主日礼拝メッセージ要旨

2020/03/29 受難節第4主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「最初の教会が大切にしたこと」  MP3再生
(要旨掲載 準備中)

聖書:新共同訳聖書「使徒言行録 2章 41~47節」 02:41ペトロの言葉を受け入れた人々は洗礼を受け、その日に三千人ほどが仲間に加わった。 02:42彼らは、使徒の教え、相互の交わり、パンを裂くこと、祈ることに熱心であった。 02:43すべての人に恐れが生じた。使徒たちによって多くの不思議な業としるしが行われていたのである。 02:44信者たちは皆一つになって、すべての物を共有にし、 02:45財産や持ち物を売り、おのおのの必要に応じて、皆がそれを分け合った。 02:46そして、毎日ひたすら心を一つにして神殿に参り、家ごとに集まってパンを裂き、喜びと真心をもって一緒に食事をし、 02:47神を賛美していたので、民衆全体から好意を寄せられた。こうして、主は救われる人々を日々仲間に加え一つにされたのである。


2020/03/22 受難節第4主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「私はぶどうの木」 1.「私はぶどうの木、あなたがたはその枝である」というイエス様の言葉をよく、私は教会学校の子どもたちの誕生日お祝いカードに記す。幼いときから教会学校に通っていた私が、最初に暗記した聖句は、もしかしたらこの言葉かも知れない。
 遺言とは、死に行く者が、遺族となる者のために、最も残したいと思って残す遺産の言葉である。その言葉がなぜ「私はぶどうの木、あなたがたはその枝である」というものだったのであろうか。どうして他の樹木ではなく、ぶどうの木だったのであろうか。樹木の比喩ではなく動物、たとえば羊飼いと羊のたとえでもよかったのではなかろうか。おそらここに、イエス様の弟子たちへの思いが込められていたのであろう。
 多くの注解者や解説者が言っているように、ぶどうの木には他の樹木にはない独特の特徴がある。バークレーは、以下ように書いている。「ぶどうの木は非常な勢いで繁茂するので徹底的な刈り込みが必要である。・・・ぶどうの木は12月から1月にかけて刈り込まれる。実のなる枝と実のならない枝とがあり、実のならない枝は木の力を浪費させないために徹底的に容赦なく切り落とされる。ぶどうは、このような刈り込みをしなくては決して収穫を得ることはできない。・・・さらにぶどうの木は、柔らかすぎるので何にも利用できない。1年のうちのある時期に、犠牲の供え物を焼く祭壇の火のために、人々は神殿に木材を持ち寄らなければならないという掟があった。そのとき、ぶどうの木は持って来てはならないとはっきり定められていた。ぶどうは、その役目を果たさないからである。切り落とされたぶどうの枝は、燃やしてしまう以外は何もできない」と。
 バークレーは、そのような特徴を持っていたぶどうの木とその枝に、イエス様自身と弟子たちをたとえたイエス様の思いを次のように捉えている。「イエスは、行いや実践の伴わない、告白や口先だけの信仰を持つクリスチャンのことを考えていた。イエスは、葉ばかり繁って実のない役に立たない枝のようなクリスチャンのことを考えていた」と。なかなか厳しい受け止め方だが、私の手元にある何冊かの注解書や説教でも、このバークレーのように捉えている。しかし私の理解は、それとはかなり違っているのである。

2.バークレーに代表されるような受け止め方は、イエス様の遺言を「・・・であってはならない」というネガティブなものとして捉えるものだと思う。私たちが子や孫に遺言を残すとき「あなたがたはこういう者にだけはなるな」ということもあるかもしれない。しかし「そうはなるな。もしもそうなったら、お前達は容赦なく切り落とされ、たぎぎにさえならないゴミに等しい物として火にくべられる」と言われたら、それは大きなプレッシャーとしてのしかかってくるのではなかろうか。自分は果たして実のなる枝になっているのかといつもびくびくしながら生きるようになるのではなかろうか。私にとっては、このイエス様の言葉は、そのようなものとしては感じとれなかった。もしそういう感じを抱かせられるようなものだったなら、私は幼いころからこのイエス様の言葉に親しみはしなかったであろう。
 イエス様はこの言葉を、これから何か恐ろしいことが起ころうとしているのだと心騒がしている弟子たちへの遺言として、何よりも彼らに平安を与えるために語ったのである。そうであるならば、その心は、「こうはなるな。こうなったら容赦なく切り落とされ燃やされる」ではなく、「大丈夫だ。安心しなさい。どんなことが襲ってきてもあなたがたは私という幹につながっている技なのだから大丈夫。必ず実を結ぶことができる」というようなポジティブな励ましとなるのではなかろうか。この福音書が書かれた西暦100年前後の時代には、ローマ帝国による大々的な迫害の足音がひたひたと迫っていた。そうした状況下にあった信徒たちに、著者ヨハネはイエス様の遺言として「こうはなるな。幹であるイエス様から離れ、実のならない枝になったら容赦なく切り落とされる」と脅しめいた言葉を語ったであろうか。そう語られれば語られるほど、迫害を受けたら自分はそうなってしまうのではないかとおびえてしまうのではなかろうか。だからこそ必要なのは、たとえ迫害の中に置かれても「大丈夫だ、そんな中でもしっかりとイエス様につなげられているのだから安心なのだ」との励ましではなかったか。

3.私はまず何よりも、イエス様が自分と弟子たちとの間柄を植物にたとえたことに心引かれる。そこからまず安心や励ましをいただくのである。
 植物と動物の違いは、そのような学問において素人の私としては、読んで字のごとく自ら動ける生き物とそうではなく地面に植えられて動けない生き物との違いであると思う。植物の特徴は、何よりも「つながれている」という言葉にこそ現れていると思う。イエス様自身がぶどうの木である点において、また私たちがその枝である点において、その特徴は「つながれて自由には動けない存在である」ということにこそあるのではなかろうか。
 「私はぶどうの木」とのイエス様の言葉は、まずイエス様自身のことを、地面に植えられた木のように立っている十字架につなげられた者として見ていたのではなかったか。そして、そのイエス様につながっている枝としての弟子たちや、この福音書が書かれた時代の信徒たち、そして現在の私たちは、それぞれの時代社会の難儀な状況につながれている存在なのである。決して自分の思い通りに自由に生きられる者ではない。私たちはまさに今、新型コロナウイルス感染症の蔓延という事態に捕らえられている。
 では、そのように動けないものとしてつながれている植物たちが、どう生きているかと言えば、自由には動けないからこそ植物たちが体得した生き残るための戦略には驚かされる。植物は、私たち動物にとって不要な二酸化炭素を取り込み、光合成という不思議なメカニズムによって自分が生きるためのエネルギーを生み出している。また動物たちによってむしゃむしゃと食べられることを何ら厭わず、その結果、種があちこちにばらまかれることを選択している。植物のこのような生き残り術は、ひとえに植物が動けないありかたを取ったことから体得したものではなかろうか。このように、地面につながれ幹につながれているという不自由なありかたこそが得させてくれるものがある。
 「私はぶどうの木、あなたがたがその枝」という比喩をもってイエス様が伝えようとした励まし・慰め・平安とは、私はまずこのようなものだと受け取る。それは自由を奪われ、ある状況に縛られ繋がれていることを、逆に良い実を実らせるためのなくてはならない機会として受け止めるということである。さらに言えば、動けない存在とされ、ある状況に植えられつながれていることこそが、実は神様からの手入れを受けており、またイエス様というぶどうの幹にしっかりとつながれている状況なのではなかろうか。もし私たちが自由に思い通りのところに進んでゆけるなら、それは私たち自身は幸いと思うかもしれないが、実はそれは神様から手入れをされず枝が幹から離れ、自分の思い通りに葉ばかりを繁らせ実を少しも実らせない状況なのである。枯れてしまえばたきぎにもならないような物としてゴミとして燃やされるしかない。そのような私たちが、難儀な境遇につながれることこそ、実はそれがイエス様にしっかりとつながれることなのである。その状況こそが良い実を実らせるべく、神様から手入れを受け刈り込みをされ、幹にしっかりとつなげていただいている状態なのである。植物が二酸化炭素からエネルギーを得るように、私たちも、それまでの私たちには考えられもしなかったような生き方ができるようになるかもしれない。良い実を実らせるために、なくてはならない機会となるのである。
 だから、迫害にあったときに、自分たちが果たしてイエス様にしっかりと結び付いていられるだろうかと心配する必要はない。バークレーが手厳しく言ったように、自分が実践の伴わない口先だけの信仰者になってしまうのではないかなどと思い悩む必要はないのである。迫害という状況につながれていることこそが、イエス様にしっかりとつなげていただいている状況なのだから。7節以下には、私たちがイエス様にしっかりと結ばれているなら、イエス様の言葉や愛が私たちの内にあると書かれている。それは幹であるイエス様から栄養分が豊かに私たちに流れ込んでいる状況を指しているのだと思う。それは、枝である私たちが難儀な状況に置かれることである。そこに置かれた私たちは、幹に向かってSOSを出す。するとそれに応えて幹であるイエス様は、より豊かに栄養分を与えてくれるのであろう。そうした間柄が幹と枝との間により太い管を形成してくれるであろう。切っても切れないつながりが堅固に作られてゆくのである。

4.まずこうした植物のあり方の上に、他のどんな樹木ではなく、ぶどうの木とその枝にイエス様は自分と弟子たちの間柄をたとえたのである。そこには、ぶどうの木の独特な特徴が込められている。
 このイエス様の言葉を子どもたちに話す際には、実物のぶどうの枝と大きな樹木の枝と比べながら、必ず触れる点がある。杉やヒノキやケヤキは、何年も経てばそれは立派な建築材料として役に立つ。しかしぶどうはそうはならない。何年経っても少しも成長したようには見えない。いかなる建築材料にもふさわしくならない。たぎぎにさえならない。ぶどうは、ひたすらおいしい実を実らせることにすべてを傾けているのである。それがぶどうの木の特徴なのである。
 「私はぶどうの木、あなたがたはその枝」とイエス様が言ったその心は、「私もそのようなぶどうの木であり、あなたがたもその枝であるのだから、良い実を実らせる者であればよいのだ」ということなのである。イエス様は「私は杉やヒノキやケヤキであり、あなたがたはその枝」とは言わなかった。薪としてさえも役に立たない、ごみにしかならない、建築材料などとんでもない、そのように無価値な私たちであっても、イエス様につなげていただいているなら、おいしい実をつけることができるのである。そしてその実は、自分自身では食べることのできない実である。誰かに食べてもらっておいしいと言ってもらうものである。そしてその実が発酵するとぶどう酒に変わる。ぶどうの幹としてのイエス様の生涯も、まさにぶどうの実としてのものだったし、私たちの人生の実もそのようなものであってよいのだと思う。何を残したか、どんな大木になりどんな建築に用いられたか、そのようなものはどこにもない。冬の季節には、実どころか葉もない。それが私たちであるかもしれない。しかしそのような私たちでも、またおいしい実をつけることができるようになるのである。

聖書:新共同訳聖書「ヨハネによる福音書 15章 5~6節」 15:05わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである。 15:06わたしにつながっていない人がいれば、枝のように外に投げ捨てられて枯れる。そして、集められ、火に投げ入れられて焼かれてしまう。


2020/03/15 受難節第3主日礼拝(創立記念礼拝)

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「キリストの体なる教会」 1.この教会の創立は、1978年3月21日である。この土曜日に創立42周年を迎えることとなる。
 1章の最後、23節に「教会はキリストの体であり」とある。「教会がキリストの体」とは、このエフェソの信徒への手紙の全体を貫く柱のひとつである。パウロが、キリストの体である教会がどのような働きをしているのか、キリストの体である教会に属することによっていただく糧や恵みがどのようなものかを語ろうとしたのではないかと思う。
 そこでまず注目したいのは、パウロが「教会はキリストの体」と語るにあたって、その「体」と訳されている言葉は、ギリシャ語の原文ではソーマという言葉が用いられている点である。ソーマと言えば、コリント人への手紙で学んだ「ソーマ・セーマ」という語呂合わせの格言を思い起こされるのではなかろうか。ソーマとは体という意味、セーマとは墓場という意味だと学んだ。体は墓場、このような語呂合わせの格言によって表現される考え方が、今から2000年前のギリシャ・ローマ世界には広く行き渡っていた。エフェソの町こそ、そのような考え方が強かったのかもしれない。というのは、エフェソの町は古くからギリシャ哲学の有名な学者を次々と輩出していた町だったからである。学者をはじめ、人々が強く求め願っていたのは、傷つき病気になり老いて、やがて死んでゆく、それゆえに私たちの心を強く縛り鎖につなぐようにして墓場へと引きずってゆく「体」というものからの自由であり、平安であった。体さえなければと人々は思っていたのである。体を厭い蔑視していた。そのような思想と、現在世界を震撼させている新型コロナウイルスによる状況も、まさに同じではないだろうか。病気になるのは人の体なのである。体が病んでしまうがゆえに心や精神の平安が失われてしまうのである。

2.ソーマ・セーマと考えていたエフェソの人々にパウロは、あえてわざわざソーマという言葉を使って「教会はキリストのソーマ」と語ったのである。そこに私は、パウロからの挑戦状のようなものを感じる。
 パウロがこのように語ったのは、まず何よりもイエス様がキリストであることにおいて「体」が不可欠であったということがあったのだと思う。イエス様が「体」、それも十字架というまさしくセーマであるところへとイエス様を引きずり込むソーマを持っていなければ、キリスト・救い主ではありえなかったということである。
 イエス様が「体」であることにおいてこそ、私たちの救い主・キリストであられたということで、いつも教えられているのは、私たちが2000年後の今も聖餐式として守り続けている儀式の由来となった最後の晩餐でのイエス様の遺言である。イエス様は、その食事でのパンやブドウ酒を取って「これはあなたがたのための私の体・血である」と言った。私があなたがたのために体を与え、血を飲ませること、つまり私の体や血の犠牲があなたがたを救うのだと言った。このことがイエス様を救い主として信じる私たちの信仰の核心にある。私たちはこのイエス様の言葉を2000年間記憶し続け、最後の晩餐に由来する聖餐式を守り続けてきた。
 なぜイエス様の体や血、その犠牲をいただくことが私たちの救いになくてはならないことなのか。救い主としてのイエス様の救いを、私はいつも医者による救いや治療にたとえる。重症になった患者は、自分の免疫だけではウイルスと戦うことができない。点滴をしてもらって戦うための武器を外から補給してもらわねばならない。自分の腎臓が悪くなって自分では体の毒を濾過できなくなった人は、人工透析器につなげて毒素を取り除いてもらわねばならない。自力では呼吸できなくなった人は、人工呼吸器をつなげて呼吸を助けてもらう。
 私は、イエス様の体や血の犠牲をいただくということを、こういうことだと捉えている。それは、信仰においてイエス様につないでいただいて、その犠牲において私たちが免疫をいただいたり毒素を取り除いてもらったり、呼吸を助けてもらうことなのである。体を裂き血を流して犠牲となられたイエス様には、私たちにはない貴い免疫があった。私たちの毒を濾過する清さがあった。私たちに酸素を送ってくださる命の息があった。十字架にかけられたイエス様は私たちに「私はぶどうの木、あなたがたはその枝である」と語った。私たちは犠牲となられたイエス様の体につなげていただくことによってこそ、自身では決して得られない幹につながる枝であるがゆえの支えや栄養をいただくのである。

3.このように、まずイエス様がキリストとして、体があったということが、次にこのキリストとしてのイエス様の体が教会において具体的に存在しているのだとパウロは語ったのである。私たちは洗礼を受けてイエス様につなげていただく。そしてイエス様の体や血の犠牲をいただく聖餐にあずかる。そこには具体的にイエス様が点滴としてあるいは人工透析器として人工呼吸器として存在しているのではない。私たちの生身の体は、病んだ体を持つ私たちの救いには、具体的にイエス様の体が存在することが不可欠なのではなかろうか。パウロは、それが教会だと語ったのである。
 教会がはたして病気になった私たちを救う実際の点滴や人工呼吸器や人工透析器のような目覚ましい働きなどできているのであろうか。私は、生まれたときから父に連れられて教会に属し続けてきた者として、教会は私にとって確かにそのような働きをしてきたとしみじみ感じるのである。
「教会がキリストの体」ということから思い浮かべるのは、マタイによる福音書のイエス様の言葉である。「二人または三人が私の名によって集まるところには、私もその中にいるのである(18章20節)」とあった。イエス様は、自分の体をこの世に作り出す人数は、わずか二人でも三人でもよいと言っているのである。それはまさしくソーマ・セーマのセーマだと感じる。すぐさま墓場へと直行させられてしまうような、小さくて脆く弱い集まりである。エフェソの町にあったアルテミスという女神を祭る神殿に集まった人々の人数とは対照的である。イエス様の名によって集まる者は本当に少ない。少なくても、それによってイエス様の体の一部になることによって、私たちは生きる上での力強い免疫をいただくし、呼吸を助けていただくし、毒を濾過していただくし、なくてはならない栄養や支えをいただけるのではなかろうか。

4.一体、二人または三人が集まりそれによって作られるイエス様の体なる教会に属することで、私たちはどのような支えや栄養や免疫をいただくのであろうか。そのことがここに語られていると思う。
 パウロが語ったのは、何よりもまず私たちがイエス様が要である石であるところの建物を構成するなくてはならない一部となるのだと語ったのだと思う。建物を構成する石としては、イエス様自身がこの世においては不要でありむしろ邪魔だと言って捨ててしまった石だったように、私たちも、たった二つとか三つの石でしかない。まるで役に立たない何の働きもできないような石である。そのような石の集まりに何ができようか。
 ところが、そのような石が集まってイエス様の体を構成し神様の神殿を作るのである。それは神様の住まいだともある。それほどに神様はこの建物を喜び、自分の住まいとして大切に下さるということなのである。誰しも自分の住まいであれば奇麗にし、手入れを怠ることがない。同じように、たった二人または三人でしかない私たちがキリストの体を構成することにおいて、ここまで神様から大切にされるのである。愛されるのである。だからこそ、私たちはキリストの体の一部であることにおいて支えや栄養や免疫や毒の分解をしていただけるのだと思う。
 福島にいたときからずっと夕拝を長く守ってきた。時には私一人だけ、また奏楽者と私だけのこともあった。そのような時には、聖書を読み、讃美歌を歌い、祈りをささげるだけで終わっていた。しかし、そこにたった一人、どなたかが来てくれるだけで、私は喜んでメッセージを語ることができるようになる。たった一人また二人であるからこそ、そこに一人が加わって、二人また三人の集まりになるありがたさが身に染みるのである。そのようにして教会というキリストの体においては、たった一人の存在が大事にされるのである。二人または三人の者だからこそ、そこに加わってくれるたった一人の存在が本当に大切にされるのである。そのようにして大切にされるということこそが、キリストの体に属することによって私たちが与えられる栄養や支えや命の息吹なのだと思う。私たちを病気にする病原菌から私たちを守る免疫となり、毒素を取り除いていただくことになるのだと思う。
 私は秋田県の湯沢市という小さな町の小さな教会で育んでいただいた。そこでは、まさに19節にあるように、教会員は「神の家族」だったように思う。私はそこで教会員皆の子どものように慈しんでもらった。記憶はあやふやだが、その教会には、足が不自由で言葉にも不自由な、恐らくはゴミ収集をなりわいとしている人がいた。その人が醸し出す何とも言えない優しい感じを忘れることができない。この世的には、そのような人は軽んじられたり差別されたりということがあるかもしれない。しかしその教会では、そういうことは一切なかった。たった一人の存在が、なくてはならない貴重な石だった。ひとつでも失われたら教会全体に大きな穴が開いてしまうほどの大切さがあった。この世において、たった一人がこれほどに大切にされるところがあるだろうか。これからの時代社会において、教会がますます小さくなりソーマ・セーマにおけるセーマに等しいようなものになってしまうかもしれない。しかしそれを恐れたり恥じたりする必要はない。イエス様は「二人または三人こそが私の名によって集まるところには私がおり、それが私の体だとおっしゃって下さった。少なくなってこそ、たった一人の存在のありがたさがわかるのである。

聖書:新共同訳聖書「エフェソの信徒への手紙 2章 19~22節」 02:19従って、あなたがたはもはや、外国人でも寄留者でもなく、聖なる民に属する者、神の家族であり、 02:20使徒や預言者という土台の上に建てられています。そのかなめ石はキリスト・イエス御自身であり、 02:21キリストにおいて、この建物全体は組み合わされて成長し、主における聖なる神殿となります。 02:22キリストにおいて、あなたがたも共に建てられ、霊の働きによって神の住まいとなるのです。


2020/03/08 受難節第2主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「もう空っぽではない」 1.イスラエルのベツレヘムにエリメレクとナオミという夫婦がいた。飢饉があった。夫婦は、二人の息子を連れて、当時イスラエル人とは余りよい関係ではなかったモアブ地方に避難した。ナオミはそこで夫エリメレクを失った。二人の息子の妻は、モアブの女性だった。ところが二人の息子にも先立たれてしまった。とうとうモアブでの生活が立ち行かなくなってしまったためナオミは、故郷へ帰る決心をした。道すがらナオミは二人の嫁に実家に帰るように言った。ルツだけは、どうしてもナオミのそばを離れたくないと言って拒んだ。ナオミはルツを連れて故郷ベツレヘムに帰ってきた。二人を出迎えた故郷の人々に、ナオミは「もうわたしをナオミ(快い)などど呼ぶな、マラ(苦い)と呼んでくれ。神様は私を苦しめうつろ(空っぽ)にしたのだ」と言うのだった。『もう空っぽではない』という説教題は、そのナオミの言葉から取った。ルツ記という物語は、そのようにして沢山のものを失って空っぽにされたナオミとルツとが、その後、まことに不思議な経緯で空っぽではなくなってゆく様を描いたものである。言わば人生の逆転劇が描かれていると言ってよいだろう。
 ナオミとルツの人生が空っぽではなくなってゆくその決定的なはじまりは、ルツが自身が異邦人出身の女性だということを何ら意に介さず、厚意を示してくれた人の畑で落ち穂拾いをすることを決心したことだった。そして、ルツに厚意を示して落ち穂拾いをさせてくれたのが、偶然にも彼女を妻として娶ることとなるボアズの畑だったのである。2章最後の23節には「ルツはこうして、大麦と・・・落ち穂を拾った」とある。期間としては4週間位ではないかと注解書にあった。2章にはボアズはナオミに声をかけ、いろいろと気にかけてやる様子が書かれている。この4週間の間に、二人の間には、お互いを憎からず思う感情が芽生えていったのであろう。

2.おそらく、そのようなことが3章での突然のナオミからルツへの驚くべき提案へとつながっているのである。ナオミはルツに、収穫が終わって酒を飲みいい気分で寝入っているボアズの床に添い寝に入るように命じたのである。内村鑑三は、その解説において、これは猥褻な行為ではないかとの非難があるだろうし、自分としても良家の子女にはここは積極的には読ませたくはないと書いている。ボアズがルツを憎からず思っているとナオミにはわかっており、ルツの将来を考えて、そこまで大胆なことをしてでもルツがボアズの妻になるのがよいと思ったからなのだと想像する。また、ベツレヘム中の女性たちがナオミとルツを祝福していた様子が書かれている。そこから、ナオミだけではなく村の多くの女性たちが、この大胆なふるまいを支持していたのではないかと想像する。そうでなければ、到底異邦人の女性がこんなふしだらと思えるような大胆なことはできかったであろうし、ナオミもそれをルツに勧めることはなかっただろうと思う。
 自分の床にはいってきたルツを見てボアズは驚いたが、しかしその思いを受け入れた。そして翌日早速、一計を案じた。それが4章に書かれている。ボアズは、町の門に立って村人に訴えたのである。イスラエルの古くからの慣習として、先祖代々の土地が人手に渡るのを防ぐために相続する者がいなくなった田畑を親戚が買い取るという制度があった。ちょうど通りかかった親戚が、エリメレクと二人の息子が相続すべき田畑を買い取ろうと申し出た。するとすかさずボアズは「畑地を買い取るときには、亡くなった息子の妻であるモアブの婦人ルツも引き取らねばならない(5節)」と言った。そして勿論、ルツだけではなくエリメレクの未亡人であるナオミも引き取ることになる。ボアズは「そこまではできない。親戚であるあなたがしてくれ」との返事を期待していたのであろう。期待通りの返事があり、そこで晴れて正々堂々とボアズはルツを妻として迎えることとなったのである。やがて二人の間には、オベドという子が生まれた。この子をナオミは養い育てたと16節にある。このオベドは、あのダビデの祖父である。こうしてかつて空っぽにされたナオミは、もう空っぽではなく、失った快さを取り戻してゆくこととなったのである。
 私たちの人生も、様々な意味で空っぽにされることが多い。新型コロナウイルス感染症への恐怖から、いずこの教会においても礼拝者数が激減している。礼拝そのものを休まざるを得なくなっている教会もあると聞く。そのために死亡した人はそれほど多くないと言われているが、私たち誰もが、いつなんどき重症化して入院を余儀なくされるかわからないのである。私たちもナオミやルツと同じ境遇に置かれることがある。しかしそのような私たちであっても「もう空っぽではない」と言える時がやってくるのだと、この御言葉は語りかけてくれているように感じる。

3.ポイントが3つのある。まず14節。ベツレヘムの女性たちのナオミへの言葉として「主をたたえよ。主はあなたを見捨てることなく、家を絶やさぬ責任のある人を今日与えてくださいました」がある。神様が与えて下さったと女性たちが言っている。以上のような経緯というのは、神様が与えて下さった奇跡であり不思議としか言いようのないことではあるが、しかしそれは棚からぼたもちのように、ただナオミとルツが黙って口を開けて待っていたところに与えられたというものではないと思うのである。そうではなく、ルツやナオミが数々の決断をし、そして恥も外聞もなく大胆な行為をはじめてゆくことにおいて神様が与えて下さったものではなかったか。その大胆な行為とは、まずは人様の厚意にすがって落ち穂拾いをさせてもらうことであり、またボアズの床に忍び込むというふるまいなのである。何よりもの始まりは落ち穂拾いであった。異邦人のルツにとって、そのようなことをするのは、本当に肩身の狭い辛いことだったはずである。また、人様が拾わないもの、捨てたものを拾うことなど、何になるのかとも思う。しかし、それをすることが神様が与えるものを拾うことになるのである。
 ルツがそのようなふるまいを4週間にもわたって懸命にしていた姿を見ていたからこそ、ボアズが彼女を気に入ることとなり、また、村中の女性たちがルツの味方になったのであろう。だから、大胆でふしだらと思われるような行為をルツにさせてはどうかとナオミに持ちかけたのではなかったかと思う。そのような伏線があったからこそ、4章に書かれているような経緯も生まれていったのである。こうしてボアズは、無理やりであったり感情に任せてのふるまいではなく、きちんとした慣習に則って正々堂々と村中の人々から認められ祝福される形でルツを妻として迎えられるようになっていったのである。『天は自ら助くる者を助く』という有名な格言を思い起こす。
 こうしたことから、私たちにも落ち穂拾いをするフィールドは必ずあるのだと改めて示されるのである。空っぽになり、困難な境遇に置かれようとも、落ち穂拾いのできる人生の領域はどこかにある。それはおそらく、普通の人々が見向きもしないような働きである。そのようなことをしても何になるかと思われるような行為なのである。しかしそれを誠実に忠実に果たしてゆくことが、神様が与えて下さる祝福をいただく器となってゆくのである。落ち穂拾いという些細な行為が、私たちの人生をしてうつろなものからそうでないものへと変えしめてゆくものとなる。

4.第2に、そのようにしてルツやナオミの行為を器として、そこに神様が盛って下さったものは、本当に不思議で奇跡としてしか言えないものであったと思う。それは到底人間には考えられないようなことである。当時敵対関係にあったモアブ人の女性とイスラエル人の、それも相当年の離れた老人と言ってもよい男性と未亡人とが結婚するなどということは、まったく考えられないことである。夫にも二人の息子にも先立たれたナオミが、孫を抱き、養い育てる快さ・幸いを得られるとは想像できない。それらはすべて、人間にはできない。神様だからこそできたことなである。
 神様がこうしたことをなさるためには、人間の側の行為が大事なのである。さらに言えば、私たちの側において、それまで持っていたものを失って「空っぽにされる」ということも不可欠なのである。ヨブは「主は与え、主は取りたもう」と言った。神様が与えたもうとき、私たちの側では取られ失うということが起きざるを得ない。だからこそ、異邦人の女性であるルツが、ボアズと結婚し、そこからダビデの祖父が生まれていったのである。決して越えることのできないような民族の壁を乗り越えられるようになったのである。
 私は、現在の新型コロナウイルス感染症ことも、そのようなことではないかと密かに感じている。私たちはいろいろなものを失い、空っぽにされるのだと思う。しかしそれがなければ神様が与えて下さることは起きないし、私たちがそれまでがっちりと持っている壁や隔てが壊されることも起きないのである。ロドニー・スターク『キリスト教とローマ帝国―小さなメシア運動が帝国に広がった理由―』という本の中で、苛酷な迫害を生き延びてキリスト教がローマ帝国内に広がっていったひとつの理由として、ペストを含む伝染病や様々な感染症の蔓延があったことが論証されている。そのような中で、数少ないクリスチャンたちは、病む者を看病し、死んだ者を丁寧に埋葬していったのである。そうすることで感染症に対する免疫が獲得され、生物学的にも生き残る確率を増やしていったのではないかとの仮説である。そのような中でクリスチャンでなければできないことをなしてゆき、乗り越えられないような壁を神様は乗り越えさせて下さったのである。それは私たちが何かを失い空っぽにされることを抜きにしてはできないのである。
 今回のことで私たちの教会に限らず諸教会は、人的にも経済的にも相当厳しい事態に直面するだろうと思う。しかしだからこそ、それまでどうしても乗り越えられなかった何らかの壁を越えて、ルツとボアズが結婚していったような驚くべきことが起きるのではなかろうか。

5.最後3つ目のポイントは、神様がナオミに快さ・幸いを取り戻させて下ったときに、そこで決定的に大事だったのは、人とのつながりであったということである。すべての起点はルツがナオミの嫁となったことだった。ベツレヘムの女性たちは、ナオミに「責任ある人(ボアズのこと)をお与えくださいました」と言い(14節)、また「その子はあなたの魂を生き返らせる者となり老後の支えとなるでしょう」と言い(15節)さらには「嫁がその子を産んだのですから」と言っている。すべては人を通して神様が与えてくださるのである。そしてその間柄というのは、ナオミからすれば血のつながりも何もない人々であった。ナオミにとっては、ボアズもルツもルツの産んだ子もそうである。そのような者たちがつながり合って、そこから生み出されるものが神様の与えて下さる不思議な奇跡を盛る器となってゆくのである。そのような人とのつながりということならば、どのような時にも私たちは持つことができるのではなかろうか。どれだけ空っぽにされた時にも、それらは失われないものではなかろうか。家族がだれもいない人であっても、この教会のつながりにおいて与えられるものではなかろうか。

聖書:新共同訳聖書「ルツ記 4章 9~17節」 04:09ボアズはそこで、長老とすべての民に言った。「あなたがたは、今日、わたしがエリメレクとキルヨンとマフロンの遺産をことごとくナオミの手から買い取ったことの証人になったのです。 04:10また、わたしはマフロンの妻であったモアブの婦人ルツも引き取って妻とします。故人の名をその嗣業の土地に再興するため、また故人の名が一族や郷里の門から絶えてしまわないためです。あなたがたは、今日、このことの証人になったのです。」 04:11門のところにいたすべての民と長老たちは言った。「そうです、わたしたちは証人です。あなたが家に迎え入れる婦人を、どうか、主がイスラエルの家を建てたラケルとレアの二人のようにしてくださるように。また、あなたがエフラタで富を増し、ベツレヘムで名をあげられるように。 04:12どうか、主がこの若い婦人によってあなたに子宝をお与えになり、タマルがユダのために産んだペレツの家のように、御家庭が恵まれるように。」 04:13ボアズはこうしてルツをめとったので、ルツはボアズの妻となり、ボアズは彼女のところに入った。主が身ごもらせたので、ルツは男の子を産んだ。 04:14女たちはナオミに言った。「主をたたえよ。主はあなたを見捨てることなく、家を絶やさぬ責任のある人を今日お与えくださいました。どうか、イスラエルでその子の名があげられますように。 04:15その子はあなたの魂を生き返らせる者となり、老後の支えとなるでしょう。あなたを愛する嫁、七人の息子にもまさるあの嫁がその子を産んだのですから。」 04:16ナオミはその乳飲み子をふところに抱き上げ、養い育てた。 04:17近所の婦人たちは、ナオミに子供が生まれたと言って、その子に名前を付け、その子をオベドと名付けた。オベドはエッサイの父、エッサイはダビデの父である。


2020/03/01 受難節第1主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「どうしたらよろしいのですか」 1.著者のルカは、自身による福音書の続編としてこの使徒言行録を書いた。ルカがなぜ続編を書こうと思い立ったのだろうか。次々と襲ってくる困難にもかかわず、イエス様を救い主すなわちキリストと信じる者の群れが続々と続いていったからである。
 聖霊降臨(ペンテコステ)の直後になされたペトロの説教の最後のところを読むと、最初の信徒の群れが直面していた問題が何であったかがよくわかる。そしてペトロは、その問題を聖霊降臨の出来事を通して乗り越え、その解決をその説教で人々に教え示したのだと思う。
 その問題とは、イエス様が同胞であったユダヤ人によって十字架につけられて殺されてしまったということである。なぜこのようなことが起こったのであろうか。またこれを引き起こした同胞に対してどう接してゆけばよかったのか。大事な師を殺した憎き敵として憎み復讐してゆくべきだったのか。ペトロが、そのような問題を乗り越えるべく示したことが、まとめられているのが、36節の言葉だと言ってよいと思う。
「あなたがたが十字架につけて殺したイエスを、神は主としまたメシアとなさった」とある。ペトロのこの言葉は、様々な意味に受け取ることができよう。私がまず感じるのは、何よりも神様がイエス様を主としメシアすなわち救い主とするためには同胞ユダヤ人によって十字架につけられ殺されることが不可欠だったのだという捉え方である。
 同じような問題、すなわち使徒たちがイスカリオテのユダによるイエス様の裏切りから生じた問題に直面したということがあった。よりにもよって、どうしてイエス様を裏切る者が、イエス様が直弟子として選んだ12人の中から出たのか。イエス様に人を見る目がなかったからではなかったか。イエス様の選びの力はそのように脆弱なものでしかなかったのか。これに対してペトロが語ったのは、それは神様のなした御心の中にあるということだった。ペトロは「イエス様に人を見る目がなかったからではなく、その選びの力が弱いからでもなく、神様の御心なのだ。イエス様を救い主とする神様の計画のためには、どうしても必要な役割だったのだ。ユダさえもそのような神様の御業の中に含まれているのだ」と語ったのである。
 同じことを、ユダヤ人同胞がイエス様を十字架につけて殺したことにも、ペトロは言及しているのだと思う。神様がイエス様を主とし、またメシアとして立てるためのには、どうしても必要なことだったのである。そう捉えることによって、「イエス様が十字架の上で殺されたのは、イエス様が何か悪いことをしたからだ」というような非難を退けることができる。ローマ帝国に対して、イエス様が何らかの犯罪を犯したから処刑されたのだとの訴えに対抗できる。ひいては同胞であるユダヤ人を憎み復讐心を燃やすことからも逃れることができるであろう。

2.ではなぜ神様がイエス様を主としメシアとして立てるために、ユダヤ人によって十字架につけられ殺されることが不可欠だったのか。そこにはいかなる神様の御心が込められていたのか。
 22節以下に述べられているペトロの説教では、まだはっきりとした十字架の意義のようなものは語られてはいない。ペトロが語ったのは「あなたがたが殺したイエス様を神様は復活させた」ということのみだった。ペトロは、いくつもの旧約聖書の御言葉を引用し、イエス様が死に支配されたままではいないことを論証した。そしてその証拠として復活が起こったのだと語ったのである。このペトロの説教では、復活させられたイエス様がなぜ十字架の上で殺されねばならなかったのかについては、明確には語られてはいない。著者ルカに、どのような意図があったかは定かではない。恐らく事実としても最初の信徒の群れは徐々に徐々に聖霊によって十字架の意義を教えられていったのではなかろうか。ペンテコステ直後の段階では、ペトロはにまだ、しっかりとそれを説教できるほどのものはできていなかったのであろう。しかしペトロは、ペンテコステの出来事によって、聖霊の教えるところにより、直感的に、神様がイエス様を救い主として立るためにはどうしても十字架の死が不可欠だったのだと悟ったのであろう。イエス様が悪いのでも、またユダヤ人が悪いのでも、神様の御業として、それは起きたのだということをペトロはまず悟ったのである。
 では、そもそもなぜユダヤ人がイエス様を十字架につけて殺してしまったのであろうか。それはもう様々な理由がある。ひとつの決定的な理由としては、イエス様が身をもって示したこと─その核心には、「幸いとは何か、救いとは何か」ということがあろう─を受け入れ難かったからである。ユダヤ人として長く信じてきたことをふまえると、とうてい受け入れ難かったのである。22節に「ナザレの人イエス様こそ、神から遣わされた方です。神は、イエスを通してあなたがたの間で行われた奇跡と不思議な業としるしによって、そのことをあなたがたに証明なさいました」とある。神様から遣わされたイエス様が、その奇跡や不思議な働きを通して示そうとしたのは、人間にとって何が幸いであり何が救いかということではなかったか。私はいつも、イエス様を医者にたとる。神様から遣わされた医師としてイエス様は、私たちがどのような病気にかかっており、あるいは、何が健やかさで何が癒されることなのかを示しているのである。
 もっとも象徴的なのは、イエス様が山上の説教の冒頭で語った「幸いなるかな」の教えではなかろうか。「幸いなるかな、貧しい者は」とイエス様はまるで人々が驚くようなことを語った。今、私たちは、新型コロナウイルスに恐怖している。そのような私たちの一体どこが幸いであろうか。ユダヤ人たちは、律法の行いにおいて富んでいる者、また経済的にも肉体的な意味でも豊かな者こそが幸いだと信じていた。私たちもそうなのである。しかしイエス様は、その幸い観というものをひっくり返した。なぜならそれは、貧しい者・苦しむ者・悲しむ者こそが、神様を幼子のように頼り、またお互いに頼りあうようになるからである。貧しい者の幸いとは、突き詰めれば幼子の幸いさである。自分自身は何一つ持たない。しかし幼子は、親や誰かを頼って幸いなのである。そのような幸いや健やかさをイエス様は身をもって教えたのである。イエス様を信じ頼ってその幸いや健やかさを手に入れなさいと教えたのである。
 このような幸い観を、ユダヤ人はどうしても受け入れられなかったのであろう。だからイエス様を十字架に追いやった。しかし神様はイエス様を復活させて永遠に生きたもう方とされた。それは、私たち人間がどれほどイエス様を、またそこにイエス様が身をもって示した幸い観を十字架の上で抹殺したとしても、それはできないのだとの神様の明確な御心なのである。そしてそれは、私たち人間の間違った幸い観に対する宣戦布告と言ってもよいし、私たちがどれだけイエス様という医師をはねのけたとしても、神様はイエス様を私たちへの救い主として派遣し続けるという堅い意志の現れなのである。

3.ペトロの説教を聞いた人々には、そのメッセージの核心にあることが伝わったのであろう。だからその応答は37節にあるように、「心を打たれ・・・『わたしたちはどうしたらよいのですか』」との問いとして現れてきたのである。それはまさに重い病気にかかっていることを告げられた患者が、命の危険を知り、何とかして救われたいとの切実さをもって、「病気を治していただくにはどうしたらよいでしょうか」との問いなのである。
 これに対してペトロは、まず「悔い改めなさい」と言った。その言葉は、ギリシャ語の原文では「メタノエオー」という言葉である。「悔い改める」と日本語に訳されてしまうと、それは反省とか後悔するとの意味に受け取られてしまう。しかし本来の意味は決してそのようなものではない。それは生き方そのものを180度転換して、これまでとは全く違った方向にむかって生き始めるようになるありさまなのである。死に至る重病であることを告げられた患者は、単に反省するとか後悔することによって病いから救われるのでは決してない。何が不可欠かと言えば、今新型コロナウイルスによって重い肺炎にかかっている人々がまさにそうであるように、医師による外からの助けや人工呼吸器といったものなのである。そのようなものがあってはじめて、これまでとは180度違った方向への生き方が始められるのである。自分の力だけでは生きてゆけない状況に陥ったが、そこに幸いにも外から助けがもたらされるのである。それにすがることができる。外からの助けにすがった生き方におのずと転換してゆけるのである。これこそがメタノエオーなのである。
 この生き方が、めいめい、イエス・キリストの名によって洗礼を受け、罪を赦していただくものとなる。洗礼を受けることについては、ローマの信徒への手紙の6章3節に「キリスト・イエスに結ばれるために洗礼を受けたわたしたち」とある。イエス様に結ばれることなのである。私は、受洗準備会をはじめるときには、必ずこの御言葉から始める。それはまさに、神様という医師によって私たちがイエス様という人工呼吸器に繋いでいただいた状況を表しているのである。私たちが繋がれたのは、何よりも十字架につけられたイエス様である。自分の持っている豊かさのみに生き頼ろうとしている私たちとは正反対に、十字架の上ですべてを失い、だからこそ神様に幼子のように頼った、十字架の上で「わが神、わが神、なにゆえわたしをお見捨てになったのですか」と子供のように嘆いたイエス様が、私たちがつなげていただく人工呼吸器なのである。救命救急具なのである。

4.そこにまた罪の赦しということがある。罪ということも、なかなか一般には理解されがたいことであろう。人々は、「キリスト教は罪、罪と人間を犯罪者のように扱うけれども、自分たちは何も悪いことはしていない」と言う。罪と訳された言葉は、ギリシャ語原文では「ハマルティア」という言葉で、もともとは「的を外す」という意味である。私たちが的を外して生きてしまっている様子を表している。それなのにそれを幸いだと思い込んでいるのである。
 私たちが本来向かうべき的とは、何であろうか。それは、幼子のように生きることであろう。神様は私たちを自分の姿に似せて創造したと創世記1章26~27節にある。その神様の姿とは何であろうか。それが2章に書かれている。創世記2章7節には「神は、土の塵で人を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった」とある。これこそが神様の姿であるといってよいのではなかろうか。だとすれば、私たちに刻まれているのも、このような神様と似たような働きをするのではなかろうか。それが私たちの本来向かうべき的である。勿論私たちは、神様と全く同じ働きはできない。しかし似た働きはできる。私たちのまわりには、放っておけばぼろぼろと崩れて土の塵に化してしまうよう人々が沢山いる。私たちの手でそのような人々をくるみ支えて、その人々が生きる者となれるように、私たちは命の息を吹き入れてあげることができる。それが私たちの本来向かうべき的なのではなかろうか。そのように生きるのが、私たちの幸いであり健やかさなのではなかろうか。
 しかし私たちは今、的を外して生きている。ただただ自分自身にばかり息を吹き入れている。自分で自分をくるもうとばかりしているの。それが聖書で言うところの罪であり病なのである。だから、十字架の上ですべてを与えて下さった姿の通り、命の息のすべてを私たちに吹き入れ尽くしてくださったイエス様を人工呼吸器として、私たちはつなげていただかなくてはならないのである。

聖書:新共同訳聖書「使徒言行録 2章 36~42節」 02:36だから、イスラエルの全家は、はっきり知らなくてはなりません。あなたがたが十字架につけて殺したイエスを、神は主とし、またメシアとなさったのです。」 02:37人々はこれを聞いて大いに心を打たれ、ペトロとほかの使徒たちに、「兄弟たち、わたしたちはどうしたらよいのですか」と言った。 02:38すると、ペトロは彼らに言った。「悔い改めなさい。めいめい、イエス・キリストの名によって洗礼を受け、罪を赦していただきなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けます。 02:39この約束は、あなたがたにも、あなたがたの子供にも、遠くにいるすべての人にも、つまり、わたしたちの神である主が招いてくださる者ならだれにでも、与えられているものなのです。」 02:40ペトロは、このほかにもいろいろ話をして、力強く証しをし、「邪悪なこの時代から救われなさい」と勧めていた。 02:41ペトロの言葉を受け入れた人々は洗礼を受け、その日に三千人ほどが仲間に加わった。 02:42彼らは、使徒の教え、相互の交わり、パンを裂くこと、祈ることに熱心であった。


2020/02/23 降誕節第9主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「わたしの平和を与える」 1.27節にイエス様の言葉「私は平和をあなたがたに残し私の平和を与える」が書かれている。ここで「平和」と訳されている原文のギリシャ語は「エイレーンエー」である。その言葉は、ヘブル語では「シャローム」という言葉である。私たちにとって、より身近なのは「平安」「安心」という言葉ではなかろうか。
 いつの時代にあっても、安心・平安ということほど、私たちにとって切実なものはない。これを求め願う切実さは、2000年前の時代と何ら変わってはいないと感じる。今まさに私たちは未知のウイルスによる感染の恐怖におののいている。これほど科学技術が進歩している時代にあっても、小さなウイルスによって私たちの安心は脅かされているのである。そのような私たちに、イエス様は「平和をあなたがたに残してゆく。私の平和を与える」と約束して下さる。14章6節の「私は道である」というイエス様の言葉を、私たちは「あなたがたがどんなに五里霧中と思われるような中に置かれても道がないなどということはないから安心しなさい」というメッセージとして受け取った。だからこの平安についてのイエス様の言葉も「このような状況にあっても、あなたがたに安心がないなどということはないのだから大丈夫なのだ」という約束として受け取ってよい。

2.しかしここでとても大事な点があると思う。それはイエス様が私たちに与えてくださる平和は「私の平和」だという点である。さらにイエス様は「私はこれを、世が与えるように与えるのではない」と続けている。イエス様が「与える」と約束して下さった平和は、あくまでイエス様自身が持っている平和なのであって、この世が私たちにもたらすものとは決定的に違うのだとイエス様は教えているのである。イエス様が約束して下さった平和は、私たちがこの世界において普通に求め願いまた与えられるものとは決定的に違う。そのことを知らなければ、私たちはイエス様が約束して下さった平和を見いだすことはできないであろう。「イエス様の約束は嘘ではなかったのか」と言うしかなくなる。
 そこでまず考えさせられるのは、世が与える平和とはどのようなものかということである。27節の最後で「心を騒がせるな・おびえるな」とイエス様は弟子たちに命じている。最後の晩餐における長い告別の言葉の最初でも(14章1節)、イエス様は「心を騒がせるな」と言っていた。それは文字通りの意味で「心を騒がしてはいけない」と言っているのではないと思う。イエス様に何か恐ろしいことが起ころうとしており、それによって自分たちにも危機が迫っていることがひしひしと感じられる状況下で、「心を騒がせない・恐れない」というのは不可能であろう。恐れるのが当たり前である。イエス様が言うのは、そのような状況にあってもなお私が道であることにおいてあなたがたには進んでゆける道があるのだということである。だから平安がありうるのだというのである。
 世が与える平安や私たちが常識的にこの世界で求め願う安心とは、全く不安や恐れがない状況を言っている。一片たりとも心配なことがない状況に置かれることを私たちは求めている。そうであるからこそ、ほんの少しでも心騒ぐことがあり不安がよぎると、たちまち私たちの平安は失われてしまう。しかし何の心配も恐れもない状態など果たして私たちにあるだろうか。昨年はあれほど沢山の台風が襲ってきた。今年に入った途端に、今度は未知のウイルスの襲来である。私たちには、こうして次々と不安や恐れをもたらすことが起きてくる。不安や恐れが全くない状況の中に平安を見いだそうとしていては、私たちは、決してそれを発見することはできない。
 さらに、世が与える平安ということで示唆を受けるのは、30節にある「世の支配者が来る」という言葉であろう。この言葉は、この世界では「支配」ということが深くかかわってことを象徴的に表しているように感じる。だとすれば、世が私たちに与える平安とは「世の支配者」によって「支配」ということとつながってもたらされるものではなかろうか。「支配」とは、「コントール」と言い換えてもよい。何年か前に、この国の首相が、原発後の状況は完全にコントロールできていると言って、今年のオリンピック誘致に成功した。ところがそのオリンピックの開催年に、小さなウイルスさえコントロールできていない状況が広がりつつある。果たしてオリンピック開催ができるのかと危ぶむ声さえある。AI技術がこれほど進歩した時代にあってさえも、小さな病原体がもたらす災いを、私たちはいかんともしがたいのである。
 つきつめれば、私たち人間が思いのままに支配しコントロールできる状況の中に見いだそうとする平安など、実はどこにもない。そのような平安など、どこにも見いだせないのに、私たちはそのような平安があると思い込んでいる。エレミヤ書の中に「彼らは『平和がないのに、平和・平和と言う」という言葉が何度か繰り返されている(6:14など)。エレミヤが生きていた今から2600年前の時代も、また今日も、あり得ない平安を捜し求めている私たちがいる。

3.以上のような「世が与える平安」と違って、イエス様の平安・イエス様が私たちに与えて下さる平安とはどのようなものなのか。イエス様は弟子たちと最後に取る食事を終えると、彼らに遺言を残した。弟子たちに「心を騒がせるな・おびえるな」と言っている。しかしイエス様自身に、全くそのようなものがなかったわけではない。ヨハネによる福音書には記されていないが、他の福音書には最後の晩餐が終わって逮捕される直前の、ゲッセマネでの祈りと言われる場面で「私は死ぬばかりに悲しい(マルコ14:34)」と心情を吐露している。「私の平和」とは、このような中にあってもなお持つことができるシャロームなのである。それは決して一切の恐れや不安がないところで成り立つ平安ではない。そうではなく、恐れや不安があってもそれと併存してありうるシャロームなのである。そのような平安を与えていただきたいと切実に思う。
 では、その源には何があるのか。それを教え示してくれるのが28節のイエス様の言葉だと思う。「『私は去ってゆくが、またあなたがたのところへ戻ってくる』と言ったのをあなたがたは聞いた。・・・父は私よりも偉大な方だからである」とある。そのときのイエス様にシャロームを与えているものとして、この言葉から示されるのはどういうことであろうか。それはまず何よりも、十字架の上で殺されるということが偉大な父なる神様のところへ行くことであり、喜ばしいことなのだとイエス様は捉えているということである。
 殺されるということ自体は、イエス様であっても死ぬばかりに悲しく辛い出来事に違いはなかった。それは先ほどの「支配」という言葉で言えば、イエス様が自分の人生についての支配を失いコントロールを喪失し、その反対に自分を殺そうとする者たちに支配されることである。しかしイエス様は、その歩みを偉大な父なる神様のみもとに行き、だからこそそれによって何か偉大なもの・大きなものを神様から与えられ、そしてそれをおみやげのようなものとして再び弟子たちのもとへ戻ってくる歩みとして捉えていたのである。
 確かにそのイエス様の歩みは、自分のコントロール下にはなかった。目に見えるありさまとしては殺す者・死に支配されていたのである。しかしそれでも、偉大な父なる神様の支配の下にある歩みだったのである。十字架を通して父のもとへ行き、再び戻ってくるという歩みを、この世の支配者はどうすることもできなかった(30節最後)。そこにシャロームがある。この歩みは善い歩みなのである。喜ばしいものなのである。最愛の弟子たちに偉大な神様からの善いものをもたらすためには、どうしても通らなくてはならない必要な歩みだったのである。そう受け止められることに、平安がある。

4.28節最後で、なぜわざわざイエス様は「父は私よりも偉大な方だから」と言ったのであろうか。実はこのイエス様の言葉は、いわくつきのもので、この言葉を根拠にしてイエス様を神様よりも一段低い存在として見なす神学が生まれてきた。「イエス様自身が神様は自分よりも偉大だと言っているではないか。イエス様は神よりも小さいのだ。等しくはないのだ。神ではないのだ」と主張する多くの人々の論拠となった。
 イエス様がわざわざここで神様を「偉大な方だ」と言ったのは、イエス様自身も含めて人間という存在の小ささ、特にこの世の中で肉体を持つ存在として時に病み時に苦しみ、そして最後には死ななければならない私たちの卑小さというものとの対照として言っておられたのだと思う。イエス様は、そして私たちも、この世での肉体があるがゆえの小さく、また苦しみの多い歩みを通って、偉大な神様のもとへと行くのである。この世での卑小な歩みのその小ささは、偉大な神様のもとで大きくされ豊かにされ広くされるというイメージを私は抱く。偉大な方のもとへ招かれることによって、この世での私たちの小ささや苦しみは花を咲かせ大きく結実するのである。私たちのこの世での苦しみや悲しみは決して無駄にはならない。花芽や球根が寒い冬を味わってこそ花を咲かせるように、私たちもこの世での苦しみを味わえばこそ、それが偉大な神様のみもとで大きく実をつけるのである。そしてその実を携えてイエス様は弟子たちのところに戻ってくるのである。イエス様は、この世での十字架の苦しみが、偉大な神様のみもとでは、とてもすばらしい実をつけたと戻ってきて教えて下さるのである。現在に至るまで十字架が私たちにおいてこれほど大きな働きをしているのは、それが偉大な神様のもとで大きく結実したからに他ならない。
 それがイエス様の平安なのである。私たちもこの平安をいただくことで、心を騒がせ、おびえざるを得ないような中でも進んでゆけるのではないだろうか。それは、私たちが状況を思い通りにコントロールできるものではない。むしろその逆で、肉体としての存在であるがゆえに、新型コロナウイルスにもかかり、様々な病気に犯されてこの世の様々な支配者に支配されるような歩みなのである。しかしその歩みは、偉大な神様のもとへ向かい、偉大な神様のもとで大きな実を実らせ、その実を携えて私たちもきっと何らかの形でこの世に残る人々のもとへ戻ってくる。そのような歩みなのである。私たちがこのような幸いな歩みをする者であることを、世の支配者はどうすることもできない。「彼は私をどうすることもできない」とは、何とすばらしい言葉であろうか。「私」とは、このような歩みをする私のことである。イエス様を先導者また同伴者として、イエス様が十字架の断崖絶壁を上りつつ、そこに打ち込んでくださったハーケンやカラビナを手懸かりにして、イエス様自身が私たちに結んで下さっているザイルを命綱にして、私たちもまた偉大な神様へと向かうのである。このような歩みをする私を、この世の支配者はどうすることもできないのである。神様とイエス様がしっかりとコントロールして下さっているのだから、私たちが今コントロールを失っていることなど何ら恐れるに足らないのである。ここに平安がある。「さあ立て。ここから出かけよう」との声に従って、私たちもこの状況を進んでゆくことができるのである。

聖書:新共同訳聖書「ヨハネによる福音書 14章 27~31節」 14:27わたしは、平和をあなたがたに残し、わたしの平和を与える。わたしはこれを、世が与えるように与えるのではない。心を騒がせるな。おびえるな。 14:28『わたしは去って行くが、また、あなたがたのところへ戻って来る』と言ったのをあなたがたは聞いた。わたしを愛しているなら、わたしが父のもとに行くのを喜んでくれるはずだ。父はわたしよりも偉大な方だからである。 14:29事が起こったときに、あなたがたが信じるようにと、今、その事の起こる前に話しておく。 14:30もはや、あなたがたと多くを語るまい。世の支配者が来るからである。だが、彼はわたしをどうすることもできない。 14:31わたしが父を愛し、父がお命じになったとおりに行っていることを、世は知るべきである。さあ、立て。ここから出かけよう。」


2020/02/16 降誕節第8主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「落穂ひろいをするルツ」 1.タイトルになっているルツという女性は、ナオミという女性のふたりの息子のうちのひとりの嫁だった。ナオミの夫は、1節にあるように、エリメレクと言う名だった。飢饉を避けるために、夫婦は、二人の息子を連れてイスラエルのベツレヘムから、当時イスラエル人と敵対的な関係にあったモアブ(死海の東南に広がる地域)に逃れていった。しかしそこで夫のエリメレクは死んでしまった。ナオミは、二人の息子たちの妻に、モアブ人から嫁を迎えた。しかし、その二人の息子にも先立たれてしまったのである。ナオミは、とうとうモアブでの生活が立ち行かなくなり、故郷へ帰ろうと決意した。その旅の途中で、ナオミは二人の嫁に実家に帰るように言った。一人は帰ったが、どうしてもツルだけはナオミを離れようとしなかった。ルツは言った。「あなたの亡くなる所で私も死に葬られたい(1章17節)」と。ナオミは、離れようとしないルツを伴ってベツレヘムに帰ってきた。「ナオミさんではありませんか」と驚くベツレヘムの人々に、ナオミは「どうして私をナオミ(快い)などと呼ぶのか。この町を出ていったときには満たされていた私を、神様はうつろ・空っぽにして帰らせた。私はナオミではなくマラ(苦い)だ」と言った。クリスチャン女性にナオミやルツという名前の女性はとても多い。しかし、子にナオミと名付けた親が、ナオミがこれほど激しい神様への恨み節とでも言うべき言葉を口にしたとわかれば驚くのではなかろうか。
 2章からの物語は、ひとことで言うなら、神様によって空っぽにされ、快さ・幸いを奪われてしまったと嘆くナオミ、そしてルツが、いかにしてその失ったものを回復してゆくか、わかりやすく言えばその人生の逆転劇が記された物語である。
 ナオミは、自分が神様によって空っぽにされたと嘆いた。しかし決して彼女は、ただ空っぽにされたのではなかった。実は、もう既に、空っぽにされただけではなく、思いがけず与えられていたものがあった。それは「あなたの亡くなるところで私も葬られたい」とまで言ってくれたルツという嫁とのきずなである。ナオミとルツの人生の逆転劇は、このルツから始まっていったのである。ルツがいなかったならば逆転が始まってゆかなかった。だとすれば、確かに、夫にも二人の息子にも先立たれたことは辛かったのだけれども、そのことによってこそ得たものがあったのである。その辛さがなければ、ナオミには、ルツとの絆が与えられることもなかったのである。ナオミは、そのことに気付いてはいなかった。  私たちもそうである。満たされていた私たちが、多くのものを奪われ、空っぽにされたとしか、私たちは言えないのである。私たちは、奪われたものだけを数えるのである。しかし実は、失ったからこそ、神様から与えられたものがある。それは、ナオミにとっては、もともとは血のつながりなど全くない嫁との関係であった。私たちにも、そのような間柄がある。血のつながりのあるなしなど、全く関係がないということがある。辛い境遇の中で与えられた絆というものは、私たちを支え、なくてはならないものとなってゆくのである。

2.このルツによって、どのようにこの二人が、快さ・幸いを回復していったのか。そのきっかけとなったのは、2節によれば、ルツが「畑に行ってみます。だれか厚意を示してくださる方の後ろで、落ち穂を拾わせてもらいます」と決意したことからだったのである。
 参考までに内村鑑三が、このルツについて以下のようなことを記している(文語文なのでわかりにくいかもしれない)。それは「天の恵みは座して待つべからず。希望は労働にのみ存す。悲嘆に沈みてただ不幸を嘆ずる者は神の教導にあずかるを得ず」と。なるほどと同感を抱く。2節最初にわざわざ「モアブの女ルツ」と書かれているように、当時敵対関係にあった民族から嫁に来た者になど落ち穂拾いをさせてくれる人が果たしていただろうかとだれもが思うだろう。事実9節には「若い者には邪魔をしないように命じておこう」とボアズが言ってた。だから、嫌がらせをする者もいたのであろう。そうしたことを考えると、よくもルツは決断して落ち穂拾いに行こうとしたと思うのである。それは自分のためでなかったからかもしれない。自分一人のためだったなら、そこまでのことはできなかったであろう。義理の母のナオミがいたからできたのであろう。そのようなことは、私たちにもある。
 ここで私がひとつ疑問として抱くのは─これについては内村も他の解説者も触れていないが─1節にわざわざ「ナオミの夫・・・といった」とあったことである。だとすれば、どうして最初からナオミは落ち穂拾いに行こうとする嫁に「有力な親戚のボアズの畑に行けばよい」と言わなかったのであろうか。いや、そもそも落ち穂拾いなどという惨めなことをさせないで、最初から有力な親戚のボアズを頼ったらよかったのではなかったか。なぜそうしなかったかは想像するしかない。さすがのナオミも肩身が狭かったのかもしれない。飢饉を避けてモアブに行き、落ちぶれて帰ってくると、すぐに有力な親戚を頼るというのは、余りにも虫がよすぎると思ったのかもしれない。しかし結果的には、ナオミもルツも最初から下心なく、ボアズを頼ることなど何一つ考えなかったことがわかる。3節にあるように「たまたまボアズの所有する畑地」に当たることになったのである。そしてそれを端緒にルツとボアズが結ばれることへとつながっていった。私たちの人生に「たまたま」などというものはないとよく言われる。すべては神様の計画であって、必然なのだと。しかしその神様の計画の現れというのは、「たまたま」という形を取るのかもしれない。私たちとしては、成り行きに任せ「たまたま」に任せるのがよいということかもしれない。

3.さて、そのようにして、有力な親戚であるボアズを頼りにしようとしなかったので、ルツは「だれか厚意を示してくださる方」を頼りにするしかなかったのである。私は、このだれかの厚意にすがるというありさまに、とても心を動かされる。何が私たちの人生を快い・幸いなものとして好転させてゆくのであろうか。何が、神様の下さる幸いを盛る器となってゆくのであろうか。それは他者の厚意に頼ることだと思う。他者の恵みにすがるということなのである。
 私たちは、そのような生き方を恥ずかしいとか情けないと思ってしまいがちである。プライドが許さないと思ってしまう。ルツは「畑に行ってみます」とまず言った。その畑とは、言うまでもなく自分の持っている畑ではなく、今まさに刈り入れをしていて異邦人のツルにも落ち穂拾いをさせてくれる厚意を示してくれた人の畑である。ルツやナオミには自分の畑はなかったのである。収穫をしようにも、畑はどこにもなかった。だから他者の畑に行き、そして厚意にすがって落ち穂拾いをさせてもらうしかなかったのである。この惨めさをツルは受け入たのである。すると、そこから人生は不思議にも好転してゆくのである。
 象徴的な意味で、私たちにはもう畑がないという状況がある。自分の畑とは、それぞれの人生における様々な能力や力のことである。自分の足ではもう立てないし、自分や家族が抱えている問題をもはや自分たちの「畑」では解決できないときがやってくる。もう自分には畑がなく枯れ果て、疲れきっているのである。それでもなお私たちは、だれの厚意にもすがらず、なお自分でことに当たろうとするのである。しかしそれでは神様からナオミ(快い)・幸いな状態を回復していただくことにはならないのではなかろうか。「だれかの厚意にすがりなさい」と神様は言う。2節に「厚意を示して下さる方の後ろで」とある。「後ろで」という言葉にも心引かれる。私たちが先に立つのではなく、神様は「厚意を示してくれる人の後ろで落ち穂を拾いなさい」と言うのである。自分には畑がないということを認めて、だれかの厚意にすがり、私が先頭であることから降りて、厚意を示し助けてくれる人の「後ろ」になってもよいのではなかろうか。

4.そして、落ち穂を拾うということにも本当に心を揺さぶられる。落ち穂拾いとは、収穫時において刈り取られることなく残されたり、落ちてしまったりしたものを収穫することを言う。だれもが落ち穂を拾うことがこの際一体何になるのかと考えてしまう。二人の大人の女性の生活を支えるのに、人様の畑で収穫されないで捨てられている落ち穂を拾うことなど何の役に立つかと普通なら考るだろう。しかしルツもナオミもそうはとらえなかったのである。
 そこに私は、本当に豊かな励ましと慰めをいただく。私たちにも、落ち穂拾いができる余地はどこにでもあるというメッセージを何よりもいただくのである。それはどこか。どんな畑なのか。それは普通の人が拾わずに捨ててしまうようなものが落ちている畑だということである。普通の人が拾わないようなものが落ちているとは一体どういうことなのか。それは、今日だれもがかかわりを持ちたくないと思うような、避けて通るような、そのようなものを拾っても無駄であり何の役にも立たないと思われるようなフィールドのことかもしれない。
 教会とは、まさにいつの時代でも落ち穂拾いができる場所になってきたとしみじみ思う。イエス様を信じる信仰生活こそ、もしかすれば落ち穂拾いそのものかもしれないと思うのである。多くの人が見向きもしないイエス様を、私たちは拾う者である。そのような者たちが集まって、教会の中にいつのまにか沢山の落ち穂が落とされる。一人の落とすものは小さくとも、これだけ沢山の人が集まって落とせば、それは豊かな落ち穂となる。レビ記の19章9節に「穀物を収穫するときには、畑の隅まで刈り尽くしてはならない。収穫後の落ち穂を拾い集めてはならない」とある。現在社会には、落ち穂を拾うことのできるフィールドが本当に必要なのだと思う。教会が具体的に、そのような場所になれたらいいと思う。

聖書:新共同訳聖書「ルツ記 2章 1~3節」 02:01ナオミの夫エリメレクの一族には一人の有力な親戚がいて、その名をボアズといった。 02:02モアブの女ルツがナオミに、「畑に行ってみます。だれか厚意を示してくださる方の後ろで、落ち穂を拾わせてもらいます」と言うと、ナオミは、「わたしの娘よ、行っておいで」と言った。 02:03ルツは出かけて行き、刈り入れをする農夫たちの後について畑で落ち穂を拾ったが、そこはたまたまエリメレクの一族のボアズが所有する畑地であった。


2020/02/09 降誕節第7主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「ユダの後継者を選ぶ」 1.この使徒言行録を書いたのは、「ルカによる福音書」の著者のルカである。ルカは、福音書の続編としてこの使徒言行録を記した。彼は、なぜ続編を書こうとしたのか。それは、イエス様をキリストと信じる信徒の群れが続いていったからである。もしかしたならば、信徒の群れがもう続き得ないような、途絶えてしまっても当然のような危機が幾つもあったのに・・・なのであった。最初の危機は、言うまでもなくイエス様が十字架の上で殺されてしまったことである。しかしそれを乗り越えて、イエス様をキリストとして信じる群れが続いていった。その理由を記したのが、福音書だと言ってもよい。
 第二の危機は、9節から10節にあるように、イエス様が天に昇ってゆかれ、弟子たちの目には見えなくなってしまったことである。これまでずっとそばにいて、いろいろなことを教え諭して下さり励まして下さったイエス様がいなくなってしまった。もしかしたならば、その時点でイエス様を頼りとする者たちの集まりは途絶えてしまって当然だったはずである。しかしそうはならなかった。それがなぜだったのかを、福音書の続編としてルカが記したのが、この使徒言行録だったのである。
 この点を学ぶことは、私たちにとってもまことに有益である。これからの大変な時代を現在の教会が、どのようにして続かせてゆけるかを教えてくれる。そしてただ教会の存続だけではなく、私たち信徒ひとり一人の歩みが、どのようにすれば続かせてゆけるのかも学べるのである。また信仰生活の続行だけではなく、人生そのものの粘り強い存続の秘訣をも教えてくれるのではなかろうか。

2.イエス様が天に昇られた後の決定的な危機を、弟子たちはどうやって乗り越えていったか。12節には、彼らは「『オリーブ畑』と呼ばれる山からエルサレムに戻って来た。この山はエルサレムに近く安息日にも歩くことが許される距離にあった」とある。この日は安息日だったということがわかる。そして弟子たちは「泊まっていた家の上の部屋に上がり」とある。おそらくこの家は最後の晩餐を守った家なのだろうと思う。その部屋で、イスカリオテのユダが抜けた後の11人が中心になり、女性たちやイエス様の兄弟たちも一緒になって「心を合わせて熱心に祈っていた」とある。つまり弟子たちは、他の信徒たちと共に安息日の礼拝をささげ祈っていたということなのである。
 私はまずここにこそ、信徒の群れがイエス様をそれまでのようには見られなくなったという危機を乗り越えていった何よりもの原動力があるように感じる。思い起こすイエス様の言葉として、マタイによる福音書の18章20節に「二人または三人が私の名によって集まるところには、私もその中にいるのである」とある。これは、もしかすればイエス様自身が言った言葉というよりは、イエス様が天に昇ってゆき、姿がそれまでのようには見えなくなった後、わずか二人でも三人でも集まって礼拝をささげ祈る中で、不思議にもイエス様が共にいて下さるのだとの弟子たちの体験が元にあるものなのかもしれない。そのような弟子たちの実体験が、イエス様の言葉として記されたものかもしれない。
 私が想像するのは、もしも復活したイエス様が、いつまでも弟子たちと不思議な形で一緒に居続けたなら、どのようになっていたかということである。復活したイエス様が、マグダラのマリアに、「私にすがりつくのはよしなさい。まだ父のもとへ上っていないのだから」と言った場面がヨハネによる福音書の20章17節にある。もしも復活したイエス様が、いつまでも弟子たちのそばにいて、すべてのことについて直接に教えたならば、それは弟子たちがイエス様にいつまでもすがりつくということになったのではなかろうか。復活したイエス様が、いつどのような形で弟子たちや私たちに現れて下さるのかは、全くイエス様任せで、私たちにはどうしようもできないことである。イエス様にしがみつくということは、そうなってしまうということなのである。だからイエス様は、「私にしがみつくのはやめなさい」とマグダラのマリアに言ったのではなかろうか。弟子たちや私たちが、イエス様にすがりつかない為にこそイエス様は天に昇り、あえて目には見えない状況を作ったのではなかろうか。そのために、弟子たちは集まって祈るしかないように強いられた。だからこそ彼らは、わずか二人でも三人でも集まって礼拝をささげ、祈りさえすれば、そこに不思議にもイエス様が一緒にいて下さると体験できた。わずか二人でも三人でも共にいればというのは、本当に大きなことである。立派な礼拝堂などなくともよいのである。粗末な家に、いや野外であったとしても、あるいは病院であろうと強制収容所のようなところであろうと、どこにでも、私たちは本当に最小限の人数でイエス様が私たちと共にいて下さる機会を私たちの側で設けることができるようになったのである。それが、どれほど私たちの力になることであろうか。
 私たちはこうして、何の気なしに集まり、礼拝をささげ祈っている。しかし、それが私たちにもたらして下さる力や恵みがどれだけのものかに、普段は気づかずにいる。私たちが集まり、礼拝を捧げ、祈り、讃美をするということは、私たちにどれほど大きな力や恵みを下さることか。礼拝のために集まり祈ることが、私たちをしていろいろな難儀を乗り越えさせ、レジリエンスを発揮させてくれるのである。その人数は、たった二人であってもなのである。

3.さて、弟子たちや最初の信徒の群れが直面した第二の大きな危機は、15節以下で記されているように、12弟子の一人であったイスカリオテのユダに関する出来事である。それが弟子たちにとってどれほどの危機であったか、想像してみればよくわかることである。イエス様が直々に選んだ側近中の側近の12人の者の中から、よりにもよってイエス様をお金で売り渡してしまうような人間が現れたのである。それは彼を12人の弟子の一人に選んだイエス様の見る目を疑わせる。イエス様が人を選ぶその力の弱さのようなものも感じさせる。そして何よりもユダの最後の余りにもむごたらしい姿、それは自殺だと言われているが、イエス様によって12弟子の1人に選ばれたにもかかわらず、結局はそのようなむごい最後を迎えてしまうということは、弟子たちにとって、また私たちにとっては決してひとごとではないのである。ペトロとてイエス様を3度も否定した。私たちも文字通りではないにせよ、どこかでイエス様を裏切り、お金で売り渡してしまうに等しいことをするのではなかろか。だれでも、弱いところを持っている。そのような私たちが、イエス様とかかわりをもって生きる結果は、このような悲惨な最期を迎えさせるものなのであろうか。19節に「このことはエルサレムに住むすべての人に知れ渡」ったと記されている。イエス様とかかわることは、そのような悲惨な最後を迎えさせることにもなるのだと人々に知れわたってしまったのである。
 この危機を乗り越えてゆく原動力になったのは何だったか。それは礼拝で集まり祈っていた120人ほどの者たちの中からペトロが立ち上がり、説教をしたことだったのである。これまで私は、生まれたばかりの教会において、はじめてなされた説教は、2章14節以下のペトロのそれだとばかり思っていた。しかし、実際はそうではなかったのだと今回はじめて知った。イスカリオテのユダの出来事をどう乗り越えてゆくか、それを牧会者として実に慰め深く聖書に基づいて教え諭したのがペトロの説教なのであった。改めて説教の持つ意義について感じさせられた。
 ペトロが、ユダの出来事について何よりも教えているのはどのようなことであったか。16節の最後に「この聖書の言葉は実現しなければならなかったのです」とある。「しなければならなかった」と訳されているギリシャ語の原文には「デイ」という言葉が使われている。これは「神的デイ」と呼ばれる特別な言葉で、神様の御心・計画として必然的に成就する事柄を表現すときによく使われる。イエス様が受難を予告したときにも、このデイが使われた。そしてこのユダの裏切りについてもこのデイが使われたのである。確かにユダは、イエス様をお金で売り渡した。しかしそれさえも、また神様の御心・計画の中で必然的に起こったことなのである。イエス様自身が、受難をそうとらえていたのである。その中にユダのことも入っていた。だから、イエス様がユダを選んだのは決して間違いではなく、イエス様に人を見る目がなかったことを意味しているわけでもないのである。イエス様の選びの弱さを現してもいないのである。むしろそれは、イエス様の選びの大きさであり、強さの現れだったのである。自分を裏切る者さえも選んだのである。イエス様の選びは、ユダの裏切りを越えてはるかに大きいのである。神様の御心とはそういうものなのである。

4.ペトロは驚くべき言葉を語っている。「ユダは私たちの仲間の一人であり、同じ任務を割り当てられていた(17節)」と。ユダは12人の弟子の1人として選ばれ、ヨハネによる福音書には、ユダは会計係のようなことまでしていたと書かれている。ペトロにとってユダは仲間であり、任務を割り当てられていたことをペトロは語っている。しかし私は、そのような良い意味での働きをはるかに越えて、その裏切りさえもユダが果たすべき任務ではなかったのかと、そのような意味で、なくてはならない仲間のひとりではなかったのかとさえ思うのである。ペトロもまたそのような者であった。イエス様を3度も否認する役割が、ペトロには与えられていたのである。それと同様に、12弟子の1人としてイエス様に選ばれながら、それでもなおイエス様を裏切ってしまう役割を果たす任務を、ユダは与えられていたのである。それは、ペトロが3度の否認を通してこそイエス様の愛を証しできたように、ユダもその裏切りを通してイエス様の選びの大きさ・強さを照らし出すからなのである。
 ユダは永遠に呪われているとよく言われる。しかし私は決してそうは受け取らない。ユダもまた神様のデイの中に、またイエス様の選びの大きさ・強さの中に置かれているとすれば、どうして彼が永遠に呪われるようなことがあろうか。神様のデイとイエス様の選びの愛は、ユダの裏切りなどを越えてはるかに大きく強いのである。
 こうしてペトロの説教に励まされて、弟子たちをはじめとした信徒の群れは、ユダの後継者をイエス様の復活の証人となるべくくじ引きで選んでいった。ユダのようなものが決して信徒の群れから出てこないようにと考えるのであれば、むしろ彼の後継者は選ばずに12番目はネガティブな意味での「永久欠番」にした方がよかったのではなかったかとも考えられる。ユダの後継者など決して選ばないことを通して、教会が二度とそうしたことを起こさない決意の現れとした方がよかったのではなかったか。
 しかし最初の教会はそうはしなかった。ユダの後継者を選んでいったのである。それもイエス様の復活を見た者たちの中から、極めて安直な形のくじ引きという手段で後継者を選んだのである。もっとふさわしい選び方をすべきではなかったか。ユダのような者とは対極にある者を慎重にも慎重を期して選ぶべきではなかったか。しかしそうはしなかった。そもそもそのような者を選ぶことなど、できなかったのである。弟子たちの意図としては勿論、そのような思いはなかったであろうが、ユダの後継者がくじ引きで選ばれるということは、象徴的には教会の中には常にユダのような者が出てくるということを現そうとしてたのである。私たちの中にも、つねにユダのようなものが現れるのである。ユダが現れない教会はないのである。しかし教会は、そのようにして礼拝をささげ、祈り、説教を聞くことによって、それを乗り越え、またユダの欠けを補ってゆける共同体なのである。

聖書:新共同訳聖書「使徒言行録 1章 12~26節」 01:12使徒たちは、「オリーブ畑」と呼ばれる山からエルサレムに戻って来た。この山はエルサレムに近く、安息日にも歩くことが許される距離の所にある。 01:13彼らは都に入ると、泊まっていた家の上の部屋に上がった。それは、ペトロ、ヨハネ、ヤコブ、アンデレ、フィリポ、トマス、バルトロマイ、マタイ、アルファイの子ヤコブ、熱心党のシモン、ヤコブの子ユダであった。 01:14彼らは皆、婦人たちやイエスの母マリア、またイエスの兄弟たちと心を合わせて熱心に祈っていた。 01:15そのころ、ペトロは兄弟たちの中に立って言った。百二十人ほどの人々が一つになっていた。 01:16「兄弟たち、イエスを捕らえた者たちの手引きをしたあのユダについては、聖霊がダビデの口を通して預言しています。この聖書の言葉は、実現しなければならなかったのです。 01:17ユダはわたしたちの仲間の一人であり、同じ任務を割り当てられていました。 01:18ところで、このユダは不正を働いて得た報酬で土地を買ったのですが、その地面にまっさかさまに落ちて、体が真ん中から裂け、はらわたがみな出てしまいました。 01:19このことはエルサレムに住むすべての人に知れ渡り、その土地は彼らの言葉で『アケルダマ』、つまり、『血の土地』と呼ばれるようになりました。 01:20詩編にはこう書いてあります。『その住まいは荒れ果てよ、そこに住む者はいなくなれ。』また、『その務めは、ほかの人が引き受けるがよい。』 01:21-22 そこで、主イエスがわたしたちと共に生活されていた間、つまり、ヨハネの洗礼のときから始まって、わたしたちを離れて天に上げられた日まで、いつも一緒にいた者の中からだれか一人が、わたしたちに加わって、主の復活の証人になるべきです。」 01:22 01:23そこで人々は、バルサバと呼ばれ、ユストともいうヨセフと、マティアの二人を立てて、 01:24次のように祈った。「すべての人の心をご存じである主よ、この二人のうちのどちらをお選びになったかを、お示しください。 01:25ユダが自分の行くべき所に行くために離れてしまった、使徒としてのこの任務を継がせるためです。」 01:26二人のことでくじを引くと、マティアに当たったので、この人が十一人の使徒の仲間に加えられることになった。


2020/02/02 降誕節第6主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「我生きるが故に汝らも生きん」 1.イエス様は「心を騒がせるな(14章1節)」と言っている。弟子たちは、間もなくイエス様の身に何か恐ろしいことが起こるだろうことを直感的に感じていた。心を騒がせざるを得ない状況にあった。また、この福音書が書かれた西暦100年頃、ヨハネが関係していた教会の信徒たちも心を騒がせるしかない状況に置かれていた。それは、以後200年にわたって続く、苛酷なローマ帝国による迫害の、ひたひたと迫ってくる足音が聞こえていたことである。今日の私たちにとっても、一人ひとりに、心を騒がせる状況がある。今隣の中国では、新型肺炎によって数百を越える人々がなくなっている。恐らくこの日本にも、いずれ何らかの影響がでるであろうことは想像に難くない。いつの時代社会でも、私たちには、心騒がす状況がある。
 さて、そのような弟子たちや私たちに対して、イエス様は「あなたがたには道がないということはない」と語りかけて下った。イエス様が約束して下さったのは、「私は父にお願いして別の弁護者を遣わしていただく。それは真理の霊である」ということだった。わざわざイエス様が「別の」と言ったのは、これまでは生身の体をもって弟子たちと共におられたイエス様が「弁護者」だったからである。しかしイエス様は、十字架の上で死んで復活して、天に帰っていかれた。目に見える存在としては、もう弟子たちや私たちの弁護者たり得ない。だから、「別の」真理の霊であるところの弁護者を送ってくださるというのである。
 弁護者とは、ギリシャ語の原文では「パラクレートス」という言葉である。バークレーの注解には、次のようが解説がある。「パラクレートスは、法廷で誰かのために証言するために招き入れられた人である。重い刑罰が予想される場合、その人の言い分を弁護するために招き入れられた弁護人である。すなわち、困難な状況のもとで忠告をなすべく、招き入れられた専門家である」とのことである。イエス様がまず、何よりも語っていたのは、弟子たちや私たちが何らかの意味における裁判の場に引きずり出されるであろうということである。その法廷において、有罪なり、何らかの裁きを下されてしまうということである。だから、私たちには、私たちを訴えて有罪の裁きを下そうとする相手から私たちを守り、弁護し戦ってくれる弁護士が不可欠なのである。弁護するためには、専門の法律知識や法廷戦術や膨大な過去の判例に熟知している専門家が不可欠である。それが真理の霊だとイエス様は言うのである。

2.今、私たちは、自分自身がそのような裁判の場に引きずり出されていると感じることができるであろうか。自分にはそのようなことは一切無関係だと思うであろうか。弟子たちやこの福音書の読者であった西暦100年頃の信徒たちにとっては、自分たちがイエス様と同じような裁判に場に立たされたり、ローマ皇帝によって訴えられたりするかも知れないという場面は、切実なものであったに違いないと思う。では、私たちにとってはどうであろうか。幸いにも、私たちは実際には、そのような場に立たされることはない。しかし私が感じるのは、もっと突き詰めて根源的なところで、私たちが訴えられ裁かれる場面というものがあるのではないかということなのである。
 そのような状況を描く言葉として私が感じるのが、18節でイエス様が口にした「私はあなたがたをみなしごにはしない」という言葉である。みなしごという言葉は、私としては、様々な理由で実の親からの養育を受けられなくなった子どもたちを表現する言葉としては、あまり適切ではないような感覚を抱く。それはともかくとして、そういう子どもたちにとって最も欠けているもの・与えられなかったものとは何だったのか。いろいろなことがあげられるであろうと思う。赤ちゃんという存在には、本当に手がかかるのである。それなのに、子どもたちから具体的に何かが報いとして返ってくるということは、まずない。しかし、それでも親は一方的に愛情を注ぐのである。それは無条件の愛である。子どものほうからこれこれのことを返してくれるからという条件の下に、子どもに愛を注ぐのではない。
 みなしごという状態の子どもに一番欠けているのは、この無条件の愛情なのだと思う。また「私が生きるので、あなたがも生きる」というイエス様の言葉の核心にあるものも、実はこの無条件ということではなかろうか。私たちが生きるのは、他の一切の条件ではなく、ただイエス様が生きておられる、イエス様が私たちを無条件に愛し、生かして下さっているからである。最近、久しぶりにシンガーソングライターの中島みゆきさんの歌を聞く機会があった。私の大好きな歌のひとつに「誕生」という歌がある。その歌詞には「リメンバー生まれた時 だれでも言われたはず 耳をすまして 思い出して 最初に聞いたウエルカム」というサビの部分がある。赤ん坊が生まれたときに親から常に聞かされたのは、無条件のウエルカムである。私たちが生まれたときに無条件のウエルカムの中に包まれて育まれるということは、私たち人間にとって、このことこそが根源的な生きるための絶対的な糧であることを意味しているのだと思う。私たちは誕生後の何年間かにわたって蓄えたこの無条件のウエルカムを糧として、その後の何十年かを生きてゆくのではなかろうか。しかし、みなしごと呼ばれる子どもには、この最初の数年かが欠けている。無条件のウエルカムを蓄える期間がないのである。

3.親があって幸いにも無条件のウエルカムを蓄えることができたとしても、この蓄えはこの世の歩みの中で徐々に費やされてゆくのである。成長した私たちが生きる場であるこの世には、赤ん坊のときに与えられたような無条件のウエルカムをくれるところなどないのではなかろうか。たとえ夫婦であっても、そうではないように思える。この世は、徹底的に私たちが生きるということに多くの条件を科し、それをクリアーできる者だけを生かそうとするのである。そして、私たちは最後には、科される条件を絶対にクリアーできない状態の中に置かれるのである。
 昨年度の優れたドキュメンタリーとして賞を受けた「ぼけますがよろしく」というタイトルの映画を観た。かつては気丈で働き者だった母親が認知症で苦しむ姿を、テレビ関係者の娘さんが克明に撮影した番組であった。認知症になった自分が、彼女の母親自身が一番つらいのである。だから、時には「包丁をもってきて殺してくれ、私なんかいない方がいいんだろう」と叫んでしまう。実は、そのような自分に一番条件を科してしまうのは、他でもない自分自身なのである。こうでなければならない・こうありたいという自分が、自分に条件を科す。そして、その条件を満たせなくなった自分を法廷に引きずり出して裁き、死刑を宣告するのである。伴侶でもなく子どもでもなく社会でもなく、おのれ自身こそが自分を裁くのである。だから、この裁く自分という敵から私たちを守り、私たちを弁護し、生きていてよいのだというウエルカムを、しっかりと届けてくれる弁護者がなくてはならないのである。
 私の妻の父が特別養護老人ホームにお世話になっていたとき、私はよく玄関ロビーで妻を待っていた。ある日の返り際、私の隣にちょこんと座ってきて話しかけてきた高齢の婦人を忘れることができない。もう80歳をとうに越えているであろうその婦人は、私に向かって「私のお母ちゃんはどこ? お母ちゃんに会いたい」と何度も言った。それこそ生まれたときに聞いた無条件のウエルカムをもう一度聞きたい、との叫びなのである。多くのものを失ってしまい、自分で自分を「生きる資格なし」と裁いてしまう私たちなのである。しかし、もう一度赤ん坊に戻って無条件のウエルカムを聞くことも不可能である。だからこそ、真理の霊である弁護者から「あなたは無条件に生きていてよいのだ」と弁護されることが不可欠となるのである。

4.この弁護者が私たちにもたらしてくれるものは、何なのであろうか。イエス様は、19節の言葉をもって教えて下さる。「私が生きるので、あなたがたも生きることになる」と。ここでは、「私が生きる」ということが、ただ「イエス様が生きる」ことによる。私たちが生きることには、何の条件も付けられてはいない。唯一の条件は、イエス様が生きておられるということのみである。私たちの側には、何らの条件も必要とはされていない。私たちが何かができるとか、この世的にプラスと判断されるような有用なものを作りだせるとかは、一切必要ではない。そうではなく、イエス様が生きておられるからこそ、私たちは他のどんな理由もなく、生きていてよいのである。イエス様が生きておられることが、私たちがいつまでも聞き蓄えることのできるウエルカムなのである。
 私たちは、自分自身で「あなたがたが生きることになる」の前段に、様々なことを条件として置いてしまう。「私は、これこれのことができるので」「私は、これこれのような存在なので」ということを置く。健康で、未だまだいろんなことができ、自分の足で立つことも歩くこともでき、人様に迷惑をかけない。この世にとって未だまだ役に立つ存在だ。だから「私は生きることになる」、生きていてよい、となる。私たちが生きることは条件付けられている。しかし、いつかはそうではない私になる日が来るのである。この世的には、いかなる点でも生きていてよいとは見なされ得ない存在になる。そうなったとき、一体だれが「あなたは生きていてよい」と語りかけてくれるであろうか。私にウエルカムを聞かせてくれるであろうか。もう親はいないのである。
 それがイエス様と神様が送って下さる真理の霊たる弁護者なのである。イエス様はわざわざ、それは「別の弁護者」だと言う。イエス様は「残念ながら、この世で生きている体をもった生身の自分ではだめなのだ」と言う。それは、なぜなのか。私は、「おまえなど生きる価値はない」と裁かれる私たちを弁護するためには、弁護者自身がその辛い裁判を体験した者でなければならないのだと思う。弁護者自身がそれをくぐり抜け、その裁判に勝ったという経験が、何よりもの力なのである。十字架とは「お前のような者は生きていても何の意味もない」との裁きではなかろうか。そのようなイエス様に、「私が生きるのであなたも生きる」と言って、その言葉通り復活させて下さったのは神様であった。イエス様自身が十字架と復活の出来事を通して、この神様の無条件の愛情というものを体験されたのではなかったか。そのイエス様が神様に願って、送って下さる弁護者が真理の霊なのである。
 霊とは、もともとの意味は「風」である。「風は思いのままに吹く」と、この福音書の3章8節で、イエス様は言っている。どのような壁やついたてを置いても、風を防ぐことはできない。私たちが生きることについての真理ではなく偽りが、私たちを壁のように取り囲み覆っているのである。「これこれの者でなければ生きるに値しない」「あなたがこうだからあなたは生きることができる」というような偽りが、私たちを覆っているのである。だから、真理の風がその壁を越えて、私たちに届かなければならない。その真理の霊たる弁護者が私たちに教えてくれる真理は、私たちが生きるのは無条件だということである。神様とイエス様が無条件に私たちが生きるのを望み、喜んで下さるという真理である。親は、たとえどんな子どもであっても生きていてほしいと願う。ましてや、神様とイエス様はそうなのである。私たちが生きるということは、ただひたすら神様とイエス様の愛によっているのである。

聖書:新共同訳聖書「ヨハネによる福音書 14章 15~19節」 14:15「あなたがたは、わたしを愛しているならば、わたしの掟を守る。 14:16わたしは父にお願いしよう。父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる。 14:17この方は、真理の霊である。世は、この霊を見ようとも知ろうともしないので、受け入れることができない。しかし、あなたがたはこの霊を知っている。この霊があなたがたと共におり、これからも、あなたがたの内にいるからである。 14:18わたしは、あなたがたをみなしごにはしておかない。あなたがたのところに戻って来る。 14:19しばらくすると、世はもうわたしを見なくなるが、あなたがたはわたしを見る。わたしが生きているので、あなたがたも生きることになる。


2020/01/26 降誕節第5主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「残されたナオミとルツ」 1.ナオミさんとルツさんは、クリスチャンの女性の名前に少なくない。それほどこのルツ記は、昔から多くの人々の心をとらえてきた書物である。一体、このルツ記のどのようなところが、人々の心をとらえるのであろうか。
 どこまでも姑のナオミについて行こうとしたルツの姿かもしれない。自分の娘に「ルツコ」という名をつけた榎本保郎牧師は、その著書「旧約聖書一日一章」の中で、ルツについてではなくナオミのことを書いている。ナオミは、夫と二人の息子に先立たれ、生活が立ち行かなくなっていた。故郷に錦を飾るどころか全く正反対の姿で故郷のベツレヘムに帰ってきた。出迎えた人々に向かってナオミは「私をナオミ(快い)などと呼ばないで下さい。マラ(苦い)と呼んで下さい」と言った。そのことについて榎本牧師は「彼女の生涯は本当にマラの生涯だったのであろうか。・・・私たちはその人生途上で『わが名をマラと呼べ』と叫びたくなるようなときがある。・・・私の人生もあなたの人生も今はマラの様相を呈しているかもしれない。しかし神は愛なのである。そのゆえにあなたの人生も私の人生もナオミの人生なのである。そのことに気づくにまさる恵みはない」と言っている。
 ルツ記と題されているが、むしろこの書の本当の主人公はナオミなのである。ナオミの姿が何よりも語りかけているメッセージは、上記の榎本牧師の言葉に尽きるかもしれない。苦いことを多く体験せざるを得ない私たちの人生だが、しかしそこでこそ味わえるナオミ(快さ・幸い)があるのではなかろうか。こうしたメッセージに多くの人々が励まされてきたのかもしれない。

2.さて、ナオミの姿から私が何よりも心を動かされたのは、1章1節の最後、「移り住んだ」という言葉に象徴的に現されている点である。1節には「士師が世を治めていたころ、飢饉が国を襲ったので、ある人が妻と二人の息子を連れて、ユダのベツレヘムからモアブの地に移り住んだ」とある。主語はナオミの夫のエリメレクだが、当然移り住むことをよしとしたのは妻のナオミでもあった。夫なき後は、二人の息子にモアブ人から妻を迎えるのをよしとしたのはナオミであった。二人の息子に先立たれ故郷に帰ろうと決断したのもまたナオミであった。「移り住む」という言葉が象徴的に現しているのは、現状の枠や困難を乗り越えて新たな環境へと大胆に進んでゆこうとする果敢なナオミの姿である。
 1章1節に、士師が世を治めていた頃とある。この時代のイスラエル人は、モアブの人々とは、それほど良い関係ではなかった。士師記の3章には、モアブの王エグロンは、アンモン人とアマレク人を巻き込んでイスラエル人を苦しめ、18年間、イスラエル人はエグロンに支配されたとある。このような間柄にあったモアブ人の地に、一家は飢饉を避けるという名目ではあったけれども移り住み、夫亡き後二人の息子にモアブ人の妻を娶ったのである。このことについて、私の手元にある数少ないルツ記の解説書の中に以下のような記述がある。「イスラエル人はカナンの地を相続地とする作業の最中でしたのに、ききんになるとさっさとモアブの地に移住しています。神様の心を全く考えていません。自分の都合だけで生活しているのです。しかしその結果はどうでしょう。まずエリメレクが死に、そこで息子たちにモアブの娘をめとるとその息子たちも死んだのです。」と。夫や二人の息子の死をあたかもイスラエルを離れてモアブへと移住して行った故の罰であるかのように理解されている。
 このようなルツ記の読み方は、ごく普通のものであるようだ。興味深いのは、ルツ記は、むしろこのような非難に対してプロテストする意図で書かれたのだと考える学者もいるという点である。ルツ記の実際的な成立をバビロン捕囚以後の時代と考える説もある。バビロン捕囚から帰ってきたイスラエル人の中では、モアブ人や先ほど出てきたアンモン人やアマレク人との対立から民族的な純血主義のような風潮がとても高まった時代だった。この時代の様子を記したエズラ記やネヘミヤ記には、イスラエル人以外の伴侶を離縁せよと指導者が迫る場面が描かれている(例えばネヘミヤ記の13章23節以下)。そのような、いわゆる原理主義的な風潮が高まっていた時代に、それにプロテストする意図をもってこの書は書かれたかもしれないというのである。なるほどと私も思う。夫が二人の息子を連れてモアブへと移住することについて、ナオミには何のためらいも躊躇もなかった。一家が生き延びてゆくためには、たとえどれほど敵対している人々が住む地であっても、モアブへの移住を選択する。そして夫に先立たれた後、モアブの娘を二人の息子の嫁として迎えることにも、何の躊躇もしないのである。
 そしてまた、この二人の息子にも先立たれて、二人の嫁と共に残され、6節・7節にあるように、主が(故郷の)民を顧み、食べ物をお与えになったということを聞くと、即決して「住み慣れた場所を後にし」たのである。夫や二人の息子までも失ってボロボロになって故郷に帰るためらいは、どこにもない。迎えてくれた故郷の人々は、19節を読むと「町中が二人のことでどよめき、ナオミさんではありませんかと声をかけてくれた」とある。もしかするとそこには、飢饉を避けて敵対していたモアブの地に移住するのを非難し、すべてを失って帰ってきたナオミをあざ笑うような人もいたのかもしれない。しかしそのようなことに、ナオミは何ら躊躇をしなかったのである。それどころか、自らのことを「苦いと呼べ」と言い、「出て行くときには満たされていた私を、主はうつろにし悩ませ不幸にさせた」と、おのれの不幸を決して隠し立てせず「あざ笑うなら笑え」とでも言うような姿が見える。
 ここには、「移り住む」という1章1節の言葉に端的に現されているように、生き延びるためにはどのようなところであっても移住し、さまざまな枠を乗り越えて動いてゆこうとする、まさしく「この世にあっては旅人であり寄留者(ヘブル人への手紙)」としての姿そのものだと感じる。だからこそ生き延びてゆけたのではなかったか。回復力・復原力を意味する言葉「レジリエンス」を、ここにも見るように思う。

3.さて、こうして移住し動いてゆく歩みの中で、何が起こっていったか。21節のナオミの言葉で表現されている。「出て行くときには、満たされていた私を、主はうつろにして帰らせたのです。なぜ快い(ナオミ)などと呼ぶのですか。主が私を悩ませ、全能者が私を不幸に落とされたのに」とある。何と神様を冒涜するような激しい言葉かと思う。生まれた娘にナオミと命名する親は、ナオミがこのような言葉を神様にあびせかけたことをどう考えているのであろうか。
 私は、ナオミがこのような神様を冒涜するかのような言葉を口にしたと記されていることこそが、実はすばらしい証しであり、私たちへの励ましだと思うのである。私たちが生き延びてゆくためには「出て行」かなくてはならないのである。現状を離れて、どうしても移り住まなくてはならない。しかし出て行くと、それまで満たされていたものが奪われてゆくのである。神様は、私たちをうつろにさせる。それまでの快さが失われ、苦さが与えられる。しかしそれが、私たちが生き延びてゆくために出て行く歩みにおいて、どうしても起こらざるを得ないことではなかろうか。そのような歩みの中で、私たちもまたナオミのように「わが名をマラと呼べ」と叫ぶようなことも起きるのである。
 ナオミが夫や二人の息子を失ったのは、あたかも天罰のごとく受け止める理解がある。しかしそのようなことは決してないのである。私たちが青年期や壮年期において満ちていたものを失って老年期になりうつろにならざるを得ないのは天罰なのであろうか。私たちが神様の御心に数々背いた罪への報いなのであろうか。いや、そうではない。生き延びようとして出て行ったがための、主なる神様からの御業なのである。しかし、そこにこそ、榎本牧師の言葉にあったように、神様の恵みがある。神様の恵みが注がれるためには、器としての私たちは「うつろ」でなければならないのだと思う。21節最初の言葉に注目させられる。ナオミは「満たされていた私」と言っている。「私は満たされていた」と。確かにそうである。私が選んだ結婚相手、そして私が生んだふたりの息子、そして息子が得た二人の嫁である。すべてはナオミにとって満ちていたものではなかったか。けれども、神様が恵みを私たちに与えるときには、辛いけれども「満ちている私」をうつろにするのである。それは私たちを、私において満たすためではなく、神様が与えて下さるもので満たすためなのである。
 この21節のナオミの言葉に関連する参照聖句として、ヨブ記1:21の言葉があげられている。それは「主は与え、主は奪う」という言葉である。ダニエル書には「分けられないものこそが私たちのよりどころ」だという教えがあった。私たちのよりどころは、いうまでもなく生きているということだが、生きているということにおいては、神様によって与えられることと奪われることは分けることができないのである。また満たされることとうつろにされることも分けることができない。満たされ、快く、与えられることばかりを生きる上でのよりどころにはできないのである。空っぽにされ奪われ苦くされることもまた、よりどころなのである。ナオミが、このような言葉を語ったということこそ、私たちにとっての大きな支えであろう。私たち信仰者がその歩みの中で、もしもこのナオミのような嘆きを口にするとしたら、それは実は幸いなのである。

4.出て行くときには満たされていたナオミが、神様によってうつろにされて帰ってきたとナオミは言う。このようなナオミが、既にそしてそれから徐々に神様によって恵みとして授けられてゆくものがある。うつろにされた彼女が神様によって奇跡的に満たされてゆくようになる。そのようなナオミの姿こそ、私たちの心をとらえるも。ナオミが神様によって与えられてゆくもの、その第一のものが実はルツとのきずなではなかったか。ナオミは「主は私をうつろにして帰らせた」と言う。しかし彼女は気づいていなかった。うつろにされた中でこそ与えられたものがあったということに。それがルツを与えられたということだった。
 一体ルツをしてここまでナオミに添い遂げさせたものとは何だったのか。それは、よく言われるようなルツの嫁としての貞淑さのようなものではないと思う。ナオミの大胆な決断、生き延びるための力強さに心引かれたということもあったかもしれない。16節17節のルツのナオミへの言葉から、彼女がナオミの何に引き付けられたのかが読み取れる。「あなたの神は私の神」とある。ルツは明らかにナオミが信じている神様に心引かれていたのである。その神によって導かれているナオミの人生に従ってゆきたいと思っていた。ルツは、ナオミの大胆さの背後の神様を感じ取ったのであろう。神様がおられ導かれているとは言っても、これまでの歩みを見る限りは夫や二人の息子までも失うような辛い歩みであった。しかしそれでも、ナオミが信じている神様によって至らせていただくところは、きっとすばらしいところであり、だから私も同じところに到達し、そこで葬ってもらいたいと言うのである。
 そこに私は、ナオミにとっての預言者のような働きをするルツの姿を感じる。ナオミ自身にはわからなかったかもしれないが、その傍らに、このように神様の導きを信じるルツのような人が与えられた。そしてルツによってこそナオミは幸いを与えられていったのである。

聖書:新共同訳聖書「ルツ記 1章 1~22節」 01:01士師が世を治めていたころ、飢饉が国を襲ったので、ある人が妻と二人の息子を連れて、ユダのベツレヘムからモアブの野に移り住んだ。 01:02その人は名をエリメレク、妻はナオミ、二人の息子はマフロンとキルヨンといい、ユダのベツレヘム出身のエフラタ族の者であった。彼らはモアブの野に着き、そこに住んだ。 01:03夫エリメレクは、ナオミと二人の息子を残して死んだ。 01:04息子たちはその後、モアブの女を妻とした。一人はオルパ、もう一人はルツといった。十年ほどそこに暮らしたが、 01:05マフロンとキルヨンの二人も死に、ナオミは夫と二人の息子に先立たれ、一人残された。 01:06ナオミは、モアブの野を去って国に帰ることにし、嫁たちも従った。主がその民を顧み、食べ物をお与えになったということを彼女はモアブの野で聞いたのである。 01:07ナオミは住み慣れた場所を後にし、二人の嫁もついて行った。故国ユダに帰る道すがら、 01:08ナオミは二人の嫁に言った。「自分の里に帰りなさい。あなたたちは死んだ息子にもわたしにもよく尽くしてくれた。どうか主がそれに報い、あなたたちに慈しみを垂れてくださいますように。 01:09どうか主がそれぞれに新しい嫁ぎ先を与え、あなたたちが安らぎを得られますように。」ナオミが二人に別れの口づけをすると、二人は声をあげて泣いて、 01:10言った。「いいえ、御一緒にあなたの民のもとへ帰ります。」 01:11ナオミは言った。「わたしの娘たちよ、帰りなさい。どうしてついて来るのですか。あなたたちの夫になるような子供がわたしの胎内にまだいるとでも思っているのですか。 01:12わたしの娘たちよ、帰りなさい。わたしはもう年をとって、再婚などできはしません。たとえ、まだ望みがあると考えて、今夜にでもだれかのもとに嫁ぎ、子供を産んだとしても、 01:13その子たちが大きくなるまであなたたちは待つつもりですか。それまで嫁がずに過ごすつもりですか。わたしの娘たちよ、それはいけません。あなたたちよりもわたしの方がはるかにつらいのです。主の御手がわたしに下されたのですから。」 01:14二人はまた声をあげて泣いた。オルパはやがて、しゅうとめに別れの口づけをしたが、ルツはすがりついて離れなかった。 01:15ナオミは言った。「あのとおり、あなたの相嫁は自分の民、自分の神のもとへ帰って行こうとしている。あなたも後を追って行きなさい。」 01:16ルツは言った。「あなたを見捨て、あなたに背を向けて帰れなどと、そんなひどいことを強いないでください。わたしは、あなたの行かれる所に行き/お泊まりになる所に泊まります。あなたの民はわたしの民/あなたの神はわたしの神。 01:17あなたの亡くなる所でわたしも死に/そこに葬られたいのです。死んでお別れするのならともかく、そのほかのことであなたを離れるようなことをしたなら、主よ、どうかわたしを幾重にも罰してください。」 01:18同行の決意が固いのを見て、ナオミはルツを説き伏せることをやめた。 01:19二人は旅を続け、ついにベツレヘムに着いた。ベツレヘムに着いてみると、町中が二人のことでどよめき、女たちが、ナオミさんではありませんかと声をかけてくると、 01:20ナオミは言った。「どうか、ナオミ(快い)などと呼ばないで、マラ(苦い)と呼んでください。全能者がわたしをひどい目に遭わせたのです。 01:21出て行くときは、満たされていたわたしを/主はうつろにして帰らせたのです。なぜ、快い(ナオミ)などと呼ぶのですか。主がわたしを悩ませ/全能者がわたしを不幸に落とされたのに。」 01:22ナオミはこうして、モアブ生まれの嫁ルツを連れてモアブの野を去り、帰って来た。二人がベツレヘムに着いたのは、大麦の刈り入れの始まるころであった。 02:01ナオミの夫エリメレクの一族には一人の有力な親戚がいて、その名をボアズといった。 02:02モアブの女ルツがナオミに、「畑に行ってみます。だれか厚意を示してくださる方の後ろで、落ち穂を拾わせてもらいます」と言うと、ナオミは、「わたしの娘よ、行っておいで」と言った。 02:03ルツは出かけて行き、刈り入れをする農夫たちの後について畑で落ち穂を拾ったが、そこはたまたまエリメレクの一族のボアズが所有する畑地であった。 02:04ボアズがベツレヘムからやって来て、農夫たちに、「主があなたたちと共におられますように」と言うと、彼らも、「主があなたを祝福してくださいますように」と言った。 02:05ボアズが農夫を監督している召し使いの一人に、そこの若い女は誰の娘かと聞いた。 02:06召し使いは答えた。「あの人は、モアブの野からナオミと一緒に戻ったモアブの娘です。 02:07『刈り入れをする人たちの後について麦束の間で落ち穂を拾い集めさせてください』と願い出て、朝から今までずっと立ち通しで働いておりましたが、今、小屋で一息入れているところです。」 02:08ボアズはルツに言った。「わたしの娘よ、よく聞きなさい。よその畑に落ち穂を拾いに行くことはない。ここから離れることなく、わたしのところの女たちと一緒にここにいなさい。 02:09刈り入れをする畑を確かめておいて、女たちについて行きなさい。若い者には邪魔をしないように命じておこう。喉が渇いたら、水がめの所へ行って、若い者がくんでおいた水を飲みなさい。」 02:10ルツは、顔を地につけ、ひれ伏して言った。「よそ者のわたしにこれほど目をかけてくださるとは。厚意を示してくださるのは、なぜですか。」 02:11ボアズは答えた。「主人が亡くなった後も、しゅうとめに尽くしたこと、両親と生まれ故郷を捨てて、全く見も知らぬ国に来たことなど、何もかも伝え聞いていました。 02:12どうか、主があなたの行いに豊かに報いてくださるように。イスラエルの神、主がその御翼のもとに逃れて来たあなたに十分に報いてくださるように。」 02:13ルツは言った。「わたしの主よ。どうぞこれからも厚意を示してくださいますように。あなたのはしための一人にも及ばぬこのわたしですのに、心に触れる言葉をかけていただいて、本当に慰められました。」 02:14食事のとき、ボアズはルツに声をかけた。「こちらに来て、パンを少し食べなさい、一切れずつ酢に浸して。」ルツが刈り入れをする農夫たちのそばに腰を下ろすと、ボアズは炒り麦をつかんで与えた。ルツは食べ、飽き足りて残すほどであった。 02:15ルツが腰を上げ、再び落ち穂を拾い始めようとすると、ボアズは若者に命じた。「麦束の間でもあの娘には拾わせるがよい。止めてはならぬ。 02:16それだけでなく、刈り取った束から穂を抜いて落としておくのだ。あの娘がそれを拾うのをとがめてはならぬ。」 02:17ルツはこうして日が暮れるまで畑で落ち穂を拾い集めた。集めた穂を打って取れた大麦は一エファほどにもなった。 02:18それを背負って町に帰ると、しゅうとめは嫁が拾い集めてきたものに目をみはった。ルツは飽き足りて残した食べ物も差し出した。 02:19しゅうとめがルツに、「今日は一体どこで落ち穂を拾い集めたのですか。どこで働いてきたのですか。あなたに目をかけてくださった方に祝福がありますように」と言うと、ルツは、誰のところで働いたかをしゅうとめに報告して言った。「今日働かせてくださった方は名をボアズと言っておられました。」 02:20ナオミは嫁に言った。「どうか、生きている人にも死んだ人にも慈しみを惜しまれない主が、その人を祝福してくださるように。」ナオミは更に続けた。「その人はわたしたちと縁続きの人です。わたしたちの家を絶やさないようにする責任のある人の一人です。」 02:21モアブの女ルツは言った。「その方はわたしに、『うちの刈り入れが全部済むまで、うちの若者から決して離れないでいなさい』と言ってくださいました。」 02:22ナオミは嫁ルツに答えた。「わたしの娘よ、すばらしいことです。あそこで働く女たちと一緒に畑に行けるとは。よその畑で、だれかからひどい目に遭わされることもないし。」


2020/01/19 降誕節第4主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「天に上げられたイエス」 1.使徒言行録には、これからの教会のありかたを考える上で学ぶところが多くあると思う。使徒言行録は、言うまでもなくキリスト教会が誕生したばかりのときの様子が描かれている。どのような生き物でも、その誕生直後の様子は、その生物にとって、何が根源的に重要かということを指し示してくれる。教会も同じではないかと思う。使徒言行録を学ぶときに私たちは、教会にとって何が根源的に重要なのか、逆に言えば何が枝葉のことなのかを識別できるようになる。これからは、私たちの教会に限らず、日本全体、また全世界の教会が、大きく変わってゆかざるを得ない難儀なときに突入してゆくのだろうと思う。その難儀な時を歩むにあたって、何が教会にとって核となるものであり何が教会を存立させるのかをしっかりと心に刻み続けてゆくことが大事だと思う。ひいてはただ教会だけではなく、信徒としての私たちひとりひとりが、何によってしっかり立ってゆけるかをも教えてくれるのではなかろうか。
 1~2節、「テオフィロさま・・・書き記しました」とある。「先に第1巻を著して」とあるのは、実はルカによる福音書のことである。ルカは、まず福音書を書いて、そこで「イエスが行い、また教え始めてから・・・すべてのことについて書き記した」。そして、その福音書をテオフィロに献呈した。ルカによる福音書の1章3節にはこうある。「敬愛するテオフィロさま、私もすべてのことを初めから詳しく調べていますので、順序正しく書いてあなたに献呈するのがよいと思いました。お受けになった教えが確実なものであることを、よく知っていただきたいのであります」と。
 このテオフィロがどのような人物であったかは、全く分かっていない。「テオフィ口さま」とは、かつての口語訳聖書では「閣下」となっていた。恐らく彼は、ローマ帝国のかなり地位の高い役人ではなかったか。注解書によれば、ルカはこのテオフィロに仕えていた奴隷でありまた医師でもあったとのことである。そして、ルカがテオフィロの重い病を癒したので、奴隷から解放された。その後テオフィロはルカを通してキリスト教を信じるようになったか、あるいは求道者になったのであろう。それが、先ほど読んだルカによる福音書の1章4節の最後「お受けになった教え」という言葉に滲み出ている。ルカは、イエス様を救い主として信じる信仰をより確実なものにしようと、まず福音書を書いてテオフィロに献呈した。しかし、それではなお足りないところがあると感じて、福音書の続編を書かねばならないと思い立ち、そこでこの使徒言行録を書いたのである。

2.大切なのは、ルカが「福音書だけでは足りない」と感じたのが何からであったのかという点である。2節と3節に「天に上げられる日までのすべてのことについて書き記しました。イエスは苦難を受けた後、ご自分が生きていることを数多くの証拠をもって使徒たちに示し、40日にわたって彼らに現れ、神の国について話された」とある。ここに言われている内容は、福音書に書かれていた事柄である。しかしルカは、どうしても続編の必要性を感じたのである。
 それは何であったか。6節欄外のタイトルにもあるように、それはイエス様が天に上げられて弟子たちの目には見えなくなったという出来事である。こうして、イエス様の姿が見えなくなったにもかからわずイエス様を救い主として信じる者たちは絶えることがなかったのである。絶えるどころか、どんどん数が増し、様々な難儀があったにもかかわらず、信者の集まりとしての教会があちこちに立てられてゆくようになったのである。
 イエス様が十字架の上で殺されてしまった段階で、イエス様を救い主などと信じる者たちは絶えてしまうはずではないかと思う。しかしなぜかそうはならなかった。だから、まずルカはその理由をテオフィロに示そうとして福音書を書いた。信じる者たちの目から、イエス様が天に上げられて見えなくなった段階で、信者はいずれ消滅してしまうはずではなかったか。ところがそうはならなかった。それはなぜだったのか。そこをこそ語ろうとしたのが、この使徒言行録の意図だったのである。信じる者たちは、なお続いた。だからこそルカは、福音書の続編を書かねばならかったのである。では続かしめたその理由はどこにああったのか。それは使徒言行録から2000年経った今日においも、あてはまるものなのである。

3.4節、イエス様は、弟子たちに次のように命じた。「エルサレムを離れず、前に私から聞いた、父の約束されたものを待ちなさい」と。私はこのイエス様の言葉を改めて読んで、「待ちなさい」と命じた点に心を引き寄せられた。信じる者が絶えなかったのはなぜか。教会が、その後の幾多の困難を生き延びて続いてきたのはなぜなのか。それは待つものであったから、待つ共同体であったからこそではなかったか。
 待つということと、その反対に、待たないということとの間にある決定的な違いは何であろうか。待つということは、私たちが未来へと開かれているありさまである。待つということは、現状には何か決定的に足りないものがあって、それが与えられるように待ち望んでいる状態なのである。待つ人は、未来へと門を開いている。そのような人は、変化を受け入れることができる。これに対して、待たない者は現状に満足しているのである。今持っているものを守り維持しようとしている。未来へと開かれていないのである。
 イエス様は、弟子たちにまず、何よりも「待つ者であれ」と、「現状を守り維持しようとするのではなく、未来に向かって開かれている者になれ」と命じたのである。すぐその後にイエス様が言葉を続けたように、未来に向かって開かれていると「父なる神様からの約束されたものが」やってくるのがわかるのである。今自分が持っているものを守ろうとするばかりでは、神様が約束したよいものを下さることがわからないのである。神様から、未来から、未知なるよいものが与えられるということがわからないのである。イエス様は、神様が与えて下さる約束のものは聖霊だと言う。聖霊とは、その言葉そのものの意味としては「風」という意味である。聖霊を注がれるということは、私たちに起きる現実としては、強風に吹かれるがごとく飛ばされ動かされてしまうことでもある。だから、それはしばしば、私たちの目に見えるありさまとしては、あまり歓迎したくないような、試練であったり難儀であったりするのであろう。私たちに未来からやってくるものとは、私のような年代になった者にとっては、そのほとんどは招かざる客たち、お呼びでない者たちであろう。しかし未来に開かれているならば、そこから良いものが見いだされ得るのである。父なる神様からの良いものだと受け取ることがでる。生まれたばかりの信徒たちはまず、待つ者たちであった。彼らの現状には、守り維持するものなどなかったことも幸いしたのかもしれない。

3.イエス様がここで言った「父が約束されたもの」とは、具体的には聖霊が注がれるということであった。この言葉を聞いて弟子たちは何と応答したか。弟子たちは「主よ、イスラエルのために国を建て直してくださるのは、この時ですか」と尋ねたのである。するとイエス様は「父がご自分の権威をもってお定めになった時や時期はあなたがたの知るところではない」と答えたのである。
 私はこうした問答から「待つ」とは、私たちが信仰共同体として何を待つべきなのか、反対に何を待ってはいけないのかという点を教えられる。弟子たちが期待して待っていたのは、神様が「イスラエルのために国を建て直してくださる」ことであった。この国とは、恐らくは地上に建てられるイスラエル人の国のことである。かつて弟子たちはイエス様がそうした国を建てて下さるのを期待し、その国で自分たちが大臣のようなポストにつくのを願ったことがあった(マルコによる福音書10章35節以下など)。しかしイエス様は弟子たちに、このような地上の国が建てられることを待ってはいけないと教えたのである。
 私たちは勿論、そのような国が建てられるのを待ってはいない。けれども国というのは、そこで私たちが王様のごとくふるまえる領域を意味している。教会が、この世の営みにおいて、そのようにふるまえるのを私たちは待ってはいなか。また私たちひとりひとりが、その生きることにおいて、王様のごとくふるまえることを求め願ってはいないか。しかしイエス様は、教えて下さる。そのような国を待っていては決して神様から約束のよいものを与えられているのを見いだすことはできないと。イエス様は「そのようなものはあなたがたの知るところではない」と言う。「知る」とは「支配する」という意味でもあるが、私たちが求めるべきものではなく、また知るところではないものがある。教会として、また信仰者として求め知ろうとしてはいけないことがある。何よりもそれは、支配しようとすることである。それを待とうとすると、教会も私たちも続くことはできない。

4.では、神様からの約束されたものとして待つべきものとは何であろうか。それは、聖霊を注がれることである。聖霊を注がれて力を受け、地の果てに至るまで「私の証人となる」ということである。そこでのイエス様の教えとは、「国を待つ」ということと何と対照的であるかと思う。
 聖霊を注がれると弟子たち、また私たちは力をいただく。しかしその力とは、この世に自分の王国を建て、それを維持し守るための力ではない。むしろそれとは正反対のものである。地の果てに至るまで遣わされゆく。聖霊とは、そもそも「風」という意味である。聖霊を注がれるとは、風に吹かれ飛ばされてしまうかのように、自分の思い通りには生きられず、思いもかけない状況に追いやられ、そして世界の果てにまで飛ばされ、そこでイエス様のことを証しできるようになることなのである。
 「私の証人となる」という言葉には、本当にいつも励ましをいただく。証人とは、ただ見たままありのままを嘘を言わず語ればそれでよいのである。特別にすばらしいことを語る必要などない。それは、あたかも月が太陽の光を受けて輝くことのようだと思う。月自身には、光源はない。しかし満月の時には、あのように輝くことができる。しかしあるときには、月は全く光を放てない。満月の時もあれば新月のときもある。それが証人としての私たちの姿である。私たち信仰者としての時々で、それぞれイエス様からいただく光をどれだけ反射できるかは多様なのである。ある時は満月のように明るく、しかしある時は新月のように真っ暗ということもある。それが私の証人としてのありかただとイエス様は言って下さっているのである。
 イエス様が天に上げられて弟子たちの目には見えなくなったことが9節に書かれている。私は、この弟子たちの姿もまた、私たちの根源的な姿だと改めて教えらる。ここには、私たちが何よりも待つべきイエス様がおられる。そして今の私たちは決定的に、この大事なイエス様が「見えない」者なのである。私たちには、決定的になくてはならないイエス様が見えない。だからいつでもイエス様を待つ者なのである。それが意味しているのはどういうことなのか。それは私たちのやることなすことすべては、この「見えない」そして、イエス様を「待つ」ということの中でなされているものにすぎないということである。最も大事なイエス様が見えないということでなされているのだから、すべては不完全であり太陽ではなく月としてのありようであり、足りない者としての歩みなのである。イエス様は、そのような存在として歩んでいくことこそが存続してゆく秘訣なのだと言ってくださる。なんという励ましであり慰めだと思う。

聖書:新共同訳聖書「使徒言行録 1章 1~11節」 01:01-2 テオフィロさま、わたしは先に第一巻を著して、イエスが行い、また教え始めてから、お選びになった使徒たちに聖霊を通して指図を与え、天に上げられた日までのすべてのことについて書き記しました。 01:03イエスは苦難を受けた後、御自分が生きていることを、数多くの証拠をもって使徒たちに示し、四十日にわたって彼らに現れ、神の国について話された。 01:04そして、彼らと食事を共にしていたとき、こう命じられた。「エルサレムを離れず、前にわたしから聞いた、父の約束されたものを待ちなさい。 01:05ヨハネは水で洗礼を授けたが、あなたがたは間もなく聖霊による洗礼を授けられるからである。」 01:06さて、使徒たちは集まって、「主よ、イスラエルのために国を建て直してくださるのは、この時ですか」と尋ねた。 01:07イエスは言われた。「父が御自分の権威をもってお定めになった時や時期は、あなたがたの知るところではない。 01:08あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる。」 01:09こう話し終わると、イエスは彼らが見ているうちに天に上げられたが、雲に覆われて彼らの目から見えなくなった。 01:10イエスが離れ去って行かれるとき、彼らは天を見つめていた。すると、白い服を着た二人の人がそばに立って、 01:11言った。「ガリラヤの人たち、なぜ天を見上げて立っているのか。あなたがたから離れて天に上げられたイエスは、天に行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになる。」


2020/01/12 降誕節第3主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「我は道なり真理なり生命なり」 1.6節「私は道であり、真理であり、命である」とある。とくに「私は道である」との言葉に心を向けてゆきたい。イエス様が「私は道である」という言葉に込めたのは、弟子たちに対して、また私たちに対して「あなたがたには道があるのだ」ということだと思う。弟子たちは、イエス様が「心を騒がせるな」と言った(1節)ことからわかるように、心を騒がせ不安だったのである。「道」ということで言えば、自分たちの前に、果たして進むべき道があるのか、ちゃんと進んでゆけるのかという不安で一杯だったのだと思う。
 13章から「最後の晩餐」と呼ばれる場面が始まる。イエス様は、ここで直接十字架の死について言及していない。しかし何かただならぬことがイエス様の身に起ころうとしていることを繰り返し語っている。13章33節では「私が行く所にあなたたちは来ることができない」と、また36節には、ペトロに「私の行く所に、あなたは今ついてくることはできない」と言ったことが書かれている。これを聞いてペト口は「あなたのためなら命を捨てます」と答えた。ペトロは、イエス様がはっきりと語らなくともイエス様についてゆこうとすれば命を捨てなければならないのだと直感的に感じることができたのであろう。ペトロは、「あなたのためなら命を捨てます。命を捨てることになってもあなたについてゆきます」と言った。しかしイエス様は繰り返し「そうはできない」と明言したのである。イエス様が行こうとしていたところは、弟子たちにもまた私たちにも、自分の力では、また「今は」、どうしてもついていけないところなのだと告げられているのである。
 このことに、弟子たちは十字架の出来事の後、はっきりと直面することになった。イエス様を十字架の上で失った後、自分たちはどのようにしてこれから進んでいったらよいのか全くわからない状態に置かれた。恐らくこれは、この福音書の書かれた西暦100年頃の時代も同じだったのだろうと想像できる。この福音書を書いたヨハネと黙示録を書いたヨハネが同一人物かどうかは定かではない。別人だとしても、同じ時代に同じ教会に属していた近しい人物であったことは確かだとされている。ヨハネによる黙示録が書かれたとき、この福音書の著者ヨハネはローマ皇帝のドミティアヌスによって捕らえられパトモス島に幽閉されていた。紀元95年頃のことである。それからその後200年にわたって続くローマ帝国あげてのクリスチャンへの迫害がはじまってゆくのだった。信徒たちは、心を騒がせざるを得なかったのである。「自分たちの前には道があるのだろうか、この難儀な時代をちゃんと歩んでゆける道があるのだろうか」と。

2.私は先日「もしも1年後、この世にいないとしたら」という本を買い求めて読んだ。その本の著者は、長くガンセンターの精神科医をしておられる。電車の車内広告で、この本の「『元気な自分でなければならない』という思い込みは苦しい」というある章のタイトルを見て、私はとても心を引かれた。この本に登場する人々は皆、本当に重い、余命数カ月と告げられた人々ばかりである。宣告を受けた時には当然、道を失う。もし道があるとしても、それは到底道とは言えない、ただただ急な坂をころがり落ちて、その途中には痛みや苦しみや悲しみばかりがあり、最後には死という谷底が待ち受けている・・・といった道である。私たちすべては必ず、このような道とは言えないような道を進んでゆかねばならない者である。そこを歩んでゆけるのか、果たして迷わずにちゃんと進んでゆけるのかと私たちは心を騒がせるのである。
 そのような弟子たちまた私たちに対して、イエス様は、まず告げるのである。「私がいる以上あなたがたには道があるのだ」と。「道がないなどということは決してないから安心しなさい」と。そしてこうも言うのであろう。「私があなたがたに指し示す道は、ただ死に向かってころげ落ちるような、ただ命を失う希望の無い道ではなく、命へと至る道なのだ。それがあなたがたに示す真理である。それが死に至る道についての真理なのだ」と。  私たちは今、幸いにして「道が見えない」「道がわからない」という境遇にはいないかもしれない。しかし、森や砂漠や大海原の中で全く道がわからず迷ってしまったならば、その時の不安や恐れはいかばかりであろうか。そのような境遇に、私たちはいつか置かれることになる。道を失った私たちに対して、「大丈夫だ。私が道を知っている。私が道案内をしてやろう。私がいる以上あなたがたに道がないなどということは決してない。そしてその道は、ただ苦しみや死に至るものではなく命へと至る道なのだ。幸いへと至る道なのだ。それこそが本当の道なのだ。嘘いつわりではなく真理の道なのだ」との言葉は、どれほど嬉しいものであろうか。
 「私は道である」と言ったイエス様の姿は、たとえばエベレストのような険しくまだ誰も登ったことのない山の登頂ルートを開拓しようとする人にたとえることができるように私は思う。命をかけて誰も登ったことのない断崖絶壁を登ってゆく。後に続く者のために岩にはハーケン(金属の杭)を打ち込み、それを手懸かり・足掛かりとして残してゆく。さらに必要ならば、そのハーケンにカラビナ(金属のリング)を取りつけ、ザイル(ロープ)を結び付けて、後続者がそれを使って登れるようにしてゆく。そのようにして頂上にたどりつき、そしてまた自分が開拓したルートを辿って後続者のもとに降りてゆき、今度は後続者と自分をザイルで結び付けて先頭に立って再び登頂を始めるのである。2節3節に語られているイエス様の姿とは、まさに十字架の道をたどって父の家へと登り、そのルートを開拓し、そしてまた戻ってきて私たちを先導する姿そのものである。

3.「私は道である」というイエス様の言葉から、さらに私が語りかけられるのは次のようなことである。「私は道である」との文章は「私『が』道である」とも訳すことができる。私の感じるニュアンスとしては、「私『は』道である」と言えば、私が他のものではなく「道である」という点に強調点が置かれていると感じる。しかし「私『が』道である」となると、「私」に強調点が置かれていると感じられるようになる。「私以外の誰も道ではない」というニュアンスである。イエス様が示して下さる道は、あくまでイエス様が指し示し開拓してくださる道なのであって、この世の誰かが勧め願うような道ではない。「もし断崖絶壁や砂漠や大海原のただ中に置かれて道を失わないようにしたいとするならば、私以外の誰の勧める道も通ってはならない。あなたがたが自分自身で望み考えるような道を行こうとしてはならない。もしそのようなことをすれば、あなたがたは必ず道を失うだろう。父の家には行けないだろう。」と、それが6節の最後で「私を通らなければだれも父のもとに行くことができない」という言葉の意味なのである。
 私たち誰もが進みたいと願う道は、重い病気になどならずに本当に平穏無事に人生をまっとうできる道である。しかし多くの人は、そのような道を行くことはできない。2人に1人はガンで死ぬし、6人に1人は認知症になるという。すべての者が自分の望まない断崖絶壁を登ってゆかねばならないのである。それが、私たちが神様の元にゆく上で辿らねばならない道なのである。それが真理なのである。ところが、断崖絶壁を前にしているのに、「これは私の望んでいた道とは違う。私はこんな道は行きたくない」と言ってしまえば、そこで道はなくなる。どこまでも「あなたの願う道」を行こうとすれば、どうしても道を失う。だからイエス様は「私を道としなさい」と言うのである。「あなたの思いや願いを道にしてはいけない」と言うのである。

4.それでは、イエス様が私たちに指し示して下さるところの「私の道」とは、どのような道なのであろうか。そのことは、2節3節に語られている。イエス様がここで言っているのは、イエス様の死が、父なる神様の家に弟子たちや私たちのための家を用意し、私たちをそこへと誘い導いてそこに一緒にいるようになるために不可欠な道だということである。それを突き詰めていえば、イエス様のためのことではないのである。イエス様が父の家にあって、そこで平安に過ごそうということでは全くない。そうではなく、ひたすら後に続く私たちのためなのである。本当にこれがイエス様の言う「道」の意味するところなのだと今回改めて感じさせられた。私たちが普通考える道というのは、自分が行きたいと願う道、自分のための道なのである。しかしイエス様が行く道は、イエス様自身のためのものではないのである。ただひたすら弟子たちや私たちのためのものなのである。それが、イエス様が十字架の死という断崖絶壁に開拓した道なのであり、私たちに指し示された道の根源的な姿なのである。
 イエス様は、確信をもって十字架への道を進んで行った。なぜイエス様は迷わなかったのか、十字架のただ中にもしっかりと進むべき道を見いだしていたのかと言えば、それが後に続く者のためだと知っていたからである。自分のための道を行こうとはしなかったからである。なぜか自分のための道を行こうとすると、それは失われる。しかしその歩みを、後に続く誰かのための手懸かり足掛かりにしようと思うと、なぜか道がはっきりとわかるのである。これこそが「道」というものにおける本当に不思議な真理なのである。
 だから私たちも、目の前に立ちはだかる断崖絶壁を、イエス様に助けられつつではあるが、これを登ることは、後に続く人々の道を作るためなのだと信じて登ってゆけばよいのである。私たちの周りには、厳しい病の中に道を見いだしていった人々が多くいるのである。自分のためということで言えば、残念ながら道はない。自分の命は失ってしまうしかない。しかしそこを行くことが、後に続く者のための道になる。後に続く者のためになると信じて進めば、そこにおのずと道ができる。イエス様が開拓して下さったその道が見えてくるのである。

5.どうしてイエス様は「我は道なり・命なり」ということに結び付けて「我は真理なり」と語たのか。それは、私たちが死という断崖絶壁を登ってゆくときには、そこにある真理を知ることが絶対に不可欠だからなのだと思う。死にゆく時に頼りになるのは真理なのである。そこに命に至る本当の道があるということだけが頼りになるからである。偽りの道や、あやふやな道では、頼りにはならない。
 死については、様々なことが言われる。ある人は死んだら何も残らないすべてが消えてなくなるのだと言う。しかしすべてがなくなるのだとすれば、死に至る断崖絶壁を登ることに何の意味があるであろうか。そのような苦しい歩みをすることに何の意義があろうか。イエス様が教えた真理とは、イエス様がそうであったように、私たちも死という断崖絶壁を登ってこそ父なる神様のもとへ行くのである。死の後にこそ、そのような歩みが続くのである。そしてイエス様が十字架の死という断崖絶壁を登った後に残されたハーケンやザイルは、しっかりと後に登る者への手懸かり足掛かりになる。
 死んで迷う存在があると言われている。恐らくそれも真理ではなかろうか。迷ったままでずっと存在し続けなければならないとすれば、それは本当に苦痛であろう。なぜ迷うのか。それは偽りに頼るからである。自分の道しか見えないからである。断崖絶壁を登ってゆかねばならないのに、それを避けるからである。そのような私たちには「我は道なり」と言って下さるイエス様が不可欠なのである。おのが道を捨ててイエス様の示す道へと進むことが不可欠なのである。

聖書:新共同訳聖書「ヨハネによる福音書 14章 1~14節」 14:01「心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい。 14:02わたしの父の家には住む所がたくさんある。もしなければ、あなたがたのために場所を用意しに行くと言ったであろうか。 14:03行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたをわたしのもとに迎える。こうして、わたしのいる所に、あなたがたもいることになる。 14:04わたしがどこへ行くのか、その道をあなたがたは知っている。」 14:05トマスが言った。「主よ、どこへ行かれるのか、わたしたちには分かりません。どうして、その道を知ることができるでしょうか。」 14:06イエスは言われた。「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。 14:07あなたがたがわたしを知っているなら、わたしの父をも知ることになる。今から、あなたがたは父を知る。いや、既に父を見ている。」 14:08フィリポが「主よ、わたしたちに御父をお示しください。そうすれば満足できます」と言うと、 14:09イエスは言われた。「フィリポ、こんなに長い間一緒にいるのに、わたしが分かっていないのか。わたしを見た者は、父を見たのだ。なぜ、『わたしたちに御父をお示しください』と言うのか。 14:10わたしが父の内におり、父がわたしの内におられることを、信じないのか。わたしがあなたがたに言う言葉は、自分から話しているのではない。わたしの内におられる父が、その業を行っておられるのである。 14:11わたしが父の内におり、父がわたしの内におられると、わたしが言うのを信じなさい。もしそれを信じないなら、業そのものによって信じなさい。 14:12はっきり言っておく。わたしを信じる者は、わたしが行う業を行い、また、もっと大きな業を行うようになる。わたしが父のもとへ行くからである。 14:13わたしの名によって願うことは、何でもかなえてあげよう。こうして、父は子によって栄光をお受けになる。 14:14わたしの名によって何かを願うならば、わたしがかなえてあげよう。」


2020/01/05 降誕節第2主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「サムソンとデリラ」 1.士師記には士師と呼ばれる人々が12人登場する。その中で、私たちが礼拝で触れることができたのはギデオンとサムソンの二人だけだった。そのサムソンについて、前回は13章前半の出生の様子を記した箇所を読んだ。今日は、サムソンの最期の様子を記した箇所である。
 いつごろであったか記憶は定かではない。私が小学生の頃にTVで、このサムソンの生涯を映画にしたものを観た。デリラにだまされた揚げ句にペリシテ人に捕らわれ、目をえぐられて鎖につながれて奴隷にされたサムソンが、最後の最後にその怪力を取り戻して宮殿を崩す様子は、今でも脳裏にくっきりと残っている。私の様子を見た母が、この物語は聖書の中に書かれているのだよと教えてくれたのを覚えている。後にも先にも私が母から聖書のことを聞かされたのはこの一度だけだった。
 子どもだった私が、サムソンの姿のどこに引き付けられたのか。それは極めて単純に、ペリシテ人にひどいことをされたサムソンが、最後に見事に復讐を果たすという、そのどんでん返しの筋に心躍らせたのかもしれない。昔からイスラエルの人々は、このサムソンの物語に、子どもの私がそうであったように心躍らせられ、豊かなインスピレーションを与えられてきたということであろう。それは一体どんなものだったのであろうか。
 昨年、私自身の心に強く残った言葉が「レジリエンス」という言葉である。5月頃に放送された高齢者向けの番組で、この言葉をはじめて耳にした。最近では、レジリエンスに関する本が多く出版され、講演やセミナーなども盛んだそうである。私の見たTV番組によれば、その言葉は回復力や復原力という意味で、人間が逆境の中に置かれてもそれに耐えて、または、はねのけて粘り強く生き延びてゆく力を意味するということであった。昨年末のラジオの特集でも、これからの時代社会を生き延びてゆく上で大切な柱になるものとして、ひとりのコメンテーターが、しきりにこのレジリエンスに言及していた。サムソンの姿こそ、このレジリエンスではないかと感じる。サムソンは最後には、ペリシテ人に復讐をとげ、自らも死んでしまった。しかしサムソンは、騙され、目をえぐられ、奴隷としてこき使われ、笑いものにされても失うことのなかった力、それこそがレジリエンスではなかろうか。

2.聖書には、士師であったサムソンの姿がありのままに記されている。サムソンの生涯を記した13章からの文章を閉じるにあたって16章31節は次のように記している。「彼は20年間、士師としてイスラエルを裁いた」と。彼は20年の長きにわたってイスラエル人の指導者としての役割を果たしたというのである。一体彼は、何をもってそのような働きをしたというのであろうか。
 私たちは、13章から書かれているサムソンの生涯の全てを見てきたのではない。しかし、とにかく書かれていることといえば、サムソンが次から次とペリシテ人に属する女性に一目ぼれをして、そのために、これでもかこれでもかとペリシテ人との間にトラブルが起きていったことである。最初に一目ぼれをしたのは、ペリシテに属するティムナというところの女性だった。その結婚をめぐってサムソンの両親との間や、ペリシテ人との間にトラブルが生じた。それが終わるとすぐに、懲りることもなく同じペリシテに属するガザという町にいた遊女に一目惚れをし、またトラブルが生じた。それでもなお性懲りもなく今度はデリラなのであった。そして最後には、自らの身の上にとんでもない災難を招いた。
 デリラがどのような素性の女性だったかが、16章4節以降に書かれている。彼女は、金に目がくらんでサムソンを同族のペリシテ人に売ろうとすした。デリラは3度もサムソンからその怪力の秘密を聞き出そうとしたがうまくゆかなかった。とうとう4度目に、まんまと秘密を聞き出すことに成功した。サムソンの愚かさにはあきれるほどである。どんな魂胆で彼の秘密を聞き出そうとしていたのか普通の男なら、すぐに気が付くのではなかろうか。それなのに情にほだされて、「来る日も来る日も彼女がこう言ってしつこく迫ったので、サムソンはそれに耐え切れず死にそうになり」と16節にある。愚かさも極まって、とうとう怪力の秘密を打ち明けてしまい、まんまとぺリシテ人に捕まって目をえぐられ奴隷にされてしまったのである。
 一体このようなサムソンのどこが「士師」なのか。どこに指導者たるにふさわしい姿があったのか。師記に関しての注解書や解説書は、私の手元にはわずか1・2冊位しかないが、サムソンが女性にだらしなかった点に触れられており、それは指導者としてはふさわしくなかったありさまだと書かれている。そして彼は悔い改めたので、怪力を取り戻したのだと説明されている。しかし、士師記の記述には、どうもそのような意図とは違うものを私は感じてならない。むしろサムソンのそのような、まことに醜く愚かな姿もまた、士師として神様から用いられたところのなくてはならないものだと語っているのではないかと教えられるのである。愚かなところもまた、神様によって用いられたと身をもって指し示すことにおいて、サムソンは士師だったのではなかろうか。
 注目させられたのは14章4節、最初にサムソンは、彼が一目ぼれをしたティムナの女性について、彼の父母にペリシテ人の娘と結婚させて欲しいと頼んだ。父母は反対した。ところがこの両親の反応について14章4節にはこうある。「父母にはこれが主のご計画であり、主がペリシテ人に手懸かりを求めておられることがわからなかった」と。驚くことに、サムソンがこれほど愚かに次々とペリシテ人の女性に一目ぼれをしていったのは、それによって当時イスラエル人を支配していたペリシテ人とサムソンがかかわりを持つようになるための神様の計画だったと聖書は語っているのである。それによって、いろいろなトラブルが起きたが、サムソンがその怪力をふるって、結果的にはイスラエル人をペリシテ人から守る働きをしたのである。それが神様の計画だったというのである。だとすれば、彼がデリラに騙され、ペリシテ人に捕らわれ、目をえぐられて奴隷にされたこともまた、神様の御心だったと言えるのではなかろうか。

3.ダニエルが読み解き、解釈した不思議な言葉に「メネ・メネ・テケ・ウパルシン」という文字があった。それを通して私は、数えられないもの・測られないもの・分けられないものこそが私たちの生きる依り所だと教えられた。イスラエル人をペリシテ人から守る指導者としての働きをしたサムソン、つまりはイスラエル人にとっての依り所となる使命を神様から託されたサムソンにとっては、その女性への惚れっぽさや愚かさ、また粗暴さも、彼が士師としての尊い働きをすることと分けることができないのだと思うのである。すぐに私たちは信仰者のありかたとしてサムソンの女性への態度は愚かでありふさわしくないと断じる。これをゴミであるかのように分別して捨てようとする。彼の父母もそうだった。ペリシテ人の女性を妻にしたいと願った息子の思いを、イスラエル人としてはふさわしくないものとして捨てさせようとした。しかし神様の計画は、そうではなかったのである。
 28節にはサムソンの最後の祈りとして、「ペリシテ人に対してわたしの二つの目の復讐を一気にさせて下さい」という言葉が記されている。最後の最後までサムソンという士師を突き動かしてきたのは復讐心だったことがよくわかる。30節には、サムソンがその死をもって、殺した者は生きている間に殺した者よりも多かったとあり、彼の士師としての働きが専ら復讐心からペリシテ人を殺すことにあったのだとわかる。このようなことは到底、神様の指導者として選ばれた者を動かす原動力やその働きとしてはふさわしくないのではないかと誰もが思うであろう。しかし、サムソンについては復讐心もまた彼を士師としてその務めを果たさせるために、とりわけても騙され目をえぐられて奴隷にされてもなおその役割を果たさせるためには、復讐心は欠かすことのできないものだったのではなかろうか。サムソンのレジリエンスにおいては、実はその女性に対する惚れっぽさも愚かさも、そして復讐心さえも、なくてはならないものだったと示されるのである。私たちの心に、ごく自然に生じてくる思い、時には本当に愚かな歩みもまた、神様が私たちを用いられる上で必要なものなのである。私たちがレジリエンスを発揮する上では、愚かさも復讐心のようなものさえも必要なことがあるということである

4.もうひとつ、サムソンの物語全体を通して貫かれているモチーフに、髪の毛を切る切らないということがあった。デリラへの愚かな情に動かされて怪力の秘密を打ち明けてしまい、髪の毛を切られて、サムソンの怪力は失われてしまった。目をえぐられ、鎖の足かせをはめられ、来る日も来る日も牢屋で粉引きをさせられていた。ところがである。このような日々の中でも、22節にあるように、切られた髪の毛はいつの間にか伸びはじめていた。サムソン自身も、ペリシテ人も全く気が付かない内に失われた力が回復していったのである。私は何かそこに、私たちに秘められたレジリエンスの回復力のようなものを感じないわけにはゆかない。
 そもそもサムソンに与えられた怪力の源とは、17節に「母の胎内にいたときから神にささげられ」たことにあるのだと思う。私たちにはサムソンのような怪力はないが、私たちにとっても神様に捧げられた存在であるということは、実はものすごい力をもたらすものだと思うのである。母の胎内にあるときからというのだから、それは先天的なものであって、後天的に私たちが社会や人間関係の中で何をしたからとか、どういう人間だからということに全く左右されない。私たちは、周囲の人や社会からどのように見下げられても、自分は神様の宝なのだと思えることで、いわゆる自尊感情を失うことがないのである。それが私たちにとっての大きな力なのである。
 サムソンがデリラに髪の毛の秘密をもらしたというのは、突き詰めれば神様の宝物であるという先天的な価値を、後天的な人間関係の中でないがしろにし、売り渡してしまったということを意味しているのではなかろうか。親子関係や愛する人々との関係においてこそ、私たちと神様との間柄の中で持っている宝を見えなくさせたり捨てさせてしまったりすることがあるのではなかろうか。サムソンとデリラの出来事は、そのようなことの現れのように感じる。サムソンは、生まれる前から与えられていた宝をデリラに渡ししてしまったがゆえに、その結果として怪力を喪失したのである。
 しかしそれは、完全に失われたわけではなかった。後天的などんな間柄も、生まれる前から神様に与えられた力を奪い尽くすことはできない。一時的にその力を失わせるにすぎない。この世の関係や出来事によって一時的に覆われるにすぎないのである。それが「髪の毛はまた伸び始めていた」という言葉に現れていると思う。本当に象徴的で意味深い言葉だと思う。ペリシテ人の力もデリラのよこしまな情もあらゆる後天的な力も、サムソンの髪の毛が伸びてゆくのを阻止することはできなかったのである。髪の毛は死んだ後でさえ伸びると聞いたことがある。髪の毛が伸びるとは本当にささいなことである。何ら私たちにとっては意味を持たない日常的なことのように思う。しかしそれが切られ、また伸びてゆくということこそが、サムソンのレジリエンスにとって決定的な意味を持っていたのである。私たちが、サムソンのような境遇に置かれたとしても、髪の毛は伸びてゆくのである。そこにはレジリエンスがある。

聖書:新共同訳聖書「士師記 16章 15~31節」 16:15デリラは彼に言った。「あなたの心はわたしにはないのに、どうしてお前を愛しているなどと言えるのですか。もう三回もあなたはわたしを侮り、怪力がどこに潜んでいるのか教えてくださらなかった。」 16:16来る日も来る日も彼女がこう言ってしつこく迫ったので、サムソンはそれに耐えきれず死にそうになり、 16:17ついに心の中を一切打ち明けた。「わたしは母の胎内にいたときからナジル人として神にささげられているので、頭にかみそりを当てたことがない。もし髪の毛をそられたら、わたしの力は抜けて、わたしは弱くなり、並の人間のようになってしまう。」 16:18デリラは、彼が心の中を一切打ち明けたことを見て取り、ペリシテ人の領主たちに使いをやり、「上って来てください。今度こそ、彼は心の中を一切打ち明けました」と言わせた。ペリシテ人の領主たちは銀を携えて彼女のところに来た。 16:19彼女は膝を枕にサムソンを眠らせ、人を呼んで、彼の髪の毛七房をそらせた。彼女はこうして彼を抑え始め、彼の力は抜けた。 16:20彼女が、「サムソン、ペリシテ人があなたに」と言うと、サムソンは眠りから覚め、「いつものように出て行って暴れて来る」と言ったが、主が彼を離れられたことには気づいていなかった。 16:21ペリシテ人は彼を捕らえ、目をえぐり出してガザに連れて下り、青銅の足枷をはめ、牢屋で粉をひかせた。 16:22しかし、彼の髪の毛はそられた後、また伸び始めていた。 16:23ペリシテ人の領主たちは集まって、彼らの神ダゴンに盛大ないけにえをささげ、喜び祝って言った。「我々の神は敵サムソンを/我々の手に渡してくださった。」 16:24その民もまたサムソンを見て、彼らの神をたたえて言った。「わが国を荒らし、数多くの同胞を殺した敵を/我々の神は、我々の手に渡してくださった。」 16:25彼らは上機嫌になり、「サムソンを呼べ。見せ物にして楽しもう」と言い出した。こうしてサムソンは牢屋から呼び出され、笑いものにされた。柱の間に立たされたとき、 16:26サムソンは彼の手をつかんでいた若者に、「わたしを引いて、この建物を支えている柱に触らせてくれ。寄りかかりたい」と頼んだ。 16:27建物の中は男女でいっぱいであり、ペリシテの領主たちも皆、これに加わっていた。屋上にも三千人もの男女がいて、見せ物にされたサムソンを見ていた。 16:28サムソンは主に祈って言った。「わたしの神なる主よ。わたしを思い起こしてください。神よ、今一度だけわたしに力を与え、ペリシテ人に対してわたしの二つの目の復讐を一気にさせてください。」 16:29それからサムソンは、建物を支えている真ん中の二本を探りあて、一方に右手を、他方に左手をつけて柱にもたれかかった。 16:30そこでサムソンは、「わたしの命はペリシテ人と共に絶えればよい」と言って、力を込めて押した。建物は領主たちだけでなく、そこにいたすべての民の上に崩れ落ちた。彼がその死をもって殺した者は、生きている間に殺した者より多かった。 16:31彼の兄弟たち、家族の者たちが皆、下って来て、彼を引き取り、ツォルアとエシュタオルの間にある父マノアの墓に運び、そこに葬った。彼は二十年間、士師としてイスラエルを裁いた。


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