主日礼拝メッセージ

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2021/12/05 待降節第2主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「求めよ、さらば与えられん」  音声配信
 (要旨掲載 準備中)

聖書:新共同訳聖書「マタイによる福音書 7章 7~12節」  聖書朗読
07:07「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。 07:08だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる。 07:09あなたがたのだれが、パンを欲しがる自分の子供に、石を与えるだろうか。 07:10魚を欲しがるのに、蛇を与えるだろうか。 07:11このように、あなたがたは悪い者でありながらも、自分の子供には良い物を与えることを知っている。まして、あなたがたの天の父は、求める者に良い物をくださるにちがいない。 07:12だから、人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。これこそ律法と預言者である。」


2021/11/28 待降節第1主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「都落ちするダビデ」  音声配信
 (要旨掲載 準備中)

聖書:新共同訳聖書「サムエル記(下) 16章 5~14節」  聖書朗読
16:05ダビデ王がバフリムにさしかかると、そこからサウル家の一族の出で、ゲラの子、名をシムイという男が呪いながら出て来て、 16:06兵士、勇士が王の左右をすべて固めているにもかかわらず、ダビデ自身とダビデ王の家臣たち皆に石を投げつけた。 16:07シムイは呪ってこう言った。「出て行け、出て行け。流血の罪を犯した男、ならず者。 16:08サウル家のすべての血を流して王位を奪ったお前に、主は報復なさる。主がお前の息子アブサロムに王位を渡されたのだ。お前は災難を受けている。お前が流血の罪を犯した男だからだ。」 16:09ツェルヤの子アビシャイが王に言った。「なぜあの死んだ犬に主君、王を呪わせておかれるのですか。行かせてください。首を切り落としてやります。」 16:10王は言った。「ツェルヤの息子たちよ、ほうっておいてくれ。主がダビデを呪えとお命じになったのであの男は呪っているのだろうから、『どうしてそんなことをするのか』と誰が言えよう。」 16:11ダビデは更にアビシャイと家臣の全員に言った。「わたしの身から出た子がわたしの命をねらっている。ましてこれはベニヤミン人だ。勝手にさせておけ。主の御命令で呪っているのだ。 16:12主がわたしの苦しみを御覧になり、今日の彼の呪いに代えて幸いを返してくださるかもしれない。」 16:13ダビデと一行は道を進んだ。シムイはダビデと平行して山腹を進み、呪っては石を投げ、塵を浴びせかけた。 16:14王も同行の兵士も皆、疲れて到着し、そこで一息ついた。 -->


2021/11/21 降誕前第5主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「明日を思いわずらうな」 1.私たちは、この6章に書かれたイエス様の言葉を、苦しみや悲しみの多いこの世にあっても私たちが幸いを見いだすためにイエス様が私たちに教えてくださった信仰生活上の生活術として受け取ってきた。25節からの御言葉は、その生活術の総まとめの部分と言ってもよいかも知れない。ひとことでまとめるなら「思い悩むな」すなわち「思いわずらうな」ということに尽きる。どなたであったか忘れたが「もし私たちの墓にその死因が刻まれるとしたなら、その多くは『思いわずらい』ということではないかと言っておられた。本当にそうだと思う。私たちがこの世に幸いを見いだすことの一番の妨げになるのは、「思いわずらい」という患い、すなわち病気なのではなかろうか。だからイエス様は、本日の御言葉において、どのようにしその患いを治療し、また予防できるかという生活術をその処方箋を教えてくださるのである。

2.第一の生活術は、25節の最後の「命は食べ物よりも大切であり、体は衣服よりも大切ではないか」という言葉に込められている。その御言葉を味わうためには、少し面倒な解説が必要である。しばしおつきあいをいただきたい。
 注目させられるのは、25節前半の「命」や「体」には「自分の」という言葉がつけられているのに、後半の「命」や「体」には「自分の」という言葉がつけられていない点である。ギリシャ語の原文にも確かにそのような区別がされている。前半にある「自分の」という言葉がつけられている「命」や「体」は、私たちが何を食べようか、何を飲もうか、何を着ようかと思いわずらっている対象としての「命」や「体」を指している。つまりは、それを「自分の」ものとして考えて、自分が食べさせ着させて支えてやらなくてはと思いわずらっているところの命や体をいう。
 いっぽう後半の「自分の」という言葉がくっついていない「命」や「体」は、神様がくださり支えてくださっているところの「命」や「体」なのである。勿論、前半の「命」や「体」と後半のそれとが違うものではない。同じ「命」であり「体」ではあるのだが、しかし前半のそれが「自分のもの」として捉えられているのに対し後半の「命」や「体」は、そういう対象にはなってはいない。神様から与えられ支えられている「命」や「体」そのものを指している。そういう文脈の中で、25節後半の「命は食べ物よりも大切であり、体は食べ物よりも大切」という言葉が語られている。そこでの「食べ物」や「衣服」というのは、ただの食べ物や衣服を言うのではなく、25節の前半で語られていたところの、私たちが「命」や「体」を自分のものと考え、思いわずらって、その「命」や「体」に食べさせ飲ませ着せようとするものを指している。
 その上でイエス様は「神様から与えられている『命』や『体』は、私たちが思いわずらって自分に与えようとする食べ物や着物より『大切』だ」と言っておられるのである。残念ながら「大切」という訳は、ギリシャ語のもとの言葉を正確に言い表せていない。それはそもそもは「大きい」という意味なのである。
 長々と説明してきたが、それが一番大事な点なのである。神様が私たちに与えてくださっている「命」や「体」は、私たちがそれを自分のものと考えて食べさせねば着せねばと思いわずらい、あてがう食べ物や衣服よりも、はるかに「大きい」のである。つまりは、私たちの「命」や「体」には、それが神様からのものであるがゆえの奥深い神秘さというものがあって、それは私たちには全く計り知れない神様からの食べ物や衣服によって支えられているということなのである。
 30節には、「明日は炉に投げ入れ込まれる野の花でさえ、神はこのように装ってくださる。まして、あなたがたはなおさらのことではないか」とある。明日は炉に投げ入れられてしまう野の花、その短い命と体にも、神様は29節にあるように「栄華を極めたソロモンでさえも、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった」とおっしゃるような美しさを与えてくださっている。神様が創造したものに対して与える装いや糧は、それまどに大きいのである。私たちはどうであろうか。明日死ぬとわかっている者に、そのような美しさを装わせるであろうか。しかし神様はそうなさる。野の花にさえそのようになさるなら、まして神様がご自身に似せて創造した私たち人間に対しては、なおさらなのである。
 過日の礼拝において、65歳で認知症を宣告されたある男性を描いたドキュメンタリーを紹介した。そのように様々な意味で突然に炉に投げ込まれてしまうような私たちである。その男性は、何度も自宅近くのため池に身を投げてしまおうと思ったそうである。そのように、炉に投げ込まれてしまった「命」や「体」を、私たちは「自分のもの」としてとらえ、自分自身の価値判断や生きる意義という「衣服」を無理やり押し付けて、「もうお前にあげられる食べ物はないのだ、もうお前に生きる価値はないのだ」と自分自身を殺してしまうのである。しかしその男性は、認知症の先輩たちの助けを借りつつ、同じ認知症になった人々の相談を受ける働きを始めた。その彼は、退職する前には、退職したら学童保育のボランティアをしたいと願っていたという。しかし同じ働きはできずとも認知症になったからこそ、できる助けがあると気づいたのである。そのように、神様が自身に似せて創造してくださった私たちに与えられている命や体には、私たちには計り知れない「装い」や存在意義があり、そのために神様がくださる食べ物や衣服がある。だから、思いわずらう必要はないのである。それは、たとえ私たちの命や体がどういう状態になろうとも、私たちの思いわずらいなどをはるかに越えて大きな神様の支えがあるからである。

3.思いわずらいを治療し、予防する二番目の生活術は、第一のことと密接につながっている。26節から28節までの、空の鳥や野の花についてイエス様が畳み掛けておっしゃっている言葉から教えられることである。そこでは「種も蒔かず、刈り入れもせず、倉に収めもしない」「働きもせず」「紡ぎもしない」と5回にわたって、「しない」という否定の言葉が繰り返されている。この5回の否定の言葉をもって語られていることは、すべて私たち人間にとって生きてゆくために、そしてこの世で幸いを得るためには絶対不可欠だと当然に考えているものである。そのことが私たちにとって意味するのは、先ほどの認知症になった男性がそうであったように、それまで私たちにとって絶対になくてはならないと思われていたことが次々と喪失してゆくことである。いつか私たちは、それもできず、あれもできない者となる。種も蒔かず・・・倉に収めもせず、働くこともできない者になって、一体私たちはどのようにしてこの命をこの体を養ってゆけるであろうか。そもそもそのようになった私たちには、生きる価値があるかと思ってしまう。しかしイエス様は、「そのようなことを全くせずともゆうゆうと生きているものたちがあるではないか、それを見よ」と言う。そこから教えられるのは、やはり神様が与えてくださっている命や体には、私たち人間が絶対に必要と思うような「食べ物」や「着物」とは、全く違うような「食べ物」や「着物」つまり存在の仕方というものがあるということである。
 私はしばしば、植物に関する本を手に取る。動物である私たちとは全く正反対にある生き方を植物は選んだ。何よりも私たち動物が、その名のごとく動こうとするのとは正反対に、植物は動かないこと、ただ黙ってそこに植えられることを選んだのである。そのような植物のありかたから教えられてきた人は多い。カトリックシスターの渡辺和子さんの「置かれた場所で咲きなさい」という本があり、それは多くの人に読まれている。その中に、「咲くことができないときには地中に向かって根を延ばしなさい」と書かれてあったと思う。また確か、キルケゴールであったかもしれない。今日の御言葉を題材にした有名な講話集の中で「たとえ便所の脇であってもそこで花は咲く」と語っていたのを思い出す。
 私たちが、これもできずあれもできなくなったときにこそ、神様が私たちに与えてくださった「命」と「体」のための配慮は、私たちの思いわずらいを越えて大きく奥深い。主の祈りにおける「日毎の糧」という言葉の背後にも「その日の苦労はその日だけで十分」という言葉の背後には、きっと出エジプト後の40年間の荒れ野のさ迷いの中で日一日と不思議なマナが与えられたことがあるに違いない。荒れ野において、これもできずあれもできなくなったときにこそ、イスラエル人はそれまで味わったことのないマナという不思議な食べ物をいただいた。畳みかけられる否定的な現実の中でこそ、神様が私たちにくださる不思議な食べ物がある。だから思いわずらう必要はないのである。

4.その思いわずらいを治療し予防する最後の処方箋は、33節・34節の言葉である。恐らく「その日の苦労はその日だけで十分」という言葉には、荒れ野の40年の出来事があるに違いない。イスラエルの人々は、マナを毎日毎日集めた。翌日の分まで集めようとしても、それは腐ってしまった。次の日の分まで集めてもよかったのは、翌日が安息してよい日の前の日だけだった。神様は、私たちに与えた「命」や「体」を、そうしたありかたによって支えようとしておられると思う。
 改めて教えられたことがある。それは、まず「その日の苦労は」とあることから、苦労がない日々がないことが示される。たとえ神様が不思議な食べ物をくださるとは言っても、それを毎日毎日集めなくてはならないという苦労がある。言い方を変えるなら、神様がくださるマナを集めようとすれば、そこには自ずと「その日の苦労」というものが生まれてくる。そうだとすれば、私たちがそもそも苦労のない日々を願うというのは間違いなのだと思うのである。神様が私たちにくださった「命」や「体」を支えるためには、一日一日の労苦が不可欠なのである。
 先日の私の話を聞いた何人もの人が、私の頭痛を心配してくださった。しかし私は本日の御言葉をいただいて、私の頭痛もそこで言われている「苦労」なのだと教えられた。私が牧師として生きており、神様からマナをいただき、またそれを皆さんにおすそわけする上では、頭痛という労苦は避けることができないと悟った。そのようにして労苦は日々あるものだと思えば、なぜそのような労苦があるのかとは嘆かなくなる。反対に、労苦はないのが当たり前と思うと、なぜそれがなくならないのかと思いわずらうのであろう。神様から「命」や「体」をいただき、そのために神様がくださるマナを集めようとすれば、そこに労苦が生じる。私の頭痛と同じように、私たちの様々な体の痛み、また生きる悩みも生じるのではなかろうか。だからこそ、なぜ労苦があるかと思いわずらってはならないのである。どんなに願っても、27節にあるように寿命をわずかでも延ばすことはできないし、マナを日々集める苦労をなくすことはできないのである。
 さらに、イエス様は「労苦はその日一日で十分だ」とおっしゃっている。うまく言葉にできない部分もあるが、イエス様の心は、生きてゆくうえでつきものの労苦は一日一日で区切られているということなのだと思う。その日が終わればまた労苦で疲れた心も体もリセットされて、次の日を迎えることができる。そのようにして一日一日を重ねてゆけばよいのである。一日一日を重ねてゆけば、おのずと何十年の歩みとなろう。何十年先まで考えて、何十年分のマナを集め蓄える必要はないのである。わずか明日の分のマナを集めようとしても、神様はそれを腐らせてしまうのである。わずか明日のマナでさえ腐ってしまうのに、私たちは何年先、何十年先まで心配してマナを蓄えようとしている。しかしそれは腐ってしまう。決して未来の私たちを生かす糧とはならないのである。私は牧師になりたての頃、これから30年・40年と毎週毎週こんなにも辛い思いをして説教の備えをしてゆくのかと、へたり込むような思いをしていた。しかし今、35年間、一度たりとも欠かすことなくそのへたり込むような営みを続けてこられたのである。それはひとえに一日一日、一週一週を積み重ねてきたからである。そのようにして日々マナを集めてきた。それでよいのだということであろう。その日その日を労苦しながら精一杯生きてゆけばよいのである。

聖書:新共同訳聖書「マタイによる福音書 6章 25~34節」  聖書朗読
06:25「だから、言っておく。自分の命のことで何を食べようか何を飲もうかと、また自分の体のことで何を着ようかと思い悩むな。命は食べ物よりも大切であり、体は衣服よりも大切ではないか。 06:26空の鳥をよく見なさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、倉に納めもしない。だが、あなたがたの天の父は鳥を養ってくださる。あなたがたは、鳥よりも価値あるものではないか。 06:27あなたがたのうちだれが、思い悩んだからといって、寿命をわずかでも延ばすことができようか。 06:28なぜ、衣服のことで思い悩むのか。野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。働きもせず、紡ぎもしない。 06:29しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。 06:30今日は生えていて、明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこのように装ってくださる。まして、あなたがたにはなおさらのことではないか、信仰の薄い者たちよ。 06:31だから、『何を食べようか』『何を飲もうか』『何を着ようか』と言って、思い悩むな。 06:32それはみな、異邦人が切に求めているものだ。あなたがたの天の父は、これらのものがみなあなたがたに必要なことをご存じである。 06:33何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる。 06:34だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である。」


2021/11/14 降誕前第6主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「あなたも家族も救われます」 1.使徒言行録16章6~10節では、パウロたちは、2回目の伝道旅行に出掛けたものの、至るところで障害に出会った。そのために、とうとうアジア大陸の西端の、目の前は海で、もうどこにも行き場がないトロアスという港町に流れ着いてしまった。しかしそこで、思いもかけない新たな伝道への道が開けることになった。パウロは、トロアスでの夜、幻を見た。その幻に、ひとりのマケドニア人が現れた。その人は「マケドニア州に渡って来て、わたしたちを助けてください」と懇願した。パウロは、自分たちが地中海を渡ってヨーロッパへ行くことが神様の御心だと悟った。そうしてキリスト教の福音は、アジア大陸からヨーロッパ大陸へと拡がってゆくこととなったのである。
 地中海を渡ったパウロたちは、まずフィリピという町に着いた。そこで最初に福音を信じて洗礼を受けたのは、当時はとても高貴な布であった紫布を商う女性リディアとその家族だったと15節までに記されている。それからパウロたちは、占いによってその主人に多大な利益を得させていた女奴隷と出会い、結果的に彼女には占いの力がなくなってしまい、金儲けの道が絶たれた主人はパウロとシラスを捕らえて町の役人に引き渡した。フィリピという町はローマ帝国直轄の植民都市だった。そこには多く軍人たちが住んでいた。女奴隷の主人は、パウロたちを「ユダヤ人として、ローマ帝国の市民が決して受け入れることのできない風習を宣伝している」と訴えた。町の高官は、パウロたちを何度も鞭打ってから牢に投げ込んだ。投獄されたパウロとシラスは、牢の最も奥に入れられ、さらに足かせをはめられてしまった。しかしそこで思いがけないことが起きたのである。

2.今日の物語のポイントとなるのは、なぜ牢の看守がパウロとシラスに対して「救われるためにはどうすべきでしょうか」と問うたのかという点だと思う。なぜ彼は、今救われるということを切実に求める者となったのであろうか。
 それは言うまでもなく、パウロとシラスの姿に心打たれるものがあったからに違いない。パウロとシラスには「救われている」者の姿があり、反対にその看守には、自分は「救われていない」ということを直感的に感じたのであろう。パウロとシラスを通して「救われている」ということのすばらしさを彼は切実に感じたのである。では、その看守をしてそのように感じさせたパウロとシラスの「救われている姿」とはどのようなものだったのであろうか。
 第一には、25節に描かれているところの「賛美の歌をうたって神に祈っている」姿だと思う。何度も鞭打たれ、33節にあるように、沢山の打ち傷もあった。もしかすればそのまま殺されてしまうことさえ考えられたであろう。パウロたちにしても、その状況を喜ぶとか感謝できるとか、そういうことはとんでもないことだったと思う。また、大地震が起きて牢獄の戸が皆開き、鎖が外れた後で賛美の歌を歌い、神様に感謝したというのでもない。パウロたちをして、そのような状況にあったにもかかわらず賛美の歌をうたわせ神様に祈らせたものは何だったのかと、改めて考えさせられるのである。
 それは突き詰めて言うと、その状況をどのように受け止められるかということだと思う。先週の召天者記念礼拝で、私たちは詩編103編の御言葉に耳を傾けた。その詩編の作者は、繰り返し何度も自分自身に、「主をたたえよ」と鼓舞し語りかけていた。ではそのように鼓舞できる根拠はどこにあるのかと言えば、神様は必ずやわたしに報いを与えてくださるからということなのであった。その詩編の作者があげていた神様がくださる報いとは、「罪の赦し/病の癒し/命の墓からの贖い出し」の3つであった。それらがまとめられて「長らえる限り良いものに満たしてくださる」ともあった。その詩編の作者には、自らの犯した恐ろしい罪が赦されることなど到底考えられない現実があり、また病が癒されることなどもなく死が近づいていたのかもしれない。しかし、それでも神様は良いものを私たちに報いとして与えてくださると自分自身に語りかけていた。それを通して私たちは、罪を犯し、病を得て、死に直面する状況も神様が良き報いを与えてくださる機会なのだと教えられた。私たちにとっては、深いマイナスや闇でしかない状況が、実は神様から驚くべき報いをいただく器となるのである。それゆえに私たちは神様をたたえることができるのである。

3.パウロとシラスは、自分たちの置かれた状況を神様からの良いものが与えられる機会だと捉えることができていたのではなかろうか。だからこその讃美であり祈りなのであった。鞭打たれ足かせをはめられる境遇は、彼らにとって痛くもかゆくもないというのでは決してなかった。そうではなく、それをも神様から良いものをいただく機会として受け止められるということだったのである。そのような受け止め方の根本にあったのは、最初にふれたトロアスでパウロが見たマケドニア人からのSOSだったのではないかと思う。その幻によって、パウロたちは地中海を渡ることを神様の御心であると信じることができた。そうだとすれば、その後に起きることはすべて神様の御心の中で起きることに違いない。たとえどんなことが起きても、それは良きことをもたらすものであるに違いない。マケドニア人を助けるという良き働きをなすためのものであるに違いないのである。現実は確かに痛く苦しい。しかしそれには意味がある。誰かを助けるという良い働きをなすために不可欠なものである。そう捉えられたがゆえの賛美であり神への祈りなのであった。
 賛美の歌を歌い、神様に祈り、その後で、地震が起きて牢獄の戸が開き、鎖が外れたとは、本当に象徴的なことだと思う。しかし私たちにとって、賛美し祈ったからといって現実にはそのような奇跡が起きて、それが「救われる」こととして起きるということはない。起きるのは、私たちの魂とか内なる場所とか、そのようなところにおいて牢獄や鎖という現実の捉え方・受け止め方が劇的に変わるということなのである。私たちが置かれている多くの意味での「牢獄」や「鎖」というべきものを、そこに必ずや神様からの良きものが与えられる機会として、また誰かを助けるための機会として受け止められるようになるのである。それはまさに大地震が起きるようなことであろう。牢獄の戸が開き、鎖が外れるようなことであろう。それが「救われる」ということなのである。

4.反対にその看守には、そのように「救われている」ということがなかった。それを象徴的に表しているのは、彼が自害しようとしたということではないだろうか。パウロたちは自分たちの置かれた状況を良きものとして受け取ることができていた。それは、神様が自分たちを支配してくださっていると信じらることができていたからである。それが救われているということなのである。しかしその看守は違っていた。彼は、ローマ帝国の支配の下、すなわち王様の支配の下では、自分の身に起きる出来事を「自害」させるようなこととしてしか受け取ることができなかった。確かに、現実に起きているのは看守としての自分の立場や命さえも危うくするような出来事である。しかし他方では、それは神様のなさる御業として、パウロたちやひいてはその看守を牢獄や鎖から解き放つような出来事であったのである。それをただ、自分たちを自害させるような災いとしてしか受け止めることができないとしたなら、それこそが「救われていない」ということなのである。
 コロナ禍にあって、女性や子どもたちの自殺が増えていると、かねてから報じられてきている。そこには決して子どもや女性だけではなく、広く今日の私たちの多くに、「救われていない」という現実が横たわっているのではなかろうか。この世の王様の支配の下で、この世の王様の見方でしか、そこに起きている出来事を見ることができず、それによって自らに剣を向けてしまう私たちがいるのである。コロナ禍は確かに私たちにとって大地震のようなものだが、しかしそれは私たちをそれまで閉じ込め縛ってきた牢獄や鎖から私たちを解き放つ神様の御業の現れという一面もある。もしそれを、ただ私たちに自害を迫るような災いとしてしか捉えることができないとすれば、それこそが救われていないということなのである。
 その看守にパウロは大声で叫んだ。「自害してはいけない。わたしたちは皆ここにいる」と。「わたしたちは皆ここにいる」とは、文字通りには「逃げずにここにいる」ということだが、もっと言えば「逃げずにここに留まっているわたしたちがいるから、その私たちの在り方をよく見よ」との語りかけだと示されるのである。それもまた、看守をして「救われる」ことを切に求めさせたものであったに違いない。なぜパウロたちは逃げなかったのか。それは、ローマ市民だったパウロが、もし囚人である自分たちが逃げてしまったら看守は自らの命をもって償わねばならないということをよく知っていたからだと思う。そうさせないために「ここにいる」と叫んだのである。パウロは、トロアスでの幻で「私たちを助けてください」と叫んだ人の姿を、その看守に見出して、彼を助けようとしていたのである。そのような状況をも、自害しようとする者に「自害してはいけない」と語りかける機会として用いることのできたパウロたちに、看守は心打たれたのである。救われるすばらしさを見て、それを心から求めるようになったのである。

5.そこで看守は、「先生方、救われるためにはどうすればよいでしょうか」と尋ねた。するとパウロとシラスは「主イエスを信じなさい。」とまず勧め、その後で「そうすれば、あなたも家族も救われます」と言った。
 彼は「どうすれば」と尋ねた。それに対するパウロとシラスの答えは「主イエスを信じればよい」だった。それはどれほど慰め深い答えであろうか。パウロたちは、鞭打たれ牢獄に捕らえられてもなお、神様を賛美できるほどに救われていたのである。そのようなことができるようになるためには、「どうすれば」という看守の問いが示しているように、彼はパウロたちと自分との余りの違いをひしひしと感じて、一体どれほどのことをしなければならないのかと、どれほどの努力や学びを増し加えねばならないのかと、きっとそう思ったに違いない。その着守の問いへのパウロからの答えが、何か途方もない努力を求めるものであったならどうだったか。到底彼は「救われる」ことなどできないことになり、私たちとて同様なのだと思うのである。
 しかし、その答えは「ただ主イエスを信じなさい」なのであった。ローマの信徒への手紙10章8~9節の御言葉を思い起こす。「『御言葉はあなたの近くにあり、あなたの日、あなたの心にある。』これは、わたしたちが宣べ伝えている信仰の言葉なのです。日でイエスは主であると公に言い表し、心で神がイエスを死者の中から復活させられたと信じるなら、あなたは救われるからです」とあった。私たちをして「救われた」者にしてくださるのは、ただイエス様を信じることなのである。そしてそのイエス様は人となられ、私たちの「すぐ近く」におられる。イエス様を信じることは「すぐ近く」にあり、決して難しいことではないのである。そしてそのイエス様を信じることで、私たちは「救われた」者となれるのである。パウロやシラスをして、今日の御言葉にあるような生き方をさせた救いが、私たちにも必ず与えられるようになる。
 私たちの信仰は、果たしてパウロたちのような姿を私たちにとらせしめるほどのものかと思ってしまう。看守やその家族が「すぐに洗礼を受けた」とは、とても心に残る。イエス様を信じることは、すぐに洗礼を受けるということと、何の疑いもなくつながっている。なぜイエス様を信じることは洗礼へと結びつくかと言えば、洗礼は私たちをあたかもイエス様と結婚させていただいたかのごとく、私たちをイエス様と固く結び合わせてくださるからである。先週の金曜日から、おひとりの方の受洗準備会を始めた。準備会の最初において、私がいつも読む聖書の言葉は、ローマの信徒への手紙6章3節の「キリスト・イエスに結ばれるために洗礼を受けたわたしたち」である。その「結ばれる」とは、その言葉からいっても、その背後には結婚や夫婦ということがあると思うのである。イエス様を信じ洗礼を受けることで、あたかもイエス様と夫婦となるかのごとくによって、私たちは救われた者となるのである。それは、私たちにおいても、結婚し夫婦となることで様々なことから、まさに「救われる」ということが生じるのと一緒なのである。たったひとりで生きるのは大変だが、しかし二人で力を合わせれば何とか乗り越えられるのである。そのように洗礼は私たちに計り知れない救いをもたらすのである。

聖書:新共同訳聖書「使徒言行録 16章 16~34節」  聖書朗読
16:16わたしたちは、祈りの場所に行く途中、占いの霊に取りつかれている女奴隷に出会った。この女は、占いをして主人たちに多くの利益を得させていた。 16:17彼女は、パウロやわたしたちの後ろについて来てこう叫ぶのであった。「この人たちは、いと高き神の僕で、皆さんに救いの道を宣べ伝えているのです。」 16:18彼女がこんなことを幾日も繰り返すので、パウロはたまりかねて振り向き、その霊に言った。「イエス・キリストの名によって命じる。この女から出て行け。」すると即座に、霊が彼女から出て行った。 16:19ところが、この女の主人たちは、金もうけの望みがなくなってしまったことを知り、パウロとシラスを捕らえ、役人に引き渡すために広場へ引き立てて行った。 16:20そして、二人を高官たちに引き渡してこう言った。「この者たちはユダヤ人で、わたしたちの町を混乱させております。 16:21ローマ帝国の市民であるわたしたちが受け入れることも、実行することも許されない風習を宣伝しております。」 16:22群衆も一緒になって二人を責め立てたので、高官たちは二人の衣服をはぎ取り、「鞭で打て」と命じた。 16:23そして、何度も鞭で打ってから二人を牢に投げ込み、看守に厳重に見張るように命じた。 16:24この命令を受けた看守は、二人をいちばん奥の牢に入れて、足には木の足枷をはめておいた。 16:25真夜中ごろ、パウロとシラスが賛美の歌をうたって神に祈っていると、ほかの囚人たちはこれに聞き入っていた。 16:26突然、大地震が起こり、牢の土台が揺れ動いた。たちまち牢の戸がみな開き、すべての囚人の鎖も外れてしまった。 16:27目を覚ました看守は、牢の戸が開いているのを見て、囚人たちが逃げてしまったと思い込み、剣を抜いて自殺しようとした。 16:28パウロは大声で叫んだ。「自害してはいけない。わたしたちは皆ここにいる。」 16:29看守は、明かりを持って来させて牢の中に飛び込み、パウロとシラスの前に震えながらひれ伏し、 16:30二人を外へ連れ出して言った。「先生方、救われるためにはどうすべきでしょうか。」 16:31二人は言った。「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも家族も救われます。」 16:32そして、看守とその家の人たち全部に主の言葉を語った。 16:33まだ真夜中であったが、看守は二人を連れて行って打ち傷を洗ってやり、自分も家族の者も皆すぐに洗礼を受けた。 16:34この後、二人を自分の家に案内して食事を出し、神を信じる者になったことを家族ともども喜んだ。


2021/11/07 降誕前第7主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「主をたたえよ」 1.本日の召天者記念礼拝に与えられた御言葉は、詩編103編の前半である。103編は、150ある詩編の中でも、最も多くの人々に愛誦されてきたものの一つと言われる。
 まず書き出しの2節までで、作者は何度も「主をたたえよ」と自分自身に呼びかけている。作者がなぜそのように自分自身に繰り返し呼びかけているのだろうか。それは、3節から4節に書かれていることから想像される。作者は、自分の犯した罪による災いや病かもしれないような状況に置かれているからだろうと思う。彼はそのとき、到底神様をたたえることができるような状況にはなかった。2節後半には「主の御計らいを何ひとつ忘れてはならない」とあり、その御計らいとは、文字通りには恵みであり報いということだが、作者は神様の恵みとか報いとか、そのようなことを一切語ることはできないような、全くそれを忘れてしまうような境遇に置かれていたのである。そのような状況だからこそ、作者は何度も何度も、畳み掛けて自分自身に語りかけたのであろう。「私の魂よ、主をたたえよ」「わたしの内になるものはこぞって、聖なる御名をたたえよ。私の魂よ、主をたたえよ。主の御計らいを何ひとつ忘れてはならない」と。
 この語りかけは、命令の形で訳されている。聖書において命令の言葉とは、ただ文字通りの強制や無理強いの意味ではなく、それは、そもそも「あなたにはそれができるのだ。だからそうしなさい」という確かな約束と、それに基づく鼓舞・励ましの意味が込められている場合が多い。だから、そこで作者が語りかけられているのは、決してできないことを無理やりやれということではなく、あなたはそれでもなお神様をたたえ、神様の恵みや報いをしっかりと覚えることのできるものなのだから、そうしなさいという励ましなのである。  本日お集まりになってくださった召天者の遺族の皆様も、また何より遺族の記憶にしっかりと残っている召天者自身が、その召されてゆく状況においては、決して神様をたたえることはできなかったし、その恵みや報いなどということを一切口にできるような状況ではなかったと思う。しかし本日与えられた詩編は、そこでもなお神様をたたえることができるのだから、そうしなさいと鼓舞し命令しているのである。何ひとつたたえることなどできなくなり、また良いことをすべて忘れてしまうような私たちだからこそ、実はこのような命令や鼓舞を受ける機会が必要だとしみじみ思う。

2.次に注目させられるのは、作者が「わたしの魂よ」「わたしの内にあるものはこぞって」と繰り返し自分自身に語りかけている点である。そうした境遇にあって神様の御計らいを覚えて神様をたたえることができるのは、魂であり内なるものであると言うのである。それは魂と対照的な「体」ではなく、またその「体」と固く結びついてしまっている「心」や「精神」ではないのである。
 私たちの「内面」とか「心」というものは、「体」の状況と全く連動してしまっている。かくいう私自身も、もう何十年も頭痛に悩まされているが、頭痛がひどいときには神様をたたえるどころではないし、本当に頭を切り取ってしまいたいほどに落ち込んでしまう。薬に頼りながら何とか仕事をしているが、外からはとても元気に見えるようなので、私がそれほどの頭痛を抱えていると知ると、多くの人はとても驚く。先週の礼拝で紹介した御言葉に、今年最も私の心に刻まれた聖句として箴言18章14節の「人の心は病苦をも忍ぶ」というのがある。しかし到底、そこに言われる「心」とは、普通の「心」ではあない。普通の「心」は「体」と一体であり、「体」が病めば「心」も痛み落ち込む。どうしてそのような「心」が病苦を忍ぶことなどできようか。だから箴言にある「心」とは、本日の御言葉の魂であり内なるものを言うのであろう。パウロは、「たとえ私たちの『外なる人』は衰えてゆくとしても、わたしたちの『内なる人』は日々新たにされてゆく」と言った(コリントの信徒への手紙24章16節)。箴言がいう「心」また本日の御言葉の魂とか内なるものというのは、このパウロが言うところの「内なる人」を言うのである。
 パウロは、たとえ私たちの外なる人─「体」でありまたそれと連動している「心」─が衰えてゆくとしても、それに連動せず、かえって日々新たにされてゆく内なる人がちゃんとあると励ましてくれる。本日の詩編の作者が語りかけてくれるのも同じことであろう。到底神様をたたえることなどできないような状況にあっても、あなたは神様の恵みや報いというものを覚えており、それによって神様をたたえることができるところの、そういう魂や内なるものがちゃんとあるのだと励ましてくれているのである。

3.だから大事なのは、この魂や内なるものという領域を私たちが育んでゆくことではないかとつくづく感じるのである。私たちは「外なる人」としての体や心や知恵の成長のためには一所懸命になるが、魂とか内なるものとかいう部分の成長には何ら無関心なのである。少しも成長の為の糧を与えず、そのためいつのまにかそれは萎んでしまう。病苦をも忍べるような「心」は、それが一番必要となる病気に悩む時期には、もうどこにもなくなってしまうのである。私たちの体や心が成長してゆくように、一体どのようにこの『内なる人』という部分は育まれてゆくのであろうか。それにはやはり成長の糧が不可欠だと思うのである。魂とか内なるものとかいうものは、その名のごとく自分自身では自分の中にそのような部分があるとは全く気が付かないような、隠されているところなのである。その隠されている部分を育むところの糧や栄養が大事なのであろう。
 先ほど紹介した箴言の御言葉と並んで、今年私自身にとって最も強く心に刻まれた御言葉は、イエス様が山上の説教で繰り返し教えてくださったところの、天の父なる神様は私たちの隠れたところを見てそこに報いてくださるということであった。私たちの隠れたところとは、この世の価値から見れば何ら役に立たないと見えるような、そういう意味でこの世の価値というベールに覆い隠されてしまっているようなもの、たとえば祈りとか、こうして礼拝をささげることとか、そういうことなのであった。そこを神様は見ていてくださって、そして報いを下さるのである。そのように隠れているところに報いて、神様が与えてくださるものこそが、私自身にもその存在が隠れている現や内なるものに対しての食べ物であり栄養ではないだろうか。端的に言えば、こうして礼拝をささげることが、現や内なるものへの栄養となるのである。そのようにして育まれたものが、きっと病苦の時にもそれを耐え忍ばせてくれるであろう。それが宝となって私たちをして神様をたたえさえ、またその難儀な人生をもたたえさせてくれるようになるであろう。

4.そこで、この詩編の作者が、神様のくださった恵みや報いとしてあげているのはどのようなものか。それが3節から5節にあげられている。それは具体的には「罪の赦し」であり「病の癒し」であり「命が墓から贖いだされる」という3つである。そうしたことが、4節の後半から5節では「慈しみと憐れみの冠」であり、また「長らえる限り良いものに満ちたらせ」「鷲のような若さを新たに」されることだとされている。
 そこを読んで何よりも感じさせられるのは、神様の恵み・報い・良きものとは「隠れているところ」への「隠れた報い」だということである。果たして罪の赦しとか病の癒しとか命が墓からあがないだされることは、私たちの目に見えることであろうか。いや、そういう報いが与えられたことは私たちの目には見えないのである。
 詩編は、ダビデが作ったものだとされてきた。ダビデは恐ろしい罪を犯した。部下の妻を見初めて我がものとし、その悪事がばれそうになると夫をわざと戦闘の激しい最前線に送って置き去りにさせ、戦死をさせてしまった。神様は預言者ナタンを通してダビデに「あなたの罪は赦される」と言った。そのありさまは現実にはなかなか見えるものではなく、ウリヤの妻との間に生まれた子は死んでしまい、その後ダビデの家には災いが続いていった。とうとう実の息子から反乱を起こされダビデは都落ちを余儀なくされ、息子との戦いにおいて実の子を死に至らせてしまう。そのどこに罪の赦しがあるかと思う。
 しかし、罪の赦しとはその犯したことが帳消しにされることでも不問に付されることでもないのである。罪の結果として生じた悪しき実は、他でもない自分自身が刈り取らなくてはならない。しかし、神様は罪を犯した者の存在を肯定する。生きていて意義のある者として下さる。ダビデは罪を犯した者としてその存在を肯定され、詩編150編の中に多くの証しを残したのである。神様によって罪放された喜びをたたえることができるのは、それを自分自身のこととして体験した者だけである。罪を犯した者をそれでも、いやそれだからこそ、生きていてよいとしてくださることができるのは神様だけである。汚れた者を清い者とできるのは聖なる神様だけなのである。私たち人間には、罪を犯した者を責め罰することしかできないのである。
 罪を犯してしまう私たち、病んでしまう私たち、そして死んでしまう私たち、その姿はどう見ても良いものに満たされているとは見えない。部下の妻を奪いその夫を殺してしまったダビデのどこに、どんなよいものがあろうか。病み死んだ私たちに何の良いものがあろうか。しかし、良いものが全く隠されているこの私たちを神様は見てくださる。そして報いてくださる。罪や病や死によって全く覆い隠されてしまっている私たちに、良いものを満たしてくださる。そうであるならば私たちは、この悪しきものに覆い隠されてしまっている自分自身を喜んでもよいのではなかろうか。そこに良いものを満たして下さる神様をたたえることができるのではなかろうか。私たちはきっと最後のときに、神様から良いものを与えられた存在として自分を振り返ることができる。目に見える地上の生涯が、たとえどのようにつらいものであったとしても、私たちが思い起こし忘れずに覚えているのは、神様が与えてくださった良きものなのである。召天者の方々おひとりひとりも、つらいことではなく神様がくださった良きものを忘れない存在とされているのである。

聖書:新共同訳聖書「詩編 103編 1~5節」  聖書朗読
103:01【ダビデの詩。】わたしの魂よ、主をたたえよ。わたしの内にあるものはこぞって聖なる御名をたたえよ。 103:02わたしの魂よ、主をたたえよ。主の御計らいを何ひとつ忘れてはならない。 103:03主はお前の罪をことごとく赦し病をすべて癒し 103:04命を墓から贖い出してくださる。慈しみと憐れみの冠を授け 103:05長らえる限り良いものに満ち足らせ鷲のような若さを新たにしてくださる。


2021/10/31 降誕前第8主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「天に宝を積む」 1.マタイによる福音書の6章は、私たちが悲しみや苦しみの多いこの世にあっても幸いを見いだしてゆくためにイエス様が信仰生活上の生活術を教えてくださった箇所として受け取ってきた。その6章が教えている生活術とは、第一が善行と施しであった。第二が祈りであり、そこで主の祈りが教えられた。そして第三と第四が、本日の御言葉が教えているところの断食と天に富を積むことである。私はこれらを4つの生活術と考えてきた。読みようによっては、最後の天に富を積むということは、それまでの3つを総まとめにしたものと言ってもよいかもしれない。矢内原忠雄先生は、その「山上垂訓講義」の中で、断食までの3つについて次のようにまとめておられる。端的でとてもわかりやすいので、ぜひ心にとめていただきたい。そこには「人に対して慈善、神に対して析、自己に対して断食。この3つに神の国の民の精神生活は尽きる」とある。精神生活と言っておられる。それは信仰生活と言い換えてもよいであろう。矢内原先生は信仰生活の柱を慈善・祈り・断食の3つだと捉えておられる。
 本日の御言葉では、私たちの信仰生活にとってなくてはならない3本目の柱として断食ということを教えている。そこですぐに気づかされるのは、それは他の2本の柱の生活術と比べると私たちにとって、まことになじみがないものであるということである。私の手元には山上の説教に関する説教集が10冊ほどもある。その半分弱では、16節から18節を省いてしまっている。かく言う私自身も、ここはお勧めしないでおこうと思ったほどであった。それほどに私たちにとって断食とはなじみがなく、私自身、現在までに一度も断食というものを行ったことがない。だから、それを語る資格はないなと感じるのである。しかし、やはりイエス様が私たちをしてこの世で幸いを見いださせるためになくてはならない生活術として教えた3つの柱の一つなのだから、私はそれを省くことはできないと思い返したのである。

2.そこで改めて考えさせられたのは、イエス様がこの6章で教えてくださった慈善や祈りは、私たちにとって今日もなお信仰生活の柱としてちゃんと建てられているのに、なぜ断食ということだけはそれほどなじみのないものになってしまったのだろうかということである。そこで示されたのは、断食ということが私たちにとっては文字通りのものではなく、ある別の形へと変わっていったのではないかということである。その形において私たちは文字通りではないにしても、ちゃんと断食ということをさせていただいているのではないかと示されたのである。
 そう思わせられたきっかけは、先ほど紹介した矢内原先生が断食の意味について次のようなことをおっしゃっているのを読んだことからである。そこには「若し人々が享楽を退け、節慾・質素を旨とする生活を為すならば、社会はどれほど健康にして清新なる生命力に蘇るかわからない。それはさながらに神の国であろう。このような意味において、断食もまた、神の国の民の生活内容でなければならぬ」とある。矢内原先生は、断食をただ文字通りのものではなく、私たちが享楽を避け質素を旨として生きるありかたとして理解しておられるのである。
 先週の礼拝で私たちは、ダビデが連戦連勝の王様となり自分の欲しいと思うものは誰にもとがめられずに手に入れることができるようになったがために、屋上を散歩しながら見初めた部下の妻を我がものとしてしまったことを教えられた。そして、3000年前に生きていたダビデからすれば今日の私たちははるかに数多い敵に連戦連勝し、はるかに立派な王宮に住んで欲しいものを手に入れることのできる王様のような存在になっているのではないかとも教えられた。では、そのことが私たちを幸いにしているかというと、むしろその反対なのである。ダビデがそういう王様になれたことによって恐ろしい罪に手を染め、次々とその家に災いが起きてゆくようなことが、今の私たちにも起きているのではなかろうか。そうであればこそ、私たちは矢内原先生がおっしゃるように、享楽を避け節慾・質素を旨とする生活を送ることが不可欠な生活術となる。今日の私たちにとってこそ、文字通りではなくとも「断食」ということが不可欠な柱なのではないだろうか。そして私たちはそのことを、文字通りの断食によってではなくとも「あること」によってさせていただいていると思うのである。

3.ではその「あること」とはどういうことであろうか。なぜ私たちキリスト教徒は、文字通りの断食ということをしなくなり、それはどのようなありかたに置き換わってきたのであろうか。今、4週に一度のペースで学んでいる使徒言行録からそれを教えられるように思う。
 誕生したばかりのエルサレム教会は、ユダヤ人からの迫害を受けた。その教会の中の有力なメンバーだったギリシャ語を話すグループのリーダーだったステファノはクリスチャン最初の殉教者となった。彼らは住み慣れたエルサレムを追われてゆかざるを得なかった。伝道者のフィリポは、神様から「寂しい道へ行け」と命じられた。流れ流れてアンティオケという町に2番目の教会ができ、そこではじめて信徒がクリスチャン(原語では「クリスティアノス」)と呼ばれた。その呼び名はローマ帝国で奴隷が、主人の名前の後に「・・・イアノス」という言葉をつけて呼ばれたことに由来する。それは奴隷に付けられる蔑称であり嘲りの呼び方だった。クリスチャンであるということは、そういう呼び方で呼ばれる者となるということだったのである。差別され蔑まれる者となることだった。そういう時代が200年以上続いたのである。それは信者たちに、食事だけではなく、はるかに多くのものを「断つ」ように強いていたかは想像に難くない。
 しかしそうした中で、信徒たちは喜んで礼拝をささげた。16節に「沈んだ顔付きをしてはならない」とイエス様が言ったとあり、17節には「断食をするときには、頭に油をつけ顔を洗いなさい」とある。「頭に油をつけ、顔を洗う」とは、いわゆる「晴れの日」の私たちのふるまいである。蔑まれても迫害を受けても、信徒たちは晴れの日として喜びの日として礼拝をささげてきた。だからこそ、もうことさらに「断食」をする必要などはなかったのである。クリスチャンとして生きること自体が、日々様々なものを断たざるを得ない人生だったのである。そうした理由から、文字通りの断食ということは私たち信仰者の生活で行われなくなったのではないかと思うのである。
 今日の私たちがクリスチャンとして生きることは、もうそれほどの困難はないのかもしれない。しかし主日ごとに礼拝に集うということは、実はどれほどのものを私たちに断たせているかと思うのである。日曜日の午前の時間を礼拝にあてるということは、未だに多くのことを断たせているのではなかろうか。しかし私たちはそれを沈んだ顔をしてではなく、喜びながらやっている。3000年前のダビデと比べればもっともっと「王様」であるような欲深い生き方をしている私たちである。そのような私たちは、ただ礼拝を守っているだけであって、到底ダビデの抱いていた欲を絶つような生活などできてはいないと感じてしまう。しかし決してそうではないと私は思うのである。
 何度か紹介したことだが、私の父は教会の移転問題を巡って牧師や仲間の教会役員と対立した。父はそのことでそれまで熱心に歩んでいた教会生活から離れてしまった。それに、父が勤めていた小さな建設会社での苦労も加わったのであろう。父の生活はどんどん荒れ廃れ、ある時、町内会の運動会で昼日中から泥酔した父は、自宅の方向とは全く正反対の道路を酔って歩いていて、2台の自動車にはねられてしまった。父が礼拝生活を取り戻したのは、私が郡山教会の牧師となり両親を雪深い秋田から郡山へと呼び寄せてから、郡山教会に出席するようになってからだった。その後の父の生活はほんとうに平穏なものへと変わって行った。父にとって礼拝生活を続けるということは、実は様々な欲に立ち向かい、それを断たせていたのではないかと思うのである。
 本日の御言葉の18節でイエス様は、これまで度々繰り返してきたように、父なる神様は私たちの隠れたことを見ておられてそこに報いてくださると教えている。クリスチャンとなり礼拝生活を続けるとは、まさにこの「隠れたこと」なのである。周囲の人々からは勿論、私たち自身も、それが何になるのか、そのことが果たして私たちに何かを断たせていることなどあるのかと思うようなことである。しかし神様は、私たちが礼拝をささげる生活をご覧になり、そこに報いてくださるのである。断つということを確かにさせてくださっているのである。

4.さて、4番目に信仰生活の生活術・柱としてあげられているのは、天に富を積むということである。そのことは、これまであげられてきた3つの柱・生活術の総まとめとして教えられていることとして受け取りたいと思う。その総まとめは6章最後まで続いてゆく。
 これまでに教えられてきた3つのことは、すべて天に富を積むという意味を持っているとイエス様は教えておられる。なぜここで富を積むということが語られるのかと言えば、それが当時の人々にとって幸いを得るための決定的に大事な生活術になっていたからに他ならない。そしてそれは、今日の私たちにとってはなおさらであることは言うまでもない。しかしイエス様は、富を積むことが、もしも地上でそうすることであるのなら、それは少しも私たちに幸いをもたらすものにはならないと教えておられる。なぜなら、地上に積まれた富みは、虫が食ったりさび付いたり、どろぼうが来て盗んでいってしまったりするからである。地上に積まれた富とは、私たちが端的により所とするお金であり、あるいは健康であり強さを指している。しかしそうした富は、老いることや病むことという虫やさびに対して、そして最後にやってくる死という大泥棒に対して何ら防波堤にはならない。むしろ、積めば積むほどかえって6章25節以下にあるように私たちを思い悩ませるものとなる。
 だからイエス様は、虫が食うこともさび付くこともなく、盗人が忍び込むことも盗み出すこともない天に富を積みなさいと教えるのである。どのようなことをすれば、私たちは、目には見えないはるか遠くに離れている天というところに、より所となる富を積むことができるであろうか。私たちは、虫もつかずどろぼうも盗めないような貯金をすることができるのであろうか。できるとイエス様は言うのである。それがこれまで教えられてきた3つの生活術なのである。それは本当に私たちにとって身近で小さくささやかな「隠れた」ふるまいなのである。それこそ何千万円もの貯金ができるようなふるまいではない。しかし、この世の中では全く価値がないと隠され覆われているような信仰生活上の3つの行為が、頼りになる富となる。それは本当に幸いである。
 最後の21節に「あなたの富のあるところに、あなたの心もあるのだ」とある。私はこの御言葉から過日の礼拝で紹介した箴言18章14節の御言葉をまた思い起こした。54年版訳聖書から紹介したい。そこには「人の心は病苦をも忍ぶ」とある。私たちの「心」とはそれほどに強靭なものなのだと励まされる。しかしこの「心」というものは、天に積まれた富・宝と共にあるものでなくてはならないのである。天に積まれた富を自分自身のなくてはならない宝とするような「心」だということである。私たちの「心」は一体何を富とし宝としているであろうか。何をよりどころとし、支えとする「心」であろうか。それは、病苦をも耐え忍べる「心」であろうか。
 先日のNHKの番組「クローズアップ現代」で、いわゆる『街娼』として売春をして生計を立てざるを得ない女性たちの姿が描かれていた。勿論具体的なセーフティネットと呼ばれる社会的・経済的な支援が不可欠なことは確かである。この世の富も必要であることは勿論である。しかし私たちをして病苦や困難を耐え忍ばせてくれる力を持つ富は、私たちにそれを宝物と思う心がなければならない。体を売って得る富は、どんなに高額なお金であってもそれを宝と思うことはできない。その反対に手に入れれば入れるほど毒のように私たちを害するものになってしまう。「これが私の宝物だ」としっかりと思えるようなものを稼ぎ、貯金し富として蓄えねばならない。それは、突き詰めれば、信仰生活上の3つの生活術を営むことなのだとイエス様は教えておられるのである。

聖書:新共同訳聖書「マタイによる福音書 6章 16~21節」  聖書朗読
06:16「断食するときには、あなたがたは偽善者のように沈んだ顔つきをしてはならない。偽善者は、断食しているのを人に見てもらおうと、顔を見苦しくする。はっきり言っておく。彼らは既に報いを受けている。 06:17あなたは、断食するとき、頭に油をつけ、顔を洗いなさい。 06:18それは、あなたの断食が人に気づかれず、隠れたところにおられるあなたの父に見ていただくためである。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父が報いてくださる。」 06:19「あなたがたは地上に富を積んではならない。そこでは、虫が食ったり、さび付いたりするし、また、盗人が忍び込んで盗み出したりする。 06:20富は、天に積みなさい。そこでは、虫が食うことも、さび付くこともなく、また、盗人が忍び込むことも盗み出すこともない。 06:21あなたの富のあるところに、あなたの心もあるのだ。」


2021/10/24 聖霊降臨節第23主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「ダビデのバト・シェバ事件」 1.ある日ダビデは王宮の屋上を散歩していた。そこで自分の部下ウリヤの妻バト・シェパという女性を見初めた。そのバト・シェバと関係を持ってしまい、彼女は妊娠してしまった。ダビデは一計を案じた。戦いのために前線にいたバト・シェバの夫ウリヤをわざわざ呼び戻し、妻のもとへ帰れと命じたのである。ところが実直なウリヤは「私だけが家に帰って・・・妻と床を共にしたりできるでしょうか(11章11節)」と固辞した。そこでダビデは、さらに恐ろしいことを企んだ。部下の将軍ヨアブに、ウリヤを激しい戦いの最前線に送るように命じた。彼だけを置き去りにして戦死させようとしたのである。そのダビデのもくろみ通りにウリヤは戦死したので、ダビデは残されたバト・シェバを妻としたのである。
 そうしたダビデの行いに、誰一人として反対する者がいなかった。しかし当然のこと、神様の目には良いものとは映らなかった。神様は預言者ナタンをダビデのもとに送り、12章1節から4節に書かれている有名なたとえ話を語らせた。そのたとえ話を聞いたダビデは烈火のごとく怒り、貧しい男からたった一匹の子羊を取り上げた豊かな男は死罪だと叫んだ。しかしナタンは「それはあなただ」と告げるのであった。ナタンはさらに、ダビデの家に剣の災いが続くであろうことを告げた。14節に「生まれてくるあなたの子は必ず死ぬ」とある。そうしたナタンの言葉にダビデは「私は主に罪を犯しました」と告白し、ナタンは「その主があなたの罪を取り除かれる。あなたは死の罰を逃れる」と告げたのである。13章以下には、ナタンが告げた通りに次々とダビデの家に災いが起きてゆくありさまが描かれてゆく。とうとう息子アブサロムの反乱によって、ダビデはエルサレムから追われてゆくことにさえなる。

2.まず触れたいことは、なぜダビデはそのような恐ろしい罪を犯してしまったのかということである。そしてそれが私たちとどのように関わるのかということである。
 ダビデがなぜそのような罪を犯してしまったかについては、11章1~2節の御言葉がとても象徴的に教えてくれていると思う。前回のサムエル記(下)の学びで7章を読んだ。触れなかった8章から10章に書かれていたのは、王としてのダビデの連戦連勝の記録である。そして11章1節にも、イスラエル軍はアンモン人を滅ぼしラバを包囲したとある。ところが、もうその戦いには王としてのダビデは出陣していない。あまりにもイスラエル軍は強く、もはや王自らが出撃する必要などなかったのである。そこでダビデはのんびりと王宮で昼寝をし、夕暮れに目を覚まして王宮の屋上を散歩し、そこでバト・シェバの水浴びする姿を目撃してしまったのである。4節に「召し入れ」とあった。それは端的には「取る」という意味である。
 何がダビデをして罪を犯させたかが如実に伝わってくるような文章だと感じる。かつてはサウル王から命を追われる逃亡者だったダビデであった。しかしだからこそ、何度もサウルの命を奪うチャンスがありながらも、それを行使しなかったダビデであったた。ナバルという金持ちから、ならず者のように軽蔑されても、復讐することのなかったダビデであった。しかしもうそうした低い立場にはなかったのである。連戦連勝によって、誰よりも立派で高い王宮のそれまた屋上を優雅に散歩する身分になったていた。そこから国中のものすべてを見回し、目に入ったものの中に欲しいものがあれば、誰にもはばかることなく奪うことができた。そして誰ひとりとしてそれを責める者はいなかったのである。
 なぜバト・シェバや将軍ヨアブもそれを非難しなかったのか。私の勝手な想像だが、バト・シェバの夫ウリヤは主君ダビデが自分の妻を召し入れたことを伝え聞いていたのではなかったかと思う。しかしウリヤもまた王を付度し、何ら非難しなかった。それはなぜかと言えば、今から3000年前の古代においては、そうしたことを王様がするのは当たり前だったからだと思うのである。ましてや連戦連勝の王様のダビデのやること、だれがそれを止め、またいさめることなどできたであろうか。
 さて、そうしたダビデの姿は、今日の私たちとどのようにつながるのかと思うのである。勿論私たちは王様ではない。私たちが読む聖書の中に王が出てきた時にはいつも、今の私たちもつきつめると王様として生きているのではないかと教えられてきた。ダビデから3000年後の時代に生きている私たちは、ダビデよりもはるかに多くの様々な敵に対して連戦連勝し、ダビデなど比べものにならないほどの立派な王宮に住んでいて、そこから自分たちの欲しいものを手に入れようとする生活をしているのではなかろうか。それが幸いだと思い込んでいるのではないだろうか。
 問題なのは、ダビデにそのことの罪や悪を誰も指摘しはしなかったように、今日の私たちのそういう王としてのありかたを誰も責めはしないということである。それが私たちの生き方として当たり前だと思われているのである。間もなく選挙(衆議院議員選挙)が行われる。与党も野党もこぞって現金給付を政策として打ち出している。先週の新聞の記事に、ある人がうまいことを言っていた。「今の政策は、お店に入ろうとするお客に最初から『お代はいりませんよ』と言うようなものだ」と。国全体の借金が収入の2倍以上にもなっているような状況で、なお今まで通りの豊かな生活を維持しようという耳触りのよいことばかりを吹聴する政党ばかりである。誰もがダビデと同じような王様になっている。そのような私たちが犯してしまう罪は大きいのではなかろうか。

3.そこで神様は、このダビデの罪に関わろうとされる。介入をされるのである。突き詰めるとそれが罪の赦しである。では、神様の罪への関与はまずどのような形でなされたのか。11章の最後に「ダビデのしたことは主の御心に適わなかった」とある。誰ひとりとしてダビデのしたことを責めることなく当たり前のことと思っていた。しかしただひとり神様だけは彼のしたことをよしとはされなかったのである。そういう神様がおられるということ、そして私たちの罪に関与されようとなさるとはすばらしい慰めである。12章1節に「主はナタンをダビデのもとに遣わされた」とある。誰もが王様となっており、誰も私たち自身をとがめることができない今の時代社会にあって、神様だけは私たちの尺度や価値観によってではなく、私たちをご覧になってくださる。そして私たちをとがめ、私たちが病んでいるのだと診断をしてくださる神様がおられるのである。
 もう2年ほど前になる。私は長男の妻の実家から送られたきた干し柿を毎日毎日ばくばくと食べていた。それだけではなく、体重を気にすることなく好きな物を食べていたところ、ある時異常な喉の渇きを感じるようになった。ある人から血糖値を計るキットを借りて計ってみたところ、200近い値が示された。早速糖尿病専門の病院に行くと、ヘモグロビンA1Cという数値が正常値の二倍近くになっていた。薬は処方されず、食事療法とわずかな運動をしていたところ半年ほどで数値が安定し、今もその状態が続いている。自分の好きなものを何でも手に入れられるという王様のような状態は、自分でも気づかぬ内に病を進行させる。だからそれをはっきりと病気であると診断し、治療へと進み出させてくださる専門家が不可欠なのである。それが神様であり、神様からの診察と治療を受ける機会がこの礼拝なのではなかろうか。

4.ナタンを通しての神様からの罪の宣告に対して、ダビデは13節で「私は主に罪を犯しました」と告白した。それもまた罪の赦しの一環だと思うのである。病を宣告されると、私たちはそれを認める。私の場合、自分の食事の様子を逐一記載し、それをチェックしてもらった。診察室に妻も同席して、どれほど無頓着な食事だったのか、どれほど早食いだったのかなどなど、耳の痛いことばかりを指摘された。しかしそれを認めることが治療の次のステップだったのである。
 罪を告白したダビデに対し、ナタンは神様の言葉として「その主があなたの罪を取り除かれる」と告げた。他方「しかし、このようなことをして主を甚だしく軽んじたのだから、生まれてくるあなたの子は必ず死ぬ」とも告げたのである。9節以下では繰り返し、それからダビデの家に災いが絶えないことも宣告された。神様がダビデの罪を取り除くとおっしゃったにもかかわらず、彼の家にそうした災いが続いてゆくということはどのように理解したらよいのであろうか。他方から言えば、たとえ神様といえどもダビデが犯した罪をあっさりと取り除くというのは、余りにも容易すぎるのではなかろうか。殺されたウリヤがそれこそ浮かばれないのではなかろうか。やはりダビデは相応のペナルティを受けるべきなのであろうか。
 私たちは、罪の赦しとか取り除かれるとかそのようなことを聞くと、何か罪が帳消しにされたり不問に付されたりすることと勘違いをしてしまう。しかし罪の赦しとは、決してそういうことではないのである。病気が宣告され、それを私たちが認め、医師による治療が始まってゆくとしても、長い間そうした問題ある生活を続けてきたことの結果として生じてくることは自分自身で引き受けなくてはならないのである。先週の礼拝において、自動車事故を起こして幼い娘とその母を死に至らせてしまった高齢のドライバーが、1審判決を受け入れて自ら刑に服するために出頭したことに触れた。その彼が罪の赦しを受けるためには、刑事上の罰を受け、また民事上の賠償をすることは不可欠なのである。それが赦しの一環である。ダビデの家に起きてゆくのもそういうことだと思うのである。それは、神様がその罪に関与しその罪を赦そうとするが故に、ダビデが償いや罰として引き受けねばならないことなのである。
 しかしそれは幸いなのである。災いをダビデは神様からの赦しの一環として受け止められるからである。後に息子アブサロムの反乱によって都を追われる際に、サウル王家の一族だったシムイがダビデを呪う場面がある(サムエル下16章9以下)。彼は「出て行け、出て行け。流血の罪を犯した男、ならず者」と言いなじった。ダビデの家来はシムイの首を切り落とすと息巻くのだが、ダビデは「主がダビデを呪えとお命じになったので、あの男は呪っているのだろう」と言うのであった。そして「主がわたしの苦しみをご覧になり、今日の彼の呪いに代えて幸いを返してくださるかもしれない」とさえダビデは言えたのである。
 そうした災いをも引き受けつつ、神様による罪の赦しとは何であろうか。13節に「あなたは死の罰を逃れる」とある。それは言い方を変えると、そういう恐ろしい罪を犯したダビデも生きることを赦されるということだと思う。もっと言えば、そういう罪を犯した者であるからこそ生きる意義が神様から与えられるということだと思う。罪の赦しとは、突き詰めると存在の肯定ということなのである。罪を犯したあなたには、だからこそ生きる意味があるということである。それを与えることができるのは神様だけだと思う。そのような事故で妻とわが子を奪われた遺族は、加害者に対して「あなたはだからこそ生きる意味がある」とは決して言えないであろう。人間は罪を赦すことはできないのである。罰を与え、償いを求めることしかできないのである。罪を犯した者の存在を深いところから肯定できるのは神様だけなのである。

聖書:新共同訳聖書「サムエル記(下) 11章1節~12章14節」  聖書朗読
11:01年が改まり、王たちが出陣する時期になった。ダビデは、ヨアブとその指揮下においた自分の家臣、そしてイスラエルの全軍を送り出した。彼らはアンモン人を滅ぼし、ラバを包囲した。しかしダビデ自身はエルサレムにとどまっていた。 11:02ある日の夕暮れに、ダビデは午睡から起きて、王宮の屋上を散歩していた。彼は屋上から、一人の女が水を浴びているのを目に留めた。女は大層美しかった。 11:03ダビデは人をやって女のことを尋ねさせた。それはエリアムの娘バト・シェバで、ヘト人ウリヤの妻だということであった。 11:04ダビデは使いの者をやって彼女を召し入れ、彼女が彼のもとに来ると、床を共にした。彼女は汚れから身を清めたところであった。女は家に帰ったが、 11:05子を宿したので、ダビデに使いを送り、「子を宿しました」と知らせた。 11:06ダビデはヨアブに、ヘト人ウリヤを送り返すように命令を出し、ヨアブはウリヤをダビデのもとに送った。 11:07ウリヤが来ると、ダビデはヨアブの安否、兵士の安否を問い、また戦況について尋ねた。 11:08それからダビデはウリヤに言った。「家に帰って足を洗うがよい。」ウリヤが王宮を退出すると、王の贈り物が後に続いた。 11:09しかしウリヤは王宮の入り口で主君の家臣と共に眠り、家に帰らなかった。 11:10ウリヤが自分の家に帰らなかったと知らされたダビデは、ウリヤに尋ねた。「遠征から帰って来たのではないか。なぜ家に帰らないのか。」 11:11ウリヤはダビデに答えた。「神の箱も、イスラエルもユダも仮小屋に宿り、わたしの主人ヨアブも主君の家臣たちも野営していますのに、わたしだけが家に帰って飲み食いしたり、妻と床を共にしたりできるでしょうか。あなたは確かに生きておられます。わたしには、そのようなことはできません。」 11:12ダビデはウリヤに言った。「今日もここにとどまるがよい。明日、お前を送り出すとしよう。」ウリヤはその日と次の日、エルサレムにとどまった。 11:13ダビデはウリヤを招き、食事を共にして酔わせたが、夕暮れになるとウリヤは退出し、主君の家臣たちと共に眠り、家には帰らなかった。 11:14翌朝、ダビデはヨアブにあてて書状をしたため、ウリヤに託した。 11:15書状には、「ウリヤを激しい戦いの最前線に出し、彼を残して退却し、戦死させよ」と書かれていた。 11:16町の様子を見張っていたヨアブは、強力な戦士がいると判断した辺りにウリヤを配置した。 11:17町の者たちは出撃してヨアブの軍と戦い、ダビデの家臣と兵士から戦死者が出た。ヘト人ウリヤも死んだ。 11:18ヨアブはダビデにこの戦いの一部始終について報告を送り、 11:19使者に命じた。「戦いの一部始終を王に報告し終えたとき、 11:20もし王が怒って、『なぜそんなに町に接近して戦ったのか。城壁の上から射かけてくると分かっていたはずだ。 11:21昔、エルベシェトの子アビメレクを討ち取ったのは誰だったか。あの男がテベツで死んだのは、女が城壁の上から石臼を投げつけたからではないか。なぜそんなに城壁に接近したのだ』と言われたなら、『王の僕ヘト人ウリヤも死にました』と言うがよい。」 11:22使者は出発し、ダビデのもとに到着してヨアブの伝言をすべて伝えた。 11:23使者はダビデに言った。「敵は我々より優勢で、野戦を挑んで来ました。我々が城門の入り口まで押し返すと、 11:24射手が城壁の上から僕らに矢を射かけ、王の家臣からも死んだ者が出、王の僕ヘト人ウリヤも死にました。」 11:25ダビデは使者に言った。「ヨアブにこう伝えよ。『そのことを悪かったと見なす必要はない。剣があればだれかが餌食になる。奮戦して町を滅ぼせ。』そう言って彼を励ませ。」 11:26ウリヤの妻は夫ウリヤが死んだと聞くと、夫のために嘆いた。 11:27喪が明けると、ダビデは人をやって彼女を王宮に引き取り、妻にした。彼女は男の子を産んだ。ダビデのしたことは主の御心に適わなかった。 12:01主はナタンをダビデのもとに遣わされた。ナタンは来て、次のように語った。「二人の男がある町にいた。一人は豊かで、一人は貧しかった。 12:02豊かな男は非常に多くの羊や牛を持っていた。 12:03貧しい男は自分で買った一匹の雌の小羊のほかに/何一つ持っていなかった。彼はその小羊を養い/小羊は彼のもとで育ち、息子たちと一緒にいて/彼の皿から食べ、彼の椀から飲み/彼のふところで眠り、彼にとっては娘のようだった。 12:04ある日、豊かな男に一人の客があった。彼は訪れて来た旅人をもてなすのに/自分の羊や牛を惜しみ/貧しい男の小羊を取り上げて/自分の客に振る舞った。」 12:05ダビデはその男に激怒し、ナタンに言った。「主は生きておられる。そんなことをした男は死罪だ。 12:06小羊の償いに四倍の価を払うべきだ。そんな無慈悲なことをしたのだから。」 12:07ナタンはダビデに向かって言った。「その男はあなただ。イスラエルの神、主はこう言われる。『あなたに油を注いでイスラエルの王としたのはわたしである。わたしがあなたをサウルの手から救い出し、 12:08あなたの主君であった者の家をあなたに与え、その妻たちをあなたのふところに置き、イスラエルとユダの家をあなたに与えたのだ。不足なら、何であれ加えたであろう。 12:09なぜ主の言葉を侮り、わたしの意に背くことをしたのか。あなたはヘト人ウリヤを剣にかけ、その妻を奪って自分の妻とした。ウリヤをアンモン人の剣で殺したのはあなただ。 12:10それゆえ、剣はとこしえにあなたの家から去らないであろう。あなたがわたしを侮り、ヘト人ウリヤの妻を奪って自分の妻としたからだ。』 12:11主はこう言われる。『見よ、わたしはあなたの家の者の中からあなたに対して悪を働く者を起こそう。あなたの目の前で妻たちを取り上げ、あなたの隣人に与える。彼はこの太陽の下であなたの妻たちと床を共にするであろう。 12:12あなたは隠れて行ったが、わたしはこれを全イスラエルの前で、太陽の下で行う。』」 12:13ダビデはナタンに言った。「わたしは主に罪を犯した。」ナタンはダビデに言った。「その主があなたの罪を取り除かれる。あなたは死の罰を免れる。 12:14しかし、このようなことをして主を甚だしく軽んじたのだから、生まれてくるあなたの子は必ず死ぬ。」


2021/10/17 聖霊降臨節第22主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「主の祈り」 1.8節に「あなたがたの天の父は、願う前から、あなたがたに必要なものをご存じなのだ」とあった。それに続いて「だからこう祈りなさい」とイエス様が言っておられた。ということは、イエス様が「こう祈れ」と教える内容は、天の父なる神様がその子どもである私たちにとって、どうしても必要なもののリストだと言ってもよいように思う。そこであげられている祈り求めのリストは、私たちが普段の祈りで祈るものとは随分掛け離れている。私たちはそのような願いをすることはなく、専ら自分や家族や教会についての卑近な願いばかりをしている。
 では「こう祈れ」とイエス様が教えておられるのは、私たちがその主の祈り以外の祈りをしてはならないということなのか。私たちの祈りをその主の祈りの言葉だけに押し込め、卑近な祈りをさせないためのものなのか。私はそうではないと思う。私たちは今まで通りの祈りをしていてもよいのである。そうでなければ祈りは、切実で身近なものではなくなってしまう。しかしどのような祈りをしていても、私たちが知るべきであることがある。それは天の父なる神様は、子どもである私たちの必要をご存じであり、私たちの祈りに応えて与えて下さるのは、あくまでそこにあげられているリストに沿ったものだということである。このリストにおいて父なる神様は子である私たちの願いを必ず聞いてくださる。私たちは、願い通りには祈りがかなえられないこともしばしばである。しかし、たとえそうであっても、そのリストにおいては父なる神様は願いをかなえてくださっているのである。私たちの祈りの言葉を越えて、神様は私たちの本当に必要なものをご存じなので、それをかなえて下さる。それを教えんがための主の祈りであり願い求めのリストなのである。

2.では、天の父なる神様は、子である私たちにとってどのようなことが絶対に必要であるとおっしゃるのか。主の祈りでイエス様があげたリストは、大きく分けると二つになる。前半部分が10節までに言い表されている。まずそこには、3つのことがあげられている。その内容はすべて重なりあっている。第一は、神様を天におられる私たちの父として私たちが崇められるようになること。第二は、「御国が来ますように」とある。「御国」とは、死んでからゆくとされる天国のことではなく、神様の支配ということである。だからそれは、次の三番目にあげられている「御心が行われる」ということと同じであり、要は、神様の御業や御心がこの地上の世界でもしっかりと行われているとわかるようになるということなのである。
 私たちは天の神様の子どもであるが、残念ながら私たちは天の父の姿を直接見ることができない。そのため私たちは、あたかも孤児のような状態に置かれている。戦中戦後に戦災孤児になられた人々のたいへん悲惨な歩みについては、最近になってやっと光が当てられるようになってきた。その惨めさや苦労、また不安や恐怖は、いかばかりだったであろうか。実は私たちすべてが天の父を知らなければ、そのような者であるはずである。しかしながら私たちは、それを押し隠し、あるいはなぜか感じないようになってしまっているのである。それはもしかすると、私たち自身が、天の父の代わりに「父」になってしまい、自分自身を崇めているからかもしれない。そして人間の支配やわざというものをより所とするようになっているのである。しかし私たちは子どもに過ぎないのである。その支配やなすところの背後には不安や思い患いが一杯なのである。だからこそ、人間の支配が強くなったこの200年ほど、いよいよ世界に争いや混乱が増し加わるのではないだろうか。だからイエス様は、そのような私たちに何よりも必要なものは、天におられる神様を父として崇め、その御業・御心が天と同様にこの地上でもなされていると知り信じられることだと教えておられるのである。

3.次に、11節以下には3つのことが私たちに絶対に必要なものとしてあげられている。第一は、私たちに必要な糧が日々必ず与えられると知ることである。天の父なる神様は、子である私たちが必要な糧を得られずにひもじい思いをすることは、決してなさらない。しかしそれを知る上でどうしても私たちがわきまえておかねばならないことがある。それをわきまえていることによって、父なる神様が子である私たちに必要な糧を必ずくださるということがわかるようになる。
 私たちがわきまえ知るべきことのきっかけになるのは、そこにわざわざ「今日」という言葉があることからである。そのことについて様々なことが考えられてきた。私自身が今、何よりも思うのは「今日」という言葉の背後にはイエス様が特別に愛しておられた申命記8章3節の御言葉があり、そしてその申命記8章で触れられているところのイスラエル人が荒れ野を40年間彷徨ったときの出来事が想起されているに違いないのである。申命記8章3節の御言葉は、礼拝で何度も何度もご紹介してきた。そこには「主は、あなたを苦しめ、飢えさせ、あなたも先祖も味わったことのないマナを食べさせられた。人はパンだけで生きるのではなく、人は主の口から出るすべての言葉によって生きることをあなたに知らせるためであった」とある。イスラエル人は荒れ野を彷徨い、苦しみ飢えを経験した。自分たちの手ではいっさい食べ物を得ることができない苦境に追い込まれた。しかしそこでこそマナというたべものを神様からいただいたのである。大事なことは、そのマナは毎日毎日集めねばならなかったことである。ただ次の日が安息日という日には、その日の分まで蓄えることができた。それ以外の日に次の日や自分以外の者の分まで集めておくと、それは腐ってしまったのである。それが、主の祈りにおいてわざわざ「今日」という言葉が教えられていることの意味だと思う。
 まず、神様が私たちに必ず与えてくださる必要な糧とは、マナという形で与えられる。マナとはヘブル語で「これは何だろう」という意味である。それは、私たちがそれまで味わったことのない不思議な食べ物として与えられる。それまで私たちが糧として食べてきたものは、もう糧とはならない状況に置かれるがゆえにそうなるのである。健康であったとき、命が尽きるなどとは到底考えもしなかったときに糧であったものは、もう糧にはならないとわかるのである。どんなにお金があっても、それが糧とはならない時が来る。しかしそのときに天の父なる神様がくださるのはマナなのである。それまで味わったことのなかった不思議な糧である。「そのようなものが私を支えてくれるのか、何とおいしいのか」とわかるのである。そしてそれは、一日一日与えられる。翌日の分まで集めることはできない。しかし明日の分は、また明日きっと与えられる。だから明日のことを思いわずらう必要はない。明日のことは明日、父なる神様が心配してくださるのである。その日暮らしであってよいのである。

4.二番目にあげられているのは、負い目の赦しということである(11節以下)。実は、主の祈りの中でも昔から難しい議論がなされてきた箇所である。それは「私たちも、自分の負い目のある人を放しましたように」という文章をどう理解するかという点についてである。私たちが普段祈っている主の祈りでは「我らに罪を犯す者を我らがゆるすごとく」とある。要は私たちが敬すことと神様が私たちを赦すことがどうつながるのかという問題である。核心だけ申しあげると、そこで言われているのは神様によって私たちが負い目を赦していただくということと、私たちが誰かを赦すこととが深く関わっているということなのである。
 まず初めに来るのは、私たちが神様によって負い目を放していただくことである。なぜそのことが子である私たちにとって必要不可欠なのか。私自身、果たしてそれが自分のこととしてわかっているとはなかなか言えないが、それは負い目を抱えた体験のある人でなければわからないことだと思うのである。先日、池袋で事故を起こして母親と娘さんを殺してしまった95歳になる人が、1審判決後その判決を受け入れて自ら刑に服するべく出頭して収監されたと報じられていた。負い目を抱えるとはそういうことだと思うのである。どんな刑に服したとしても、埋め切れず償い切れない負い目というものがある。私たちには、故意に人をあやめてしまうということはないかも知れない。けれども車を運転している限り同様の事故を起こしてしまうことはあろう。親として子どもに、夫婦として伴侶に、子どもとして親に、牧師として教会員に、決して埋め合わせができない傷を負わせてしまうということがある。
 そしてその負い目は、もしそのままで放置されるならば、他でもないそれを背負った私自身を腐敗させ崩壊させてしまう。誰もその負い目を埋めることができないのである。天の父なる神様だけがそれをなしてくださる。天という高さ・広さ・大きさの中にいたもう神様のみがそれをおできになる。イエス様の弟子たちにとっては、自分たちがイエス様を否定し逃げてしまったことがその負い目だった。神様がその負い目から自分たちを救ってくださったのは、十字架と復活によることであった。私自身、かつて教会で教会員にしてしまった故に抱えた負い目について、イエス様がそれを赦してくださったと感じたことがあった。そうして神様から負い目を赦されたという体験は、人との関係において劇的な変化をもたらさざるを得ないのである。イエス様が教えたたとえ話の中に、主人から莫大な借金を帳消しにしてもらった召し使いが、それなのに自分に対する誰かのわずかな借金を厳しく取り立てることを責められたものがあった。神様によって負い目を撤された体験は、おのずから人との関係においてその効果を表すであろう。人間という存在を、負い目を負ってしまう哀しき存在として見られるようになる。決して完璧な存在ではないのだと見られるようになる。負い目を放してもらわねばならない存在だとわかるのである。それは人に対する寛容な態度として現れる。ひたすらその責任を追及し、どこまでも自分一人でその負い目を背負わせ支払わせようと責め合うことから私たちを解放するのである。

5.さていよいよ最後、三番目にあげられているのは、私たちが誘惑に遭わず悪い者から救われる必要があるということである(11節以下)。そこでイエス様が教えているのは、決して私たちが試練に遭わないということではない。イエス様自身が、洗礼を受けて「あなたは私の愛する子」との神様の声を聞いた直後に、荒れ野で試練に遭い悪魔からの攻撃にさらされた。そういったことは、天の父なる神様の子である私たちにも避けられないことなのである。だから必要なことは、試練に遭ったときに、それを父なる神様からの「誘惑」などというように受け取らないということである。悪い者は試練を神様からの悪しき誘惑だとささやいてくる。
 先週の礼拝が終わった後、ある人とお話しをした。その人の親戚(熱心なクリスチャン)が、次々と家族に襲いかかる苦難を前にして、「どうして神様は私を罰するのか」と嘆いておられると聞いた。人間の親ならば、子に対して暴力をふるったり罰したりということがある。しかし天の父なる神様は、決して私たちにそのようなことをなさらない。子どもである私たちの生涯のすべてに起こることは、父なる神様のご支配と御心の中にある。私たちにとってはどんなに災いであるとしても、そこには天の父なる神様が私たちに必要だと思って与える糧がある。そこには不思議なマナが必ずある。主の祈りはそのことを私たちに教えて下さるのである。

聖書:新共同訳聖書「マタイによる福音書 6章 9~13節」  聖書朗読
06:09だから、こう祈りなさい。『天におられるわたしたちの父よ、御名が崇められますように。 06:10御国が来ますように。御心が行われますように、天におけるように地の上にも。 06:11わたしたちに必要な糧を今日与えてください。 06:12わたしたちの負い目を赦してください、わたしたちも自分に負い目のある人を赦しましたように。 06:13わたしたちを誘惑に遭わせず、悪い者から救ってください。』


2021/10/10 聖霊降臨節第21主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「福音がヨーロッパへ」 1.前回は、使徒言行録15章の、異邦人の救いを巡って初代教会に生じた深刻な対立を解決するために世界最初の教会会議がエルサレムで開催されたことに目を向けた。その会議が終わり、パウロたちは再びシリアのアンティオキアへと帰っていった。そしてそこから第2回目の伝道旅行へと出発することとなった。それが15章36節以下のである。第2回目の伝道旅行において、キリスト教は画期的な歩みへと足を踏み出すこととなった。福音が地中海を渡ってヨーロッパへと拡がることとなった。キリスト教が誕生してから、それまで本拠地だったアジア大陸を離れて、全く見ず知らずの地であるヨーロッパ大陸へと拡大してゆくこととなった。
 どのようなことがその契機となったのか。教会自身が計画してそうなったのか。そうではなかった。誕生したばかりの教会が次々と襲いかかる迫害や艱難にもかかわらず広まり成長してきたのは、人間の計画や企てによるものではなかった。むしろ人間の企てということであるならば、それは粉々に砕け散ってしまっていたであろう。ユダヤ人からの迫害を受け、エルサレム教会からギリシャ語を話す人々を失ってしまうということがあった。しかしそれがかえってきっかけとなって、福音は拡がることとなった。エルサレム教会のギリシャ語を話すグループの指導者のひとりだったフィリポは、神様から「寂しい道に行け」と言われた。その「寂しさ」とは様々な意味で人間の願いが砕かれる道を指していた。しかし、「寂しい道」を行ったがゆえに福音は拡がっていったのである。
 それと同様にパウロたちの伝道旅行も「寂しい道」を行かざるを得なくなった。6節、7節に書かれている。「アジア州で御言葉を語ることを聖霊から禁じられ」、さらには「ビティニア州に入ろうとしたが、イエスの霊がそれを許さなかった」とある。それが具体的にどういうことを言うのかは定かではない。文字通り聖霊やイエス様の霊が現れてそれを禁じ、許さなかったということなのか、それとも何かやっかいな事情が生じて思うように伝道ができなかったということか。いずれにせよ、思い通りの伝道ができなくなってしまったのである。5節には「こうして、教会は信仰を強められ、日ごとに人数が増えていった」とある。パウロたちはアジア州やビティニア州でも同様の成功を期待していたのであろう。そうなることが聖霊やイエス様の導きだと信じていたのである。ところが現実は違っていた。期待は大きくはずれ伝道は思うように進まず、一行はとうとうアジア大陸の西端であるトロアスにまで追い詰められてしまったのである。目の前は地中海、もうどこにも進む道がないというどん詰まりのところまで追い詰められてしまったのである。
2.私たちもしばしば同じような状況に追い込まれてしまう。5節に記されているような良い流れが破られ、あちらこちらで「禁じられ」「許されない」歩みを余儀なくされる。それまでアジア大陸での伝道しか体験していなかった者には、目の前に立ちはだかる海を渡って見ず知らずのヨーロッパに行こうなどとは思いもよらなかったように、それまでの生き方や蓄積してきたものを捨てて全く新た強い生き方など到底できないと思ってしまう私たちである。
 しかしその状況こそがパウロたちをして、福音をヨーロッパへと拡大せしめた神様の計画であり御業だったのである。私たちに対しても、様々なことが禁じられ、渡ることができないような海を目の前に抱えた時こそが、私たちにとって新たな歩みを踏み出してゆく時だとの語りかけなのである。だから問題は、パウロたち、そして私たちが置かれたその状況を自分たちがどう見るかなのである。6節と7節は「聖霊」によって禁じられたことであり「イエスの霊」によって許されないことだと語っている。10節には「神が私たちを召されているのだ」ともある。しかしそれは、最初からパウロたちがそのように捉え得たことではないと思う。パウロたちがその道の最中にあるときには到底言い得なかったことであり、禁じられ許されずそのあげくに目の前に海が立ちはだかっているトロアスに至った当座は、悪魔が立ちはだかり伝道を邪魔しているのだと思っていたに違いない。
 しかし、後になってみれば、それこそが聖霊とイエス様の霊と神様の召しによるものだったのである。目の前に立ちはだかる海は、自分たちを閉じ込める壁ではなく、むしろその正反対の新たな伝道地へのゲートとなる広々と開いた入り口なのであった。どん詰まりだったのではなく、むしろ幅広く開いていたのである。そのように、私たちも私たちに起きる状況を受け取るようになりたい。私たちが「そのような海など決して渡ってゆくことはできない」と思うようなどん詰まりの状況こそが、私たちをして新たな地へと踏み出すための神様の召しの機会だと受け止めることができるようになりたい。それを渡ってゆくことが、新たな地へと私たちを至らせることになると思いたい。

3.では、パウロはいかにしてそのように思い知ることができたのか。それはトロアスに着いた日の夜に見た幻によってだった。その中で一人のマケドニア人が立って、「マケドニア州に渡ってきて、私たちを助けてください」と言ったというのである。この幻を見たことで、パウロは「マケドニア人に福音を告げ知らせるために、神がわたしたちを召していのだと確信するに至った」と10節最後にある。
 この幻の何よりも中心にあったのは「わたしたちを助けてください」とのSOSが発せられていたということである。聖霊やイエス様の霊による導きや神様の召しとは、直接そういうものとして聞こえたり示されたりするのではなく、ひとりの人からの「助けてください」というSOSとして示されるものではなかろうか。10節最後の「確信するに至った」とは、様々なことが結び付くという意味だそうである。これまで様々なことがうまくいかなったのも「助けて下さい」とのSOSを中心にしてつなぎ合わせてみると、総合して神様の召しだとわかるのである。直接的に神様の召しとしてわかるものではない。ふりかえってみると、あの時うまくいかなかったのも壁にぶちあたったことも、聖霊やイエス様の導きだったとわかるのである。その核心には誰かからの「助けてください」という声がある。
 過日の週報で紹介した『日本霊性論』という本の中で、内田樹(うちだたつる)が書いていたことをまた思い出した。「人間は自分が存在することについて、十全な確信を持つことができずにいます。自分がいてよいのかいけないか、いるべきなのかそうではないのか、それを僕たちは自己決定することができません。それを提供してくれるのは他者だけです」と内田さんは書いている。そしてそれを提供してくれる他者からの働きかけは、「わたしはあなたに用がある」というメッセージで現れると内田さんは言うのである。それが、他の誰でもなく個別に「あなた」を指定し、あなたにまっすぐに向かってくるものなら、それはよいものであり福音だと彼は言うのである。そういう言葉が、あなたの存在を証明し、あなたに存在感を贈ってくれる。あなたを祝福していると。
 内田さんが、真っすぐに私に向かってきて「わたしはあなたに用があり、あなたの存在を必要としている」と言う言葉こそ、「マケドニア州に渡ってきて私を助けて下さい」という言葉なのだと思う。あなたは私を助けることができる。あなたを私は必要としている。そういう言葉を聞くことによって実は、聞く私たちこそが助けられるのではないだろうか。目の前の海を喜んで渡って行けというそれまでの困難を神様からの幸いな召しとして受け取ることができるからである。私自身がそういう体験を何度もしてきた。かつて郡山教会で会堂建築をした際に、私は内田さんの言葉のように、自分がその教会にいてよいのかどうかがわからなくなっていた。その時、本当にタイムリーに私宛に今泉さんから届いた手紙には、何もいらないから面会に来てくださいとあった。私はその言葉に自分という存在への肯定を感じた。自分が必要とされているのだと感じた。その手紙には「助けてください」という文字はなかった。しかし訪ねることが助けることだとわかった。そして助けることは同時に私が助けられることでもあったのである。

4.そのように誰かからの「助けてください」というSOSを聞くことは、私たちをして軽々と目の前の海を渡ってゆかせることになる。その声は特殊な、いかにも神様からの声として聞こえてくるものではないのである。たったひとりの見知らぬマケドニア人からのSOSとして聞こえてくる。実はそのような声とは、どこからでも聞こえてくるのではないだろうか。そのような声を聞き逃してはならないと思うのである。
 先日教会学校の礼拝説教のために、ルカによる福音書の10章30節以下に記された「良きサマリア人のたとえ話」の箇所を読んだ。追いはぎにあって道端に倒れている人を、最初に通りかかった祭司とレビ人は見向きもせずに通り過ぎた。彼らは当時のイスラエル社会にあっては誰よりも神様を信じていた人々の代表であった。誰よりも神様の声を聞き分けることのできた人々だった。しかしそのような彼らが、追いはぎにあい倒れていた人の「助けてください」という声を無視して立ち去った。その声に神の声を聞くことが出来ずに通り過ぎてしまった。そこには、私たち信仰者こそが陥りやすい姿が、イエス様によって教えられているのではなかろうか。私たちは、信仰を持つからこそ、神様の直接的な声を聞こうとするが余り、具体的な人からのSOSを無視し聞き逃してしまうということがあるのかもしれない。そのSOSとは、9節にあるようにたった「一人のマケドニア人」なのかもしれない。神の声は、しばしばたったひとりの人の「わたしを助けてください」との声として聞こえてくるのである。そのような声ならば、あちこちに溢れているのではないだろうか。そこにこそ私たちを召す神の声がある。
 私は説教について半分眠りながら夢うつつの中で考えていて目を覚ましてしまうことがよくある。そして、そこで何げなく聞いたラジオの内容が、その時の説教に関係したものであることがよくあある。先週の水曜日の明け方に聞いたのは、43歳で難治性のガンを宣告された人の話であった。宣告された時に、もう長くは生きられないと覚悟したその人は、何と今は70歳だそうである。何がこの人を生き延びさせたのか。つまりは、ガンという海を渡らせたのか。それは、ひたすらガン当事者として同じ病に苦しむ人々の助けになりたいとの思いだったという。「これからどう生きたいですか」との問いに対して、「これをしようか、あれをしようかと自分の企てで生きようとは思いません。出会いに応じて、そしてその出会いに感謝をしたいと思います」と言っておられた。出会いとは、つまり助けてくださいとの声に応じるということなのであろう。
 今月号の信徒の友の特集は「認知症」とのことである。先週の礼拝でNHKの番組から紹介した人も65歳で退職して、さあこれからと思った矢先に認知症を宣告されてしまった人だった。その人を、徐々に立ち直らせたのは何であったか。それは同じ認知症の先輩から助けてもらうことであり、また自分自身がたどたどしいながらも同じ病気になった人々を助けてあげることによってだったのである。そのどなたも、信仰など持っている人々ではない。しかし助け・助けられるということには神様の声があると思うのである。そしてそのような声ならば、いずこにも溢れているのではなかろうか。「助けてください」という声が、パウロたちをして神様の召しを確信させ海を渡らせていった。そうであるなら、私たち自身もまた「助けてください」という声を発することが大事なのではなかろうか。そのことが誰かをして、このパウロのように海を渡らせることにもなるのだから。

聖書:新共同訳聖書「使徒言行録 16章 6~10節」  聖書朗読
16:06さて、彼らはアジア州で御言葉を語ることを聖霊から禁じられたので、フリギア・ガラテヤ地方を通って行った。 16:07ミシア地方の近くまで行き、ビティニア州に入ろうとしたが、イエスの霊がそれを許さなかった。 16:08それで、ミシア地方を通ってトロアスに下った。 16:09その夜、パウロは幻を見た。その中で一人のマケドニア人が立って、「マケドニア州に渡って来て、わたしたちを助けてください」と言ってパウロに願った。 16:10パウロがこの幻を見たとき、わたしたちはすぐにマケドニアへ向けて出発することにした。マケドニア人に福音を告げ知らせるために、神がわたしたちを召されているのだと、確信するに至ったからである。


2021/10/03 聖霊降臨節第20主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「祈るときには」 1.イエス様は山上の説教の冒頭で「八福」ということを語り、貧しさや悲しみが一杯に満ちたこの世界にあっても私たちは8つもの幸いを見いだせるのだと教えて下さった。しかし幸いを見いだすためには、それなりの技術のようなものが必要なのであろう。何のすべもなければ、私たちがこの世界に見いだすのは、悲しみや苦しみだけなのである。そこで私は、イエス様がその後の山上の説教で語ったのは、いかにして幸いを見いだすかということのための具体的な信仰生活上の処方箋や生活術なのではないのかと受け取ってきた。この6章では、4つの生活術が教えられている。第1は、6章1~4節において施しや善行をすることがあげられ、第2は祈りであり、第3は断食、第4は富を積むということである。
 改めて心に留めたいと思ったのは、イエス様がそのようにして4つもの生活術を教示くださったことのすばらしさである。山上の説教では、神様のことがずっと天の父として語られていた。私たちはその幼子のような存在としてこの世に生かされている。悲しみや苦しみが満ちたこの世において、私たちは幸いを見いだすための何の生活術も持たない丸裸の孤児として放り出されているのではない。確かに天の父は、その姿は見なくとも私たちはその子どもとして扱われ、必要なものは与えられ、幸いを見いだすことができ、そのための生活術はちゃんと与えられているのである。それが祈りだという。だとすれば、せっかくのこの術を用いないということはないであろう。用いずにいて孤児のごとく丸裸でこの世界に放り出されたままでいるのは愚かであろう。
 しかし、世の多くの人々はそのように歩んでしまっている。9月19日の礼拝において、私たちの抱く満足は「持つ」ということに強く依存していると教えられた。ところが私たちの本質は、何も持たない者として生まれ、また何も持たない者として世を去らざるを得ないところにある。私たちが満足し幸いを得ようとすることが、持つというすべによるのならば残念ながらそれは与えられない。それなのに多くの人々は、なお持とうとしている。神様が与えたもうた術を用いようとしない。孤児のようなままでこの世に放り出されたままになっている。
 私は先日、NHKのTVドキュメンタリーを観た。放映されたその番組には、65歳で認知症になった男性が激しく落胆し狼狽しながらも、同じく認知症の先輩からの支えを受けながら徐々に立ち直り、彼自身も認知症の相談者になってゆく姿が描かれていた。そこにはある高齢の夫妻も登場していた。認知症になった夫人のケアをする夫は、相談会の場で「自分は妻を、もう物として、物体として見ている」と言っていた。自らが認知症でありつつ相談者の立場だったある人物は、それを聞いて涙を流しながら声をあらげて嘆いていた。「認知症になった自分たちをどこまで苦しめるのか、当事者の苦しみをわかってくれないのか」と。その彼は、夫人を物として物体として見ることでやっとその状況を受け入れようとしていたのであろう。それほどまでに、それまで積み上げたものを失い、持てなくなってしまうとは辛いものだとしみじみ思う。私たちは、その辛さにいかに向き合えるのかと思う。だからこそ神様が私たちに、その辛さの中でも幸いを見いだせる術として祈りという手段を与えてくださっていることは、ありがたい。勿論、認知症になったら祈りさえもできなくなるときがやってくる。私の父もそうであった。果たしてそのようになったときにも、祈りは私たちに幸いを見いださせてくださる生活術となるのであろうか。

2.それでは祈りは、どのようにして私たちに幸いを見いださせてくださるのであろうか。イエス様は祈りがそのようなすべとはならず、かえって幸いを見いだすのとは正反対の働きをしてしまっている様子にまず注意を払った。6章1~4節でも同じことが言われていた。祈りが人に見られて褒められるためのものとなり、天の神様からの報いではなく、人からの報いを得るものになってしまっているというのである。また、言葉数を多くして神様に聞き届けられるような祈りになってしまっているともいうのである。祈りがそのようなものになってしまっては、幸いを見いだすための生活術ではなくなってしまうのである。
 だからイエス様は祈りによって神様が下さる幸いについて、またその報いについて、6章1~4節と同じように「隠れたことを見ておられるあなたの父」からの報いだと教えている。イエス様は、神様が下さる幸いは、徹頭徹尾私たちの隠れたことを見ておられる父なる神様からの幸いであり報いなのだと言うのである。そのことに私の心は喜び踊るような思いがした。6章1~4節で教えられたのは、「隠れたこと」とは、施しをすることや善行をするように、この世の価値尺度からは何ら評価されないような行為で、この世の評価・称賛ということによって「隠され」「覆われ」てしまっているような行為だとのことだった。そういうことで言えば、祈りもまたこの世的には隠され覆われている営みではなかろうか。施しや善行以上に祈りは何らこの世的に評価されえるようなものではない。「何もせずに祈ることがいったい何になるのか」と、しばしば言われる。祈りを人に見られ褒められるものにしたがるのは、この世的に評価されるようなものにしたいがためなのである。しかし、そのような祈りに神様は報いては下さらない。それはもう隠れてはいないからである。
 さらに、祈りにおいて神様が私たちの「隠れたこと」を見て報いてくださるということで、次のようなことも示される。先ほど紹介したTVドキュメンタリーの認知症になった人々のことで言えば、認知症という病によって様々なものが覆い隠されてしまう。登場人物の高橋さんは、その日記の中で「認知症になっても自分は何も変わってはいなかった。」と書いていた。認知症になることは伴侶からさえも物として、物体として見られてしまうことになる。そういう見方によって覆われ隠されてしまう。認知症になることは、私たちが何十年も信仰者として生きてきたことさえも覆い隠してしまうかもしれない。私が牧師であったことさえも覆い隠してしまうかもしれない。私の父がそうであったように、祈りさえできない者となってしまうのである。しかし神様は、そうしたことによって覆い隠されたものを見てくださる。そこに報いて下さる。それを宝物として輝かせその宝によって私たちを支えてくださるのである。それをなさしめて下さるのが祈りなのである。

3.「奥まった自分の部屋に入って(6節)」という言葉に私の心は捕らえられる。祈りは私たちに「奥まった自分の部屋」というものをしっかりと建てさせてくださるのではなかろうか。「自分の」という言葉があった。「自分」とは、先ほどの高橋さんが「自分は何も変わっていなかった」とおっしゃったところの「自分」なのである。認知症になってしまったら伴侶は勿論、自分さえも認識できないかもしれない。しかし私たちは、祈りにおいてそのような「自分」を持てるのである。祈りにおいて神様は私たちがそこでくつろぎ自分自身をしっかりと保てる「奥まった自分の部屋」を建てさせてくださるのである。
 最後の最後には、祈りさえも自分からはできなくなるかもしれない。しかしそれこそただ隠されているだけなのである。何十年も信仰生活を続けてきた私たちが、祈りを捨ててしまうはずがない。ただそれは病によって隠されているだけなのである。それを神様は見てくださる。ローマの信徒への手紙の8章26節に「どう祈ったらよいかわからない私たち」とあった。認知症によってそのような状態になってしまう私たちの言葉に現れない隠された祈りを、神様は祈りとして聞いてくださる。そこにおいて私たちは、失われえない部屋を設けていただくのである。その部屋は、どんな病も障害も持てなくなるということも、踏みにじることはできない。
 先週の聖書日課で与えられた箴言18章14節の御言葉が素晴らしかった。54年版から紹介したい。そこには「人の心は病苦をも忍ぶ」とある。「心」というところは、本来の意味は「霊」なのである。先ほどのローマの信徒への手紙の8章26節以下には、どう祈ったらよいかわからない私たちを霊が助け、そのうめきをもってとりなしてくださるとあった。そのような祈りによって形づくられた奥まった部屋・心・霊というものが、あらゆる病苦をも耐えさせてくださる。それは何という幸いであろうか。

4.祈りによって与えられる幸いについて、最後にイエス様は8節の「あなたがたの父は、願う前からあなたがたに必要なものをご存じなのだ」との言葉から教えておられる。
 「願う前から」という言葉が言わんとしているのは「私たちの願いを越えて」とか「願いの外に」とか、そのような意味なのではないかと私は受け止める。どれほどに言葉多く長々と祈ったとしても、神様はその願い通りには応えて下さらないことがしばしばである。しかし祈りをささげることによって天の父である神様は、私たちの願いを越えて私たちの必要をご存じであり、この祈りに応えて祈りへの報いとして必ずや私たちの必要を満たしてくださるのだと知るのである。私たちの祈りとしてあらわになる願い求めの背後に、隠されてしまっている本当の私たちの必要を知って、それを与えて下さるのである。
 よくそこで疑問として出されるのは「もし天の父が子である私たちの必要をご存じであるなら、もう私たちは祈り求める必要などないのではないか。黙っていても親は子の必要を満たしてくれるものではないか」との問いである。この問いについて、まず私が思うのは、天の父である神様は、子である私たちが神様に対して祈り願うのを求めておられるということである。それは私たちの親子関係を考えてみてもわかる。子どもが大きくなると、もうすっかり親に求め願うなどということがなくなってしまうので、親はとても寂しく思う。親は子に頼りにしてほしいし、相談もしてほしいと思うものである。天の父である神様もそうなのではなかろうか。
 そして、その願い求めに対して報いという形で応じるのである。なぜイエス様が繰り返し報いという言葉を使っているのか。イエス様は、祈りにおいてさえ報いということを言っておられる。祈りに対する報いなどとは決して口にしてはならないと私たちは思っているところがある。しかしイエス様は、堂々と祈りへの報いということを繰り返し教える。その心は、私たちの祈りには必ず天の父なる神様からの報いという応答があるということを教えたいためなのである。私たちの祈り求めが、その通りに叶えられるというのではない。しかし何の報いもないということはないのである。必ずや応答がある。祈りは無駄にはならない。祈りという営みが、そういう実りや報酬を生むということは、励みになり自信にもなるであろう。祈りという小さくて貧しい営みが、あたかも私たちが小さな種を蒔き育ててそれが、ある実りとなるように、必ずや手ごたえがあるものだと教えたいのである。そうして天の神様が与えてくださる報いは、私たちの「願いを越え」、「願いの外で上のものである。私にとっての祈りの始まりは、夫婦ゲンカが耐えなかった両親の、そのケンカがないようにとの毎夜の祈りだった。しかし自分が結婚をし夫婦となってみると、子どもが心配しているほど夫婦ゲンカは深刻なものではないのだとわかる。だから、私の幼い祈りは的外れのものだったのかもしれない。しかし神様は、その私の願いを越えて私に必要なものをご存じであり、その祈りに応えて報いを下さったと思う。あれほどケンカを繰り返した両親だったが、父が98歳になるまで夫婦であり続けることができた。また幼い頃の私の祈りの生活は、何よりも私の中にしっかりとした「奥まった自分の部屋」を作り上げて下さったのである。
 パウロは、何度となく肉体のトゲを取り去ってほしい、強くしてほしいと祈り願った。しかし、その願い通りの報いではなく「我が恵み汝に足れり」とのイエス様の言葉をいただいた。十字架の上で弱くなったイエス様の恵みを知り味わえることこそが、福音伝道者としてのパウロにとっての必要であり強さとなった。祈りによって神様が下さる幸い・報いを見いだしてゆきたいものだと思う。

聖書:新共同訳聖書「マタイによる福音書 6章 5~13節」  聖書朗読
06:05「祈るときにも、あなたがたは偽善者のようであってはならない。偽善者たちは、人に見てもらおうと、会堂や大通りの角に立って祈りたがる。はっきり言っておく。彼らは既に報いを受けている。 06:06だから、あなたが祈るときは、奥まった自分の部屋に入って戸を閉め、隠れたところにおられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父が報いてくださる。 06:07また、あなたがたが祈るときは、異邦人のようにくどくどと述べてはならない。異邦人は、言葉数が多ければ、聞き入れられると思い込んでいる。 06:08彼らのまねをしてはならない。あなたがたの父は、願う前から、あなたがたに必要なものをご存じなのだ。 06:09だから、こう祈りなさい。『天におられるわたしたちの父よ、御名が崇められますように。 06:10御国が来ますように。御心が行われますように、天におけるように地の上にも。 06:11わたしたちに必要な糧を今日与えてください。 06:12わたしたちの負い目を赦してください、わたしたちも自分に負い目のある人を赦しましたように。 06:13わたしたちを誘惑に遭わせず、悪い者から救ってください。』


2021/09/26 聖霊降臨節第19主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「神の家を人が建てるのか」 1.まだ少年だったダビデは、サウルの次に王となるべき者として預言者サムエルから油を注がれた。しかしその預言はなかなか実現しなかった。それどころかむしろサウル王は、ダビデの評判を妬み、激しく彼を憎むようになっていった。ダビデはサウル王から執拗に命を狙われ、長い間(それがどれ位の期間だったか定かではないが、10年以上は続いたのではなかろうか)逃亡者としてさまよわねばならなかったのである。しかし、そのサウルがとうとう死んでしまい、その後紆余曲折はあったが、とうとうダビデは全イスラエルの王となったのである。ダビデは、エブス人からエルサレムを奪ってそこを都とし、立派な王宮まで建てることができるようになった。それがまず7章1節に書かれている。「王は王宮に住むようになり・・・お与えになった」とある。
 するとダビデは、自分が立派な王宮に住んでいるのに、神の箱─十戒が刻まれた2枚の石の板が収められた特別な箱─が、粗末なテントに置かれていることが気になってきた。自分がレバノン杉で建てられた王宮に住んでいるように、神の箱をそれ以上立派な器に納めたいと思った。神の箱については例えば、イスラエル人が荒れ野を40年さまよったあげく、やっと約束の地パレスチナに入ろうとしたとき、わたるべきヨルダン川には雪解け水が渦巻いていた。祭司がその神の箱をかついでその川に足を踏み入れると、その激流がせき止められ人々は無事にその川を渡ることができた。そのような特別なものだったので、サムエル記(下)6章に描かれていたように、ダビデは喜び踊りながらそれを都エルサレムへと運び入れたのである。神の箱とは、神様が自分たちを特別に恵んでくださり助けてくださることの具体的なしるしである。難しい言葉で言えば「臨在のしるし」となるものである。ダビデは、そのようなものを粗末なテントに置いていることは、かたじけないと思ったのである。それは確かに、ダビデの敬虔な信仰から出たものであるには違いなかった。だからダビデのそばにいた預言者ナタンも「心にあることは何でも実行なさるがよいでしょう」と賛成したのである。

2.ところが、その日の夜に神様はナタンに現れて言葉を告げた。神の箱を収める建物を作ってはならないというのである。それは、そのようなものを神様は必要とはなさらないという言葉だった。神殿建築に神様からストップをかけられたことによってダビデは、それを実現することが出来ず、その営みはダビデの息子ソロモンが実現することとなった。そのように神殿建築はソロモンによって実現されはしたが、それにもかかわらず神殿を建てることへの言わば神様からのプロテストは、その後のイスラエル人の信仰の歴史に脈々と受け継がれてゆくこととなるのである。
 イザヤ書の66章1節において、預言者イザヤは次のように言っている。「主はこう言われる。天はわたしの王座、地はわが足台。あなたたちはどこにわたしのための神殿を建てうるか(なお、この言葉は、会堂建築の献堂式の際にしばしば朗読される)」。神様が神殿は不要だと言ったとの信仰は脈々と受け継がれていった。それは例えば、使徒言行録7章の最後に、エルサレム教会のギリシャ語を話すグループのリーダーであり、クリスチャン最初の殉教者だったステファノが、このイザヤの言葉を引用して、「神様が私たちと共におられることにおいて人の手の建てた神殿など不要だ」と訴えたことに現れている。この信仰を私たちクリスチャンは受け継いでおり、イエス様は人の手によらず神様が自ら建てた神殿なのだと信じているのである。
 この箇所読んで私がまず心引かれるのは、神様自身がダビデの企てに対して否を突き付けてくださったという点である。ダビデは晴れて全イスラエルを統一して、周囲の敵をすべて平定することのできた勢力隆々たる王様である。そして、神の箱のため、ひいては神様の栄光のために立派な建物を建てたいと思っていたのである。宗教的な指導者である預言者も賛成をした。その企てを一体だれが止めることなどできようか。神様の栄光のために王が立派な神殿を建てようとすることに誰も異を唱えることはできない。しかしそこに、それを止め、否を突き付ける神様がおられるのである。そのような神様がおられるということが、私たちにとって幸いだとつくづく思う。
 信仰には恐ろしい側面があると思う。牧師の私がそのようなことを口にするのはいかがなものかと思う。しかし牧師や誰かが教会における王様のようになって「それは神様の栄光のためだ」と声高に主張して、たとえば会堂建築のような事業がされることがある。神様がひきあいに出されるので、それに異を唱えることがどうしても難しくなってしまう。しかしそれが、実は本当の神様の御心ではないことがあるにもかかわらずである。これが信仰の恐ろしさなのである。だから、神様自身がそのことに対して否を突き付けてくださったことが幸いなのである。教会において神様を引き合いにだして何かが声高に主張されるとき、もしかしたら神様自身はそれにノーと言っておられるのではないかと考える余地が、私たちに与えられる。それを決して絶対ではないと思わせてくれるのである。
 イエス様が神殿で商売をしている人々をけちらしたとき、弟子たちは詩編69章10節の「あなたの家を思う熱意がわたしを食い尽くす」という御言葉を思い起こしたとあった。それは、ヨハネによる福音書の2章17節に記されてる。私たちが教会を思うがゆえの熱意は、しばしば神様自身を食い尽くすようなことがある。どんなに熱心であったとしても、その熱意は、ただ私たち人間の思いから出たものでしかなく、神様の御心とは違っていることがある。たとえダビデの企てであってもそうなのだから。この箇所は、まずそのことに気づかせて下さる。

3.さて、では一体なぜ神様は、一見すると称賛に値するようなダビデの企てに対し否を突き付けたのであろうか。ナタンを通して最初に神様が語ったのは5節の言葉だった。「あなたがわたしのために住むべき家を建てようと言うのか」とある。そこを読むと、ダビデの企ては彼自身が王宮を建てて住み「主は周囲の敵をすべて退けて彼に安らぎをお与えになった(1節後半)」ことを分かち難くつながっているのがわかる。
 ダビデは、周囲の敵を平定して安らぎ王様になって王宮に住むようになったことと神の箱を収めるふさわしい器を造ることとをダブらせて考えていた。自分が王になって王宮に住むようになった状況の中に、神様の住むべき家を建てたいと願っていた。神様の言葉の中に「住むべき家」とあるが、神様はそのような状況の中に「住むべき」だとダビデはまさに思っていたのであろう。ダビデの側が神様の住むところを限定し、神様を自分が建てた家のみに押し込めようとしていたのである。その心は、いつまでも神様に王となり王宮になり、すべての敵を平定して安らいでいる今の自分と共にいてほしいとの願いであった。そういう状態だけが、神様が自分と共にある臨在のあり方だと限定していたのである。
 一見すると、とても熱心で敬虔な姿にも見えることの奧底に、そうした傲慢さが潜んでいる。だからこそ、そのような人間の思いを神様が許すはずはないのである。イザヤが告げたように、天と地こそが神様の住まいなのである。その神様の住まいを、どうして人間の側が限定できようか。それも人間が「ここにいてほしい」と願うような状態に押し込めることなどできるであろうか。もっと言えば、もし神様が人間の建てた家に押し込められてしまうなら、それは人間のためにもならなくなる。なぜならダビデでさえ、いつまでも王として王宮に住めるわけではない。その状態の中に建てられた場所にのみ神様がおられるということになれば、その神殿がなくなったら神様もまたどこかへ行ってしまったということになる。人の建てた家がなくなった瞬間に、共にいてくださる神様をも見失ってしまうのである。

4.次に神様が言った言葉は「わたしは、・・・幕屋を住処として歩んできた。わたしはイスラエルの子らと常に共に歩んできた(6節・7節)」である。神様が何よりも考えておられたのは、イスラエル人を「導き上り」「常に共に歩む」ということである。それが「臨在」ということなのである。
 神様が導き上り、常に共にあろうとするイスラエルの子らは、「エジプト」で長く奴隷でありまた荒れ野をさまよっていた。そのような者たちと常に共にあろうとして神様自身が建てた家が天幕・幕屋だったと言うのである。それは粗末なテントであった。その中に十戒が刻まれた2枚の石の板が収められた箱が置かれた。なぜテントなのか。なぜ石の板なのか。それは、イスラエル人がその置かれた状態でやっとのことで得られた材料だったからである。荒れ野であれば、その辺のどこにでもころがっていた石の板だったからである。
 7節の最後には「なぜわたしのためにレバノン杉の家を建てないのか、と言ったことがあろうか。」とある。神様はエジプトで奴隷であり荒れ野をさまようしかなかったイスラエル人には到底建てられず、建てるとすると余りにも重い負担がかかるような家を求めなかったのである。彼らが容易く得られる材料をもって、しかも到底そのようなもでは神の家などとは考えられないような驚くべきものを、神様自身が自らの住まいとして建ててくださったのである。そのように、神様自身が私たちと共にあろうとして建ててくださる家─すなわち臨在の証したる住まい─は、粗末であり貧しく私たちには本当に思いがけないものなのである。それは決して私たちに負担をかけないものなのである。苦難の中に置かれた私たちをして、その私たちが必ず手に入れられる材料をもって建てさせて下さるのである。
 「こころの友」10月号の第1面に掲載されていた中村さんをご紹介させていただきたいと思う。中村さんには4人のお子さんがあり、そのうちの次女が末期ガンの宣告を21歳のときに受けたという。「神様、なぜですか」と何度も何度も問わずにはおられなかったそうである。留学先のアメリカで結婚し、4人の子どもを授かって、ダビデがそうであったように安らぎに満ちた生活だったに違いない。「いつまでもその状態に留まりたい、そこに神様のご臨在の場所を建てたい」という気持ちだった。しかし私たちは、いつまでも王として安らいで王宮に住み続けることはできないし、神様の住まいをそこに建てることは許されないのである。
 そして中村さんはこう続けている。「娘の闘病生活を通して私が教えられたのは、神様は私たちがどんな苦しみを通るときも共にいてくださること、そして神様がくださる恵みは、必ずしも私が望むことと一致するとは限らないけれど、それでも信頼するに足るものであるということでした。」と。神様は私たちと共にあろうとして下さる。それゆえに神様がその臨在の場所・神の家として神様自身が建てたものは、私たちが望むものとは違うのである。それは突き詰めると、中村さんの末期ガンになった娘さんにおいてのものなのであり、私たちの人生において最も粗末で貧しく惨めな姿においてなのである。神様は、そのような私たちの人生をもって神様の家を建ててくださる。何かほかのもの、私たちには到底手に入らないような、たとえば「レバノン杉を使え」とは神様は言わないのである。老いるならその老いてゆく姿をもって、病むのならその病む体をもって、死ぬのならその死にゆく姿をもって、その時々に移り行く私たちの人生の最も粗末で貧しいものをもって、神様自身が共にいて下さるための家を建てて下さるのである。それは必ずそうであり、しかしまことに思いがけない形で神様自身が家を建てて下さるのである。そのためにこそイエス様が人となって十字架で死んでくださったのである。それは私たちの粗末な体・人生を、神様自身が建てる家として下さるためである。中村さんの次女は、ガンの告知を受けてからわずか11カ月で召されたとのことである。その最後の言葉は、激しく吐血する中での「あなたたちを愛している」だったという。そこにはきっと神の家が建てられているのである。

聖書:新共同訳聖書「サムエル記(下) 7章 1~7節」  聖書朗読
07:01王は王宮に住むようになり、主は周囲の敵をすべて退けて彼に安らぎをお与えになった。 07:02王は預言者ナタンに言った。「見なさい。わたしはレバノン杉の家に住んでいるが、神の箱は天幕を張った中に置いたままだ。」 07:03ナタンは王に言った。「心にあることは何でも実行なさるとよいでしょう。主はあなたと共におられます。」 07:04しかし、その夜、ナタンに臨んだ主の言葉は次のとおりであった。 07:05「わたしの僕ダビデのもとに行って告げよ。主はこう言われる。あなたがわたしのために住むべき家を建てようというのか。 07:06わたしはイスラエルの子らをエジプトから導き上った日から今日に至るまで、家に住まず、天幕、すなわち幕屋を住みかとして歩んできた。 07:07わたしはイスラエルの子らと常に共に歩んできたが、その間、わたしの民イスラエルを牧するようにと命じたイスラエルの部族の一つにでも、なぜわたしのためにレバノン杉の家を建てないのか、と言ったことがあろうか。


2021/09/19 聖霊降臨節第18主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「満ち足りることを知る」 1.テモテの手紙(1)6章の7節「わたしたちは、何も持たずに世に生まれ、世を去るときには何も持って行くことができない」との言葉はとてもよく知られていると思う。特に心を傾けたいのは、6節の御言葉「信心は、満ち足りることを知る者には、大きな利得の道です」である。「信心」とは、原文のギリシャ語では「ユーセベイア」という言葉である。意味は「神様を恐れ敬う」だが、信仰/ピスティスと同じものとして考えてもよいと思う。少し回りくどい言い回しがされているが、要は信心・信仰が私たちに「満ち足りることを知る」という大きな利得・報い─それは御利益と言ってもよい─を与えてくださるということである。
 なぜ私が今日の敬老祝福日礼拝でその御言葉を読むように導かれたかと言えば、その「満ち足りる」ということにこそあるのだと我ながら思うのである。私自身が信仰によって満ち足りることを知りたい・得たいと切実に感じているからである。皆さんも同じではなかろうか。そのような特別な礼拝であるのに、緊急事態宣言のため、多くの人々が集まることができない。コロナ禍にあって私たちはどれほど満ち足りない思いを幾つも抱えているであろうか。新型コロナウイルスに感染しても入院できず、十分な治療が受けられないまま亡くなってしまう人々の報道が日々あり、そうした不安におののいている人々も沢山いる。しかしコロナ禍だけではない。私は7月に65歳の誕生日を迎えた。そしてついに介護保険証が届いた。これからますます様々なものを失い、マイナスを抱えてゆくことが多くなる。将来抱えることになるだろうところの大きなマイナスを思うと、現在持っているものなど本当にわずかに思えてしまう。どのようにしてそのわずかなもので満ち足りることができようか。そのような私自身なので、満ち足りることを知りたいと願っているのである。

2.そこで今日の御言葉が私たちにまず教えるのは、「満ち足りることを知るのは信心による」ということである。それは、神様を恐れ敬ってはじめて得る利得であり報いであり御利益だというのである。神様を恐れ敬うということがなければ、私たち人間は残念ながら満ち足りることなどできない存在なのであろう。7節に「持つ」ということが言われている。そのように、私たちが満ち足りることを得るのはひたすら自分が「持つ」ことによってなのである。私たちの満足は「私が持つ」ということに依存している。しかし7節が言うように、そもそも私たちは持つことができない存在としてこの世にあらしめられているのである。持つことができず、たとえ持っていても人生の最後にはすべてを失うしかない私たちなのである。悲しいかな、恐らく生き物の中で人間だけがそうしたすべてを失ってしまうことになるであろうところの将来の自分を思い描くことができる。そこに人間だけの悲惨さがある。だから、私たちには信心が不可欠なのである。もし信心というものがなければ、私たち人間は自分自身の悲惨さを見ることしかできない。しかし、神様を恐れ敬うことができれば、神様の視座に立って、その自分を見ることができるようになる。持つことができず、失うしかない自分にも全く違う何かがあることがわかってくる。それによって満ち足りることができるようになる。そういう御利益・報いをいただくのである。
 マタイによる福音書の6章のはじめに書かれていたイエス様の言葉により「私たちの施しや善行に対して神様が報いて下さる」ということを教えられた。その報いとは、何よりも天にあって隠れたところを見ていて下さる神様からの報いだと教えられて、私自身とても心がはずんだ。クリスチャンの多くが、報いとか御利益というものに対し潔癖すぎるほどに拒絶感を抱くことに対して、バークレーは「それはイエス様の教えたこととは違うよ。イエス様は神様からの報いということを何度も何度も教えてくださっている」と教えている。私は、神様の報いとはこの世では全く覆い隠されていて、全く評価されない取るに足りない私たちの貧しい働きを私たちの中で大きな宝のように輝かせてくださるものだと示された。その宝があることで私たちは励まされ支えられ満ち足りることができる。私自身、もうかれこれ20年以上も続けてきたある行いがあり、私自身そのことによって豊かに報いられてきたと感じるのである。この世では見向きもされず隠れていることが、神様によって報いられ宝物としていただけるのである。この世では見向きもされず隠されているとは、何かを持つということとは正反対のことなのかもしれない。しかし神様を恐れ敬う信心は、小さく些細な事によって私たちを満ち足らせてくださるのである。

3.さらに、信心によって与えられる「満ち足りる」ということについて、7節・8節は次のように教える。「なぜならば、わたしたちは何も持たずに世に生まれ、世を去るときには何も持って行くことができません。食べる物と着る物があれば、私たちはそれで満足すべきです」と。文章の字面だけを読むと、私たちの満足ということが「何も持たずに生まれ、また世を去る生涯であっても、食べる物と着る物があれば与えられるではないか、そこで満足すればよいではないか」というような教えのように受け取れる。しかし、決してそのような浅薄な意味ではないと思うのである。
 そこで言わんとされているのは、神様を恐れ敬うことによって、まず私たちは、私たちが何も持たずにこの世に生まれ、またこの世を去ってゆくということに神様の深い御旨・摂理というものを見いだせるようになるということである。それによって、何も持たないというありかたにこそ、逆説的に「食べる物」があり「着る物」があるのではないかと知るようになるのである。「食べる物」と訳された原語は「支えるもの」という意味であり、「着る物」とは「身を包むもの」という意味である。普通の意味での食べ物があり着る物があるということで満ち足りるということではなく、何も持たない状況にこそ実は神様が下さる支えや、くるむ物があると知るようになるのである。そのようにして何も持ち得ない状況においてこそ満ち足りるようになれるのである。
 では、私たちのそのようなありさまに、どのような神様の御心が秘められているのであろうか。私たちのこの世のありようは、何も持たないで生まれ、何も持たずに世を去るというはじめと終わりの2つの点によって直線が引かれている。その直線上を歩むべく定められている。確かにその2点の間の私たちありかたは、徐々に多くの物を持つようになり、「持つ」量の多さによって山なりの曲線が描かれるようではあろう。しかしたとえそうであっても、私たちの根源的なあり方というものは実は何も持たないという2つの点によって引かれた直線によって規定されているのではなかろうか。何も持たないということが私たちの本質ではないだろうか。そうなのだから、実は何も持たない者として生きるということにこそ私たちにとっての幸いがあり、与えられる食べ物や着る物があるのではないだろうか。持つということから食べ物や着物を得、満ち足りようとするからこそ、逆にそれらを失うことになるのではないだろうか。

4.神様が私たちをそのように造り、私たちにその直線を歩ませることによって得させようとする満足とはどのようなものなのか。何も持たないということによって与えられる食べ物・着物ということでまず示されるのは、先日のマタイによる福音書の5章を学びながら改めて教えられた点である。神様が私たちを「助けられる者」として造ったということである。それは創世記2章17節以下の御言葉である。神様がアダムに「人が独りでいるのは良くない。彼に合う助ける者を造ろう」と言ったことから、私は新しいメッセージを聞いた。私たちの「良さ」─それが私たちを満ち足らせてくれる─は、助けられることにこそある。
 新聞の書評欄を読んで心引かれて買い求めて読んだ本の中に、村上靖彦著「ケアとは何か─看護・福祉で大事なこと─(中公新書)』があった。そのまえがきの次のような文章に、私は心引かれて赤線を引いた。「ケアとは人間の本質そのものである。そもそも人間は自力では生存することができない未熟な状態で生まれてくる。つまり、ある意味で新生児は障害者や病人と同じ条件下に置かれる。さらに付け加えるなら、弱い存在であること、誰かに依存しなくては生きていけないということ、支援を必要とするということは人間の出発点であり、すべての人に共通する基本的な性質である。・・・ならば『独りでは生存することができない仲間を助ける生物』として、人間を定義することもできるのではないか。弱さを他の人が支えること。これが人間の条件であり、可能性であるともいえないだろうか」という箇所である。
 著者はわざわざ「独りでは・・・」という部分に、二重のかぎかっこを付けてあった。それは、もしかすれば先ほどの創世記の言葉をご存じだったからかもしれない。村上さんは、人間存在の根本定義を「仲間を助ける生物」としていて、さらにそこから進んで「助けを受ける・助けられる」存在だとは言ってはいない。けれども、こうして助けを受け助けるというところに「人間の可能性」というものを見ておられる点に私はとても心を打たれた。助けまた助けられるということに、決して私たちのネガティブさや惨めさを見るのではなく、むしろそこにこそ人間の可能性があるのではないかという視点は貴いと思う。持てないからこそ助けてもらわなくてはならない。しかし、その助けていただくという点にこそ、食べ物があり着物があるのではなかろうか。そこに不思議にも私たちを満ち足らせるものがあるのだと示される。

5.何も持たない中でこそ与えられる食べ物・着る物があるということで、ふと思い起こしたのは申命記の8章の御言葉である。神様はモーセを通してイスラエル人に、それまでの40年間の荒れ野での生活を思い起こさせ、その意義を悟らしめようとした。8章3節から4節に「主はあなたを苦しめ、飢えさせ、あなたもあなたの先祖も味わったことのないマナを食べさせられた。人はパンだけで生きるものではなく、人は主の口から出るすべての言葉によって生きることをあなたに知らせるためであった。その40年の間、あなたのまとう着物は古びず、足がはれることもなかった」とある。何も持つことができない中に置かれたからこそ、イスラエル人は神様が下さる「マナ」という不思議な食べ物をいただいたのである。また着物は古びず足がはれることもない経験をしたのである。何も持たない中に置かれて、私たちがいただく食べ物や着物とは、「マナ」という言葉に言い尽くされている。そこでこそ神様が下さる不思議を味わうのである。「これは一体何なのか」ということを体験するのである。
 過日発行された季報『つくば』の冒頭に、心理療法家の河合隼雄さんの『道草の必要性』という講演を紹介した。その講演の中では『明かりを消せ』という題で触れられていた。ある船が遭難してしまったときに、パニックになった船員たちはありったけの明かりを灯して行き先を見つけようとした。しかし、暗闇の中で身近で明かりをつけると、かえってまぶしくて何も見えなくなってしまう。そのような中で、ある人が「明かりを消せ」と叫んだ。半信半疑でそれに従ってすべての明かりを消すと、暗闇に慣れた目に向かうべき岸にともる明かりが見えたというのである。河合さんは、「困ったときにありったけの明かりをつけて何とかしようとする姿を、私のもとに相談にやってくる人々に見る」と言っていた。ところが解決策は、意外にも「明かりを消す」「闇の中にいる」ということから訪れてくる。闇の中に置かれてみたとき、なぜかその中に、あるいはその向こうに灯火がまたたいているのがわかる。そのようなことが、他のどんな人々にも増して、信心ある私たちに起きるのではないか。何も持つことができない闇の中に置かれたとき、不思議なマナや不思議な光が見いだされる。それまで食べたことのないマナが与えられ、くるむ物が与えられる。そのようにして満ち足りてゆきたいと思う。

聖書:新共同訳聖書「テモテへの手紙(1) 6章 6~8節」  聖書朗読
06:06もっとも、信心は、満ち足りることを知る者には、大きな利得の道です。 06:07なぜならば、わたしたちは、何も持たずに世に生まれ、世を去るときは何も持って行くことができないからです。 06:08食べる物と着る物があれば、わたしたちはそれで満足すべきです。


2021/09/12 聖霊降臨節第17主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「彼らも同じです」 1.「ある人々がエルサレムから下って来て・・・意見の対立と論争が生じた」と1節から2節前半にある。エルサレム教会が受けた迫害によって、かえってキリスト教の福音はエルサレムという地域やユダヤ人という民族の狭い枠を飛び越えて小アジアやギリシャ・ローマ人、さらにはアフリカの人々にまで伝わってゆくことになった。シリアのアンティオキアには第二の教会ができ、その信者は世界ではじめてクリスチャンと呼ばれるようになった。しかしそのことによって、教会は大きな対立の火種を抱えることにもなったのである。新たに信者となった人々は、もともとのユダヤ人ではなかったため、生まれて一度も律法の行いをしたことがなく、割礼を受けたことも安息日を守ったこともなかったのである。そのような人がクリスチャンとなり教会に加わってくることなど、律法を先祖代々守ってきたユダヤ人には考えもつかないことだったのである。そこで「ある人々」がわざわざエルサレムからアンティオキアにやってきて「モーセの慣習に従って割礼を受けなければ、あなたがたは救われない」と教えたというのである。問題を解決すべくエルサレムに上ったパウロとバルナバに対し、ファリサイ派から信者になった人々は「異邦人にも割礼を受けさせて、モーセの律法を守るように命じるべきだ」と語ったと5節にある。
 11章にも同じようなことが書かれていた。割礼を受けている者たちは、ローマの軍人だったコルネリウスがペトロから洗礼を受けて教会に加わったと聞いて、おりしもエルサレム教会にやってきていたペトロを非難した。そのときの騒動も、今日の15章と同様に、ペトロがコルネリウス受洗の経緯を語ることで静まった(11章18節)。しかし律法の行いや割礼を受けることの問題は、初代教会にとって非常に深刻で簡単には解決できない事柄だったのである。事と次第によっては教会が分裂してしまうかもしれないような問題だった。その問題を初代教会がどのようにして乗り越えて分裂の危機を回避していったのであろうか。

2.11章でも触れたが、なぜユダヤ人の人々がそれほどまでに律法の行いや割礼を受けることを、なくてはならないものとしたのか。イスラエル人は、それまでの歩みにおいて幾度も祖国を失い奴隷や捕虜状態に置かれてきた。そうした境遇に置かれてしまった民族は、民族としてのアイデンティティを失い歴史の中に埋もれてしまっても当然だった。そのような民族はいくつもあったであろう。ところがイスラエル人はそうではなかった。むしろそのような境遇の中でこそ民族としてのアイデンティティを深め強めていった。それをなさしめたものこそ、律法の行いであり安息日を守り割礼を受けることだった。そうすることによって、たとえ王や支配者の支配を受けたとしても、自分たちは神様とつながり神様に導かれて生きられるのだと信じ得たのである。
 日常生活における具体的な行いや生き方が神様とつながっていることのよりどころになるというのは、イスラムの人々も同じなのだろうと思う。かつて次のようなことを紹介した。ある雨の降る夕方に、牧師館のすぐわきの駐車場で何人かの若い男性たちが雨が降っていたにもかかわらず濡れた地面に敷物を敷いて西の方角に向かって拝礼をし始めたのを見た。遠く祖国から離れた日本で、かつてのイスラエル人ほどではないにしても、辛い生活を強いられておられる人々だったのであろう。そうであればこそ、一日何度も欠かすことのない拝礼によって神様とのつながりを感じ励まされて生きておられるのであろう。イスラエルの人々にとっても律法の行いとは、そのようなものである。10節でペトロは「先祖もわたしたちも負いきれなかった軛」と言っている。しかし決してイスラエル人もイスラムの人々も、そうは思ってはいないであろう。しかしそれはギリシャやローマ人、そして私達にとっては軛(くびき)でしかない。

3.そのように、律法の行いや割礼を受けるということが、長い間なくてはならないものになってきたという歴史がある。それは1節や5節にあるように「ある人々」や「ファリサイ派から信者になった人」からの「割礼を受けなければ救われない」「律法を守るよう命じるべき」との強い主張になってしまったのである。
 聖書に最初に割礼のことが出てくるのは創世記17章10節以下である。11節には「(割礼が)わたしとあなたたちとの契約のしるしとなる」とある。神様と私達との「契約」が神様と私達との結び付きということである。しかし割礼は、あくまでその契約の「しるし」なのである。もっと分かりやすくいえば「契約のしるし」としての「契約書」である。私達の感覚としては、契約書が取り交わされてはじめて契約が成立したように思うかもしれない。しかし実はそうではない。契約というものは、契約書がなくとも口約束だけで成立する。そのように神様とアブラハム、そして私達との契約は、私達が神様を信じ何よりもイエス様を信じた段階で成立するのである。
 ペトロはそれを11節で「主イエスの恵みによって」と語っている。それはペトロの実感として「本来は到底神様と結び付けてなどいただけない私が、イエス様の恵みによってそうしていただけた」という思いからの言葉である。イエス様を3度も否定してしまった自分を復活したイエス様が自分たちに現れて関係を回復してくださり、それによってこそ神様と自分たちとの結び付きも回復したとペトロはとらえていた。そうしたことが「主イエスの恵みに救われる」という言葉に現れているのである。
 キリスト教信仰の根本には、そうした原理原則があり、「ある人々」やファリサイ派だった人々もイエス様を信じるがゆえの恵みによって救われたのに、彼らは「割礼を受けなれば救われない」と主張してしまったのである。契約のしるしでしかないものが、いつのまにか契約成立の絶対的要件そのものに成り代わってしまったのである。契約成立において、つきつめていえば枝葉でしかないものが、幹そのものに成り代わってしまい、「そうでなければ救われない」「そうすべきである」と輛として科せられてしまう。それが教会において意見の対立や論争を招き、本来一つである教会の一致を危うくし、教会を分裂の危機に陥れてしまうのである。そういうことがしばしば私達の教会の歴史にも起きてきたのだと思う。

4.宗教改革を機に、私達プロテスタント教会はカトリック教会から別れ、さらにプロテスタント教会は数え切れないほどの教派に別れてしまいまった。日本では私達日本キリスト教団は最も大きなひとつの教派教会だが、内部では深刻な対立や論争の火種を抱えている。その最も大きなものが、洗礼を受けておられない人々にも聖餐を受けていただくという問題である。その対立を巡っては、ある人々はもう教団を割った方がよいとさえ主張している。しかし私は、ひとつなる教会(公同の教会)として合同教会であることに大事な意味を見いだしている。いかにして私達は救われるのかという信仰の根幹にかかわる点での意見の対立・論争があったにもかかわらず、教会は必死になって分裂を避け、ひとつなる・公同の教会であろうとしてきた。
 プロテスタント教会がカトリック教会から別れたのは、多分に「主イエスの恵みによって救われる」という信仰の根幹にかかわる理由からだったと言ってよいかもしれない。当時のカトリック教会は、勿論割礼を受けなければとか律法の行いをしなければとは教えてはいないが、たとえば礼拝堂を建てるために発行したお札を購入させ、それが巡礼という善行を積む代わりになると教えて、どこかで人間の側の行いによって救われると教えていたのである。だからルターは、主イエスの恵みによって救われるという信仰に立たざるを得なかったのである。しかしその後に、たとえばルター派とカルバン派が別れ、またバプテスト派が別れ、メゾジスト派が別れていったのは、決して「主イエスの恵みによって救われる」という信仰の根幹にかかわることにおいてではなかったのではなかろうか。主イエスの恵みによって救われるという点では何ら違いがない。にもかかわらず分裂を繰り返てきた。それは、根幹にかかわることでないことが、さも根幹にかかわることのように声高に主張され、それが誰かにとっては背負い切れない範となり、分裂するしかなくなったのである。

5.さて、初代教会はその深刻な危機に際してどのように対処したのか。「そのようなことで意見の対立や論争が生じるならいっそのこと別れてしまった方がよい」としたであろうか。いや、そうではなかったのである。なんとかしてひとつなる教会─公同の教会─であり続けようとしたのである。最初の教会がそのようにしようとしたからこそ、私達も必死になって公同の教会を保とうとするのである。
 教会がその対立を乗り越えようとした対処の第一は、まず信徒の代表たるペトロが立って語ったのである。人々はそれを聞いて12節にあるように「全会衆は静かになり」となったのである。勿論ペトロの言葉は、6節にあるように事前にその問題について皆が集まり協議し議論を重ねたゆえのものであり、ペトロが勝手に個人的に語ったものではなかった。ペトロは自らを「神はあなたがたの間でわたしをお選びになった」と言った。信徒のリーダーとして神様が彼を選んだのである。そのことに立ってのスピーチであった。信徒の代表として神様によって選ばれたペトロの言葉を人々は受け入れたのである。まずそこに、教会が様々な意見の対立や違いがあってもひとつなる公同の教会であり続けてゆく秘訣があると教えられる。カトリック教会が今日まで分裂が回避されているのも、ペトロの後継者としてのローマ教皇を神様によって選ばれた者として受容しているからかもしれない。
 第二には、そのペトロは何よりもただただ繰り返し「神が」ということを語ったということである。先日新聞に、ある評論家の死に際して、「理論・ドグマは決して事実を越えない」というような言葉があった。ペトロは、「人は主の恵みによって救われるのか、それとも律法の行いや割礼によって救われるのか」という信仰の理論・ドグマを語るのではなく、ひたすら神様がなされた救いの事実を語った。それは、11章の論争解決の際にもそうだったが、ローマの軍人コルネリウスが救われた事実である。8節・9節で語られているのはそのことである。ペトロの前に、ユダヤ人には決して食べてはいけないと教えられてきた汚れた食べ物が入ったかごが天から釣り降ろされた。そして神様はそれを食べよと言う。ペトロが「そのような物は食べられません」と言うと、神様は「神が清めた物を人が清くないなどと言ってはならない」と言うのである。そのような押し問答が何度も繰り返されたとき、おりしもやはり幻を見せられてペトロのもとに行くようにと言われたコルネリウスの使いがやってきた。それは、決してペトロひとりの幻覚でも何でもない、明らかに神様ご自身の御心による導きだったのである。神様は律法の「り」の字も知らないローマの軍人を受け入れ、何の差別もなさらなかった。神の御業における事実が大事なのである。
すべての人にとってのより所となる事実─神様が私達をどのようにして救おうとするかという事実─は、最後にペトロが語った「主イエスの恵みによって救われる」という事実だった。イエス様を3度も否定してしまった自分たちを、それにもかかわらず、その十字架の死を乗り越えて復活したイエス様が現れて、その恵みによって再びイエス様自身に引き寄せ結び付け、それによってこそ再び神様につながれたのだという事実なのである。
 そうした神様がイエス様においてなして下さった事実のみが私達を一致させ、ひとつなる公同の教会を維持させ、幾多の対立や論争を乗り越えさせる。興味深いのは、ペトロはひとことも割礼についてネガティブな事は口にしなかった点である。論争となっているのはそこなのだから、「私達が救われるのは主イエスの恵みにのみによるのであって、律法の行いや割礼によるのではない。それは不要だ」と言ってもよかったはずである。おそらくパウロならばそう言ったかもしれない。しかしペトロはそうは言わなかった。たとえ信仰の根幹にかかわることであっても、相手が大事だと思っていることについてネガティブなことは言わなかった。それをしたら、それは相手の立つ瀬を奪うことだからである。「いらない」と言われてしまうと腹が立ち、絶対に必要だと主張してしまうようになる。
 最初から、いかに救われるのかという根幹の問題であっても、ぶつかってしまうのが教会なのだった。ましてや枝葉の問題においては、いわずもがなだったのであろう。意見の対立や論争が生じてしまうことでがっかりしてはならないのである。「そのようなことであれば別々になった方がよい」などと簡単にあきらめてしまってはならない。違いばかりを主張し攻撃しあうのではなく、神様がなしてくださったイエス様における救いの事実というただ一点一致できるところに立つべきなのである。それが教会形成の秘訣だと教えられる。

聖書:新共同訳聖書「使徒言行録 15章 1~21節」  聖書朗読
15:01ある人々がユダヤから下って来て、「モーセの慣習に従って割礼を受けなければ、あなたがたは救われない」と兄弟たちに教えていた。 15:02それで、パウロやバルナバとその人たちとの間に、激しい意見の対立と論争が生じた。この件について使徒や長老たちと協議するために、パウロとバルナバ、そのほか数名の者がエルサレムへ上ることに決まった。 15:03さて、一行は教会の人々から送り出されて、フェニキアとサマリア地方を通り、道すがら、兄弟たちに異邦人が改宗した次第を詳しく伝え、皆を大いに喜ばせた。 15:04エルサレムに到着すると、彼らは教会の人々、使徒たち、長老たちに歓迎され、神が自分たちと共にいて行われたことを、ことごとく報告した。 15:05ところが、ファリサイ派から信者になった人が数名立って、「異邦人にも割礼を受けさせて、モーセの律法を守るように命じるべきだ」と言った。 15:06そこで、使徒たちと長老たちは、この問題について協議するために集まった。 15:07議論を重ねた後、ペトロが立って彼らに言った。「兄弟たち、ご存じのとおり、ずっと以前に、神はあなたがたの間でわたしをお選びになりました。それは、異邦人が、わたしの口から福音の言葉を聞いて信じるようになるためです。 15:08人の心をお見通しになる神は、わたしたちに与えてくださったように異邦人にも聖霊を与えて、彼らをも受け入れられたことを証明なさったのです。 15:09また、彼らの心を信仰によって清め、わたしたちと彼らとの間に何の差別をもなさいませんでした。 15:10それなのに、なぜ今あなたがたは、先祖もわたしたちも負いきれなかった軛を、あの弟子たちの首に懸けて、神を試みようとするのですか。 15:11わたしたちは、主イエスの恵みによって救われると信じているのですが、これは、彼ら異邦人も同じことです。」 15:12すると全会衆は静かになり、バルナバとパウロが、自分たちを通して神が異邦人の間で行われた、あらゆるしるしと不思議な業について話すのを聞いていた。 15:13二人が話を終えると、ヤコブが答えた。「兄弟たち、聞いてください。 15:14神が初めに心を配られ、異邦人の中から御自分の名を信じる民を選び出そうとなさった次第については、シメオンが話してくれました。 15:15預言者たちの言ったことも、これと一致しています。次のように書いてあるとおりです。 15:16『「その後、わたしは戻って来て、倒れたダビデの幕屋を建て直す。その破壊された所を建て直して、元どおりにする。 15:17-18 それは、人々のうちの残った者や、わたしの名で呼ばれる異邦人が皆、主を求めるようになるためだ。」昔から知らされていたことを行う主は、こう言われる。』 15:18 15:19それで、わたしはこう判断します。神に立ち帰る異邦人を悩ませてはなりません。 15:20ただ、偶像に供えて汚れた肉と、みだらな行いと、絞め殺した動物の肉と、血とを避けるようにと、手紙を書くべきです。 15:21モーセの律法は、昔からどの町にも告げ知らせる人がいて、安息日ごとに会堂で読まれているからです。」


2021/09/05 聖霊降臨節第16主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「施しをするときには」 1.いささか不十分だったと思うが、とても難解だった5章の御言葉の学びを終えた。6章へと進んでゆく前に、少しそれまでの流れをおさらいしておきたいと思う。「山上の説教」と言われる教えの冒頭でイエス様は、心の貧しい人や悲しむ人は幸いであると言い、悲しみや苦しみに満ちたこの世界においても私たちは8つもの幸いを見いだすことができると約束して下さった。だから、それ以後に語られてゆく7章までのイエス様のすべての言葉は、私たちがこの世で幸いを見いだすための処方箋のようなものとして語られたと考えてよいのではなかろうか。
 5章21節以降にあげられていた6つの律法・戒めは、イスラエル人が先祖代々神様からの幸いをいただくための有効な処方箋として守ってきたものだった。しかしイエス様に言わせると、むしろ逆の働きをしてしまっていたとのことだった。イエス様は「しかしわたしは言っておく」との言葉以降に、新しい生活の指針を授けた。私たちが6章以下において教えられてゆくのも、そうした生活の具体的指針というべきものと考えてよいように思う。
 6章においては、4つの具体的生活指針が上げられている。第一には善行(わかりやすく言えば貯金であろうか)である。5章においての、先祖代々からイスラエル人が守ってきた6つの律法・戒めと同様におそらくはその4つは、彼らにとっての信仰に根ざされた日常生活の基本的柱といってよいものではなかったか。ところが、先の6つの律法に従う生活がそうであったように、その4本柱の生活も、人々からかえって幸いを奪い重荷を負わせるようなものになってしまっていたのだと思うのである。だからイエス様は、言葉としては5章でのように「しかしわたしは言っておく」とは言わずに、この4本柱の日々の行いが本当に人々に幸いをもたらすものとなってほしいと考えて6章以下の御言葉を語ったのであろう。

2.そこでイエス様が、最初に取り上げられる具体的な生活指針は、「善行をし、施しをする」ということである。私はまず、私たちの具体的な生活指針の最もはじめにそのことがあげられているという点に心を引き寄せられる。
 イエス様の言葉から、イエス様はどちらかと言うと善行をし、施しをすることに否定的なのではないかと受け取ってしまうのではないかと感じる。イエス様は、人前や人目につくような形で善行をするなと言った。そもそも善行や施しを人前で行わないとか、右の手のすることを左手に見られないほどに人目につかないようにするとか、そのようなことは、ほぼ不可能ではないかと思う。イエス様の言葉を文字通りにしようとしたら、そもそも善行をなしたり施しをしたりということはできなくなってしまうのではなかろうか。そこで私たちは、今日の御言葉を読んで、「イエス様は、善行や施しをすることに否定的なのではなかろうか」と感じてしまうのだと思う。今日の御言葉の中に、偽善者という言葉があった。おおよそ私たちは、特に日本人は、偽善ということを嫌うが余りに、人に見られてしまうチャリティとか慈善行為を遠ざけすぎてしまうということがあるのではなかろうか。しかしイエス様は、それが見てもらおうとするためではなく、また人から褒められるためのものでないのなら、むしろ大いに善行や施しをすることを褒めておられるのではなかろうか。私たちが、苦しみや悲しみの満ちたこの世で、なおも幸いを見いだすためになくてはならない大切な生活の指針として、もっとも初めに勧めてくださっているのではないだろうか。
 私はもうかれこれ20年以上も、近隣のゴミ拾いを続けている。それは勿論見られるためでもなく、人から褒められるためでもなく、最初は郡山で飼い犬の散歩しながら、いつも通る道が汚いのがいやだからという、ごくごく自己中心的な理由からだった。それが今でも続いている。それまで汚かった場所が、ほんの小さな行いで見違えるようにきれいになるという達成感がある。根っこにあるのは、そのような理由であり自己満足と言ってよいように思う。当然、私がゴミ拾いをしている姿は人前でなされるものではあるので、それを見たある人はそれこそ偽善だと言うかも知れない。
 では、そのようなことはすべきではないのであろうか。偽善的な行為でしかないのであろうか。いや私はそうは思わない。私自身、そのような私の行為からいただいてきた神様からの報いというものがしっかりとある。たとえ自己中心的な理由からのものであり、また人目にふれるものではあっても、それはイエス様が勧めてくださったところの施しだと思うのである。それはゴミを拾うという行為を地域に施し、ゴミが拾われる前には存在しなかったささやかな美しさを道行く人に施すことだと思うのである。イエス様は、そのような善行を私たちが幸いを見いだすための第一の生活指針にあげてくださっているのである。それが祈りよりも先にあげられていることに、私は驚きを感じた。沢山のお金を施すのではない。私が行っているようなゴミ拾いは、たかが一日30分にもならない行為であろう。本当に粗末な貧しい施しである。しかし、それはとても貴いものだとイエス様は教えて下さっているのではなかろうか。

3.残念ながら、そうした貴い行いが、イエス様の時代社会においては人々に幸いを与えるものではなくなっていたのである。いつの時代でも、善行や施しがしばしば私たちに幸いをもたらすものではないものになってしまう危険がある。その理由は、今日のイエス様の言葉によれば、それが人に見てもらおうとして、また偽善者が人からほめられようとして会堂や街角でするようなものになっていたからである。イエス様は繰り返しそうした行為について言っている。「天の父のもとで報いをいただけない」「既に報いを受けてしまっている」と。
 もし私がゴミ拾いを、人から見られ褒められるためになしてきたのなら、それは義務として私に科せられるものとなったであろう。それをやらないと人からほめられず、なぜやらないのかという責めを感じてしまう。人から見られ褒められようとする善行は、必ずそういうものになってしまう。善行や施しを行うことには、常にそうした危険を伴うのである。だから、それが人からの報いを得るものとならないように重々注意しなければならないのである。そういうことで言うなら、私のゴミ拾いを、ただ自分が汚い道を歩きたくないとか、汚かった道がきれいになったという自己満足的な達成感から続けてきたことには、逆に意味があったと思うのである。
 イエス様は、その報いが人からのものであるような善行や施しに注意するようにと教えたのである。しかしそれは逆に、人からのものではない神様からの報いを与えられるような善行は、大いに勧めておられるということである。そこで着目したいのは、イエス様が善行に対しての報いということを何度も語っている点である。善行に対しての報いが語られることに多くの人は反感を覚えるようである。聖書注解者のバークレーは、次のようなことを言っている。「クリスチャンは報酬を当てにしてはならない、と言われている。・・・報酬を得るというような考えは、クリスチャンの生活から取り去られなければならないと考えられている。・・・この見解は一見してまことに立派であり崇高であるように思われる。しかしそれはイエスの見解と異なるものである。すでに学んだように、イエスはこの箇所で三回報酬について語っておられる。イエスが報酬について教えているのは、ここだけではない」と。そのように語って、イエス様が勧めておられる報酬はいかなるものかについて解説を加えている。
 また、以前にも紹介したことのある井上良雄牧師は、説教の中で、ドイツの有名な神学者のティーリケの次のような逸話を取り上げている。ティーリケが病気のためにある病院に入院していたとき、もう20年来も率先して、他の人たちがやりたがらない夜勤を引き受けていたひとりの看護師がいたという。ティーリケは彼女に、そのような奉仕のエネルギーをどこから得ているかを尋ねた。すると彼女は、顔を輝かせながら次のように答えたという。「私は、深夜勤務をする度ごとに、神様からいただく天の冠の宝石が、一つずつ増えてゆくような気がします。この20年の務めの中で、もう数千数百の宝石をいただいています」と。それを聞いてティーリケは、彼女に対する感謝の思いがいちどきに消えてしまうような気持ちがしたというのである。「それ以来私は、彼女が私を着護する用意を始めると、この人はちょうど空気を通して物を見るように、私という人間を通過して物を見ている(わたしを見てくれているのではなく)天の冠に釘付けになって、その輝きを楽しんでいるのだと考えた」と。井上先生も、その看護師について、神様からの報いを「いざという時にはいつでも引き出すことのできる銀行預金のようなもの」と思い違いをしていたと断じておられた。しかし私はティーリケも井上先生も、その看護師の行為について彼女自身の喜びなどあってはならないと、とても厳しすぎることを求めていると思うのである。彼女が求め喜びとしているのは、人からの報いではない。人がくれる宝石ではなく、神様が下さる目に見えない宝石を励みにして大変な夜勤をずっと引き受けられたということは、本当にすばらしいことではないだろうか。

4.さて、人からの報いではなく神様が与えてくださる報いについてイエス様は、それが天の父のもとでの報いであり、隠れたことを見ておられる父からの報いだと重ねて教えている。私たちが善行や施しから受ける報いとはそのような報いなのである。  それはまず天からの報いである。その報いには、天与のものがある。その地にはない天の広さ・高さを私たちに感じさせ、天に向かって私たちを引き上げ飛び上がらせてくださるものがある。私たちが地上においてなす小さく貧しい行いが、天与の報いをいただくことで私たちの中でとても大きな宝となってゆくということがある。わたし自身が、ずっとゴミ拾いを通して与えられてきた喜びもそういうものだと感じる。
 もうひとつイエス様が言うのが、隠れたことを見ておられる父が下さる報いについてである。私は改めてこの言葉にとても心引かれる。隠れたことを見ておられる神様からの報いとは、私たちがこの世の歩みにおいて隠され覆われ、気づかずにいる喜びや幸いを見いださせてくださることだと思う。この世の営みにおいては、ゴミ拾いなどという汚く馬鹿げているように見える行為など全く隠され覆われてしまっている。そのようなものは何の役にも立たないと誰もが思っている。善行とか施しとか、それらは突き詰めると、そういう行為のことなのではなかろうか。この世においては無駄とされ何の役にも立たないとされているような隠されて覆われてしまっている行為や生き方である。しかしイエス様は、天の父である神様は、そうした生き方や行為こそを見てくださっているというのである。
 私たちのこの世の生き方は、ひたすら目に見え周囲の人々によって褒められることをなそうとする動機や思いに満ちている。おおよそ「隠れていること」とは正反対のことによって縛られ支配されてしまっている。それが私たちから幸いを奪うのである。ところが、人目には見えるとしても、しかしその価値というものは「隠されている」ような、目に見える価値としでは無駄であるような、そういう善行や施しをすることにおいて神様はそれに報いてくださるのである。その報いとは、私たちが隠されていることを喜びとし励まされ、支えられるということなのである。知らず知らずの内に私は、「隠されている」善行や施しをすることにおいて実は支えられてきたのである。そのような報いが与えられてきたのである。

聖書:新共同訳聖書「マタイによる福音書 6章 1~4節」  聖書朗読
06:01「見てもらおうとして、人の前で善行をしないように注意しなさい。さもないと、あなたがたの天の父のもとで報いをいただけないことになる。 06:02だから、あなたは施しをするときには、偽善者たちが人からほめられようと会堂や街角でするように、自分の前でラッパを吹き鳴らしてはならない。はっきりあなたがたに言っておく。彼らは既に報いを受けている。 06:03施しをするときは、右の手のすることを左の手に知らせてはならない。 06:04あなたの施しを人目につかせないためである。そうすれば、隠れたことを見ておられる父が、あなたに報いてくださる。」


2021/08/29 聖霊降臨節第15主日礼拝

礼拝メッセージ:清野 量 神学生「虹の契約」  要旨の掲載はありません

聖書:新共同訳聖書「創世記 9章 8~17節」  聖書朗読
09:08神はノアと彼の息子たちに言われた。 09:09「わたしは、あなたたちと、そして後に続く子孫と、契約を立てる。 09:10あなたたちと共にいるすべての生き物、またあなたたちと共にいる鳥や家畜や地のすべての獣など、箱舟から出たすべてのもののみならず、地のすべての獣と契約を立てる。 09:11わたしがあなたたちと契約を立てたならば、二度と洪水によって肉なるものがことごとく滅ぼされることはなく、洪水が起こって地を滅ぼすことも決してない。」 09:12更に神は言われた。「あなたたちならびにあなたたちと共にいるすべての生き物と、代々とこしえにわたしが立てる契約のしるしはこれである。 09:13すなわち、わたしは雲の中にわたしの虹を置く。これはわたしと大地の間に立てた契約のしるしとなる。 09:14わたしが地の上に雲を湧き起こらせ、雲の中に虹が現れると、 09:15わたしは、わたしとあなたたちならびにすべての生き物、すべて肉なるものとの間に立てた契約に心を留める。水が洪水となって、肉なるものをすべて滅ぼすことは決してない。 09:16雲の中に虹が現れると、わたしはそれを見て、神と地上のすべての生き物、すべて肉なるものとの間に立てた永遠の契約に心を留める。」 09:17神はノアに言われた。「これが、わたしと地上のすべて肉なるものとの間に立てた契約のしるしである。」


2021/08/22 聖霊降臨節第14主日礼拝

礼拝メッセージ:坂井 悠佳 教師「命のあるところ」  私たちは、日曜日に教会に集まって、あるいは最近では、インターネットを通して礼拝をしている。平日に仕事や学校、その他の務めがある人も多いであろう。そうした中で、日曜日に教会堂へと足を運ぶ、あるいは教会に思いを寄せる。そのように、私たちの日々の歩みの中には、教会がある。教会に思いを向けずに一週間を歩むということは、恐らくないものと思う。特に、新型コロナウィルス感染症拡大の状況で、外出が難しくなり、教会に足を運ぶこと、教会に集まることがなかなか出来なくなっているからこそ、より一層、教会への思いを強くお持ちの方も多いだろうと思う。私たちは、教会にひかれ、教会に思いを向け、可能であれば足を運ぶ。私たちの一週間の歩みの中で、教会というものは、確かに場所を持っている。
 「教会」と当たり前のように申し上げてきたが、改めて教会とは何なのであろうか。教会とは、建物のことではない。私たちが教会なのである。私たちは、神様に一人ひとり名前を呼ばれて、集められてきた。神様に呼ばれて集められた私たちが教会である。教会と聞くとき、建物よりもむしろその教会の教会員一人ひとりのことが思い浮かぶという方も多いことと思う。そのように神様に集められた一人ひとりが教会なのである。教会には何があるのか。神様に集められた一人ひとりであることには、どんな意味があるのか。私たちが教会へと足を運び、あるいは思いを寄せることを続けているのはなぜなのか。

2.今朝与えられたヨハネの手紙の御言葉、その最初には、「初めからあったもの」、「わたしたちが聞いたもの」、「目で見たもの」、「よく見て、手で触れたもの」、と何度もこの手紙が伝えたい「もの」が繰り返されている。「初めからあったもの」「私たちが聞いたもの」「目で見たもの」「よく見て、手で触れたもの」、それは1節の終わりでは、「命の言」であると言われている。2節では、さらに「命の言」についての説明が続く。「命の言」は、「御父と共にあった」。その「命の言」が「わたしたちに現れた」。そして、「命の言」は「永遠の命」である、と。「命の言」「永遠の命」とは、私たちの主イエス・キリストのことである。ヨハネの手紙が伝えるのは、そのイエス・キリストの姿である。
 「わたしたちが聞いたもの」、「目で見たもの」、「手で触れたもの」。イエス・キリストについて、この手紙は、このように言う。神の御子、さらには神様そのものであられるイエス・キリストを、私たちは、聞いて、見て、さらに手で触れることができるのだと言っている。イエス・キリストをよく見た、イエス・キリストに手で触れた。そんなことが何故できるのか。それは、イエス・キリストが、「わたしたちに現れ」たからである。神の御子、イエス・キリストについて、私たちが聞いて、見て、触れることができる。それは、御子が、私たちが聞いて、見て、触れることのできる存在となられた、つまり、私たちと同じ人間となられたからである。だから、イエス・キリストが、「わたしたちに現れた」とは、神の御子、イエス・キリストが人としてこの世界に来てくださったことを指す。
 ヨハネの手紙は、御子イエス・キリストが人となられた、このことを強調する。人となられた神の御子、イエス・キリストの姿、人としてのお姿を語る。人となられたイエス・キリストの姿を、わたしたちと同じところにまで低くなって、降ってきてくださった姿を伝える。私たちと同じ人間になられたから、見て、聞いて、触れることができる。イエス・キリストの姿を目で見て、その声を耳で聞いて、さらにはその体に触れることもできる。
 神の御子であられるイエス・キリストが人となってくださった。わたしたちが見て、聞いて、触れることができるほどにまで、私たちと同じ人間になってくださった。イエス・キリストをこの目で見て、この耳で聞いて、この手で触れることができている。イエス・キリストは、私たちと同じ人間になってくださった。ヨハネの手紙は、まずこのことを伝えている。私たちと同じ、人の姿になられた。
 それは神の御子であるとは分からないほどの出来事であった。神の御子が人となられたということは、誰の目にも、誰の耳にも明らかなことではなかった。クリスマスの日、人となって生まれてくださったイエス・キリストは、飼葉桶に寝かされた。宿屋にも泊まれず、飼葉桶に寝かされるしかなかった、この赤ん坊が神の御子である。そんなことを誰も思わなかったであろう。
 神の御子が人となられるとは、一体誰が想像できたであろうか。そんな誰も思わなかったこと、あり得ないようなことが起きた。神の御子が人となられたことは、イエス・キリストと直接会い、触れ、見て、聞いた、一部の人にしか分からなかった。イエス・キリストの誕生を天使たちが伝えたから、羊飼いたちはイエス・キリストを礼拝しに来ることができた。星に導かれたから、博士たちはイエス・キリストのもとへとたどり着くことができた。イエス・キリストが神の御子である、神様そのものであるお方である、そのことを見て、聞いて、触れて、知らされたからこそ、この手紙は、このことを伝えるのである。神の御子が人となられたことを伝えるのである。

3.神の御子、イエス・キリストは人となられた。イエス・キリストが私たちと同じところにまで低くなられて、降ってきてくださった。イエス・キリストは、私たちと同じ人間として、私たちが見て、聞いて、触れることのできる人間として歩んでくださった。そのような歩みをなしてくださったイエス・キリストについて、この手紙は、1~2節で、「命の言」「永遠の命」と言っていた。イエス・キリストを見る、聞く、触れるは、つまり、イエス・キリストに出会うということである。神の御子、イエス・キリストは人となられた。イエス・キリストは私たちと同じところにまで低くなられて、降ってきてくださり、私たちと出会ってくださった。そのことを、ヨハネの手紙は「交わり」と言っている。
 イエス・キリストは、私たちと出会ってくださった。「交わり」を持ってくださった。それは、私たちに命を与えるためである。聖書は、私たちが罪人であると語る。罪のために、私たちは死んでいたと語る。その私たちの罪を赦し、私たちを生かすために、イエス・キリストは来てくださった。十字架で自分の死によって、私たちの罪を赦し、私たちを生かすために、イエス・キリストは来てくださった。私たちと出会ってくださった。私たちが出会うイエス・キリストは、命そのものであられる方である。永遠の命であられる方である。イエス・キリストと出会うとき、私たちはそのイエス・キリストの命、永遠の命をいただくのである。私たちは、イエス・キリストの命をいただいて、生かされている。
 3節には、「わたしたちの交わりは、御父と御子イエス・キリストとの交わりです」とある。「わたしたちの交わり」とは教会のことである。教会は、イエス・キリストが人となられたことにより、そのイエス・キリストを通して、父なる神様との交わりにまで入れられている。天地万物を造り、私たちに命の息を吹き入れて生かしてくださった父なる神様とも、私たちは、教会は、交わりを持つ者とされている。イエス・キリストが人となられたことにより、私たちは、教会は、父なる神と御子イエス・キリストとの交わりに入れられたのである。
 御子イエス・キリストは、父なる神様に近くあられ、親しく交わりを持っている方、それどころか神様そのものである方である。神様そのものであられるイエス・キリストと、父なる神様との交わり。そこに私たちが入れられている、ヨハネの手紙はそう告げる。イエス・キリストとの交わり、父なる神様との交わり。その交わりによって、私たちは命を与えられた。命そのものであり、命を与えてくださる方であるイエス・キリストと父なる神様の命を生きる者にされた。

4.私たちは、イエス・キリストに出会っている。イエス・キリストを見て、聞いて、触れている。イエス・キリストの命に生かされている。
 イエス・キリストが人となられたのは、この日本、つくばからは遠く離れた場所であり、今よりかなり昔のことである。それでも、私たちは、イエス・キリストを見て、聞いて、触れている。
 1節の「わたしたちが聞いた」、「目で見た」、「わたしたちに現れた」、これらは、日本語では同じ過去形になっている。しかしそれらには微妙な違いがある。「わたしたちが聞いた」「目で見た」で使われている過去形は、過去にある出来事が起こり、その結果が今まで続いているという意味である。「わたしたち」がかつて、イエス・キリストを見て、イエス・キリストを聞いた。けれども、イエス・キリストを見た、聞いたということは、過去に終わってしまって、今は何の意味も持たない出来事なのではない。今もなお、「わたしたち」はイエス・キリストを見て、イエス・キリストを聞いているのだ、この手紙はそう告げていることになる。「わたしたちに現れた」で使われている過去形は、過去に起きた一回限りの出来事を表現する過去形である。イエス・キリストがわたしたちに対して過去に一度だけ現れてくださった。ただ一度、人としてイエス・キリストがこの世界に来てくださったという意味である。
 イエス・キリストについて、見て、聞いた。それは、単に過去に見聞きして、過ぎ去ってしまった出来事ではない。ただ一度だけ、人としてわたしたちの前に現れてくださったイエス・キリストを、今もなお見聞きしている。そのイエス・キリストと、今もなお出会っている。そのイエス・キリストが、今もなお私たちに命を与えてくださっている。ヨハネの手紙はそう告げているのである。
 かつて、イエス・キリストと同時代に生き、直接イエス・キリストに出会い、自分の目でイエス・キリストを見て、自分の耳でイエス・キリストの声を聞いて、自分の手でイエス・キリストに触れた人は、確かにいた。この手紙が書かれた時点で、そのような経験を持つ人は皆無だったかも知れない。この手紙を書いたヨハネも、実際にイエス・キリストを見て、聞いた経験があったかどうかは分からない。
 けれども、ヨハネは、人となられたイエス・キリストについて、見て、聞いていて、今なお、イエス・キリストについて、見て、聞いているのである。「わたしたちがかつて聞き、今も聞いているもの」「かつて見て、今も目で見ているもの」と確かに言えるのである。イエス・キリストについて、同時代に、直接見聞きした人がいる。このことが示すのは、神の御子、イエス・キリストが人となられたということである。私たちに命を与えるためにイエス・キリストが人となってくださったということである。そのことが語り継がれるということは、そのことを聞いて、イエス・キリストと出会う者が起こされるということである。肉体の目や耳でイエス・キリストを見聞きすることができなくても、命を与えてくださるイエス・キリストに出会うことができるということである。今、私たちは、そこでイエス・キリストに出会い、イエス・キリストの命に生かされている。

5.この手紙は、「ヨハネの手紙」と呼ばれて来た。ヨハネが書いた手紙として、教会はこの手紙を受け取ってきた。ただし、この手紙の書き手は、手紙の中で自分自身のことを「わたし」ではなく、「わたしたち」と記している。イエス・キリストが人となって来てくださったことを、見て、聞いて、触れて知らされている。イエス・キリストによって命を与えられている。そのような人はヨハネ1人ではない。この手紙の書き手ヨハネの周囲には、そうした人々の群れがあった。イエス・キリストが人となられたこと、わたしたちに現れてくださったことを知らされ、それを証し、伝える働きをするのは、「わたし」一人ではない。それは、「わたしたち」によってなされる。「わたしたち」とは教会である。「わたしたち」が、教会が、イエス・キリストを見て、聞いて、触れたことを証ししていく、伝えていく。イエス・キリストによって命を与えられた者が教会を形成していく。
 人となられた神の御子、イエス・キリストに直接出会い、見て、聞いて、触れて、命を与えられた人々が集められて、教会の歩みは始まった。教会において、イエス・キリストに出会い、命を与えられた経験は語り継がれ、共有されていきた。イエス・キリストが人となられたこと、私たちをイエス・キリストと父なる神様との交わりに入れてくださったこと。このことが、イエス・キリストと同時代に生きた人だけではなく、ヨハネの手紙が書かれた時代、そしてそれから後の時代、いま、教会に集められた私たちに対しても起こっている。
 この手紙が告げる「わたしたちとの交わり」「わたしたちの喜び」に、今、この教会も、私たちも招かれ、入れられている。教会にあるのは、父なる神様と御子イエス・キリストとの交わりである。神様との交わりによって、教会には命がある。私たちを生かす命は、神様との交わりの場である教会にこそある。私たちが教会へと集められていること、それは、イエス・キリストに命を与えられ、父なる神様と御子イエス・キリストとの交わりの中で生きる幸いを与えられていることに他ならない。教会に連なる者とされていること、それは私たちが命を与えられるということである。教会に連なってこそ、私たちはイエス・キリストにある、まことの命を生きる者とされる。だから、私たちは教会としての歩みを続けるのである。教会に入れられている幸いの内に、この週も歩んでゆこう。

聖書:新共同訳聖書「ヨハネの手紙(1) 1章 1~4節」  聖書朗読
01:01初めからあったもの、わたしたちが聞いたもの、目で見たもの、よく見て、手で触れたものを伝えます。すなわち、命の言について。―― 01:02この命は現れました。御父と共にあったが、わたしたちに現れたこの永遠の命を、わたしたちは見て、あなたがたに証しし、伝えるのです。―― 01:03わたしたちが見、また聞いたことを、あなたがたにも伝えるのは、あなたがたもわたしたちとの交わりを持つようになるためです。わたしたちの交わりは、御父と御子イエス・キリストとの交わりです。 01:04わたしたちがこれらのことを書くのは、わたしたちの喜びが満ちあふれるようになるためです。


2021/08/15 聖霊降臨節第13主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「ダビデとアビガイル夫妻」 1.何とか平和的にそれぞれの道へと帰っていったダビデとサウルだった(24章の最後)。しかし、残念ながら追う者と逃げる者という立場が終わることはなかったのである。恐らく25章1節に記されているサムエルの死が背景にあって、ダビデはなおもパランの荒れ野へと下ってゆかねばならなかった。「荒れ野へ下る」という言葉が、ダビデの置かれた状況を象徴的に物語っているように感じる。その荒れ野で、ダビデと彼が率いる数百人の兵士たちは、ナバルの従者たちが語った(14節以下)ように、地域の有力者や富裕層の用心棒のようなことをすることによって生計を立てていたのであろう。そのナバルの家で、羊の毛が刈られる時期となった。恐らくそのような際には、奉公人や関係者が招かれてボーナスのような特別な報酬が与えられるような風習があったのではなかろうか。そこでダビデも部下を送ってそれを求めたのであろう。ところがナバルは「ダビデとは何者か」と言ってその要求を拒み、ダビデたちを侮辱したのである。
 それを聞いたダビデはひどく怒り、すぐさま手勢を率いてナバルに復讐しようとした。ナバルの従者たちは、ナバルの妻アビガイルにすぐにその状況を告げた。ちなみにナバルとはヘブル語で愚か者という意味とのことである。25章3節には「ナバルは頑固で行状が悪かった」とあり、それに対し妻アビガイルは「聡明で美しかった」とある。従者からの知らせを聞いたアビガイルは、すぐさま沢山の貢ぎ物を携えダビデのもとに行き、24節以下にあるように切々と語った。それを聞いてダビデは「主は、今日あなたを私に遣わされた。私が流血の罪を犯し、自分の手で復讐することを止めてくれた」と言った(33節)。その後、ことの次第を聞いたナバルは「意識を無くして石のようになり」十日ほどの後に死んでしまったと38節に記されている。

2.さて、何よりも私たちが語りかけられているのは、名前がいみじくも示しているようにナバルの愚かさと、それと対照的なアビガイルの賢さということではなかろうか。しかし、物語で愚か者として描かれているのは、実はナバルだけではないと思うのである。ナバル同様に、あるいはそれ以上の愚か者として描かれているのはダビデなのである。ダビデは、愚か者のナバルの言葉にかっとなり、すぐに兵を率いてナバル一家を皆殺しにしようとした。ダビデは、愚か者のナバルに報復しようとしたことで、取り返しのつかないほどの愚かな行為をしそうになった。24章では、自分の命を執拗に奪おうとする敵サウルを「主が油を注がれた者」として扱い、「私は手を下さない」と言い得たダビデは、一体どこにいってしまったのかと考えさせられる。
 そのようにダビデやナバルを愚か者にしてしまった背景にあるのは、25章1節に、何げなく書かれているサムエルの死ということではないかと示される。サムエルとは、言うまでもなくサウルとダビデに油を注いで王また次の王となるべき者として選んだ預言者だが、その預言者が死んでしまったのである。サウルの次にダビデが王となるというサムエルの預言は成就しないままであった。それがナバルとダビデの双方に決定的な影響を及ぼしたに違いないのである。
 ナバルとしては、少ないとは言え、なお兵を率いて、まがりなりにも自分たちの用心棒をしてくれていたダビデに保険をかける意味で、もしかしたら将来王様になるかもしれないのだから、ある程度の厚遇をしてもよかった。しかしサムエルが死んだ今、一介の用心棒であり、サウル王のもとを逃げ出している逃亡者に過ぎないダビデを厚遇することは危険だと見なしたのではなかったか。だから関係を絶とうと思ったのであろう。そうした気持ちが「ダビデとは何者か」という言葉に現れているのかもしれない
 ダビデもまたサムエルが死んで不安におののいていた。実はサウルに追われる中で、ダビデがサムエルを訪れた場面が19章18節に一度だけ記されている。もしかしたらダビデは逃亡の隙間をぬって、こうしてサムエルのもとを訪れていたのかもしれない。「いつ自分が王となる神様の御心が実現するのか。いつまでサウルは王であり続け自分は逃亡者であり続けなければならないのか。」と、ダビデはサムエルに嘆き、その都度励まされたに違いない。しかしそのサムエルが死んでしまったのである。そしてナバルだけではなく、恐らく多くの者たちが「もはやダビデとは何者でもない。単なるお尋ね者の逃亡者だ」と口にするようになったのではなかろうか。だからこそダビデは、それほどまでに怒ったのであろう。自分をののしり貶めるものに憎しみをぶつけようとした。それがナバルとダビデの愚かさの根源にあるものだと示される。

3.私たちは皆、そのような愚かさを持っている者だと思う。私たちは今、現在の目に見える自分や周りの人々の姿しか見えない。それによって「私は何者か/あいつは何者か」と言ってしまう。「主人のもとを逃げる奴隷でしかないではないか」と自分でも思い、またそうした周囲からの視線に深く傷ついて、途方もない怒りを抱き愚かなふるまいにでてしまうのである。過日、小田急線で痛ましい事件が起きた。犯人は、有名私立大学の工学部に入学できたのだから、中退したとは言えど、それほど悲惨な人生ではなかったと思うのだが、新聞報道によれば、最近は生活保護を受けていたという。そしてその犯人は周囲の、特に女性から馬鹿にされたことに深く怒っていたそうである。その犯人はその怒りを実行に移したことで、被害者は勿論だが自分自身をも破滅寸前に至らせてしまった。もしダビデもその怒りのまま行動していたら同じようになっていたであろうし、ナバルは結果的にそのことのために死んでしまったのである。
 私たちの愚かさとは、残念ながら自分が本当は何者かということがわからないということである。それは、今はこうであってもいつかはこういう存在になれるということがわからないことによる。アンデルセンが描いた「醜いアヒルの子」という童話では、真っ白なアヒルの子どもたちの中に交じって、なぜか色の黒い醜い子どもが育てられていた。その子どもは、実は自分がやがて真っ白になる白鳥の子どもだとはわからずに、いじめられて悩んでいた。もしダビデが今はその兆しさえ見えなくとも自分は必ず王になれるのだとわかっていたなら、ナバルや人々の言葉に怒ることはなかったであろう。ナバルもまたダビデをそのようにののしることはなく、そのことで死ぬこともなかったであろう。
 若かりし頃の私もそうであったと思い出すことがいくつもある。思い返すと、あのようなことをしなければよかったと思うことがある。それは、決して消えない生涯の汚点のようなものである。自分が将来牧師になり、そして65歳になるまでその牧師を続けることができる者だと知っていたならば、あのようなことは決してしなかったと思う。しかしそれは若い時だからというだけではないとも思うのである。老いや病いや死というものの奴隷になり、ただそこから逃亡するだけの惨めな存在でしかないのではないかと思ってしまうことがある。愚かな判断によって希望を失い「意識を無くして石のようになった(35節)」ナバルのようになってしまいう。

4.だから私たちは、その愚かさから救われねばならないのである。ナバルとダビデを愚かさから救ったのはアビガイルの賢さだった。改めて気づかされたのは、彼女の賢さの呼び水となったものがあったということである。それはアビガイルに主人ナバルの愚かさを告げて、彼女に賢い行動を促したナバルの従者たちであった(14節以下)。
 従者たちは、ダビデたちがどのように自分たちにふるまっていたかをアビガイルに告げた。ダビデたちのことを「我々を侮辱したりせず、何も無くなったこともありません。・・・彼らが昼も夜も我々の防壁の役をしてくれました」と。そのように語るということは、当時は用心棒的な働きをしていた者たちが沢山いて、多くは用心棒といいながらゆすりたかりを常習とし、時には略奪したりすることも背景にあったのであろう。しかしダビデたちはそのようなことをしなかったのである。ナバルの従者たちは、そういう現実からダビデが何者かを判断し、アビガイルがどうふるまうべきかを進言したのではなかったか。
 そこに賢さがあると感じる。従者たちは、ナバルやダビデが捕らわれた思い、つまり「果たしてダビデは王となるのかどうか」ということに捕らわれてはいなかった。大事なのは、たとえ将来がどうであろうと、今ダビデが逃亡者という難儀な状況に置かれてもなお善良にふるまっているという現実であった。ナバルやダビデの愚かさとは、ひたすら王になるという将来に縛られて、今の逃亡者という惨めな状態を否定してしまうということなのだと思う。ナバルは「ダビデとは何者か」と言って良きふるまいをする今のダビデのすべてを否定してしまった。しかし従者たちは違っていた。ダビデが王になるかどうかにかかわりなく、今のダビデが善良にふりまっているという今の事実を重んじたのである。そのように今を生きているダビデを尊重した。それが従者たちの賢さなのである。
 それが呼び水となってアビガイルもまた、賢くダビデに向かい合うことができたのではなかったか。24節以下の彼女の言葉を読むとそれがわかる。アビガイルがダビデに繰り返し語ったのは「主は」ということだった。「神様は必ずあなたを王となさり、生涯あなたを悪いことは襲わない。神様が約束なさった辛いはすべて成就し、あなたをイスラエルの指導者としてお立てになる。だから、愚かなナバルの言葉に怒ってあなたもまた愚かな者となり、いわれなく血を流すようなことをしてはいけない」と。アビガイルは、そのような未来の確かさをどこから得たのであろうか。それは従者たちの言葉からではなかったか。彼らは、ダビデがいずれ王となるなどということは一言も言わなかった。しかしアビガイルは、彼らがダビデについて語る言葉を聞いて、神様が彼を必ず王としようとしておられると確信したのではなかろうか。それは、ダビデがその置かれた状況の中で今を善良に生きていたからである。今をいかに生きているかが大事なのである。その姿がナバルの従者たちに先程のような賢さを与え、またアビガイルにもその賢さを与えたのである。

5.そのアビガイルの言葉こそ、ダビデがサムエルから聞きたかった励ましと慰めの言葉だったのだと思う。それは「神様が」という言葉である。「神様があなたを必ず王にされる」という言葉なのである。「神様が」という言葉を聞くことによってのみ、私たちは愚かな人の言葉、「ダビデとは何者か」という言葉から離れることができるのではなかろうか。
 私はかつて、ある人を通して同じような言葉を投げかけられたことを思い出す。それは牧師になって5年位経った時期だった。会員が60名を少し越える位のその教会から、ある家族が一家そろって離れてしまうということがあった。それは以下のような理由だった。その一家の中心的なおひとりが神学校を卒業したことによる。その神学校とは、通信制の学校だった。その人は、私が牧師として赴任する前からその教会に通っておられた。その人は、その神学校の卒業を機に、一族を伴って開拓伝道を始めることにした。それにともなってその教会を離れることとなった人たちは実に12人ほどにもなった。その中には、私が按手礼を受けてはじめて洗礼を授けた人も含まれていた。会員数60名ちょっとの教会から一気に10人以上もいなくなってしまった。それも皆熱心な礼拝出席者ばかりだった。私の落胆はとても大きなものだった。そのようなときに、私はある人から言葉をかけられた。「先生は大丈夫、とても良い働きをする器として用いられるから安心してください」と。鬱々としていた私の視界が一挙に開けたような思いがしたのを忘れることができない。それからしばらくして、この聖書箇所のアビガイルの姿を知って、私にとってはその言葉をかけてくれた人が、アビガイルのような働きをしてくれたのだと思い至ったのである。
 「主が」という言葉は、しばしば人の言葉を通して聞こえてくる。私は不思議にも試練や困難の中に置かれた時に、ダビデがアビガイルによって励まされたのと同じように、だれかしらの「神様が」という励ましや慰めの言葉をを聞いてきた。私たち信仰者の幸いというのは、そこにこそあるのではないだろうか。礼拝で与えられる御言葉や信仰生活で出会う信仰の友からの言葉は、アビガイルがダビデに語ったように「神様は幸いを成就してくださる。悪いことが襲うことはない」と語ってくださるのである。

聖書:新共同訳聖書「サムエル記(上) 25章 14~34節」  聖書朗読
25:14ナバルの従者の一人がナバルの妻アビガイルに報告した。「ダビデは、御主人に祝福を述べようと荒れ野から使いをよこしたのに、御主人は彼らをののしりました。 25:15あの人たちは実に親切で、我々が野に出ていて彼らと共に移動したときも、我々を侮辱したりせず、何かが無くなったこともありません。 25:16彼らのもとにいて羊を飼っているときはいつも、彼らが昼も夜も我々の防壁の役をしてくれました。 25:17御主人にも、この家の者全体にも、災いがふりかかろうとしている今、あなたが何をなすべきか、しっかり考えてください。御主人はならず者で、だれも彼に話しかけることができません。」 25:18アビガイルは急いで、パンを二百、ぶどう酒の革袋を二つ、料理された羊五匹、炒り麦五セア、干しぶどう百房、干しいちじくの菓子を二百取り、何頭かのろばに積み、 25:19従者に命じた。「案内しなさい。後をついて行きます。」彼女は夫ナバルには何も言わなかった。 25:20アビガイルが、ろばに乗って山陰を進んで行くと、向こうからダビデとその兵が進んで来るのに出会った。 25:21ダビデはこう言ったばかりであった。「荒れ野で、あの男の物をみな守り、何一つ無くならぬように気を配ったが、それは全く無益であった。彼は善意に悪意をもって報いた。 25:22明日の朝の光が射すまでに、ナバルに属する男を一人でも残しておくなら、神がこのダビデを幾重にも罰してくださるように。」 25:23アビガイルはダビデを見ると、急いでろばを降り、ダビデの前の地にひれ伏し礼をした。 25:24彼女はダビデの足もとにひれ伏して言った。「御主人様、わたしが悪うございました。お耳をお貸しください。はしための言葉をお聞きください。 25:25御主人様が、あのならず者ナバルのことなど気になさいませんように。名前のとおりの人間、ナバルという名のとおりの愚か者でございます。はしためは、お遣わしになった使者の方々にお会いしてはいないのです。 25:26主は生きておられ、あなた御自身も生きておられます。あなたを引き止め、流血の災いに手を下すことからあなたを守ってくださったのは主です。あなたに対して災難を望む者、あなたの敵はナバルのようになりましょう。 25:27ここにある物は、はしためが持参した贈り物でございます。お足もとに仕える従者にお取らせくださいますように。 25:28どうかはしための失礼をお許しください。主は必ずあなたのために確固とした家を興してくださいます。あなたは主の戦いをたたかわれる方で、生涯、悪いことがあなたを襲うことはございませんから。 25:29人が逆らって立ち、お命をねらって追い迫って来ても、お命はあなたの神、主によって命の袋に納められ、敵の命こそ主によって石投げ紐に仕掛けられ、投げ飛ばされることでございましょう。 25:30また、主が約束なさった幸いをすべて成就し、あなたをイスラエルの指導者としてお立てになるとき、 25:31いわれもなく血を流したり、御自分の手で復讐なさったことなどが、つまずきや、お心の責めとなりませんように。主があなたをお恵みになるときには、はしためを思い出してください。」 25:32ダビデはアビガイルに答えた。「イスラエルの神、主はたたえられよ。主は、今日、あなたをわたしに遣わされた。 25:33あなたの判断はたたえられ、あなたもたたえられよ。わたしが流血の罪を犯し、自分の手で復讐することを止めてくれた。 25:34イスラエルの神、主は生きておられる。主は、わたしを引き止め、あなたを災いから守られた。あなたが急いでわたしに会いに来ていなければ、明日の朝の光が射すころには、ナバルに一人の男も残されていなかっただろう。」


2021/08/08 聖霊降臨節第12主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「生ける神に立ち帰りなさい」 1.イエス様の山上の説教は5章からはじまり、21節から48節までは隣人とのあり方について教えたものだと示されてきた。そこには、まずイスラエル人が先祖代々守ってきた6つの律法(戒め)が取り上げられ、その後に「しかしわたしは言っておく」との言葉に続けてイエス様の独自の戒めが記されている。
 隣人の中でも特に自分に敵対して害を加えようとする者に対してのふるまいについて、まずイスラエル人が先祖代々従ってきた律法・戒めとしてあげられるのは「目には目を、歯には歯を」であり「隣人を愛し敵を憎め」であった。前者の「目には目を・・」は、注解書によれば紀元前2200年代にバビロニアの王ハムラビが作ったハムラビ法典に既に見られる法律だそうである。旧約聖書にも出エジプト記22章24節などに出てくる。イスラエル人だけではなく古代、そして現代に至るまで、長くまた広く流布してきたところの害を被ったときの報復や刑罰という対応についての基本的なルールと言ってよいかもしれない。後者の「隣人を愛し敵を憎め」は、旧約聖書にはそのままの文言としては出てはこないそうである。しかしそれもまた長く、また広範囲にわたって流布してきたルールなのであろう。
 イエス様は従来の基本的なルールをまず掲げて、「しかしわたしは言っておく」と断って、全く新しい戒めを与えたのである。それは「悪人に手向かってはならない」であり、「敵を愛し、迫害する者にために祈れ」であった。それは文字通りには到底私たちには実行できないなものなので、その戒めをどのように受け取ったらよいのか、私たちは当惑させられてきた。いままで私たちが繰り返し教えられてきたのは、イエス様がそうした実行不可能な戒めを私たちに与えることによって、私たちに背負い切れない重荷を背負わせようとしておられるのでは決してないということである。むしろその反対に、イエス様は私たちから重荷を取り去ろうとしておられるのだということだった。病気でたとえるなら、私たちが苦しんでいる重い病気を治そうとしておられるのだということだった。イエス様が教える新しい戒めは、治療のための手術であり、治療薬となる処方箋なのである。

2.イエス様がまず、先祖代々イスラエル人が守ってきた基本的ルールを掲げたのは、それが知らず知らずのうちに私たちに重荷を背負わせ、また重い病気を引き起こしてきたということが前提としてあるのだと思う。その基本的ルールに従って隣人を敵と味方に分け、害する者に対しては同程度の害を加えるという、ごく当たり前の対処が、実は知らず知らずのうちにガンのように私たちを侵食してしまっているのである。だから、それを除去しなければならない。取り除くためにはどうしても大きな手術が必要になる。イエス様の教える処方箋が、文字通りには私たちに到底実行できないものと感じられるのはそのためなのである。素人である私たちには、専門家である医者がなして下さる手術は到底できるものではない。手術をして下さるのはあくまで医者なのである。同様に、そこにイエス様が教えておられることをなさしめて下さるのは神様でありイエス様であって、信仰においてこの困難なことがなされ得るのである。
 では「目には目を」とか「隣人を愛し敵を憎め」とか、そういう基本的ルールはどのようにガンのごとくに私たちの内に広がり私たちを危機に至らせているのか。その具体的な例として、サムエル記に描かれたサウル王の姿を思い浮かべる。サウル王は心を病んでしまった。それこそ端的に彼の中にガンが広がっていたことの現れなのである。彼が心病んだ理由は、自分の後に王となるべき者としてダビデが選ばれ、その評判がうなぎ登りに高くなったためだった。サウルはダビデを妬み恐れた。サウルは、ダビデが自分を退け自分を亡き者にして王位を奪い取るのではないかとの思いから疑心暗鬼に捕らわれた。そのようにして、何ら根拠もないのに、いつのまにかダビデを自分の王位や命を狙うであろう敵であると決めつけ、だから報復してよい、殺してよいと考えたのである。そのような判断と行為は、王という場所にある者としては、ごく普通のものであろう。しかしそれが結果として、サウルを心病ませたのである。そしてその人生を破壊したのである。
 そのように私たちは、隣人という存在を自分にとって都合のよい尺度や判断に従って味方と敵に分ける。「隣人を愛し敵を憎め」という基本ルールには、そのように私たちがいとも容易く隣人を色分けてしまうことがまず含まれている。しかし、その色分けは極めて恣意的である。事実に基づかないことがしばしばである。私達は、そのようにして幾多の戦争を繰り返してきたのである。サウルがダビデを敵としたのもそうである。それぞれが求める利害が勝手に敵を作り出してしまうということがある。

3.そのようにしてダビデを敵としたサウルは、実際にはダビデからの害などなかったにもかかわらず、害を加える者として「目には目を」の報復をしようとし憎しみがつのっていったのである。サウルの憎しみは相手のダビデを苦しめたのは勿論だが、何よりも憎しみを抱く当の本人であるサウル自身を苦しめていった。それが心病んだということなのである。「汝の敵を愛せよ」というM・キング牧師の有名な説教集がある。その中に収められた「汝の敵を愛せよ」との説教の中でキング牧師は「憎しみは、憎むその人にとっても全く有害」「阻止できないガンのように、憎しみはその人の人格を侵食してしまう」と語っている。アメリカにおける黒人への差別・迫害は、決してウソではなく事実・真実である。そして、差別し迫害する人々が黒人にとって敵であるのは明白な事実だった。しかしたとえそうであっても、迫害する者を憎み報復心をかきたてそれを実行することはガンのように侵食してゆく。キング牧師の言葉だからこそ実感がこもっている。
 そこでふと思い出したことがある。私が牧師になってまだ10年経たない頃、ある教区の集会で発題をしたときに、ちょうど郡山教会の隣の教会の牧師がそこに出席していて、私の発題に対して激しい攻撃をしてきたのである。実はその牧師については、その教会で生じていた深刻な問題について、その教会の信徒から私がおりおりに相談を受けていたという背景があった。今その教会は無牧になり、私が以前に牧会をしていた教会と一緒に礼拝を守り、いずれは合同しようとしている。そのときのその攻撃に対しては、その場では怒りを抑えることができたが、私の中では、ずっと憎しみと怒りが渦巻いていた。それによって私の体にはあっという間に異変が生じ、爪には割れができ、ストレスからものすごい胃炎になってしまったのである。寝込んでしまうほどだった。怒りや憎しみというものが、どれほどそれを抱く者、その人自身にとって破壊的かをしみじみ知った出来事だった。

4.そうであればこそイエス様は、隣人をすぐに敵と味方に分け敵を憎み与えられた害に報復しようとすることから離れなさいと命じたのである。どのようにして離れることができるのか。そのための具体的な処方箋はいかなるものなのか。そこでも大いに参考になるのは、やはりサムエル記で学んだサウルに対するダビデの姿なのである。それこそがイエス様が言うところの「敵を愛し祈る」態度であり、「悪人に手向かわない」姿なのだと教えられる。
 執拗にダビデを殺そうとするサウルについて、ダビデの部下はダビデにこう言った。「(神様はあなたの敵として彼を)あなたの手に渡す。思い通りにするがよい(と言われました)」と。部下たちがそう思ったのも当然である。その言葉に一瞬動かされて、ダビデはサウルに剣をふるい、その上着の端を切り取ってしまった。しかしすぐさま、その行為を後悔し彼は「主が油を注がれた方に、わたしが手をかけるのを、主は決して許されない」「わたしは手を下さない」(サムエル記上24章7節、また13節)と言った。さらに24章16節には「主が裁き手となって、わたしとあなたの間を裁き、わたしの訴えを弁護し、あなたの手からわたしを救ってくださいますように」との、祈りとも言ってよい言葉をサウルに語りかける姿がある。
 私達が何よりも教えられるのは、相手がたとえサウルのような者であっても、その人がなお神様によって油を注がれた者だとして扱い続けるというダビデの姿なのである。確かにそのときのサウルは、ダビデを理由なく迫害する者であり敵と言わざるを得ない者であった。しかしなお彼は神様によって選ばれた者だったのである。そこにはダビデには裁き得ない神秘があった。なぜそのようなサウルが死ぬまで王であり続けたのか、兵を持ちダビデを迫害し続けたのかという疑問がある。すでに16章で、少年だったダビデに次の王となるべく油が注がれたにもかかわらずである。そこには、私たちには知り得ない神様の選びの奥義がある。神様の御心として考えられることは、10年以上もサウルによって追われながら、その中でも彼をこうして扱い続ける中で、神様はダビデを成長させようとされたのではないかということである。詩編150編の中に多くの詩が残るほどの信仰者としてダビデは育まれたのである。ダビデ自身の力や努力によってではなく、ただ信仰によってダビデは、敵であるサウルを神様に油注がれた者として扱うことによって憎しみから守られたのである。ガンが侵食し広がることから免れたのである。
 「敵を愛し、迫害する者ために祈り」「悪人に手向かわない」とは、こそようなダビデのありさまのことなのである。「イエス様が敵を好きになれと命じないのは幸いだ」とキング牧師が言っておられた。「愛する」という言葉は、恋人同士や夫婦・親子の間柄で抱き合う愛のことではない。「敵を愛する」ということには「好き」という感情はない。その「愛」とは、相手が神様によってなおも油を注がれ用いられ、45節の御言葉で言えば、太陽を昇らせ雨を降らせてもらっている存在として扱うことなのである。そこには、私達にはわかり得ない神様の御心があり計画がある。たとえ悪人であり、あきらかに私たちにとって敵であったとしても、ただそれだけの者としてばっさりと裁き、手を下し憎む対象のみにはしないのである。それによって結果的には、ダビデはサウルになおも迫害する機会を多く長く与えてしまうことになった。それが39節から42節で言われていることではなかろうか。

5.最後の48節に「あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい」とのイエス様の言葉がある。その言葉もしばしば誤解され、私たちを躓かせてきた。神様が完全であるのと同じように、どうして私たちが完全でありえようかと思ってしまうのである。「完全」とは決して、私たちが受け取るような意味の言葉ではない。ギリシャ語の原文ではテレイオスである。その言葉は、目標を意味するテロスからできた言葉である。つまりテロス・目標に到達した姿がテレイオスであり、またテロスに向かおうとするありさまもテレイオスと呼ばれる。その姿については、パウロはフィリピの信徒への手紙の3章14節以下で、こう語っている。「なすべきことはただ一つ・・・目標を目指してひたすら走ることです」と。この姿こそがテレイオスなのである。
 イエス様が教えるのは、私たちすべてが、完全である神様に向かって、また神様が設定してくださるゴール・テロスに向かって、歩み導かれている者だということだと思う。そういう意味では、私たちはまだテロスには到達してはいない途上にある者・不完全な者なのである。48節の御言葉を、よりイエス様の心に即して訳すなら、「あなたがたの天の父が完全であられるのだから、あなたがたは不完全な者なのだ」ということであろう。そのように完全な途上にある者同士として、本来私達のこの世の歩みは、神様が与えてくださるテロスを目指してのものであるはずである。しかし私達は、しばしば何を目指すべき歩みなのか、疾走なのかを誤ってしまうのである。サウルのように、王位や王としての名声や、国や領土などがそれであろう。そうしたものは、決して神様がテロスとして設定しておられるものではないはずである。神様のもとには、そのようなものは何の価値もない。テロスを見誤ったがゆえの敵対である憎しみ合いであり戦いなのである。それは不完全な者・途上にある者であるがゆえのありさまである。それでもなお私たちはテロスに向かう者なのである。同じ途上にあるランナーとして、今のその不完全な姿を許容しあいたいものである。

聖書:新共同訳聖書「マタイによる福音書 5章 38~48節」  聖書朗読
05:38「あなたがたも聞いているとおり、『目には目を、歯には歯を』と命じられている。 05:39しかし、わたしは言っておく。悪人に手向かってはならない。だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい。 05:40あなたを訴えて下着を取ろうとする者には、上着をも取らせなさい。 05:41だれかが、一ミリオン行くように強いるなら、一緒に二ミリオン行きなさい。 05:42求める者には与えなさい。あなたから借りようとする者に、背を向けてはならない。」 05:43「あなたがたも聞いているとおり、『隣人を愛し、敵を憎め』と命じられている。 05:44しかし、わたしは言っておく。敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。 05:45あなたがたの天の父の子となるためである。父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださるからである。 05:46自分を愛してくれる人を愛したところで、あなたがたにどんな報いがあろうか。徴税人でも、同じことをしているではないか。 05:47自分の兄弟にだけ挨拶したところで、どんな優れたことをしたことになろうか。異邦人でさえ、同じことをしているではないか。 05:48だから、あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい。」


2021/08/01 聖霊降臨節第11主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「生ける神に立ち帰りなさい」 1.今のトルコにあたる小アジアに、リストラという町があった。その町に生まれつき足が不自由で一度も歩いたことがない男性がいた。その彼がパウロの話を聞いていたと、まず8節にある。パウロがどのような話をしたのかということに、まず思いをめぐらしたいと思う。直前の7節に「そこでも福音を告げ知らせ」とあった。3節には「主は彼らの手を通してしるしと不思議な業を行い、その恵みの言葉を証しされた」とあった。また13章43節には、「神の恵みの下に生き続けるようにと勧めた」とあった。そのようなことからパウロは、何よりも神様の恵みを語る言葉を福音として語ったということであろう。
 ではパウロは、その神様の恵みというものをどのようなものとして語ったのか。13章に書かれたパウロの説教を振り返ってみたい。パウロは、約2000年間のイスラエル人の歴史を通して神のの恵みを証しした。その歴史から何よりも浮かび上がってくるのは、民族として消滅してしまっても当然のような厳しい境遇に置かれ続けたということだと思う。その始まりであるアブラハムは、75歳になっていたのに、妻との間には実子がいないまま、なぜか生まれ故郷や一族とたもとを分かち、見ず知らずの土地へと旅だってゆかねばならなくなった。やっと与えられた息子イサクは、古くから住んでいた住民からの嫌がらせにあい、さらにその双子の息子たちは殺し合おうとするほどに憎しみ合って、兄の憎悪を避けるためヤコブはかっての祖父アブラハム同様見知らぬ土地へと旅だってゆかねばならなかった。その後、ヤコブと12人の子どもたちもまた、飢饉を逃れてエジプトへと渡った。そこでは奴隷として苦しめられ、エジプト王からの迫害に苦しむことになった。奇跡的にエジプトを脱出したものの、40年間にわたって荒野をさまようことになった。そして入植したパレシチナにおいても先住民からの圧迫を受け続けた。やっと建てた王国は分裂してしまい、北側の国は紀元前8世紀にアッシリアによって、南王国は紀元前6世紀にバビロニアによって滅ぼされ、人々は捕虜とされてしまった。ざっと列記しただけでも、その歩みは歴史の渦の中に飲み込まれてしまって当然のものだったのである。しかしイスラエル人は生き延びた。それをさせたのが神様の恵みなのだとパウロは語ったのである。

2.そこで大事な点として特に教え示されたのは、その神様の恵みにイスラエル人はいかにして浴することができたかということだった。どのようなすばらしい神様の恵みがあっても、それに浴するのにとほうもない対価を支払わねばならないとすれば、すなわち厳しい条件をクリアしなければならないとすれば、それは絵に描いた餅のようになってしまう。
 リストラの人々がパウロとバルナバをギリシャの神々の化身のように思い、大変な供物をささげようとしたとき、それをパウロたちは大憤慨して止めた。その根本には、神様の恵みをどのようにしたら与えられるのかという問題があったのだと思う。ギリシャ・ローマの偶像の神々を信じていた人々は、神様からの恵みをいただくことと人間からの供物を献げることを不可分のものとして信じていたのである。恵みをいただくためには供物を献げることは不可避であり、恵みを受けたからには必ず供物を捧げなければならないと信じていたのである。それをしなければそれこそ祟りを受けるのだと。
 しかし、イスラエル人に恵みを与えようとなさる神は、そうではない。その恵みは、わざわざ「恵みの言葉」とあるように、言葉によって与えられる。もしそれを条件といい、対価を払うという言い方をするならば、神様の言葉を聞きそれに応答することが条件であり対価を払うこととなるのである。沢山の金銀を使って神の像を作り崇めたてることでも、動物の犠牲や花輪を献げることでもない。生まれ故郷や一族と別れて、既に75歳になっていたのに、見知らぬ土地へと旅立たねばならなくなったアブラハムに、神様は「そうするがよい。あなたやあなたの子孫はきっとそのことによって祝福されるから」と言葉をかけてくださった。アブラハムはその言葉を聞き、それに励まされて進んでいったのである。その歩みに何一つ動揺も疑いもないということは、決してなかった。疑い・迷いの連続だった。しかし大事なのは、疑い・迷いを抱きつつも、その歩みが全体として神様の言葉に呼応するものであったということである。私たちの歩みも同じではないだろうか。悩み迷いつつも、トータルには神様の言葉に呼応して導かれてゆくことにおいて、神様の恵みが与えられてゆくのである。
 神様の言葉を聞いてそれに呼応して生きて、神様の恵みをいただける。その歩みをより確かなものにしようとして、神様はイエス様を送ってくださったのである。この点においては、11節にリストラの人々の「神々が人間の姿をとって、私たちのところにお降りになった」という言葉は、イエス様においてこそ起きたことだと言ってよい。それまでは石の板や紙にしか書かれていなかった神様の言葉が、イエス様において目に見えるようになった。イエス様が生きたお方であったので、私たちはイエス様を慕い、イエス様と共に生きることにおいて、神様の言葉により自然に素直に応答して生きられるようになったのである。そのようにして神様の恵みの下に生きられるようになったのである。イエス様を生きた人としてお送りくださったことにこそ、その神様が生ける神であるという現れがあるのであろう。そして私たちも、この生ける神と共に生きられるようになったのである。

3.生まれつき足の不自由なその男性は、おそらくはそのようなパウロの言葉を聞いていたのであろう。そのような彼を「パウロは見つめ、いやされるにふさわしい信仰があるのを認め」たと9節にある。それがすばらしい御言葉だと、改めて感じる。
 果たしてその男性に、ふさわしい信仰などと言えるものがあったであろうか。また、神様に何か供物を献げるという点で言えば、彼が献げることができたものは何もなかった。「いやされるにふさわしい信仰」とあるが、彼の信仰とは、ただただ神様の恵みによって癒されたいという信仰だけであった。彼が献げることができたのは、その一心の思いだけだった。よく語呂合わせも込めて「癒しを求める信仰は卑しい」と言われる。それは御利益を求める信仰であって、御利益などなくとも信じる信仰と比べると一段も2段も劣っていると評されるのである。
 しかし、パウロはそのようには見ていなかったと感じるのである。神様の恵みという御利益を求める信仰を「癒されるにふさわしい信仰がある」と認めたのである。癒されるのを求め願う信仰こそがふさわしい信仰と言ってもよいのである。その男性はパウロの言葉を聞き、それに呼応して心の底から「癒されたい」と思ったのである。一生涯一度も立ったことも歩いたこともなかった。そういう不自由さに、そういう障がいに支配されてきた自分に、それを打ち破る神様の恵みが現れてほしいと願ったのである。それは確かに神様がどのような方であり、イエス様がどのような救い主であるかのすべてがわかる信仰ではない。それは、もしテストであれば100点満点を取れる信仰ではない。しかし、癒されたいと思い、誰よりも神様の恵みを願う点では、ふさわしい信仰なのである。
 そこに、そのような彼の信仰を「ふさわしい信仰」だと認め、見つめてくれる牧会者パウロがいたことの意義は大きいと思う。新型コロナ禍の下、オンラインで礼拝が守られ、そのようにして説教を聞くことができていれば十分ではないかと言うかもしれない。ネットで自由に、様々な牧師の説教を選び放題聞けるから、そのほうがいいではないかと言うかもしれない。しかしそれでは、その信徒が牧師から実際に見つめられ認められて「あなたの信仰はふさわしい」と励まされることはないのである。
 そうしてパウロは、その男性に「自分の足でまっすぐに立ちなさい」と言った。するとそれがその通りになった。いつも聖書の中で奇跡が起きた出来事を読むたびに思うが、私たちには文字通りにそれと同じことは起きないであろう。しかし、神様の恵みを求め願う「ふさわしい信仰」は、必ずや私たちをして「自分の足」というものを与えるものなのである。わざわざ「自分の」という言葉がある点にこころを引かれる。なぜ「自分の」という言葉があるのか。それは「誰の足でもなく、あなた固有の、誰とも比較にならない足があるではないか、それによって立つことができるではないか」との励ましだと思うのである。オリンピックのように人と比べ、また世の時間や長さの尺度で計った上での、より早くより遠くより高く走り飛べるという足ではないのである。そうではなく、自分独自のそれぞれの固有の足なのである。その人は、今までは自分は生まれつきの障がいがあることを恨み悩んで、そのことに縛られていた。しかし、そこに神様の恵みが注がれると聞きそれを願った。そこに、自分を立たせる足が与えられるとパウロから励まされた。文字通り立ったり歩いたりということは私たちには起きないかもしれない。しかし、たとえそうであっても神様の恵みが注がれて心の足が授かり、障がいがありながらも喜んで希望を持って生きられる歩みは、しっかりと立つのである。

4.さて、そのような奇跡を起こしたパウロとバルナバをリストラの人々は「神々が人間の姿をとってわたしたちのところにお降りになった」と言い、パウロを「ヘルメス」、バルナバを「ゼウス」だと呼んだ。また、それを聞いたゼウスの神殿の祭司が雄牛数頭と花輪をパウロたちに捧げようとした。そのことを知ったパウロとバルナバは、血相を変えてそれを押し止どめ、15節以下の語りかけをした。
 パウロたちはリストラの人々がしようとしたことに、決して見過ごしにはできないものがあると、断固としてストップしなければならないものがあると即座に感じた。それはまず、不思議な恵みをいただくことと供物を献げることが分かち難く結び付いている点なのである。恵みをいただいたなら必ずそれへの見返り品を捧げなければならない。そうしなければ罰が与えられる。ギリシャ・ローマの神々とは、本当にそのようだった。その神々は供物を捧げない人間に対して、いともたやすく怒る。だから人間は、神々の怒りを恐れてすばらしい像を作って常に拝み、供物を絶やさないようにしなければならない。常に神々のご機嫌をうかがわねばならないのである。それが偶像の神々の本質である。しかし、生ける真の神は違う。生ける神は、何ら供物などなくとも、喜んで恵みを下さるのである。求めたもうのは、ただことばを聞き、それに呼応して、生ける神と共に生きることなのである。
 もうひとつ、パウロたちが決して見過ごしにはできなかったものがあったと示される。リストラの人々やゼウス神殿の祭司は、パウロたちが神々の化身だと言った。神々が人間の姿を取ったのだと言った。私たちのキリスト教も、神であるイエス様が人となり、わたしたちのところに降ったと信じている。しかし決定的な違いがそこにある。神々が人間の姿を取ったそのありさまは、ゼウスやヘルメスというすばらしい像に刻まれた姿に象徴されている。また、あくまでパウロたちがすばらしい奇跡を行う点にあった。すばらしい奇跡を行わず、また立派なゼウスやヘルメス像を彷彿とさせるようなありさまでなければ、神々が人間の姿を取ったということにはならないのである。そこには突き詰めると、すばらしい姿・外見を褒めたたえるということがある。これが偶像の神々を拝むことの根本にあるものなのである。
 イエス様が人となりたもうたということにあるのは、これとは正反対のことである。十字架の上で殺されるようなイエス様には、私たちが褒めたたえるようなものは何もない。だからこそ、十字架にかけられたイエス様が、神でありキリスト・救い主だという福音は、ギリシャ・ローマの人々にとっては愚かなのであった。しかし私たちには、それこそが神の恵みをもたらす言葉であり福音なのである。十字架につけられたイエス様は、誰も雄牛や花輪をささげようとはしないものである。しかし神様は、その姿になった。そのような姿になった生ける神様と私たちが共に生きるなら、神様の恵みをいただけるのである。
 17節でパウロは、最後のまとめとして、生ける神とは何よりも「恵みをくださ」る方であり、「天からの雨を降らせて実りの季節を与え、食物を施してあなたの心を喜びで満たしてくださっている」と語っている。私たちはその神様の恵みに何ら供物など捧げてなどいない。しかし神様はそれに対して怒ることなどは、なさらない。この神様の恵みを、人となって十字架に上で死なれたイエス様を信じることにおいて豊かにいただきたい。

聖書:新共同訳聖書「使徒言行録 14章 8~20節」  
14:08リストラに、足の不自由な男が座っていた。生まれつき足が悪く、まだ一度も歩いたことがなかった。 14:09この人が、パウロの話すのを聞いていた。パウロは彼を見つめ、いやされるのにふさわしい信仰があるのを認め、 14:10「自分の足でまっすぐに立ちなさい」と大声で言った。すると、その人は躍り上がって歩きだした。 14:11群衆はパウロの行ったことを見て声を張り上げ、リカオニアの方言で、「神々が人間の姿をとって、わたしたちのところにお降りになった」と言った。 14:12そして、バルナバを「ゼウス」と呼び、またおもに話す者であることから、パウロを「ヘルメス」と呼んだ。 14:13町の外にあったゼウスの神殿の祭司が、家の門の所まで雄牛数頭と花輪を運んで来て、群衆と一緒になって二人にいけにえを献げようとした。 14:14使徒たち、すなわちバルナバとパウロはこのことを聞くと、服を裂いて群衆の中へ飛び込んで行き、叫んで 14:15言った。「皆さん、なぜ、こんなことをするのですか。わたしたちも、あなたがたと同じ人間にすぎません。あなたがたが、このような偶像を離れて、生ける神に立ち帰るように、わたしたちは福音を告げ知らせているのです。この神こそ、天と地と海と、そしてその中にあるすべてのものを造られた方です。 14:16神は過ぎ去った時代には、すべての国の人が思い思いの道を行くままにしておかれました。 14:17しかし、神は御自分のことを証ししないでおられたわけではありません。恵みをくださり、天からの雨を降らせて実りの季節を与え、食物を施して、あなたがたの心を喜びで満たしてくださっているのです。」 14:18こう言って、二人は、群衆が自分たちにいけにえを献げようとするのを、やっとやめさせることができた。 14:19ところが、ユダヤ人たちがアンティオキアとイコニオンからやって来て、群衆を抱き込み、パウロに石を投げつけ、死んでしまったものと思って、町の外へ引きずり出した。 14:20しかし、弟子たちが周りを取り囲むと、パウロは起き上がって町に入って行った。そして翌日、バルナバと一緒にデルベへ向かった。


2021/07/25 聖霊降臨節第10主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「私は手を下さない」 1.24章の前半、預言者サムエルから「お前は神様から見捨てられた」と伝えられ、一緒に礼拝を守ってほしいとの願いが断られ、二度と会ってもらえなかったサウル王は、とうとう心を病んでしまった。サウル王は、自分の次に王となるべき者として少年ダビデが選ばれたことを知ってか知らずか、そのダビデをそばに召し、彼の奏でる竪琴の音でしばし心を和ませた。それもつかの間のこと、ダビデがペリシテ人の巨人ゴリアテを倒すと、彼の評判がうなぎ登りに高まっていった。それにつれサウルはダビデを妬み、その心の病は深くなってゆき、サウルはダビデを執拗に殺そうとするようになっていった。
 凱旋してきたダビデとサウルを女性たちが歓呼して出迎える場面が18章7以下に記されている。その女性たちが「サウルは千を討ち、ダビデは万を討った」と歌い交わすのを聞くと、サウルは激怒し、悔やしがって言った。「ダビデには万、私には千。あとは王位を与えるだけか」と。「この日以来、サウルはダビデをねたみの目で見るようになった」と書かれている。以来ダビデは、サウル王に追われ、逃亡者としてあちらこちらを漂白する歩みを強いられてゆくことになったのである。
 3千人の精鋭を率いたダビデは、エン・ゲディという天然の要塞のようなところにいた。ダビデを追って来たサウルは用足しのために、とある洞窟に入った。ちょうどそこにはダビデたちが隠れており、ダビデはサウルを殺す千載一遇のチャンスを得た。部下の兵士はダビデに「主があなたに『私はあなたの敵をあなたの手に渡す。思いどおりにするがよい』と約束されたのは、この時のことです」と言った。ダビデは、この言葉に動かされてサウルに対して剣をふるった。しかし殺すことはしなかった。ただ、彼の上着の端を切り取っただけにとどまった。
 すぐさまダビデは、その行為を後悔した。7節にあるように部下に語った。「私の主君であり、主が油を注がれた方に、私が手をかけ、このようなことをするのを、主は決して許されない。彼は主が油を注がれた方なのだ」と。ダビデは部下を説得し、洞窟から出るサウルに背後から声をかけた。殺すチャンスを得ながら手を下さなかったダビデの言葉を聞いて、サウルは涙を流して17節以下の言葉を語った。また21節では、「今私は悟った。お前は必ず王となり、イスラエル王国はお前の手によって確立される」と語った。ふたりはそれぞれの道へと別れていった。それで「やっと二人は和解できたのでは?」「サウルは王位を平和的にダビデに譲ってゆけるのではないか?」と私達読者は思うのだが、残念ながらそうではなかった。サムエル記(上)の最後、サウルが戦死するまで、二人の葛藤は止むことがなかったのである。

2.それらを読んで私が何よりも心を引き寄せられるのは、ダビデがサウルを殺す千載一遇の機会を得ながらそれを行使しなかった点である。13節でダビデは「私は手を下しはしません」と言い切っている。その言葉から説教題をつけた。ダビデがそのように言い切った理由は、7節にあるように「主が油を注がれた方に手をかけるのを、主は決して許されない」からであった。
 ダビデの部下は5節にあるように語った。実はそのように神様がダビデに語ったというのは、サムエル記のどこにも記されてはいないのである。確かに神様はサウルを王失格とし、ダビデを次の王として選んだ。しかし、だからといって神様が、サウルをダビデの敵としてダビデが思い通りにしてよいとは、つまりはその命を奪ってよい者として引き渡したとは言えなかったのである。ダビデの部下は、サウルが王失格との烙印を押され自分たちの主人ダビデが次の王として選ばれたことをそのように受け取った。執拗に命を狙って攻撃をしてくる者に対して反撃し、チャンスがあればそれを殺そうとするのは、いわゆる正当防衛であり、何ら問題ないように思える。ダビデもそのように思ってしまった。しかし踏みとどまったのである。ダビデは、神様が油を注いで特別な存在として選び立てた存在に手を下してはならないと思ったのである。
 久しぶりにこの箇所を礼拝で取り上げて、私は忘れていたことを思い出した。それは度々礼拝でお話しをしてきたことである。私は牧師になって7年目位の時に、牧師として大きな試練に襲われた。牧師としての未熟さ・愚かさから、洗礼を受けたばかりの3人の女性を教会から去らせてしまうようなことをしてしまった。詳しい事情をお話しすることはできない。そのうちのおひとりの女性宅を尋ねたときには、私は門前払いをされた。そして彼女からいただいた手紙には「あなたは牧師としてあるまじきことをした。牧師をやめるべきだ」となじられた。その後、私はどこにいても、誰と会っていても、その言葉が聞こえてくるように思えて、みんなが私にそう言っているように感じてきたのである。かなり精神的に参っていたのは確かだった。
 ちょうどその頃に、私が3週に一度のサイクルで説教していたヨハネによる福音書の御言葉から励まされたということは、何度も証しした。そしてもうひとつのサイクルとして説教していて励まされたのが、今日の御言葉だったのである。文字通りではなかったが、私はそのように私をなじった人から剣をふるわれ、皆もそのようにしているとさえ思うようになって、それは自分自身で自分に「手を下して」しまっていた状況なのであろう。牧師をやめねばならないと考えるようになっていた。ところが、このダビデの言葉を聞いて─それは不遜であり自分に都合のいい読み方だと言われてしまうかもしれないが─、私もサウル同様愚かな者であり過ちを犯した者ではあるけれども、しかし牧師として油を注がれた者であり、この私に誰かが手を下すことを神様はお許しにはならないのだと受け取ったのである。そして、この語りかけと併せてしばしばお話ししてきたような、ヨハネによる福音書を通しての御言葉もまた与えられたのである。

3.私たちは、文字通り「手を下し」殺してしまうようなことではないけれども、しかし自分で自分自身を裁き、またある人をばっさりと裁断して決めつけ、また誰からそのようにされて、まさにダビデがサウルに剣をふるってしまったような状況に置かれることがある。
 まずサウルを殺してよいと言ったダビデの部下たちがそうである。そのような状況下では、彼らがそのように考えダビデにそのようにふるまうのを進言するのは当然のように思える。決して神様自身はサウルをダビデの敵として扱ってはおらず、思い通りにしてよいなどとはおっしゃってはいないのに、自分たちの判断でそう考えてしまう。そうして手を下してしまう。
 実はサウル自身がそうしてきたのではないか、それが、彼の心病んでしまった最大の原因ではなかったのかと示されるのである。前回16章の後半、14節に「主の霊はサウルから離れ」の「離れ」と訳されたところは、通訳者の通訳原稿を読んでわかったのだが、英語聖書によればフォーセイクという英語が使われていると知った。forsakeとは「見捨てる」との意味だと記憶していた。しかし、果たして本当に神様はサウルを見捨てたのかと私は繰り返し問うてきた。確かに神様はサウルを王の地位からは離れさせようと思ったであろう。しかしサウルは死ぬまで王であり続けた。そこが本当に不思議なところだと思うのである。もしも神様が完全にサウルを見捨てたというのなら、すぐさま彼を王から退け、ダビデを王にすればよかったはずである。少年ダビデがサムエルから油を注がれた直後に王となればよかったのではなかったか。
 しかしなぜか神様はそうはしなかった。サウルは王であり続け、兵力を持ち、ゆえにダビデを執拗に追うことができた。そのためにダビデは、どれ位の期間かはわからないが、一桁の年数どころではない相当長い期間を逃亡者であり続けねばならなかったのである。そして、逃亡者だったそのダビデの口から「サウルは神が油を注がれた者だ」との言葉が出た。彼は「手を下してはならない」と言った。私はそのような点に、決して神様はサウルを完全に見捨ててはいない現れがあると受け止める。神様はサウルについて「手を下して」はいない部分があった。ダビデの部下やサムエルやサウル自身がそのように「手を下して」当然であったのに、神様はそうはなさってはいなかった。神様は何か余地を残していたのである。人間にはわからないし、手を下し得ない奥義というか、秘密のような部分がなおある。

4.さらに別の面で、サウルが勝手に「手を下す」ところもあったと思わせられる。すぐにではないけれども、いずれサウルは王位から退けられる。王からいずれ退けられるということは神様の決定であり、これは神様が手を下したことである。しかしそれに対してもサウルは自分勝手に手を下すのであった。頑固に王であろうとし続けるという形で手を下た。また次の王として選ばれたダビデを殺そうととするということで手を下そうとした。そうして神様が手を下したことを受け入れないのと、神様が手を下していないのに私たちが手を下そうとすることとは、同じ根っこにある。私たちは常にただ私たちの考えや見方で、自分や周囲の人に手を下すことを繰り返しているのである。その結果として心病んでしまうのではないだろうか。
 私は先々週の朝日新聞の土曜版に載った人生相談の記事を思い起こした。その相談は、女性からだった。その女性は、20年間躁鬱病を患い、ご主人は本当にご苦労をなさったようだった。そのご主人が昨年ガンで他界したという。彼は亡くなる半年前に、その女性に次のようにおっしゃったそうである。「あなたの病気のために大変な思いをした。精神的にも身体的にも大変な思いをした。もう顔を見たくないし、話しもしたくない」。そして「人殺し」とまで言ったというのである。亡くなる半年前にそう言われて、そして生き残ったその女性の気持ちは、察して余りある。「主人から言われた言葉は寝ても覚めても耳から離れず、心が晴れることはない」という。その相談の回答者、上野千鶴子さんであった。私はその女性を慰め得るのは、今日の神様からの言葉しかいないと改めて感じたのである。
 その女性も自分自身がご主人に対して、想像を絶するような犠牲を強いたと言っていた。「謝っても、謝っても、許してもらえないと思いました」と。だからその女性がご主人からそう言われるのも当然のことなのかもしれない。ダビデの家来がダビデに、あなたがサウルを殺してもよいと言ったのが当たり前だったように。死ぬ間際の伴侶から「人殺し」との言葉をあびせかけられるのは、上着の端を切り取られるどころではなく、半ば殺されるのと同じであろう。人間同士ではそのように手を下してしまうのである。しかし、神様はそのように手を下すことはないのである。私たち人間のようには手を下さない。たとえ人殺しと言われようとも、それほどに言われてしまう夫婦の間柄が20年も続いたというところには、人間には手の下し得ない何か意味がある。ダビデが、もしかしたら同じ位の年月をまさにサウルによって追われ続けたのと同じである。そのようにして長い時間サウルはダビデを追いかけることを通して、神様から油を注がれた者としての何らかの役割を果たしたに違いないのである。たとえ「人殺し」と言われるような者であっても、サウルはなお「主が油を注がれた者」であり続けたのである。同様に、その女性もご主人対してある役割を持っておられたはずなのである。確かに「人殺し」であったかも知れない。しかし、ただそれだけでばっさりとは断定しえない何かがある。私達には知り得ない何かがある。
 そのことに気づかされてダビデはサウルに手を下すことをしなかった。信仰の喜び・慰めとは、そこにこそある。人間的には当然にある裁きが、すなわち「手を下される」ということがあっても、神様は手を下さないと言い得ることなのである。常にその余地が残されている。そこに、私達の立つ瀬というものがある。

聖書:新共同訳聖書「サムエル記(上) 24章 1~13節」  聖書朗読
24:01ダビデはそこから上って行って、エン・ゲディの要害にとどまった。 24:02ペリシテ人を追い払って帰還したサウルに、「ダビデはエン・ゲディの荒れ野にいる」と伝える者があった。 24:03サウルはイスラエルの全軍からえりすぐった三千の兵を率い、ダビデとその兵を追って「山羊の岩」の付近に向かった。 24:04途中、羊の囲い場の辺りにさしかかると、そこに洞窟があったので、サウルは用を足すために入ったが、その奥にはダビデとその兵たちが座っていた。 24:05ダビデの兵は言った。「主があなたに、『わたしはあなたの敵をあなたの手に渡す。思いどおりにするがよい』と約束されたのは、この時のことです。」ダビデは立って行き、サウルの上着の端をひそかに切り取った。 24:06しかしダビデは、サウルの上着の端を切ったことを後悔し、 24:07兵に言った。「わたしの主君であり、主が油を注がれた方に、わたしが手をかけ、このようなことをするのを、主は決して許されない。彼は主が油を注がれた方なのだ。」 24:08ダビデはこう言って兵を説得し、サウルを襲うことを許さなかった。サウルは洞窟を出て先に進んだ。 24:09ダビデも続いて洞窟を出ると、サウルの背後から声をかけた。「わが主君、王よ。」サウルが振り返ると、ダビデは顔を地に伏せ、礼をして、 24:10サウルに言った。「ダビデがあなたに危害を加えようとしている、などといううわさになぜ耳を貸されるのですか。 24:11今日、主が洞窟であなたをわたしの手に渡されたのを、あなた御自身の目で御覧になりました。そのとき、あなたを殺せと言う者もいましたが、あなたをかばって、『わたしの主人に手をかけることはしない。主が油を注がれた方だ』と言い聞かせました。 24:12わが父よ、よく御覧ください。あなたの上着の端がわたしの手にあります。わたしは上着の端を切り取りながらも、あなたを殺すことはしませんでした。御覧ください。わたしの手には悪事も反逆もありません。あなたに対して罪を犯しませんでした。それにもかかわらず、あなたはわたしの命を奪おうと追い回されるのです。 24:13主があなたとわたしの間を裁き、わたしのために主があなたに報復されますように。わたしは手を下しはしません。


2021/07/18 聖霊降臨節第9主日礼拝

礼拝メッセージ:吉田 博夫 執事「百人隊長とイエス」  音声配信は行いません
 要旨掲載はいたしません

聖書:新共同訳聖書「マルコによる福音書 15章 35~39節」 15:35そばに居合わせた人々のうちには、これを聞いて、「そら、エリヤを呼んでいる」と言う者がいた。 15:36ある者が走り寄り、海綿に酸いぶどう酒を含ませて葦の棒に付け、「待て、エリヤが彼を降ろしに来るかどうか、見ていよう」と言いながら、イエスに飲ませようとした。 15:37しかし、イエスは大声を出して息を引き取られた。 15:38すると、神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂けた。 15:39百人隊長がイエスの方を向いて、そばに立っていた。そして、イエスがこのように息を引き取られたのを見て、「本当に、この人は神の子だった」と言った。


2021/07/11 聖霊降臨節第8主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「誓ってはならない」  音声配信
1.「一切誓いを立ててはならない」とのイエス様の言葉は、どのように理解したらよいのかとても難しい。それを文字通りに受け取って、裁判の場での宣誓を拒否する人々がいるという。
 その難解さから、その箇所を飛ばして説教をすることが多い。私の手元にある何冊かの説教集においても、そのようにされておられる先生方がおられる。かりに説教をなさっていても、その内容は読む者にとって『腑に落ちる』ものとは言い難いようである。
 一連のイエス様の言葉を受け止める上での基本的な命題、基本原則があった。それはイエス様はそれらの言葉を私達にそれまでイスラエル人が科せられていたもの以上の重荷を負わせるために語ったのではないということである。そうではなく、むしろその反対に、それまでイスラエル人が背負わされていた重荷を軽くし、かえって幸いを見いだせるようになるための砦や処方変として与えようとされたものだということである。

2.この基本的な原則をまず考えてみたいと思う。「一切誓いを立ててはならない」との言葉によって、イエス様はそれまでイスラエル人が負わされていた重荷をどのように軽くしようとされたのか。そのためのどのような砦や処方箋が与えられているのか。イエス様が「一切誓いを立ててはならない」とか「天にかけて・地にかけて・エルサレムにかけて・あなたの頭にかけて誓ってはならない」とか、そのように言っているということは、その前提としてイスラエル人が普段そのようにしばしば誓っていたということがあるのだろうと思う。そしてそのように誓うということが、彼らにある重荷を負わせてしまっていたということがあったのではなかろうか。
 誓いを立てるということは、私達にとってみれば、それは約束をしたり契約を取り交わしたりということに当たるのではないかと考えられる。大抵の約束や契約は大した重荷を私たちに背負わせるようなものではない。例えば何十年かのローンを組んで家を建てて借金を払ってゆくという契約はどうであろうか。私は、そうした契約などしたいと思ってもできない者でありますし、するつもりもないのだが皆さんの多くは、ごく当たり前にそうしたことをなさっておられるであろう。
 そうしたローンを組んで、何十年もかかって借金を払ってゆくことは、普通であれば可能なことであろう。しかし、今のコロナ禍や災害が度々起きるような状況においては、そうした重い責任を果たすことができなくなってしまうことがある。阪神大震災でも東日本大震災でも、家がなくなってしまったにもかかわらず、なおローンが残るということが大きな社会問題になった。幾分かは保険で対応できるようになったとはいえ、しかしなお根本的な問題が解決されたとは言い難い。欧米では、ローン対象の物件が消滅してしまった段階でローンもまた消滅するのが普通だと聞いたことがある。しかし日本では、なおその負債が当たり前のように残り、さらには連帯保証という制度によって家族や友人にまで債務が及ぶのである。
 「誓いを立てる」とはそのようなことであると示される。しかしそれは本来はあやふやでどうなるかはわからない未来を、なおその家に住み続けられ借金を払ってゆけるであろうものとして勝手に考えてしまうことではなかろうか。何十年先の未来までそういう願いを押し付けてしまうのである。それはイエス様の言葉で言うなら、36節にあるように将来という「髪の毛」を自分の思い通りに白くあるいは黒くしようとすることではないか。私達には、その1本すら思い通りの色にはできないのに、そうしようとするのである。それは、私達の人生に負いきれない重荷を背負わせてしまうこととなるのではないかと示されるのである。
 そうした背負い切れない負担を負わせてしまう約束というのは、家のローン以外にも多々あるのではなかろうか。私たちは自分自身が自分に願う期待や、伴侶や家族そして所属する組織からの期待に応えようとして、ある誓いを立て約束をして重い責任を果たそうとする。それは、その期待に応え誓いを果たせる望み通りの色に自分を染めようとすることなのである。自分自身のこれからがそういう期待に応えられるものであると考え、そこにある「ねばならぬ」を科してしまうことになる。期待に応えられず誓いを果たせない人生は価値なしとされてしまう。

3.誓うということには、そのような重荷があるのでイエス様は「一切誓いを立ててはならない」と教えたのである。誓いを立てないとは、本来自分のものではないものを我が物にしないということである。人生を自分の思い通りの色に染めようとしないということである。自分や大切な隣人に「ねばならぬ」ということを押し付けないことである。それが私たちから重荷を取り払ってくれる。幸いを見いだす砦になる。
 イエス様は、天は神の玉座であり、地は神の足台であり、エルサレムは大王の都であるとたたみ掛けている。それは私達が生かされているこの世界が、すべて神様のものであるとのことであろう。私達の人生の時間、私達の生涯も、体も心もすべて神様からお借りしたものである。そこには神様の玉座や王座があり、神様がそこに座り、あるいは立っておられ、私達はその隅っこを、言わば間借りしているに過ぎないのである。オーナーは神様なのである。間借り人でしかない私達には、髪の毛1本でさえ思い通りの色にすることはできないのである。
 そのことは、今の時代社会に生きる私たちにとっては、ひどく惨めで自由裁量の余地がないように受け止められてしまうかもしれない。私は、金曜日の夜9時からNHKラジオ第一で放送されている『飛ぶ教室』という番組を楽しみにして聴いている。作家で評論家の高橋源一郎が司会進行する番組で、前半は彼が勧める本の紹介がなされ、後半は毎回違うゲストが招かれての対談である。先々週は日本体育大学で筋肉トレーニングが専門の先生がゲストだった。なぜ今の時代社会で筋トレが有意義なのかと聞かれて、その先生はこう答えていた。「体に対して自分が主人になれる唯一とも言ってよい機会だ。幾つになってもトレーニングしさえすれば思い通りの体が作れる。コロナ禍で様々なものが思い通りにならず不安やいらいらがつのる時に、自分が主人になれる機会を持つのは心を安らかにする。」と。先生の言われるのもよくわかる。しかしこの先生の考えの根本には、度々紹介する諸富祥彦さんが言われる「わたしの人生はわたしのもの」との現代思潮が、やはりある。私が私の、特に体の主人であることが幸いとの考え方がある。それがその通り実現できたら確かに嬉しいし、心安らかというのはよくわかる。しかし、である。人はいつか、どれだけトレーニングしたくてもできなくなる時が来るし、自分の体なのに白くも黒くもできない時が絶対に来る。そうなった時に、それまでずっと自分の好みの体にできるのを喜びにしてきた人は、一体何を幸いにできるのかと。そのような人には、髪の毛1本さえ思い通りの色にできない人生はひどく惨めで不幸でしかないものと思うしかないであろう。自分が自分の主人になったり誰かが私の主人になったりするとき、必ずそこには「ねばならぬ」が科せられる。重荷が負わされる。誓いや期待によって果たせなかった人生が価値なしとされるのである。

4.そうであるがゆえに、間借り人に過ぎず髪の毛1本さえも自分好みの色にできないということを、ネガティブなこととしてではなく、むしろ私たちに幸いを見いださせるための処方箋や砦として受け止めてゆきたいと思うのである。
 私は、両親の家で過ごした時期を除けば、ずっと借りた家に住んできた者である。しかしそこには、間借り人でしかないゆえの気軽さが大いにある。家が流されてしまったなら、新しい家を探せばよいのである。髪の毛1本さえ思い通りにできないということは、言い方を変えれば、髪の毛1本にさえ私は責任を持たなくてもよいということである。ましてや体に対しても人生に対してもそうである。責任を持って下さるのはオーナーたる神様なのである。どこかが吹っ飛び、火事や津波にあうなら、神様が責任を果たして下さるであろう。そのことの気軽さ・安らかさは、この山上の説教で最も有名なイエス様の言葉─「空の鳥・野の花を見よ」の中で言われた「思い悩むな」(6章25以下)─に通じるのである。髪の毛1本についてさえ、体についてさえ、とにかく自分の自由にならないものについては、悩まずともよいのである。起きることはすべてオーナーたる神様の玉座・足台で起きることなのだから、間借り人たる私達はおろおろしなくともよいのである。
 勿論、間借り人には間借り人としての責任もある。間借り人には「善良なる管理者』という専門用語で言われる義務がある。神様が貸し与えて下さった体も人生の時間も、善良なる管理者としてその本来の目的に適うように適切に用いなければならない。そういう意味での責任がある。その本来の目的は何か。21節から43節までの一連の教えは隣人との関係についての教えであった。創造主たる神様が私達に隣人を与えて下さったのは、どのような目的のためだったのか。それは「人が独りでいるのは良くない。彼に合う助ける者を造ろう」とあったように、他の何でもなく「助けられる」ということなのである。神様が玉座であり足台であるものを私たちに貸して下さったのは、お金を儲けるためでも成功するためでも助ける人になるということでさえない。助けられる者になるためである。その幸いを味わうためなのである。
 それにふさわしく生きるのが私たちの責任なのだとすれば、それは果たせると思うのである。37節に「然り、然り。否、否と言いなさい」とあるのは、間借り人であるからこそ、様々なことに素早く応対できる態度であるように思う。オーナーではないのだから、たとえば借りている家やマンションのリフォームや塗装のセールスがあっても、間借り人でしかないのだから即座に迷うことなく「否」と言えるのである。助けることができる内は助けるように生き、それができなくなって助けられるようになればまたそれを喜んで「然り」と言って受け入れるのである。今月号の「こころの友」の1面タイトルは『ちゃんと生きなくてもいい』である。その著者は最後にこう書いている。「ちゃんと生きなくてもいいんです。助けてくれる社会的資源はたくさんあります。(2人の幼子を餓死させた母親が)母親であることから降り、『助けて』と言えていたら、2人の子供たちは生き続けられたはずです」と。

聖書:新共同訳聖書「マタイによる福音書 5章 33~37節」  聖書朗読
05:33「また、あなたがたも聞いているとおり、昔の人は、『偽りの誓いを立てるな。主に対して誓ったことは、必ず果たせ』と命じられている。 05:34しかし、わたしは言っておく。一切誓いを立ててはならない。天にかけて誓ってはならない。そこは神の玉座である。 05:35地にかけて誓ってはならない。そこは神の足台である。エルサレムにかけて誓ってはならない。そこは大王の都である。 05:36また、あなたの頭にかけて誓ってはならない。髪の毛一本すら、あなたは白くも黒くもできないからである。 05:37あなたがたは、『然り、然り』『否、否』と言いなさい。それ以上のことは、悪い者から出るのである。」


2021/07/04 聖霊降臨節第7主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「救いの言葉は私たちに」 1.使徒言行録の13章と14章は、パウロの1回目の伝道旅行の様子が描かれた箇所である。シリアのアンティオキアにエルサレム教会に次ぐ2つ目の教会が建てられ、その信者が世界で最初にクリスチャンと呼ばれた。そのアンティオキア教会からパウロとバルナバを中心とした人々が伝道へと遣わされていた。まず彼らはバルナバの郷里だったキプロス島へ向かった。そこで彼らは魔術師のエリマと対決した。その後キプロス島を出発して今のトルコにあたるビシデア州のアンティオキアに滞在した。そこでパウロは安息日にユダヤ人が礼拝を守っていた会堂に行き説教をしたのである。16節からは、使徒言行録に記されているパウロの最初の説教が記されている。
 26節の「この救いの言葉はわたしたちに送られました」という御言葉に心を惹かれた。なぜその言葉に心を引き寄せられるかと言うと、今の私たちにとっての救いの言葉が書かれており、それが私たちにとって、とても大事なことだと思ったからである。
 一体「救いの言葉」とは、どのようなものなのか。二日間にわたって説教したパウロたちを追いかけてきた人々に、パウロとバルナバは「神の恵みの下に生き続けるようにと勧めた」と43節にある。「神の恵みの下に生き続ける」とは、何とも慰め深い言葉だと思う。パウロが二日間続けた説教の後に、そのように人々に勧めたということは、彼の説教は「神の恵みの下で生き続けるように」とまとめることができるということを示しているであろう。そのことから「この救いの言葉」とは、私たちをして「神の恵みの下に生き続け」させる「言葉」と言ってよい。神の恵みの下に生き続けることが私たちにとっての救いであろう。
 なぜそれが救いなのか。神の恵みとは、私たちに悲惨な結果をもたらす因果の法則から私たちを救い出してくださる神様の力を意味する。私たち人間の世界ではAという原因からはBが生じ、そしてそれからはさらにCという結果が生まれてゆく。その因果律から私たちは逃れられない。ある番組で、コロナ禍で若い人々の自殺の増加が問題になっているとのことであった。母ひとり・娘ひとりで育った娘が、自分の自殺未遂体験を話していた。アルバイト先で仕事を失い体調を崩した彼女は、その状態が今後の生活を崩壊させてしまうのではないかと思い煩ってしまった。同様の不安におののいている人たちがどれほど多いことか。多くの人たちが、失職や病気や、ほんのささいな挫折から、それらがとんでもない惨めな結果へとつながるのではないかと心配している。
 そうであればこそ救いが今の私たちにも不可欠だと切に思う。その救いとは、失職とか病気とか様々なマイナスの状況から最悪な結末が生じてしまうという因果律が破られるということである。その反対に、Aというマイナスな始まりからなぜかXという驚くべき幸いが生じることである。神様の恵みが私達の因果のただ中に介入するとき、災いから幸いが生じる。そのような救いを、今日誰もが必要としているのではなかろうか。パウロは26節において、それが今も私たちに送られていると語ってくれている。

2.パウロのなした説教の前半、25節までのところでパウロは、神様の恵み・救いがどのようにイスラエル人の歴史において現れたかを語ったのだと思う。
 17節は「イスラエルの神は、わたしたちの先祖を選びだし」と始まる。それは言うまでもなくアブラハムのことを指している。その後の「エジプト云々・・・」とは、イスラエル人がエジプトで奴隷とされエジプトを脱出した後40年もの間、荒れ野をさ迷い、またパレスチナでは難民として苦難を味わったことを指している。20節に「約450年」とあるのは、それらの期間のことである。その後のこととして述べられているのは、サムエル記に書かれているサウル王の後に、ダビデが王とされたことであり、以後は一足飛びにイエス様へと至っている。そこには語られていないが、ダビデの子ソロモン以後、王国は二つに分裂し、その北側の王国は紀元前8世紀にアッシリアによって滅亡させられ、続いて南の王国は紀元前6世紀にバビロニアによって滅ぼされてしまい、人々はそれぞれアッシリアまたパビロニアへと捕虜とされてしまうという出来事があった。
 ざっと2000年に及ぶイスラエル人の歴史が言及されている。そこには人間の因果律というものが暗に語られていると思うのである。それは450年という歳月が端的に表しているように、奴隷とされて荒れ野をさ迷い、征服されて捕虜とされるという原因からは、イスラエル民族の消滅という結果が生じて当然である。最初に言及されているであろうアブラハムは、何と75歳にもなって跡継ぎのいない状況にあり、住み慣れた場所を離れて、全く見ず知らずの土地へと旅立たざるを得なかった。パレスチナに入った途端、飢饉に遭遇し、逃れたエジプトでは妻だとか妹だとか偽って難を逃れるしかなかった。アブラハムの孫にあたるヤコブとその子どもたちも、やはり飢饉を恐れてエジプトに移り住み、そこでエジプト王からの迫害にあい、奴隷として苦しめられ民族の消滅を企てられた。アッシリアやバビロニアによる征服と捕囚・・・イスラエル人は滅んで当然の状況だった。
 しかし、そこに神様の恵みが介入したのである。17節から25節までのパウロの説教には繰り返し「神は」という言葉が出て来ている。神は滅んでしまって当然のイスラエル人に関わって、彼らをその状況から選びだし、強大なものとし、導きだし、相続させてくださった。それが一連の神様の恵みである。神の恵みというものが介入しなければ、イスラエル人は滅んでしまっていて当然だったのである。

3.さてそこでの大事なポイントは、イスラエル人がどのようにしてその神様の恵みをいただき、その恵みの下に生きるようにされたかという点である。神様の恵みの下に生きられるようにしていただくのだから、どれほどか高い対価を神様に払い犠牲をささげたのか。神様はそれをイスラエル人に要求したのではなかったか。
 確かに他の神々ならばそうだったであろう。パレスチナの神々にしてもギリシャ・ローマの神々にしても日本の昔ながらの神々にしても、恵みという御利益を与えるからには、それに見合うだけの捧げ物や犠牲を要求するのである。場合によっては人身御供さえ求める。しかしイスラエルの神はどうであったか。イスラエルの神は何も求めなかったのである。求めたのはただ、神の言葉を聞き、それに応答して生きるということであった。それを証ししようとしてパウロは、わざわざ「この救いの言葉は」と言っている(26節)。イスラエル人を救う神の恵みは、ただ神の言葉によって与えられた。イスラエル人が求められたのは、犠牲でも利益供与でもなく、ただ神様の言葉に聞き従うことのみだったのである。
 兄弟宗教とされるキリスト教・ユダヤ教・イスラム教の根源には、等しくそのことが共通して根源にあるだと思う。なぜこれらの宗教・信仰がそれほどまでに多くの人々を引き寄せ、救いを与えるのであろうか。それは救いがただ「言葉」によって与えられるからなのである。神はただ信じる者に神様自身の言葉を聞くことだけを求める。ただ神の言葉を聞くことにおいて私達がその恵みの下に生きられると教えてくれる。それこそが救いなのである。
 アブラハムを改めて思い起す。75歳になってからの生まれ故郷や親族を離れての見知らぬ土地への旅立は、通常の人間世界の因果律からすれば、その行く末は滅びとしか言いようがない。しかしその彼に言葉をもって神は現れてくださったのである。その言葉とは、「あなたは生まれ故郷・父の家を離れて、わたしが示す地に行きなさい。(そうすれば)わたしはあなたを大いなる国民にし、あなたを祝福し、あなたの名を高める」というものであった。何らかのやむを得ない事情から故郷を離れて出てゆかざるを得なくなっていたアブラハムに対し、神はその言葉をもってその状況を肯定し祝福してくださったのであろう。この神の言葉をもって彼は強いられたその状況を受け入れ、進んでいったのである。それが彼を祝福したのであろう。滅亡する因果律から救われたのである。神の恵みの下に生き続けられるようになったのである。その子孫が私達なのである。
 私たちは、その神の言葉を聖書において聞き、またこうして礼拝で牧師が勧める言葉において聞くことができる。聖書とはいえ人間が記した言葉であり、また牧師はただの人間に過ぎない。しかしそこにおいて、「この救いの言葉は私たちに送られ」ているのである。むろんそれは完全な神様自身の言葉ではない。紙に書かれ人間の語る言葉でしかないのである。しかし、たとえ何万分の一、いや何兆分の一でしかなかったとしても、偉大な神様の言葉がそこにほんのわずかでも含まれているなら、それは私たちを救い神様の恵みの下に生き続けさせてくださる神の言葉なのである。それを私たちが聞き、応答するなら私たちは救われるのである。そうして毎週毎週神の言葉を聞くことができるということは、どれほどありがたいことであろうか。必ずや私たちを救ってくれるのである。
 またそこから神様の救いが現実の中に現れるのは、450年というような長い年月においてなのだということをも教えられる。出エジプト後の荒れ野のさ迷いから出るのに40年かかった。またバビロン捕囚からは50年の歳月が必要だった。パウロが神の恵みを証しするのに拠って経った年月は約2000年であった。そのような歳月の中で神様の救いというものは確かに現れ、目に見えるものとなってゆくのではないだろうか。

4.そのようにしてイスラエルの2000年の歴史において現れた神様の救い・恵みを証しした後でパウロは、さらにその救いの言葉がイエス様において現れたと語ったのである。そこでもパウロはまず通常の人間における因果律というものを語ろうとしていたのだと思う。27節から29節あたりまで、当時のユダヤ人指導者たちがイエス様を否み罪に定めて十字架につけて殺したことが語られている。普通であればそのように殺されたイエス様は墓に葬られそこで腐ってそれで終わりなのである。ローマの犯罪人として死刑にされたひとりの犯罪人のことなど、すぐさま忘れられて当然なのである。それが通常の因果律で起こることである。ところが、神様の恵みはそこに介入し、十字架で殺されたイエス様を復活させたのである。そしてイエス様は今も、姿形は見えなくとも生きておられるのである。
 それは神様の救いの言葉、恵みをもたらす神様の言葉がイエス様において、生きた人間の姿・形をもって現れてくださった─それをヨハネによる福音書のはじめでは「言は肉となって私たちの間に宿られた(ヨハネによる福音書1章14節)」─ということなのである。それは何のためかと言えば、私達がイエス様と信仰によって結び付き生涯を共にすることにおいて、神の救いの言葉を聞き、それに応答し、その恵みの下で生き続けられるようになるためである。私たちは神の言葉を聖書という紙の上に書かれた文字において聞くだけではなく、それ以前に何よりもイエス様という生きた人格において聞き、そして信仰においてイエス様と一緒に生きられるようになるのである。そのようにして神の恵みの下に生き続けられるようになるのである。イエス様において、神の言葉はなお聞きやすくまた応答しやすいものとして送られたのである。ローマの信徒への手紙の10章8節においてパウロは、旧約聖書の申命記30章14を引用して「御言葉はあなたの近くにあり、あなたの口、あなたの心にある」と勧めている。この世の因果を破る神様の恵みそのものとしてのイエス様という神の言葉が、それほど私たちの側近くに送られている幸いを思わずにはいられない。

聖書:新共同訳聖書「使徒言行録 13章 13~30節」  聖書朗読
13:13パウロとその一行は、パフォスから船出してパンフィリア州のペルゲに来たが、ヨハネは一行と別れてエルサレムに帰ってしまった。 13:14パウロとバルナバはペルゲから進んで、ピシディア州のアンティオキアに到着した。そして、安息日に会堂に入って席に着いた。 13:15律法と預言者の書が朗読された後、会堂長たちが人をよこして、「兄弟たち、何か会衆のために励ましのお言葉があれば、話してください」と言わせた。 13:16そこで、パウロは立ち上がり、手で人々を制して言った。「イスラエルの人たち、ならびに神を畏れる方々、聞いてください。 13:17この民イスラエルの神は、わたしたちの先祖を選び出し、民がエジプトの地に住んでいる間に、これを強大なものとし、高く上げた御腕をもってそこから導き出してくださいました。 13:18神はおよそ四十年の間、荒れ野で彼らの行いを耐え忍び、 13:19カナンの地では七つの民族を滅ぼし、その土地を彼らに相続させてくださったのです。 13:20これは、約四百五十年にわたることでした。その後、神は預言者サムエルの時代まで、裁く者たちを任命なさいました。 13:21後に人々が王を求めたので、神は四十年の間、ベニヤミン族の者で、キシュの子サウルをお与えになり、 13:22それからまた、サウルを退けてダビデを王の位につけ、彼について次のように宣言なさいました。『わたしは、エッサイの子でわたしの心に適う者、ダビデを見いだした。彼はわたしの思うところをすべて行う。』 13:23神は約束に従って、このダビデの子孫からイスラエルに救い主イエスを送ってくださったのです。 13:24ヨハネは、イエスがおいでになる前に、イスラエルの民全体に悔い改めの洗礼を宣べ伝えました。 13:25その生涯を終えようとするとき、ヨハネはこう言いました。『わたしを何者だと思っているのか。わたしは、あなたたちが期待しているような者ではない。その方はわたしの後から来られるが、わたしはその足の履物をお脱がせする値打ちもない。』 13:26兄弟たち、アブラハムの子孫の方々、ならびにあなたがたの中にいて神を畏れる人たち、この救いの言葉はわたしたちに送られました。 13:27エルサレムに住む人々やその指導者たちは、イエスを認めず、また、安息日ごとに読まれる預言者の言葉を理解せず、イエスを罪に定めることによって、その言葉を実現させたのです。 13:28そして、死に当たる理由は何も見いだせなかったのに、イエスを死刑にするようにとピラトに求めました。 13:29こうして、イエスについて書かれていることがすべて実現した後、人々はイエスを木から降ろし、墓に葬りました。 13:30しかし、神はイエスを死者の中から復活させてくださったのです。


2021/06/27 聖霊降臨節第6主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「偕老同穴」 1.イエス様は、律法の6つの戒めをあげて、それについての独自の教えを述べている。そのいずれもが、私たちには実行不可能なもののように感じられる。イエス様がどのような心でそのようなことを教えたのかと昔から読んだ者は悩んできた。大抵の人は、イエス様のその教えを文字通りに、自分たちが実行不可能なことを無理やりに科すものとして受け止める。ある人はキリスト教のハードルの高さに躓き、またある人はキリスト教という信仰を強制や禁止や命令と同じものとして受け取ってしまった。しかし私は、イエス様の教えは決してそのよううではないと思う。
 イエス様は決して、律法というものを文字通りの強制や禁止命令として教えてはおられなかった。私はそれを理解するためにふさわしいと思い憲法のことを引き合いに出した。憲法は、為政者に対しては強制や命令として機能する。しかし私たち国民に対しては、もっぱらその権利を擁護し幸いを手に入れるための砦や武器として機能する。日本国憲法には3つの原理原則があり、その原理原則に則って私たちを保護し、私たちの権利を擁護してくれる。そうした差があるのとないのとでは私たちが幸いを得るにおいて決定的な違いがある。戦前の明治憲法の下では、基本的人権の尊重や平和主義・国民主権という原理原則はなかった。天皇主権であり天皇の権威の下で国民には「臣民」としての権利しかなかった。だから、いともたやすく戦争へと徴用され、命を奪われても何ら戦う術を持たなかった。戦後は、この国は日本国憲法により全く違う原理原則の下で統治されることとなった。私たちは、幸いを手に入れるための砦や武器を与えられることとなったのである。

2.同じように、この箇所に書かれている律法という法も、この世界の創造者でありその世界の中に私達人間を置いた神様が、この世界を成り立たせている上での原理原則を現したものであった。それは私たちがこの世を生きて幸いを得るための砦となり武器となる。
 それでは律法という憲法に、神様はどのような原理原則を込めたのか。21節から5章の最後までに取り上げられている6つの律法の戒めは、33節以下の「誓ってはならない」を除くと、すべてが人間関係における定めである。そこに神様が込めた原理原則は、創世記2章18節の「人が独りでいるのは良くない。彼に合う助ける者を造ろう」という御言葉である。なぜ神様が私たちに隣人を与えたかと言えば、私たちが何よりも、私たち自身を助けてくれる者を得るためなのである。他のどのようなことがなくとも、隣人から助けられることにおいて私たちは幸いを見いだすことができる。そのために神様は隣人を与えてくださった。それが人間関係の中に神様が込めた原理原則なのである。
 広く隣人関係というところからさらに進んで、特に夫婦の間柄に込められている原理原則も同じなのである。創世記2章18節の続きには、神様は最初の人アダムのあばら骨の一部を取って妻を造り、アダムはそれを見ると「これこそ私の骨の骨、肉の肉」と喜んだとある。2章の最後25節では「人と妻は二人とも裸であったが、恥ずかしがりはしなかった」とある。そこに、助けられる幸いがどのようなものかということがよく描かれていると私はいつも思う。
 それは丸裸である自分を恥ずかしいと思わないということである。丸裸とは、様々なものを剥ぎ取られ失ってしまった私たちを指している。そういう自分を恥ずかしいと思うのが普通である。自分こそが、そのようになった自分を受け入れることができない。そうであればこそ、人が独りでいるのはよくないのであろう。独りでいては、他でもない自分が裸の自分を受け入れることができないからである。しかし隣人が、誰よりも伴侶が受け入れてくれる。なぜならば、伴侶だけが同じ骨・同じ肉を持っているからである。それは長い時間苦楽を共にしてきた者同士だけが、その生活の積み重ねの中で、あたかも「同じ骨・同じ肉」を持つ者のようになることを意味している。良く体験することだが、買い物に別々に出掛けた私たち夫婦が、偶然同じ食べ物を買ってくることがある。昼に別々に外食したメニューが同じだったということもよくある。そのように伴侶であるがゆえに、いつのまにか同じような体になり、同じ食べ物を欲しがる存在になっているのである。だから、伴侶の独りが丸裸になっているとすれば、傍らにいる者も同じように裸なのである。傍らに丸裸でいてくれる存在があればこそ、私たちははじめて丸裸の自分を恥ずかしいとは思わなくなれるのである。それが「助けられる」ということなのである。
 その幸いを改めて思う。助けられる幸いとは、ポジティブな幸いではない。自分が自分の思い通りの何かを手に入れられる幸いではない。助けられる状況というのは、まさに「られる」という言葉が示すように、受け身・パッシブの状況であり、それは山上の八福で教えられたようにパッション・苦しみと同義なのである。丸裸にされるのはとても辛いことである。しかしそこでしか見いだせない幸いがあり、それは助けられる幸いでなのある。

3.そのような希有な幸いを見いだすようにと、神様は隣人関係の中でも特に夫婦という関係を与えてくださったのである。苦しみや悲しみが満ちたこの世界の中でも、幸いを手に入れるためのなくてはならない砦や武器として与えてくださったのである。それを私たちはいとも簡単に手放し壊してしまうので、イエス様は教えてくださったのである。夫婦という間柄を壊し手放してしまうのは、決して「姦淫」という実行行為だけではなく「みだらな思いで他人の妻を見る」ということも大きい。不法がないのに容易く離婚してしまうこともそうである。
 その前にどうしてもお話ししなければならないと強く思うことがある。それは結婚を、そうしたことで手放したり壊したりする以前に、結婚を最初から受け取らないということである。独りでいる人々にとっては聞きたくない話になってしまうかもしれない。しかし創世記2章18節で神様が「人が独りでいるのは良くない」と言ったことを、よくよく受け止めてほしいと思うのである。余りにもたやすく「人は独りでも良い」と考えてはいないだろうか。独りでいることの都合良さや快適さに慣れっこになってはいないだろうか。
 確かに、たとえ夫婦ではなくとも、それ以外の隣人関係において「助けられる」幸いを味わえるようにはしてくださったのだとは思う。しかし夫婦という間柄から与えられる幸いは格別なものがある。長い間苦楽を共にした夫婦でなくては「これこそわたしの骨の骨・肉の肉」と言えるようにはならない。なぜ神様は、わざわざアダムのあばら骨の一部から妻を造ったかというと、あばら骨とは人間の骨の中で一番折れやすいということから、夫婦はお互いの一番弱い部分を共有し、それをもってお互いを形成しあってゆく存在だと思うのである。そうであればこそ相手が丸裸になったときに、恥ずかしいと思わせないのではないだろうか。
 先日私は、録画しておいた「孤独死を越えて」というテレビ番組を観た。孤独死をした人々の内、特に男性たちが、余りにも簡単に夫婦や家族とのつながりを絶ってしまっているということを感じさせられた。りっぱなマンションで孤独死をした男性はかつて、「これからはそれぞれ別の生き方をするのがよい」と言って独りになった。しかし、どうも独りになったのはその男性だけで、彼の妻と息子は同居しているか頻繁に連絡を取り合っているようだった。男性とは、なぜか伴侶にも子供たちにも丸裸の自分・弱い自分と言うものを見せようとせず、失職したり病気になったりすると、そういう自分を隠してしまい、丸裸になってしまった自分を自分で切ってしまって、ひいては伴侶や子どもたちにも同じように自分を切ってしまうようにと、わざと仕向けるところがあるように思う。しかしそれでは幸いを見いだすことができないのである。自分の最も弱い部分を共有しつつ一緒に生きてくれている伴侶がいるということが幸いを見いだすためには不可欠なのだと思う。

4.そこで、神様からいただいた貴い砦としての夫婦の間柄を破壊するものとして、「みだらな思いで他人の妻を見る」ことや不法でもないのに離婚してしまうことがイエス様によって警告されているのである。
 まず「みだらな思いで他人の妻を見る」ということはどういうことか。それはしばしば紹介するバークレーによれば、私たちがちらりと女性を見やるというようなことではなく、明らかに誘惑する目的をもって既に結婚している女性をじっと見つめるという意味なのだそうである。一体なぜそのような目で既に結婚している女性を見るようになるのであろうか。それがなぜ姦淫となって実際の結婚を破壊する危険があるのだろうか。「みだらな思いで他人の妻を見る」ということには、熱烈な情熱のような思いがある。欧米の映画やテレビドラマを観ていると、彼らは恋人時代や若かりし頃の熱い情熱を、そして抱き合うことを何よりも大事にしているような印象を受ける。たとえ夫婦であってもそうした情熱を抱くことがなくなったら、それを抱ける相手を探すのである。そしてj、いともたやすく離婚をしてしまう。1~31節以下に語られている離婚も、不法なことがあって故のどうしても避けることのできないものではなく、今示されたような理由での離婚が考えられているのではなかろうか。そこでの「不法」とは、結婚が助け助けられ間柄となり、互いの骨・肉を共有し、丸裸のお互いを受け入れるために必要なものがない状況を言う。しかしそこでの離婚は、そのような理由によるものではなく、「みだらな思いで他人の妻を見る」ということに典型的に現れているような情動や情欲によるものなのである。確かにそれは私たちを生き生きとさせるに違いない。恋をすることは何よりも若返りアンチエイジングの妙薬であるかもしれない。しかし、それは神様が結婚において私たちに与えてくださった幸いを得るための砦を壊し、失ってしまうことなのである。
 夫婦は長い間共に生きることを通して「同じ骨/同じ肉」を持つようになった存在である。創世記2章24節の御言葉によれば「父母を離れて一体」となった存在なのである。そのような相手に対して、恋人に抱くような情動を抱けないのは当たり前ではないだろうか。イエス様が教えているのは、私たちが抱くそのような情熱とか情欲とか恋い焦がれるとか、そういう感情に支配されてはならないということなのである。感情に支配されてはならないということは、結婚をせずに独りを良しとすることにも言えるであろうし、「孤独死」のテレビの話題のように、たやすく独りになってしまうことにも言えると思うのである。「みだらな思い」に象徴されるような情動や情欲という感情は、決して私達に幸いを与えるものではないのである。神様がくださった結婚という砦こそが私たちに幸いを与えてくださる。その砦に守られて夫婦共に(偕に)老いて同じ墓穴に入るまで歩みたいものである。

聖書:新共同訳聖書「マタイによる福音書 5章 27~32節」 05:27「あなたがたも聞いているとおり、『姦淫するな』と命じられている。 05:28しかし、わたしは言っておく。みだらな思いで他人の妻を見る者はだれでも、既に心の中でその女を犯したのである。 05:29もし、右の目があなたをつまずかせるなら、えぐり出して捨ててしまいなさい。体の一部がなくなっても、全身が地獄に投げ込まれない方がましである。 05:30もし、右の手があなたをつまずかせるなら、切り取って捨ててしまいなさい。体の一部がなくなっても、全身が地獄に落ちない方がましである。」 05:31「『妻を離縁する者は、離縁状を渡せ』と命じられている。 05:32しかし、わたしは言っておく。不法な結婚でもないのに妻を離縁する者はだれでも、その女に姦通の罪を犯させることになる。離縁された女を妻にする者も、姦通の罪を犯すことになる。」


2021/06/20 聖霊降臨節第5主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「サウルを安らかにするダビデ」 1.14節に「主の霊はサウルから離れ、主から来る悪霊が彼をさいなむようになった」とある。サウルは心を病んでしまったということであろう。彼を王として選んだ預言者サムエルから「神様はあなたに王失格との烙印を押した」と告げられた。15章の最後にあったように、サムエルは二度とサウルに会おうとはしなかった。心を病むサウルは、ダビデが自分の次に王となるべき者として選ばれたことを知らなかったのか、ダビデを召して、その奏でる竪琴の音をもって心を安らかにしていた。ここには、つかの間のサウルとダビデとの穏やかな関係があった。まだ少年だったダビデがペリシテ人の巨人ゴリアテを倒してから、ダビデの評判がうなぎ登りに高まってゆくのと比例するかのように、サウル王のダビデへの憎しみ・敵意は増し加わり、幾度もダビデを殺そうとした(17章)。ダビデはサウル王の追っ手から逃れ、ユダヤ全域を長い間逃げ回らなければならなかった。ダビデには、その間に何度か追ってきたサウルを殺すチャンスが巡ってきた。しかしダビデはなぜかそのチャンスを利用することはしなかった。サムエル記(上)最終章でサウルが戦死してしまうまで、二人の息詰まる攻防劇が描かれてゆく。

2.サウルはダビデへの敵意に駆られるほどに心を病んでしまった。それについて14節は「主の霊はサウルを離れ、主から来る悪霊が彼をさいなむようになった」からだと記している。そうなってしまった経緯を振り返ってみたいと思う。9章に、サウルがはじめて預言者サムエルと出会い王様になるべく選ばれた時のことが書かれていた。その時サウルは、行方不明になってしまった何頭かの父のロバを探していたところだった。もしも彼の生涯が、王様になることなどなく、一生を父の家畜を飼う者であったのなら、彼は心病むことなどなかったであろうにとつくづく思う。しかし彼の意に反して神様は、彼をイスラエルの最初の王様に選んだ。
 そもそもサウルは王にふさわしい能力や人々からの支持があって王に選ばれたのではなく、彼は一介の牧童に過ぎなかった。そのような彼が、突然サムエルから「あなたはイスラエルの王になる」と言われても当惑するばかりだったのである。サウルは、王として選ばれた者として最初に人々の前に立たされたときにもなお、荷物の間に身を隠していた(10章22節)。そのような彼を人々は「こんな男に我々が救えるか」と侮った(10章27節)。
 そのようなサウルが、よりにもよってイスラエル人の最初の王様に立てられたのだから、そのプレッシャーたるや想像に難くない。サムエルを通して神様からの様々な指示を受けたが、どうしてもそれに従い切ることができなかった。決定的な離反をした後で、サウル自身が次のようにサムエルに言った。「私は、主のご命令とあなたの言葉に背いて罪を犯しました。兵士を恐れ、彼らの声に聞き従ってしまいました(15章24節)」と。何の力もなく、また人々からの支持もない中で、半ば無理やり王とさせられたのだから、そのような彼が人々を恐れ、その歓心を買おうとしたのは当然ではないかと私は思う。サウルはそこでおのれの罪を悟り、サムエルに「一緒に帰ってほしい。共に神様を礼拝したい」と願った。しかしサムエルは冷たくこれを拒んだのである。果たしてそれは牧会者としてどうであったのか。神様の御心を正しくとらえていたのだろうかといつも思う。おのれの罪を悟り「どうぞ私の罪を赦し、一緒に帰って礼拝させてください」と願う者を神様は拒むだろうか。しかしサムエルは拒み、もう二度とサウルと会おうとはしなかった。サウルはそのサムエルのありさまを、そのまま神様の姿として受けとってしまったのではなかったか。そこにこそサウルの心を病む理由があったのだと思う。

3.私たちはそのときのサウルのような王様ではないが、人を恐れ人の評価や歓心を買わざるを得ない立場に置かれることがある。35年間、私は牧師として歩み、またそのほぼ半分を教区の執行部としての責任を担ってきた。だからそのことがよくわかる。「人を恐れるな、人の評価を欲しがるな」と言われても、それはサウルのような立場に置かれては酷なことである。だから、そこでこそ、なくてならないのは神様からの支持なのである。人々からの支持や称賛はないかもしれない。大きな過ちを犯してしまったとしても、それでも神様は私を支持し、その務めを与えてくださっていると信じることが大切なのである。
 私自身何度か牧師としての危機を、そのようにして乗り越えてこられたとしみじみ思う。かつて牧会者としての愚かさと未熟さから、何人もの信徒を教会から去らせてしまった。相手のひとりからは「あなたは牧師としてあるまじきことをした」と面と向かってなじられた。しかしそれでも説教をし、そこで与えられた御言葉を通して私は神様の声を聞くことができた。ヨハネによる福音書の説教をしているときだった。復活したイエス様がイエス様を3度否んだペトロに「私の羊を飼いなさい」と3度命じた場面(21章)を通してであった。「私を3度も否んだあなただからこそ、罪を犯したあなただからこそ、私の大切な羊を託すにふさわしい」とイエス様はおっしゃってくださった。実際に私は、そのイエス様の声を聞いたような体験もした。
 14節はじめに「主の霊がサウルから離れ」とある。主の霊とは、そのように過ちを犯したサウルや私達をも、なおも主なる神様と結び付けてくださる力、たとえて言えば神様からの引力のような力を指している。そこでは「主の霊はサウルから離れ」と御言葉そのものはそのように記してある。しかし私は、敢えて問いたい。果たして主の霊は本当にサウルを離れたのかと。それはあくまでサムエルの理解であり、またサウルの捉え方でしかなかったのではなかったか。ローマの信徒への手紙の8章38節には、次のようにある。「私は確信しています。死も命も、天使も、支配するものも、現在のものも未来のものも、力あるものも、高いところにいるものも、低いところにいるものも、他のどんな被造物も、私たちの主イエス・キリストによって示された神の愛から、私たちを引き離すことはできないのです」と。残念ながらサムエルもサウルも、そのようなイエス様に現された神様の愛を知らなかった。だから、サウルが過ちを犯すと、主の霊は私を離れてしまったと受け取ってしまった。そのようにすると、ますます人を恐れ人の声のみに聞き従おうとする者になる。けれども残念ながら、求め願うような称賛や評価は与えられない。かえってますます支えられるよりどころを失ってしまうのである。そして心を病んでしまうのである。
 それを聖書は、14節後半に「主から来る悪霊がさいなんだ」と書いている。その表現は、あたかも神様自身が悪しき霊を送ってサウルをさいなむかのように読める。しかし、そのように読んでは決してならないのである。神様は決してサウルを見限って悪しき引力を彼に及ぼすようなことはなさらないからである。神様からの良き力は、常にサウルや私たちに及んでいる。しかし神様からの良き力は、不断に私たちに及んでいるとはいっても、その力の効果が私たちの上に現れるためには、私たちの側がその力を発見し、それによりすがることが不可欠なのである。
 よいたとえだとしみじみ思い返すことがあります。神学校の講義で、ある先生がラジオの電波にたとえて、「それは常に私たちに送られているけれども、それを聞くためには受信機が必要であり、さらに周波数を合わせねばいけないのだ」とおっしゃいました。おそらくその比喩は、その先生が独自で考えだしたものではなく、多くの方が教えてきたものであるようでした。そのように神の霊・愛も常に私たちに注がれているのですが、しかしそれを私たちは信仰という受信機を持ち、さらに周波数を神の霊に合わせなければなりません。残念ながら、それがサウルにはできなかったし、牧会者サムエルもそのように牧会できなかったのです。そのために、そこに悪しき力が入り込みます。悪い声が聞こえてきます。突き詰めれば、神様から王として選ばれたがゆえにサウルは悪しき力に引っ張られてしまうようになったのです。根源には神様の選びというものがかかわり、神様の霊を捉えることができなかったことがからんでいるのです。そういう意味で「主からの」という言葉が使われているのです。

4.さて、王として選ばれたサウルのそのような悲惨さは、今日の多くの人々に重なることなのだと示されるのです。牧師である私自身のことについては先ほどお話をしましたが、王であるという点について言えば、それは今日の社会では、すべての人が文字通りの王様ではありませんけれども、王としての性格を持っていると改めて思うのです。サウルが王に選ばれなければ心病むことなどなかったように、今日の私たちも王様のようにならなければ心病むこともなかったのです。どういう意味で私たちが王様なのかと言えば、何度もご紹介したカウンセラーの諸富祥彦さんは、フランクルの心理学を解説した『どんな時も人生に“イエス”と言う』という本の中で、現代の人々から幸いを奪ってしまっている諸悪の根源は「私の人生は私のもの」という考え方だと断言しておられます。「私の人生は私のもの」とは、つまり私が私の主人であり王様だということです。現代の私たちは、多かれ少なかれ王様になってしまいました。かつてのサウルのように黙々と父のロバを飼う者であれれば・・・と思いますが、もはやそうはいきません。それゆえに私たちは常に人を恐れ人の声のみに聞き従おうとするのです。人に引っ張られてしまう民なのです。そして多くの人は、最初から神様に引っ張っていただくということを知りません。だから心病む闇は深いのではないでしょうか。
 先週の日曜日の夜のTV番組「NHKスペシャル」は、今若者の自殺が大きな問題となっていると報じていました。その番組は、自殺する原因の多くは不明だが、わかっている理由の一番大きなものは成績の不振であり、次は将来への不安なのだと言っていたように思います。自殺を未遂にとどまったひとりの若い女性が事情を話していました。母ひとり娘ひとりで育った彼女は、アルバイトをいくつもして家計を助けることに生きる意義を感じていました。それが、コロナ禍でアルバイトがすべてだめになり、さらには体調も崩してしまい、このままでは母の負担にしかならないと将来を悲観してしまったのだそうです。サウルは「人を恐れ人の声に聞き従った」というのですが、その「人の声」とは、実は大抵は自分自身の内からの声なのではないでしょうか。彼女の母は勿論のこと周囲の誰も彼女に対して、「家計が支えられなくなったあなたは生きる価値がない」とは言わないのです。そうささやく悪しき声は彼女人自身の内から聞こえてきます。それは、王様として思い通りのものを手にしたいと願う声であり、それができなければ生きていても空しいとささやく声なのです。本当に悪霊とも言うべき声だと思います。
 その悪霊に立ち向かうことができるのは「主の霊」しかないのではないでしょうか。神様が良き主人であり王様として、私たちを引っ張り導いてくださっているのだとの信頼ではないでしょうか。ダビデは、主の霊に捉えられていたからこそ、心病んだサウルを安らかにできたと示されるのです。サウルが側近くに置き、その奏でる音楽によって心安らかにされたダビデとは、そもそもどのような存在なのでしょうか。それは前回16章の前半で教えられたように、サムエルがやってくる晴れの席に呼ばれもしなかった8人兄弟の末っ子なのでした。彼はサウル以上に誰からも期待をかけられていなかった存在だったのです。しかし神様は、そのようなダビデを次の王として選びました。ダビデはサウルが見失ったものを持っていました。それは霊であり神様の選びです。それが私たちを心安らかにするのです。それを失い、側から遠ざけてしまっては後はサウルのようになってしまいます。そのダビデは、イエス様の先駆けです。十字架の上に見捨てられた存在を神様は選びました。そのイエス様につながることにおいて私達は主の霊に導かれており、悪霊にさいなまれることはないのです。

聖書:新共同訳聖書「サムエル記(上) 16章 14~23節」  聖書朗読
16:14主の霊はサウルから離れ、主から来る悪霊が彼をさいなむようになった。 16:15サウルの家臣はサウルに勧めた。「あなたをさいなむのは神からの悪霊でしょう。 16:16王様、御前に仕えるこの僕どもにお命じになり、竪琴を上手に奏でる者を探させてください。神からの悪霊が王様を襲うとき、おそばで彼の奏でる竪琴が王様の御気分を良くするでしょう。」 16:17サウルは家臣に命じた。「わたしのために竪琴の名手を見つけ出して、連れて来なさい。」 16:18従者の一人が答えた。「わたしが会ったベツレヘムの人エッサイの息子は竪琴を巧みに奏でるうえに、勇敢な戦士で、戦術の心得もあり、しかも、言葉に分別があって外見も良く、まさに主が共におられる人です。」 16:19サウルは、エッサイに使者を立てて言った。「あなたの息子で、羊の番をするダビデを、わたしのもとによこしなさい。」 16:20エッサイは、パンを積んだろばとぶどう酒の入った革袋と子山羊一匹を用意し、息子ダビデに持たせてサウルに送った。 16:21ダビデはサウルのもとに来て、彼に仕えた。王はダビデが大層気に入り、王の武器を持つ者に取り立てた。 16:22サウルはエッサイに言い送った。「ダビデをわたしに仕えさせるように。彼は、わたしの心に適った。」 16:23神の霊がサウルを襲うたびに、ダビデが傍らで竪琴を奏でると、サウルは心が安まって気分が良くなり、悪霊は彼を離れた。


2021/06/13 聖霊降臨節第4主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「しかしわたしは言う」 1.イスラエルの人々が先祖代々受け継ぎ堅く守ってきた6つの律法についてのイエス様独自の考えが教え示されてゆく。その言葉には共通するパターンがある。まず、冒頭に伝えられてきた律法の文言が掲げられ、その後で「しかし私は言っておく」とあって、それ以後にイエス様独自の教えが示されゆく。
 5章最後まで続くイエス様の一連の教えを、どのように受け止めたらよいかという点については、昔から多くの者たちが悩んできた。私たちが悩む最大の理由は、イエス様の教えがそもそも私たちには実行不可能なものであるという点である。イスラエル人が先祖代々守ってきた「殺すな」という律法ならば、大抵は実行可能なものであろう。「殺すな」を通り越して「兄弟に腹を立てるな」という戒めとなると、それはもう到底実行不可能ではなかろうか。27節からのところでもそうである。伝統的な「姦淫するな」という律法ならば、何とか実行可能であろう。しかし「みだらな思いで他人の妻を見るな」という戒めは、男性であればそれは到底実行不可能ということは誰もが身をもってよくわかることであろう。5番目の「右の頬を打つなら左の頬を向けよ」も6番目の「敵を愛せ」もしかりである。
 そもそも実行不可能な戒めをなぜイエス様は、どのような心をもって「しかし私は言っておく」と教えたのであろうか。一つの受け止め方としては、わざわざ私たちには実行不可能なことを命じることで、そうできない私たちの罪深さや病んでいる状態を痛烈に知らせるためだというものだった。もう一つは、私たちには実行不可能と思えるけれども、それでも私たちにそれを行うよう努力させるためだという受け止め方であった。トルストイは、そのような読み方をしていたそうである。
 このような2つの受け止め方は、まるで正反対のようだが、実は根っこは同じだと私は感じる。それは、イエス様の教えたことを実行不可能であるとするか実行しようと努力するかはともかく、両方とも「ねばならぬ」ものとして受け止めているという点である。それは文字通りの「律法」であり、私たちに「ねばならない」という「たが」をはめ、強制するものとして理解されているのである。そのような理解は、キリスト教という信仰を多くの人から遠ざけてしまう働きをしてきた。スイスのクリスチャンの精神科医師ポール・トゥルニエは、診察に来た患者に「あなたにとってキリスト教信仰とはひとことで言って何ですか」と聞いたところ、しばしば「禁止・強制・警察と同じ」との答えが返ってきたと言っていた。特に山上の説教におけるイエス様の律法についての教えは、そうしたキリスト教のイメージを作り出す大きな要因だったのであろう。
2.しかし律法を強制や禁止とすることは、17節から20節の律法についての総論と言葉から私達が教えられたこととは決定的に違うのである。振り返ると、イエス様は山上の説教をまず山上の八福を教えることから始められた。それが律法についての教えの扇の要であった。悲しみや苦しみが満ちているこの世界ではあるけれども、しかし私たちはそこにも幸いを見いだすことができる。そのための技術・処方箋として、イエス様は律法を教えているのだと教えられた。
 例えば日本国憲法は、少なくとも私たち国民にとっては、決して強制や縛りではなく、むしろ私たちがこの国で幸いを得て生きるための砦となり、具体的処方箋を与えてくれるものである。それを砦とし処方箋として私たちは裁判に訴えて不法なものと戦うこともできるのである。イエス様の時代の律法という法も、そういうものだと私は受け止める。それは決して私たちを縛り、「ねばならない」と強いて苦しめ、かえって辛いを奪うものではないのである。そうではなく、私たちから幸いを奪おうとする様々な力から、むしろ私たちを守り、戦わせ、武器となり、薬となってくれるのである。
 病気になったときに、医者から時には厳しい生活指導をされ苦い薬の処方箋を出されることがある。しかしそれは、厳しくはあるが、そこには治療法があり、その病気に対して戦うすべがあるということであり、喜ばしいことなのである。イエス様が教えたことが到底実行不可能と思われるほど厳しい処方箋なのは、私達が身を置く戦いの場や病への対処がそれほどに厳しいということを物語っているのである。それほどの処方箋や武具をもって処さなければ戦い得ない相手だということなのである。しかし戦う処方箋はあり、治療の砦がある。イエス様があたかも医者として、それを教え示してくださっていることの幸いをまず思いたい。

3.そこで、6つの処方箋が処方されてゆくのである。33節から37節の「誓ってはならない」を別にすると、すべてが隣人との関係についての処方箋と言ってよいと思うのである。イエス様は、隣人との関係のありかたについて5つの処方箋をあげて教えておられる。そこで考えさせられるのは、この5つの処方箋全体を貫いている原理原則はどのようなものかということである。
 その点については、聖書全体と律法すべてを貫いている神様に由来する原理原則が創世記1章1節に記されている創造ということだと教えられた。では特に隣人との間柄においてはどうであろうか。神様はそもそも何を創造しようとして私たちに隣人との関係を与えたのであろうか。それは、男と女という関係において語られていることではるが、やはり創世記1章27節に「神はご自分にかたどって人を創造された。男と女に創造された」とあり、これを受けて2章18節にある「人が独りでいるのは良くない。彼に合う助ける者を造ろう」との御言葉に示されていると思うのである。私はこれまで、この御言葉を、特に2章のそれには専ら男女の、特に結婚という関係について教えるものと理解してきた。しかしそれは決してそうではなく、男女とか結婚という関係を越えてすべての隣人との関係を教えるものだと示されたのである。なぜ神様は私達に隣人との間柄を与えたのかと言えば、それは私たちが独りでいるのは良くないからなのである。なぜ良くないかと言えば、ふさわしい助け手がいないからである。神様は私たちに、ふさわしい助け手をくださるために、何よりも私たちが助けられる者となるために、そしてそこにおいて私たちがこの世の人生において幸いを見いだすために、隣人を与えてくださったのである。
 悲しみや苦しみが満ちたこの世界で、独りでは決して見いだすことのできない幸いも、なぜか助け助けられるという隣人との間柄の中では見いだすことができるのである。いつぞやか、クラウドファンディングについての特集番組の中で、コロナ禍で困窮した若い女性が、自分自身が助けられたので同様の境遇にある人々を助けたいと思って、余裕はなかったけれどもクラウドファンディングに募金をしたと語っていた。コロナ禍に置かれるまでは助け助けられることなど他人事だと思っていたそうである。しかし今回、それが「自分事」だと思えるようになったと話していた。募金をしたところで、彼女が置かれている困難な状況は何も変わりはしない。しかし助け助けられる隣人を見いだすことでこの女性は、そこにささやかな幸いを見いだしたのである。それは、「地の塩・世の光」の御言葉で教えられたように、本当にささやかな小さなものだが、しかしそれは幸いとして決してなくならない塩であり光なのである。塩や光としての働きがその人の中でなされる。それを発見したのは、助け助けられることによってだったのである。
 自分独りでは、当たり前のことだが、誰かを助けることなどできず、また助けられるという境遇に身を置くこともできないのである。助け助けられる境遇に身を置くということは、なぜか不思議な変化を私たちにもたらすように思う。かつて牧師になって4年か5年ほど経ったときに、私はアキレス腱を切って入院した。そのときのことをふと思い起こした。手術後、痛み止めの薬のせいで吐き気に襲われ、何度も夜中に看護師を呼んだ。またリハビリのために毎日マッサージを受け「手当て」というものの何とも言えない「暖かさ」を味わった。私は助ける側ではなく、助けられる者になった。しかしそれによって、「助けられてもよいのだ、お世話をかけてもよいのだ」と知ることができたのである。牧師としての歩みの中で、何度か自分独りでは解決できない悩みの中に置かれたときにも、先輩の牧師の助けをいただいた。これからますます助けられる者となってゆくだろうと思う。しかしそこにこそ幸いを見いだすようにと神様は私達を隣人と生きる者として創造してくださったのである。

4.ところが私達は、せっかくの隣人を与えてくださった神様の創造の御心を忘れ、その関係を幸いや良いものを見いだすためのものではなく、反対に幸いを破壊し良くないものを生み出すものとして用いてしまうことがある。それが、私達の置かれている戦場なのである。処方箋ということで言えば私達は、病んでいる状態なのである。それに対してイエス様は武具や処方箋を与えてくださるのである。先祖伝来与えられている律法では決して武具や処方箋として十分ではなかった。だから「しかし私は言っておく」といって、新たなそれを与えようとされたのである。
 そのようなことから、なぜイエス様がここで「殺すな」ではなく、「腹を立てるな」「愚か者と言うな」「和解せよ」との処方箋を与えてくださったかがよくわかってくる。隣人との間柄において助け助けられる関係となり、そこに幸いを見いだすためには、「殺すな」という処方箋は全くもって的外れなのである。私たちは隣人との間柄において、殺すという行為をすることはまずあり得ず、それが私たちから幸いを奪い良くないものを生み出させてしまうのではないのである。幸いを奪い悪しきものを生み出すのは、容易く腹を立て、馬鹿者と思ってそれを口に出し、そうやってせっかく与えられた貴い隣人を失ってしまうことなのである。それこそが私たちの病なのである。たとえて言うなら私達は、助け助けられる間柄として隣人と共に生きることにおいて、骨折した者ではないだろうか。だから、添え木やギブスをあてられねばならないのである。それは一見すると不自由に見えるであろう。しかしそれは折れている部分をくっつけるためなのである。そのギブスが「腹を立てるな」「ばか・・愚か者と言うな」との処方箋ではないだろうか。それを、私達が自分でやらねばならないものと受け止めれば、それは実行不可能に違いない。しかしギブスというのは自分でつけることはできないのである。あくまで医師がやってくれる行為なのである。それは神様・イエス様が私達の信仰においてはめてくださるものである。神様・イエス様がはめてくださるギブスは、いとも容易く怒ってしまう私たちにとっては、はたして役立っているのかと思ってしまうようなものかもしれない。しかしそれは神様がはめてくださったギブスなので、必ずや治療効果を発揮することになるのである。
 助け助けられる隣人関係を失うことは、あたかも私達が最高法院に引き渡され、火の地獄に投げ込まれるほどのことだとイエス様は警告を発しておられる。「独りでも良いではないか」と思うかもしれない。しかしそこには、その災いは計り知れないものがある。もし助けることの幸いを知らなければ、そして助けられることの幸いを知らなければ、それは悲しみや苦しみに満ちたこの世界では、決して幸いを得られないということになってしまうからである。幸いを得られなければ、それは最高法院や地獄に投げ込まれたのを同じである。しかし、助け助けられる間柄には、いともたやすく幸いが見いだされるのである。それこそが天国であるのかも知れない。

聖書:新共同訳聖書「マタイによる福音書 5章 21~26節」  聖書朗読
05:21「あなたがたも聞いているとおり、昔の人は『殺すな。人を殺した者は裁きを受ける』と命じられている。 05:22しかし、わたしは言っておく。兄弟に腹を立てる者はだれでも裁きを受ける。兄弟に『ばか』と言う者は、最高法院に引き渡され、『愚か者』と言う者は、火の地獄に投げ込まれる。 05:23だから、あなたが祭壇に供え物を献げようとし、兄弟が自分に反感を持っているのをそこで思い出したなら、 05:24その供え物を祭壇の前に置き、まず行って兄弟と仲直りをし、それから帰って来て、供え物を献げなさい。 05:25あなたを訴える人と一緒に道を行く場合、途中で早く和解しなさい。さもないと、その人はあなたを裁判官に引き渡し、裁判官は下役に引き渡し、あなたは牢に投げ込まれるにちがいない。 05:26はっきり言っておく。最後の一クァドランスを返すまで、決してそこから出ることはできない。」


2021/06/06 聖霊降臨節第3主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「牢獄から救い出されたペトロ」 1.使徒言行録の1節から3節に「そのころ、ヘロデ王は・・・捕らえようとした」とある。そこに書かれているヘロデ王とはイエス様が生まれた頃にユダヤ全域を治めていたヘロデ大王のことではなく、その孫にあたるヘロデ・アグリッパという王様のことである。彼は洗礼者ヨハネの首をはねたことで知られ、そしてイエス様が十字架につけられた時のガリラヤの領主だったヘロデ・アンティパスの従兄弟にあたる。長くローマに住んでいたが、ローマ皇帝カリグラの後ろ盾を得て、西暦41年にユダヤの王に任じられた。しかし彼が王であったのはわずか4年で、西暦44年に死去。その最後の様子は12章20節以下に記されている。このヘロデ・アグリッパがエルサレム教会に迫害の手を伸ばしヤコブを殺した。そのヤコブとは、エルサレム教会の中心的指導者の一人であり、イエス様の12人の弟子の中で、いつもペトロとその兄弟アンデレそしてヨハネと並んであげられることの多い4人の弟子のうちの一人だったのである。王はそのことがユダヤ人に喜ばれるのを見ると、さらにペトロをまでも捕らえて殺そうとした。この背景にあるのはどのようなな事情だったのだろうか。
 ステファノの事件をきっかけにエルサレムを追われたステファノの仲間たち─それはギリシャ語を話すユダヤ人たちだった─は、流れ流れてアンティオキアに行き、そこで新たな信者を与えられて教会を立てるようになった(使徒言行録11章19~26節)。その教会の信者が世界ではじめてクリスチャンと呼ばれるようになった。そして27節以降には、彼らがエルサレムの信者たちを支援するようにまでなった様子が書かれている。それはエルサレム教会を迫害したユダヤ人たちには、本当に意外なことだったに違いない。彼らはエルサレム教会から有力なメンバーたちがいなくなれば、エルサレム教会などすぐに消滅してしまうと考えたであろう。また、エルサレムを追い出されていった信者たちはなおさらのことその信徒ではなくなると思っていたであろう。自分たちが十字架につけて殺した男がメシア(救い主)だと信じ言い触らす者たちなど一刻も早く消滅してほしかったのである。ところが散らされた人々は消滅するどころか、アンティオキアでさらに信者を得て教会まで立て、かえってエルサレム教会を支援するにまでに至ったのである。それを聞いたユダヤ人たちの怒りがどれほどであったか想像に難くない。

2.それがヘロデ・アグリッパの利益と合致した。長くローマで暮らしていた彼には、イスラエルでの支えがなかった。だからユダヤ人の歓心を少しでも買って彼らに気に入ってもらいたかったのである。そこでエルサレム教会に迫害の手を伸ばした。1節には「ある人々」とあるだけで具体的にだれを迫害したかは書かれてはいない。12節以下、牢獄から助け出されたペトロがまず訪ねた家で皆が祈っていたとあることから、もしかしたらエルサレム教会の人々は公に礼拝をする場所を失い、信徒宅を密かに転々としながら礼拝を守らざるを得なくなっていたのかもしれない。しかしアグリッパはまずヨハネの兄弟ヤコブを探し出して殺し、さらにはペトロをも捕らえて過越の祭が終わったら殺そうとしていたのである。
 ステファノの殉教は、端的に言えばユダヤ教内部の内輪もめのようなものだった。しかしヘロデ・アグリッパのエルサレム教会での迫害は、いよいよ公的権力からのそれが始まったということである。この使徒言行録を書いたルカは、そこに彼の周囲で起きつつあったローマ帝国による迫害の兆候を感じたのかもしれない。それからおよそ200年間も、帝国による迫害が長く続くことなど、ルカにも予想できなかったであろう。ルカはローマ帝国による迫害の兆しを感じながら、この使徒言行録の読者に、迫害にあっても教会は不思議にも生き延びてゆけることを伝えようとしてたのである。ヤコブは殺されたけれども、ペトロは不思議にも牢獄から助け出され、教会は生き延びていった。逆に迫害したヘロデ・アグリッパはたった4年でその治世を終えてしまったことを印象深く伝えようとしていたのである。
 私たちはそこに、いつの時代でも教会が抱えている弱さをひしひしと感じざるをえない。教会は、その指導者を捕らえ、教会を滅ぼそうとする力に対して、何ら刃向かうことができない。私たちはまたそこに、現在のコロナ禍における教会と、それから後の教会が置かれるであろう難儀さを感じる。文字通りの迫害ではないが、様々な意味で教会を亡きものにしようとする力があるのではないだろうか。いつの時代でも、教会はそのような力に対して弱い。けれどもそれにがっかりしてはいけない。かつて教会が強くあったことなどないのである。多くの者が捕らえられ、剣によって殺されてきた。しかし、迫害する者たちは死んでしまっても、なぜか教会は生き延びてきたのである。

3.そこで私たちがその御言葉から教えられるべき大事な点は、教会を生き延びさせたものは何かということなのである。いつぞやの礼拝でレジリエンスということばを教えられた。圧迫をはねのけ生き延びて行く力の源になったのは何だったのか。
 教会は、ヤコブを殺した剣の力やペトロを捕らえた力に、同じような力で対抗しようとはしなかった。確かに教会はその点においては弱く無力だったが、それはあくまで剣や牢獄に押し込めるという力においてなのである。しかしそうではない力においては強かったのである。その力によってヘロデの力に立ち向かい戦うことができた。それはどのような力だったのか。5節最後にあるように「教会では彼のために熱心な祈りがささげられ」ることによってであった。捕らわれたペトロのために熱心な祈りがささげられたということである。祈りがささげられたということのまずもっての意味は、礼拝がささげられたということなのである。特にペトロのためにのみ集まって祈りがささげられたのではなく、いつものように礼拝を守ったのであろう。しかしその中でごく自然に捕らわれの身であるペトロのための祈りが熱心にささげられた。  そこで私が特に心を捉えられたのは、3節の「それがユダヤ人に喜ばれた」という言葉である。ヘロデはユダヤ人に喜ばれることをしたが、それは即ち彼自身の喜びでもあったので、迫害ということをした。しかしその彼はあっという間に死んでしまい、生き延びることはできなかった。そこには、何が私たちを生き延びさせるのか、反対に何が滅びさせるかの原理原則のようなものが示されているように感じる。それは、自分の利益を手に入れようとして人に気に入られようとすると滅びてしまうということである。人に迎合しようとすることは、長続きしないのである。
 それに対して教会は、ペトロのために熱心な祈りをささげ礼拝を守っていた。それが教会に迫害を乗り越えさせて今日まで生き延びさせたものなのである。私たちが礼拝をささげ祈るということは、一体だれを喜ばせることなのか。つきつめれば礼拝とて私たちの利益を求めてのことではある。元気になるし励まされる。深いところでの食べ物をいただいておなかを満たす喜びではある。しかし少なくともそれは人に気に入られ迎合することではない。私たちが礼拝をささげ祈ることによってなぜそうした喜びや深いところでの糧をいただけるのか。私の愛誦聖句のひとつ、ネヘミヤ8章10節に「主を喜び祝うことこそ、あなたたちの力の源である」とある。礼拝においては私たちが神様を喜ぶので、そこから力をいただくのだというのであろう。ただそこで「主を喜び祝う」とは、まず何よりも神様が喜びとされることを私たちが喜ぶということである。神様の喜びと私たちのそれが合致する。神様が喜ぶことを私たちが喜ぶので、それが私たちの力となる。
 コロナ禍にあって私たちがこのようにして集まって礼拝を守ることなど、周囲の人々は誰も喜んでなどいないであろう。むしろ苦虫をかみつぶすかのように、感染の危険を増やす迷惑なふるまいとして見ているであろう。しかし私たちは礼拝をささげる。それは誰をも喜ばせることではなく社会にとっては無駄か、むしろ有害なものと思われるものでしかないかもしれない。しかしそれを神様が喜んでくださる。教会は神様が喜ぶ礼拝をささげ、それを続けるからこそ生き延びてゆけるのではないだろうか。

4.そうして6節以下に書かれてるように、牢獄に捕らわれていたペトロは不思議な形で救い出されたのである。私たちがそこを読んで思うのは、こうした不思議なことは私たちにおいてはどのように起きるのかということではないだろうか。この使徒言行録が書かれた後、いよいよローマ帝国による迫害に苦しめられた人々は、自分たちにはそこに書かれているようなことは少しも起こらないではないかと嘆いたかも知れない。ヤコブに起きたことしか起きないではないかと問うたかもしれない。
 そこに記されたような不思議なことが現実に現れてくるのは長い歴史の中においてであると、私は示される。信者ひとりひとりの生き死や短い期間での教会の歴史ということでいえば、迫害によって、ある教会がなくなったり指導者や信者が殺されてしまったりということは起きる。私たちが生きられるのはごく短い時間でしかないから、どうしてもその短い時間の中で教会や私たちが迫害や難儀から奇跡的に逃れられることを求め願ってしまいがちである。しかし願ったことは起きないす。ヤコブが殺されてしまったようなことしか起きない。そのとき私たちは、ペトロが救われヤコブが殺されたのは祈りの熱心さが足りないからだというように思ってしまいがちなのではないだろうか。実際にこの出来事をそのように読んだ人は多いようである。祈りの熱心さがヤコブとペトロの違いを引き起こすかのように思ってしまう。
 しかしルカは、ペトロに起きたようなことが教会に起きるのはもっと長い時間の中においてであると語っているように思う。ペトロが頑丈な牢屋に閉じ込められ、幾重にも鎖が彼をつなぎ、厳重な見張りが付けられている姿は、あたかも教会を縛り閉じ込めてきた様々な困難や力の象徴のように思える。それは文字通り迫害や疫病の流行だけではなく、教会を縛り閉じ込めてきたさまざまな牢獄や鎖があるのではないかと思うのである。もし私たちが今から1000年位前の教会の礼拝に出席したらどうであろうか。今私たちが当たり前に礼拝でなしていることは、ほとんど行われていないのかも知れない。聖書が読まれ説教されることも、讃美歌が歌われることもないかもしれない。当時の教会の指導者は、それこそ今日の指導者よりも剣の力や人を牢獄に閉じ込める力を持っていた。それが少しもおかしいとは思われない時代だった。迫害や疫病よりも実は教会を縛り閉じ込めてきたのは、教会の指導者であり信者自身であったのかもしれない。私たち自身や教会自身がヘロデと同じように人に喜ばれることを求めてしまった時代が長く続いたのである。断ち切られなければならなかったのは、むしろ私たち自身にこそあったのではないだろうか。しかしそうした鎖を断ち切ったのは、礼拝をささげるということではなかったか。
 最後に、ひとつ心に残る点をお勧めして終わりたい。最後の17節に「そして、そこを出てほかの所へいった」とある。実は、その記述を最後にしてペトロの姿は、忽然とこの使徒言行録から消えてしまう。今日の御言葉にあったペトロの姿は、彼が後に殉教した際の様子を記したものではないかという説がある。それは私がはっと抱いた印象だが、8節で天使がペトロに「帯を締め履物を履け」と語ったことは、ヨハネによる福音書の21章18節に復活したイエス様が彼に「年を取ると、他の人に帯を締められて・・・」と言ったことを彷彿させる。マルコ・ヨハネの母マリアの家にペトロが来たと知らされた人々は、幽霊であるかのような反応をしていた。もしかしたら本当は、ペトロはヤコブと同様に殺されてしまったのかも知れない。あるいはここに書かれているように実際に救い出されたのかも知れない。いずれにせよ、もうペトロの姿を見ることはなかったということである。
 その言わんとするところは、もう姿を見る必要はないということではなかろうか。なぜなら教会が生き延びてゆけるのは、ペトロによってではないからである。教会は会堂を失い牧師を失っても信者が家に集まって礼拝をささげることで生き延びてゆける。迫害によって指導者を失い会堂を失い、その他様々にそれまで「これがなければ生き延びて行けない」と私たちが思っていたものを失う時がくる。様々なものを見られなくなる時が来る。しかし教会はそれにはびくともしないのである。

聖書:新共同訳聖書「使徒言行録 12章 1~17節」  聖書朗読
12:01そのころ、ヘロデ王は教会のある人々に迫害の手を伸ばし、 12:02ヨハネの兄弟ヤコブを剣で殺した。 12:03そして、それがユダヤ人に喜ばれるのを見て、更にペトロをも捕らえようとした。それは、除酵祭の時期であった。 12:04ヘロデはペトロを捕らえて牢に入れ、四人一組の兵士四組に引き渡して監視させた。過越祭の後で民衆の前に引き出すつもりであった。 12:05こうして、ペトロは牢に入れられていた。教会では彼のために熱心な祈りが神にささげられていた。 12:06ヘロデがペトロを引き出そうとしていた日の前夜、ペトロは二本の鎖でつながれ、二人の兵士の間で眠っていた。番兵たちは戸口で牢を見張っていた。 12:07すると、主の天使がそばに立ち、光が牢の中を照らした。天使はペトロのわき腹をつついて起こし、「急いで起き上がりなさい」と言った。すると、鎖が彼の手から外れ落ちた。 12:08天使が、「帯を締め、履物を履きなさい」と言ったので、ペトロはそのとおりにした。また天使は、「上着を着て、ついて来なさい」と言った。 12:09それで、ペトロは外に出てついて行ったが、天使のしていることが現実のこととは思われなかった。幻を見ているのだと思った。 12:10第一、第二の衛兵所を過ぎ、町に通じる鉄の門の所まで来ると、門がひとりでに開いたので、そこを出て、ある通りを進んで行くと、急に天使は離れ去った。 12:11ペトロは我に返って言った。「今、初めて本当のことが分かった。主が天使を遣わして、ヘロデの手から、またユダヤ民衆のあらゆるもくろみから、わたしを救い出してくださったのだ。」 12:12こう分かるとペトロは、マルコと呼ばれていたヨハネの母マリアの家に行った。そこには、大勢の人が集まって祈っていた。 12:13門の戸をたたくと、ロデという女中が取り次ぎに出て来た。 12:14ペトロの声だと分かると、喜びのあまり門を開けもしないで家に駆け込み、ペトロが門の前に立っていると告げた。 12:15人々は、「あなたは気が変になっているのだ」と言ったが、ロデは、本当だと言い張った。彼らは、「それはペトロを守る天使だろう」と言い出した。 12:16しかし、ペトロは戸をたたき続けた。彼らが開けてみると、そこにペトロがいたので非常に驚いた。 12:17ペトロは手で制して彼らを静かにさせ、主が牢から連れ出してくださった次第を説明し、「このことをヤコブと兄弟たちに伝えなさい」と言った。そして、そこを出てほかの所へ行った。


2021/05/30 聖霊降臨節第2主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「神の定めがある幸い」 1.理解がとても困難な箇所である。バークレーは、「この箇所を初めて読んだ人は、これがイエスの山上の教えの中で最も驚くべき言葉であると思うであろう」と語っている。なぜそのように私たちが思うかと言うと、バークレーによれば、ここでのイエス様の律法への態度は、福音書に描かれている姿とは全く違っているように感じられるからだという。律法とは、旧約聖書に記された十戒を核としてできた様々な定め・戒めのことをいう。イエス様がしばしば律法の規定を破ったとの様子が福音書のあちこちに記されている。イエス様が十字架につけられた最大の理由のひとつはそのことにある。
 またイエス様の律法への態度は、その手紙が新約聖書の多くを占めるパウロが、律法について語ることとも相反しているとバークレーは言っている。バークレーがあげているのはローマの信徒への手紙の10章4節の御言葉である。それは新共同訳とは違う翻訳だが、以前礼拝で用いていた54年版聖書では「キリストは律法の終わりとなられた」とあった。そのような困難さを解決するために、ある人々は、あえて聖書の文章そのものを書き換えようとしたと加藤常昭はその説教において紹介している。またバークレーによれば、それはイエス様の本当の言葉ではなく、特にユダヤ人に向けてイエス様がキリスト・救い主であると宣べ伝えようとしたマタイが、イエス様の口を借りて言わしめたものと考える人もいるとのことである。
 確かに、そのような律法へのイエス様の言葉は、他の3つの福音書にはなく、ただマタイだけが記している。そこには、マタイが当時関係していた教会の状況というものが反映されているに違いない。使徒言行録を読むと、またパウロがあちこちの教会にあてた手紙を読むと、初代教会において律法を巡って深刻な対立があったことがうかがわれる。使徒言行録11章には、ローマの軍人だったコリネリウスに洗礼を授けたペトロが、律法に従って割礼を受けさせなかったことで激しく非難された様子が描かれている。先祖伝来律法を守ってきたユダヤ人にとって、たとえイエス様を救い主として信じたとしても割礼を受けなかったり安息日を守らなかったりということは考えられもしないことだった。しかし他方、─私たちもそうであるが、生まれてこのかた一度たりとも律法の行いなどしたことのない者にとっては、それを救われるための絶対的な条件のごとく強制されるなど、それまた考えられもしないことであった。そうして両者の立場が深刻に対立してしまうことになったのである。
 そうした状況の中で、何とかして両者の溝を埋めようとしたのがパウロであり、マタイではなかったか。勿論その立ち位置は異なっていた。パウロは、どちらかと言えば律法に否定的な立場から、他方マタイは律法の意義を擁護する立場に立っていたのである。マタイは、「律法などもはや何の意義もない、イエス様はそれを廃棄したのだ」と主張する人々に対し、「いや決してそうではなくイエス様もまた律法の意義を深く認めておられたのだ」と教えようとして、今日の御言葉を記したと理解できるのではないだろうか。

2.さて私自身は、今日のイエス様の言葉をどう読んだらよいであろうか。まず私は、今日の御言葉が山上の八福を語ったイエス様の言葉の後に置かれている点に扇の要があると思うのである。読みようによっては、5章21節以下で語られてゆく一連の言葉は、マタイの理解するところの律法なのかもしれない。では一連の律法は何のためにイエス様によって教えられたかといいうと、要は山上の八福を見いだすというのがマタイの理解なのだと思うのである。だから、マタイにとって決して律法とは私たちを強制したり、無理やりたがをはめて苦しめるためのものではなく、その反対に悲しみや苦しみや貧しさの傍らに私たちが幸いを見いだすためのものなのである。それがマタイの考えているイエス様の律法理解だったのだと示されるのである。
 そこで、悲しみや苦しみの傍らに幸いを見いだすためには、それなりの技術が、それなりの拠りどころが必要ではないだろうか。何もなくては、悲しみの中には災いしか見いだすことはできない。貧しい者・悲しい者が幸いだと知るためには、それを発見するための砦が必要であり、その砦が律法ではないかと思うのである。
 律法という文字の中に法という言葉がある。そこで日本の憲法とは、私たちの国家の成り立ちというものを定めているというか基本原則を明文化したものである。日本国憲法の3つの基本原則は、国民主権・基本的人権の尊重・平和主義だと教わった。私たちの国がそのような基本原則を持った憲法によって成り立ち、統治されていることは何を意味するかと言うと、それは決して国民である私たちを縛り、様々な強制を科すことにはない。為政者に対してはそのような縛りを発揮することがあるが、私たち国民にとっては憲法というものは私たちを守り、私たちがこの国を生きる上で幸いを見いだすための砦のような働きをするのである。為政者をはじめてとして国を動かす様々な力は、しばしばこの3原則とは反する原理原則で動こうとする。そしてその力は、国民主権や平和主義や基本的人権などおかまいなしに、政治家や富む人に動かされて戦争をしようとするのである。それに対して憲法は、私たちの砦となって、私たちがこうした動きと戦うための砦となるのである。
 律法も同じだと私は思う。律法とは、苦しみ、悲しみの満ちたこの世界の中で生きる私たちが、それにもかかわらず、そこに幸いを見いだせるようになるための砦である。私たちは憲法を拠りどころにして、具体的にはそれを武具として用いて裁判をすることもできる。そのように私たちも、律法を砦とし、また武具として苦しみや悲しみに満ちた世界に立ち向かい、幸いを見いだせるようになるのである。

3.では憲法の3原則のように、律法に込められている原理原則とは何なのか。17節のはじめに「律法や預言者」という言葉がある。それは旧約聖書全体を言う際の慣用句である。律法とは、それ単独であるものではなく背後には旧約聖書全体がある。律法の原理原則とは旧約聖書全体を流れている原理原則なのである。ではその原理原則とはどういうものなのか。
 私は、それは旧約聖書の初めに記されていることだと思う。そこには「初めに神は天地を創造された」とある。それが旧約聖書全体に流れている原理原則である。従ってそれが律法の根源にあるものではなかろうか。神様が私たちの世界に対してどのように関わっているのか、神様がこの世界をいかなる原理原則をもって成り立たせているかを、その言葉は現している。それは創造ということである。どんなにこの世界に破壊や死や滅びが満ち満ちていようとも、神様による創造がこの世界の原理原則なのである。この原理原則をいかなる悪も災いも破壊することはできない。それを砦として私たちは、新型コロナウイルス禍が満ち死や悲しみが蔓延するこの世界に立ち向かい、そこに幸いを見いだせるようになるのである。
 実際にそのようにして多くの人々が昨年からの新型コロナウイルス禍を乗り越えてきた。神様の創造というはっきりとした原理原則を砦にしたということではないが、何人もの人々が春先の芽生えの中に不変なる生命の営みというものを感じて、たとえ自分にどのようなことがあってもそれもまた生命の営みの一環なのだと受け止めて慰めを感じるということがあった。神様の創造の原理という砦は、実際に難儀な状況にある私たちに幸いや慰めを見いださせる砦の働きをしているのである。

4.そうした神様の原理原則に添って、私たちを日々に生かしめる具体的な指針・生き方の処方箋のようなものが個々の律法と言ってもよいのではなかろうか。神様が創造者であられるという砦の中で生きる者に対して、そこでのみ与えられる食べ物があり、また支給される武具のようなものがあり、具体的な生き方の処方箋のようなものがあるのではなかろうか。それが律法全体の核をなしていた十戒なのだと思うのである。
 私は神様が与えた処方箋がたった10であったことに、いつも心を捕らえられる。それはエジプトを脱出して荒れ野をさまよう難民のイスラエル人でも実行できる処方箋だった。その最初に教えられるのは、神様を像に刻んで拝み礼拝してはならないというものだった。当時の周囲の民族が皆当たり前に神々の像を作って礼拝していたのに、これは驚くべき処方箋であった。像を作って拝めば、どうしてもそこには拝む側の願望が入り込む。自分たちの願いが第一になるであろう。すると難民状態の自分たちには何の幸いもないとなってしまうのである。だから像を作らず、その状況の中にも創造者である神様を信じよとの処方箋が与えられたのである。また日々の生活については、荒れ野を生きのびようとして毎日毎日働く必要などはなく、七日毎にちゃんと休めとしている。対人関係の処方箋としては父母を敬い、むさぼらないようにと教えている。わずか10の処方箋に添うことで、荒れ野の中で難民生活であっても幸いを見いだして生きられるということなのである。
 十戒がわずか10の処方箋であったということから、今日の19節に「これらの最も小さな掟」とある御言葉が理解できると私は思う。それは文脈としてはその前にある「律法の文字の一点一画」を指しており、具体的にはヘブル語のアルファベット文字の中の最小の文字を現しているのだそうである。しかし私は、十戒に現れているように、神様が私たちに与えたもう処方箋は小さいものだとの意味として受け取る。それを実行することによって幸いを見いだせるための処方箋を、神様はまことに小さなものとして与えてくださったのではなかろうか。私たちが実践するのが難しく負担であるようなものではなかったのである。本当に小さくてささやかな処方箋なのであった。けれどもイスラエル人は、それを徐々に大きなものとしてしまい、そのために人々の生活が縛られ、かえって幸せが奪われてしまうようになったのである。イエス様の時代には、安息日を守るということだけで、もう数え切れないほどの強制があった。到底普通の人々が実践できる処方箋ではなかった。医者から到底実行できない処方箋や生活指導を与えられ、それを守れなければ必ず健康を害し病気になるよと脅されたらどうであろうか。イエス様の時代の庶民はそうだったのである。しかしマタイは、律法とは決してそういうものではなく、小さくてささやかなものであり行うに容易いものだと訴えたのである。
 20節には、「あなたがたの義が律法学者やファリサイ派の人々の義にまさらなければ」とある。数え切れない膨大な律法を守るということが、律法学者やファリサイ派の義ということである。では、イエス様やマタイは文字通りに、私たちが彼らよりも律法を守ることを要求しているのであろうか。マタイが記すイエス様の言葉は、文字通りのものではなく逆説的な意味なのだと私は思うのである。普通では決して彼らの義に勝ることはできないし、またその大きな義が私たちを幸いにすることでもない。そもそも私たちは大きな、膨大な律法など実行することはできない。根っからの異邦人である私たちはなおさらである。イエス様が私たちに求めておられるのは、彼らと同様の「大きな」律法に添える大きな義ではなく、ささやかで小さな律法に添える小さな義なのである。その小さな義が私たちを幸いにし、天の国、つまり神様の御手の中へ私たちを導くのである。
 そして、その小さな律法とは、私たちにとっては、イエス様そのものを愛し、イエス様自身を砦として生きることである。もはや私たちには、その律法しか与えられていない。どれほどささやかでわずかで小さい律法であろうか。しかし私たちにとっては、それが添うにたやすい律法であり、それに添うことで幸いを見いだせるようになるのである。

聖書:新共同訳聖書「マタイによる福音書 5章 17~20節」  聖書朗読
05:17「わたしが来たのは律法や預言者を廃止するためだ、と思ってはならない。廃止するためではなく、完成するためである。 05:18はっきり言っておく。すべてのことが実現し、天地が消えうせるまで、律法の文字から一点一画も消え去ることはない。 05:19だから、これらの最も小さな掟を一つでも破り、そうするようにと人に教える者は、天の国で最も小さい者と呼ばれる。しかし、それを守り、そうするように教える者は、天の国で大いなる者と呼ばれる。 05:20言っておくが、あなたがたの義が律法学者やファリサイ派の人々の義にまさっていなければ、あなたがたは決して天の国に入ることができない。」


2021/05/23 聖霊降臨節第1主日(ペンテコステ)礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「この水が流れるところでは」 1.ペンテコステとは、ギリシャ語で50番目という意味の言葉で、イスラエルの人々は古くから彼らにとっての正月にあたる過越の祭から数えて50日目にこのペンテコステという祭りを守っていた。50日目の祭りなので「五旬祭」と呼ばれ、また「七週祭(出エジプト34章22節)」や「刈り入れの祭り(同じく出エジプト23章16節)」とも呼ばれていた。それは「刈り入れの祭り」と呼ばれていたことからもわかるように、元来は小麦の収穫感謝の祭りであったと言われている。
 イエス様の弟子たちもユダヤ人としての習慣に従って、その日にペンテコステの祭りを祝っていたのであろう。するとそのとき、使徒言行録2章1節以下に書かれているような不思議な出来事が起きて、彼らに聖霊が注がれたのである。その後弟子たちは、大胆にイエス様がキリスト・救い主であると人々に宣べ伝えるようになり、信者が生まれ教会が立てられるようになったので、代々の教会はこの日をペンテコステとしてクリスマスとイースターに並ぶ教会にとっての3大記念日のひとつとして守るようになったのである。ちなみにイエス様が十字架につけられたのが過越の祭の中だったことから、今でも私達キリスト教会もイスラエル人の暦にならって受難日やイースターを守り、受難日から数えてほぼ50日目の主日にペンテコステの日が来るようになっている。
 さて、ペンテコステ礼拝では使徒言行録2章1節以下の御言葉を読むことも少なくない。しかし本日は、旧約聖書のエゼキエル書の御言葉を読んだ。その12節にあるように聖霊は「聖所から流れる水」として描かれている。
 霊とは、旧約聖書の記述に使われたヘブル語ではではルアハであり、新約聖書の記述に使われたギリシャ語ではプニュウマという言葉である。いずれも息や風という意味をそもそも持っている。しかし、しばしば聖書では神様が与えてくださる霊が水にたとえられることが少なくない。
 礼拝でよく歌う讃美歌に「あまつましみずながれきて」という讃美歌がある。あまつ天から、聖所すなわち神様のもとから流れてくる水・清水とは聖霊を指している。特に聖霊を水にたとえることが多いのは、ヨハネによる福音書であろう。その7章37節以下に「渇いている者はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書に書いてあるとおり、その人の内から生きた水が川となって流れ出るようになると、イエス様は言った。その生きた水とは「自分を信じる人々が受けようとしている“霊”について言ったのである」と著者のヨハネは、わざわざ注釈をつけている。風と水とでは随分ありさまが異なるが、同じような働きをするものとして聖霊は神様からの水としても描かれてきたのである。

2.そこで、私達にとってなぜ天から流れてくる清水である聖霊が不可欠なのかということを考えてみたい。それはそもそも私達がこの「あまつましみず」に対する渇きというものを抱えている存在だからではないかと思うのである。多くの人々は、自分がそのような水への渇きを持っている者だとは気づいていないかもしれない。誰でも体が食べ物への渇き(飢え)を持っているということはよく判っている。また心が喜びや慰めへの渇きを持っているということもよくわかる。そして、そのような肉体や心の飢え・渇きを癒し潤すものとして衣食住が不可欠であり、それを確保する手段としての仕事やお金の大切さもよくわかる。現在のコロナ禍において、私達はますます体や心の飢え・渇きというものに左右され、衣食住や仕事・お金の大事さを痛切に感じるようになっている。
 しかし私達は、体や心の飢え・渇きを癒し潤す水や食べ物があれば健やかなのかというと、決してそうではないと思うのである。『生きがいについて』という著書でよく知られた精神科の医師の神谷美恵子さんのもう1つよく読まれている本に『人間をみつめて(朝日選書)』がある。その「おわりに」において、神谷さんは次のように書いておられる。
「以上、ずいぶんずさんではあるが、人間にみられる生命というものの特殊性、人間の生き方のいくつかの側面、および人間をとりまく条件について考えてきた。その結果、ついに人間を越えるものを想定しないわけにはゆかないとし、それに支えられているものとして、生命や人間や死を考えなくては人間は安心して生きることができないものだ、という結論に達した。  ・・・いま地球上の世界は今まで以上の危機感に襲われている。ことに科学技術の発達は、人間の頭脳から生まれながら、今や人間という存在を完全に絶滅させてしまうか、もしくは根底から変えてしまうおそれもみえてきている。・・・(しかし)これをもし、「人間を越えるもの」の視点から眺めたら、どういう風景にみえることであろうか。 ・・・(「人間を越えるもの」という)泉を掘り当てれば、私達は「何かすること」がなくとも、何もすることができないような病の床にあっても、感謝して安らうことができる。死に直面しても、死は苦しみにみちた人生から大きな世界への解放として展望することができる。・・・こうした大きな視野に立ち、大いなるものを信頼して、卑小な自分をまもることや、自分が所有するつもりになっているもろもろの物や力をまもることにそれほど熱中しなくなれば、どんなに多くのエネルギーが解き放たれることであろう。」
 神谷さんは、精神科医としての立場上、ひとことも神や聖霊というようなことは語ってはおられないが、その長い臨床医、特にハンセン病の人々の診察に携わった経験から、私達が安らかに生きるためには「人間を越えるもの」とのかかわりが不可欠だと言っておられる。「人間を越えるもの」とは私達にとっては泉のようなものであって、これを掘り当てることによってこそ、おのれの卑小さから解放され安らうことができると語っておられる。人間を越える存在という泉からの水を汲みそれによって潤されるということこそが、あまりましみずたる聖霊を注がれるということではなかろうか。私達人間は、ただ体や心が求める衣食住や仕事やお金への飢え渇きだけではなく、人間を越えた神様という存在への飢え渇きを持っている存在なのである。それを癒されることが不可欠なのである。
 そうしたことに古くから私達は気づいていたと思う。「健やか・健康」を意味する英語は、Healthだが、それは聖なるという意味のHolyに由来する言葉である。Holyから癒すという意味のHealが生まれた。そうした言葉を生みだし用いた古代の人々は、私達人間の健やかさが聖なるものとのつながりにあると気づいていたのである。そのような洞察が今日の医学にあるだろうか。医学書に聖霊の不可欠さを教える項目などはないのである。

3.健やかであるためには聖なるものとのつながりが不可欠だとの私達のありかたが、今日のエゼキエル書で描かれていると思うのである。エゼキエルが見た幻の中の光景だが、エルサレムに再建されたらしき神殿の敷居の下から、水が湧き上がり流れ出して行ったのである。その流れは恐らくは荒れ野・砂漠の中を流れて行ったのだろうが、不思議にも涸れることなく神殿から遠ざかれば遠ざかるほどその流れは深くなってゆくというのである。そしてその流れは、それが流れ込んだところに劇的な変化をもたらす。8節の最後には「汚れた海に入ってゆく。するとその水はきれいになる」とあり、9節には「川が・・・生き物は生き返り、魚も非常に多くなる」とある。さらに「川のほとり、その岸には、こちら側にもあちら側にも・・・実をつける。水が聖所から流れ出るからである」と12節にはある。
 聖所から流れ出た川がそのような働きをするということは、逆に言えばその川が流れ込むことがなければ汚れた海は汚れたままであり、生き物は生き返ることがなく、川岸の木々も繁ることがないのである。私はそれこそが、あまつましみずを受けることがない、この世の川の水だけを飲み、それで渇きを潤し、その川が流れ込む海で生きている私達の姿ではないかと感じるのである。先ほどの神谷さんの文章に、「いま地球上の世界は今まで以上の危機感におそわれている」とあった。それは勿論コロナ禍のことではないが、今日の時代社会を言い当てた文章のように思える。この危機の中で、一体私達はどのような川の水を飲もうとしているのであろうか。ますます私達の思いは、新型コロナウイルスにいつ襲われるかもしれない体のことを心配し、心はすっかり生気を失ってしまっているのである。その状況の中で私達が体と心と衣食住を心配し、ひたすらそれを潤す水や川を求めるのはあたりまえなのだが、しかしそのようにして私達がひたすら体と心と衣食住に心を奪われ、それを与える水や川を求めれば求めるほど、なぜか私達は生気を失い萎れてしまうようである。おそらく本日のペンテコステ礼拝で直感的にこのエゼキエル書の御言葉を選んだ理由は、そのあたりにあるのだと我ながら改めて感じるのである。
 8節に「汚れた海」とある。それは具体的には死海のことだとされている。11節にも「塩を取ることができる」沢と沼の言及がある。なぜ死海がとても塩分が濃く生き物が住めない「汚れた海」になってしまうかというと、それは水が流れ込むばかりで流れ出る出口がないからだ聞いたことがある。死海に流れ込む周辺の沢や沼には塩分が濃いところもあり、その川の水が死海へと流れ込み出口がないので、どんどん干上がって塩分が濃くなってゆくのである。私達は体や心のことを心配して懸命にそれを与える水を取り入れるのだが、取り込むばかりではそれが私達の中でどんどん塩分が濃くなって私達を殺すのではないだろうか。出口がなければならないと思うのである。「流れ」というものが私達の中になければならないと思うのである。出口がなく流れがないとは、たとえば生きるということにおいて私達がどこまでも生きることを持とうとすることである。生命というものが流れ出て行くこと、つまり死ぬという出口を持てないということである。若く健康でばかり生きようとし、病み老いて若さや健やかさが流れ出てゆくという出口を持てないのである。今私達が求め願っている水とは、ひたすら私達が若く健康や生きることを握り締めるのを可能にする水である。流れを拒む水である。それは私達の中にたまり塩分を濃くし汚れて死海となるのである。

4.だからこそ聖所からの流れ・あまつましみずたる聖霊をいただかなくてはならない。今日の御言葉を読んでとても心を動かされるのは、数えてみると8回も「流れる」という言葉が繰り返されている点である。聖所からの水は流れることにこそ特質があるのではないだろうか。流れない私達が、聖所からの流れをいただき、その流れに招き入れられることで、流れる者となるのである。聖所からの流れの先がどこへ至るかは何も書かれてはいないが、それはまた聖所へと至るものだと思う。その川は、その流れの中に私達の体も心もとかして、私達を聖所へと至らせてくださる。それが私達の出口となる。老い病み死ぬということではあるが、しかしそれは神様のもとへと至る流れの中にある。
 すべての生き物と同様、私達人間の体も約7割は水でできていると言われている。なぜ水なのかと言えば、つきつめるとそれは流れるためなのではなかろうか。流れることが私達の存在の本質なのである。日々命の営みはすべて流れる水の中でなされる。酸素と二酸化炭素の交換や運搬、栄養分の運搬や吸収、老廃物の運搬と排出などなどすべてが水の中、流れの中でなされる。そうした営みに最も適しているのが水の流れなのである。それが肉体としての命の営みの本質だとすれば、体だけではなく私達の存在すべてが流れの中にあってこそ営まれるものなのではなかろうか。聖所から流れ出て聖所へと帰る聖なる流れの中に、聖霊によって私達は招き入れられ浸らせていただくのであろう。そこに私達の健やかさがある。

聖書:新共同訳聖書「エゼキエル書 47章 1~12節」  聖書朗読
47:01彼はわたしを神殿の入り口に連れ戻した。すると見よ、水が神殿の敷居の下から湧き上がって、東の方へ流れていた。神殿の正面は東に向いていた。水は祭壇の南側から出て神殿の南壁の下を流れていた。 47:02彼はわたしを北の門から外へ回らせ、東に向かう外の門に導いた。見よ、水は南壁から流れていた。 47:03その人は、手に測り縄を持って東の方に出て行き、一千アンマを測り、わたしに水の中を渡らせると、水はくるぶしまであった。 47:04更に一千アンマを測って、わたしに水を渡らせると、水は膝に達した。更に、一千アンマを測って、わたしに水を渡らせると、水は腰に達した。 47:05更に彼が一千アンマを測ると、もはや渡ることのできない川になり、水は増えて、泳がなければ渡ることのできない川になった。 47:06彼はわたしに、「人の子よ、見ましたか」と言って、わたしを川岸へ連れ戻した。 47:07わたしが戻って来ると、川岸には、こちら側にもあちら側にも、非常に多くの木が生えていた。 47:08彼はわたしに言った。「これらの水は東の地域へ流れ、アラバに下り、海、すなわち汚れた海に入って行く。すると、その水はきれいになる。 47:09川が流れて行く所ではどこでも、群がるすべての生き物は生き返り、魚も非常に多くなる。この水が流れる所では、水がきれいになるからである。この川が流れる所では、すべてのものが生き返る。 47:10漁師たちは岸辺に立ち、エン・ゲディからエン・エグライムに至るまで、網を広げて干す所とする。そこの魚は、いろいろな種類に増え、大海の魚のように非常に多くなる。 47:11しかし、その沢と沼はきれいにならず、塩を取ることができる。 47:12川のほとり、その岸には、こちら側にもあちら側にも、あらゆる果樹が大きくなり、葉は枯れず、果実は絶えることなく、月ごとに実をつける。水が聖所から流れ出るからである。その果実は食用となり、葉は薬用となる。」


2021/05/16 復活節第7主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「地の塩・世の光」 1.「あなたがたは地の塩・世の光である」との言葉は、福音書に記されたイエス様の言葉の中でも、最もよく知られているもののひとつではないかと思う。しかしそれを私達がどのように読んでいるかというと、何よりも福音として、つまり喜びの言葉として聞くことができているかというと、多くの人にとってそうではないのではないかと感じる。
 マタイによる福音書を説教する際には必ず参考にさせていただく書物のひとつに、優れた旧約聖書の研究者でありまた伝道者でもあった関根正雄先生の『マタイ福音書講義』という著作がある。講義の冒頭において関根先生は、次のように語っておられる。「この言葉を読んでわれわれはまず何を感ずるか。直ちに感ずるのは地の塩・世の光と言われるのにふさわしくない、ということであろう。そう感じないとすれば少々甘い。塩としても甘辛い塩ということになりそうである。」と。何冊も説教全集を出版しており、私の神学校の教授でもあった加藤常昭先生も「甘い」云々とは言ってはおられなかったが、やはり同様のことを語っていた。そのような先生方に肩を並べるのはおこがましい限りだが、かくいう私自身も今から27年前の1994年になした説教の冒頭で、「私達は、はたしてイエス様が言ったような者として生きているであろうか。私達の一体どこに、地の塩・世の光と言えるようなところがあるだろうか」と語った。おそらくここにおられる皆さんの多くも、同じような感想を抱くのではなかろうか。
 その最大の理由は、16節にあるのではないかと思う。そこには「人々が、あなたがたの立派な行いを見て、あなたがたの天の父をあがめるようになる」とある。地の塩・世の光とは、要は「立派な行い」をすることだと受け止めてしまう。「立派な行い」というところは、文語訳でも54年版の協会訳でも「よい行い」となっていた。その言葉が「よい」とか「立派な」という言葉に翻訳されたのは、本当に不幸なことだと感じる。勿論そこには、ただ翻訳の問題だけではなく、伝統的にそのイエス様の言葉がそのようなニュアンスで受け取られてきた長いキリスト教の歴史というものがある。周囲の人々が私達を見て、いかにもクリスチャンらしい立派な信仰者だと言ってくれること、それが地の塩・世の光であるということだと受け取ってしまうのである。

2.さて、1994年から30年弱が経った今、私はそのイエス様の言葉から何を感じるか。今の私はもう「私ははたして地の塩・世の光」たり得ているだろうかというようには読まなくなった。関根先生の言葉からすれば、甘いも甘い大甘な読み方になってしまっているのかも知れない。そのように読むようになったのは、「もうクリスチャンとして長く生きてきて、特に牧師としてもう35年近くもやってこられたからには、十分に立派な信仰者であろう、地の塩・世の光としての働きをしているだろうと胸を張れているから」ではない。「よい」とか「立派な」とか、そういうことから言えば、あいも変わらず自分は、下を向くしかないような者である。しかし、そのような者でもイエス様は地の塩・世の光として用いてくださっているのではないかと今は思える。どうして今では、そのようにこの言葉を受け止められるようになったのであろうか。
 マタイによる福音書の注解書、特に山上の説教についての説教集は、私の手元にも数多くある。その中で何人もの先生方が解説しておられることがある。それはイエス様が「あなたがたは、地の塩・世の光でなければならない」と言ったのではなく、「である」と言ってくださったという点の重要さである。その点について牧師ではなく信徒として多くの著作やお勧めをされた井上良雄先生が『山上の説教~終末時を生きる~』の中で、今日の箇所について次のようなエピソードを書いておられる。それは井上先生が、あるドイツの神学者がなした説教で知った逸話だということである。「最初の西ドイツ連邦共和国の大統領になったテオドール・ホイスの妻エリー・ホイスは、歳とってからよく自分たちの結婚式の時の話をしたという。その結婚式の司式をしたのは、後にアフリカの医療活動で有名になったアルバート・シュバイツアーであった。彼は当時まだ無名の若い牧師であった。その結婚式で、テオドールとエリーがシュバイツアーの前に立ったときに、シュバイツアーは、マタイによる福音書の5章13節以下の「あなたがたは地の塩である。世の光である」という箇所を読んでから、二人に向かって『あなたがたのこれからの結婚生活は、この聖句が告げているように、隣人にとっての塩であり光でなければならない』と言った。その言葉を聞いたとき、エリーは一瞬恐怖のようなものを感じたという。しかしシュバイツアーが言葉を続けて、『しかし主イエスは、ここで“あなたがたは地の塩である、世の光である”と言っておられるのであって、“地の塩であれ、世の光であれ”と言っておられるのではない』と力を込めて言ったときに、自分はどんなに深い慰めを受けただろうかと晩年のエリー・ホイスは語ったという。若いシュバイツアーがその箇所をそのように講解したときに、彼はこの聖句の持つ力と慰めを知っていたのである。」

3.私の場合は、やっとこの年になって、この御言葉の持つ深い慰めを味わえるようになった。先週、使徒言行録11章19~26節に出会ったことが大きかったと改めて感じた。それは「アンティオキアにできた教会の信者たちが、世界で初めてクリスチャン~原語ではクリスティアノス~と呼ばれた」ということである。そのきっかけを作ったのは、エルサレム教会で迫害にあい、着の身着のままでエルサレムから500キロも離れたアンティオキアの町に流れ着いた信者たちだった。私はこの人達こそイエス様がそこで言っておられたところの「地の塩・世の光」である人々ではないかと感じたのである。彼らは、流れついた町でイエス様を宣べ伝え、信者を得て教会をたて、周囲の人々からクリスチャンと呼ばれるようになったのだから、間違いなくイエス様が言っておられたような者たちであったであろう。
 では、彼らは言葉通りの意味で「立派な」クリスチャンだったのか。私達が先ほどから考えているような意味で人様から「立派」だと称賛されるような信仰者だったのか。いや決してそうではないと私は改めて強く思わせられる。クリスティアノスとは周囲の人々が奴隷を蔑んで呼ぶのと同じ呼び方である。というのは、奴隷にはしばしば「誰々の奴隷」と呼ぶ意味で最後に・・・ノスという言葉が付けられたという。だから・・・ノスとあれば、すぐにその人は奴隷だとわかった。だからクリスティアノスとは蔑んで見下すための呼び方だったのである。だれも信者たちを立派だなどとは思ってはいなかった。むしろ「あいつらはローマ帝国の犯罪人として死刑にされた男を主人として愛し、生涯をその者のために献げている情けない奴らだ」と蔑んでいた。そうだとすれば、私達もそうあってよいのではないだろうか。普通の意味で立派などではなく、むしろ嘲られるような存在であったのではないだろうか。それが地の塩・世の光としてあることなのである。そう思えると本当にほっとするのである。

4.そこで、「立派」と訳された言葉について触れておきたい。このギリシャ語の原語はカロスという言葉で、そもそも「美しい」という意味である。立派とか良いとか、そのような意味と、美しいということは決して同じではないように思う。たとえこの世的には立派でありよいと見なされても、美しくは見えない生き方やふるまいというものがある。逆に決して立派とは見えずとも美しいと感じられるありさまというものがあるように思う。アンティオキアまで流れてきて、そこで侮られつつも懸命に信仰生活を続け、教会をたてた人々は、ローマ帝国の中では決して立派だとは見なされ得ずとも、美しい姿を呈していたのではなかったか。
 主人に仕えて一生涯を献げる僕の生き方は、どこか美しさを感じさせる。それはおのれの利益のためには生きないということから来るものではないだろうか。勿論、外に見えない内側では、様々な欲や願望が渦巻いてはいるかもしれない。しかし少なくとも外に現れた姿においては、ひたすら主人のために仕える姿である。それは、ある意味で愚かで愚直な姿である。普通の意味では立派とは言えない姿である。けれども、だからこそ美しいと言えるのではないだろうか。
 立派ではなく、むしろ嘲られるような存在であってよいということから、私はふと宮沢賢治の「雨にもマケズ」を思い出した。その最後には「ミンナニデクノボートヨバレホメラレモセズ」とある。アンティオキアでクリスチャンと呼ばれた人々とは、要はこのような人々ではなかったか。そしてイエス様がおっしゃった「地の塩・世の光」である私達とは、そのような者ではなかろうか。文字通りの意味での「立派」などではなく、むしろほめられもせずデクノボーと呼ばれてよいのではないだろうか。そういう者であるならば、私達はまさにそのような存在なのである。アンティオキアにまで流れてきて教会をたてた人々も、そのような人々だったのである。コロナ禍の中、こうして毎週毎週礼拝に集まっている私達は本当に愚かではないだろうか。しかしそこに、カロスというものがある。

5.さらに使徒言行録から示唆されることがある。アンティオキアのクリスチャンたちがクリスチャンと蔑まれたのは、彼らが周囲の人々から見られるということにおいてであった。外に現れたありさま・生き方を見られることによってなのであった。召し使いもまた内側にたとえどういう思いを持っていても、大事なのは外に現れた姿においてひたすら主人に仕えるということだった。イエス様が大事なこととしておしゃったのも、実はその点ではないかと改めて気づかされる。16節には「立派な行いを見て」とある。大事なのは、外から見られるということだと思う。言い方を変えれば、私達が地の塩・世の光であるのは、自分で自分の内側を見てどうなのかと自己吟味してのことではない。最初にご紹介した関根先生の言葉や私自身の感じ方も、実はすべて自分が自分を地の塩・世の光としてどうなのかと自己吟味するがゆえのものである。しかしイエス様は、「自分で自分を吟味する必要はないのだ。私があなたがたを『地の塩・世の光だ』と断定しているのだ。そして外の人がそれを見る。あなたがたが私を愛し、私のしもべとして生涯を生きようとする限り、必ずやそうした外形~外に自ずと現れる形~が生じてくる。クリスティアノスと蔑まれる者にならざるを得ない。」とおっしゃっていると思えるようになったからこそ、私はもう自己吟味することはなくなったのである。これまた多くの方々が解説や説教で書いておられる励まし・慰めだが、「塩が塩の働きをするときまた光が光としての作用をするとき、その存在は小さくてよいのだ」と。料理をするとき、食材の全体の分量に対し使われる塩の量はおそらく1/100程度のものであろう。まさに隠し味である。光も、暗い部屋の容積と比べれば灯火として灯されるロウソクや燭台の大きさたるや本当に微々たるものである。しかし光の存在を覆い隠すことはできない。どんなに隠そうとしても光は覆い隠したものからもれ出しくる。13節や14~15節の文言そのものは、よくわからない部分もあるが、本来イエス様が言わんとされたのは、今教えられたようなことだと思う。いかにわずかであっても塩気がなくなることはなく、光が隠されることはない。そのように、クリスティアノスと呼ばれる私達が塩気を失うことはなく、光としてその存在を覆い隠されることはないのである。そして、小さいこと・少量であってもその働きは大きいのである。だから、小さいこと・ささやかでしかないことを卑下する必要はないのである。
 私達が持っている塩気・また光源はどこから来るかと言えば、それはイエス様から来る。それが山上の八福に込められているのだと思う。貧しい者は幸い、悲しむ者は幸い、苦しむ者は幸いとイエス様はおっしゃった。その驚くべき幸いについて私達が見いだせるものはごくわずかしかないかもしれない。しかし、どれほどわずかであっても、私達はその幸いをイエス様から確かにいただいているのである。その幸いが塩気であり光源なのである。イエス様から、このささやかな幸いをいただいていることにおいて、私達は地の塩であり世の光なのである。決して立派ではないが、美しい者として生き得ているのである。

聖書:新共同訳聖書「マタイによる福音書 5章 13~16節」  聖書朗読
05:13「あなたがたは地の塩である。だが、塩に塩気がなくなれば、その塩は何によって塩味が付けられよう。もはや、何の役にも立たず、外に投げ捨てられ、人々に踏みつけられるだけである。 05:14あなたがたは世の光である。山の上にある町は、隠れることができない。 05:15また、ともし火をともして升の下に置く者はいない。燭台の上に置く。そうすれば、家の中のものすべてを照らすのである。 05:16そのように、あなたがたの光を人々の前に輝かしなさい。人々が、あなたがたの立派な行いを見て、あなたがたの天の父をあがめるようになるためである。」


2021/05/09 復活節第6主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「クリスチャンと呼ばれる」 1.アンティオキアという町に異邦人を中心とした教会ができ、そこに集まった人々が世界ではじめて「キリスト者」と呼ばれるようになった。どのようなきっかけでエルサレム教会以外に教会が誕生したかが書かれている。アンティオキアの教会は、「ステファノの事件をきっかけに起こった迫害のために散らされた人々(19節)」が起点になって建てられた。なお「キリスト者」とは、ギリシャ語の原文ではクリスティアノス(以下ではクリスチャンと記載)である。26節では、このアンティオキアに立てられた信者の集まりを「教会」と呼んでいる。エルサレム教会以外で、正式に「教会」と呼ばれるようになった集まりは、それが最初である。
 上記「ステファノの事件」とは、使徒言行録8章1節に書かれている。ステファノとは、エルサレム教会の中のギリシャ語を話すグループの指導者だった。7章に彼の演説が記されている。要点は、私達が神様と結びついて生きる上で、神殿は不必要であるとのことである。それが神殿は絶対に必要だと信じるユダヤ人からの怒りを買い、エルサレム教会はユダヤ人からの激しい迫害を受けた。ただ、その矛先は専ら教会内のギリシャ語を話すステファノの仲間たちに向かったようである。そのため、彼らはエルサレムを追われ、各地に離散してゆかざるを得なくなったのである。
 彼らはパレスチナを北上し、フェニキア、キプロス、そしてアンティオキアまで流れて行った。19節の最後には、「彼らは最初、ユダヤ人以外には御言葉を語らなかった」とある。当初彼らは、自分たちと同様にギリシャ語を話す人々でユダヤ教的なバックボーンを持っている者だけにイエス様のことを語ったのである。ところがアンティオキアでは、何かの偶然であったか、そのような背景を全く持たないギリシャ人にも「主イエスについての福音を告げ知らせた」のである。すると彼らは、イエス様をキリストとして信じるようになっていった。恐らくは、そのようにしてアンティオキアにギリシャ語を話すユダヤ人と全くの異邦人であったギリシャ人から成る信仰共同体ができていったのであろう。聖書巻末の地図にあるとおり、アンティオキアはエルサレムの北500キロほどにあった。地中海から20キロほど内陸に入ったところにあった。紀元前300年ほどにシリア王国によって建てられ、当時は50万人もの人口、ローマ帝国の中ではコリントと並んで猥雑な町として悪名高いところだったそうである。そのような町に、エルサレム教会の次の教会が立てられ、そして、その町の信者がはじめて「クリスチャン」と呼ばれるようになったとは、とても心に残る。

2.どのようなことが心に残るか。一点目は、アンティオキアにエルサレム教会以外の最初の教会が立てられたのは、エルサレム教会の伝道計画によって「ここに伝道所を立てよう」と計画されたからでは決してなかったという点である。迫害によって仕方なくそうさせられたからであった。そこには、人間の計画や思案を超えた神様の計画が働いている。もしも人間が企てた計画であれば、アンティオキアほどそれにふさわしくない場所はなかったと思う。11章1~18節で学んだように、ローマの軍人コルネリウスが信徒になったことをきっかけにして、彼に洗礼を授けたペトロがエルサレム教会で激しい非難をあびた。割礼を受けないまま信者になるなどは、エルサレム教会の人々が考えもしないことだった。そのような彼らが、どうして次なる教会を立てようとする場所として、よりにもよってコリントと並んで悪名高い猥雑な町であったアンティオキアを選ぶであろうか。自分たちと相いれない異邦人を伝道の対象とするであろうか。だからそれは人間ではなく神様の考えによることなのである。そうして教会は人間の企てではなく神様の計画によって広がり、新たに立てられてきたのではなかろうか。そのために神様が用いたのが「迫害のために散らされた」という機会だったのである。それによって神様は、私達人間の思惑や枠を超え、打ち破らせてアンティオキアで全くの異邦人へと福音を宣べ伝えさせ、教会を立てさせることとなったのである。
 現在のコロナ禍も神様は、私達にそのような機会として用いられるのではないか。もしかすると、教会は今後ますます、その維持運営が大変になってゆくかもしれない。文字通りの迫害ではないにしても様々な意味で、これまで保ってきた状態を手放し散らされてゆかざるを得ない状況がやってくるのではなかろうか。27節以後に大飢饉の予言がされている。コロナ禍も、これから教会を襲うそのような試練の予兆なのかもしれない。しかし、それこそは神様が私達を私達自身の企てや枠を破らせて、新たな伝道や発展を遂げさせてくださる機会なのかもしれない。「散らされる」と訳された言葉は「ディアスペイロー」というギリシャ語である。そもそもは「種を蒔く」という意味である。散らされることこそ、種を蒔くことなのである。私達の意に反して迫害や困難によって散らされることがなければ、種が新たな場所に蒔かれることもない。それは教会や伝道だけに当てはまることではなく、私たちの人生にも言えることである。それまでの在り方を手放して散らされてゆくことは、種蒔かれ新たに芽生えてゆくことである。

3.次に心に残る点は、散らされていった人々が一体なぜ福音を宣べ伝えることができたのかという点である。彼らが特に伝道に熱心だったのであろうか。決してそうではなかったと私は思う。散らされてゆく中で、なかには信仰を失ってしまった人々もいたに違いないと思う。しかし散らされてゆくからこそ、より一層礼拝をささげる生活を自分たちのよりどころにしようとした人々もいたのではなかったか。そのような生活を周囲の人々が見るなかで、自然に福音が宣べ伝えられていったのではないかと私は思う。言葉によって福音を伝えたというのではなく、福音をよりどころとする生き方そのものが、ごく自然に伝道をしたのではなかろうか。
 迫害を受けて散らされた人々は、どのような福音をよりどころにしたのであろうか。7章には、彼らのグループの指導者だったステファノが語ったことが書かれていた。それを改めて思い起す。創世記12章1節以下に「あなたは生まれ故郷、父の家を離れてわたしが示す地に行きなさい。(そのあなたを)わたしは祝福し」との神様の言葉が書かれていた。散らされた人々は自分たちを、このアブラハムの姿に重ね合わせていたに違いない。彼らが何よりも頼りとしていたのは、住み慣れた場所を離れて散らされゆく歩みにこそ幸いを与えようとした神様ではなかったか。そして散らされてゆくこの世の辛い生涯においても、その神様が必ずや幸いを与えてくださるとの保証がイエス様ではなかったか。その幸いは、山上の八福でも教えられたように、具体的には教会の交わりにおいて信者同士が慰め合うことによって与えられるのである。だから散らされてゆく歩みにおいてはイエス様を、そして神様を礼拝する営みを毎週続けずにはおられない。どこに散らされても、礼拝をささげる場所を見つける。そして毎週毎週礼拝をささげるのである。
 この生活が、ごく自然に伝道をすることになるのです。周囲の人々は、一体何がこの迫害にあって散らされている彼らを支えているのかと、興味津々で見ているのです。特にギリシャ・ローマのあちらこちらから散らばされている人々は、そうなのです。自分たちも同じ境遇にあるからです。散らされているにもかかわらず力強く生きられている秘訣は何かを、当然に知りたがるでしょう。それがきっかけとなって、20節最後にある「ギリシャ語を話す人々にも・・・主イエスについて福音を告げ知らせ」るということが起きたのでしょう。
 ここで、私は改めて、主イエスの福音の力強さというものを感じさせられます。このままゆけば教会はなくなってしまうのではないか、信者はいなくなってしまうのではないか、とよく言われます。そういうあせりから伝道をしなくては、と急き立てられているのです。しかし、今日の御言葉を読みますと、そんなことは何ら心配する必要がないのだと知らされるのです。福音には力があるのです。様々な理由からこの世を散らされてゆく私達の、必ずやよりどころとなります。私達を捉える力があります。福音に捉えられた私達は、おのずと礼拝を守り教会を立てるのです。そして、その姿は、また自ずと伝道をしてゆきます。周囲の人々を捉えるものです。猥雑なアンティオキアの町のただ中に教会を立てあげます。エルサレム教会の思いなど遥かに超えて、次なる教会が立ってゆきます。

4.心を捉えられる最後の点は、このアンティオキア教会に、エルサレム教会からバルナバという人が派遣され、彼によってパウロが指導者として連れてこられ、そうしてこの教会の信徒が世界ではじめて、クリスチャンと呼ばれたことを通して示された事です。
 誕生したばかりのアンティオキア教会に、エルサレム教会が誰を問安使として遣わすかは大問題です。最初にも申し上げたように、コルネリウスが洗礼を受けたことがエルサレム教会で大問題になり、ペトロでさえ猛烈な非難を受けたのです。しかし、エルサレム教会は賢明にもバルナバを使者として送りました。なぜバルナバを送ったか。彼は4章の36節によれば、「キプロス島生まれ」の人であり、エルサレム教会初期からの重要なメンバーだったからでした。
 そんな彼がアンティオキア教会を訪れてまず何をしたか。「神の恵みが与えられた有り様を見て喜」んだと、23節にあります。エルサレム教会にとって当たり前なこと、つまり割礼を受けることや律法を守ることを、異邦人信者に押し付けてはいません。新参者の信仰共同体に、「こうあるべし」「こうでなければならない」と、たがを嵌めてはいないのです。大事なのはただ一つ、「神様の恵みが与えられ」ているかを見ることでした。これを見て喜びました。11章17節においても、エルサレム教会で割礼を巡ってペトロが弁明をした際も、人々をして静まらせたのは「神が賜物をお与えになった」という言葉でした。ペトロが語った「賜物」と、バルナバが見ようとした「恵み」とは、同じものでしょう。教会が教会であるのは、まさにこの点にある、と示されるのです。割礼の有無を巡って、今日の教団で言えば、洗礼の有無や聖餐式のありかたを巡って深い対立があるのです。しかし、バルナバはそれをふりかざすことはしなかったのです。できたばかりの異邦人教会に、ユダヤ人教会のありかたを科すことはしなかった。そうではなく、神様の恵みを知っていることを求めたのです。 異邦人教会であればこそ、パウロという人の働き場所となったのでした。エルサレム教会中心の、異邦人も割礼を受けねばと主張する教会だけであれば、おそらくパウロの働き場所はなかったのです。しかし、割礼の「か」の字も知らない教会が誕生したのです。でも、神様の恵みはちゃんと知っている教会なのです。このような教会の信者が、世界ではじめてクリスチャンと呼ばれたということは、とても心に残るのです。これは、信者が自分たちで「わたしはクリスチャン」と言ったものではありません。あくまで、外の人々が信者たちの生き方・有り様を見てつけた ―どちらかと言うと、さげずみ・あざけりの意を含んだ― 仇名なのです。
 原語の「クリスティアノス」は、「クリストス」と「イアノス」という言葉が合わさったものです。「クリストス」は、勿論イエス様のことで、「イアノス」とは、しばしば奴隷が「だれだれ様という主人のもの」という意味において、その主人の名前の後に付けられた言葉だそうです。ですから、クリスティアノスとは、キリストのもの・キリストの奴隷という意味です。信者たちは、その生涯の多くをイエス様にささげます。特に礼拝を守ることを通して、人生のかなりの部分をイエス様にささげるのです。それは、あたかも奴隷が主人に人生を献げるがごとくです。そういうありかたが外から見られて、「クリスチャン」と仇名されるのです。先ほど示されたように、同じクリスチャンとは言っても、内側では様々な違いがあるのです。ユダヤ人教会と異邦人教会では、同じ教会なのと思われるほどの違いでしょう。そうであっても、彼らがイエス様と神様に人生の多くを献げる姿は、外から見ると同じなのです。捧げようとする相手はイエス様であるのです。外から見てというとき、それは、かつて言われたように、お酒は飲まないたばこは吸わない、と言うようなことではないのです。主人であるイエス様を愛し、人生の多くを献げるということにおいてなのです。

聖書:新共同訳聖書「使徒言行録 11章 19~30節」  聖書朗読
11:19ステファノの事件をきっかけにして起こった迫害のために散らされた人々は、フェニキア、キプロス、アンティオキアまで行ったが、ユダヤ人以外のだれにも御言葉を語らなかった。 11:20しかし、彼らの中にキプロス島やキレネから来た者がいて、アンティオキアへ行き、ギリシア語を話す人々にも語りかけ、主イエスについて福音を告げ知らせた。 11:21主がこの人々を助けられたので、信じて主に立ち帰った者の数は多かった。 11:22このうわさがエルサレムにある教会にも聞こえてきたので、教会はバルナバをアンティオキアへ行くように派遣した。 11:23バルナバはそこに到着すると、神の恵みが与えられた有様を見て喜び、そして、固い決意をもって主から離れることのないようにと、皆に勧めた。 11:24バルナバは立派な人物で、聖霊と信仰とに満ちていたからである。こうして、多くの人が主へと導かれた。 11:25それから、バルナバはサウロを捜しにタルソスへ行き、 11:26見つけ出してアンティオキアに連れ帰った。二人は、丸一年の間そこの教会に一緒にいて多くの人を教えた。このアンティオキアで、弟子たちが初めてキリスト者と呼ばれるようになったのである。 11:27そのころ、預言する人々がエルサレムからアンティオキアに下って来た。 11:28その中の一人のアガボという者が立って、大飢饉が世界中に起こると“霊”によって予告したが、果たしてそれはクラウディウス帝の時に起こった。 11:29そこで、弟子たちはそれぞれの力に応じて、ユダヤに住む兄弟たちに援助の品を送ることに決めた。 11:30そして、それを実行し、バルナバとサウロに託して長老たちに届けた。


2021/05/02 復活節第5主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「思いがけない幸い」 1.マタイによる福音書の5章から7章までは、山上の説教と呼ばれるひとまとまりである。その冒頭には、韻文の形で8つの「幸いである」との言葉が列記されている。そのため昔から「山上の八福」と呼ばれてきた。
 「悲しむ人々は幸いである」とある。その「悲しむ」という言葉─ギリシャ語で「ペンテオ」─は、バークレーの注解によれば「ギリシャ語の中で、悲しさを現す最も強い言葉」とのことである。「死んだ人を悼み、愛する人を慕って狂うばかり嘆く場合に用いられる」とある。山浦玄嗣医師は「イエスの言葉~ケセン語訳~(文春新書)」という本において、そこを「野辺の葬送(おぐり)に泣いでいる人ア幸いだ」と訳しておられた。医師として患者さんの胸にあてた聴診器を外して「ご臨終です」と告げるのはつらく、静まりかえった深夜の病棟に大切な人をなくした人達の「のども裂けよと泣き叫ぶ声を聞くのは耐え難いものであり、この悲しみを慰めることなどだれにできましょうか」と書いておられた。ましてやその方々に「幸いである」などとは口が裂けても言えない言葉なのである。
勿論イエス様とて、その悲しみそのものが幸いだなどと言っているのではない。3節で、貧しいことそれ自体が幸いだと言ったのではないのと同じである。そうではなく、普通は到底幸いなど見いだすことのできない貧しさや悲しみや苦しみの傍らに、なぜか幸いが見いだされるとイエス様は約束してくださっているのである。貧しさや悲しみがなければ見いだすことのできない幸いがあるということである。詩編126章5節に「涙と共に種を蒔く人は、喜びの歌と共に刈り入れる」とある。涙を流すことには必ずや幸いが伴っているのである。

2.それは、私自身の拙い歩みにおいてもお話しできる。皆さんもそうではなかろうか。皆さんのこれまでの生涯においても、忘れることのできない深い喜びや幸いというものがおありになるのではないか。そこには必ず悲しみや苦しみが伴っていたのではなかったか。涙と共に種を蒔いたので喜びを収穫できたのではなかったか。
 35年間の私の牧師生活の中にも、忘れることのできない幾つかの幸いがあった。私にとって最大の幸いは、Iさんから頂いた手紙を通して与えられた。彼は、もともと私の前任地の郡山教会の信者だった。その手紙をいただいた少し前に彼は、彼の古くからの友人が牧師となって設立した教会に転会していた。彼との最初の出会いは、私が郡山教会に赴任した直後のことだった。彼があるスナックで無銭飲食をして、その店主からの「彼が飲み代を払ってくれないので警察に突き出す」との電話を受けたのがはじまりだった。その後も何度となく無銭飲食を繰り返して刑務所に入っては出所すると、なぜか自分の属する教会ではなく私のもとを訪ねて来た。
そのような中、2003年から2004年にかけて新会堂の建築をした。古い会堂の解体を始めた翌日に行われた教区総会で、私は教区議長に選出された。本当にプレッシャーと責任に一杯一杯だったと思う。夏休みが終わった9月の役員会で、思いもよらない批判が浴びせかけられた。牧会や説教までも非難を受けた。引き金になっていたのは、役員のひとりとの会堂建築を巡っての意見の対立だったと思う。できることなら牧師を辞任したいと思った。しかし、会堂建築が始まったばかりで、さらには教区議長に選ばれたばかりではそれもかなわなかった。そのような中、役員会の翌日、涙をこらえつつ仙台への一泊の出張をし、帰ってきたときに届いていたのがIさんからのその手紙だった。
 私はその手紙を、書斎机脇のコルクボードの見えるところにいつもピンでとめている。その手紙をよこしたときIさんはホームレス生活をしていたさかなに脳梗塞を起こして倒れ、退院するあてもなく精神病院に入院中だった。彼の手紙の最後は、次のように結ばれていた。「何も持ってくる必要はありません。ただ先生の顔を見せて下さい」と。私はこの言葉に神様の声を聞いたと思った。会堂建築や教区議長をしなければという思いから、様々なものを持とう・持とうとしていた私ではなかったか。そのような私は、どこかで信徒の皆さんに上から目線で接していたのだと思う。そのような私に神様はIさんの言葉を通して、「何も持たずともよいではないか」と語りかけてくださった。役員会での非難を受けて、私はすっかり教会での自分の牧師としての存在意義を見失っていた。自分などいない方がよいのだと、本当にそう思っていた。しかしIさんは、何も持たないただの私が訪ねてくれればありがたいと言ってくださった。決しておおげさではなく、私はIさんの言葉によって自分の存在意義を取り戻すことができたのである。
 もしも私がこの手紙をいただいたときに悲しみの最中にいなければ、おそらくこの言葉に神様の声を聞くことなどなかったであろう。「ああ、またIさんからの迷惑な手紙だ」と読みすてていたに違いないと思う。しかしそのときの私は、悲しみのどん底にいた。それは文字通り死者を悼む悲しみではないが、自分の存在意義を喪失してしまって本当に深い悲しみの中にある者だった。そのような私であればこそ、Iさんの何げない言葉に神の声を聞き、深い慰めという幸いをいただくことができたのである。

3.さてそこで、なぜ悲しみの中にある者は、そのような幸いをいただくのであろうか。この4節だけではなく山上の八福の全体を読んで、ここに列記されている幸いに共通しているものがあるということに今回改めて気づかされた。それは翻訳の言葉の上でもはっきりと現れている特色である。8つの幸いのうち、その半分の4つは「・・・される」との受け身の形を取っている。「慰められる」「満たされる」「憐れみを受ける」「神の子と呼ばれる」の4つである。それ以外の「天の国はその人たちのもの」も「地を受け継ぐ」も「大きな報いがある」ということも、言われているのは神様によってそうしていただく幸いなのだから、内容としては受け身である。そういうことから言えば、8つの幸いすべてが根源的には受け身として与えられるものなのである。私達が受け身の状態にあることが、神様からの幸いをいただくことと密接に結び付いているとわかる。
 私達が受け身の状態にあるということが、悲しみの中にいるということと深くつながっていると示される。私達が他のどのような時よりも受け身である状態に置かれるときとは、いかなるものであろうか。それこそが貧しい者であり、悲しむ者であり、義に飢え渇く時であり、迫害される時ではなかろうか。翻訳の言葉の上では、はっきりとは受け身の意味が現れていないが、多分「柔和」や「憐み深い」や「心の清い」や「平和を実現する」ということにも、この受け身ということが含まれているに違いない。英語では、受け身形・受動態のことをパッシブと言い、それは苦しみのパッションと同義語である。この8福の、すべての人々に共通しているのはパッション・苦しみに他ならない。なぜ苦しいのか、それは私達が主体・能動ではなく受け身だからである。自分が主人公ではなく、思い通りにはならない存在にさせられている。だから苦しいのである。根源的なところで破かれている。破裂させられている。しかしその破れこそが、幸いが神様から注がれるところの、なくてはならない入り口となっているのである。

4.受け身であり破れていることが幸いと分かち難く結び付いているということについて、私の最大の愛読書のひとつである犬飼道子さんの『幸福のリアリズム』という本を紹介したい。この本の最初の章のタイトルは「心を外に開くとき」である。犬飼さんは、人間も他の生き物と同じである限り、生命体としての共通のルールみたいなものがあり、それを考察することで人間にとっての幸福とは何かがわかるだろうとまず言っておられた。
 ではその生命体すべてに共通するルールとは何かと言うと、それはたとえば球根を例にとると、それは土の中に置かれて、土という自分以外のものからの養分を「受ける」のである。私達人間もそのようにして心や体を外に向かって開き、外から与えられるものを受けて成長してゆく。それがこの章のタイトルにいうところの「心を外に開く」ということである。開き受けるところにこそ私達の幸いの原点がある。
 さて、私達が開かれてゆくとは、しばしば無理やり起こることではなかろうか。受け身にされることにおいて開かれてゆくのではなかろうか。犬飼さんはこの本の中で、自分の若かりし時の体験を書いおられた。彼女は意気揚々と留学した先で結核になり、何年もの闘病を余儀なくされた。「青春の野望と留学の希望とは見事に不成功に終わった。私がそれまでに筋書きを書いてひとりで悦に入っていた『今後の設計』はご破算になった。・・・まっくらなものが世界じゅうを包みこんだようにはじめは思われたが・・・最大限10日という短い時間ののちに、いままで考えていた『設計』とは全く違うが、もっと心にしみこむ『光明』に変わり得る」とわかってきたと。そしてその光明を次のように書いている。「(それは学位でもなく)全快でもないかもしれぬ。むしろ、この病床の上で、日々刻々、思いわずらわず不安に圧倒されてしまわず、医師の指示を素直に受けて、熱があろうとも窓から見える空の青さに感謝し、友人知人に感謝して生きることによる『心の成功」を意味した。・・・もしも幸いに、癒される日が来たら、この得難い闘病数カ年をこそを学歴として世に出よう。その日から私は安らぎを得た。幸福感を味わった」と。
 開かれてゆくということは受け身に、パッシブにされることなのである。そしてそれは必然的に・パッションである。自分が破れてしまうことである。自分自身が主人公であることを失ってしまい、貧しいのである。自分が主人である存在としては死んでしまっている。その死を悼む者である。悲しみによって心は無理やりにも鍬や鋤によって耕され、自ずと柔らかく清くさせられ、同じような境遇にある人に対して憐れみ深くなるのである。もはや誰かと争おうとするほどの力や自信など失い、いやがおうでも平和を作り出す者にされるのである。八福の幸いとは、すべて突き詰めると、受け身にされ苦しむ者となったがゆえに与えられるものだとわかる。

5.そうして幸いとして与えられた慰め・憐れみといったことは、何とささやかなものかとしみじみ感じるのである。通常の幸いとして感じられ求め願われるものは、長寿であったり健康であったり豊かさであったり財産であったり、そのようなものであろう。それらは当然に自分が主人公であって、自分ひとりで保有しうるものである。自分ひとりで保有しているものが大きくて豊かであればあるほど、幸いは大きくて豊かだと思われている。
 しかし、慰められ満たされ憐れまれる幸いはそうではない。何一つとして自分ひとりで手に入られるものはなく、すべては神様によって、具体的には自然や人とのつながりによって与えられるものである。「パラカレオー」というギリシャ語の言葉に、その幸いの根源が滲み出ていると思う。パラカレオーとは、誰かをそばに(パラ)呼ぶ(カレオー)という意味である。誰かがそばに来てくれることによってこの辛いは与えられ、また先ほど私の得た幸いがそうであったように、そばに来てほしいと呼ばれた者もまた幸いをいただく。何とそれはつかの間の幸いであろうか。小さな幸いであろうか。しかし、私自身にとってそうであったように、その小さな幸いは生涯を通して失われ得ないものである。悲しみや苦しみは大きく、それに比べて与えられる辛いは本当に小さいのだが、しかしその幸いは私達の一生涯を支えるのである。

聖書:新共同訳聖書「マタイによる福音書 5章 3~12節」  聖書朗読
05:03「心の貧しい人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。 05:04悲しむ人々は、幸いである、その人たちは慰められる。 05:05柔和な人々は、幸いである、その人たちは地を受け継ぐ。 05:06義に飢え渇く人々は、幸いである、その人たちは満たされる。 05:07憐れみ深い人々は、幸いである、その人たちは憐れみを受ける。 05:08心の清い人々は、幸いである、その人たちは神を見る。 05:09平和を実現する人々は、幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる。 05:10義のために迫害される人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。 05:11わたしのためにののしられ、迫害され、身に覚えのないことであらゆる悪口を浴びせられるとき、あなたがたは幸いである。 05:12喜びなさい。大いに喜びなさい。天には大きな報いがある。あなたがたより前の預言者たちも、同じように迫害されたのである。」


2021/04/25 復活節第4主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「少年ダビデが選ばれる」 1.サウル王の次の王となるべき者として、少年ダビデが選ばれていった様子が描かれている。私は子どもたちの礼拝においてダビデが選ばれてゆく後半の場面をお話しすることがよくある。子どもたちにとっても大好きなお話のひとつであろう。末っ子のダビデは、会食の席に招かれることなく羊の番をさせられていた。その少年ダビデが、兄たちを差し置いて王様となるべき者として選ばれてゆくという意外性のある物語が、幼い子どもたちの心を引き付けるのであろう。同じようなモチーフの昔話は、古くから語り継がれてきた。
 なぜ、サウル王の次の王になるべき者が選ばれていったのか。それについては1節に、神様が「わたしは、イスラエルを治める王位から彼(サウル)を退けた」とサムエルに言ったとある。なぜ神様はサウルに王様失格の烙印を押したのか。15章24節にサウル自身の言葉として「(わたしは)兵士を恐れ、彼らの声に聞き従ってしまいました」とある。少し経緯を振り返ってみたい。そもそもサウルは、自分からは王様になろうなどとは露ほどにも思ってはいなかった。9章に、彼が最初にサムエルと出会う場面が記されている。そこには、彼は行方不明になった数頭の父のロバを探していたことが書かれていた。もし彼がサムエルと出会うことなくイスラエル最初の王様になど選ばれなかったならば、彼は生涯、平穏無事に家畜を飼う者として過ごしていたのではなかったか。そのような彼は、言わば無理やり王様にさせられたのである。「あなたは王様になるのだ」と言われたサウルは「わたしはイスラエルで最も小さな部族の者ですし・・・そのベニヤミン族でも最小の一族の者です。どんな理由でわたしにそのようなことを言われるのですか」と訴えた(9章21節)。王様に立てられたことを示す油を注がれる儀式の後においても、彼は荷物の陰に隠れていた(10章22節)。そのようなサウルを人々は「こんな男に我々が救えるか」と言って侮ったと10章最後にある。
 サウルはそのような経緯から王になった。そのためサウルは人一倍人々の歓心を買おうとしてしまうのだった。それが態度となって現れてしまった(15章24節)。ゆえに神様はサウルを王位から退けたのである。そのことについて、サムエルは嘆いていた(1節)。直前の15章の最後にも「サムエルは死ぬ日まで・・・主は・・・悔いられた」と書かれていた。

2.神様が「いつまであなたはサウルのことを嘆くのか」と問いかけるほど、サムエルはサウルのことで嘆いていた。その彼の気持ちは想像に難くない。それは文字通りサウルについての嘆きばかりではなく、彼を選んだ預言者としての自分自身についての嘆きでもあっただろう。そしてさらに言えば、サウルをいわば無理やり王様として選んだ神様への嘆きでもあったかもしれない。サムエルの立場とは、サウルに対しての牧会者のようなものだったと思う。黙っていれば一生涯、平穏無事に家畜を飼う者として過ごすことができた若者を、無理やり王という立場へと引きずり出したのはサムエルだったのである。もっと牧会する余地があったのではなかったと悔やんだ。さらには王に選んだ神様への訴えや嘆きもあった。「そのようにして無理やり王様として選んだ者に対し、余りにも冷たいのではないか、酷な要求を科しているのではないか」と。
 私は、サムエルがサウルについていつまでも嘆いている姿に、自分自身のありさまを見るように思う。牧会者として教会員のことについて嘆き悔やまないことはない。私は今も、そのような思いを抱えているただ中にある。特に信徒が教会生活から離れてしまうことについて、牧師としてこうはできなかったのか、こうすべきではなかったのかと嘆くことがしきりなのである。牧師ではない皆さんも、私と同じように、お子さんやご家族について、そのような嘆き・後悔というものを抱かれることがあるのではなかろうか。お子さんやご家族を、言わばサウルのような状況に追いやってしまったのは自分ではないかと嘆くのではなかろうか。
 そのようなサムエルと私たちに対して神様は「いつまで嘆くのか」と語りかけてくださる。それがとても慰めであり励ましのように感じる。なぜ神様はそのように問いかけてくださるのか。15章の最後には「主はサウルを・・・悔いられた」とあった。神様自身も悔いておられた。そうであるならば、サムエルと同じように嘆いてもよいように思う。しかし神様はそうではない。悔やみつつも神様は、次の王となるべき者を見いだしたとある。読み様によっては神様は、あっさりとサウルに見切りをつけて次の王を見いだしたかのようである。もうサウルは用済みなのであって、切り捨ててしまった者をいつまでも嘆いていても仕方がないとでも言うような言葉のように思える。神様の真意はどういうものだったのか。

3.私が改めてはっとさせられるのは、15章最後でも16章1節でも、神様はサウルを「イスラエルの上に王として立てたことを悔やみ、イスラエルを治める王位から退けた」とある点である。神様がサウルを退けたのは、あくまで王様からということではなかったか。別の言い方をすれば、王様であること以外でのサウルとのつながりを退けるのではないということである。15章24節においてサウルは「兵士を恐れ彼らの声に聞き従ってしまいました」と言いつつも「どうぞ今、わたしの罪を赦し、わたしと一緒に帰ってください。わたしは主を礼拝します」と言っていた。サウルがそのように言えたのは、根本には神様の側が彼とのつながりを切ってはいないからではなかったか。だからサウルはなおも神様を礼拝しようとした。しかしサムエルはこれを拒んだ。そして15章最後にあるように、もはや最後までサウルとは会おうとはしなかったというのである。
 それは牧会者としてどうであったのか。私は、それは神様の御心とは違うと感じる。神様は決してサウルそのものを切り捨ててはおられなかった。それは、16章以後のサウルの生きざまやダビデとの関わりに如実に現れている。王位から退けられ、ダビデという次の王まで選ばれたのに、サウルはなおも王として留まり続けた。ダビデはサウルから追われ続け、その途中で何度もサウルの命を奪うチャンスがありながらも、決して剣を振るおうとはしなかった。そのようなことを通して、神様はサウルを守っておられると私は感じる。神様は一度関わったものを決して捨てることはない。だから、神様のサムエルへの「いつまで嘆くのか」という問いかけは、もうあなたが嘆く必要はないのだとの真意からのものである。「サウル、あなたの今後は神である私が気にかけるから、もうあなたは嘆くのは止めるがよい」という御心である。
 神様は、イスラエルの最初の王様として立てられたサウルを、「ああ、やはりこうなってしまうのか」と悔やみつつも、「しかし人間の王というのはこうなのか」とよくご存じなのだと思う。神様は、人間の王にそれほど多くの期待など最初からしていなかった。だから、イスラエル人が最初に王を立ててほしいと願ったとき「本当にいいのか。王はあなたがたを奴隷にするよ。自分たちが選んだ王様によって泣き叫ぶことになるよ」と予告した。王がどういうことをするかを、神様はよくご存じなのである。だから、確かに王としてのサウルを悔やんではいても、しかしサウルのすべてを悔やんでいるのではなく、すべてを退けたのではないのである。
 けれどもサムエルはそうではなかった。死ぬまで会おうとしなかったという点に如実に彼の思いが現れている。サムエルはサウルに対し、余りにも王としてこうあってほしい、こうあるべきだと思い過ぎていた。だからそうなれない彼や、そうあらしめることのできなかった自分を嘆いた。神様に対してもどうしてそうあらしめて下さらなかったのかと嘆いた。自分自身や周囲の人々に対する私たちの嘆きも、そのような思いから生じることが多いのではなかろうか。しかし、そもそも王であるということは、根源的に兵士を恐れ、その声に従い、神様に従うことのできないものを抱えていたのである。私たち人間も、つきつめればひとり一人が必ずどこかで王様として生きようとしてしまう者である。そこから離れることはできないものである。だから、そういうものを抱えている人間をいつまで嘆いても仕方がないのである。嘆くのではなくして、別の関わり方をせよとの語りかけではないだろうか。

4.そのような神様の人間へのはたらきかけを嘆くのではなく、別の関わり方として、ダビデの選びというものが描かれているように思う。私はそこに、私たち人間に関わろうとなさる神様の懐の深さのようなものを感じる。
 神様は、サウルを再び王様として復権させようとしたのではなく、新たに別の王様を立てようとしたというのは、どうしても王様を求めてしまう私たち人間とこれからも関わりを持ち続けようという御心の現れだと思う。どうしても私たちは王様として生きようとしてしまう。サウルのような過ちを犯す者である。それでも神様は、なお王となり王を欲しがる私たちを切り捨てず関わろうとして下さるのである。それどころか王選びにさえ関わってくださる。それは、「あなたがたにとってどのような存在が王となり導くかが決定的に大事なのだよ」との御心の現れなのである。どうしても間違った王様を立て求めてしまうし、自分自身が自分の王となろうとしてしまう者であるからこそ、「私が王選びに関わって、あなたがたにとってのふさわしい王を、導き手を立てよう」と神様は言っておられるのである。
 それでは神様は、どのような王をお選びになったのか。その点では明らかに預言者サムエルも落第者だった。サウルを嘆き、ばっさりと切り捨てたサムエルだったが、そのような彼であっても、ふさわしい王様選びの『試験』では落第だった。神様のユーモアというか、神様のサムエルへの少々の皮肉を感じてしまう。サムエルはエッサイの家に行くように命じた。その会食の席に集められた7人の息子たちについて、サムエルはまず長男エリアブに目を留めて「これこそ次の王たるべき者だ」と思った。しかしそれは神様からだめ出しをされてしまう。「容姿や背の高さに目を向けるな。わたしは彼を退ける。人間が見るようには見ない。人は目に映ることを見るが、主は心によって見る」とある。「主は心によって見る」については、様々な解釈がある。よく誤解される「人は外見を見るけれども神様はその人の心・内面を見て判断する」ということではない。この「心」というのは、突き詰めれば神様の御心ということであり、その神様の御心に適うものがその人の内にあるかどうかという意味である。
 その後、次々と7人の息子たちが退けられ、とうとう会食の席に最初から招かれておらず、数にも入っていなかった末っ子で、羊の番をしていた少年ダビデが連れてこられた。神様は「それがその人だ」と言った。それは、ダビデの心が、彼の内面がふさわしかったというのではない。私たちは王となった彼が、後にどういうことをしでかしたかよく知っている。しかし彼には、神様の御心にふさわしい何かがあった。それが「末っ子」とか「羊の番をしていた」というところに象徴的に現れている。「心の貧しき者は幸いなり」との御言葉にも通じる。末っ子であり、数にも入れられなかった貧しさを抱え、だからこそ神様という羊飼いによって飼われる羊である者こそが、逆説的に私たちの王となるべき者なのである。そういう貧しい者が私たちの王となるべきなのである。それは、特に十字架にかけられたイエス様に他ならない。十字架という弱さ・愚かさが「末っ子」の象徴なのである。そのような王を選び、常に私たちのために立てつつ私たちに関わろうとされる神様がおられる。

聖書:新共同訳聖書「サムエル記(上) 16章 1~13節」  聖書朗読
16:01主はサムエルに言われた。「いつまであなたは、サウルのことを嘆くのか。わたしは、イスラエルを治める王位から彼を退けた。角に油を満たして出かけなさい。あなたをベツレヘムのエッサイのもとに遣わそう。わたしはその息子たちの中に、王となるべき者を見いだした。」 16:02サムエルは言った。「どうしてわたしが行けましょうか。サウルが聞けばわたしを殺すでしょう。」主は言われた。「若い雌牛を引いて行き、『主にいけにえをささげるために来ました』と言い、 16:03いけにえをささげるときになったら、エッサイを招きなさい。なすべきことは、そのときわたしが告げる。あなたは、わたしがそれと告げる者に油を注ぎなさい。」 16:04サムエルは主が命じられたとおりにした。彼がベツレヘムに着くと、町の長老は不安げに出迎えて、尋ねた。「おいでくださったのは、平和なことのためでしょうか。」 16:05「平和なことです。主にいけにえをささげに来ました。身を清めて、いけにえの会食に一緒に来てください。」サムエルはエッサイとその息子たちに身を清めさせ、いけにえの会食に彼らを招いた。 16:06彼らがやって来ると、サムエルはエリアブに目を留め、彼こそ主の前に油を注がれる者だ、と思った。 16:07しかし、主はサムエルに言われた。「容姿や背の高さに目を向けるな。わたしは彼を退ける。人間が見るようには見ない。人は目に映ることを見るが、主は心によって見る。」 16:08エッサイはアビナダブを呼び、サムエルの前を通らせた。サムエルは言った。「この者をも主はお選びにならない。」 16:09エッサイは次に、シャンマを通らせた。サムエルは言った。「この者をも主はお選びにならない。」 16:10エッサイは七人の息子にサムエルの前を通らせたが、サムエルは彼に言った。「主はこれらの者をお選びにならない。」 16:11サムエルはエッサイに尋ねた。「あなたの息子はこれだけですか。」「末の子が残っていますが、今、羊の番をしています」とエッサイが答えると、サムエルは言った。「人をやって、彼を連れて来させてください。その子がここに来ないうちは、食卓には着きません。」 16:12エッサイは人をやって、その子を連れて来させた。彼は血色が良く、目は美しく、姿も立派であった。主は言われた。「立って彼に油を注ぎなさい。これがその人だ。」 16:13サムエルは油の入った角を取り出し、兄弟たちの中で彼に油を注いだ。その日以来、主の霊が激しくダビデに降るようになった。サムエルは立ってラマに帰った。


2021/04/18 復活節第3主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「幸いなるかな」 1.マタイによる福音書の5章から7章までは「山上の説教」と呼ばれる箇所である。古くは「山上の垂訓」とも言われていた。1節にあるようにイエス様が山に登って人々に教えた一連の言葉なので、そのように呼ばれてきた。
 12節までの段落には8回あるいは9回にわたって「幸いである」との繰り返しがある。そのことから、「山上の八福」あるいは「9福」とも呼ばれてきた。世の翻訳では「・・・な人は幸いである」というように、文章の最後に「幸いである」との言葉が置かれている。原文では8つの文章の最初に「幸いなるかな」─ギリシャ語原文では「マカリオイ」─との言葉が置かれている。
 イエス様の宣教の第一声は、4章17節にある「悔い改めよ。天の国は近づいた。」であった。その喜びのメッセージである福音が、ここから具体的に語られてゆくのである。そして、その始まりは8つの「幸いなるかな」との語りかけである。そのことに昔から沢山の人々が心打たれてきた。私の手元に1956年に教団出版局から発行された「イエスの幸福観~キリスト教入門~」と題された薄い本がある(著者は「まぶねのなかに」という讃美歌で有名な由木康)。それにはとても心に残る内容が書かれており、折に触れて開くことの多い冊子である。山上の8福ともうひとつ、使徒言行録20章35節においてパウロがイエス様のものとして記している「受けるよりは与える方が幸いである」との言葉から、イエス様の教えた幸福について解説されている。
 3節についての解説の冒頭において、由木先生はこのように語っている。「(山上の垂訓のはじめが)原文では「さいわいである』という言葉からはじまっている。これはなんという明るいほがらかな第一声であろうか。この言葉こそ、山上の垂訓だけでなく、イエスのすべての教え、あらゆるメッセージの基調をなすものである。イエスは、人間の不幸を指摘するためにこられたのでもなければ、人生の悲惨を暴露するために現れられたのでもない。むしろ不幸な人間に真の幸福を与え、悲惨な人生に無上の喜びをもたらすために来られたのである。宗教改革者マルティン・ルターはそれについてこう言っている。『これはイエスの宣教の、喜ばしい、甘美な、また楽しい発端である。彼はモーセや律法の教師たちのように、警告やおどしの要求をもって来ず、いともねんごろな態度で、いざないと魅惑と楽しい約束とをもって来られたからである。』」と。

2.由木先生が言うように私も、この幸いなるかなという言葉にこそイエス様が私達に与えようとした福音のエッセンスが現れていると思う。イエス様が、私たちに与えようとするのは幸いであって他のものではない。ひるがえって、世界の3大宗教のひとつである仏教の始祖ブッダは、そもそも何を私達に与えようとしたであろうか。由木先生が「人間の不幸を指摘するためにこられたのでもなければ」と書いているのは、もしかすればブッダの教えが念頭にあったのではないかと感じた。ブッダは、人生は「4苦」だと言い、そこから逃れることこそが大事だと教えたように思う。
 もうひとつ、3大宗教のひとつであるイスラム教はどうか。その中心にはルターが言うところの「警告や脅しの要求」が色濃くあるのではなかろうか。しかしキリスト教の根幹にあるのは、そういうものではない。私達の苦しみの多い人生を肯定し、そこにも幸いを見いださせようと教えるのがイエス様である。
 イエス様が「何と幸いなことか」とおっしゃる私達の人生とは、貧しさや悲しみが覆っている人生である。そこには決して幸いなどないと思われるような人生である。数年前に地区大会にお招きした医師の山浦玄嗣(はるつぐ)先生は、新約聖書を自身が住んでおられる地方の「ケセン語」に訳した著書『イエスの言葉』の中で、山上の8福について多くのスペースをさいている。「貧しい者・悲しむ者が幸いだとのこの言葉を、果たして津波被害にあわれた方々に語ることができるだろうか」と、常に自問自答しておられた。中には「とんでもない」と嘆き怒りだす人もいるであろう。しかしそれでもなおイエス様は、この祝福の言葉を語ってくださる。「そこにも幸いがあるではないか」と、「幸いを見失ってはならない」と語って下さる。
 ふと私は、全く逆の体験をしたことを思い出した。牧師になりたての頃、私はストレスのためか胃痛に悩み、しつこい湿疹や体調不良に苦しんでいた。そこでひとづてに聞いた漢方専門の医者にかかった。その医師は私に「あなたは、まだ今は若いから何とかやっているけれども、もっと歳を取ったならとんでもないことになる」と告げた。私はショックを受けた。医師としてのその診断は本当だったかもしれない。しかし、それは幸いの約束ではなく災いの予告なのである。大変な中、何とかがんばっている目の前の患者に、それでもあなたには決して失われることのない幸いがるから大丈夫だと告げてくれるものではなかった。
 その後、私はいろいろなことがあったが、その医者が告げるのとはまるで正反対な歩みをすることができた。頭痛にだけは相変わらず悩まされているが、胃痛からもしつこい湿疹からも(逃れることができて)、牧師としての歩みの半分近くにおいて教区執行部の働きを担い、会堂建築や大規模修復を2度もなし、さらにはそのほとんどの時を代務や兼務牧師として過ごしてきた。それを私になさしめたのは何かと言えば、「幸いなるかな」というイエス様のその言葉だったのである。「あなたは幸いな者だ、あなたの幸いを奪うものはいないのだ」との祝福の言葉なのであった。そのような言葉など馬鹿げたものだと一笑に付すのも自由であろう。しかし、イエス様が語ってくださったのだから、信頼に足りるものだと私は思っている。

3.さて、それでは一体どのような者が幸いだとイエス様はおっしゃるのか。それはまず何よりも「心の貧しい人々」だとイエス様は言うのである。日本語では「心が貧しい」というと、それは余りよい意味ではない。先ほどの山浦医師はその著書に、PHPという運動の創始者でもあった松下幸之助について、彼が心の貧しい人は幸いだ、をどう解釈していいものか、心の豊かなほうが幸いではないかと首をひねっていたという記載を紹介している。
 ルカによる福音書の同様の記載箇所は「平地の説教」と呼ばれている。その最初の6章20節には「貧しい人々は幸いである」とある。おそらくもともとのイエス様の言葉は、ルカの書いたものの方が原型に近いだろうとされている。それではなぜマタイは「心の」という言葉を付け加えたのであろうか。単に「貧しい者は幸い」とルカは言ったが、それが特に経済的な社会的な貧しさが幸いとされてしまうことを、マタイは避けようとしたのではないかとも解釈できる。幸いなのはあくまで「心の」貧しさなのであって、経済・社会的なそれではないとマタイは伝えようとしたのかもしれない。しかしそれでは、マタイはイエス様のメッセージを内面的な領域のみに狭くしようとしてしまっているのではないかとも受け取ることができよう。経済的社会的には貧しいけれども、心の貧しさには幸いがあるのだと言って、経済的社会的貧しさを甘受させようとしているのだとの非難も昔から根強い。
 こうした疑問を解くカギは、原文のギリシャ語聖書が─勿論イエス様自身はギリシャ語を話してはいなかったが─「プニュウマ」という言葉を使っている点にあるだろうと示される。原文ではプニュウマにおいて貧しい人々となっている。山浦医師はプニュウマとは「基本的に風のことで、同時に息吹・呼吸・生命・霊魂」でもあるとしておられた。だから「プニュウマにおいて貧しい人」とは、「鼻息の弱い人」のことだと言っておられる。「金もない、力もない、地位もない、健康にも恵まれない。貧乏に打ちひしがれて、望みもなく、頼るものとてなく、神頼み以外には遺された道もなく、吐くため息も弱々しげな、そういった人々のことです」と。山浦医師の説明を読むと先ほどふれたこと、つまりイエス様が言わんとしたのは社会・経済的な貧しさなのかそれとも内面的な貧しさかという疑問は解決されると思う。プニュウマにおける貧しさには、社会経済的貧しさとか内面的な貧しさとかの区別がそもそもない。そこには両方の貧しさが当然に含まれている。しかし何より大事なことは、神様との間柄において、神様が与えて下さることにおいての貧しさなのだということである。私達が単に肉体的にも経済社会的にも内面的にも「鼻息が弱い」人のことではない。そうではなく、あくまで神様が下さる賜物において貧しく乏しいことを言うのである。
 そのような貧しさというのは、しばしば礼拝で触れる創世記2章7節において、言葉の上からも鮮やかに浮かび上がってくる。私達人間の創造を描く場面において、「主なる神は、土の陣で人を形づくり、その鼻に命の息─それがギリシャ語で訳せばプニュウマである─を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった」とある。プニュウマとは、神様のみが私達に吹き入れてくださるところの命の源を指している。それがなければ私達は、ただの土くれにすぎない。当然肉体的にも内面的にも経済社会的にも貧しい。それがイエス様の言わんとするプニュウマにおいて貧しい人の意味なのであろう。ところが神様がプニュウマを吹き入れて下さると、生きた者となる。だから、たとえ私達が土くれのように肉体的にも精神的にも経済社会的にも貧しいとしても、神様が下さるプニュウマにおいて富んでいるなら私達は幸いだということなのである。

4.土くれのような私達が神様からのプニュウマをいただいて生きる者となれるということは、具体的にはどういうことであろうか。私達はそのような幸いを本当に体験できるのであろうか。また神様からのプニュウマをいただくことは、結果としては私達の肉体的・経済社会的な貧しさをも解決してくれものなのであろうか。
 それについてイエス様は、「天の国はその人たちのものである(から)」と教えて下さるのだと思う。先ほどの創世記の御言葉では、土の塵であった人間は自分から神様にプニュウマを吹き入れてくれと願ったなどとは書かれてはいない。何も願ってはいないし、そんなことはできないのに神様の側が一方的に命のプニュウマを吹き入れて下さったのである。プニュウマはそもそも風という意味である。風は気圧の高い方から低い方へと吹く。そのように、天の高きところにおられる神様からのプニュウマも、地上にある土の塵であるような貧しい私達に自ずと吹いてくるものではなかろうか。
 勿論「自ずから」とは言っても、土の塵から成る私達が神様の前に置かれ、その手の中にあるということは不可欠なのである。それは私達が土くれとして神様の前にあるということではないだろうか。神様との間柄の中に生きようとするということではないだろうか。牧師になりたての頃の弱かった私が、医師の予想を覆して今日ある姿を得ているのは、曲がりなりにも礼拝をささげ神様の前に生き続けてきたからである。そのようにして神様の前に、プニュウマにおいて貧しい者としてあるなら、必ずや天の神様からのプニュウマが吹いてくるのである。それは教会において、礼拝において、信徒の交わりにおいて起こる。教会において、信徒の交わりにおいて、天の神様から与えられるプニュウマは、必ずや私達の肉体的経済社会的貧しさをも解決してくださる。
 私達の求め願う幸いは、余りにも肉体的経済社会的な豊かさに依存してしまっている。そのため貧しい者は災いだと、私達は言うしかない。これに対してイエス様は、土くれのように貧しい者が幸いだと言ってくださった。肉体的経済社会的貧しさは決して私達から幸いを奪うものではなく、むしろその逆に幸いを与えるものだと約束してくださった。しかしその幸いはあくまで天の神の御前にあることにおいて、そして具体的には教会において、信徒の交わりにおいて与えられるのである。幸いは、おのれの貧しさに閉じてしまっている人には与えられないのである。天の神様との間柄において、そして信徒の交わりにおいて開いている者には、不思議にも幸いが訪れるのである。

聖書:新共同訳聖書「マタイによる福音書 5章 1~3節」  聖書朗読
05:01イエスはこの群衆を見て、山に登られた。腰を下ろされると、弟子たちが近くに寄って来た。 05:02そこで、イエスは口を開き、教えられた。 05:03「心の貧しい人々は、幸いである、 天の国はその人たちのものである。


2021/04/11 復活節第2主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「争いを乗り越える教会」 1.ペトロは、本日の箇所の5節以下に書かれているような不思議な経緯があり、地中海沿いの港町だったカイザリアにいたローマ軍の隊長コリネリウスの家を訪ねた。そしてその一家に洗礼を授けた。8章には、フィリポがアフリカのエチオピアから来た女王の役人に福音を宣べ伝え洗礼を授けたことが書かれていた。ローマ人だったコリネリウスがイエス様を信じたことで、いよいよキリスト教の福音は民族や国家の枠を超えて広まっていったのである。
 そのことは当時の教会の人々にとっては、だれもが喜ぶような出来事であったはずだが、残念ながら最初に誕生したエルサレム教会の信徒の中には、これを喜べない人々がいた。そのことが2節に記されている。「ペトロがエルサレムに上ってきたとき、・・・・と言った」とある。ペトロを非難した「割礼を受けている者たち」というのは、エルサレム教会の中で割礼を受けていた者たちという意味だけではなく、神様に救われるためにはどうしても割礼を受けねばならないと強く主張していた人々だと考えられる。クリスチャンであれば勿論、イエス様をキリスト・救い主として信じて洗礼を受けているのは当然なのだが、それだけでは足りないと彼らは信じていたのである。割礼を受けることが救われるための絶対的な条件だと主張していたのであろう。
 彼らは「あなたは割礼を受けていない者たちのところへ行き、一緒に食事をした」ことでペトロを非難した。その「食事」というのはいわゆる普通の食事のことではなく、聖餐式のような特別な食事であったのかもしれない。救われた神様の子どもだけが招かれる特別な食事という意味ではなかっただろうか。ペトロは、イエス様を信じて洗礼を受けたコリネリウス一家と、そのような食事を共にした。しかしそれは、救われるためには割礼を受けねばならないと主張していた人々にとっては許されないことだったのである。だから彼らはペトロを非難したのである。
 そのことを通して私は、改めて感じさせられたことがある。私たちの教会にとっての何よりもの喜びは、ひとりでも多くの人がイエス様を救い主として信じることである。そのことだけが教会における根幹の柱としてある。ところが教会は誕生して間もないときから、教会に設置すべきではない柱が、つまり救われるためには割礼を受けねばならないという柱が、そこに据えられようとしていたのである。そのためにイエス様を信じる者が加えられたことを喜ぶことができなかったのである。教会という共同体には、誕生した時からそのような「欠け」というものがあったのだと感じる。非難などすべきではないところで互いに批判しあい争っていて、喜ぶべきことを喜べなかったのである。それもまた私たち人間が作る信仰共同体の偽らざる現実なのだとしみじみ感じる。

2.さて一体なぜ「割礼を受けている者たち」は、それほどに割礼を不可欠だと主張したのか。パウロがあちらこちらの教会に宛てた手紙を読むと、そこかしこにそのように割礼の不可欠さを主張した人々がいたことがうかがえる。彼らは、イエス様をキリストとして信じることによってのみ救われるのだと教えるパウロたちと激しく対立していたのである。キリスト教の母体となったユダヤ教は、長く割礼を不可欠と信じてきた。だからむしろ初代教会においては、救われるためには割礼が不可欠と信じる方がメジャーだったのであろう。イエス様を救い主として信じることによってのみ救われるのだとの信仰はマイナーだった。いずれにせよこれら二つの主張は、初代教会において存在していた実に根深い対立だったのである。
 さて、割礼の不可欠さが主張されたのは旧約聖書のあちこちに記された御言葉によるが、それが最初に出てくるのは創世記17章である。その17章10節以下に次のように記されている。「あなたたち、およびあなたたちの後に続く子孫と、わたしとの間で守るべき契約はこれである。すなわち、あなたたちの男子はすべて割礼を受ける。包皮の部分を切り取りなさい。これが、わたしとあなたたちとの契約のしるしである。・・・包皮の一部を切り取らない無割礼の男がいたなら、その人は民の間から絶たれる」と。
 その御言葉が、はたしてアブラハムの時代に語られ、本当にアブラハム自身が割礼を受けたのかどうかについては解釈の違いがあるだろうと思う。割礼というものがユダヤ人に広く行われ、救われるためには不可欠と信じられるようになった後代の信仰が、アブラハム物語に遡って入れられたとも考えられる。しかし、いつの時からかはわからないが、割礼がユダヤ人にとってなくてはならないものと信じられるようになったことは疑いようがない。割礼がとても重要なものと受け取られるようになったのは、バビロン捕囚の時代だったかもしれない。その時代、イスラエルの人々はバビロンへ強制移住させられ、バビロニア王の支配下に置かれていた。しかしたとえそうであっても割礼を受け安息日を密かに守ることで、イスラエルの人々は自分たちが神様との堅い絆で結ばれていると信じることができた。先ほどの創世記17章の御言葉に「契約のしるし」とあったが、そもそもは割礼とは、神様と自分たちとが堅い絆という契約で結ばれているとの目に見える「しるし」なのであって、決して契約締結の条件ではなかったと思う。しかしいつのまにか条件のようになってしまったのである。
 神様と、堅い絆に結ばれて救われるのに人間の側が何も犠牲を払わないのでは申し訳ないというような自然な思いもあったのではなかろうか。契約締結には、それなりの対価を私たちも払うのが当たり前ではないかと考えたのであろう。イエス様を「信じた」ということだけでは、それでは目に見える「しるし」がない。洗礼を受けたといっても、割礼に比べれば何となく軽い。それに比べれば、割礼を受けるということは痛みも血を流すことも伴うので、十字架のイエス様に結ばれた─契約が締結された─にふさわしい、契約書としての重さや確かさを感じさせる。それだけの犠牲を払って契約を結ばせていただいたのだと自分にも他者にも言い聞かせることができる。そのような理由から、初代教会において割礼を不可欠だとする信仰はとても根強いものであった。

3.さてペトロは2節の非難に対して、どのように応じたか。4節から、ペトロの弁明が語られてゆく。そこを読むと、ペトロがそのとき焦点となっていた割礼の問題について真正面からは決して触れていないことがわかる。割礼の「か」の字も口にしないのだった。
 ペトロは、彼自身がユダヤ人であったから、焦点となっていた割礼の問題について真正面から触れ、それについて論争をすれば決して相手も引き下がることがないことをよく知っていたのである。対立が益々激化することを分かっていた。どんなに争っても簡単には解決できない問題であることをよくわかっていたのである。相手にとっても死活問題の事柄だった。救われるのに割礼が条件だとするのは確かに間違だが、間違いではあっても相手にとっては死活問題であり、とても大切にしていることだとわかっていたから、真正面からは取り上げなかった。
 教会に生じる争いに向かいあうときの姿勢についての一つの示唆を、このことから教えられるのではないだろうか。割礼の問題は、人が何よって救われるのかという信仰の根幹に関わる問題ではある。そういう問題についてペトロのように真正面から取り上げないことを、不誠実だし逃げているとパウロのような人はいきまくのではなかろうか。しかしどんなに論争しても、そして正しい答えはただイエス様を救い主として信じる信仰のみだとしても、それでもなお割礼を大事だと信じる人々のその信念を払拭することはできないのである。それはそれぞれの信仰・信念という奥深い部分にかかわっている事柄なので、簡単に解決することはできないのである。
 しかし見方を変えれば、割礼を不可欠な条件と信じている人々であっても、イエス様を救い主として信じているのは間違いがないのである。割礼の点で深い溝はあるが、イエス様をキリストと信じる点では溝がない。そうだとすれば、そこで一致できる。というより、そこでしか一致できるポイントはない。15章にも再び割礼を巡っての教会会議が開催されたことが書かれている。そこでの結論もある意味では玉虫色である。そこでも割礼の問題は何ら解決されてはいない。しかし、一致できる点で溝を乗り越えられるのである。誕生したときから、教会には残念ながら争う問題も多かった。しかし一致できる根幹の柱はあったのである。それは、イエス様を救い主として信じるという柱である。

4.さて、4節以下のペトロの弁明の核にあるのはどういうポイントだったのか。ペトロの弁明の中心にあったのは、9節の「神が清めた物を、清くないなどとあなたは言ってはならない」ということである。ペトロは割礼の「か」の字も口にしなかったが、割礼を受けてはいない異邦人コルネリウスを神様自身が清いとしてくださったのだと言わんとしたのは明らかである。あえて「割礼を受けていなくとも」とは言わずに、自分が見た不思議な幻の事実をもとにユダヤ人である自分たちが長く汚れていると信じてきたものを神様自身が清いとされたのだから、異邦人コルネリウスをも清いとして下さり、私たちは神様のなされたことに刃向かうことはできないと訴えたのである。
 ペトロは暗に、神様が天から吊り降ろされた入れ物が、要はイエス様だと言っているのだと思う。イエス様を救い主として信じる者は、神様が清いと言われたところのこの大風呂敷に入れられた存在なのである。神様によって清くされ救われるのは、イエス様を信じるという信仰によってイエス様という大風呂敷に招き入れられた者なのである。神様が吊り下げ、招き入れようとして下さるイエス・キリストという大風呂敷を小さくしてはならない。割礼という小さな入れ物に人間が勝手に手を加え変えてはならないとペトロは訴えたのである。
 割礼を受けねばと主張していた人々も、当然こうしたペトロの真意を理解したはずである。しかしペトロは割礼については一言も触なかった。またペトロがあのような幻を何度も見たことは否定できない事実であり、それは神様自身が、ひとりでも多くの者を─それがたとえ異邦人であったとしても─大風呂敷の中に招き入れて清め救おうとしておられることの現れなのである。それが神様自身から出たことであるのを決して否定することはできない。
 ペトロの弁明を聞いて「この言葉を聞いて人々は静まり」と18節にある。割礼を巡る深刻な問題それ自体の解決はされなかった。しかしそれにもかかわらず、教会は静まることができた。それはどの点においてかと言えば「主イエス・キリストを信じるようになったわたしたちに与えてくださったのと同じ場物を、神が彼らにもお与えになった」という点に尽きるのである。神様が、異邦人だろうとユダヤ人だろうと、割礼を受けていようとなかろうと、イエス様をキリストとして信じる信仰において同じ賜物を下さったのである。結局教会は、神様がイエス様をキリストとして信じる信仰において恵みを下さる、賜物を下さる、救って下さるという一点において一致し、溝を乗り越えてきたのである。

聖書:新共同訳聖書「使徒言行録 11章 1~18節」  聖書朗読
11:01さて、使徒たちとユダヤにいる兄弟たちは、異邦人も神の言葉を受け入れたことを耳にした。 11:02ペトロがエルサレムに上って来たとき、割礼を受けている者たちは彼を非難して、 11:03「あなたは割礼を受けていない者たちのところへ行き、一緒に食事をした」と言った。 11:04そこで、ペトロは事の次第を順序正しく説明し始めた。 11:05「わたしがヤッファの町にいて祈っていると、我を忘れたようになって幻を見ました。大きな布のような入れ物が、四隅でつるされて、天からわたしのところまで下りて来たのです。 11:06その中をよく見ると、地上の獣、野獣、這うもの、空の鳥などが入っていました。 11:07そして、『ペトロよ、身を起こし、屠って食べなさい』と言う声を聞きましたが、 11:08わたしは言いました。『主よ、とんでもないことです。清くない物、汚れた物は口にしたことがありません。』 11:09すると、『神が清めた物を、清くないなどと、あなたは言ってはならない』と、再び天から声が返って来ました。 11:10こういうことが三度あって、また全部の物が天に引き上げられてしまいました。 11:11そのとき、カイサリアからわたしのところに差し向けられた 三人の人が、わたしたちのいた家に到着しました。 11:12すると、“霊”がわたしに、『ためらわないで一緒に行きなさい』と言われました。ここにいる六人の兄弟も一緒に来て、わたしたちはその人の家に入ったのです。 11:13彼は、自分の家に天使が立っているのを見たこと、また、その天使が、こう告げたことを話してくれました。『ヤッファに人を送って、ペトロと呼ばれるシモンを招きなさい。 11:14あなたと家族の者すべてを救う言葉をあなたに話してくれる。』 11:15わたしが話しだすと、聖霊が最初わたしたちの上に降ったように、彼らの上にも降ったのです。 11:16そのとき、わたしは、『ヨハネは水で洗礼を授けたが、あなたがたは聖霊によって洗礼を受ける』と言っておられた主の言葉を思い出しました。 11:17こうして、主イエス・キリストを信じるようになったわたしたちに与えてくださったのと同じ賜物を、神が彼らにもお与えになったのなら、わたしのような者が、神がそうなさるのをどうして妨げることができたでしょうか。」 11:18この言葉を聞いて人々は静まり、「それでは、神は異邦人をも悔い改めさせ、命を与えてくださったのだ」と言って、神を賛美した。


2021/04/04 復活日(イースター)礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「舟の右に網を打て」 1.このヨハネによる福音書というのは、もともとは20章で終わっていたと考えられている。20章の最期を読むと、確かにそこで閉じられていたであろうという印象を抱く。ところが何か理由があって幾つかのエピソ~ドが、同じ人物によって書かれたのかどうかはわからないが、後に書き加えられたらしいのである。
 それはどのような理由によって付加されたのであろうか。それは復活したイエス様と弟子たちとのガリラヤでの出会いを描くため、またガリラヤで世のなりわいをする中での出会いを描くところにあったと思われる。1節に「その後、イエスはティベリアス湖畔(ガリラヤ湖のことです)でまた弟子たちにご自身を現された」と書かれている。そこにその意図が滲み出ているように感じる。
 復活したイエス様と女性たちや弟子たちとの出会いの場面は、大きく言って二つのシーンに分けられる。一つはエルサレムの墓や集まっていた家での出会いである。もう一つはガリラヤでの場面である。改めて読んでみると、ガリラヤでのイエス様と弟子たちとの出会いを描くシーンは、思ったほどと多くないという点に気づく。空っぽの墓で女性たちにイエス様の復活を告げた天使は、わざわざ弟子たちにガリラヤに行くように告げなさいと伝えた(マタイ28章10節/マルコ16章7節)。それなのになぜかその場面は、あまり多く描かれていないのである。
 ガリラヤでの場面が少ないのは、もしかしたら弟子たちがガリラヤに行ったことは、どちらかというとネガティブなものとして受け取られてきたからではないかと思う。イエス様の十字架に失望し、また彼らがイエス様と同じ目に遭うのを恐れて故郷に逃げ帰ってしまったのではないかと考えられてきた。1節の御言葉もそのようなところから理解されてきたのである。しかしガリラヤに行くことがもしネガティブなものであるなら、天使が女性たちに「ガリラヤに行くように弟子たちに伝えよ」と命じた意味がわからない。もしかしたら弟子たちは、ガリラヤに逃げ帰ってしまったのかもしれないし、昔の仕事に戻ろうとしたのかもしれない。しかしたとえそうだとしても、ガリラヤに行くことには意味があったのである。空っぽの墓や最後の晩餐を守ったエルサレムの家に留まっていたのでは味わうことのできない何かがあり、それを体験させようとしてガリラヤに行けと天使は告げたのであろう。そこでの復活したイエス様との出会いが、とても大事な何かを弟子たちに与えたのではなかろうか。そのことを語ろうとして、ヨハネはその場面を描いたのだと思うのである。

2.ガリラヤでの出会いの場面がエルサレムでの墓や集まっていた家でのイエス様との出会いと決定的に違うのは、ペトロをはじめとする7人の弟子たちがガリラヤ湖で漁をしていたという点である。漁をする中で弟子たちが復活したイエス様と出会うというのは、ここにだけに書かれた場面である。漁をするということは、言うまでもなく生活の糧を得るための業である。イエス様は「何か食べ物があるか」と尋ねた(5章)。そのように、それは食べ物を得るための仕事なのであった。
 それに対して他の復活のイエス様との出会いの場面は、たとえば前の20章で描かれていることで言うと、20章19節に「週の初めの日の夕方、弟子たちは・・・自分たちのいる家」とあるように、それははっきりとは書かれてはいないが、おそらくは集まって祈り礼拝を捧げているありさまなのである。20章26節に「さて、八日の後弟子たちはまた家の中におり」とあるのも、1週間後にまた彼らが集まって祈り礼拝を守っているときのことである。マタイによる福音書の最後には、ガリラヤでの出会いの場面がある。山に登って復活のイエス様に出会いひれ伏すというのは、それははっきりと礼拝の場面なのである。
 ところがこの場面は、食べ物を得るための世俗の営みのさなかでの出会いなのである。ヨハネは、礼拝も勿論大事ではあるが、復活したイエス様と出会い、生きるためのなくてはならぬ食べ物をいただく機会が決して礼拝や祈りだけではないと語っているように感じる。それと同じほどに、漁をするという場面も大事だったのである。
 何も取れなかったのに、今度は舟の右側に網を打ったならば大漁だったというのは、とても不思議な聖なる出来事との出会いである。聖なる領域に食べ物を得るフィールドが現れたのである。私達は、聖なる出来事との出会いは専ら礼拝での時だと思いがちだが、決してそうではないとヨハネは語っているのだと思うのである。礼拝や祈りのときだけではなく、食べ物を得るために漁をしているさなかでも聖なる出会いがあるとヨハネは語っているのである。

3.それでは、そのきっかけとなったのは何だったのか。それは、夜通し漁をしても何も取れなかったという不漁だったのである。聖なる領域との出会いは、漁がうまくいって大漁を得たということがきっかけではなかった。その反対に、不漁がきっかけだった。象徴的なのは、ペトロが「わたしは漁に行く」と言うと、仲間たちも「一緒に行こう」と言ったとの記述である。その人数は数えてみると7人。イスラエルの人にとって7という数字はとても縁起の良い数字で、完全数とも言われる。そのような人々が一緒になって食べ物を取ろうとした。それは、食べ物を得ようとすることの完全さ、その生業に何ら足りないものなどないということを示しているのではなかろうか。それなのに不漁だったのである。5節にあるイエス様からの「何か食べる物があるか」との問いかけは、「あなたがたには何も食べ物などないだろう。不漁でしかないだろう。」とのニュアンスだと言われている。とにかくここで大事なのは、不漁こそが聖なる出来事との出会いのきっかけだったということである。めでたい大漁ではなかったのである。
 私達は、2000年前の時代社会と比べれば足りないものなど何もない状況のなかで網を投げている。しかし、なぜか不漁に悩んでいるのではなかろうか。私たちには、生きる糧となる食べ物がない。生きる糧とは誇でもある。自分が生きていることの価値や意味について、胸を張って言うことができるということである。しかしそれが不漁なのである。そのことに悩み、苦しんで自ら命を絶ってしまう人もいる。しかし、そのように食べ物が何もないという不漁こそが不思議な大漁へとつながるのである。不漁こそが、目の前に聖なる出来事と出会うドアが開かれる機会なのである。逆に、生きる糧を得ることに不足していない人は、不思議な大漁に出会うこともない。それだから不漁であり食べ物がないという状況があれば、むしろそれを喜んで受け入れてよいのである。

4.では、不漁の原因は何だったのか。それは、7人の仲間と共に「自分たちには何も欠けることなどない、大漁は当然だ」と思って網を打つからなのである。私達もそうではないでしょうか。私達にとっての7人の仲間とは、自分自身の強さであったり健康であったり、また能力であったり仕事であったり、そして家族や財産であったりする。それを駆使して漁をすれば大漁は当然と思ってしまう。生きる糧は当然に得られると思ってしまう。しかしそうした漁の仕方こそが不漁を招くのである。
 なぜならその漁には決定的に欠けているものがある。4節に、イエス様は岸に立っていたとある。岸に立っていたイエス様とは、他でもない十字架という深い淵から復活したイエス様である。イエス様は、十字架の上で人々から憎まれ呪われ殺される苦難や悪に呑み込まれ、それでも溺れることがなかった。そのイエス様が「舟の右に網を打て」と命じた。ペトロや私達の漁に欠けているのは、このイエス様である。ペトロや私達の漁には、岸に立っているイエス様からのいざないがない。だから私達の網は舟の「左」にしか投げられていないのである。舟の左とは何か。それは、岸に立っているイエス様とは何の関係もない領域である。だからそこには、死や憎しみや呪いや苦難や悪が満ち満ちている。それらに呑み込まれず溺れないものが何もない。
 反対に舟の右とは何か。イエス様の十字架には悪と善弱さと強さとが分かち難く結び付いている。十字架の悪や弱さや苦難から不思議と良いものが生まれてくる。このフィールドが舟の右である。要は、十字架のイエス様の隣が舟の右なのである。反対にイエス様の十字架がない世界が舟の左なのである。そこで7人が一緒になって網を投げても結果は不漁なのである。食べ物は何もない。死や苦難や悪が私達を呑み込んでしまう世界だからである。
 そうして、食べ物を得ようとして何もないという現実にぶつかったとき、そこではじめて弟子たちは岸に立つイエス様を見たのである。そのイエス様が「舟の右に網を打て」と命じるのを聞き、それに従うことができた。私達にも辛い時があり誇りを失ってしまう時があり、病み、死に直面する時がある。どのようにして食べ物を得られるかと悩むことがある。しかしその時こそ岸に立っているイエス様の姿が見えてくるのではなかろうか。舟の右があるではないかとの誘いが聞こえてくる。パウロは「弱いときこそ強い」と言うことができた。十字架の右に網を打つと、弱さの湖の中で大漁が得られる。もう生きる糧などないと思う状況において、その置かれた状況には何も変わりがないのに、そこにも舟の右がある。不漁から大漁へと変わるフィールドが開かれるのである。

5.さて、取れた魚は153匹だったとわざわざヨハネはその数を記している。単に「沢山取れた」ではなく、あえて153という数字を記したのには、何か意味があるのであろう。様々な解釈がなされてきたが、私が心ひかれるのは1から17までの数字を足してゆくとこの153になるということである。なぜ17まで足すのであろうか。17は10と7を足した数で両方ともイスラエル人にとってはやはり完全数である。
 1から17までを順番に足してゆくというのは、一日一日を、また1年々々をこうして舟の右に網を打ちながら歩んでゆくと、おのずからそれは153のごとく大漁になるという約束だと思う。一挙に大漁とはならない。「1から17までをひとつひとつ足してゆくように、毎日毎日の小さな歩みを召される時まで足してゆけばよい、そうするとそれは153匹という大漁になる」ということである。
 大漁の結果として、弟子たちはイエス様と朝食を取った。それが他でもない大漁の結果なのであった。それは聖餐式の様子でもあると言われている。しかし私にはごく普通の朝食のように思える。大漁の結果として与えられるのが、ごく普通の朝食だという点に、私は大きな励ましを与えられる。私達に与えられる153匹の大漁とは、だれかと一緒に朝食を取ることに他ならない。そのような些細なことが、実は大漁なのである。

聖書:新共同訳聖書「ヨハネによる福音書 21章 1~14節」  聖書朗読
21:01その後、イエスはティベリアス湖畔で、また弟子たちに御自身を現された。その次第はこうである。 21:02シモン・ペトロ、ディディモと呼ばれるトマス、ガリラヤのカナ出身のナタナエル、ゼベダイの子たち、それに、ほかの二人の弟子が一緒にいた。 21:03シモン・ペトロが、「わたしは漁に行く」と言うと、彼らは、「わたしたちも一緒に行こう」と言った。彼らは出て行って、舟に乗り込んだ。しかし、その夜は何もとれなかった。 21:04既に夜が明けたころ、イエスが岸に立っておられた。だが、弟子たちは、それがイエスだとは分からなかった。 21:05イエスが、「子たちよ、何か食べる物があるか」と言われると、彼らは、「ありません」と答えた。 21:06イエスは言われた。「舟の右側に網を打ちなさい。そうすればとれるはずだ。」そこで、網を打ってみると、魚があまり多くて、もはや網を引き上げることができなかった。 21:07イエスの愛しておられたあの弟子がペトロに、「主だ」と言った。シモン・ペトロは「主だ」と聞くと、裸同然だったので、上着をまとって湖に飛び込んだ。 21:08ほかの弟子たちは魚のかかった網を引いて、舟で戻って来た。陸から二百ペキスばかりしか離れていなかったのである。 21:09さて、陸に上がってみると、炭火がおこしてあった。その上に魚がのせてあり、パンもあった。 21:10イエスが、「今とった魚を何匹か持って来なさい」と言われた。 21:11シモン・ペトロが舟に乗り込んで網を陸に引き上げると、百五十三匹もの大きな魚でいっぱいであった。それほど多くとれたのに、網は破れていなかった。 21:12イエスは、「さあ、来て、朝の食事をしなさい」と言われた。弟子たちはだれも、「あなたはどなたですか」と問いただそうとはしなかった。主であることを知っていたからである。 21:13イエスは来て、パンを取って弟子たちに与えられた。魚も同じようにされた。 21:14イエスが死者の中から復活した後、弟子たちに現れたのは、これでもう三度目である。


2021/03/28 受難節第6主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「十字架を誇る」 1.今週は受難週と呼ばれる1週間である。イエス様は、私たちの曜日で言うところの今日と同じ日曜日に、子ロバの背中に乗ってエルサレムに入った。ヨハネによる福音書の12章13節によれば、そのとき人々がナツメヤシの枝をふってイエス様を歓呼して迎えたので、その日を特別に「棕櫚の主日」と呼ぶようになったと書かれている。イエス様は、今週の木曜日の夜に、弟子たちと最後の夕食をとった。それが最後の晩餐と呼ばれて2000年後の今も聖餐式として守られ続けている。イエス様は最後の晩餐の後、ゲッセマネで祈っていた。その後に逮捕され、裁判にかけられ、十字架にはりつけにされ、金曜日の昼にその十字架の上で息を引き取った。そして、次の週の日曜日の朝早くに、イエス様が死から復活したということが、墓にやってきた女性たちや弟子たちに告げられたのである。
 私はこの棕櫚の主日に、どのような聖書の御言葉からお勧めしようかと思案していた。「関東教区の主催による東日本大震災から10年を覚える3月11日の礼拝」で示されたことを思い起こした。私はその礼拝においてイエス様の十字架を心から誇りたいと思った。そこで本日の礼拝においては、ガラテヤの信徒への手紙の御言葉からお勧めをしようと決めた。
 まず、ガラテヤの信徒への手紙から少し離れ、3月11日の礼拝でお勧めしたことを、短くご紹介したいと思う。その礼拝では、創世記50章20節の御言葉を読ませていただいた。そこは、ヨセフ物語の最後の箇所である。ヨセフは兄たちによって半死半生の目に合わされ奴隷商人によってエジプトに売られた。しかしその後、奇しき歩みを経てエジプトの宰相のような立場となり、見事に大規模な飢饉を乗り切った。そして父や兄の一家をイスラエルからエジプトに呼び寄せて救うことになった。その歩みを振り返ってヨセフが兄たちに語ったのが、この創世記50章20節の言葉だった。
 「あなたがたは私に悪をたくらみましたが、神はそれを善に変えてくださった」とヨセフは言った。兄たちがヨセフに企んだ悪に、私は地震や津波やその後の原発事故を見たのである。御言葉には、「神は悪を善に変え」とある。しかし被災者の方々を思うと、悪や災いそのものが善に変わるとは、口が裂けても言えないと私は感じた。兄たちがヨセフになした悪そのものが善に変わることは決してない。その御言葉が言わんとしているのは、悪を通して神様は善を生みだしたもうということだと思った。私たち人間にとっては悪であり、災いとしてしか言い得ない出来事を通して、神様は善を生みだしたもうことがある。悪と善とは、そのように深く分かち難いものとして結び付いている。私たちは悪や災いを嫌い、それを人生から遠ざけようとする。しかし神様は、悪と善とを結び付け悪を通して善を生じさせるのである。

2.私はイエス様の十字架において、悪と善とが切り離し得ないものとしてつながっていると感じた。私たち人間が、その価値観によっては決して受け入れることのできない悪や災いが、十字架の苦しみである。昔からヨセフはイエス様のひな型だと言われてきた。ヨセフが兄たちからの悪を身に背負ったように、イエス様も人間の悪を背負った。そしてヨセフが何十年もかけてそれを背負う生涯の中で、そこから善を生み出していったように、イエス様も十字架を背負う中で善を生じさせていったのである。
 先週の奨励者が選んだコリントの信徒への手紙(1)の1章23節に「(十字架につけられたキリストは)ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなもの」とある。2000年前の昔も、そして今も、十字架は愚かであり躓きである。それは私たちが私たちに起きる悪や災いを決して受け入れられないことを表している。私たちに起きる悪や災いは、私たち一人ひとりに与えられた十字架である。それを私たちは、愚かであり躓きとして拒み、切り捨てるしかない。今なお被災された人々の多くが、自分の身に起きた悪や災いを、ただただ、そういうこととしてしか受け取ることができないでいる。そのような私たちにイエス様の十字架が与えられているのである。そこには悪と善が分かち難く結びついている。十字架という悪から善が生まれる。もしイエス様の十字架がなかったなら、私たちは自分に与えられた十字架の現実を、拒むしかなかったであろう。悪や災いを切り捨てるべきこととしてしか受け取れなかったのではなかろうか。しかしイエス様の十字架の出来事によって、私たちは自分自身の十字架を背負えるようになったのである。私たちが背負わされた悪や災いや苦しみから、不思議にも善が生じると思えるようになったのである。そのようなイエス様の十字架を、どうして誇らないでいられようか。十字架があることを本当に喜びと感じるのである。

3.そこで改めて「誇る」ということを思う。誇るという言葉は、あまり良い意味で使われることはないかもしれない。しかし決して自慢するというような浅薄なことを指しているのではない。それは、私たちが胸を張って自分の存在を誇れるような、自分が存在していることの意義をしっかりと掴めているような、そういう状態を指しているのだと思うのである。
 先日、昨年の自殺者の統計が発表された。そこには、男性の自殺者は減少したものの、女性と若い人の自殺者が増えたと報じられていた。自ら命を絶つということこそ、誇るということと深くつながっている。今日の御言葉の13節に「肉について誇る」ということが書かれており、また14節には「世」という言葉が出てきている。肉についての誇りとは、突き詰めれば、この世における誇りなのである。この世における私たちの誇りとは、やはり肉体において健康であり、豊かであり、沢山のものを持っていることだと思う。オリンピックが開催されるとき、それこそがこの世の肉における誇りの象徴だと思う。しかしそうした誇りを持ち得ない多くの人々がおられる。新型コロナウイルス禍によって仕事を失い、生活の糧を奪われ、住む家さえ失ってしまった人々は、どのようにして誇ることができるであろうか。そのような自分が存在している意義を、胸を張って語ることができるであろうか。
 ガラテヤの教会においてパウロは、執拗に肉において誇ろうとする人々と対決しなければならなかった。肉において誇らせようとする人々は、割礼を強制したようである。割礼とは、言うまでもなく男性性器の包皮の一部を切り取る手術である。今から2000年前の時代では、どれほど苦痛で危険を伴うものだったかと想像する。それが肉において誇るということを象徴していると感じる。ガラテヤ教会において、肉において誇らせようと強いる人々がとても執拗であったように、私たちにおいても、同じように誇らせようとする存在が本当に根深いのである。それは私たちの根源に奥深くある。しかし割礼が象徴しているように、肉を誇ろうとすればするほど私たちは傷つくのである。出血するのである。自ら命を絶つところまで追い込まれるのである。それでもなお私たちにとって誇るということは不可欠なのである。血を流し、自らを傷つけてもなお、もし誇れるならば肉において誇ろうとするのである。

4.だから、私たちには誇ることによって私たち自身を深く傷つけてしまうような誇りではなく、本当に私たちを生かす誇りが不可欠なのである。それは、たとえ肉において一切誇れないような境遇に置かれても、なお持てるような誇りでなければならない。なぜなら私たちすべては、いつかは肉における誇りを一切失ってしまう状態に置かれるからである。私たちは、そういう意味での十字架を科される。だから、その十字架を科された状況を誇ることができるようにならなければならない。それを私たちになさしめてくださるのが、十字架のイエス様だと示されるのである。世の人々にとって愚かであり躓きでしかないイエス様の十字架を誇れるようになると、不思議にも自分自身の十字架をも誇れるようになる。決して誇れないと思えるような状態を、誇れるようにさせていただけるのである。イエス様の十字架には、そのような力がある。
 その良い例が、このガラテヤの信徒への手紙を書いたパウロの出来事である。コリントの信徒への手紙(2)の12章に、以下のようなことが書かれている。パウロには、伝道者としての働きにとてもマイナスとなる障がいを持っていた。それを彼は「身に与えられたひとつのトゲ」と呼び何度も何度も、それを取り去って下さるようにと祈った。しかし、それはかなえられなかった。ところがある時、イエス様から次のように語りかけられた。「私の恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮される」と。この言葉を聞いて、パウロは「キリストの力が私に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう」と胸を張って言えるようになったのである。彼は「弱いときにこそ強い」と言えるようになった。それをパウロになさしめたのは、他でもない十字架にかけられたイエス様であろう。イエス様は十字架にかけられた自分を示して「この私の恵み・力が、弱いあなたにこそ十分に与えられるのだよ」と教えたのである。イエス様の十字架によって、私たちは自分の弱さにも大切な意味があり、それが貴いものだと知ることができるのである。だから誇れない状態をも、誇れるようになれるのである。

5.イエス様が、そのように私たちをして弱さを誇らせて下さるのは、実はイエス様自身が自分の十字架を誇ることができたからではなかったか。一体イエス様は、自分の十字架において何を誇ったのか。どのようなことに胸を張ったのか。そのイエス様の誇りは何よりも、最後の晩餐に現れているように思う。だからこそ私たちは2000年にわたって、その最後の晩餐に由来する聖餐式を守ってきたのです。来週のイースターにおいても、なお実際の配餐は行えず、式文を朗読するだけの聖餐式になるだろうと思います。その式文ではコリントの信徒への手紙(1)の11章24節以下が引用されている。イエス様の心が何よりも現れているのは「あなたがたのための」という言葉だと思う。イエス様は、「あなたがたのため」に十字架は避けることができなかった。十字架の上でイエス様が苦しみ弱さを担い悪や災いを引き受けることは、私たちのためなのである。
 それは、どのような意味で私たちのためなのか。今日の御言葉の14節には「十字架によって、世は私に対し、私は世に対しはりつけにされている」とある。この世には私たちをして肉において誇らせようとするものが根強い。そのようにして私たちを傷つけ、血を流させ、結果的に私たちから生きるよすがである誇りを奪う。弱さや貧しさや苦しみという十字架を負った自分を切り捨てさせ、自ら命を絶つまでに至らせる。だからそのようなものをはりつけにしなければならないのである。その目的を果たすためには、十字架がなくてはならない。イエス様自身が十字架を喜んで受け入れることが不可欠なのである。十字架は私たちのためなのでイエス様はそれを誇る。十字架は自分のためではない。十字架は自分のために背負うものではない。だとすれば私たち一人ひとりに科される十字架も、自分のためということを考えては決して誇ることはできないのである。十字架を誇れるとすれば、それは誰かのためなのである。私たちの十字架も、必ずや誰かのためなのである。
 15節の最後に「大切なのは、新しく創造されることです」とのパウロの言葉がある。新しい創造とは何であろうか。それは、神様がイエス様の十字架を通して「あなたがたのため」になる善を創造したように、私たちの十字架を通して善が生じることなのである。それは本当に驚くべき新たな創造ではなかろうか。仕事を失い、家も失い、健康を失い、いずれはこの世のすべてを失うような弱さから善いものが創造されるのである。神様は土くれから私たちを創造したことを思い起こす。土くれとは、弱さであり貧しさの象徴である。私たちにとっては、何ら誇るところのないものである。しかし、神様はそれをこそ用いた。創世記には、神様が人間以外の動植物を土の塵から造られたという記述はない。神様は、わざわざ人間だけを土から造った。それは土の塵である私たちの弱さこそが、創造に資するからである。喜んで弱さを誇ろうではないか。十字架を誇って下さったイエス様をこそ、誇ろうではないか。

聖書:新共同訳聖書「ガラテヤの信徒への手紙 6章 13~15節」  聖書朗読
06:13割礼を受けている者自身、実は律法を守っていませんが、あなたがたの肉について誇りたいために、あなたがたにも割礼を望んでいます。 06:14しかし、このわたしには、わたしたちの主イエス・キリストの十字架のほかに、誇るものが決してあってはなりません。この十字架によって、世はわたしに対し、わたしは世に対してはりつけにされているのです。 06:15割礼の有無は問題ではなく、大切なのは、新しく創造されることです。


2021/03/21 受難節第5主日礼拝

礼拝メッセージ:執事「神の似姿とその恵み」  音声配信を行いません
 要旨掲載を行いません

聖書:新共同訳聖書「コリントの信徒への手紙(1) 1章 18~25節」  聖書朗読
01:18十字架の言葉は、滅んでいく者にとっては愚かなものですが、わたしたち救われる者には神の力です。 01:19それは、こう書いてあるからです。「わたしは知恵ある者の知恵を滅ぼし、/賢い者の賢さを意味のないものにする。」 01:20知恵のある人はどこにいる。学者はどこにいる。この世の論客はどこにいる。神は世の知恵を愚かなものにされたではないか。 01:21世は自分の知恵で神を知ることができませんでした。それは神の知恵にかなっています。そこで神は、宣教という愚かな手段によって信じる者を救おうと、お考えになったのです。 01:22ユダヤ人はしるしを求め、ギリシア人は知恵を探しますが、 01:23わたしたちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝えています。すなわち、ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなものですが、 01:24ユダヤ人であろうがギリシア人であろうが、召された者には、神の力、神の知恵であるキリストを宣べ伝えているのです。


2021/03/14 受難節第4主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「教会を担ごう」 1.本日は例年よりも1週間早い創立記念礼拝とさせていただく。筑波学園教会は1978年の3月21日創立であるから、今年で創立満43年になる。本来の創立記念日である次週21日には、群馬県群馬町伝道所が2種教会となる設立式に教区議長として司式を担うことになった。そのため本日を創立記念礼拝とさせていただいた。サムエル記(下)6章の御言葉は、じつはその箇所は過日の聖書研究祈祷会でお勧めをしたところである。改めてこの御言葉に向き合ってみたところ心を打たれた。そのことから、この箇所を新年度の当教会の聖句として掲げようと思っいる。そのようなことから、本日の創立記念礼拝でお勧めをさせていただく。
 まず物語の粗筋をお話ししながら、幾つか大切なポイントについてお勧めをしてゆきたい。サウル王の後にイスラエルの王様となったダビデが、新たな都となったエルサレムに神の箱を運び入れようとした時の出来事を記している箇所である。神の箱とは契約の箱とも呼ばれる。その箱とは、十戒が刻まれた2枚の石の板が納められた特別な箱のことである。イスラエル人は、その箱を担いで辛い出エジプト以後の歩みを、不思議にも神様によって導かれてきたのである。例えばヨシュア記3章には以下のようなことが記されている。イスラエル人がやっとパレスチナに入ることができ、息せききって来てみると、そこには雪解け水で増水したヨルダン川の激流が立ちはだかっていた。しかしその激流に祭司が神の箱を担いで足を踏み入れると、上流から流れがせき止められイスラエル人はその川を渡ることができたのである。また同じくヨシュア記6章には以下のようなことが記されている。難攻不落だったエリコの城壁の周りを、神の箱を担いだ祭司たちが7日間にわたって回ったところ、不思議にも落城したと。そのように神の箱は、それを担ぐことによってイスラエル人に不思議な神様の恵みを授けてきた。目には見えない神様が、彼らと共にいて祝福してくださるとの目に見えるしるしだったのである。
 けれどもそうであるがゆえにイスラエル人が自分たちの勝手な欲得でこれを担ごうとすると、手痛いしっぺ返しを食らわせてきたものでもあったのである。サムエル記(上)4章には次のように書かれている。イスラエル人は預言者サムエルに相談せずに勝手にペリシテ人に戦いをしかけた。4000人もの戦死者を出したので、神の箱を戦場に運び入れて勝利を得ようとした。ところがペリシテ人は、神の箱を運び入れたときのイスラエル人の歓声を聞いて、かえって戦意を高め、イスラエル人は勝利どころか反対に3万人もの戦死者を出してしまった。そのようにして神の箱はペリシテ人に奪われてしまったのである。ところが奪われた神の箱はペリシテ人に次々と災いを引き起こしたので、以後その箱はウザの父であったアビナダブのもとに置かれたのである。それは間接的にではあるが、ペリシテ人の管理下にずっと置かれてきたのだろうと思う。

2.その間にダビデはサウル王家との争いに勝って王となり、エブス人からエルサレムを奪ってそこに王宮を新築した。さらには宿敵であるペリシテ人にも勝利して、晴れて彼らの管理下にあった神の箱をエルサレムに運び入れようとした。その心は、長い間のペリシテ人の支配を打破した王としての自分の力を見せつけることにあったのではなかったか。神の箱をそのために利用しようとしたのである。
 前半までのところに描かれた神の箱を運び入れようとしたダビデの姿で特徴的なのは、まず神の箱を単なる物として運ぼうとしたことである。律法によれば神の箱は、棒を差し入れて祭司が担ぐべきものであった。ところがダビデも、そして直接その任にあたった祭司ウザも、牛の背中に担がせて物として扱ったのである。確かに2節にあるように、ダビデ王自らが兵士を率いてアビナダブのもとに向かってはいた。しかし14節に書かれているような姿はそこにはないように感じる。おそらくウザに任せきりだったのである。その心には、また神の箱に対する「さわらぬ神にたたりなし」というようなものもあったように感じる。利用できる限りは利用するが、しかし近づくことで災いを受ける恐れもあるので、必要以上には近寄らなかった。たたりはウザにだけ受けさせようとした。祭司だったウザは、そのようなダビデ王の態度をいさめねばならなかったはずだが、それをしなかったのである。祭司としてしてはいけないことをした、すなわち神の箱を物として扱ってしまったのである。だから神様の怒りに触れたのではなかったか。ウザは死んでしまい、ダビデはそのことに対して怒り、また恐れをも抱いたであろう。9節に「その日ダビデは主を恐れ、どうして主の箱をわたしのもとに迎えることができようか」と言ったとあり、それをオベド・エドムという人に預けたのである。

3.ところが、神の箱に対するダビデの思いや態度が、そのときから大きく変わっていった。11節・12節にあるように「神の箱のゆえに、オベド・エドムの一家とその財産のすべてを祝福しておられる」とダビデが聞くと、前半の態度とは打って変わった姿で神の箱を迎えにいったのである。12節後半には「喜び祝って神の箱を・・・運び上げた」とある。10節あたりまでの前半には「喜び祝って」という言葉はどこにもなかった。13節には6歩進むごとに捧げ物を捧げたとある。それも前半にはなかった。さらに14節には「主の御前でダビデは力の限り踊った」とあり「麻のエフォドを付けて」とある。それは祭司の服装を意味しており、ダビデは神の箱を直接担ぐことはしなかったけれども、自らが祭司のひとりとなって踊りを踊ったということである。もう神の箱を担ぐことを祭司だけに任せておくことはせず、喜び踊りながらその隊列に深く関わっていた。そのような夫の姿を見ていた妻のミカル(サウル王の娘)は、王宮から見下ろしていて「主の御前で跳ね踊るダビデ王を見て、心の内にさげすんだ」と16節にある。20節には、皮肉たっぷりに直接こうも言ったとある。「家臣のはしためたちの前で裸になられたのですから。空っぽの男が恥ずかしげもなく裸になるように」と。
 そのようにダビデを激変させたのは、11節・12節に書かれていることである。神様が神の箱が置かれたオベド・エドムの家を不思議にも祝福しておられると聞いたからである。何ともダビデという男は「げんきん」な男かと思う。神の箱が置かれた家が祝福されたからそれを迎え入れようというのは、神の箱を自らの利得のために利用しようとするのと同じ心ではないか。確かにそうとも言える。いわゆる御利益を欲しがっている。しかし決定的に違うのは、前半のダビデは王としての権威を高めようとしていたのに対し、後半では妻のミカルが彼をさげすんでいることに如実に現れているように、主としてではなく、ただただ神様の不思議な祝福を欲しがる一介の僕(しもべ)すなわち裸の空っぽの男として御利益を求めているのである。そのときのダビデには心からの素直な喜びしかなかった。だからもう、たたりを恐れる思いなどなかった。そのようなものを怖がるよりも神の箱を迎える喜びの方がはるかに大きいのであった。なおオベド・エドムの「オベド」とは召し使いとか奴隷とか、そういう意味である。なぜ神様が彼の家を祝福したたかという答えが、そこに暗示されているように感じる。

4.私はそのようなダビデの姿を、私達の姿としたいものだとしみじみ思う。思い知らされたことがある。それは神様がイスラエル人そして私達に、それを担ぐことによって不思議な祝福をもたらすところの目に見える神の箱を与えてくださった有り難さである。別にそのようなものは、なくともよかったのではないか。しかし神様はイスラエル人や私たちにとって、そういう神の箱がなくてはならないと思ったのである。それを具体的に担ぐことによって私達に祝福・御利益というものが与えられるとわかるもの、そういうものを神様は下さるのであ。
 では、神の箱とは私たちにとって何であるか。それは教会に他ならないと私は思うのである。神の箱はその中に無味乾燥で、読み方によってはとても厳しい命令が刻まれた2枚の石の板が納められたただの入れ物に過ぎない。周囲の人々は「何であいつらはあんなものを担ぐのか」とばかにしたことであろう。他の民族は御利益を求めてどんなものを担ぐかと言えば、金の子牛だとか女神像とか、そういうものを担ぐ。もらって嬉しいものを象徴する何かを担ぐのである。しかし神の箱とはそれらとは正反対なのである。
 教会に何よりおさめられているのはイエス様である。十字架につけられて殺されてしまったようなイエス様なのである。イエス様は「わたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負ってそうしなさい」と、聞き方によっては本当に厳しい言葉を言うのである。さらには、そのようなイエス様や神様のことが聖書という言葉によって語られるだけである。聖書こそ石の板に刻まれた文字のようなものではないだろうか。その聖書を人間でしかない牧師が、毎週毎週このようにして説き明かすのである。そうしたものが納められているただの箱が教会なのである。神様はそれを担げと言う。それを利用しようとするのではなく、心から喜んで丸裸の人間としてひたすらイエス様と神様の下さる祝福を欲しがる存在として担ぐなら、神様は私達に不思議な祝福を下さるのである。
 私は、生まれたときから父に連れられて教会に通ってきた。私自身教会を担ぎ続けてきたし、また教会を苦労して担ぎ続けてきた沢山の人々を見てきた。心からの喜びをもって教会を担いできた人が、祝福されなかったという姿を、私は見たことがない。教会を担いできたのに祝福などされないという人がもしいるとすれば、それは前半のダビデやウザのように、物として扱う心があったからではないだろうか。自分が王様のような高みに立って、その自分をさらに高めるために教会を利用しようとしたからではないだろうか。神様は、そのような私たちを打つのである。教会はあなどってはならないところだと思う。ただの神の箱に過ぎないが、しかしあなどってはならないのである。それを担ぐ者に祝福を下さればこそ、逆にあなどる者には災いが訪れるのである。
 神様が下さる御利益の最たるものとして、ダビデが神様の前で力の限り踊ったということが示される。それを見て妻ミカルは夫ダビデを蔑んだ。私はそこにこそ神様が下さる祝福があると示されるのである。教会を担ぐ人生において、私達は神様の前で力の限り喜び踊る。私たちはミカルが蔑んだダビデのように、神様の前で何も持たない空っぽの丸裸の存在になれるのである。この世におけるいろいろな飾りを脱ぎ捨てて、神様の前で、すなわち教会において裸になれること、そのような歩みができることこそ、私たちに御利益をもたらすものではないだろうか。
 ふと私は父のことを思い起こした。幼い頃の私に信仰のすばらしさを直感的に感じ取らせてくれたある光景を忘れることができない。それは郷里の教会で役員をしていた父が、礼拝の司式者の席に座って頭を垂れて祈っていた姿である。その姿は、教会学校の礼拝が終わっても残っていた私がふとかいま見た姿だったと思う。神様の前にひとりの丸裸の人間としている父の姿を見た瞬間だった。多くの欠点を持っている父ではあったが、生涯神様の前で丸裸の人間として生きようとした人であった。そのような場所があるいうことは、この世の虚飾の中で生きねばならない私達にとってどれほどの幸いであろうか。
 そのようにして私たちは、教会という神の箱を、それぞれに心からの喜びを抱きつつ担ぐのである。担ぎ方はいろいろであろう。教会には多くの対立も争いもある。しかしそれとて、それぞれがそれぞれのやり方で精一杯担ごうとするからではなかろうか。それぞれが喜んで教会を担ごうとしてのことであるから、お互いの担ぎ方に対して寛容でありたい。その姿がその方にとっての力の限り主の御前で踊る姿であるのなら、その姿に寛容でありたい。時には教会を担ぐことの重さ・しんどさを感じることもあろう。しかし、そうする者には神様は、ずっと不思議な祝福を与えて下さるのである。

聖書:新共同訳聖書「サムエル記(下) 6章 1~19節」  聖書朗読
06:01ダビデは更にイスラエルの精鋭三万をことごとく集めた。 06:02ダビデは彼に従うすべての兵士と共にバアレ・ユダから出発した。それは、ケルビムの上に座す万軍の主の御名によってその名を呼ばれる神の箱をそこから運び上げるためであった。 06:03彼らは神の箱を新しい車に載せ、丘の上のアビナダブの家から運び出した。アビナダブの子ウザとアフヨがその新しい車を御していた。 06:04彼らは丘の上のアビナダブの家から神の箱を載せた車を運び出し、アフヨは箱の前を進んだ。 06:05ダビデとイスラエルの家は皆、主の御前で糸杉の楽器、竪琴、琴、太鼓、鈴、シンバルを奏でた。 06:06一行がナコンの麦打ち場にさしかかったとき、牛がよろめいたので、ウザは神の箱の方に手を伸ばし、箱を押さえた。 06:07ウザに対して主は怒りを発し、この過失のゆえに神はその場で彼を打たれた。ウザは神の箱の傍らで死んだ。 06:08ダビデも怒った。主がウザを打ち砕かれたためである。その場所をペレツ・ウザ(ウザを砕く)と呼んで今日に至っている。 06:09その日、ダビデは主を恐れ、「どうして主の箱をわたしのもとに迎えることができようか」と言って、 06:10ダビデの町、自分のもとに主の箱を移すことを望まなかった。ダビデは箱をガト人オベド・エドムの家に向かわせた。 06:11三か月の間、主の箱はガト人オベド・エドムの家にあった。主はオベド・エドムとその家の者一同を祝福された。 06:12神の箱のゆえに、オベド・エドムの一家とその財産のすべてを主は祝福しておられる、とダビデ王に告げる者があった。王は直ちに出かけ、喜び祝って神の箱をオベド・エドムの家からダビデの町に運び上げた。 06:13主の箱を担ぐ者が六歩進んだとき、ダビデは肥えた雄牛をいけにえとしてささげた。 06:14主の御前でダビデは力のかぎり踊った。彼は麻のエフォドを着けていた。 06:15ダビデとイスラエルの家はこぞって喜びの叫びをあげ、角笛を吹き鳴らして、主の箱を運び上げた。 06:16主の箱がダビデの町に着いたとき、サウルの娘ミカルは窓からこれを見下ろしていたが、主の御前で跳ね踊るダビデ王を見て、心の内にさげすんだ。 06:17人々が主の箱を運び入れ、ダビデの張った天幕の中に安置すると、ダビデは主の御前に焼き尽くす献げ物と和解の献げ物をささげた。 06:18焼き尽くす献げ物と和解の献げ物をささげ終わると、ダビデは万軍の主の御名によって民を祝福し、 06:19兵士全員、イスラエルの群衆のすべてに、男にも女にも、輪形のパン、なつめやしの菓子、干しぶどうの菓子を一つずつ分け与えた。民は皆、自分の家に帰って行った。


2021/03/07 受難節第3主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「福音の第一声」 1.いよいよイエス様の「公生涯」と呼ばれる福音を宣べ伝える歩みが始まってゆく箇所である。
 そこにまず書かれているのは、イエス様が何をきっかけにして、そのような歩みを始めたかということである。それが17節に「イエスは、ヨハネが捕らえられたと聞き、ガリラヤに退かれた」と書かれている。「ヨハネが捕らえられた」というのは、人々に神様のことを宣べ伝え、イエス様に洗礼を授けた洗礼者ヨハネが、ヘロデ大王の息子の一人で、当時ガリラヤ地方を治めていたヘロデ・アンティパス領主によって捕らえられたということである。その事情は、このマタイによる福音書の14章3節に書かれている。ヨハネが、ヘロデ・アンティパスが自分の兄弟の妻へロデアを奪って我がものとしたことを非難したため、ヨハネは投獄されたのである。
 それを聞いてイエス様は「ガリラヤに退かれた」と17節に書かれている。「退かれた」とはどのような意味であろうか。そのことを巡り、昔から様々な解釈がされてきた。ある人は、イエス様が洗礼者ヨハネと同じようにされるのを恐れて逃げたのだと言う。しかしヘロデ・アンティパスは、そもそもガリラヤの領主でありガリラヤは彼のお膝元と言える。だから、もし逃げるというのなら、ガリラヤではない所に逃げるはずである。ところがイエス様は、わざわざガリラヤに行ったのである。そのことには、単純に逃げるという以外のことが含まれているように感じる。
 注解書を読んでいてハッとさせられたことがあった。「退かれた」と訳されている原文のギリシャ語は、私が2章22節において心引かれた「引きこもり」と訳されている言葉と同じものが使われているとのことである。原典に当ってみると、確かにその通りだった。「アナコーレオー」という言葉である。この言葉は、アナという接頭語と、コーレオーという動詞からなる。ギリシャ語の辞書によると、まずコーレオーとは退却するという意味以外にも比喩的に「心の中にスペースを持つ」という意味があるそうである。それにアナという接頭語がくっついている。アナという語には「再び」とか「上に向かって」とか、そういった意味がある。例えば「立つ」という意味の「ヒステーミ」という単語がくっつくと「再び立つ、上に向かって立つ」ということで、「復活する」という意味で用いられる。
 そうしたことから、マタイが語ろうとしたことが何となく感じ取れるのではないだろうか。イエス様は、洗礼者ヨハネがガリラヤの領主によって投獄されたことを聞いたことをきっかけにして、ガリラヤの何処かで引きこもるようにして時を持っていたのであろう。しかしアナという言葉が表しているように、その引きこもりの中で、上に向かって、つまり神様に向かい合い、神様からの呼びかけ・召しというものを受け取る機会を持ったのではなかったか。

2.なぜ洗礼者ヨハネの捕縛が、神様からの呼びかけを聞くきっかけになったのであろうか。イエス様が聞いた神様からの呼びかけは、15節・16節に引用されているイザヤ書の御言葉と深くつながったている。それはイザヤ書8章23節から9章1節にかけてに書かれている。神様からの呼びかけは、このイザヤ書の言葉を成就するものだったと言うのである。16節には「暗闇に住む民は・・・光が射し込んだ」とある。人々に神様のことを語ってきたヨハネが、この世の領主によって捕らえられてしまった。それによって、人々が神様のことを聞く機会が失われてしまったのである。それは、どれほど闇の深い状況であったか。だから、そのヨハネの後を受けて「今度は、あなたが人々に私のことを宣べ伝えなさい。暗闇に住む人々に光を射し込ませてあげなさい」と神様はイエス様に呼びかけたのではなかったか。
 改めて心が捕らえられるのは、イエス様をして、それまでの平穏な生活を離れて難儀な公生涯へと歩み出させたきっかけ、また神様からの呼びかけを聞かせ、自分の役目を悟らせたものは、他でもない洗礼者ヨハネがヘロデ・アンティパスによって捕らえられてしまったという不吉な出来事だったということである。それはイエス様をして引きこもらせ、退却させてしまうような出来事であった。しかしそのことが却ってイエス様に、神様からの呼びかけを聞かせたのである。イエス様に、福音を宣べ伝え人々に光を照らすという使命をはっきりと与えることになったのである。そのようなことが、私たちにもあるのではないかと示される。私たちにとっても、ヨハネが捕らえられたと聞いて退くしかすべがないような時があるのではなかろうか。この世で力のある領主・王様・支配者によって、つまり病気や災難によって、私たち自身や大切な家族が捕らえられてしまうことがある。それを聞いて私たちは退却し引きこもってしまう。しかし、そのような時こそが、私たちをして神様と出会わせ、それまでには考えられもしなかったような全く新しい歩みや働きへと私たちを進み出させる時となるのである。新型コロナウイルス禍によって、却ってそのような歩みを始められた人もおられるのではなかろうか。この礼拝にも新型コロナウイルス禍のただ中に継続して出席されるようになった人がいる。私たちをして退かせ引きこもらせるような出来事は、決してマイナスばかりではない。天使に導かれて聖なる家族がガリラヤへと引きこもり、イエス様もまたヨハネの逮捕を聞いて引きこもり、私たちもまた新たな歩みへと導かれるべく引きこもることがある。

3.さて、イエス様が洗礼者ヨハネの後を引き継いで担うべき使命として神様から示されたのは、暗闇に住む人々に光を見せるということである。そのことが、はるかイザヤの昔からずっと福音であったのだとしみじみと思うのである。何が私たちにとっての喜びのメッセージかと言えば、それはイザヤの時代、つまり2600年ほど前の昔から何も変わってはいない。それは今においても同じではないだろうか。私たちはいつも、暗闇の中に、死の陰が大きく広く及んでいる谷底に住まわざるを得ない者なのである。暗闇も死の陰も覆っていないところなど何処にもないのである。人間の発達させた文明や科学技術によって、そのような闇などは、とうの昔に蹴散らしてしまったかのように人々は思っている。しかし決してそうではない。新型コロナウイルス禍がそれを表し、また、ミャンマーを初めとして世界各地で起きている紛争や抑圧が、闇を深くしている。ヘロデ・アンティパスが洗礼者ヨハネを捕らえて首をはねてしまったような闇が、今もなお私たちを覆っているのである。だから私たちには、今なお光が必要なのではないだろうか。
 そのような光があることを語れとイエス様は示しているのである。闇の中にも必ず光があるのだというメッセージが福音なのである。では、闇の中にも射し込んでくる光とは、どのようなものなのであろうか。それが17節のイエス様の宣教の第一声に現れている。「悔い改めよ。天の国は近づいた」と書かれている。この御言葉は、3章2節の洗礼者ヨハネの宣教の第一声と、一言一句、全く同じである。ヨハネもイエス様も、まず天の国が近づいたと語ったのである。ここで言われている天の国とは、死んでから行くいわゆる天国のことではなく、神様の御手の業ということである。闇が覆っているこの世界であっても、神様の御業は必ず差し伸べられており、神様の御手はそこかしこにあるということである。新型コロナウイルス禍の中にあって私は、そのことを繰り返しお勧めしてきたように思う。それが私自身にとっての福音だからである。破壊や死の暗い影や悲しみが、私たちを覆い尽くしている。しかしそこには、破壊や闇を通して創造の良き御業をなさる神様がおられる。聖書の始まりの言葉は「はじめに神は天地を創造された」であり、その神様が最初におっしゃった言葉が「光あれ」だった。神様がいついかなる時も創造者であるということが、私たちにとっての光なのである。創造者なる神様の御手の業は、時には破壊や混乱として現れることもある。しかし、その根源には、創造者なる神様の御手がある。
 その神様の御手をつかみ、すがることによって私たちがそれまでとは全く違った歩みを、180度方向転換した新たな歩みを始められるということが「悔い改め」と訳された言葉の本来の意味なのである。反省とか後悔とか、そういうような意味はもともとはない。水の中で溺れようとする者がワラにもすがる思いでとっさに掴むことで、溺れて死んでしまう状況から生きることのできる状況へと転換させられること、それが悔い改めの本来の意味である。
 溺れ死のうとする者に、神様の救いの御手は必ずや差し伸べられている。それが光なのである。もし救いの御手が、ごく一部の者だけにしか差し伸べられていないのなら、それは光ではない。暗闇の中に沈もうとする者にとって見えない神様の御手なら、救いや光にはならないのである。しかし神様の御手は、そうではない。それは闇の中でも、死の陰の谷でも、私たちに差し伸べられている。ただし、それを語りかけ気づかせてくれる人や言葉が必要なのである。それがヨハネであり、イエス様でである。そして、神様のみ手が差し伸べられていると気づいたなら、すがらなくてはならないのである。しかしもしそれを掴んだなら、私たちの歩みは180度変わる。神様の御手を掴むことによって、私たちは自分自身の生き方を反転させることができる。闇やこの世の領主に支配されてしまうことはなくなるのである。
 そのようにして私たちが生き方を変えられるということ、そのことが本当に福音なのだと、私には思えてならない。ヨハネがヘロデ・アンティパスに捕らえられたように、私たちも自分ではいかんともしがたい力・環境・状況に捕らえられてしまう者なのである。変えることのできる力の根源は勿論、神様にある。神様が闇の中でも御手を差し伸べて下さることにある。私たちは、それを掴めばよいのである。掴むことによって、私たちの生き方を新たにすることができる。もう環境の奴隷とはならない。それが光なのである。

4.変えられてゆく具体的な姿が、4人の漁師がイエス様の弟子となってゆく有り様として描かれている(18節以下)。この4人の者たちは、ごく普通の漁師たちであった。漁をして、網を繕い、父親の命令に従って舟を動かしていた。そのような、ごく普通の者たちが、その普通の生活の中でイエス様を通して差し伸べられた神様の御手を見いだし、それを掴んだのである。そこから180度変わった新たな生活が始まっていったのである。
 私たちは単純に文字通りに読んで、ペトロたちが漁師だった生活を捨て網も舟も捨て父親との関係も捨てたように、私たちもこの世の仕事も家族も捨てることが変わるということだと思ってしまうかも知れない。確かに捨てねばならないものがあるのだとは思う。しかしそれは、決して文字通り世俗の仕事を辞め家族関係を断つということではないと思うのである。もしそうであったならば、ほとんどの人にとっては、新たな生き方をはじめることは不可能であろう。
 イエス様は彼らに「私についてきなさい。人間をとる漁師にしよう」と言った。それはペトロたちの網を投げるフィールドや生きる目的・方向性を他者に向かわせようとの誘いではなかったかと思うのである。それまで彼らが打っていた網や漁の方向性は、ひたすら自分たちが食べ、自分たちの生活の支えとなるものばかりだったのだと思う。それは言わば「自分をとる漁師」である。そのような漁をさせようとする自分や家族にばかりついてゆき、自分ばかりをとる漁師だったのである。確かにそれは捨てねばならない。しかしイエス様についてゆき、イエス様に目を向け、また自分ではなく他者という人間をとる漁師として生きようとするなら、自ずと今までの網や舟や父とだけの間柄は、なんなく捨てることができるのである。網を自分ではなく、イエス様や他者へと向けることによってである。「人間をとる漁師」とは勿論、他者という魚をとって食べるためではない。そうではなく、イエス様がそうなさったように私たちも他者に手を差し伸べて、それがその人々にとって神様が差し伸べる手となってゆくようになることなのである。そのような生き方は、それまでの仕事を辞めねばならないとか、家族関係を断つというものではない。それまで通りの仕事をそれまで通りにして、家族を大切にする生き方をして良いのである。しかし、それオンリーの歩みであってはならないのである。

聖書:新共同訳聖書「マタイによる福音書 4章 12~22節」  聖書朗読
04:12イエスは、ヨハネが捕らえられたと聞き、ガリラヤに退かれた。 04:13そして、ナザレを離れ、ゼブルンとナフタリの地方にある湖畔の町カファルナウムに来て住まわれた。 04:14それは、預言者イザヤを通して言われていたことが実現するためであった。 04:15「ゼブルンの地とナフタリの地、湖沿いの道、ヨルダン川のかなたの地、異邦人のガリラヤ、 04:16暗闇に住む民は大きな光を見、死の陰の地に住む者に光が射し込んだ。」 04:17そのときから、イエスは、「悔い改めよ。天の国は近づいた」と言って、宣べ伝え始められた。 04:18イエスは、ガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、二人の兄弟、ペトロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレが、湖で網を打っているのを御覧になった。彼らは漁師だった。 04:19イエスは、「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言われた。 04:20二人はすぐに網を捨てて従った。 04:21そこから進んで、別の二人の兄弟、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネが、父親のゼベダイと一緒に、舟の中で網の手入れをしているのを御覧になると、彼らをお呼びになった。 04:22この二人もすぐに、舟と父親とを残してイエスに従った。


2021/02/28 受難節第2主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「サウル王の決定的過ち」 1.サムエル記(上)の15章をすべて読んで頂きたかったが、時間の都合で15章の前半部分だけを読んでいただいた。イスラエル人の最初の王様として立てられたサウルが、神様と預言者サムエルから王失格の烙印を押された。その決定的な理由となった出来事が書かれている。10節には神様がサウルを王として立てたことを悔やんだとあり、15章の最後には、サムエルはもう死ぬまでサウルとは会おうとしなかったことが、またここにも神様がサウルを王として立てたことを悔やんだことが繰り返されている。そうして16章には、サウルの次に王となるべき者として、少年ダビデが選ばれたことが記されている。サウルは死ぬまで王としてふるまいはしたが、しかし、ダビデとの間で悩みが深まっていった様子が、ずっと描かれてゆくのである。
 では、サウルが王として失格との烙印を押されたその決定的原因はどのようなことであったのか。それが今日の御言葉の中心的なことである。最初の2節・3節にあるように、神様はサムエルを通して、サウルにアマレク人たちを皆殺しにせよと命じた。この命令に対して、サウルは忠実に従うことをしなかった。8節以下に書かれているように、確かに、アマレク人のある部分は殺した。しかし、王アガクを生け捕りにし、動物のうちの上等なものは残し、つまらないもの・値打ちのないものだけを滅ぼしたのである。そのことをサムエルから問い詰められ、自分がそうしたのではなく、部下の兵士がそうしたのだと言い、さらにそれは「神、主への供え物にしようと」したのだと言い訳をした(15節)のである。
 サウルの犯した過ちとは、神様の命令に従わなかったことであり、それを指摘されると今度は部下のせいにし、心にもなかった言い訳をしたという点にあるのは明らかであろう。サウルの心にあったのは、9節のふるまいに現れているように、王としての自分や兵士たちの利益になるような戦利品は我が物とし、そうでないものは滅ぼすということであった。そのようにして、王として兵士たちの歓心を買い、彼らに気に入られようとしたのである。そのようなサウルの心は、「カルメルに行って自分のために戦勝碑を建てた」ことに、如実に現れている(12節)。それが神様の御心に添わなかったという点は、よく理解できる。

2.しかし、私たちにとっての根本的な疑問は、そもそも神様がサムエルを通して、「アマレクに属するものは一切滅ぼし尽くせ。・・・容赦してはならない」と命じられたことにある。果たして、そのような命令が本当に神様自身が命じたものなのか。それは、たとえ預言者といえ、サムエルが捉え誤ったものではなかったのか。11節の最後に、「サムエルは深く心を痛め、夜通し主に向かって叫んだ」とある。そこに込められているのは、なぜ神様はいちど王として選んだのに、それを悔んだのかという嘆きであり、また、サウルに油注いだ者としてじゅうぶんに彼を導くことができなかったという牧会者としての自責の念でもあるように思う。しかしそれ以上に、預言者として神様の真意というものをサウルに伝えることができずに、そのような結果を引き起こしたことへの後悔もあったのではなかろうか。
 そのような命令の奥底に、どのような神様の真意があるのか、私たちには到底知り得ないものがある。そして、それを文字通りに受け取る人も、勿論いる。数冊しかない私の手許の解説書は、そのいずれもが、この神様の命令を文字通りのものと受け取っている。ある人々は、その絶滅を『聖絶』と表現している。私には、子どもや乳飲み子さえも殺してしまう絶滅に、『聖』という言葉を形容詞として付けることは到底できない。リュディという優れた牧師は、今日の御言葉についての説教で、この神様の命令は背筋が凍るようなものであるとしつつも、それは昔、イスラエル人に嫌がらせをしたアマレク人に対する神様からの死刑判決であること、そしてそれをサウルは命じられた通り執行しなければならかったのだと断言している。
 そうだとしても、絶滅ということは、アマレク人に対しての正しい罰だったのであろうか。エジプトを脱出したイスラエル人に対して、アマレク人がかつて嫌がらせをした。その嫌がらせを直接したわけではない今のアマレク人に対する処罰としては、余りにも理不尽で、度を超した処罰ではないだろうか。キリスト教には、異教の人々やネイティブの方々に対して、このような聖書の言葉を根拠にして、絶滅行為を行ってきた歴史があると思う。私たちの信仰の歩みを邪魔する者があれば、それは皆殺しにして良いし、すべきだと。ジハードとか聖戦とか、そのような考え方もそこから来るものではなかろうか。
 はじめにも示されたように、サウルが神様の命令に従わなかったのは、自分たちの利益のためであった。しかし、もしも彼がサムエルから示された神様の命令の真意を問い、たとえアマレク人であってもそれを皆殺しになどできないという理由からの不服従であったのなら、王として失格との烙印を押されることにはならなかったのではないかと私は勝手に想像するのである。創世記の18章後半には、神様の使いがアブラハムにイサクの誕生を告げた後で、ソドムとゴモラを滅ぼそうとしていることをアブラハムに教えたことが書かれている。そこに甥のロト家族が住んでいることもあって、アブラハムは天使と交渉をした。アブラハムが「ソドムとゴモラに、もし50人の正しい人がいればどうか」と言うと、神様は「赦そう」と答えた。「45人ならば、いや40人しかいないかも。30人、20人ではどうか」と交渉が続き、最後には10人いれば滅ぼさないとの約束を引き出したのである。もしサウルがアマレク人のためにそのような交渉をしていれば、あるいは、預言者であるサムエルがそのようなアブラハムの例をサウルに教えることができていれば・・・と私は思うのである。

3.それでは、そのような命令を下した神様の真意は、どのようなものであったのか。私なりには次のように受けとめたいと思うのである。
 今から3000年前の時代の戦争においては、勝者が敗者の領土・財産・命をどのようにしようとも、それは勝手であったはずである。サウルが9節で行ったように、残して利益になる上等なものは滅ぼさず、残す値打ちのないものは、人間の命だろうと何だろうと滅ぼしたのである。それからすれば、サウルがしたこと、すなわち最上のものを自分が取るのではなく神様に献げようとしたことは、むしろ希有なことでさえあったであろう。
 神様の命令の根源にあるのは、当時の世界において当たり前だった、そのような戦勝者のふるまいにストップをかけること、その点にこそあったのではなかったか。「滅ぼし尽くす」と訳された原文の言葉は、「ハーレム」という言葉だそうである。それはあの「ハーレム」と同じ意味である。王様が王宮の女性たちを独り占めにする。そのように、戦争に勝利した王様ではなく、神様が敗者のすべてをひとり占めなさることなのである。その具体的な現れは、動物などについては殺し尽くしてすべてを煙にして焼いてしまうことだったであろう。金銀などの戦利品も、焼くか地中に埋めるかをしたのかもしれない。敗けた人間については、どうすることができたのであろうか。サムエルには「打ち殺す」としか思い至らなかったのであろう。他に、例えば奴隷などにして、自分たちの利益になるようにするのではなく、武装解除して追放するとか、殺さずとも、出来たことがあったのではなかろうか。
 神様がサウルに為さしめようとされたのは、戦争に勝利しても、とにかく何一つ勝利者の利益が生じないようにするということではなかったか。そうなれば、王として、もはや戦争をすることに意味はなくなる。わざわざ命の危険を冒して勝利しても、何の利益もないのである。だとすれば、王として為すべきは、むしろ戦争を起こさないことではなかろうか。王様であることの根拠・土台というものを、戦争して勝利し自分や兵士・国民が利益を得ることに置いてはならないということである。戦いを起こさず、利益をむさぼって生きることから遠ざかる。これが王としてなすべきことだと、神様は教えようとしたのではなかろうか。

4.以上のようなことから、こんにちの私たちが受け取るメッセージは、どのようなものなのか。私は、それは先ず私たちやサウルがそうであろうとしたような、王様になって人生において勝利者であろうとし、そこから己の利益になるようなものを貪り取ろうとすることへの否ではないかと思うのである。3000年前の時代社会がそうであったように、なおのこと今の時代では、誰もが人生において勝利者であろうとしているのではなかろうか。東京オリンピックを人類がコロナに勝利した証しとして行うのだと繰り返してアピールがなされている。生きることを、まさに戦場と捉え、サウルが9節でなしたような選別がそこではなされて、ひたすら、己にとって値打ちのあるものだけを手に入れようとしているのである。誰も、それに対して意義申し立てをしない。それが当たり前だとされているのである。
 しかし神様は、そのような王としての私たちのあり方に対して、否を突き付けて下さる。11節に「わたしはサウルを王に立てたことを悔やむ」とある。それは、サウルという人が王とされたことについてだけではない。私たちすべてが、サウルのような王になってしまうことに対して、神様は深く悔やんでおられる。そういう意味だと思うのである。そのような生き方は、あなたがたの幸いとはならないと、嘆いておられるのである。
 神様が私たちに望んでいる人生とは、勝者となって9節のような選別をすることでは決してないのだと改めて思う。生きることがそのためのものだと捉えたなら、私たちの人生は、むしろ価値のない、つまらないとしか言いようのないものではないだろうか。ここにいる私たちの中に、これまで生きてきて「上等なもの」と言えるようなものを手に入れることができたと言える人は、どれ程おられるであろうか。来年3月に私は、この教会を離れる。かつて郡山教会を離れる際にも、それまでの24年間の牧会を振り返ってしみじみ思ったのは、あたかも無駄で無報酬と感じられるようなことばかりだったと言うことだった。かつて私たちが若いころ、3無主義(無責任・無気力・無感動)という言葉があった。私はそれをもじって、牧師の働きとは「無駄・無報酬・無利益」というべきものだとしみじみ感じた。11年間のつくばでの私の歩みもまた、そのようなものだと思うのである。しかし、それでこそ良いのではなろうか。それこそが、王様とは正反対の、神様に仕える立場である私たちの人生なのではなかろうか。
 「一切滅ぼし尽くせ」とは、そのうわべの意味をはるかに越えて、本当に奥深い私たちの人生の在り方への指針のように思えるのである。私たちの人生は、最後には煙のごとく、神様にお返ししなくてはならない。命だけでなく、夫婦や家族とのつながりもそうである。それらを戦利品のごとく己の懐に入れて、そこから利益だけを引き出してはならないのである。言い方を変えれば、一切は煙のように神様にお返ししてよいのである。何一つ手許に残るものなどなくて良いのである。そう考えると、生きることは実に気軽でやすやすとしたものになるのではなかろうか。

聖書:新共同訳聖書「サムエル記(上) 15章1~3節/7~16節」  聖書朗読
15:01サムエルはサウルに言った。「主はわたしを遣わして、あなたに油を注ぎ、主の民イスラエルの王とされた。今、主が語られる御言葉を聞きなさい。 15:02万軍の主はこう言われる。イスラエルがエジプトから上って来る道でアマレクが仕掛けて妨害した行為を、わたしは罰することにした。 15:03行け。アマレクを討ち、アマレクに属するものは一切、滅ぼし尽くせ。男も女も、子供も乳飲み子も、牛も羊も、らくだもろばも打ち殺せ。容赦してはならない。」/15:07サウルはハビラからエジプト国境のシュルに至る地域でアマレク人を討った。 15:08アマレクの王アガグを生け捕りにし、その民をことごとく剣にかけて滅ぼした。 15:09しかしサウルと兵士は、アガグ、および羊と牛の最上のもの、初子ではない肥えた動物、小羊、その他何でも上等なものは惜しんで滅ぼし尽くさず、つまらない、値打ちのないものだけを滅ぼし尽くした。 15:10主の言葉がサムエルに臨んだ。 15:11「わたしはサウルを王に立てたことを悔やむ。彼はわたしに背を向け、わたしの命令を果たさない。」サムエルは深く心を痛め、夜通し主に向かって叫んだ。 15:12朝早く、サムエルが起きて、サウルに会おうとすると、「サウルはカルメルに行って自分のために戦勝碑を建て、そこからギルガルに向かって下った」との知らせが届いた。 15:13サムエルがサウルのもとに行くと、サウルは彼に言った。「主の御祝福があなたにありますように。わたしは主の御命令を果たしました。」 15:14サムエルは言った。「それなら、わたしの耳に入るこの羊の声、わたしの聞くこの牛の声は何なのか。」 15:15サウルは答えた。「兵士がアマレク人のもとから引いて来たのです。彼らはあなたの神、主への供え物にしようと、羊と牛の最上のものを取って置いたのです。ほかのものは滅ぼし尽くしました。」 15:16サムエルはサウルに言った。「やめなさい。あなたに言わねばならないことがある。昨夜、主がわたしに語られたことだ。」サウルは言った。「お話しください。」


2021/02/21 受難節第1主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「荒れ野の誘惑」 1.イエス様は、洗礼者ヨハネから受洗した直後に聖霊によって荒れ野へと導かれ、悪魔の誘惑に遇い、それを退けた。その出来事が記された箇所である。4つの福音書のうち最も遅くに書かれたヨハネによる福音書は、このことを書いていない。マルコによる福音書には、誘惑の細かな中身は書かれてはいない。しかし、受洗直後に聖霊に導かれて悪魔の誘惑に遇ったということは、マタイもマルコもルカも福音書に記している。
 おそらく弟子たちは、イエス様自身の口からそのことを度々聞かされたのでは。弟子たちは、イエス様が洗礼者ヨハネから受洗したそのときに、いったいどのようなことが起きたかを、また洗礼がどれほど大事なものであるかをも、それだけではなく、イエス様が受洗した直後に、神様によって荒れ野へと導かれ、悪魔からの試みと信仰のゆすぶりに遇ったということを、繰り返し聞かされたのではなかろうか。イエス様がそれを弟子たちに繰り返し教えたのは、「あなたがたも洗礼を受けた後にこそ、悪魔のようなものたちによって信仰が揺さぶられるのだ」ということを諭すためだったと思うのである。洗礼を受けて信仰者としての人生を送るということは、決してバラ色の人生を歩むことではなく、むしろ荒れ野へと導かれ、常に信仰のゆさぶりを受けざるを得ない者とされることなのだとイエス様は自分の体験を通して教えたのである。1節の御言葉は、多くの人にとってなかなか理解しがたいものではないかといつも感じる。「悪魔から誘惑を受けるため、“霊”に導かれて荒れ野へ行かれた」とある。“霊”という文字に“ ”印がつけられている。悪魔の誘惑に遭わせるために荒れ野へと導く霊なのだから、何か得体の知れない悪しき霊なのではないかと受け取ってしまう。しかし、それはその直前にあるイエス様が洗礼を受けたときに天が開いてイエス様の上にくだってきた神の霊に他ならないのである。神様の聖なる霊の導きが、よりにもよって悪魔の誘惑と結託しているかのような印象を受ける。だから、ヨハネはその福音書において、敢えてその出来事を書かなかったのであろう。「誘惑」と訳されているが、それは信仰のゆさぶりでありテストであり、金属が精錬されるようなものである。神様がイエス様をして、荒れ野で悪魔によってその信仰がゆさぶられ、金属が炉の中で精錬されて鍛えられてゆくような機会を必要した。それはイエス様自身のためでもあり、また弟子たちや洗礼を受ける私たちにこそ不可欠なことだったからであろう。

2.イエス様は天から「これはわたしの愛する子」との声を聞いた。洗礼を受けるということは、それと同様に、私たちも天におられる親である神様の子として生きはじめるようになることである。言わば、天の親である神様の養子にされたという目に見えるしるしである。養子にされるときには、家庭裁判所での手続きがあり、それまではまったくの他人だった人の実子として、戸籍に名が記されるという客観的手続きを伴う。それ以後は、法律的にも社会的にも強い庇護のもとに置かれるようになる。洗礼とはそういうものなのである。そうだとすれば、洗礼を受けた後では、天に親ができて、もう何の不安もない人生を送れるようになれるはずである。悪魔によってゆすぶられる余地のない、安心した生活を送れるようになる。悪魔がやってきて天の親である神様とのきずなをゆさぶられるとしたら、それは、むしろ受洗前であって、受洗後は悪魔が一目散に退散をしてゆくというのが道理ではなかろうか。
 しかし、イエス様が自分の体験として教えてくださるのは、そうではない。受洗後にこそ、私たちの信仰はゆさぶられるのである。洗礼を受けた私たちが生涯にわたって信仰を貫くことの難しさは、ここにこそある。3つの誘惑のうち最初の2つで、悪魔は「神の子なら」と問いかけている。洗礼を受けて天の親である神様の子とされたからこそ、「本当にお前は神の子なのか」とゆさぶる声が聞こえるのである。天に親がいるとの意識を持たない人は、それをゆさぶられることはない。自分には親などいない、天涯孤独なのだと思って生きている人は、親子関係に悩む必要はないのである。その反対に親がいればこそ、なぜ親は助けてくれないのかと苦しむことになる。悪魔の誘惑とは、そのようなうものである。突き詰めれば、天に親がいるのにどうして助けてくれないのかというゆさぶりなのである。しかし、それをイエス様は退けてくださった。そのことを通して、私たちは天に親をもって生きる意味や幸いというものを知るのである。

3.第1のゆさぶりは、「神の子なら、これらの石がパンになるように命じたらどうだ」だった。「荒れ野でそのような辛い飢えに苦しんでいるお前が、どうして『愛する子』なのか。神という親は、実はお前を見放しているのではないか。本当に神の子なら、不思議な力を授けられて、石ころをパンに変えることができて当然ではないか」というゆさぶりである。
 これは本当に、今日の私たちにとって切実なゆさぶりだと思う。毎日毎日、新型コロナウイルス禍によって仕事を失い、住まいまで失い、路上生活を余儀なくされる人々が出ていると報じられている。一体そのような社会において、私たちが天の神様を親として生きることの実際的な助け・メリットとは、何処にあるのであろうか。天の親の子として生きる幸いというものを私たちは今の時代において、世の人々にどのように伝えられるのであろうか。きっとイエス様も同じ問いに直面していたのではないかと思うのである。現在よりもはるかに貧しく、生活に困る人々が多くいた2000年前の社会である。それはまさしく、石ころだけがごろごろふんだんにある荒れ野だったに違いない。そのようなところで、天の神様を親としその子として生きるということは、一体どのような支えや糧が与えられるのであろうか。人々が切に求めているのは、石ころがパンに変わることなのである。しかし、実際上のパンが与えられずして、何が天の親の子であるメリットなのか。それが何のためになるのか。イエス様は、そのように悪魔から問われたに違いない。
 その問いに対し、イエス様は有名な申命記8章3節の御言葉をもって答えた。「人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」と。イエス様は、決して私たちがこの世で生きるのにパンが要らないと言っているのではない。2節にあるように、そのときイエス様ご自身が空腹を覚えていたのだから、なおさらである。天の親である神様が、その愛する子である私たちにくださるパンというものは、時には実際上のパンではないこともあるのだ。どうしてもパンが与えられない、ということもあるのだ。しかし、そのような時においても、天の親である神様は、言葉をくださる。その神様からの言葉によって子である私たちは支えられ生きる糧を得ることもある。それがイエス様の言っておられることなのである。
 実際上のパンではなく神様からの言葉が、一体どのような糧になるのであろうか。聖書のはじめに書かれている神様の言葉は「光あれ」だった。それは太陽の光ではなく、もっと根源的な、この世界の根源をなしている光のようなものだと言われている。神様の言葉とは、ヘブル語ではダーバール、ギリシャ語ではロゴスである。そのロゴスという語には、法則とか原理とか、そういう意味がある。創世記の最初に「はじめに神は天地を創造された」とあった。「光あれ」という神様の言葉に込められている原理とは、要は「創造」という原理だと思う。天の親である神様の創造という根源的な働きが、子である私たちを養ってくれるのである。それが私たちへの光となる。
 私たちが困るのは、しばしば実際上のパンがないということではない。自ら命を絶ってしまうのは、パンが無いからではない。むしろ、どんなにパンが有り余っていても、それを食べようとする私たち自身が、いろいろな理由から崩れてしまおうとしていることに耐えられないからである。どれほど食べ物が溢れていても、住まいに事欠かなくとも、病が私たちを襲い心が崩壊してしまえば、もう目の前のパンを食べる気力がなくなってしまう。だから、私たちに不可欠なのは、直面している崩壊にもかかわらず、それを乗り越えてゆける希望なのである。その希望は、創造の働きをなさる天の親からやってくる。崩壊の向こうには、必ず新たな創造が待っているのである。だから、崩壊は創造の始まりだと受け取れるのである。

4.第2のゆさぶりは、「神の子なら、(神殿の屋根から)飛び降りたらどうか」だった。詩編91章11~12節の御言葉まで引用して、ゆさぶりをかけてきた。第1のゆさぶりが、パンに代表されるところの、私たちがこの世で生きてゆく上で必須の食べ物や住まいやお金にかかわっているとすれば、第2のゆさぶりは、私たちの足が石に打ち当たって砕けることがないような、安心・安全な生活の守りということが言われているのであろう。「もし神の子なら、それが与えられて当然ではないか。それが与えられずして何が神の子なのか。信仰生活のメリットなどないではないか」というゆさぶりである。
 これに対してイエス様は、やはり申命記の6章16節の御言葉をもって応じた。この答えの根本にあるのは、第1のゆさぶりへの答えと同じものだと思う。確かに、私たちは天の神の子ではあるが、私たちの足にせよ体にせよ、石に打ち当たることは避けられない。むしろ土の器として創造された私たちは、必ずや石に打ち当たり粉々に砕けるのである。しかし、その向こうに創造の神様の御業がある。砕かれて、それで終わりではない。
 新型コロナウイルス禍の中、私たちの安心・安全は粉々に砕かれている。神様を信じるメリットがどこにあるのかと、ゆすぶられている。しかし、私は今の時ほど、創造者である神様を信じることの出来る喜びを深く感じられるときはないと思う。先日、NHKのBS放送の番組で、「ウイルスとは悪魔か天使か」という番組があった。ウイルスの専門家は、「いま私たちに新型コロナウイルスが引き越していることは、短期的に見れば悪魔としか言いようがないけれども、何億年という長い年月の中でウイルスが私たちにもたらしてくれたものを知ると、天使だと言える」とおっしゃっていた。私たち哺乳類が胎盤によって胎児を成長させる仕組みというのは、1億6000万年ほど前に、私たちに侵入したウイルスの遺伝子によってもたらされたものなのだそうである。ウイルス感染によって哺乳類の先祖の動物の多くは死に絶えてしまった。けれども、生き残ったわずかなものに、ウイルス由来の遺伝子が引き継がれて、胎盤を形成するありかたが作られていったのだそうである。私たちも、このような神様の創造の御業の中にある。死も破壊もあるが、しかし、そこを貫いているのは創造なのである。その神様を疑ってはならないのである。

5.最後の誘惑について、ここには「神の子なら」という言葉はないが、要は、神の子なら繁栄があって当然、ということであろう。それまでは、この世に生きる私たちにとって不可欠な2つの要素、つまり衣食住と安心・安全な生活というものが問われてきた。3番目の誘惑では、やはり私たちにとっての不可欠なものとして、生きがいということが問われているのである。悪魔は、「繁栄や栄誉栄達というものが、あなたがたの生きがいでないか」と問いかけているのである。他の人と比べて少しでも高いところに昇ることが私たちの生きがいである。或いは、他の人と比べてということでなくとも、できるだけ高いところに到達することを私たちは生きがいとするのではないだろうか。「天の親である神の子となって、それが与えられるのか。むしろ、私の子となった方が与えられよう」と悪魔はささやくのである。
 それに対してイエス様は、「あなたの神である主を拝み、ただ主に仕えよ(申命記6章13節からの引用)」と応じた。イエス様は、天の親である神様の子として生きる、私たちの最大の幸いは、神様に「仕える」生き方ができることだと言っておられるのだと思う。それは、取るに足らない小さな働きを喜んでできるようになるということである。昨年秋に出版された将棋棋士の加藤一二三さんの『だから私は、神を信じる』という本において加藤さんは、一時期、勝たなければというプレッシャーから、不振に陥ってしまったと書いておられた。その加藤さんが神様を信じるようになって、勝つことを求めるのではなく「良い将棋」を指すことを求めることができるようになったのだそうである。良い将棋とは、要は、勝っても負けても、神様の前に精一杯誠実に小さな働きをするということだと思う。それで良いのだと思えることが神の子の幸いなのである。

聖書:新共同訳聖書「マタイによる福音書 4章 1~11節」  聖書朗読
04:01さて、イエスは悪魔から誘惑を受けるため、“霊”に導かれて荒れ野に行かれた。 04:02そして四十日間、昼も夜も断食した後、空腹を覚えられた。 04:03すると、誘惑する者が来て、イエスに言った。「神の子なら、これらの石がパンになるように命じたらどうだ。」 04:04イエスはお答えになった。「『人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる』と書いてある。」 04:05次に、悪魔はイエスを聖なる都に連れて行き、神殿の屋根の端に立たせて、 04:06言った。「神の子なら、飛び降りたらどうだ。『神があなたのために天使たちに命じると、あなたの足が石に打ち当たることのないように、天使たちは手であなたを支える』と書いてある。」 04:07イエスは、「『あなたの神である主を試してはならない』とも書いてある」と言われた。 04:08更に、悪魔はイエスを非常に高い山に連れて行き、世のすべての国々とその繁栄ぶりを見せて、 04:09「もし、ひれ伏してわたしを拝むなら、これをみんな与えよう」と言った。 04:10すると、イエスは言われた。「退け、サタン。『あなたの神である主を拝み、ただ主に仕えよ』と書いてある。」 04:11そこで、悪魔は離れ去った。すると、天使たちが来てイエスに仕えた。


2021/02/14 降誕節第8主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「ペトロとコルネリウス」 1.本来なら10章全体を朗読して頂きたいところ、使徒言行録の10章の中ほどの部分だけを読んで頂いた。物語のあらましの概略は、こうである。
 9章に登場した女性タビタが住んでいたヤッファという町の北、約50kmの地中海沿岸にカイサリアの町があった。そこに、ローマの100人隊長コルネリウスがいた。カイサリアは、名前の通りローマ皇帝アウグストスにちなんで建設された町だとのことである。その町は、地中海沿岸の港町でローマからやってきた船がパレスチナに入る玄関口にあたる。ローマ総督、多くの兵士などが駐屯していたのであろう。コルネリウスは、ローマ人でありながら神様を信じていた人だったようである。ユダヤ人に定められていた3時の祈りをしていると、天使から呼びかけられ、ヤッファにいるペトロを招くように告げられたので早速、使いを出した。使いの者がヤッファに着くころ、今度は、革なめし職人シモンの家に滞在していたペトロが夢うつつになって幻を見た。天から風呂敷のような入れ物が吊り降ろされ、そこには様々な生き物がごちゃごちゃ入っていた。ユダヤ人のペトロには、決して食べてはいけないとされていたものも含まれていたようだ。ところが幻の中で、神様の声は、「これを食べよ」と言った。ペトロが「主よ、とんでもないことです。清くないもの、汚れた物は何一つ食べたことがありません」と答えた。すると神様は、「神が清めた物を、清くないなどと言ってはならない」と言った。そのような押し問答が3度も続いて、その入れ物は天へと引き上げられたというのである。ペトロには、この幻の意味がわからなかった。「この幻はいったい何だろうか」と一人で思案に暮れていると、ちょうどタイムリーに、コルネリウスからの使いがやってきた。これこれこうだとの事情を聞き、ペトロは早速コルネリウスの家へと出掛けた。コルネリウスもまた自分と同様に幻を見て、ペトロがコルネリウスの家に招かれたことがわかった。ペトロは、それらのことの意図を悟りコルネリウスにイエス様のことを語った。そして彼らは洗礼を受けるに至ったのである。こうして、フィリポがエチオピアからの役人にキリスト教を伝えた(8章)ことに続いて、キリスト教はまたまた異邦人へ、それもイスラエルを占領統治していたローマの兵士にまで、広がってゆくこととなったのである。フィリポがエチオピアの宦官と出会い、その馬車に一緒に乗るようになったのも、天使の導きゆえだった。ユダヤ人は去勢した人とはつきあってはならなかったのに、天使の導きによってフィリポはこのタブーを乗り越えることができた。ペトロもまた28節で彼自身が言っているように、ユダヤ人は外国人と交際したり訪問したりすることは禁じられていたのに、そうした幻を見せられ神様自身の導きによって、そのようなタブーを乗り越えさせていただいたのである。
 私は、そのようなことが信仰の喜び・醍醐味だと、しみじみ思う。私たちにもペトロのように「これは食べられない」「このようなな人とは交際できない」というタブーが、そしてもっと言えば、「こんな体験は受け入れられない」というような枠がある。私たちだけでは、どうしてもこれを乗り越えることができない。しかし、神様はこれをさせて下さるのである。それが信仰の果たす大きな働きではなかろうか。
2.このように信仰の醍醐味とは、私たちをして抱いているタブーを乗り越えさせ、その狭い枠を壊して下さる点にあると私は思うのである。コリネリウスと出会って神様からの幻を見せられる以前のペトロの信仰はむしろ、タブーを強くするものであったのではなかったか。神様が天から吊り降ろした入れ物の中に様々な生き物を入れて「食べなさい」と言っても、ペトロは頑として「清くない物、汚れた物は食べたことがありません」と拒んだ。それが、ユダヤ人としてのペトロのそれまでの信仰だった。また、28節には「ユダヤ人が外国人と交際したり、訪問したりすることは、律法で禁じられています」とある。食べ物のタブーを守らない外国人とつきあってはいけないというタブーも、ユダヤ人としての信仰だったのである。私たちの信仰には、残念ながらそういう側面が強くあるのではないだろうか。タブーから解き放つのではなく、むしろそれを強くしてしまう面が信仰にはある。
 神様が天から吊り降ろした入れ物とは、言わば「大風呂敷」と言っても良いだろう。それが、神様が私たちに天から降ろしてくださる入れ物の、何よりもの特徴ではないかとしみじみ思うのである。それに対して、ペトロにせよ私たちにせよ、「これが神様からの入れ物だ」と信じているのは、とても小さく狭いものではなかろうか。食べ物についても、これは駄目だ、あれはだめだといい、交際する人についても、この人は駄目だ、あの人はだめだと制約してしまう。せっかく神様から大風呂敷に入れた食べ物が吊り降ろされているのに、私たち人間はいつのまにか、それを小さな狭い入れ物に入れ替えてしまっているのである。人間の尺度をもって「これは食べてよい」「これは清い。汚れていない。私たちの食べ物にふさわしい」と狭く解釈してしまう。しばしば宗教や信仰が、その狭さに拍車をかけてきたのではなかったか。

3.そもそも、イスラエルの人々がエジプトを脱出した後、荒れ野を彷徨う中で神様からこれは食べてはならないとされた食べ物が示されたのには、ちゃんとした理由があったのだと考えられる。レビ記の11章や申命記14章に、その教えが記されている。レビ記の11章2節には「地上のあらゆる動物のうちで、あなたがたの食べてよい生き物は、ひづめが分かれ、完全に割れており、しかも反すうするものである」とある。また、水の中に生物に関しては「ひれ、うろこのあるものは食べてよい」と、11章9節にある。さらには、空を飛ぶ生き物で食べてはいけないものとして、まさに今のコロナに関係しているところのコウモリが最後にあげられている。長い間の経験の蓄積において、そうした生き物は食べると危ないということがわかっていたのであろう。飢えて荒れ野を彷徨う中、何でも食ってしまうのは危険なことである。コウモリやネズミの類いを食べることで未知のウイルスを招き入れるとのことからも、それはよくわかる。
 そうした戒めは、イスラエル人がバビロンに捕囚された時代以降、また違った意味を持たされていった。ダニエル書には、バビロン王の宮廷に召し抱えられたダニエルたちがユダヤ人として許された食べ物だけを食べようとしたとある。それはタブーというよりは、そうすることこそが「生きる糧」だったからだと思う。実際の生活はバビロン王やバビロンの人々に支配されていたのだが、そういう生活の中でも、定められた食べ物のみを口にするということにおいて、自分たちは神様と結び付いて生きることができているのだと思うことができた。そう思えることが生きる糧だったのである。
 今なおユダヤ人やイスラムの人々が、私たちからすればとても厳格な食物タブーを守っていることも、決して単にタブーを押し付けられているのではなく、喜びとしてなされているのだと理解したい、と思う。ただし、そのタブーが本当に神様によって与えられたものなのかということは問うことができると思う。それが、ペトロの見た幻の示すところではないかと思うのである。神様が天から吊り降ろした入れ物というのはそういう意味でも「大風呂敷」なのである。私たちが考えている入れ物とは対照的である。神様とは、「これは汚れている。清くない」と、私たちに小さな狭い入れ物を科しタブーを科されるのではなく、その反対に天から大風呂敷を吊り降ろして「これを食べよ。これはあなたにとって益となる」と語ってくださるのだと思う。ユダヤ教やイスラム教とキリスト教の根源的な違いは、そこにこそあると思うのである。
4.さて、神様がそのような方であるということは、文字通りの食べ物のことや外国人とのつきあいというようなことを越えて、私たちの人生における出来事にも言えるのだと、しみじみ感じるのである。私たちは、自分たちの極めて狭く小さな尺度によって「これは食べてよい、これは食べてはだめ」と食べ物を仕分けするだけではなく、人生における出来事についても、そのように仕分けしてしまっているのである。私たちが、自分や家族に起きる出来事を、自らにとって糧となる食べ物として仕分けし受容する入れ物というものは、本当に小さく狭い。それは今の新型コロナウイルス禍において如実に現れている。
 クローズアップ現代という先日のNHKの番組で、新型コロナウイルス禍の中、無理心中が増大していると報じられていた。自殺が増えていることは以前の礼拝においても何度か触れたが、夫婦や親子の無理心中がとても増えているというのである。ある夫婦は、長男の死をきっかけに夫人が心身の体調を崩し、それに骨折が加わって、明日は病院に帰るという日の─新型コロナウイルス禍のため、面会ができなくなってしまうかも知れないというその日の─夜に心中したという。また、ある親子(父と娘)は、やはり新型コロナウイルス禍で父親が鬱病になり、経済的にも大変になってしまい、娘を大学に通わせてやれないかもしれないという考えに至り、父親が高校生の娘を殺して自らも命を絶ってしまったとのことである。新型コロナウイルス禍の中で味わっている苦難は、誰もが「こんなことは決して私たちの食べ物ではない。これは私たち夫婦や親子を滅ぼしてしまうようなことだ」としか思い得ないものである。しかしどんなに拒んでも、それが天から私たちに「食べよ」と吊り降ろされた食べ物なのである。神様が吊り降ろす大風呂敷の中には、そういうものが入っているのである。それらを避けることはできないのである。それらを食べることが、必ずや私たちにとっての糧となる。それを食べなければ、その後の私たちの人生はありえないのである。

5.私たちの考えだけでは、なかなか食べ物として受け入れてゆけないものを、天から神様が下さったものとして食べてゆけるようにして下さる。それが信仰の本当の働きだと思うのである。食べさせないようにするのではなく、その反対にタブーや狭い枠を破って受容させる。それが信仰の働きなのである。
 改めて気づかされるのは、ペトロは幻を見せられてすぐに天からの大風呂敷に入っていた食べ物を食べることができたわけではなかったということである。不思議な幻を示されれば、すぐにそれまでの古い信仰が新しくされて、今まで食べられなかったものを食べられるということではないのである。ペトロは3度も神様との押し問答を繰り返し、幻を見てもなお、「今見た幻はいったい何だろうかと、ひとりで思案に暮れている」と17節にある。「ひとりで」という言葉は、とても象徴的である。どんなに幻を見ても独りの信仰では、天からの食べ物を食べることはできないのだと思う。
 それでは、どのようにしてペトロは食べることができるようになったのであろうか。コルネリオスもまた幻を見たと知り、彼の家を訪ねて神様の御心を教えられたからであった。要は、コルネリウスとの出会いが不可欠だったのである。そうであればは私たちにとっても、コルネリオスが不可欠だということであろう。共に幻を見て、共に天からの食べ物を食べる人が不可欠だということである。例えば、新型コロナウイルス禍をも神様がそのような意義のあるものとして天から与えて下さったのだと共に受け入れることができ、現実にその意義を感じ取ることができるようになる信仰の友や場所が必要なのである。それこそが教会の存在意義なのかも知れない。

聖書:新共同訳聖書「使徒言行録 10章 9~33節」  聖書朗読
 10:09翌日、この三人が旅をしてヤッファの町に近づいたころ、ペトロは祈るため屋上に上がった。昼の十二時ごろである。 10:10彼は空腹を覚え、何か食べたいと思った。人々が食事の準備をしているうちに、ペトロは我を忘れたようになり、 10:11天が開き、大きな布のような入れ物が、四隅でつるされて、地上に下りて来るのを見た。 10:12その中には、あらゆる獣、地を這うもの、空の鳥が入っていた。 10:13そして、「ペトロよ、身を起こし、屠って食べなさい」と言う声がした。 10:14しかし、ペトロは言った。「主よ、とんでもないことです。清くない物、汚れた物は何一つ食べたことがありません。」 10:15すると、また声が聞こえてきた。「神が清めた物を、清くないなどと、あなたは言ってはならない。」 10:16こういうことが三度あり、その入れ物は急に天に引き上げられた。 10:17ペトロが、今見た幻はいったい何だろうかと、ひとりで思案に暮れていると、コルネリウスから差し向けられた人々が、シモンの家を探し当てて門口に立ち、 10:18声をかけて、「ペトロと呼ばれるシモンという方が、ここに泊まっておられますか」と尋ねた。 10:19ペトロがなおも幻について考え込んでいると、“霊”がこう言った。「三人の者があなたを探しに来ている。 10:20立って下に行き、ためらわないで一緒に出発しなさい。わたしがあの者たちをよこしたのだ。」 10:21ペトロは、その人々のところへ降りて行って、「あなたがたが探しているのは、このわたしです。どうして、ここへ来られたのですか」と言った。 10:22すると、彼らは言った。「百人隊長のコルネリウスは、正しい人で神を畏れ、すべてのユダヤ人に評判の良い人ですが、あなたを家に招いて話を聞くようにと、聖なる天使からお告げを受けたのです。」 10:23それで、ペトロはその人たちを迎え入れ、泊まらせた。翌日、ペトロはそこをたち、彼らと出かけた。ヤッファの兄弟も何人か一緒に行った。 10:24次の日、一行はカイサリアに到着した。コルネリウスは親類や親しい友人を呼び集めて待っていた。 10:25ペトロが来ると、コルネリウスは迎えに出て、足もとにひれ伏して拝んだ。 10:26ペトロは彼を起こして言った。「お立ちください。わたしもただの人間です。」 10:27そして、話しながら家に入ってみると、大勢の人が集まっていたので、 10:28彼らに言った。「あなたがたもご存じのとおり、ユダヤ人が外国人と交際したり、外国人を訪問したりすることは、律法で禁じられています。けれども、神はわたしに、どんな人をも清くない者とか、汚れている者とか言ってはならないと、お示しになりました。 10:29それで、お招きを受けたとき、すぐ来たのです。お尋ねしますが、なぜ招いてくださったのですか。」 10:30すると、コルネリウスが言った。「四日前の今ごろのことです。わたしが家で午後三時の祈りをしていますと、輝く服を着た人がわたしの前に立って、 10:31言うのです。『コルネリウス、あなたの祈りは聞き入れられ、あなたの施しは神の前で覚えられた。 10:32ヤッファに人を送って、ペトロと呼ばれるシモンを招きなさい。その人は、海岸にある革なめし職人シモンの家に泊まっている。』 10:33それで、早速あなたのところに人を送ったのです。よくおいでくださいました。今わたしたちは皆、主があなたにお命じになったことを残らず聞こうとして、神の前にいるのです。」


2021/02/07 降誕節第7主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「イエス様の受洗」 1.イエス様が洗礼者ヨハネから受洗したということは、特に初代教会の人々にとって躓きとなりうるようなことだった。4つの福音書のうちマタイとマルコそしてルカは、それぞれの福音書においてそれを記しているが、最も遅くに書いたとされるヨハネだけがそのことを記していないのは、その躓きを避けるためだったと考えられる。
 ヨハネによる福音書の3章22~23節に、以下のような興味深いことが書かれている。「その後イエスは弟子たちとユダヤ地方に行って、そこに滞在し、洗礼を授けておられた。他方ヨハネは、サリム近くのアイノンで洗礼を授けていた」と。そしてその少し後には、あるユダヤ人たちが洗礼者ヨハネのもとにやってきて「(イエスが)洗礼を授けています。みんながあの人の方へ行っています」と告げる場面がある。おそらくこの記述が示唆しているのは、イエス様の弟子たちがなす洗礼と洗礼者ヨハネの弟子たちがなす洗礼とが平行してなされていた地域や時代があったということだと思う。ヨハネによる福音書が書かれた地域が、最も洗礼者ヨハネの影響やなごりが強く残っていた場所だったのかもしれない。そのため4つの福音書の中でヨハネによる福音書が、イエス様の弟子たちのなす洗礼と洗礼者ヨハネの弟子たちの行う洗礼との関係に最も敏感だったと考えられる。ヨハネによる福音書は、自分たちの行う洗礼の起源が、イエス様が洗礼者ヨハネから受けた洗礼にあると思われるのを避けたかったのであろう。だからヨハネによる福音書だけが、それを記さなかったのだと考えられる。
 しかしマタイ、マルコそしてルカは、それぞれの福音書において隠すことなく記した。それは、ただ隠すことのできない事実だったからというだけではなくイエス様自身が、洗礼者ヨハネからの受洗に大事な意味を見いだしていたことを知っていたからである。折りにふれて弟子たちはイエス様から「なぜわたしはヨハネから洗礼を受けたか」を聞かされたであろう。イエス様が受洗したときのこと、16節と17節に書かれていることは、弟子たちがイエス様自身から聞いたに違いない。イエス様が洗礼者ヨハネからの受洗に大事な意味を見いだしていたからこそ、弟子たちは洗礼を施し、代々の教会も2000年以上、洗礼をし続けてきたのである。

2.けれども洗礼ほど代々の教会において軽んじられ、揺すぶられてきた儀式もないのではないかと思う。それは私の受洗準備会において、必ずふれる事柄である。2000年の教会の歴史の中で、洗礼という儀式を不要だと考えた人々は常に存在してきた。私が知っているのはクエーカーと呼ばれる教派である。日本では無教会というグループが最もよく知られている。その始まりを作った内村鑑三が1920年代になした『ガリラヤの道』という講演の中で、「イエスのバプテスマ」という題の話の最後において以下のように語っている。「これによりて見れば、人はバプテスマの式によりて救われるのではない。これを受けし精神によりて救われるのである。バプテスマの式はどうでもよい。キリストの精神をもって人生に対する、それがほんとうのバプテスマである。」と。
 私が小学生の頃は、単純に早く洗礼を受けたいと思っていた。しかし長ずるにつれて、内村と同じように考えるようになっていった。私は「救われるのは内心の信仰によって神様イエス様に結ばれることによるのであって、人である牧師また人の集まりである教会でなされる洗礼という儀式に何の意味があるのか」と思っていた。もし天からの目に見えるしるしが必要というのなら、雨に打たれるので十分だと考えていた。そのような私だったので大学時代に受けた受洗準備会は、何と2年も続けて途中でストップしてしまい、とうとう学生時代に通っていた仙台広瀬河畔教会では受洗することはなかったのである。
 洗礼を、人が行う単なる儀式に過ぎないと受け取る人は多い。現在、全世界で大きな勢力を持つようになっているカリスマ派とかペンテコステ派とか、そのように呼ばれる教派は人がこの世の物質である水によって行う儀式に過ぎない洗礼ではなく、16節と17節に書かれているような不思議な奇跡が伴う洗礼─これを『聖霊のバプテスマ』と言う─こそが大事だと言う。それによってボーン・アゲインすること、すなわち新たに生まれ変わる体験が不可欠だと言うのである。日本では無教会からの根強い影響があって洗礼を軽んじる気風が生じ、そこから洗礼を受けていない人々にも聖餐を施す牧師や教会が多くなっているのではないかと私は感じている。
 そのような私たちに今日の御言葉は、イエス様が洗礼者ヨハネから洗礼を受けたと告げている。14節には、ヨハネはそれを思いとどまらせようとしたとある。私たちにとっても、洗礼を思い止どまらせることが沢山ある。さらに日本人の私たちには、ある特定の宗教や組織に加わるのを強くためらわせるものもある。しかしイエス様は言った。「今は止めないでほしい。正しいことをすべて行うのは、我々にふさわしいことです」と。思いとどまらせてしまうものが沢山あるが、しかし、洗礼という儀式によってこそ「正しいことがすべて行われるのだ。私たちにふさわしいことだ」とイエス様は言ったのである。人の行う単なる儀式ではあるけれども、そこには正しさ─「正しさ」とは「良いもの」という意味もあると思う─があり、ふさわしいものだとイエス様は言ったのである。そこには、私たちにとっての良いものが一杯に満ちているということではないだろうか。だとすれば、せっかく差し出されている良いものふさわしいものを拒むという選択はないと私は思うのである。もったいないと私は思うのである。

3.では、イエス様は洗礼者ヨハネの洗礼に、どのような正しさやふさわしさ、良いものを見いだしたのであろうか。
 3章1~12節の学びで教えられたことを振り返りたい。洗礼者ヨハネの宣教の第一声は「悔い改めよ。天の国は近づいた」だった。ヨハネはまず「天の国が近づいた」と語った。天の国とは、いわゆる天国のことではなく、神様の御業ということである。神様の御手が私たちの生活のただ中に差し出されているのである。では、どのような御業をなす御手なのか。突き詰めれば石ころからさえもアブラハムの子たちを創り出すことができるということである。ヨハネによれば、神様とは、私たちに「おまえたちは石ころであってもよい。土の器であってもよい」と言っているのだという。
 ファリサイ派とかサドカイ派と呼ばれる人々は、ユダヤ人としての血筋であったりエリートであったり祭司であったり律法の行いが忠実にできたりといった、多くのものを持ってた。私たちもそうであろう。2000年前に生きていた人々と比べれば、今の時代の私たちはどれほど多くのものを持っているであろうか。そのような私たちにとっては、時として神様の御業は斧のように、焼き尽くす火のように現れる。今の新型コロナウイルス禍もそうなのかもしれない。私たちから様々なものを奪ってしまって、私たちは石ころのようになる。しかし、そうなってはじめて、私たちはアブラハムの子、ひいては神様の子として、天の親である神様からの食べ物や財産を発見するのである。たとえて言えば、天の親である神様の養子とされて、しっかりと親子のきずなの中で生きられるようになるということである。もう生きるのに困ることはなくなるのである。これが「悔い改め」と訳された言葉のもともとの意味なのである。
 ヨハネは、洗礼という儀式をあたかも神様の養子とされたことの目に見えるしるしとして施した。それを、なくてはならないしるしとして施したからこそ、彼は「洗礼者ヨハネ」と呼ばれたのである。ユダヤ人にとっての洗礼とは、軽蔑するようなさげすむような儀式だったようである。なぜならそれは、もともとユダヤ人ではない異邦人が、つまりはユダヤ人から見れば石ころでしかないような人々が、やっとのことでユダヤ人として迎え入れられるための儀式だったからである。俺たちには何の関係もない、異邦人たちが受ける儀式だったのである。だから、さげすんでいたに違いないのである。しかし、洗礼者ヨハネはそれを大切なものとして再発見した。ヨハネは、それこそが私たちが天の親である神様の養子とされたしるしだと教えたのである。養子とされた者は名字が変わる。親の戸籍の中に子としてその名前が書き入れられる。財産分与を受けられる者になる。そうしたしるしが洗礼なのである。それまでユダヤ人によってさげすまれ見向きもされなかった儀式を、神様の子とされた客観的な目に見えるしるしだとしたのがヨハネによる洗礼だったのである。

4.イエス様が洗礼者ヨハネから洗礼を受けたということは、以上のようなことを「アーメン(まことにその通りだ)」と言って受け入れたということなのである。そうであればこそ、イエス様が受洗したとき「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」との声が天から聞こえたのであろう。神様もまた洗礼という儀式をイエス様だけではなくすべて洗礼を受ける私たちが、すべて神様の養子として、どんなことがあっても支えられ助けられる者となったしるしとして認めたのである。
 イエス様が洗礼者ヨハネの洗礼の中に何よりも見いだした正しいもの良いものとは、「あなたがたは石ころであってよいのだ。石ころでこそあれ」というものではなかったかと思うのである。「貧しき者は幸いなり」とのイエス様のメッセージに重なるものを感じる。洗礼において人は石ころのような者になってヨルダン川に一旦沈む。石は自分では決して浮かび上がることはできない。だからこそ、洗礼者ヨハネの手によって救い上げられるのである。その手は神様の手である。親がわが子を川の中から助けあげる手なのである。石ころのような者となってはじめて、その自分を助けあげてくれる天の親に出会あう。その絆の中に生きるようになる。
 洗礼に込められた正しさ良きものとは、突き詰めると私たちが自分によってではなく他者によって救われるというありかたなのではないかと思うのである。その他者とは、具体的には牧師という人として、また教会という人の集まりとして現れる。内村鑑三は「(バプテスマを受けし)精神によりて救われるのである」と言った。その「精神」とは要するに洗礼を受けるその人の精神を言っているのだが、それは突き詰めれば、その人自身によって救われるということになるのではなかろうか。総じて洗礼を単なる儀式として廃する人々─かつてのわたし自身もそうだった─の主張に見るのは、そのようなものなのである。クエーカーの人々にしても、ボーン・アゲインを主張する人々にしても、そこに強くあるのは、自分自身の内面の清さや信仰の強さや体験なのである。要は石ころとは正反対の何かなのである。洗礼を拒む人は、石ころとは正反対の者であろうとする。しかし、自分は石ころでしかなく川に沈む者でしかないと知った人は、洗礼を受けるのである。よるべない子として天の親に頼るのである。ヨハネが他のいかなる儀式でもなく、洗礼というしるしを選んだことを本当に幸いだと思う。だからこそイエス様もこれを受けたのではなかったか。それはユダヤ人からさげすまれている儀式だった。ヨハネさえもイエス様に思い止どまらせようとした儀式だった。代々の教会において軽んじられ続けてきたものだった。だからこそ神様は、それを選んだのではなかろうか。特別な者だけが受けられるものではなかった。特別に崇高なものなどではなかった。そこに正しさやふさわしさや良いものが一杯に満ちているなどとは到底思えないものだった。だから「これを、ふさわしいものとして受けなさい」とイエス様は言ったのである。イエス様は、思いとどまらせようとするものが沢山あるこの洗礼を受けなさいと言うのである。神様は、わざと私たちにとってどうでもよいと思われるもの、人の行う儀式に過ぎないではないかと軽んじられるものの中に、良いもの正しいものふさわしいものを与えようとするのである。思いとどまらせるものが多く妨げの多い洗礼ではあるが、それを愚かしくも受ける者は幸いなのである。

聖書:新共同訳聖書「マタイによる福音書 3章 13~17節」  聖書朗読
03:13そのとき、イエスが、ガリラヤからヨルダン川のヨハネのところへ来られた。彼から洗礼を受けるためである。 03:14ところが、ヨハネは、それを思いとどまらせようとして言った。「わたしこそ、あなたから洗礼を受けるべきなのに、あなたが、わたしのところへ来られたのですか。」 03:15しかし、イエスはお答えになった。「今は、止めないでほしい。正しいことをすべて行うのは、我々にふさわしいことです。」そこで、ヨハネはイエスの言われるとおりにした。 03:16イエスは洗礼を受けると、すぐ水の中から上がられた。そのとき、天がイエスに向かって開いた。イエスは、神の霊が鳩のように御自分の上に降って来るのを御覧になった。 03:17そのとき、「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」と言う声が、天から聞こえた。


2021/01/31 降誕節第6主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「サウルと息子ヨナタン」 1.サムエル(上)14章をすべて読んでいただきたいところだったが、時間の都合で三箇所を朗読していただいた。最初におおまかに14章の粗筋を紹介しておきたい。サウル王に率いられたイスラエル人は、ペリシテ人の大軍と対峙していた。13章5節には「ペリシテ人の兵士は海辺の砂のように多かった」とあった。それに対してサウル王のもとにあった軍勢は「およそ600人」と13章15節と14章2節に書かれている。
 兵の人数としては圧倒的に戦況不利な状況の中で、サウル王の息子ヨナタンはひそかにペリシテ軍を奇襲することを企てた。身近にいたひとりの従率と共に出発したヨナタンは、その企てに成功し、ペリシテ軍は大混乱に陥った。その様子を見たサウル王は、一気に攻撃を仕掛け、結果としてイスラエル軍は大勝利を収めたのである。ところが、勝利にもかかわらずイスラエル軍は飢えに苦しんでいたのである(24節)。その理由は、サウル王が「日の落ちる前、わたしが敵に報復する前に、食べ物を口にする者は呪われよ」との誓いを立てたからだった。そのためイスラエル軍の兵士たちは空腹を抱えて苦しんでいたのである。その一帯では、森に入りさえすれば蜜を食べることができたと25節にある。サウル王の誓いに従ったため誰もそれを食べることができなかった。ただ王の息子ヨナタンだけは、平気で蜜を食べた。父の命令が出る前に従卒と軍を離れため、その誓いを知らなかった。後で父からそのような命令が出ていると知った。
 飢えに苦しんだ兵士たちは、とうとう我慢することができずに戦利品に飛びかかり、血のついたままの動物の肉を食べてしまった。これを見たサウルは、その罪を贖うため祭壇を築いたと35節にある。そして一気にペリシテ人を責めようとしたが、祭司から神様にお伺いを立ててはどうかと言われ、それに従った。しかし神様からの答えはなかった。その原因をサウルは、兵士たちの誰かが誓いを破って食べ物を口にした罪にあると見いだした。それが誰かをくじ引きで探ろうとした。すると蜜を口にした者が息子のヨナタンだとわかった。サウルは息子に「お前は死なねばならない」と告げた。しかし兵士たちは「とんでもない・・・」と言ってサウル王を思い止どまらせた。そうしてイスラエル人は、圧倒的なペリシテ人の大軍を前にした危機を乗り越えてゆくことができたのである。

2.この物語は何を、私たちに語りかけているのであろうか。13章から15章の流れというのは、せっかくイスラエル人の最初の王として選ばれたサウルが、神様や預言者サムエルから王失格の烙印を押されてしまう経緯を描くものとして理解できると思う。次の15章では、その理由となった決定的な出来事が記されている。その流れから言うと14章でも、突き詰めれば王としてのサウルのふるまいが、ふさわしくないものとされていると言えるのだと思う。反対に息子ヨナタンのふるまいは、ほめられているのである。最後の45節で、ヨナタンをかばった兵士が「今日、神があの方と共にいてくださったからこそ、この働きができたのです」と言っている。ヨナタンゆえに危機の中に置かれていたイスラエル人が救われることとなった。サウル王によってではなかったのである。
 では、ヨナタンのどこがほめられるべきものであり、反対にサウルのどこがふさわしくなかったのか。ヨナタンの行動について言えば、そのほめられるべき点について、しばしば誤解されることが多かったのではないかと感じる。14章のタイトルには「ヨナタンの英雄的な行動」とある。従卒ひとりを連れ、敵の大軍をたった二人だけで奇襲したその勇敢さがたたえられていると解釈されてきた。また、そうした勇敢な行動の背後には、6節に記されているような堅固な信仰があると称賛されてきた。
 しかし私は、そのように受け取ることはできないのである。ヨナタンの行動は、見ようによっては、王である父の命令や、軍の規律に反する勝手で無謀な行動である。うまくいったから良いものの、ひょっとしたら大軍であるペリシテ人からの攻撃を呼び込んで、大変なことになっていたたかもしれない。6節に記されている言葉から、それはすばらしい信仰だと称賛されてはいるが、私にはそれは独りよがり、盲信としか言いようのないもののように思える。それからすれば、むしろサウル王の方が信仰深く見える。彼は、神様との間になした誓いに忠実であった。兵士が犯した罪を、祭壇を築いて贖おうとし、誓いを守らなかった者を捜しだし、それが息子と分かってもその責任を負わせようとした。そのサウルの姿こそ信仰者として望ましいものではなかったか。一体ヨナタンのどこがよしとされ、サウル王は責められたのか。
 6節のヨナタンの言葉の原文のニュアンスは、私たちの読んだ訳から受ける印象とはかなり違う。54年版の聖書には「主がわれわれのために何か行われるだろう」とある。新共同訳では「ちがいない」と、かなり強いニュアンスになっているが、原文はもっと不確かなニュアンスである。わたしの手もとにあるリュティの説教集によれば、彼が読んでいた聖書には「もしかしたら」という言葉が入っていたようである。だから、もともとのヨナタンの言葉は、神様が必ず自分たちの味方になってくださるとか、神様が必ずペリシテ人への勝利をくださるとか、そういうものではなかったのである。そもそもは「もしかしたら」なのである。そう捉えているゆえにヨナタンは、その後ペリシテ軍兵士の応答から御心のしるしを見ようとしたのである。彼は敵の兵士の言葉いかんで責めるか否かを決めようとした。もし盲信し攻撃や勝利を絶対のものと信じるなら、そのような占いめいたことはしないであろう。そのようないいかげんのどっちつかずの態度は取らないであろう。勝利は絶対だと固く信じて何があっても攻撃することを選んだはずである。しかしヨナタンはそのような態度を取らなかった。
 突き詰めると私は、文章から受ける印象とは正反対の、何かヨナタンの謙虚さのようなものを感ずるのである。自分たちの力の小ささを彼は感じていたのである。そして、敵の兵士の何でもない言葉から神様の御心のしるしを見ようとした。ヨナタンは、そこから神様からのサインを受け取ると己の力の小ささにとらわれずに、持てる小さな力の精一杯を傾けて突き進んだのである。「兵の数の多少は問題ではない」とは、そういう心境だと思う。それこそが、神様に従う者にふさわしい態度として、ほめられているのではなかろうか。

3.そのような息子ヨナタンと、サウル王のありさまが対照的だとしみじみ感じる。サウル王の態度は、一見すると信仰深いように見える。しかしヨナタンの行動は、一旦神様からのゴーサインを見いだすと、迷うことなく一直線であり、父の命令に反して蜜を食べたとわかっても決してそれを後悔していない。それに対してサウル王の態度は、祭壇を築いて礼拝を捧げようとしたかと思えばその直後には一斉攻撃をしかけようとしたり、はたまた祭司から神様にお伺いを立てたらと言われるとそうしたり・・・首尾一貫していないのである(36節以下)。何よりもサウル王は、食べ物を一切口にしてはならないと兵士に誓わせ、飢えに苦しませた。大軍を前にしてただでさえ辛い兵士に、それ以上の重荷を背負わせてしまったのである。
 サウルの行動の根本には、王として勝利者でありたいと願う気持ちがあった。先ほどのリュディも「サウルは、結局、勝利者として立ち、勝利者として振る舞った」と語っている。サムエルから王として選ばれた後で、人々がサウルに投げつけた言葉は、「こんな男に我々が救えるか(10章27節)」だった。そのようなサウルが歓呼して王として迎えられたのはアンモン人との戦いの大勝利の後である(11章15節)。だからペリシテ人との戦いにおいても、彼は勝利をぜがひでも手に入れなくてはならなかったのである。だから彼には、息子ヨナタンのような「もしかしたら」という謙虚さはなかった。「もしかしたら」ではなく「絶対に」ということがサウルの心を占めていた。絶対に神様は自分に勝利を与えてくださらなくてはならないし、絶対に勝利を手にしなければならないと考えていた。サウルの態度は敬虔なように感じるが、それは神様から勝利を手に入れるための勝手な態度だった。24節に「自分が敵に報復する前に」とあるのは、要はペリシテ人に対して「自分が勝利するまでは」ということである。何としてでも勝利を手にしたいがゆえに、そのためには神様に誓いを立てて神様との間にギブアンドテイクの関係を立てたのである。そして、兵士たちに「勝利を得るまでは食べ物を口にしてはならない」という「ねばならない」という重荷・義務を負わせてしまったのである。
 私たちの信仰生活また教会生活にも、しばしばこのような「ねばならない」が入りこんでくることがある。今、新型コロナウイルス禍の下で沢山の教会において、礼拝をどうするか聖餐式をどうするかで牧師と役員、また役員同士、信徒同士が対立してしまう状況が起きていると聞く。その根っこにあるのは、あることが、またある人が王様になって、様々な意味での勝利を手に入れようとして「こうあらねばならない」ということが科されてゆく状況ではなかろうか。一体神様自身が「食べ物を口にしてはならない」と命じたかというと、そうではなかったのである。それは王として勝利を欲しがったサウルが、勝手に神様の権威を借りて人々に科したものにすぎなかった。私たちは新型コロナウイルス禍の中で、様々な「敵」への勝利を願うが余り、そこから各自が勝手に考える「ねばならない」を打ち立ててしまうのではなかろうか。ある人は「絶対に礼拝を休んではならない」といい、またある人は「絶対に礼拝や礼拝堂を閉じなければならない」と言う。その「ねばならない」の横行が、私たちの信仰生活、また教会に煩いをもたらすのではないだろうか。

4.だからこそ、ヨナタンの姿に教えられる部分が多い。彼は、神様が自分たちのために何かを計らってくださるしるし、攻めるべきか否かのサインを、まるで馬鹿げたような敵兵の応答に見ようとした。そのように、生活の中に自然に現れてくる神様の導きのしるしが、私たちにもあるように思う。私もそのようなしるしに導かれて、自分自身の歩みや、仕えている教会にとっての大事なことを決めてきたと改めて感じた。前任の郡山教会で新しい会堂建築着工を決めたのは、資金がそもそも手元にはほとんどなかったので、閉園していた付属幼稚園を買ってくれる人が出てきたときと最初から決めていた。着任したこの教会でも、着任したばかりの私が改修工事計画に着手することを決めたのは、教会員のある方が1000万円を越える献金を約束してくださったことがきっかけだった。その後の様々な決定も右往左往、試行錯誤の連続だったが、その時々に現れる「しるし」のようなものに導かれて、うまく成し遂げることができてきたように思う。
 さらにヨナタンから教えられるのは、もし私たちが神様の導きに従って歩んでいるなら、結果として自然に現れてくるありさまというものがあるということである。イエス様は「ついた実からその木の正体を知れ」と言った。もし私たちがサウルのように、だれかの重荷や煩いとなるような「ねばならない」を科しているなら、それがたとえ信仰から出たふるまいであったとしても、ほめられたものではないということの現れなのである。しかしヨナタンはそうではなかった。「ねばならない」をサウルから科されて飢えに苦しんでいたイスラエル人に、森のどこにでもある蜜を食べてみせて目が輝くことを示した。もし私たちがそのような姿を示すことができるなら、それが神様の導きに従って生きている現れなのである。
 25節には「そのような蜜は、森に入りさえすればどこにでもある}と書かれている。ペリシテの大軍を前にしても、どこにでもこのような蜜はあったのである。この新型コロナウイルス禍にあっても、必ずやそのような蜜があるはずなのである。それを見いださせてくださるのが信仰ではなかろうか。重荷を負わせてしまう信仰ではなく、蜜を見いだし食べさせ目を輝かせることへと至らせる信仰でありたいと思います。

聖書:新共同訳聖書「サムエル記(上) 14章 6~46節」 14:06ヨナタンは自分の武器を持つ従卒に言った。「さあ、あの無割礼の者どもの先陣の方へ渡って行こう。主が我々二人のために計らってくださるにちがいない。主が勝利を得られるために、兵の数の多少は問題ではない。」 14:07従卒は答えた。「あなたの思いどおりになさってください。行きましょう。わたしはあなたと一心同体です。」 14:08ヨナタンは言った。「よし、ではあの者どものところへ渡って行って、我々の姿を見せよう。 14:09そのとき、彼らが、『お前たちのところへ着くまでじっとしていろ』と言うなら、そこに立ち止まり、登って行くのはよそう。 14:10もし、『登って来い』と言えば、登って行くことにしよう。それは、主が彼らを我々の手に渡してくださるしるしだ。」 14:11こうして、二人はペリシテ軍の先陣に姿を見せた。ペリシテ人は言った。「あそこにヘブライ人がいるぞ。身を隠していた穴から出て来たのだ。」 14:12先陣の兵士たちは、ヨナタンと従卒に向かって呼ばわった。「登って来い。思い知らせてやろう。」ヨナタンは従卒に言った。「わたしに続いて登って来い。主が彼らをイスラエルの手に渡してくださるのだ。」 14:13ヨナタンは両手両足でよじ登り、従卒も後に続いた。ペリシテ人たちはヨナタンの前に倒れた。彼に続く従卒がとどめを刺した。 14:14こうしてヨナタンと従卒がまず討ち取った者の数はおよそ二十人で、しかも、それは一軛の牛が一日で耕す畑の半分ほどの場所で行われた。 14:15このため、恐怖が陣営でも野でも兵士全体に広がり、先陣も遊撃隊も恐怖に襲われた。地は揺れ動き、恐怖はその極に達した。 14:16ベニヤミンのギブアにいるサウルの見張りは、人の群れが動揺し、右往左往しているのに気づいた。 14:17サウルは彼のもとにいる兵に命じた。「我々の中から出て行ったのは誰か、点呼して調べよ。」調べると、ヨナタンと従卒とが欠けていた。 14:18サウルはアヒヤに命じた。「神の箱を運んで来なさい。」神の箱は当時、イスラエルの人々のもとにあった。 14:19サウルが祭司に話しているうちにも、ペリシテ軍の陣営の動揺はますます大きくなっていった。サウルは祭司に、「もうよい」と言い、 14:20彼と彼の指揮下の兵士全員は一団となって戦場に出て行った。そこでは、剣を持った敵が同士討ちをし、大混乱に陥っていた。 14:21それまでペリシテ側につき、彼らと共に上って来て陣営に加わっていたヘブライ人も転じて、サウルやヨナタンについているイスラエル軍に加わった。 14:22また、エフライムの山地に身を隠していたイスラエルの兵士も皆、ペリシテ軍が逃げ始めたと聞くと、戦いに加わり、ペリシテ軍を追った。 14:23こうして主はこの日、イスラエルを救われた。戦場はベト・アベンの向こうに移った。 14:24この日、イスラエルの兵士は飢えに苦しんでいた。サウルが、「日の落ちる前、わたしが敵に報復する前に、食べ物を口にする者は呪われよ」と言って、兵に誓わせていたので、だれも食べ物を口にすることができなかった。 14:25この地方一帯では、森に入りさえすれば、地面に蜜があった。 14:26兵士が森に入ると蜜が滴っていたが、それに手をつけ、口に運ぼうとする者は一人もなかった。兵士は誓いを恐れていた。 14:27だが、ヨナタンは彼の父が兵士に誓わせたことを聞いていなかったので、手に持った杖の先端を伸ばして蜂の巣の蜜に浸し、それを手につけ口に入れた。すると、彼の目は輝いた。 14:28兵士の一人がそれを見て言った。「父上は厳しい誓いを兵士に課して、『今日、食べ物を口にする者は呪われよ』と言われました。それで兵士は疲れています。」 14:29ヨナタンは言った。「わたしの父はこの地に煩いをもたらされた。見るがいい。この蜜をほんの少し味わっただけでわたしの目は輝いている。 14:30今日兵士が、敵から取った戦利品を自由に食べていたなら、ペリシテ軍の損害は更に大きかっただろうに。」 14:31この日イスラエル軍は、ペリシテ軍をミクマスからアヤロンに至るまで追撃したので、兵士は非常に疲れていた。 14:32兵士は戦利品に飛びかかり、羊、牛、子牛を捕らえて地面で屠り、血を含んだまま食べた。 14:33サウルに、「兵士は今、血を含んだまま食べて、主に罪を犯しています」と告げる者があったので、彼は言った。「お前たちは裏切った。今日中に大きな石を、わたしのもとに転がして来なさい。」 14:34サウルは言い足した。「兵士の間に散って行き、彼らに伝えよ。『おのおの自分の子牛でも小羊でもわたしのもとに引いて来て、ここで屠って食べよ。血を含んだまま食べて主に罪を犯してはならない。』」兵士は皆、その夜、おのおの自分の子牛を引いて来て、そこで屠ることになった。 14:35こうして、サウルは主の祭壇を築いた。これは彼が主のために築いた最初の祭壇である。 14:36さて、サウルは言った。「夜の間もペリシテ軍を追って下り、明け方まで彼らから奪い取ろう。一人も、生き残らせるな。」彼らは答えた。「あなたの目に良いと映ることは何でもなさってください。」だが、祭司が「神の御前に出ましょう」と勧めたので、 14:37サウルは神に託宣を求めた。「ペリシテ軍を追って下るべきでしょうか。彼らをイスラエルの手に渡してくださるでしょうか。」しかし、この日、神はサウルに答えられなかった。 14:38サウルは言った。「兵士の長は皆、ここに近寄れ。今日、この罪は何によって引き起こされたのか、調べてはっきりさせよ。 14:39イスラエルを救われる主は生きておられる。この罪を引き起こした者は、たとえわたしの息子ヨナタンであろうとも、死ななければならない。」兵士はだれも答えようとしなかった。 14:40サウルはイスラエルの全軍に言った。「お前たちはそちらにいなさい。わたしと息子ヨナタンとはこちらにいよう。」民はサウルに答えた。「あなたの目に良いと映ることをなさってください。」 14:41サウルはイスラエルの神、主に願った。「くじによってお示しください。」くじはヨナタンとサウルに当たり、兵士は免れた。 14:42サウルは言った。「わたしなのか、息子ヨナタンなのか、くじをひきなさい。」くじはヨナタンに当たった。 14:43サウルはヨナタンに言った。「何をしたのか、言いなさい。」ヨナタンは言った。「確かに、手に持った杖の先で蜜を少しばかり味わいました。わたしは死なねばなりません。」 14:44「ヨナタン、お前は死なねばならない。そうでなければ、神が幾重にもわたしを罰してくださるように。」 14:45兵士はサウルに言った。「イスラエルにこの大勝利をもたらしたヨナタンが死ぬべきだというのですか。とんでもありません。今日、神があの方と共にいてくださったからこそ、この働きができたのです。神は生きておられます。あの方の髪の毛一本も決して地に落としてはなりません。」こうして兵士はヨナタンを救い、彼は死を免れた。 14:46サウルはペリシテ軍をそれ以上追わず、引き揚げた。ペリシテ軍も自分たちの所へ戻って行った。


2021/01/24 降誕節第5主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「洗礼者ヨハネの登場」  (要旨掲載 準備中)

聖書:新共同訳聖書「マタイによる福音書 3章 1~12節」  聖書朗読
03:01そのころ、洗礼者ヨハネが現れて、ユダヤの荒れ野で宣べ伝え、 03:02「悔い改めよ。天の国は近づいた」と言った。 03:03これは預言者イザヤによってこう言われている人である。「荒れ野で叫ぶ者の声がする。『主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ。』」 03:04ヨハネは、らくだの毛衣を着、腰に革の帯を締め、いなごと野蜜を食べ物としていた。 03:05そこで、エルサレムとユダヤ全土から、また、ヨルダン川沿いの地方一帯から、人々がヨハネのもとに来て、 03:06罪を告白し、ヨルダン川で彼から洗礼を受けた。 03:07ヨハネは、ファリサイ派やサドカイ派の人々が大勢、洗礼を受けに来たのを見て、こう言った。「蝮の子らよ、差し迫った神の怒りを免れると、だれが教えたのか。 03:08悔い改めにふさわしい実を結べ。 03:09『我々の父はアブラハムだ』などと思ってもみるな。言っておくが、神はこんな石からでも、アブラハムの子たちを造り出すことがおできになる。 03:10斧は既に木の根元に置かれている。良い実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ込まれる。 03:11わたしは、悔い改めに導くために、あなたたちに水で洗礼を授けているが、わたしの後から来る方は、わたしよりも優れておられる。わたしは、その履物をお脱がせする値打ちもない。その方は、聖霊と火であなたたちに洗礼をお授けになる。 03:12そして、手に箕を持って、脱穀場を隅々まできれいにし、麦を集めて倉に入れ、殻を消えることのない火で焼き払われる。」


2021/01/17 降誕節第4主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「アイネア、タビタ、起きなさい」 1.9章31節までには、次のようなことが書かれていた。ステファノの殉教をきっかけにして、エルサレム教会に対して迫害が起こった。そして、ギリシャ語を話すグループの人々がエルサレムから出て行かざるを得なくなってしまった。その迫害の旗振り役をしていたのがパウロだったのである。しかしそれがかえって契機となって、キリスト教は狭いエルサレムの枠を抜け出て、広い範囲にその福音がまかれてゆくこととなったのである。伝道者のフィリポは、はるかエチオピアから来た役人に洗礼を授けた。またパウロは、迫害者の旗振り役であればこそ、誰よりも迫害対象だった福音の真髄を知る伝道者として用いられていったのである。こうして生まれたばかりの教会は、自分たちではどうしようもない困難に直面したからこそ、自らの思惑や計画をはるかに超えて発展していったのである。それは9章31節の「こうして教会は、・・・発展し、信者の数が増えていった」という御言葉に表れている。
 このような流れは、9章32節以降にも脈々と流れているのを読み取ることができるのではなかろうか。12章までは、主にペトロの伝道活動の様子が記されてゆく。ペトロは、エルサレムの北西30キロほどにある町リダに住んでいたアイネアと出会い、彼をいやした。アイネアは8年間も中風で苦しみ床についていた。また、リダからさらに20キロほど北西に行った地中海沿いの町ヤッファに、タビタという女性がいた。彼女の名はギリシャ語では「かもしか」という意味のドルカスである。その彼女が病気で死んでしまったが、ペトロは彼女を生き返らせた。その結果として、35節の最後には「リダとシャロンに・・・主に立ち帰った」とあり、42節には「多くの人が主を信じ」ることになったとある。ペトロが直面したアイネアの8年間にも及ぶ中風の苦しみ、そしてタピタの死は、人々にとってどうしようもできない困難だった。特にタビタは、たくさんの善い行いや施しをしていた女性だった。彼女の突然の死は、ヤッファの信者たちにとって、どれほどのショックを与えたであろうか。多くの人々が信仰を失うような事態になっていたかもしれない。しかしペトロはその困難に向き合った。ペトロは「イエス・キリストがいやしてくださるから、起きなさい」と語りかけた。すると不思議なことが起った。その結果として、かえって多くの人が神様を信じることとなったのである。
 それまでと同じように、リダやヤッファの信徒たちは、自分たちではどうしようもできない困難や試練に出会った。しかしそのことが逆に彼らにとって益となり、やはり31節最後に書かれているような結果を生じさせていったのである。まさに災い転じて福となす出来事が起きていったのである。人間にとってどうしようもできない災いがなければ、福が生じることもなかったのである。

2.そのことは、新型コロナウイルス禍の中に置かれている私たちに、慰めと励ましが与えられるように思う。まず私が感じさせられたのは、当時の人々が長い間の(8年間)中風の苦しみや突然の病気による死に直面していたのだということである。昔の人々にとってはごく当たり前に、自分たちではどうしようもできない苦難や悲しみに出会っていた。私は、これが実は現在の私たちの根源的なありさまではないかと感じさせられたのである。
 私たちは現在、もう1年近く新型コロナウイルス禍による苦難に直面している。都会では、入院すべき病状にもかかわらず入院できずに死亡する人が出てきていると報じられている。そのような状況に、私たちは恐れおののいている。家族や近親者に新型コロナウイルスに感染した方がいる方々の不安や恐れは、いかばかりだろうかと想像する。私たちは「そんなことは、医療が発達した現代ではありえないことだ」と思っていた。御言葉に描かれていたような、8年間も中風で床についたとか病のために突然に死んでしまったとか、そういうようなことは、現在の私たちにはあり得ないことだと思っているのである。
 しかし、この御言葉が書かれた2000年前の昔と何ら変わりのない状況が、現在でも起きているのです。現在私たちが置かれている未知の感染症の蔓延の前では、根源的には2000年前も今も何ら変わってはいないのではないかと、医療が実は何も変わってはいなのではないかと、実は現代医療とは私たちの状況をカモフラージュし、かりそめに覆っているだけではないかと感じるのである。そのような現在の医療がなすすべがなくなってしまったならば、すぐさま2000年前と変わらない状況が現れてくるのである。要は、私たち人間も他の生き物と何ら変わらず、また2000年前の人々と同様、人間ではどうしようもない病に苦しみ死んでしまう存在なのではないのかということである。私たちは、そのような私たちの根源的な事実を見て見ぬふりをしてきたのである。しかし新型コロナウイルス感染症の蔓延は、私たちが目を背けてきた私たちの根源的なありさまに直面させてくれている。それが2000年間と変わらない私たちの姿なのだと示される。決して今が特別ではないし、決して今が特別に悲惨なのではないのである。それが私たちの普通の姿なのである。そのように受け取ることができよう。
 苦しみや病や死をあり得ないものとして考えるのと、それがあってあたりまえのものと受け取るのとでは、その前に置かれた私たちの態度は、全く違うものとなる。新型コロナウイルスに苦しみ、死んでしまう状況は、本当に辛いものである。しかしそれは2000年前から何ら変わることのない私たちの姿なのである。土の器たる私たちの真実のあり様なのである。新型コロナウイルス禍は、私たちがすっかり忘れてしまっていた真実の姿を見せてくれている。そのようなことから、まず私たちの苦しみと死を避けることのできない当たり前のものとして受け止めたいと思うのである。

3.しかし、御言葉が告げてくれる励ましと慰めはそれで終わりではない。苦しんで当たり前、死んで当たり前という慰めではない。御言葉が告げているのは、そのように苦しみ病み、そして死んでしまう私たちを、イエス様はいやし起こしてくださるということである。苦しみ病み死んでそれで終わりではないということである。そこにイエス様神様による不思議な御業が現れるようになる。私たちにはどうしようもできない苦しみや病は、そこに神様の奇跡を盛る器となるのである。土の器の中に神様からの宝が納められる。災い転じて福となされる。災いがあって福がある。私たちの手でどうにかなる苦難であるならば、そこには神様による奇跡は現れることはないのである。
 では、一体どのように私たちにもこの聖書箇所の御言葉に書かれているようなことが起きるのか。もし文字通りにここに書かれているようなことが起きるのなら、新型コロナウイルスに感染することなど何ら恐れる必要はなくなるであろ。世界中の人々が競ってイエス様を信じ洗礼を受けるであろう。おそらくは、文字通り同じことは起きないだろうと私は思う。しかし何らかの意味で、私たちがいやされ、起き上がるということが起きるのではないだろうか。
 ペトロはアイネアに「イエス・キリストがいやしてくださる。起きなさい」と言った。ペトロはタビにも「起きなさい」と言った。その「起きる」という言葉は、原文のギリシャ語では「アニーテーミ」という言葉である。それは、アナ(上に向かって、上からという意味や、再び、もう一度という意味もある)という言葉とヒステーミ(立つという意味)という言葉が合わさってできた。実は、この言葉は、新約聖書ではとても重要な言葉で、何よりもイエス様の復活を表現するのに用いられる言葉なのである。だから、イエス・キリストが、いやし起こしてくださるとは、他でもなく十字架の上で殺されたイエス様、即ち人間の力によってはいかんともしがたい苦しみと悲嘆にあわれたイエス様が、ただ上よりの神様からの力によって復活させられたように、人間ではどうしようもできない苦しみと死に支配された私たちが、神様からの上よりの力と命によって、もう一度起き上がらせていただくことを意味しているのである。
 私たちをいやし起こして下さるイエス様の力は、十字架にかけられ復活したイエス様のものである。十字架にかかることなどなく、苦しみを知らず、死を味わわなかった者の力ではない。イエス様自身、自分ではどうしようもできない苦難のただ中に置かれた。だから、そのようなイエス様によっていやされ起こしていただくということも、私たち各々に与えられた十字架を背負い苦しむことの中でこそ現れるものではなかろうか。だとすればその力は、私たちから新型コロナウイルスをなくし、死をなくするという形で現れるものではないであろう。むしろ8年間も中風で苦しみ病のために死んでしまうということは起きるであろう。しかしそれで終わりではなく、もう一度起き上がるということが起きてくるのである。
 それが私たちのところに、どのように起きるかということは、私たちにはわからない。苦しみ死んでしまう私たちとは、自分自身では光ることも何の力も持たない乾電池のようなものかもしれない。しかしそれが十字架の死から復活したイエス様という器の中に入れられると、イエス様が苦しみ死んだ私たちから何かを引きだして明かりを灯したり何かを動かしたり力を生み出すことができるようにしてくださるのである。苦しみ死んだ私たちは、十字架から復活したイエス様と結び付くことによって、新たな働きができる者とされる。私は、創世記2章7節の御言葉をしばしば引用する。神様は土の塵から私たちを取って、そこに神様が命の息を吹き入れて私たちを生きる者としたのである。神様にとっては、私たちが土の塵であることは何の妨げにならない。むしろ命の息を吹き入れて私たちを生きる者となすためには、土の器であることこそが大事だったのであろう。イエス様を通して土の器とならざるを得ない私たちに、神様からの命が吹き入れられた。それは必ずや私たちを起こして下さるのである。

4.最後に、心を寄せたい言葉がある。それはペトロのアイネアへの語りかけの最後の「自分で床を整えなさい」という言葉である。原文のギリシャ語では「自分で」という意味がとても強調された言い回しがされている。なぜペトロは、わざわざそのようなことを語ったのであろうか。自分で床を整えるということがイエス様によって起こしていただくこととどのようにかかわっているのであろうか。明確にはその意図をつかむことはできないが、8年もの間中風による苦しみのいいなりになってきたアイネアはイエス様神様によって起こしていただいて、自分なりの人生というものを形作られるようになったのではなかろうか。その現れが、本当に些細でささやかな形だが、自分で日々の寝所を整えるということではなかろうか。それは「自分のために食事の用意をする」とも訳せると注解書にはあった。さらには、ペトロのために食事の用意をするとも解釈できるのだそうである。それまでずっと中風の意のままにされてきた人が、イエス様によっていやしていただき、その人生を自分なりに形作ってゆくあり様は、自分やだれかのために寝床を作り食事を用意することなのである。それが、神様イエス様によって新たに再び立ち上がらせていただいた者の生き方なのである。今、新型コロナウイルス禍の中で、多くの人が自死していると聞く。仕事や住まいを失い希望を無くすということ以上に辛いのは、生きることが新型コロナウイルスや経済苦によって支配されてしまうとことではないかと思う。しかし聖書の御言葉は、そのような中でも私たちが人生を自分なりのものとして形作ってゆけるのだと励まして下さる。それは寝床を整えるという小さなことなのである。

聖書:新共同訳聖書「使徒言行録 9章 32~43節」 09:32ペトロは方々を巡り歩き、リダに住んでいる聖なる者たちのところへも下って行った。 09:33そしてそこで、中風で八年前から床についていたアイネアという人に会った。 09:34ペトロが、「アイネア、イエス・キリストがいやしてくださる。起きなさい。自分で床を整えなさい」と言うと、アイネアはすぐ起き上がった。 09:35リダとシャロンに住む人は皆アイネアを見て、主に立ち帰った。 09:36ヤッファにタビタ――訳して言えばドルカス、すなわち「かもしか」――と呼ばれる婦人の弟子がいた。彼女はたくさんの善い行いや施しをしていた。 09:37ところが、そのころ病気になって死んだので、人々は遺体を清めて階上の部屋に安置した。 09:38リダはヤッファに近かったので、弟子たちはペトロがリダにいると聞いて、二人の人を送り、「急いでわたしたちのところへ来てください」と頼んだ。 09:39ペトロはそこをたって、その二人と一緒に出かけた。人々はペトロが到着すると、階上の部屋に案内した。やもめたちは皆そばに寄って来て、泣きながら、ドルカスが一緒にいたときに作ってくれた数々の下着や上着を見せた。 09:40ペトロが皆を外に出し、ひざまずいて祈り、遺体に向かって、「タビタ、起きなさい」と言うと、彼女は目を開き、ペトロを見て起き上がった。 09:41ペトロは彼女に手を貸して立たせた。そして、聖なる者たちとやもめたちを呼び、生き返ったタビタを見せた。 09:42このことはヤッファ中に知れ渡り、多くの人が主を信じた。 09:43ペトロはしばらくの間、ヤッファで革なめし職人のシモンという人の家に滞在した。


2021/01/10 降誕節第3主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「ヘロデ王を逃れて」 1.ヨセフは、生まれたばかりのイエス様とその母マリアを連れてヘロデ王の追跡を逃れてエジプトへ避難した。ヘロデ王の死を知って彼らがイスラエルへ帰ってきたところヘロデの息子アルケラオがユダヤを治めていたので、それを恐れて夢のお告げに従ってガリラヤのナザレに移り住んだ。この出来事はよく聖誕劇に用いられるストーリーである。しかし、今日与えられた聖書箇所の出来事は、4つの福音書のうちでマタイだけが記している。マタイによる福音書は、著者マタイがユダヤ人にイエス様が救い主キリストであると宣べ伝えようとして書いたものである。だからマタイには、このヨセフ一家の避難について記すにあたって、ある意図が特別にあったに違いない。
 この聖書箇所について新約聖書学者のバークレーは、「ユダヤ人にとってエジプトというところは非常にネガティブなイメージのあるところであり、そのような場所にイエス様が避難したことが攻撃の的になっていた」と解説している。また有名な神学者のオリゲネスは、マタイによる福音書が書かれてから200年後、ケルススが3世紀にキリスト教を糾弾して以下のようなことを言ったと書いているそうである。「イエスは私生児として育ち、エジプトで雇い人として働き、ある種の魔術を学んで本国に帰り、この魔術を使って自分が神だと宣言した」と。他にも、いつのことかはわからないが、ラビ(ユダヤ教における宗教的指導者)のエリエゼル・ベン・ヒルカヌスは、「イエスは呪文を忘れないように、身体にいれずみをほりこんでいた」と非難したとのことである。イエス様について、そのようなことが長い間まことしやかに語られていたことがわかる。おそらく、このマタイによる福音書が書かれた当時から、既にそのようなことがユダヤ人の間で喧伝されていたのではなかろうか。だからマタイは、それに何とかして反論したいと考えてイエス様が聖霊によって宿ったことやヨセフ一家のエジプト避難などを記したと考えられるのである。

2.もうひとつ、マタイはこの御言葉を記すことを通してユダヤ人に対して特にアピールしようとした点があったのではないかと想像する。マタイは、ヨセフがイエス様とマリアを連れてエジプトへ避難したことが、何よりも当時のヘロデ王の迫害を逃れるためのものだったと記している。ヘロデという王は、その時代のユダヤ人にどのような人物として見られていたのであろうか。ヘロデ王は、40年近くもかけてヘロデ神殿と呼ばれるようなものを再建した人であった。また、ローマ帝国の権威を後ろ盾にして多くの人々を殺した残虐な人でもあった。注解書によれば、ヘロデ王は長くイスラエル人と敵対してきたエドムの出身であり、王になると間もなく最高法院のメンバーたちと議会関係の役人300人、また自分の妻とその母、さらには3人の息子たちをも殺したとされている。そのようなヘロデ王を当時のユダヤ人たちがどう見ていたかは想像に難くない。
 したがって、ヘロデ王が少しでも自分の権威を危うくするかもしれない不思議な子どもの誕生を恐れてその子を殺そうとしたというのは十分にあり得たことである。だから、ヨセフがイエス様を連れてエジプトに行ったのは、そのようなヘロデの追跡を逃れるためだったのである。決して魔術を習得するためではなかったのである。そして何よりも大事なのは、ヘロデ王に対して何の力も持たなかった一介の家族が、その追跡を逃れて生き延びることができたということである。それは、主の天使が夢に現れて導いてくれた故なのであった。最高法院の議員たちや関係者、またヘロデの家族さえもがヘロデの魔の手から逃れることができなかったのに、この一家は逃れることができたのである。「それこそが、イエス様が特別な存在である証拠ではないか」とのマタイのアピールが聞こえるようである。

3.さてこの箇所を読んで私が何よりも心引かれたのは、ヨセフがマリアとイエス様を連れてエジプトに逃げたことも、またイスラエルに戻りその後ガリラヤのナザレに住むことも皆、主の天使がヨセフの夢に現れて導いた結果だったという点である。13節には、主の天使からのヨセフへの言葉として「エジプトに逃げ」とあります。また22節には「ガリラヤ地方に引きこもり」ともある。「逃げる」や「引きこもる」という言葉は、なんともネガティブな印象を与える言葉ではないか。当時のユダヤ人にとってエジプトに行くということは、本当にネガティブなことだった。引きこもるという言葉は、まさに今の私たちにとっては、とても身につまされる否定的な言葉である。しかしヨセフにこうしたネガティブな印象を抱かせるような歩みが教え指示されたのは、他でもなく主の天使からだったのである。一家の長であったヨセフが考えたものではなかったのである。それが、ヘロデの追跡を逃れ、救い主であるイエス様が守られ、成長してゆくためには不可欠な歩みだった。それは勿論「聖家族」と呼ばれるような特別な一家に起きたことではあるのだが、私たちにもまた何らかの励ましや慰めとなることではないかと感じるのである。ヨセフと結婚したとはいえ、まだ夫婦としての生活をしていなかったマリアが突如身ごもったことは、ヨセフにとっては恐れであり縁を切ってしまいたいと思うようなことだったのである。しかし主の天使はヨセフに、それが聖霊によるものであり「恐れずマリアを妻として迎え入れよ」と告げた。そのことが私たちにとってのクリスマスの意義なのだと教えられた。私たちにも、各々が恐れ縁を切ってしまいたいと思うようなことが起きる。しかし、クリスマスの物語は私たちに、それこそが聖霊による御業であるのだから恐れず迎え入れよと語っているのである。
 私たちにも、ただそこから逃げるしかないし、また引きこもって対処するしかないような対象がある。「なぜ逃げるのか、立ち向かえ、戦え、勝利せよ、引きこもってなどいてはいけない」と、あるいは「もっと勇猛果敢になれ」との声が聞こえてくるようである。イエス様のエジプト避難はそのように非難されたであろう。「神様に特別に選ばれた救い主なら、逃げることや引きこもることなどはせずに、悪しきヘロデ王に対し真っ向から戦い勝利することができて当然ではないか」と言われたであろう。
 先週の礼拝ではサムエル記(上)13章8~15節を学んだ。サウルは、王として勝利者であろうとした。しかしヨセフら聖家族はヘロデに対して勝利者となることなどできなかったのである。逃亡するしかない、引きこもるしかない敗北者であった。ネガティブな道しか選択し得ない家族であった。しかしそれが主の天使が示した聖なる歩みだったのである。それが聖なる家族の歩みであり、救い主としてのイエス様を守り育んだのである。

4.そうだとすれば、私たちも時には引きこもる者であってもよいのだと示されるのである。東京都と首都圏の3県に、再び緊急事態宣言が出された。そのエリアに隣接するこの茨城県にも、県知事から不要不急の移動の自粛要請が出された。急遽執事がそのことへの対応を協議し、11月末からの時と同様に朝の礼拝は基本的に牧師と執事を中心にすることとし、夕拝も祈祷会も休会ということになった。今の状況は昨年春に全国を対象に緊急事態宣言が出された時よりも、はるかに深刻な状況なのは明らかであろう。私たちの対応も、避難し引きこもるかのようなネガティブな姿であると映るかもしれない。しかし、これもまた主の天使が示す導きなのではないだろうか。
 主の天使の導きに従ってそのような道を歩んだヨセフの心中を察する。恐れずマリアを妻として迎え入れ、生まれた子とともに一家での幸福な生活を望んだヨセフであったであろう。ところが、この一家に与えられたのは、生き延びるためにエジプトへと逃れ、またイスラエルに帰ってきてからもナザレの町に引きこもることだったのである。ヨセフはこの姿を最後に、この福音書から姿を消す。夫として、また父としてどれほど無念であったことか、心残りであったことかと思う。父になってしたことと言えば、そのほとんどが逃げることであり引きこもることだったのである。そのようにして、その人生を終え、聖書の舞台から姿を消していった。しかしそれが主の天使が示したことだったのである。夫としてまた父として家族を守り、与えられたイエス様を守ることだったのである。
 とても意義深い何かが語りかけられるのではなかろうか。夫としてまた父として期待される役割とは、逃げることや引きこもることとは正反対のものであろう。大いに稼ぎ、家や財産を築き、妻や子どもたちに沢山の物を残してやることである。要はサウルのように勝利者であることだと思う。しかしそのことが、実はどれほど家族を危険にあわせているか。何度も紹介した「こもりびと」という実話に基づいたNHKのドラマでは、成功者だった父が敗北者だった息子を引きこもらせてしまっていた。父親は、敗北という事態を決して容赦しない家庭作っていた。父として時には逃げ敗北することも必要だったのに、それを受け入れることはできなかった。だから子は引きこもったのである。それが、自分を守り生きのびてゆくためには不可欠だったのである。逃げることや引きこもることが、そういう聖なる目的をもって私たちに示されることがある。大きな敵から私たちを守り、生き延びてゆくために不可欠なものとして、主の天使からの導きとして与えられることがある。新型コロナウイルス禍によって私たちの多くが引きこもることを是とされていることは、何かとても深い意味があるように感じさせられてならない。

5.最後に改めて考えさせられたのは、なぜヘロデ王はここまでイエス様をなきものにしようとしたかということである。2章2節に、東の国からきた3人の学者たちがヘロデに「ユダヤ人の王としてお生まれになった方はどこにおられますか」と尋ねたとある。そこで当時ユダヤ人の王であったヘロデは、イエス様を捜し出して殺そうとした。そこには、ヘロデという世俗の王とイエス様という別の意味の王との根源的な対立があった。世俗の王は自分とは正反対のイエス様という王を滅ぼさないわけにはいかないのである。イエス様のような王様が人間の王となっては困るからである。
 人々がイエス様を十字架につけたとき、その罪状書きには「ユダヤ人の王」と書かれていた。イスラエルの人々は、イエス様に文字通りの王様になってほしかった。サウルのような勝利者としての王様になってほしかったのである。しかしイエス様はそれを拒んだ。拒んだゆえに人々から科された十字架の死こそが、イエス様にとっての王の姿だったのである。十字架の上のイエス様の姿は、どこかエジプトへと逃げ、またナザレに引きこもるという敗北者の姿にもどこか共通するものを感じる。なぜ十字架という敗北者の姿が王の姿なのか。それは、ただこの世の様々な敵と戦って勝利することのできない私たちに、逃げ、引きこもり、十字架につけられるという敗北の中にも聖なる道があり私たちを守り育む砦がある、城があるのだと身をもって教え諭して下さるからである。十字架という敗北において私たちにとっての城を築いてくださる王様なのである。世の王様は勝利において城を築くが、イエス様という王様は敗北において私たちのための城を築くのである。誕生の時からイエス様はそのようにしてこの世の王様と対峙し、エジプトに逃げナザレに引きこもり、十字架の上で敗北することにおいて、私たちの救い主・王様となってくださったのである。

聖書:新共同訳聖書「マタイによる福音書 2章 13~23節」 02:13占星術の学者たちが帰って行くと、主の天使が夢でヨセフに現れて言った。「起きて、子供とその母親を連れて、エジプトに逃げ、わたしが告げるまで、そこにとどまっていなさい。ヘロデが、この子を探し出して殺そうとしている。」 02:14ヨセフは起きて、夜のうちに幼子とその母を連れてエジプトへ去り、 02:15ヘロデが死ぬまでそこにいた。それは、「わたしは、エジプトからわたしの子を呼び出した」と、主が預言者を通して言われていたことが実現するためであった。 02:16さて、ヘロデは占星術の学者たちにだまされたと知って、大いに怒った。そして、人を送り、学者たちに確かめておいた時期に基づいて、ベツレヘムとその周辺一帯にいた二歳以下の男の子を、一人残らず殺させた。 02:17こうして、預言者エレミヤを通して言われていたことが実現した。 02:18「ラマで声が聞こえた。激しく嘆き悲しむ声だ。ラケルは子供たちのことで泣き、慰めてもらおうともしない、子供たちがもういないから。」 02:19ヘロデが死ぬと、主の天使がエジプトにいるヨセフに夢で現れて、 02:20言った。「起きて、子供とその母親を連れ、イスラエルの地に行きなさい。この子の命をねらっていた者どもは、死んでしまった。」 02:21そこで、ヨセフは起きて、幼子とその母を連れて、イスラエルの地へ帰って来た。 02:22しかし、アルケラオが父ヘロデの跡を継いでユダヤを支配していると聞き、そこに行くことを恐れた。ところが、夢でお告げがあったので、ガリラヤ地方に引きこもり、 02:23ナザレという町に行って住んだ。「彼はナザレの人と呼ばれる」と、預言者たちを通して言われていたことが実現するためであった。


2021/01/03 降誕節第2主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「あなたは何をしたのか」 1.イスラエルの人々は、33万人の大軍を擁してアンモン人との戦いに大勝利を収めた。そのことからイスラエルの人々は、サウルを王様としてはじめて認め、勝利を大いに喜び祝ったと11章の最後にあった。ところがサムエルは、この大勝利を喜ぶサウル王とイスラエル人に対して、まるで冷や水を浴びせかけるような厳しい言葉を遺言のように語ったのである。
 さて晴れて王となったサウルだったが、彼が王となってわずか2年で大きな試練に襲われた。11章にはアンモン人との戦いが書かれていた。この13章には、ペリシテ人と戦うことになったことが書かれている。5節には、その数は戦車3万、騎兵が6千であり、兵士は海辺の砂のようであったとある。対するイスラエル軍がどれほどであったかは正確にはわからない。2節には「3000人をえりすぐった」とある。王であるサウルのもとに、今度は全部でどれほどの兵士が集まったのか何も書かれていない。なぜアンモン人との戦いでは33万人も集まったのに、ペリシテ人との戦いではえりすぐりの兵士がわずか3000人だったのか。その理由として考えられるのは19節以下、ペリシテ人はイスラエル人が剣や槍を作ることを決して許さなかったとある。つまりイスラエル人は、武器の強度の点で圧倒的にペリシテ人に劣っていたのである。だからこそ最初から劣勢であるとわかっていた戦いにイスラエル人は馳せ参じることがなかったのではないだろうか。
 こうして王になってわずか2年ばかりで、サウルは窮地に立たされてしまった。8節によれば、サウルはサムエルが命じたように七日間待ったけれどもサムエルが来ず、また兵が自分のもとから散り始めたので、神様に献げ物をささげたという。ちょうどその時にサムエルがやってきた。「あなたは何をしたのか」とサムエルはサウルに言った。ニュアンスとしては「あなたは何ということをしてしまったのか」という感じであろう。13節はじめには「あなたは愚かなことをした」ともある。こうして王になってたった2年ばかりで、サウルは王として失格という烙印を押されてしまったのである。15章には、決定的にサウルが王を退けられてゆくことが記されている。まだ少年だったダビデが次の王となるべく選ばれ、それを知ったサウルは深く心を病んでしまい、失意の最後を遂げてゆくのである。サウルは決して自ら進んで王様になったわけではなかった(9章)。むしろ無理やりサムエルに王にさせられたようなものである。父のろばを飼いながら一生を送ったほうが良かったかもしれない。そのサウルは、一体どのようなな理由で王を退けられねばならなかったのか。

2.それについては、昔から様々なことが言われてきた。すぐに思いつくのは8節にあるように、七日間サムエルを待ったのに彼がギルガルに来なかったので、本来は宗教者が行うべき儀式を王であるサウル自身がやってしまったということである。サムエルを待つべきであったし、儀式はサムエルに任せるべきであったということである。
 しかしこれについては、「サムエルの方が七日間待つようにという命令を守らなかったから仕方がなかったではないか」「それを責めるならむしろ約束を守らなかったサムエルの方が悪い」という人もいる。そもそもサムエルが「七日間待て」との約束をいつ命じたのかが定かではない。注解書では10章8節をあげる人もいる。それはサウルが王として選び立てられた直後の言葉であり、少なくとも2年も前のことである。参照付きの聖書には、13章8節のリファレンス箇所として10章8節はあげられてはいな。いつ命じられたのかもわからない命令を待てというのもおかしな話である。またその儀式とは戦勝祈願の祈りなのだが、それはどうしても祭司でなければできないというものだったのだろうか。王といえども信仰者であったサウルが行ったとしても、決して間違いではなかったのではなかろうか。ダビデ王もソロモン王も、祭司的な儀式や祈りを捧げることがあったではないか。
 むしろ私は、サウルのしたことはこの世の王様としては当然のことであり、賢明なことでもあるとさえ思う。いつ来るともわからない宗教的指導者を待つ間に、どんどん兵士の心は不安を募らせ、兵士たちはそれに耐えられずに戦線を離脱していった。時間が経てばたつほど士気が下がり、また食料などの蓄えも少なくなっていったであろう。そうであるならば、王としては、自分が戦勝祈願をささげて兵士の士気を高め鼓舞してやるべきではなかろうかと考えたのではなかろうか。サウルのしたことは決して愚かでも何でもなく、むしろ王様としては賢い措置ではなかったかと思うのである。

3.しかしサムエルは、「何ということをしたのか、あなたは愚かなことをしたのだ」と厳しく断じたのである。その根底にあることとしては、11章最後でサウルが人々から王様として認められたきっかけがアンモン人に対する大勝利にあったという点ではないかと思うのである。サウルのしたことの愚かさとは、それは王様としては当たり前であり、むしろ賢明なことにみえるが、突き詰めれば勝利を得ようとしたということにある。王様であるならば、人々や自分自身が求める勝利を手に入れようとするのは当然であろう。しかしサムエルからすれば、それは愚かなことだったのである。神様の目にはふさわしくないと映ったのである。
 サムエルが、繰り返し王を立てることに対して厳しく警告してきたのを思い起こす。王を立てることによって、あなたがたがその王の奴隷となり自分たちが立てた王のために泣き叫ぶことになると彼は言った。それはなぜかと言えば、王というものはどうしても勝利を求めようとするからである。勝利以外のものに価値を見いだせなくなるからである。常に勝利することのみに自らの存立基盤を置くようになる。しかし、私たちの人生は勝利を得ることでは終わらない。イスラエル人がペリシテ人に対して剣や槍を持たなかったように、私たちも迫り来る老いや、そこでの様々な喪失や、そして最後にやってくる死という敵に対して、有効な武器は何も持ってはいないのである。新型コロナウイルスに対してもしかりである。それなのに、私たちは自らの人生に対して王であろうとするのである。その結果として、王であろうとする人生の奴隷になり、ゆえに泣き叫ぶことになるのである。
 過日、いのちの電話の講演会に招かれたあるカウンセラーは、その書の中で現代の私たちを支配している人生哲学が「わたしの人生はわたしのもの」という考え方だと言っていた。そしてそれが諸悪の根源だと言い切っていた。なぜなら私の人生は、自分のものではないからである。私たちは遅かれ早かれ、自分の人生の王様ではありえないときに直面する。その時に私たちがどこまでも王様であろうとすると、私たちは泣き叫ぶことになる。サウルのしたことの愚かさの根源にあるのは、そういうことだと思う。王として賢くふるまおうとすればするほど、私たちは愚かにならざるを得ないのである。

4.こうして、どこまでも勝利者であろうとしたサウルが見たものは、とても象徴的だとしみじみ感じる。11節、彼は「兵士がわたしから離れてゆくのが目に見えている」と言った。勝利をひたすら求めた彼がそれゆえにまず目にしたものは、兵士が自分から離れて行くという光景だった。「老いの人生は引き算だ」とよく言われる。私は本当にそれを我がこととして感じる。老いの中では、「兵士がわたしから離れて去ってゆく」ように頼りにするものがどんどんと引かれ離れてゆく引き算ばかりが見える。それしか目に入らない。それが、私たちが王として勝利を求めるがゆえの結果ではなかろうか。
 だからこそ、大事なことは何かと言えば、勝利を求めないということなのである。王となろうとせず敗北をも受け入れるということが大事なのである。敗北をも受け入れてゆくとき、兵士が離れ失われてゆくことの中にも、それだけではないものが見えてくる。15節に、サウルのもとに残っていたのが600人だったとあった。それをサウルはわずか600人しか残っていないと見たが、逆になおも600人も残っていてくれたかと見ることもできるのである。勝利ではなく敗北をも受容するなら、去ってしまったものを数えるのではなく、残っている者を、或いは新たに加えられている何かを発見できるのである。もう勝ち目など到底ないのに、なおも残ってくれている600人もの人がいた。息子ヨナタンをはじめとして、ただサウルのそばになおもともにいたいと思う人々がいたのである。そのような人々がいてくれたと、はじめてわかる。新たに発見する。それが、引き算の中でこそ新たに加えられるものの発見なのである。
 確かに新型コロナウイルスによって、多くの「兵士」が、つまりそれまで王であろうとした私たちにとっての勝利を得る武器としての存在が離れ失われていった。仕事や家を失ってしまった人々も多くあった。そのために自ら命を絶つ人々も多く出ている。そのような時代に、この御言葉は本当に福音を語ってくれていると私は思うのである。兵士が離れ去ってゆく中でこそ新たに加えられるものがあると発見できるのである。例えばある人は、そういう中で誰かに助けられ支えられる生き方を見いだした。はじめて生活保護を受け、またフードバンクや様々な団体の助けも見いだした。それまでは自分が王様だった。人様の情けにすがるなどとは到底考えられなかった。しかし「兵士が離れて散って」いってはじめて、人に助けられ支えられる生き方もあるということを見いだすのである。30日の午後にラジオを聞いておりましたところ、ある人が新型コロナウイルス禍というのは日本にとっては太平洋戦争以降はじめて襲ってきた最大の災難だと言っておられた。それを聞いてなるほどと思った。新型コロナウイルス禍が突き付けているのは、太平洋戦争が終わって以来ずっと平和で成長と勝利を手に入れてきた私たちが直面するはじめての敗北なのである。そしてそれは、私たちに敗北の中でどう生きるかを問うているのだと思う。それでもなお私たちは、これまでと同様の勝利を求め続けるとすれば、それは愚かであり泣き叫ぶしかなくなるのである。しかし敗北を受け入れるならば、そこでこそ新たに見いだす何かを発見するのである。

5.最後に触れておきたいのは、サウルがもうひとつ見たものについてである。それは12節後半に書かれている。それは「あなたが約束の日に来てくださらない」ということである。ここで改めて思ったのは、果たしてサムエルは約束通りに来なかったのかということである。実は来ていたのではないか、そして意地悪のようだけれども陰に隠れて、サウルがペリシテの大軍の前にどうするかをじっと見守っていたのではなかったか。約束通りに来ずに、戦勝祈願の儀式をしてくれず、その結果として願い求めた勝利も得られないとすれば、実はそこにこそ神様の御心がある。そういうありさまにおいて、神様が既に来て下さっているということがある。
 マルタとマリアの兄弟だったラザロが危篤だと聞いても、イエス様はすぐにはかけつけなかった。そのためにラザロは、死んで墓に葬られてしまった。その出来事(ヨハネによる福音書11章)を思い起す。文字の通りではイエス様は来なかったが、しかし来ないことを通して実はイエス様は来て下さっていた。そこに神様の御業が現れているのである。サウルの愚かさとは、王としての勝利を求めることだけを考えて、サムエルが来ないということに、ただ「来ない」というネガティブなものしか見ることができなかったということである。私たちもそうなのである。ただ私たちの求め願う勝利をほしがるだけならば、「あなたは約束の日に来てくださらない」と言うしかなくなる。「来てくださらない」「勝利を与えて下さらない」ということにこそ、神様の到来がある。ラザロは死んで敗北してはじめて、「ラザロよ、出て来なさい」というイエス様の声に素直に応じることのできる不思議なものが自分にあると気づいた。私たちも同じなのである。

聖書:新共同訳聖書「サムエル記上 13章 8~15節」 13:08サウルは、サムエルが命じたように、七日間待った。だが、サムエルはギルガルに来なかった。兵はサウルのもとから散り始めた。 13:09サウルは、「焼き尽くす献げ物と和解の献げ物を持って来なさい」と命じて、焼き尽くす献げ物をささげた。 13:10焼き尽くす献げ物をささげ終えたそのとき、サムエルが到着した。サウルは彼に挨拶しようと迎えに出た。 13:11サムエルは言った。「あなたは何をしたのか。」サウルは答えた。「兵士がわたしから離れて散って行くのが目に見えているのに、あなたは約束の日に来てくださらない。しかも、ペリシテ軍はミクマスに集結しているのです。 13:12ペリシテ軍がギルガルのわたしに向かって攻め下ろうとしている。それなのに、わたしはまだ主に嘆願していないと思ったので、わたしはあえて焼き尽くす献げ物をささげました。」 13:13サムエルはサウルに言った。「あなたは愚かなことをした。あなたの神、主がお与えになった戒めを守っていれば、主はあなたの王権をイスラエルの上にいつまでも確かなものとしてくださっただろうに。 13:14しかし、今となっては、あなたの王権は続かない。主は御心に適う人を求めて、その人を御自分の民の指導者として立てられる。主がお命じになったことをあなたが守らなかったからだ。」13:15サムエルは立ち上がり、ギルガルからベニヤミンのギブアに上って行った。サウルは、自分のもとにいた兵士を数えた。およそ六百人であった。


2020/12/27 降誕節第1主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「福音を述べ伝えるサウロ」 1.先日12月6日の礼拝では、先頭に立ってクリスチャンを迫害していたパウロ(サウロとはそのアラム語・ヘブル語風の呼び方)がダマスコという町へ行く途中、天からの光の中でイエス様と出会い、その後アナニアから洗礼を授けられたという出来事が記された聖書箇所(使徒言行録9章1~15節)が与えられた。
 今日の聖書の御言葉は、その後の出来事が書かれた箇所である。洗礼を受けたパウロは、すぐにダマスコで「イエス様こそが神の子である」と語りはじめた。それを聞いたクリスチャンたちは「あの男はエルサレムでその名を呼び求める者たち(クリスチャン)を滅ぼしていた者ではないか」と言って非常に驚いたとある。それからしばらく経ってパウロは、エルサレム教会を訪れてイエス様の弟子の仲間に加わろうとしたが、誰もがパウロを弟子だと信じることができなかったと記されている。しかしパウロはバルナバのとりなしによって受け入れられることとなった。ユダヤ人たちは、そのようなパウロを執拗に殺そうとしたということも書かれており、パウロが夜の闇に紛れて脱出したとか、タルソスへと逃げ出したとか、そのようなことも書かれている。
 31節には、誕生して間もないそれまでの教会の様子が、「こうして、教会は・・・平和を保ち、主をおそれ、聖霊の慰めを受け、基礎が固まって発展し、信者の数が増えていった」とまとめられている。「平和」という言葉が最初にある。しかし決して平和などとは到底言えなかったのである。直近の出来事だけでも、エルサレム教会の中でアラム語を話す人々とギリシャ語を話すグループの対立があり、それをきっかけにしてギリシャ語を話すグループの指導者だったステファノが殉教の死を遂げ、ついにはその人々はエルサレムを追放されてしまった。その先頭に立ってクリスチャンを迫害していたパウロが、驚くような回心を遂げても、人々はなかなかこれを受け入れることはできなかった。またそのようなパウロが加わったからこそ、なおのこと、余計にキリスト教はユダヤ人との対立を深めてゆくことにもなったのである。それは「平和」とはまるで正反対の歩みではなかったか。しかしだからこそ、そこには神様をおそれるということが生まれ、聖霊によって慰められるということが起きていったのである。それが、教会の基礎を固め発展させ、信者を増やすことになっていったのである。

2.私が何よりも心を動かされたのは、人々が回心したパウロを恐れて受け入れることができなかったという点である。迫害者だった彼を回心させ、伝道者へと変えたのは神様であり、イエス様だったが、人々はそのような神様の御業を簡単には受け入れることができなかった。別の言い方をするなら、そのような人を私たちがいともたやすく簡単に受け入れられるようなら、それは神様イエス様のなさることではないのである。マリアが突如として身ごもったということは、ヨセフには容易に迎え入れられることではなかった(クリスマス礼拝「マタイによる福音書 1章 18~25節」)。聖霊による御業とは、そういうものなのである。ヨセフにとっては、それは縁を切ってしまいたいと思うようなことだった。伝道者になったパウロを人々は「あれは、クリスチャンを滅ぼしていた男」としか見なかった。縁を切ってしまいたい男だった。神様イエス様は、そういう存在や出来事を用いられるのである。私たちを滅ぼすような男やそのような出来事こそが逆に教会のために、また私たちを育むために用いられるのである。
 なぜ「滅ぼしていた男」だったパウロが用いられたかを改めて考えてみたい。そもそも、なにゆえに彼がクリスチャンやキリスト教を、ひいてはイエス様を滅ぼそうとしていたのであろうか。パウロの伝道の言葉が「この人(イエス様)こそ神の子です」とひとことでまとめられている(20節)。要は「神の子」という点にからんだ故のものだったと思う。ポイントは、どのようにして人は神様の子どもにしていただけるのか、神様のファミリーに迎え入れられてその良き財産をいただけるのかということだと思う。熱心なユダヤ教徒でありファリサイ人であったパウロは、ユダヤ人という血筋に生まれ割礼を受け律法を忠実に守ることによって、人は神の子どもとしていただけると堅く信じていた。ところがイエス様は、自分はただひとりの特別な神の子であり、言わば神様のファミリーの特別な長男のような存在であり、その私につながり私を信じていれば、ただそれだけで神様のファミリーに迎えてもらえるのだと人々に教えた。それは、パウロとパウロの先祖が長く信じてきた教えを反故にするものだったのである。パウロは「どうして神の子どもにしていただくことがそんなにたやすいのか、余りにも虫がいいではないか」と思ったに違いない。だからパウロは、この教えとイエス様に猛烈に反抗した。滅ぼさねばと思ったのである。
 滅ぼそうとすることは、それほどに敵対するということは、実は敵対する相手の本質をしっかり見抜いているということでもある。パウロが敵対したその教えこそが実はイエス様が語ったことの根幹だとパウロは見抜いていたのである。だからこそパウロは、それがユダヤ教徒としての自分たちの信仰に真っ向から反するものであると気づき、滅ぼさねばと思ったのである。敵だからこそ気づくものがある。パウロという敵を神様イエス様は味方へと転向させた。その敵が誰よりも神様の教えた福音の根幹を知っていたからである。そして神様は、ただイエス様を信じイエス様をよすがとして私たちは神の子どもとしていただけるという福音を、血筋の上でも割礼を受けることにおいても律法の行いにおいても、それらのできない異邦人、すなわちギリシャやローマの人々に宣べ伝えるためには、パウロが最適な人物だとわかっていたのである。

3.パウロがダマスコ途上の出来事において、どのように「この方こそ神の子」との福音を悟ったかということは何も書かれていない。それは想像するしかない。27節にバルナバの言葉として、「サウロが旅の途中で主に出会い、主に語りかけられ」とある。パウロがイエス様から語りかけられた内容こそ「わたしがあなたを神の子とする」というものだったのではなかろうか。
 神の子とされるのにそのときのパウロほどふさわしくない者はなかったはずである。パウロとは、イエス様に、ひいてはそのイエス様を神様の特別な子どもとなさった神様に逆らっていた人物であった。パウロは、神の子どもとされるためには、血筋とか割礼とか律法の行いとか、すべて人間の側の様々な条件具備を不可欠だと信じてきた。そのようなことをものともせずにイエス様は、彼に出会い彼に語りかけ、そのことにおいて供として下さった。何よりも「そんな私を神の子としてくださるのか」とパウロは感じたのである。この福音、ひいてはこの福音を語ったイエス様を、パウロは必死になって滅ぼそうとしてきた。そしてユダヤ教の指導者たちがイエス様を十字架につけて殺したのも同じ理由からだった。しかし、イエス様は十字架の死から復活をとげ、人々がどんなに滅ぼそうとしてもそれをものともせずに当の滅ぼそうとしている相手に現れ、声をかけた。「お前を神の子どもとする」と。イエス様の前では、ユダヤ人であるとか割礼を受けるとか律法の行いをするとかいうことは、もはや何の資格にも条件にもならない。ただイエス様と出会い呼びかけられ、結び付けられるだけで十分なのである。そうパウロは悟ったのではなかろうか。

4.そのように「滅ぼす者」が味方になるということに、教会にとって、ひいては私たちひとり一人の生涯にとって、敵であるものが味方やなくてはならない存在となるという神様の御業の奥義を思う。新型コロナウイルス禍は、私たちから集まって礼拝をささげるということを奪い滅ぼそうとしている。しかし、私たちはそのことがあったからこそ、益々礼拝をささげるということを大切なものとして知るようになったのではなかろうか。滅ぼそうとされるものは、実はそれが最も大事なものだからなのである。しかし滅ぼすことはできないのである。パウロがイエス様を滅ぼすこと福音を滅ぼすことができなかったように、新型コロナウイルスさえも、私たちが礼拝をささげることを滅ぼすことはできない。そうして、滅ぼすものが逆に用いられてゆくのである。きっと周囲の人々は、私たちクリスチャンがこれほどの難儀があっても礼拝を守ろうとした姿に心引かれるようになるのではなかろうか。滅ぼすものの存在が、逆に31節にあるように教会の基礎を固め益々発展させてゆくことになるではないだろうか。文字通りには「信者の数は増える」ということはないかもしれない。しかし量的な数ではなく質的な数は増える。礼拝をささげることにおいて教会を立てようとする人々はきっと増やされるに違いないのである。
 それは、教会のことを離れて私たち各々の生涯においてもあてはまることである。滅ぼすような出来事こそが、実は神様によって用いられるのである。私たちをしっかりと成長させ堅く立たせてゆくことになるのである。

5.さて、伝道者となったパウロがそれゆえにユダヤ人から執拗に殺されそうになったことが繰り返し書かれている。ユダヤ人にとっては、かつては先頭に立ってクリスチャンを迫害していた仲間が、今やそのキリスト教を伝道する者になっていることが、がまんのならないことだったであろう。それもまた、パウロの語った福音が、最も大事なところをついていたからなのである。ユダヤ人の信じていたことの核心と真っ向からぶつかるものであることがわかるからだったのである。
 そのユダヤ人からの迫害はやがて、その後50年も経すると、ローマ帝国全体から迫害を受けるようになってゆくのである。それはやはり、キリスト教の福音がローマ帝国にとって大事で根幹にかかわるものと対立するからだったのである。帝国においては、皇帝が神でありまた神の子なのである。そして人が神の子どもとされるのは皇帝に従うことによってである。しかし福音は、それに真っ向から反するのである。私たちは、ただイエス様を信じることによって神様の子どもとされる。ファミリーの一員とされて、祝福をいただける。それは帝国にとっては危険な福音であった。福音が福音である限りは、それはこの世にとっては危険なのである。そのようにしてパウロは執拗に命を狙われ、何度も何度も、命からがら逃亡した。しかし、そうしたことがあるがゆえ「教会はユダヤ、ガリラヤ、サマリアの全地方で平和を保ち、主を畏れ、聖霊の慰めを受け、基礎が固まって発展し、信者の数が増えていった(31節)」のである。私たちが神様イエス様から授かった福音、そしてそれを宣べ伝える教会とは根源的に、そうした危険性を持ただれているものなのだと改めて思う。しかしそれを失ってはいけないとも思う。また、そこにこそ教会が神様から与えられている可能性があるのだとしみじみ感じる。
 バルナバは、パウロを仲間として受け入れることができなかったエルサレム教会の人々に「パウロが旅の途中で主に出会い、主に語りかけられた」と、とりなした。ただただ主なる神様イエス様のなされたことを語った。それによって教会は、パウロを仲間として受容できた。そこにはやはり福音があったのである。迫害者をも神様の子どもにして下さる主イエスがおられるという福音がある。その福音が語られることによってパウロは受け入れられ、また様々な困難も受け入れられていった。福音が語られ信じられてゆくことにおいては、どうしても難儀は避けられないが、しかしだからこそ教会によって平和が保たれ基礎が固められ、発展してゆくのである。

聖書:新共同訳聖書「使徒言行録 9章 19b~31節」 09:19bサウロは数日の間、ダマスコの弟子たちと一緒にいて、 09:20すぐあちこちの会堂で、「この人こそ神の子である」と、イエスのことを宣べ伝えた。 09:21これを聞いた人々は皆、非常に驚いて言った。「あれは、エルサレムでこの名を呼び求める者たちを滅ぼしていた男ではないか。また、ここへやって来たのも、彼らを縛り上げ、祭司長たちのところへ連行するためではなかったか。」 09:22しかし、サウロはますます力を得て、イエスがメシアであることを論証し、ダマスコに住んでいるユダヤ人をうろたえさせた。 09:23かなりの日数がたって、ユダヤ人はサウロを殺そうとたくらんだが、 09:24この陰謀はサウロの知るところとなった。しかし、ユダヤ人は彼を殺そうと、昼も夜も町の門で見張っていた。 09:25そこで、サウロの弟子たちは、夜の間に彼を連れ出し、籠に乗せて町の城壁づたいにつり降ろした。 09:26サウロはエルサレムに着き、弟子の仲間に加わろうとしたが、皆は彼を弟子だとは信じないで恐れた。 09:27しかしバルナバは、サウロを連れて使徒たちのところへ案内し、サウロが旅の途中で主に出会い、主に語りかけられ、ダマスコでイエスの名によって大胆に宣教した次第を説明した。 09:28それで、サウロはエルサレムで使徒たちと自由に行き来し、主の名によって恐れずに教えるようになった。 09:29また、ギリシア語を話すユダヤ人と語り、議論もしたが、彼らはサウロを殺そうとねらっていた。 09:30それを知った兄弟たちは、サウロを連れてカイサリアに下り、そこからタルソスへ出発させた。 09:31こうして、教会はユダヤ、ガリラヤ、サマリアの全地方で平和を保ち、主を畏れ、聖霊の慰めを受け、基礎が固まって発展し、信者の数が増えていった。


2020/12/20 待降節第4(クリスマス)主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「その名はインマヌエル」 1.今年のクリスマスは、本当に特別なクリスマスとなってしまった。先週の礼拝が終わった後、ある人から、遠く離れた地で施設に入居しているその人の母親が新型コロナウイルスに感染して入院したと聞かされた。その人の母親は86歳で、持病を持っており医師からは厳しい予後を告げられているということだったが、幸い現在は快方に向っているという。皆さんの家族にも、そのような人がいるかもしれないと思う。全世界で160万を越える人々が新型コロナウイルスによってなくなっていると報じられている。大切な人をろくに見取りもできずに失ってしまった沢山の人々にとって、今年のクリスマスは一体どのような意味を持つものとして迎えることができるのであろうか。新型コロナウイルス禍の中にいる私たちにとって、イエス様をキリスト救い主としてお迎えするとはどういうことなのであろうか。そのことを、このマタイによる福音書の御言葉から精一杯聞いてゆけたらと願う。
 さて、マタイが記すイエス様誕生の出来事の何よりものポイントは、それが決してヨセフにとって喜ばしいものではなく、むしろそれとは正反対のものだったという点にあるのではないかと感じる。それは、4つの福音書の中でイエス様の誕生の次第を記しているもうひとつの福音書であるルカによる福音書においても同じである。ルカは、それをマリアの側に立って記している。しかしマタイは、専らヨセフの側から記している。「マリアはヨセフと婚約していたが、二人が一緒になる前に聖霊によって身ごもっていることが明らかになった。夫ヨセフは正しい人であったので、マリアのことを表ざたにするのを望まず、密かに縁を切ろうと決心した」と18節後半から19節にある。
 注解書によれば、ユダヤにおいては婚約も正式な結婚とのことである。しかしヨセフとマリアは、まだ夫婦として一緒には生活せず、夫婦としての交わりもなかったのである。その期間を1年過ごして、いよいよ正式に夫婦一緒の生活がはじまっていった。ところがそうなる前に、なぜかマリアが突如として身ごもったというのである。いったい何が起きたのか。私たちにはわからない。とにかくそれは、ヨセフには到底受け入れられないことだった。もしも表ざたになれば婚約とはいえども、正式な結婚とみなされていたのだから、姦淫を犯したものとしてマリアは最悪の場合には石打ちの刑に処せられるという状況であった。そのようなことからヨセフは、密かに縁を切るしかないと思うところまで追い込まれていた。23節にイザヤ書7章14節の御言葉が引用されているが、「おとめがみごもる」ということはそういうことなのである。決して幼稚園での聖誕劇が描くようなおめでたいことが起きたのではなかった。スキャンダラスであり、決してヨセフにもまた周囲の人々にも受け入れられ得ないことが起きたのである。

2.なぜ神様は、救い主イエス様の誕生という出来事を盛る「器」として、わざわざこのような機会を選んだのであろうか。なぜ神様は、結婚し一緒に生活しはじめるごく普通の夫婦を「器」として用いなかったのであろうか。なぜ神様は、わざわざ表ざたにできず密かに離縁しなければならないような状況を用いられたのであろうか。それは、そこにこそ神様の御心があったからなのである。それは、このような「器」こそが救い主の誕生にふさわしい機会だということなのである。
 ヨセフがマリアとの縁を切ろうとしたその理由について、19節に特に「夫ヨセフは正しい人であったので」と書かれている。文字通りの意味は、律法を忠実に守るという意味である。しかし私は、この「正しい」という言葉に様々な意味を感じ取る。私たちにとっても、正しさには様々な正しさがあると思う。新型コロナウイルス禍によって、多くの人が人生の最後を看取られもせず孤独で終えざるを得ない状況に対して、私たちは正しくないものを感じる。人々は、ひとりひとり懸命に生きてきた。私たちは、人生の最後ぐらいは、まじめに生きてきたことにふさわしい正しい報いと言ってよいものが与えられてよいと思う。ヨセフは、なぜ自分のような正しい者に、また正しいマリアとの関係の中に、そのような理不尽な出来事が起きるのかと怒ったことであろう。新型コロナウイルス禍とは、私たちにとってそういうことである。私たちは何も悪いことをしていないし、とくべつに乱れた生活をしていたわけではない。それなのになぜ新型コロナウイルス禍は私たちに襲いかかり死へと追いやるのか。それは理不尽ではないか。それは正しくないではないか。正しい報いとは言い難いことが起きている。
 ところが神様は、そのように私たちには正しいとは思えないような「器」を救い主イエス様の誕生の機会として用いたのである。その御心は、私たちが正しくないと言って縁を切ろうとする出来事を、ヨセフのように迎え入れさせるためなのである。それを聖なる出来事として受け入れさせるためなのである。イエス様は、ヨセフが正しくないと思って縁を切ろうとした関係の中から誕生した。神様はこの出来事を聖霊によるものとした。だから、私たちがこのイエス様を信じ信仰においてあたかもイエス様を私たちの中に宿らせることにおいて、私たちもまたこのイエス様によって縁を切ろうとするものを迎え入れるようにさせていただけるのである。それを聖霊によることとして受け入れられるようにさせていただくのである。
 イエス様の救い主としての誕生は、決して私たちに正しくないことがおきないようにすることではないのである。そのような類いの救いではない。縁を切ってしまいたい、排除してしまいたいと思うことが起きないことを意味してはおらず、むしろそれは起こるのであろう。イエス様が、よりにもよってこのような器において誕生したのだから、私たちにもそういうことは起こるのである。しかし、この起きたことを、イエス様の誕生によって聖なることとして私たちが迎え入れられるようになるのである。私たちが切り捨てたいと思ったことに、かえって聖なることがあるのだと気づくのである。ヨセフがマリアを妻として迎え入れたように、私たちも恐れるしかない出来事を迎え入れられるようになることが、クリスマスの意義だと思うのである。

3.ヨセフの正しさということで、もうひとつ考えさせられることがある。前回は1章1節から17節までを読んだ。そこに数えてみると6回にわたって繰り返されている言葉があることに、今回改めて気づかされた。それは「もうける」という言葉である。言葉としては6回しか使われてはいないが、ここにあげられているすべての誕生と血筋の連続について、要はこの「もうける」ということが含まれている。「もうける」の主語は男性たちである。男性たちは、様々な願いや思いをもって子をもうけようといする。そして妻もそれを受け入れる。私たちに生まれる子とは、すべからくそのように夫婦が「もうけた」結果であろう。私たちがこうして子を「もうける」ことに、私たちが求め願う「正しさ」というものが込められているように思う。生まれるであろう子は、そうなってほしいと願いつつ親は子をもうけるのである。そのような報いを親に与えてほしいと願うのである。そこには私たちの考える正しさ望ましさがある。それが正しく望ましい幸いだと考えるのである。
 それだけではなく私たちは、子に限らず様々なものをもうける。生み出すのである。そこにもまた私たち人間の願いがある。連綿と続く人間の求め願うことの積み重ねがある。今回改めて思うのは、そこにどれだけ人間にとっての「正しさ」の連鎖と蓄積があるかということである。そしてそれが私たちに何をもたらしているのかを思わせられる。それが果たして今日の社会に幸いをもたらしているのであろうか。
 このところの礼拝で何度か紹介している『こもりびと』というドラマをまた思い起す。父は息子をもうけ、息子の受験や就職での勝利という「正しさ」を手に入れてくれることを願った。しかし息子は、父の求め願うものをかなえることはできず、息子は引きこもるしかなくなってしまった。求めた正しさを得られないことは、父にとっても息子にとっても縁を切ってしまいたいような状況である。自ら命を絶つか或いはその現実から目を背けて引きこもるしかないありさまである。これが、私たち人間が幾世代にもわたって求め願い『もうけて』きた正しさの積み重ねの帰結だと感じるのである。
 21節に「この子は自分の民を罪から救う」とある。私たちの罪とは、そういうことだとしみじみ思う。それは文字通りに悪いことをするということではない。むしろその反対に、これまで積み重ねてきた望ましい正しさにしたがって、子をはじめとして伴侶も家族もその他様々なものをもうけようとする営みなのである。私たちにとってはそれが正しい営みなのであろうが、しかし実はそれが罪というべきものではなかろうか。私たちの社会や家庭を『こもりびと』というドラマが描いたようなありさまに陥らせてしまうものではなかろうか。

4.だから私たちは、この罪から救われねばならないと思うのである。私たちが求め願いもうけようとする営みの連鎖がどこかで断絶させられ、そこに人間がもうけるのとは違う、神様によって聖霊によって宿る何かが生まれなければならないのである。それはおそらく、私たちにとっては縁を切ってしまいたいような出来事として現れるのである。しかしそれを聖なる出来事として迎え入れてゆけるようにならねばならない。それがクリスマスの意義なのである。
 ヨセフにそれをなさしめたのは、主の天使が夢に現れて「恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿った」と告げたことであった。私たちにとってクリスマスとは、ヨセフが夢の中で天使に出会って神様の言葉を告げられるようなことではなかろうか。夢で見たことは決して現実ではないが、その内容はどこかで私たちを長く励まし支えるということがある。私自身もそのような夢を何度か見てきた。クリスマスもそのようなものではなかろうか。それは私たちの目の前に現実として起きることではない。夢で見るような出来事である。しかしそこで告げられたことは私たちを励まし、私たちをして縁を切るしかないような出来事を恐れるしかないような出来事を、聖なる出来事として迎え入れられるようにして下さる。
 そのようにしてヨセフは、妊娠したマリアや誕生した子を受け入れていったのである。もしも縁を切られたならば、マリアは行き場を失い下手をすれば石で殺され、お腹の中の子まで死んでゆくしかなかったのである。それがヨセフの正しさであり、また私たちが積み重ね求めてきた正しく望ましいものの結果なのである。しかしその悲惨さが乗り越えられていった。聖家族と呼ばれる家庭ができていった。だからといって、この家庭にとんでもなく良いことが起きていったわけではなかったのである。2章13節以下には、この家族がヘロデ王の迫害を逃れてエジプトへと避難せざるを得なかったことが書かれている。そして30年ほど後には、生まれたその子は十字架につけられて殺されてしまうことになる。しかしたとえそうであっても、この一組の男女に突如として降りかかった出来事を彼らが受け入れ、ヨセフがマリアを妻として迎え入れることができたということは決定的に大きいのである。それは奇跡なのである。人間によっては決してもうけることのできないことなのである。それは私たちにとっても同様である。
 ここにインマヌエル「神が我々と共におられる」ということが成就している。神様が共にいてくださるのでなければ、どうしてヨセフは突如として身ごもったマリアを妻として迎え入れることができたであろうか。生まれた子をわが子として育むことができたであろうか。私たちも、神様が共にいてくださらなければ到底受け入れてゆけない事柄がある。しかし、そこにこそ聖霊による誕生という出来事があるのである。新型コロナウイルス禍による苦難を、また各々に起きたところのそれこそ縁を切ってしまいたいと思う出来事を、クリスマスによって受け入れてゆこうではないか。

聖書:新共同訳聖書「マタイによる福音書 1章 18~25節」 01:18イエス・キリストの誕生の次第は次のようであった。母マリアはヨセフと婚約していたが、二人が一緒になる前に、聖霊によって身ごもっていることが明らかになった。 01:19夫ヨセフは正しい人であったので、マリアのことを表ざたにするのを望まず、ひそかに縁を切ろうと決心した。 01:20このように考えていると、主の天使が夢に現れて言った。「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。 01:21マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」 01:22このすべてのことが起こったのは、主が預言者を通して言われていたことが実現するためであった。 01:23「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」この名は、「神は我々と共におられる」という意味である。 01:24ヨセフは眠りから覚めると、主の天使が命じたとおり、妻を迎え入れ、 01:25男の子が生まれるまでマリアと関係することはなかった。そして、その子をイエスと名付けた。


2020/12/13 待降節第3主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「サムエルの告別説教」 1.「サムエルの告別の辞」と12章のはじめの欄外タイトルに書かれている。それはサムエルの臨終の際の言葉ということではない。数章にわたってサムエルの宗教的な指導者としての働きの記載が続いてゆく。サムエルにおいて終えようとしていたのは、世俗の領域での指導者としての働きにおいてのことであった。
 それはどのようなことなのか。飛ばしてしまった11章に書かれているのは次のようなことである。イスラエル人をアンモン人が襲いかかった。それに対し、王として立てられていたサウルのもとに33万人ものイスラエル兵が集まり(11章8節)、アンモン人から大勝利を収めたという。11章の最後には、「サウルもイスラエルの人々もすべて、大いに喜び祝った」とある。おそらく33万人にも及ぶ兵士が集まったのは、それが初めてではなかったか。それは王様が立てられたからなのであった。そしてその王様が、見事に敵に大勝利した。サウルが政治的な指導者として大勝利を収め、人々からリーダーとして見事に承認されたのである。この様子を見てサムエルは、自分の政治的な領域での働きが終わったことを悟ったのである。
 しかしサムエルは、政治的な指導者としての働きは終わっても、なお神様の言葉・神様の御心を伝える預言者としての働きは終わってはいなかった。むしろその時こそ、その務めを発揮しなければならない時だと感じたのではなかったか。と言いうのは、サウルやイスラエルの人々が大軍を擁しての敵への大勝利に酔いしれていたからである。王による勝利を喜び祝うことに何の疑問も抱いてはいなかった。しかし、果たしてそれでよかったのか。そのことを宗教的な指導者として、サムエルは問わなければならなかった。サムエルは、この勝利に対して冷や水をあびせかけるような神様からの厳しい言葉を語りかけた。それが12章の御言葉なのである。

2.聖書にはこのように、誰もがその喜びを疑わない敵に対する大軍をもっての大勝利に対して、果たしてそれを万歳・万歳とただ喜んでよいのかと厳しく問いかける神様の言葉がはっきりと記されている。3000年前の時代からそのような神様の言葉が語りかけられ、それが聖書になって、削除されることなく連綿として読まれ続けてきた。サムエルは「自分たちのために王を求めて主の御前に犯した悪の大きかったことを悟りなさい」と語った(12章17節)。王様を立て、何十万もの兵士が集められ大勝利を得るということは、私たちにとっては何の疑いもなく喜び祝うことであるけれども、それを悪と見る神様がいてくださる。
 なぜ、神様はそれを悪と見るのか。再び17節、「自分たちのために王を求めて」とある。私たちが王を立て、兵を集めて勝利を得ることは、突き詰めるとそれは自分のためなのである。自分の利益を得るためなのである。人間が人間だけの利益を求めて兵を集め、様々な敵に対して勝利を得るとき、そこにはただ人間の利益のためになるだけの結果が生じる。その利益は本当に私たちのためになるものなのか。かつて、サムエルは王様を求める人々に対して「あなたたちは王の奴隷となり、自分が選んだ王のゆえに泣き叫ぶ」と告げた(8章17~18節)。立てた王によって勝利し、望むものを手に入れることは、確かに喜びであろう。しかしその揚げ句に私たちを襲ってくるのは、その望むものを得たことによって逆に私たちが奴隷とされ泣き叫ぶという結果なのである。それは神様の喜び祝うところではない。だから、それは神様にとっては悪なのである。
 過日教えられたイザヤ書の御言葉を、改めて思い起こした。それはイザヤ書10章12節以下である。現在の中近東、紀元前720年前後に偉大な勢力を誇り次々と諸国を征服したアッシリアの王様に対して神様は、預言者イザヤを通して次のようなことを言った。「アッシリアの王様は『自分の手の力によって・・・聡明なわたしは自分の知恵によって行った』と自慢している」と神様は指摘した。王の自慢は「わたしは諸民族の境を取り払い、彼らの富を略奪し」たと続く。私はそこに、現在のほんの一握りの会社がインターネットを駆使して全世界の富のほとんどを独占している世界の現状を見るように感じた。しかし、その結果がどうなっているか。以下のイザヤの言葉がそれを象徴的に現していると感じた。イザヤ書10章13~14節に「わたしの手は、鳥の巣を奪うように諸民族の富に伸び・・・置き忘れた卵をかき集めるようにわたしは全世界をかき集めた。そのとき、翼を動かす者はなく、くちばしを開いて鳴く者もなかった」とある。私たち人間は、どんどん発達する様々な文明の武器・兵力を集めて、敵に打ち勝ち富を蓄えてきた。人間が王様になって、自分たちのための王国を築き上げた。しかしその結果として生まれたのは、どこにも卵がなく生まれる雛もおらず、たとえ雛がいたとしてもそれに餌をやる親鳥も巣もない世界ではなかろうか。
 それは決して広い世界のことだけではない。自分のために王を求め王国を立てるのは、他でもない私たち自身なのである。私たちは自分が王様になって自分の人生を思い通りに支配しようとする。私たちは思い通りの勝利を得ようとするのである。確かに、そうできる時もあろう。しかし私たちの人生の最後は、勝利ではなく病や幾多の喪失や死という敗北なのである。だから、王であり勝利を得ことだけの人生であろうとすれば、その最後は神様の言う通り泣き叫ぶという結果に終わるのである。
 先日の『おくりびと』というNHKドラマは反響が大きかったようである。それはひきこもりの男性を描いた実話に基づいて作られたドラマである。学校の教師だったその男性の父は、息子である彼に対して常に勝利を求めた。受験においても就職においても、常に勝利することを求めた。しかし息子は、ことごとく父の期待を裏切ってきたのである。「お前みたいな奴は生きている価値がない」と言われ続けた。ところが、その父自身が余命半年であることを告げられると、その敗北を突き付けられてはじめて、これまで敗北続きだった息子の苦しみに向かい合えるようになるのである。私はこのドラマを観て、自分自身が王様となり勝利しか求めない者となることによって私たちは最後には泣き叫んでしまうことになるのだと本当にそう思った。

3.そこでサムエルは、人間が求め立てる王様とは対照的に神様が王となり、また私たちの主となって為してくださる御業がどのようなものかを6節以下に語っている。7節には「さあ、しっかり立ちなさい。主が・・・救いの御業のすべてを・・語り聞かせよう」とある。イスラエル人を、そして私たちをしっかりと立たせて下さるのは、神様が王としてまた主として為してくださる救いの御業を知ることなのである。神様が王としてまた主として為してくださる御業を救いの業として受け入れてゆけることが、私たちをしっかりと立たせてくれる。私たち自身が王となり主人となることではないのである。それは私たちをむしろ倒れさせてしまう。
 サムエルが告げる神様の救いの御業の第一が6節の冒頭に総括的に述べられ、それは8節にも繰り返されている。「主は、モーセとアロンを用いて、あなたたちの先祖をエジプトから導き上った方だ」と6節冒頭にある。これが王として、また主としての神様の救いの御業の根本だということであろう。私は改めてそれが私たちの立てる王様とどれほど対照的かをしみじみ思う。もし私たちが立てる王様ならば、エジプトで兵士を集めエジプト王に対して反乱を起こし、そこに自分たちに王国を立てようとするのではなかろうか。しかし主なる神様社そうはなさらなかった。イスラエル人をエジプトから導いた。それはいかなる形であったか。エジプトを脱出させた後、荒れ野で40年間もさまよわせるという仕方だった。エジプトからパレスチナまでは、最短距離の地中海沿いの街道を使えばわずか1週間で行ける距離である。私たちの立てた王であれば、エジプトから最短距離で目的地に行こうとするはずである。
 しかし、神様はそうはなさらなかった。それはなぜなのか。この礼拝で何度も引用し、またイエス様も心に刻んでおられた有名な申命記8章3節には「(40年間の荒れ野生活の目的は)主はあなたを苦しめ、飢えさえ、あなたも先祖も味わったことのないマナを食べさせられた。人はパンだけで生きるものではなく、人は主の口から出るすべての言葉によって生きることをあなたに知らせるためだった」とある。要は、私たちが生きるということにある不思議さを味わわせるためなのである。「マナ」とはヘブル語で「これは何」という意味の言葉とのことである。荒れ野の40年間をイスラエル人は、田畑を耕すこともなく財産もなく王様もいないなかで毎日毎日「これは何」と呼ばれるものを集めて、つまり神様の下さる「不思議」を集めることによって生きてきた。それこそ自分たちが主人であり王様であるとは正反対の姿ではなかったか。何も持たず何も集めず、ただただその日一日を、「不思議」によって生きたのである。私たちをしっかりと立たせるのは、実はこのようなことではなかろうか。
 先日、妻が買った雑誌を読んでいたところ、解剖学者の養老孟司が次のような言葉を紹介しておられた。ラテン語の『カルペディエム』という言葉でである。それは「今日一日の花を摘め」という意味だそうである。ホスピスに勤めている医者が、次のようなことを言っているともあった。「ホスピスで一番元気にしているのは、その日を楽しんで生きる人だ」と。この言葉には様々な意味があるように思う。それは「その日毎に必ず咲く花があるのだから、その花を摘んでその美しさを愛で、楽しんで生きよ」という意味だと思った。「どんなに辛い状況にあっても必ず咲く花があるのだから、それを見つけてそれを楽しんで生きよ」ということだと思う。花は翌日にはしおれて枯れてしまうかもしれない。しかし私たちは、その日にある楽しさや嬉しさを摘んで、一日一日を重ねてゆけばよいのである。神様がイスラエル人をエジプトから導き出して荒れ野で体験させたのは、ひとことで言えば「その日暮らし」だったのである。それは、私たち自身が王様となり主人となって、自分が糧だと考えるものをひたすら多く豊かに手に入れようとする生き方とは正反対のものである。

4.もうひとつ、サムエルが告げている。主であり王である神様の御業とは何かということが、9節から11節に書かれている。イスラエル人に対して、神様はペリシテ人やモアプ王を送って苦しめた。それによりイスラエル人がSOSを出すと、助け人を遣わしてくださったというのである。ここに書かれているのも、王様であり勝利を手に入れる姿とは正反対のものである。敗北し、ひたすら神様に助けを請わなければならない情けない姿であった。しかしそれが、神様の私たちを救う御業だと言うのである。一体何が私たちを救うのか、何が私たちをしっかりと立たせるのであろうか。それは、私たちが王様となってゆらぐことのない堅固な王国を立ててそれを守ることではなく、むしろその反対に、敗北し神様に助けを請うことであり、神様が遣わしてくださった何人かの人によって助けられることにこそある。王様とは正反対の自分たちのありさまを受け入れ認めるということが根本にあると思うのである。
 神様は「さあ、しっかり立って、主が・・・御業を見なさい(16節)」と言って、実際にサムエルの祈りに応えて、神様は雷と雨を下された(17節)。イスラエル人は、それを見て恐れた。17節はじめには「今は小麦の刈り入れの時期ではないか」とある。注解書によれば、この時期はおそらく5月か6月でイスラエルにおいては乾季であり、めったに雷や雨が降ることはない時期とのことである。しかし王であり主である神様は降らせたのである。おそらく収穫を待つばかりだった小麦が台なしになったであろう。そのようにして神様は、アンモン人への大勝利を喜ぶ人々に冷や水をあびせかけた。それが神様の救いの御業なのである。私たちが王様となって思い通りの刈り入れをしようとするときに、神様はそれを駄目にしてしまう。しかし実はそこにこそ救いがある。今の新型コロナウイルス禍をどのように捉えたらよいかについて、神様からの語りかけが聞こえてくるようにも思える。

聖書:新共同訳聖書「サムエル記上 12章 6~19節」 12:06サムエルは民に話した。「主は、モーセとアロンを用いて、あなたたちの先祖をエジプトから導き上った方だ。 12:07さあ、しっかり立ちなさい。主があなたたちとその先祖とに行われた救いの御業のすべてを、主の御前で説き聞かせよう。 12:08ヤコブがエジプトに移り住み、その後、先祖が主に助けを求めて叫んだとき、主はモーセとアロンとをお遣わしになり、二人はあなたがたの先祖をエジプトから導き出してこの地に住まわせた。 12:09しかし、あなたたちの先祖が自分たちの神、主を忘れたので、主がハツォルの軍の司令官シセラ、ペリシテ人、モアブの王の手に彼らを売り渡し、彼らと戦わせられた。 12:10彼らが主に向かって叫び、『我々は罪を犯しました。主を捨て、バアルとアシュタロトに仕えました。どうか今、敵の手から救い出してください。我々はあなたに仕えます』と言うと、 12:11主はエルバアル、ベダン、エフタ、サムエルを遣わし、あなたたちを周囲の敵の手から救い出してくださった。それであなたたちは安全に住めるようになった。 12:12ところが、アンモン人の王ナハシュが攻めて来たのを見ると、あなたたちの神、主があなたたちの王であるにもかかわらず、『いや、王が我々の上に君臨すべきだ』とわたしに要求した。 12:13今、見よ、あなたたちが求め、選んだ王がここにいる。主はあなたたちに王をお与えになる。 12:14だから、あなたたちが主を畏れ、主に仕え、御声に聞き従い、主の御命令に背かず、あなたたちもあなたたちの上に君臨する王も、あなたたちの神、主に従うならそれでよい。 12:15しかし、もし主の御声に聞き従わず、主の御命令に背くなら、主の御手は、あなたたちの先祖に下ったように、あなたたちにも下る。 12:16さあ、しっかり立って、主があなたたちの目の前で行われる偉大な御業を見なさい。 12:17今は小麦の刈り入れの時期ではないか。しかし、わたしが主に呼び求めると、主は雷と雨とを下される。それを見てあなたたちは、自分たちのために王を求めて主の御前に犯した悪の大きかったことを知り、悟りなさい。」 12:18サムエルが主に呼び求めると、その日、主は雷と雨を下された。民は皆、主とサムエルを非常に恐れた。 12:19民は皆、サムエルに願った。「僕たちのために、あなたの神、主に祈り、我々が死なないようにしてください。確かに、我々はあらゆる重い罪の上に、更に王を求めるという悪を加えました。」


2020/12/06 待降節第2主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「サウロがパウロに」 1.使徒言行録には、誕生したばかりの小さな信徒の集まりだった初代の教会が、その教会に次から次と襲ってくる困難を乗り越えて不思議にも成長してゆく姿が描かれている。今日の聖書箇所は、初代の教会にとって最大の危機のひとつであった教会の迫害者サウロ(それは彼のヘブル語の呼び方であり、ギリシャ語やラテン語で呼べばパウロとなる)が、やがてクリスチャンとなり優れた伝道者になって教会の成長に決定的に寄与する人物になっていった経緯を記している。その出来事がこの箇所を含めて使徒言行録に3回記されている(22章と26章)。ということは、そのことがどれほど初代の教会にとってなくてはならない重大な出来事であったかを物語っている。
 さて誕生したばかりの教会はどのようにして、その直面する危機を乗り越えていったのか。そこには、その直面した危機が逆に教会を成長させてゆくことになったという不思議がある。ステファノが行った演説をきっかけにして、生まれたばかりのエルサレム教会は大迫害を受けることとなった。ステファノは殺され、その殺害に賛成していた人物として8章1節にはじめてパウロが登場している。それによりエルサレム教会内のギリシャ語を話す人々は追放され、その際にパウロが行ったこととして「家から家へと・・・牢に送っていた」と8章3節に書かれている。
 ところが、この迫害によってギリシャ語を話す人々が散らされていったからこそ、離散者のひとりであったフィリポは、サマリアで沢山の人々に福音を宣べ伝え、またエチオピアからきた役人に洗礼を授けるに至ったのである。迫害という困難がなければ教会は、エルサレムという狭い地域やユダヤ人という枠を超えて福音を宣べ伝えることにはならなかったのではなかろうか。困難こそが、かえって成長を遂げる機会となっていったのである。

2.同様のメッセージが、迫害者であるパウロの存在からも聞こえてくる。1節にあるようにパウロの存在は、誕生したばかりの教会にとって、どれほどの脅威であったか。アナニアは神様にこう言っている。「その人がエルサレムで、・・・どんな悪事を働いたか、大勢の人から聞きました(14節)」と。ところが初代の教会にとってそのような迫害者こそが、福音がユダヤ人を越えて全くの異邦人へと広がってゆくのになくてはならない人物となったのである。神様がアナニアに「あの者は、・・・わたしが選んだ器である(15節)」と言ったとある。教会が、いかにしてその直面する困難を乗り越えてきたかと言えば、困難そのものがそうさせてきたのである。また困難を与えた者、悪事を働く者によってそれがなされてきたのである。
 それは私たちクリスチャンにおいてもあてはまることではなかろうか。私たちは迫害や私たちに悪事を働く人や出来事を自らを成長させ育むこととしては受け取ることはできない。病いも今回の新型コロナウイルス禍もあらゆる試練も、私たちにとっては悪事を働く以外の何物でもない。しかし、それこそが神様が選んだ器として用いられるのではなかろうか。教会において、また神様からの信仰を与えられた私たちクリスチャンには、そのような不思議が起こる。それは教会や信仰というものが、私たちが作り出したものではなく神様が作りだしてくださったものだからだと思う。私たち人間が作り出したものであるならば、迫害や悪事によってそれが成長させられるということは決して起こらないであろう。しかし、教会も信仰も神様が作り与えて下さったものゆえに、かえって迫害や悪事によって育まれ、そこから良きものが私たちに与えられるのである。
 パウロによって迫害されたクリスチャンたちは、どれほど彼を憎んだであろうか。アナニアもしかりであった。パウロもまたクリスチャンを憎み、ひいてはイエス様を憎んだ。しかし、憎んだ相手こそ神様によって用いられる器なのであった。そのような不思議なことが信仰においては起きてゆくのだと思う。このような不思議によって教会もまた私たちも、直面する幾多の困難を乗り越えてゆけるのだと思う。

3.しかしそのためには、どうしても必要なことがあった。もちろん何事もなくごく自然にパウロという迫害者が伝道者となり、アナニアや他のクリスチャンが迫害者パウロを受け入れられるようになったのではなかった。そうなるためにどうしても必要な出来事があったのである。それは、パウロにおいては、天からの光に照らされイエス様そのひとに出会い、また三日間目が見えなくなって(3節から9節)、その上で18節にあるようにアナニアとの出会いによって目が見えるようにしていただくという体験だった。またアナニアにとっては、幻の中で神様と出会ってパウロという迫害者の存在の奥深い意味を悟る(10節以下)ということだった。
 パウロが天からの光に照らされ、その後三日間目が見えなくなったということは、つまり彼がこれまで見ていたものとは、天からの光のもとではなく、この世の光の下で見ていたものに過ぎないということを意味している。1節・2節には、彼が「意気込んで」クリスチャンを迫害し、ひいてはイエス様を迫害していたとある。それは、迫害がはっきりとした確信のもとになされていたことを示している。クリスチャン迫害はステファノの説教から始まった。ステファノが何よりも語ったのは、神様が私たちとつながり祝福をもたらすのに人の手の建てた立派な神殿などいらず、ただイエス様に信仰によってつながるだけでよいということだった。これこそがパウロにとっては許せないことだったのだと思う。「神殿での礼拝、また律法の行いこそが、私たちを神様と結び付けるよすがではないか」「十字架の上で呪われ殺されたような男がどうしてよすがなのか」「その男をよすがにして与えられるものなど同様に呪いであり苦痛でしかないではないか」「なぜ十字架で殺された者を通して祝福が与えられるのか」こう確信してパウロはクリスチャンを迫害し、ひいてはイエス様を迫害したのだと思う。
 しかしこれは、この世の光の下、パウロという人間の目でのみ見たものに過ぎなかったのである。これに対して、天からの光に照らされてパウロが見たもの、何よりも十字架のイエス様において彼が見たものがどのようなものであったのかはわからない。しかし、そこでパウロが見たものは、「十字架の言葉は、滅んでゆく者にとっては愚かなものですが、私たち救われる者には神の力です」というコリントの信徒への手紙(1)の1章18節に語られているものに違いない。パウロが天からの光に照らされて十字架のイエス様を全く新たに見たように、アナニアもまた幻の中で神様からの語りかけを聞いて、悪事を働いた迫害者が神様によって用いられる器であると知った。それは、幻の中で神様からの言葉を直接聞くことによってはじめて可能となったのである。

4.こうしたことから私は、私たちも天からの光に照らされねばならない者であり、幻の中で神様の言葉を聞かねばならない者なのだと思うのである。私たちが見聞きしている光景や事柄とは、ただただこの世の光・人間の判断・言葉によるものでしかないのだと改めて強く思う。それがいかに確信に満ちたものであったとしてもそうなのである。パウロには、クリスチャンやイエス様を敵対し迫害すべき相手としか見えていなかった。アナニアには、パウロは自分たちに悪事を働いた者としてしか見えなかったのである。しかしそれは、パウロが天の光に照らされた後三日間盲目であったことが示しているように、実は最も大事なもの、本当に見るべきものが見えていないことを現しているのである。この見方は絶対であり正しいという判断が、実は何も見えていないということなのである。
 新型コロナウイルス禍によって、特に女性たちの自殺者が2倍ほどにもなり、生活に困って売春のような行為に陥っていると報じられていた。確かにコロナ禍によって仕事を失い生活に窮するということは悪事に違いない。パウロがクリスチャンを憎みイエス様に敵対し、またアナニアがパウロを憎んだように、そうしたことは私たちが憎み敵対する以外には考えられないような出来事なのである。しかし、天の光に照らされると別の面が現れてくるのではなかろうか。憎み敵対すべきではない相手として、むしろ私たちを救ってくれる神様の力・惠み・祝福の訪れであるような存在であり、神様によって用いられる良き器であるとはじめてわかるのである。
 私たちが憎み敵対する出来事として見ることが決して絶対ではない。むしろ見るべきものが見えていないのである。だからこのような時こそ、天からの光に照らされることが不可欠だとしみじみ思うのである。

5.では一体私たちには、どのようにしてパウロやアナニアのような体験が与えられるのであろうか。パウロやアナニアは特別なのであって、私たち普通の信者には起きないことなのだと思うかもしれない。しかし使徒言行録が3度にもわたってこのような不思議な出来事を記しているということは、こうしたことが事実としてあったということを語ってくれているのである。私たちには体験できないかもしれないけれども、天からの光に照らされるということは確かにあり、幻や夢の中で神様の言葉を聞くということは確かにあるのだと語りかけてくれているのである。
 私は、そのようなことが起こり得るとの可能性に心を開くことは、とても大切だと思う。実際に天からの光に照らされることはなくとも、また幻の中で神様の声を直接聞くことはなくとも、天からの光というものがあり、幻の中で神の声を聞くことがあり、それによって今、自分が確信をもって見、判断していることが全く違うものに見えてくることがありうると知ることは、恐らく大きな変化を私たちにもたらす。すると憎み敵対するしかなかった相手や出来事が、全く違ったように見えてくることがある。
 17節以下には、目が見えなくなったパウロのもとにアナニアがやってきて、思いがけない神様の言葉を伝え、手を置き、洗礼を授けてくれたことが記されている。もしかしたら私たちに実際に起きるのはその部分だけ、つまりアナニアがやってきて寄り添ってくれたように、誰かがやってきたり思いがけない助けをもたらしてくれたりするということだけかもしれない。天からの光も幻も見えないかもしれない。しかしこうした具体的な出会いや何らかの助けが差し出されることは実際にある。そこに天からの光を見たいと思う。それによって、私たちのそれまでの頑なな見方を一新してくれる新たな視力が与えられるのではなかろうか。

聖書:新共同訳聖書「使徒言行録 9章 1~22節」 09:01さて、サウロはなおも主の弟子たちを脅迫し、殺そうと意気込んで、大祭司のところへ行き、 09:02ダマスコの諸会堂あての手紙を求めた。それは、この道に従う者を見つけ出したら、男女を問わず縛り上げ、エルサレムに連行するためであった。 09:03ところが、サウロが旅をしてダマスコに近づいたとき、突然、天からの光が彼の周りを照らした。 09:04サウロは地に倒れ、「サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか」と呼びかける声を聞いた。 09:05「主よ、あなたはどなたですか」と言うと、答えがあった。「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。 09:06起きて町に入れ。そうすれば、あなたのなすべきことが知らされる。」 09:07同行していた人たちは、声は聞こえても、だれの姿も見えないので、ものも言えず立っていた。 09:08サウロは地面から起き上がって、目を開けたが、何も見えなかった。人々は彼の手を引いてダマスコに連れて行った。 09:09サウロは三日間、目が見えず、食べも飲みもしなかった。 09:10ところで、ダマスコにアナニアという弟子がいた。幻の中で主が、「アナニア」と呼びかけると、アナニアは、「主よ、ここにおります」と言った。 09:11すると、主は言われた。「立って、『直線通り』と呼ばれる通りへ行き、ユダの家にいるサウロという名の、タルソス出身の者を訪ねよ。今、彼は祈っている。 09:12アナニアという人が入って来て自分の上に手を置き、元どおり目が見えるようにしてくれるのを、幻で見たのだ。」 09:13しかし、アナニアは答えた。「主よ、わたしは、その人がエルサレムで、あなたの聖なる者たちに対してどんな悪事を働いたか、大勢の人から聞きました。 09:14ここでも、御名を呼び求める人をすべて捕らえるため、祭司長たちから権限を受けています。」 09:15すると、主は言われた。「行け。あの者は、異邦人や王たち、またイスラエルの子らにわたしの名を伝えるために、わたしが選んだ器である。 09:16わたしの名のためにどんなに苦しまなくてはならないかを、わたしは彼に示そう。」 09:17そこで、アナニアは出かけて行ってユダの家に入り、サウロの上に手を置いて言った。「兄弟サウル、あなたがここへ来る途中に現れてくださった主イエスは、あなたが元どおり目が見えるようになり、また、聖霊で満たされるようにと、わたしをお遣わしになったのです。」 09:18すると、たちまち目からうろこのようなものが落ち、サウロは元どおり見えるようになった。そこで、身を起こして洗礼を受け、 09:19食事をして元気を取り戻した。サウロは数日の間、ダマスコの弟子たちと一緒にいて、 09:20すぐあちこちの会堂で、「この人こそ神の子である」と、イエスのことを宣べ伝えた。 09:21これを聞いた人々は皆、非常に驚いて言った。「あれは、エルサレムでこの名を呼び求める者たちを滅ぼしていた男ではないか。また、ここへやって来たのも、彼らを縛り上げ、祭司長たちのところへ連行するためではなかったか。」 09:22しかし、サウロはますます力を得て、イエスがメシアであることを論証し、ダマスコに住んでいるユダヤ人をうろたえさせた。


2020/11/29 待降節第1主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「イエス様の系図」 1.アブラハムからイエス様に至る42代にわたる人々の名前が列記された箇所である。新約聖書に関しては、次のようなことがよく言われる。それは、新約聖書を手に取りページを開いた沢山の人々が冒頭のこの名前の列記に辟易してしまい読むのをやめてしまうということである。多くの聖書解説者や説教者が、書物の書き始めとしてこれほどマイナスイメージを読者に与えるものはないだろうと言っている。しかしこの福音書を書いたマタイは、最もふさわしい書き始めだと考えてそのように記したのである。マタイは、ユダヤ人に対してイエス様がキリストすなわち救い主であることを宣べ伝えようとして、この福音書を記したと言われている。ユダヤ人にとって系譜とは、とても大事なものだった。私たちにとっては、延々と続くただの名前の羅列にしか見えないものが、彼らにとっては重要なものだったに違いないのである。そしてマタイは、イエス様がキリストであることについて疑問や疑いを抱いている人々を少しでも引き付けるためにこの系譜を記したのである。今流に言えばマタイは、この系譜をユダヤ人の心を捕らえるのに効果的なキャッチコピーとして書いたと言ってよいと思う。一体この系譜のどこがユダヤ人を引き付けるのであろうか。最もはっきりとした特徴は、ここにマリアを含めて5人の女性の名前が出てくるという点である。注解書によれば、そのようなことは普通のユダヤ人の家系図には、まずないことなのだそうである。さらには、その女性たちがみな、とても特徴的なのである。最初に出てくるはタマルは創世記の38章に登場する女性で、ヤコブの息子ユダの子の嫁だった。彼女は夫が次々と死んでしまったので、驚くことに神殿娼婦に身をやつし、夫の父のユダと関係を持ち、ペレッとゼラという双子を生んだ。ラハブはヨシュア記2章に出てくる女性である。彼女はエリコにスパイとしてやってきたイスラエル人を匿い助けた異邦の女性であり、やはり娼婦だった。6節後半のウリヤの妻のバテシバについては、後ほど触れる。ルツという女性もまたイスラエルと対関係にあったモアブ人の女性である。あげるべき女性なら、まず誰よりもアブラハムの妻サラでありイサクの妻リベカやヤコブの妻ラケルであろう。しかしなぜかこの系譜は、ただでさえ女性を入れるのが異例だというのに、わざわざそのような女性たちをあげている。ここにまず、これを読んだユダヤ人をキャッチする何かがあったに違いないのである。

2.もう1点、おそらくこれを読んだユダヤ人が興味をそそられる点があったのではないかと想像する。16節に「ヤコブはマリアの夫ヨセフをもうけた。このマリアからメシアと呼ばれるイエスがお生まれになった」とある。夫婦となったヨセフとマリアから、ごく普通にイエス様が生まれたのであれば、確かにこの系譜通りにアブラハムの血筋は、ヨセフの息子であるイエス様に引き継がれたということになる。しかし、この福音書を読むユダヤ人の誰もは、イエス様がとても不思議な形で誕生したということを知っていたのである。それをマタイは、18節以下において記さないわけにはゆかなかった。ヨセフとマリアが婚約関係にあったときに、普通ではない形でイエス様はマリアに宿った。「もしかしたら何か良からぬことの結果ではないのか」とは、当時の誰もが知っており、またささやいていた公然の事実だったようである。ヨセフでさえ密かにマリアを離縁しようと思ったほどだから、周囲の人々にどう受け取られていたかは想像に難くない。
 この系譜を16節まで読んでみて、なるほどヨセフまでは、途中にとんでもない女性たちがからんでいるとしても、アブラハム以来の、いちおう由緒正しい家系なのだということがわかる。しかしその血筋はイエス様にはどうつながっているのか。それをどうマタイは説明するつもりなのか。そもそもイエス様とヨセフの間に血のつながりがないのなら、延々と書かれたこの42代にも及ぶ系譜に何の意味があるというのか。私だったら、そのような突っ込みをいれる(批判をする、指摘をする)であろう。そういう意味においてユダヤ人は、心をつかまれるということがあったのではなかろうか。マタイが、果たしてどのような意図でイエス様と直接血のつながりのないヨセフに至る系図を記したのかということは、実のところはよくわからない。あくまで私の勝手な想像だが、確かに直接の血のつながりはないのだがヨセフであれば、一時は縁を切ろうとしたマリアを妻として迎え入れ、マリアに不思議な形で宿った子をわが子として受け入れ、育んだのではなかったか。ヨセフは血のつながったイエスの父ではないけれども、しかしいわゆる育ての親ではあり、それ以上に聖霊によって身ごもるという出来事を受容することのできた夫であり親なのであった。それがヨセフにできたのは、ヨセフひとりの力ではなく、ヨセフに至るまでの40代にも及ぶ歴史の積み重ねというものがあったからではなかろうか。一本の大木にたとえてみれば、アブラハム以来の根や幹・枝というものがあって、その先端につながっているのがヨセフなのであった。聖霊によって身ごもったマリアが受け入れられたのも、生まれたイエス様が子として育まれたのも、アブラハム以来の根や幹があってこそ、ヨセフにおける実りなのである。この系譜に連綿として受け継がれてきた養分のようなものがヨセフを通してイエス様を育み、イエス様をキリスト・救い主として結実させたのではなかろうか。そのようなことをマタイは、この系譜を記すことで伝えようとしたと私は感じるのである。

3.さてそれでは、アブラハム以来連綿と続くこの系譜の中で、ヨセフへと受け継がれ、イエス様をキリスト・救い主として育んだものとは何か。それは、1節の「アブラハムの子ダビデの子」という言葉に込められている。この42代に及ぶ家系に連綿として流れているものとは、このアブラハムとダビデに由来するものなのである。
 まずアブラハム、彼が神様からいただいたものは創世記12章1節以下の御言葉に現れていると思う。「主はアブラムに言われた。あなたは生まれ故郷、父の家を離れて、わたしが示す地に行きなさい。わたしはあなたを大いなる国民にし、あなたを祝福し・・・祝福の源となるように」とあった。祝福という言葉が、何度も繰り返されている。アブラハム以来イエス様に至るまで連綿として流れ続け、またイエス様においてそのピークに達したものとは、ひとことで言えば祝福なのだと思う。祝福、それは私たち人間がどのような災いや不幸の中に置かれてもそれに勝って、神様が私たちに良いものを与え私たちを幸いにしてくださるという力である。アブラハムがこの神様の語りかけを聞いたのは75歳の時だった。彼が75歳になってから、生まれ故郷や父の家を離れて見ず知らずの地に向かうという背景には、一体どんなことがあったのであろうか。きっと、祝福とは正反対の事情があったに違いない。
 しかしアブラハムは神様の言葉を聞き、その言葉を信じて、その苛酷な状況へと進んでいったのである。その後の彼の歩みや置かれた境遇は、決して祝福とは到底言えないものだった。なかなか跡継ぎに恵まれず、やっと生まれたイサクを危うく失うような体験をして生き延びてきたイサクは、よそ者としてパレスチナの地で度々嫌がらせを受けた。彼は旅人・寄留者として歩む他はなく、パレスチナで手に入れた土地は、妻サラを葬る一片の墓地にしか過ぎなかった。一体そのどこが祝福なのか。どこに祝福というものがあるのかといつも思う。しかし私は、彼が75歳になっても生まれ故郷や父の家を離れて、つまりこの世の関係の中だけに生きることから解き放たれて、目に見えない神様という存在との関係の中に、その言葉によって入ることができたことこそが祝福だと思うのである。
 おそらくは新型コロナウイルス禍の影響で20代と40代の女性の自殺率が昨年と比べて8割も増えていると報じられた。彼女たちはなぜ自死するのか。それもまたこの世という「生まれ故郷」しか知らないからなのである。それまで生きてきた「生まれ故郷」しか知らなければ、そこで生きる術を喪失すると、もはや自殺でもするしかなくなる。そのような私たちになくてはならないものは、たとえ75歳になっても神様の祝福の力を信じて、生まれ故郷・父の家を離れて、見ず知らずのところへ進んでゆけることなのである。そこにこそ祝福がある。文字通りの祝福などなくとも、神様の祝福を信じて生きて行けること自体が祝福なのである。ヨセフに流れ込み、イエス様をキリストとして育んだのは、これだと私は思う。

4.もうひとりはダビデ、彼を通してヨセフに流れ込みイエス様を育んだものも、同じように祝福と言ってよいであろう。それは特に罪の赦しという祝福だと言ってよいと思う。ダビデだけではなく、先ほどあげた女性たちにも、この罪の赦しという祝福が流れていると思う。娼婦に身をやつして義理の父と関係してその子を宿したタマルしかり、やはり娼婦だったラハブしかり、そして何よりもダビデが関係をもったウリヤの妻バテシバしかりである。16節後半でマタイは、わざわざ「ダビデはウリヤの妻によってソロモンをもうけ」と書いている。あえてウリヤの妻だった女性によって、つまり不倫という関係によってソロモンを生んだとマタイは言っているのである。しかしそこにあるのは単なる不倫ではなかった。ダビデは、バテシバが妊娠したとわかると、それを夫ウリヤとの子であるように偽装しようとした。しかしそれができないとわかると、ウリヤをわざと戦闘の激しい前線に送り、見殺しにさせて戦死させてしまったのである。ダビデのなしたこの罪は決してなかったことにはされなかった。罪の赦しとは、そうではないのである。ダビデは、おのれの犯したことの報いを幾重にも受けることになった。子ども同士が近親相姦を犯し、それを恨んだ兄弟同士が殺し合い、挙句の果ては父を恨んだ息子によってダビデは一時都を追われ、結果としてダビデはアブサロムという息子を死に追いやることになったのである。家族が血で血を洗うような、凄惨な結末だけが待っていたのである。
 しかしここにも祝福があった。ダビデは信仰の歌を幾つも残した(詩編)。罪そのものが帳消しになることはない。しかしその深い溝に神様がなぜかよいものをたたえてくださる。罪という深い溝から良き水が流れ出してきて人々を潤すのである。それが祝福なのである。私は、古くから噂されてきたように、たとえマリアに宿った子が聖霊によるものではなく、よからぬ行為の結果によるものであったとしても、それがイエス様の誕生としてふさわしくないものだとは私は思わない。アブラハムとダビデ以来、連綿として受け継がれてきた祝福・罪の赦しの恵みが、ヨセフとマリアを通してイエス様に結実したのである。祝福と罪からの解き放ちという恵みが、イエス様を通して私たちにも注がれるのである。

聖書:新共同訳聖書「マタイによる福音書 1章 1~17節」 01:01アブラハムの子ダビデの子、イエス・キリストの系図。 01:02アブラハムはイサクをもうけ、イサクはヤコブを、ヤコブはユダとその兄弟たちを、 01:03ユダはタマルによってペレツとゼラを、ペレツはヘツロンを、ヘツロンはアラムを、 01:04アラムはアミナダブを、アミナダブはナフションを、ナフションはサルモンを、 01:05サルモンはラハブによってボアズを、ボアズはルツによってオベドを、オベドはエッサイを、 01:06エッサイはダビデ王をもうけた。ダビデはウリヤの妻によってソロモンをもうけ、 01:07ソロモンはレハブアムを、レハブアムはアビヤを、アビヤはアサを、 01:08アサはヨシャファトを、ヨシャファトはヨラムを、ヨラムはウジヤを、 01:09ウジヤはヨタムを、ヨタムはアハズを、アハズはヒゼキヤを、 01:10ヒゼキヤはマナセを、マナセはアモスを、アモスはヨシヤを、 01:11ヨシヤは、バビロンへ移住させられたころ、エコンヤとその兄弟たちをもうけた。 01:12バビロンへ移住させられた後、エコンヤはシャルティエルをもうけ、シャルティエルはゼルバベルを、 01:13ゼルバベルはアビウドを、アビウドはエリアキムを、エリアキムはアゾルを、 01:14アゾルはサドクを、サドクはアキムを、アキムはエリウドを、 01:15エリウドはエレアザルを、エレアザルはマタンを、マタンはヤコブを、 01:16ヤコブはマリアの夫ヨセフをもうけた。このマリアからメシアと呼ばれるイエスがお生まれになった。 01:17こうして、全部合わせると、アブラハムからダビデまで十四代、ダビデからバビロンへの移住まで十四代、バビロンへ移されてからキリストまでが十四代である。


2020/11/22 降誕前第5主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「十字架の上の最後のお言葉」 1.福音書には、イエス様が十字架の上で7つの言葉を残したとある。マタイによる福音書とマルコによる福音書だけに記されているものは、「我が神、我が神、何ゆえ私をお見捨てになったのですか」という詩編22編の最初の言葉である。またルカによる福音書だけに記されたものは、「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです」「あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」「父よ、わたしの霊を御手に委ねます」の3つである。そして残りの3つは、ヨハネによる福音書だけに書かれたものである。いわばイエス様のダイイング・メッセージと呼ぶべき大切な言葉が、どうしてこれほどバラバラなのだろうかという素朴な疑問を私たちに抱かせる。確かな答えはわからない。それぞれの福音書を書いた著者、またその周囲にいた信者たちにとって、最も心に残る言葉が記されたということかもしれない。

2.さて、この聖書箇所でイエス様は、十字架のそばに立っていた母マリアと名前の記されていない一人の愛する弟子に向かって、「婦人よ、ご覧なさい。あなたの子です」「見なさい。あなたの母です」と語っている。十字架のそばにはイエス様の母マリアとその姉妹、そしてクロパという人の妻マリアとマグダラのマリアという4人の女性たち、そして男性はたったひとり、名前の書かれていないイエス様の愛する弟子がいた。伝統的には、この愛する弟子がこの福音書を書いたヨハネではないかとされている。彼は、このイエス様の遺言に従って母マリアを自分の家に引き取り、死ぬまで面倒を見たと言われている。
 この福音書の読者たち、即ちヨハネが牧会する教会の信者たちにとってイエス様の母マリアの存在は、とても大きなものだったに違いない。イエス様の兄弟、その中にはペトロの次に初代教会の指導者となってゆくヤコブもいたが、彼らではなく赤の他人であるところの自分たちの教会の指導者であったヨハネにイエス様が自分の母を委ねたのは、イエス様自身の遺言によることを説明するために、ここに書かれたのかもしれない。
 しかし、それ以上の意味が込められているのを感じる。「スターバト・マーテル」という一連の合唱曲の中の「立ち尽くす母」という意味のラテン語の言葉は、25節に描かれている十字架のそばに立つ母マリアに由来する。数多くの作曲家たちが、この箇所に触発されて曲を作ってきたという。十字架のそばに立ち尽くしていたのは、母マリアだけではなく、他の3人の女性たちもそうであった。またイエス様の愛する弟子もまた同じであった。しかし、その悲しみの極みに立ち尽くしていた者たちに、十字架の上からイエス様は、その悲嘆のどん底から新しいつながりが生じてゆくのだと語りかけて下さった。実の子を、また愛する師を失って同じ悲しみを抱く者同士が、そこから血のつながりを越えて新たなつながりへと生きはじめてゆけるのだと語りかけて下さったのである。十字架の悲しみの極みに立ち尽くすことから、新たなつながりが始まっていったのである。私たちが子を授かるということは、だからこそこの母マリアのように、母だけが味わねばならない悲しみを経験することでもある。しかし、その悲しみの体験は、それゆえに新しいつながりを生み出すものではないかと思う。私たちだれしもは、それぞれに与えられた十字架のかたわらで悲嘆にくれて立ちすくむ。しかし、イエス様の十字架からの言葉は、悲嘆にくれる私たちだからこそ新たなつながりへと立ち上がってゆけるのだと語りかけて下さる。

3.さて26節、イエス様は母マリアに「婦人よ」とまるで他人にかけるような、よそよそしいと感じられる言葉をかけている。しかし著者ヨハネは恐らくこの言葉をはっきりと意識して、ここであえて用いたのだと感じる。ヨハネは、イエス様の母に対するこの「婦人よ」というよそよそしい語りかけを、この福音書の中の別の箇所でも使っている。それはカナの婚礼でのブドウ酒の奇跡が描かれた箇所である(2章1節以降)。ブドウ酒が足りなくなり母マリアがイエス様に「ブドウ酒がなくなりました」と言ったときに、イエス様は「婦人よ、わたしとどんなかかわりがあるのですか。わたしの時はまだ来ていません」と答えている。
 その2章でイエス様が言われた「わたしの時」とは、まさにその十字架の時だという意味であった。ブドウ酒とは、私たちが人生を言祝ぎ喜んで生きるのに不可欠なものを象徴している。それが足りなくなる時がしばしばやってくる。足りなくなったブドウ酒は、どのように与えられるのであろうか。それは、十字架の悲しみの傍らに立ち尽くすことから始まるのである。おめでたい結婚式の場で与えられるものではなく、また実物としてのブドウ酒が直接与えられることではなく、十字架のそばに立ち尽くす者同士がこの世の血のつながりを越えて新たなつながりを作ってゆくことにこそある。だからこその「婦人よ」という言葉なのである。わざと血のつながりを越えた者を現す呼びかけとなる。実の母でも子でもなく、「あなたは、これからは赤の他人である者とのつながりの中でブドウ酒を見いだしてゆけるのですよ」と十字架の上からイエス様は約束して下さったのである。
 私たちクリチャンとは、イエス様の十字架のそばに、またそれぞれに科された十字架の傍らに立ち尽くす者たちなのである。私たちが立つのは、この世の人々が喜んでその傍らに立つものではない。むしろその反対に、十字架という誰もが厭い忌み嫌うものなのである。私たちは、他のどのようなところの傍らではなく、十字架の傍らにこそ立たねばならない。それがクリスチャンなのである。

4.イエス様の二つ目の言葉は「渇く」であった。28節には「すべてのことが成し遂げられたのを知り」この言葉を口にされたとある。30節の3つめの言葉も「成し遂げられた」である。二つ目の「渇く」ということと3つ目の「成し遂げられた」ということは深くつながっていることが感じ取れる。二つ目の「渇く」という言葉と3つ目の「成し遂げられた」は、一緒に考えてみたいと思う。
 成し遂げるということと渇くということは、相矛盾しているように思える。「成し遂げる」ということは、おおよそ「渇く」というような状態に置かれることとは正反対のところに置かれることのように思う。渇くことがない状態に置かれるのが成し遂げた状態なのである。しかしイエス様にとっては渇くことが成し遂げたことなのであった。いったい何を成し遂げたのであろうか。
 29節から30節には、酸いブドウ酒を浸した海綿がイエス様に差し出され、イエス様はその酸いブドウ酒を受け取って「成し遂げられた」と言って生きを引き取ったとある。私は、ここにまた先ほどのカナの婚礼の出来事におけるブドウ酒が出てくるのは決して偶然ではないように感た。十字架につけられ絶命するがゆえの苦しみ・喉の渇きから、決して上等のブドウ酒などではなく、もう酸っぱくなったブドウ酒であってもイエス様はそれを受けた。それは、詩編69編22節に「人はわたしに苦いものを食べさせようとし 渇くわたしに酢を飲ませようとします。」の成就だとも言われている。イエス様が飲まされたのは、ただの酸っぱいブドウ酒ではなく、わざわざ苦くしたものか、もしかすると毒さえ含ませたものだったのかもしれない。しかしそれが、イエス様にとっては、カナの結婚式でのブドウ酒と同じではなかったのかと思うのである。それこそが、足りなくなったブドウ酒なのであった。文字通りの最上のブドウ酒などとは正反対の、もう酸っぱくなり、もしかすると苦いものまで入れられているようなものを飲まされて、死のときの渇きを潤すのである。そのようにして、誰かが与えてくれた最低のブドウ酒を飲むのである。そういうありさまこそが、私たちの人生を言祝ぎ喜んで生きる上でのなくてはならないブドウ酒なのではなかろうか。そうしたありさまを厭うことなく受け入れるのである。「それを人生のゴールの姿として受け入れよ」と、イエス様は身をもって教えてくださったのではなかろうか。
 ヨハネは渇くという言葉を、とても大切なキーワードとして何度かイエス様の言葉として用いている。6章35節には「わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決して渇くことがない」と、7章37節には「渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい」とのイエス様の言葉が書かれている。「わたしのもとに来たなら決して渇くことはない」と言った当のイエス様が、十字架の上で渇くと言ったのである。その渇きを、イエス様は酸っぱいブドウ酒のような最低のもので癒そうとされた。「それが私の人生の完成なのだ、すべてが成し遂げられた姿なのだ」とイエス様は身をもって教えている。イエス様は、そのような姿を遺言・遺産として残したのである。
 そのイエス様の姿によって私たちの渇きは癒されるのではなかろうか。私たちが人生を成し遂げるのも、このようなものでよいのだと示される。そのゴールにはきっと渇きがあり、そこで差し出されるものと言えば酸っぱいブドウ酒のようなものでしかないのであろう。何も成し遂げられてなどいない、最上のブドウ酒に満ち足りて良きものに囲まれて満足な人生だったなどとは到底言えない人生の終わりかもしれないのである。しかし、その渇く人生こそが成し遂げられたものなのである。それでよいのである。イエス様がそのような姿を、母をはじめとする最愛の女性たちや愛する弟子に残したように、私たちもこの姿を、残された者たちに遺産として残してゆくのである。この私たちの姿が、残された者たちにとっての遺言・遺産となってゆくのではなかろうか。

聖書:新共同訳聖書「ヨハネによる福音書 19章 25~30節」 19:25イエスの十字架のそばには、その母と母の姉妹、クロパの妻マリアとマグダラのマリアとが立っていた。 19:26イエスは、母とそのそばにいる愛する弟子とを見て、母に、「婦人よ、御覧なさい。あなたの子です」と言われた。 19:27それから弟子に言われた。「見なさい。あなたの母です。」そのときから、この弟子はイエスの母を自分の家に引き取った。 19:28この後、イエスは、すべてのことが今や成し遂げられたのを知り、「渇く」と言われた。こうして、聖書の言葉が実現した。 19:29そこには、酸いぶどう酒を満たした器が置いてあった。人々は、このぶどう酒をいっぱい含ませた海綿をヒソプに付け、イエスの口もとに差し出した。 19:30イエスは、このぶどう酒を受けると、「成し遂げられた」と言い、頭を垂れて息を引き取られた。


2020/11/15 降誕前第6主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「サウル、王とされる」 1.この箇所には、イスラエルに最初の王様サウルが立てられてゆく経過と、その直後の様子が記されている。サウルは、サムエルによって王様として立てられた後も、「荷物の間に隠れて」いた(10章22節)。また10章27節には、「ある人々は、『こんな男に我々が救えるか』とあざ笑っている」と書かれている。11章には、そのようなサウルがある事件をきっかけにして人々から王様として歓迎されるようになった様子が描かれている。
 さて、9章と10章を読んで、改めて感じさせられるのは、サウルがサムエルと出会い、王様として立てられてゆくことについて、何とも回りくどい事前の紆余曲折と言ってもよい経緯が書かれているということである。サウルは、行方不明になった父キシュの数頭のロバを捜し求めるということである。その姿が延々と14節あたりまで書かれている。そのことがきっかけとなって、サウルがサムエルのもとにやってきた。そのとき、神様はサムエルにこう告げた。「わたしがあなたに言ったのはこの男のことだ。この男がわたしの民を支配する」と(9章17節)。9章2節には「サウルという息子があった。美しい若者で、・・・背が高かった」とあった。その後に、彼が父のロバを捜し歩くという物語などなくとも、すぐさま17節へとつながっていっても何の問題もないように思う。しかし延々と、いなくなった父のロバを捜し歩くサウルの姿が描かれている。サウルがいくら捜しても父のロバは見つからなかったので、神の人として有名であったサムエルのもとを訪ねることになる。そのようにしてサウルが、サムエルのもとを訪ねるきっかけとして延々とロバを捜すサウルの姿が描かれたのではないように私は感じる。そこにはもっと深い意味が込められているのではなかろうか。

2.サウルは、自分がイスラエルの最初の王様として神様によって選び立てられるなどとは、つゆほども知らなかった。ただただ父の命を受け、父の持ち物であるロバを捜し求めていたのである。9章21節でサウルは、サムエルに対して「わたしはイスラエルで最も小さな部族ベニヤミンの者ですし、そのベニヤミンでも最小の一族の者です」と語っている。また、10章の最後には、王として選ばれたにもかかわらず荷物の間に隠れ、人々から「こんな男に我々が救えるか」とあざ笑われる場面が描かれている。9章2節には「彼の美しさに及ぶ者はだれもいなかった」とあったが、彼自身はいろいろな劣等感を抱えていた若者であったのではなかろうか。そして、父とその息子という間柄の中でサウルは、あてがわれた役割を生きることに懸命だったのである。民族の中でも最小の者、「こんな男に」と周りから言われてしまうものをどこかに抱えて、ひたすら家族や社会的関係の中でしか生きる場を持ち得なかったひとりの若者の姿が、ここには描かれているのではないだろうか。
 9章から10章にかけて、サウルがロバを捜していることが長々と言及されている。9章20節には、サムエルがサウルに「三日前に姿を消したろばのことはもう一切心にかける必要はありません。もう見つかっています」と言ったと書かれている。王として選び立てる儀式である油注ぎが終わった直後、イスラエル民族の母であるとも言ってよいラケル(ヤコブの妻)の墓の傍らで会った二人に、「あなたが見つけようとしたろばは見つかりました」と声をかけられている(10章2節)。10章14節以下にも、サウルのおじとサウルとの間に、またろばをめぐる会話がなされていることが記されている。どれほどサウルにとって、いなくなってしまった父のろばを捜すことが大事であったかが、それがその心を占めることであり人生の一大事であったかを物語っているのである。しかし、ろばそのものは、サウルがどれだけに捜しても見つからない。他方で、なぜか「もう見つかった」と言われてしまう。「見つからないろばのことは、もう心にかけることはない。もう捜し求めることはない」と言われてしまう。

3.こうした一連の物語から、私たちは様々な語りかけを聞くように思う。私たちもサウル同様、家族や現在自分が置かれた社会的関係の中で、捜すように命じられたロバを捜し歩いているのではないだろうか。過去がそうであったならば、これからの未来も同じであろう。今は今で、その置かれている関係の中で必死に捜し求めているロバがある。その関係の中で捜すように求められ、また自分自身も、それが見つからなければだめなのだと思っている。それは健康であったり老いにあらがう強さであったり様々である。しかし、その捜しているものは、なかなか見つからない。他方、もう実は「見つかっている」ものでもある。そのロバは、9章20節にあるように「三日前に姿を消したろば」であって、もう一切心にかける必要はないものなのである。私たちが今、懸命に捜しているものは、実は「三日前に姿を消したろば」なのである。もう気にかける必要など一切ないろばを捜し求めて右往左往している私たちなのかもしれない。
 いつかこの世を去って神様のみもとに召されたときには、一体この世において気にかけ、それが見つからなければだめだと必死に捜し求めていたろばの数々は何だったのかと思うのであろう。土の器を離れてしまえば、その器における強さばかりを捜し求めていたのは「三日目前のろば」に過ぎなかったとわかる。文字通りの王様として選び立てられるということではない。しかし、今の私たちには全く知り得ない何か、いつか神様から与えられる役割や歩みというものが備えられている。それからすれば、今私たちが必死になって捜し求め確保しようとしているものは「三日目前のロバ」に過ぎないのである。私たち自身にはわからない人生の秘密が、神様によって備えられているのではないだろうか。そうだとすれば、今捜し求めているものが見つからないからといって、その人生を見限る必要などないのである。

4.さて、そのようなことからするとサウルや私たちが、その時々の人生において懸命にロバを捜したのは無駄なのであろうか。しかし決してそうではないと私は思う。それが無駄ではないからこそ聖書は、ロバを捜すサウルの姿をそれほどまでに記しているのである。そしてその意義とは、いくらロバを捜しても見つからないから、それではじめて神の人と呼ばれているサムエルを頼ることになる。それまで全く関係のなかった神様という存在とかかわりを持つようになるのである。
 「三日前に姿を消したろば」とあった。ということは、サウルは三日間にわたってろばを捜していたのである。三日というのは聖書においては極めて象徴的な数字である。それは彼がその生涯をかけて最も大事なものを捜し求めるという旅路を表している。9章6節でサウルの供の若者が「(神の人サムエルのもとに行けば)わたしたちの進むべき道について、何か告げてくださるでしょう」と語っていた。彼らが捜し求めていたのは、実は単なるロバではなく、もっと根源的な人生の進むべき道であったことを指し示している。そうであればこそ、ロバそのものは見つからずとも、サウルがサムエルと出会い、神様がサウルに与える働きを指し示されることによって、捜していたものはもう見つかったと語りかけられるのではないだろうか。
 その時々の人生において、たとえそれが「三日前のロバ」になってしまうとしても、懸命にそれを捜し求めることに意義がある。その時々にロバを懸命に捜し求め、「いやこれではない。これは私の捜し求めているものではない」と感じるからこそ、私たちはサウルのように神の人へと導かれてゆくようになる。神様を求めるようになるのである。

5.私たちが生涯を通して、また生死を越えて捜し求めるべきものが何であるのか、そしていつか神様によって与えられるべきものが何であるのか、それがまたとても象徴的に描かれているのが10章2節以下だ思う。
 サムエルによって油を注がれた(油を注ぐとは原文のヘブル語ではマーシャフ、そこから救い主・キリストを意味するメシアという言葉が生まれた)サウルに、3つの出来事が起きることが告げられた。一つ目は、ヤコブの最愛の妻であったラケル(サウルの属するベニヤミン族の生みの母)の墓の傍らで不思議な二人に会うことである。イエス様が復活した時に、空っぽの墓にいたのは神様の使いだった。そのことと、この二人がオーバーラップする。彼らはサウルに「捜していたろばはもう見つかった」と語る。言い方を変えれば、あなたが捜すべきものは他にあるということになる。イースターの朝、御使いは墓に来た女性たちに「なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか」と語りかけた(ルカによる福音書24章5節)。それと同じようにラケルの墓の傍らで神様の使いらしき者がそのように語りかけたということは、「ただこの世に肉体をもって生きているという尺度だけで捜し求めるのではなく、この世の体を失って墓に入ったとしても、あなたにとって大事なものを捜し求めよ」との語りかけだと思うのである。墓に入っても失われない何かを探し求めよということである。
 そのことは何かを示唆している。二つ目と三つ目の出来事それであると感じる。サウルは、ベテルに神様を礼拝しにゆく途中の3人の男に出会う。それぞれは子ヤギ3匹、パン3個、ぶどう酒1袋を持っていた。彼らはサウルに挨拶をして、サウルにパン2個を与える。3人の持ち物は、神様にお供えする献げ物だったが、なぜサウルはそれらの中からパン2個のみをもらうことになったのか。昔話には、2つとか3つとかのアイテムの内からどれを選ぶかというモチーフがよくある。神様の使いはサウルに3人の差し出した贈り物のうち一番少ないものを受け取れと教えたのかもしれない。それがあなたにとって大事なことだと教えてくれたのではないだろうか。私たちは、より多くの物を捜し求めてしまう。それがなければ生きられないと思っている。しかしそれこそが三日前のロバなのである。この世の器を離れて墓に招き入れられ神様のみもとで生きるようになった私たちには、それらはもう必要のないものなのである。神様のみもとに召された私たちは、たったパン2個で養われ得る者となるのである。しかもそれは自分で得るパンではなく、誰かが与えてくれるものなのである。
 最後の出来事は、神様の霊が与えられて「別人のようになる」ということである。サムエルは「これらのしるしがあなたに降ったら、しようと思うことは何でもしなさい。神があなたと共におられるのです」とサウルに告げた。そして「神はサウルの心を新たにされた」と9節にある。ひたすらこの世においては、置かれた立場や間柄の中であてがわれた役割にひたすら奔走する私たちである。「しようと思うことを何でも」できるなどとは対照的な歩みである。そのような私たちが、神様のみもとでは、神様からの霊を与えられて新しくされ別人のようになり、したいと思うことは何でもできるようになるのである。

聖書:新共同訳聖書「サムエル記(上) 9章 17節~10章 27節」 09:17サムエルがサウルに会うと、主は彼に告げられた。「わたしがあなたに言ったのはこの男のことだ。この男がわたしの民を支配する。」 09:18城門の中でサウルはサムエルに近づいて、彼に言った。「お尋ねしますが、先見者の家はどこでしょうか。」 09:19サムエルはサウルに答えた。「わたしが先見者です。先に聖なる高台へ上って行きなさい。今日はわたしと一緒に食事をしてください。明朝、あなたを送り出すとき、あなたの心にかかっていることをすべて説明します。 09:20三日前に姿を消したろばのことは、一切、心にかける必要はありません。もう見つかっています。全イスラエルの期待は誰にかかっているとお思いですか。あなたにです。そして、あなたの父の全家にです。」 09:21サウルは答えて言った。「わたしはイスラエルで最も小さな部族ベニヤミンの者ですし、そのベニヤミンでも最小の一族の者です。どんな理由でわたしにそのようなことを言われるのですか。」 09:22サムエルはサウルと従者を広間に導き、招かれた人々の上座に席を与えた。三十人ほどの人が招かれていた。 09:23サムエルは料理人に命じた。「取り分けておくようにと、渡しておいた分を出しなさい。」 09:24料理人は腿肉と脂尾を取り出し、サウルの前に差し出した。サムエルは言った。「お出ししたのは取り分けておいたものです。取っておあがりなさい。客人をお呼びしてあると人々に言って、この時まであなたに取っておきました。」この日、サウルはサムエルと共に食事をした。 09:25聖なる高台から町に下ると、サムエルはサウルと屋上で話し合った。 09:26彼らは朝早く起きた。夜が明けると、サムエルは屋上のサウルを呼んで言った。「起きなさい。お見送りします。」サウルは起きて、サムエルと一緒に外に出た。 09:27町外れまで下って来ると、サムエルはサウルに言った。「従者に、我々より先に行くよう命じ、あなたはしばらくここにいてください。神の言葉をあなたにお聞かせします。」従者は先に行った。 10:01サムエルは油の壺を取り、サウルの頭に油を注ぎ、彼に口づけして、言った。「主があなたに油を注ぎ、御自分の嗣業の民の指導者とされたのです。 10:02今日、あなたがわたしのもとを去って行くと、ベニヤミン領のツェルツァにあるラケルの墓の脇で二人の男に出会います。二人はあなたに言うでしょう。『あなたが見つけようと出かけて行ったろばは見つかりました。父上はろばのことは忘れ、専らあなたたちのことを気遣って、息子のためにどうしたらよいか、とおっしゃっています。』 10:03また、そこから更に進み、タボルの樫の木まで行くと、そこで、ベテルに神を拝みに上る三人の男に出会います。一人は子山羊三匹を連れ、一人はパン三個を持ち、一人はぶどう酒一袋を持っています。 10:04あなたに挨拶し、二個のパンをくれますから、彼らの手から受け取りなさい。 10:05それから、ペリシテ人の守備隊がいるギブア・エロヒムに向かいなさい。町に入るとき、琴、太鼓、笛、竪琴を持った人々を先頭にして、聖なる高台から下って来る預言者の一団に出会います。彼らは預言する状態になっています。 10:06主の霊があなたに激しく降り、あなたも彼らと共に預言する状態になり、あなたは別人のようになるでしょう。 10:07これらのしるしがあなたに降ったら、しようと思うことは何でもしなさい。神があなたと共におられるのです。 10:08わたしより先にギルガルに行きなさい。わたしもあなたのもとに行き、焼き尽くす献げ物と、和解の献げ物をささげましょう。わたしが着くまで七日間、待ってください。なすべきことを教えましょう。」 10:09サウルがサムエルと別れて帰途についたとき、神はサウルの心を新たにされた。以上のしるしはすべてその日に起こった。 10:10ギブアに入ると、預言者の一団が彼を迎え、神の霊が彼に激しく降り、サウルは彼らのただ中で預言する状態になった。 10:11以前からサウルを知っていた者はだれでも、彼が預言者と一緒になって預言するのを見て、互いに言った。「キシュの息子に何が起こったのだ。サウルもまた預言者の仲間か。」 10:12そこにいた一人がそれを受けて言った。「この人たちの父は一体誰だろう。」こうしてそれは、「サウルもまた預言者の仲間か」ということわざになった。 10:13サウルは預言する状態からさめると、聖なる高台へ行った。 10:14サウルのおじがサウルと従者に言った。「お前たちはどこへ行っていたのだ。」サウルは答えた。「ろばを捜しに行きましたが、見つからなかったので、サムエルのもとに行きました。」 10:15サウルのおじは言った。「サムエルがお前たちに何と言ったか、話しなさい。」 10:16サウルはおじに答えた。「ろばは見つかったと教えてくれました。」だがサウルは、サムエルの語った王位のことについては、おじに話さなかった。 10:17サムエルはミツパで主のもとに民を呼び集めた。 10:18彼はイスラエルの人々に告げた。「イスラエルの神、主は仰せになる。『イスラエルをエジプトから導き上ったのはわたしだ。わたしがあなたたちをエジプトの手から救い出し、あなたたちを圧迫するすべての王国からも救い出した』と。 10:19しかし、あなたたちは今日、あらゆる災難や苦難からあなたたちを救われたあなたたちの神を退け、『我らの上に王を立ててください』と主に願っている。よろしい、部族ごと、氏族ごとに主の御前に出なさい。」 10:20サムエルはイスラエルの全部族を呼び寄せた。ベニヤミン族がくじで選び出された。 10:21そこでベニヤミン族を氏族ごとに呼び寄せた。マトリの氏族がくじで選び出され、次にキシュの息子サウルがくじで選び出された。人々は彼を捜したが、見つからなかった。 10:22そこで、主に伺いを立てた。「その人はここに来ているのですか。」主は答えられた。「見よ、彼は荷物の間に隠れている。」 10:23人々は走って行き、そこから彼を連れて来た。サウルが民の真ん中に立つと、民のだれよりも肩から上の分だけ背が高かった。 10:24サムエルは民全体に言った。「見るがいい、主が選ばれたこの人を。民のうちで彼に及ぶ者はいない。」民は全員、喜び叫んで言った。「王様万歳。」 10:25サムエルは民に王の権能について話し、それを書に記して主の御前に納めた。それから、サムエルはすべての民をそれぞれの家に帰した。 10:26サウルもギブアの自分の家に向かった。神に心を動かされた勇士たちは、サウルに従った。 10:27しかしならず者は、「こんな男に我々が救えるか」と言い合って彼を侮り、贈り物を持って行かなかった。だがサウルは何も言わなかった。


2020/11/08 降誕前第7主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「エチオピアに福音が伝わる」 1.エチオピアからエルサレムに礼拝をささげるためにやってきたある人が、その帰り道の途中でフィリポという伝道者に出会い、彼がフィリポの導きによってイエス様を信じ洗礼を受けた様子が記された箇所である。この出会いをきっかけにして、キリスト教は、はるかアフリカ大陸にまでもたらされることとなった。このエチオピア人が、そのスタートになったかどうかは定かではないが、エチオピアにはアフリカで最古のキリスト教会がたてられることになったのである。おそらく今でもエチオピアは、アフリカの中で最もキリスト教が根付いている地域ではないだろうか。
 そのようなフィリポとエチオピア人との出会いは、決してフィリポ自身の企てやエルサレム教会の伝道計画の結果として起きたものではなかった。26節はじめに「さて、主の天使はフィリポに『・・・行け』」と言った」とある。フィリポがエチオピア人に会ったのは、あくまで主の天使の導きの結果だった。神様自身の導きによるものだったのである。それが、どれほどフィリポ自身やエルサレム教会の計画とかけはなれていたかが26節や27節を読むと浮かび上がってくる。
 26節最後には「そこは寂しい道である」とある。この訳ではガザという町に至る道が寂しい道だとなっているが、原文では、ガザという語が「寂しい・荒れ果てている」という意味にもとれるようである。ある解説によれば、もともとのガザの町は紀元前93年に破壊されてしまっていて、その頃には別の場所に新しいガザの町が建てられていたとのことである。主の天使はフィリポに、わざわざ廃墟になっていたガザの町か、あるいはその廃墟の町に至る道へ行けと言ったのである。それはどう考えてもフィリポ自身が、またサマリアにペトロとヨハネを派遣したエルサレム教会が考えることとは正反対の道ではなかろうか。
 さらには、出会った人というのが、エルサレムからはるか1000キロ以上も遠く離れたアフリカのエチオピアの人で、そこの女王に仕える宦官だったというのである。私たちが伝道をしようとするとき、まずはそのような遠くから来ている人に積極的に関わろうとはしないであろう。また、最大の問題はその人が宦官であったということである。それは、女王に仕えるために男性器を切り取ってしまった役人のことである。イスラエル人は、そうした人々を自分たちの正規な同胞とは見なしてはいなかった(例えば申命記23章2節には「睾丸のつぶれた者、陰茎を切断されている者は主の会衆に加わることはできない」とある)。だすから、エルサレム教会は勿論のこと、たとえギリシャ語を話すグループといえど、やはりユダヤ人であったフィリポが関わろうとする相手では決してなかったのである。しかし神様は、決してフィリポやエルサレム教会が関わろうとしなかったような人と出会わせたのである。そのスタートは「寂しい(もしくは荒れ果てた町)へ行け」という神様の導きだった。

2.私たち伝道者は、その歩みが私たち自身の考えや企てではなく、神様自身によって導かれるものでありたいと願っている。それによってこそ、福音が私たちの枠や壁を越えて思いもかけないところへと伝わってゆくのだと思う。また、それだけではなく、そこにこそ私たち伝道者の何よりもの喜びがもたらされるのだと感じるのである。
 39節に、「主の霊がフィリポを連れ去った。宦官はもはやフィリポの姿を見なかったが、喜びにあふれて旅を続けた」とある。40節に、ほんの短くその後のフィリポの様子が書かれている。その後、使徒言行録において彼の姿が直接言及されることはない(ただ21章8節に、カイザリアに行ったパウロの一行が彼の家に泊まったという記述がある。フィリポには預言をする4人の娘がいたとのことである)。ひとりのエチオピア人が喜びにあふれて生きるようになったということが、伝道者フィリポの働きの最後の収穫・実として語られている。私たち伝道者の何よりの実りは、私たちがいなくなった後も、福音を信じ洗礼を受けてクリスチャンとなった人々が喜びにあふれてその後の人生を生きて下さることである。信徒の喜びが私たちの喜びなのである。そのような収穫・喜びが与えられたのは、他でもなくフィリポが主の天使によって寂しい道・荒れ果てた町へと導かれたことによってなのである。
 そうした伝道者の喜びというものは、信徒の皆さんの喜びでもあるのではないかと思う。信徒の皆さんの喜びも、皆さんが主の霊によって連れ去られ(天に召され)、残された伴侶や子に皆さんの姿が見えなくなった後も、残された者たちが喜びにあふれてその後の旅を続けられることではなかろうか。それは、その人々が福音を信じる者となることである。そしてそのために大事なことは、私たちが神様によって導かれて寂しい道・荒れ果てたところへ行くことなのである。

3.残念ながら私たちには、このフィリポに起きたようには、主の天使が直接「・・・へ行け」と言って下さるといったとはおこらないであろう。しかし、様々な出来事や、ある客観的な導きとして、「寂しい道・荒れ果てた町へ行け」という促しというものはあるのではなかろうか。
 来年65歳になる私である。牧師生活40年の区切りまであと5年、今後どのように歩むのが神様の導きに沿うものかということをよく考えるようになった。まさにフィリポと同じく、神様によって連れ去られる時も近づいているのだから、ますます強く、私の思いではなく神様の導きに沿いたいと切に願っている。神様の導きに沿って歩むからこそ、伝道者としての最後が喜びに満ちたものとなるのだと確信させられるのである。そこで、神様が直接的に「・・・へ行け」とおっしゃることはないにしても、「寂しい道・荒れ果てた町へ行け」という導き・招きが、ある客観的な出来事を通して示唆されることがあるのではなかろうか。9月で無牧になってしまった石岡教会の代務者としてのご奉仕も、そのような導きの現れだとしみじみ思う。
 こうしたことが信徒の皆さんにもあるのだと感じる。このエチオピアからの宦官のように、きっと皆さんの周りにも「寂しい道・荒れ果てた町」のような状態の人がおられると思うのである。私たち伝道者は、どこへでもこのフィリポのように導かれてゆく。しかし信徒の皆さんはそうではなく、居を構えてずっと住まわれることが多いと思う。そのような中で何が、神様の導きなのか。それは、何らかの寂しさや荒れ果てたものを抱えた人に関わってゆくことだと思うのである。その人は、このエチオピアの宦官のようには、出会ったそのときに聖書を読みイエス様を求めているというようなことはないかもしれない。29節の「あの馬車と一緒に行け」という言葉は、原文では「にかわでくっつくように」というニュアンスの言葉が使われているそうである。そのようにして長く人生の歩みを共にする中で、その人がこのエチオピアの宦官のように深い魂の乾きを覚えて神様を求めるようになるかもしれないのである。そのとき、先に信者となった私たちたちが、その人のそばにいるということが大事なのである。その人がイエス様を信じるようになり、喜びにあふれて生きるようになったならば、そのことは皆さんの喜びとなるのである。

4.では、このエチオピア人の宦官は、どのように「寂しい道・荒れ果てた町」のような状態であったのか。それはこの人がはるか1000キロを越える道を、ものともせずエルサレムまで礼拝をささげにやってきていたこと、そしてまた当時とても高いお金を出さなければ決して手に入れることなどできなかったイザヤ書の写本を読んでいたことに滲み出ているのだと思う。
 なぜこれほどまでに神様を求めていたのであろうか。彼が読んでいたイザヤ書の箇所は旧約聖書において、生まれたばかりのキリスト教会でイエス様がキリスト・救い主となることが預言されている聖書では最も有名になりつつあったところ―イザヤ書52章13節から53章の最後までの『苦難のしもべの歌』と呼ばれている箇所―であった。彼はフィリポに「預言者はだれについてこう言っているのですか。自分についてですか。だれか他の人についてですか」と聞いたことから、このエチオピア人の宦官が何よりも求めていたのは、この「苦難のしもべ」といわれる存在だったとわかる。

 4節から5節には次のように記されている。「彼が担ったのはわたしたちの病。彼が負ったのはわたしたちの痛みであった。・・・彼が刺し貫かれたのは私たちの背きのためであり、彼が打ち砕かれたのはわたしたちの咎のためであった。彼の受けた懲らしめによってわたしたちに平和が与えられ、彼の受けた傷によってわたしたちはいやされた。」と。その箇所を彼が熱心に読み、そこで記されている不思議な存在を切に求めていたということは、この宦官がどこかで傷や病や痛みや咎というものを抱えていたことを示している。それゆえの「寂しい道・荒れ果てた町(魂・心)」ではなかったかと思うのである。
 それがどのような傷や痛みや咎であったかは想像するのみである。王女の全財産を管理する者となるためには、恐らく様々なことにも手を染めざるを得なかっただろうと思う。そのためにまずやらねばならなかったのは、自らの性器を切除するということであった。しかし、彼が切り落としたものは、それに止まらなかったのではないだろうか。他の人の多くのものを切り落としてこの立場に上り詰めたのではなかったか。そこにこそ彼の病があり痛みがあり傷があり罪・咎があったので、その敬し・癒しを彼は求めていたに違いない。
 彼と同様に私たちは、赦しというものを必要としているのではなかろうか。なぜなら私たち誰もが、この宦官と同じように自分自身や誰かの大切な部分を切り落としてしまっているからである。赦しとは、なした悪や咎を、なかったことに帳消しにするものでは決してない。ダビデが不倫相手のバテシバの夫ウリヤ―バテシバが妊娠し不倫がばれそうになると、それを隠すために夫ウリヤを戦争の最前線に送り、部下に見殺しにさせた―にしたことは、決してなかったことにはされなかった。赦しとはそういうことではなく、その罪・咎を含めたダビデの人生が、それでも意味あるもの・何か良いことを生み出すものとして用いられてゆくということなのである。むしろ罪咎・悪を犯した人生だからこそ、神様によって良い働きをする意味ある生涯として用いられてゆくことなのである。聖書に登場する人々は皆、そのような罪咎を抱え、その人生を良きものに変えられた人々なのである。モーセ、ダビデ、ペトロ、パウロ、皆が直接的・間接的な殺人者であった。私たちも、ある意味どこかでそうではないだろうか。この宦官のように大切な何かを欲得と引き換えに切除してしまった存在ではなかろうか。だから私たちには赦しが不可欠なのである。そしてそれは神様にしかできない。決して人間にはできないものなのである。
 それを与えてくださるのが、十字架にかけられたイエス様だとフィリポは語ったのであろう。神様は、私たちが十字架にかけられたイエス様を信じ、イエス様の十字架の死につなげられ、その死の犠牲・痛み・傷にあずかることによって、私たちの罪咎を良き働きをするものへと変えたもうのである。イエス様につながっていると、イエス様は、決してなくならない罪咎・病を良き働きをするものへと変えて下さる。今の時代社会は本当に多くの人々が、このエチオピアの宦官のように自分自身の、まただれかの大切な部分を切除してしまい、荒れ果てた心・魂を抱えているのである。そこにかかわってゆくことで、その人々に喜びをもたらし、それがまた私たちの喜びとなるのだと教えられる。

聖書:新共同訳聖書「使徒言行録 8章 26~40節」 08:26さて、主の天使はフィリポに、「ここをたって南に向かい、エルサレムからガザへ下る道に行け」と言った。そこは寂しい道である。 08:27フィリポはすぐ出かけて行った。折から、エチオピアの女王カンダケの高官で、女王の全財産の管理をしていたエチオピア人の宦官が、エルサレムに礼拝に来て、 08:28帰る途中であった。彼は、馬車に乗って預言者イザヤの書を朗読していた。 08:29すると、“霊”がフィリポに、「追いかけて、あの馬車と一緒に行け」と言った。 08:30フィリポが走り寄ると、預言者イザヤの書を朗読しているのが聞こえたので、「読んでいることがお分かりになりますか」と言った。 08:31宦官は、「手引きしてくれる人がなければ、どうして分かりましょう」と言い、馬車に乗ってそばに座るようにフィリポに頼んだ。 08:32彼が朗読していた聖書の個所はこれである。「彼は、羊のように屠り場に引かれて行った。毛を刈る者の前で黙している小羊のように、 口を開かない。 08:33卑しめられて、その裁きも行われなかった。だれが、その子孫について語れるだろう。彼の命は地上から取り去られるからだ。」 08:34宦官はフィリポに言った。「どうぞ教えてください。預言者は、だれについてこう言っているのでしょうか。自分についてですか。だれかほかの人についてですか。」 08:35そこで、フィリポは口を開き、聖書のこの個所から説きおこして、イエスについて福音を告げ知らせた。 08:36道を進んで行くうちに、彼らは水のある所に来た。宦官は言った。「ここに水があります。洗礼を受けるのに、何か妨げがあるでしょうか。」 08:37*フィリポが、「真心から信じておられるなら、差し支えありません」と言うと、宦官は、「イエス・キリストは神の子であると信じます」と答えた。 08:38そして、車を止めさせた。フィリポと宦官は二人とも水の中に入って行き、フィリポは宦官に洗礼を授けた。 08:39彼らが水の中から上がると、主の霊がフィリポを連れ去った。宦官はもはやフィリポの姿を見なかったが、喜びにあふれて旅を続けた。 08:40フィリポはアゾトに姿を現した。そして、すべての町を巡りながら福音を告げ知らせ、カイサリアまで行った。


2020/11/01 聖霊降節第23主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「艱難を受くれども窮せず」 1.説教題を「艱難を受くれども第せず」とさせていただいた。「艱難」の「艱」には「患者」の「患」がよく使われる。意味としては「なやみ」とのことである。ちなみに文語訳聖書には、8節から9節に「われら四方より患難(なやみ)を受くれども窮せず、為方(せんかた)尽(つ)くれども希望(のぞみ)を失わず、責めらるれども棄てられず、倒さるれども亡(ほろ)びず」とある。
 なぜ艱難を受けても窮しないのか。パウロは「土の器の中に宝を持っているから」だと語っている。土の器とは、旧約聖書の創世記には、神様が私たち人間を土の塵から造られたということが書かれている。土の塵から造られた器なので、艱難に合い為方尽きてしまうことがあり、倒されてしまう者でなのある。しかし、土の器の中に宝を持っているので、窮してしまうことも望みを失うことも滅びることもないのである。
 本日お集まりいただいた召天者遺族の皆様の脳裏には、召されていった方々の最後の様子が今でも焼き付いておられることと思う。その姿はきっと、病のため、また死の苦しみや痛みのために窮し、希望を失ってしまったかのように見えたかもしれない。生き残った者にとっては、死んでいった者のありさまは、どうしてもそのように見えてしまう。「どれほど辛かったことか」「難儀であったろうか」と思い起こすしかないのである。しかし、今日の聖書の御言葉は告げている。召された者たちは、実は艱難を受けても窮してはおらず、希望を失ってはいなかったのだと。それは、倒れ伏していたような状態の中にも宝があったからである。その宝によって支えられ、滅びてしまうことがなかったのである。私たちも、いずれ同じ道をたどらざるを得ないが、しかし、決して窮することはなく、望みを失わないのだということを心に刻みたいと思う。

2.それでは、土の器の中に与えられた宝とは何なのか。その宝とは、私たちが神様によって土の器として造られたこと自体にある。改めて創世記2章6~7節にかけて読んでみたい。「しかし、水が地下からわき出て土の面をすべて潤した。主なる神は、土の塵で人を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった」とある。
 私たちが土の塵から造られたということに、どのような宝が与えられているのだろうか。3つの宝があるように思う。まず最初のそれは、私たち人間が土ととても近しいものだということにある。6節には、水が地下からわき出て土の面を潤していたとある。だからこそ、神様が土を手に取ったときに、その土は、ぱさぱさに乾き切ってはおらず潤っていたのである。それゆえ神様は、潤っていた土の塵から私たちを形作ることができたのである。私たちは、こうして人として生きていて、もうすっかり土などとは無関係だと思い込んでいるが、実は土ととても近しい存在なのである。土が潤っていれば私たちも潤っているのである。そのように大地と連動している。決して大地と切り離されてはいない。そこにこそ私たち土の器である人間の宝があるのではなかろうか。
 この宝は、7節に、私たちから出たものではない、並外れて偉大な神様の力を与えてくださるとある。私は今回のコロナ禍で、改めて私たちが土と近しい存在であるゆえの力というものを感じた。それは、私だけではなく、多くの人たちが、ラジオ等にその思いを投稿したり、新聞の短歌や俳句の中に歌い詠んだりしていた。緊急事態宣言が出された頃、私たち人間だけがコロナ・コロナと騒ぎ立ち不安におののいていたが、窓から見る自然の光景は全くいつもの春と変わってはいなかった。木々は芽吹き、花は咲き、青葉が繁っていった。投稿には、自分もそのような自然の一部であるのを感じて慰められたとあった。私も全く同じ思いを感じていた。もしかしたら私も、新型コロナウイルスにかかって死んでしまうやもしれない。しかし冬枯れの大地が、このように芽吹き、花を咲かせるように、必ずや私たちもそうなるのである。なぜなら私たちも、この自然の一部だからである。土の塵から造られ、水で潤っている土から造られたということはそういうことなのである。大地がこうであるならば、その大地から造られた私たちも同じなのである。それは決して私たち自身から出たものではない偉大な神様の力なのである。それは、神様が幸いにも私たちを土の塵から造ってくださったということ自体に込められている宝ではなかろうか。そのことから私たちには、神様の偉大な力が与えられているのである。

3.このような神様の力とは対照的に、「私たちから出た」力というものを考えさせられる。私たちが、艱難の中に置かれたときに拠り頼もうとするのは、私たち自身から出てきた力であり、人間からの力である。ではその力とはいかなるものなのか。土の器ということから言えば、とにかく土からできるだけ自分を遠ざけようとする力ではなかろうか。自分が土の器であることをできるだけ否定し、土の器を様々な金属や部材で補強し覆おうとするのである。
 私は一昨年の冬に糖尿病であることがわかった。しかし翌年の秋ごろには安定してきて、主治医が糖尿病専門病院から近所の医院の医師にかわることができた。その先生からは、この状態では治ったというしかないと言われた。医者は、とにかくあれやこれやと検査をしたがる。土の器である私たちの、その経年劣化によるひびや割れを懸命に見つけようとする。勿論定期的な血液検査や尿検査はうけるが、それ以上の検査は、何か自覚症状がない限り無用だと私は思っている。しかし医者は、なかなかそのような考えを受け入れてくれない。とにかく医者は土の器にある小さなひびや割れを見つけようとするのである。しかしひびや割れがあるのは、そもそも私たちが土の器として大地に近しい存在として造られたがゆえに避けられないことではなかろうか。どう接着剤でくっつけたとしても、また何かの材料で補修したとしても、どうにもならない部分があるのではないだろうか。
 今日は、このあと墓前礼拝に向かう。過日の敬老祝福日礼拝でのヨブの言葉が浮かぶ。「私は裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう」とヨブは言った。裸で、というのは土の塵ということと同じであろう。神様が私たちの人生として引いてくださった道筋というのは、土の塵から出て土の塵に帰るという歩みなのである。そこをたどることにこそ私たちに与えられた宝があり、神様からの力がある。そこを外れて、土の塵から遠ざかり、それを否定しようとすることには宝はない。「私たちから出た力」ならばあるだろうが、しかしそれは本当に私たちを支える力にはならないのである。なぜなら、それは神様が私たちに定めた真実の道筋からはずれているからである。土の器を否定し、遠ざかろうとして発揮される私たちの力は、決して私たちを幸いにはしないと思うのである。

4.さて第2番目の宝は、やはり土の器ということと深くからんでいる。私たち人間の創造が描かれた創世記のもうひとつの箇所である1章を読むと、27節以下に「神はご自分にかたどって人を創造された」とある。この1章には次の2章に書かれている「土の壁から」ということはないが、やはり1章と2章とは併せて読むべきなのだと思う。併せて読んだときにはじめて、神様が私たちを自分にかたどって造ったということの意味がよくわかってくると思う。また、土の器に入れられた宝とは何かもわかってくる。
 神様が自分にかたどって私たちを創造したとは、どういうことだろうか。多くの人々が、様々なことを考えてきた。今回改めて教えられるのは、それは創世記2章7節に書かれていることだと示される。神様は人を土の塵から取って、そこに自分の命の息を吹き入れ、それを生きた者としたとある。ここにこそ「神のかたどり」があるのではないだろうか。つまりそれは、自らの手のひらによって人の形作り、そこに自分の命を吹き入れるというありかたなのである。神様は、土の塵から私たちをそのようにして作り、私たちもまた誰かを私たちの手のひらで形作るようにして支え、生きるための息吹を吹き込めるような者として下さったのである。そうした神様自身のありかたを、神様は私たちに刻んで下さったのであろう。
 これが、土の器である私たちに与えられた宝なのだと思う。私たちは勿論、神様と同じようには土の塵を取って、そこに息吹を吹き込んで、それを生きる者にすることはできない。しかし、誰かを崩れないように支えることはできる。また、その誰かが生きるのを幾らかでも助けようとして、私たち自身の命を吹き込むことができる。それゆえの土の器なのではなかろうか。土の器同士だからこそ、互いに手のひらを当てあって、割れやひびに補いあうのである。そして命を吹き入れ合うのである。土の器として、そのようなことができるという点にこそ、宝があるのではないだろうか。それが神様が、土の器としての私たちに与えてくださった並外れた力ではないだろうか。それが私たちの「艱難の中にあっても窮させないもの」ではなかろうか。それは、自分を支え生かす力ではない。他の人に向かう力なのである。
 ここでまた「私たちから出た」力を、また思う。それは突き詰めると、土の器である自分を、自分で守り支えようすとする力なのである。おのれにのみ向けられた力なのである。しかしそれは、自分で自分を押したり支えたりすることはできない力なのである。力とは、自分から他者に向かって出てゆくものであってこそ、はじめて力となりうるのではなかろうか。

5、そのような力というものが、10節から11節に記されたイエス様のありさまにも描かれているのである。そこには、イエス様の死が私たちの体にまとわれ、イエス様の命が私たちの体に現れるということが繰り返し言われている。十字架の上で殺されたイエス様は、本当の意味で土の器であった。その土の器たるイエス様を支えた力とは何であったのか。イエス様は最後の晩餐で「これはあなたがたのための私の体・血潮」とおっしゃった。自分の命を私たちに与えようとするところにこそあったのではないだろうか。本日の聖書箇所のパウロの言葉にも、イエス様が十字架の死によって成し遂げようとしたことが書かれている。イエス様は自分の死を衣服や外套のようにして私たちにまとわせようとしたのである。自分の命をもって私たちを支えようとしたのである。その心が十字架のイエス様を窮させず、また希望を失わせなかったものだったのである。
 第三番目の宝とは、すなわちこのイエス様の死と命なのである。パウロ自身、四方から苦しめられ途方に暮れる中でイエス様の十字架の死と命の力がとても身近になり迫ってくるのを感じたのであろう。それが私たちにも起こることなのである。自分自身が土の器であられたイエス様のその死や命の力は、土の器である私たちが苦しみを受け途方に暮れたときにこそ感じられ迫ってくるのである。この宝によってこそ私たちは、艱難を受くれども窮することがないのである。

聖書:新共同訳聖書「コリントの信徒への手紙(2) 4章 7~11節」 04:07ところで、わたしたちは、このような宝を土の器に納めています。この並外れて偉大な力が神のものであって、わたしたちから出たものでないことが明らかになるために。 04:08わたしたちは、四方から苦しめられても行き詰まらず、途方に暮れても失望せず、 04:09虐げられても見捨てられず、打ち倒されても滅ぼされない。 04:10わたしたちは、いつもイエスの死を体にまとっています、イエスの命がこの体に現れるために。 04:11わたしたちは生きている間、絶えずイエスのために死にさらされています、死ぬはずのこの身にイエスの命が現れるために。


2020/10/25 聖霊降節第22主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「十字架につけろ」 1.使徒信条の中にある「ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け」の「ポンテオ」とは、ピラトの姓ではなくローマ総督の職名のことである。
 イエス様を十字架へと至らせる尋問と裁判には、大きくいって二つのプロセスがあった。それはユダヤ人側の大祭司のもとでの尋問と、当時イスラエルを占領統治していたローマ側の裁判である。イスラエルを治めていたローマは、かなりの自治をイスラエル人に認めていた。とくに宗教的なことがらについては、そうであった。なぜならば、そこに干渉すると、ユダヤ人からの反発が大きかったからである。使徒言行録におけるステファノの例のように、ユダヤ人側の宗教的判断からイエス様を殺すこともできた。事実、ピラトは「そうしたらよかろう」とユダヤ人に言っている(6節)。
 しかしユダヤ人の宗教的指導者たちは、何としてでもイエス様を自分たちの手によってではなく、ローマ帝国の犯罪者として十字架の上で殺したかったのであろう。過越の祭が間もなく始まろうとしていたその頃、全世界から数多くの人々がエルサレムに集まっていた。その大群衆の前でイエスという男をローマ帝国の犯罪人として十字架にかけて殺してしまうことで、完全にその影響力を抹殺してしまいたいとの思いが強かったのではなかったか。そこで、まず大祭司のもとでイエス様を死刑にあたる者として裁いた後、ローマ総督でもとに送ったのである。ふだん総督は総督府のあったカイザリアにいた。しかし過越の祭の期間中は、不測の事態に備えてエルサレムに滞在していたのである。

2.さてユダヤ人は、ローマ帝国の犯罪者としてイエス様を十字架にかけようと告発した罪状は、どのようなことだったのであろうか。18章28節以下のピラトのもとでの一連の裁判の様子によれば、まずはイエス様が「ユダヤ人の王になろうとした」ことだったとわかる。ピラトのもとでの裁判は18章28節からはじまっている。ピラトはユダヤ人に「どういう罪でこの男を訴えるのか」と尋ねた(18章29節)。すると、彼らははっきりとは答えなかったが、ピラトはもう訴えの内容を知っていて、「お前がユダヤ人の王なのか」と尋問した(33節)。ピラトは「あなたたちの王をわたしが十字架につけるのか」と祭司長たちに言った(19章15節)。さらに19章19節には、十字架の上に掛けられたイエス様の罪状書として「『ナザレのイエス、ユダヤ人の王』と書いてあった」とある。ユダヤ人の宗教的指導者たちは、イエス様がローマ帝国に対して反乱を起こして王になろうとしたという訴えをもって、帝国の犯罪人として字架にかけようとしたのである。
 そもそもなぜ彼らは、イエス様をこのように訴えたのであろうか。それはこの告発をもってローマ帝国の政治犯としてイエス様を死刑にしようとしたということである。しかし、その思いの奥底には、実はイエス様に本当に王になってほしいとの切なる願いがあったのではなかろうか。その切実な願いが拒まれてしまったからこそ、踏みにじられた「ユダヤ人の王」という訴えをかぶせて、踏みにじったイエス様への憎しみをあびせて復讐しようとしたのではなかったか。
 サムエル記(上)の8章にも、イスラエル人が宗教的指導者だったサムエルに王様を立ててほしいと執拗に願ったことが書かれていた。「王が陣頭に立って進み、我々の戦いを戦うのです(8章20節)」と彼らは言った。少しずつ少しずつ難民だった状態を脱して、パレスチナの地において周囲の民族と肩を並べることができるほどになり、やっとのことで領地のようなものを持って生活を営めるようになった。それを維持し守ってくれる王様がぜひとも必要なのだとイスラエル人は訴えた。ローマ帝国の占領統治を受けていたイスラエル人にとっても、王が立てられローマ帝国に対する戦いを戦い、再び独立した王国を立ててほしいとの願いは切実なものだったのである。そしてイエス様にこそ、その王になってほしいと切に願ったのである。

3.しかしイエス様はそれを拒んだ。その結果としての十字架の死であった。そのことについて、私は改めて示されることがある。ユダヤ人は王様を求め、それをかなえてくれなかったイエス様を憎んで十字架につけた。しかし彼らがイエス様を十字架につけて殺したことが、逆説的な意味で、イエス様を本当の意味での王様として立てることになったのではないかということである。イエス様はユダヤ人たちの願いを拒み十字架へとかけられる中で、「この世の王様を求めるあなたたちによって殺されてしまう私こそが、実はあなたたちの本当の王なのだ」と語っておられるように感じるのである。
 サムエル記(上)8章20節には、「王が陣頭に立って進み、我々の戦いを戦う」のだとあった。イスラエル人は、王様が立てられこの世の戦いを先頭に立って戦い勝利し王国を建ててくれることが、自分たちの幸いにとって不可欠だと言っていた。しかし、一体私たちの戦いというものは、果たしてこの世の国における戦いだけなのであろうか。ユダヤ人たちの願い通り、もしもイエス様が王となってローマ帝国に対する戦いに勝利し王国を立ててくださったなら、果たしてそこで彼らの幸いは与えられたであろうか。今日、私たちは他国の王様による占領統治のもとにはいない。日本人による為政者の下で平和を謳歌している。では私たちにはもう戦いがないのか。私たちは幸いなのであろうか。そうではないと思うのである。れっきとした政治的な王様・為政者がいても、なお私たちには戦いがある。
 先日、NHKの「プロフェッショナル」という番組を観て、私はとても心を打たれた。警察の中の組織において青少年の育成を支援する活動を長く行い、非行に走ってしまった青少年たちに「お母さん」とも呼ばれているあるカウンセラーの働きが描かれていた。彼女はこう語っておられた。「自分たちの働きとは『生まれてきてゴメンナサイ』としか言うしかない子どもたちを、『生まれてきてよかった。生きていて幸せだった』と言えるようにするためのものです」と。私はこれを聞いて、私たちが宣べ伝える福音の働きと同じだとしみじみ思った。
 政治的な王様が立てられていて、他の国に占領統治もされていない今の日本ではあるが、しかしどれほど多くの人々が「生まれてきてゴメンナサイ。生きていても幸いではない」と思い詰めて自ら命を絶ってしまっているであろうか。私たちも、重い病になり老いの厳しい現実にぶつかり死に直面したとき、果たしてそのような生を「生きていて辛い」と思えるであろうか。私たちはそのような壮絶な戦いを戦ってゆかねばならないのである。それが私たちの戦いなのだと思う。私たち一人ひとりに、十字架とも言ってよいものが科せられている。だから、この戦いに不可欠な王様とは、この世の政治的な王様などではない。十字架を科せられ、生きていても幸いではないと思うしかない私たちの戦いの先頭に立ち、この戦いを共に戦ってくださるのは、それは十字架にかかって殺されたイエス様に他ならないと思うのである。
 十字架の上で殺されたイエス様が、どのようにして戦う私たちの王となってくださるのか。苦しい戦いのさなかに置かれた私たちに、なお幸いを与えてくださるのか。それは、十字架という苦しみをなくすということによってではないと思う。イエス様自身にとっても十字架がなくなるということはなかった。十字架がなくなることがイエス様にとっての幸いではなかったのである。十字架がなくなることではなく、十字架を背負うことに意義があるのだとイエス様は身をもって教えくださった。イエス様自身の十字架の姿をもって、私たち一人ひとりに科せられた十字架に意味があるのだと、身をもって語ってくださったのである。そこに王としての姿があるのだと示されるのである。

4.「ユダヤ人の王」という告発について長く触れてきた。もうひとつユダヤ人の宗教的指導者たちがイエス様を十字架につけようとした理由としてあげられるのが、7節にはっきりと言われているように、「神の子と自称したから」ということであった。それは、本来ならば宗教的な領域での訴えであるから、ピラトは関知しないところだったのではないかと思う。ただ、ローマ皇帝も自分を神そのもの、あるいは神の子として崇拝するよう人々に求めていたであろうから、そこに抵触するのだと訴えようとしたのかも知れない。
 さてこの訴えもまた「ユダヤ人の王」という訴えと同様に、実はユダヤ人の深いところにあった願いを現していたのではないかと感じる。端的に言えば、彼らはイエス様が神の子であって欲しいと願ったのだと思う。しかし彼らが願っていた神の子とは、「ユダヤ人の王」ということと、やはり重なるものだったに違いない。神様から遣わされた子どもなら、まず何よりもこの世にダビデやソロモンが建てたような王国を建てる。また神の子は、ユダヤ人の宗教的指導者たちが必要不可欠と信じているエルサレム神殿やそこで働く祭司や律法を当然に大切にする。そのようにして神の子は、この世に建てられた王国の中にある神殿や律法をよすがにして、その領域の中で生きるイスラエル人だけを「神の子供たち」としてゆく。彼らが願っていた神の子とは、ごくごく限られた範囲の者たちだけを「神の子供たち」としてゆく存在だったのだと思う。放蕩息子のたとえ話に描かれているように、親のもとで忠実に孝行息子として生きている者だけを神の子どもとするのである。それが、彼らの願っていた「神の子」ではなかったかと思う。
 しかしイエス様は、「ユダヤ人の王」と同様に、そのような「神の子」をも拒んだのである。イエス様は自分を幾度となく、神様から遣わされた者であり、神様とその心を同じくし、「わたしを見た者は神を見たのである」や「私は道であり」と言っておられた。もはや神殿も律法も必要ではなく、神の子である私を信じるなら、私がよすがとなってどのような者でも神の子どもになれるのだとイエス様は語っておられた。これこそが、ユダヤ人の宗教的指導者たちにとって決して許すことのできない教えの核心だったのである。だから彼らはイエス様を十字架につけたのである。
 しかしこれもまた「ユダヤ人の王」と同様に、逆説的にイエス様を本当の神の子として立てることになったのではなかろうか。ルカによる福音書にのみ、イエス様と一緒に十字架につけられたひとりの犯罪人に対して、イエス様は十字架の上で「あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」と語りかけたとある(ルカによる福音書23章43節)。この人こそ、神の子には決してなりえない、神のみもとになど決して迎え入れられることのないと見られていた人であった。しかし十字架にかけられたイエス様は、この人と共にあり彼を神のもとへと導いた。まさに彼を神の子としてくださった。それを可能にするためにこその十字架だったのではなかったか。十字架には、そのような意義があるのではなかろうか。神の子としてのイエス様の十字架は、わたしたち一人ひとりが背負わなければならない十字架を背定するものである。十字架を背負った私たちこそが神の子どもなのだと励ましてくださるのである。
 ピラトは、当時存在したこの世の王様の中で最も力のあったローマ皇帝に仕える役人であり、占領統治していたイスラエルに対しては最も強い力をもった「王」であった。しかし、イエス様を十字架につけよと叫ぶユダヤ人に逆らうことのできない弱々しい総督の姿が、ここには描かれている。そうした総督によって、また十字架につけよと呼ぶ人々によって、十字架につけられてゆくイエス様であった。しかしイエス様は、何とピラトとは対照的な姿であったか。人々やピラトから科せられた十字架ではあったが、そこに神様からの、なくてはならない意義を、しっかりと見いだして進む王・神の子の姿があったのである。

聖書:新共同訳聖書「ヨハネによる福音書 19章 1~16節」 19:01そこで、ピラトはイエスを捕らえ、鞭で打たせた。 19:02兵士たちは茨で冠を編んでイエスの頭に載せ、紫の服をまとわせ、 19:03そばにやって来ては、「ユダヤ人の王、万歳」と言って、平手で打った。 19:04ピラトはまた出て来て、言った。「見よ、あの男をあなたたちのところへ引き出そう。そうすれば、わたしが彼に何の罪も見いだせないわけが分かるだろう。」 19:05イエスは茨の冠をかぶり、紫の服を着けて出て来られた。ピラトは、「見よ、この男だ」と言った。 19:06祭司長たちや下役たちは、イエスを見ると、「十字架につけろ。十字架につけろ」と叫んだ。ピラトは言った。「あなたたちが引き取って、十字架につけるがよい。わたしはこの男に罪を見いだせない。」 19:07ユダヤ人たちは答えた。「わたしたちには律法があります。律法によれば、この男は死罪に当たります。神の子と自称したからです。」 19:08ピラトは、この言葉を聞いてますます恐れ、 19:09再び総督官邸の中に入って、「お前はどこから来たのか」とイエスに言った。しかし、イエスは答えようとされなかった。 19:10そこで、ピラトは言った。「わたしに答えないのか。お前を釈放する権限も、十字架につける権限も、このわたしにあることを知らないのか。」 19:11イエスは答えられた。「神から与えられていなければ、わたしに対して何の権限もないはずだ。だから、わたしをあなたに引き渡した者の罪はもっと重い。」 19:12そこで、ピラトはイエスを釈放しようと努めた。しかし、ユダヤ人たちは叫んだ。「もし、この男を釈放するなら、あなたは皇帝の友ではない。王と自称する者は皆、皇帝に背いています。」 19:13ピラトは、これらの言葉を聞くと、イエスを外に連れ出し、ヘブライ語でガバタ、すなわち「敷石」という場所で、裁判の席に着かせた。 19:14それは過越祭の準備の日の、正午ごろであった。ピラトがユダヤ人たちに、「見よ、あなたたちの王だ」と言うと、 19:15彼らは叫んだ。「殺せ。殺せ。十字架につけろ。」ピラトが、「あなたたちの王をわたしが十字架につけるのか」と言うと、祭司長たちは、「わたしたちには、皇帝のほかに王はありません」と答えた。 19:16そこで、ピラトは、十字架につけるために、イエスを彼らに引き渡した。こうして、彼らはイエスを引き取った。


2020/10/18 聖霊降節第21主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「民、王を求める」  (要旨掲載 準備中)

聖書:新共同訳聖書「サムエル記(上) 8章 1~21節」 08:01サムエルは年老い、イスラエルのために裁きを行う者として息子たちを任命した。 08:02長男の名はヨエル、次男の名はアビヤといい、この二人はベエル・シェバで裁きを行った。 08:03しかし、この息子たちは父の道を歩まず、不正な利益を求め、賄賂を取って裁きを曲げた。 08:04イスラエルの長老は全員集まり、ラマのサムエルのもとに来て、 08:05彼に申し入れた。「あなたは既に年を取られ、息子たちはあなたの道を歩んでいません。今こそ、ほかのすべての国々のように、我々のために裁きを行う王を立ててください。」 08:06裁きを行う王を与えよとの彼らの言い分は、サムエルの目には悪と映った。そこでサムエルは主に祈った。 08:07主はサムエルに言われた。「民があなたに言うままに、彼らの声に従うがよい。彼らが退けたのはあなたではない。彼らの上にわたしが王として君臨することを退けているのだ。 08:08彼らをエジプトから導き上った日から今日に至るまで、彼らのすることといえば、わたしを捨てて他の神々に仕えることだった。あなたに対しても同じことをしているのだ。 08:09今は彼らの声に従いなさい。ただし、彼らにはっきり警告し、彼らの上に君臨する王の権能を教えておきなさい。」 08:10サムエルは王を要求する民に、主の言葉をことごとく伝えた。 08:11彼はこう告げた。「あなたたちの上に君臨する王の権能は次のとおりである。まず、あなたたちの息子を徴用する。それは、戦車兵や騎兵にして王の戦車の前を走らせ、 08:12千人隊の長、五十人隊の長として任命し、王のための耕作や刈り入れに従事させ、あるいは武器や戦車の用具を造らせるためである。 08:13また、あなたたちの娘を徴用し、香料作り、料理女、パン焼き女にする。 08:14また、あなたたちの最上の畑、ぶどう畑、オリーブ畑を没収し、家臣に分け与える。 08:15また、あなたたちの穀物とぶどうの十分の一を徴収し、重臣や家臣に分け与える。 08:16あなたたちの奴隷、女奴隷、若者のうちのすぐれた者や、ろばを徴用し、王のために働かせる。 08:17また、あなたたちの羊の十分の一を徴収する。こうして、あなたたちは王の奴隷となる。 08:18その日あなたたちは、自分が選んだ王のゆえに、泣き叫ぶ。しかし、主はその日、あなたたちに答えてはくださらない。」 08:19民はサムエルの声に聞き従おうとせず、言い張った。「いいえ。我々にはどうしても王が必要なのです。 08:20我々もまた、他のすべての国民と同じようになり、王が裁きを行い、王が陣頭に立って進み、我々の戦いをたたかうのです。」 08:21サムエルは民の言葉をことごとく聞き、主の耳に入れた。 08:22主はサムエルに言われた。「彼らの声に従い、彼らに王を立てなさい。」サムエルはイスラエルの人々に言った。「それぞれ、自分の町に帰りなさい。」


2020/10/11 聖霊降節第20主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「魔術師との対決」 1.使徒言行録が書かれた理由は、生まれたばかりの小さな信徒の群れであった初期の教会が消滅してしまうような危機に何度も遭遇しながらも、それを乗り越え大きく成長してきたありさまを描くためだったと思う。それを読者に伝えることで、ローマ帝国による迫害下に置かれつつあった信徒たちを励まそうとしたのである。
 生まれたばかりの教会は、まさに大きな存続の危機に直面していたのである(8章4節以降)。それは、ステファノが当時のイスラエルの最高政治機関であり宗教的な権威の所在地でもあった最高法院で行った演説がきっかけだった。ステファノは次のようなことを語った。「神様は、はるか昔のアブラハムの時代から荒れ野の中に建てられた粗末なテント(幕屋)のようなところで証しをされたのだから、私たちが神様に出会い結び付けていただくのにエルサレム神殿のような立派な建物など必要ではない。人となり、十字架につけられたイエス様こそが、荒れ野に建てられた粗末な幕屋であり、神様が私たちと共にいてくださる神殿なのだ」と。ステファノは、あちこちをさまよってきたギリシャ語を話すディアスポラと呼ばれるユダヤ人であった。それまで荒れ野のようなところをさまよい、テントしか建てることのできなかった人であればこそ、身にしみて感じた喜びのメッセージ・福音であったのだと思う。
 ところがこのメッセージは、エルサレム神殿は不可欠だと堅く信じるユダヤ人たちの猛烈な怒りを買った。ステファノは殺され、その後8章1節後半にあるように「その日、工ルサレムの教会に対して大迫害が起こ」ったのである。「使徒たちのほかは皆、ユダヤとサマリアの地方に散って行」かざるを得なくなった。「使徒たちの他は皆」というのは、エルサレム教会の中で長年この地に住んできたユダヤ人以外という意味であろう。要はエルサレム教会からギリシャ語を話す信徒たちは皆追い出されてしまったのである。

2.それが生まれたばかりの教会にとって、どれほどの危機となったか想像に難くない。教勢が2分され信徒が半減してしまったのである。そのような実際上の危機だけではなく、内面的な危機も大きかったのではないかと思う。なぜそのようなことが起きてしまったのか。その原因は何か。何が悪かったのか。犯人捜しが行われた。ギリシャ語を話すステファノのような人々が、どんどん入り込んでしまったこと、彼らが「エルサレム神殿などいらない」と公然と語ってしまったこと、そのような彼らの代表を7人の役員として重用をしてしまったことなど・・・。互いへの批判が激しくなったに違いなかったであろう。とにかく教会は、この迫害と離散という出来事をマイナスとしか受け止めることができなかったのである。私たちの信仰生活においても教会にしても、マイナスとしてしか見えない出来事が起こる。それをマイナスとしてしか捉えられず、その原因・犯人捜しを始めてしまうとき、教会にしても私たちの信仰生活においても、危機に陥るのではなかろうか。
 こうしてエルサレム教会は、周囲のユダヤ人と仲良くやってゆくことばかりを考えるようになったのである。それは何よりも福音にとっての最大の危機だったと思う。ステファノが命をかけて語ったこと、それは神様が人の手の建てた立派な神殿ではなく、イエス様によって私たちに姿を現し共にいてくださるということこそが福音のメッセージの根幹であるとのメッセージであった。しかし周囲のユダヤ人と仲良くすることばかりを考えると、教会がこの福音を信じ語ることができなくなるのである。だからこそ神様は、このような教会に迫害を及ぼし、福音を信じ語ることのできる人々を守り、また新たな場所へと遣わすべくギリシャ語を話す信者たちを散らされたのではなかったか。それはマイナスでしか内容に思える。しかし、教会や私たち信者が福音を信じ宣べ伝えるという点からすればプラスなのである。世の組織や人々にとってはマイナスとしか思えないことが、私たちには不思議なプラスとなるのである。
 4節に「散って行った人々は、福音を告げ知らせながら巡り歩いた」とある。散らされてしまったことを悲しんだり後悔したりしたという姿は、どこにもない。散らされることが、より福音を深く味わい、それを新たな場所で人々に告げ知らせるためのなくてはならないチャンスとなった様子が浮かび上がってくる。再び散らされる者とされ、荒れ野のようなところで粗末なテントのような仮住まいで生活するしかなくなった。神殿を建てるなどもっての他、やっと借りられた家で少人数で礼拝をささげるのがやっとだったであろう。しかしそのことが、イエス様が神殿であることの喜びをかみしめることとなったのである。散らされたことを何ら落胆もせず喜んで礼拝を守り福音を宣べ伝える姿に、出会った人々は不思議と心引かれたに違いない。それが、5節にあるように「人々にキリストを宣べ伝え」るチャンスとなったのである。

3.さて、こうしてはじめてエルサレムを出て新たな地域へと散らされた中にフィリポがいた。この人はステファノと同じくギリシャ語を話すユダヤ人信者から立てられた7人の執事のうちの一人だった。そのフィリポが、サマリアのある町で最初に直面したのは魔術だったのである。
 9節から11節に「ところでこの町に、・・・・長い間その魔術に心を奪われていた」とある。そこで何度も繰り返されている「偉大な」「大きな」という言葉に気づく。ギリシャ語の原文で「メガ」という言葉から派生したその言葉は、日本語でもしばしば使われる。このシモンは、そのことから「シモン・マグス」という通称で呼ばれてきた。彼がどのような魔術を使っていたかは定かではないが、それはメガという言葉が象徴的にその特徴を現しているように思う。魔術を用いて人々にメガなる力を授け、メガなる存在に変えてくれるというものだったのかもしれない。魔術によって何かしら偉大な存在と結び付け、人々を偉大な存在へと変えてくれる。これが魔術というものの根本だったのであろう。
 なぜ当時の人々がこのような魔術を求め心を奪われていたかは、想像に難くない。7節には、原因不明の霊に取り付かれたり中風患者や足の不自由な人々がフィリポによっていやされた様子が書かれている。今から2000年前の時代の人々は、言い知れない数々の大きくて強い力・存在によって脅かされ、病に苦しめられていた。だから、そうした得体の知れない霊や悪しき力よりも、もっと大きな存在の力を得て、何とかしてそれらに対抗し打ち勝とうとしたのであろう。その思いは本当によくわかる。フィリポの福音伝道でも、キリスト・救い主であるイエス様を信じて神様につながり、その力をいただいて、悪しき力に打ち勝つことができると宣べ伝えられたのではなかったか。それが不思議ないやしを生じさせてもいたのであろう。私たちの信仰においても、神様につながり導かれて幸いをいただきたいという思いは根本的なものである。福音にメガなる要素は不可欠だとは思う。
4.しかし、である。ここが大事なポイントなのだが、魔術と福音とは決定的に違う点が、相入れない核心があると思うのである。11節最後に「その魔術に心を奪われていた」とある。「心を奪われていた」と訳された原文の言葉は、直訳すると「立つことから出る」というニュアンスを持っている。つまり、立つことがあやふやになるというような、しっかりと立てなくなるというような意味である。魔術というものは、それに頼る者をして心を奪い、しっかりと立たせなくしてしまうのである。それはなぜか。それは魔術というものが、メガなるものとつなげて、その人をもメガなるものにさせようとするからである。自分自身がメガなるものになることで幸いが得られると思ってしまうからなのである。
 しかし、自分自身がメガになろうとすることに真の幸いはない。なぜなら、自分がメガであろうとすることは、土の器、すなわち小さき者・弱き者・貧しい者に過ぎない私たちの真実の姿に合わないからである。いずれは、メガなるものとは正反対の存在として、召されてゆかねばならない私たちのその姿を受け入れる力にはならないからである。私たちの幸いとは、自らの小ささを喜んで受容できることにこそある。だからこそイエス様は山上の説教で「幸いなるかな。貧しい者よ」とおっしゃったのではなかろうか。福音もまた、確かに私たちをしてメガなる神様に結び付け、メガなる神様の力に浴させてくださるのだが、しかしイエス様がおっしゃったように、私たちを貧しい者・小さな者に留めさせてくださるのである。貧しい者であることに幸いを見いださせてくださるのである。私たちをより一層小さくさせてくださるものこそが福音ではなかろうか。

5.そのような福音をフィリポは宣べ伝えたのでろう。そしてサマリアの人々は、それをこそ受け入れたのであろう。12節に「しかし、フィリポが神の国とイエス・キリストの名について福音を告げ知らせるのを人々は信じ、洗礼を受けた」とある。魔術師のシモンさえ信じて洗礼を受けたと書かれている。何か大きな存在の力を得て、自分たちもメガなる者にならなければ幸いはないと思い込まされていた人々にとって、貧しい者・小さい者こそ幸いとのイエス様の言葉、またそれをその言葉通り生きたイエス様の姿は、どれほど驚くべきものだったであろうか。真実の幸いを求めていた人々の心に、魔術師シモンでさえも、福音は受け入れられていったのである。今日においても、そのことは私たちにとって励ましとなる。
 今の時代社会は2000年前と比べると、文字通りの意味での魔術というものは私たちの心を捕らえてはいないかもしれない。しかしメガなるものに私たちを結び付けメガなる存在に私たちを変えるという意味での魔術というものなら、至るところにそれははびこり、私たちを捕らえているのである。2000年前の時代社会の人々から見れば、今の私たちの社会に行き渡っているのものはすべてが魔術と言えるものではないだろうか。いろいろなものが私たちを、よりメガなるものに変えようと誘うのである。よりメガなるものになることが幸いだと心を揺り動かすのである。しかし、そこに私たちの幸いはない。真の幸いを求める人であるならば、必ずやイエス様によって現された福音を受け入れるはずである。福音は、魔術に打ち勝って私たちに幸いを得させる力がある。魔術師させ捉える力がある。
 イエス様を信じて洗礼を受けたシモンであった。しかし、エルサレム教会から派遣されたペトロとヨハネが、人々に手を置いたときに特別な霊が下ったのを見て、金を持ってきて「わたしにもその力を授けてください」と願い出た。この出来事から、金によって教会における何か特別な地位や役割を手に入れることを「シモニイ」と言うようになったという。シモン・マグスは、イエス様を信じてもなおメガなるものになる欲望から逃れられることができなかった。しかしそのような思いは、シモン・マグスだけではなく、私たちにもあるのではなかろうか。信徒も教会も常にどこかでメガなるものになろうとして、お金に頼ろうとしてきたのである。しかしシモンに、ペトロははっきりと言うことができた。「この金は、お前と一緒に滅びてしまうがよい。神の賜物を金で手に入れられると思っている」と。私たちにとっても教会にとっても勿論お金は必要である。しかしメガなる者になるため、神様からの恵みをいただくための金は不要なのである。そのようにきっぱりと言えるところが教会なのである。

聖書:新共同訳聖書「使徒言行録 8章 4~25節」 08:04さて、散って行った人々は、福音を告げ知らせながら巡り歩いた。 08:05フィリポはサマリアの町に下って、人々にキリストを宣べ伝えた。 08:06群衆は、フィリポの行うしるしを見聞きしていたので、こぞってその話に聞き入った。 08:07実際、汚れた霊に取りつかれた多くの人たちからは、その霊が大声で叫びながら出て行き、多くの中風患者や足の不自由な人もいやしてもらった。 08:08町の人々は大変喜んだ。 08:09ところで、この町に以前からシモンという人がいて、魔術を使ってサマリアの人々を驚かせ、偉大な人物と自称していた。 08:10それで、小さな者から大きな者に至るまで皆、「この人こそ偉大なものといわれる神の力だ」と言って注目していた。 08:11人々が彼に注目したのは、長い間その魔術に心を奪われていたからである。 08:12しかし、フィリポが神の国とイエス・キリストの名について福音を告げ知らせるのを人々は信じ、男も女も洗礼を受けた。 08:13シモン自身も信じて洗礼を受け、いつもフィリポにつき従い、すばらしいしるしと奇跡が行われるのを見て驚いていた。 08:14エルサレムにいた使徒たちは、サマリアの人々が神の言葉を受け入れたと聞き、ペトロとヨハネをそこへ行かせた。 08:15二人はサマリアに下って行き、聖霊を受けるようにとその人々のために祈った。 08:16人々は主イエスの名によって洗礼を受けていただけで、聖霊はまだだれの上にも降っていなかったからである。 08:17ペトロとヨハネが人々の上に手を置くと、彼らは聖霊を受けた。 08:18シモンは、使徒たちが手を置くことで、“霊”が与えられるのを見、金を持って来て、 08:19言った。「わたしが手を置けば、だれでも聖霊が受けられるように、わたしにもその力を授けてください。」 08:20すると、ペトロは言った。「この金は、お前と一緒に滅びてしまうがよい。神の賜物を金で手に入れられると思っているからだ。 08:21お前はこのことに何のかかわりもなければ、権利もない。お前の心が神の前に正しくないからだ。 08:22この悪事を悔い改め、主に祈れ。そのような心の思いでも、赦していただけるかもしれないからだ。 08:23お前は腹黒い者であり、悪の縄目に縛られていることが、わたしには分かっている。」 08:24シモンは答えた。「おっしゃったことが何一つわたしの身に起こらないように、主に祈ってください。」 08:25このように、ペトロとヨハネは、主の言葉を力強く証しして語った後、サマリアの多くの村で福音を告げ知らせて、エルサレムに帰って行った。


2020/10/04 聖霊降節第19主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「ペトロの否認」 1.イエス様が尋問を受けている大祭司の庭で、イエス様の弟子であることを3度にわたってペトロが否定をしたという出来事が、そしてそれに挟まれるように大祭司アンナスとイエス様との対峙の様子が記されている箇所である。なお、直前の12節以下には、アンナスとその娘婿であったカイアファの両者が大祭司であるかのように書かれているが、注解書によれば、正確にはカイアファが当時の正式な大祭司であったとのことである。ただ、そのしゅうとのアンナスは、現役の大祭司を退いたとはいえ、なお絶大な力を持っていて、娘婿のカイアファが現在の大祭司であり、その子どもたちも皆いずれ大祭司になろうとしていたとのことである。
 逮捕されたイエス様は、まずアンナスのもとに連れて行かれた。ペトロがイエス様の弟子であることを3度にわたって否定したという出来事は、他の福音書では、たとえばマルコによる福音書では「あんな人は知らない」とイエス様とのつながりを否定した言葉になっている。このエピソードは、4つの福音書すべてに記されている出来事である。十字架と復活を除けば、すべての福音書に書かれている出来事というのはそう多くはない。それほどに3度のペトロの否認というエピソードは、福音書を伝え記した人々にとって大事なものだったのである。
 ペトロは、一度ならず3度もイエス様の弟子であることを否定した。しかしペトロは、その後もなおイエス様の弟子であり続け、初代教会全体の指導者となり、またローマ帝国の迫害にもかかわらずその信仰をまっとうして殉教の死を遂げたのである。福音書を書いた人々にとってそのことが大きな驚きであり、そこから大きな励ましを得たからに他ならない。師であるイエス様がその最も難儀な時に、その弟子が最もしてはいけないことは、その難儀な中にある師を見捨て、その関係を否定することであろう。ペトロは一度ならず3度も、弟子としてしてはならないことをしてしまったのである。ところが驚くなかれ、ペトロは弟子であり続け、ましてや初代教会全体の指導者にまでなったのである。今でもカトリック教会のローマ教皇はこのペトロの後継者とみなされているのである。
 4つの福音書の中で最も遅くに書かれたといわれるこのヨハネ福音書が書かれた時代には、ローマ帝国による迫害の足音が着実に迫りつつあった。同じヨハネの名が付けられている黙示録の著者は、ローマ皇帝によって軟禁されていたという。私たちも、いつ自分たちがこのペトロと同じ立場に置かれるか、そして信者であることを否定してしまう境遇に置かれるかわからない。おそらく皆さんんも、そのような弱い自分たちであっても、なおイエス様の弟子であり信者でありうる可能性を、このペトロの出来事に見ることができよう。私たちは、クリスチャンであるがゆえに迫害され「わたしは信者ではない」と言わざるを得ないような状況に置かれることなどないようにも思える。しかし例えば、この新型コロナウイルス禍にあって、なかなか礼拝に出席できない自分を自分で責めて、「わたしはもうクリスチャンとは言えないのではないか」と思ってしまうことは、あるかもしれない。あるいは礼拝に出席できていないことで周囲の人々から「あなたはもう信者ではない」というようなというような視線を受けてしまうこともあるかもしれない。礼拝を中断するか否かをめぐって牧師と役員また会員同士で、そのような対立がなされた教会が多くあると聞く。しかし、はるかにそれ以上のことをしてしまったペトロが、なおも弟子であり得たのである。教会の指導者たりえたのである。そこには、本当に大きな励ましがある。

2.ペトロが3度も「自分はイエス様の弟子ではない」と言ってしまったことは、決定的なことではなかった。それは、私たちにおいても、イエス様の弟子であり信徒であることに、そのようなことでは決定的なピリオドを打つことにはならないのである。しかし、そのような言葉を口にしない方がよいのは確かであろう。
 ペトロがなぜそのような言葉を3度も口にしてしまったのか。そのような場面に追い込まれたのかを改めて考えてみたい。15節から16節のくだりを読むと、はじめペトロは大祭司の家の門の外にいた。ペトロを大祭司の屋敷の中庭まで入れてくれたのは、名前が上げられていはいないが大祭司の知り合いだったもうひとりの弟子であったとある。私は、ペトロの方から、わざわざその弟子に頼んで中庭まで入れてもらったのではないかと想像する。それは、中にいるイエス様の少しでもそばにいたいとの思いがあった以上に、「我こそは」というペトロならではの功名心のようなものがあったからではなかろうか。この福音書の13章36節以下の、イエス様がペトロの離反を予告した場面でペトロは、「あなたのためなら命を捨てます」と豪語していた。18章10節には、ペトロただひとりが、イエス様を捕らえに来た大祭司の手下に向かって剣をふるったとある。他の弟子たちが誰ひとりイエス様のそばにいようとしなかった中で、「俺だけはそばにいるのだ。まさかのときには剣をふるってイエス様のために何かをしよう」とペトロは思っていたのではなかろうか。ペトロは「俺にはそれができる」と思っていたのである。そのような思い上がりこそがペトロをして、3度もイエス様を否む場面へと追い込むことになったのではなかろうか。
 私たちが信者であることの危機に陥るのは、往々にしてそのような「俺こそが」という思いからなのかもしれないのである。そのような巧妙心や思い上がりこそが、私たちをして置かれなくともよいような危険な場面へと至らせるのである。そのような私たちに、その思い上がりを打ち砕くような問いかけが周囲の人々からなされるのである。その中で「わたしは違う」というような、何かとんでもない言葉を口にしてしまうのである。信者として決して口にしてはいけないようなことを口走ってしまうのである。それほどに「我こそは」という思い上がりは恐ろしいものだと改めて教えられるのである。

3.彼がイエス様の弟子であり続けることにおいては、そのことは何ら決定的なものとはならなかった。ペトロに対してなされた3度の「あなたもあの人の弟子の一人ではありませんか」という問い、そしてそれに対する3度の「違う」というペトロの答えは、いずれも人間によってなされた問いであり、またペトロという人間によってなされた答えでしかなかった。もしイエス様であったなら、ペトロにどのような問いをなされたであろうかと想像する。イエス様であれば、ペトロに「あなたは今このときでも、なお私の弟子であると言えるであろうか。到底言えないのではないだろうか。」と問いかけられたのではないかと思う。3度の否認の予告をされたことにも現れているように、イエス様はペトロがイエス様を否定しないとは思ってはおられなかった。また、それを願ってもおられなかったのである。だからイエス様は、決してペトロのそのような状況において、ペトロに「あなたは私の弟子であるのか」とは尋ねなかったであろう。しかし大祭司に仕える人々やペトロを断罪しようとしていた人々は、この場面で彼に「あなたはイエスの弟子なのか」と問い、答えさせようしたのである。
 その問いに対し、ペトロは「わたしは弟子ではない」と答えた。しかしそれは、あくまでペトロからの答えにすぎなかった。それはイエス様からのものではなかった。イエス様は、ペトロの3度の否認を予告した。「あなたは今は(わたしの行く所に)ついて来ることはできないが、後でついてくることになる(ヨハネによる福音書13章36節)」と。同じくルカによる福音書の22章32節には「あなたは立ち直ったら兄弟たちを力づけてやりなさい」とある。そのときには確かに「私は弟子ではない」と言ってしまったペトロだが、それはあくまで人間からの問いかけに対し、人間であるペトロが口にしてしまった答えでしかないのである。しかしそれはイエス様の断定ではない。ペトロがどれほど自分を「弟子ではない」と言い、その答えによって自分を責め、また周囲の人々から「もうおまえは弟子などではありえない」と断じられたとしても、イエス様はそうは見てはいないのである。ペトロには「その後」があり、必ずや「立ち直る」時がやってくるとイエス様は知っていたのである。それがイエス様の私たちへの見方なのである。私たちがどれほど自分自身を「もう弟子ではない」と言ったとしても、また周囲の人々がどれほど私たちを「もう信者ではない」と批判したとしても、イエス様はそうは断定しないのである。
 ペトロの3度の否認は、あくまで大祭司の庭でなされたものにすぎない。我こそはという功名心によって、自らその場所に入り込んで、ペトロを陥れるためになされた問いに対する保身からなされた答えに過ぎないのである。それはイエス様の前でなされたものではなかったのである。「わたしは違う」と言ってしまう私たちに、それにもかかわらずイエス様は「違わない。お前はなおも私の弟子なのだ」と言ってくださるのである。私たち自身による否定の向こうになお、イエス様による肯定がある。イエス様の弟子であるとは、イエス様による肯定のもとに生きる者なのである。この世の大祭司の庭で、そこにたむろする者たちによってなされた問いと、それへの私たち自身の答えに縛られてはならないのである。
 私は急遽この礼拝後、執事会が終わった後に、ある教会の役員会に赴かねばならない。過日8月に臨時役員会において、今年度末での辞任が決まっていた若い教師が、それでもどうしても年度末まで牧会に携わることはできない状況になってしまった。その彼に、私はこの御言葉を送りたいとしみじみ思う。周囲の人や彼自身がどれほどに「違う」と言ったとしても、イエス様は彼をそうは断じない。彼には「後」があり「立ち直る」時がくる。そこには私たちの希望がある。

4.最後に改めて心を向けたいのは、かっての大祭司であったアンナスの前でのイエス様の姿である。大祭司の家に仕える門番の女中の問いかけ、あるいはそこでたむろする人々、そして大祭司の僕でペトロによって耳を切り落とされた者の身内たちからの問いかけに砕けてしまったペトロだが、それに対してイエス様はどのようであったか。縛られ平手打を食いながらも一歩たりとも引き下がらないイエス様がおられた。そこには自身の言葉をまったく否定しないイエス様がおられた。
 イエス様が教えてきたこととは、それはつきつめていえばイエス様こそが大祭司だということだと思うのである。直前の17章に記されたイエス様の祈りは、伝統的に大祭司であるイエス様の祈りと言われている。イスラエルの人々は伝統的に、エルサレム神殿にこそ神が住まい、そこに仕える祭司たちが人をして神様に出会わせてくれるよすがだと信じてきた。大祭司とは、その祭司の頂点に立つ者であった。目の前にその大祭司本人がいるところで、イエス様は大祭司やその背後にあるエルサレム神殿、またそうしたものに依って立つユダヤ教というものを直っ向から否定したのである。それがどれほど恐ろしいものであったか、ひるむものであったか想像に難くない。しかしイエス様はそうされたのである。
 私が何よりも感じるのは、一体私たちは、そもそもそのようなイエス様の弟子であり得るだろうかということである。ペトロが「わたしは違う」と3度も口にした言葉が、実はとても深い意味で真実のものだったのではなかろうか。これが私たちとイエス様との間柄の根本にあるものなのである。私たちはイエス様の弟子などではありえない。しかしにもかわらず・・・なのである。

聖書:新共同訳聖書「ヨハネによる福音書 18章 15~27節」 18:15シモン・ペトロともう一人の弟子は、イエスに従った。この弟子は大祭司の知り合いだったので、イエスと一緒に大祭司の屋敷の中庭に入ったが、 18:16ペトロは門の外に立っていた。大祭司の知り合いである、そのもう一人の弟子は、出て来て門番の女に話し、ペトロを中に入れた。 18:17門番の女中はペトロに言った。「あなたも、あの人の弟子の一人ではありませんか。」ペトロは、「違う」と言った。 18:18僕や下役たちは、寒かったので炭火をおこし、そこに立って火にあたっていた。ペトロも彼らと一緒に立って、火にあたっていた。 18:19大祭司はイエスに弟子のことや教えについて尋ねた。 18:20イエスは答えられた。「わたしは、世に向かって公然と話した。わたしはいつも、ユダヤ人が皆集まる会堂や神殿の境内で教えた。ひそかに話したことは何もない。 18:21なぜ、わたしを尋問するのか。わたしが何を話したかは、それを聞いた人々に尋ねるがよい。その人々がわたしの話したことを知っている。」 18:22イエスがこう言われると、そばにいた下役の一人が、「大祭司に向かって、そんな返事のしかたがあるか」と言って、イエスを平手で打った。 18:23イエスは答えられた。「何か悪いことをわたしが言ったのなら、その悪いところを証明しなさい。正しいことを言ったのなら、なぜわたしを打つのか。」 18:24アンナスは、イエスを縛ったまま、大祭司カイアファのもとに送った。 18:25シモン・ペトロは立って火にあたっていた。人々が、「お前もあの男の弟子の一人ではないのか」と言うと、ペトロは打ち消して、「違う」と言った。 18:26大祭司の僕の一人で、ペトロに片方の耳を切り落とされた人の身内の者が言った。「園であの男と一緒にいるのを、わたしに見られたではないか。」 18:27ペトロは、再び打ち消した。するとすぐ、鶏が鳴いた。


2020/09/27 聖霊降節第18主日礼拝

礼拝メッセージ:吉田 博夫 執事「イエスの言葉」 (要旨の掲載はありません)

聖書:新共同訳聖書「マタイによる福音書 6章 33節」 06:33何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる。


2020/09/20 聖霊降節第17主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「サムエル、指導者となる」 1.神の箱(十戒が刻まれた石の板が入れられた箱)を巡る長く不思議な物語が、4章1節の後半から7章1節までに書かれていた。久しぶりにサムエルの姿が戻ってきた。サムエルは、ミツバとシュンの間の地に石をひとつ置いて、そこを「エベン・エゼル(助けの石)」と呼んだとある(12節)。サムエルがイスラエル人と共に犠牲をささげているときに、ペリシテ人はイスラエル人に戦いをしかけてきたが、神様が激しい雷鳴をとどろかせてペリシテ人を混乱に陥れ、彼らはイスラエル人によって敗北させられてしまったことが、その少し前に書かれてる。そこでサムエルは、神様が自分たちを助けて下さった記念にと、そこに石を置き「エベン・エゼル」と呼んだというのである。
 エベン・エゼルに関しては、既に4章1節に記載がある。この地名が最初に登場したのは7章12節ではなかった。その地名は、4章1節に既に出てきていたのである。そして4章1節に出てきたエベン・エゼルは「助けの石」とはまるで正反対の場所としてだったのである。そこは、ペリシテ人に向かって突如戦いをしかけようとしたイスラエル人が陣を敷いた場所であった。しかし、最初の戦闘でイスラエル人は4000人を失った。そこで彼らは勝利を求めてシロに置かれていた神の箱をその場所に運び入れた。そのことを知ったペリシテ人は奮い立ち、イスラエル人は勝利どころか何と3万人もの戦死者を出すに至ったのである。この辛い敗戦の地、もしかすれば累々と当時の戦死者の遺骨が埋まっている場所が、そのエベン・エゼルなのであった。それから少なくとも20年が経った頃、その敗北の地が、その遺骨が埋まっている地が、何と「助けの石」が置かれる地に変わったのである。
 そのようなことは、私たちにも起こるのではなかろうか。私たちには、それぞれに辛い敗北があり挫折があり、様々な意味での「死体」というべきものが埋まっている。しかし、その場所は、何年か経つと「助けの石」を置くところへと変わるのである。敗北の地がなければ「助けの石」も置けなかったのではなかろうか。助けの石を置くためには、どうしても敗北を味わうことが不可欠だったのである。牧師としての私にとってもしかりである。思い通りにゆかなったことがなければ今日の私はいない。どれほど敗北を味わったかが大切なのである。

2.昔は敗北の地であったエベン・エゼルが、20年後に「助けの石」が置かれる場所となるためには何が必要だったのか。何もなく敗北の地が「助けの石」を置く場所にはならないと思う。そうなるためには何が大事であったかを物語るのが、「イスラエルの家はこぞって主を慕い求めていた(2節後半)」ではないだろうか。
 それは、イスラエル人が敗北後の20年間に、神様を主として慕い求める人々に徐々に変えられていったということである。それはただ単に神様を「主(原語ではヤハウェ)」を呼ぶということではない。そうではなく神様を「主人」として、自分たちをその「僕」として受け止めるといういう間柄を慕い求めるようになっていったということである。
 敬老祝福日礼拝では、ヨブが「主は与え、主は取りたもう。主の御名はほむべきかな」と語ったことを通して、神様が主であることの恵み深さを学んだ。誰かを主人として自分がその僕であるという関係を慕い求めるといったことは、ふつうは到底理解することは不可能であろう。何年か前に「不思議なキリスト教」という本がベストセラーになった。その中で対談者のひとりは「日本人がある特定の宗教を信じるのが嫌なのは、そこで信じられる神様が主人となり自分たちがそれに従わせられるのを嫌うからだ」と言っていた。「日本人が八百よろずの神々を都合よく信じるのは、そのようにして神々を自分の都合のよい自分の僕にし、自分が主人になれるからだ」と。なるほどと思った。しかしそれでは、実は不幸が増すばかりなのである。なぜかと言えば、私たちの人生の現実は、決して自分が主人で、思い通りになるようなものではないからである。たとえ八百よろずの神々を僕にしたところで、自分の思いがかなうわけではない。自分が主人だという立場を捨てることができなければ、私たちは本当に不幸なのである。しかしヨブはそうではなかった。彼は神様が主であると告白した。主人である神様は、私たちを裸で生まれさせ、また裸でみもとに引き取るのである。主人である神様は、私たちが裸であるがゆえに与え、また裸である私たちに与えようとされるからこそ奪う方でもある。神様を主と慕えることからの幸いは、裸であること・奪われることにこそ意義を見いだすことのできるものなのである。
 イスラエル人も、その20年間、おそらくそのようだったのではなかったか。ペリシテ人によって辛酸をなめさせられてきた。ペリシテ人だけでなく、パレスチナに古くから住んでいた人々は、どういう目でイスラエル人を見ていたか。かつてはエジプトで奴隷だった民に過ぎなかった。荒れ野で40年間さまよっていた難民であった。イスラエル人のことを「へブル人」と呼ぶ。これは実は周囲の人々がイスラエル人をさげすんで呼んだ蔑称だったと聞いたことがある。定住地を持たないさすらい人がそう呼ばれていたのである。「そんな奴らが思いあがって、奴らの何倍も力強く豊かな俺たちに戦いをしかけてくるとは。その場げ句がこの始末なのだ」とペリシテ人はイスラエル人をばかにし続けた20年に違いなかったと思う。そのような人々が主人だったのではなかろうか。その辛さを味わい続けた20年であった。勿論、そのようなペリシテ人からの解放・救いを求める心がなかったわけではないだろうが、ペリシテ人という主人とは全く違った形で自分たちを扱い、大切にしてくださる神様という主人のありがたさがわかったのではなかったか。私たちもそうなのである。敗北があり、この世の力や人間が主人であることの辛さを体験する中でこそ、神様が主人であってくださるありがたさが身に染みるのである。神様を主として慕い求めるようになるのである。

3.神様を主として慕い求める心は、具体的にどのような態度として現れたのだろうか。それは4章1節のはじめを最後に7章2節までまったく登場しなかったサムエルなのであった。主なる神様を慕い求めたイスラエル人は、具体的にはサムエルを慕い求めるようになったのではなかろうか。だからサムエルが2節から3節で20年ぶりに登場したのであろう。
 そもそもなぜサムエルが姿を消したのか(4章1節以下)。大きな謎であり、確かな答えはない。しかし恐らくサムエルは、ペリシテ人に戦いをしかけるのは賛成していなかったのではなかろうか。ましてや最初の敗北の後、神の箱を戦場へと担ぎいれて、突き詰めれば十戒にゆきつくところの神様の言葉を自分たちが望むペリシテ人への勝利を手に入れる道具にしてしまうことなどには大反対だったのではなかろうか。そのことサムエルは遠ざけられてしまったにちがいないと思うのである。サムエルが最初に神様に応答した時の言葉は、まさしく「僕は聞きます。主よお話しください(3章9節)」だった。だから彼がイスラエル人に語ったのも、何よりも神様を主とし人間はその僕として、神様の言葉をお聞きするという態度だったのではなかろうか。しかしペリシテ人への勝利を求めるイスラエル人には、そのような態度はなかった。それだからこその敗北ではなかったかと思うのである。
 しかしそれは、その20年の間に変えられた。神様を主として慕い求めるようになったのである。そしてそれは具体的に、かっては退け、排斥したサムエルを慕い求め、その語る言葉に聞き従うという姿に現れてきたのである。神様を主として慕い求める内面は、自ずと外に態度として表れてくる。外に現れないものは内側にもないのである。もっと言えば、外に現れる姿を20年間も続けてゆくならば、おのずと内側も形作られるということである。
 どのような態度として現れたのか。一度は退けたサムエルを指導者を立てて、その語る言葉に聞き従った。偶像の神々を取り除き、水を汲み上げて神様に注ぎ、1匹の子羊を犠牲としてささげた。これは私たちにとっては、礼拝に出席し、牧師が語る言葉に耳を傾け、自分自身とその時間とをささげるということに他ならない。具体的にこの姿を取らずしては、神様を主と慕い求めているということにはならないのである。

4.神様は、そのような具体的な姿を取ることにおいて、私たちをして神様を主と慕い求める者とならしめ、敗北の地を「助けの石」を置ける場所に変えたのである。
 礼拝をささげる生活こそが、神様を主と慕い求める具体的な姿なのである。礼拝に集う歩みを続けることにおいて、神様は敗北の地を助けの石が置ける場所へと変えて下さるのである。
 サムエルがイスラエル人に求めたのは、偶像の神々を取り除き、水をくみあげ、1匹の子羊を犠牲としてささげることだった。水をくみあげることで思い起こすのは、ヨハネによる福音書2章の冒頭にかかれたカナの結婚式での出来事であろう。宴でブドウ酒が足りなくなるとイエス様は、召し使いに空の瓶に水をくめと命じたのである。私たちが礼拝をささげるのは、このようなことかもしれない。空の瓶に水を汲むことが一体何になるのか。ペリシテ人に対してどのような助けになろうか。しかしそれを喜んですることが、神様を主として慕い求めることなのである。また、たった1匹の子羊を捧げよとサムエルは命じた。何頭もの羊をささげよとは命じなかった。たった1匹の子羊でよいのである。それが私たちのささげる礼拝ではなかろうか。ささやかな信仰生活ではなかろうか。それでよいのだと神様は言ってくださる。それが私たちをして、助けの石を置かせてくださることになるのである。

聖書:新共同訳聖書「サムエル記(上) 7章 2~12節」 07:02主の箱がキルヤト・エアリムに安置された日から時が過ぎ、二十年を経た。イスラエルの家はこぞって主を慕い求めていた。 07:03サムエルはイスラエルの家の全体に対して言った。「あなたたちが心を尽くして主に立ち帰るというなら、あなたたちの中から異教の神々やアシュタロトを取り除き、心を正しく主に向け、ただ主にのみ仕えなさい。そうすれば、主はあなたたちをペリシテ人の手から救い出してくださる。」 07:04イスラエルの人々はバアルとアシュタロトを取り除き、ただ主にのみ仕えた。 07:05サムエルは命じた。「イスラエルを全員、ミツパに集めなさい。あなたたちのために主に祈ろう。」 07:06人々はミツパに集まると、水をくみ上げて主の御前に注ぎ、その日は断食し、その所で、「わたしたちは主に罪を犯しました」と言った。サムエルはミツパでイスラエルの人々に裁きを行った。 07:07イスラエルの人々がミツパに集まっていると聞いて、ペリシテの領主たちはイスラエルに攻め上って来た。イスラエルの人々はそのことを聞き、ペリシテ軍を恐れて、 07:08サムエルに乞うた。「どうか黙っていないでください。主が我々をペリシテ人の手から救ってくださるように、我々の神、主に助けを求めて叫んでください。」 07:09サムエルはまだ乳離れしない小羊一匹を取り、焼き尽くす献げ物として主にささげ、イスラエルのため主に助けを求めて叫んだ。主は彼に答えられた。 07:10サムエルが焼き尽くす献げ物をささげている間に、ペリシテ軍はイスラエルに戦いを挑んで来たが、主がこの日、ペリシテ軍の上に激しい雷鳴をとどろかせ、彼らを混乱に陥れられたので、彼らはイスラエルに打ち負かされた。 07:11イスラエルの兵はミツパを出てペリシテ人を追い、彼らを討ってベト・カルの下まで行った。 07:12サムエルは石を一つ取ってミツパとシェンの間に置き、「今まで、主は我々を助けてくださった」と言って、それをエベン・エゼル(助けの石)と名付けた。


2020/09/13 聖霊降節第16主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「主は与え、主は取りたもう」 1.はたして「老いを祝福として受け止めることができるか?」ということは、私たちにとって最大の難題だと思う。作家の佐藤愛子に「90歳、何がめでたい」というエッセイがある。先日、老いの厳しさ・辛さをしみじみ感じさせられる出来事があった。ある人が、近くにおられるお子様の助けを借りなければならない境遇になった。かつては考えられなかったように、口を挟まれたり、思わぬ干渉を受けたりするようになったとのこと。「先生、老いては子に従えですね」と、その人は寂しそうに語っていた。そのことを聞き、私は妻としみじみ「老いるということは辛いな」と語り合った。私自身は、決して老いては子に従うとは思えない人間だろうと思う。そして、子にあれこれ口出しされる位なら孤独死した方がましだとさえ今は思ってしまう。
 このヨブ記に記されているように、老いを祝福として受け止めることが難しいのは、老いの中に、これでもかこれでもかと奪われ失うことがつきまとうからに他ならない。ヨブは、度重なる略奪の被害にあい、自然災害のために一切の財産と子供たちを失ってしまった。さらに、彼自身が重い皮膚病にさいなまれることとなった(2章)。ヨブが年老いていたとは、書かれてはいないが、おそらくはそうであっただろう。そして老いた私たちには、このようなことが当然に起きる。私たちには、これを祝福と受け止められる力や根拠のようなものはどこにもないように思う。私たちは一体どのようにして自分にとっての幸いであり喜びのよりどころであったものを次々と奪われることを祝福と受け止めることができるであろうか。そのような力は、私たち人間には備わってはいないのである。だからこそ、老いる私たちにこそ神様を信じることが不可欠だと確信する。奪われ失ってしまったことを神様との間柄において受け止め、それを幸いと受容できるようになることが不可欠なのである。

2.このヨブ記に記された神様を信じる信仰によって、老いを祝福と受け止めることができる秘訣につながることを3つ教えられるように思う。
 まず、ヨブは「主の御名はほむべきかな」と言っていた。ヨブは神様の御名を「主」と呼んでいた。それは、ただそのように呼んでいただけではなく、神様を主人としていることである。信仰によって与えられるのは、まずは神様を主人とあおげるということである。そのことによって自分が主人であることから離れられるのである。
 神様であろうと誰であろうと、誰かを主人とし、自分がその僕であるということは、そもそも現代にはそぐわないし、到底受け入れられないと考える人が多いと思う。礼拝の中で何度か紹介したあるカウンセラーが書いている。「現代人にあまねく行き渡っている価値観・人生哲学は『私の人生は私のもの』つまり私が私の主人であるという考え方だ」と。そして、それこそが今の人々が追いかけても追いかけても幸せを得られない「幸福のパラッドクス」の理由であり、「諸悪の根源」だとさえ言い切っていた。自分が主人という考え方こそが、私たちに幸せをもたらすようでありながら、実はその反対に、他ならぬ自分自身を自己否定へと追い込んでしまうのだと言っておられた。
 本当にそうだと思う。自分が自分の主人であり続けたいからこそ、そうでありえた時の強さや健康や豊かさをいつまでも持っていたいと願うのである。しかし、だからこそ、それを失った自分を他ならぬ自分自身が肯定できなくなる。私の人生は私のものだ、私が私の主人だという考え方は、だれもが疑わない価値観である。しかし実は、それがもたらすマイナスは、とても大きいのだと思うのである。多くのものを奪われ失った老いを祝福と受け止められない原因も、まさにここにある。

3.神様を主人とする信仰こそが、そこから私たちを救い出してくださるのである。イエス様は、夜中に結婚式の披露宴から帰ってくる主人を明かりをともして起きて待っている僕(しもべ)の幸いを教えていた(ルカによる福音書12章35~40節)。僕(しもべ)の何が幸いなのか。夜中に帰ってきた主人を、明かりをともして出迎えるのを見られる僕は幸いだとイエス様は2度にわたっておっしゃった。主人を迎える姿を主人によって見られる僕は幸いなのである。毎日毎日夜中に帰ってくる主人を迎えるというのであれば、それは大変だとは思う。しかしおそらくは、そうではない。当時のイスラエルでは、貧しい人々が1年間懸命に働いてためたお金を使ってやっと結婚式をしたのだと何かで読んだことがある。だから、それほど数多く披露宴はなかったのではなかろうか。1年に1度か2度あるかないかの結婚式に出席して、遅く帰ってくる主人を待っていればよかったのである。それ以上の大きなことが求められているのではなかったのである。
 主人である神様は、そのように僕である私たちの、本当に些細な働きを見て喜んで下さるのではなかろうか。それを見ていただくところに私たちの幸いがある。それとは反対に、私が私の主人であるときには、主人である自分が僕である自分に求める要求は高いものとなってしまう。それは、どこまでいっても満足することがあない。そこに幸いはないのである。しかし神様という主人は、僕である私たちのごく小さな働きを見てほめて下さり、それを幸いと思ってくださるのである。その主人の幸いを私の幸いであると思えるなら、それは私たちを肯定することとなる。

4.主人である神様が幸いと思っておられることは、私たちが幸せと考えていることとは随分違うのではなかろうか。主人である神様が僕である私たちの何を幸いとされるかが、ヨブの言葉から第二に教えられる点なのである。「わたしは裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう」と21節のはじめにあった。それは、神様が私たちを裸で生まれさせる点に幸いを感じておられるということである。神様が私たちを裸で生まれさせるというところに、主人である神様の僕である私たちへの大きくて深い肯定を感じるように私は思う。
 なぜ裸なのか。裸とは、一時たりとも他の人から包まれたり食べ物を与えられたり、育まれたりしなくては生きてゆけない存在だということである。主人としての神様は、僕としての私たちのそれを、よしとして肯定して下さっているのではなかろうか。私たちが最初にそのようなありさまで生まれてくるということは、一生涯そのような本質を持ち続けているということでもあるように思う。成長し大人になる中で私たちは、どんどん裸である存在ではなくなってゆくかもしれない。ヨブがそうであったように、豊かなものを身につけてゆきはするのだが、最初に生まれ出たときの根源的姿は決して失われてはいないと思うのである。私たちが失い奪われてゆくのは、この根源的に裸である本質がまた現れてゆく過程だと思う。裸である者として伴侶や子や、介護をして下さる方々にお世話になるありさまとして現れる。だんだん生まれたばかりの裸である状態に還ってゆく。それが、そのように私たちを生まれさせたもうた主人である神様の御心にかなうことではなかろうか。そのような僕である私たちの姿を見ることが主人である神様の喜びなのではなかろうか。そのようにして私たちは、また神様のもとに帰るのである。それは、もうこの世では裸である私たちをくるむものがなくなったからである。私たちの食べ物がもうこの世にはないからなのである。今度は神様が母となり育み手となって下さるということなのであろう。
 先日、NHKのクローズアップ現代という番組で、コロナ禍によって家を失いホームレスにならんとする人々が続出しているとの厳しい現実が報じられていた。職を失くし家を失って文字通り丸裸にされて、それでも裸であることが幸いであると言えるのかとしみじみ思った。神様が私たちを裸である人間として生まれさせたのは、当然そこに育み手がいるとの前提がある。胎を出たところの「母」が必ずいて、はじめて裸である幸いがありえる。だから、社会的に裸とされた人々が幸いだと言えるには、やはり「母」たる存在が不可欠である。周囲がそれを備えねばならない。
 その上で、そのように裸となってしまった現実を深いところで祝福として受け止めるものがあってよいのではなかろうか。裸になってしまった自分を否定したり卑下したりすることはないのだと思うのである。ある中年の女性が、賃貸住宅の保証会社の人に付き添われて住居費の補助申請に行き、その窓口で「本当に恥ずかしくて申し訳ないけれど」と涙ながらに言っていた。しかしそのように「裸で母の胎を出た」状態になったことを決して私たちは卑下する必要はないと思うのである。「裸で母の胎を出た」という御言葉は、裸になった私たちを深い所から肯定して下さる言葉なのである。

5.最後にヨブは「主は与え、主は奪う」と語っている。ヨブのこの言葉の言わんとするところは、主人である神様が、ある時までは与えある時からは奪うことをなさるということでは決してないと私は思う。そうではなく、主なる神様の御業は与えることと奪うことが表裏一体・密接不可分であるということだと思う。私たちは、私たちにとっての神様を、常に私たちにとっての幸いと思われるものを与えてだけ下さる方であってほしいと思う。しかし主人である神様は、そうではない。私たちにとって幸いと思われるものが与えられるときにも、必ずそこには奪われるということがある。しかし反対に、奪われるときにも与えられるということがある。神様がそのような主人であって下さると信じることができたとき、そこに私たちの幸いを知ることができる。老いをも祝福と受け止めることができる。
 先日の週報で『人間を見つめて(神谷美恵子)』という本からの一文をご紹介した。彼女は、医者になる前には生物学を学んでおられたという。自然現象を通してこんなことを感じとったと言われる。「死そのものは、これまた自然現象であり、生を支える『外なる自然』に、やはり支えられているということである。生を支えるものは死をも支えるものだということである」と。生を支えるものとは、彼女の文章では自然現象のことである。もっとつきつめれば自然を創造された万物の主である神様にゆきつく。神様という主人は、ただ生を支えるだけではなく死をも支えるということではなかろうか。「死を支える」という一文に私ははっとさせられた。主なる神様にとっては、創造の御業をなさることにおいて与えることと奪うことはひとつなのである。生を支えることは死を支えることであり、またその逆もしかりなのである。私たちを裸で生まれさせたのは、私たちが裸であるがゆえに様々なものを周囲からいただくために他ならない。だから死ぬということも突き詰めればそれは裸にされ奪われることではあるが、しかしそこには神様が新たな生を与えるという意味もある。神様を主として信じることによって、老いを祝福として受け止めてゆければと願う。

聖書:新共同訳聖書「ヨブ記 1章 21節」 01:21「わたしは裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう。主は与え、主は奪う。主の御名はほめたたえられよ。」


2020/09/06 聖霊降節第15主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「ステファノの殉教」 1.使徒言行録の6章8節から8章2節までには、当時のイスラエル人の最高政治機関であった最高法院でのステファノのスピーチと、その結果としての彼の殉教、さらにはそのことによるエルサレム教会への迫害の様子が記された箇所である。
 ステファノは、どういう人物であったのであろう。6章のはじめにあったようにステファノは、エルサレム教会の中のギリシャ語を話すディアスポラと呼ばれるユダヤ人たちの指導者だった。もともとエルサレム教会は、イエス様の弟子たちを中心にして、生まれつきイスラエルに住んでいたヘブル語(はアラム語)を話す人々によって構成されていた。しかしやがて信者が増すにつれてギリシャ語を話すディアスポラのユダヤ人―イスラエルの長い歴史の中でアジアやヨーロッパのあちこちに散らされて生きざるを得なかった人々―も多く加わるようになっていった。6章はじめに、アラム語を話す生粋のユダヤ人とギリシャ語を話すディアスポラのユダヤ人との間に、徐々に様々な溝が生じるようになっていたことが記されていた。この溝を調整すべくディアスポラのユダヤ人から任命された7人の人々―それは長老や執事と呼ばれる役割のはじまりだった―の筆頭に上げられていたのがステファノだった(6章5節)。もっとも大事な点は、ステファノが、あちらこちらに散らばされて生きてきたユダヤ人のリーダーだったということである。
 そのようなステファノが、召喚された最高法院で、どのようなスピーチをしたのか。それは端的に言えば、信仰においてエルサレム神殿のような建物は不要だということだった。それが神殿を絶対に必要だとするユダヤ人からの猛烈な反発を招き、ステファノは石で打たれて殉教の死を遂げることになったのである。さらには8章1後半にあるように、ユダヤ人からのエルサレム教会への大迫害を招くことにもなったのである。「使徒たちのほかは皆」とあるように、結果的にエルサレムに残ることができたのは、イエス様の弟子たちを中心とした、もともとイスラエルに住んでいた信者だけとなったのであろう。6章はじめにあったように、エルサレム教会は、アラム語を話す人々とディアスポラの人々との溝を埋めるよう精一杯努力したが、結果としてはおもに生粋のユダヤ人だけが教会に残り、ギリシャ語を話す人々はエルサレムを去らざるを得なくなったのである。ステファノを始めとして、失ったものはとても大きかったのである(8章2節)。

2.さて、それではステファノはどのようなメッセージを語ったのか。44節は、「わたしたちの先祖には、荒れ野に証しの幕屋がありました」と始まっている。7章1節からのメッセージをステファノは、アブラハムというイスラエル人の先祖から語り出した。このアブラハムという先祖からして「荒れ野に証しの幕屋があった」と彼は言うのであった。幕屋とは十戒を刻んだ2枚の石の板が納められた特別な箱が安置されたテントのことである。十戒が与えられたのは、言うまでもなくモーセの時代になってからなので、アブラハムの時代にはまだ幕屋はなかったのである。しかしステファノは、文字通りの幕屋というものはなくても、荒れ野においてまことに粗末なテントのようなところで人間に言葉を語ってくださり堅い結び付きを与えて荒れ野の生活を支えようとしてくださった神様の姿が、アブラハムの時からあったのだと言わんとしたのだと思う。神様とは、先祖アブラハムから今日に至るまで終始一貫して、「荒れ野」にある「幕屋」を通して証しされようとする方なのだと彼は語ったのである。
 ステファノは、アブラハムへの神様の言葉として「あなたの土地と親族を離れ、わたしが示す地に行け(創世記12章1節に記されている)」をあげている(7章3節)。これこそが「荒れ野」の歩みに他ならないと思うのである。これまで慣れ親しんでいた土地、すなわち生活の糧を与えてくれていた田畑や家を捨てて、また様々な援助を与えてくれた親族との絆も捨てて、行き先も分からずに神様が一方的に示す地に行くとは、まさしく「荒れ野」であろう。しかし、そこにこそ私たちが、この世の「土地」からでもなく、またこの世の人間関係である「親族」からでもなく、そうしたものを越えた神様という存在から与えられる食べ物た収穫・恵みによって生きる歩みというものが発見できるのである。
 イエス様が、特別に心に刻んでおられた言葉が、申命記8章3節にある。「人はパンだけで生きるのではなく、主の口から出るすべての言葉によって生きる」と。私たちは荒れ野における困難な生活の中でこそ、この世の田畑とか自分が産み出した稼ぎという「パン」によってではなく、神様が与えてくださるもの、その中心にある神様の言葉によって生きられることを知るのである。幕屋に置かれた神の箱に納められていたのは、十戒という神様の言葉が刻まれた石の板に過ぎない。一体それがどんなパンになるというのか。私たちが生きることにおいて何の足しになるというのか。ただの石の板とパン。これほど対照的な組み合わせはないであろう。石の板たる神の言葉、おおよそ私たちのパンとはなり得ないものを納めたもの、これが「幕屋」の特徴なのである。しかし神様は、「荒れ野」でのこの「幕屋」という特徴をもったものを通して私たちに証しされ、私たちとの絆を持ち、私たちを支えようとなさるのである。
 ステファノは引用していないが、先ほどのアブラハムへの神様の言葉に続いて「わたしは、あなたを大いなる国民にし、あなたを祝福し、あなたの名を高める」と創世記12章2節にある。なぜ荒れ野で生きる者が祝福されるのか。大いなる者となれるのか。それはひとえに、たとえこの世の土地や人間関係からの収穫や支えがなくとも、アブラハムの末たる者は神様の下さるものによって生きられるからである。私たちは必ず、慣れ親しんだ土地を離れ、家族・親族との絆を絶たれて生きざるを得ない時を迎える。そうした境遇を避けることはできない。しかし、そうした境遇に置かれたとき、荒れ野の幕屋において神様からのパンをいただけると知っている者は、生き延びてゆけるのである。
 幕屋とは、粗末なテントのことである。荒れ野では家を建てることなどできず、ましてや特別な聖所を建てることはできない。ただ粗末な簡易テントを設営できるのみである。神様が荒れ野においてこそ私たちを支えて下さるその「証し」は、このテントにこそ象徴的に示されている。そうステファノは語ったのである。私たちは、荒れ野の中でもそのようなテントにおいて、神様と出会い、その支えをいただくことができるのだと語ったステファノのメッージには、自分自身ディアスポラのユダヤ人として荒れ野をさまよい、テントしか建てることができなかった者だけが掴み得た福音・喜びがあったのだとひしひしと感じる。イエス様に現れた福音とは、先祖以来終始一貫して証しされてきたものだと、ステファノは語ったのである。

3.しかし、46節以降にあるように、ソロモン以後、イスラエル人は幕屋とは対照的な壮麗な神の家・神殿を建ててきたのだとステファノは痛烈に批判した。荒れ野とは対照的に王国を建設し、それにふさわしい神殿を建て、そこに神様の住まわせようとした。もっと端的に言えば人の手で建てた家に神様を押し込め閉じ込めようとしたのである。私たちも同じことをしている。それぞれにとっての「王国」を建て、自分が王様であれるような人生を生きようとし、そうできるのが幸せだと思い、そのただ中にそれぞれの神殿を建てる。王国のど真ん中に建てられた壮麗な神殿に、その王国の永続を願って神様を押し込めるのである。
 しかしこのことは、「荒れ野に証しの幕屋」を建てる神様の御心に反している。いずれ荒れ野に生きるしかない私たちなのである。荒れ野には壮麗な神殿など決して建て得ない、ただただ粗末なテントしか建て得ない私たちなのである。だからこそ神様は、幕屋において共にいようとされ、祝福を下さろうとなさる。イエス様こそが、荒れ野で生きる私たちのために神様が建てて下さった粗末なテントなのであった。神様の言葉が人となって現れたのがイエス様であった。
 ステファノは、49節からイザヤ書66章1節以下を引用して、「いと高き方は人の手で造ったようなものにはお住みになりません」と言っている。「天はわたしの王座。地はわたしの足台」とは何とすばらしい言葉であろうか。そうであるならば、この天と地との間でうごめく私たちも、神様の王座と足台の上で生きることができている者なのである。ここが神様の王座だとか、足台であるとは全く見えないような現実の中で生きている。しかしイエス様が人となり十字架に死んで下さったために、その粗末な幕屋において私たちも、この私たちの人生が神様の王座・足台であると信じることができるのである。

4.ルカは、どのような意図からこのような出来事をこれほど長々と記したのであろうか。まず何よりも、ステファノは生まれたばかりの教会にとって最初の殉教者だったのである。きっとルカはその姿に、これから自分たちに起こるであろう多くの迫害・殉教のことを予期し重ね合わせて見ていたに違いない。
 なぜ迫害や殉教が起こるのだろうか。それはクリスチャンが、いわゆる邪宗の者だからでは決してないと、ルカは主張しているのだと思う。そうではなく、神様と私たちがどのようにして結び付くか、その根幹にあること、神様が「荒れ野における幕屋」を通して「証し」されるということ、その最大の現れとしてのイエス様の存在を、その喜びを語ることが、いつの時代でも迫害を招くことになるのである。
 それは今の時代社会でも同じではなかろうか。表立っての迫害はないかもしれない。しかしコロナ禍の中にあって家族の反対にあい、礼拝に集い得ない人々がある。「同調圧迫」のもと必要以上に自粛をせざるを得ない私たちである。なぜ礼拝などという不要不急のことをしているのだとのそしりを受けている。しかし、私たちはそれでも礼拝に集うことを喜びとしている。礼拝とは、まさに「荒れ野」における「幕屋」なのだとしみじみ感じる。本当に粗末なテントのようなものである。聖書の言葉を人間でしかない愚かな牧師が説き明かす説教を中心にした粗末な集会なのである。しかしそこに私たちは神様との絆を見いだすのである。神様からのパンをいただくのである。そのような私たちの生きざまは、残念ながらこの世においては軋轢や迫害を生むことがあるのだとルカは語る。
 もうひとつルカが力を込めてステファノの出来事を語る理由がある。彼のメッセージは、その死とエルサレム教会からのギリシャ語を話す信者たちの離反を生んだ。しかしそれがかえって、まことに不思議なことに、教会を新たな場面へと送りだし、新たな伝道を可能にしていったのである。それが4節以下に語られてゆく。
 2節に「ステファノを葬り、彼のことを思って大変悲しんだ」とある。やはりコロナ禍によって私たちも多くのものを葬り失って悲しんでいる。礼拝に集う人々も、かつてからは考えられないほどに、ほぼ半分になってしまっている。家族の反対や不要不急の事柄についての自粛圧力から、礼拝出席が全く途絶えてしまった人々が多くある。それでも私たちは精一杯礼拝を守っている。夕拝も休まず続けてきた。そのような教会の姿は、一方では反感を招くこともあろう。しかし他方では、なぜこのような事態の中でもあの人々は礼拝をささげるのかと、誰かの心を捉えることもあるのはなかろうか。それほどまでしてささげる礼拝の魅力・喜びとは何なのかが、このような時こそ伝えられてゆくのではなかろうか。様々な集会が中止される中で、最後の最後まで閉じられないもの、教会にとっての根幹であるものは何かが明らかになってゆく時なのである。

聖書:新共同訳聖書「使徒言行録 7章 44節~8章 2節」 07:44わたしたちの先祖には、荒れ野に証しの幕屋がありました。これは、見たままの形に造るようにとモーセに言われた方のお命じになったとおりのものでした。 07:45この幕屋は、それを受け継いだ先祖たちが、ヨシュアに導かれ、目の前から神が追い払ってくださった異邦人の土地を占領するとき、運び込んだもので、ダビデの時代までそこにありました。 07:46ダビデは神の御心に適い、ヤコブの家のために神の住まいが欲しいと願っていましたが、 07:47神のために家を建てたのはソロモンでした。 07:48けれども、いと高き方は人の手で造ったようなものにはお住みになりません。これは、預言者も言っているとおりです。 07:49『主は言われる。「天はわたしの王座、地はわたしの足台。お前たちは、わたしにどんな家を建ててくれると言うのか。わたしの憩う場所はどこにあるのか。 07:50これらはすべて、わたしの手が造ったものではないか。」』 07:51かたくなで、心と耳に割礼を受けていない人たち、あなたがたは、いつも聖霊に逆らっています。あなたがたの先祖が逆らったように、あなたがたもそうしているのです。 07:52いったい、あなたがたの先祖が迫害しなかった預言者が、一人でもいたでしょうか。彼らは、正しい方が来られることを預言した人々を殺しました。そして今や、あなたがたがその方を裏切る者、殺す者となった。 07:53天使たちを通して律法を受けた者なのに、それを守りませんでした。」 07:54人々はこれを聞いて激しく怒り、ステファノに向かって歯ぎしりした。 07:55ステファノは聖霊に満たされ、天を見つめ、神の栄光と神の右に立っておられるイエスとを見て、 07:56「天が開いて、人の子が神の右に立っておられるのが見える」と言った。 07:57人々は大声で叫びながら耳を手でふさぎ、ステファノ目がけて一斉に襲いかかり、 07:58都の外に引きずり出して石を投げ始めた。証人たちは、自分の着ている物をサウロという若者の足もとに置いた。 07:59人々が石を投げつけている間、ステファノは主に呼びかけて、「主イエスよ、わたしの霊をお受けください」と言った。 07:60それから、ひざまずいて、「主よ、この罪を彼らに負わせないでください」と大声で叫んだ。ステファノはこう言って、眠りについた。 08:01サウロは、ステファノの殺害に賛成していた。その日、エルサレムの教会に対して大迫害が起こり、使徒たちのほかは皆、ユダヤとサマリアの地方に散って行った。 08:02しかし、信仰深い人々がステファノを葬り、彼のことを思って大変悲しんだ。


2020/08/30 聖霊降節第14主日礼拝

礼拝メッセージ:福島 純雄 牧師「逮捕されるイエス」 1.「こう話し終えると・・・その中に入られた(18章1節)」とある。ここに書かれている「園」とは、他の3つの福音書でゲッセマネの園と呼ばれている場所である。それについてバークレーは、以下ように説明している。「・・・ゲッセマネとは『油しぼり』を意味する。エルサレムは、シオンの山頂の非常に限定された地域に立てられていた。このことのゆえに庭を持つ余地はなかった。そして金持ちはオリブ山の山麓(エルサレムの東側に広がる)に彼らの庭園を持っていた。そこに至るには、エルサレムから下り、ケデロンの川の流れる渓谷に至り、反対側の丘の斜面を登った。ゲッセマネはオリブ山の斜面に囲われた小さな庭園であったに違いない。そして名の知れない友人が過越の祭りの期間中、それを使用する許可をイエスに与えていたに違いない。(『イエスの生涯I』より)」
 イエス様がこのゲッセマネの園にいたときに、イエス様はローマの兵士や宗教指導者たちの下役によって逮捕された。私たちが抱く印象は、イエス様が逃げも隠れもせず正々堂々と彼らに対峙していたことである。むしろイエス様が自分から進んで身を委ねられたようにさえ思える。逮捕にきた者たちにイエス様は「誰を捜しているのか」と尋ねた。その問いに対する「ナザレのイエスだ」との答えに、イエス様は「わたしである」と自ら名乗ったのである。そのような問答が二度繰り返された。12弟子の一人であったペトロは、持っていた剣を振りかざして大祭司の手下のマルコスの耳を切り落とした。無駄な抵抗とも言えよう。それに対してイエス様は「剣をさやに納めなさい。父がお与えになった杯は飲むべきではないか」と言い、逮捕という事態を静かに引き受けようとされたのである。
 そのようなイエス様の姿は、私たちに何を語りかけているのであろうか。イエス様が逮捕されたのは今の曜日で木曜日、十字架にかけられたのが金曜日だとされている。そのときイエス様はこの世の生涯を終える最後の二日間を迎えていたのである。私たちにも必ず、この世の人生を終えようとする最後の二日間が訪れる。その時を私たちはどのように迎えることができるであろうか。言うまでもなく私たちは、イエス様のようには、イエス様を手本や見本としては、この時を迎えることはできない。しかしイエス様のそのときの姿は、私たちを励まし支えて下さるものとなるのではないだろうか。
 つくづく感じるのは、私たちの姿がイエス様のそれではなく、ペトロのふるまいに近いかもしれないということである。自分が持っている精一杯の小さな剣を振りかざして、人生最後の時に、何かに立ち向かってゆこうとするのである。しかし私たちができるのは、せいぜい襲いかかる敵の一人の「耳を切り落とす」くらいのものでしかない。本当に無駄な抵抗である。剣をふるって切り落とし傷つけるのは、もしかしたら当の私たち自身なのかもしれない。そのような私たちに、イエス様は「剣をさやに納めよ」と語りかけて下さる。「無駄な戦いはやめなさい」と。

2.「イエスはご自分の身に起こることを何もかも知っておられ(4節)」たと書かれている。イエス様は、それから二日の間に起ころうとすることをすべて知っておられた。それはとても辛い出来事ではあったが、その出来事は「父がお与えになった杯(11節最後イエス様の言葉)」なのであった。父なる神様によって与えられる杯なのだから、それは直接的な味としては苦く辛いものではあっても、究極的にはよいものに違いないのである。イエス様は、それをそのようなものとして、自分の身に起きることを何もかも知っておられたのである。
 私たちも、そのように人生最後に起きることを知ってよいのではないだろうか。私たちは、この世の人生の最後にどのようなことが起きるかがわからないからこそ、それを恐れ不安におののくのである。病や認知症が、そして死が、どのように私たちを捕らえ、自分の人生の最後がどうなってゆくのか、それがどれほど苦しいかがわからないからこそ私たちをおびえさせるのである。しかしそのすべてのことは、神様が知っておられる。同様にイエス様も、すべてをご存じだったのである。その根本にあるのは、神様が私たちに与えて下さる杯だということである。直接的には病気や死がもたらす苦しみであるかもしれない。しかしそれは神様の下さる杯でもある。だから必ずや私たちにとって良いものなのである。それを知っていればよいのではなかろうか。そのことが私たちを励ますのではなかろうか。

3.二度にわたって(4節と5節、7節と8節)、問答が繰り返されている。イエス様は、イエス様を捜す兵士や下役に対して「わたしだ」と答えた。これはギリシャ語の原文では「エゴー・エイミー」とのことである。英語では「I am」である。出エジプト記3章14節に、神様がモーセに自分の名前を「わたしはある」という者だと答えた箇所がある。この「わたしはある」が、ギリシャ語聖書に訳されると「エゴー・エイミー」となる。果たしてイエス様自身が、この「わたしだ」との答えに、どれほどの意味を込めておられたかはわからない。直接的な意味としては、自分を捜しにきた者たちに対して「それはわたしだ」と答えた言葉にすぎない。しかしこの福音書を書いたヨハネは、象徴的な言い回しを好んだ人であった。そのようなヨハネが、この「エゴー・エイミー」というイエス様の言葉に、何らかの深い意味を持たせなかったとは考えられない。ヨハネは、神様がモーセに答えた意味を込めて「わたしはある者だ。わたしは生きて生き続ける存在だ。私を逮捕し殺そうとするあなたがたも、わたしの存在を消すことはできない」とのイエス様の心を語ろうとしていたと私には思えるのである。
 私たちは、自分たちが生きているということを、どのような点において、何をよりどころにしているのだろうか。それは、いわゆるエゴというものが満たされ、かなえられる点に、私たちはそれを置いているのである。私たちが使うエゴという言葉は、この「エゴー・エイミー」の「エゴー」というギリシャ語がもとになっている。「エゴー・エイミー」というギリシャ語から、いつの間にか、私たちのエゴが満たされることにおいて「私は生きている」すなわち「わたしはある」と、ごく普通に私たちは考えるようになったのである。
 イエス様はどうだったのか。逮捕され十字架にかけられようとすることにおいて、もはやそのエゴなるものは粉々に砕かれようとしていたのである。エゴが満たされる可能性などどこにもなかったのである。ところがイエス様は、このような状況でこそ「エゴー・エイミー」とおっしゃった。しかも二度にわたって、なのであった。
 このイエス様の姿が、私たちに問いかけ、私たちを諭して下さるものは大きく深い。私たちの人生の最後に訪れる二日間も、まさにエゴが粉々にされる時であろう。私たちにはおそらく、絶対に「エゴー・エイミー」な