えば、今新型コロナウイルスによって重い肺炎にかかっている人々がまさにそうであるように、医師による外からの助けや人工呼吸器といったものなのである。そのようなものがあってはじめて、これまでとは180度違った方向への生き方が始められるのである。自分の力だけでは生きてゆけない状況に陥ったが、そこに幸いにも外から助けがもたらされるのである。それにすがることができる。外からの助けにすがった生き方におのずと転換してゆけるのである。これこそがメタノエオーなのである。
 この生き方が、めいめい、イエス・キリストの名によって洗礼を受け、罪を赦していただくものとなる。洗礼を受けることについては、ローマの信徒への手紙の6章3節に「キリスト・イエスに結ばれるために洗礼を受けたわたしたち」とある。イエス様に結ばれることなのである。私は、受洗準備会をはじめるときには、必ずこの御言葉から始める。それはまさに、神様という医師によって私たちがイエス様という人工呼吸器に繋いでいただいた状況を表しているのである。私たちが繋がれたのは、何よりも十字架につけられたイエス様である。自分の持っている豊かさのみに生き頼ろうとしている私たちとは正反対に、十字架の上ですべてを失い、だからこそ神様に幼子のように頼った、十字架の上で「わが神、わが神、なにゆえわたしをお見捨てになったのですか」と子供のように嘆いたイエス様が、私たちがつなげていただく人工呼吸器なのである。救命救急具なのである。

4.そこにまた罪の赦しということがある。罪ということも、なかなか一般には理解されがたいことであろう。人々は、「キリスト教は罪、罪と人間を犯罪者のように扱うけれども、自分たちは何も悪いことはしていない」と言う。罪と訳された言葉は、ギリシャ語原文では「ハマルティア」という言葉で、もともとは「的を外す」という意味である。私たちが的を外して生きてしまっている様子を表している。それなのにそれを幸いだと思い込んでいるのである。
 私たちが本来向かうべき的とは、何であろうか。それは、幼子のように生きることであろう。神様は私たちを自分の姿に似せて創造したと創世記1章26~27節にある。その神様の姿とは何であろうか。それが2章に書かれている。創世記2章7節には「神は、土の塵で人を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった」とある。これこそが神様の姿であるといってよいのではなかろうか。だとすれば、私たちに刻まれているのも、このような神様と似たような働きをするのではなかろうか。それが私たちの本来向かうべき的である。勿論私たちは、神様と全く同じ働きはできない。しかし似た働きはできる。私たちのまわりには、放っておけばぼろぼろと崩れて土の塵に化してしまうよう人々が沢山いる。私たちの手でそのような人々をくるみ支えて、その人々が生きる者となれるように、私たちは命の息を吹き入れてあげることができる。それが私たちの本来向かうべき的なのではなかろうか。そのように生きるのが、私たちの幸いであり健やかさなのではなかろうか。
 しかし私たちは今、的を外して生きている。ただただ自分自身にばかり息を吹き入れている。自分で自分をくるもうとばかりしているの。それが聖書で言うところの罪であり病なのである。だから、十字架の上ですべてを与えて下さった姿の通り、命の息のすべてを私たちに吹き入れ尽くしてくださったイエス様を人工呼吸器として、私たちはつなげていただかなくてはならないのである。

聖書:新共同訳聖書「使徒言行録 2章 36~42節」 02:36だから、イスラエルの全家は、はっきり知らなくてはなりません。あなたがたが十字架につけて殺したイエスを、神は主とし、またメシアとなさったのです。」 02:37人々はこれを聞いて大いに心を打たれ、ペトロとほかの使徒たちに、「兄弟たち、わたしたちはどうしたらよいのですか」と言った。 02:38すると、ペトロは彼らに言った。「悔い改めなさい。めいめい、イエス・キリストの名によって洗礼を受け、罪を赦していただきなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けます。 02:39この約束は、あなたがたにも、あなたがたの子供にも、遠くにいるすべての人にも、つまり、わたしたちの神である主が招いてくださる者ならだれにでも、与えられているものなのです。」 02:40ペトロは、このほかにもいろいろ話をして、力強く証しをし、「邪悪なこの時代から救われなさい」と勧めていた。 02:41ペトロの言葉を受け入れた人々は洗礼を受け、その日に三千人ほどが仲間に加わった。 02:42彼らは、使徒の教え、相互の交わり、パンを裂くこと、祈ることに熱心であった。


2020/02/23 降誕節第9主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「わたしの平和を与える」 1.27節にイエス様の言葉「私は平和をあなたがたに残し私の平和を与える」が書かれている。ここで「平和」と訳されている原文のギリシャ語は「エイレーンエー」である。その言葉は、ヘブル語では「シャローム」という言葉である。私たちにとって、より身近なのは「平安」「安心」という言葉ではなかろうか。
 いつの時代にあっても、安心・平安ということほど、私たちにとって切実なものはない。これを求め願う切実さは、2000年前の時代と何ら変わってはいないと感じる。今まさに私たちは未知のウイルスによる感染の恐怖におののいている。これほど科学技術が進歩している時代にあっても、小さなウイルスによって私たちの安心は脅かされているのである。そのような私たちに、イエス様は「平和をあなたがたに残してゆく。私の平和を与える」と約束して下さる。14章6節の「私は道である」というイエス様の言葉を、私たちは「あなたがたがどんなに五里霧中と思われるような中に置かれても道がないなどということはないから安心しなさい」というメッセージとして受け取った。だからこの平安についてのイエス様の言葉も「このような状況にあっても、あなたがたに安心がないなどということはないのだから大丈夫なのだ」という約束として受け取ってよい。

2.しかしここでとても大事な点があると思う。それはイエス様が私たちに与えてくださる平和は「私の平和」だという点である。さらにイエス様は「私はこれを、世が与えるように与えるのではない」と続けている。イエス様が「与える」と約束して下さった平和は、あくまでイエス様自身が持っている平和なのであって、この世が私たちにもたらすものとは決定的に違うのだとイエス様は教えているのである。イエス様が約束して下さった平和は、私たちがこの世界において普通に求め願いまた与えられるものとは決定的に違う。そのことを知らなければ、私たちはイエス様が約束して下さった平和を見いだすことはできないであろう。「イエス様の約束は嘘ではなかったのか」と言うしかなくなる。
 そこでまず考えさせられるのは、世が与える平和とはどのようなものかということである。27節の最後で「心を騒がせるな・おびえるな」とイエス様は弟子たちに命じている。最後の晩餐における長い告別の言葉の最初でも(14章1節)、イエス様は「心を騒がせるな」と言っていた。それは文字通りの意味で「心を騒がしてはいけない」と言っているのではないと思う。イエス様に何か恐ろしいことが起ころうとしており、それによって自分たちにも危機が迫っていることがひしひしと感じられる状況下で、「心を騒がせない・恐れない」というのは不可能であろう。恐れるのが当たり前である。イエス様が言うのは、そのような状況にあってもなお私が道であることにおいてあなたがたには進んでゆける道があるのだということである。だから平安がありうるのだというのである。
 世が与える平安や私たちが常識的にこの世界で求め願う安心とは、全く不安や恐れがない状況を言っている。一片たりとも心配なことがない状況に置かれることを私たちは求めている。そうであるからこそ、ほんの少しでも心騒ぐことがあり不安がよぎると、たちまち私たちの平安は失われてしまう。しかし何の心配も恐れもない状態など果たして私たちにあるだろうか。昨年はあれほど沢山の台風が襲ってきた。今年に入った途端に、今度は未知のウイルスの襲来である。私たちには、こうして次々と不安や恐れをもたらすことが起きてくる。不安や恐れが全くない状況の中に平安を見いだそうとしていては、私たちは、決してそれを発見することはできない。
 さらに、世が与える平安ということで示唆を受けるのは、30節にある「世の支配者が来る」という言葉であろう。この言葉は、この世界では「支配」ということが深くかかわってことを象徴的に表しているように感じる。だとすれば、世が私たちに与える平安とは「世の支配者」によって「支配」ということとつながってもたらされるものではなかろうか。「支配」とは、「コントール」と言い換えてもよい。何年か前に、この国の首相が、原発後の状況は完全にコントロールできていると言って、今年のオリンピック誘致に成功した。ところがそのオリンピックの開催年に、小さなウイルスさえコントロールできていない状況が広がりつつある。果たしてオリンピック開催ができるのかと危ぶむ声さえある。AI技術がこれほど進歩した時代にあってさえも、小さな病原体がもたらす災いを、私たちはいかんともしがたいのである。
 つきつめれば、私たち人間が思いのままに支配しコントロールできる状況の中に見いだそうとする平安など、実はどこにもない。そのような平安など、どこにも見いだせないのに、私たちはそのような平安があると思い込んでいる。エレミヤ書の中に「彼らは『平和がないのに、平和・平和と言う」という言葉が何度か繰り返されている(6:14など)。エレミヤが生きていた今から2600年前の時代も、また今日も、あり得ない平安を捜し求めている私たちがいる。

3.以上のような「世が与える平安」と違って、イエス様の平安・イエス様が私たちに与えて下さる平安とはどのようなものなのか。イエス様は弟子たちと最後に取る食事を終えると、彼らに遺言を残した。弟子たちに「心を騒がせるな・おびえるな」と言っている。しかしイエス様自身に、全くそのようなものがなかったわけではない。ヨハネによる福音書には記されていないが、他の福音書には最後の晩餐が終わって逮捕される直前の、ゲッセマネでの祈りと言われる場面で「私は死ぬばかりに悲しい(マルコ14:34)」と心情を吐露している。「私の平和」とは、このような中にあってもなお持つことができるシャロームなのである。それは決して一切の恐れや不安がないところで成り立つ平安ではない。そうではなく、恐れや不安があってもそれと併存してありうるシャロームなのである。そのような平安を与えていただきたいと切実に思う。
 では、その源には何があるのか。それを教え示してくれるのが28節のイエス様の言葉だと思う。「『私は去ってゆくが、またあなたがたのところへ戻ってくる』と言ったのをあなたがたは聞いた。・・・父は私よりも偉大な方だからである」とある。そのときのイエス様にシャロームを与えているものとして、この言葉から示されるのはどういうことであろうか。それはまず何よりも、十字架の上で殺されるということが偉大な父なる神様のところへ行くことであり、喜ばしいことなのだとイエス様は捉えているということである。
 殺されるということ自体は、イエス様であっても死ぬばかりに悲しく辛い出来事に違いはなかった。それは先ほどの「支配」という言葉で言えば、イエス様が自分の人生についての支配を失いコントロールを喪失し、その反対に自分を殺そうとする者たちに支配されることである。しかしイエス様は、その歩みを偉大な父なる神様のみもとに行き、だからこそそれによって何か偉大なもの・大きなものを神様から与えられ、そしてそれをおみやげのようなものとして再び弟子たちのもとへ戻ってくる歩みとして捉えていたのである。
 確かにそのイエス様の歩みは、自分のコントロール下にはなかった。目に見えるありさまとしては殺す者・死に支配されていたのである。しかしそれでも、偉大な父なる神様の支配の下にある歩みだったのである。十字架を通して父のもとへ行き、再び戻ってくるという歩みを、この世の支配者はどうすることもできなかった(30節最後)。そこにシャロームがある。この歩みは善い歩みなのである。喜ばしいものなのである。最愛の弟子たちに偉大な神様からの善いものをもたらすためには、どうしても通らなくてはならない必要な歩みだったのである。そう受け止められることに、平安がある。

4.28節最後で、なぜわざわざイエス様は「父は私よりも偉大な方だから」と言ったのであろうか。実はこのイエス様の言葉は、いわくつきのもので、この言葉を根拠にしてイエス様を神様よりも一段低い存在として見なす神学が生まれてきた。「イエス様自身が神様は自分よりも偉大だと言っているではないか。イエス様は神よりも小さいのだ。等しくはないのだ。神ではないのだ」と主張する多くの人々の論拠となった。
 イエス様がわざわざここで神様を「偉大な方だ」と言ったのは、イエス様自身も含めて人間という存在の小ささ、特にこの世の中で肉体を持つ存在として時に病み時に苦しみ、そして最後には死ななければならない私たちの卑小さというものとの対照として言っておられたのだと思う。イエス様は、そして私たちも、この世での肉体があるがゆえの小さく、また苦しみの多い歩みを通って、偉大な神様のもとへと行くのである。この世での卑小な歩みのその小ささは、偉大な神様のもとで大きくされ豊かにされ広くされるというイメージを私は抱く。偉大な方のもとへ招かれることによって、この世での私たちの小ささや苦しみは花を咲かせ大きく結実するのである。私たちのこの世での苦しみや悲しみは決して無駄にはならない。花芽や球根が寒い冬を味わってこそ花を咲かせるように、私たちもこの世での苦しみを味わえばこそ、それが偉大な神様のみもとで大きく実をつけるのである。そしてその実を携えてイエス様は弟子たちのところに戻ってくるのである。イエス様は、この世での十字架の苦しみが、偉大な神様のみもとでは、とてもすばらしい実をつけたと戻ってきて教えて下さるのである。現在に至るまで十字架が私たちにおいてこれほど大きな働きをしているのは、それが偉大な神様のもとで大きく結実したからに他ならない。
 それがイエス様の平安なのである。私たちもこの平安をいただくことで、心を騒がせ、おびえざるを得ないような中でも進んでゆけるのではないだろうか。それは、私たちが状況を思い通りにコントロールできるものではない。むしろその逆で、肉体としての存在であるがゆえに、新型コロナウイルスにもかかり、様々な病気に犯されてこの世の様々な支配者に支配されるような歩みなのである。しかしその歩みは、偉大な神様のもとへ向かい、偉大な神様のもとで大きな実を実らせ、その実を携えて私たちもきっと何らかの形でこの世に残る人々のもとへ戻ってくる。そのような歩みなのである。私たちがこのような幸いな歩みをする者であることを、世の支配者はどうすることもできない。「彼は私をどうすることもできない」とは、何とすばらしい言葉であろうか。「私」とは、このような歩みをする私のことである。イエス様を先導者また同伴者として、イエス様が十字架の断崖絶壁を上りつつ、そこに打ち込んでくださったハーケンやカラビナを手懸かりにして、イエス様自身が私たちに結んで下さっているザイルを命綱にして、私たちもまた偉大な神様へと向かうのである。このような歩みをする私を、この世の支配者はどうすることもできないのである。神様とイエス様がしっかりとコントロールして下さっているのだから、私たちが今コントロールを失っていることなど何ら恐れるに足らないのである。ここに平安がある。「さあ立て。ここから出かけよう」との声に従って、私たちもこの状況を進んでゆくことができるのである。

聖書:新共同訳聖書「ヨハネによる福音書 14章 27~31節」 14:27わたしは、平和をあなたがたに残し、わたしの平和を与える。わたしはこれを、世が与えるように与えるのではない。心を騒がせるな。おびえるな。 14:28『わたしは去って行くが、また、あなたがたのところへ戻って来る』と言ったのをあなたがたは聞いた。わたしを愛しているなら、わたしが父のもとに行くのを喜んでくれるはずだ。父はわたしよりも偉大な方だからである。 14:29事が起こったときに、あなたがたが信じるようにと、今、その事の起こる前に話しておく。 14:30もはや、あなたがたと多くを語るまい。世の支配者が来るからである。だが、彼はわたしをどうすることもできない。 14:31わたしが父を愛し、父がお命じになったとおりに行っていることを、世は知るべきである。さあ、立て。ここから出かけよう。」


2020/02/16 降誕節第8主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「落穂ひろいをするルツ」 1.タイトルになっているルツという女性は、ナオミという女性のふたりの息子のうちのひとりの嫁だった。ナオミの夫は、1節にあるように、エリメレクと言う名だった。飢饉を避けるために、夫婦は、二人の息子を連れてイスラエルのベツレヘムから、当時イスラエル人と敵対的な関係にあったモアブ(死海の東南に広がる地域)に逃れていった。しかしそこで夫のエリメレクは死んでしまった。ナオミは、二人の息子たちの妻に、モアブ人から嫁を迎えた。しかし、その二人の息子にも先立たれてしまったのである。ナオミは、とうとうモアブでの生活が立ち行かなくなり、故郷へ帰ろうと決意した。その旅の途中で、ナオミは二人の嫁に実家に帰るように言った。一人は帰ったが、どうしてもツルだけはナオミを離れようとしなかった。ルツは言った。「あなたの亡くなる所で私も死に葬られたい(1章17節)」と。ナオミは、離れようとしないルツを伴ってベツレヘムに帰ってきた。「ナオミさんではありませんか」と驚くベツレヘムの人々に、ナオミは「どうして私をナオミ(快い)などと呼ぶのか。この町を出ていったときには満たされていた私を、神様はうつろ・空っぽにして帰らせた。私はナオミではなくマラ(苦い)だ」と言った。クリスチャン女性にナオミやルツという名前の女性はとても多い。しかし、子にナオミと名付けた親が、ナオミがこれほど激しい神様への恨み節とでも言うべき言葉を口にしたとわかれば驚くのではなかろうか。
 2章からの物語は、ひとことで言うなら、神様によって空っぽにされ、快さ・幸いを奪われてしまったと嘆くナオミ、そしてルツが、いかにしてその失ったものを回復してゆくか、わかりやすく言えばその人生の逆転劇が記された物語である。
 ナオミは、自分が神様によって空っぽにされたと嘆いた。しかし決して彼女は、ただ空っぽにされたのではなかった。実は、もう既に、空っぽにされただけではなく、思いがけず与えられていたものがあった。それは「あなたの亡くなるところで私も葬られたい」とまで言ってくれたルツという嫁とのきずなである。ナオミとルツの人生の逆転劇は、このルツから始まっていったのである。ルツがいなかったならば逆転が始まってゆかなかった。だとすれば、確かに、夫にも二人の息子にも先立たれたことは辛かったのだけれども、そのことによってこそ得たものがあったのである。その辛さがなければ、ナオミには、ルツとの絆が与えられることもなかったのである。ナオミは、そのことに気付いてはいなかった。  私たちもそうである。満たされていた私たちが、多くのものを奪われ、空っぽにされたとしか、私たちは言えないのである。私たちは、奪われたものだけを数えるのである。しかし実は、失ったからこそ、神様から与えられたものがある。それは、ナオミにとっては、もともとは血のつながりなど全くない嫁との関係であった。私たちにも、そのような間柄がある。血のつながりのあるなしなど、全く関係がないということがある。辛い境遇の中で与えられた絆というものは、私たちを支え、なくてはならないものとなってゆくのである。

2.このルツによって、どのようにこの二人が、快さ・幸いを回復していったのか。そのきっかけとなったのは、2節によれば、ルツが「畑に行ってみます。だれか厚意を示してくださる方の後ろで、落ち穂を拾わせてもらいます」と決意したことからだったのである。
 参考までに内村鑑三が、このルツについて以下のようなことを記している(文語文なのでわかりにくいかもしれない)。それは「天の恵みは座して待つべからず。希望は労働にのみ存す。悲嘆に沈みてただ不幸を嘆ずる者は神の教導にあずかるを得ず」と。なるほどと同感を抱く。2節最初にわざわざ「モアブの女ルツ」と書かれているように、当時敵対関係にあった民族から嫁に来た者になど落ち穂拾いをさせてくれる人が果たしていただろうかとだれもが思うだろう。事実9節には「若い者には邪魔をしないように命じておこう」とボアズが言ってた。だから、嫌がらせをする者もいたのであろう。そうしたことを考えると、よくもルツは決断して落ち穂拾いに行こうとしたと思うのである。それは自分のためでなかったからかもしれない。自分一人のためだったなら、そこまでのことはできなかったであろう。義理の母のナオミがいたからできたのであろう。そのようなことは、私たちにもある。
 ここで私がひとつ疑問として抱くのは─これについては内村も他の解説者も触れていないが─1節にわざわざ「ナオミの夫・・・といった」とあったことである。だとすれば、どうして最初からナオミは落ち穂拾いに行こうとする嫁に「有力な親戚のボアズの畑に行けばよい」と言わなかったのであろうか。いや、そもそも落ち穂拾いなどという惨めなことをさせないで、最初から有力な親戚のボアズを頼ったらよかったのではなかったか。なぜそうしなかったかは想像するしかない。さすがのナオミも肩身が狭かったのかもしれない。飢饉を避けてモアブに行き、落ちぶれて帰ってくると、すぐに有力な親戚を頼るというのは、余りにも虫がよすぎると思ったのかもしれない。しかし結果的には、ナオミもルツも最初から下心なく、ボアズを頼ることなど何一つ考えなかったことがわかる。3節にあるように「たまたまボアズの所有する畑地」に当たることになったのである。そしてそれを端緒にルツとボアズが結ばれることへとつながっていった。私たちの人生に「たまたま」などというものはないとよく言われる。すべては神様の計画であって、必然なのだと。しかしその神様の計画の現れというのは、「たまたま」という形を取るのかもしれない。私たちとしては、成り行きに任せ「たまたま」に任せるのがよいということかもしれない。

3.さて、そのようにして、有力な親戚であるボアズを頼りにしようとしなかったので、ルツは「だれか厚意を示してくださる方」を頼りにするしかなかったのである。私は、このだれかの厚意にすがるというありさまに、とても心を動かされる。何が私たちの人生を快い・幸いなものとして好転させてゆくのであろうか。何が、神様の下さる幸いを盛る器となってゆくのであろうか。それは他者の厚意に頼ることだと思う。他者の恵みにすがるということなのである。
 私たちは、そのような生き方を恥ずかしいとか情けないと思ってしまいがちである。プライドが許さないと思ってしまう。ルツは「畑に行ってみます」とまず言った。その畑とは、言うまでもなく自分の持っている畑ではなく、今まさに刈り入れをしていて異邦人のツルにも落ち穂拾いをさせてくれる厚意を示してくれた人の畑である。ルツやナオミには自分の畑はなかったのである。収穫をしようにも、畑はどこにもなかった。だから他者の畑に行き、そして厚意にすがって落ち穂拾いをさせてもらうしかなかったのである。この惨めさをツルは受け入たのである。すると、そこから人生は不思議にも好転してゆくのである。
 象徴的な意味で、私たちにはもう畑がないという状況がある。自分の畑とは、それぞれの人生における様々な能力や力のことである。自分の足ではもう立てないし、自分や家族が抱えている問題をもはや自分たちの「畑」では解決できないときがやってくる。もう自分には畑がなく枯れ果て、疲れきっているのである。それでもなお私たちは、だれの厚意にもすがらず、なお自分でことに当たろうとするのである。しかしそれでは神様からナオミ(快い)・幸いな状態を回復していただくことにはならないのではなかろうか。「だれかの厚意にすがりなさい」と神様は言う。2節に「厚意を示して下さる方の後ろで」とある。「後ろで」という言葉にも心引かれる。私たちが先に立つのではなく、神様は「厚意を示してくれる人の後ろで落ち穂を拾いなさい」と言うのである。自分には畑がないということを認めて、だれかの厚意にすがり、私が先頭であることから降りて、厚意を示し助けてくれる人の「後ろ」になってもよいのではなかろうか。

4.そして、落ち穂を拾うということにも本当に心を揺さぶられる。落ち穂拾いとは、収穫時において刈り取られることなく残されたり、落ちてしまったりしたものを収穫することを言う。だれもが落ち穂を拾うことがこの際一体何になるのかと考えてしまう。二人の大人の女性の生活を支えるのに、人様の畑で収穫されないで捨てられている落ち穂を拾うことなど何の役に立つかと普通なら考るだろう。しかしルツもナオミもそうはとらえなかったのである。
 そこに私は、本当に豊かな励ましと慰めをいただく。私たちにも、落ち穂拾いができる余地はどこにでもあるというメッセージを何よりもいただくのである。それはどこか。どんな畑なのか。それは普通の人が拾わずに捨ててしまうようなものが落ちている畑だということである。普通の人が拾わないようなものが落ちているとは一体どういうことなのか。それは、今日だれもがかかわりを持ちたくないと思うような、避けて通るような、そのようなものを拾っても無駄であり何の役にも立たないと思われるようなフィールドのことかもしれない。
 教会とは、まさにいつの時代でも落ち穂拾いができる場所になってきたとしみじみ思う。イエス様を信じる信仰生活こそ、もしかすれば落ち穂拾いそのものかもしれないと思うのである。多くの人が見向きもしないイエス様を、私たちは拾う者である。そのような者たちが集まって、教会の中にいつのまにか沢山の落ち穂が落とされる。一人の落とすものは小さくとも、これだけ沢山の人が集まって落とせば、それは豊かな落ち穂となる。レビ記の19章9節に「穀物を収穫するときには、畑の隅まで刈り尽くしてはならない。収穫後の落ち穂を拾い集めてはならない」とある。現在社会には、落ち穂を拾うことのできるフィールドが本当に必要なのだと思う。教会が具体的に、そのような場所になれたらいいと思う。

聖書:新共同訳聖書「ルツ記 2章 1~3節」 02:01ナオミの夫エリメレクの一族には一人の有力な親戚がいて、その名をボアズといった。 02:02モアブの女ルツがナオミに、「畑に行ってみます。だれか厚意を示してくださる方の後ろで、落ち穂を拾わせてもらいます」と言うと、ナオミは、「わたしの娘よ、行っておいで」と言った。 02:03ルツは出かけて行き、刈り入れをする農夫たちの後について畑で落ち穂を拾ったが、そこはたまたまエリメレクの一族のボアズが所有する畑地であった。


2020/02/09 降誕節第7主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「ユダの後継者を選ぶ」 1.この使徒言行録を書いたのは、「ルカによる福音書」の著者のルカである。ルカは、福音書の続編としてこの使徒言行録を記した。彼は、なぜ続編を書こうとしたのか。それは、イエス様をキリストと信じる信徒の群れが続いていったからである。もしかしたならば、信徒の群れがもう続き得ないような、途絶えてしまっても当然のような危機が幾つもあったのに・・・なのであった。最初の危機は、言うまでもなくイエス様が十字架の上で殺されてしまったことである。しかしそれを乗り越えて、イエス様をキリストとして信じる群れが続いていった。その理由を記したのが、福音書だと言ってもよい。
 第二の危機は、9節から10節にあるように、イエス様が天に昇ってゆかれ、弟子たちの目には見えなくなってしまったことである。これまでずっとそばにいて、いろいろなことを教え諭して下さり励まして下さったイエス様がいなくなってしまった。もしかしたならば、その時点でイエス様を頼りとする者たちの集まりは途絶えてしまって当然だったはずである。しかしそうはならなかった。それがなぜだったのかを、福音書の続編としてルカが記したのが、この使徒言行録だったのである。
 この点を学ぶことは、私たちにとってもまことに有益である。これからの大変な時代を現在の教会が、どのようにして続かせてゆけるかを教えてくれる。そしてただ教会の存続だけではなく、私たち信徒ひとり一人の歩みが、どのようにすれば続かせてゆけるのかも学べるのである。また信仰生活の続行だけではなく、人生そのものの粘り強い存続の秘訣をも教えてくれるのではなかろうか。

2.イエス様が天に昇られた後の決定的な危機を、弟子たちはどうやって乗り越えていったか。12節には、彼らは「『オリーブ畑』と呼ばれる山からエルサレムに戻って来た。この山はエルサレムに近く安息日にも歩くことが許される距離にあった」とある。この日は安息日だったということがわかる。そして弟子たちは「泊まっていた家の上の部屋に上がり」とある。おそらくこの家は最後の晩餐を守った家なのだろうと思う。その部屋で、イスカリオテのユダが抜けた後の11人が中心になり、女性たちやイエス様の兄弟たちも一緒になって「心を合わせて熱心に祈っていた」とある。つまり弟子たちは、他の信徒たちと共に安息日の礼拝をささげ祈っていたということなのである。
 私はまずここにこそ、信徒の群れがイエス様をそれまでのようには見られなくなったという危機を乗り越えていった何よりもの原動力があるように感じる。思い起こすイエス様の言葉として、マタイによる福音書の18章20節に「二人または三人が私の名によって集まるところには、私もその中にいるのである」とある。これは、もしかすればイエス様自身が言った言葉というよりは、イエス様が天に昇ってゆき、姿がそれまでのようには見えなくなった後、わずか二人でも三人でも集まって礼拝をささげ祈る中で、不思議にもイエス様が共にいて下さるのだとの弟子たちの体験が元にあるものなのかもしれない。そのような弟子たちの実体験が、イエス様の言葉として記されたものかもしれない。
 私が想像するのは、もしも復活したイエス様が、いつまでも弟子たちと不思議な形で一緒に居続けたなら、どのようになっていたかということである。復活したイエス様が、マグダラのマリアに、「私にすがりつくのはよしなさい。まだ父のもとへ上っていないのだから」と言った場面がヨハネによる福音書の20章17節にある。もしも復活したイエス様が、いつまでも弟子たちのそばにいて、すべてのことについて直接に教えたならば、それは弟子たちがイエス様にいつまでもすがりつくということになったのではなかろうか。復活したイエス様が、いつどのような形で弟子たちや私たちに現れて下さるのかは、全くイエス様任せで、私たちにはどうしようもできないことである。イエス様にしがみつくということは、そうなってしまうということなのである。だからイエス様は、「私にしがみつくのはやめなさい」とマグダラのマリアに言ったのではなかろうか。弟子たちや私たちが、イエス様にすがりつかない為にこそイエス様は天に昇り、あえて目には見えない状況を作ったのではなかろうか。そのために、弟子たちは集まって祈るしかないように強いられた。だからこそ彼らは、わずか二人でも三人でも集まって礼拝をささげ、祈りさえすれば、そこに不思議にもイエス様が一緒にいて下さると体験できた。わずか二人でも三人でも共にいればというのは、本当に大きなことである。立派な礼拝堂などなくともよいのである。粗末な家に、いや野外であったとしても、あるいは病院であろうと強制収容所のようなところであろうと、どこにでも、私たちは本当に最小限の人数でイエス様が私たちと共にいて下さる機会を私たちの側で設けることができるようになったのである。それが、どれほど私たちの力になることであろうか。
 私たちはこうして、何の気なしに集まり、礼拝をささげ祈っている。しかし、それが私たちにもたらして下さる力や恵みがどれだけのものかに、普段は気づかずにいる。私たちが集まり、礼拝を捧げ、祈り、讃美をするということは、私たちにどれほど大きな力や恵みを下さることか。礼拝のために集まり祈ることが、私たちをしていろいろな難儀を乗り越えさせ、レジリエンスを発揮させてくれるのである。その人数は、たった二人であってもなのである。

3.さて、弟子たちや最初の信徒の群れが直面した第二の大きな危機は、15節以下で記されているように、12弟子の一人であったイスカリオテのユダに関する出来事である。それが弟子たちにとってどれほどの危機であったか、想像してみればよくわかることである。イエス様が直々に選んだ側近中の側近の12人の者の中から、よりにもよってイエス様をお金で売り渡してしまうような人間が現れたのである。それは彼を12人の弟子の一人に選んだイエス様の見る目を疑わせる。イエス様が人を選ぶその力の弱さのようなものも感じさせる。そして何よりもユダの最後の余りにもむごたらしい姿、それは自殺だと言われているが、イエス様によって12弟子の1人に選ばれたにもかかわらず、結局はそのようなむごい最後を迎えてしまうということは、弟子たちにとって、また私たちにとっては決してひとごとではないのである。ペトロとてイエス様を3度も否定した。私たちも文字通りではないにせよ、どこかでイエス様を裏切り、お金で売り渡してしまうに等しいことをするのではなかろか。だれでも、弱いところを持っている。そのような私たちが、イエス様とかかわりをもって生きる結果は、このような悲惨な最期を迎えさせるものなのであろうか。19節に「このことはエルサレムに住むすべての人に知れ渡」ったと記されている。イエス様とかかわることは、そのような悲惨な最後を迎えさせることにもなるのだと人々に知れわたってしまったのである。
 この危機を乗り越えてゆく原動力になったのは何だったか。それは礼拝で集まり祈っていた120人ほどの者たちの中からペトロが立ち上がり、説教をしたことだったのである。これまで私は、生まれたばかりの教会において、はじめてなされた説教は、2章14節以下のペトロのそれだとばかり思っていた。しかし、実際はそうではなかったのだと今回はじめて知った。イスカリオテのユダの出来事をどう乗り越えてゆくか、それを牧会者として実に慰め深く聖書に基づいて教え諭したのがペトロの説教なのであった。改めて説教の持つ意義について感じさせられた。
 ペトロが、ユダの出来事について何よりも教えているのはどのようなことであったか。16節の最後に「この聖書の言葉は実現しなければならなかったのです」とある。「しなければならなかった」と訳されているギリシャ語の原文には「デイ」という言葉が使われている。これは「神的デイ」と呼ばれる特別な言葉で、神様の御心・計画として必然的に成就する事柄を表現すときによく使われる。イエス様が受難を予告したときにも、このデイが使われた。そしてこのユダの裏切りについてもこのデイが使われたのである。確かにユダは、イエス様をお金で売り渡した。しかしそれさえも、また神様の御心・計画の中で必然的に起こったことなのである。イエス様自身が、受難をそうとらえていたのである。その中にユダのことも入っていた。だから、イエス様がユダを選んだのは決して間違いではなく、イエス様に人を見る目がなかったことを意味しているわけでもないのである。イエス様の選びの弱さを現してもいないのである。むしろそれは、イエス様の選びの大きさであり、強さの現れだったのである。自分を裏切る者さえも選んだのである。イエス様の選びは、ユダの裏切りを越えてはるかに大きいのである。神様の御心とはそういうものなのである。

4.ペトロは驚くべき言葉を語っている。「ユダは私たちの仲間の一人であり、同じ任務を割り当てられていた(17節)」と。ユダは12人の弟子の1人として選ばれ、ヨハネによる福音書には、ユダは会計係のようなことまでしていたと書かれている。ペトロにとってユダは仲間であり、任務を割り当てられていたことをペトロは語っている。しかし私は、そのような良い意味での働きをはるかに越えて、その裏切りさえもユダが果たすべき任務ではなかったのかと、そのような意味で、なくてはならない仲間のひとりではなかったのかとさえ思うのである。ペトロもまたそのような者であった。イエス様を3度も否認する役割が、ペトロには与えられていたのである。それと同様に、12弟子の1人としてイエス様に選ばれながら、それでもなおイエス様を裏切ってしまう役割を果たす任務を、ユダは与えられていたのである。それは、ペトロが3度の否認を通してこそイエス様の愛を証しできたように、ユダもその裏切りを通してイエス様の選びの大きさ・強さを照らし出すからなのである。
 ユダは永遠に呪われているとよく言われる。しかし私は決してそうは受け取らない。ユダもまた神様のデイの中に、またイエス様の選びの大きさ・強さの中に置かれているとすれば、どうして彼が永遠に呪われるようなことがあろうか。神様のデイとイエス様の選びの愛は、ユダの裏切りなどを越えてはるかに大きく強いのである。
 こうしてペトロの説教に励まされて、弟子たちをはじめとした信徒の群れは、ユダの後継者をイエス様の復活の証人となるべくくじ引きで選んでいった。ユダのようなものが決して信徒の群れから出てこないようにと考えるのであれば、むしろ彼の後継者は選ばずに12番目はネガティブな意味での「永久欠番」にした方がよかったのではなかったかとも考えられる。ユダの後継者など決して選ばないことを通して、教会が二度とそうしたことを起こさない決意の現れとした方がよかったのではなかったか。
 しかし最初の教会はそうはしなかった。ユダの後継者を選んでいったのである。それもイエス様の復活を見た者たちの中から、極めて安直な形のくじ引きという手段で後継者を選んだのである。もっとふさわしい選び方をすべきではなかったか。ユダのような者とは対極にある者を慎重にも慎重を期して選ぶべきではなかったか。しかしそうはしなかった。そもそもそのような者を選ぶことなど、できなかったのである。弟子たちの意図としては勿論、そのような思いはなかったであろうが、ユダの後継者がくじ引きで選ばれるということは、象徴的には教会の中には常にユダのような者が出てくるということを現そうとしてたのである。私たちの中にも、つねにユダのようなものが現れるのである。ユダが現れない教会はないのである。しかし教会は、そのようにして礼拝をささげ、祈り、説教を聞くことによって、それを乗り越え、またユダの欠けを補ってゆける共同体なのである。

聖書:新共同訳聖書「使徒言行録 1章 12~26節」 01:12使徒たちは、「オリーブ畑」と呼ばれる山からエルサレムに戻って来た。この山はエルサレムに近く、安息日にも歩くことが許される距離の所にある。 01:13彼らは都に入ると、泊まっていた家の上の部屋に上がった。それは、ペトロ、ヨハネ、ヤコブ、アンデレ、フィリポ、トマス、バルトロマイ、マタイ、アルファイの子ヤコブ、熱心党のシモン、ヤコブの子ユダであった。 01:14彼らは皆、婦人たちやイエスの母マリア、またイエスの兄弟たちと心を合わせて熱心に祈っていた。 01:15そのころ、ペトロは兄弟たちの中に立って言った。百二十人ほどの人々が一つになっていた。 01:16「兄弟たち、イエスを捕らえた者たちの手引きをしたあのユダについては、聖霊がダビデの口を通して預言しています。この聖書の言葉は、実現しなければならなかったのです。 01:17ユダはわたしたちの仲間の一人であり、同じ任務を割り当てられていました。 01:18ところで、このユダは不正を働いて得た報酬で土地を買ったのですが、その地面にまっさかさまに落ちて、体が真ん中から裂け、はらわたがみな出てしまいました。 01:19このことはエルサレムに住むすべての人に知れ渡り、その土地は彼らの言葉で『アケルダマ』、つまり、『血の土地』と呼ばれるようになりました。 01:20詩編にはこう書いてあります。『その住まいは荒れ果てよ、そこに住む者はいなくなれ。』また、『その務めは、ほかの人が引き受けるがよい。』 01:21-22 そこで、主イエスがわたしたちと共に生活されていた間、つまり、ヨハネの洗礼のときから始まって、わたしたちを離れて天に上げられた日まで、いつも一緒にいた者の中からだれか一人が、わたしたちに加わって、主の復活の証人になるべきです。」 01:22 01:23そこで人々は、バルサバと呼ばれ、ユストともいうヨセフと、マティアの二人を立てて、 01:24次のように祈った。「すべての人の心をご存じである主よ、この二人のうちのどちらをお選びになったかを、お示しください。 01:25ユダが自分の行くべき所に行くために離れてしまった、使徒としてのこの任務を継がせるためです。」 01:26二人のことでくじを引くと、マティアに当たったので、この人が十一人の使徒の仲間に加えられることになった。


2020/02/02 降誕節第6主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「我生きるが故に汝らも生きん」 1.イエス様は「心を騒がせるな(14章1節)」と言っている。弟子たちは、間もなくイエス様の身に何か恐ろしいことが起こるだろうことを直感的に感じていた。心を騒がせざるを得ない状況にあった。また、この福音書が書かれた西暦100年頃、ヨハネが関係していた教会の信徒たちも心を騒がせるしかない状況に置かれていた。それは、以後200年にわたって続く、苛酷なローマ帝国による迫害の、ひたひたと迫っ